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ある体験の・・・回想録5

1ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/01/01(日) 00:06:30
『この掲示板利用にあたって/管理人』
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/2470/1040148566

警告:以下には虐待に関する文章及び性的な描写が多く含まれる。
   人によってはフラッシュバック誘発の恐れがある事を留意の上
   自己責任で参加するように。時には自ら離れる勇気も必要だ。
   そして、参加者は上記のスレッドの注意書きに
   目を通す義務を有するものとする。(読まない者の参加を認めない)

ここは管理人である「私」こと「ロイ(EGLIC9Vs)」が
個人的理由によりある悪夢を体験談的に回想するための場である。

私の悪夢は異常なまでに生々しく残り続け時を構わず再現される。
真偽の程は想像にお任せする。どちらにしろ詮索には意味がない。
しかし、この掲示板に書かれた内容の全てに置いて
実在の人物、団体、組織を特定しうる情報は何もなく
真偽の程を特定するだけの証拠には一切なりえない。

また、実在の犯罪、事件に関する情報として提供しうるものを
管理人は有していない。仮に、管理人がなんらかの情報を
握っているように見えようとも、それは読み手側の問題であり
管理人には訴えるにたるだけの物的証拠は何もなく
他者を巻き込む意図も訴訟に関わる意思も全くない旨を明記しておく。

これはあくまでも管理人の見た『悪夢』の回想録であり
解決・未解決に関わらず実在の事件との関わりは一切ない。

1186ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/24(土) 18:31:05
>>1185 過去日記転用

14 名前::2004/09/
入院中暇に耐えかねて暑中見舞いなど描いてみた。
売店にクレヨンしかなかったという理由でクレヨン画。

クレヨン画というにはあまりにも稚拙でしょうもないのだろうが
不思議と自分で気に入ってしまって面白い。

今まで「絵を描け」といわれることは恐怖感に直結していた。
それを人に見られるとなると身の置き所なく死にたくなった。
「描こう」と思うまでもなく絵が沸いてくる不思議。
「何を描こう」と悩むことのない不思議。
恐怖でしかなかったものの結末が楽しさに変わった不思議。
そして
「人にみせたい」?に近い欲求のある不思議。

どうなっているんだろうね本当に。確かに何か変化がおきている。
これは中の人Rが消えたことに関係があるだろうか?
あるかもしれない。彼は絵が好きだった。
彼が絵を描き始めた時も、心底驚いたものだったが。

1187ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/24(土) 18:33:20
>>1186
過去日記転用

15 名前 2004/09
本当に。好きだったんだねぇ実は。
そういえばいつも、何をみても絵を連想していたんだった。
文字をみても汚れをみても壁を見ても床をみてもいつでも。

本当は俺は絵が描けない。
Rのようにはとても無理。
その他の、俺がこいつ絵うめーと思わせてきた他人たちのようにも無理。
俺のは絵を描くとはいわないのかもしれない。
「見えた物」をそのままかきうつしてるに過ぎない。
ただそれは長年、自分たちに禁じてきたものだった。
そして俺たち以外の誰にも見えないものだった。
だから誰にも悟られないように、俺たちも見えていないふりをした。

タガが外れるというのはこういうのをいうんだろうか。
俺は開き直ったのかもしれない。人からの攻撃を気にしなくなったからか?
俺に見えるものは俺には存在している。
周囲の一般的大多数だった他人たちの目を無視しはじめてみたら
世界は絵と音に満ちていた。

還ってきた。俺たちの世界。
戻れるだろうか?俺たちがまだ俺たちだけで世界を築いていたころに。
何者にも変えがたく自分なりの価値観が存在していたころに。
もしかしてもしかしたら、その始まりの
意識や感覚が統一されていた頃に。

1188ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/24(土) 18:34:08
>>1187
過去日記転用

16 名前: 投稿日:2004/09
戻りたいのか?俺は? と問えば
答えがでない。
自問自答くりかえすも答えは空白。
変わるのは怖い。

1189ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/24(土) 18:36:35
>>1187
注:当時はRの存在を感じられなくなり(ARが自覚できなくなり)
  Rが消えたと考えていた。
  後に消えていなかったと判明。現在に至る。

1190zebla:2009/10/25(日) 00:12:23
 絵 見せたまいw

1192ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 16:02:35
>>1189
過去日記転用

17 名前:投稿日:2004/09  01:53
この半月程ずっとひたすら悪夢を見ている。
暫く収まっていたのに。

いつも同じ。XXXX時代のXXXXたちがでてくる。暗黒だった時代。
でもこないだ初めて。
勝ったと思った。
「いつまでもやられてると思うなよ?」そういって笑った自分の顔には余裕があった。
驚愕して動きを失う敵の群れ。傍観者の群れ。

負けなかったことは以前にもあった。
でも今日のとは大きな違いがある。
今日の俺は夢の中で「今はまだ弱いと思わせておこう。その方が都合がいいから」と
余裕の上で弱いふりをしていた。それで内心でふふんと思いながらやられているふりをした。
ところが、 長 年 戦 っ て き た せ い で (夢の中で思ったこと)
やられたままにはいられなくなっていた。反撃せずにいられない。
それでつい、抵抗してしまって(だめだまだ弱いと思わせていた方が得策だと自分を抑えて)
何かいつもと勝手の違うらしい奴らに 自分が弱いと思わせること に苦労していた。

ところがどうしても余裕がみえてしまって
「ああだめだ。俺ねもう抑えたままじゃいられないんだわすまんね」
いきなりの反撃。
余裕のある自分と、逆らうはずのないカスに攻撃されて戦意を失う奴らと。

自分を抑えることなく存分に戦えて気持ちよかった。
この系統の夢を見た中で
初めて目覚めがよかった。勝利を感じた。
それから、半月続いた悪夢がぷつりと途絶えた。


注:XXXX時代 10代前半

1193ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 16:08:25
>>1192
過去日記転用

18 名前:投稿日:2004/09  02:00
以前は悪夢を見ない日の方が少なかった。
ほぼ毎日似たようなシチュエーションの中で俺は毎日殺されていた。
それがいつだったか「あ、今日は夢を見なかった」という日が現れて
それからそういう日が少しずつ増えていって
後には調子の悪い時に悪夢を見るという具合に変わっていった。
最近では「ああ、今日は悪夢をみた」にかわっている。
「みなかった」からのデフォルトの変更。大きな変化だった。

内容も同じことの繰り返しにみえて少しずつ変化していた。
目覚めとともに煮えたぎる悔しさと憎しみを抑えるのに苦労していたものが
ある日「今日は負けなかった」と思った日が生まれた。

それから更に何年もして「今日は言い返せた」になり「抵抗した」になり
ただ負けているままの方が少なくなっていった。

夢の変化は不思議だった。
古い夢ではもう20年見続けている夢がある。
いつも何種類かの同じ系統の夢をみているのだ。
大別するとそれらはXXXX1バージョンとXXXX2バージョンとXXXX3バージョンにわかれる。
あと、XXXX外の親戚や保護者バージョンと。

初めに見なくなりはじめたのはXXXX1バージョンだった。
ついでXXXX2バージョンで「負けなくなり」XXXX3バージョンで「戦うようになり」
あわせ技な合同バージョンで「負けなくなった」


注:XXXX1:一桁年齢の頃  XXXX2:10代前半 XXXX3:十代中盤

1194ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 16:11:07
>>1193
過去日記転用

19 名前投稿日:2004/09   02:11
煮えたぎる悔しさで熱く目覚めたものの
「それでも負けはしなかった」と初めて思った日から11年経っている。
「初めてやりかえせた」と思ったのがそれから5年後くらい。
繰り返す悪夢の中で夢の中の自分が少しずつ変化して
悪夢そのものを見る回数が減っていって
それで何年かに一回こないだみたいな大きな変化をもつ夢にかわる。

俺たちが唯一信用した心理学のK先生に言うと彼女は言った。
「すごいね」

俺たちが殺したと思っているソレは眠っているだけなのだと彼女は言う。
過去は変えられない。だけどあたなは変わることができる。変わり続ける。
それは悪夢で辛いかもしれないけれど、あなたは今夢の中で過去の清算をしようとしている。
それはすばらしい力だ、と。

変えられない過去の傷を修復し傷でなくするために
敢えて今、今なら受け止められるからこそ夢の中で再現している。
あなたは強くなったのだ、と。

K先生のいうことのすべてを信じたわけじゃない。
彼女にはいくつもの錘をどかしてもらって感謝はしているが信じられないとも何度も思った。
ただこういう夢を見るたび彼女の言葉がよみがえる。
そして「確実な手ごたえ」に変化した感覚に励まされる。

負けなかった。
抵抗した。
そして、勝った。

悪夢を見る回数は減るかもしれないと、なんとなく思う。

1196ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 16:41:38
>>1194
過去日記転用

21 名前:二極分化 投稿日:2004/09
好みが二極分化している。俺と中の人Kとの間で。
共有できたものは少なくなり互いに到底譲れない趣味に分かれていき頭を抱える。
明らかな変化に恐怖を覚える。


人からみての違和感と俺の中での違和感は常に相反しあう。
奇異な目でみられることを避ければ俺は俺でなくなる。
そうして奇異な目で見られる自分に穴を掘って入りたくなる。
それだから、人と付き合うことをやめたのだ。

1197ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 16:42:06
22 名前:二極分化 投稿日:2004/09   02:50
孤高を保っていればさほど困ることはない。
服など体が覆えて寒さや虫を凌げればそれでいい。
どんな格好をしていようと俺の勝手だし遠くからの視線は無視できる。
どうでもいい相手の中傷も無視できる。

「知り合い」は困る。
親しさが深まれば深まるほど困る。目が気になる。感想が気になる。評価が怖くなる。
「会う」事が怖いのは会った時の評価が怖いからだ。
異常な自分と普通の人との境が越えられない。
コンプレックスの重圧に耐えかねて些細な些細な一言や視線が鋭く刺さる。
だからそこには、予め自己防衛に走りまくってはずしまくる自分か
無防備なまま修復機能を失う自分しか存在しない。疲れる。

多分キャンプに行く約束などをしてしまったので困っている。
買い物に行ってマネキンが目に入りふと、気づいてしまった。
どんな格好をしていけばいいのか?
鏡を見ると鬼があざける。
本来そんなことをグダグダ考えることすら性に合わないが
考えているうちに虚しくなった。

まったく気にしていなかったというのに、気づいてしまった途端にいたたまれなくなった。
人間ではいられない自分の姿に。
普通の人間になれる日は来ないだろう自分の姿に。
みじめで泣きそうにいたたまれなくなってふと見れば
そこには俺には到底許容できないKの趣味に走った服があった。
腹がたった。奴には苦労がない。

1198ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 16:42:56
>>1197 過去日記転用

23 名前:二極分化投稿日:2004/09   02:52
それでも、キャンプに行きたいのか?俺は?
よくよく考えたら存在自体が恥ずかしい。
考え始めると何もかもが恥ずかしい。
だから人付き合いを・・・・・なんで復活させたんだろうか?俺は。
そこに何があるんだろう。

1199ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 16:49:22
>>1198 過去日記転用

24 名前:カミングアウト? 投稿日:2004/09   02:57
特に初めから考えていたわけではなかったのに
キャンプの話題にHが入ってきた時「ヤバイ」と思うと同時に
流れからこいつも参加することになったら当日いろいろと白状しようと思った。
そもそもこの手の自分の正体に関わってくる会話を

「見られてもいいや」と思いながら表のチャットで話すことじたい珍しい。
俺以外の奴が「うっかり」出してしまうことはあるが俺は今回初めから
ログインメンバーを見ていて、しかもあとから増えるだろうことも予測していて
それでも「まあいいや」というお手軽さで会話していた。用心に用心を重ねる俺にしては珍しい。

彼が会話に入ってきた時「しまった」と思ったことは否定できない。
話の流れ上「お前も来るか?」と誘うのがまあ礼儀ってもので
参加予定のHRとDは自然とそうしただろう。
内心動揺はした。
俺の実情を知らない彼が来ると言ったら俺はどうすればいいのか?
もし、彼の前で“変化”してしまったら?
そもそもの最初の衝撃をどう乗り越えるというのか。
こんな時いつも自分の実態のあやふやさに悔しさを覚える。

影でこっそりHRに耳打ちしようと思えばできた。「話題をそらせ」と。
予定日が突然でしかも平日なのもあり彼はきっと参加できないだろうという読みもあるにはあった。
でも仮に彼が来るといったとしても
どこかで「それならそれでもいい」と思った。
動揺した割りにあっさりとスゥっと覚悟が決まった。われながら不思議だ。



俺はやっぱり公にしたくなっているんじゃないか。
HPを作ろうとしはじめたのだってそうなんじゃないだろうか。
隠し続けるのに疲れた。日陰を通って生きるのも飽きた。
開き直りも大きくなった。多分図太くもなったのだろう。

それから・・・もしかしたらという小さな予感が消えないでいることも原因かもしれない。
時間がない。時間がない。時間がもうなくなる。と、XXが死んだあの時のように声が聞こえ続ける。
彼らと会えるのはもしかしたらこれが最後のチャンスなのか?と疑いたくもなる。
時間がなくなるのは誰だろう?俺なのか、俺たちなのか。
病気の事と中の人との力関係の変化を考えるとどちらもありえる気がしてしまう。

だから、恥と意地を捨てようと思う。
本当の底の欲求だけを優先してみたいと思う。それはとても難しいことなんだけれど。

1200ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 16:56:21
>>1199
注:文中HRとDは俺(AR)が解離と人格障害について
  初めてカミングアウトした4人のうち2人。
  Hは俺の実情を知らずに付き合っていた友人。
  いずれも俺たちの中の人ではない。

1201ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 17:15:57
>>1184
とうに帰宅しているだろうがお疲れさん>出張
そしてこちらは元気・・・とは言い切りがたいが一応生きている。

>>1182
そういう絵を描けることに羨ましさも感じる。

>>1178
それを知って自分で自分に自己暗示をかけようとしたことがある。

>>1177
俺が知りたいw
統合を明確に意識し始めてからは実は8年くらいたっている。
自分では否定したくて意識したくなくて蓋をしたまま3年くらい過ごし
初めて明確に認めたのが2004年ということだ。

ただ、今「統合」ということに関して恐怖感はあまりない。
不安に駆られることはまだあるが。
なんとなく、なんとなくだけど先が見えてきた気がしている。
時々は強く感じる実感とともに。

1202ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 17:23:40
>>1168>>1171
単純に脳のメカニズムの問題だと聞いたことがあるな。
それまでの自分にインプットされていなかった思考や行動には
不安や恐怖を覚える。それは普通のことだ、と。

問題は「普通の人」というのはごく普通の日常生活を送る過程で
日々、社会生活になじむのに必要な多種の思考や行動を
インプットしながら成長しているのに対して
「普通」から隔絶された状態で成長した経験のある者は
それらのインプット量が絶対的に不足しているということだ。
その不足が「未知の状態」を絶対的に多くさせてしまうので
「慣れる」ことが難しいし、「慣れない」ことが多いのは当然なのだろう。

人がそのインプットから得られるのは
実体験による経験だけではなく
似た体験による推測、伝聞による想像があり
そういうものが多ければ多いほど恐怖は得にくくなるからだ。

そう考えると人付き合いの少ない人が
人と交わることに関して恐怖を感じるのもうなづける。

1203ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/25(日) 17:24:56
ちなみに私は
「慣れることができない自分」というものに慣れつつある。
そういう自分を諦めつつ認めていきたいと思うがゆえに。

1204HRK ◆l/an/smhrk:2009/10/26(月) 20:53:06
転載乙
これはAR氏の日記と認識させてもらっていいのかな?

1205ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/10/27(火) 23:41:56
>>1204
よいよ。
ARの意識のみ突出して独立してた頃の日記だから。

1206HRK ◆l/an/smhrk:2009/10/31(土) 20:26:02
>>1205
THX
その前提で読み直してみよう。

1207ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/11/01(日) 08:34:45
>>1206
今のところは、と補足しておく。
後には他の思考が入り混じりはじめるから。

1208HRK ◆l/an/smhrk:2009/11/01(日) 21:10:28
>>1207
多少なりとも理解しているつもりだ。

しかし、ロイ氏の論理展開力と文章駆使力を駆使しながら、
AR氏が発言するのはものすごいことだよな。

人類進化の可能性を垣間見てるようだ。

1209zebla:2009/11/05(木) 21:23:11
>>1192-1194
睡眠というのは脳のメンテナンスだと俺は思ってる。
前の睡眠から次の睡眠の間に起こったことの記憶整理も兼ねている。

同じ夢を見続けるということは、記憶の整理に障碍があるのだという気がする。

1210zebla:2009/11/09(月) 23:50:31
カミングアウトとは別ものかもしれないが「ほんとのこと」を口に出すことに関して。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2470/1253872820/9-11,14-15

1211ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/11/19(木) 04:51:18
今日、とりとめもなく考えていたこと。
人は心底深く傷ついた時、
その傷を真に癒やすことはできないのではないだろうか。
痛みに慣れ、耐える術を身につけはしても
癒しきることなどできないのではなかろうか。

1212ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/11/19(木) 04:52:47
実は今日、久しぶりに泣いた。
友人と話していて、自分の中にあった
今まで気づいていなかった本心に気づいてしまったのだ。

1213ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/11/19(木) 04:56:46
私は今、自分が病気であることが嫌でたまらないらしい。
開き直り、受け入れてきたつもりだったが
健康になりたくてなりたくて仕方がないらしい。

病を抱えるがゆえに、できないことがあるのが嫌だ。
普通に健康な人と、同じことができないのが悔しくてたまらない。
かつてできたことができず、好んでいたことができず
それらをすることが苦でなく、あたりまえにできる人々と比べ
劣ってしまう自分が悔しくて苛立たしくてたまらなかったようだ。

1214ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/11/19(木) 05:00:31
当たり前のことではないかと思われそうだが、そうではない。
この病気の宣告を受け説明を受けた後、
悲観し悩みぬいた同病諸氏が数いる中で、
私は自分が宣告を受けた時喜んだのだ。

長年の原因不明の体調不良はこのせいであったかと。
私が、普通にこなすべき、普通こなせるであろうことがこなせないのは
私の無能ゆえではなく、病気のせいであったのかと
免罪符を受けたような形で劣等感が緩和されていた。

1215ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/11/19(木) 05:04:37
病気の宣告を受けずとも、しんどさは確実にあったのだし
これまであった原因不明の不調の数々は
この宣告を受けたことにより治療対象となったのだから
そして、治療が開始されたことにより
以前と比べれば格段に生活の質が向上したのだから
私にとってこの病気宣告は喜ばしいことであったのだ。

1216ロイ ◆yOHf648Wc.:2009/11/19(木) 05:11:58
私のこれまでの闘いは自分を含む、人間との闘いだったように思う。
しかし今、はじめて病との闘いが始まったのだ。
現状ではどうあがいても、欲しいものに手が届かぬゆえに
健康でありたいと切実に思う。
健康を取り戻したいと痛切に願う。
そして、病んでしまったことが悔しくてたまらず
病む状況に追い込まれたことが腹立たしく許しがたい。

これは哀しみであると同時に、強い怒りだ。
ARが日ごろ抱える、彼の強い怒りと憤りが理解できた気がする。
我々の中には確かに、強く大きな怒りがある。

1217HRK ◆l/an/smhrk:2009/11/20(金) 22:27:04
ロイ氏の愚痴か、珍しい。
私から見れば、ロイ氏の感情というよりは、AR氏の怒りに侵食されてないか?
って、感じなのだが、書いてある内容を見る限りでは自覚はないようだね。

1218zebla:2009/11/20(金) 23:15:36
それはロイが防げた病気だった?

健康になりたいって思えたのも 進歩なのかもね

1219zebla:2009/12/01(火) 05:30:15
瞋りは大事と思う。
それは自身に突きつけられた無力感や無能力感から
有力感をどう取り返すか(あるいは獲得するか)という道への
契機となり得る。
怒りのエネルギーをも奪われた時
土に膝をついたまま立てなくなる状態の人間は確実にいる。

1220zebla:2009/12/01(火) 06:32:35
大事なことは、瞋りのエネルギーを
自身にとってどう有益な形に転化するかだ。

*(これはいまの自分に対して言い聞かせている訳もあるが)

1221zebla:2010/01/01(金) 21:01:05
あけましておめでとうございます、ロイ達とスレのみなさま。

今年もよろしくお願いします。

1222ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/01/11(月) 10:11:59
ゆらりゆらりと穏やかに
己が向ける刃をかわしつつ
世にあるもの全てに和合したい。


この広き世界を
睨み付けることなく眺めながら
はねのけもせず
よけられもせず
とりこまれもせずに
ただただ穏やかにとけこみたい。

1223ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/01/11(月) 10:24:57
私の知る世界の、何と狭かったことか。
私の恐れる世界の、何と小さかったことか。

これより先は
移り行く変化を恐れはすまい。
恐れに身を閉じ込めて目をつむりはすまい。
自戒に希望を込めて、そう思う。

1224ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/01/11(月) 10:28:37

この冬、私が得た安らぎが
ここを訪れる全ての人に
稀有で奇特でお人よしで変わり者である君たちに
もれなく訪れていますように。


あけましておめでとう。
願わくば、これからもよろしく。

1225zebla:2010/01/11(月) 13:53:57
変わり者はお互い様だぁね

こちらこそ、今後ともよろしく〜

1226zebla:2010/01/11(月) 21:11:22
こちらこそ、よろしくね〜
ロイの言葉に、春風のような穏やかな明るさを感じるよ。

数十年後、誰かが還暦を迎える頃にでもなお、
よろしく〜なんてやり取りが出来てたらそれも素敵かも、なんて思っちゃったり。

1227HRK:2010/01/11(月) 22:57:40
をぉ、ロイ氏が悟りを開いておる。
なんまんだぶなんまんだぶ

まったくロイ氏に変わり者といわれるとは、ここのみんなはなんて変わり者なんだ。

で、すまないが新スレに移行する予定はないのかな?
どうも、janedoeがうまくこのスレを認識してくれないんだ。

1228zebla:2010/01/11(月) 23:37:08
HRK氏には負けますわ〜変わり者(笑)

ロイの穏やかな季節がもっと増えますように

こちらこそよろしく

1229HRK ◆l/an/smhrk:2010/01/12(火) 22:34:17
>>1228
それは心外だなぁ。(どきっぱり笑
そもそも、少々Sっ毛があって鬼畜になりきれない男など掃いて捨てるほどいるというのに。

癒しのアルマジロでも献上しておくとロイ氏降臨するかな。
ニカラグアで生後4日のアルマジロの赤ちゃん
ttp://jp.reuters.com/news/pictures/articleslideshow?articleId=JPJAPAN-38554320090615&channelName=oddlyEnoughNews#a=1

1230zebla:2010/01/14(木) 15:28:55
・・・少々?

1231HRK ◆l/an/smhrk:2010/01/15(金) 00:00:14
なにか異論でも?

1232zebla:2010/01/15(金) 12:47:17
…Sっ毛?

バリバリの剛毛ですか?

12331228:2010/01/15(金) 21:44:03
>>1229
HRK氏ほどの男がふたりといるとは思えません(ぃひ

かぁいいアルマジロありがとう!

ぁそーだ、HRK氏はロイのどこに惹かれるのか一度お聞きしたかったのでした

1234HRK ◆l/an/smhrk:2010/01/15(金) 22:06:51
>>1232
つつましい剛毛と呼んでくれさい。(笑)

>>1234
ほめてるのかけなしてるのかw>ほど
私には、程度と書いてほどと読む方が似合ってるけどな。

以前書いた気もするが、憶えてないので再度考えてみる。>どこに惹かれる

無限とも思える表現力を有しているのに理知的。
ツッコミ能力高そうなのにボケ役。
そしてなんといっても、類まれなる客観性。

1235ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/01/16(土) 07:18:54
私がいったいいつボケ役になったというのか。

1236ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/01/16(土) 07:21:26
>>1227
面倒なだけなのだ。
こちらでは特に不都合を感じていなかったので予定はしていなかったが、
必要に感じるなら移行してくれて構わない。君に一任する。

1237zebla:2010/01/16(土) 10:41:23
>>1235 ロイ
ボケてたっていいじゃない!って言ってやれよ

1238HRK ◆l/an/smhrk:2010/01/16(土) 20:40:01
>>1235
私の中ではかなり前からボケ役なんだがなぁ。
4周年記念漫才の中でも活躍しているぞ。
AR氏との間ではツッコミ役しか回ってこなさそうだから気がつかないだけなんじゃないか。

>>1236
了解。
私の都合で申し訳ないが、立てさせて戴く。

>>1237
ボケ役もできるロイ氏の方が魅力的だよなぁ?

1239HRK ◆l/an/smhrk:2010/01/16(土) 20:52:12
新スレ

ある体験の・・・回想録6
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2470/1263642452/

1240ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/01/17(日) 07:08:58
>>1237
・・・微妙にニュアンスが変わってくると思うのだが
それではまるで認知症のようではないか。

1241zebla:2010/01/18(月) 16:30:59
>>1240
思わず爆笑ww

1242zebla:2010/01/20(水) 01:51:47
>>1216から>>1222-1224へ至る間が知りたい。具体的でなく抽象的でいい。
純粋に内的な葛藤の変化なのか、外側の変化が内にそれをもたらしたのか
あるいは、内的な変化が外側にも影響したのか、
その「順番」−つまり、内的な変化が先か、外側の変化が先か- を切実に知りたく思う。

それにしてもロイの「行き届き方」にはたびたび感心させられる。
そのような行き届き方へ至る何かがあり続けたのだろう、と推測するほかないが
学んで習えるものではない。

1243zebla:2010/01/21(木) 13:04:54
とってもおもしろいブログだよ♪

たまに更新もしてるから見に来てください☆ミ
ちょっとエッチなプライベートブログです(*^^*)

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1244ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/23(火) 09:15:24
先天性嘘つき
なんかそんな病名でもつけば
俺は自分を許すことができるのだろうかね

1245ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/23(火) 10:24:58
>>1242
答えるのが難しい質問だなぁ。
nは>>1216から>>1222-1224を『変化』と感じている、ということだよな?
でも俺もロイもその間を『変化』とは捉えていないように思う。

むしろ『変化』ではなく『積載』というか、『内包』というか
適切な表現がいまいち思いつかないが
イメージとしてはそんな感じなのだが。


もうちょっと時間できたらまた書くね。

1246ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/24(水) 17:35:36
>>1242
いろいろ考えてみたがやはり私にとってそれは変化ではない。
>>1222-1224を書いた時の気持ちは今もって持続しているが
同時に>>1216の気持ちも変わらず持続している。

あえて言うならば「変化」ではなく「付属」とか「付随」なのかもしれない。
いやこれも言葉にしてしまうと違うニュアンスのように思える。

言ってしまえば、私にとって>>1216の感情は
怒りの発露であり、怒りの自覚だ。
そして同時に受け入れ、でもあるのだ。

私自身の中に「怒り」があると自覚し、それが実は強烈であること
また、自分が失ったものへの渇望と未練、
それらが抑えがたく強烈に深く惜しくてたまらないという気持ち。
さらに、それがあるという事実の受け入れはしたがそれがゆえに感じる苦しさ。


こういう諸々の感情が深く根付いた上で
それに負けたくはないという闘意のようなものが湧いてきて
だからこそ、これ以上の可能性を失わないために健康を取り戻したいと思う。
私から奪っていくものへ、抵抗し、戦いたい。

1247ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/24(水) 17:40:59
そういう気持ちがあるからこそ
己が、自ら向ける刃をかわしたいし
負けたくないからこそ、はねのけたくないのではないか。


いや、これはまだ答えではない。
問われて無理やり思考している段階にすぎない応えだと思ってもらいたい。

1248ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/24(水) 17:51:28
それでも思うのは、私はいまや人が好きなのだということだよ。
我々は、とするべきか。
これは今、割と共通認識として我々の中に定着しつつある。
やっと素直に認めることができるとこまできたというところか。

今、我々は
人とはもしかしたら優しい生き物だったのではないかと
ああ、優しい生き物だったのだとそう認識するに至った。

ゆえに己と戦うために世界を拒絶することをしたくない。
また、恐れたもの、憎んだもの、
世界から見ればほんの一部であったはずのそれらのために
その全てを拒絶し身を閉じ込めてきたことを惜しく思っている。

1249ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/24(水) 18:08:47
大上段に構えて言えば
私は許したい。
怒りもて身を処するには老いた。

ただそれはまだ、罪を許したいという意味合いとは違う。
単に己の中に深く巣食う憎しみや憤りを消し去りたいのだ。
憎み続けるのはしんどい。
この一義に尽きる。

許そうとして許せず、憎むまいとして果たせず
そうやって足掻いた日々はあまりにも長いが
言葉でもなく、理屈でもなく
自然に受け入れられる“感覚”として
人は優しい、私は人が好きだと思えた頃
思わずとも自然に、ごく自然に闇が薄れてきたように思う。

1250ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/24(水) 18:17:26
私が畏れたのは敵であり、その敵が与えた害であり傷であり
己の、自らに向ける由なし嫌悪と自責の刃であり
更には本来敵たりえた、そして味方にもなりえた
数え切れないほどの外野、周囲、つまるところ世間だった。




多分に感覚の話なので話を繋げることができないが
私はもう、このまま私でありたい。
自身でいようと妙に力を入れるでなく
誰かに影響されまいと肩肘はるのでもなく
未熟であろうがなかろうがそのままの私でよい。
時満つれば多少なりと成長することもあろう。
それまでは気負うまい、と思うよりずっと近いところで
いつかそうなるのだろうと予感しているとでもいうか。

1251ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/24(水) 18:19:18
そのために、緩やかに穏やかに
身を風に流す柳のごとくたおやかでいたいのだ。

1252zebla:2010/02/25(木) 00:38:49
俺は>>1216を、勝手に自分の状態にひきつけて
悪い状態というふうに無意識に思ってしまったらしい。
最初に>>1216を読んだときには、
悪い状態とは思わなかったのに、その後、
精神状態が悪化してる時に>>1222-1224を読んだので
一種の回復のように思ってしまった。

たおやかに、穏やかに、無理のない自然体で闘う、
あるいは、自由に和ごむ。

なんだろうか、心境、というか、心の幅に領域が増えたというか、
確かに一言で言うのは難しそうだ。

1253zebla:2010/02/25(木) 00:49:15
ところで>>1244 
俺のレス
>行き届き方へ至る何かがあり続けたのだろう、と推測するほかないが
>学んで習えるものではない。
に対する反応?
それとも、告白(隠し事)に関する
島崎藤村の「破戒」みたいな話?

なんにせよ、先天性嘘つき、なんて病気はないと思う。
平気で嘘をつく人々、という本があったが、
あれは、強迫神経症、とか自己愛性人格障害とか、
そういう当時、新しくできあがりつつある概念に関する本だった。

1254zebla:2010/02/25(木) 01:04:39
自分の中にある世間、
というものは、絶対たたかわないとな。

1255zebla:2010/02/25(木) 03:07:33
自分の中の世間を、洗い流す。
の方がいいか

1256zebla:2010/02/25(木) 03:10:21
自分の中の世間を、検証する。

個人的にはこれが一番、具体的に実行しやすい。

1257zebla:2010/02/25(木) 03:42:13
自分の中にある世間とは、結局自分自身のもう一つの目ではないのか。

1258zebla:2010/02/25(木) 05:29:52
>>1257
自分の中にあるイメージとしての世間と
己を見つめる自意識的な目は、違うんじゃないかな、と思う。

1259zebla:2010/02/25(木) 05:39:40
鬱っぽくなるとそれが一致してしまう、そこが問題なんだが、、

1260ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 08:21:38
>>1252
悪い状態ととらえたのは別に間違いではないよ。
あれを書いたときの精神状態はすこぶる悪く
失ったもの、再び手に入れられないもの、
それらのその大きさに凄まじい喪失感があり
形容しがたい怒りの塊が自分の中にあった。

怒りの種類としては長らく俺(AR)の中にあり続けたもので
最近ロイその他にも噴出し始めたもので
そろぞれが、元々俺がもてあましてきた時動揺
怒りにたける自分を抑えがたくなったことが内側としては印象的だった。

この怒りそのものは多分これからもずっと抱えていくことになるんだと思うよ。
ただ、その怒りに潰されそうになっている状態のときと
この怒りや憎しみを凌駕できるだけの“他のもの”に
目を向けることができている場合とがある。

そしてここ1年くらいの話に限定していえば、
その場合とは、意識的に頑張って怒りから目をそらしているわけではなく
たいていは自然に他に目が向いている状態。

ただし、突如理由もなく、または夢や誘引原因の何かによって
すさまじく再噴出してくる類のものだ。

1261ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 08:27:38
その怒りが噴き出している状態=>>1216=悪い状態 ととらえ
>>122-1224=その悪い状態がおさまってきた状=回復 
ととらえたのなら、それは間違いじゃない。

ロイが答えた「回復ではない」は「>>1216が悪い状態ではない」
という意味ではなく、>>1216の状態は継続しているという意味だから。
緩急ある噴出だからはたからはわかりにくいかもしれない。

んで、「緩」 つまり凄まじく噴出する怒りが緩やかになった
という意味での回復(多分俺たちはそれを回復と思ってないんだろうけどね)
までの間に何があったのか?という問いなら


ロイの答えはずれてるけど・・・・やっぱ答えにくくはあるなぁ。

1262ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 08:35:47
>純粋に内的な葛藤の変化なのか、外側の変化が内にそれをもたらしたのか
あるいは、内的な変化が外側にも影響したのか、
その「順番」−つまり、内的な変化が先か、外側の変化が先か- を切実に知りたく思う。

内的な葛藤の変化、はあると思う。
さっきも言ったように緩、急、という意味で。
元からある葛藤がなくなりはしないが緩む時はあるので。
しつこいようだが、あるなし の変化ではなく、強くでるか弱くでるかの違いだ。

更に外側からの影響(ただしこれは変化じゃない)もあるにはあると思う。
具体的にどうこういう話じゃないが、
例えばある時期いつも同じところに咲く花があるとする。
そこにはいつも咲くのだ。その花が。
俺たちは「緩」状態の時も「急」状態の時も常にそれを目にしている。

特に意識することなく目の端にうつしていることもあれば
ある日突然それを美しいと思うこともある。
時にはその花をうざく忌々しいものと八つ当たり的に睨むこともあるだろう。

つまり、外側の変化ではないのだな。花は変わらないのだから。
けど内側の「緩急」の状態変化、怒りなどの噴出する勢いの違い、
そんなものの程度の差によって、同じものを目にした時の感じが違う。

>>1222-の心情というのはまさしく「緩」状態だからこそ
日ごろ目にしていた「花」によって慰められ
その「花」にありがたみを感じ、安らぎを得ている“時” というわけだ。

あくまでも比ゆ的な話でしかないが。
ちなみにこの“時”というのはやはり 一時的 でしかないよ。

1263ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 08:43:15
>純粋に内的な葛藤の変化なのか、外側の変化が内にそれをもたらしたのか
あるいは、内的な変化が外側にも影響したのか、
その「順番」−つまり、内的な変化が先か、外側の変化が先か- を切実に知りたく思う。

ただ、どちらからの変化が先か、
つまり何の影響により変化しえたか? と分析することにあまり意味はないように思う。
これは多分誰にでもあることだと思うが、
そんな風に定規で測ったようにぴったしといくものではなくて
卵が先か鶏が先か、判別しがたいほどの癒着した相互作用だと思うから。

こういう話をする時、いつも頭に思い浮かぶのは
俺たちの恩人であるK先生の言葉だ。

『心と体は繋がっている』

納得して以降、本当に繋がっているのだと日々あらゆる場面で実感している。
内側である心が荒れている時に目にする花は美しくはうつらない。
ところが荒れていたはずなのに、美しい花を目にしたことによって和むことがある。
この2つは矛盾しているようだが、両立している。
両立というか、同時に存在していると言ったほうがいいかな。
その時どちらの旗色が濃くなるか、どちらに勝敗が傾くか、
偶然のような神の采配(あえて配剤ではなく)でしかないのではと思うことがある。

1264ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 08:50:06

それから、感じ思うようになったことに
『外界と内界もまた繋がっている』ということがある。

これは説明しがたいので宗教的な概念のように思われてしまいそうだが
あくまでも俺たちの漠然とした感覚だと思って欲しい。

外界と内世界、つまり他人である世界と内側である自分自身は
全くの別物じゃないのだ。いつも必ずどこかで何かが繋がっている。

だから誰かが深く考えもせず意図もなく行った何かの行為が
まわりまわって、また時にはダイレクトに自分に影響することがある。

すさみきった気持ちで歩いてたら、たまたま和む光景を目にした。
その光景を作り出したやつらは別に、俺を和ませようとして
その行為をしたわけじゃなかろうが、現に俺は和んだ、としよう。

そういうことはままあるが、
それはつまり、外界が、内界である俺たちに影響を及ぼした、
外→内 方向で繋がっているのであり、

また逆に俺がした何かが、意図したわけでもないのに
誰かを喜ばしたり、怒らせたり、なんらかの影響を与えることがある。
それはつまり、内界である俺たちが外側である世界に
内→外 方向で繋がっているからだ と感じる。

1265ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 09:00:48
>>1260
訂正
×そろぞれが、元々俺がもてあましてきた時動揺
○そろぞれが、元々俺がもてあましてきた時同様


俺は鬱状態が嵩じてくると風呂に入れなくなるんだが
そこを無理やりにでも風呂に入ると
体の緊張がほぐれるのか、精神状態も楽になることがある。

でも鬱だからこそ風呂に入れず
そしてだからこそ入ると緩む。

他にも鬱状態が嵩じた時の症状に、夜更かしになるというのがある。
単に夜更かしなのではなく寝るのが嫌なのだ。眠れない。
結果夜更かしになり朝寝になり、朝日を見ることがなくなる。
既にうつ状態ひどく拘泥状態なので
そこを意識して早起きしろ、朝日を浴びろといわれても
無理だ!の一言に尽きる。心情としては。そして肉体的にも。

けどそこまでの精神状態に陥ってるときに
精神の力で浮上することこそ実は難しい。

で、何とかかんとか無理やりにでも朝日を浴びていれば
体が先に回復する。体→心 の向きで及ぼされた影響によって回復しやすくなる。

1266ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 09:05:45
人は不器用なもので、今これをほぐしたいと切に願っても
それが近ければ近いほど難しいんだよ。

だから、直接はコントロールできないものと
繋がってる部分をコントロールしてみる。

心が縛られて動けない時は体をほぐす。
体が縛られて動けない時は心をほぐす。


緊張しやすく人前で発表するとなったら赤面する、手に汗をかく、どもる。
そういう人に「落ち着け」「リラックスしろ」と言っても無理だが
「手に力を思い切り入れろ。そして抜け。」これはたいていできる。

普通、心が緊張した時というのは体に力が入っているものだ。
だから体の力を抜かせることに成功すれば、自然に緊張は溶ける。


俺はこうやって、K先生にリラクゼーション、筋弛緩法という
体の力の抜き方を教わり、それを実践するようになって
強すぎる怒りや悲しみのコントロールができるようになった。

1267ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 09:09:35
噴き上げてくる怒りに人を殺してしまいたいくらいの強い衝動を覚える。
全身怒りにガチガチだ。息も荒い。鼓動も早い。耳鳴りすらする。

これ全て、哺乳類が戦闘態勢に入ったときの状態だ。
あがり症の人が人前で緊張する時の、心拍や手に汗だって同じだ。

敵に備えている。
野生状態にあった頃なら、それは生き残るための
有益かつ優秀な能力だったはずだ。

だが幸か不幸か、現代社会ではそこまでの敵に備える必要がほとんどない。
だからその防衛は過剰だ。
過剰にすぎる自分の防衛本能が及ぼす身体への影響。
それを理解し、コントロールする。

結局は俺の対人関係の修復は
精神的なものからではなく、肉体のコントロールから始まったということ。

1268ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 09:16:11
話がそれたように思えるかもしれないが、俺の中では繋がっている。
(説明はとびまくってて申し訳ないが技量不足だと諦めてくれw)


肉体と精神が双方向で繋がっている。
外界と内界が双方向で繋がっている。
自分と人が、人と自分が、双方向で繋がっている。


これらの実感によって、ある時俺たちは“人”に感謝した。
形の上でなく、言葉の上でなく、心底わきあがってくる気持ちで
ああ、人間って実は優しかったんだと、思えたんだな。

だからそれが>>1222-1224に繋がる。
どう関係あるかと突っ込まれると説明に困るが
突き詰めていけばそこに繋がるんだよ。


全てがきっとどこかで繋がってるから
恐れから拒絶するのをやめよう、
自分自身をはねのけられるものと定義するのをやめよう、
溶け込むことは求めよう、流れにはのってみよう、
ただひたすら、心穏やかでありたい、と願う。

1269ロイ ◆yOHf648Wc.:2010/02/25(木) 09:19:43
>>1253
ところでこれは実は突っ込んで聞いてみたかった。

>それにしてもロイの「行き届き方」にはたびたび感心させられる。
>そのような行き届き方へ至る何かがあり続けたのだろう


ロイの何をもって(またはどこを見て)感心し
どんなものを推測したんだ? 具体的には。
(ちなみにそれロイ限定?それとも便宜上ロイ?)


ちなみに>1244は単なる独白でレスじゃない。
そんな病名がないことももちろん知ってる。
そうであればいいのにと思うことがあるだけだ。

1270zebla:2010/02/28(日) 00:24:56
>>1261
どうやって回復したのかを訊ねた時、
>病んでしまったことが悔しくてたまらず
>病む状況に追い込まれたことが腹立たしく許しがたい。
      ↓
>この冬、私が得た安らぎ
を、怒りが穏やかさに変化(変質)した、という風に捉えたため
怒りも内包しつつ、穏やかさという状態も得ている、
という状態は頭の中になかった。想像もしていなかった。
だから、
ロイ(RY)の>>1246-1251は、ずれてはおらず、
問いに対し、じゅうぶん答えになってる。

そして、ロイ(AR)の>>1260-1264 &>>1268
さらなる丁寧・懇切な説明になっていて,
じゅうぶん答えてもらったと感じる。

更に、>>1265-1267は、たいへん参考になった。
そういえば二週間ほど風呂に入ってなかった
(読んだあと銭湯に行ったw)

1271zebla:2010/02/28(日) 00:45:13
>ロイの何をもって(またはどこを見て)感心し
>どんなものを推測したんだ? 具体的には。
>(ちなみにそれロイ限定?それとも便宜上ロイ?)

>>1222-1224 の時期は、タターがたいへんな時期であり、
かつ俺の悪化も噴き出しでロイは知っていたかもしれない。
そういうときに、新年の挨拶をするのはけっこうむづかしい、と思うのだ。
だが、ロイはそういった状態にある者に対しても痛みをあたえずに
自分の「緩」を伝えている。
具体的に云うと、今年、俺は年賀状をほとんど読まなかった。
「良いお年を」という言葉が痛かったからだ。
「良いお年」などというものが自分に訪れる可能性は皆無だと
感じていたからだ。

感心したのは、そういった痛みを感じさせる言葉がまったくなかった事だ。
つまり、書かれた言葉に感心したのではなく、
痛みを与える言葉が「書かれていない」というところに勝手に感心した。
そこ(状態の悪い者に対して痛みを与えることばがなかったこと)を「行き届いてる」と感じた。

1272zebla:2010/02/28(日) 00:56:00
内側と外の話だが、これは
長文に書いた「内界・外界」
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2470/1088350818/705
とも通じる話だと思う。
ただ、俺が考えてる内界は意識だけではなく
自分の内臓や細胞を含んでいる。
>>1266 の 
>リラクゼーション、筋弛緩法という体の力の抜き方
も、長文に書いた、
>動物神経系 (体壁・筋肉)は、
>感情の処理の側じゃなからろうか。
と通じる部分があって参考になった。

1273zebla:2010/03/09(火) 18:41:15
>>1271 はすこし誤解を招くかもしれないので追加しておく。
痛みを与える言葉を回避しながら
(それが意識されていたか偶然かはしらないが)
しかし 

自分が言いたいことは きちんと書く。

むしろそちらに感心したのだな。
(1271は「行き届いてると感じた」ことの説明に引き摺られて
 感心したこと、の説明に混同が生じている。)

あのような時期に、それでも、黙っているのではなく
慎重に、しかし、きちんと「書かれた」  

が感心の主体だった、と修正する。




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