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リーグ戦誕生の歴史
投稿日: 2008/03/05(水) 14:36:04
1899年度 慶應義塾に日本初のラグビー部が誕生
1910年度 旧制第三高等学校(のちに京都大学に吸収合併)ラグビー部誕生
1911年度 同志社ラグビー部が創部
1912年度 第1回慶同戦を実施
1918年度 早稲田大ラグビー部が創部(当時は蹴球部)
1921年度 東京帝大ラグビー部が創部
1922年度 (11月23日)第1回早慶戦
1922年度 明治大ラグビー部が創部
1923年度 立教大ラグビー部が創部
1923年度 第1回早明戦を実施
1924年度 法政大ラグビー部が創部
1926年度 日本ラグビーフットボール協会が発足
1928年度 関東五大学対抗戦がスタート(慶・明・早・立・東)
1933年度 東京商大(現一橋大)と法大が加わり関東七大学対抗となる
1943年度 戦争により関東大学の公式戦が中断(1945年度まで)
1946年度 関東大学対抗戦再開
1947年度 東京ラグビー場(後の秩父宮ラグビー場)が完成
1952年度 早慶が試合数を減らし(7から5、6)、日大、中大、法大との対戦に応じなくなる
1953年度 東京ラグビー場を秩父宮ラグビー場と改称
1954年度 (9月)明・日・法・中・東京教育大(現筑波大)が五大学リーグを協会に申し入れるが、協会の仲介で白紙撤回。また、日大が慶大に初勝利(29-11)。(当事の慶大は日大・法大と隔年対戦)
1955年度 慶應大と対戦しない当事新興校だった日大が始めて早稲田大、明治大を連破。日大・慶大ともに全勝で全日程を終える
1956年度 明大・中大・早大ともに1敗で同率首位となり、対戦方式の改革が求められる
1957年度 加盟校増加と共に新興校台頭の機運が強まる中、ABの二部制による総当たりと伝統の対抗戦を組み合わせた方式を採用(入れ替え戦を導入)
1958年度 日体大・防衛大がBブロックに加盟し14校体制になる
1960年度 慶大がBブロック転落(0勝4敗2分)。法政大が初優勝
1961年度 早大がBブロック転落(1勝5敗)
1962年度 早大がBブロック全勝優勝、対抗戦(定期戦)カードでのAブロック優勝の明治にも勝利(17-8)
1963年度 関東大学の二部制を廃止し、義務四試合+選択三試合以上の変則対抗戦方式を導入。法大が全勝
1963年度 (1964年2月)関東大学14校を並立の2ブロックに対等分割することを決定。(Aブロック→法、日体・中・教育・防・成蹊・青学 Bブロック→日・早・慶・明・立・専・東)
1964年度 (1965年1月)東西学生大会(翌年から学生選手権)を開催。(関東2校、関西2校出場。法大が優勝)
1965年 関東大学のABブロックの編成替えを巡って大学間に感情的対立が起こり、結局、早・慶・明が中心になり主張した対抗戦方式に戻す事に決定。また、学生選手権(後の大学選手権)の関東代表選考で勝率のよい青学・中大が漏れることで順位決定方法を巡り議論が沸き起こる。
1966年 早・慶・明・日体・東大との対戦が全くない法大が八戦全勝となる。
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