したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。

尚六SS「永遠の行方」

1名無しさん:2007/09/22(土) 09:45:00
シリアス尚六ものです。オムニバス形式。

951永遠の行方「絆(89/100)」:2017/08/16(水) 19:28:14
 尚隆は消化の良い粥を用意させると、臥牀の上、自分も六太の傍らに座っ
た。六太を左腕で抱えて支えるようにし、右手で匙を取って六太に粥を食べ
させる。口元に匙を差し出されると、六太はのろのろと口を開いた。
(さて、どうするか)
 長い時間をかけて粥を食べさせ終わり、この様子のまま風呂に入れるのも
何かと危なかろうと、まだ歩けなかったときのように被衫を脱がせて清拭す
る。六太はその頃のように恥ずかしがるそぶりを見せるどころか、無感動に
ぼんやりとしたままだった。
 今日は何もしないで静かに寝かせるかと思ったものの、尚隆に見捨てられ
かけたと受け取ったのならそれもまずいのではないかと考え直した。どうす
るのが正解かわからないながらも、少なくとも身体的に離れるのは下策だろ
う。
 清拭のあとで被衫を着せることなく、尚隆も脱いで臥牀に入り、そのまま
そっと愛撫する。だが抵抗こそなかったものの、その晩の六太の体は初めて
の夜よりもずっと固かった。そうかと思うと、いったん感じたあとは今まで
になく乱れ、ついには尚隆にしがみついて泣き出した。尚隆の目にはとても
痛々しく思える姿だった。
 もし尚隆がずっと若く、経験が少なかったなら、いつまでも情緒不安定な
六太の反応を面倒に思ったかもしれない。だが大国の王として既にさまざま
な経験をし、さらには紆余曲折を経てようやく得た伴侶とあって、むしろ
いっそうの庇護欲に駆られた。六太がこんなふうになったのは、最初に尚隆
が強引に抱いたせいと思えば、むしろすまない気持ちにさえなる。
 そうやって危機感を募らせた尚隆だったが、翌朝目覚めた六太は少し落ち
着いたようだった。
「あの……昨日はごめん」
「気にするな。体調が悪かったのだろう?」
「うん、まあ……。その、いろいろ考えちゃって」
「そうか」
 六太の繊細さに、どこまで踏み込んでいいのかと尚隆は迷った。不用意に
言葉を連ねて、逆に衝撃を受けられたらと思うとつい躊躇してしまう。

952永遠の行方「絆(90/100)」:2017/08/17(木) 19:34:37
 その後、朝餉を摂ったあとはずいぶん落ち着いたふうで、こんなことを言
い出した。
「俺、そろそろ下界に遊びに行きたいんだけどさ、俺が自分が出奔するとき
におとりになってくれるなら、おまえが出奔するのを手伝ってもいいぜ」
 尚隆が黙っていると、六太はまだ少し腫れている瞼でにっと笑った。
「だから交換条件だよ。前にも似たようなのをやったことあるだろ? さす
がにあの事件のあとだから、ふたり一緒ってのはみんな心配するだろうから
さ、まず俺がおとりになってやるよ。で、おまえが遊びから帰ったら、今度
は俺が出る。順当だろ?」
 昨日のことがなければ、やっと以前の状態に戻りつつあることに安堵を覚
えたかもしれない。だが昔と異なり、既に尚隆が外出しても官が止めること
はない。現に昨日だってさっと関弓に降りたのだし、おとりなどまったく不
要だと六太もわかっているはずだった。
 だが今度の六太は、ある意味でかたくなだった。昨日尚隆が外出したのを、
ひとりで遊びに出たいのだと受け取ったのだろうか。
(ちと見通しが甘かったか)
 六太が精神的に不安定なのは承知していたつもりだった。だが当人がどれ
ほど不安がっているのか、尚隆は真に理解してはいなかったのだろう。本気
で尚隆を遠ざけようとしているわけではなかろうが、どうしても下界へ行か
せたいようで、何を言っても耳を貸さなかった。このまま留まっても、却っ
て不安を増大させるだけかもしれない。
 朱衡に咎められたように、いきなり閨に連れこむのではなかった、と今さ
らのように尚隆は後悔した。まさかここまで六太が不安定になろうとは予想
もしていなかったのだ。確かに尚隆は六太の動揺を煽ったが、決してこんな
ふうに追い詰めたかったわけではない。
(だがまあ、やってしまったものは仕方がない)
 いかに後悔したとて、時は戻らない。それでもまだ決定的な亀裂は生じて
いないはずだ。六太の動揺が激しいとはいえ、ふたりは相変わらず恋人同士
だし、ともに過ごす生活も変わっていない。尚隆が手を離しさえしなければ
挽回は可能なはずだった。そもそも尚隆への深い想いがあればこそ、六太は
不安になっているのだろうから。

953名無しさん:2017/08/17(木) 20:26:29
毎日更新嬉しいです!じわじわくっつきかけてるのを、もだもだしながら見てます

954永遠の行方「絆(91/100)」:2017/08/18(金) 19:40:52
(とりあえず一泊だけしてくるか。夕刻に出て、翌朝帰ってくれば良いだろ
う)
 要は一度遊びに出たと、尚隆の気が済んだからしばらくは大丈夫だと六太
が納得すればいいのだ。そうしておいて、戻ってきたら今度は同じような過
ちを犯さないよう注意して六太と過ごす。最近はずいぶんと明るくなってい
たのだから、真綿でくるむようにして細心の注意を払って対応すれば挽回で
きるはずだ……。
 そう思いながらも夕餉の時刻間際まで尚隆がぐずぐずしていたので、六太
は笑みを張りつけたこわばった顔のまま外出を促した。尚隆は、特におとり
は不要と言いおき、後ろ髪を引かれる思いで宮城を抜け出して関弓に降りた。
 とうに日は落ちていたが、大国雁の首都にとってはまだ宵の口だ。火の
入った灯籠があちこちに掲げられていて、どの通りも昼間のように明るく賑
やかだった。
 しかし尚隆は六太のことが気になって、宮城から離れる気はまったく起き
なかった。宮城の入口である雉門からさほど離れていない場所に並ぶ舎館は
どれもそれなりの格式で、普段の尚隆なら素通りするような建物だったが、
今日はあえてそのうちのひとつを選んで房室を取った。大部屋に雑魚寝だっ
たり、狭い個室で板間に薄い布団を敷くような場末の宿ではない。どれもき
ちんと牀榻のある房室ばかりで、尚隆は清潔な臥牀に腰かけるなり、ふう、
と溜息を漏らした。
 しばらく経ってから、一階にあった飯堂で夕餉をしたためようと立ち上が
る。そうして、ふと臥牀を振り返り、今夜はここで寂しく独り寝か、とふた
たび溜息をついた。王の臥室と比べるべくもない狭い臥牀なのに、やたらと
広く侘びしく見える気がした。最近はずっと六太を抱きしめて眠っていたの
で、寂しさもひとしおだ。
「つまらんな……」
 意図せずしてつぶやきが漏れた。そうやって言葉を口にしたことで、漠然
としていた気持ちが、意思が、みるみるうちに形になった。
「つまらん」
 今度ははっきり意識して口に出した。

955永遠の行方「絆(92/100)」:2017/08/19(土) 08:48:42

「お早いお帰りで」
 つい口を滑らせたといった調子で、禁門の門番が驚いた顔で主君を迎えた。
失言でとっさに口を押さえた門番に、尚隆は苦笑して片手を振ることで気に
するなと伝え、そのまま正寝に向かった。長楽殿で行き会った女官たちも、
つい先刻主君が逐電したのを知っていたのだろう、既に夜なのだから少なく
とも一泊はしてくると思っていたようで、礼をしながらも目を丸くしていた。
「おかえりなさいませ」
「六太はどうしている?」
 まだ早い時刻だったが、問うと女官は「既におやすみでございます」と答
えた。
 尚隆は、自分の世話は不要と言いおいて臥室に向かった。とりあえず宿の
飯堂で食事だけはしたので、腹も満たされている。
 六太から離れたくないと思った尚隆は開き直っていた。六太の勧め通り、
いったんは関弓に降りたのだから、もうそれで良いだろう、と。
 六太を起こさないよう、静かに扉を開けて臥室に入る。普段は消えている
灯が一部まだついていた。女官が消し忘れたのかと思い、だが被衫に着替え
るのに丁度良いと考えて何気なく室内を見回すと、隅の榻で六太が横になっ
て丸まっているのに気づいた。
「……六太?」
 驚きながらもそっと声をかけたが、反応はない。こちらに顔は向いていた
が、目は閉じていて眠っているようだった。実際、被衫には着替えている。
 何かしていて、牀榻に行かずにうっかりその場で寝てしまったのかと思い、
それでも不審を覚えて静かに歩み寄った。何もかかっていなかったから、体
が冷えてしまうではないか、寒くて体を丸めているのかと案じて覗き込むと、
ほのかな灯に照らされた頬に涙の跡があった。動揺した尚隆は反射的に腰を
かがめて手を伸ばし、だが寸前で思いとどまって頬のすぐ下の榻の座面に指
先を触れた。そこは確かにひんやりと湿っていた。

956名無しさん:2017/08/19(土) 09:47:10
六太、六太しっかり…いや尚隆しっかりして!!

957永遠の行方「絆(93/100)」:2017/08/20(日) 09:40:00
(……ずっと泣いていた……?)
 呆然として立ち尽くす。
 数呼吸の間、尚隆はじっとしていた。
 つと背後の牀榻を振り返り、何となくここで寝ている六太の気持ちがわか
るような気がした。なぜなら尚隆も同じだったからだ。下界の舎館の狭い臥
牀でさえ広く感じたのだ、ただでさえ広い王の牀榻は、ひとりで寝るのには
寂しすぎる。特にここしばらく、ずっとふたりで抱き合って眠っていたのな
ら。
 やがて尚隆は長く静かに息を吐いた。榻の前でしゃがみ込み、六太の頭を
そっとなでる。
「……本当は行ってほしくなかったのだろう?」
 つぶやくように言葉を紡ぐ。
 以前なら六太の強がりに苦笑したところだろうが、関係ができて以降、妙
に不安定な六太を見ている今は、身を切られるほど切ない思いしか湧かな
かった。
 それに結ばれて何年も経った間柄ならまだしも、自分たちはやっと想いが
通じ合ったばかり。いわば初々しい恋人同士なのだ。六太のために関弓に降
りて菓子を買ってきたことを、そろそろ脱走したくなってきたと思いこんだ
のに違いないと思えば、何といたいけなといっそう愛しくなるだけだった。
 きっとこれからも六太は自分の正直な気持ちを吐露することはないのだろ
う。何しろ長いこと尚隆への想いを秘めて気取られなかっただけでなく、死
と同義であると知りながら、尚隆の身代わりに呪を受けいれたくらいなのだ。
生半可なことで本心を明かすはずもない。
 だがいずれ破局が来ると怯える六太の心中を察しながら、経験豊富な尚隆
はこうも思うのだ。

958永遠の行方「絆(94/100)」:2017/08/21(月) 20:22:43
 確かにいつまでも恋人同士のような激情をいだいてはいられない。遅かれ
早かれ激しい感情はいずれ失せるだろう。だがそれは終わりではなく始まり
なのだ。燃え上がる炎のような恋心とて、やがては春の日差しのような穏や
かで落ち着いた気持ちに変わっていく。人はそれを情と呼ぶ。おそらく恋人
同士が他人から本当の家族になるのは、そんな段階に至ったときなのだ。
 それに関係ができて何百年も経ったとしたら、いくら六太でも変わりばえ
のしない恋人の顔に飽きるはずだ。いずれは世の夫婦のように倦怠期を迎え
るかもしれないし、朝から晩までこうしてふたりで過ごすこと自体を鬱陶し
いと思うようになるかもしれない。そこで自然な破局を迎えるか、はたまた
穏やかに危機を乗り切って絆を深めるかは、天のみぞ知る、だ。
 尚隆は六太をそっと抱き上げた。そのまま牀榻に向かう。
「う、ん……?」
 振動で気づいたのだろう、すぐにうっすらと目を開けた六太が、尚隆を認
めて大きく目を見開いた。呆然とした様子で口を開け――見る見るうちに涙
が盛り上がる。尚隆は立ち止まり、六太に優しい笑みを向けた。
「うあ、あ――」
 何しろ目覚めたばかりだ、態度を取り繕えるはずもない。動揺を露わにし
た六太は尚隆を凝視したまま、言葉にならない声を震わせた。
「六太」
 六太は、ひゅう、と息を吸い込んだ。そのまま吐き出せずに息が詰まりそ
うになっているのに気づいた尚隆は、あわてて六太を胸元に抱き寄せるよう
にしてから背を幾度も軽く叩いて呼吸を促した。
 混乱しているのだろう、六太は尚隆にしがみついて嗚咽し始めた。尚隆は
牀榻に入り、臥牀に腰かけて体勢を安定させてから言った。
「おまえがおらんとつまらんでな、一泊すらせずに帰ってきた」
 聞いているのかどうか、六太は泣きながらしがみついたままだ。
「六太」
 ふたたび優しく声をかける。言葉にならないのだろう、六太はただ嗚咽し、
尚隆にすがるようにぎゅっとしがみ続けていた。

959名無しさん:2017/08/21(月) 22:05:21
尚隆が滅茶苦茶良い男だ・・・、続き期待してます!

960永遠の行方「絆(95/100)」:2017/08/22(火) 19:45:13

 ほとんど一晩中泣き続け、明け方になってようやく眠りについたせいか、
翌朝の六太の顔はまぶたが腫れてひどい状態だった。だが一昨日の夜もそう
だったように、ぼんやりとした様子で何を言うのでもない。
 六太の今日の政務を取りやめさせた尚隆は、女官に六太の世話を任せて朝
議に向かった。その後、内殿で政務を執る。
 いつになく言葉少なな尚隆に、六官らは「何かございましたか?」と尋ね
たが、尚隆は「いや」と短く答えるに留めた。何やら考えあぐねているらし
い主君に六官らは顔を見合わせたものの、その場では何も言わなかった。
(本気になればなっただけ、人は憶病になるのかもしれないな)
 六太の様子を脳裏に浮かべた尚隆はそんなふうに思った。そしてしばらく
前から温めていた、六太に王の伴侶たる大公の位を与えることを本格的に考
える。そうやってこの関係を公のものにすれば、多少なりとも六太の精神の
安定に役立つだろう。正式な婚姻でなければ国氏は得られないが、もともと
六太は国氏を持っている。本来、内縁関係であれば当人の氏を使用するとこ
ろを、六太の場合は公的に延大公と呼ばせても何ら問題はない。
(むろん俺が伴侶としての氏を下賜してもいいわけだが、国氏が持つ重みと
は比べるべくもないからな)
 尚隆は持っていた筆を置くと、顎に手を当ててしばし考え込んだ。
 やがて六官が見守る中でふたたび筆を取り、目の前の書類の検分を再開し
た。その合間、ふと「しばらく見逃せ」と独り言のように言ったので、ちょ
うど秋官府の書類を受け取って確認していた朱衡が「はい?」と問い返した。
だが何の答えも返さなかったので、朱衡は他の六官や冢宰とふたたび顔を見
合わせていた。

961書き手:2017/08/22(火) 19:48:12
次から章の終わりまで六太視点です。
尚隆、ちゃんと失点は挽回しますので!

962名無しさん:2017/08/23(水) 01:16:24
失点を挽回?ドキドキしてお待ち申し上げます!

963永遠の行方「絆(96/100)」:2017/08/23(水) 20:00:08

「昼餉を食ったら抜け出して関弓に降りるからな、さっさと着替えておけよ」
 午近くになって政務から戻ってきた尚隆に、六太はそっと耳打ちされた。
戸惑って「え?」と問い返すと、尚隆はおどけたように眉を上げた。
「おまえがおらんとつまらんでな、一緒に出かけることにした」
「で、でも」
「世に亭主元気で留守がいいとは言われるが、伴侶になったばかりなのに、
さっそくおまえに邪険にされてはかなわん。だいたい別々に逐電することも
なかろう。この際、せっかくだから新婚旅行と洒落こもうではないか。今の
蓬莱にはそういう習慣があると以前教えてくれたろう」
 六太は呆然として目を見開いた。何と答えれば良いのかわからずに口ごも
る。
 尚隆にはひとりで息抜きをしてきてもらいたかった。そうやって六太が浮
気をいっさい咎めず寛容であれば、もし飽きられても完全には捨て置かれる
ことはないのでは望みをつないだのだ。
 昨夜はまさかその日のうちに尚隆が戻ってくるとは予想しておらず、つい
動揺して泣いてしまった。それで気を遣わせたのだとすれば、逆にまずいと
焦った。そういったことが積もり積もれば、遅かれ早かれ疎んじられてしま
うだろうからだ。
 だが尚隆は笑みを浮かべながらも、六太の逡巡を許さなかった。
「俺もおまえも最近は品行方正だったからな、そろそろ官を慌てさせてやろ
う」
 そんなふうに悪戯めいて言いながら、昼餉のあと、六太が宮城を抜け出す
ときに着ている粗末な衣類を、みずから引っ張り出してきて強引に着替えさ
せた。
「とりあえず関弓を出る前に一泊だ。おまえも知り合いに挨拶したいだろう。
楽俊や鳴賢は呼び出すなりして別に機会を設けてもいいが、例の甘味屋とか、
おまえの行きつけの店あたりは普通に顔を出すしかないからな」
 前日に六太が外出を勧めたときと異なり、尚隆は譲るつもりはまったくな
いようだった。あれよあれよという間に禁門の厩舎に連れていかれ、ひょい
と抱き上げられて騶虞の上に乗せられた。ついで尚隆は身軽にその後ろにま
たがり、六太を抱える形で手綱を取った。

964名無しさん:2017/08/24(木) 03:22:43
元気な展開で(・∀・)イイ!!

965永遠の行方「絆(97/100)」:2017/08/24(木) 21:18:46
 宮城の真下、凌雲山の麓に降りるだけなのだから、関弓の街はすぐだ。昼
間とあって目立つが、慣れている尚隆は極力人目につかないような場所を選
んで素早く降下した。首都を守る夏官に見咎められる前にいったん騶虞を放
す。もっとも宮城から降りてきたのは見られているだろうし、騶虞に乗るよ
うな人間は限られるから、わかっていて見逃してくれているはずだ。
 尚隆は六太の肩を抱いたまま並んで歩き、雉門に近い舎館に向かった。普
段はおもに安宿に泊まるから、かなり高級そうな門構えに六太は戸惑って傍
らの尚隆を見あげた。その意味に気づいたのだろう、尚隆は笑って説明した。
「昨日も取った宿だ。なかなか悪くなかったが、おまえがおらんとつまらん
でな。結局すぐ引き払ったが、どうせだから今度はおまえと泊まろうと思う」
 むろん六太もこれまで尚隆につきあって逐電したことは幾度もある。しか
しその際、これほど立派な宿に泊まった記憶はほとんどない。気を遣わせて
しまったのだろうかと懸念しつつも、ここまで来たら黙ってついていくしか
なかった。
 思ったとおり、尚隆が取ったのは立派な房室で、ちゃんとそれなりの意匠
の牀榻もあった。居間部分に腰を落ち着けた六太は、榻でふたり並んでお茶
を飲んだあと、思い切ってこう言った。
「あの、俺、ここで留守番してるからさ。どこか行きたいところがあれば
行っていいから」
 驚いたように見つめる尚隆に、六太は自然な笑みに見えるよう心がけて
笑ってみせた。
 昨夜、六太が不用意に泣いてしまったせいで尚隆に気を遣わせてしまった
のなら、何とか挽回したいと思った。自分は尚隆の負担になる気はないのだ
と、尚隆は好きにしていいのだとわかってもらいたかった。
 尚隆はまじまじと六太を見つめたあと、不意に困ったように笑った。
「何を勘違いしているのかわからんでもないが、俺はおまえと過ごすために
宮城を出たのだぞ」
「でも」
「新婚旅行だと言っただろうが」
 六太は驚いて口ごもった。確かにそう言われたが、本気にしてはいなかっ
たからだ。

966名無しさん:2017/08/25(金) 07:01:49
ここから尚隆のターン!ワクテカ( ´ ▽ ` )

967永遠の行方「絆(98/100)」:2017/08/25(金) 19:14:13
「で、でも、あの」
「なんだ」
「その、行きたいところとかあるなら本当に行っていいから」
 尚隆は苦笑した。
「信用のないことだ。だがまあ、俺はこれまでの行ないが悪かったからな、
こればかりは仕方がないか」
 尚隆はそう言ってから六太の体に腕を回して抱き寄せた。
「おまえは俺と一緒にいるのは嫌か?」
「う、ううん」
 六太は慌てて首を振った。尚隆はそれに応えて言った。
「俺もな。おまえと一緒にいたいのだ」
 六太は目を大きく見開いた。尚隆は笑顔のまま、黙って六太を見つめてい
る。
 言葉に詰まった六太は、やがて力なくうつむいた。
「……俺はおまえの重荷になりたくないし、疎まれたくもない」
 ついに口にする。後ろ向きなことを言うこと自体、鬱陶しいと思われるか
もしれないが、もう自分の怯えを誤魔化すことはできなかった。
 これからふたりの仲がどう変化しようと、王と麒麟である以上、日常的に
顔を合わせることは避けられない。破局そのものを恐れる気持ちがあるのは
もちろんだが、いずれ尚隆の心が離れたとき、自分を見てうんざりされるよ
うになったら、と六太はそれが怖かった。
「六太」尚隆は体に回した腕の力を強め、もう一方の手で伏せた六太の顔を
上げさせると、頬をそっとなでてきた。「俺がほしいのなら、そう言え。ほ
しいものがあるなら、手を伸ばして自分でつかみとれ。愛がほしいのなら自
分から求めろ。誰かを愛することが罪であるはずはない」
 至近距離から見つめられ、六太は「あ……」とあえぐように声を漏らした。
「この俺とて愛はほしいのだぞ。それがおまえの愛なら申し分ない」
 六太は声もないまま、尚隆の顔を見つめ続けた。理性では理解できても、
最愛の恋人を失う可能性を思うと、こうなる以前のような強い態度に出るこ
とは怖くてできなかった。

968名無しさん:2017/08/25(金) 20:21:59
尚隆って良い男なんだなあ・・・、六太の可愛さは元々だけどなんか自分の中で今更尚隆の株が上がってる

969永遠の行方「絆(99/100)」:2017/08/26(土) 08:26:06
「そもそも」と尚隆は続けた。「おまえは願いがかなったから呪の眠りから
覚めたのだろう?」
「……え?」
「わかっていないようだから言うが、おまえの呪が解けたのはな、俺がおま
えに接吻したからだ。それによって想いが報われるというおまえの願いがか
なったからだ」
 すべてを尚隆に見透かされていたことによる動揺はもちろん、心当たりの
ありすぎた六太は驚愕のままにあえいだ。
「水、とかを口移し、したせいなんじゃ……」
「幾度となく水や果汁を口移しで飲ませたのは事実だ。だがおまえはまった
く目覚める様子はなかったぞ。翻ってあのときは違う。俺はおまえに接吻し、
それで呪が解けた。確かに傍目から見ても、口移しと接吻では雰囲気からし
て違うだろうしな。それまで俺もわかっていなかったが、結果を考えれば似
て非なるものだったということなのだろう」
 優しい声だった。六太は混乱の中であえぎ続け――「そしてこうしてめで
たく恋人同士になったわけだ」と言われて泣き笑いのような表情になった。
いったん顔を伏せて力なく首を振ってから、顔を上げる。
「でも、変だよ、それ」
「変か?」
「だって俺は何の努力もしていない」
 そう言うと、尚隆は少し驚いたような顔をした。
「俺は最初から諦めていた。告白も、おまえに好かれるための努力も、何も
してこなかった。なのに願いがかなったなんて――目が覚めたらおまえが俺
に優しくなっていて、俺のことを好きだなんて言う。そんなの、おかしい
じゃないか」
 笑みを浮かべながらも、六太は今にも泣きそうな自分を自覚した。ああ、
やっぱりこれは自分の都合の良い夢なのだと、そんなふうに思ってしまう。
 尚隆は微笑して「そうか」と言った。そうして六太の頬を優しくなでなが
ら顔を覗き込み、「ならば」と続ける。
「今、言ってくれ。これまでおまえが言えなかった言葉、心の奥底に封じて
いた言葉を、今、俺に告げてくれ」
 六太は目を見張り、驚きのままに息を飲んだ。

970名無しさん:2017/08/26(土) 11:56:11
六太…!思いを尚隆に叩きつけてやれ!w

971永遠の行方「絆(100/E)」:2017/08/27(日) 09:27:41
「告白も努力も何もしてこなかったと言うのなら、今、言えばいい。今、努
力すればいい。遅いことなど何もない」
「あ……」
 接吻しそうなほど間近から見つめられ、六太はふたたびあえいだ。視線を
つなぎ留められたかのように、尚隆から目をそらせない。
「俺、は。俺は……」
 我知らず、うわごとのような言葉が唇からこぼれた。視界いっぱいに尚隆
の顔があって、六太は魅入られたかのように、ひたすら相手を見つめていた。
 それは遠く遥かな時代の蓬莱での懐かしい出会いを想起させた。波の音が
して、海鳥の声がして。どこまでも抜けるような青空を背景に、六太の顔を
覗き込んでいた尚隆。顔かたちは今とどこも変わらないが、雰囲気がずっと
若くて溌溂としていて――。
「俺は。俺は」
 震える声とともに想いがあふれた。数百年の長きに渡って封じてきた想い
が。
「ほんと、は」
 尚隆は微笑したまま、励ますようにわずかにうなずいた。泣きたくはない
のに涙がにじんで、六太の視界がぼやける。尚隆の姿を見失いたくなくてま
ばたくと涙がぽろりと落ちた。尚隆は親指をそっと滑らせて涙をぬぐってく
れた。
「ずっと、好きだった。最初から、好きだった――!」
 まるで堤が決壊したかのようだった。みずから封じていた言葉は奔流とな
り、ついに六太の唇から次々とあふれ出た。
 寂しかったこと、つらかったこと、嬉しかったこと、腹立たしかったこと。
泣きながら尚隆にしがみついた六太は、感情が高ぶったあまり、もはや自分
でも何を言っているのか支離滅裂でわからないような内容で思いの丈を訴え
た。既に嗚咽まじりのそれは、尚隆のほうもほとんど聞き取れなかっただろ
うに、彼は腕の中の六太の背を撫でながら「うん。うん」とうなずいて聞い
てくれたのだった。

- 「絆」章・終わり -

972書き手:2017/08/27(日) 09:30:46
これで「絆」章は終わりです。
当初の予定よりすれ違い度合いが減り、
代わりに六太の動揺具合が増大する結果になりました。
それでも結局六太が甘やかされているのは、やっぱり六太びいきだからw

次はようやく最後の「終」章です。
投下までまたしばらくお待ちください。

あと感想スレのほうは、雰囲気的に書き手が出しゃばって
レスしないほうが良さそうな感じだったので遠慮してました。
でもちゃんと見てます。いろいろありがとうございます。

973名無しさん:2017/08/27(日) 12:29:39
うわ〜最後素敵な演出ありがとうございます!まさか海神の頃が背景に流れるなんて思ってもみませんでした!六太が普通の人間でない事も受け入れ自分も普通じゃない事も受け入れつつ、でも前向きに二人の問題を対応する尚隆は流石だなと感動しました!彼の有事の安定感は素晴らしいですねw 絆はちまちまプリントアウトして冊子にする程楽しみに読んできました。もう新しい尚六は拝めないと諦めていたので大変こちらのお話は嬉しく心踊りました。終章投稿まで繰り返し読んでお待ちしています。

974書き手:2017/08/27(日) 19:35:49
楽しんでいただけたようで嬉しいです。
うっかりポカをやらかしても、最後はちゃんと決める尚隆です!

975名無しさん:2017/08/27(日) 20:31:50
うおおおおお、ようやく真に想いが通じ合った!
ずっと追ってきたので感慨深いです・・・・
973さんと同じように新しい尚六に飢えていたので、更新してくださるのが本当に楽しみで毎日見てました!
終章もお待ちしています!

976書き手:2017/08/27(日) 21:59:47
ありがとうございます。
次章は鳴賢、帷湍(&朱衡)、新婚旅行後wの尚隆&六太の話です。
時間を置くと書きにくくなるので、なるべく遅くならないようにしたいと思います。

977名無しさん:2017/08/29(火) 08:04:01
五百年の想いをぶつけることができた六太。それを優しく受け止めてくれた尚隆。ようやく通じ合えた二人に感無量です!
新婚旅行後の二人の関係がどんな感じになるのか、楽しみですw
読み返しながら終章お待ちしております。

978書き手:2017/10/17(火) 00:49:53
書き逃げスレの尚六祭り、大変美味しゅうございました。


さてちょっとサボっていたので間があいてしまいましたが、
そろそろ続きを投下していきます。
まずは六太が目覚めて割とすぐの頃の話。

979永遠の行方「終(1)」:2017/10/17(火) 00:53:28

 時刻は深更。大学寮の自分の房間で仲の良い友人ふたりと酒杯を重ね、鳴
賢は久しぶりに気分よく酔っぱらっていた。
 六太の意識が戻ったと、大司寇から書簡で密かに報されたのがつい先日の
こと。呪に由来する害が残っているかどうかはわからないので、様子を見る
必要はあるものの、おそらく心配はないだろうとも。房間にひきこもって何
度も何度も繰り返し短い文面を読んだ彼は、まずは安堵のあまり呆け、つい
で男泣きに泣いてしまった。そしてわざわざ、それもこんなに早く報せてく
れた大司寇の配慮に感激した。
 王の側近中の側近だという話なのに、一介の大学生にここまできめ細やか
な配慮をしてくれるなんて、いったい誰が想像できただろう。ああいう人が
六太を支えてくれているのだと思うと雁の民として誇らしかったし、六太の
友人としてわがことのように嬉しかった。国府では問答無用で罪人扱いされ
てしまった自分なのに、大司寇は予断を許さず、話を公正に聞いてくれた。
やはり直に宮城に仕える高官ともなると、下っ端の官とはまるで違うという
ことなのだろう。たぶん雲海の上で働く諸官もあんな人が多いに違いないと、
憧れもこめて何となく想像する。
 それだけに、もし首尾良く卒業して宮城に仕えられたとしても、そういっ
た有能で気遣いのある官があふれている以上、自分の出番はどこにもないの
だろうと考え、わかっていたことだとはいえ一抹の淋しさも覚えた。一足先
に卒業した半獣の友人は、もとは国籍も違う新人の身でありながら破格の扱
いで宮城にいると聞いたが、鳴賢は彼のような俊才ではない。
 そうやってほどよい酩酊のなかで手の中の杯を眺めるともなく眺めている
と、ふと玄度(げんたく)が尋ねた。
「で、六太はもう元気なんだろ?」
 鳴賢は酔いのまわった目を上げ、ああ、とうなずいた。うなずけることが
嬉しい。そうして安堵で呆けた余韻のままに、ぼんやりと答えた。
「まだ歩くまでは難しいらしいけど――何しろ長いこと寝たきりだったから。
でも少しずつ訓練すればすぐ動きまわれるようになるってさ」

980名無しさん:2017/10/17(火) 18:15:52
姉さん、お帰りー!

981名無しさん:2017/10/17(火) 19:38:35
待ってました!お帰りなさいませ!( ´ ▽ ` )

982永遠の行方「終(2)」:2017/10/17(火) 21:14:25
 ここにいる友人たちは、表向きの事情――六太が高所から落ちて頭を打ち、
意識不明に陥ったこと――は知っていた。それだけに、なかなか意識が戻ら
ないことで彼らはずいぶん心配していたのだが、呪が解ける見込みがないう
ちは鳴賢も何も言うことはできなかった。ただでさえ飲食はどうしているの
かとか、昏睡が長期に渡っているだけに疑問がいろいろ出ていたのだ。伝を
たどって高位の仙の医師に診てもらい、そのおかげで何とかなっているらし
いという伝聞形式で誤魔化してはいたが、それ以上のことは口が裂けても言
えるはずもなかった。六太が麒麟であることはもちろん、実は王の身代わり
に呪をかけられて意識不明で伏せっているなどとは。
 そして今回、大司寇からの報せを受けた鳴賢は、治療の甲斐あってついに
六太の意識が戻ったこと、身体の状態も快方に向かっているとやっと伝える
ことができたのだった。「見舞いに行こう」などと気軽に言い出されて止め
るのに苦労したが、報せの中で、回復に専念させるのでもっと良くなるまで
見舞いは待ってほしいと頼まれたと言い訳して事なきを得た。
 もっともあのような事件があった以上、これまでのように宰輔が気軽に市
井に出ることが許されるとも思えない。したがって鳴賢も友人たちも、もう
六太と会える機会はないかもしれないが、遠いところで彼の幸せを願おうと
思った。
 当初は、六太のことだから目覚めたら顔を見せてくれるだろうと考えてい
たものの、それはなんだかんだ言ってもすぐ解決するのではと、心の底で期
待していたからに過ぎない。だが危うく永遠に眠りに囚われるところだった
のだ、おそらく宮城の諸官は、二度と麒麟が危ない目に遭わないよう、奥深
い場所で大事に大事に守るに違いない。
「そっか。良かったね。あのちょこまかした賑やかな子がいないと、僕たち
もなんか寂しかったし」
「最近は風漢もお見限りだったしなあ。前は色街でけっこう見かけたのに」
「そのうち、また見かけるようになるさ」

983永遠の行方「終(3)」:2017/10/17(火) 21:20:45
 ふっと笑った鳴賢は、また杯に目を落とす。そう、六太に会えなくなって
も風漢がいる。あれだけいろいろ話した以上、きっと少しは六太の様子を伝
えてくれるだろう。そう考え、つながりが完全に切れたわけではないことに
安堵した。
「ん? 今、何か音がしなかった?」
 ふと敬之(けいし)が、書卓に面した窓のほうに目を向けて言った。鳴賢
も同じように閉まっている窓を見やると、確かに小石か何かが当たるような
小さな音がした。室内の明かりが窓の玻璃に反射して見づらかったものの、
外で何かが動いている気配があった。
「なんだ? 鳥か?」
 鳴賢は酔いにふらつきながら腰を上げ、窓を開けた。目の前に人の顔が現
われてぎょっとしたところで、よく見知った顔だと気づいて胸をなでおろし
た。
「風漢……なんて所から」
「よう、久しぶりだな。元気だったか。ちょっと通してくれ」
 騎獣にまたがったままの男から差しだされた酒壺を反射的に受け取った鳴
賢は、呆れながらも後ろに下がった。
 次の瞬間、魂が抜けるほど驚く。窓枠に足をかけて室内に身を乗りだした
相手が、何か大きな荷物を大事そうに抱えていると思ったら、豪奢な刺繍が
施された衾にくるまった六太だったからだ。それも見事な長い金髪をさらし
たままの。
 美しい髪は鮮やかに腰までを覆い、支えるように回されている風漢の腕に
も幾筋かかかり、室内の明かりを反射してきらきらと輝いている。まるで光
がこぼれているようだった。
 よく見れば風漢自身も、休養着らしいがかなり良さそうな衣服を身に着け
ている。知り合いの姿を認めていったんは笑顔になった友人たちも、あっけ
にとられて固まった。
「おまえたちもいたか。久しいな」
 奥にいた彼らに目をやった風漢は、こともなげに言いながら慎重に足元を
見定めて床に降りた。六太はと言えば、彼らを見て困ったような笑みを浮か
べている。

984永遠の行方「終(4)」:2017/10/17(火) 21:28:28
 大学寮の狭い房間に五人。鳴賢の友人たちは酒杯を片手に固まったままだ
し、他に座る場所もないため、風漢はさっさと壁際の臥牀に腰を下ろした。
六太を抱えなおして膝の間に座らせ、鳴賢に渡した酒壺を顎でしゃくる。
「まあ、飲め。俺の秘蔵でな、けっこううまい酒だぞ、それは」
「はあ……」
「こいつが元通りに動けるようになるまで、もうしばらくかかるようなので
な、とりあえず顔を見せに来た。どうだ、勉強のほうは。今度こそ卒業でき
そうだと楽俊に言っていたそうだが」
「はあ。まあ、たぶん」
 陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくさせている友人たちを視界の
端で捉えながら、鳴賢は彼らへの説明の努力を放棄した。何から説明したら
いいのかわからないのはもちろん、今さら何を言っても混乱を招くだけとし
か思えなかった。
「六太――台輔――ええと。そのう」言葉遣いをあらためなければと思いつ
つも、あのときの六太の悲しそうな顔を思い出して、結局そのまま続ける。
「起きていて大丈夫なのか?」
「まーな。まだ歩いたりはできないけど、ちょっと起きてるくらいは全然平
気だ」
 六太は風漢の両腕に抱えられるようにして、彼の脚の間にちょこんと座っ
ている。よくよく見れば被衫姿のようだった。足元を見ると、くるまれてい
る衾の間から素足の爪先が見えている。寝ていた臥牀からそのまま連れてこ
られたとでもいうような風体だ。
 小間使いだの雑用だのと言いながら、実際は風漢は六太の側近のようだが、
いくらそれなりの官であってもこんなことをして咎められないのだろうか。
他人事ながら、鳴賢はそんな心配をした。自分たちのためにわざわざ連れて
きてくれたことはありがたいが。
「そうか……」
「心配かけたな。でも、もう大丈夫だから」
「ああ」

985永遠の行方「終(5)」:2017/10/18(水) 21:23:58
 鳴賢は何とか自失から脱すると戸棚に向かい、追加の杯をひとつ取り出し
てお持たせの酒を注いだ。しかしそれを風漢に渡すと、すぐに六太が「え、
俺のは?」と不平を鳴らした。
「……病みあがりだろ?」
「もう大丈夫だって」
「だめ」
「鳴賢のけち!」
「まあ、一口くらいならかまわんだろう」
 風漢は笑い、受け取った酒杯を六太の口に当てがった。しかし六太は両手
を添えて杯を傾けると、干す勢いでぐいぐいと飲んでしまった。
「あ、これうまい。何? 翠香酒?」
「おまえ……」
 手の甲で口をぬぐってご満悦の六太に、鳴賢は呆れた。以前の六太、鳴賢
のよく見知っていた六太がそこにいた。あの呪者の前で見せた、やけに静か
で達観した表情はどこにもない。
「だからもう大丈夫なんだって! あ、敬之と玄度も飲めよ。マジでうまい
ぜ、これ」
 いたずらっ子のようなにんまりとした笑みを向けられ、友人たちはやっと
金縛りから脱したようだった。しかし口を開けても、なかなか言葉が出てこ
ない。
 鳴賢は内心で彼らを気の毒に思いながら、風漢にもらった酒壺を、呆けて
いる友人たちの顔の前で掲げてみせた。
「そっちの酒、さっさと飲んじまえよ」
「あ、ああ」
 慌てた玄度が杯を一気に飲みほして空にする。しかし敬之のほうは逆に杯
を卓子に置くと、居住まいを正して風漢たちに向きなおった。
「六太、あのさ」
「ん?」
「その髪、さ」

986永遠の行方「終(6)」:2017/10/18(水) 21:26:16
 とたんに六太はすねたように頬をふくらませ、風漢を指し示した。
「文句はこいつに言えよ。こいつが勝手にこの格好のまま連れてきたんだか
ら」
「なに、往来を出歩くわけでもないのだから、別によかろう。すぐに戻るつ
もりだしな。それにおまえもこのほうが楽だろうが」
「それはそうだけどさ」金髪をくしゃくしゃにして頭を撫でる風漢の手から
逃れるように、顔をしかめた六太は首を傾けた。「でも騒ぎになるのいや
じゃん」
「別に騒ぎになっとらんだろうが。こら、暴れるな」
 駄々っ子めいて体を揺らそうとする六太を、風漢はあやすように後ろから
しっかり抱きしめた。六太は、はあーっと息を吐くと、おとなしくなってふ
たたび風漢の胸に背をもたれた。
「こいつの髪は実は鬣でな、切るわけにはいかんのだそうだ」と風漢。
「転変したときにみっともないんだよっ」
「だから暴れるなと言うておろうが。かと言って麒麟の鬣は染料のたぐいを
受けつけんので、布を巻いて誤魔化すしかないわけだが、いつもいつもそう
してばかりでは面倒だろう」
「そりゃ冬場はともかく、夏場は暑くて蒸れるしなー。これでけっこう苦労
してんだぜ、俺」
「そういうわけだ。見逃してくれ、敬之」
「はあ」
 やがて風漢は杯に残ったわずかな酒を飲みほすと、来たときのように再び
六太を抱えて立ちあがった。
「では顔も見せたことだし、戻るか。今抜け出したことがわかると、さすが
に官がうるさいからな」
「も、もう?」鳴賢は慌てた。
「こいつはまだ本調子ではないからな。なに、麒麟はそれほどやわではない。
すぐに以前のように走りまわるようになろうさ」
「またな、鳴賢」

987永遠の行方「終(7)」:2017/10/18(水) 21:28:21
 書卓を足がかりにして、さっさと窓から出ていく風漢の肩越しに、六太が
手を振った。騎獣は見たことのない種類だったがずいぶんと慣れているらし
く、おとなしく主人を窓の外で待っていて、彼らはそれに乗って飛び去って
いった。まるで一陣の風だった。
 二人の姿が消えると、友人たちが両側から鳴賢の肩をがしっとつかんだ。
「鳴賢!」
「いったいどういうことか、じっくり聞かせてもらおうか」
 ふたりとも目が血走っている。どう見ても腹に据えかねているといった様
子だ。
「あー……。だから六太はちょっと怪我、いや、病気――ってわけじゃなく」
 ふたりが一番聞きたいのは、六太の正体とか、どうしてそれを知ったとか、
そのあたりだろう。鳴賢にとっては一番面倒な部分だ。だからつい後回しと
いうか、六太の身に起きた事柄を適当に言って誤魔化そうとしたものの、麒
麟は基本的に病気にかからないし、怪我も負いにくい。表向きの事情だった
「頭を打って長期に昏睡」も、とたんにあやしくなってくる。失道かと誤解
されては大変だと思い直した。そもそもあの姿のままの六太を連れてきた風
漢が何も言わなかったのだから、このふたりになら真相を軽く説明してもか
まわないのだろう。丸投げされたとも言うが。
「えー、暁紅(ぎょうこう)に、去年起きた謀反の主犯に逆恨みで呪をかけ
られて、長らく意識不明だったんだよ。ほら、あの、昔の光州侯の寵姫だっ
たっていう女にさ。やっとその呪が解けて」
「む、謀反人に呪って!」
 仰天した彼らに、鳴賢は「口外するなよ」と念を押した。こんな話が不用
意に世間に出回れば、どんな影響があるかわからない。青ざめた友人たちは
こくこくとうなずいた。
「で、あれは、延台輔、だよな?」
「えーと。それは敬称であって……。その、名前が六太だから――」
 鳴賢はしどろもどろで説明しながら、内心で「風漢、恨むぞ」とつぶやい
た。

988書き手:2017/10/18(水) 21:30:33
とりあえずここまで。
鳴賢がらみはもう少し続きます。

989名無しさん:2017/10/18(水) 21:45:52
更新嬉しいです!
尚隆と六太の自然なスキンシップに萌える…!
姐さんの書く鳴賢、めっちゃいい奴ですよね

990名無しさん:2017/10/19(木) 23:11:01
わかる、自分の中で鳴賢の株がすごく上がった

991書き手:2017/11/15(水) 19:14:29
遅くなりましたが、鳴賢視点の話の続き、明日あたりから投下を開始します。
その次の帷湍の話を書けてないので、時間稼ぎに一日一レスです。
でも胸焼けしそうな内容なのでちょうどいいかもw

あと話の途中でスレを使い切ってしまう計算になるため、
先に次スレは立てておきます。
ちょっとしか使わなそうなのがアレですけど。

992永遠の行方「終(8)」:2017/11/16(木) 20:27:12

 そろそろ朝夕に秋の気配を感じはじめたころ、楽俊が昼間に鳴賢の房間を
訪れた。大学寮でまかないとして働いている母親のためにちょくちょく姿は
見せていたらしいのだが、鳴賢とはなかなか時間が合わなかったようで、ふ
たりは久しぶりに顔を合わせた。
「だいたい、ひと月ぶりくらいか? まあ、忙しそうだもんな」
 鳴賢がそう笑って茶杯を差し出すと、鼠姿の楽俊はどこかしょんぼりした
風情で杯を受け取りながら「朱衡さまはあれでかなり人遣いが荒くて……今
日はやっと取れた休みだ」とこぼした。もちろん出仕一年目から大司寇に目
通りできるなど、誉れでこそあれ忌避する事態ではない。楽俊とて気の置け
ない相手ゆえの、冗談めいた軽い愚痴にすぎないだろう。そもそも卒業すら
できていない鳴賢にしてみれば贅沢な悩みだ。所属自体は大司寇府ではなく
まだ最初に配属された部署で、本来の仕事の合間に雑用を言いつけられてい
るだけらしいが、それでもたまに重要な案件に関わることもあるというのだ
から。
「あとこの饅頭、母ちゃんから。もらいもんらしいけど、たくさんあって食
べきれないらしい」
「お、あとで敬之たちにも分けるか」
「ちょうどいいと思って潘老師のところにも持っていったら、関弓の少学に
出かけたとかでいなかったんだよなあ。ちょっくら聞きたいことがあったん
だけど、さすがにずっと待ってるわけにもいかねえ。そうだ鳴賢はわかるか
な、三十年ぐらい前に廃止された――」
 ちなみに楽俊には、風漢が六太を連れてきた夜のことはとっくに話して
あった。というより鳴賢は、あとで敬之らに追求されて大変だったという愚
痴をこぼさずにはいられなかったのだ。
 楽俊に問われるままに、昔の商法の解釈について鳴賢が持論を展開してい
ると、窓のほうから、こん、と音がした。ふたりが同時に窓に顔を向けると、
玻璃の向こうに、騎獣に乗った風漢と六太の姿があった。今度はちゃんと頭
に布を巻いて髪を隠していた六太は、風漢の前にまたがる形で普通に騎乗し
て、にこにこしながら胸元で小さく手を振っている。
「ろく……!」

993永遠の行方「終(9)」:2017/11/17(金) 19:16:07
 あやうく茶を吹きそうになった鳴賢だが、楽俊も何やら「夜でなくて良
かった……」と胸をなでおろしていた。
 風漢が笑顔で窓の玻璃を軽く叩き、ふたたび、こん、と音がする。鳴賢は
呆れながらも、座っていた椅子から立ち上がって窓を開けた。最初に六太が、
ついで風漢が、それぞれ身軽に房間の床に降り立つ。今度の騎獣は騶虞だっ
た。また窓外に待たせておくのかと思ったが、六太が手を伸ばして首元を撫
でながら「しばらく遊んでろなー」と声をかけると、騎獣は、くおん、と鳴
いて飛び去っていった。
 鳴賢はどちらかに譲ろうと、それまで座っていた椅子に手をかけた。しか
し風漢は不要というように無造作に手を振りながら「おう、元気そうだな」
と挨拶し、片腕にかかえていた袋を鳴賢の胸元に押しつけた。そのまま先日
の夜のように壁際の臥牀に腰をおろすと、脚の間に六太をちょこんと座らせ、
後ろから両腕を回してかかえこむようにする。体勢こそ前回と似ているが、
ずっと親密な空気が漂っていて、何とも形容しがたい雰囲気だった。鳴賢は
もちろん、こちらも譲ろうとしたのだろう、楽俊が床几から腰を浮かせかけ
た姿勢のまま固まり、ふたりの妙に睦まじい様子に困惑していた。
「みやげだ」
「ど、どうも……」
 彼らへの対応を迷いつつも、鳴賢は礼を言った。椅子に座り直してから、
思いのほか重たい袋の口を開けてみる。いくつかある紙包みは隙間から扁平
な形の果物が覗いており、大人の拳程度の大きさの小箱もいくつか。底には
酒らしい小瓶が布にくるまれて横になっていたが、指先でちょっと布をずら
してみると、複雑な文様で鮮やかに彩色された、ずいぶんと美麗な瓶だった。
「えっと。これ?」
「蟠桃(ばんとう)に菓子に酒だ。しばらく遠出していて、ねぐらに帰る前
にここに顔を出すかと思いついたのだが、どうせならそれなりのみやげを
持って来ようと思ってな。こっそり宮城に忍びこんでいろいろ漁ったら、地
方からの献上品と六太のおやつがあったんでくすねてきた」
「けん、じょう――!」
「台輔のおやつ……!」

994名無しさん:2017/11/17(金) 20:36:56
新スレ立ってた!
そして続き乙です、無理をせず更新していってください
待ってます!

995名無しさん:2017/11/17(金) 20:41:59
待ってました!ラブラブな二人の様子ゴチです!スレ立てもありがとうございます!続き待ってます…!

996書き手:2017/11/17(金) 21:42:52
えへへ、どうもです。
そりゃラブラブっすよー。
何せ新婚旅行直後なんで!
あーんなことやこーんなことをさんざんやってきた後です。



……青姦、とかも……。


えへ。

997名無しさん:2017/11/17(金) 22:27:06
ちょww
その話、読みたすぎですよ姐さん…!
興奮しすぎないよう心を落ち着けながら続きお待ちしてます…

998書き手:2017/11/18(土) 00:17:02
わははは、ほら、その辺書こうとすると、また完結が遠のくので……。
いちおうこんな↓感じですが、好きなように妄想してやってください。

まだ時折情緒不安定になるろくたんを連れて
尚隆は以前からたまに訪れていた僻地の里閭へ。
のんびりした場所で気持ちが落ち着き始めるろくたん。でもここで尚隆に誤算が。
里家に泊まってたんだけど掃除等は里家にいる老人とか孤児の担当なんで
さすがに情事の後始末はさせられないと、結果的に禁欲を強いられることに。
寝るときはろくたん、尚隆にぴったりくっついてなついてくるので余計煽られる。
数日後、里閭を後にした尚隆は、どこかの街で宿を取ろうと考えるものの
「これから妓楼なり宿なりを探して部屋を取って――だと? だめだ、もたん!」
ふと騎獣から眼下を見下ろせば、山間にちょっと開けた場所があり小さな湖が。
「山の中だしひと気はないな……よし!」
即座に着地して、状況がわかってないろくたんを草むらに押し倒し本懐を遂げる。
その後、体を洗うために湖に入り、そこでも以下略。
大丈夫、比較的南の地方だったこともあり水温は高かったけど、お湯じゃないから!
固まらないから!

ただ経験値の低いろくたんは尚隆の凶行に呆然とし
ここで「尚隆は……変態?」と疑惑が頭をもたげ始めた模様。

999名無しさん:2017/11/18(土) 03:00:11
ありがとうございます、姐さん!
里家の寝台は狭いだろうから、一緒に寝ると密着せざるを得ないよねw
尚隆にぴったりくっついて安心してすやすや眠るろくたんと、ムラムラもんもんとして眠れない尚隆とか
草むらに押し倒されて、明るい日差しの下で乱れた姿を見られちゃって、事後に照れるろくたんとか
そんな様子が可愛くて湖でまた襲っちゃう尚隆とか
めっちゃ妄想が滾るんですけど…!
変態尚隆、バンザイ!

1000書き手:2017/11/18(土) 11:16:36
「自分のモノ」認定したろくたんには遠慮なくケダモノになる尚隆ですw
しかもそれでいて乱暴じゃなく優しいから始末に負えない。
ろくたんをしっかり抱えて逃がさないようにし、愛撫の手も容赦ないのに優しい。
湖の中の凶行も、ろくたんが痛い思いをしないよう
ちゃんと柔らかい苔やらがびっしり生えている岸壁を選んで
そこにろくたんの背を押し付けて体勢を安定させてから立位でガンガン突き上げる。
もし誰か通りがかったらどうしようと、気が気じゃないのに次第にのめりこんで、
最後は尚隆にしがみついて大声で嬌声を上げてしまったろくたん。
あとで「……もう!」と甘えたふうに唇を尖らせてすねてみせるも、
「怒るな怒るな。しばらくおまえを抱けなかったから、
どうしても我慢できなくてな」と苦笑されておしまい。
ろくたんも恥ずかしいは恥ずかしかったけど
「そんなに俺がほしかったんだ」と思えばまんざらでもなかったり。




掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板