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Getcha Back〜my sweet home〜

1Flyhalf:2003/10/18(土) 21:56
はじめまして。Flyhalfと申します。

短めの中篇ってとこでしょうか・・・お話をひとつ
投稿させていただきたいと思います。
小出しにしながら週一くらいでマターリ更新の予定です。
よろしくお願い致します。

40Flyhalf:2003/11/02(日) 15:03

[8]

―どうして名前を口にしちゃったんだろう…―

溢れ出る涙を拭くこともなく、階段を駆け下りていく。亜依が悲しくて涙を流すのは
本当に久しぶりの事だった。



41Flyhalf:2003/11/02(日) 15:05

亜依は10歳くらいまでは、喋ろうと必死にがんばっていた。唯一言葉に出来る名前だけ
を懸命に喋り続けていた。しかし誰かに向き合うたびに辛い思いを味うことになる。
愛らしい亜依に大人達は気軽に声をかけてきたが、何を話しかけても九官鳥のように繰り
返される言葉に、すぐに表情を曇らせた。逃げるようにその場を去ってゆく背中を見つめ
ながら亜依は傷つき、ただ涙を流すだけだった。

亜依は、もう言葉を口にする事が出来ないと諦めてからこれまで、声を発することは無か
った。だから店に来る常連客や中学の友達はみんな、亜依が全く喋れないと思っている。
ただ、実際には自分の名前だけは―不完全にだが―口にすることが出来た。今では、その
事を知っているのは圭、ひとみ、カオリ。そして中澤をはじめとする病院のスタッフぐら
いであった。

42Flyhalf:2003/11/02(日) 15:06



心の泉から湧き上がる言葉が胸元で枯れ、唇から流れ出ることがないのなら、名前すら封
じてしまおう。そう心に決めていたのに。眠りから覚めた瞳を見つめた瞬間、この女性な
ら分かってくれるような気がした。自分にかけられた魔法が唐突に解けて、何事も無く言
葉を交わせるような、そんな気がした。

43Flyhalf:2003/11/02(日) 15:08

亜依は階段を下りると、真っ先に厨房へと駆け込んだ。コンロの前に立つひとみの姿が
目に映ると、その背中に真っ直ぐに抱きついた。ひとみは「わぁ」っと声を上げると首
だけを動かして亜依に話しかけた。

「こらっ!遅いぞ。見てよ、あんなに食器が溜まっちゃって…亜依?」

亜依は背中に顔を押し付けたまま動けずにいた。ひとみはコンロの火を止めて、皿を手に
取ると、もどかしそうに料理を盛り付けて圭に手渡す。ふっと軽く息を吐いてから、ゆっ
くりと体を回し、亜依をしっかりと抱きしめた。

44Flyhalf:2003/11/02(日) 15:11

「どした?あのおねえさんに何か言われたの?」
亜依は顔を擦り付けるようにして左右に振る。
「わかった。お腹が空いて泣いちゃったんだ」
ヘアゴムで結わえた髪がさっきより早く左右に揺れた。
「じゃあねぇ…隠していたお菓子が無くなってた」
亜依はようやく顔を上げると、どんぐりを口に隠したリスのように両頬を膨らまして、
ひとみを睨んだ。ひとみがその頬を両方の人差し指で押すと、空気が亜依の唇から間の
抜けた音を立てて漏れ出した。その音にふたりは声を上げて笑いあう。笑いながらひと
みは抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

「笑ってるほうが、かわいいよ。ウチも圭ちゃんも、笑ってる亜依が大好きだよ」

45Flyhalf:2003/11/02(日) 15:12

亜依が恥ずかしそうに頷く。ひとみは一瞬優しい微笑みを返したあと、亜依の腰に手を
這わせ、いつもの憎まれ口をたたいた。

「あれ?加護さん。また少し大きくなられたみたいですねぇ」

亜依は体を離すと、怒りの表情を見せてゆっくりと口を動かした。

(もうてつだってあげない)
「ごめんなさい。冗談です。明日、アップルパイ焼いてあげるから、ね。」

亜依が腕を組んで悩む素振りをして見せたとき、カウンターの方から圭の怒声がいつもの
二割り増しで飛んできた。

「あんたら何やってんの。今月の給料はカット。絶対、絶対、絶対にカット」

ふたりは慌てて仕事を始める。客席からは大きな笑い声が聞こえてきた。

46Flyhalf:2003/11/02(日) 15:16
つづく。

>>34さん、>>35さん レスありがとう。
最後まで読んでいただけるように頑張ります。

47名無し香辛料:2003/11/07(金) 03:09
更新お疲れ様です。
新作ですね。たまらない舞台設定です。すげーカッコいい。やられた。
…駄目だ。『カッコいい』しか思い浮かばない(w
マイペースでがんがって下さい。次回更新楽しみにしてます。

48Flyhalf:2003/11/10(月) 20:40
[9−1]

時計の針は午後10時を指していた。いくらか具合の良くなった梨華はベッドから体を
起こすと、古ぼけた木枠の窓を開け放してみた。未舗装の駐車場に止められた車の
エンジンが回り始めスタートを切ると、テールランプがゆっくりと遠ざかって行く。やが
てそれは暗闇に浮かぶ小さな赤い点になってしまった。そうして一台、また一台と車が
走り去っていくと、階下に響く喧騒も徐々に静まっていった。最後の一台が走り出し、
黄土色の大地が剥き出しにされると、道路脇に聳え立つ『drive in』のネオンサインが
消され、この店の灯りだけが荒野の光源となった。

梨華は冷えた空気を大きく胸に吸い込んでから窓を閉じると、ベッドに戻り腰を下ろした。
不意に階段を上ってくる靴音が聞こえてくると、その足音がこの部屋の前で止まる。静か
に開かれたドアの向こうには、バスの中で梨華に肩を貸してくれた女性が立っていた。

49Flyhalf:2003/11/10(月) 20:43

「起きてたんだ。具合はどう?」
「まだ少し気だるい感じがしますけど、明日になれば大丈夫だと思います」
「そう良かった」
女性は優しく微笑むと、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。梨華はベッドの上で正座を
するとその姿に深々と頭を下げた

「本当にご迷惑をおかけしました」
「いいのよ別に。私こそ勝手に途中下車させちゃって…良かったのかな?」

その言葉に、梨華は頭を振りながら視線を落とした。目に映るキルトカバーの鮮やか
な色合いが、寂しげな瞳の色を隠してくれる。

「いいんです。どうせ当てのない旅ですから」
「そっか…。あっ、自己紹介まだだったね。私、保田圭」

圭は笑顔を浮かべながら手を差し出してきた。梨華は詮索のせの字も見せない圭の
態度にほっとしながら、手の平を重ねた。

「石川梨華です」
「へぇ…あんたのイメージにぴったりの名前だね。ところでお腹空いてない?何か持って
こようか?」

梨華が「少しなら」と答えると、圭は一旦その場を離れた。

50Flyhalf:2003/11/10(月) 20:46

暫くしてトレイを手にした圭が梨華の元へ帰ってきた。底の深い皿には、暖かな湯気を
立てるミルク粥がたっぷりに盛られている。そのボリュームに梨華は思わず吹き出して
しまった。

「保田さん。私こんなに食べられませんよ」
「あぁ…うちのシェフ、何を作らせてもダイナミックだから。食べられるだけ食べて。味は
私が保証する」

梨華は圭の言葉に頷くと、粥をスプーンですくい口に運んでみる。途端に梨華は目を丸く
した。それは弱った体を労わり、空腹を満たすためだけの食事ではなく、立派な料理だった。
甘ったるいミルクの味わいのなかに僅かにピリリとした辛さが口に広がる。どうやら隠し味に
山椒を使っているらしい。

51Flyhalf:2003/11/10(月) 20:50

「美味しい」
その言葉に圭はニヤリと笑って見せた。
「ひとみの料理はうちの店の生命線だから」
「ひとみさんって…女性がコックさんなんですか。どうりで優しい味わいだと思った」
「そう?本人はちっとも女らしくないんだけどね」

梨華は圭の言葉に女性シェフのイメージを湧かせつつ、夕方走り去って行った少女のことを
聞いてみようと話題を変えた。

「あの…あいちゃんって子は…」
「えっ?」
梨華の言葉を聞き終えぬうちに切り捨てるような声を圭が上げた。梨華はその声と、驚愕の
表情を浮かべる圭に戸惑い、暫し言葉を失った。

52Flyhalf:2003/11/10(月) 20:51

圭は問い詰めるような視線を梨華に向けると、声を搾り出すようにして口を開いた。
「私、あの子の名前を口にしたかな…?」
梨華は小さく頭を振る。
「あの子が自分で『あい』って言ったの?自分の名前を口にしたの?」
梨華はスプーンを手にしたまま頷くと、小さな声で伝える。
「『あい』って言いました…。『あい、おうち』って」
「そう…」

圭は暫くの間呆然としていたが、ゆっくりと立ち上がり窓際に歩み寄った。窓ガラスの
向こうには、何もかも吸い込んでしまうような漆黒の闇が広がっている。やがてその闇
の中央に四年前の記憶が切れ切れの映像となって浮かびあがった。

53Flyhalf:2003/11/10(月) 20:51


カーテンに五月の陽光を遮られた部屋。
アイボリーのリラックスチェアに座る亜依。
裕子の唇が幼い頃の思い出を呼び覚ます呪文を唱えると、亜依はゆっくりと瞼を閉じた。
二人の様子を緊張した面持ちで見守る圭。
その隣には制服に身を包んだひとみ。
そう、あの頃のひとみの髪はとても綺麗だった。

54Flyhalf:2003/11/10(月) 20:52

窓ガラスにあの頃のひとみの背中まで伸ばした黒髪が一瞬だけ浮かんで消えた。
やがて圭はその闇に向かって、重々しく語り始めた。

55Flyhalf:2003/11/10(月) 21:00
相変わらず短いですが、きりのいいところで。

>>47さん
レスありがとう。最後まで読んでいただけるよう頑張ります。

56名無し(0´〜`0):2003/11/13(木) 19:26
少しづつ、謎があかされてきますね。
すっごい楽しく読んでいます。がんばってください!!

57Flyhalf:2003/11/20(木) 22:11

[9−2]

「ある街の若い夫婦に、一人の赤ちゃんが生まれました。表情が豊かな、とてもかわいい
女の子で、両親はその子に『亜依』と名づけました。小さな木の芽が太陽の光を浴びて、
ぐんぐんと大きくなっていくように、あいちゃんもすくすくと成長していきました。おしゃべり
がとっても大好きで、知らないおじさんやおばさん。近所のお兄ちゃん、お姉ちゃん。誰に
でも人見知りしないで話しかけるあいちゃんは、みんなに愛される幸せな女の子でした。

58Flyhalf:2003/11/20(木) 22:12

けれどもそんな小さな幸せが、ある日突然に崩れてしまいました。あいちゃんのパパが、
家を出て行ってしまったのです。ママは必死になって居なくなったパパを探しましたが、
なかなか見つかりません。あいちゃんの幼心にもママの悲しみは伝わってきました。日を
追うごとに塞ぎこんでいくママの心を元気付けようと、あいちゃんはママに向かって笑顔を
作り、その日あった楽しいこと、びっくりしたこと、おかしかったことを話して聞かせました。
お話が終わるとママはあいちゃんを抱きしめながら、決まってこう言いました。『あいちゃん
ありがとう』抱きしめられたあいちゃんは泣いているママの背中を小さな手でいつまでもな
でてあげました。

59Flyhalf:2003/11/20(木) 22:13

パパが見つからないまま季節は秋になりました。いつになく陽気なママが『あいちゃん。
お買い物に行こう』そう言ってデパートに連れて行ってくれました。デパートでお買い物
をした後、ふたりは屋上にある小さな遊園地に行きました。あいちゃんはたくさんの乗り
物に乗っておおはしゃぎです。無邪気に遊ぶあいちゃんにママがこう言いました『ママは
トイレに行ってくるから、ここでいい子にして待っていてね』あいちゃんは笑顔で『うん』と
頷くと、屋上のベンチでじっとママを待っていました。けれどもママは、一向に戻ってきま
せん。あいちゃんがお腹を空かせても、寂しくて泣きそうになっても、ママは戻ってきませ
んでした。その日は遊園地のおじさんが、おまわりさんに電話してくれて、パトカーに乗っ
てお家に帰りました。あいちゃんが初めて捨てられた、悲しい一日でした…。

60Flyhalf:2003/11/20(木) 22:15

あいちゃんはだんだん、お出かけが嫌いになりました。知らない街でお買い物をしたり
すると、必ずママが居なくなって一人ぼっちにされてしまうからからです。その度にあい
ちゃんは知らないおじさんやおばさんに、泣きながら『ママはどこ?』『あいのおうちは
どこ?』と聞いて歩くことになりました。おまわりさんに連れられてお家に帰って来る度に、
ママは疲れた顔を浮かべ、深いため息を吐きました。でも…あいちゃんはママが大好き
でした。おしゃべりをしてくれなくても、笑った顔を見せてくれなくっても、ママのことが大好
きでした。

61Flyhalf:2003/11/20(木) 22:16

何度か続けられた悲しいお出かけは、とても冷たい冬の日に終わりを告げました。前の夜
から振り続けた雪は、街を銀色の世界に変え、葉っぱを無くした木の枝にも花のように降り
積もっていました。ゆっくりと舞い落ちる雪を見ていると、悲しいことばかりで元気を無くして
いたあいちゃんの気持ちも、少しだけ明るくなりました。窓ガラスにくっついて雪を眺めるあ
いちゃんの背中にママが声をかけてきました『あいちゃん…もっといっぱい雪が見られる所
に行こうか』あいちゃんは黙って頷きました。

62Flyhalf:2003/11/20(木) 22:20

あいちゃんとママは、長い時間電車に乗って知らない街の駅で降りました。雪の降り続く
街中を随分と歩き回った後、ママはあいちゃんの手を引いて公園の中に入りました。辺り
には誰もおらず、雪には誰の足跡も付いていません。ママが急に『えいっ』と言って、綺麗
な雪面に足跡を付けました。あいちゃんも真似をして『えいっ』と小さな足跡を付けます。ふ
たりは久しぶりに楽しそうに笑い合いました。ふたりは夢中になって足跡を付けながら、一
歩一歩公園の奥へ足を進めていきます。すると奥には小さな森がありました。ふたりはそ
こにある木の下にしゃがんで休憩をすることにしました。公園の雪面にはふたりの足跡が
スタンプのように残っています。あいちゃんはその足跡を見ながらママに話しかけました。
『パパもどこかで雪を見てるのかなぁ…』ママは黙って首を傾けた後、バックの中から銀色
の水筒を取り出しました。水筒の中にはあいちゃんの大好きな温かなココアが入っていま
した。コップがひとつしかなかったので、ママと順番にココアを飲みます。体が温かくなって
くると、あいちゃんは眠たくなってきました。ママに優しく抱き寄せられると、ゆっくりと目を閉
じました。あいちゃんは夢を見ました。真っ白な世界でひとりぼっちになる夢です。あいちゃ
んは怖くなって泣き出しました…泣きながら、大きな声で何度も何度も叫びました『パパ。
ママ。どこにいるの』『あいちゃんのおうちはどこ』夢の中で何度も何度も叫び続けました…」

63Flyhalf:2003/11/20(木) 22:21

[9−3]

さっきまでこの店から荒野に向かって放たれていた熱は、暗闇に吸い込まれてすっかり
消え失せてしまっていた。唯この部屋を包む空気の冷たさは、そのせいだけでは無いよ
うに思えた。圭は窓ガラスに映る自分の泣き顔を力強く睨み返した後、気だるげに振り向
いて壁板に凭れ掛かる。心に巣くう遣る瀬無さが薄れていくと、ぼんやりとした部屋の輪郭
が次第にその形を露わにしていった。ハリウッドタイプのベッドの上では梨華が押し殺すよ
うにして涙を流している。その脇にあるテーブルに置かれたミルク粥は、人を癒すような暖
かさをとっくに失っていた。

64Flyhalf:2003/11/20(木) 22:23

圭は内心、戸惑っていた。出会って半日にもならない梨華にどうしてこんな話をしている
んだろうと。相手も大人だ『ちょっとね』と誤魔化せば、余計な詮索はしなかったかもしれ
ない。しかし、もう何年も声を発しない亜依が、梨華に対して口を開いたと言う事実が、圭
の心に一つの道筋を示した。

−亜依は梨華に知ってもらいたかったのかもしれない。ならば自分が伝えよう−

圭はドレッサーに置いてあるティシュケースを手に取ると、梨華の側に行きそっと手渡した。
そしてそのままベッドに腰掛け梨華が落ち着くのを待った。鼻を赤くした梨華が悲しげに圭を
見つめる。その瞳から言葉に出来ない思いを受け止めると、圭は何かを懐かしむように話し
始めた。

65Flyhalf:2003/11/20(木) 22:24

「二人きりになれる場所で、いちゃつこうと思っていたカップルがね。降り続く雪に隠れ
そうになっていた二人を、偶然見つけたの。二人は全く動かなかったらしいけど、女の
子の唇だけが、僅かに動いていた。ただ一言『あい…おうち』って、繰り返し呟いていた
んだって…。病院に行く途中、母親のバックから遺書が見つかって、心中だって事が
判明して…亜依は生きる気力が強かったから助かった。でも母親は手当ての甲斐無く、
この世を去ってしまったの…。亜依は父親も母親も失った…それだけじゃない、言葉まで
失った…あいに残ったのは深い心の傷と、たったひとつの言葉『あい、おうち』…」

66Flyhalf:2003/11/20(木) 22:25

物語が終わった部屋の中で、時計の秒針が刻む音だけが空しく響いている。梨華が深い
ため息を吐くと、圭は忘れ物を思い出したような表情を浮かべて立ち上がった。

「ごめんね。体壊しているのに。私なんでこんな話したんだろう…。お粥冷めちゃったね、
暖めてこようか?」
「すいません…やっぱり、まだ食欲ないみたいだから」

梨華が伏し目がちにそう告げると、圭は黙って頷き、テーブルの上に薬と水の入ったグラス
だけを残した。料理をトレイに載せドアに向かう背中が不意に立ち止まる。振り返った圭の
表情はとても穏やかで深い温もりを感じさせた。じっと見つめ返す梨華に、圭は暗闇に灯り
を灯すような一言を残して、客室を後にした。

67Flyhalf:2003/11/20(木) 22:26

「亜依にはもうひとつ残っていたものがあるの…周りのみんながびっくりするくらいの
豊かな表情。なかでも私の一番のお気に入りは、絵を描いている時に見せる笑顔。
あなたにも見せたいから、暫くゆっくりしていきなよ…」

68Flyhalf:2003/11/20(木) 22:36
つづく

>>56さん
レスありがとう。頑張ります。

訳あって更新が伸びる可能性が出てきました。
しかし時間があれば必ず更新しますので、今後もお付き合いの程
よろしくお願い致します。

69名無し(0´〜`0):2003/11/23(日) 15:09
あいぼーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。・゚・(ノД`)・゚・。
そうだったのか…そんな訳があったんですね。
更新は作者さんのペースでがんばってください!
楽しみにしています。

70名無し(0´〜`0):2003/12/08(月) 01:47
私、今一番この作品を楽しみにしているんです。
作者さん。マターリ待っていますので、がんばってくださいね。
続きが見れるまで毎日通います。

71Flyhalf:2003/12/11(木) 20:18
[10]

梨華はチークで誂えたヘッドボードに背中を預けると、天井の木目をじっと見つめた。
樹木が育っていった証の鮮やかなうねりが、どこと無く人の生きる道筋の複雑さを思
わせる。様々な出来事や、それに対する思いが胸中を去来し、自然と自身を貶めていた。

高校時代に出会ったマコトとは二十歳の時に結婚をした。友人達よりも早く両親の庇護
から抜け出した自分は、それだけで充分、大人になれたと思っていた。ただ現実は違った。
恋人時代よりも共有する時間が長くなっただけで二人の関係は、いとも簡単に亀裂を生じ、
共に描いた夢はジグソーパズルのように細切れになってしまった。一年と一ヶ月。その月日
の半分は辛いばかりだった。逃げ出すには早すぎると他人に後ろ指をさされても、梨華には
とても長く感じられた年月。

72Flyhalf:2003/12/11(木) 20:22

初めて頬を張られた翌朝に堪らなくなり家を飛び出した。不幸せな自分を哀れみ悲しんだ。
二人で見つけたアパートの部屋よりも息苦しい場所なんてこの世には無い。過剰なまでに
悲劇のヒロインを気取ってバスに飛び乗った。

誰かに優しくしてもらいたかった。苦しむ自分の姿を見て、優しく背中に手を当ててくれ
た人が居た。何も聞かずに柔らかなベッドを貸してくれる人が居る。思いやり。優しさ。
久しく忘れていた暖かい心に触れる喜び。今の自分なら、誰もが優しくしてくれると思っ
ていた。それがごく当たり前のように。

「まるで乞食だ…幸福のお裾分けをして貰おうなんて」

独り語ちると、不堪な感情が瞬く間に心の中を満たし始めた。それは途端に形を成し、瞳から
溢れ出す涙となって頬を伝った。梨華は下唇をぐっと噛み締めると両手で顔を覆う。この部屋
に自分以外は誰も居ないことは分かっている。それでも隠したかった。それは涙ではなく浅ま
しい自分自身の心。

73Flyhalf:2003/12/11(木) 20:37

年齢。性別。環境。境遇。それぞれ違う人間の感情を量り比べる事なんて、全く無意味な
行為だとは分かっているが、亜依が歩んできた人生と、自分が歩んできた人生の中に生ま
れた暗闇の深さを考えた。物心付いてまもなく、辛い日々を過ごした少女と、自分で選ん
だ道から逃げ出しただけの自分。

自分は闇の中で何一つ探そうとしなかった。僅かにでも光の差し込む場所は、多分どこかに
在ったはずなのに。


涙を拭おうと頬に手を当てると、不意に亜依が当ててくれたタオルの感触が蘇ってきた。
ひんやりとしたタオル地とは裏腹に、心の中の暖かさが伝わってきた瞬間。

74Flyhalf:2003/12/11(木) 20:38

迷い込んだ森の道を戻ろうともせず、ただ深い場所へ向かって歩く。そこで同じように
迷う人間に出会った時、自分は力を貸すことが出来るだろうか。笑顔を見せて「大丈夫」
だと励ますことが出来るだろうか。不安や痛みに恐れる事無く向き合う勇気。

梨華は考えながら自嘲的な笑みをこぼした。

誰もが『補い』『繕い』しながら、この世を生きているのだ。人は皆、何かしらの不平不満を
抱えて生きている。悩みの無い人なんてきっとこの世には居ない。

75Flyhalf:2003/12/11(木) 20:46
つづく

>>69さん>>70さん
レスありがとう。
更新が止まっていて申し訳ありません。
ほんとうにまとまった時間が取れないんです。
必ず完結させますが、暫しお待ちを・・ほんと、すいません。

76名無し(0´〜`0):2003/12/12(金) 14:03
更新キタ━━━(^〜^≡(^〜^o≡o^〜^)≡^〜^)━━━━!!!!!!
楽しみに待っています。時間が取れたときで全然かまわないですよ。
この作品大好きなんで!!
作者さんのペースでがんばってください!!

77Flyhalf:2003/12/16(火) 19:28
[11]

目を開き、うつ伏せになった体をゆっくりと起こす。窓枠を額縁に見立てると、晴れ渡る
空の景色が一枚の絵画となって映し出された。時刻を求めて壁掛け時計に視線を移す。短
針の先端はアラビア数字の8の括れを指し示していた。

梨華はベッドから降りると、真っ先に鏡に向かい、自分の顔を映してみた。

昨夜は情けない気持ちを胸に抱いたまま、いつの間にか眠りに落ちていた。ピローカバー
には、その証のように涙の痕が染み込んでいる。おかげで瞼が少しばかり腫れているが、
体調そのものはどうやら回復したようだ。

78Flyhalf:2003/12/16(火) 19:30

梨華は汗を吸った衣服を脱ぎ捨てシャワーを浴びると、スーツケースの中から淡いピンク
のノースリーブを取り出し、インディコデニムのスカートとあわせた。ドレッサーの前に
座りメイクを始めると、俄かに心が躍り始める。ふと、鏡の前でワクワクするのは何時以
来だろうと考えた。そして、久しくそんな気持ちを忘れていたことを思い出し、少しだけ
悲しくなった。そんな自分に思わずため息を漏らしたが、気持ちを切り替えてメイクをす
ませると、部屋のドアを開けて、1階に下りてみることにした。

79Flyhalf:2003/12/16(火) 19:32

階段を下りて少し歩くと右側にリビングがあった。かなり広いその部屋は、梨華が一夜を
過ごしたアンティークな客室と比べると、壁以外はどれも今風な物ばかりで飾られていた。
はめ殺しの窓は大きく、太陽の光が部屋中を満たしている。

梨華はその部屋の中央に進み両手を広げると、瞼を閉じ差し込む日差しにその身を委ねた。
窓ガラスをすり抜け、衣服を通し、肌を突きぬけて細胞を刺激する太陽の光は、梨華の心を
ゆっくりと温め、深い安らぎをもたらしてくれる。全ての煩わしさから開放され、住み慣れ
た街を出てから、初めて落ち着いた時間を感じることが出来た。

80Flyhalf:2003/12/16(火) 19:34

「おはよう」

不意に無防備な背中にくぐもった声がかかると、梨華は慌てて振り向いた。心を包み隠す
ように胸元で手を合わせ、驚きの表情を浮かべる梨華に、声の主は咀嚼したものをコーヒ
ーで流し込んだ後、ぎこちなく微笑んだ。梨華もその笑顔に戸惑いを感じてしまい、中途
半端な顔つきで挨拶を返した。

「おはよう…ございます」
「ごめん。驚かしちゃったかな?」
「うん。ちょっとだけ…」
「昨日は、よく眠れた?」
「はい…おかげで元気になりました。どうもありがとうございます」

梨華がそう言って深々と頭を下げると、ひとみは慌てるようにバタバタと両手を振った。

「いや、いや…ウチは何もしてないし。こっちこそ、こんな汚い所に泊めてしまって…」

81Flyhalf:2003/12/16(火) 19:37

梨華はマグカップを片手におろおろするひとみを見て、くすりと笑った。途端にひとみも
動きを止めてにっこりと笑う。二人は笑顔をたたえたままどちらとも無く歩み寄ると、し
っかりと握手を交わした。

「石川梨華です。よろしく」
「アタシは吉澤ひとみ」
「もしかして、夕べのお粥はあなたが作ってくれたの?」
「うん…あれ、口に合わなかったかな?」

ひとみの低い声が、更に一段トーンを下げると、今度は梨華が慌てるように首を振った。
「ううん。すごくおいしかった。あの時はまだ熱っぽくて…残しちゃって、ごめんなさい」
梨華が申し訳ないと言った感じに、眉を八の字にすると、ひとみは優しく微笑んだ。
「残したのなんて気にしてないよ。おいしいって言ってもらえて、うれしい…」

見詰め合うと梨華の中に、また新たな温もりが流れ込んでくる。その源はきっと、つながった
ままの手の平から伝わる、ひとみの心なのだろう。

82Flyhalf:2003/12/16(火) 19:38

口を閉ざし一つの彫像のようになった二人の姿に、入口から圭の呆れたような声が飛んできた。

「ねぇ…昼メロには、ちょっと早すぎる時間じゃない?」

二人が慌てて手を離すと、圭が冷やかすような視線を放ちながら、どこかから『にやにや』と
音が聞こえてきそうな笑みを浮かべた。その瞬間、梨華とひとみの思考がシンクロナイズされ、
共に頬を引きつらせた。

―保田さん。ちょっと、怖い…―
―圭ちゃん。怖え〜よ…―

83Flyhalf:2003/12/16(火) 19:45
つづく

>>76さん、レスありがとう。

84名無し(0´〜`0):2003/12/17(水) 19:59
今日はじめて読みました。
凄く面白いですー^^
楽しみにしていますので、がんばってくださいね。

85名無し(0´〜`0):2004/01/04(日) 21:00
続きまだかなーとかいってみるテスト

86Flyhalf:2004/01/09(金) 22:22
大変申し訳ありません。もうちょこっとお待ちをm(__)m

87名無し(0´〜`0):2004/03/12(金) 12:01
まだかなぁこの作品すごくたのしみにしてたのに…

88名無し(0´〜`0):2004/07/29(木) 22:45
もう無理ですか…

89名無し(0´〜`0):2004/08/25(水) 21:17
誰か続き書いて


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