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祈り・祈祷に関する事

2川蝉:2004/10/29(金) 10:49
ドプチェクさん今日は。

諸天は、原則的には「法の為めの故に護る」ということですから、祈願の範疇は
1、法華経の信行者。
2、その人を守護すると、結果的に信行者を護ることになる人。
3、意識的ではないが、信行者を助けているような人。
4、未信であるがやがて信行者になるであろう人。

を考えてよいのかなと思われます。

4に付いて、さらに云えば、やがて信者に成るかどうかは不測のことですが、もしかしたら祈願を機縁として妙法との宿種が芽生えるかも知れないと云う思いで、未信の人の祈願を行います。

日蓮宗では、祈祷を縁として、あるいは祈願成就を機縁として、信徒に成る人が多いのが現実です。
未信の人であっても、頼みすがる思いが強くなければならないですね。
建治三年「四条金吾殿御返事」に
「だんな(檀那)と師とをもひあわぬいのりは、水の上に火をたくがごとし。又だんなと師とをもひあひて候へども、大法を小法をもつてをかし(犯)てとしひさし(年久)き人人の御いのりは叶候はぬ上、我身もだんなもほろび候也」(昭定1303頁)

弘安三年五月「新田殿御書」
「経は法華経、顕密第一の大法なり。仏は釈迦仏、諸仏第一の上仏なり。行者は法華経の行者に相似たり。三事既に相応せり。檀那の一願必ず成就せんか」(昭定1752・真蹟)

等とありますね。
すでに御存知とは思いますが、祈願成就の条件として大切な、三事すなわち、師・檀那・法については、真蹟では有りませんが建治三年「法華初心成仏抄」に

「譬へばよき火打と、よき石のかどと、よきほくそと、此三つ寄り合ひて火を用ゆるなり。祈りも又是の如し。よき師とよき檀那とよき法と是三つ寄り合ひて、祈りを成就し国土の大難をも払ふべき者なり。よき師とは指したる世間の失無くして、聊のへつらふ(諂)ことなく、少欲知足にして慈悲あらん僧の経文に任せて、法華経を読み持ちて、人をも勧めて持たせん僧をば、仏は一切の僧の中に、吉第一の法師なりと讃められたり。吉檀那とは貴人にもよらず、賎人をもにくまず、上にもよらず下をもいやじまず、一切人をば用ひずして、一切経の中に法華経を持たん人をば、一切の人の中に吉人なりと仏は説き給へり。吉法とは此法華経を最為第一の法と説れたり。」(昭定1423頁)
と説明されています。

これによると、祈願を受ける人も守護を信じ正法を信受している事が理想ですね。

病気平癒の祈願でも、(摩訶止観に六種の病因を挙げていますが)主原因が霊障の場合は効果が顕著であった話しを沢山聞きます。
(この場合、祈願とともに供養も行います)

ただし、祈祷祈願で縁を結んだとしても、なかなか正信を得てもらうのは難しい事のようです。


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