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〜尾崎バックバンドを語る〜
1
:
名前さえ名乗れない
:2003/05/10(土) 19:15
Heart Of Klaxon のメンバーとか今何してるんだろう。
14
:
11
:2003/05/15(木) 02:32
>>唯一無似の追悼作品
そのとおりですね。
でもこれと「放熱への証」は聴くと亡くなった当時の事とか思い出して、
しばらくは冷静に聴けなかったなぁ(苦笑。
15
:
名前さえ名乗れない
:2003/05/15(木) 02:44
>>12
全然うざくない
っていうかすごい
16
:
名前さえ名乗れない
:2003/05/15(木) 06:38
>>7
街路樹”Trees Lining a Street”ツアーのメンバーって
Gt.江口正祥、甲斐完二 B.入江”タロー”直之 key.勝又隆一
Dr.伊藤真視 Sax.阿部剛 Per.西尾純之介 P.樫原伸彦 の8人やね。
東京ドームは
Dr.村上”ポンタ”秀一 Key.野力奏一 Gt.土方隆行 B.高水健司
Sax.本多俊之 Chr.岩本章子、山根栄子、水嶋康宏
17
:
名前さえ名乗れない
:2003/05/15(木) 17:42
街路樹ツアーのサックス誰だろうってずっと思ってたら、阿部さんだったんすか。
いっつもサングラスしてたからぜんぜんわからんかった
18
:
通りすがりのオタ
:2003/05/16(金) 00:36
>7さん
おー!補完さんくすです!
そかー、ドラムは伊藤って人だったのかー。
Keyも、もう1人いたねー。思い出した!
19
:
通りすがりのオタ
:2003/05/16(金) 00:37
しまった!16さんだった(恥)すまそ
20
:
名前さえ名乗れない
:2003/05/19(月) 00:23
>>17
あべさんはサングラスはずすととても面白い顔されてます。
鴇田さんにしろ阿部さんにしろ面白い顔の人はサングラスしてますね。
田口さんは新宿ルイードとTROPICOFGURADUATIONTOURでは別人のように変わられましたねW
最初は高校生かとみ間違えるくらい幼顔だったのに
21
:
名前さえ名乗れない
:2003/05/19(月) 21:34
>>20
そうそう!!ただの出っ歯高校生だったのに。
クラクションのメンバーは尾崎にもうけさせてもらってよかったねー。
今はどうなんだろう・・・
22
:
名前さえ名乗れない
:2003/05/21(水) 09:11
>>21
でも骨折やら腹痛(薬物依存?)でツアーがキャンセルになったとき
楽器置いてバイトに出てたらしいから尾崎もちとムゴイと思うなー
23
:
名前さえ名乗れない
:2003/07/12(土) 21:22
今アド街に井上さんがちょっと出てた。
山中湖のレコーディングスタジオ使ってるんだ。
尾崎も来たことあるのかな。
24
:
OZひろ
:2003/07/13(日) 12:51
>>23
見逃した。尾崎のこと触れてた?
25
:
名前さえ名乗れない
:2003/07/13(日) 14:04
>>24
あ〜、尾崎のことは何も・・・。
ちょっと映っただけだし。
でも前に渋谷をやった時は東邦生命ビルがランクインしてて
尾崎の曲がかかったりしてたよ。
尾崎ハウスをやった時もね。
26
:
名前さえ名乗れない
:2003/07/13(日) 23:56
久しぶりに尾崎関連の雑誌の切り抜きを読み返していて、武田徹さんというジャーナリストの
「(超一流ミュージシャンが見た)尾崎豊が微笑んだ夜」という文章がとても良かったので、
読んだことのある方も多いかと思いますが、所々抜き書きしてみます。雑誌名は不明ですが、
死の2年後頃に書かれたものです。
(以下、抜き書き)
デビュー作のアレンジを依頼された時の印象を西本(明)はこう語る。「アレンジに関しては『こん
な感じでいいかな』と尋ねると『ハイ』と応えるような、あまり注文を出さないタイプでしたね。で、
彼の作品に似合う服を着せてゆく作業を僕はしたつもりです」“永遠の反抗者”のパブリック・イメ
ージが強いが、西本の前に現れた尾崎はあくまで礼儀正しく大人しい一青年だったと言う。(略)
西本は敢えて大物ミュージシャンを起用する。「尾崎の音楽は一種の普遍性があるから一流ミュージ
シャンにも理解してもらえると思った」。そんな西本の理解は外れていなかった。たとえば『壊れた
扉から』のオープニングで伸びやかなリードギターを聞かせてくれている今剛はこう言う。
「リズムに乗っていながら言葉もよく聞こえてくる。優れたボーカリストだと思いますよ」
『回帰線』でパーカッションを担当していた斎藤ノブも「ベースにロックがあるという感じ。だから
力強さを意識して演奏した記憶があります。それに詞が良い。若い頃を思い出してしまう、つっぱっ
ていた頃のイケイケの気持ちとその裏腹の寂しさをうまく歌っていて」と語る。
尾崎に魅了されたのは未成年のファン達だけではなかった。彼と超一流ミュージシャンとの間に
音楽を介した意志疎通がありえたらしい事情は注目に値しよう。
27
:
26
:2003/07/13(日) 23:57
この苦悩の時期に産婆役として抜擢されたのが、日本ポップス界の大御所である吉野金次だった。
「今までの自分の音楽を変えたいという気持ちが強かったようですね。もう青春モノは歌い尽くした。
今度は心の襞の奥に挟まっているものをなんとか歌にしようと苦しんでいた。僕はそれを手伝おうと
したんですが」(略)そうしてシングル『核』、アルバム『街路樹』が作られる。その制作に携わっ
ていた時の印象を吉野はこんな表現で語った。「熱い狂気ならよくある。でも彼の場合、そうした
熱狂を突き抜けた青白い狂気を感じましたね。努力で補える資質ではなく、やはり天才だったと思い
ます」多くのロックが未熟さの域を出られないのは熱狂の壁に妨げられているからだ。熱狂は冗長な
言葉、ただ乱暴なだけの演奏を感動的な出来だったと錯覚させる。音楽を音楽として成熟させてゆく
ためには醒めた意識でそんな熱狂のレベルを越えてゆく必要がある。尾崎にはそうした飛躍への指向
性があった。酸いも甘いも知り尽くしたスタジオミュージシャンと共鳴しえたのは、尾崎のそんな
資質のせいだったのではないか。
そして吉野はそんな彼にさらに刺激を与える。次作のアレンジャーに本多俊之を起用したのだ。
本多はサックス奏者としてだけではなく、映画やCFの音楽監督としても知られるジャズ・
フュージョン畑の音楽家。ロックの若いファン層にもっぱら支えられてきた尾崎との組み合わせは
常識的に考えれば確かに異色だった。(略)しかし当初は単なるビジネスだったはずのアレンジの
仕事がいざ共同作業に入ると性格を変化させ始める。「スティングの『イングリッシュマン・イン・
ニューヨーク』みたいにしてくれとか言うんですよ。ジャズのテイストを入れたがっているんだと
分かって、案外、音楽を勉強しているんだなと思った」(略)本多から見た尾崎は一貫して音楽通
であり、優等生的であったという。「ただ…」と本多は言葉をつなぐ。「それはリハーサルまでで、
本番が始まったらもうすごい。ポンタみたいな大御所がバックで演奏しているのに全く物怖じしな
い。幕が開いてしまえば5万人の客を相手に『俺を見ろ!』になっちゃう」もっとも本多はそれを
決して非難しているのではなかった。「こいつ、プロだなと思いましたね。その点はこっちが
学ばなければならないと」
28
:
26
:2003/07/13(日) 23:57
そんな尾崎の葛藤ぶりをよりリアルに証言するのは、東京ドームのコンサートで共演した村上秀一
(ポンタ)だ。共演以来、村上と尾崎の間には世代や立場を超えた友情が芽生えていた。「電話が
何度も来ましたよ。若い頃に作った歌をいつまでも歌ってられないって言ってましたね。ある日、
たぶん僕の家の近くから電話していたんだと思うんです。これから行っても良いかと聞くんですね。
でも、自分の悩みを自分で解決できなくてどうするってどなりつけて帰しちゃった。もしもあの時
会っていればと思いますよね……。訃報を聞いた時、誤解を恐れずに言えば、ああやっと解放され
たじゃないか、ラクになれたじゃないかとも思った。豊は僕のことをアニキって慕ってくれたけど、
あいつのことを尊敬していたのはむしろ僕の方ですよ。あれだけの名声を得ていてそれに甘んじな
かった。ミュージシャンとして音楽を突き詰めていったわけですから」
しかし……。「次の言葉」を求めて尾崎が差し延べた手は虚空を掴み続ける。それは音楽家・尾崎が
ついに語られなかった理由にも通じるのだが、結局、誰も彼の音楽的発展になど興味を持っていな
かったのだ。ファン達は尾崎が「未成年の教祖」「永遠の反抗者」のままいて欲しかった。東京ドー
ムコンサート後の尾崎が音楽的に一層深刻な悩みに落ち込んでいったと言われる原因の一つは何か。
そんなファン達まで自分と共に成熟を求める運動へ音楽を通じて巻き込もうとしていた、そんな課題
を己に課していたからだったのだと僕は類推する。しかしそれは余りに過重な課題だった。その点、
尾崎の周囲の人間は遥かにファンの気持ちに通じていたと言えよう。(略)成熟を求めて果たせずに
死んだ音楽家・尾崎と、まるでコドモ時代に可愛がった人形を捨てるのと良く似た作法で尾崎を乗り
越え、自分達だけ大人になったと錯覚してご満悦のファン達。そこには永遠に交わらないすれ違いが
ある。その意味であの晩、僕が目撃した尾崎の微笑みは今なお裏切られ続けている。
以上、長文で失礼しますた。m(__)m
29
:
名前さえ名乗れない
:2003/07/17(木) 17:25
名文age
30
:
Akatuki
(kKIOZAKI)
:2003/07/17(木) 21:53
う〜ん、色々考えさせられるなぁ・・・。
31
:
(´・ω・`)
:2003/07/18(金) 19:44
感激age!
32
:
26
:2003/07/19(土) 00:41
長文はかなりウザイと思ってsageたんですけど、ageくれてありがとー(T.T)
33
:
名前さえ名乗れない
:2003/08/11(月) 20:59
デビューライブの15の夜のあと、そそくさと楽屋に戻って煙草に火を付けてたのにはわらったな〜
34
:
名前さえ名乗れない
:2003/08/30(土) 07:20
ブロン一気に飲んでたのにはわらったな〜
35
:
東北の最終兵器
:2003/09/25(木) 09:58
ご無沙汰してます!
体調が悪く、しばらく、遠ざかってましたが、また、ちょくちょくお邪魔しまーす(^o^)丿
ところで、このスレッドに書けばいいか分からないんですが、「OZAKI19」の「Freeze Moom(バーガーショップ)」で、尾崎さんが倒れたのを救出して勇気付けた、ネクタイし、眼鏡かけ、かっこいい、鈴木けんじ(?)さんって方いますよね。
「俺の友達か来てくれたぜ!」って尾崎さん言ってましたが、本当の友人なんでしょうか?
尾崎さんの本当に嬉しそうな表情を見ると、親友だったのかなー?って、願望があります。
どなたか、この掲示板でスレッドに書いてる方、知ってる方いましたら教えてくださいm(__)m
36
:
名前さえ名乗れない
:2003/09/25(木) 20:48
>>35
昔、BSでその曲をやったときは楽屋風景とかも
でてて二人ではしゃいでました。
37
:
東北の最終兵器
:2003/09/25(木) 21:39
>>36
本当ですか!!
見たかったです(^^ゞ
仲がいいって証拠ですね。
何か嬉しいです(^^)
38
:
OZひろ
:2003/11/04(火) 22:21
路上のルールのベースが高度だね。
あと、ドライビングオールナイトの三番からの田口さんのベースがたまらなくイィ!!
39
:
名前さえ名乗れない
:2003/11/21(金) 14:39
西本さんのHPってガイシュツ?
ttp://www.live.co.jp/akira_nishimoto/
40
:
Akatuki
(kKIOZAKI)
:2003/11/21(金) 22:13
>>39
へぇー。
どうも。辞典に載せます。
41
:
名前さえ名乗れない
:2003/12/15(月) 21:43
田口さん(B)好きだなぁ。ルイードのときちらちら移ってたのが印象的。
42
:
しん
:2003/12/15(月) 22:06
今更かもしれないけど、ハートオブクラクションGの江口さんじゃない
方の方って名字何て読むんですか?漢字がよめない!
43
:
垣原not禿げ
:2003/12/15(月) 22:15
>>42
鴇田さん?トキタじゃないかな?
44
:
しん
:2003/12/15(月) 22:20
>>43
そうですその方のことです。トキタさんですか(^^)
ちゃっかり変換とかして確かめたり・・
ありがとうございました!!m(__)m
45
:
ブランぢー
:2003/12/16(火) 17:55
LAST TEENAGE APPEARANCE のバックバンドってかっこよかった。
ギターで一人いけメンいた。サングラスかけてるギターの人の鼻が研ナオコ
ににてた。
46
:
OZひろ
:2003/12/17(水) 18:37
ドライビンオーナイのソロはやっぱ江口さんに限るね。
ドラムはポンタが良かった。
47
:
名前さえ名乗れない
:2004/06/29(火) 12:43
http://eco.blog.ocn.ne.jp/yontana/
江口さんのブログ
当たり前だが、おっちゃんになったなー
48
:
名前さえ名乗れない
:2004/10/17(日) 18:29
江口マサヨシベイベェェェッーーーッ!!
3BLAB.☆ってマサヨシベイベーがプロデュースしてるのか。( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー
49
:
トマス
(aOZAKIes)
:2004/10/31(日) 07:54
Birth bandの里村さんが尾崎について語ってます。
http://www.moment.gr.jp/6/interview.html
50
:
a-girl
:2004/10/31(日) 09:51
>>49
ロングインタビューですね。
51
:
BS無い人
(jxZETMAM)
:2004/10/31(日) 15:41
>>49
叩いてた人だね。赤い靴物語の時尾崎と唄いまくってたね
52
:
トマス
(aOZAKIes)
:2004/10/31(日) 18:45
>>50
尾崎については少ないけど、バンドの雰囲気とか知れていいかな。
>>51
そうそう、でもあんときは髪型がショートカットやったね。
53
:
名前さえ名乗れない
:2004/10/31(日) 20:30
老けたのぅ・・
54
:
トマス
(aOZAKIes)
:2004/10/31(日) 21:22
えー。。代々木んときから老けてた印象が。。
55
:
名前さえ名乗れない
:2004/12/09(木) 05:47
85'大阪やLTAのサックス(阿部さん)と街路樹ツアーのサックスがおんなじ人って
こないだまで気づかんかった。
56
:
トマス
(aOZAKIes)
:2004/12/17(金) 08:24
やっぱり一体感って音楽にでるんやなーって思う。
バックバンドではHeart Of Klaxon の演奏が1番好き。粗削りやけど、
めっちゃ温かみを感じる。
57
:
名前さえ名乗れない
:2005/04/27(水) 08:04:05
街路樹プロデューサー
Heart Of Klaxonピアノ奏者、樫原伸彦のブログ
http://blog.livedoor.jp/nk_h/
既出?
58
:
☆
(KNvVwjeA)
:2005/04/27(水) 09:02:51
>>57
さん
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
59
:
名前さえ名乗れない
:2005/04/27(水) 17:40:03
>>57
すげー(´・∀・`)
60
:
名前さえ名乗れない
:2005/04/27(水) 22:00:23
>>57
ハートオブクラクションのピアノってやたら下手糞だと思っていたが、こいつだったとはな。
61
:
☆
(KNvVwjeA)
:2005/04/28(木) 11:15:43
>>60
サン
樫原さんは、追加メンバーだから、『大阪球場』までは
井上敦夫さんでしょ。
下手って『LTA』のこと?
62
:
名前さえ名乗れない
:2005/04/28(木) 12:47:37
>>61
ピアノについてはLTAに限らずずっと下手だったような気がする。
楽器やってるせいか、バンドの演奏が下手だと禿げしく萎える。
63
:
☆
(KNvVwjeA)
:2005/04/28(木) 13:24:55
>>61
サン
なるほど。
64
:
Akatuki
(kKIOZAKI)
:2005/04/29(金) 01:11:28
でもこの人の紙切れと街路樹のアレンジは最高だべさ。
65
:
雨
:2005/04/29(金) 01:28:57
うん、街路樹すごくいい。
>>57
さんが貼ってくれた尾崎への文章もすごくいい。
66
:
名前さえ名乗れない
:2005/04/29(金) 17:55:18
東京ドームで街路樹ミスった香具師もこいつか?
67
:
Akatuki
(kKIOZAKI)
:2005/04/29(金) 20:28:00
>>66
樫原さんのサイトには、尾崎逮捕と同時に決別って書いてあるから、違うと思われ。
68
:
☆
(KNvVwjeA)
:2005/04/29(金) 20:33:01
ドームのキーボードは「野力泰一」って人だよ。
69
:
名前さえ名乗れない
:2005/04/29(金) 21:39:01
>野力泰一
逝 っ て 良 し 。
70
:
名前さえ名乗れない
:2005/07/21(木) 19:07:58
_,,..,,,,_ ∩
./ ,' 3 ` ∩
l ⊃ ( ノ =3 プゥ
`'ー---‐''''"
_,,..,,,,_ ミ パタ
./ ,' 3 `ヽーっ
l ⊃ ⌒_つ
`'ー---‐'''''"
71
:
忘れちまいたいよ〜♪
:忘れちまいたいよ〜♪
忘れちまいたいよ〜♪
72
:
名前さえ名乗れない
:2006/04/16(日) 09:38:15
改めて・・・みなさんの近況知っている人
いませんか?
江口さんは活躍されているのはわかるのですが。
73
:
名前さえ名乗れない
:2006/05/10(水) 16:00:26
すみませんこんな掲示板があるとは。
色々な思い出が蘇りましたよ。
昨年書いたブログですが。
http://blog.eggs-shep.com/index.php?blogid=1776&archive=2005-8-23
下手ですみませんでした。
74
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/10(水) 16:51:50
はじめまして。
ハートオブクラクションの井上敦夫さんご本人ですか?
「今夜蘇るカリスマ尾崎豊の光と陰」に出てらっしゃっったのを
良く覚えています。
よろしかったら、尾崎さんとの思い出や、その後のメンバーの方の
近況など、聞かせてください。
75
:
名前さえ名乗れない
:2006/05/10(水) 17:42:34
真剣に読まさせて頂きました。
尾崎と接触のある人のコメントはかなり重みがあり感動しました。
最後の方に「君の知らない世代が君を聞いているんだぞ!この幸せもの!」
この文章はとてもこみあげてくるものがありました。
76
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/10(水) 17:49:17
突然だったので、ビックリしています。
ブログ読ませていただきました。
「未成年のまんまで」で、エイプリルバンドの事を読んだ時のことが
蘇ってきました。ブログ貼っていただいてありがとうございます。
他のページもゆっくり読ませていただきます。
ここの『尾崎豊板』の子サイトの『尾崎豊辞典』も見ていただけましたか?
感想など書いていただけると、板長(管理人)のAkatukiさんも喜ぶと思います。
『尾崎豊辞典』
http://ozaki-yutaka.com/
77
:
ケタ
:2006/05/10(水) 17:50:59
その当時はかなり濃い時間を過ごしていましたので、思いではありすぎて書ききれません。
余りお役には立てませんが、たまには来ますのでヨロシクデス。
今でも、たまに皆で集まって演奏を忘れた頃に楽しんでます。
皆元気でやってますよ。
78
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/10(水) 18:09:52
>>ケタさん
あー、ありがとうございます!
皆さんがお元気だと聞いてうれしいです。
ライブとかあったら、是非教えてください。
トリビュートライブの時のピアノの方は井上さんですか?
またいつでも来てくださいね。まってますよー。 (。^^(●)ノ
79
:
b子
:2006/05/10(水) 19:43:37
ケタさん、来てくださってありがとうございます。
おお〜、なんか感動して、涙が出ました。
尾崎を知って、落合さんや藤沢さんの文章などを、一生懸命読みあさった当時が思い出され
尾崎と係わった人たちが、確実に居たんだな〜と、
今更ながら彼の存在を思い起こさせます。
今まで尾崎を語りすぎて、もう近頃はあまり語ることもしなくなったけど、
こんな、嬉しい刺激をもらえると、ホントに尾崎のライブのすごさなんかを、
繰り返し語りたくなります。
OSAKAスタジアムのフリーズムーンで、メンバー紹介しましたよね。
このメンバーの中では、いちばん年上で、今日も口髭と赤の縞のネクタイがとってもよく似合うのは
オン キーボード 井上敦夫ベイヴ‥
いつも、ニコニコ笑って、優しく尾崎を見つめる貴方の姿がありました。
私たちは昨日のことのように、覚えています。
また来てくださいね、待ってます。
80
:
バジル
:2006/05/10(水) 23:05:35
うわー、ずっと当時のバンドの人が語る
尾崎豊の話を聞きたかった。
聞きたくて聞きたくてたまらなかった。
夢がかないました。
ケタさん、ありがとうございます。
81
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/11(木) 10:22:23
>>ケタさん
プロフィール
性別 男性
所在地 山梨県
血液型 B型
--- ここの板長(管理人)Akatukiさんと同じですね!(w
ここは若い人から中高年まで、尾崎ファンがたくさんいますから
気軽に立ち寄ってみてください。おいしいお茶を用意して待ってますよー。
(●)^^。)つ旦~
82
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/11(木) 13:50:38
>>ケタさん
やっぱり、13回忌の時に渋谷AXで行われたトリビュートライブに出演されてた
ピアノ奏者の井上敦夫さんででしたね!! 私もあの時ライブに行きました
。一番前だったのでサックスのは見えましたが、ピアノの方が見えなかったので、
今日、『AFTER THE NIGHT A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』のDVD見て色々と
思い出しました。
出演者の方の事を須藤さんが語って、ライブの一部が流れたので、書いてみます。
『須藤さんのお話し』
清木場君はーーー 略 −−−
トリビュートライブの時は、またそこでひとつのドラマが起こって、尾崎さんの生前の
ツアーでピアノを弾いていた井上君がピアノを弾き、サックスを吹いていた阿部君が
サックスを吹くっていう取り合わせが偶然、清木場君のスタッフで用意されていて、
彼もすごい、俊君もすごい感激してましたけれども、僕はずっと見ていて、終わった後
も何かこう、特別な想いと言うか、感動が三人の中にあったし、観客の人達も何十年
という時間をさかのぼるような、そこで歌っているのが、まぁつまり、「ふたつの心」を
尾崎豊はライブで一度も歌ってなかったわけですから。そのアルバムが出て、ツアー
の前に亡くなったわけですから、歌ってないんだけども、なんか尾崎さんが歌ってた
シーンを思い出すような、妙な気持ちになりました。
そして、私もライブの最後の須藤さんお話しの時に、感きわまって涙がこぼれたのを
鮮明に覚えています。
、
83
:
Akatuki
◆f/kKIOZAKI
:2006/05/11(木) 23:06:08
ケタさんこと井上さん、初めまして。
この掲示板の管理人です。
つい最近OZAKI・18と19を見たので、
井上さんの笑顔をすごく印象的に憶えてますよ。
暴れる尾崎の横ですごく楽しそうに弾いてましたよね。
そして、昔の尾崎の仲間である方に、ここで会えて本当に嬉しいです。
さらに同じ県に住んでるっていうのも嬉しいです。俺も山梨に住んでますよー。
84
:
名前さえ名乗れない
:2006/05/11(木) 23:24:31
ケタさん、初めまして。
ブログ拝見しました。
またいつか尾崎の思い出を語ってもらえると嬉しいです。
ちょっとお聞きしたいんですが、佐藤輝さんと親しいのですか?
85
:
ケタ
:2006/05/12(金) 06:39:31
>>Akatukiさん
はじめまして。
管理人の方にご挨拶なしでのご無礼、申し訳ありませんでした。
山梨に来てもう20年になります。
>>82
そうですか
打ち上げでホントに好きなのが分かりましたし、新鮮さを大切にってリハは一回きり
凄く自分に厳しい人ってイメージ、あのステージで現役でないのは自分だけでしたので、
阿倍ちゃんに手伝って貰いました。
久々に楽しかったですし、急遽決まった事でしたが息子に自分のステージを見せられたのが思い出になりました。
ステージの後2階で一緒に最後を見ながら、息子はI Love Youをすぐ覚えてLoving You(ミニリー、パートン)に似ているねって、ライブの後に話したのが我が家の財産になりました。
尾崎が元気だった頃より、今も尚皆さんがこうして語り合っている事、ちょっと昔だったらわだかまりがあって来られなかったと思いますが、
次の世代迄巻き込んでいる事は、本当に奴は幸せ物で本物になったのかな?
歴史に関れた事に感謝します。
これからも、ゆるーくおつき合い下さい。
宜しくお願い致します。
86
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/12(金) 07:01:13
>>ケタさん
おはようございます☆
(●)^^。)つ旦~ どうぞ
レスありがとうございます。
あのライブの時、アナウンスでハートオブクラクションの方が来てくださったこと
聞いて、私は当時ライブを見たことなかったので、すごくうれしかったです。
カメラマンの方も当時の方だおっしゃってました。
トリビュートに関していろんな考えの方もいらっしゃいますが
私はあのライブに、みなさんが尾崎さんにそれぞれの思いで出演していただいたと
思いますし、DVDで須藤さんも「あの時は、泣くのを我慢するのでせいいっぱいでした」
と、おっしゃってました。
そして、十代の一番元気な時に、同じメンバーだったケタさんとお話できて
心から感謝しています。みなさんが音楽に携わっているとお聞きしてうれしいです。
尾崎さんの話だけじゃなく、普通にここに遊びに来てくださいね。
87
:
Akatuki
◆f/kKIOZAKI
:2006/05/16(火) 23:08:27
>>85
この板では挨拶なんてなしに書くのが普通ですから(w
って、もう山梨に20年ってHOKの後すぐに来られたんですね。
そして俺もトリビュートライブ行きましたYO!
弾いてたケタさんをもっとちゃんと見ればよかったなぁ。
88
:
ケタ
:2006/05/17(水) 13:58:07
HOK?なんなんだろう?
86年の8月25日に山中湖に移住(丁度1年後ですね)今は忍野と山中湖の二股生活です。
板長さんって言われているのですね。
色々な所を読ませて頂きましたが、少し怖い所もありますね!
板長さんの人格が、効いています。大変でしょう?
トリビュートライブは、本当に偶然決まって久しぶりのホールで怒緊張で、勿論阿部ちゃんも僕に取っても知らない曲だった。
俊君は本当に尾崎の事をここにいる人達と同様に真剣に好きだった様子で、もの凄いでかいリハスタジオに2人で待っていて、「新鮮に本気で唄いたいからって一回こっきりの合わせだけにします」って、本当に一回きりで終了して後は雑談。
多分、皆さんと同じにその当時の事を真剣に聞き入っていました。
彼は今、悩みに悩んでソロになったらしいですね。
この業界は本当に狭く会場ではその当時のスタッフやら、本当に懐かしい人たちで溢れていました。
メインのカメラを廻していた情児さんは、今では山中湖の隣人でその当時は雲の上の人でしたが、よく飲みます。
この間なんて、僕が初めて武道館に見に行った(高校生の時)のSANTANAのマスター音源を聞かせて頂いて、パーカッションで全部セッションして一週間程手の腫れが引かなかったし。
2ちゃんの事は全く分からないので、ここの事も言っている事が全て分かっているとは言えませんが、本当に尾崎は幸せ者だということだけは凄いことですね。
丁度10歳上だったので、他のメンバーとは話の内容を使い分けする位にきを使ってくれたし、最後まで引きとめようとしたのも尾崎でした。
一度、環七の「銅」って書いてあるマンションから下北の変則5差路のマンションに引越しを手伝った時、最後に下北の駅前の2階のコーヒーショップで4人僕と彼女(今のカミサン)と尾崎とシェリーで雑談をした時、何時までこんな身を切るような唄を唄って行くんだ?って聞いたことがある。
僕だっていつかは本当のラブソングを書いて、少しづつでも変わろうと思っているって、僕の事を安心させてくれたね。
そして、同じに最終的には自分のスタジオ作ってゆっくり曲作り出来る環境を作る夢を語ったね。
僕が山中湖のスタジオに来た時スダッチを通して、何度か遊びに来るって言っていたけど結局来ないでどっかいっちゃったね。
君がソラチからの電話でこの世を去った時、僕らは忍野のスタジオで若い2人組みの女の子のユニットのサポートで、手伝ってくれないって言った僕の呼びかけでメンバーがみんないる時に連絡が来たのもびっくりしたぞ。
護国寺に続く長い行列を僕らは、車で見ながら初めて集う歴代のメンバー達と最後の挨拶をさせて貰ったね。
結局の所、トリビュートの時にもやっぱり僕は君が死んでいる事を信じられなかったし、何やら変な気分で一杯だったよ。
あの頃は下手をすると親より一緒だった時間が多い位の一時期があって、メンバーを君に委ねて去ってしまった事ごめんね。
でもこれで良かった思ってますし、メンバーとは今でも声を掛ければいつでも集まって一瞬のうちに昔に戻れます。
取り止めもなくなりました。
また来ます。
89
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/17(水) 15:26:22
>>ケタさん
HOKとは、ハートオブクラクションの略ですよ。
私も2チャンを知らずにはじめて来たサイトがココだったので
驚く事ばかりでしたけど、Akatukiさんの人柄にひかれて
皆がここに集まってきます。
トリビュートライブは、井上さんも安部さんも落ち着いて見えました。
そういえば『ふたつの心』は初めて演奏されたんですね。
そして、息子さんも父親の雄姿を誇らしく思われた事だと思います。
シェリーっていう彼女のこと、テレビで話して下さって
環七のマンションはどこだろう?とずっと思っていました。
下北の喫茶店、もうないでしょうね。でも今度探してみます。
もしあったら、ひとりでゆっくりコーヒーを飲んでみたいです。
このまえ、スタジオの写真を見せていただきました。
吉川晃司さんや岡村靖之さんから、レミオロメンまでいろんな方が
いらしてて驚きました。富士山が見える素敵なところですね。
私の住んでいる所からもそんなに遠くないのに、山中湖にいったのは
一回だけです。
貴重なお話しありがとうございました。
ここには、いろんな人がいますが、皆『OZAKI』に対する愛がいっぱいです。
きっと、会って会話したら笑顔で話せるジョークも、文字にしてみれば
冷たく感じることもあるんだと思います。
また来てくださいね。待っています。(。^^(●)ノ
90
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/17(水) 15:43:00
∩∩
| | | |
( ^x^) お茶どうぞ。
| つつ旦~
と__)__)
91
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/05/17(水) 16:28:23
>>ケタさん
『尾崎豊辞典』
http://ozaki-yutaka.com/
【Heart Of Klaxon】の「関連画像」は、いつ、どこで写したか覚えていらっしゃいますか。
92
:
名前さえ名乗れない
:2006/05/18(木) 00:26:19
ケタさん、大変貴重なお話を聞かせてもらってありがとうございます。
またいらしてくださいね。
93
:
名前さえ名乗れない
:2006/05/18(木) 00:34:45
>>88
興味深すぎる話だな〜〜( ´ー`)y━~
94
:
Akatuki
◆f/kKIOZAKI
:2006/05/24(水) 23:56:20
>>88
おぉ!
やっぱ有名人のステータスですよね。山中湖や河口湖に住むってのは。
HOKは☆さんの言うとおりハートオブクラクションのことです。
95
:
名前さえ名乗れない
:2006/06/02(金) 18:42:06
http://page8.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h36477551
こんなんあったぞ
96
:
Akatuki
◆f/kKIOZAKI
:2006/06/11(日) 23:03:53
>>95
こりゃまたすごい
97
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/06/12(月) 12:46:27
>>96
この人だよ
http://www13.ocn.ne.jp/~route50/personal_works/profile_main.htm
98
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/06/12(月) 12:51:31
96年に「エイプリルカンパニー」から独立して、今も活動してるんだね。
http://www13.ocn.ne.jp/~route50/whats/whats01.htm
99
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/06/12(月) 13:07:50
そして、CDもこんなに出てたのね。
http://www13.ocn.ne.jp/~route50/personal_works/disco_main.htm
100
:
☆
◆C1KNvVwjeA
:2006/06/12(月) 13:12:09
あとで辞典にも書いておこう。
101
:
名前さえ名乗れない
:2006/09/18(月) 00:05:46
青年館のサックスの人がなんか好き
102
:
名前さえ名乗れない
:2006/09/18(月) 00:58:51
青年館にサックスはいないとマジレスしておこう。
103
:
フラグメント
◆VhwlrOZAKI
:2006/10/31(火) 23:21:45
ギターの江口さんの10月13日のブログが少し興味深い。
エイプリルバンドって尾崎が入る前のハートオブクラクションだよね
104
:
名前さえ名乗れない
:2006/11/12(日) 15:03:02
色んな時期のライブ音源が出回ってて
それぞれいいんだけど、やっぱりハートオブクラクションの演奏が
一番しっくり来るなあ。
特に1987年。
例の、大阪の音源を聴いてみて、街角の風の中の
後奏のピアノソロが、すごくいいと思いました。
・ISMやフリーズムーン、紙切れ〜もそうなんだけど、ピアノの人が凄くいい演奏をするなぁ。
彼の、ちょっとブラックな感じのアレンジが自分好みです。
105
:
名前さえ名乗れない
:2006/11/21(火) 23:30:17
85代々木のときは下手糞だったけどね。87年のときには急に上手くなってる
106
:
名前さえ名乗れない
:2006/11/22(水) 00:09:36
あげ
107
:
フラグメント
◆VhwlrOZAKI
:2006/12/15(金) 16:59:09
>>105
下手糞というか、87年の方が豪華な感じはするね。
まぁメンバーも違うしね
108
:
名前さえ名乗れない
:2007/02/19(月) 01:31:20
『Music Lovers』で夏川りみのバックでバースバンドの渡辺茂さん(ベース担当)が演奏してた!
109
:
名前さえ名乗れない
:2007/02/20(火) 12:15:08
初期、LTAまでとそれ以後はギターの人以外は変わってるよね。なんで有明は初期メンバーでやらなかったのかな?
110
:
名前さえ名乗れない
:2007/02/20(火) 13:01:46
そりゃメンバーにもいろいろと都合があるからでしょ
111
:
名前さえ名乗れない
:2007/02/21(水) 23:25:32
ギターの江口さんは尾崎がお兄さんに似ているから…と、気に入られていたからだよ。有明のころはマザーに強引にやらされたから 佐野や浜田省吾のバックの寄せ集め。
112
:
名前さえ名乗れない
:2007/02/22(木) 00:04:56
その割にはテク的にしょぼいよな。江口さんと樫原さんは好きだけど。
113
:
名前さえ名乗れない
:2007/07/27(金) 23:54:50
僕らの音楽でCoccoのバックでバースバンドの長田進さんが演奏してた。
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