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2004年参院選スレ

701とはずがたり:2004/06/19(土) 21:51
うーん,まかり間違えば民公社共闘の非常に興味深い選挙区になっていたのに!
土居氏は旧民社系の流れではなかったっけかな?党本部にちゃんと上げていく体制が何故取れなかったのか?

[’04参院選・決戦前夜・えひめ政界舞台裏]/上 非自民3党で協力模索 /愛媛
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040617-00000002-mai-l38

 ◇民主・公明・社民、調整ならず統一候補断念
 7月の参院選は、年金制度改革や多国籍軍への自衛隊参加、北朝鮮拉致問題など多様な争点の下に、立候補予定者がほぼ出そろいつつある。愛媛選挙区(改選数1)では既に自民、民主、共産の新人3人が出馬表明し、選挙の前哨戦の様相を見せている。その擁立までに舞台裏でどんな動きがあったのか。県政界の“決戦前夜”をリポートする。
 「一緒に戦えないことになってしまった。申し訳ない」
 4月26日、県議会公明党控室。民主党県連の土居一豊副代表(当時)が、公明党県本部の井上和久代表を訪れ、頭を下げた。「残念だ。でも、あなたはよく頑張った」。悔しさを隠しきれない土居副代表に、井上代表はそう答えるしかなかった。
 土居副代表が、井上代表に選挙協力を持ち掛けたのは昨年末。以後、2人は県議会の廊下や控室で会うたび、情報交換した。土居副代表は、社民党県連にも声をかけ、「3党が相乗りできる無所属候補擁立」に力を尽くした。
 非自民3党の選挙協力は、国政の自公連立とねじれを生じる。だが、井上代表はこう打ち明ける。「うちが乗れる候補がいれば、本部に事情を話し、了解を取るつもりだった」。公明は本気だった。
 しかし結局、民主党県連は4月21日、公認候補を内定。土居副代表は5月12日、責任を取って副代表を辞めた。
   ◇
 昨秋の衆院選。自民は比例で26万6694票を獲得した。これに対し、民主は20万7235票。その差は約6万票。だが、公明(11万6583票)、社民(3万5746票)の2党を上乗せすると、自民を約9万票上回る。単純計算だが、非自民勢力を結集すれば、国会議員の自民独占状態を打破することが可能。土居副代表のこうした読みに、井上代表も「自民以外の議員を国政に送ってこそ、民意に応えたと言えるのではないか」と応えた。
 昨秋の衆院選では、自民の選挙区候補は全国の半数以上が公明の推薦を受けたのに、県内はゼロ。「公明の力を借りなくても、自民だけで勝てる」(県議)。「保守王国」と言われる特殊事情があるために、公明にも民主との“地域協力”が魅力的に映った。
   ◇
 土居副代表は当初、松山大卒の30代の男性会社員の擁立で動いた。しかし、海外勤務の話が持ち上がり断念。後に民主党公認候補となる斉藤政光氏を無所属で3党が推す方向で調整を進めた。
 しかし、それはならなかった。民主党県連の成見憲治代表は「3月末ごろまでは、無所属候補でも構わないと思っていたが、党本部の了解を得られなかった」。
 はしごをはずされた格好の土居副代表は旧自由党県連会長。「私が党本部の旧自由党出身者に聞いたところ、『愛媛から無所属候補擁立の話など上がってきていない』と言われた」。県連内の意思疎通が十分とはいえなかったことがうかがえる。
 3党協力の枠組みが破たんし、社民も独自候補擁立を迫られた。だが時間切れで、先月22日に自主投票を発表。旧社会党時代を含め、参院選挙区での擁立見送りは初めてだった。
 実現すれば、中央の枠組みにとらわれない注目選挙区となったはずだ。自民の牙城を切り崩す水面下の工作は、こうして頓挫した。(毎日新聞)
[6月17日20時41分更新]


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