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本門の戒壇について

161名無し天:2012/01/14(土) 15:13:21
「末法は無戒」という言葉をよく聞きますが、実を申しますと私がここで質問を始めたのはまさにこのことについて疑問を持ったからなんですね。

(スレ違いかと思ったので、ストレートに書かなかったのですが)戒が無いなら戒壇も必要ないことになり、妙法を受持することが戒で肉食妻帯は可なら、日本はいざ知らず、アジアの他の仏教圏でそんな出家者の声に耳を傾ける人がいるでしょうか。

(是非はともかく)日蓮宗の修法師のところで、それぞれ悩みをかかえた人たちが御祈祷を受けるのは、100日間の厳しい荒行を終えた人を信用しているからです。
スリランカの道端で僧侶たちが供養を受けるのは、釈尊の時代から続く戒律を守っている人だからと信用されているからです。

私の言いたいことは、犀角独歩さんがすべて書かれていらっしゃるので、多くを述べるのは控えたいところではあります。
ttp://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51855044.html#

明治政府による廃仏毀釈で建物や仏像が壊されたことがよく語られますが、「肉食妻帯勝手たるべし」によって仏教の精神が壊されたことに、どれだけのご僧侶方が気付いておられるでしょうか。
「日本仏教は時代の変化に応じて発展した」と語られますが、広宣流布は日本一国ではありません。

妙法受持の戒を言い訳に在家同様の生活を送る僧侶に一閻浮提広宣流布など果たしてできるでしょうか。

「戒壇で受ける戒とは何か」が判明すれば、戒壇堂のあり方は自ずと解決される問題であると思っています。

「大地を的とするなるべし」と言われる広宣流布を真剣に考えていらっしゃる方、特にご僧侶のご意見を賜りたいと存じます。


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