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規制推進派とオタクとの関係性について

1松代:2002/11/12(火) 00:36
一部の規制推進派と同様に一部のオタクもまた「法的に認められた愛しあう二人の生殖目的のセックス」を頂点とするセクシュアリティのカースト制を自明としています。

また、一部のオタクと一部の規制推進派はセクシュアリティのカースト制によって「萌え」ますが、セクシュアリティのカースト制に対するオタクと規制推進派の関係は全く正反対のものです。具体的に説明すると、オタクは自らがロリとかペドとか二次コンとかいう「下位カーストにあること」を自覚することで萌え、対する規制推進派は自らが正当な「上位カーストにあること」を自覚することで萌えます。

セクシュアリティのカーストは相対的な概念なので、どっちか一方だけでは萌えません。

オタクは自分のカーストをレベルアップするよう上位カーストへ挑戦し、そして「敗北することで自分のカーストを確認」し、萌えます。

規制推進派は下位カーストからの挑戦をあえて受け、そして「勝利することで自分のカーストを確認」し、萌えます。

規制推進派とオタクは、セクシュアリティのカーストを共有しているばかりでなく、自分達が萌えるために「互いを必要としている」と言えます。

オタクが表現の自由にこだわり、また規制推進派がやたらとその部分を刺激したがるのは、セクシュアリティのカーストを確認するためです。また、彼らの勝負は出来レースであり、結果は決まっています。

そればかりか、規制推進派とオタクはセクシュアリティのカースト維持という点で利害が一致しているため、セクシュアリティのカースト制を否定するような動きに対しては「双方が感情的に」反撃するでしょう。

セクシュアリティのカーストを自明としている一部の規制推進派と一部オタクの議論は、議論のようにみえて議論ではありません。議論によって結論を見いだすつもりは全くなく、議論を「継続することが目的」なのですから、迂闊に結論を出さないよう「わざと難解で穴の多い論理を展開」することも多々あります。

一部の規制推進派と一部のオタクは「共依存関係」にあり、彼らの議論は「痴話げんか」と言えます。

103松代:2003/12/11(木) 10:59
自分は共産党との共闘には反対しつづけていたし、今でも反対ですよ。
また、社民党についても「人を選ぶべき」と考えていたし、選挙の時だって「執行部主流派」はパスしてるんだね。
なんちゅうか、いくら目的が同じだからって、誰でもいいっていうわけじゃないでしょ。

でまぁ、現在の政治情況から考えて、もはや公明党以外に「実効性のある反対活動のパートナーとして」頼れる政治勢力は存在しないワケで、以前にも書いたけど「創価学会が大嫌いなオタクさんを山ほど抱えている」規制反対派は、この先どうなっていくのかが非常に興味ぶかいところです。

石原や小林との共闘したら、公明党との共闘関係は構築できないし、反対に公明党と共闘していたら石原や小林は共闘どころじゃないでしょう。それどころか、石原や小林がオタクを真面目な政治勢力としえ扱うのかという、極めて根本的なところさえも疑問ですよね。最低でも、社民や公明の一部議員は、オタクを「真面目な政治勢力」として認識し、話を聞いたりしたけど、石原はどうなのかな?
小林にしてもそうなんじゃない?

一方的な片思いで、石原や小林と肩を並べて「共闘したつもりになってる」なんてことになったら、
目も当てられないだろうね〜

それにしても、目的のためならカルトとでも共闘するAPPと、目的のためなら極右とでも共闘するオタクって、やっぱり似てるよ。

創価学会が大嫌いってのも、規制推進派とおんなじだね。
おもしろいね〜


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