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合唱部支援用空き教室

41支援SS(ブロック三回戦):2006/09/19(火) 20:16:08
「えっとですね…先輩達の卒業を祝って歌の贈り物をしよう、って決めてたんです。発案者は私ですけど」
 えへへと笑いながら話を続ける。
「先輩には色々と助けてもらいましたから。創立者祭のときも、他にも、たくさん」
 言われるほどのことはやってない。俺じゃなくても、他の誰でも出来ることだ。だが、それを仁科にいうのははばかられた。
「ですからせめて、先輩達が少しでも気持ち良く前へ進めるように、ってこれを計画したんです。自分で言うのもあれですが、結構練習もしたんですよ?」
 仁科が立ち上がり、発声練習だろうか、きれいな音階の整った声を発する。最初に歌声を聞いたときよりもはるかに上手になっていた。
「上手くなったもんだな」
「ありがとうございます」
 照れ臭そうに答える。俺は小さい拍手を送りながら、少し日の傾きかけた外の世界を背景にして立つ歌姫を見た。その姿を単純に、美しいと思った。
「…なあ、仁科。一つ頼みがあるんだが」
「はい? なんでしょう」
「歌を歌って欲しいんだが」
 俺の言葉が分からないと言った風に首をかしげる。
「合唱じゃない。仁科だけの、仁科一人の歌を聞いてみたい。最初に出会ったとき、お前歌を歌ってたよな。あれが何かは分からないけど」
 あれが最初で最後の、仁科一人が歌う姿だった。あれ以来、俺は仁科の歌を聞いた事がない。
「あのときの仁科の声さ、俺が今までに聞いたどんな音楽よりもすごく綺麗に思えたんだよ。だから、今聞いておきたい。俺が、まだ学生なうちに」
 仁科は少し迷ったように手を頬に当てた後、意を決したように言った。
「分かりました。先輩きってのお願いなら…ですけど、曲は私が決めていいですか」
 ああ、と俺は返事する。仁科が選ぶ歌なら、どんなものでも美しく聞こえるに違いない。
 仁科は目を閉じて選曲に入る。少し経ってから、彼女はゆっくりと目を開いた。
「それじゃあ、いきます。あまり有名な歌ではないですけれど。私の好きな歌です」



あの始まりの日 強がってた 幼い出逢いに 背伸びをしていた
同じ風を受け 笑いあった ああ、振り返れば 懐かしい日々
その足音が 耳に残る 君の声はどこにいても届く ほら
もう一人じゃない 影二つ 高く遠く響く調べ 大事に抱いて
育んだ思いを言葉に変えよう どこまでも温かな手をつないで
君との未来 語り続ける…

 長い余韻を残して、仁科が歌い終える。俺は仁科の語った調べの一つ一つを心に刻む。この歌声を背に、前へ進めるように。
「どう…でしたか? おかしくはなかったですか…?」
 少し不安そうな声。俺はゆっくりと首を振って「いや、最高だった」と賛辞を送った。
「良かったです。この歌、間違ってたり気に入らなかったりしたらどうしよう、って思いましたから」
 そんなことあるわけないだろ、と言おうとしたとき、廊下から大きな物音が聞こえてきた。
「りえちゃーん、待たせてごめんねー。こいつをとっつかまえるのに時間かかっちゃってね」
 杉坂と原田だった。その脇には、なぜかやつれた顔の春原が。
「春原先輩、見つかったの?」
「いやー、探すのに苦労したわよ。こいつ、とっとと帰っちゃうからねぇ。ねぇ、春原?」
「ひいっ、お、お待たせして申し訳ありませんでしたっ!」
 一体どんなことがあったのか。まあ容易に想像はつくわけだが。
「それじゃあ、みんなそろったから始めよっか。すーちゃん、はっちゃん、準備はいい?」
「大丈夫。体力ならまだまだあるから」
「余裕です」
 杉坂と原田がそれぞれ答え、俺達の前に並んだ。俺の横には春原が。
「岡崎…女の執念ってさ…恐ろしいよ…ね…」
「ごくろうさん」
 春原はそのまま気絶するように倒れこんだ。それを尻目に合唱部のコーラスが始まった。
 俺は、ゆっくりと目を閉じて、その世界に身を委ねた。


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