夜が更けていく。私は30分近くも待っていた。この辺りは盛り場から離れているとは言え、物騒な事に変わりはない。煉瓦壁には年寄りの乞食が鼾をかいて眠っていた。問題ないだろう。私は足踏みをしながら童歌を口ずさんでいた。
As I was going by Charing cross. I saw a black man upon a black horse.
チャリングクロスはチャールズ1世が処刑された場所だ。どうして、私はこんな不吉な場所を指定したのだろう? 確かに知り合いには見られたくはなかったが。路地の向こうからカンテラの灯が見えた。湿った暗闇の中を、ちらちらと揺れるオレンジの輝きと舗道を歩く足音が重なる。私は胸が高鳴った。エミリーがこちらの路地裏に入り、カンテラを高く掲げた。
ふと、悪戯心が起き、エミリーが背を向けた時に、私は後ろから抱きしめた。エミリーが悲鳴を上げそうになったので、手で口を覆った。エミリーの胸が上下する。「遅かったじゃないか、エミリー」私は囁いた。手を緩めると、エミリーは喘ぎながら言った。「ドクター ジェイキンス。で、では、旦那様と手紙のやりとりをしていたJは、貴方だったのですね?」「そうだよ。Jは私だ」そう答えた途端、右の太腿に焼けつくような痛みを感じた。エミリーは私の手を振りほどいて飛び退った。その手には鋏が握られ、血が滴り落ちていた。私は何が起きたのか、わからなかった。
「旦那様はJに親しみを覚えていた。Jが女性だと思っていたからよ。だから、インド紅茶の葉をプレゼントされた時も、疑いもせずお飲みになったわ。そして、苦しんで亡くなられた」エミリーが早口でまくしたてた。私は胸ポケットに手を伸ばした。