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民明書房
- 1 名前: 富田屑雄 (2W4QJIEY) 投稿日: 2004/06/24(木) 22:58
- 馬券教室にて登場した必殺技を書き込むスレッド
- 2 名前: 富田屑雄 (2W4QJIEY) 投稿日: 2004/06/24(木) 22:58
- 脅威! 酔夢隠能法(すいむいんのうほう)の巻き
酒を飲み続けると、血液中のアルコール量が増え、新皮質にとどまらず、
辺縁系、小脳など、他の部分もマヒしはじめ本来の自分が出てくる。
それを利用したのがこの酔夢隠能法。
混戦や予想に迷いが生じた時、スランプに陥った時、特に使える法だ。
調子が悪いと全てが裏目に出ることがある。酒を使い本来の自分に頼り、更にその裏をかくのだ。
普段出せない力を酒によって引き出し、朦朧とした状態で新聞を見、馬を
チョイス。一通り馬をピックアップしたら眠りにつく。翌日、記憶のない自分は
こんな馬を・・?と思うことだろう。だがそれは至極当然。紛れもなく自分の予想なのだから
信じるべき。あっと驚く結果が待っていることだろう。
気をつけなくてはいけないのは予想したレースまでに目を覚ますことである。
民明書房刊
『飲んでも飲まれるな』より
- 3 名前: すまが (V5yzcEcw) 投稿日: 2004/06/24(木) 22:59
- おまえ・・・
- 4 名前: すまが (V5yzcEcw) 投稿日: 2004/06/24(木) 23:00
- 削除すんじゃねえ
- 5 名前: (Natti.tE) 投稿日: 2004/06/24(木) 23:02
- 白夜書房の雑誌ならよく見ます
- 6 名前: 塾生 投稿日: 2004/06/25(金) 19:07
- 宝塚記念
播磨の国に伝わる伝統の馬比べ。民が牧地より馬を引き連れ一斉に走らせ
速さを競わせる軍馬育成趣味零紫苑芸無。走行距離は約弐千弐百米にも及ぶ。
勝ち馬の中には競走後に羽が生え、そのまま天に舞い上がった馬もいると云ふ。
鎌倉時代の流鏑馬に似た要素も持ち、当時は乗り手がそれぞれ弓を携え他の馬を射殺すことも可能であった。
室町時代、山城国の武士だった宝塚右衛門少尉哲蔵は出走全馬30頭中29頭を見事討ち取り、圧勝を飾った。
その勝利を称えその者の名から以後「宝塚記念」の名として施行されるようになった。
ちなみに馬を射殺された乗り手は将軍より切腹を言い渡され、介錯された首は馬比べの走路の下に埋葬された。
現在の京都競馬場の3〜4コーナーや中山や東京の直線にある起伏がその名残である。
民明書房刊 「続・梶原一騎」
- 7 名前: 大儀であった 投稿日: 大儀であった
- 大儀であった
- 8 名前: 塾生 投稿日: 2004/06/25(金) 19:41
- 羅鬼鎮刃(らきちんば)
その発祥は本国江戸中期において武士、和田竜衛門が命名した刀に由来するものである。
当時、彼は凡百の武士と変わりなく剣術に長けているということはなかった。
そこで生み出されたのがこの羅鬼鎮刃である。
彼は自分の腕のなさをカバーするべく、刀剣研磨職人に頼み込み、実に奇妙な形をした
刀を作らせ、色は赤く染められ人の血を吸った刀、と嘯いた。
その為、彼に近づこうとするものは誰もお居らず、覇王と皆に呼ばれ恐れられた。
現在の競馬界でも強すぎて周りに敵がいない様を「ラッキー珍馬」と呼ぶのもこれに由来する。
民明書房刊「日本刀剣全集」より
- 9 名前: 塾生 投稿日: 2004/06/25(金) 20:06
- 身等九流(みらくる)
中国鳥慶漢に居住する斐梓族により行われた伝説の儀式。
斐梓族は一夫多妻制で、リャン・サッカという男が九つの家庭を築いていた。
リャンは九つの家庭に一人づつ赤子を携えその9人の赤子を激流の河に流して
無事戻ってきた子供のみを子と認めたという。
ライオンが我が子を崖から突き落とすというものに由来する儀式である。
そして我が子を河に流してから44年、その年にリャンの元に9人の子供全員が無事戻ってきた。
リャンはその驚きと喜びのあまりショック死したという。
ちなみに 奇跡や驚嘆の際、「ミラクル」という言葉を用いるのは、この儀式が語源である。
- 10 名前: 富田屑雄 (2W4QJIEY) 投稿日: 2004/06/26(土) 04:02
- 民明書房刊「世界珍妙儀式大全集」より
- 11 名前: 屑雄 投稿日: 2004/06/26(土) 19:05
- 呪縛殺(じゅばくさつ)
紀元十一世紀古代中国 動乱と野望うずまく宋の時代―――
現代でも暗黒組織として恐れられる法神逆蓮珠の奥義である。
これは、密九教の呪文を唱え人を呪い殺すことを旨とする門外不出の技である。
呪い殺したいものの一部を己の血と混ぜ、座禅を組んで呪文を唱えるだけでそのものとどれだけ
離れていようが呪い殺すことができたという。
この技の修行法はその精神力、集中力を高めることにあり、
大釜に骨をも溶かす濃硫酸を注ぎ、その上に厚さ3ミリのガラス板を敷き
その上で座禅を組んでひたすら呪文書を暗記し唱えるものだとう。少し動いただけで
板は割れるので、並外れた精神力が必要とされていた。
その為、途中で挫折するものは後を立たず、この法を極めるものはごく僅かだという。
民明書房刊
『アジアの黒魔術大覧』より
- 12 名前: 屑雄 投稿日: 2004/06/26(土) 19:25
- 殺手魅歩(やてみほ)
中国拳法でも特異な存在と知られているのがこの殺手魅歩である。
これは奇妙な動きで相手を翻弄し、相手の力を逆に利用し、人を刹那的に攻撃する奥義である。
非力な女性の護身術としても重宝され、一時期広く中国に広まった。
本国では合気道、琉球奥義御殿手に似ており、この技が起源という説もある。
この技はいかなる攻撃も自分に返ってくるので極めたものは無敵とされた。
これを極めんとするものは、滝を流れる木片や葉を掴む修行から中を漂う蝿を
箸で捕まえるという修行を行い、卓越した反射神経を要された。かの宮本武蔵もこの
技の使い手であった。
現在でも吉岡美穂というタレントが「やって美穂」というのはこの技を語源としており、
彼女はこの技の開祖ラン・スーの末裔だということはもはや言うまでもない。
民明書房
『世界の怪拳・奇拳』より
- 13 名前: 富田屑雄 (2W4QJIEY) 投稿日: 2004/06/27(日) 03:24
- あげである
- 14 名前: 富田屑雄 (2W4QJIEY) 投稿日: 2004/06/27(日) 03:35
- 血誓痕生
その由来は中国大陸を駆け巡りその勇猛果敢なことで名を馳せた蒙古ジンギス汗の一族が
仲間に戦死した者が出るとおのれの腕にその名を刻み永遠の復讐を誓い
必ずカタキをとったという故事にちなむ
近代日本でも極道社会に於ては殺された親分の名を腕に刻み復讐を誓う風習が残っているという
民明書房刊「日本風俗奇譚」より
- 15 名前: 春日部 (XV/MHIIE) 投稿日: 2004/07/04(日) 08:25
- 羅塩短波賞
古代の中国大陸に於いて太極拳を極めし羅塩といふ者ありけり。
その者の扱いし気孔術、体内の血液の循環を円滑にし筋肉の神経を
活性化させる療養効果ぞありける。その果報、侍のみにあらず馬にも効果あり。
時は永享六年。羅塩、船に乗り吾妻の港に来航し馬比べを観戦す。
さてさてその術を馬に発するに馬忽ち天に舞ふ。人々驚きてその噂、都にも及びたり。
帝いとこの者に心引かれ羅塩気孔(短波)賞と云ふ馬比べを吾妻の地で行ふことを命じたり。
(中略)それよりラジオたんぱ賞の名で現在に至る。
1977年丸善スキーが4角で一端失速するも騎手が気孔を送り、馬が再び加速し、
後の菊花賞馬プレス陶工を直線だけで7馬身ちぎったという話は有名である。
「丸善短波の再加速」とはこのことをいふなり。
- 16 名前: 春日部 (XV/MHIIE) 投稿日: 2004/07/29(木) 02:19
- オナーニの屈辱
中世ヨーロッパに於いて教皇の地位にあったペニポンチウス8世(32)が、
教皇権を行使し、当時国王であったオナーニ3世(18)をトロイの木馬に縛りつけ
猥褻行為におよんだ拉致監禁事件。虐待にイベリア半島よりもたらされた皮の鞭が
使用されたことから、この時代の交易ルートが世界史において証明されることになった。
民明書房刊「ヴェルサイユの人妻」より
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