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自公保観察スレ

1とはずがたり:2003/10/25(土) 00:05
自民党
http://www.jimin.jp/
公明党
http://www.komei.or.jp/
保守新党
http://www.hoshushintoh.com/

121とはずがたり:2003/11/21(金) 17:47
野中が橋本派から古賀にシフトしたことを如実に顕わしている?

http://www.asahi.com/politics/update/1120/004.html
自民党堀内派、選挙前より5人減 4人入会で46人に

 自民党堀内派は20日、総選挙で野中広務元幹事長の後継者として京都4区で当選した田中英夫衆院議員ら新顔・元職4人の入会を決めた。派閥の所属議員は総選挙前から5人減の46人になった。

(11/20 17:42)

122デモクラット:2003/11/21(金) 18:27
>>120
参議院は良識の府。あんなエロジジイは相応しくありません! (半分冗談)

>>121
私は別の点から面白さを感じます。
形の上では、野中広務氏は宏池会第2代会長で衆議院議長だった前尾繁三郎氏の後継者なのですよね。
京都の議席が宏池会に先祖がえりした、とも考えられるのです。
おそらく、この点からも、田中氏の堀内派入りに障害が少なかったのではないでしょうか。

(参考)
83年の衆院京都2区補選は、共に宏池会所属だった前尾氏、谷垣専一氏の死去に伴い実施された。
そのときに初当選したのが、専一氏の息子で現財務相の禎一氏と、野中氏だった。
その後、禎一氏だけが宏池会に入り、野中氏は田中派(木曜クラブ)に入った。

123とはずがたり:2003/11/21(金) 18:35
>>122
そやった,参院は良識の府やん!!(笑)

成る程,面白い観点ですな>野中は前尾後継

加藤系の園田(熊本4区)の秘書出身の金子(熊本5区)が山崎派に入ったように複数のチャンネルを生かそうとしているのかとも思いましたが(京都の橋本派は壊滅状態ですし),そういう根底が有るのかも知れませんな。

124デモクラット:2003/11/21(金) 20:56
新生・二階グループ。二階堂グループのように消え行くのだろうか。
http://www.asahi.com/politics/update/1121/006.html

旧保守新党、政策グループに 自民党との合併手続き完了
--------------------------------------------------------------------------------
 旧保守新党は21日、正式に解党し、自民党との合流に伴う合併手続きが完了した。これを受け、旧保守新党に所属していた衆参の7議員は同日、二階俊博・前同党幹事長を会長とする自民党内の政策研究グループを結成、結束して行動することになった。
 新グループの名称は「新しい波」。最高顧問に海部元首相、会長代理に井上防災担当相、事務総長に泉信也参院議員が就任した。党内の派閥事務総長の会議などにも、呼びかけがあれば参加する考えだ。二階氏は記者会見で「いずこの派閥からも温かい呼びかけを頂いているが、ただちにどこの派閥と組むとか考えているわけではない」と語った。
 新グループに参加したのは、このほか、衆院議員の江崎鉄磨氏、参院議員の扇千景氏、鶴保庸介氏。 (11/21 19:58)

125とはずがたり:2003/11/23(日) 02:33

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/shuuinsen.html?d=22yomiuri20031122i301&cat=35
小泉人気にあぐら、支持層固めきれず…自民衆院選総括 (読売新聞)

 自民党が先の衆院選についてまとめた選挙総括が21日、明らかになった。

 選挙総括は、各派閥事務総長らが出席した20日の選挙対策本部小委員会で示された。

 それによると、自民党が目標とした単独過半数を獲得できなかった原因について、「小泉人気に過度に期待するあまり、党組織、友好団体に対する働きかけや支援要請が不足していた」と指摘。その結果、「自民党支持層を固めることができず、無党派層の支持でも民主党に差を付けられた」と分析している。

 また、「有権者に、野党の政権チェック機能を期待する傾向があり、自民党の勝ちすぎを嫌う意識が働いた」とも指摘した。

 ただ、選挙戦の結果については、「民主党は目標としていた政権交代は実現できず、明らかに民主党の敗北」と強調している。

 自民党は衆院選の投票傾向をさらに分析するため、近く対策本部を設置する方針だ。

[ 2003年11月22日3時6分 ]

126MakePeace:2003/11/23(日) 15:23
>>122
83年衆院京都2区補選、懐かしいです…。当時中坊だった私が「選挙好き」になるきっかけになったオモロイ選挙(大激戦)でした。
当時共産党が複数擁立するほど強かった2区だけに改選数2の補選では共産が1議席を確保して、現職の寺前氏に次ぐ2議席目を確保することが濃厚か、と見られていただけに自民の2議席死守に驚いた記憶があります。
ちなみに(有名ですが)野中、谷垣両氏に敗れた有田光雄氏は有田芳生氏のご尊父。社会党公認の山中末治・八幡市長も含め役者が揃っておりました↓。
谷垣禎一(自新)125,209(当)
野中広務(自新)121,890(当)
有田光雄(共新)115,093
山中末治(社新) 73,226
林 長禎(無新) 32,766
高田がん(無新) 1,417
心  久(無新) 742

勝手な横レス失礼でした。

127MakePeace:2003/11/23(日) 15:49
橋本聖子氏も存在感増してきた?

<自民党道連会長に橋本聖子参院議員>
 当初、会長には比例北海道ブロックで当選し、北海道代議士会の会長でもある金田英行氏が有力視されていた。
 しかし「道連会長に北海道代議士会の会長が就任する“不文律”を疑問視する向きがあった」(道連幹部)ことに加え、金田氏は党の公認争いで敗れた8区の前田一男候補を自身の会合に出席させたことで、会長就任に異論が出ていた。
 来年7月に行われる参院選を控え、清新なイメージの橋本聖子参議の起用となった。
 http://www.bnn-s.com/bnn/bnnMain?news_genre=2&news_cd=220011026050

128デモクラット:2003/11/23(日) 20:53
>>126
補足ありがとうございます。当時2歳だった私には、大変有益な情報です。

考えてみれば、共産党の地盤ですから、そういうことも起こりえたのですね。
そう言えば、寺前巌はその次の93年12月の総選挙で落選してましたよね。
寺前が自民党国対と接近したために干された結果と聞きましたが、複数擁立していたのでしょうか。

それにしても、自民党はものすごく綺麗な票割ですね。

129杉山真大:2003/11/23(日) 22:12
>>128
83年総選挙のことですよね?
寺前&有田の複数擁立で共倒れでした。で、86年同日選からは共産党は
候補者を寺前1人に絞り、有田は比例代表に鞍替え出馬していた筈です。

ちなみに1区も72年総選挙から共産党が2人擁立していましたけど、90年
総選挙で共倒れしたので、93年総選挙で1人に絞ってます。

http://www3.to/mtcedar/

130とはずがたり:2003/11/24(月) 00:02
>>126-129
皆様お詳しい。
当時,私は小学校から中学生になったぐらいかな?
こんなとこにも高田がんが出てますね。
前尾と谷垣の弔い争いで補選を制したという感じでしょうか?

私が政治に興味を持ちだしたのは何時かなあ。
昔から好きだったけどマニアになったのは2000年の総選挙の直後,選挙でGOを見つけて以来ですから歴史も浅く知識も無いです。
まあ何気なく96年の総選挙の新聞とかとってあるので素地はもっと昔からあったと思いますが。

131とはずがたり:2003/11/24(月) 01:37
亀裂はいるかな?

http://www.asahi.com/politics/update/1123/006.html
与党、定率減税見直しで溝 自民慎重、公明「やむなし」

 自民党の額賀福志郎政調会長は23日、NHKの報道番組で、基礎年金の国庫負担引き上げの財源として公明党が提案している定率減税の見直しについて「サラリーマンの中堅層が増税になる。経済を軌道に乗せるため、上向いた設備投資を消費にどう結びつけていくかが問われている時に、サラリーマンの負担増はどうかという議論が党内にある」と述べ、慎重な考えを示した。また、厚労省や公明党案の保険料負担の上限20%(労使折半)について、「企業の負担が多くなると雇用に関係し、設備投資が削減される。そういうマイナスは避けなければならない」と述べた。

 これに対し、公明党の北側一雄政調会長は「安定的な財源を毎年確保するには、税制改革でやるしかない。消費税が選択肢にないなら、定率減税見直し以外は思いつかない」と主張、保険料20%についても、現役世代の5割程度の給付を維持するためにはやむをえないとの認識を示した。

 保険料の上限については、津島雄二・与党年金制度改革協議会座長も同日のフジテレビの報道番組で、「20%という議論には、なかなかついていけないという向きも多い。年金の企業負担は十数兆円で法人税より大きい」と述べた。 (11/23 21:31)

132杉山真大:2003/11/24(月) 06:01
>>130
谷垣はともかくとして、前尾後継については大揉めに揉めたのですよね。
前尾が意中の後継者を指名しないまま逝っちゃった上に、後継の野中が
田中派(当時・前尾は鈴木派)だったので、林長禎・京都市会議長が反発
して出馬しています。
#その林も元々は民社党から出ていたので何を言わんやですけど

83年かぁ・・・自分が政治に関心を持ち始めた頃だけど、選挙結果の細か
いとこまでは記憶にないなぁ・・・・・・・

http://www3.to/mtcedar/

133とはずがたり:2003/11/24(月) 12:30
>>132
成る程。前尾系は分裂ですか?
尚更見事な票割りですねえ。たまたまでしょうか?

前尾系と民社系の府議が府議会で新政会という会派を作っていました(今もギリギリ残っている)がその絡みで民社系の林氏は正統性を主張したというのもあったのでしょうかね?

134杉山真大:2003/11/24(月) 13:28
>>133
民社系でも親蜷川知事派のグループが分派の「民社革新会議」を作
ったり、保守系無所属をも含めた「府政会」と言うのもありますけど、
こうした動きは府議会の方でしか見られませんでした。京都市会では
蜷川と激しく対立していた小川半次の影響力が強かったこともありま
すけど。
ちなみに件の林氏も1963年に民社公認で初当選した少し後に自民党
に鞍替えしています。ですから、むしろ自民党内の一般的な権力抗争
の一環かと。

http://www3.to/mtcedar/


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