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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

1ごはん武者修行有志s:2004/04/22(木) 01:58
■執筆の狙い
だれでも書きこめます。感想レスを使った遣り取りです。
初めてのみなさんも歓迎します。
興味のあるひとは参加してください。

【形式】
 前の方の作品を簡単に批評しつつ(1〜数行)、
 前の方のタイトルと書き出しに合わせて文を作り(1000〜2500字程度)、
 次の方へタイトルと冒頭を出す(冒頭は20文字〜200文字程度)。
※繰り返し

【批評の規準】
 ・タイトルに相応しい内容か。
 ・前の方の文を自然に繋げられているか。
 ・ストーリー性。
 ・独創性。面白さ。

【ルール】
 ・第一目的は文章の・発想の瞬発力・ショートショートの構成鍛練です。
 ・同じ方の書き込みは一日一回に制限です。言いかえれば毎日でもどうぞ。
 ・同じお題の投稿が重なった場合、最初の投稿のお題が次に継続されます。
 ・上記の場合、後の方の作品は残します。事故と見なしますので謝罪などは不要です(執筆の遅い初心者保護)。
 ・感想のみのレス(ひやかし)は原則的に禁止の方向で。
 ・批評の義務は自分の使うお題の作品のみですが、上記の「事故作品」全てに批評を付けても結構です。感謝されるでしょう。
 ・何事も故意の場合は釈明必須ですが、多少の遊び心は至極結構です。ただし、基礎の未熟な方の遊びはお断わりいたします。

  ご意見はラウンジにてお願いします。

※ 感想、ルールの見直しなどのご意見は≪コラボSIDE-B≫へお願いします。
 http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/movie/4262/1082566672/

2にゃんこ:2004/04/22(木) 17:44
『コラボ即興文』をさっそく、書かしてもらいましたヽ(^。^)ノ

最初なので、前の人の作品の批評はありません。


―― 四月のクロス ――
それを見つけたのは、千尋が十五の時だった。
学校からの帰り道、塾までの時間を潰すために遠回りして偶然にみつけたのだ。

……どうも違うな、これは俺のイメージじゃあないよ、と吉岡は書き直した。
石塚は涼子と別れると携帯を妻にかけた。
「いま、部長と別れたところだ、あと、一時間ほどで帰るから」
「あなた、洋介が学校で……」
「なに、洋介がまた、何か問題を起こしたのか」
石塚は帰ってから洋介のことは聞くといって、携帯をきった。
もちろん、妻にかけた電話の内容はうそである。彼は涼子と不倫をしている。家のことも仕切れないのか、あの女は。石塚は妻と涼子を天秤にかけた。しかし、中身よりも、外見を判断材料にしてしまう、石塚はそんな悲しい男だった。妻の冷たい肌と涼子の熱い肌……。
くらべるだけ無駄だな……、涼子のほうがよいに決まっているじゃあないか。
石塚は自嘲気味に笑うと、家路についた。
「パパぁ〜」
いきなり背中から抱きつかれて、吉岡はキーボードを打ち損ねた。五歳になる愛娘のひなこが、背中に張り付いていた。
「ママはどうしたのかなぁ」
「ママね、パパと遊んでもらいなさいって」
吉岡がひなこをおんぶしながら、居間に行くと、妻の浩子は電話をかけていた。ヤフーBBに加入しているので、電話代が無料になったとかで、時間があれば友達とだべっている。
「ひろこさ〜ん」
吉岡があてつけがましく、声をかけると、浩子は、吉岡を見てにんまりすると、「じゃ〜ね」といって、電話を切った。
「俺、小説を書いているのだからさ、たのみますよ」
「ああっ、ごめ〜ん、一応、ノーベル飴、目指しているのだったわね」
「違うよ、ノーベル賞だよ」
「ごめんごめん、ひなこママとあそぼ」
吉岡がひなこを下ろすと、ひなこはつぶらな瞳で吉岡をうらやましげに見上げた。
書斎に戻った吉岡は、ディスプレーを見た。
すると、ワードには、先ほどまで書かれていなかった文章がいつのまにか書かれていた。
それは、緑の小石だった。キラキラ輝いており、千尋はしばらく見つめていたが、上着のポケットにその小石を入れた。
するとどうだろうか、塾で抜き打ちにあった、数学と英語のテストが完璧にできたのだった。
「完璧じゃん」
千尋はにんまりした。それにしても、おかしい、勉強をしていないところが出たのに、どうして問題が解けたのかしら……。ポケットにある緑の小石がなんだか温かい。まさか、さっきの小石が、もしかして、小石は守り神なのかしら。
なんなのだぁ、俺は、こんな文章を書いていないぞ。吉岡は頭をかしげながら、ディスプレーを覗き込んでいる。
吉岡は知らない間に書き込まれた文章を削除した。するとどうだろうか、削除した尻から、次から次へと先ほどの文書が書き込まれる。
「おかしい、これは……」
自分が書いた文章の続きを、あわてて打ち込んだ。
駅を降りると、石塚はバス停でバスの来るのを待った。
「あれっ、おかしい」
キーを叩いても、ワードを書き込めなくなった。吉岡はあわてた。急にパソコンが自分の思い通りに動かなくなった。
そして、ディスプレーには、吉岡の知らない文章が次々に、叩き込まれていく。
千尋は駅前にある塾が終わり、バス停にいくと中年の男が立っていた。
「別れてやる、あの女とは……」
「えっ……」
千尋は男の顔を見た。そこには停留場の電灯に照らされて、ムンクの「カールヨハン通りの夕べ」に描かれたような、顔面蒼白の男が立っていた。
千尋は、自分が持っている緑の小石をこの男に、なぜか、あげなければならないと思った。自分には小石がなくても、まだ未来がある。しかしこの男には小石の助けが必要だ。それは理屈ではなかった。
千尋は、そう思うと、緑の小石を石塚に差し出していた。
「ありゃ、交差しちゃったよ、二つの作品がクロスしたよ」
吉岡が驚いて、ディスプレーを見ていると、最後に「にゃんこさん、お疲れ様でした、風杜」と、あった。
「えっ、どういうことなのだ、これは」
にゃんこは、文章鍛錬企画の掲示板で風杜に質問をしたが、彼はそれを、「風杜マジックです」といって、答えを教えてくれようとはしなかった。

―― 了 ――

3にゃんこ:2004/04/22(木) 17:46
一度に書き込まれなかったので、分けましたヽ(^。^)ノ

◆次回のタイトルと、導入部

―― 桜 ――
「よね子さんどうしたのですか」
民生委員の吉沢が大きな屋敷に一人暮らす、九十歳になるよね子の様子を見に来て驚いた。庭で幹回りが一抱え以上あるような、桜の木に、斧を振り上げていたのだった。
「ああっ、吉沢さんでしたか」
よね子は斧を下ろし、曲がった背中を伸ばすようにして、じっと吉沢を見た。桜の木を切り倒して、将棋の盤と駒を作ろうとしていたといった。桜の木を見ると、斧を打ち込んだ小さな傷跡が、無数にあったが、老婆がこんな大きな桜の木を切り倒せるわけがなかった。吉沢はよね子が痴呆症にかかり始めているのかも知れないと思った。

◆作者からのコメント
この作品はすでにできています。海猫さんが、「将棋、紅茶、桜」追加:「歴史にまつわる要素」のお題で、作品を発表したときに私も作っていたのです。事故作で発表しようかと思ったのですが、老婆の描写が弱かったので、出さすじまいになりました。従いまして、ほかの方が、この作品の続きを書かれたあとに私の残りの部分も発表したいと思います。もちろん今回は、「将棋、紅茶、桜」追加:「歴史にまつわる要素」このお題にこだわる必要はありませんよ。

4星野:2004/04/22(木) 22:59
にゃんこさんのお話、素直にアハハと笑わせていただきました。しかし、最後の落ちを目指したものだとすると、これは内輪でしか通用しないのではないでしょうか。せっかくの『クロス』する手際がオチに対する単なる振りで終わっている印象を受けました。

―― 桜 ――
「よね子さんどうしたのですか」
民生委員の吉沢が大きな屋敷に一人暮らす、九十歳になるよね子の様子を見に来て驚いた。庭で幹回りが一抱え以上あるような、桜の木に、斧を振り上げていたのだった。
「ああっ、吉沢さんでしたか」
よね子は斧を下ろし、曲がった背中を伸ばすようにして、じっと吉沢を見た。桜の木を切り倒して、将棋の盤と駒を作ろうとしていたといった。桜の木を見ると、斧を打ち込んだ小さな傷跡が、無数にあったが、老婆がこんな大きな桜の木を切り倒せるわけがなかった。吉沢はよね子が痴呆症にかかり始めているのかも知れないと思った。

「吉沢さん、ちょっと待っててな。ちょうどいま、おいしい栗羊羹があるんよ。お茶、入れてくるけえ。待っててな」
 吉沢は、まろやかな餡の中に浮かぶ金色の栗を想像して、判断が一瞬遅れた。その間に、よね子は初めからそのつもりだったのか、吉沢の返事を待たず、斧をひょいと肩に担ぐと、軽い足取りで行ってしまった。
 呼び止めようと手を伸ばしかけた吉沢だったが、小さなため息を一つついて、手を下ろした。もちろん、栗羊羹に惹かれたわけじゃない、違うわよねと、自分に確認して、吉沢は一人で赤面した。
 桜の木を切り倒そうとしているのが、本当に痴呆症に因るものなのか確認しなければならない。日常の実態や福祉ニーズを知るのは、民生委員の大きな務めの一つだ。
「それにしても」
 縁側に腰掛けて見上げる桜は、晴れた春の空を背に、寒々とその枝をさらしていた。去年の今頃には、庭が桜色にかすむほど咲き誇っていたはずだった。それが、今年は見る影もない。
 日常の大きな変化が、老化を急速に進めることもあるという。そうでなくても、よね子は九十歳の高齢だ。
 よね子の夫は十数年前に他界していた。家族は、息子夫婦はもちろん、その孫たち、更に夜叉孫までいるというから、家族というより一族のようだ。その一族も、今ではこんな田舎よりずっと便利のいい都会に散っていた。当然、一緒に都会で住もうと子供達から誘いがあったが、よね子は断ってきた。
 吉沢は以前、その理由を尋ねことがあった。すると、よね子は、
「そりゃ、孫の顔も見れるし、町のほうが便利だとは思うよ。けどね、アタシは誰の世話にもなりたくないんだよ。まだ、一人でも不自由ないしね。それに」
 桜があるからね。
 この桜は、よね子がこの家に住み始めたころ、夫と苗木を買ってきて植えたのだという。それ以来ずっと、桜は庭にいた。子供が生まれてからは、子供といっしょに成長した。
「この桜はね、私の子供みたいなものなの」
 そうまで言っていた桜を、よね子は、斧で切り倒そうとし、あまつさえ将棋の駒にするという。今年、桜が咲かなかったことが原因なのかは分からない。しかし、そのショックは計り知れない。
 吉沢の不安は、次第に形を成してきた。よね子さんは、相当大きな心の傷を負ってしまったのではないだろうか。
「どうしたの吉沢さん、そんな浮かない顔して」
 見ると、よね子が曲がった腰の先に、栗羊羹と湯飲みを載せた盆を捧げ持つようにして、奥から出てくるところだった。
「よね子さん」
 吉沢は、努めてなんでもない風に呼びかけたつもりが、その声は震えていた。
 よね子さん、もう一度言おうとする吉沢より早く、よね子は歳に似合わぬ機敏さで身をすくめた。よね子は両足をそろえて正座し、指をついて深く頭をさげていた。
「よね子さん?」
 吉沢は、さっきまでの不安も忘れて、よね子の顔を覗くように顔を近づけた。すると、よね子は顔を上げないまま、
「ありがとう」
「え」
「吉沢さん、今までありがとう。町のほうに、行くことにしたの」
 吉沢は、何かを唐突に理解したような気がした。
「そう、なの。息子さんたちと?」
 よね子は、頷いて言った。
「そう。私も、もうそんなに長くないしね」
 そんな、と言いかけて吉沢は口をつぐんだ。
「それにこの桜、もう駄目て。専門のお医者さんにも見てもろうたけど。このまま腐らすのも忍びないけえ、おじいちゃんの好きだった将棋の駒にしたらええとおもうて。……この桜も、もう歳。アタシもね。」
 そう言うと、よね子は顔を上げ、にこりと笑った。吉沢も笑おうとしたが、うまくいかなかった。
「そんなくらい顔せんと。さあ、栗羊羹。とっておきなんよ」
 いつの間にか、雲は晴れて、春の日差しを受けた栗羊羹はきらきらと光っていた。

5星野:2004/04/22(木) 23:07
にゃんこさんに倣って、分けて書こうと思います。
◆次回のタイトルと、導入部
 
−−路地裏の歌−−
雨が上がったころを見計らってアパートを出たはずが、いつの間にか雨雲が元気を取り戻して、西の方からゆっくりと、空を攻め始めている。住宅街の真ん中で降られるのはごめんだ。図書館までは、まだ距離がある。私は、足をはやめた。

6おづね・れお★:2004/04/23(金) 22:48
おづねです。電撃ショート3より先にこっちを書いてみました〜。

》 星野さん
長年の伴侶の死よりも桜の死によって、自分の人生の終わりを見るという形が、悲しみをじんわりと表していますね。きっと桜が咲き続けてくれたからこそ、夫との思い出にすがり続けて来られたのじゃないかなあ、と想像しました。
小さな老婆の斧の無力さの描写が気に入りました。淋しさがいっそう増すのを感じます。

 ◇ ◇ ◇

(次回のタイトルと書き出しです)

『デコの告白』

 我が輩はデコである。ハナと別れてからしばらく経つ。
 

 ◇ ◇ ◇

 本文は、次の発言で書きますね〜。

7おづね・れお★:2004/04/23(金) 22:59

−−路地裏の歌−−

 雨が上がったころを見計らってアパートを出たはずが、いつの間にか雨雲が元気を取り戻して、西の方からゆっくりと、空を攻め始めている。住宅街の真ん中で降られるのはごめんだ。図書館までは、まだ距離がある。私は、足をはやめた。
 ぽつり。
 額になまぬるい一粒があたって飛沫になった。私は軽く舌打ちして顔を手でぬぐった。ノートパソコンが濡れてしまうので、どこか屋根のあるところに入らなくてはならない。図書館でビザンチン帝国の史料を照会しようと思っていたが、仕方ない、どこかの喫茶店ででもこれまでのまとめをすることにしよう。
 二十代最後の年になるまで延々と大学に居続けた私だったが、それもこの三月に卒業という形で終わった。学内でもあだ名は「オッサン」と呼ばれて久しく、就職活動もしないまま大学を追い出された私は、四月になっても黒縁眼鏡にぼさぼさの長髪のままだった。焦りはない。今はネットで知り合った仲間と本格歴史シミュレーションゲームを作成することになっている。家族にも教授にもさんざん就職活動をしろと言われていたが、ことごとくを無視した。
 路地裏に面して、その喫茶店はあった。
 三階建ての白壁のビルで、一階が店、その上が住居になっている作りだった。曇天の薄暗さにツタの茂った店の白さがすがすがしい感じがして、私は店のドアをくぐった。ただ名前は気に入らなかった。『閑古鳥』というのだ。シャレにしても、いただけないんじゃないか。
 カラコロと鳴って、ドアが私の入店を告げた。六・七人座れるカウンターに、四人がけのテーブルが四つ。テーブルクロスは黄色と赤とがシンプルに組み合わせられたもので、地中海風という感じだ。
 私はノートパソコンを広げられるテーブル席を選んだ。
「テーブルクロスの黄色と赤は、どこかの国旗の色ですか」
 冷えた水をステンレスのトレーに乗せて運んできた主人に尋ねてみた。
「スペインです。黄金と血の色ですよ」
 なるほど、スペインだったか。広くない店内にもにわかに地中海の空気を感じるような気がした。
 あまり空腹を感じていなかったが、料理を注文することにした。パエーリャもよさそうだったが、トルティーリャというじゃがいものオムレツが気を引いた。
 ノートパソコンを広げて十数分、店主の妻とおぼしき女性が湯気の立つトルティーリャを持ってきた。喫茶店に似合わないシックな黒のドレス風の長いスカートで、きれいに高く結い上げた髪を解けばおそらく相当の長さになると思われた。手足は白く美しかったが、それ以上にか細く、男の私がちょっと乱暴に触れれば折れてしまうかのように見えた。
 料理の皿を音ひとつ立てずテーブルに置いた指先に塗られたマニキュアは翡翠のような神秘の緑。爪先は短く揃えられていたが、十分に美しい指だった。
「どうぞ、ごゆっくり」
 思わず、調理場の奥に消えるまで、この神秘的な女性の後ろ姿を私は視線で折ってしまった。
 ノートパソコンは閉じ、料理にナイフを立てる。
 それにしても、喫茶店の手伝いというのはきっと時間をもてあますだろう。彼女は毎日をあの姿でどうやって過ごしているのだろう。
 ふとこの店の名前も気になった。閑古鳥というネーミングはスペイン風のこの店にはあまり似合わない。少し通って、聞いてみようかと私は思った。できれば、あの奥さんに――。
 そのとき、店の外の路地裏から、ピアノと、それに合わせて歌う声が聞こえてきた。
 店の二階で主人の妻が弾くピアノと、彼女の歌だった。声ですぐわかった。
 ――だが。
「下手、だな……」
 ピアノはともかく、歌の調子が微妙に外れるところがあって、聞いているほうがくすぐったくなる。歌が下手な芸能人の歌を聞くと私はいつもこんな感覚に襲われる。どうも、これは、だめだ……。
 私は手早く料理を口に運んで片づけ、ノートパソコンを鞄にしまった。窓の外を見ると雨もふたたびやんでいるようだ。
「アエラ、歌はやめなさい!」
 私がにわかに席を立つのを見た店主が奥に向かって声をあげた。
「すみません、本人はあれがお客様のためのBGMサービスのつもりなんですよ。この店を始めたとき、歌が下手なんでシャレてこの店の名前をつけてみたんですが、もう十年になるのに、なかなか上達しませんで……」
 支払いを済ませて店を出る際、主人が頭を下げて「またのお越しをお待ちしております」と言った。
 私は翌日から就職活動を始めた。
 その後、『閑古鳥』にはときどき足を運ぶ。自分の十年を思い出すために。あの歌を聞いてくすぐったい居心地の悪さに耐えきれなくなると、いつも私はそそくさと退散する。後悔の苦みとくすぐったさのブレンドが、スペイン風の店で見つけた私だけの味である――。

−了−

8セタンタ:2004/04/25(日) 13:38
こんにちは。
『路地裏の歌』の事故作品、投稿してもよろしいですか? かなり削って文字数はOKだったのだけど、先ほどはエラー表示。再チャレします♪
 
>おづねさんの作品の感想
 雨の降る様子もお店の描写も、とてもお上手でした。一緒に店内に入っていくような感じがしました。
 ラストの辺り、少しわからなかったのですが、自分の読解力のないせいかもしれません(^^ゞ
 歌声が聞えてくる場所(路地裏なのか店の2階なのか? 路地裏に面した店の2階、という事ですか?)
 日本だと思ったのですが、アエラという名は? お店の奥さんが外国の方?
 ラストの文。後悔の苦味とくすぐったさ。自分自身の無為に過ごした年月を、奥さんの上達しない歌、その練習の期間に重ねているのでしょうか。どうしても理解できないんです。でも、これは、私があまりこういった感じの小説に魅かれないせいもあるので、気にしないでください。おづねさんの削った文章を読めば理解できるのかな、とも思ったのですが。
 好き勝手な事を書いちゃったので、本当に気を悪くしないでくださいね。

 次回のタイトルと書き出しは、おづねさんの『デコの告白』でお願いします。

9セタンタ:2004/04/25(日) 15:50
   『路地裏の歌』
 雨が上がったころあいを見計らってアパートを出たはずが、いつの間にか雨雲が元気を取り戻して、西のほうからゆっくりと、空を攻め始めている。住宅街の真ん中で降られるのはごめんだ。図書館までは、まだ距離がある。私は足をはやめた。
 春だというのに、ロンドンはこの沈鬱な天候から逃れる事はできない。切り裂きジャックはまだ捕まっていない。だが、もう数時間もしたら、夜の界隈はいつもと同じ猥雑な喧騒に満ちていくであろう。図書館が見えてきた。雲が重く垂れこめ、空が暗くなる。エミリーが来る前に、私はこの紙片を博物誌の中に入れなければならない。
 閲覧室は閑散としていた。間もなくエミリーがやって来た。唇をきっと結び、真っ直ぐに自然科学の書架に向かう。顔色は悪く、みすぼらしい服装をしていた。輝くばかりの美貌と肉体があの下に隠されているなんて、誰が想像できようか。私はエミリーに歩み寄った。
「ごきげんよう、エミリー」「ドクター・ジェイキンス! お久しぶりです」エミリーは博物誌を閉じ、書架に戻した。私は左肘を曲げて差し出した。エミリーは躊躇った後、右手をそっと掛けた。私達は出口に向かった。
「今は何をしているんだい? ここへはよく来るの?」「住み込みでお針子をしております。今日は懐かしくなって寄ってみたのですが、場違いでした」エミリーが小声で言った。「叔父が亡くなって残念だったね。叔父のメイドをしていた時は、よく本を借りに来ていたのだろう?」「はい、旦那様は稀少本がお好きでしたので」
 エミリーが仕えていた男は私の叔父で、先月急死した。ただ一人の身内である私が広大な屋敷と財産を引き継ぐ事になったのだ。
「エミリー、私が叔父の屋敷に引越ししたら、もう1度メイドとして働かないか? 給金ははずむよ」エミリーは戸惑った表情を浮かべたが、すぐに礼を言うと、雨の中を駆けていった。
 今、私の往診鞄の中には、先週エミリーが書いた手紙が入っている。エミリーの上着のポケットには私の返事が入っているはずだ。書いたのが私だと判った時のエミリーの驚愕と悦びに満ちた顔が目に浮かぶ。そして、エミリーの美しさは永遠に私のものとなるのだ。
『黒馬に乗った黒衣の男、私のハートを粉々にしてください。僅かな金で、貴方は至福の時を手に入れられるでしょう。E』
 私の返事は簡潔だった。『全て承知した。今宵12時。チャリングクロスの裏通り、3番地にて。J』

10セタンタ:2004/04/25(日) 16:24
『路地裏の歌』の続きです。
 
 夜が更けていく。私は30分近くも待っていた。この辺りは盛り場から離れているとは言え、物騒な事に変わりはない。煉瓦壁には年寄りの乞食が鼾をかいて眠っていた。問題ないだろう。私は足踏みをしながら童歌を口ずさんでいた。
 As I was going by Charing cross. I saw a black man upon a black horse.
 チャリングクロスはチャールズ1世が処刑された場所だ。どうして、私はこんな不吉な場所を指定したのだろう? 確かに知り合いには見られたくはなかったが。路地の向こうからカンテラの灯が見えた。湿った暗闇の中を、ちらちらと揺れるオレンジの輝きと舗道を歩く足音が重なる。私は胸が高鳴った。エミリーがこちらの路地裏に入り、カンテラを高く掲げた。
 ふと、悪戯心が起き、エミリーが背を向けた時に、私は後ろから抱きしめた。エミリーが悲鳴を上げそうになったので、手で口を覆った。エミリーの胸が上下する。「遅かったじゃないか、エミリー」私は囁いた。手を緩めると、エミリーは喘ぎながら言った。「ドクター ジェイキンス。で、では、旦那様と手紙のやりとりをしていたJは、貴方だったのですね?」「そうだよ。Jは私だ」そう答えた途端、右の太腿に焼けつくような痛みを感じた。エミリーは私の手を振りほどいて飛び退った。その手には鋏が握られ、血が滴り落ちていた。私は何が起きたのか、わからなかった。
「旦那様はJに親しみを覚えていた。Jが女性だと思っていたからよ。だから、インド紅茶の葉をプレゼントされた時も、疑いもせずお飲みになったわ。そして、苦しんで亡くなられた」エミリーが早口でまくしたてた。私は胸ポケットに手を伸ばした。

 パァン! パン、パンッ!
 銃声が轟いた。乞食が立ち上がり銃を構えていた。崩れ落ちるジェイキンスをエミリーは瞬きもせず見ていた。エミリーがよろめいた瞬間、乞食が駆け寄り支えた。「大丈夫ですか? ミス マッケイ」「はい。ストラウス警部」
 表通りから警官達が駆けて来た。乞食、いや、ストラウス警部は次々に指示を与え、遺体を運ばせた。警部は苦々しく言った。「それにしても酷い奴だ。実の叔父を財産目当てに殺したばかりではなく、強請りを装った貴女まで手にかけようとするなんて」
「……私がもっと早くに気がつけばよかったんです。匿名の手紙の主を信用してはいけない、と旦那様をお諌めしていたら…」
「旦那様は、貴女のようにお優しく勇気のあるメイドを、きっと誇りに思ってますよ」警部の言葉に、エミリーはようやく微笑んだ。

 遺言状には追記があった。『甥が遺産受取人として不適格であった場合、全財産をメイドのエミリー・マッケイに委譲する』と。
 エミリーは、ヴィクトリアンシンデレラとして世間の注目を集め、瞬く間に、その美貌と知性で社交界の華となった。

11セドナ:2004/04/26(月) 08:38
 コラボ即興文、なかなか手強いです。三語とはまた違う脳を使うようで苦労しました。書き出しってやはり大事なんですね。あらためてそう思います。
 では作品に。

「デコの告白」

 我が輩はデコである。ハナと別れてからしばらく経つ。あの女子(おなご)のことはもう知らぬ。永らく面倒をみてやった恩を忘れ、ただ己の勝手我儘で家を飛びだして、以来一度の文もよこさぬような恩知らずな奴だとは思わなかった。今はもう微塵の未練も感じない。わざわざ探し出して連れもどそうという気も一切起こらぬ。勝手にどこかでのたれ死ねば善い。
 しかし、思い出すたびに腹がたつ。
 そもそもミケン先生がいけない。まだ大学生だった我が輩の下宿に、ハナを連れてきたのはミケン先生なのだ。2月の寒さがいっそう寒くなってきたあの夜に、先生はわざわざ我が輩の下宿にまで足を運び、「ひとつばかり頼みを聞いてほしい」と仰る。昔恩のあったミケン先生の頼みならば聞かざるを得まいと思い、「何なのですか?」と訊き返すと、先生は「どうか何も言わず、この娘を2、3日預かってくれぬか?」と深々と頭を下げて懇願された。見ると、先生の後ろにはまだ12、3ほどのあどけない娘が立っているではないか。手足は汚れ、所々穴のあいた服を着せられ、グズグズと洟を垂らして泣いている。
 我が輩が首を縦にも横にも振らぬ内に、ミケン先生は「では、宜しく頼む」とだけ言い、さっそうと出て行かれた。後には呆然と立ちつくす我が輩と、握り拳で目頭をおさえながらグズグズと泣いているだけの娘が残った。ようやく泣きやんだ後に名を訊けば「ハナ」とだけ言う。
 2、3日の辛抱だとあきらめ、仕方なく飯を食わせたり、風呂にやらせたりして世話をしたのだが、3日経ったところでミケン先生は引き取りに来るかわりに文をよこした。文には「あと一週間待ってくれ」とだけ記してあったので、我が輩はなにやら嫌な予感がしたのであるが、案の定、一週間後には「あと1ヶ月待ってくれ」という文が来た。そんな調子でずるずると先延ばしにされ、ついには文さえ届かなくなった。
 さてどうするものか、と我が輩が腕組みをして頭を捻っている横で、ハナは飯ばかり食っている。この娘、動かずにただじっとしているだけのくせに飯だけはたらふく食べる。このままでは懐が持たぬので、奉公に出そうかとも考えたが、それもやや忍びない。「ハナ、お前は何かできぬのか?」と訊ねたところ「家事なら何でもできます」とすんなり答えたので、ならば家事をさせようと決めた。
 しかしそれが、我が輩の不幸のはじまりであった。何でもできるといったくせにこの娘、何もできぬ。炊事をさせれば黒焦げの飯に、潮水のごとく辛い汁をだす。洗濯をさせれば着物をぞうきんにして返す。買い物に行かせれば、ネギと白菜の区別さえつかぬ。こらえきれなくなった我が輩が「お前には目がついておるのか!」と叱ると「だって私はハナですから、そんなものございません」などと生意気に口ごたえする。我が輩も負けじと「なら私だってデコだぞ」といって頭突きをすると、「いたぁい、いたぁい!」と言って泣きわめく。放っておけばいつまでも泣いているので、頃合いを見計らって「五月蠅いぞ!」ともう一度頭突きをかますと、ようやく大人しくなる。
 時が経てば、人は誰でも少しは成長するものである。しかしこのハナという女子はきっと人ではないのであろう。あれから5年の月日が流れたがちっとも変わらない。相変わらず塩辛い汁を作り、ネギと白菜の区別さえつかぬ。おまけに、自分が台所に立つのをいいことにつまみ食いが増えたものだから、腹の下の肉だけとうに大きくなってしまった。ああ、そうだ、あれはきっと人ではなくダルマである。手足短く、鼻っぷしの強い顔立ちに突きだした腹を加えれば、まさしく相当のダルマであろう。ならばきっと御利益があるにちがいない、と、それから毎日ハナを眺めては心の中で拝むことにした。――どうかあの女子をどこか他のところへやってくださいませ。すると願いが通じたのか、ある日突然、ハナが消えていなくなった。
(つづく)

12セドナ:2004/04/26(月) 08:39
(つづき)
 ハナが消えてからもう3年が経つ。我が輩は今、メメという嫁をもらって2児の子と共に暮らしている。このメメがまたできた嫁で、朝6時になるとするりと布団から抜け出して、こっそりと台所に降りていく。目ざめてから朝食の支度にかかるまで、ただひとつの物音も立てぬ。7時になるとまだ夢心地の我が輩の枕元にきて「朝食の支度ができました、顔を洗ってから来てくださいな」などと優しく呟く。本当に心が安らぐいい嫁である。容貌もダルマのようなハナとは違い、粉雪のごとく白い肌に黒曜石のように輝く髪を備え、手足は長く、誰に見せても美人だという。
 いつか、道端でハナと出会したら、このメメのことを自慢してやろう。「メメはお前と違って、ようできた女子じゃ」。悔しがるハナの顔を想像して、我が輩はニンマリと笑みを浮かべる。
 しかし今朝方、知人の伝手でハナの死を知った。3年前にケツカクという原因不明の流行病を罹って咳が止まらず、最期は血を吐いて倒れたらしい。突然出て行ったのは、周りの人に病を移さぬためという。ならばなぜ文のひとつもよこさぬのか、と我が輩が知人に問うたところ、「あのお方にこれ以上、迷惑をおかけすることはできませぬ。あのお方にとっては私がいなくなった方がきっと幸せでしょう、どうか伝えずにおいてください」とハナがしきりに言うのでその通りにしたのだという。ずしりと重い漬け物石を受け取ったような心地がした。
 とぼとぼと山道を歩きながらハナの事を考える。今思い起こしてもハナは酷い女子であった。炊事、洗濯いっさい適わず、なにかにつけては泣きわめき、叱れば必ずくちごたえをする。まったく箸にも棒にもかからぬ酷い女子である。しかし、いくらあの酷い女子でも、死んだと聞けば程に善く思えるから不思議なものである。あの塩辛い汁さえもたまに恋しくなる。
 山道を抜けたところにハナの墓がある。我が輩は墓標の端の目立たぬところに小さく細くこう記した。
「我が最愛の人、ハナ、ここに眠る。デコ」と。
(了)

【感想】
>おづね・れおさん
「閑古鳥」素敵な場所ですね。ほんとうにこんな喫茶店があったらぜひ行ってみたいです。
 就職せずに歴史シミュレーションゲームを作っている主人公が、翌日に就職活動を始めるまでの内面の変化を、「雨→閑古鳥→歌→店を出る」という流れで見事に書ききっているのには感服しました。三語を読んでいておづねさんの作品をもっと長いもので読みたいと感じていたので、字数の多いコラボ即興文ができて良かったです。就職をしない主人公が雨に降られて立ち寄る場所が、情熱の国、スペイン風の喫茶店ということを考えると、なにやら意味深な香りもしますね。余談ですが、私が今まで「シミュレーション」のことを「シュミレーション」と間違えて認識していたことは秘密です。(笑)

>セタンタさん
 シリアスな空気がいいですね。面白くて最後まで一気に読めました。曇り空でうす暗いロンドンの街並みがありありと浮かんできます。ジェイキンスが唄う童歌にはなにか意味があるのでしょうか? そこが少しわかりませんでした。おづねさんの作品を読んだ後にセタンタさんの作品を読んだので、二つの作品の温度差の違いが何とも言えず面白かったです。同じ書き出しでこうも変わるとは……。それがこの企画の魅力でもありますね。

【次回のタイトルと書き出し】
タイトル:『不思議少女』
書き出し:
「え〜と。今から手品をします」
 公園で遊んでいる私を呼び止めて、友達の千佳ちゃんが突然変なことを言い出した。

 でお願いします。

13ガストロンジャー:2004/04/26(月) 22:25
『不思議少女』

「え〜と。今から手品をします」
 公園で遊んでいる私を呼び止めて、友達の千佳ちゃんが突然変なことを言い出した。私とメイちゃんはまたかといった顔をして、千佳ちゃんに付き合った。
「じゃ、鳩をだします」千佳ちゃんはそう言って砂場まで走って移動して、砂をつかんで私達に向かってなげた。「ね? 空飛んだから鳩でしょ? きゃはは」笑っているはずの千佳ちゃんの表情はいつも暗い。
「ちょっと千佳ちゃん……」と私が言いかけたときメイちゃんは私の袖を引っ張り、目で合図した。
 この春。クラス替えもあってそれぞれ友達作りに必死な頃、私とメイちゃんと千佳ちゃんは席が近かったせいもあって‘オトモダチ’になった。千佳ちゃんは小学四年生なのに雑誌‘小学六年生’を買っていてメイクや渋谷事情に詳しかった。私もメイちゃんもそんな大人っぽい千佳ちゃんに憧れた。千佳ちゃんはお金持ちでいつも私たちに何か買ってくれた。初めてスタバに行った時も私はどきどきしたのに千佳ちゃんは堂々とマンゴ・フラペチーノを頼み「優ちゃんたちも何か頼めば? 奢るから」と言って矯正器具のついた歯を見せて得意そうに言った。私はそんな千佳ちゃんを大人だと思っていた。

「じゃぁ。次はワニになりまーす」私たちのしらけた拍手を受けて千佳ちゃんは手品を続けた。巻き貝を模した大きめの滑り台(巻き貝の形がおっぱいに似ているのでこの公園は‘おっぱい公園’と呼ばれている)のてっぺんまで登り、水泳の飛び込みをするように身体をくの字に折って頭から滑り、ざざっと砂場に着地して「ね? ワニでしょ?」と確認した。私は「うん。ワニだね」と答えた。

 千佳ちゃんの本性に気づくのに十日はかからなかった。嘘ばかりつくし、ゲームをしていても勝手にルールをかえてしまうのだ。トランプをしていても‘大貧民一揆無しルール’が千佳ちゃんだけ‘一揆あり’になってしまうのだ。幾ら渋谷やメイク事情に詳しくても、スタバ奢ってくれても、もう‘友達’としては付き合いきれなかった。しばらく無視しようとメイちゃんと話し合った。メイちゃんも「うん。そうだね」と同意してくれた。

 「次はねずみ」初夏に近い強い日差しを受けて、千佳ちゃんは汗を掻きながら、トレーナーの中に頭と両手を引っ込めて、屈み、もぞもぞと動いた。「ねずみ!」―もう手品じゃないじゃない。また勝手にルール作ったな―。メイちゃんは小さな子供を相手にするように「うん。ねずみだね」と拍手しながら言った。

14ガストロンジャー:2004/04/26(月) 22:26
<<つづき>>

お母さんに相談した。お母さんは「千佳ちゃんのお母さんは夜働いてるから、多分寂しいんじゃない」と言った。
それをメイちゃんに言ったら、「あたしの家も両親が遅くまでいないから気持ちが分かるなぁ。あたしはおねぇちゃんがいるからそれほど寂しくはないけど」緑色のトレーナーの腕をまくり「おかげで料理もできるもんね」とガッツポーズを作って。どう? とウインクをした。私はそのメイちゃんの誇らしげな顔をかっこいいと思った。
二人で相談したところしばらくは‘オトモダチ’でいようとなった。

「じゃ、最後の手品」砂場から私たちに向かって走ってきて、両手を握り私の目の前二十センチの所に拳を突き出し「さて、何が出るでしょう?」夕日を背にした千佳ちゃんは逆光で表情が読めなかったけれど、声が寂しそうだった。
私は「分からない」とぶっきらぼうに答えた。オトモダチごっこも限界だと思った。
千佳ちゃんは右手を開いて「お母さん」何も出てこないのを確認すると、あれぇ?左手を開いて「友達」あれぇ? 開いた両手の平を相撲の猫だましの様に私の目の前でパンッ!と叩いた。少し間をおいて「本当はアタシは何ももってないんだ。お金があるだけ」相変わらず逆光で表情は分からなかったけれど声は泣いていた。赤みがかったオレンジ色の夕日が千佳ちゃんのうぶ毛を金色に変え、その影は涙を隠した。鼻を啜る音がおっぱい公園で遊ぶ他の子供達の喚声に紛れた。
「あのさぁ。お母さんは千佳ちゃんの為に働いてるんだし、友達だって作れるんだよ。甘ったれるなぁ」私の右隣にいたメイちゃんはそう言って千佳ちゃんの目の前で‘猫だまし’をして、右手をきょとんとした千佳ちゃんの額に移動してデコピンをした。
「イタッ」大げさに千佳ちゃんが屈むのを見て「ね? 痛いでしょ? 誰でも‘されたら困る事’ってあるんだよ。それが分かれば友達なんて幾らでもできるよ」メイちゃんはぴーんと背中を伸ばて言った。メイちゃんはかっこいいと思った。
空は赤く染まり、夕日は家々の影で赤と黒の切り絵を見せた。雲からは金色の筋が何本も降ってくる。時間を作り出す太陽が沈んでも私たちは家に帰らなかった。西の空が燃え尽きても、夜がきても私とメイちゃんと千佳ちゃんは話を続けた。私たちのお腹を爆発させたのはシブヤでもメイクでもスタバでもなく、担任の緒方の話だった。千佳ちゃんは笑いすぎて泣いていた。本気で笑った千佳ちゃんを見たのは多分初めてだ。
ケータイ時計は八時を過ぎていることをつげ、私はおそるおそる家の玄関のドアーを開けた。「アンタ、着信拒否して何してたのよっ!」玄関でずっと待っていたお母さんに怒鳴られ、少しびっくりした。だけど、変だけど嬉しくなって怒っているお母さんに抱きついた。
「ちょっ。何?」天ぷらの匂いがした。今日は天ぷらか―嬉しくなってもっと強く抱いた。ふわっとお母さんの匂いがした。
「お母さん、あのね私の友達のメイちゃんは魔法が使えるんだ。今日も魔法で友達作ってくれたんだ」わたしはさらに強い力でぎゅっとお母さんを捕まえた。

<了>
多分これは男の子の友情の話だなぁ。女の子ではこうは行かないよね?っと半疑問系で書きました。
あと、‘大貧民(大富豪とも…)’は関東と関西でルールが全然違うので、ルールを決めておかないと喧嘩になります(^^;後はラウンジに書き込みます。

【感想】
>セドナさん
 初めまして。ええと。作品を読む前に自分の作品を書いたので、読ませて貰った時に「こんな上手い人の後に俺の作品かよぉ。だせねぇ〜」と思ってしまいました。数カ所『?』と思う部分もあるのですが、おそらく効果を狙ったのでしょうから(そこも含めて面白いと僕は判断したので)短編でこれだけ世界へ持っていけるのは凄いとしかいいようないです。僕はこの時代の文体を読んだことが無いので、ろくな感想も書けません。申し訳ない。
話も動いているし、主人公にも共感できちゃうなぁ。ラスト‘最愛’でぐっとキました

【次回のタイトルと書き出し】
タイトル:『月に向かって』

 書き出し:
今まで何度この感覚に襲われたのだろう。

で、いいのかな? (本文よか難しいですね。書き出しは)お願いします。

15うり:2004/04/28(水) 22:13
 今まで何度この感覚に襲われたのだろう。
下腹部がぱんぱんに張った重苦しい感じ。そう、敢えてたとえるのなら、便秘の不快感に近い。この三日間便通がないのは確かなのだが、
それともどこか違う。今日も、この嫌な感じを抱えたまま、これから仕事に出掛けなければならない。

「ヒローコさんに、は・く・しゅ。ハイ、飲んで、飲んで」
俺の手拍子にあわせ、顔中の皺と言う皺をファンデーションで塗り込めたババアが、いやあん、こんなに飲めないよおと品を作りながらグラスを傾ける。ババアの潤んだ視線が絡み付いて、キャバクラ『ビタミンC』の花梨に奢ってもらった夕食を思わずリバースしそうになる。
「タカユキはこの店のナンバーワンね」
ヒロコと言う五十がらみの女が、しな垂れかかり、うっとりと俺を見上げる。アルコールで濁った目がおぞましい限りだ。ああ、マジでカンベン。
「そう言ってくれるの、ヒロコさんだけですよ」
満面の笑顔を繕って、ぐいと顔を近付ける。当然、ババアの手を握り締めるのを忘れちゃいない。……若い男と遊びたいのなら、入れ歯の手入れ位ちゃんとやってくれ、アルコールの臭いと混ざって鼻が曲がりそうだ。
笑顔の裏側で、唾を吐きながら悪態をついた。

翌朝、久し振りに便意を催した俺は、喜び勇んでトイレに駆け込んだ。便秘だったから仕方がないのかも知れないが、硬い。とにかく硬いのだ。脳溢血で倒れるのではないか、と言うほど踏ん張った。渾身の力を振り絞った時、ぽんっと音がして、爽快感に包まれた。ようやく絞り出した快感に打ち震えながら、ぽんって一体何だ? と思った。
便器を見ると、白い物体がぷかぷかと浮かんでいる。
「う」小さな叫びを上げ、我が目を疑った。それは、どう見ても卵に見えた。目を細めても、思い切り広げても、どう見ても卵だった。
「俺が産んだ、のか?」
思わず掌でお腹をさすると、ついさっきまでの張りが嘘の様に、ぺっこり、すっきりしている。おぞましさの余り目の前の光景を認めたくなくて、流してしまおうとも考えたのだが、絶対に詰まる、と思い直した。とりあえず、柄付きブラシで突付いてみた。たっぷりとした存在感があって、確かに何かが入っている様子だ。直接手を触れない様にブラシで手繰り寄せ、マットでそっと包み込んだ。その途端、卵がぱりんと割れた。
「よう、だいぶ待ったぜ」
そう言って中から現れたのは、紛れもない亀だった。
(つづく)

16うり:2004/04/28(水) 22:16
「お前さんはよお、浦島太郎の末裔なんだよ」
亀は、らしくない素早い動きで便座の上に飛び乗ると、脚をぶらぶらさせながら話をはじめた。
「乙姫ちゃんはよ、お前さんの先祖に見捨てられて、そりゃあもう荒れたワケ。でもさ、振られる前に予感があったんだろうな。アタシ、この人を忘れられないって」
完全に呆けていた俺には、亀の話は右から左だった。
「でさ、太郎くんに逃げられる前に、DNAにこっそりオレ様を仕込んだワケだ。あ、正確にはオレ様じゃなくて、卵だけどな。まあ、そりゃどうでもいいや。で、やっぱり乙姫ちゃんは、太郎君を思い出しちゃったのよ。で、その想いでオレ様が目覚めちゃったワケ。分かる?」亀はいったん息を継ぐと、「と、言うワケだからさ、オレ様としてもシモベの役目を果たさなきゃならないのよ」と言うと、突然二メートルばかりに成長した。
腰を抜かさんばかりに驚いたのだが、狭いトイレいっぱいに甲羅が広がって、座り込む事すら出来なかった。
「行くぜ」
亀は俺の腕を掴んだ。
「い、行くって、い、一体どこへ?」
「全ての道はローマに通じるって習っただろ。水ある所は竜宮城に通じてんだよ」
そうして亀は、俺の腕を掴んだままトイレの中にダイブしたのだ。

頭の下がごつごつと固くて目が覚めた。見上げて思わず息を飲んだ。皺の数を数えれば、十年あってもまだ足りないと言うほどのババアが、俺の顔をじっと覗き込んでいる。そこでようやく気付いた。頭の下の固い物は、ババアの腿だと言う事を。
「会いたはったあ……ありぇから三百年」
口をもごもごさせながら、熱い吐息混じりにババアが呟く。……と、言う事はつまり。
「お、お、乙姫えええ!」
昔話のいい女のイメージとかけ離れたその姿に、思わず絶叫した。
「うれひい。覚えてひてくれたのね」そう言いながら、かさかさ、じょりじょりと頬擦りをする。乙姫の乾ききった肌はヤスリみたいで、俺の頬は傷だらけになった。
竜宮城に来てまで、またババアだあああ! 心の中で雄叫びをあげ、一目散に駆け出した。

「乙姫ちゃんって、マジでカワイすぎ。本気で惚れちゃいそうで恐いよ」
グラスに酒を注ぎながら、そっと肩に手を回す。乙姫ははにかんだ笑みを浮かべ、「うひょ。誰にでもひってるんでひょ」と俺の手をつねる。
視界の片隅に、牙を剥き出しにしたサメが見える。
月明かりが薄っすらと差し込む竜宮城のテラス。見上げると、水面で揺れているであろう月の影。
「きょんなにドキドキひてるの」
乙姫は俺の手を胸元へもって行く。肋骨が浮き出たごつごつとした感触に、思わず項垂れる。
「はら、太郎も照れてりゅの?」
俺は乙姫の言葉を聞き流しながら、この明かりを辿って行けば、元の世界に戻れるのに、と溜息をついた。

 <了>

17うり:2004/04/28(水) 22:22
>ガストロンジャーさん
はじめまして。ほっと心温まる作品ですね。ただ残念なのは、前半と後半の落差でしょうか。
後半は妙に理屈っぽくなり過ぎている気がします。あと、千佳ちゃんがどうして急に自分の心を
打ち明けたのか、その辺りの理由と言うか、きっかけが欲しかった気がします。

>次の方へ

敢えてタイトルと書き出しはガストロンジャーさんの継続で。
他の方の料理を是非堪能してみたいです。

【次回のタイトルと書き出し】
タイトル:『月に向かって』

書き出し:今まで何度この感覚に襲われたのだろう。

18柿美★:2004/04/30(金) 01:54
>ガストロンジャーさん
夕日の情景が染みますね。
それにメイちゃんのキャラクターがとってもいい。なんだか自分の作品にぱくりたくなりました^^;
細かい点なんですが、担任の緒方の話ってくだりは「なんで笑えたのか」がちょこっと差し挟んであるといいと思いました。このくだりがある意図は勿論わかるんですが。

>うりさん
あはは、と乙姫の喋りで笑ってしまいました。意図的に悪趣味なお話にされてて(失礼な言い方だろうか^^;)面白かったです。
トイレが竜宮城に繋がってるというのは、なぜかドラえもんを思い出しました。なんでだろ?

で、私なんですが……すいません、長いです^^;
三千字ちょいあります。二千五百字程度の「程度」はどの程度……?
先に次のお題だけ書いておきます。

【次回のタイトルと書き出し】
タイトル『波打つ地面』
書き出し:授業中に美貴は突如思い立ち、がらがらと椅子を鳴らせて立ち上がった。

19柿美★:2004/04/30(金) 01:56
「月に向かって」

 今まで何度この感覚に襲われたのだろう。最初にはっきりと自覚したのは小学三年生の時。下校途中の歩道橋の上で突如耳がきーんと鳴りだした。空気がざらりとした質感を持つものに変わるのを感じた。私の手の平の肌色やスカートの赤色が灰色に変わったと思ったら、その灰色は私の体から全方位にひろがっていき、瞬く間に世界が灰色のモノクロームに塗り替えられた。
 そして、歩道橋の上から見える一番遠くのビルにサタンを見た。あのノッポの細身のビルは『上出ビル』だな、とぼんやり思った。なんで名前を知っているかというと、片仮名で読むと「カミ・デビル」だとクラスで話題になったからだ。カミデビルにサタンがへばりついている。キングコングのように巨大なサタンが、キングコングのようにカミデビルにしがみついている。灰色のモノクロームの世界に、蝙蝠のツバサとねじれた二本の頭のツノと山羊のシッポを持った黒いシルエットが切り抜かれている。
 で、今なのだけれど。もう随分と慣れてしまった。耳がきーんとしだすと「ああ、またきた」と溜息をつくだけだ。
『また見えてる?』モノクロームの佐由紀が伝票の裏にそう書いて私に見せる。きーんとしだすと他の音が聞こえなくなるのだ。
「うん。あそこの電柱あるでしょ。てっぺんにメガネザルがいる」私は窓の向こうに見える電柱を指差す。私と佐由紀はデパートの二階にある喫茶店でお茶を飲んでいる。店内は客が多くてがやがやとした雰囲気で、窓の下にも通行人がひっきりなしに通ってるのだけれど、そんなこととはお構いなしに夜のとばりが降りた窓の風景の中に、サルがいる。メガネザルと言ったのは学名のことではない。鼈甲のメガネをかけた、おまけに博士帽まで被ったサルなのだ。サルは電柱のてっぺんからこちらを見て、きぃっと歯を剥きだして笑う。狡猾な人間の笑顔。
 私は、慣れたと言ってもやっぱり気分が悪い。テーブルに突っ伏して『この感じ』がひいていくのを待つ。向かいの佐由紀が手をのばして肩をさすってくれる。
 今回はメガネをかけたサルだったけれど、彼らはいつもまちまちの姿で現れる。夜空を浮遊する巨大ウミガメや、高層ビルをよじのぼっていくオバサンも見た。ウミガメはいまにも真下にいる私を押し潰しそうで怖かったし、ビルをよじのぼるオバサンは太っていて最初ユーモラスだと思ったのだけれど、よく見ると私のお母さんの姿をしていたのでゾッとした。私の見る彼らは、いつも不快な姿で現れる。
『まあ、彼らの姿は蓉子の心の裏側だから。ぼくが見る彼らはまた違った姿をしているもんだよ』
 洋二叔父さんは時々天使とかムクムク毛のかわいいケダモノを見たりすると言っていた。羨ましい。なんで私だけ?
 徐々に『あの感じ』がひいていく。ざらりとした空気が、室内の暖房と人の気配に満ちたそれに変わっていき、きーんという耳鳴りも遠ざかり、佐由紀や周囲の客の声がオーディオの音量ボリュームをひねるように大きく聞こえてきた。
「大丈夫?」鮮明なカラーに戻った佐由紀の心配顔。
「大丈夫。でも、ごめん」
「よっしゃよっしゃ」佐由紀は笑顔で私の頭をくしゃくしゃっとしてくれた。結局、約束していた映画は見ずに帰ることにした。席を立つ時に窓を振り向くと、勿論さっきの電柱にサルはいなかった。

<続きます>

20柿美★:2004/04/30(金) 01:57
 佐由紀と別れて帰りの電車に乗る。彼らを見たあとはどっと疲れてしまう。満席なので仕方なく吊革に頭を預けながら、ついつい彼らのことを考えてしまう。今日のメガネザルはなんの暗示だろう。たぶん、昨日テレビで見た二桁の足し算ができるニホンザルと、あとは昼間上司にミスを怒られたことの二つが混じったんだろうな。「いつまで新人のつもりでいるの?」そうぼやいた上司の顔とメガネザルはそっくりである。
『彼らは心の裏側だからさ。不快なものばかり見るのは精神が健康な証拠だよ。蓉子はいつも戦ってるんだね、一生懸命生きてるんだ。そのへんぼくは駄目だなあ』
 私にいろんなアドバイスをくれたのは、お父さんの一番下の弟の洋二叔父さんだった。最初にあのカミデビルのサタンを見たとき、私の頭は空っぽになってしまった。ぞわぞわした寒気が間断なく襲い、コールタールのように真っ黒な不安が足元に溜まっていて、いつそれが這い登ってきて私の全身を覆ってしまわないかと毎日脅えていた。そんな私の元へ洋二叔父さんはひょっこり顔をだした。ぼくも見るし、うちの家系は時々見る人間が出てくるんだよ。彼らは異世界の住人かもしらんけど、影のようなもんさ。蜃気楼のようなもの。ただ居るだけでなにもできやしない。そう諭されて、足元に溜まっていたコールタールがすっとひいていったのを覚えている。
『いいかい。綺麗なもの、優しいもの、愛らしいものを見たら要注意だよ』
 小さかった私の頭を撫ぜながら、洋二叔父さんは言っていた。昔、叔父さんの下の弟が、そんなものばかり見ていて取り込まれたという。叔父さんの弟(つまりお父さんの弟でもあるんだけど。私は存在も知らなかった)は、ずっと幼い時から彼らが見える性質で、綺麗な・可愛い・優しい彼らばかり見ていた。そんな彼らばかり見ていたから、弟は八歳の時にふいっとあっち側に行ってしまったという。それ以来戻ってきていないという。
『綺麗で、優しくて。そんなのばかりじゃあ詰まらないだろう。蓉子は行っちゃあ駄目だよ』
 そう言って叔父さんは寂しそうに笑っていた。
 電車が最寄駅に着いた。思い出に浸りながら改札を出て、私はどきっとした。洋二叔父さんが改札を出た所に立っていた。ぼろぼろのコートを着て、もう何日も剃っていない無精髯で。また仕事を辞めたんだろうか。
「やあ」叔父さんは右手を挙げた。二年程会ってなかったけど、また皺と白髪が増えている。この人は一年で三年分くらい歳をとる。私とは一回りしか違わない筈なんだけど、まるでお爺さんだ。
「叔父さん……」なんと声をかけていいのかわからない。家で待っていなかった理由はわかる。二年前にお父さんが紹介した仕事を辞めてしまってから、叔父さんは家に来ていない。
「大人になったね、蓉子。今日はお別れに来たんだ。どうも、駄目らしい」
「……」二年前までは、私も叔父さんと顔を会わせる機会があった。会うたびに老け込んでいく叔父さんを見続けていたから、いずれこの日が来るとはわかっていた。引き止める気持ちがおこらない。そんな気持ちは二年よりもっと前に失われていた。
「どこへ行くの」と私が俯きながらようようと聞くと、叔父さんはやつれた笑顔で夜空を指差した。満月。
「彼らはいつも手の届かない所に現れるだろう? で、わかったんだ。決して手に届かなくて、それでいていつも見ることのできるもの。あれさ」
 きっと叔父さんの顔は皺だらけでも、瞳だけは昔のようにやさしく笑っているんだろう。私は俯きながら握った拳に力を込める。
「あそこで弟が手を振っているのがぼくには見える。蓉子には見えないだろう? うん、それでいいんだ。蓉子はずっと見えなくていい」
 不意にきーんと耳鳴りがした。いつもとは全然違う、右の鼓膜から左の鼓膜を突き抜ける強烈な音。私は耳を抑えて目を瞑った。音はすぐに止んで、目を開けると叔父さんはいなくなっていた。私は満月を仰ぎ見た。周りはモノクロームになっていないし、空気もざらりとしていない。なのに、満月に彼らを見た。満月いっぱいに、頭の大きな、ちっちゃな手の胎児が映っていた。胎児は時折、頭をゆすったり、手をグーパーさせたりしている。私の胸の奥から、ぐつぐつと溶岩がわいてくる。溶岩は私の体内で波打ち、荒れ狂い、全身に隅々まで行き渡り、私はどうしようもなくなって、満月に向かってばかやろう、と叫んだ。何度も何度も、狼男のように吼えた。
<了>

21セタンタ:2004/05/02(日) 10:54
おはようございます。とてもよいお天気です。
>柿美さん  『月に向かって』
 ごめんなさい。何度も読み返したのですが、心の裏側の説明がどうしても理解できませんでした。私は機械にも弱いけど、やっぱりSF的なものにも弱い。頭がついていけませんでした。
 それでも、描写の力強さはわかります。幻影(?)もしっかりと目に浮かんだし、ラスト、主人公が月に向かって吼えるところは、とても良かったです。どうしようもない、どこにぶつけていいか、わからない彼女の怒りの表現は素晴らしかった、と思いました。

 スミマセン。私の作品も長いです。かなり削ったのですが、これ以上は無理でした。(^^ゞ

 次回のタイトルと書き出しです。
『サイレント』
「初めて彼女を見た時、身動きができなかった。全ての音が消え、色は失われた。
 そして、僕は、   」

「僕は」は、「俺は」でもOKです。

22セタンタ:2004/05/02(日) 11:04
      『波打つ地面』

 授業中に美貴は突如思い立ち、がらがらと椅子を鳴らして立ち上がった。
「逃げなきゃ」 教室を飛び出し、廊下を走った。土足でグランドに向かい、枝垂れ桜を通り過ぎる。屋外プールに走りこみ、セーラー服のまま水の中に飛び込んだ。
 ぶくぶくと空気の泡が出、視界がゆらぐ。三つあみのリボンがほどけ、長い髪が触手のように広がっていく。ゆるやかに舞い上がろうとするスカートを押さえ、水底に到達した。冷たい水が高ぶった神経を麻痺させる。プールの底の青いタイルがぼやけ、足を蹴って水面に浮かび上がった。
 桜の下に男子生徒が立っていた。ナオト。神尾直人。確か、新聞部の部長だ。
 直人は学生ズボンのポケットに両手を突っ込んで、険しい顔でこちらを見ている。美貴はいったん水に沈んだ。再び水面に顔を出した時、直人はいなかった。
「ヘンなヤツ」美貴は呟くとプールサイドに向かって泳いだ。親友の葵が手を差し伸べる。美貴は葵の手に掴まりながら、水の中から上がった。濃紺のスカートはぐっしょりと重い。プリーツを掴んで両手でぎゅっと絞った。「保健室に予備の下着があるから、借りるといいよ。私は教室に戻って美貴の体操服を持ってくるから」葵が笑った。
 美貴は葵と別れて保健室に向かった。ブリキのバケツに脱いだ制服を放り込み、体操服に着替えた。「寮母さんの所に持っていくね。明日までには乾くと思うよ」葵がバケツを持ちながら言った。
 渡り廊下を通って寮に向かう。ここは明治末に創立された全寮制の学校で、音楽科は県下でも有名だ。葵という親友もでき、美貴は毎日が充実して楽しかった。
 薄暗い寮の廊下を、ひたひたと裸足で歩いていく。体が重く、頭がぼうっとしていた。天井の古臭い照明器具が廊下の両側にずらりと並んだ部屋の番号を浮かび上がらせる。一番奥が美貴の部屋だ。引き戸を開け、入室した。押入れから布団を引き出すと、倒れこむようにし布団の中に入った。眠りに落ちる寸前、ここは女子高だった事に気付いた。

「美貴、おはよう!」
 ぱちっと目が開いた。上から葵が覗いている。「お寝ぼうさん、朝食に遅れるよ」
 一晩ぐっすり眠ったおかげで、頭も体もすっきりとした。布団の上に起き上がり、大きく欠伸をすると、おなかがぐうっと鳴った。葵が笑って、たたんだ制服を手渡してくれた。
「はい、制服。上履きは寮の下駄箱に置いたからね」「サンキュ!」美貴が明るく答えると、葵の表情が曇った。
「ねえ、美貴。この学校では正しい日本語を使う事になっているの。だから、外国語を軽々しく使ったら叱られるよ」一瞬美貴は戸惑ったが、深々と頭を下げた。
「お気遣い、かたじけない」「苦しゅうない」葵も頭を下げる。そのまま、ちらっと上目で見る。二人の目が合い、ぷっと吹き出した。
 放課後、葵と音楽室に向かう。葵は声楽の勉強をしていて、美貴がその伴奏をした。音楽室への階段を昇り始めた時、美貴は楽譜を忘れた事を思い出した。葵に先に音楽室へ行くように言ってから、急いで寮に向かう。渡り廊下の窓ガラスの向こうにプールと枝垂桜が見えた。桜は花がすっかり落ち、夏枯れのような風情だった。桜の下にちらっと黒い人影が見えた。
 神尾直人だ。
 美貴は走って桜の樹の下に行った。「神尾君、どうしてこんな所にいるの? ここ、女子高だよ」
 直人が振り向き、目を瞠った。「いいか、よく聞いてくれ」直人が怒ったように言う。
「やつらに引きずり込まれそうになったら、ここに逃げてくるんだ。この枝垂桜、この樹に掴まって、どんな事があっても手を離しちゃ駄目だ。いいな、約束だ」有無を言わせないその口調に、美貴はむっとした。「そんな変な約束をする理由はないわ」「いいから、約束するんだ」「あのね、ここは女子高なの。第一、何でそんな命令をするの?」「好きだからに決まってるだろ!」美貴はまじまじと直人を見詰めた。直人が怒って言う。「あーっ、こんな形で告るつもりはなかったのに! いいか、約束を忘れるな」直人の真剣な瞳が美貴を捕らえる。思わず、美貴は頷いていた。
 風がざん、と吹いた。美貴は目を瞑った。目を開けた時、直人はいなかった。セーラーの襟に桜の花びらが散っていた。手で払い落とそうとして止めた。名残の花びらで栞を作る事にし、一枚一枚指で摘んで胸ポケットに入れた。

23セタンタ:2004/05/02(日) 11:10
 翌日、校庭で全校集会が行われた。空は真っ青に晴れ渡り、白い入道雲が太陽の光を反射していた。生徒指導の教師の話が延々と続く。その時だった。きーん、という音が聞えた。手を翳して見上げると、銀色の機影が見えた。甲高いサイレンが響き渡った。女生徒達が悲鳴を上げ、教師が逃げるように叫んだ。立ち竦んでいる美貴の手首を葵が掴んだ。「早く、美貴っ!」葵が叫んで美貴を引っ張って走る。逃げ惑う女生徒達に押し流され、葵の手が離れた。足がもつれ、美貴は転んだ。地べたに倒れた時、胸ポケットから、はらりと桜の花びらがこぼれ落ちた。
 <いいな、約束だ>
 直人の声が聞えた。はっとして目を上げると、閃光が見えた。耳をつんざくようなバリバリという轟音が響く。閃光が連続し、白煙があがる。防空頭巾をかぶり、セーラー服にもんぺ姿の女生徒達が悲鳴をあげて逃げ回っていた。オレンジの火の玉が落とされ、校舎に火がついた。
 <いいな、約束だ>
 直人の声に弾かれたように、美貴は立ち上がった。枝垂桜に向かって走りだす。押し寄せてくる女生徒達をかき分け、懸命に走った。地面がぐらっと揺れた。足を取られ、バランスを崩す。崩しながらも、走るのを止めなかった。光が頭を掠める。誰かの泣き叫ぶ声がした。それでも走った。ようやく枝垂れ桜に辿り着き、樹にしがみついた。
「美貴!」振り向くと葵がいた。片方の三つあみがほどけ、顔は煤けていた。
「美貴、私と一緒に逃げて」葵が泣きながら言う。「ここにいたら危ない。音楽室に行こう」
 校舎の二階は炎が上がり燃えていた。美貴は首を振った。
「美貴、お願い。私達は親友でしょ。もう一度、私の伴奏をして、ね、美貴」
 地面が大きく揺れた。手が滑り、樹から体が離れる。足元が傾ぎ、ゴゴゴゴッ、と地の底から低い音が湧き上がてきた。空気が震える。グランドの中央がすり鉢のようにへこみ、土が流砂のように吸い込まれていった。葵が美貴の左足首を掴み、無数の手がさらにその上から掴んでいた。美貴は悲鳴をあげた。ふくらはぎが掴まれ、右の足首も掴まれる。地鳴りは続き、機銃掃射の音が重なる。地面の底に真っ暗な穴があき、底へ底へと何もかもが流れ落ちていった。桜の根元の地面が傾き、根があらわになる。
「いやあああっ!」美貴は叫んだ。底に引きずりこまれそうになったその時、ふっ、と足首を掴んでいた力が消えた。美貴は必死に這い上がり、桜の根を両手で掴んだ。
 足元を見下ろした時、葵の顔が見えた。悲しそうな顔で、ほんの一瞬微笑んだように見えた。もう一度、大きな地響きがして、美貴の体は跳ね上がった。

 誰かが、自分の名前を呼んでいた。目を閉じていたが、あたりが白く眩しいのを感じた。消毒薬の匂いがする。ピピッという電子音や人の動き回る音が聞えた。
 瞼をゆっくりと開ける。真っ先に見えたのは泣いている母の顔。それから、その後ろに立っている、怒った顔の直人。美貴が直人を見上げると、初めて直人は笑顔を見せた。

 一週間前、美貴は音楽室でピアノの練習をしていた。大きな地震があり、半壊した音楽室の中に閉じ込められた。助け出されたものの、頭を強く打って、ずっと昏睡状態だった。
 美貴の高校は数十年前までは女子高だった。終戦の直前、機銃掃射の攻撃を受け、多くの女生徒や教師が亡くなっていた。木造の校舎は焼夷弾が落とされ全焼したが、奇跡的に、創立時に植樹された枝垂れ桜だけは残った。
 直人は「新聞部の腕をナメンナヨ」、とおどけて言ってから、調べた事を教えてくれた。
 その時に亡くなったのが高橋葵で、音楽科の生徒だった。美貴と同じ十七歳の葵。
 葵の微笑みを思い出す事がある。つかの間、共に過ごしただけだが、今でも親友だ。
 新しくなった音楽室で、放課後、美貴はピアノを弾く。葵の声を聞きながら、伴奏する。

24海猫:2004/05/02(日) 13:35
 コラボ即興文、初参加です。
 皆さんへの感想批評は、SIDE-Bに書きますので、気長にお待ち下さい。

○次回のタイトルと書き出し。

 ――犬も歩けばニャンとやら――

「……………………」


 では作品に移ります。
 

『サイレント』

 初めて彼女を見た時、身動きができなかった。全ての音が消え、色は失われた。
 そして、僕は、気が付くと保健室の白い天井を見つめていた。
「う……あ……?」
 自分の呟きが必要以上に大きく聞こえた。遠く、体育館の方から、歓声や喧騒が聞こえる。まるで自分だけ片隅に忘れ去られたような、そんな不安感がじわりと湧いた。
 その時、シャッ、という歯切れの良い音がして、カーテンが開かれた。それにつられてそちらを見ると、そこには保健委員の鹿山ユカが心配そうな表情で立っていた。
「あ、良かった。タイチくん、気が付いたんだ」
「…………ッ!」
 僕は返事をしようとして、咽喉が引き攣った。言葉が出ない。
「びっくりしたんだよ。覚えてる? 体育の授業中、いきなり倒れちゃったんだから。ひょっとして、貧血持ち? ……あ、今ちょっと先生いないの。だから悪いけど、独りで休んで先生待っててくれる? 私、授業に戻らないと。女子バスケなんだけど、人手が足りなくてさ」
 鹿山がそう言っている間も、僕は彼女から目を離す事が出来なかった。僕は何か言おうと口を動かしたものの、ぱくぱくと反復を繰り返すばかりで声が出ない。
「じゃ、ゴメンね。おやすみ〜」
 そう呑気に言い残し、鹿山はカーテンを閉めた。待って! と心の中で悲鳴を上げる。が、それは無論鹿山に届く事もなく、ドアの閉じる音によって、僕は世界と隔絶された。
 静寂の中、僕は相変わらず視線を外す事も出来ず、彼女を見つめ続けた。何だ? これは、何なんだ? 自問が心を埋め尽す。が、返ってくるのは谺ばかり。何なんだ?
 白いカーテンで四角く切り取られた世界の中、彼女はその隅に佇んでいた。……彼女? あれは本当に「彼女」なのだろうか? はっきりとは分からない。「彼女」はまるで不定形な靄のように境界線の曖昧な、ただ人を象っているだけのモノなのだから。しかし何故か、僕にはその靄が「彼女」であるという確信があった。根拠もなく。
 ……幽霊? ふと僕の脳裏に、そんな単語が思い浮かんだ。これが俗に言う、幽霊という奴なのだろうか。そんなものがこの世に? しかし現に、鹿山には「彼女」の姿は見えていないようだった。自分のすぐ隣に「彼女」が立っていたというのに。

 ↓

25海猫:2004/05/02(日) 13:37
 しばらくの間、僕と「彼女」の睨み合いは続いた。睨み合い。そう、「彼女」もまた、僕を見つめているのだ。目は無い。「彼女」は何処までも、ただ人の形をした靄だった。時折ふわりと形を崩しては、また人の形に戻る。それを繰り返し、僕を見ていた。
 どれだけ時間が経っただろうか。僕はふと、自分に余裕がある事に気付いた。「彼女」はただそこにいるだけで、僕に対して何か害を為そうという意志はなさそうだという事が分かったのだ。僕は意を決し、息を飲み込んで口を開いた。
「……キミ、さっき体育館にいたよね?」
 思ったよりもしっかりと言葉が出てくれた。が、「彼女」はやはりもやもやと揺らめくだけで、何も返事をしてはくれなかった。それでも僕は、再度口を開いた。
「さっき、何を見ていたの? 女子のバスケ? あ、仲間に入りたかったとか。でも、女子ってバスケの試合で昼飯賭けてるんだよ? 笑っちゃうよね。鹿山――あ、さっきここにいた奴だけど、鹿山もこの前十点差で負けてカツサンド奢らなくちゃならなくってさ。カツサンドって、購買部に十秒以内に駆け込まないと買えないくらい人気があるから――」
 僕は話し続けた。この間の抜き打ちテストの事。友人の事。先生の愚痴。部活の悩み。ちょっとした自慢。思い出話。何故か次々と話題が生まれた。きっと「彼女」は聞き上手だったのだろう。
 いつの間にか、「彼女」は僕のベッドのすぐ横に立っていた。心なし最初よりも人の形を整えつつあるように思えた。しかし僕には、恐怖心は全く無かった。
 僕はふと、最初からずっと「彼女」に訊きたかった事を思い出した。けれど、それは口に出して良いものか憚られた。でも、僕は言う事に決めた。どういう結果になるにしても、分かり合おうとする努力は大切だと思うから。
「――ねえ、キミは誰なの?」
 シャッ、という歯切れの良い音と共に、カーテンが開かれたのはその瞬間だった。驚いてそちらを見ると、保健の松田先生が立っていた。
「あら、病人さん? サボリじゃないでしょうね」
「あ、はい……――あ」
 はっと気付くと、「彼女」はもうそこにはいなかった。消えた? きょろきょろする僕を、先生は怪訝そうに見つめた。
「どうしたの? ……あ、そういえば他に誰かいた? 何か話し声が聞こえたんだけど」
 僕は、どう答えたら良いものか迷った。嘘を吐くのは容易い。でも、しかし――。
「……友達、です」

 結局、「彼女」は最後まで一言も話さなかった。でも、僕は何か彼女と通じ合えたように思える。どういった点で通じ合えたのかは分からないけれど、しかし、何となく、曖昧に、けど確実に。それは幻なんかじゃ絶対無いと、少なくても僕は信じていたい。
「彼女」は何者だったのだろうか。今日も学校の中を彷徨い、誰かを見つめているのだろうか。一言も話さず、ただ聞き耳だけを立てて。彼女は静かに、そこに存在し続けるのだろうか。
 とりあえず僕は、今のところ再び彼女に会えてはいない。そう、今のところは。次は僕から名乗ってやろうと、実は密かに思っている。

 ―了―

26海猫:2004/05/02(日) 16:40
 え〜、僕の出題ですが、タイトルと導入部の文字数制限を失念してしまっていたので、仕切り直しです。風杜さん、闘病中だというのにわざわざ申し訳御座いません。

○タイトルと導入部
 ――彼我の考察と高察――

「そもさん」
「せ、説破!」
 思わずそう答えてから後悔する。パブロフの犬って奴だ。
「『長き箸にて飯を食う』とは、これ如何に?」


※これは禅問答の一種でして、唯一無二の答えは存在しない質問です。
 とりあえず、こんな感じでしょうか。今度こそ間違いないと願いつつ。

27うり:2004/05/04(火) 16:02
――彼我の考察と高察――

 「そもさん」
「せ、説破!」
 思わずそう答えてから後悔する。パブロフの犬って奴だ。
「『長き箸にて飯を食う』とは、これ如何に?」
「面倒くせえから、箸を持ったヤツごと食ってやる」
説破とは言ったものの、答えが浮かばなくて面倒になった。だいたい、問答集だってろくに覚えちゃいねえ。
「兄貴、それじゃ駄目じゃないっすかあ」
「うるせえ」
「お遍路さんをだまして食うだけじゃツマラナイから、今度は腐れ坊主をだましてみようって言ったのは兄貴じゃないっすか」
 俺達は、この峠に住む妖怪だ。腹が減ったら、お遍路さんに幻覚で夕暮れを見せて、ねぐらに連れ込むだけだ。昼間でも鬱蒼とした杉林、僅かばかり陽が差す薄闇の峠道じゃ、連中は心細い限りなのか、声を掛ければひょいひょいついてきやがる。腹は満たされるが、それだけじゃ何だかツマラナクなった。すぐに騙されるやつらじゃなくて、問答慣れしている坊主なら、騙し甲斐もあろうと言う目論見だった。
「やっぱ坊主は面倒だ」
 そう言うと、つるりと舌を伸ばして、十メートルばかりの樹上で寝転がった弟分の手から、問答集を奪う。弟はバランスを崩して地面に叩きつけられ、車にひかれた蛙みたいにぺしゃんとなった、ふりをした。その証拠に、尖ったつま先で蹴飛ばしたら、一瞬の内に、元通りの河豚みたいな身体になりやがった。まったく食えねえヤツだ。
「兄貴にやる気がないのなら、オレがやりますよお」
 膨れた腹のてっぺんから、にょっきりと蛇の様に伸びた臍を撫でながら、弟は胸を張る。オレは、右の牙の根っこに挟まった肉の欠片を、ババアの大腿骨でシーハーやりながら、出来るもんならやってみろってな気分で、問答集を返してやった。
  *
 ううむ、霧雨とは言え、地面が濡れていると歩きにくい。草鞋が滑る事もさる事ながら、白足袋に水気が染み込んで実に気持ち悪い。
 網代笠をつと持ち上げ、目を細めて天を仰いだ。薄い雲が次々と風に流されて行く。この様子だと、まとまった雨にはなりそうにない。だが、峠に闇が訪れるのは早かろうと、少しばかり足を速めた。
 その時、滲んだ視界の先に人影が見えた。思わず胸の袈裟行李に手を当てた。目を細めて様子を窺いながらそろそろと近付く。
 女の二人連れだ。大きな杉の根元でしゃがみ込んでいる。親子だろうか。白髪混じりの五十がらみと二十歳前半と言う感じだ。
「あの、お坊様、すいません。母が足を挫きまして」
 娘と思しい女が顔を上げた。……卵型の整った輪郭、際が若干切れ上がった一重の涼しげな目。白目は少しばかり青味がさしている。達筆な者が細筆ですうっと線をひいた様な鼻筋。ああ、それに、ほんのりと桃色の薄くて小さな唇。
 美しさに思わず見とれてしまった。
「お坊様?」
「あ、ああ、いや、すまない。少々考えごとをしてしまった。だが、私はお坊様ではない。見ての通り、修行中の身なのです」
「いえ、いえ、そんな。仏様に仕える身であればそんな事など関係ありません」
そう言いながら娘は、母親の足首を示した。赤紫に丸太の様に腫れ上がっている。軽く触れただけでも、痛っ痛たたたっ、と母親は大声をあげ身をねじる。
「この様子では、これ以上歩くのは無理でしょう。どこか近場に宿でもあればいいのですが」
「……あの、わし、この近辺に隠れ湯治場があると聞いた事がありますう」
 母親は顔を顰めたまま、ウエストポーチから地図を引っ張り出し、この辺りと指し示した。
「とにかくこのままでは埒があかない。とりあえずそこを目指しましょう」と、娘に手伝ってもらって母親を背負った。しかし、小柄で痩せた見かけとは裏腹に、物凄い重さで、思わず足がふらついてしまった。この母親を背負い続けられるのかと不安になりながらも、「まかせなさい」と娘に微笑みかけてしまった自分が悲しかった。これでは、雲水にもなりきれないと思いながら、小さな溜息をついた。
 娘は、行李を持ちましょうと言ったのだが、やんわりと辞退した。これを人様に触らせるわけにはいかない。
<つづく>

28うり:2004/05/04(火) 16:03
<つづき>
 「お坊様、本当に助かりました」
 親子は深々と頭を下げる。二時間ほどで湯治場に着いたのだが、私はふらふらで、一歩も歩けなかった。足も腰も背中も、母親の重さが堪えたらしく、鋼の様に張っている。早く湯に浸かって疲れをとりたいと、挨拶もそこそこに腕で這う様にしてその場を離れた。
 隠れ湯治場と言うだけあって、湯には誰もいなかったし、宿にも人影は見えなかった。宿とは言っても、掘っ立て小屋に毛が生えた感じで、いわゆる商売の宿とは趣が違っている。湯に来た人間が一休みするだけの雰囲気だ。
「お背中、流しましょうか」
 女の声に振り返ると、いつの間にか娘が立っている。透けるほどの白い肌、ちいさな乳首がつんと天を向いた、型のいい乳房。しかも、乳輪は赤子の肌に似た淡いピンク。縦に切れた小さな臍。腰は贅肉の欠片も窺えない締まりよう。そして、儚げな黒い茂み。一糸纏わぬ姿で私の前に立っている。もちろん、私自身も立っている。
「あ、ああ、いや。結構。お気使いは無用です」
 しどろもどろになって、視線をあらぬ方向にそらす。
「そんな事をおっしゃらずに。こんな事でしかお礼を出来ませんから」
 娘は乳房をやんわりと背中に当て、股間に手を伸ばす。
「あ、あ、いや。お礼など本当に結構、あ、あれ、い、いや、本当に、あうっ」
「お坊様、ここは、お言葉通りではありませんよ」
 くすりと笑いながら、熱く猛ったものを柔らかく握り締める。
「あ、あ、ああああ」
 ――パンパンパン、パンパンパンと、肉を弾く音が山中に響き渡った。
  *
「本日午前八時頃、○○県××町の山中で、女性二人の遺体が発見されました。遺体には、銃器によると思われる複数の傷があり…………なお警察では、付近に逃げ込んだと思われる、銀龍組組長、安田剛毅さん殺害犯との関連も含めて捜査中です」
私は、食堂でテレビを見ながら、首を竦めて辺りを窺った。
あれは人間じゃなくて化け物だったんだ。
   *
「『長き箸にて飯を食う』とは、これ如何に?」
 娘は耳に息を吹きかけながら、握り締めた手を、ゆっくりと上下に動かしはじめた。
「『長き箸にて飯を食う』とは、これ如何に?」
「ああ、あうっ。め、面倒だから、箸を捨てて手掴み」
 我慢の限界だった。振り返って娘の唇を奪った。その時だ、娘の舌が、口の中にぬるっと入って来た。先が二つに割れた舌が、だ!
「きゃはは。坊主っても、色仕掛けにはこんなモンだ。ねえ、兄貴」
 目の前に、二つの舌をべろんと垂らした、河豚の様にふくれた体長二メートルばかりの大蛙がいた。その後ろに、角と牙を生やした蜥蜴が……。
「坊さんよお、『長き箸にて飯を食う』とは、これ如何に?」
 にやにや笑いながら蜥蜴が言った。その瞬間、私は行李から拳銃を取り出し、ぶっ放した。
  *
「だから、さっさと食っちまえばよかったんだ」
「すまねえ、兄貴」
 俺は、消え行く命の灯を惜しむ間もなく文句を言った。
「おめえみてえなバカは、あの世で長い箸で飯でも食ってろ」
「……でも、死んだら飯なんか食えないじゃないっすか」
「バカ、だからオマエはバカなんだ。生きてたって、長い箸じゃ飯を食えねえんだよ」

 <了>

29うり:2004/05/04(火) 16:08
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タイトル:『お日様に微笑んだ』
書き出し:彼女の頬を両手で包むと、「ばーか」と言った。それでも彼女は表情を変えない。

30ガストロンジャー:2004/05/09(日) 21:01
『お日様に微笑んだ』
彼女の頬を両手で包むと、「ばーか」と言った。それでも彼女は表情を変えない。彼女――瞳が心を閉ざしてから、どれくらいの月日が経ったのだろう。婚約者とドライブ中に事故を起こし、目の前で婚約者が死んでしまったのだから、瞳の心の傷は深いものだろう、そのくらいは俺でも想像がつく。いや、想像を絶するな。

 俺は会社を実質リストラされて、自暴自棄だった。一応ハローワークに通い面接を何度もするが、どこの企業もスキルのない人間を雇ってはくれない。ハローワークの近くの公園で弁当を一人で食べるのが俺の日課になっていた。
 公園のカラフルな遊具に絡まる無限の可能性を秘めた子供達は体中から好奇心や生きる力がみなぎっている。その片隅で自炊の白飯とスーパーで買ってきた総菜をつっつく俺。実に惨めだった。コナカの吊しのスーツで背中を丸めて弁当を食べる俺と所々塗装がはげたライト・グリーンの公園のベンチ。ある意味お似合いだったのかもしれない。
 瞳が公園に現れたのは夏だった。湿度は高く地面が燃え上がるようなぼやけた景色のなか、今時白いノースリーブ・ワンピースでポストの様なあせた赤い色のカバを模した椅子に座り、回転式の遊具で遊んでいる子供を懐かしむように眺めていた。首都圏の昼間の公園なんて訳ありの集団だ。さぼりの営業マン、不登校児、ホームレス。俺のような無職。でも、瞳はそのどの連中にも所属していなかった様に思える。
草木の匂いと排気ガスの匂い。肌に貼り付くホワイト・シャツ。無職の俺をいらだたせる暑い夏。そんな中、清潔感のある服装と細身の体。すっと紅を引いたような薄い唇と風を感じさせる黒くツヤのある長い髪。青みがかった眩しい白のワンピースと桜を少し白くしたような透明感のある瞳の肌は触れたら吸い込まれそうな気がした。
彼女は一日中ぼんやりと子供達を目で追っていた。
 俺は(株)トキオ・エレクトリカという、世間でも名の通っている会社の技術畑にいた。主な商品はノートパソコンで俺は毎日マグネシウムの筐体やそれに詰め込むマザー・ボード、フイルム基盤と格闘していた。ただの素材が商品になるのを見ているだけで、俺の心は満たされた。
 リストラの理由は上との意見が合わなかったのだろう。上司からは「パソコンなんて三年持てば充分だろう」とよく言われた。その言葉を無視して連日部下を残業させて強度実験をしていた。自分が誇りを持って人に買わせる物を作りたかったからだ。
 そんなある日。子会社である富山の鉄筋工場への出向を命じられた。出る杭は打たれるが‘出過ぎた杭は釘抜きで引っこ抜かれる’のだ。勿論、富山行きも考えたがプライド―。下らないプライドが俺の人生を大きく変えた。
 会社を辞め、自分の技術を生かすべく光学系、半導体系の企業を廻ったが、具体的な実績も資格も無い俺はかすりもしなかった。貯蓄は三百万程あったので当分は生活できる。が、一日に何カ所も面接をしている状態は疲れる。
 当初多い日で一日に三カ所。一月もすると一カ所。三ヶ月目にもなると、ただ公園で時間を潰すようになっていった。瞳はその装いを白いワンピースから、ベージュのニットに茶系のパンツやアースカラーのアンサンブルに替えていった。いつしか俺は瞳の姿を見るために公園に向かうようになっていた。それにしてもふだんは何をしているのだろうとは思ったが、昼間の公園に居る連中は脛に傷を持っているので、軽々しく話しかけるわけにもいかない。
 十月の半ば年内の就職は諦めた頃。公園にバッグを忘れて取りに戻った。夜、八時頃。驚いたことに瞳はずっと例のカバの椅子に座っていた。街灯が縁取る瞳は寂しげで思わず声をかけた。

31ガストロンジャー:2004/05/09(日) 21:02
「あの、俺いつもココに居るんだけど知ってる?」
瞳は視点を変えずに「知らない」
話が詰まった。「名前を教えてくれないかな?」
それでも視点を回転式遊具に向けたまま「適当に呼んでいいよ」
「じゃ、瞳。」
「何で?」
「何を見ているかわからないから」ぴくっと瞳が体を動かした。そうかぁと少しため息混じりに言って両手で顔を隠し「いまわたし、自暴自棄なんだ」と言って淡々と事故のことを打ち明けた。そう、淡々と涙も流さずに……。秋の涼しい風が俺たちを包み、枯れ葉の匂いがした。
「俺も、自暴自棄。でも、君の話に比べればって変だけど、比べる物じゃないけれど、もう少し真面目に生きてみようと今思った」瞳はふーんと言って「わたしも何とかなるかなぁ」秋の風は木々を揺らし、サワサワと心地よい音がした。
俺は「なんとかなるよ」と言って彼女の頬を両手で包むと、「ばーか」と言った。それでも彼女は表情を変えない。俺は「この顔に表情が戻るといいね」とだけ言いその日は彼女の家の近くまで送った。
 その足で(株)トキオ・エレクトリカの子会社(株)トキオ・マテリアルの橋田の家に向かった。橋田はめんどくさそうな表情で俺を出迎え俺の話を聞くと、さらにめんどくさそうに「ウチの協力会社だったら、紹介できますよ。明日連絡下さい」とあくび混じりに言い「でも、前の年収は無理ですけどね」と付け加えた。

 橋田に紹介された(株)水口技研は都内の下町にある汚い建物だった。錆びたトタンの塀に囲まれ、機械音が激しく響いていた。所々鉄筋が腐食している百坪ほどの工場の二階に事務所があり、社長の水口自ら面接をした。茶型のサイズの合っていないスーツがいかにも中小企業の社長といった感じがした「橋田君から聞いているよ」にんまり笑って胸ポケットから四×二センチの板を俺に手渡し「コレな。宇宙に行ってるんだ。ウチは中小企業だけど、NASAからも依頼がくるんだ」と顎を突き出し俺の目を見て「どう? 自分の作った物が宇宙だぞ宇宙」なんかいいなぁと思った。「給料は安いけど、ウチは君を歓迎するよ」
呆れるほどわかりやすい社長がなんか気に入った。「お願いします」と自分でも驚くほど自然に深く頭を下げた。社長は「ウチの会社は小さいけれど、スケールだけはデカイぞ。何つっても、宇宙だ」カカカと笑った。

 俺はその足でいつもの公園に向かった。瞳がいた。相変わらず無感動に子供達を眺めている。「あのさ、おれ就職が決まった」瞳は視線を変えず、軽く頷きながら「良かったね」俺は少し興奮気味に「ちっちゃい工場なんだけど、なんかいいんだ。気に入った」ポケットから社長に返しそびれた板を瞳に見せて「コレが宇宙に行くんだってよ」瞳は俺の手から板を奪って「ふーん。じゃこの子は‘彼’にあえるのかなぁ。私も死んじゃえば……」と言いかけたとき俺はそのセリフを遮った。「あの、千年」「へっ?」瞳はきょとんとした表情を見せた。俺は続けた「そう、千年間は俺、俺のプライドを壊してくれた君のことも忘れない。明日、事故って死ぬかもしれないし、後五十年くらいはたくあんのような皺だらけのジジイになって生きているかもしれない。でも、君のこと忘れない。生まれ変わっても。それじゃ駄目?」
「それって、口説いてるの?」初めて俺の目を見た。
「わかんね。でも、そう思った。だから生き続けて欲しいな。駄目?」
瞳はぷっと吹き出して初めて笑った。そして「千と一年」と俺の目を見て言い。視線を太陽に移して「毎日お日様を見て幸せな気持ちになれればいいね」と言って微笑んだ。

<了>
イメージ・ソング : ↑ハイロウズ↓ 『千年メダル』
コメント】四十近いおっさんがこんな青臭い歌を歌っているのを聴くと、こっちも、もっとダサイことしてやろうと思います。て事で青臭いのを書いてみました。(ん?毎回か?)
やっぱ短編は苦手。

>うりさん
いやぁ。しゃれが効いていますね。面白いです。何カ所か吹き出しちゃいました。もっと硬いものを書く方だと思って居たのですが…。短編だからでしょうかね? 
残念なのは、視点が変わるので読んでいて「??」と思う部分があることですが、内容を考えるとこれで読めるのでいいかな? と。意地悪な事を言うと「高察」かなぁとは思いましたが、それくらいです。

【次回のお題と導入部】
タイトル :『突風』

判で押した毎日ってのは僕のためにあるような言葉だ。毎日午前七時三十二分発の電車に押し込められ、車内は中年オヤジの加齢臭、OLの過剰なフレグランス、ファンデーションの匂いが充満している。朝食をとらない僕はその匂いを嗅ぐだけで胃がキリキリと痛む

注)‘僕’をわたし、俺等に変えても可です。
それでは

32せたんた:2004/05/11(火) 23:11
       『突風』

 判で押した毎日ってのは僕のためにあるような言葉だ。毎日午前七時三十二分発の電車に押し込められ、車内は中年オヤジの加齢臭、OLの過剰なフレグランス、ファンデーションの匂いが充満している。朝食をとらない僕はその匂いを嗅ぐだけで胃がキリキリと痛む。
 もう駄目だ、我慢できない。
 電車の扉が開いた途端、僕らは、ドア近くにいる人々を押しのけて外へ出た。ベンチにへたり込み、両膝の間に顔をうずめる様にして俯いた。頭の上を人の通り過ぎる音や話し声が行き交う。電車の発車の合図の電子音と「白線の内側までお下がりください」のアナウンスが繰り返された。
 どれくらいそうしていたのだろう。僕が頭を上げた時、構内は閑散としていた。朝のラッシュは終わったらしい。時計を見上げると九時を過ぎていた。今から行っても予備校は遅刻。言い訳を考えるのも面倒だ。第一、僕が遅刻しようが欠席しようが、誰も気にしない。むしろ、一人でも多く脱落していくのを願っているだけだろう。
「このままサボって、どこかに行こうか」隣に座っているリンに声をかける。
「出来もしないくせに」リンが笑いを含んだ声で返事する。
 さわさわと、リンの髪が僕の頬にかかる。電車の中でOLの髪が顔にかかるのは鬱陶しいけれど、リンの髪は気にならない。リンの髪は細い繭糸のようで、静かな感触はいつも僕を慰めてくれた。
 僕は膝の間に両手を組み、真っ直ぐに前を見ていた。プラットホームの先のコンクリートの壁には、個人病院や英会話学校のポスターが貼られていた。どうでもいいような名前や住所を目で追っていく。一字一字、そうやって文字を刻み付けてないと、僕は自分を律している最後の枷を毀してしまいそうだった。
 リンがその小さな頭を僕の肩に預けた。多分目を閉じているのだろう。リンの顔は見えないけれど、柔らかにカーブした瞼には細い血管が浮き出、睫の濃さが際立っている筈だ。すっと通った鼻筋にはそばかすがぱらつき、頬骨が少し高い。綺麗な形の唇はいつも甘い香りがする。見慣れているけれど、決して見飽きないリンの顔。
 リンが小さな声で口ずさむ。
 グリーンスリーブス。リンの好きな歌だ。
 僕はいつまでも聴いていたかった。だけど、「いつまでも」という言葉は、ないのと同じだという事に気付く方が早かった。そうさ、ただ、それだけの事だったんだ。
 急行電車が前の駅を出発した、というアナウンスが入った。僕はツツジ祭りの広告を見ながら、はっきりと言った。
「さっき、出来もしないくせに、って言ったけど、出来るよ」
 リンが歌うのを止めた。
「出来る。リンと一緒なら、ずっとサボったって構わない」
 僕は一気に言った。ずっと言いたかった言葉だった。言ってしまえば何の事はない、簡単な言葉だった。
 肩が軽くなる。リンが頭を上げたのだろう。
 リンは戸惑っているだろうか、微笑んでいるだろうか、どちらであっても、僕の決意は変わらない。今、決めたことじゃないからだ。ずっとずっと、言葉の形にしていなかっただけで、僕の中に巣食っていた事だった。
 パァーッ。
 僕らの間にある緊張を切り裂くように、警笛が鳴った。左手の暗闇に電車のライトが光る。線路のカーブに合わせ、ゆるやかに弧を描くようにして電車が近付いてきた。空気が小さく振動する。
「間もなく急行電車が通過いたします」アナウンスが流れた。
 目の前には誰も並んでいない。白線の内側にいるのは僕とリンだけだ。僕は顔を横に向け、隣にいるリンを見た。リンは怒っていた。
「そんな事、言ってほしくなかった」
 リンは大きな瞳を見開き、悔しそうな表情を浮かべる。
「そんなつもりで側にいたんじゃない」
 リンの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。リンは拭おうともしない。次から次へと涙が零れ落ち、僕は何も言えなかった。リンが震える唇を開いた。
 突風のように電車が通り過ぎ、僕は思わず目を閉じてしまった。
 目を開けた時、リンの姿は消えていた。

33セタンタ:2004/05/11(火) 23:24
 
 リンは最後に何を言いたかったのだろう。
 高校最後の冬休みに、たった一人で逝ってしまったリン。僕はリンの死を受け止められいまま、受験に失敗した。何の気力も目標もないまま予備校に通い始め、いつの頃からか、リンが側にいてくれるようになった。ただ、側にいてくれて、それだけで幸福だと、それに満足だと、僕は思っていればよかったのだろうか。
 僕はリンの歌を永遠に聴いていたかった。でも、それは、どちらの世界でも叶わなかった。

 今、僕はようやく一人で生きている。
 あの朝よりは少しはマシになった、と思う。
 ラッシュ時の電車の中は、相変わらず、むっとするような匂いで満ちている。でも、途中下車はしない。リンの泣き顔は、もう二度と見たくないからだ。
 いつか、リンに会える時が来るだろうか。その時、リンは明るく笑って、言ってくれるだろうか、「やれば出来るじゃん!」と。  <了>

34セタンタ:2004/05/11(火) 23:58
こんばんは。眠いです〜。

>ガストロンジャーさん  『お日様に微笑んだ』
 とても良く出来ていて、ラストも良かったと思います。主人公の「俺」の状況も、だんだんと気力が失せていく様子もとてもリアリティーがあったと思います。
 ただ、瞳さんは、作り物めいていた、と思いました。自分で「自暴自棄なんだ」って言うだろうか、とか、このタイプの女性がこの状況で「へっ?」と言うだろうか、と疑問に思いました。
 彼女は自暴自棄、というより、投げやり、とか無気力、そんな感じがしたし、「えっ?」と言ってほしかったのですが。
「ばーか」の台詞。これは難しくありませんでしたか? この書き出しで私も色々と考えてみたのですが、「ばーか」の言葉が故意に相手を傷つけようとしているように思えました。それでも何とかなるかな、と思い直したのですが、タイトルが合わなくて、結局1文も書けなかったので。(^_^;)
 そういう意味では、ガストロンジャーさんの作品は、本当にタイトルがよくマッチしていた、と思いました。


 さて、次のタイトルと書き出しです。
 『金の舟 銀の波』
 「きっと帰ってくる」そう言って、セイトはミナを抱きしめた。ミナはセイトの胸に顔を埋めながら、押し寄せてくる不安を振り払おうとしていた。

 セイトは男性、ミナは女性です。名前は変えても構わないと思います。

35サンスティール:2004/05/17(月) 13:41
『金の船 銀の波』

「きっと帰ってくる」そう言って、セイトはミナを抱きしめた。ミナはセイトの胸に顔を埋めながら、押し寄せてくる不安を振り払おうとしていた。
「大丈夫だよ。弾になんか当たらないさ」
 セイトの口調は軽い。どちらかというとウキウキしている。ミナは顔をあげ、セイトを見た。セイトは巨大な黒い船を見あげていた。海からの風が、セイトの髪を吹き散らしている。その風にはディーゼル臭が混じっていた。
「危ないとこに近寄らないでね」
 セイトは苦笑する。
「そいつは難しいなァ。どこ行っても銃声はしてるはずだし」
「そんなの知ってるわよ。私が言ってるのは余計な危険に首を突っ込まないでねってこと」
 セイトは眉を上げた。
「余計な危険、ですか」
「そうよ。本当なら出航も取りやめさせたいわ。被写体だったら、日本にだっていっぱいあるじゃないの」
「またその話か。やめようよ。どうしても僕は行くんだ。行って写真をたくさん撮るんだ。あそこにしかない光景をフィルムに収めてくる。その間ずっと、弾には当たらない。神様が守ってくれる。なぜなら、僕は銃の代わりにカメラをもって、罪を告発する聖戦士だからだ。そうして、カメラと共に無事に帰ってきたら、写真集をだす。そして君と幸せになる」
 セイトは一息に言った。暗記してしまうほど、何度も聞いた話だったが、ミナはまた泣きたくなった。
「神様なんていないわ」
 ミナはポツリと言った。
「悲しいことを言わないでくれよ」
 セイトはミナを抱き寄せた。
 空が雲に覆われてきて、海の色が暗く深くなっていく。風もときおり冷たいものが混じり、ミナはすこし震えた。
「そろそろ行かなきゃ」
 ミナはわずかに頷いただけだった。セイトはそのおでこにキスをして、荷物を背負い、タラップの方へ急いだ。
 手を振りながら船の中へ消えるセイトを見送って、ミナは改めて船を眺めた。何度も塗りなおしたであろうその外壁は、でこぼこと古びていて、殴りつければ穴でもあきそうだった。図体だけやたらにでかくて、やっと浮かんでるようにも見えて、なんだか頼りないと思った。ミナは小石を拾って投げつけた。金属音を期待していたのだが、ぺちっとした、ほんの僅かな物音がしただけだった。
 呼ぶ声が上から聞こえて、ミナは船を見上げた。落っこちてしまいそうなほど身を乗り出して、セイトが呼んでいる。
「危ないからやめて」とミナは言ったのだが、聞こえたのか聞こえていないのか、セイトはにこにこと笑って手を振っている。
 ミナは仕方なく手を振りかえした。
「いい写真撮ってくるよ」
「無事に帰ってきてね」
 聞こえているのかいないのか分からないが、お互いにお別れの言葉を交わす。
汽笛が鳴った。あたりにディーゼル臭が強くなって、大きな黒い船が出て行く。紙テープなんか恥ずかしいと思って買わなかったのだが、あれは意味があったんだな、とミナはすこし後悔した。
手をふるセイトがだんだんと小さくなっていく。ミナはそれをじっと見つめている。セイトが見えなくなって、船が沖に出て行った時、不意に太陽がさした。雲の切れ間から、
真っ直ぐに船に向けて金色の光線がはしり、船と、その周りの白い波を照らし出した。
 ミナは、ずっとその光が続いて欲しいと思った。空と海の彼方へ、波立てて進んでいく船がひとつになるまで、ずっと見送っていた。
              了

36サンスティール:2004/05/17(月) 14:14
初投稿です。みなさんよろしくお願いします。

>セタンタさん
 ○死を真っ向から取り扱おうとしたところに好感を感じます。
 冒頭で「僕」がミナのことを全く意識していないですね。
 自分が逃げることしか考えていません。
 一方的で独善的な「僕」がここにあります。
 また、受験に失敗した理由としてミナの死を扱う「僕」がいます。
 これも実は一方的で寂しいし、つらい。怠惰な自分への言い訳ですね。
 人の心をつかむのが苦手で、現実をゆがめがちな「僕」のキャラクターが、
 描き出されていると思います。この「僕」は嫌いだナァ(笑)
 そういうどうしようもない「僕」が、彼女の死をきっかけに、
 人生を立て直したところに感動があるようにも思います。
 しかしチョット待て。
 これでは彼女は「僕」の人生にたいするただの生贄ではないだろうか。
 「やればできるじゃん」と笑うミナは「僕」の勝手な幻影にすぎません。
 人間的に「僕」は成長しているだろうか、と疑問に思うのです。
 ラストで、せっかく時間を大きく飛ばしたのだから、
 人間的にも大人になって欲しいと思うのは俺だけでしょうか。 
 過去を美化するだけでなく、疑問のまま背負い込むことで、
 キャラに深みを与えることができるように思います。
 ○文章、まとまってると思います。一気に読んだだけで状況がわかりました。
 ところどころ書き込みすぎかな? と思いましたが、好みの範疇だと思います。

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 タイトル:「獅子は何故吠える」
 書き出し:
  俺たちは酔っ払い、路上でわめき散らしていた。とにかく俺は怒っているんだ、
 とOOの耳元に叫ぶと、いや、僕のほうが怒っている、お前のは我慢が足りないだけだ、と言い返され、取っ組み合いになった。

 OOのところには人名を入れてください。思いつかなければ「工藤」で。

37セタンタ:2004/05/26(水) 20:07
      『獅子は何故吠える』     

 俺たちは酔っ払い、路上でわめき散らしていた。とにかく俺は怒っているんだ、と健史の耳元に叫ぶと、いや、僕のほうが怒っている、お前のは我慢が足りないだけだ、と言い返され、取っ組み合いになった。
「ヘンな時に我慢して、肝心な時に何も言わない。我慢しなきゃならない時にはバカな事をする。今頃悔やんだって遅いんだよ」健史が厳しい口調で言った。カッとなった俺は健史を殴った。健史も殴り返してきて、組み敷いたり敷かれたり、俺たちは転がっていった。
 気がついた時には街路樹の下にいた。朝日の中で、俺たちはバツの悪い思いをした。二人とも顔は腫れあがり、唇は切れていた。俺はまだ頭がふらついていた。体のあちこちが痛く、あまりの情けなさにぐったりときた。
 昨夜は美紀の婚約披露パーティがあった。スピーチの順番がきた時、俺は言わなくてもいい事を口走った。ほんの軽いジョークで場をわかせ、美紀はちょっと口を尖らせながらも笑ってくれる筈だった。なのに、結果は惨憺たるものだった。それまでの和やかなお祝いムードは見事に引いてしまった。美紀は蒼白になり、フィアンセの顔はこわばっていた。健史は俺からマイクを奪い取ると、悪酔いしているとか何とか言って、俺を会場から引きずり出した。その後、俺は飲んだくれ、一晩中、咆哮した。
 喉がひりひりとして、唾を吐くのも痛い。俺たちは無言で駅に向かい、別れの挨拶もせず、それぞれの電車に乗った。がらんとした車両の中で、俺はとてつもなく後悔していた。謝っても美紀は絶対に許してくれないだろう。後悔先に立たずって、俺のためにある言葉だよな、と思い、自分で自分のケツを蹴飛ばしたくなった。
 電車を降り、のろのろと自宅に向かう。健史の言葉が重い。体の底に沈んだ鉛のようだ。
 コンビニに寄り、飲料水の置いてある冷蔵庫に向かった。扉に手を伸ばそうとした時、右側から、さっと腕が伸びてきた。爪には薄いピンクのマニキュアがしてあった。目を上げると、トレーニングウエアの美紀がいた。ポニーテールに化粧っ気のない顔。額に汗が浮いていた。目を瞠ると、小声で怒ったように言った。
「恭介、どうしたの、その顔。それにスーツ、ボロボロじゃない!?」
「どぉってことないよ。酔っ払って、転んだだけだ」俺は謝るきっかけをなくし、横を向いた。視界の隅で、美紀が眉をひそめているのがわかった。
「薬」「えっ?」「薬、消毒薬とか軟膏とか、あるの?」美紀が聞く。
 姉は他県に嫁ぎ、親はこの三年の間に亡くなっていた。家族で暮らすのには充分な広さの家だが、一人で暮らすのには無意味に広かった。広いだけ広くて、どこに何があるのかわからない。
「ちょっと待ってて」美紀はそう言うと、マキロンや飲料水、弁当、野菜サラダを籠に入れるとレジの所に歩いていった。俺がぼんやりとしていると、振り向いて、「お金」と言った。俺は慌てて、財布を取り出し支払った。

38セタンタ:2004/05/26(水) 20:12
 
 俺たちは近くの運動公園に行った。ベンチに座ると、美紀は消毒薬をしみ込ませた脱脂綿でパタパタと俺の顔を叩き始めた。
「いっ、もっと優しくしろよ、いてっ!」美紀は手をゆるめようとはしない。そして、俺は美紀の手を払いのけようとも、立ち上がろうともしなかった。美紀の真剣な顔が間近にあり、俺は悪態をつきながらも、そのままでいた。
 いつの間に睫が長くなったのだろう。切れ長の瞳を細めて、俺の顔を、いや、顔の傷を見ている。そういえば、一重まぶたを気にしていたな。右目の下には小さなホクロ。ちょっと上の前歯が出ているから、いつも、唇が少し開いている……。
 甘酸っぱい汗の匂いと柑橘系の香りと、そして美紀。
 息苦しくなった頃、やっと終わった。氷の袋を渡され、俺は頬に当てた。
「昨日の夜はかなり飲んだみたいね。酒臭くって、こっちまで具合悪くなりそう。健史の所に泊まったの?」「いや。健史と道端で寝てた」「あっきれたあ。健史って結婚してまだ半年もたっていないのよ。信じられない」
 美紀は俺に栄養剤を寄越し、自分はアイスティーを取り出した。俺は掌の中で冷たいガラス瓶を転がしながら言った。
「夕べは……すまなかった。ぶち壊す気はなかったんだ。あの後、気まずくならなかったか?」
「ほーんと、大変だったわよ。婚約破棄されるかもね」
 俺は真っ青になった。「悪い、美紀。俺、着替えたらすぐに謝ってくるから」
 美紀は吹き出した。「やーだ、冗談に決まってるでしょ。聡は心がとっても広いの。美紀の幼馴染ってユニークだな、って笑ってたわ。健史がフォローしてくれたから、みんな、酔っ払いのたわ言だってわかってくれたみたい」
「本当にゴメン」俺は頭を下げた。
「恭介と健史っていいコンビだよね。幼稚園の時、お雛様飾ったからってウチに呼んだ時も、二人で取っ組み合い始めるし、小学校の時も、サッカーやってんだか喧嘩してんだかわかんないし。喧嘩しているわりには仲良くて、いつもくっついていたね」
「くっついていたんじゃないよ。健史がすぐ泣くから、俺が面倒みてたんだよ、腐れ縁ってヤツさ」
「どっちが面倒みてたんだか」美紀は肩をすくめた。
 俺たちは黙ったまま公園の風景を見た。ジャングルジム、砂場、築山、丸太やロープを組み合わせたアスレチック。時折、ジョギングや犬の散歩をしている人たちが通り過ぎていく。
「毎日ここで遊んだよね。恭介はいつも意地悪で、よく泣かされたなあ。そのたびに健史がかばってくれたのよね」
「美紀が好きだったから、な、……健史は」
「知ってた」美紀がくすっと笑った。
 さや、と風がそよぐ。樹々の梢が揺れ、葉の緑が濃くなる。
 美紀は立ち上がった。
「もう帰るわ。午後からウエディングドレスを選びに行くから、忙しくって。じゃ、またね」美紀はそう言うと、公園の出口に向かって走っていった。
「美紀!」
 遠くなった美紀の後姿に向かって俺は叫んだ。美紀が立ち止まり、振り向いた。俺は口の周りに両手をラッパのようにあて、大声で叫んだ。
「幸せになれよ! 結婚式でもスピーチしてやるからな!」
 美紀は舌を出して、思いっきり鼻に皺を寄せた。それから、輝くような笑顔を浮かべると、手を振って走り去った。
       <了>

39セタンタ:2004/05/26(水) 20:30
こんばんは。

>サンスティールさん  『金の船 銀の波』
 船の出港する直前の描写がとても良かったと思います。これからの旅に向けてのセイトの期待に満ちた気持ちと、ずっと心配し続けるミナの気持ちがきちんと描かれていたと思います。
 金と銀、どういう風に書かれるのかなあ、と読み進めて、最後に、なーるほど、と思いました。
 ちょっと悲しくて、切ないミナの気持ちの溢れたお話にしてくださって、ありがとうございました。


 もう5月も終わってしましますが、一応、次のお題を出します。

『キヲクのカケラ』
 ○○はパソコンの画面をじっと見ていた。メールが届いていた。差出人に心当たりはなかったが、どうしても読まなければならない、と思った。頭の中で警報が鳴り響く。もう一人の自分が「やめろ」と言う。

 ○○は人の名前ですが、「俺」「僕」「私」でも構わないです。

40セタンタ:2004/05/26(水) 20:58
ああっと、スミマセン。タイトルを変えます。
『破片』でお願いします。(書き出しは、そのまま同じです)(^^ゞ

41<削除>:<削除>
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42管理人★:2004/05/27(木) 16:22
こちらのスレッドは40を超えたので終了いたしました。
次のスレッドは↓
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/movie/4262/1085641913/


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