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MAGIC OF LOVE

1ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:27


小さい頃の大きな夢

かわいいお姫様と、かっこいい王子様

王子様はお姫様の為に、色んな障害を乗り越えるの



でも大きくなって、こう思うようになった

お姫様や王子様にいつも手を差し伸べてくれるのは魔法使いさんなの

2ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:27

ガラスの靴のシンデレラでだって、綺麗なドレスとかぼちゃの馬車をくれた

眠れる森の美女でだって、王子様にお姫様の事を教えて手助けしてくれた

人魚姫でだって、声を引き換えにしたけど望む物を与えてくれた



魔法使いさんがいたから、お姫様は王子様と結ばれたんだよ

魔法使いさんがいなかったら、お姫様と王子様は結ばれなかったんだよ


すごいね、魔法使いさん

えらいね、魔法使いさん


でも


かわいそうだね、魔法使いさん

3ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:28




ネオンが輝く街の中。一台の高級リムジンがさっそうとそこを走り抜ける。
いかにも金持ちといったその風貌は、周りの者の思考を一致させる。
車内にはお抱えの運転手。
正装した小太りの男。
その隣にはきらびやかな衣装に身を包んだ一人の少女の姿があった。
少女のその露出した褐色の肩よりやや下まで伸びた髪は、緩やかなウェーブが
かかっており、少しばかり大人びた一面を垣間見せる。
ぴっちりとしたピンク色のドレスは、その誰しもうらやむ様なスタイルをより
いっそう際立たせていた。
「梨華」
男が自慢のひげをさする。

「なぁに?お父様」
梨華と呼ばれた少女は顔だけを動かした。
「緊張してるのか?さっきから一言も話さないじゃないか」
大事な大事な一人娘を心配し、優しく言葉を投げかける。
けれどそんな思いも空しく、娘は笑って誤魔化し視線を自分の膝に戻した。
「…まぁそれは彼もお前と同じだろう。だがあまり緊張しすぎると、彼も
 困ってしまうからな」
「…はい」

4ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:28

窓の外を眺めながら、梨華は一人考えていた。
過ぎ去っていく歩道には、幸せそうな恋人達の姿がちらほら。
手を繋いだり肩を抱いたり、寄り添って歩く男女の姿を身ながら、ほんのり頬
を染めたりしている。
車に乗っていた間ずっと、羨ましいという想いが心の中を8割以上占めていた。


――――いいなぁ…。


夜の街を二人で歩き手を繋いだり肩を組んだりキスしたり。
ファーストフードで胃を満たした後は、映画、カラオケ、そして最後はどちら
かの家へ……なんていうのは、梨華には憧れの無縁物。
夜の街を車でクラシックのCDを聞きながら移動。
三ツ星レストランで胃を満たした後、楽しくもないバレエの鑑賞、眠たくなる
ようなオーケストラの演奏。
最後はいつもと同じ、自宅まで“安全”に送り迎えされて、終了。

つまんない…。
そんな事がまた今日も繰り返されるのかと思うとため息が出ざるを得ない。

5ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:29

「お着きになりました」
「ごくろう」
そこは大きな会場。
年に2〜3度行われる、大企業のお偉い方が集まって行うパーティ。
今回初めてこの行事に参加した梨華だが、別段、何も思う事はなかった。
あるとすれば早く帰りたい、というような事ばかり。

車から降りる。
目前に広がる大きなその入り口の華やかさには目を見張るものがある。
けれど、梨華にとってその豪華さはただの見せ掛けにしか思えなかった。


「梨華さん」
聞きなれた声が耳に入った。
「こんばんわ」
いつものように愛想笑いで返す。
それに相手は嬉しそうに「こんばんわ」と付け足す。
「いやぁ、今日も綺麗ですね」
「ありがとう」
そうして彼は恥ずかしそうに頭を掻くと、今度は父の方へ挨拶に向かった。

6ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:29

父に薦められて、「会うだけなら」と仕方なく受けたお見合い話。
すると厄介な事に、相手が自分を気に入ったらしく、意見も聞かれずに
トントンと会う機会は増えていく。
名前も知らない大病院の、一人息子。
初めて会った時、照れて顔を真っ赤にしていたのは今でも記憶に新しい。

顔を会わす度に笑顔で迎えてくれる彼に、うっとおしさと少しの罪悪感を持ち
ながらいつも作った笑顔を見せていた。

彼に好意は持たない。
ただ双方の親たちが相互の利益の為にその子たちを合わせただけで、
向こうはどう思ってるのか知らないが、梨華本人にしてみれば迷惑なだけだ。

彼はどうすれば自分を諦めてくれるだろうか。
彼を傷つけずに別れるにはどうしたらいいものか。

梨華は彼を前にしてそんな事しか考えられなかった。

7ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:29

後ろから父と彼の話し声が聞こえる。
「梨華も相当緊張してるらしいから、リード頼むよ」
大きなお世話だ。
そんな事今までだって一度もした事もないくせに。

恋人になって3ヶ月、のはずなのに堅苦しい敬語。
そういう環境で育ったのだから仕方ないが、心の広い梨華であってもいいか
げんイライラしてくる。
梨華の方が年上ならばまだ話は分かる。
けれど、相手は梨華より4も年上のりっぱな成人。
なのにどうして年下の、しかも将来の妻になるかもしれない相手にペコペコし
なくちゃならないのか。
「おまたせしました。梨華さん、行きましょうか」
「ええ」
差し出された手に気がつかない振りをして、さっさと先に進んだ。
男性にエスコート、なんていうものは梨華の憧れには一切入っていなかった。

8ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:30




会場に足を運ぶと広いホール。
そこにあるいくつか丸いテーブルにはワインやウィスキーなどの瓶がそれぞれ
置かれ、とてつもなく長い長方形のテーブルには色取り取りの料理が並べ立て
られていた。
辺りに人はほとんどいない。
「早く来すぎたのかな?」
「かもしれないですね」
一人呟くと、求めてもいない相槌を打ってくる。
こうなったら答えるしかない。
「時間を確かめなかったの?」
「いやぁ…梨華さんと少しでも一緒にいたかったから…」
そうしてまた頭をポリポリと掻いた。
また苛立つ理由が増えた。
言うことやること、全てが矛盾している。

9ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:30


「パーティが始まる前に、何か飲みましょうか」
「そうね…」
「あ、ちょっとそこのキミ」
彼はホールの端で、何やら一人作業をしている者に声をかけた。
色あせたヴィンテージ物のジーンズにシャツ。
短い髪の金髪と対称な銀色に輝くピアス。
やや少年らしさが残るどう見てもこの場にはそぐわない服装と、雰囲気を
持ち合わせた少女。

「あたしですか?」
その少女は自分を指差しちょっととぼけた口調で尋ねた。
「そうだ、何か飲み物をもってきてくれ」
自分や父に対するものとは全く違った態度で、彼は偉そうだった。
それを梨華は横目で見ながら、また一つ小さくため息をついた。

10ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:30


「悪いけど、あたしここのウェイトレスじゃないんです」
「そんな事はいい、飲み物をもってきてくれと言ってるんだ」
随分な言葉。
上の者に対する時と、下の者だと感じた者への態度がガラッと変わる。
元から期待はしてないが、所詮はこんな人だったんだと諦めもついてしまう。
「こっちも仕事がありますんで、他の誰かに頼んでください」
そんな彼に、少女は変わった素振りも見せずに淡々と話を進めている。
ただその大きな瞳は明らかに邪魔者を捕らえているような瞳だった。
くっ、とその瞳が細まると、少女はいよいよ敵対心を示した。

11ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:31


「それとも、一人でおつかいはムリですか?いいとこのおぼっちゃん」
「なっ…!?」
馬鹿にした様な目つきと笑みを見せたかと思うと、途端悪態をつき始めた。
「それくらい自分で出来なくてどうするんです、ただ婚約者やそのお父さんにペコペコしてたって何の意味もありませんよ?」
会場の入り口での出来事を見ていたのだろうか、少女は梨華やその後ろで
どこかの社長達と挨拶を交わしている父に視線を向け、最後に鼻で笑った。
顔を真っ赤にして怒る彼。
けれど少女の悪態は尽きる事はない。
「初対面の人に偉そうな口を聞く事は習っても、物の貰い方は教わらなかったの?」

「ははっ…そうか、そういうことか」
そう言うと彼は胸元から分厚いサイフを取り出し、
さらにそこから一万円札を取り出して少女に差し出した。
「チップとして受け取ってくれていい」

「他の人に頼んでください」
少女はそれに冷ややかな視線を送り、そして付け加えた。
「その紙一枚でワインを持ってくるどころか、オマケに芸もしてくれそうな奴はたくさんいますよ」
「なっ…」
「じゃ」
金髪の少女は凛とした態度を最後まで崩さなかった。

12ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:31

ここの従業員ではない事は、さっき自分で言っていた。
今日ここに集まってきているのはどれも大会社・大企業の上を司る者ばかり。
会場の参加費だけでも一人最低何十万とする。
梨華の様に社長令嬢に近い器なのであれば、それは叶えられる。

けれど少女の服装はどう見ても、単なる一般人
こんな所に軽々しく来れるようには到底考えられない。
そして彼女が運んでいた大荷物。
キィキィ車輪が揺れて、ギシギシ床が鳴る。
相当重そうだった。

「なんなんだ…アイツは…」
歯を噛み締めて少女の背中を睨み続ける彼。
どう見ても相手の方が年下だ。
アンタこそ一体なんなのよ、と言葉が喉から飛び出そうになるが、うやむ
やの内に飲み込み彼を残してその場を去る。
「あ、梨華さん!」
追ってくる足音が聞こえても完全無視をした。

13ななしのどくしゃ:2002/12/21(土) 23:32
はじめまして、小説書かせていただきます。
駄文ですが、よろしくしてくださるとありがたいです。
意見・感想なぞありましたらどんどんレスしてください。
なんならツッコミでもよいです。(笑
お願いしま〜す。

14管理人:2002/12/22(日) 00:17
ななしのどくしゃさん。
はじめまして&ありがとうございます!!
早速よまさせていただきました。
すっごい面白そうですね。
管理人は、お嬢様梨華ちゃんが、大好きなんですよぅ。。。
楽しみにしています。ガンガってください!!

15名無しハロモニ:2002/12/22(日) 14:52
お!新作だ!!
おもしろそ〜期待期待。

16ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:31




時間が過ぎてパーティが始まろうとしている頃、
段々と会場に入ってくる者たちも多くなってくる。

「やぁ石川さん、お久しぶりです」
「その節はどうも」

偉そうに着飾った大人達が踏ん反り返って挨拶。
何度も聞いたことのある飾り立てた会話。
父と共にその輪の中へ会話を促す。
けれど毎回うんざりする。
「彼女は娘さん、ですか?」
「ええ」
「いやぁ、お美しい」
そう言われる度に父の手前、恥ずかしそうに微笑み返す。
そうすれば父も相手の人も喜んでくれるから。


散々きれいな格好をして、話し掛けられれば笑顔になる。
人から見られて誉められるのならばその辺のビスクドールと変わらない。
綺麗な、きれいな、キレイな人形。
愛想笑いのできるお人形さん。
いっそ人形であったのなら感情を持たない分、楽だろう。

17ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:31

「梨華、彼はどうした?」
「え?」
話し掛けられてニンゲンに戻り言葉を返す。
「見た所ここにはいない様だが…」
「…多分テラスじゃないかしら、暑がっていたから…」
本当はウソ、そこにいる。
さっき一人取り残した時、彼は一人テラスに向かいそれ以来、ここには出て
きていないから。
「呼んできたらどうだ?話もあるし」
「話?」
「いや、彼と私の話だ、とりあえず呼んできてくれ」
「…はい」
ぺこりとその場でおじぎして、聞き分けのいいお人形は渋々彼のいるテラス
へと足を運ぶ。

18ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:31

ホールの一番奥にある小さなテラス。
そっと顔を覗かせると、うな垂れている彼の背中。
こんな彼の姿を見るたびに「カワイそうかな…」と思う。
静かに彼の横について外を一緒に眺めた。
「梨華さん」
梨華の存在に気付き、パァッと顔を輝かせる事は分かっている。
しかし梨華は目を合わせずに気付かない振りをした。
「お父様が呼んでるわ」
「あ、あぁ…そうですか…」
何を思っていたのか知らないが、彼が自分に何かを期待をしていたと言う事
がバレバレだった。
もしかして心配して追いかけてきてくれたとでも思ったの?
ちょっと酷いかなと思いながら、梨華は言えなかった。
「行きましょう」
彼の言葉も待たず、梨華は先に歩いていった。

19ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:32


「お父様、連れてきたわ」
「おぉ、ちょうどよかった、これからショーをやるという話だ」
梨華は父の指差す方に視線を向けた。
向こう側のステージに見たこともない色々な道具が出揃っている。
「梨華は初めてだろう、マジックショーを見るのは」
「マジックショー…」
梨華はポツリと呟いた。

梨華は今までろくにテレビなんて見なかった。
暇があれば勉強や習い事に精を出し、見るといっても日本経済や政治につい
てなど、世界情勢を把握するための番組などしか見せてはもらえなかった。
ドラマや歌番組なんて夢のまた夢。
アーティストや芸人の顔なんて一人も知らない。
ましてや、マジックなんて見たこともなかった。

「外国で有名なマジシャンらしいぞ、一度くらい見てみてもいいだろう」
「へぇ、梨華さんそういうの見たことないんですか」
彼が微笑みながら問う。
「えぇ…あんまり」
「こういうのって絶対タネがあるんですよ、結構単純な」
さっきまで凹んでいたくせにもう立ち直っている。
自慢げに話し続ける彼を余所に、梨華はステージを見つめ初めて見る『マジッ
クショー』に少し胸を高鳴らせた。

20ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:32


フッと会場の明かりという明かりが消え、一つのスポットライトが司会者
の男の姿を照らし出す。
『皆様、本日はこのパーティーにご出席いただき、誠にありがとうございます。
 私どもゼティマ社は皆様に心より楽しんでいただける様、恐れながらちょ
 っとした催し物などを企画いたしました次第でございます』
軽い口調でダラダラと話し始める司会者。
梨華は何だか今までにない高鳴りを胸に感じ、グッとステージだけを見る。

『それでは皆様、楽しいショーをご覧下さい』
司会者に向けられたライトが消え、再び辺りが真っ暗になったかと思うと、
いきなりの爆音と共に大きな火柱と花火がステージにたった。
「キャアッ!」
「おぉぉ…!」
それには皆釘付けになり、もちろん梨華も息をのんでそれを見ている。
「すごぃ…」

21ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:32

火柱が止み、カカカッ、とスポットライトがステージを照らす。
その中央にいつの間にか、タキシードを着こみ顔の上半分だけある仮面をつ
けた人物が腕を組み立っていた。
そしてまた司会者の声がする。
『アメリカのニューヨークにその名を知らしめた齢17歳にして天才マジシ
 ャン、ヒトミ・ヨシザワ!』
一斉に拍手が沸き起こる。
合わせるかの様に、ステージの上の手品師はぺこりと軽くおじぎをすると
自らの背中につけていたマントを脱ぎ、その後ろに置いてあった4つ足のテ
ーブルに静かにかけた。

拍手が止むと、手品師はそのテーブルを右へ左へと動かし、会場にいる全員に
確かめさせる様にその場でテーブルをぐるっ、と回した。

そして手品師は、おもむろにそのマントを手に取り、テーブルの上で広げる。
そしてカウントダウンをし始めた。


「ワン・トゥ・スリー!」


バッ、と取り除かれたマントの後ろにはいつの間にか、ミニスカートの白いワ
ンピースを身につけた美しい少女と二人の小さなカワイらしいピエロの姿。
オーッ、と歓声が沸き起こる中、手品師は少女の手を取り、二人のピエロは
ピョンッとテーブルの上から降りる。
どこからとも無く現れたその三人は揃っておじぎすると、新しい技を見せる為
に準備をし始めた。

22ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:33




それからいくつものマジックを披露された。
手品師がシルクハットを逆さにし、ステッキで叩くとハトやウサギが何羽と
なく溢れ出したり。
ピエロたちが入った箱が手品師の合図で急に炎を上げて燃え出すが、完全に
箱が燃え尽きた時にはピエロたちの姿は無くて、いつの間にか客達の中に紛
れ込んで料理を頬張っていたり。
南京錠で閉じられた透明な箱に少女が納まり、一瞬のうちに外へと出てしまう
水中大脱出など、笑いと興奮が織り成す奇想天外なマジックが次々と現れた。

これには会場の客達も、思わず拍手をしてしまう。
あれだけ手品を豪語していた彼も、目を点にしてショーに夢中になっていた。
梨華自身もワクワクしながらそのショーに見入っていた。
次は何か、次は何かと、幼い子どもに帰ったかの様にはしゃいでいた。

23ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:33



そろそろショーも終盤に近づいてきた頃、赤いピエロがマイクを取って言う。
『それじゃ次は誰かステージに上がって、一緒にやってもらうで!』
今度は黄色いピエロがマイクをひったくり
『それじゃあお客さんをステージにお招きするのです!』
そして二人は見つめあい頷くと、そろってカウントダウンを始める。


『ワーン・ツーゥ・スリー!』


言い終わると同時に、会場の明かりがまた消えた。
しかしそれは一瞬ですぐに明かりは元通りになる。
何が起こったのかと、客達はザワザワと騒ぎ始めた。

―――――なんなのかしら…
と梨華はあっけに取られていると、トントン、と肩を叩かれた。
「?」
振り返ると、あのステージにいた筈の手品師が梨華の肩を叩いていた。

24ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:33

「キャッ!」
突然目の前に現れた手品師に梨華は驚いて後ずさる。
すると手を取られ甲にキスをされ、梨華は少し頬を赤らめさせた。
手品師はニコッと微笑むと梨華の手を引いてステージへ導こうとする。
『おっとゲストが決まったらしいなぁ』
『ピンクのおねーさん、ステージに上がってきてください』
「えっ、わ…私?」
周りからの視線を一斉に感じ、梨華は躊躇した。
「急に言われても…」
無理強いはしない手品師に目で訴える。
気付いた手品師はフッ、と柔らかく微笑むと
「大丈夫、怖くないよ」
と、梨華にだけ聞こえるように囁いた。

『大丈夫』

その言葉が、固まった梨華の体を解した。
どこかで聞いた様な声は魔法の様に梨華の耳に染み渡り、ついには体中へと回る。
そして梨華は手品師に連れられ、ステージに上った。

25ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:34


『ようこそおねーさん!』
『ほなこの上に仰向けに寝てなー』
さっきこの少女達が現れたテーブル、その上に寝転がる。
ピエロ二人は去り、少女が白い布を寝そべった梨華の上にかける。
梨華のドキドキは収まる事を知らないでいる。

手品師が梨華の横に立ち、テーブルを挟んだ向かい側に少女が立つ。
そして手品師がパチッ、と指を鳴らすと今日何回目かの歓声が起こった。
―――――こ、これどうなってるの?!
少しづつだが梨華の体は宙に浮き、高さを増していた。
手品師の手の動きにあわせて、梨華の体も段々と上がっていく。
―――――すごい…!
梨華の胸のドキドキは最高潮に達した。

そして最高の高さになったのか、床から2メートルくらいの高さまで上がる
とそこで動きは止まった。
少女が梨華の体にかけてあった布を取り去り、フラフープで使う様な輪を出
して、それを受け取った手品師は宙に浮いたままの梨華の体を何度も何度も
色んな角度からくぐらせた。
仕掛けは施していないと言う事を照明するためだった。

26ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:34

パチパチパチ、と到る所から大きな拍手が聞こえる。
そして再び布がかけられると、梨華の体は下がっていき、元の位置に収まる。
『おねーさんおつかれさまでしたぁ!』
手品師が手を差し伸べてきて、梨華はそれを掴んで立ち上がる。
『皆様ぁ〜、今一度このねーちゃんとマジシャン・ヒトミに盛大な拍手〜』
赤いピエロに促されるがまま、会場は一気に沸き立った。

『おねーさんは何色が好きですか?』
唐突に黄色いピエロが問う。
「えっ?色?」
『はぃ、好きな色、なんでもいいですよ』
「えっと…ピンクです…」
梨華がそう言ったのを確認すると、横にいた手品師が梨華の前に立ち手の平を
下に向けパチン、と指を鳴らした。

するとそこからピンク色をしたチューリップの花が一本。

手品師はあの柔らかい笑みを見せてそれを差し出す。
「え?」
『手伝ってくれたお礼やでー』
ふっ、と手品師に顔を合わせると、また微笑んで花を差し出してくる。
梨華はそこに見てしまった。
自分に向けられている、仮面では隠せていない優しい瞳を。
仮面をしていても分かる、優しい笑顔を。
「あ…ありがとう」
小さく揺れるチューリップを手に、梨華の胸はまた高鳴りを取り戻した。

27ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:34




ショーが終わって帰りの車の中、梨華の体は未だ熱を持っていた。
壮大なマジックショーは、たった一度の観覧で梨華を虜にしてしまった。
あんなに興奮したのは生まれて初めてなのだから。
「どうだ梨華?すごかったろう」
「えぇとっても」
「なんと言ってもあのヒトミ・ヨシザワだからな、超一流のマジシャンだぞ」

ヒトミ・ヨシザワ…。

名前からして日本人だろうか?
日本語も、少量だけど話していたし。
男性だろうか、女性だろうか。
どっちにしろその“ヒトミ”が梨華の心を掴んだのは間違いない。
「また…見たいな…」
梨華は心の底から楽しめる物を、一つ見つけた気がしていた。


「そうだ梨華、来週の金曜日は空けておきなさい」
「何かあるの?」
「彼が一緒に食事をしたいと言っていたぞ」
またか…、どうして自分で言えないのだろう。
照れているのか知らないが、子どもにだってできる事をできないのか。
「よほどお前の事が好きらしいな」
あっちがそうでもこっちはそうじゃないのよ。
そう大声で叫んでやりたかったが、終始嬉しそうな父の顔を見てしまっては
どうもその気が失せてしまう。
「…分かりました」

聞き分けのいいお人形は、ただ頷くばかり。

28ななしのどくしゃ:2002/12/22(日) 16:35
レスありがとうございます。

>管理人さま
ワタクシもお嬢様梨華ちゃん『どゎい好き』です(笑
これからよろしくお願いします。

>名無しハロモニさま
ありがとうございます〜。でも期待しちゃいけませんぜ。(笑

29名無しハロモニ:2002/12/22(日) 18:41
吉が、マジシャンで、ピエロがあいぼんとのの。
最高の組み合わせです!!
めちゃめちゃ続きが読みたいです。
作者様がんばってください。

30名無しハロモニ:2002/12/22(日) 19:30
作者この他にどこかでかいてる?

31夏蜜柑:2002/12/22(日) 22:11
楽しく読ませて頂きました!
手品師よっすぃ〜にお嬢様梨華ちゃん!
最高です〜!!
よっすぃ〜の優しい笑顔には、誰でもノックダウン!ですよね(笑)
続きが待ちきれないです〜。
作者さま、がんばって下さい!!

32ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:39




梨華は6:00きっかりに目を覚ました。
目覚ましをかけていた訳でも、起こされた訳でもない。
もうすっかり習慣づけられて、体内時計がそう告げたのだ。

一人では広すぎるセミダブルのベッド。
おかげでベッドから落ちた事は一度も無い。
かといって大きすぎるのも困りものだ。
過ぎたるは及ばざるが如しということわざもあるとおり。

「梨華様、朝食の時間でございます」
ドアの向こうで家政婦さんの声がする。
「今行くわ」
学校の制服に着替え、身支度を軽く済ませると食堂へ向かった。

「あ、そうだ」
くるりと踵を返してトタトタと机に歩み寄る。
机の上には、昨日のチューリップ。
「お水取り替えなくっちゃ」
チューリップを生けた花瓶を持って、梨華はドアをくぐった。

33ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:39


「梨華様、あんまり遅いと学校に遅れますよ」
「ちょっと待って、今お水入れ替えてる所なんだから」
ピンク色のチューリップ。
その花を見るだけで、何故か頬が緩む。
昨日の事が思い出されてまたあの高鳴りがやってきそうだ。
―――――今度お父様に頼んでまた連れて行ってもらおうかな…
丁寧に花を扱い、花瓶の水を新しい物にして再び自分の部屋へと持っていく。
少し水が当たったチューリップは、水滴が反射してキラキラ輝く。

「そう言えば…花なんて貰ったの初めて」
特にキライではなかったがスキとも言えなかった。
ただ道端や学校の花壇なんかの花を見ても、「キレイ」くらいにしか思わず
部屋に飾る事なんてなかった。
梨華の家にも花を生けた花瓶は何個もあるが、それは父が色んな人たちから
もらった物であって、梨華が貰ったわけではない。
彼がくれるという事も、ある訳が無い。
やっぱり「花がスキ」という感情は生まれない。

「梨華様、お早めにお食事を済ませてください」
家政婦の口調にも苛立ちが見え始めてきた。
どうもあの人は苦手だ。
「今行くわ」
梨華は今度こそ、食堂に向かった。

34ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:39


「おはよう、お父様」
「おはよう、梨華」
二人では広すぎる食堂に大きな四角いテーブルと二人分の料理。
父の向かいに置いてある椅子に梨華が座ると、次々と料理が並べ立てられる。
香ばしく焼かれたパン、新鮮なグリーンサラダ、それに添えられたベーコンエ
ッグ、暖かい紅茶、デザートにフルーツ。定番の朝食メニューだ。
「いただきます」
父はというと、コーヒーを口に運びながら新聞を読んでいる。
特に会話も続かない中、カチャカチャと食器の音しか聞こえない。
毎朝だけでなく、夕食もいつもこんなカンジだ。
二人きりになると会話がなくなるのだ。

5年前に母が亡くなってからというもの、石川の家は火が消えた様だった。
人当たりもよく明るかった母が梨華は大好きだった。
ただでさえ口数の少ない父も、母といる時はよく喋る。
それは梨華も同じで、母の明るさにつられてついついお喋りをしていた。

35ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:40

母は体があまり丈夫な方ではなかった。
心臓が弱く、ちょっとした事ですぐに発作を起こし病院にも何度も行き、
石川家に嫁いでからも専属の医者をつけられた。
そんな事だから、当然梨華を産んだ時も母体は危うかった。
けれど母はそれを乗り越え、無事梨華を出産した。

体が弱かったから。
だから母は明るく生きていた。
「病は気から」と母がよく口にしていた事を覚えている。
気が落ちると体にまで影響するのよ、と無意味にいつも明るかった。
だから出産も無事だったのかもしれない。
明るい母の心が、出産の危険を打ち払ったのかもしれない。

強かった母。
もう何度思い返しているだろう。


「…ごちそうさま」
食事を終え、梨華は席を立つ。
ついに父も梨華も何も話さなかった。
どうやら梨華は父の血を色濃く受け継いでいるらしい。

学校指定のカバンを持って、
「いってきます」
と梨華は玄関に向かう。
「あぁ」
と小さく聞こえた父の声を背に受けて、梨華は車に乗り込んだ。

36ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:40




黒く照り輝くリムジン。
お嬢様特有の送り迎えの車、お抱えの運転手。
豪華な皮のシートに腰をおろし、跡は学校につくのを待つだけ。
毎日これの繰り返しだ。

歩道には、たくさんの女子高生たちが笑いながら歩いている。
梨華の高校のとは違う制服。
―――――うらやましい…
友だちと一緒にお喋りしながら登校する。
梨華はいつも車で送り迎えされている。

楽しそうな女子高生たちを横目で見ながら、車はそこを通り過ぎて行った。

37ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:40

梨華の高校は名門私立の女学院だ。
ここに通う者は皆、梨華のような社長令嬢や重役の娘など、大金持ちがほと
んどで、一般の家庭ではここに入る事はできない。
入学金も並大抵の額ではない。
よっぽど成績が良いか、よっぽどの金持ちしかここには通っていなかった。
「お着きになりました」
「ありがとう」
運転手にドアを開けられ、そのまま降りた。
「3:30ごろに迎えに来ますのでそれまでここにおいでください」
「ええ」
運転手がそう告げると車はもと来た道を戻っていった。

「おはよう、石川さん」
「おはよう」
通り過ぎていく学友達。
同じ挨拶を繰り返して通り過ぎていく。
皆のその姿はあくまでもしとやかだ。
梨華とて例外ではない。


女性は清楚・可憐で慎ましくあるべき。
女学院の学生手帳にしっかりと綴られてある。
淑女としての行き方を常日頃から学び、心に置いておかなくてはならない。
礼儀作法・言葉づかい・身の振り・挨拶。
どれもこれも皆、決められた中で実行されている。

バカじゃないだろうか、と叫んでやりたい。

38ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:41


「ねぇ」
背後から声をかけられた。
この学校内で「ねぇ」と言うのはめずらしい。
ほとんどは皆「すみません」やら「もしもし」なんて言うものだ。
もし教師に見つかったら、長いお小言を聞かされるというのに。
「はい?」
「職員室まで案内して欲しいんだけ、ど…」
振り返って硬直した。
相手もそれは同じだったらしい。
「あ、あなた…」
「あ」

間違いない、あのパーティで彼に悪口雑言吐きまくった勝気な少女だ。

制服に身を包んでいるが、少年っぽさは健在している。
「なんで、ここに…」
「成金男の婚約者」
「なっ…」
暴言も健在だった。

「なんであんたここにいるの?」
少女は相変わらずな口調で言った。
「それはこちらの台詞です!ここは私が通ってる学校なの!」
「あ、そうなんだ」
そりゃ失礼、と少女は頭を掻いた。

「あなたこそ、ここの生徒だったの?」
「いーや、今日から転入してきた」
ヒラヒラと転入手続きの書類を見せる。
「つーわけで、職員室まで案内してくんない?」

39ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:41




生徒玄関から校舎に入り、職員室までの道を行く。
「やっぱ私立は違うなぁ」
少女はキョロキョロしながら梨華の後をついて来る。
「すっげー所々にモニターなんかついてる、金もあるトコにゃあるんだ」
どこか子どもっぽい所も、梨華のの印象に残った。


「………ぃ」
「………ぁ」

―――――ほらぁ、キョロキョロするからみんな見てくるじゃない…
廊下でおしとやかとはほど遠い彼女に、他の生徒達も珍しいのだろう。
梨華と少女が通り過ぎるとヒソヒソと後ろから話し声が聞こえる。
―――――まぁ転校生なんて珍しいからね…
梨華は、顔から火が出そうになるほど恥ずかしかった。

「はい、ここよ」
「あ、どーもね」
少女は職員室の前に立つと、勢いよくドアを開けて

「失礼しまッす」

と元気よく言った。
おそらく小等部の通知表に「大変よくできました」と書かれるくらいに。

―――――し、信じられない…
きっと彼女は転入の説明の前に、生活指導の先生からキツク注意される
事だろう。
そうして梨華は彼女の背中を気の毒そうに見送ると、今日の日直当番は
自分である事を思い出して、教室へと急いだ。

40ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:42


「おはよう」


いつもの様に挨拶し教室に足を入れると、噂好きなクラスメートたちはザ
ッ、と梨華の周りに集まってきた。
「え?え?何?何?」
思わず後ずさるが既に四方八方囲まれていて、逃げる事もままならない。
「石川さん、さっき一緒にいた人誰なの?!」
「は?」
噂が広まるのは相当早い。
「ほらあの金髪でピアスしてた人!」
教室に入って、教師の目が届かない場所に来ればこんなものだ。
しとやかにしている生徒はほとんどいない。
普通の女子高となんら変わらない。

「で?誰なのあの人!」
「え、転校生だってことしか…」
「なんで石川さん一緒にいたの?」
「職員室に案内してくれって言われてそれで…」
何やら皆の目が怖い。
「それじゃ石川さんとあの人は無関係なのね?」
あまりの迫力に、梨華はこくこくこく、と頷くしかできなかった。

41ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:42


「そっかぁ」

―――――あ、あらら?
ぞろぞろと梨華の周りにいた者たちは、自分の席へと戻っていった。
―――――何?どういう事?

「皆さん目をつけてらっしゃるのではないかしら?」

まだ梨華の横に一人残っていた。
「柴ちゃん、その喋り方、変」
「おはよう梨華ちゃん」

柴田あゆみ、高等部3年。
この高校に通う梨華の親友で同級生。
もちろん資産家の娘だ。
小等部から大学まで、エスカレーター式のこの女学院で、梨華とあゆみは
小学生からの幼馴染だった。

「朝からごくろーさま、梨華ちゃん」
「もう、なんなの?」
梨華は一息ついた。


「あの転校生がなんだって言うの?」
「あはは、みんな狙ってるんじゃない?」
―――――狙ってる?
あゆみの言葉に訳が分からない、という顔をする。
「だって女の子だよ?」
「女子高でありがちなことじゃない?男っぽい女はもてるわよ、
 それになかなかカッコよかったしね、あの娘」
「そうかな…」
「ま、みんなどこの誰だか気になる訳」
そう言えば、あの少女は何年生なのだろう。
同い年の様にも見えたし、それ以上にも以下にも見えた。
―――――でも、ま、あんまり関わり合いになりたくないのは確かだわ
「人の事、成金だとか言うし…」
自分の席について鞄から授業道具を出す。
一時限目は苦手な数学。
今日も謎の公式に悪戦苦闘するのだろうか。

42ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:42

「あ、ちょっと、梨華ちゃん!」
「痛っ」
いきなりグリッ、と首を90°に無理やり曲げられる。
「何よ柴ちゃん」
「あれ!あれ!」
「あれ、ってだから何………あ゛」
梨華は目が点になる。


「石川さーん」


後ろの入り口からこちらに向かって手を振っているのは、さっきの話の
中心となった、朝の転校生。

「なっ!」

梨華のその声に教室中の視線が集まる。
しんと静まり返り、皆、梨華と転校生を交互に見る。

そんな事にも気付いていない転校生はベラベラと大声で話し出した。
「ここの先生口うるさいね、別にいーじゃんスカートの長さくらい」
「ちょっ…こっち来て!」
やはり叱られたのかと思いながら、状況をまったく把握していない転
校生の腕を引っ張って、教室から出た。
「え、ちょっと石川さん?」
―――――これ以上イザコザを起こしたくないのよ…!

43ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:42




「はいこれ」
と、歩いていく途中手渡されたのは『石川梨華』と書かれた学生手帳。
思わず足も止まってしまう。
「どこで、これ…」
「秘密」
意地悪い瞳でこちらを見てくる。
「石川さんのクラス知りたかったから」
一瞬その言葉に驚くが、それに怯みはしない。
「盗ったの!?」
「秘密」
肩を落とした。

そんな梨華に少女は少し首を傾げて様子を窺っていたが、しばらくすると
梨華を残して一人歩き出す。
取り残されて梨華はハッとする。
「ちょっと…待って!」
少女は振り返りもせず、曲がり角を左に曲がった。
「待ちなさいったら!」
彼女が入ったろうドアを勢いよく開いて、その姿をとらえる。
少女は怪訝な顔をして
「別にトイレまでついて来なくたっていいじゃん」
「そういう事言ってるんじゃないのっ」

44ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:43

少女はますます眉を潜めながら、とりあえず一番手前の個室に入った。
梨華はそのドアの前に立って講義を始めた。
「どこで手帳拾ったのよ!」
「それじゃネタ晴らしになっちゃうよ」
「何訳の分からない事言ってるの!ちゃんと答えて!」
ザーッ、という水の流れる音がしばらく続くと、すぐに少女は出てきた。

「だから、秘密なの」
「意味分かんない…」
少女は頭を抑えて苦悩している梨華の横を通り水道で手を洗う。
梨華もその横について、鏡から少女の顔を睨んだ。
「…なんてゆーか、そうだなぁ…」
手についた水滴をどこからか取り出したハンカチで拭き始める。
「朝のお礼も兼ねて、昨日の事もあるし…」
「昨日?」
「うん、はい、ハンカチありがと」
「いいえ…って、えっ!?」
少女が使っていたハンカチは梨華のハンカチだった。
ポケットに入れておいたままで、出した覚えはない。
―――――い、いつの間に…!
「こうやった」
驚きを隠せない梨華に少女はまた意地悪い瞳になる。

45ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:43

―――――なんなの、この娘…
梨華は正体不明なこの少女に、少し気味の悪い物を感じた。
「分かんないかな」
「分かる訳ないじゃない…」
怯える梨華に少女は「んー」と唸り、スッ、と近寄る。
そして

「ジャーン」

梨華の前にヒラリ、と何かが舞う。
少女の手によって吊るされているそれには何やら記憶がある。
それは確か、今日の朝に、梨華の苦手なあの家政婦が、身に付ける様
にと持ってきた着替えの中に...。
そして同時に感じる違和感。
胸が異常な開放感に包まれていて、おそるおそる手をあてると
“ぷにょん”
という、あまりにも柔らかすぎる感触。


「…………ッキャアアアアアア!!!」


バッ、と少女の手からそれを奪い取る。
梨華は顔を真っ赤にしながら、少女を睨みつけた。
「まさかブラジャーまでピンクとはね」
「なんなのよあなたぁ!!」
「まだ分かんないの?」

46ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:43

「チューリップまだちゃんと持ってる?」
「え…」
チューリップ。
その花が表わす意味は。
「あたし吉澤ひとみ、って言うんだ」
「よし…ざわ、ひとみ…」
よしざわひとみよしざわひとみよしざわひとみよしざわ………。


『天才マジシャン、ヒトミ・ヨシザワ!』


昨日のパーティの司会者の言葉が浮かんだ。
「う…うそ…あなた、あの…」
「あ、思い出した?」
それは梨華の心の内を半分は占めている。
梨華が感動を見たマジックショー。
もう一度、あのマジックを見たいと願っていた。
軽快なステップを刻むピエロ二人と、少女ながらにして大人顔負けの
色っぽさを演出していた助手を引き連れ、ステージで幾多ものマジック
を披露した、あの手品師。

それが今、自分の目の前にいる。

しかも変な手品を見せられて。

47ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:43

「あ、もうそろそろ授業始まる」
時計に目をやって、ヒトミはバイバイと手を振った。
「一応教えとく、あたしのクラス2−Cだから」
年下だったのか...、と呆然と考えるまま去っていくヒトミの背中を見つめた。
パタン、とドアが閉じられ、梨華はトイレで立ち尽くす。

「そだ」
再びドアが開かれ、ヒトミが顔を出す。
それをありったけの負の感情をこめて睨んでやる。
「…何」
ヒトミはニヤッ、とどこかイヤらしい笑みを見せると

「石川さん、胸おっきーね」

ボンッ、と梨華の顔から一気に上気が噴出す。
「じゃーねー♪」
「こっ…の…」
と去っていくヒトミの背中を再び見つめながら
ピンク色をしたブラジャーを、ギュッと握り締めた。


「変態マジシャンッ!!」


あの笑みが頭から離れなくなっていた。

48ななしのどくしゃ:2002/12/23(月) 10:44
>名無しハロモニさま
�堯福檗檗─妨世錣譴撞ど佞い辛措未里曚箸鵑匹覆ぐ貎諭帖�
まぁ…後で出すから、いいか。(爆 
ありがとうございます。

>名無しハロモニさま
飼育の方に書かせてもらっております。が、ただいまスランプ中、
よって恐れながらこちらで書かせてもらっております次第です。。。

>夏蜜柑さま
ありがとうございます。
もうKO勝ちですね吉澤さんは。秒殺できるんじゃないかしら。

今日の更新、ちょっとあるお話(マンガ)から引用した部分もありますが、
気付いた人は… (0^〜^)<秘密♪
気付かなかったらそのまま気付かないでいてください。(笑

49名無しハロモニ:2002/12/23(月) 13:09
とーーーっても、続きが気になります。
久しぶりにおもしろい作品に出合えた気がします。
ガンがてください。

50名無しハロモニ:2002/12/24(火) 17:18
描写のほとんどない少女、誰なのかちょこっと気になってますw
う〜ん、あの子かなぁ・・
>「変態マジシャンッ!!」
ウケますたw

51ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:25




教室に戻った梨華は、散々な目に会った。

ヒトミのお陰で授業に遅れ、数学教師に「たるんどる!」と怒鳴られ、
授業が終わるとクラスメートたちが再び梨華の周りに集まってきて、
「やっぱり石川さん知り合い!?」「一体誰なの!?」「何年生!?」
と、質問攻めにあうハメに。
なんとかその場はあゆみが取り繕ってくれ、大した事にはならなかった
が梨華は昼食時には一日で使うエネルギーの大半を使い果たしてしまっ
たような気がした。

「はぁぁぁ………」
食堂で人気の「和風Aセット」(あんみつ付き)を目の前にして、
梨華はため息を吐いた。
向かいのあゆみは、これまた人気の「海老とアサリのリゾット」
(オレンジシャーベット付き)をカパカパと口の中に放っている。
「お疲れだね〜梨華ちゃん」
「もう…ダメかも…」
大好きな白玉も、今では霞んで見える。
「柴ちゃん…もし私が死んだら、白玉団子を焼香代として持ってきて…」
「予算オーバーになるからイヤ」
金持ちの娘とは到底思えない二人の会話。
「ひどいっ」
「そんだけ冗談言えたら大丈夫」
ごちそーさま、とあゆみは手を合わせて、とっておいたシャーベットを
美味しそうに食べ始めた。

52ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:26

「でも本当にその吉澤さんって人とは無関係なの?」
「む、無関係よ」
―――――あっちが勝手に関係してくるだけで…
たくさんのお客の前でステージに現れてたくさんのすごいマジックをし
て、次の日に同じ学校に転入してきたと言ったかと思うと、昨日彼に悪
態をついたあのヤンチャな少女であって、あまつさえ着ていた下着を抜
き取られた。
こんな訳の分からない事があっていいのか。
まだ事態を完全に信用していない梨華は、ヒトミがニューヨークの天才
マジシャンであると言う事は言わなかった。
「だってあの人、梨華ちゃんの名前知ってたじゃない」
「それはただ学生手帳を拾ってもらったから…」
本当は盗られたのだが、事実盗った所を見ていないのでそう決め付ける
事ができず、お人好しな梨華はそれだけしか言わなかった。
「本当に無関係なんだから…」
「はいはい、あんみつちょっと頂戴」
梨華の了解も得ず、あゆみはスプーンであんみつを山盛りにすくった。
「あっ」
「んー♪おいし」
あゆみの口に運ばれた白玉を見送りながら、梨華はまたため息をついた。

53ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:26


「あ、梨華ちゃんあれ吉澤さんじゃない?」
ピクッ、とその名前に反応し、バッ、と首を動かした。

ちょうど食堂の隅のテーブル、おそらくクラスメートか、何人かの生徒に
囲まれながら、あのトイレで見せたイヤらしい笑みとは違う、爽やかな笑
顔をふりまくヒトミがいた。
「転校初日だってのにすごいね、もうあんなに友だち作っちゃって」
やっぱりかっこいいからねー、とあゆみは独り言のように言う。

―――――まぁ…多少はね
梨華は心の中だけで呟いた。
マジックショーの時も、少しだが梨華もときめいてしまった。
それは認める、だが…。
「みんな騙されてるわ…」
「へ?」
「あの笑顔は作り物よ!偽物よ!まがい物よ!本性はただのエロ女子よ!」
まだあのトイレでの出来事を根に持っていた梨華。
「り、梨華ちゃん声大きいって!風紀委員に見つかったら…」
「惑わされちゃダメよ!そりゃ向こうはそれを生業としてるからしょうが
 ないけど、そのタネを見破って奴の真実の顔を引っ張り出してやらない
 と自分の身が危険にさらされる事になるわ!」
「梨華ちゃんっ」

54ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:26


「3−A石川梨華さん」


「何よっ!…あ」
「随分なお言葉使いですわね」
にっこりとしたその笑顔の後ろに隠れている裏の影に気付く。
いかにもといった様な黒ぶちメガネをくいっ、と整え、こちらを見据える
その目には何か異様な雰囲気を感じる。とても同学年とは思えない。
制服の胸のバッヂには『風紀』の二文字。
「風紀委員長の…藤本さん…」
「皆さんのお食事中にそのような大声で、どのようなお話かしら?」
「そ、そんな大層な事じゃございません事よ」
「まあそうですか」
フフ、という笑いが何やら恐ろしい。
「けれどもう少し、この学院に在籍なさってるという自覚を持ってもらい
 たいものですわ」
「そ、それはどうも…これからは気をつけますわ…」

―――――柴ちゃん助けて!
あゆみに助けを求めようと、梨華はコンタクトを送る。
目があったあゆみは「私、存じません事よ」なんて言ってそうな顔で、
梨華のあんみつをパクパク食べている。
それを見た梨華が黙っていられるはずもない。
喋り続ける委員長の言葉なんて、耳に入ってもいなかった。
「まったくピアスをあけるやら髪を染めるだとか…
 女性はもっと慎ましくあるべき...」

55ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:26



「柴ちゃんのばかぁっ!」



そう言った時、梨華はハッとして口を噤んだがもう後の祭り。
いつの間にか静まり返っていた食堂内で響いたのは、梨華の声だけ。
「あ、いえ、あの…その」
「…口で言っても分からないようですわね」
いえ、十分分かっているつもりですわ藤本さん、オホホホホ。
なんて言葉が出てくるはずもなく、パクパクと口を開閉させる。
委員長が指を鳴らそうとするその仕草をどこかで見たなぁ、なんて思う。

「松浦さん、高橋さん」
パキッ、という音と共に、どこからか現れた二人の生徒。
その胸のバッヂにも、これまた『風紀』の文字が。
「「お呼びですか、藤本先輩」」
練習でもしているのかというくらい揃った二人の声。
―――――い、一体どこから…
「石川さんを生徒指導室へ」
「「はい」」
「え、ちょ、ちょっと待って…!」
引きずられながら講義する梨華に、委員長はにこやかに手を振った。
それはまるで、皇太子様、雅子様が国民に対する様に穏やかだった。
「ごきげんよう、石川さん」
何が起きたか分からない梨華は、その二人に腕をつかまれズルズルと
食堂から連れ去られていった。

「あなたにはきっちり反省してもらわなくてはなりません」
「午後の授業はお休みなさってください」
梨華に対してそう言う両端の二人の言葉に耳を傾けながら、
―――――藤本さんも手品使えるんじゃないかしら…
と場違いな事を思う梨華だった。

56ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:27




そしてそのまま生徒指導室に連行された梨華は、スタンバイしていた
生徒指導のオバサン教師にこってりお説教をされた。
「食堂で大声を張り上げるなんてはしたないっ!あなたはそれでもこ
 の女学院の生徒ですかっ!」
「はぃぃ…申し訳ありません…」
ヒステリックに怒鳴るそっちの方がはしたなくはないのだろうか。
耳に劈く奇声になんとか耐え忍びながら、梨華は時が経つのを待った。
―――――何もかも全て、あの変態マジシャンのせいだわ…!
「石川さんっ!聞いてらっしゃるの?!」
「は、はいっ聞いてます…」
「まったく最近の若い人たちは慎みと言う物を理解していないのかしら?
 私が若かった頃はもっと…」
長くなる事を核心した梨華は涙をこらえた。

57ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:27


「まぁまぁもーいーじゃないですか先生、本人も反省しとるようやし」
そんな時、関西弁の女性が割り込んできた。
「中澤先生は生徒に甘すぎますっ!そもそも教師である貴女がそんな
 格好でどうするんですか!」
「こんなん、今の世の中フツーですよ」
金髪・カラコン、ぱっと見、雰囲気が教師と言うよりヤンキーっぽい。
これが普通なのかどうか分からないが、梨華はとりあえず中澤の言う
ことに頷く事にした。

中澤裕子、梨華のクラスの担任教師。
見た目は怖いが性格はきさくでサバサバとして人当たりがよく、
規則に縛られたこの女学院の中で、唯一それにとらわれる事がない。
生徒からの信頼も厚く、また生徒を心より大切にしている。
梨華ももちろん中澤の事は大好きだった。

「それはまぁ置いといて、担任であるウチが責任持ってこの子によぉ
 ーくお灸すえときますから、先生は自分の仕事に戻ってください」
ヘラヘラと笑いながらポンポンとオバサン教師の肩を叩く。
けれどそれが勘に触ったらしく、オバサン教師は余計ヒステリックに
怒鳴り始めた。
「それが一番心配なんですっ!貴女の所の生徒だからこそ、私がキツク
 言っておかなければならないんですっ!」
「あら、そりゃごもっとも」
ハハハハ、と腹を抱えて笑う中澤。
「でもま、正味の話、この子の事はウチにまかせてください
 ウチが担任のセンセなんやからなぁ」
急に笑いが止んだかと思うと、今度は何か怪しい微笑で中澤は言った。
その中に潜むモノの迫力にオバサン教師は少し怯え、しかたなく
「わ…分かりました、それじゃあここは頼みましたわ」
と言って、そそくさと部屋から出て行った。

「ふぅー、ホンマしつこいオバはんやで」
中澤はどっか、とソファに乱暴に座る。
「それにしてもめずらしいなぁ、石川が呼ばれるなんて」
「私はただ自分の意見を尊重しただけであって、決して食堂にいた皆さ
 んに迷惑をかけようとした訳では…」
「あー、なるほどなるほど」
中澤は梨華の話に、ただこくこくと頷く。
「まー確かにちょっと五月蝿くしただけで生徒指導室ちゅーのはあり得
 へんわな、ウチもやりすぎや思うわ」

58ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:27

「せやけどこのままなんもせんで帰すっちゅうこともできんねん、
 こっちも一応教師やからな、っちゅーことで…」
ズイッ、と顔を寄せてくる中澤に、思わず腰をひいてしまう。
「な、なんですか」

信望も厚い中澤だが、実はかなりのセクハラ教師でもあった。
それはおふざけ程度だと言う事は皆分かっている為、特に問題にはならな
いのだが、かなりやばい時もある。
唇を奪われそうになった生徒は後をたたず、かくいう梨華もその犠牲に
なってしまうような事が度々あったが、拒否すれば中澤も無理強いはし
こないので、どれもなんとか回避してきた。
けれどいくら逃げようとも、今が危険な事に変わりはない。
梨華はギュッ、と瞼を閉じた。



「何ビビッとんねん、反省文書けっちゅうだけやのに」
作文用紙が2枚ほど手渡された。
「あ…反省文ですか」
ホッ、と胸を撫で下ろし用紙を受け取る。
中澤の顔がニヤニヤと嬉しそうに見えた。
「チュウでも期待しとったか?」
「してません!」
「なんやつまらんなー、誰かブチュッとさせてくれる奴はおらんのかい」
いかにもといった顔をする中澤。
「してほしいんなら結婚相手を早く見つけてください」
毒舌な梨華に中澤はピクリ、と眉を動かし、
「お、それはウチに対する挑戦か?あ?」
「いいえ、別に…それじゃすぐ書いてきます」
話を流して、梨華は指導室を後にする。
背後で「今日中に出すんやでー」と聞こえる中澤の声に、
放課後残りか…とため息をつきながら梨華は授業中の教室へと戻った。

59ななしのどくしゃ:2002/12/24(火) 19:27
なんか今日は短いけどいろいろ登場。
藤本さんのキャラは、あの美少女日記ⅢのOL(?)の感じです。

>名無しハロモニさま
ありがとうございます。いやぁ嬉しいです。(*^^*)
なんとか毎回更新していきたいと思います。
でもあんまり期待しちゃ、ダメダーメ。(笑

>名無しハロモニさま
本当はもっと伏線を張りたかったんですが(見た目とか)…失敗。
まぁ石・吉・加・辻、この辺りが出たら後は…残り一人。
もう少ししたら出るのでそれまでお付き合いください。
ってかその後も。(笑


今月はもう更新できません。来月になったら更新します。

60名無しハロモニ:2002/12/24(火) 20:32
面白い!風紀委員の藤本も良い味出してるし。
今後の、梨華お嬢様とマジシャン吉澤の絡みも気になりますね。
作者様の飼育で書かれている作品も是非読んでみたくなりました。
がんがって下さい!

61名無しハロモニ:2002/12/28(土) 17:05
サイコー。
久しぶりに良い作品に逢った感じです。
石川さんと吉澤さんの会話いいですねwエロ吉澤マンセー

作者さんの飼育で書かれている作品が激しく気になる今日この頃…

62ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:14




カリカリカリカリ...。

誰もいなくなった教室で一人、自分の机でせっせと反省文を作成している。
そこには紙にシャープペンを走らせる音だけが響いていた。
「はぁ…まだこんなにある、時間足りないよ…」
と、3分の1ほどしか埋まっていない作文用紙を眺める。

長くなりそうな説教の時間を中澤がかなり短縮してくれたのだが、な
んだかどうもうまく丸め込まれたような気が後からしてきた。
悪い事をした、など微塵も思っていないのだから反省なんてしないし、
だらだらと謝罪の文なんて考えられるはずもない。
その辺を中澤に追求するのをすっかり忘れていた梨華だった。

「帰るの4時過ぎちゃうなぁ…」
とりあえず家には電話をして、「用事ができたから車は4時ごろに寄
越して欲しい」と言っておいたが、それでは当分間に合わない。
なんせ3分の1書き上げるのに1時間も要したのだから。
書き始めたのが2時ごろ。
このままいくと計算上、反省文が出来上がるのは今から5時間後の夜
8時という事になってしまう。
「絶対無理よ…そんなの」
シャープペンをくるくる指で回しながら、梨華は見えない誰かにグチ
る様に、独り言を口にしていた。

「今日は家庭教師の日なのに、これじゃ間に合わないわ」
うら若き17歳の乙女ながら、ハードスケジュールの毎日を送る梨華。
今日はいつもの家庭教師が来て、3時から3時間みっちりお勉強。
おそらくもう家庭教師は梨華の家についている頃だ。

テストの成績がいまいち、な梨華は一日2時間だった家庭教師の勉強
時間も1時間増やされ、週2の割合も週3に増やされた。
他にも習い事や色々な予定がたくさんあるというのに、そのスケジュ
ールが崩された事はほとんどない。
おそらく今日が崩される初めての日になる。
「まぁ…それはそれでいいけどね」
考えると、ちょっと顔がにやけてしまう。

63ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:14

「…でもこの用紙が埋まらないのが事実、それまで家に帰れないし…」
なんで私がこんな目に合わなくちゃならないの?
思わず涙が出そうになってくる。
「そもそも私がこんな目に合ってるのも…」
―――――全部あの変態マジシャンのせいだわ
抑えていた怒りがまたふつふつと蘇ってきた。

「…そうよ、大体何で、どっちかと言えば被害者の私が指導室に呼び
 出されて反省文書かされなくちゃならないのかしら」
元を正せば全ての元凶はあのヒトミにある。
彼女がブラ(略)を抜き取ったりしなければ梨華が授業に遅れる事も
なかったし、食堂で委員長の藤本に目をつけられる事もなく、反省文
でこんなに悩む事もなかったのだ。
「どうやって抜いたかは置いといて…考えても分かる訳ないし、
 いいじゃないピンクだって、好きなんだもの」
ブツブツと念仏の様に唱え続ける。

「この下着だって結構気に入ってたのに…別に誰かに見せようと思っ
 てた訳じゃないけど…カワイイじゃない…」
肩の辺りを抑えながら呟く。
「…もしかして、ピンクじゃなかったらよかったのかしら…」
少し論点のずれてしまった梨華だった。

64ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:14


「…ハッ!何で私があんな奴の事考えなくちゃならないのかしら」
ぶるぶると頭を振るが、ヒトミの顔が頭から離れない。
それはやはり、あのショーの夜から梨華の記憶に彼女の印象が強くイ
ンプットされてしまったせいに違いない。
「全然違う人だったわよね…あの時は」
仮面をしていても感じ取れた、あの優しい空気。
初めてステージに現れた時や様々なマジックを披露している時の姿。
何より、梨華をエスコートした時なんて特に。
まったく別の人物と言っても過言ではないくらい人が違っていた。
「まず顔からして違ったわ、うん」
あの笑顔を梨華はまだ忘れてはいない。
そしてそれと同時にヒトミのあのイヤらしい笑みも忘れられない。

「…あんなに…あんなにカッコよかったのに…」
男性と勘違いしてたのかもしれないけれど、少なくとももう一度、
あのショーを見たいと思ったのは確実だ。
あんなに心惹かれるものに初めて出会った梨華だったのに、それを披
露したのがあのヒトミだと思うと、まったく信じる事ができない。
「…やっぱり違う人がやってるんじゃないかしら…」

65ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:15

「…」
「ん?」
何か聞こえた。
けれどなんなのか分からない。
もう一度よく耳を澄ましてみる。
「…ゥ」
「…ゥ?」
それでもあまりよく聞こえなかったが、さっきよりも少し大きい音。
どうやら何かが近づいて来ているように思える。
よーく耳を澄ませた。
「…あれ、何も聞こえな」


「スリ―――――!!」


「キャアアッ!!」
驚いた勢いで思いっきり後ろにひっくり返ってしまった梨華。
ひっくり返った拍子に後ろの机に頭もぶつけてしまう。
痛みに耐えながら、現れた人物にピントを合わせた。


「痛…っあ…あなた…!」
起き上がりながら教卓の後ろにいる人物に指を指す。
「独り言は鼻毛が伸びるよー、って知ってた?」
「変態っ…マジシャン!」
「違うって」
ヒトミは笑いながら答えた。

「天才マジシャンだって、知ってるでしょ?」
「人の下着を抜き取る変態マジシャンならよく知ってるわ…」
「だからー」
梨華の座る前の席に腰掛ける。
まるで舌足らずな幼稚園児に、一言一言を丁寧に教えるかのように、
「て・ん・さ・い」
「へ・ん・た・い」
「全然違うじゃーん」
とか言いながらも、相変わらずあの笑顔。
「母音は一緒よ」
「いやそうだけどね」

66ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:15


「そーそー、“ボイン”と言えば石川さん何カップ…」
「日本で仕事がしたかったらそれ以上口を動かさないで」
「…モゴ」
さすがにそれはまずいと思ったのか、ヒトミは口を抑えた。
「よろしい」
頷き、また反省文に目を向ける。
でもやはり埋まっていないのは事実で、梨華は落胆するしかない。
はぁーっ、と一つ大きなため息をついた。

「何?コレ?」
ヒトミが聞いてくる。
「口を開かないで、って言わなかった?」
「胸に関係する事じゃなかったらいいじゃん」
で、何?と作文用紙を指して問う。
梨華はもうこれ以上討論するのもイヤになり、しかたなく答えた。

「反省文よ…」
「へ?何か悪い事でもしたの?」
何も知らないその間の抜けた顔に腹が立つ。
皮肉ったらしく梨華は言った。
「あなたが私に変な事しなければ、私はこんな物書かずに済んだのよ」
「へ?あたし?」
「決まってるでしょ!」
バンバン、と勢いよく机ごと用紙を叩きつけた。
「ブラジャーとった事?」
「そうよ」
「えー、それ間違ってるよー」
笑いながら講義するヒトミに、梨華はピクリと反応した。

67ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:15

「何が間違いだって言うのよ!」
思わず立ち上がって、ヒトミを睨みつけた。
それにもヒトミは平然として、
「だーって、あたしが何をしてたのか石川さんが「分からない」って言
 ったから教えてあげようと思ってやったんだよ?だったらあたしのせ
 いじゃないじゃん」
「そんな事頼んだ覚えないわ!」
「その辺はほら、あたしの気遣い」
「ならもっとマシな物で気遣ってよね!」
なんでわざわざ私の下着で...とまたしてもグチる梨華。
ヒトミは顎に手を当ててなにやら考え込む仕草をする。

「そんじゃこんなんはどーでしょう」

パッ、とヒトミは右手の平を上にして梨華に見せた。
そこには直径2センチくらいの赤い玉。
「見ててね」
グッ、とそれを握ったかと思うと、すぐに手を開く。
そこにあったはずの赤い玉はなくなっていた。
「あれ?」
「とくとごらんあれ〜」
おどけるヒトミ。
出された左手にはさっきの消えた赤い玉、それも二個。
「一個が二個に」
それを慣れた手つきでまた握り締め、今度は両の手を開く。
すると赤い玉はどんどん増えていく。
「二個が四個に、四個が八個に」
ポンポン増えていく赤い玉を指の間に挟んで梨華に見せる。

「よっ」
掛け声と共に八個の赤い玉を投げ上げる。
そして落ちてくるそれらを一気に両手で包み込み、ニヤッと笑う。
「ジャーン」
手の平の中の赤い玉は全て無くなっていた。

68ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:16

「………」
思わずその流れる様な手品に見惚れてしまった梨華。
間違いない、彼女はあの時のヒトミ・ヨシザワだと確信する。
あのショーの時に比べれば少し物足りない気もするけれど、でも彼女は
手品をする間あのマジシャンと同じ空気を纏っていた。
あの暖かくて優しい空気を。
―――――信じられないけど…信じたくないけど…

「こっちの方でもよかったんだけど、これちょい簡単だからさぁ、
 あんまり信じてもらえないかと思ったんだよ」
「…だからってトイレの時のはいただけないわ」
せっかく練習したのにー、と頬を膨らませるヒトミ。
「そんなもの練習してどうなるっていうのよ」
「でもすごかったでしょ?」
そりゃあ、あんな事誰にだってできる訳じゃないし(できたらこの世は
とんでもない世の中になる)ただ単純に「すごい」と言える。
「でも許せない」
期待感を裏切られた事と失態をさらされた屈辱とが重なり、もはや笑っ
て許す事などできやしない。
今さらながら、ヒトミもその梨華の表情を見てさっきとはえらく違う、
自信の無い顔になりつつある。
育った境遇が違ってはいてもやはり人生経験が多い分、梨華の方が立場
的に有利だろう。

「ご、ごめんね」
冷や汗をたらしながら、上目使いで謝罪するヒトミ。
「今さら謝ったって遅いわ」
「そこをなんとか…許して、ね?」
「………」
何も言わなくなってしまった梨華にヒトミは本気で焦る。
必死になって「ごめんなさい」を連発し、頭を下げても梨華のご機嫌は
そう簡単には治らない。
いくら彼女が世間知らず、と言っても相手はお金持ちのお嬢様。
それなりの意地とプライドは持ち合わせている。
「お願いしますっ、許してくださいっ」
ついには床に手をついて土下座をし始めた。

69ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:16


「そだっ」
ピーン、と何かひらめいたヒトミはパッ、と笑顔に変わる。
百面相とはこういう事を言うのだろう。

「マジック見せてあげるよ」
「は?」

本気で分からない梨華に、さらにヒトミは説明を加える。
「今何個か新しいマジックを開発中なんだよね、でもそれにはやっぱり
 見てくれる人がいないとできないマジックもあるし…それを石川さん
 に見せてあげようって訳、いかが?」
「そんな事言われても…」
その手品のせいで今自分はこんなに不機嫌になっていると言う事を分か
ってるのか?と言いたくなった。
それを察してか否か、ヒトミは切り札を出す。

「石川さん、あたしのマジック好きでしょ?」

「え?」
頭が会話についていかない。
「なっ、んでそうなるの!?」
「だってー、あのショーの時めっちゃキラキラした顔であたしのマジッ
 ク見てたでしょ?ちゃんと知ってんだから」
勝ち誇り胸を張ってこちらを見てくる。
それがはっきりと否定できない分、梨華は何も言うことができない。
「今だってあの軽いヤツやった時も、一言も喋んないで真剣だったし」
「………」
「ね?いい考えだと思わない?」
覗き込んでくる瞳を何とか交わそうとするが、一瞬だけチラッと目が合
ってしまう。
すぐに逸らそうとしたけど、ヒトミのその瞳と口の端がまたイヤらしく
笑ったかと思うともう逸らせずにはいられなかった。

70ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:16

その反応をヒトミは「OK」と受け取ったと無理やり決めつけ、
「よーし、じゃ決定!そういうワケでさっきの事は水に流して」
「ちょっ…!私まだ何にも」
「いいじゃん、そういう事で、ね?はい、このお話もう終りー」
パンパンと手を叩いてこの場を何とか切り抜けようと促す。
「あなたねぇ!…まったく」
怒る気もそろそろ失せて、梨華はもう何も言おうとはしなかった。
けれどよく考えてみれば自分にとってもヒトミにとってもなかなかの
好条件である事には間違いない。
ヒトミの手品をもう一度見たいと思ったのは事実、それもニューヨー
クを揺るがせた有名なマジシャンの技を、承諾やら一切無しで見られ
るというのだから、かなりお得だ。
―――――…性格はちょっとアレだけど…

「これからちょくちょく、思いついたら見てもらうからね」
にこやかに微笑むヒトミにまだ少し拒否反応は覚えるものの、それで
もさっきよりかはまだ幾分マシになっていた。
耐性がついてきたのかもしれない。

71ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:16

―――――あ!それよりも反省文!すっかり忘れてた
「もうっ!あなたのせいでだいぶ時間ロスしちゃったじゃない!」
「へ」
もうすでに4時5分前だ。
もうそろそろ迎えの車が来てしまう。
外を覗いて車を確かめようと窓際に近づく。
「えーっと…」
まだ見当たらない。

車が来ても少しくらいは待たせてもよさそうなものだが、その運転手が
なんというか気難しく、一度「時間通りに来たのに何故また待機してな
くてはならないのですか!」と散々怒鳴られた過去が梨華にあった為、
それからは毎回時間通りの送り迎えをしてもらっている。
それがイヤなので、もし車が来たら反省文が途中でも帰る気でいた。
中澤もそんな事くらいでは怒らないだろうという、梨華の作戦だった。

「何探してんの?」
ぴょいとヒトミが顔を出す。
「黒いリムジン、お迎えの車なの」
「ひょえー、さすがお嬢様」
ビックリ顔のヒトミはほっといて、梨華は反省文の作成の為にまた机に
向かってカリカリやり始める。
今度はヒトミは梨華については行かず、そのまま窓の外を見やっていた。

72ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:17


その時突然
「あ、あれじゃない?黒いリムジン」
ヒトミが言った。
「え?どれ?」
真っ直ぐにヒトミが指す方向に顔を向けて見てみるが何もない。
「いないじゃない」
「いや、アレアレあっち」
アッチ?
梨華はじっと目をこらすがやっぱり何も見えない。
「やっぱりいないわよ」
「いるよ、ホラ見える」
「何もな………あ」
それは本当に豆粒。
校門前から遥か200メートルはあろうかというところに、ぽっちりと
黒い豆粒を一つ発見する。
それはかなり遠い距離。
段々と近づいて来てその正体はうやむやのうちに明らかになった。
間違いない、あの石川家の車庫の中にあった黒いリムジン。

「よく見えたね」
「あたし目いいんだ、両方視力2.0なの」
「ふぅん」
「だから、ショーの時石川さんの事見つけれたんだよ」

73ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:17

「え…」
その言葉に、梨華は少しだけ胸をときめかせてしまう。
けれどすぐに、あの中で全身ピンクの石川さん見つけるのは誰でも簡単
だろうけど、とヒトミは余計な一言まで付け加え、梨華はまた落ち着い
てきたと思った眉をつり上げた。
―――――だから、好きなんだってば!いいじゃない!
あからさまに怒っている梨華に気付かず、ヒトミはまた何かくだらな
い事を思いつき、ポン、と昔のマンガの様に拳で手の平を叩く。

「そだ、ピンクと言えば…さっきから気になったんだけど」
ヒトミにゆっくりと梨華は視線を合わせ思う。
―――――…なんだかその先は聞いちゃいけないような気がする
そんな想いも空しく、ヒトミは口を開いた。
「あのさ」
またあのイヤらしい笑み。



「石川さんて下もピンクなんだね」



おそらくさっき、後ろにひっくり返った時。
考えなくても分かる、スカートの中が丸見えになってしまう事は。


「絶対許さないっ!!!」


反省文は半分にも満たない。

74ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:18




「…って言うわけなのっ」
「ふーん、それでそのマジシャンのせいで時間に遅れた、と」
「そうそうそうそう、そうなのよっ」
机に向かっているといっても勉強をしようという訳ではなく、ただ胸に
溜まりきっている不満を横にいる自分よりも小さい家庭教師にボカボカ
ぶつけていた。さすがに下着の事は言えないが。
「だから私は悪くないの、まりっぺ!」
「別に怒ってやしないけどさぁ」
小さな家庭教師は数学の教科書で仰ぎながら、梨華の話を聞いていた。
艶やかな金髪がさらりと揺れる。

「別に梨華ちゃんが勉強の時間に遅れても困るのは梨華ちゃんだし、
 おいらはおいらでケーキなんか貰っちゃってゆったりしてたし」
よくみると梨華の机の上にはそれらしい物が乗っていた皿とフォーク。
「それにさぁ、迷惑料なんつって今月のカテキョ代ちょい上がったり」
おいらにとっちゃ言い事尽くしだから構わないぞー、なんて言う。


金髪の彼女は矢口真里、梨華の家庭教師を務めて1年。
現代ギャルの代名詞と言っても過言ではないほどの女の子。
高校卒業後、すぐに梨華の家庭教師となり彼女の勉強をみている。
そのお金で暮らしをまかない、いわばプータローの人。
そんな彼女がどうして石川家のお嬢様の家庭教師になれたのかというと、
努力のタマモノかはたまた天性の才能か、県の首席の高校に首席で入学
し卒業までその成績を落とさなかった。
それに目をつけた梨華の父が、矢口を家庭教師として迎え入れたのだ。

75ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:18

「ま、でもお金貰う立場だしやる事はやるよ、ほら続き続き」
矢口は少し真面目な顔になり勉強を始める様、梨華を促した。

「…だからこのⅩは二乗されてるからこっちの公式を使うんだよ」
矢口の教え方は分かりやすい。
どの教科をやる時も教科書と梨華の学校の勉強にそった流れで学校の先
生たちと同じ様な流れだが、梨華が分からない所は徹底してそれが自分
で使えるようになるまで何度も繰り返す。
いくら時間がかかろうが矢口は丁寧に教えてくれる。

けれど、何時間もずっと勉強を続けるわけでもない。
勉強の合間の休憩時間には他愛ないお喋りなんかもする。
流行の服や音楽、TVの芸能人やタレントを知らない梨華でも矢口の話
は聞いてるだけで楽しかった。



こんなにいい家庭教師に恵まれていれば、大体の人なら勉強もはかどり
成績もUPする事間違い無しだろうが、梨華の成績は一向に変化が見ら
れない。
下がる事はないが、それ同様上がる事も無い。
それが今の梨華の悩みだった。

76ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:18

―――――それでも楽しいから、まぁいっか
「こっちはさっきと違う公式で解いてさ」
今日学校でやっていたのと似たような問題とにらめっこ。
今はなんとかできそうだが、これがテストの日までもつかどうか…。
梨華が違う事で悩んでいると、矢口はいきなり教科書・ノートを全て閉
じて、横の方に密かに置いておいた問題集を机の上に開いた。
「じゃこの14ページんとこ、自力で解いてみ」
腕時計をいじりながら矢口は言った。
「答え合わせは30分後、はい始めー」
「え、いきなり?」
「文句言わないっ、もう1ページ増やすよ」
そう言われてしまっては立場の弱い梨華は黙っていわれたページをやる
しかない。特有の、頬を膨らませて睨む仕草をしても矢口は「キャハハ
きしょい〜」とかからかわれて終りだ。

「教科書見ながらやっていーから」
「はぁい」
のろのろと梨華は問題を解き始めた。
「それ答合わせして今日はもう終りね」
「え、今日まだ英語の勉強してないよ」
今日の勉強科目は数学・英語の二つ。梨華の最も苦手とする教科だ。
「あーそれ今度ね、時間ないし、それにおいら英語ちょい苦手でさぁ
 あんまやりたくないんだよね」
家庭教師の好き嫌い云々で勉強を短縮してしまうのもどうかと思う。
「そんなぁちゃんとやってよ、私英語が一番苦手なんだから」
「おいらもそーなの、どーせ教えてもらうならちゃんと知識のある人に
 教えてもらった方がいいと思うよ」
じゃあ先生は何の為にあるのよ、と突っ込もうとした梨華。
けれどそれは矢口の言葉で遮られた。

77ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:18


「あっ、じゃあさ、そのマジシャンの子に教えてもらいなよ」

「はぁっ!?」
予想しなかった答えに梨華は目を見開く。
「なっ、何であんなヤツに!」
「だってさ、その子アメリカで有名な人なんでしょ?」
「…ぅん、多分」
慌てる梨華と対照的に矢口はさも当たり前のように言う。
「だったらアメリカで暮らしてたんだし、当然英語喋れるし話聞いてた
 らその子日本語もペラペラのバイリンガルなんでしょ?その子に本場
 の英語教えてもらった方がいいじゃん」
「………」
矢口の並べ立てる正当な理由に梨華は何も言えない。
インスタントな知識を持った人に教えてもらうよりも、英語がペラペラ
の外国人に教えてもらった方が上達が早いのは当然だろう。
もちろん梨華も頭では分かっている。
分かってはいても体が拒否反応を示してしまうのだから仕方ない。
なんとかその事を食い止めようと、梨華は反論に出た。

「で…でも私、別に本場の英語なんて覚えなくていいもん、テストの成
 績上がればそれでいいんだもん」
完璧だと思った梨華の会心の一撃。
けれどそれはあえなく矢口のカウンターに沈められた。
「そりゃ今はいーだろうけどさ、あんた仮にも石川家のお嬢様なんだよ?
 そんなのが海外進出しないなんて考えられると思う?絶対無理だね」
「う…」
梨華の父ももちろん海外へ出張ということで家を離れる事がよくある。
他国との貿易も営む石川コンツェルンのお嬢様である梨華も、未来の旦那
様とその後を継いで...というのは当然の事だ。
梨華は自分がお嬢様になって生まれてきた事を少し恨んだ。

78ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:19

「ね?諦めてそのマジシャンにイングリッシュをティーチしてもらいな」
「まりっぺ英語分かるんじゃない!」
「オーゥこれはベリーノーマルでベリーイージーなイングリッシュだよ」
ジェスチャー付きで矢口はエセ外国人になりきった。
―――――もぅ…ホントに困ってるのに…
「ほらほら、もう10分経っちゃったよ?やってるー?」
矢口の言葉に正気に戻りハッ、として問題集を見るが1問たりとて手を
つけてはいなかった。
「もうまりっぺのせいじゃない!」
「人のせいにすんなー、ほらはよやれやれ」
「あーん、もうっ」

そうして、問題集もなんとか無事終え(答えがどれだけ合っていたかは
別の話)梨華の騒がしい一日はなんとか終りを告げた。

79ななしのどくしゃ:2003/01/01(水) 13:19
正月から更新してる私…。
昨日の紅白はおもろかったですなぁ。HAHAHA!
ま、とりあえず新年明けましておめでとうございます!!

>名無しハロモニさま
ミキティってどんなキャラにしようか迷ったんですけど、
気に入っていただけた様で嬉しいです。いしよしもこの次の次
の更新で出ます。飼育の方は…やめといた方が…。(爆

>名無しハロモニさま
ありがとうございます。吉はやっぱりこうじゃなきゃいけませんね。
アラララ、あなた様も飼育の作品が気になると...。
(0^〜^)ノ<止めとけ止めとけ後悔するぞ。

80名無し新年:2003/01/01(水) 15:12
やめとけと言われれば知りたくなるのが人間の本能(w
おしえてくり〜

81名無し新年:2003/01/01(水) 17:53
>独り言は鼻毛が伸びるよー、って知ってた?
知らなかった……。
すごい面白いです!!引き込まれてしまいます。

えぇ〜と、飼育の作品が気になるのですが…。
もしかして、とても有名な方じゃないのでは??

82ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:08




昼休み、梨華は昨日(ヒトミのせいで)出せなかった反省文を中澤に
渡すために職員室に来ていた。
「失礼します」
静かにドアを開けて一礼し、ちゃんと後ろを向いてから両手でまた静
かに入ってきたドアを閉める。
これもちゃんと授業で教わってきた事だった。

―――――えーと中澤先生は…
キョロキョロと中澤の姿を探してみても、あのいるだけで目立ってし
ょうがない人物が見当たらない。
ここにはいないのだろうか。
―――――困ったな、中澤先生いつもどこ行ったか分からないんだもん
困り果てている梨華のところに、白衣を着た一人の教師がやってきた。


「石川誰かに用事?」
「あ、保田先生」
保田圭、梨華の学院の保険医。あだ名は圭ちゃん・ケメコ。
中澤と同じく生徒に好かれている教師。
いつも落ち着き冷静、よく言えば大人、悪く言えばババくさいとも言う。
けれど本人の前でそういう事を言ってしまうと、冷静とはだいぶかけ離れ
怒りに任せて暴れる事もある。
保健室ではよくカウンセリングを行っていて悩みを持ちかける生徒は多い。
中には悩み相談とかこつけてただお茶しにくる者も現れ、そんな生徒達の
間では“ケメコのお茶会”と呼ばれ、密かに楽しまれている。


「あの、中澤先生に渡そうと思って」
言いながら反省文を書いた用紙を保田に見せる。
「あー裕ちゃんなら用があるって言って2年生の教室行ったわよ」
「あ、そうですか」
それを聞いて職員室から出ようとした梨華を保田が止める。
「置いとけば?めんどくさくない?」
「私は若いから動くんです」
「あんた最近一言多いわよ」
保田の微妙な表情の変化を察知して、梨華は足早に職員室から出る。
「失礼しましたー」
「あ、ちょっと話はまだ終わってないわよ石川!」
「今度のお茶会の時ゆっくり聞きますー」
梨華も“ケメコのお茶会”の参加者の一人だった。

「石川ー!」
自分を怒鳴りつける声を聞こえない振りをして、梨華は急いで中澤の
いる、2年生の教室に向かった。

83ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:09




―――――大事な事を聞くの忘れてたわ
梨華は反省文を手に、2年生の教室を一つ一つ覗いていた。
―――――何組にいるのかしら、中澤先生…
この女学院、学年ごとにクラスは10クラスに分けられていて、その
為に梨華は2年生の教室を一つずつ調べなくてはならなくなった。
それでも今は昼休みではあるし、中澤の事だからそこにいれば辺りは
騒がしくなって見つける事もそう難しくはないはず。
「いないなぁ…向こうの教室かしら」
梨華がそう言うとそこで悲鳴とも言えそうな声が聞こえてきた。
「あ、あそこかな」
隣のクラスからだ。
梨華はすぐにその教室に顔を出して、自分の担任の名を呼ぶ。


「あのー中澤先……」


そこで梨華は言葉を失った。

84ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:09

その教室の中で、中澤とヒトミのキスシーンが繰り広げられていた。
周りにはそのクラスの生徒達が顔を赤くしながら二人のキスをじっと
静かに見守っていた。
梨華が目撃してすぐ、二人は唇を離して笑い合う。
「いやーよっさん、あんたええ生徒やなー裕ちゃん嬉しいわ」
「こんなん向こうじゃ珍しくないっすよ、挨拶です挨拶」
「ええ国やなぁ、オイ」
ハハハハハハ、と重なる二人の笑い声。
―――――な…何してんのよ、何をぉ!

「あ?石川やんか、あんた何してんの?」
教室で呆然と立つ梨華に中澤が気付く。
「ななな中澤先生こそ、ここここんなところで何を…」
「うちはあれよ、ほら転校生の品定めやんか」
と言って中澤が指差す先には、ニコニコと笑いながら梨華に向かって
手を振るヒトミ。
それになるべく目を合わせないようにして、持ってきた例の物を出す。

「私は昨日書けなかった反省文、持ってきたんです」
目の前に突き出された作文用紙に中澤は顔を寄せて、んー、と長く唸
り、ようやくそれを手にとった。
「あ、あーあーあーそうやそうや、忘れとった」
「はぁ?」
「そんなんいつでもええねん、うちも真面目に見る気ぃないし」
「はぁぁ?」
お気楽な中澤に、昨日の苦労をぶちまけてやりたくなる。

2ページもだらだら長く書いてきた反省文。
そこにいる変態マジシャンとの2度目の顔合わせ。
それが今の中澤の言葉で全て水の泡になってしまった。
―――――私は一体何の為に…
もう何度気を落としてきたのか数え切れない。

「ま、一応貰っとくわ、読むか分からんけど」
「読んでください、せめて」

85ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:09


「石川さん、今日は朝から元気ないねぇ」
出た。変態エロマジシャン。
変態だけでは足りないと思い、もう一つ『エロ』と付け加えた。
梨華の要らない気遣い。
「………」
「石川さん」
関わり合いになりたくないがため、目を合わせようとはしない梨華。
「………」
「…無視ぃ?」
今にもクゥーンと鳴きながらじゃれてきそうな子犬の様な潤んだ瞳。
そういう顔をされるとさすがの梨華も少しウッ、ときてしまう。
しかし今日の梨華は一味違い、その決心は鉄よりも固い。
―――――話にさえ乗らなければおちょくられる事もないわ
「石川さーん」
「………」
徹底に無視を決め込み、失礼しました、と中澤に一礼をして去ろうとした。
その時、ふとヒトミと目が合う。
ニヤリとまたあのイヤらしい笑み。

まずい。

ヒトミはすぅ、と大きく深呼吸すると、それを大きく吐き出すように


「今日の石川さんは上も下も見事なショッキングピ…!」


「ちょっと寝不足なのよっ!」
「あ、そう、ちゃんと寝ないとお肌に悪いよ」
ヒトミに近づいて周りの人たちに聞かれない様小声で囁く。
(いつの間に見たのよっ)
(秘密♪)

86ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:10

「二人とも知り合いか?」
ヒソヒソと囁きあう二人に中澤が気付かない訳がない。
「なんやええ関係か?ん?えぇ?おい」
周りにいた生徒達もいつの間にか二人を取り囲むようにしている。
梨華はぶんぶんぶんと首を思い切り横に振った。

「誰がこんなのとっ」
「こんなのって…酷いなぁ石川さん」
あはははとお気楽なヒトミに、内心ヒヤヒヤの梨華。
もう胃に穴があいてしまいそうな勢いだ。
「なんやちゃうんか、じゃあよっさんはうちが貰ってええな」
「何の話ですか…」
「せやかてなー」
ポン、とヒトミの肩に手を置いて話し出す中澤。
「嫌がらずうちのちゅーを受けてくれる貴重な生徒やねんもん」
なーよっさん、とヒトミの顔を覗き込む。
「やーあんなのでしたらいつでも」
「ホンマええ生徒やな、あんた、裕ちゃん嬉しくて泣けてくるわ」

87ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:10

「あ、そうだ石川さん」
ポン、と拳で手の平を叩く。
ヒトミはどうやら何かを思いついた時の癖がコレらしい。
「昨日言ってたヤツ、今やろう」
「え?」
「昨日あれから帰って早速思いついたんだ」
と言って、ヒトミは梨華の手を握り教室から出て行こうとする。
「あ、ちょ…ちょっと」

「なんやー二人妙に仲いいなぁ」
中澤が茶々をいれる。
「そーですかぁー?」
まんざらイヤでもなさそうに、否定する事もなくヒトミは笑う。
「そんじゃちょっと行って来ますんで」
「よしざわー言っとくがここは学校の中やからなー、その辺見極めぃよー」
なんとも恐ろしい事を平気で口に出す教師だ。
「それ中澤先生にそっくり返しまーす」
そうしてそのままヒトミは、梨華の手を引いて教室を出た。

88ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:10




「他の人にはあたしがマジシャンだって事、言ってないんだ」
屋上のフェンスに凭れながら、ヒトミは言った。
「どうして?」
「一応有名人だからさ、日本じゃそんなに名は知れ渡ってないけど」
だから石川さんも他の人にばらさないでね、と口の前に人差し指を持ってき
ながら、ヒトミはしーという仕草をとる。
「ふーん、有名人は大変ね」
「ま〜ね、んじゃ始めよっか」
そしてヒトミは少し大きめのバッグをどこからか取り出した。
「それどこから…」
言いかけて梨華は止めた。
聞いたとしてもヒトミは教えてはくれないからだ。
案の定、ヒトミは「秘密♪」と言ってさらにバッグから色んな人形やらおも
ちゃの小さい車やらを次々と取り出す。
ヒトミと梨華の間にはたくさんのおもちゃが並べられた。

「い〜い?やってみるね」
ヒトミは手近にあった小さいクマのぬいぐるみを手で持ってそこに立たせた。
「おりゃ」
パッ、と手を離す。
すると本来支え無しには立つ事は出来そうにないクマのぬいぐるみは、倒れ
る事無く、直立でそのまま見事に立っていた。
「あ」
「まだまだ」
すると今度はそのクマが、ヒトミの手拍子に合わせてとことこと歩き出した。
もちろん誰も、何もそのクマを支えてはいない。
左手と右足、右手と左足、と交互に動かしてクマは行進する。
「すご〜い」
それには梨華もそう言うしかない。

89ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:11

「なんで?なんで?」
ヒトミを敬遠するのも忘れ、梨華は無邪気な子どものように瞳を輝かせる。
「それを言っちゃ、あたしは仕事できませ〜ん」
「ウソウソ、やだ、すご〜い」
「へへ」
そしてさらに

「えーウソォ!?」

クマだけでなく、辺りの小さな車や人形も一斉に動き出した。
「やだ、おもろしろ〜い」
「もちろんタネも仕掛けもばっちり」
「きゃーかわいいー!」
満面の笑顔で梨華は動き回るおもちゃたちを見ていた。
そんな梨華の顔を見て、ヒトミもどこかしら嬉しそうに笑う。

―――――いきなり変なこと言ったりするけど、やっぱりこの人…

「すごい手品だわ」
「手品じゃないよ」
ヒトミはさも当たり前のように言い返した。
「手品じゃないならなんなの?」
「言っとくけど、あたしがやってるのは『マジック』で『手品』じゃないの」
どこが違うの?と梨華が聞き返す前に、ヒトミは火が点いた様に一気に話始
める。
「あたしのマジックはいわゆる一つの“芸術”として考えてる訳であって、
 手品なんて軽いものとは考えたくないんだよね、手品なんてもんじゃなく
 もっとこう…なんてーの?」
べらべらと動く口を見つめながら、梨華は黙って話を聞いていると、ふとその
口がピタリと止まった。


「『魔法』」


「え?」
「『手品』じゃなくて『魔法』なんだよ」
満足気に微笑むヒトミ。
「魔法…?」
「そう、しいて言うならあたしは魔法使い!」
何でも願いを叶えましょー、なんて言いながらヒトミはお辞儀した。
「手数料はいちまんえーん、もしくはベーグルでも可ー」
「なぁにそれー、格が違いすぎるじゃない」
「あ、さてはベーグルの良さを知らないだろ?ベーグルはなー」
そうしてヒトミは、今度はベーグルの良さとは何か、を長々と語り始めた。

「だからあたしが思うにはね…」
「それってどこか違うわよー」
ヒトミが言えば梨華がツッコミをいれ、梨華が言えばヒトミが言い返す。
そんなやりとりを続けているうちに、梨華は相手がヒトミでも普通に笑う様に
なっていた。
ヒトミとの会話は楽しい。
クラスの友だちと話している時のような自然なおしゃべり。
いつしか梨華もそれを楽しんできている。

90ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:11


「よかった」


「え?」
何分か話し続けていて、話題が『ベーグルサンドに合う具材』になった時、
ヒトミはそう言ってきた。
梨華はヒトミの顔を見る。
「また笑ってくれて」
「え?」
「石川さん、あたしの前じゃ全然笑ってくれないんだもん」
嫌われてんのかと思ってたよ、と付け加えてまた笑った。


確かに嫌いだった。
初めて出あった時の印象にしろ、その後の出会い方にしろ、ヒトミとの出会い
が嬉しい出会いとは断然言いがたいものだ。
それでも今はこんなに普通に会話が出来る。
しかもそれを楽しんでいる事に間違いはない。
ヒトミだって、“天才マジシャン”の仮面を外せば、単なる一女子高生には
過ぎないのだから当たり前の事だ。

静かに梨華は口を開く。
「確かに、好きじゃないけど…」
「やっぱり?」
少し悲しそうな顔を見せるヒトミ。
その後梨華は「でも」と慌てて付け足した。
「…あなたのマジック好きだもの」
何だか気恥ずかしくて、俯いたまま梨華は話し続ける。

「私…今までTVとかあんまり見た事なくて、いつもみんなの話を聞いてばっ
 かりで…、みんなが楽しいって言う事がよく分からなかったの」
ヒトミは何も言わずに黙って梨華の話を聞いていた。

91ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:11

「でもこの前…あなたのマジックショーを見て思ったの、楽しいってこういう
 感じなのかなぁ…って」

スラスラと自分の今までの想いが語られている。
こんな事を今まで誰かに話した事なんてなかった、と思いながら梨華はさらに
ヒトミに話をする。
「私、あんまりうまく表現できないけど…見てる人を惹きつけるって言うのか
 な?そんなカンジ、したの、あなたのマジック…とってもおもしろかった。
 あんなに感動したの、久しぶりだわ」
ニューヨークの天才マジシャン、っていうのはまんざらウソじゃないわね。
全てを言い切って顔を上げた時、梨華は驚いた。
ヒトミと目が合ったとき、彼女が今までに見せた事もないような笑顔をしてい
たから。
その顔に次の言葉を失ってしまう。

「あ…えっと…ぁ」
顔を逸らせても分かってしまう。
ヒトミがジッとこちらを見つめている事が。
―――――そ、そんな顔しないでよぉ…
梨華がドギマギしていると、ヒトミから口を開いてきた。

「ありがと」

照れくささの中に少し嬉しさを混ぜた、そんな柔らかい表情。
そんな顔を見せられているこっちが逆に恥ずかしくなってしまいそうで、ヒトミ
の顔がまともに直視できない梨華。
ヒトミのマジックが人を惹きつけると言った。
それは彼女の時折見せるこんな表情がそうさせているのかもしれない。

あえて言うなら、彼女が自身でも言っていた『魔法』。

人を惹きつける魅力を持つ彼女の笑顔こそ、一種の『魔法』なのではないか。
梨華はどこかしらそんな気がしてきた。

「そんな風に言ってもらえたら嬉しいよ」
へへへ、と頭を掻く少年ぽさが残る仕草。
腹が立つけれどどこか憎めない、そんな言葉が梨華の頭をよぎった。
「ぃ、いぇ…どういたしまして…」
何故かぺこり、とお辞儀した。
「まぁあたしが好かれてる訳じゃない、てのはちょっとショックだけど」
「あ、そ、それは…」
「はは、いいのいいの」
それよかさ、とヒトミは梨華に向き直る。

「明日も新しいやつ考えたから見てね」
「あ、うん」
ヒトミの笑顔の前で首を横に振ることは出来なかった。

92ななしのどくしゃ:2003/01/03(金) 23:11
>名無し新年さま
�瑤靴泙辰晋世錣覆④穃匹ǂ辰拭▷幣弌,犬礇劵鵐箸鮠唎掘▷▷�
・初作品は黄板
・それは完結済み(よってこの話は3作品め)
・黄板の小説はいしよしではないです(ちょっと入ってるけど)
・HNはこことは違います

>名無し新年さま
鼻毛の話は私の学校でよく使うんです。
ブツブツ言ってる人に「鼻毛伸びるよ」って。。。
かくいう私も…(略 でも迷信ですから伸びませんよ。(笑
有名なんてとんでもない!トーシロです。

93名無し新年:2003/01/04(土) 14:59
続きキタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━!!
只今、作者様の作品を探し中。
すごい面白いです!!
今これにはまってます!!

94ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:50




次の日もその次の日も、梨華は屋上でヒトミのマジックを見た。
小さいけれど奇抜で壮大で圧倒させられるほどのヒトミの『魔法』。
時には笑い、時には驚き、そして時にはハラハラ・ドキドキという形容詞が
ぴったりの感情が起こる。
梨華も素直に楽しんだ。
また例の如く、からかわれる事はしょっちゅうだったけど、何か暖かい空気
が周りに漂っている事を知ると、それも何故だか心地良い。
今日はどんなマジックを見せてくれるのか、最近梨華はそんな事ばかり考え
ていた。


「ねぇ梨華ちゃん」
「はむ?」
今日の昼食は洋風Bランチ。
クロワッサン2個にロールパン1個、ちょっと甘めのスクランブルエッグに
ウィンナー・パスタ・スープがついて、ドリンクは100%オレンジジュー
スか牛乳か好きな方を選ぶ事が出来る。今日はオレンジにした。
ぱくっ、とロールパンにかぶりついた時、あゆみが今まであまりした事のな
いとても真剣な顔で言った。
「吉澤さんと付き合ってるの?」
「ぐっ」
口の中でもぐもぐしていたパンを飲み込もうとしたところに、いきなり突拍
子もない事を聞かれたものだから、梨華は慌てて胸を叩いた。
「い、いきなりなんなのよっ」
「だってぇ」
あさみは自分で頼んだオムライス定食をぱくり、とひと口頬張りそして何度
か噛み下してからようやく言葉を繋げた。

「最近、二人仲いいでしょ」
ウィンナーをついばみながら梨華はもごもごと反論する。
「そ、そんなことないわよ別に普通…」

95ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:51



「正直に言って!」


バシッ、とあゆみはテーブルを叩いた。
もちろん風紀委員には見つからない様、声・力は抑えて。
「し、柴ちゃん…?」
「もう校内中に噂は回ってるの」
「え、どんな?」
「…二人が、屋上でデートしてるって」
「えっ?!」
目が点、そうとしかいえなかった。
「なっ何よそれ、なんで!?」
―――――しかもどうして校内中に回ってるの!?
その梨華の心情を見透かしたかのように、あゆみはさらに続けていく。
「あのね、転校したての吉澤さんの行動が気にされてないワケないでしょ」
しかももうすでに人気沸騰中だし、ともあゆみは付け加える。

「え?どういう事?」
「知らないの?」
「うん」
未だ状況をしっかりと把握できてない梨華に、あゆみは大きくため息。
もうどうして梨華ちゃんはいつも…と梨華に聞こえるようにという気はない
のか、それともワザとなのか、ブツブツと何かの呪文を唱えるように呟く。
そしてゆっくりと顔を上げ、息に言葉を乗せるように言った。

「吉澤さんてすごい運動神経いいの」
「ふぁ?」
「ほら、ここの体育の授業ってクラス合同でやるじゃない」
「あぁ」
女学院の一学年10クラスの中の2クラスずつでの合同体育。
AクラスはBクラスと、CはD、EはF...といった具合に隣同士のクラス
で2つあわせて一気に体育の授業が行われる。
そんな事があれば、強いクラスや弱いクラスなんてものが現れるのは必然。
「でね、この間Cクラスと隣のDクラスがバスケの試合やったの」
吉澤さんがCクラスなんだけど、と言うあさみに思わず「知ってるよ」と言
ってしまいそうになるがなんとかこらえて目を逸らした。
ヒトミのクラスを知っている、なんて今の状態で言ってしまったら話が余計
にこじれてしまいそうになったからだ。
梨華は視線をあゆみに戻す。
「そしたらそのCクラス、前はいつも試合とかDクラスに負けてたんだけど
 なんと!初めて勝っちゃったらしいの、吉澤さんが入っただけで」
よく見るTVニュースのアナウンサーも顔負けのリアクションで、あゆみは
ドンッとテーブルに乗り出す。

96ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:51

「分かる?この意味?吉澤さんの加入によって試合が逆転しちゃったのよ、
 しかもDクラスにはバスケ部が3人もいるっていうのに」
「へぇ」
「もう吉澤さんは一躍ヒーローよ」
ホラ見て、とあゆみは食堂の隅を指した。

そこにはあのヒトミの姿。
この間と同じ、何人かの生徒に囲まれてあの爽やかな笑顔を見せている。
一つ違うとすれば、その周りを取り囲む人数が明らかに増えたという事。
―――――な、何アレ…

「あーまた増えてる」
「ま、また?」
「昨日より増えてるよ」
昨日もあんな感じだったの?!
そう言いたかったが如何せん、今は無理だった。
口には出さずに目だけであゆみに訴えかける。
「梨華ちゃんってホント学院の情報にはうといよね」
日本経済とかはすごい詳しいのに。
そしてあゆみはまたオムライスをひと口。
「それで本題に戻るけどさ」
「…何?」

97ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:51

「ホントに付き合ってないの?吉澤さんと」
「付き合ってないっ、そもそも女の子同士だよ!」
「だから今さらそんな細かい事気にしないの」
あゆみはマイペースというか、妙に能天気なところがある。
同性の恋愛ということが細かいとは思えないが、自分の興味・関心を示す物
はとことん追求してしまう癖を持つ。
それが例え小さい頃から仲の良い親友のプライベートだとしても。

「ホントに吉澤さんとは何にもないの?」
「ないったら…」
「じゃ吉澤さんのコトどう思ってる?」
「え」
「これっっっぽっちも、なんとも思ってないの?」
指と指でほんの少し隙間を作り目を細める。

―――――そんなこと言われても…

考えたことはなかった。
心の奥底では少しそんなような期待もあったけれど、それはあのショーの夜
にヒトミと出会った時に感じたもので、ヒトミが女だと分かった時にはそう
考えていたことを無理やり押し込めて封印してしまっていた。
「思ってない…よ」
「ほんのちょっとくらい、気にはなってるでしょ?」
「…別に」
「ウソだぁ」
あゆみは間入れず否定した。

「ウソじゃないわよっ」
「じゃなんで昼休み二人でいるの?」
「それは…」
本当の理由を言ってしまえれば事は丸く収まってくれるのだが、昨日ヒトミ
が、自分がマジシャンである事は秘密にしている、と言っていたのを思いだ
してそれを言うことが出来ないのだ。
おそらく学院内でその事実を知っているのは、ヒトミ本人と梨華。
ヒトミが校長かもしくは担任か誰かにそれを教えていたら人数は限定されな
いが、少なくとも二人はそれを知っている。
そんな少人数にしか知られていない事を、親友だからといってあゆみに言え
る訳がない。

「ただ普通におしゃべりしてるだけよ」
梨華はクロワッサンを手にして、かぶりついた。
「ふーん…」
「…」
「じゃ、二人は友だちだとしてもさ、梨華ちゃんは何にも思ってないの?」
あゆみの皿を見ると、もうすでにオムライスは跡形もなく消え去っていた。
「思ってないったら」
ごちそうさま、と手を合わせる。

「私、女の子を恋人にしたいなんて思った事ないもん」

98ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:52




とは言ったものの、

―――――柴ちゃんがあんなこと言うから…

今まで大して気にも留めていなかった相手が自分の事を好きだという噂を聞
いた時、無意識の内に意識してしまう事がある。

「今日のはちょっと一味違うよ」
梨華にとって今がまさにそんな状況だった。
またいつものように誰もいない校舎の屋上で二人、梨華はヒトミの顔を見る
事が出来ずになんとか目を合わせないようヒトミの手に集中していた。
「…へぇ」
もったいつけて焦らすように、ヒトミはわざとゆっくり動く。
「早くしてよ」
意識しすぎて口調がきつくなっている梨華にヒトミは微妙な表情をする。
―――――こんな風に言うつもりなかったのに…
かといって今さら「ごめんね」なんて言って謝るのも恥ずかしいし、第一ヒ
トミがちゃんとその謝罪の理由を把握していなければ意味がない。
もし分かっていなかった場合、その理由を説明するのもどこか気がひける。

「ま、あせらないでよ」
軽く梨華を宥めて、ヒトミはおもむろに制服のブレザーの中に手を入れた。
そしてちょっと怪しい手の動き。
「…なにしてるの」
「まぁまぁ」
また「変態っ」と叫ぼうかと梨華が躊躇している時、ヒトミの制服から白い
ある『モノ』が登場して梨華の顔が固まった。




「はいっ」




白い“ソレ”はヒトミの手の中から逃れようと、必死で暴れる。
「…キャアアアアアア!!」
「え?え?何何?!石川さん??」
「こっ…来ないでぇっ!」
バサバサと白い翼を羽ばたかせる“ソレ”に、梨華は顔を覆い拒否。

99ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:52




「わ、私、鳥ってダメなのぉっ!!」




「ええっ!?」
ヒトミは慌ててその手に掴んでいるハトを放す。
ハトはその翼を目一杯ばたつかせて青い大空へと飛び立っていった。

「あ〜あ」
空を見上げながらヒトミはそう呟いた。
「ゴメン、石川さん鳥嫌いだったんだね」
眉を下げて謝るヒトミ。
「なんか…ダメなの、羽、とか…」
「でも、あのショーの時は普通だと思ったのに」
「あれは遠くから見てただけだったから、まだ大丈夫だったんだけど…」
近くにいるのはどうしても我慢できないの、という言葉を吐いて、安堵感か
らか梨華はその場にへたり込んだ。

「そっかぁ、ゴメンね石川さん」
「ううん…大丈夫…」
そうは言ってもその場にへたり込んで動けないでいる様に説得力はない。
膝が震えて立とうとしても力が入らない。
「…そんなに嫌いだったんだ、ゴメン、ホント…」
「ホントに大丈夫だから、ちょっとびっくりしたけど平気」
「じゃあこのマジックは中止だね、石川さんみたいな人もいるって事で一個
 学んだよ」
今度からそういう人の事も考えなくちゃダメだね、とバツが悪そうに頭を掻
いてヒトミは笑顔になって、それから梨華の隣にどかっと座る。

100ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:53

そして腕を組み、今度はハトの代わりとなるショー用の動物を選んでいた。
「代わりの動物は何がいいかなぁ、やっぱウサギかな?でもウサギって誰で
 も使ってるしインパクトが足りないんだよね」
独り言にしては大きすぎる声でヒトミは言う。
「ね、何かいい動物いないかなぁ?」
と梨華にまで話を持ち込んできた。
急に話を振られて戸惑う梨華も気にせずにヒトミはどんどん話を進める。
「「キライ!」って人があんまりいなくて、それでもってかっけーやつ」
「えぇ?そんな都合のいい動物なんて…」
「なんかいないかなぁ、トラとかライオンとかサーベルタイガーとか」
「どうして猛獣系なの?」
「だってかっけーじゃん」
そう言うヒトミの顔はコレ以上ない、というくらいに輝いている。
「すごいよね、通常ウサギやハトが出てくると思わせといてハットからトラ
 だよ?これは話題呼ぶよね、めっちゃ注目されるよ」
「そうね」
確かにあんな場面でトラやらライオンやらが出てきたとなると、そこの会場
は盛り上がるのを通り越して大パニックだ。
しかしそのマジックのタネを考える以前にもっと考えなくてはならない事は
たくさんあるはずだ。

「でもあのシルクハットから出てくるのは物理的に不可能だわ」
「そっかなぁ、結構いけそうな気するんだけどなぁ」
そもそもその猛獣たちが出てきた後、どうやって処理するのか。
そう言いたかったが、ヒトミの事だ、勢いでどうにかして猛獣たちをてなづ
けてしまうかもしれない。
それじゃあまるでマジックショーというよりサーカスだ。

まぁしかし、それ以前に梨華が「そんな事を考えるのは止めよう」と口にし
た為に、今後のヒトミのショーに訪れる客達は難を逃れる事が出来た。
「別に猛獣じゃなくてもいいじゃない」
「かっけーのになぁ」
ヒトミはまだ諦めきれずにいるようだった。

101ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:53

「また違うのを考えてみるよ」
明日はちょうど土曜日で学校休みだし、と嬉しそうにヒトミは言う。
「今度は鳥は使わないから」
「フフ、ありがと」
「あ、もう昼休み終わりそうだ、立てる?」
「ん…なんとか」
足に力を込めるとさっきよりも膝はしっかりとして、なんとか中腰になる。
「あ、大丈夫みた…」
「い」、そう言おうとして少し気を抜いた時、ガクッと膝が落ち梨華は体勢
を崩してしまう。

「キャッ…!」
「おわっ」

ドサッ、という音と共に梨華は、気付くとヒトミの腕の中にしっかりと収ま
ってしまっていた。
立ち上がろうと少し腰を浮かせたヒトミの上にそのまま乗っかったのだ。
フェンスに寄りかかっていたものの、ヒトミの体は地面と平行で寝転がって
いる様に見える。梨華はその上に落ちてしまった。
「あってー…石川さん、大丈夫?」
自分の胸に顔を埋めたまま呆けている梨華を心配してヒトミは声をかける。
「へっ、あっ、だっだいじょぶっ」

その時、ふとヒトミと目が合ってしまった。


『梨華ちゃんは何にも思ってないの?』


急にあゆみの顔が頭に浮かぶ。
―――――な、何考えてるのよ!
ブルブルと頭を振って思考を断ち切り、なるべくヒトミの顔を見ないように
上半身をあげて言う。
「ご、ごめん、今どくから…」
体を離そうと勢いよく立ち上がろうと試みるが、今の今それができなくてヒ
トミに乗っかってしまったのに立つ事などできるはずがない。
梨華は再び体をよろめかした。
「きゃ…」
「あ、ほらやっぱ危ないって!」
そしてまたヒトミに支えられる。

102ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:53

「ちょっと休んでった方がいいんじゃない?」
梨華の手を持って顔を覗き込んでそう言うヒトミの姿は、昔絵本でみた異国
の紳士の事を思い出させた。
―――――でも、ヒトミは外国から来たけど紳士じゃないし

「ありがと、でも私、次の授業科学室でやるから…」
それを聞くとヒトミの瞳の色が微妙に変わったように感じた。

「おぶってってあげようか?」
「い、いいわよ、別に…」
「遠慮しなくていいのにー」
「歩けるから大丈夫!」
ヒトミのいってる事が冗談だとは分かりきっているのだが、梨華の性格上、
どんな事にもすぐにムキになってしまい、いつも事態は悪い方へと進んでい
ってしまっているのだ。
ヒトミはニヤリと微笑む。
「そうだね、パンツ見られちゃうもんね」
「関係ないでしょっ!」
梨華は繋がれていた手を振り解いた。

いつの間にか乱れていた呼吸を整えて体を落ち着かせると、顔や体、全身が
熱くなっている事に気がついた。
頬に手を当てると、手の平がひんやりとした感触。
―――――バカ…私ったら…
その熱は、梨華が授業を受けている間も、しばらく取れる事がなかった。

103ななしのどくしゃ:2003/01/05(日) 23:56
更新しました。
ちょっと一言………ベタやなぁ。(笑
ま、いいさ。ベタな展開好きなんだもん。

>名無し新年さま
ありがとうございますー。(^^)
そう言っていただけると俄然やる気が出てきます。
見つかりましたか?例のものは。。。(笑

104名無し読者:2003/01/06(月) 14:55
(゚∀゚)ノイイッ!!
このベタな感じがまた・・・ツボっすよ〜!
次の更新が待ち遠しいッス!!

105名無し新年:2003/01/09(木) 19:17
ベタベタサイコーーーーーーーーーー!!
ハットから、猛獣出すの見たいかも…。(w
楽しみです!ガンガッテください!!

106ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:40




キーンコーンカーンコーン...

「バイバーイ」
「またねー」
ベルが校舎中に鳴り響き、辺りには下校していく生徒達が溢れている。
梨華は鞄の中に道具をしまい込み帰り支度をしているところだった。
「石川さんまたね」
「あ、うん、さよなら」
次々と通り過ぎていくクラスメート達。
気がつけば教室に残っているのはあゆみと梨華の二人だけになっていた。
あゆみはすでに上着を着て、帰る用意は万全だ。
「梨華ちゃん終わった?」
「うん、行こ柴ちゃん」
電気を消して、二人は教室から出て行った。

いつも車で送り迎えされている梨華だが、友だちとだって帰りたい。
といっても車は外せず、時々あゆみも一緒にリムジンに乗って家までを送ってい
く事もあった。


「やーっと今週も学校終わったね」
ぐーっと伸びて一気に脱力するあゆみ。
「だね」

他愛もない話をしながら生徒玄関まで歩いていく。
もうほとんど生徒は下校してしまっていて、見かけるのは部活中の生徒のみ。
学校指定のジャージに着替えてパタパタと忙しく走り回っている様は、中学時代
自分がテニス部だったときの事をほんの少し思い出させた。
今思えばどうして高校になってもテニス部に入らなかったのだろう。
―――――まぁ、中学と違って忙しくなっちゃったからね
勉強、稽古、その他もろもろ。
高校生となった梨華は中学生の時とは比べ物にならないほど多忙だった。
―――――それに…あんまり上手くなかったし
部長という立場を経験したものの、練習しても他のメンバーには到底及ばず、よ
く試合で負けて慰められた事もあった。
しかしそれも今となってはどうでもいい事として、梨華の中に収められている。

梨華は昔を少し懐かしく思い出しながら、
「梨華ちゃん何やってんのー?先行くよー」
と、気付くと前を歩くあゆみの後に慌ててついていく。

使い古されたローファーを履き外に出ると、校門の前にもう車は止まっていた。
「よかった、今日はちゃんと間に合った」
そっと呟いたと思ったはずが、それはしっかりとあゆみの耳にまで届いていた。
「え?遅れたことあったの?」
「あっ、あ、んーまぁちょっとこの前ね…」
「へーめずらしいね、時間には律儀な梨華ちゃんが」
まさか言えない。
ヒトミのせいでそうなってしまった事なんて。
あれだけ彼女の事を批判しておいて、いまさらその話題を持ち出す事なんて梨華
には出来なかった。
「そんな事いいから早く車乗ろっ、ねっ?」
「そだね」
話をはぐらかす事に成功した梨華は、ほっと胸を撫で下ろした。

107ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:40

梨華は車に乗り込もうとドアに手をかけた時、校門に誰かが凭れかかっていた。
綺麗な薄い色の長い茶髪が特徴的な少女で、その整った横顔も凛として少し近寄
りがたい空気をあたりに漂わせている。
この学院の生徒ではない事が、彼女の着ている制服から分かった。
おそらくこの近くにある公立高のものだろう。
その少女は眠たそうに目をくしくしとこすりながらふぁ…、とあくびをした。

「梨華ちゃん、知り合い?」
後ろからあゆみが問い掛ける。
「ううん、知らないけど」
「あの制服となりの高校のだよね、何しに来たんだろ?」
「さあ…」
あゆみと揃って頭を悩ませていると、その少女がこちらの存在に気付いた。
―――――あ、聞こえたかな
なんとなく目を逸らす事も出来なくてそのまま見つめあう体勢になり、しばらく
そうしていたかと思うと少女の方が、興味ないといった感じに目を逸らす。
そうしてもう一つ、あくびをした。

眠たそうな少女に、梨華は何か引っ掛かるモノを感じた。

―――――なんだろう…どこかで会った様な気が…
記憶力は良いほうではなかったが、この目の前にいる少女の事を思い出そうと必
死で記憶の糸をたぐり寄せる。
それは決して遠くではなく、ごく最近の出来事だと絡まった糸を少しずつ少しず
つ解いていく。

―――――そうだ!この人確か…


「ごっちぃ――――ん!」


その声に今にも解けそうな糸がまたこんがらがった。
その呼び声に少女が振り向くと、さっきまでの眠そうな顔を一変させて、とびき
りの笑顔で手を大きく振った。
「よっすぃーおそーいっ!」

―――――ごっちん?よっすぃー?
何かの暗号か、それともどこかの国の言葉か。
少女が誰なのか思い出すのも忘れて少女の目線の方向に自分の目線も合わせると
そこにはヒトミがいた。
ヒトミは茶髪の少女に近寄って、ハアハアと乱れた息を整えた。
「ごめん、先生に…捕まっちゃってさぁ…ハァ」
「30分遅刻ー、ルーズだよねまったく」
「ごっちんも人の事言えないじゃんか」
二人は軽く拳で小突きあいながら笑い合う。
「んじゃ行こうよ、あいぼんたち待ってるよ」
「うん」
少女がヒトミの腕を掴んで道路を渡ろうとした時、ヒトミの首が少しこっちを向く。

108ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:40


「あれ?石川さん」
と、そこでヒトミが梨華に気付いた。
なんて事ないその一言に、梨華は何故か少しむっとする。
「もう帰り?今日は早いねー」
その一言にさらに梨華は苛立つ。
悪気があって言ってるのかは分からないが、そうでないのであれば余計に何だか
腹が立つ様な気がする梨華。
そんな事は露知らず、ヒトミはへらへら笑っている。
「おかげさまで!」
すっかり気を悪くした梨華はぷい、とそっぽを向いた。
「今日は機嫌いいと思ったのに」
「あなたにそんな心配されたくありません」
「つめた〜い」
おどけて肩を潜める。

「ね」
つんつん、と後ろにいた少女がヒトミの制服を引っ張った。
「あ、ごめんごっちん、帰ろっか」
「いやそーゆーことじゃないんだけどさ」
と言って、ヒトミから梨華へとその瞳を移す。
「この人…」
「あ、気付いた?ほら、あの時の」
「うん、覚えてる」
少女はこっくりと頷く。

「あのピンクの人でしょ」

それを聞いた途端、梨華は全身が真っ赤になった。
―――――やっぱりこの人、あのショーの時の人だ…!
絡んでいた糸がピン、と真っ直ぐに戻る。

タキシードを着たヒトミと二人のピエロ、そしてもう一人、あの見事なまでの水
中大脱出を行った白いワンピースの美しい少女だった。
あの時とは雰囲気も着ている物もまるで異なっていて、ぱっと見ただけでは分か
らなかったのに、向こうは一目見ただけでこっちがいつどこで出会った誰なのか
をしっかりと認識していた。
それほどまでにあのドレスは印象的だったのかと、さすがに恥ずかしくなった。

109ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:41

「石川梨華さんっていうんだよ」
悶々と考え込んでいるうちにヒトミは勝手に自分の紹介を始めていた。
一応なんとなく、ぺこりと頭を下げる。
「石川さん、こっちはあたしの友だちで後藤真希っていうんだ」
それに続き、真希も頭を下げた。
「ちは」
「あ、こんにちは」
「一緒の学校だったんだね、よっすぃー」
真希はすぐにヒトミに視線を戻す。
「うん、あたしもびっくり」
「よっすぃーが「さん」付けで呼ぶって事は…先輩?」
「うん」
「ふーん」
そしてまた視線を梨華に戻して
「よろしく、石川センパイ」
「あ…いえこちらこそ…」
「じゃ、そろそろ行こごっちん」
「ん」

それじゃ、と梨華に軽く手を振ると、ヒトミは真希と一緒に道路を渡っていった。


「吉澤さんの友だちだったんだ」
あゆみがため息をつくように言った。
「なんか冷たい感じの人だったね」
「…そうだね」
「どしたの梨華ちゃん?」
ヒトミと真希の背中を見つめている梨華。
あゆみの声が届いてないのか、反応を示さない。
「梨華ちゃんっ?」
「えっ、あっ、はいはいなぁに?」
「どうしたの?」
「えっ!?ううん何もっ、帰ろっか」
「あー…うん」
先に後部座席に乗る梨華の後にあゆみも続く。
梨華の瞳が後ろのあの二人を気にしているのはみえみえ。
それでも何とか気付かれないように、窓の外をぼんやり眺める振りをしてみたりする。
やっぱり気になるのは、もう数十メートル先を歩くヒトミと真希。
―――――梨華ちゃんって分かり易い…知ってたけど
そのうち車が発進し、それに連なって変わる梨華の顔を見てあゆみは小さく笑った。

110ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:41




あゆみを送ってからようやく家についた梨華は、玄関のドアを開け中に入ると、いつも
この時間帯には見かけない黒い革靴が置いてあるのに気付く。
―――――お父様もう帰ってきてるのね…めずらしい
「あ、梨華様おかえりなさいませ」
ちょうどそこに家政婦が現れた。
「お父様、早いのね」
「旦那様はお疲れになったらしくて、今日はお仕事を早めに切り上げてらしたそうです」
「そう」
いつも今より遅い時間に帰ってくる父。
疲れたような素振りを見せるのは毎度の事だけれど、今日のように早めに帰ってくるな
んて事は今までそうなかったように思える。
―――――たまには息抜きも必要か…
「お父様はお部屋?」
「はい、ただいまお休みなっておられます」
「そう、ありがとう」
家政婦はぺこりと頭を下げるとぱたぱたとキッチンへ行った。
それを見届けて、梨華もすぐ自分の部屋に向かっていった。

111ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:41


「ふぅ」
着替えもせずに制服のまま、ベッドの上にボサッと仰向けに倒れこんだ。
冷えた布団の感触が背中から浸透して気持ち良い。
思い出すのは、帰宅途中も頭から離れなかったヒトミの事。

『あれ?石川さん』

―――――なんなの、なによ、すぐ横にいたのに気付かなかったっていうの

『もう帰り?今日は早いねー』

―――――なんなの、なによ、毎日反省文書いてる訳じゃないんだから

思い出してはムカムカ、イライラ。
別にからかわれる事は初めてじゃないのに、というか彼女と顔を合わせる時はそれが
もう当たり前のようになってきているのに苛立つ理由が分からない。
ころんと右側に転がる。

「…っていうかなんで私があいつの事気にしなくちゃならないの」
誰に言うわけでもなく、自分自身に問い掛けた。
もう一度、今度は逆に転がる。
「関係ないじゃない、あんなの」

なら、この胸の内の不快なものは一体何?
何かが頭の中でぐるぐる回って、なんだかもやもやする。
初めてのような久しぶりのような微妙な気分。
「うー…」

明日から二連休。
休みの間もこんな状態が続いたらどうしよう、と梨華は頭を悩ませた。

112ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:42




夕食の時間。
ドア越しに聞こえる家政婦の声に呼ばれて、梨華は食堂へ足を運ぶ。
部屋から出るともうそこにはいい香りが漂っていた。
今日はビーフシチューか、ブイヨンをベースにしたデミグラスソースの匂い。
けれどそれほどお腹もすいていなく、食はあまり進みそうになかった。


食堂に着くと、父はもう席について何か書類をパラパラと捲って眺めていた。
その目はとても真剣で、さすが石川グループの上をいくといった所。
働く父の姿を改めて実感したような気がした梨華だった。

座ろうと、椅子を後ろにひいた時その音で父は梨華がやってきたことに気が付いた。
しかしそれは少し顔を上にあげて梨華の姿を確認しただけで、すぐに父の目線は
書類の方へと移ってしまう。
特に何も話すこともなかったので、梨華もそのまま気にせず席についた。
もうそんな事にも慣れてしまった。


それから程なくして料理が運ばれてきた。
見た目も香りも申し分ないビーフシチュー。
けれどそんな料理も、この無言の空間で口にしてしまえばその味は格段に落ちる。
また今日もそんな食事が始まろうとしていた。
その時、
「梨華」
一瞬幻聴かとも思えたが、父の目の先に入るのが自分だと気付くと梨華は食事の手
を止めた。
「何?お父様」
「今日また彼に会ってな」
梨華は表情を変えないで父を見据える。
「金曜日が楽しみだといっていたぞ」
梨華はハッとしたけれど、すぐに
「…そう」
呟くように言うと、またスプーンを口に運び始める。
父はまだ視線を外してはいない。
ただじっと梨華を見つめている。
梨華はそんな事にも気付かず、黙々と食事をしていた。
―――――そう言えば約束してたんだった
今さら悪気も何もあったものじゃない。

113ななしのどくしゃ:2003/01/10(金) 00:42
名も無い彼の立場がなんとなく可哀想に思えてきたな…。
極端だけど、まぁ…いっか。(爆

>名無し読者さま
そぉですか?そんなこと言うともうベタベタに…(笑
ありがとうございます!
なんとか書き上げたらその分の更新はしていくつもりです。

>名無し新年さま
サイコ--------!!ですか?イヤン(*^^*)ポッ(違
(0^〜^)ノ<ハットから猛獣、かっけーYO!
(;^▽^)<いや、だから無理だって…

114名無し新年:2003/01/10(金) 02:19
読んでるこっちも、彼のことを忘れていたのは秘密です(w

そっかーごっちんだったのね。わかってよかったっす。
たのしみにしてまーす!!

11550:2003/01/10(金) 16:47
更新、お疲れ様でした。
ミニスカ白ワンピはごっちんでしたか・・
自分は勝手に松浦さんかと思い込んでましたw
石吉、辻加護と来れば確かに・・

ごっちん登場で石川さんの気持ちはどう動くのでしょうか。
梨華父も何か考えてるのかなぁ?アヤシイw
次回更新、楽しみにしておりますね。

116ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:48




青く澄んだ空の下、白い雲に囲まれて、ここはどこなのか。
周りには何もないけど、どこかとても高い高い所にいる様な気がする。


『石川さん』

…ヒトミ?何してるの?

『ねぇ、なんで石川さんは鳥が嫌いなの?』

だからこの前言ったじゃない、羽とか…ダメなのよ

『羽がキライなのかぁ、もったいないなぁ』

どうして?

『だって羽があったら空飛んで、色んな所に行けるんだよ?遠くにだって行けるよ?』

出来る訳ないじゃない、そんなこと…

『できるよ、なんたってあたし魔法使いだから』

ウソ…

『ウソじゃないよ、ホラ見てて』

え…何して…


パチリ、と指を鳴らす音が聞こえると、周りには白い羽が舞う。
目の前にいたはずのヒトミは大きく手を広げて。

ヒトミは青空に溶けて、消えた。

117ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:48



***********


「待って!」

自分の叫び声でハッと気付く。
闇の中で耳を澄ますとチクタクという時計の針の音しか聞こえない。
「……夢…」
まだ少し頭がぼぉっとする。
ゆっくり起き上がると底は紛れも無い自分の部屋。
夕食の後すぐパジャマに着替えてすぐベッドに入ったのだ。
「…そうよね、夢よね…あんなこと」
片手で髪をかき上げてフゥと一つ深呼吸する。

夢の中のヒトミ。
学校で会う時と変わらないあの表情。
ちょっと人を小ばかにしたようなあの口調も全く同じで、指の鳴らし方も同じ。
現実には起こり得ない事。
広い空の中にすぅと溶け込んでなくなった。
自分の嫌いなあの羽で空を飛んでいた。
「…なんでこんな夢…」
眠りの中で見る夢には、何かしら意味があるらしいという事をどこかで聞いた。
ヒトミがいくら天才だからって空を浮遊することなんてできやしない。
非現実的な夢が現す意味は、いくら考えても分からなかった。
そもそもどうして自分の夢にヒトミが出てこなくちゃならないのか、今の梨華にはそっ
ちの方が気になってしょうがなかった。

―――――…まさか私…
誰かの夢を見る時はその人の事をどこかで思っている時。
自分が思ったつもりはなくても、心のどこかでその人物の事を少なくとも考えている。
そんな事をぐるぐるぐるぐる、瞬きをするのも忘れて考え込む梨華。
認めたくない、認められない、そんな事、あってはならない。

118ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:49

「もう、寝よう…」
何分考え込んでいたのか、もうすっかり冷えて冷たくなってしまったシーツに少し体を
震わせて、時計の音に耳を傾ける。
鼻が隠れるくらいにまでかけ布団を被り、もうすっかり眠気も取れて軽くなった瞼を
また無理やり閉じた。

しかしそれでも、梨華の脳は休もうとはしなかった。
目を閉じると無理やり思い出される今日の帰り道での事。
いや、もう昨日かもしれないけれど、時計は今どこを指しているのかは分からない。

『後藤真希っていうんだ』

そうやって笑顔で嬉しそうに紹介していた。
あの意味不明だった「ごっちん」というのも、彼女の名前を聞いた時にあだ名だったん
だと今になって思い返す。
そして「よっすぃー」というふざけた様なヒトミのあだ名。
どんな風に呼ぼうか二人であだ名を決めっこしたりしたんだろうか。
ニコニコ楽しそうに笑いながら、時にはふざけてわざと変な名前を付けたりしたり。
そう考えるともやもやした気持ちがまた梨華の胸の内を支配する。
「バカ、女の子なんだってばっ」
梨華とヒトミの微妙な関係。
友だちなんかじゃない。
親友なんて、自分はヒトミの事を何も知らない。
ましてや好きな人なんて。

なら、この気持ちの正体は何?
いくら問いかけたって誰もそれを教えてくれることはない。

119ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:49




案の定、この二連休の間で梨華はそのもやもやした気持ちに勝つことは出来なかった。
考えて考えて考え込むうちに睡眠をとることも忘れて、終いには寝不足に。

「うわ、何?その顔」
週の始め、顔をあわせた矢口の第一声はそれだった。
「…そんなに酷い顔してる?」
「いや、なんつーか…」
一昨日まではつるつると若々しかった肌を撫でる。
何だか少し突っかかる感触がする。
できものでも出来たのか、この二日間鏡を見ていなかったので肌の経過はわからない。
それでも、今の肌の感触と瞼の腫れぼったさを重ねて考えてみれば今自分がどんな顔を
しているのか、大体の想像はつく。
「めちゃめちゃ疲れきった顔してる」
「そぉ…」
「やめなよ、ただでさえ明るい方の性格でもないのに、暗くなってどうすんのさ」
普段ならここで「どーゆー意味よまりっぺ!」なんて言い返しもするところだが、睡眠
不足と激しく気落ちしてしまっている事が、梨華の口を重くしていた。
「………」
「ちょっと…大丈夫なの?」
「…平気よ…勉強始めよう…」
「え、あー…」
力なくシャープを握る梨華。
それすらも手にずっしりと重さが伝わってくる様だ。

―――――始めようっつってもなぁ…どうしよ…
矢口はとりあえず勉強を進める事よりも、先に梨華を元に戻すことにした。
まずはどうでもいい事から話に入り、徐々に徐々に気分を取り戻させる。
日ごろから口達者な矢口の腕の見せ所だった。
「ね、そーいえばさ」

しかし、今日は調子が狂っていたらしい。

「英語のやつ、どーなった?」
梨華の目に少し光が戻る。
矢口は心の中で、よし!と拳を握った。
「…英語?」
「そうそう、マジシャンの子に英語教えてもらえーって言ったじゃん」

矢口は地雷を踏んだ。

120ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:49



「誰が教えてもらってくるなんて言ったのよ…」


「いっ……!」
眉をこれでもかというくらいにつり上げて睨むその様は、この間ふざけて見た『神話の
怪物』というあまり趣味の良くない本の中に出ていた『メドゥーサ』という怪物を思い
ださせた。
髪の毛が何十匹もの蛇で、に睨まれた者は途端に石にされてしまうという。
ギラギラした瞳を真正面から見てしまった矢口は初めて梨華に恐怖を感じた。
―――――怖いって、梨華ちゃんっ…!
「ちょっと、梨華ちゃん何があったのさ?」
「何も無いわ…」
「無い訳ないじゃん、そんな顔してっ」
矢口は勢いに任せて開いた教科書をバンッ、と閉じた。

「今日は勉強なしっ、何があったのか全部矢口に話せっ」
小さい体をできるだけ踏ん反り返らせて腕を組んで仁王立ち。
「いやよそんなの…」
「そんなんで勉強したことが頭に入る訳ないだろっ、ただでさえ物覚え悪いのに」
「………」
言い返してこない、やっぱり変だ、そう矢口は確信した。
努めてできる限りの優しい口調で矢口は梨華に話かける。
「ね?話してみなって、話すだけで楽になれるかもしれないから」
「…まりっぺ」
そして梨華はぽつりぽつりとだけれど、少しずつ胸の内を矢口に明かしていった。

121ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:50




そして翌日の登校日。
昨日よりもさらに目を虚ろにさせた梨華は車から降りて、その頼りない足でフラフラと
生徒玄関へ向かった。
「あ、石川さんおはっ…!」
「おはよう…」
「お、おはよぉ…」
通り過ぎるクラスメートたちはもちろん、その他の生徒達も梨華の異変に気付きその身を
よじらせる。
梨華から放たれているオーラを周りの者たち全てが感じ取っている。
そんな事とは知らず、梨華はうつらうつらした瞼を必死でこじ開け視界を確保した。

―――――まりっぺは人の話を聞くタイプじゃないわ…

昨日、矢口に今自分は何に気をとられているのかを全て話した。
するとそれを聞いた矢口は何か良いアドバイスでもくれるのかと思いきや、


『あんたバカじゃないのぉ?』
の一言だった。
矢口のお陰で昨日は余計に眠る事が出来ず、余計に睡眠不足となってしまったのだ。
『いーい?相手が男だとか女だとかそういう事は一切無しと考えて、そのマジシャンがあ
 んたにとってどれくらいの存在でどれ程度の人間関係を保てるかってのが問題なの』

―――――そんな事言ったってねぇ…
ガタガタと自分の靴箱から指定の上靴を出し、靴を履き替えローファーをしまう。


『その子が他の子と一緒にいる時、あんたどんな気持ちだったのよ』

―――――どんなって、それが分かんないから相談したのに…
明らかに周りの子たちよりも遅い歩調で、梨華は階段を一段一段確かめるように上る。


『悲しかった?嬉しかった?ほっとした?』

―――――別に悲しんだり嬉しがったりするほどの事じゃないし、安心出きる訳でもなし


ガラッ、と教室のドアを開け自分の席に静かに着席する。
それと同時に、梨華よりも先に登校していたあゆみがなんとも言えない表情をして、何か
言葉をかける風でもなくそっと梨華に近寄り肩を叩いた。
「梨華ちゃん…なんかあった?」
「おはよぅ…柴ちゃん」
会話とはいえない会話。
とりあえずあゆみの方から梨華に合わせる。
「おはよ…」
「………はぁ」
「ねぇ梨華ちゃん、どうしたの?」
心底心配そうなあゆみに「なんでもない」と小さく言うと、ガラッ、と勢いよく教室のド
アが開かれて皆自分の席へと戻る。
「柴ちゃん先生来たよ…」
「あ、うん…梨華ちゃんホント大丈夫?」
こういう時、柴田はいつものように梨華をからかうのではなく優しく気遣ってくれる。
「うん、大丈夫だから柴ちゃん席戻って、怒鳴られちゃうよ…」
「うん…じゃ、また後で来るから」
そう言ってあゆみは、教室の真ん中の梨華の席から離れ、窓際の一番後ろの自分の席へと
戻っていった。

122ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:50


もともとそうではなかったけれど、なにか気を紛らわすモノがなくなるとまた昨日の矢口
の発言が頭の中に舞い戻ってくる。

『悲しかった?嬉しかった?ほっとした?』

そんな感情はない。
そんな感情ではない。

―――――あの時に思ったのは…

『そんな風に思ったんなら、それは―――』




「…川…石川?」
不意に自分の名前が呼ばれている事に気付き、ハッと頭を上げる。
中澤が生徒名簿を持ってこっちを見ている。
「…はい」
「どうしたん?気分でも悪いんか?」
「ぃいえ…平気です」
「…ほぉか、まぁ気分悪なったらすぐ保健室行きや」
そして中澤は再び名簿の中の生徒を呼び当てていった。

はぁ、と大きくため息をつく。

自分でも予感はしていた。
でも自分の予感は当たったためしがなくて、いつも軽くあしらっていたのに。
こんな時に限ってそれは見事に的中する。
自分がヒトミに大して、そして真希という少女に対して持っていた感情。
それを世間で俗に言う、嫉妬というものなのだと。

123ななしのどくしゃ:2003/01/12(日) 16:51
レスありがとうございます!

>名無し新年さま
やっぱり忘れられてましたか。。。そりゃそーですよね、作者ですら忘れて(略
>たのしみにしてまーす!!
Σ(;‘д‘)ノ<アカンて!(笑

>50の名無しハロモニさま
松浦さんはそれほど重要にはならないですね、ごめんなさい。
後藤さんはようやっと出すことが出来ました。。。長かった。(涙
石のおとーさんは、あれですね、あの…(0^〜^)<秘密♪

124YUNA:2003/01/12(日) 17:34
めちゃ②、面白いですっっ。
ついに、梨華ちゃんは自分の気持ちに気付いたっっ!?
続きがめちゃ②気になります。
楽しみにしてますっっっ♪♪♪

125名無し新年:2003/01/12(日) 17:41
嫉妬キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
やっと気付いたかい梨華ちゃん。
これからの展開に超期待!!

126ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:30




友だちとしての嫉妬とは違う。
ヒトミを一人の女性として彼女の事を見ていた。
いつの間にか。
自分の恋の対象として。

分かっていたけど分からない振りをしていた。
気付いていたのに気付かない振りをしていた。
意地っ張りなお嬢様。

女の子だから、女の子なのに。
世の中の一般常識に振り回されて自分の気持ちを否定してた。
女の子は女の子を好きになっちゃいけない。
女の子は女の子を恋愛対象として見ちゃいけない。
あゆみや矢口の様に言ってくれる人ならば良いけれど、そうじゃない周りの人たちからは
『異常』と見られてしまうのが怖い。
女子高で多いと言われるこの事実。
でもそれはおそらくきっと、憧れ。
自分より優れ美しいものに対する憧れの対象でしかない。
所詮はこの学院の中でくくられたものにしか過ぎない。


それに自分は石川家の一人娘だから。
将来を決められている私にはもう既に婚約者が決められているのだから。
大企業の一人娘がレズビアンだと知られたら、父も世間も許してはくれない。
想っちゃいけない。
好きになっちゃいけない。
この子の事を、ヒトミの事を。

127ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:30

―――――居るかな…?

屋上に続く階段をおそるおそる上っていく。
いつもよりもちょっと早く、昼食を食べてすぐここへ来た。
彼女がそこにいて欲しくないという気持ちと、それとは逆に居て欲しいという気持ちが胸
の中で7:3くらいの割合を占めている。
つまりは居て欲しくない。
なら何故自分は、今ここにいるのだろう。

やはり問いただしておきたかった、あの真希という少女の事を。
少しでもいいから、ヒトミとの関係を知りたかった。
友だち・親友、それ以上の関係。
もしかしたら姉妹なんてこともあるかもしれない。
ただいつものようにマジックを見せてもらうだけなのに、今日は全然別の理由でここに来
ていた。
そしてそれらの理由以上に、ヒトミの顔が見たかった。

カチャ、となるべく静かにゆっくりとノブを回してドアを開けた。
「うっ…」
ひゅうっ、と少し強い風が梨華の体を拒むように吹き抜ける。
スカートが捲れそうになるのを慌てて抑えて、ヒトミの姿を探す。
―――――居ない…
と思ったのもつかの間、


「あ゛ーもうっ、なんなんだよこの風ぇ!」


―――――ヒトミ?
「あーこらコノヤロ、動くなっつーの!止まってろ!」
間違いなかった。
ドアの横の壁の向こうからヒトミの苛立った声が聞こえる。
死角になって見えなかっただけだった。
「ヒトミ?居るの?」
そっと顔だけを壁から覗かせる。
「ヒト……」
梨華はそれを目の前のにして、目を見開いた。

128ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:30




「キャアアアアアア!!」




「えっ、げっ…石川さんっ!?」
耳にして二回目の梨華の悲鳴で、ヒトミはようやく梨華の存在を知る。
自分の足元でポッポポッポ鳴いている数十羽のハトたちを自分の後ろに追いやって、そし
てブンブンと首を振り乱しながら言った。
「ち…違うよっ、石川さんを怖がらせるつもりじゃなかったんだよ!早めに来て石川さん
 が来る前にちょっと練習しようと思って、それで…!!」
その場に崩れる落ちた梨華に、必死で説明するヒトミ。
「ゴメンッ、すぐ家に帰すからっ」
ヒトミは人差し指と親指で輪っかを作り、それを口にくわえてピィッ、と口笛を吹いた。
それを聞いたハトたちはピクッとそれに反応して、一切の動きを取りやめる。
それからヒトミは右手をグーパーグーパーと開き指をコキコキと鳴らす仕草をとった。

何度もヒトミのマジックを見てきた梨華には、それが指を鳴らす前のヒトミの癖なのだ
と言う事を理解していた。
そして思い出していた。
この光景を、どこかで見た、と。

高いこの場所。
上には青い空。
ヒトミの周りの白いハトたち。
驚くほどのこの一致。

―――――夢の中と一緒…

「続きは帰ってからな」
すぅ、と右手を軽く掲げた。
見れば分かる。
ヒトミが指を鳴らせばこのハトたちは一斉に飛び立っていくだろう。
あの夢の中で見た、あの白いものと同じ様に。
そしてそれと共にヒトミはあの青い空に消えたのだ。

―――――バカ…そんな事、ある訳ないって言ったの自分なのに
そう心の中で自分に言い聞かせても不安の波は留まらない。
―――――無理よ…だってヒトミは…



『あたし魔法使いだから』



「!?」


「よし、そんじゃな」
ヒトミが親指と中指を合わせて指を鳴らす形を作った。

129ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:31



――――――――――


―――――……






数十羽のハトたちは白い翼を羽ばたかせて、夢と同じ様に一気に空へと飛び立った。
ヒトミを残して。


「…あの…イシカワ、さん?」


耳元から心地良い低さの彼女の戸惑った声。
ぐっ、と腕に力を込める。
「あの…どうしたの…?」

何も考えていなかった。
苦手な鳥を前にしてガクガクと震える足に死ぬほど力を込めて、筋肉を奮い立たせて。
拒む体を無理やり立ち上がらせて。
それほどまでに夢中だった。
夢中で足を踏み切って、夢中でハトたちの中に飛び込んで。

夢中でヒトミの胸に飛び込んだ。

「あの…」
ヒトミの3度目の呼びかけに、ようやく我に返る。
胸に埋めていた顔をバッ、と離すとヒトミの顔はすぐ目の前。
今さらになって顔が熱くなる。
「あっ…ゴッゴメンなさいっ」
「…どうしたの?石川さん」
梨華はぐっ、と口を噤む。
―――――言える訳ないじゃないの…ヒトミが、夢のときと同じように……



『飛んでっちゃいそうだったから』

130ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:31

「ごめん、すぐどくから…」
背中にがっちりと回していた腕を解いて急いで後ずさろうとする梨華。
しかし
「っきゃっ!?」
「おわっ!?」
さっきヒトミに走り寄った時に鳥への恐怖はまだ抜け切った訳ではなかった。
恐怖を感じる事も忘れていただけだった。
「大丈夫?石川さん」
崩れ落ちそうになった梨華を慌てて受け止めるヒトミ。
腰の辺りに回された腕の感触。
意外に細く、意外に逞しい。
それとは違い細くても華奢な梨華の腕は、ヒトミの首にしっかりと巻きついていた。
―――――やだもぅ、さっきよりアブナイ体勢じゃない…!
「ねぇホントに石川さん大丈夫?足震えてない?」
「だい…じょうぶ…よっ」
「あ、ゴメン…そんなに怖かった?鳥」

『鳥』
その単語を聞いただけで、梨華の中で箍がはずれた。


「…っふ、…ぐっ…」
ぽろぽろと面白いくらいに流れる大粒の涙。
こんなに簡単に泣けるものなんだと、梨華は泣きながら感心する。
しかし驚いたのはヒトミの方だ。
「ちょっ…!石川さん、泣かないでよ」
泣くなと言われてすぐにピタリと泣き止む事ができる奴なんているだろうか。
そんなのは演技中の役者くらいにしかできない芸当だろう。
「…っく…ひくっ…ぐずっ…」
「ね、ねぇってばぁ…」
ポンポン、とあやされる様に背中を叩かれてますます涙は零れていく。
「…ふぇっ…っぐ、す…っく…」
「も、もう二度とあいつら連れて来ないからさ、お願いだから泣き止んでよ…」
梨華はヒトミの肩口に顔を埋めたまま、首をふるふると横に振った。

―――――違うの…鳥が怖かったんじゃない

「ね?石川さん」
今度はポンポン、と頭を撫でられる。
久しぶりに感じた人の腕の中の暖かさ。
高鳴る鼓動。
香水でも何でもないヒトミの匂いに包まれて、声を殺して泣いた。


―――――良かった…ヒトミが、いなくならなくて…


梨華はヒトミに対しての自分の気持ちを、初めて素直に言葉にする事ができた。

131ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:31




そうしてしばらく泣き止むまでヒトミに抱きついていた梨華。
もう体を離して、二人フェンスに寄りかかって座っている。
ヒトミから渡されたブルーのハンカチは、梨華の涙でぐしょぐしょに湿っていた。
「…ありがとぅ」
「いいえ」
ヒトミは濡れた方の面を裏返し、乾いた面を上にしてポケットにしまった。
「ごめんね…汚しちゃって」
「あたしも勝手に借りちゃったから」
まだ何となく潤んだ瞳を手の甲で擦ると、ちょっとからかう様に言った。
「今日はちゃんと自分のハンカチ持ってきてるのね」
「まさか、泣いてる人に「自分のハンカチ使え」なんて言えないでしょ?」
「確かに」
肩を竦めてクスッと笑うと、ヒトミもそれにつられてハハッと笑う。

「ねぇ、あのハトってあなたのだったの?」
話題が見つからない梨華は、寄りによって自分の嫌いな鳥を話のタネに持ってきた。
「うん、マジックで使ってるモノは全部持参品だよ」
「あのハト、飼ってるの?」
「そ、あとウサギもいる」
トラとかライオンはさすがにいないけどね、と言うヒトミにまた微笑む。

「一人暮らしで寂しいからね、動物が自然に増えてっちゃうんだ」
「え、一人暮らしなの?」
「うん、しかもめちゃ広い一軒家に」
あたしが日本に行くって言った時に、こっちに家を借りたんだ。と付け加える。
「やっぱ娘に不自由はさせたくないんだろうね、あんなにでかい家要らないのに」
「お父さんはどうして向こうに残ったの?」
「親父もマジシャンなんだ、向こうじゃ結構有名だよ」
親子二代で有名マジシャン。
よく考えたらすごい人と一緒に居るんだ、と梨華は思わず考え込んだ。

「ねぇ、じゃあどうしてヒトミは日本に来たの?」
「両親が日系?って言うの?血は完璧に日本人なの」
だからヒトミは日本語も喋れるし日本人なのか、と梨華はうんうんと納得する。
「日本語も完璧覚えた事だし、二人の故郷の日本に一度でいいから行きたいっ、て言
 って向こうでの仕事もすっぽかして駄々こねて、無理やりこっちに来たの」
親父はカンカンに怒ってたけどね。
ニカッ、と笑うヒトミは以前見た時のような悪戯っこの様な表情をしていた。

「そっかぁ、いいなぁ…」
ヒトミは首をかしげた。
「何が?」
「私、お母様いなくてお父様ともあんまり仲良くないから…」
「え…あ…ごめん」
梨華は首を横に振る。

「もう慣れちゃった」
ヒトミの方を向いてニッコリと微笑むと、心底すまなそうにしていたヒトミもその内
笑い返してくれた。

132ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:32



「あ、ねぇ石川さん、今日うち遊びに来ない?」


「えっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「あのね」
よいしょ、とヒトミは梨華に向き直って座る。

「別に学校でもいいんだけどさ、学校じゃできないマジックも色々ある訳ね?それでさ、
 あたしんちでいつも週に2・3回練習してるんだ」
ヒトミは手で色々なジェスチャーをしながら説明する。
梨華の鼓動が段々と、期待によって大きくなる気配がする。
「それでね?石川さんが最初に見たマジックショーの時にさ、あたしのアシスタントに
 3人、女の子いたでしょ?」

胸がちくり、と痛んだ。

「その子たちもいるんだけど、もしよかったらさ、石川さん来てよ」
「…でも…」
「あ、嫌だったら無理しなくていいんだよ?自由意志に基づいてだから」
「ううん、違くて…」
「あ、それともお父さんが許さないとか?結構厳しそうだったし」
「ううん、それはちょっとごまかしたら多分大丈夫…」
真希というあの少女も来る。
その事が、梨華の思考と行動に歯止めをかけていた。
あの子とヒトミの関係は、未だ分からずじまい、聞けずじまいのままだ。

本心は行きたい。
行ってあの子との関係を知りたがっている。
でもその反面、真実を知ってしまうのが怖い。
ヒトミと真希がもし、今自分が思っているような関係なのなら。
自分の本心に気付いた梨華は、そう考えるだけで今までとは比べ物にならないくらいの
不安感に押しつぶされそうになる。

「どうする?うち、来る?」
「………」
梨華は決心して、ごくりと唾を飲み込んでゆっくりとはいた。

「行く…」

133ななしのどくしゃ:2003/01/13(月) 10:32
何だか段々書き方変わってる気が…。まぁいいか。(爆
意外と早く書けたので早速更新しました。。。

>YUNAさま
これはこれはYUNAさまっ!(リストランテ風)
ありがとうございます、梨華ちゃんもやっと…。
YUNAさんの作品も密かに覗かせてもらってます。
お互い頑張りましょうね!

>名無し新年さま
はい、スレも100超えてやっと…。(ノД`)・゜・
引っ張りすぎたな…自分。(苦笑
( ゜皿゜)<キタイシチャダメダッテイッテルノニ…モウドウナッテモシラナイカラ(笑

13450:2003/01/13(月) 12:23
いよいよ石川さん、吉澤家に乗り込むんですねぇ〜!
しかし数十羽のハトを屋上に呼び込む吉澤さんにビックリですw
自分の気持ちに気づいてしまった石川さん、早く素直になって下さい・・
名も無き婚約者の彼とはどうなるのかも、密かに気になりますw

135YUNA:2003/01/13(月) 14:31
あぁ〜、なんか切ないっす...
梨華ちゃん、もっと素直になろぉよぉ〜〜(苦笑)
ってか、うちの駄文も読んでくださってるなんて...
嬉しいっす...(涙)
はい、お互い頑張りましょう♪♪♪

136名無し新年:2003/01/13(月) 16:20
( ゜皿゜)<スゴクスゴクキタイシテルノヨ。オモシロックッテツヅキニキタイ(笑

ガンガッテくださーい!!

137名無し新年:2003/01/13(月) 19:31
このお話、今一番楽しみにしてます。
よっすぃ〜の不思議な雰囲気が大好きです。
頑張ってください!

138ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:18




「…ここに一人暮らししてるの?」
「うん」
推定50〜60坪はあるだろうか。
白く塗られた壁はまだ新しい。
梨華の家よりは小さいけれど、一軒家で一人暮らしとなるとしては大き過ぎる方だ。
「使ってない部屋とかも出てきちゃってさぁ、困ってるんだよね」
どうぞ、と促されて先に家の中に入った。

家の中も外同様、まだ新しさが残っており掃除も行き届いている。
「きれいだね」
「そう?」
「私、掃除嫌いだからいつも部屋汚しちゃうんだ」
アハハ、というヒトミの笑い声が響く。
「上がってよ、ごっちんたちまだ来てないと思うから」
“ごっちん”という単語に必要以上に敏感になってしまっている。
それと同時に“まだ来てない”という言葉にも反応する。
事実上、今家に居るのは梨華とヒトミの二人きりだという事になるからだ。

靴を脱いで案内されるままリビングへ入ると、ここもまたキチンと掃除されている。
鮮やかなブルーのソファにガラスのテーブル。
キッチンへ向いたカウンター式の食卓。
甘いキャラメル色のフローリングには塵一つ落ちてはいない。
「座ってて」
ヒトミに言われてソファにそっと腰掛け、横に鞄を置いた。
「自分でいつも掃除してるの?」
「うん、掃除とかは結構好きな方だからね」
同じ年頃だというのにこの差はどうだろう。
家政婦に任せっぱなしで部屋の掃除なんかほとんど一度もした事ない。
ヒトミの言葉に、梨華は昨日までの自分を恥じた。
「紅茶でいいかな?」
「…あ、お構いなく」
キッチンでゴソゴソとやっているヒトミに、少し苦笑ぎみで答えた。

139ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:18


「はい」
程なくしてヒトミが湯気のたったカップを持ってきて、梨華の前に置く。
「ありがと」
「熱いからね」
そう言って梨華の左隣にある一人がけのソファに腰を下ろし、自分の紅茶をこくり、と飲んだ。
梨華もそれを見届けると、目の前に置かれたカップを両手で持ってひと口飲む。
アップルティーだった。
果実の酸味と甘味が紅茶の葉とちょうどよく合わさって梨華は思わず頬をほころばせる。
「おいしい?」
カップに口をつけたままヒトミが聞いてきた。
「うん」
「そ、良かった」
安心したようにまたカップに口をつけるヒトミを、梨華は黙って見つめた。
梨華は躊躇していた。
ヒトミに真希の事を聞こうかどうか。

自分で抑えきれないほどの不安はある。
もしヒトミが真希と付き合っているか、もしくはどちらかがどちらかを好きだとしたら。
ヒトミの言動からもう少しすれば彼女は現れる。
そして二人のそんな態度を前にして、梨華は笑っている事など出来ないだろう。
それでも梨華は真実を知りたかった。
もうここに来てしまった以上、最後まで見届けよう。
せめて真希が来る前に、ヒトミの口から聞いておこう。

「…ねぇ」
震える声を必死に隠して、梨華は言った。
「ん?」
「あの…」
ヒトミと目が合う。
日本人離れした大きな瞳がじっとこっちを見つめている。
それだけでも梨華の心臓は収まらなくなっている。
「何?」
「あの、ね…」
「うん」
「後藤さん、って…」
「ごっちん?が、何?」
優しく微笑む瞳に顔を背けたくても背けられない。
もうすでに名前を出してしまったのだから、と梨華は意を決した。

「どう、いう…関係…?」
途切れ途切れになりながらも、なんとか言い切る事ができてホッ、と胸を撫で下ろす。
―――――言っちゃった…

140ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:19


「はい」
程なくしてヒトミが湯気のたったカップを持ってきて、梨華の前に置く。
「ありがと」
「熱いからね」
そう言って梨華の左隣にある一人がけのソファに腰を下ろし、自分の紅茶をこくり、と飲んだ。
梨華もそれを見届けると、目の前に置かれたカップを両手で持ってひと口飲む。
アップルティーだった。
果実の酸味と甘味が紅茶の葉とちょうどよく合わさって梨華は思わず頬をほころばせる。
「おいしい?」
カップに口をつけたままヒトミが聞いてきた。
「うん」
「そ、良かった」
安心したようにまたカップに口をつけるヒトミを、梨華は黙って見つめた。
梨華は躊躇していた。
ヒトミに真希の事を聞こうかどうか。

自分で抑えきれないほどの不安はある。
もしヒトミが真希と付き合っているか、もしくはどちらかがどちらかを好きだとしたら。
ヒトミの言動からもう少しすれば彼女は現れる。
そして二人のそんな態度を前にして、梨華は笑っている事など出来ないだろう。
それでも梨華は真実を知りたかった。
もうここに来てしまった以上、最後まで見届けよう。
せめて真希が来る前に、ヒトミの口から聞いておこう。

「…ねぇ」
震える声を必死に隠して、梨華は言った。
「ん?」
「あの…」
ヒトミと目が合う。
日本人離れした大きな瞳がじっとこっちを見つめている。
それだけでも梨華の心臓は収まらなくなっている。
「何?」
「あの、ね…」
「うん」
「後藤さん、って…」
「ごっちん?が、何?」
優しく微笑む瞳に顔を背けたくても背けられない。
もうすでに名前を出してしまったのだから、と梨華は意を決した。

「どう、いう…関係…?」
途切れ途切れになりながらも、なんとか言い切る事ができてホッ、と胸を撫で下ろす。
―――――言っちゃった…

141ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:19

口をぎゅっと結んで見つめる梨華に、ヒトミは一瞬驚いた様な顔をしていたが、「うーん」と
少し考えて、すぐにまた笑顔に戻った。
「なんだろうなぁ、友だち兼アシスタント、って感じかな」
「え?」
それを聞いて梨華は再びホッ、とする。

ヒトミの話によると、自分が向こう(アメリカ)でマジックをしていた時、自分にはまだ正式
なアシスタントがいなかったらしい。
いつも父の手伝いをしている人たちを借りて活動していたのだが、日本に行くと決めた時は、
まさかアメリカに残ると言う父のアシスタントを無理やり引っ張ってくる訳にも行かず、家を出る前に父の日本の友だちに連絡をとってもらい急きょアシスタントの募集をしたという。
その時の応募の中の一人に、真希が居たのだ。

「思ったより人数が多くてね、その中から2〜3人に絞る為に個人面談をやったんだ」
20人くらい居たかなぁ、と懐かしむ様な顔をするヒトミ。

「それでね、みんなに話を聞いて最後に全員に同じ質問をしたんだ、『どうして募集を受けよ
 うと思ったの?』ってね」
ヒトミはすっ、と目を細めてちょっとだけ真面目な顔をした。
「あたしのファンだから、っていうのが一番多かったな、まぁ嬉しかったけど」
「それで、どうしたの?」
「うーんとね、それでごっちんの番になって…、その時初めてごっちんに会ったんだ」
ヒトミが真希に対する初めの印象は「冷たそう」だったそうだ。
そう言えばあゆみも同じ事を言っていたなぁ、と梨華はふと思い出す。
「それで段々話を進めていって、それで最後に例の質問をした」
「うん」

「そしたらごっちんは「あなたのマジックが好きだから」って言ったんだ」

ヒトミは意気揚揚と話し続ける。
「もうなんかビビッ、ときたね、ごっちんはあたしのマジックを見てそれでここに来たんだって、
 あたしがマジックをする人って事以外、何にも知らずに」
ヒトミは真希がそう言うまで、真希もまた他の応募者達と同じだと思っていたらしい。
他の応募者達はヒトミ・ヨシザワの名前を聞き、もしくはヒトミのファンだという者しか居なかっ
た。
酷く落胆していたのだと言う。
「嬉しかったよ、嬉しかったんだけどあたしはそういう人をアシスタントにはしたくなかった」
「どうして?」
梨華が聞き返すとヒトミは薄く笑い返し、
「他の人は、あたしのマジックじゃなくて『あたし』を見てる、アメリカで有名なマジシャン『ヒ
 トミ・ヨシザワ』をね、みんなあたしの名前に引かれてここに応募したんだと思った、それなら
 別にあたしじゃなくて、他の有名なマジシャンがいればそっちに行ったって同じでしょ?」

142ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:19

笑っているけれどこうやって真面目に話すヒトミに、梨華は何も言えないでいた。
そしてヒトミは淡々と話し、その応募者の中から真希一人だけを選んだと言う。
「それで今じゃあたしの友だちでもある」
ヒトミは紅茶をひと口含んだ。
―――――そっか、恋人じゃなかったんだ…
もう何度胸を撫で下ろしただろう。
梨華は何日分も溜め込んでいた不安要素を全て捨てる事ができた。


「あ、それじゃあのピエロさんたちは?」
とってつけた様に言う梨華。
当のヒトミも「え?あぁ」といった具合に、存在を忘れていたらしい。
「あいぼんとののはあたしが頼んだの」
あの二人のピエロの名前は、赤い衣装に身を包んだのが亜衣で、黄色い方は希美で通称「あいぼん
」と「のの」というあだ名がつけられているのだそうだ。
正式なアシスタントに真希を雇ったものの、一人では手に余る。
どうにかしようとヒトミは一人で街を歩いていたところ、ある中学校の前を通りかかった。
その時、おそらく給食後の休み時間だろうか、グラウンドがなにやら騒がしくて何事か?とフェン
スごしにその様子を窺ったのだ。

そこにいたのが亜衣と希美だった。
二人は仲良く一緒に、グラウンドののぼり棒や、ぶらさがって渡るはしごなんかで遊んでいた。
それは遊ぶと言うところのレベルではなく、まるで何かのお披露目かと思われるくらいピョンピョ
ン飛び回ったり踊ったり、中学生とは思えないほどの幼さが魅力的だった。
そして時には、漫才コンビかと思われるほどの巧みな話術で、周りにいた他の友だちを笑わせてい
たのだという。
息も完璧にピッタリだった、とヒトミは頷きながら言う。
「それでこの子たちなら面白い事やってくれそうな気がしたんだ」
「そうなんだ」
「あたしの勘に間違いは無かった!ごっちん・あいぼん・ののたちを入れて、アメリカにいた頃よ
 りも数倍かっけーマジックが出来るようになったんだ」
本当に嬉しそうに笑うヒトミに、梨華もつられて笑顔になった。

「でも最初は悲しかったなー、あいぼんたち初めて会った時あたしの事「なんやのねーちゃん、頭
 おかしいんとちゃう?」なんて言ってきてさぁ、泣きそうだったよあん時はー」
ののの「おねーさんは誰なんですか?」でちょっと救われたけど、とヒトミはぷぅ、と頬を膨らま
す。
「でもま、そっちの方がいいけどね、あたしの名前につられることはなかったから」

143ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:20

「ねぇ」
梨華は何を思い立ったのか、さっきのヒトミに負けないくらいの真顔で口を開いた。
「何?」
「さっき言ってた、その…後藤さん以外の応募者の人たち」
「うん?それが、何?」
「その人たちね、みんながみんな『ヒトミ・ヨシザワ』の名前につられたんじゃないと思うの」
梨華は気付かない内に胸の前で手を組んで、乙女チックな格好になっている。
ヒトミは気付かない振りをして、梨華の話に食い入った。
「え?どういう事?」
「多分その中には、『ヒトミ・ヨシザワ』じゃなくって『吉澤ひとみ』っていう女の子に憧れて来
 た人も何人かいたと思うの」
「はぃぃ?」
まったくもって分からない。
お手上げ、とでも言うかのようにヒトミはおおげさなポーズをとる。

「学院とかでもね、ヒトミってすごく人気あるの、ヒトミは気付いてるか知らないけどすごいの、
 背も高いし、顔も結構きれいだし、なんか性格もみんなとは違ってて、スポーツも出来るし」
あゆみに言われて自分で批判していた事も少々混ざりながらも、梨華は一気にまくしたてた。
「見た目だけじゃないけどね、やっぱり中身っていうのかな?そういうヒトミの人間性?が分かる
 人には分かると思うんだ、私」
言いたい事を全て言い切ってパッ、と顔を上げると梨華はそこで驚いてしまった。

144ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:20


「………」
「…あ…」
見ればヒトミの顔はいつの間にか赤くなっていた。
それを見て、梨華は自分の言った事を反芻し、同じく顔を染める。
「「………」」
二人とも顔を真っ赤にしながら俯いて、それ以上話す事もお互いの顔を見る事も全部ストップさせ
てしまった。

―――――…は、恥ずかしい…なんで?
何故あんな事を言ってしまったのか自分でも分からない。
ただ思った事を全部言いたくて言ってしまったのだ。
「「………」」
辺りはしーんとして物音一つせず、二人とも自分の胸の鼓動しか聞こえなかった。

しかし考えてみれば、ヒトミのあんな表情は初めて見た。
出会ってからもう10日近いがヒトミはいつも余裕綽綽という感じだった。
それが今じゃ自分の横で耳まで顔を赤く染め小さく縮こまっていて、まるでただの女子高生だ。
普通の女の子、と言ったのは自分からだけれど、普段のヒトミからはやはり考えられない。
「…あの」
「はひっ?!」
いかにもマヌケな奇声をあげる梨華。
「そ、そんなに驚かないで…あのさ、石川さんはさ…その」
まだ赤色の取れないヒトミは、らしくないモジモジとした口調で言う。
「な、に…?」
「石川さんは…ぁの…あたしの…」







「「「よっすぃ〜!ちょっと、てつだってぇ〜!」」」







ヒトミが何か言おうとした時、玄関の方から明るめの声が三重に聞こえてきた。

145ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:20
あーなんかやっと半分くらい書けたって感じです。。。
長くなりそぉ…。

>50の名無しハロモニさま
何故かハトは使いたかったのです。(謎
梨華ちゃんはもうなんというか、意地っ張り一直線!って感じです。
そうですね、彼は………………………どうしよう。(笑

>YUNAさま
駄文だなんて。。。こちらこそ呼んでいただいて光栄ですわ。(笑
私が書くものの主人公は、何故か皆ひねくれてしまっているのです。
( ´Д`)<やっぱ作者に反映してるよね、あはっ。

>名無し新年さま
( ゜皿゜)<ナンテコトスルノ、オモワズフキダシチャッタジャナイノ。(実話
( ´酈`)<『こうかいさきにたたず』というのれす、さきにたたせてくらさい。
でもがんばるっす!!

>名無し新年さま
マジですか?!それはメッチャ嬉しいです。
(*0^〜^)<いやぁ…照れるなぁ。
ありがとうございます!こりゃもうハイペースで更新していきたい勢いです。

146ななしのどくしゃ:2003/01/14(火) 18:35
うぎゃああああああ!
139−140のとこ二重投稿してしまったっ!
PC調子悪いなぁ…。
スマソ(ぺこり

147YUNA:2003/01/15(水) 14:52
あぁ〜、超〜いいトコなのにぃ〜〜(笑)
モジ②するよっすぃ〜、可愛すぎっす♪♪♪

>やっぱ作者に反映してるよね。
そんな事はないでしょ〜〜
でも、ななしのどくしゃさんが書く小説大好きですよっっっ♪♪♪

148名無し新年:2003/01/16(木) 01:35
( ゜皿 ゜)<マダマダキタイシチャウワヨ。モウハマッチャッテルンダモノ。
( ´酈`)ノ<しょうがないのれす。

149ななしのどくしゃ:2003/01/18(土) 20:27

ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が段々と近づき、そのうちの一人が文句たれたれ梨華とヒトミのいる
リビングに顔を出した。
「ちょっとよっすぃー聞いてんの?買って来たんええけど色々買いすぎて3人じゃ持ちきれ
 んねん、せやから手伝ってて言うてんのに、こら聞いとんのかこのあほ…」
ものすごい早さの関西弁でヒトミを豪語するこの少女は、梨華の姿を見るとそのマシンガン
のような口の動きを一切取りやめ、抱えるように持っていた荷物をドサッ、と床に置いた。
「あれ?お客さんやったん?」
「よ、よっ…あいぼん…」
「こ、こんにちは…」
亜衣(通称あいぼん)はキョロキョロと二人を見比べる。
放課後、制服姿のままここへやって来た為ヒトミと同じ制服を着ている梨華を、=(イコー
ル)友だちという図式に当てはめた。
「なんや珍しいなぁ、よっすぃーがうちら以外の友達連れてくるんは、初めてやん」
「そ、そだっけ?」
「何ビクついてんの?」
怪訝な顔をして亜衣はヒトミをじっと見つめた。
そして、


「あいぼぉ〜ん、荷物〜」

玄関の方から間の抜けた声がして、亜衣はハッ、として口調を荒立てた。
「そや、はよ手伝ってや!荷物たくさんありすぎんねん!」
はよ!はよ!と、亜衣にバシバシ背中を叩かれ、ヒトミは渋々重い腰を上げ玄関に向かう。
けれど亜衣はまだ玄関には向かわないで、視線は梨華に向けている。
「ねーちゃんもや!人数は多いほうがはかどるやろ!」
「えっ?私も?」
「ええから!」
息つく暇も無く梨華の腕をぐっ、と引っ張る亜衣。
よっぽどのせっかちなんだ、と梨華は悟る。

玄関に顔を出すと、そこには山盛りの荷物とそれに被さるように制服姿の真希ともう一人(
おそらく希美)中学校の制服姿の少女が積み重なっていて、ヒトミはそれらを見下ろしなが
らオタオタしていた。
「ちょっ…!なんだよこれぇ!?」
するとぐったりしていた真希が答えた。
「今日の夕食とぉ、練習に使うもろもろの道具〜、とあと歯磨き粉きれてたでしょ?買って
 きたよ〜」
「いやそれにしても多すぎだよ!ってか、あ〜ぁこんなにお菓子買って」
脇に置いた菓子類ばかり詰め込まれたビニール袋を見て、ヒトミは呆れる。
「またののだろぉ」
「てへへ、安かったんだもん」
思ったとおり、もう一人は希美と言う少女だった。
希美はその口から八重歯を覗かせて笑う。

150ななしのどくしゃ:2003/01/18(土) 20:27

「あれ?おきゃくさんですか?」
ヒトミの後ろに立つ梨華に気付いた希美。
そして真希も梨華の存在を確認すると、笑って手を振る。
「あ、石川センパイだ、こんばんわ〜」
「へ、あ、こ、こんばんわ」
「あっは、どもり過ぎ」
へらへらと笑う真希は、あゆみ(過去にヒトミ)が言っていた様な『冷たい』というものとは
大分かけ離れている気がした。

亜衣は首を傾げて梨華とヒトミ・真希を見比べる。
「なんやの、二人ともこの黒いねーちゃんと知り合いなん?」
「なっ…!?」
―――――ひ、人が気にしてる事を!
肌の事を指摘され梨華はむっとして亜衣を見ると、それを真希がたしなめた。
「ごめんねセンパイ、あいぼんは正直だから」
「後藤さん、それフォローになってないのです」
さすがヒトミの助手をしているだけある。
梨華は怒りながら納得した。

「あいぼんもののも覚えてない?」
今まで横で笑いを堪えていたヒトミが、まだ顔に笑いを残しながら言った。
「何をですか?」
いまいち思い出しそうも無い二人に、真希が助け舟を差し出す。
「ほら、初めてやったショーの時にステージに…」
「「ショー?…あ―――――!!」」
亜衣と希美は二人同時に梨華を指差す。

151ななしのどくしゃ:2003/01/18(土) 20:27




「思い出したっ、ピンクのねーちゃんやっ」
「ピンク好きなおねーさんっ」




二人、顔を見合わせて何度も頷く亜衣と希美。
梨華はもう落ち込む気もなくしてしまったようで、どちらかというと諦めた表情を見せる。
―――――だから好きなんだってば…はぁ…

「はっ!こんな事してる場合じゃないで!アイス溶けてまうっ!」
「うそっ!?そんなのヤダッ!!」
「えぇ!?おまけにアイスまで買ってきたのっ!?」
5人でいるには狭い玄関でヒトミ・亜衣・希美たちはぎゃあぎゃあとひしめき合う。
「せやかて30円引きやって、安かったんやもんっ!」
「あいぼん前にもそう言ってアイス買ってきてまだ全部食って無いだろっ」
「あぁ〜アイスが溶けるのです〜!」

―――――さ、騒がしい…
その一言に尽きる。

「センパイ」

どうやって抜け出してきたのか、あの3人の間でもみくちゃにされていた真希はいつの間に
か梨華の後ろで食材の入った袋を抱えて立っていた。
「あの〜悪いんだけどこれ持ってくの手伝ってほしいんですケド」
「あっうん、いいよ」
「ありがとー」
梨華に軽い方の袋を渡すと、真希は先にキッチンへ行ってしまった。

「賞味期限が切れる前に食っちゃえよ!」
「ののに言ってぇな!そんなんよう知らんわ!」
「アイス〜!溶けちゃう〜!」
ヒトミたちはまだ口論を続けている。
とりあえずこの3人は放っておいて、梨華は真希のいるキッチンに向かう事にした。

152ななしのどくしゃ:2003/01/18(土) 20:27


「あ、センパイありがと〜、こっちこっち」
「うん」
ダイニングで真希はテキパキと食材をしまい込んでいた。
野菜・果物類、冷凍食品は冷蔵庫のチルド室へ。
調味料などは下の大きな棚にまとめて入れる。
これから食べる物や飲む物は、必要な分だけを残し脇に固めて置く。
真希はどうやらこの家の何もかもを知っているようだ。
少し複雑な、けれどさっきよりはよほどマシな気分になりながら、梨華は真希の隣に行く。
「よいしょっと」
梨華はカウンターテーブルの上に任された荷物を置いた。
「重かったでしょ」
運んできた荷物をゴソゴソやりながら真希は言った。
本当ところ、梨華のか細い腕にはちょっときつかったが、そこは社交辞令。
「ううん、大丈夫だよ」
「の割には両手で抱えてきつそうだったね〜」
バレバレだった。
そう言って真希はニヤニヤと笑う。
―――――ヒトミに関わるとみんなこんな風になるのかしら
どうでもいい人間関係などを思い浮かべてしまった。

「さぁて、作りますか」
真希はやる気マンマンといった感じで腕まくりをし、まな板やら包丁やらを出し始めた。
「って言ってもギョーザなんだけどね〜」
『冷凍ギョーザ・チルドパック』と書かれた袋を3つ、封を開けながら真希は笑う。
なんだかそれがおかしくて、つい梨華もつられて微笑んだ。
「あはっ、まぁそれはいいとして…ちょっとぉ〜!あいぼんたちぃ〜?まだうだうだやって
 んのぉ?誰か手伝ってよ〜」
玄関に向かって声をかける真希。
すると亜衣と希美がとたとたと駆け寄ってきた。
口論バトルは一時休戦になったようだ。

かと思うと、二人は真希の横をすり抜けて手に持っている少々バニラアイスが漏れかかって
いる入れ物を冷凍庫にしまおうと試みた。
とりあえずはまだできていない夕飯よりも、アイスの生存確保が先決らしい。
バッ、と勢いよく開き戸を開けると、二人は愕然とする。
「な、なんやねん!このアイス入れるとこないやんか!」
「ギチギチなのです〜!」
二人がアイスを手にしたまま悪戦苦闘していると、玄関からヒトミもたくさんの荷物を抱え
てよろよろとやってきた。

「だから、前に買ってきたアイスがまだ残ってんだってば!」
それにも亜衣と希美は屈しない。
それどころか怒りの矛先をヒトミに向けてきた。
「ちょいまち、これなんやねん!このエビ賞味期限切れとるやんか!こないなもんいつまで
 も冷凍庫入れとくよっすぃーがあかんねん!」
「よっすぃー整理整頓得意なんだから、全部片付けてください!」
「はぁっ?なんだよそれぇ!」
今止んだバトルが再び始まってしまった。

153ななしのどくしゃ:2003/01/18(土) 20:28

「よっすぃーや!よっすぃーが悪いんや!」
「お前いい加減にしろよぉっ!?」
「アイス〜、アイスが〜」

「あのさ〜誰か手伝ってよ〜」
ざくざくと付け合せのキャベツを千切りしている真希の横で、ギャーギャーと騒ぐ。
真希はもう慣れっこ、といった感じで口で注意はするものの、そのキャベツを切り刻む様は
堂々として貫禄ありといったところだ。
「まったくもー、誰も何もしないんだから」


「あ、あの私手伝うよ」
遠巻きに4人を観察していた梨華。
真希のグチを聞いて自らその手伝いに名乗り出た。
やっぱり初めて訪れた自分だけれど、何もしないのは自分のプライドに反する事だったので
黙っていられなかった。
「え?センパイはいいよ、こいつらいつもやんないから」
「ううん、いいの、やらせて」
言い合うヒトミたちの間をすり抜け、ちょこんと真希の横を陣取る。
「私だけ突っ立ってる訳にもいかないから」
「そぉ?じゃ、ギョーザ焼いてもらおうかな〜」
「分かった」
言われた通り、ギョーザを焼く為フライパンと油を探す。
「あ、フライパン上だよ、油は後ろの棚の一番下」
「ありがと」
「あはっ、ごめんねセンパイに手伝わせちゃって〜」
「ううん」
梨華は首を振った。

手伝った本当の理由は、それだけじゃないけれど少し真希に悔しさを覚えたからだ。
ヒトミと真希が付き合っている仲ではなかったという事を知っても、真希はこの家の事を何
でも知っている。
それが羨ましかっただけだ。

大きめのフライパンとサラダ油を用意して、梨華はコンロに火をかけ油を引いた。
「これ全部焼けばいいの?」
「うん、そぉ」
このフライパンで3袋ものギョーザをいっぺんに焼くのは無理だった。
梨華はギョーザを半分ずつに分けて焼くことにした。

フライパンが熱を持ってきた頃、分けたギョーザをしきつめるとジューっといい音がして、
後から香ばしい香りが漂ってきた。
「表面はパリパリの方がいい?」
真希にそう尋ねると
「ねぇー?表面パリパリともちもちと、どっちがいいー?」

「パリパリ!」
「もちもち!」
「ぱりぱり!」

「多数決でパリパリに決定しました」
「クスッ、了解」
ギョーザを裏返すと、向こうから「なんでだよー!」というヒトミの声がする。
「しなしな」に票を入れたのはヒトミだったようだ。
それを微笑ましい気持ちで聞きながら、梨華はフライパンからキツネ色のギョーザをひっく
り返した。

154ななしのどくしゃ:2003/01/18(土) 20:28

「センパイ?」
キャベツを切り終わった真希が、今度はトマトを切りながら言う。
「え、何?」
「あたしさー、実を言うとセンパイと一回話ししてみたかったんだ」
「えっ?」
トントンと包丁のいい音がする。
「よっすぃーが話すんだよ「すっごいかわいい人なんだ」って」
―――――えっ…
思わず手をとめて真希を見た。

「んで「すっごく変でおかしいんだー」って」
―――――…変で…おかしい…
やっぱりヒトミはヒトミだ、と思いながらまたジュージューとギョーザを焼いていく。
―――――一瞬でも喜んだ私って…バカみたい…
「まぁ、前にあたしらも会った事あるって聞いたときはちょっとビックリしたけど、センパ
 イの印象も強かったし」
「…やっぱり、ピンク?」
「あはっ」
「…はぁ…」
落ち込む梨華に、真希は正すように言った。
「でも初めてだよー、よっすぃーがこっち来てから、嬉しそうに誰かの事話すなんて」
「えっ?」
「よっすぃーってさ、あんな仕事やってるから友だち少なかったんだって、練習とかもある
 からヒマな時間とかも無くって全然友だちと遊べない、ってぼやいてたよ」
「なるほど」
「でもやっぱ自分の仕事が好きみたい、マジックやってる時のよっすぃーの顔、本気で楽し
 んでる顔してるもん」
キャベツと切り終えたトマトを綺麗に皿に盛り付けながら、それが完了するとガタガタと冷
蔵庫からドレッシングを出す。

「だから友だちとかできるとそれと同じくらい嬉しいんだろうね、センパイの話してる時、
 よっすぃーめっちゃ笑ってるよ」

―――――ヒトミが…

「あ、センパイギョーザ焦げる」
「ふぇっ!?きゃあっ!大変っ!」
「あはははっ、ほんとにおかしいねー」
なんとか無事だったギョーザを真希が盛ったキャベツの横に並べた。

155ななしのどくしゃ:2003/01/18(土) 20:29


「だからあたしもその人と話してみたいなーなんて思ったんだよね、そんでよっすぃーの学
 校まで行ってみたんだけど驚いたよ、車で送り迎えされてるお嬢様だったなんてさ」
まぁ初めて見たときから分かってたんだけど、真希はしみじみ言う。
「だから最初はとっつきにくい!って思ったんだけど、今日面と向かって思った」
「思った、って?」
「やっぱよっすぃーが認めるだけはあるなーって」
真希はちらっ、とヒトミを見た。

「あのもちもち感がうまいんだってば!」

そしてまたギャーギャーと言い合いを始める。
まだギョーザの焼き方について議論していたようで、ヒトミは膨れ顔だ。
「あほだねー」と笑いながら真希は盛り付けの終わった皿をテーブルに並べだす。
「でも、認めるって…そんな大げさな」
梨華は残っていたギョーザを全部フライパンに並べてまた焼き始めた。
「大げさも何もよっすぃーがここに誰かを連れてきた事なんて、ごとーたち以外いなかった
 んだよ、少なくとも」
「………」
「センパイが多分、初めてだと思う」

「よっすぃーの感覚にはついていけんわ!」
「なんだよー!いいよ別についてこなくて!」
「アイスが溶けるのですー!」

「ねーセンパイ?センパイの家は門限とか厳しくないの?今日は大丈夫?」
「…え?あ、今日は友だちの家に行って勉強してくるってごまかしてきたから」
「へー、なかなかやるねぇ」
そうして再びギョーザ焼きの作業に戻った梨華は、ギョーザをひっくり返しては焼かずに、
少しだけ火を弱めて、コップに少量の水を汲みフライパンの中に流し込み蓋をして、向こう
で亜衣や希美とじゃれあうヒトミを見つめた。

156ななしのどくしゃ:2003/01/18(土) 20:30
なんでギョーザなんだろう…。
まぁいいよね、家庭風味を出したかったんだい!
ちなみに私の好みのギョーザはパリパリですね。(笑
段々エンジンも切れ掛かってきたな…。フ。

>YUNAさま
いいところでしたか?(笑
これから段々と吉の本性を暴きだしていきますので…。
Σ(;0^〜^)<そ、そんなんねぇYO!

>名無し新年さま
( ゜皿゜)<ソッチガソノキナラウケテタツワヨ!
( ´酈`)<きたいをうらぎってもこっちはせきにんとらないのれす
(´ Д`)<んぁ、それでもいいのぉ〜?

管理人さまはインフルエンザらしいですね。
大事をとってゆっくり静養なさってほしいです。辛いですからね。
私も先月かかって歩いて病院に行かされました。治りましたけれども。(笑

えー今月の更新は以上です。来月までグッチャー☆

157管理人:2003/01/19(日) 01:26
>ななしのどくしゃさま。
心配していただきありがとうございます。
アンド、大量更新ありがとうございます。
印刷したら、6ページもありました!!
楽しみに読んでいます!
黒いねえちゃん。。。。。ワラタ(w
これからもよろしくお願いいたします。

158名無し誕生日:2003/01/19(日) 15:21
( ゜皿゜)<ヤットデタワネソノコトバ!マッテタワヨ!マスマスキタイシチャウカラ!!
( ´酈`)<きっとうらぎらないとおもうのれす。
( ^▽^)<誕生日だしね。ウフッ
(0^〜^)<来月までないのは、さみすぃ〜

159YUNA:2003/01/19(日) 15:21
やっぱり、面白いっす♪♪
来月まで、続きが読めないなんて...
続き、楽しみにしています♪♪♪

160名無しジェンヌ:2003/01/25(土) 20:21
2月までの我慢我慢(w

161ななしのどくしゃ:2003/02/01(土) 07:57




「「「いっただっきま〜す」」」

ヒトミ・亜衣・希美の3人は仲良く揃って手を合わせた。
「ったくもぅ〜、結局センパイにばっかり手伝わせちゃったじゃん」
あれから口論は止む気配がなかった。
しかし部屋中に響いた真希の「ご飯だよ〜」という声と、それに伴うギョーザの匂いが今ま
で誰にも止められそうになかった3人の喧嘩をピタッと止めてしまった。
「おなか減ったのです〜」
「ののラー油とって、ラー油」
「な〜うちの箸ないんやけど〜」
今じゃ3人、なにもなかったかのようにギョーザをつついている。
「だれも聞いてないんだから…ま、いいやセンパイも食べよ食べよ」
「うん、じゃいただきます」
「いただきまーす」
梨華も真希と一緒に手を合わせた。

「あれ?このギョーザ…」

ふと、亜衣が2枚あるギョーザの皿のうち1枚を指した。
「全部ぱりぱりじゃなかったんですか?」
希美も食べ物の事となると過敏な反応を見せる。
みんなが首をかしげる中、梨華は口を
「あ、あのね、それ全部パリパリに焼こうかと思ったんだけど、どうせ半分づつ焼いてたか
 らパリパリともちもち両方焼いた方がみんな自分の好きな方食べられるかなーと思って」
「んあ、よく考えりゃそーだね、あはっ」
「まぁ美味けりゃええわ、ほんじゃ一つ」
そう言ってみんなギョーザをぱくぱくと口に運んでいった。
「ん、おいひー」
「やっぱパリパリやな」
「です、もぐもぐ…」

梨華も食べようと箸を伸ばし、ひと口かじったところでヒトミが話し掛けてきた。
「ありがとね、石川さん」
「え?」
「あれ、あたしが散々駄々こねたから焼いてくれたんじゃないの?」
「え、え〜と…」
そういう気持ちもあった。
でも特に意識していた気はそれほどない。
無意識にそうしてしまったような気がした。

「ま、そういう事にしとこうか」
「は?ちょっと、私まだ何も…」
「いーからいーから、石川さんの気持ちは十分に伝わったから、うん」
「だから、何も…!」
梨華が必死に否定しても、ヒトミは「はいはいはい」とただ聞き流すだけで真面目に聞き入
れようとはしないでいた。

162ななしのどくしゃ:2003/02/01(土) 07:57


「そーいや、自己紹介まだやったんやな」
「え?あ、そういえば」
なんやふつーに晩御飯食うとるけど。
一部除外されるが、名も知らぬ人たちが集まって一緒にご飯を食べている。
よく考えれば不思議な事だ。
「えっと石川梨華、こう見えてもりっぱな高3です」
よろしく、と頭を下げる。
「うちの名前は加護亜衣、みんなあいぼんて言うとる」
「じゃあ、私もそう呼ぶね、よろしくあいぼん」
そう言って握手を交わす。

「そんじゃ次あたしねーってもう知ってるか、ごとーですよろしく」
へにゃっと笑う真希。
もう以前の冷たい印象はカケラも残っていなかった。
「ふふっ、よろしく」
「よろしくー、さ、次はのの…って」

「ふぇ?」

希美は未だ頬一杯にご飯を詰め込んでいた。
もうギョーザの入った皿には一個も残っていない。
「ちょっとあんたさっきから食べてんじゃん」
「あー!あたしのもちもちギョーザがない!」
「あっ!うちの皿に置いとったギョーザも無い!ののー!!」
「てへへ」
ポリポリ、と可愛らしく笑うけれど、その右手の箸にはしっかりと最後のギョーザを挟んで
いて、何だか余計に可愛らしく、そして滑稽な感じがした。
「えっと、辻希美です、よろしくおねがいします」
「よろしく、ののちゃんでいいよね?」
「はい」
パクッ、とギョーザを口に放り込んだ。
「あー!最後のギョーザ!!」
「のののアホー!!」
ヒトミと亜衣が二人がかりで、幸せそうにギョーザを頬張る希美に怒鳴る。
真希はやっぱり、いつものこと、とでも言う様にへらへら笑いながら後片付けをする。

こんなに騒がしくて、楽しい夕食はいつ以来だろうか。
普段の梨華では決して味わえなかった暖かい時間。
この時間が梨華にとって、とても心安らげる時間の一つになっていた。

163ななしのどくしゃ:2003/02/01(土) 07:58


「ねぇ」
「んあ?」
カチャカチャと流し台で真希が皿を洗い、梨華はキレイになったそれを受け取り乾いたタオ
ルで丁寧に拭いて食器棚に並べる。
「私のこと、普通に呼んでくれないかな」
「普通に?」
「そう、普通に名前で」
手を動かしたまま、真希は「んー」と天井を仰ぎ

「梨華ちゃん?」
「そう」
「おっけー」
そしてまたふにゃっと笑う。
「あたしはごっちんね」
「うん」
柴田以外の新しい友達ができた。
それは梨華にとって、大きな出来事だった。

「人形あったよね」
「リカちゃん人形?」
「そう、知ってる?名前は「りか」だけど得意科目は国語なんだって」
「ごっちんそれどこで覚えたの?」

くだらない事を言い合ってきゃっきゃと笑い合う。
梨華はまた自分が楽しいと思える物を見つけ、本当に嬉しかった。


「あたしも呼んでもいーよね?」


驚いて持っていた皿を落としそうになる。
しかしそれは地に着く大分前に、いきなり現れたヒトミの手によって事なきを得た。
「あっぶなー」
そう言いつつも、真希はのほほんと皿洗いを続けている。
どうも彼女はよほどの事が無いと心を乱される事が無い人間のようだ。
「ありがと…」
「いいえー、ね、それよりいーよね?」
「え?」
「梨華ちゃん、って」

ぎゅっと心臓が軽く握られるような感覚。
痛くも無いし苦しくも無い。
―――――私、やっぱり…
こくん、と梨華が頷くとヒトミは
「おっしゃ、今日から梨華ちゃんね」
ニヒッ、といたずらっ子のように微笑む。

164ななしのどくしゃ:2003/02/01(土) 07:58

赤くなりかける頬を何とか抑えながら、横で鼻歌なんか歌って食後のお菓子を家捜ししてい
るヒトミを気にとめないよう、作業に没頭した。
その一部始終を横目で密かに窺っていた真希。
―――――ふーん…
「ごとーさん、何にやけてるんですか?」
希美がソファから呼びかけてきた。
「ん?何でもないよ」
「そや、ののアイス食お!」
「食べるです!」
「さっき冷蔵庫に押し込んどいたよ」
その言葉にバタバタと冷蔵庫に駆け寄る二人。
いや三人。
「ちょっと、よっすぃーまで一緒になんないでよ〜」
「あたしもアイス食べたいもん」
「いばるな」
嬉しそうに人数分の皿とスプーン、そして主役のバニラアイスを用意して、いそいそとリビ
ングに集まり屈み込むヒトミと亜衣と希美。
「よっすぃー早く」
「ちゃんと人数分均等に分けるんやで!?」
「あーっうるさいな、分かってるって!」
「ちょっとー誰も片付けないんだからー」

ほんわかとした空間がゆっくりと流れる。

ヒトミたちと出会ったあの日から、梨華は少しづつ、少しづつだけれど、今までの自分とは
違った『石川梨華』にも出会った様な気がした梨華だった。

「アイスうめ〜」
「コーンフレークかけるとおいしいですよ」
「うち持ってくるわ」
「みんな全然聞いてないんだから…もぉ」

165ななしのどくしゃ:2003/02/01(土) 07:59


アイスも食べ終えて一段落ついた頃、亜衣と希美は仲良くお風呂に行ってしまった。
そう言えば今日はここにマジックの練習風景を見に来たのではなかったのか、と梨華はふと
そんな事を思ったが、それにも劣らないくらいの楽しい時間は他にも作られていたのでさほ
ど気にはならない。
ヒトミと真希の関係もハッキリした事だし、なんの気兼ねも無い。
「あはっ、そんでさぁ」
「えーうそ、ホント?」
今じゃ普通にお喋りなんかもできる。
「そういえばヒトミは?」
リビングには自分と真希の二人しか居なかった。
「あ、なんか制服のまんまだったから着替えてくるって」
「そっか」
そう言われて自分も同じ境遇なことに気がつく。
今まで何も違和感は無かったが。
「梨華ちゃんは大丈夫?制服のまんまで辛くない?」
「平気、大丈夫だよ」
「ならいいけど」

「ねぇ梨華ちゃん?」
コップの烏龍茶を一口飲んで真希は言った。
「何?」
梨華が聞き返すと、真希はキョロキョロと周りを見渡し誰も居ない事を確認すると、ちょい
ちょいと手招きをする。
それに梨華は体を引きずって顔を真希に近づかせた。
そしてそっと囁く様にして真希は、


「よっすぃーのコト、好きでしょ?」


「ひゃいっ?!」
梨華は一気に真っ赤になり、慌てて真希から体を遠ざけた。
「わぉ、分っかりやっすーい」
「ななななんれ、そう思うのっ?!」
「えー?なんか最初から」
「さ、最初からっ!?」
梨華は余計に目を丸くした。
「さっきはね、確信があんまなかったから言わなかったんだけどぉ、初めてごとーがよっす
 ぃー迎えに行って梨華ちゃんと会った時、梨華ちゃんすっごい顔してごとーのコト見てた
 でしょ?」
「えっそうだった?」
「それに、車に乗った後もずーっとよっすぃーのコト見てたでしょ?悲しそうな顔して」
梨華の一連の動きは真希に全てばれていたらしかった。
それどころか、隠していたヒトミへの想いも。
「ね?そうなんでしょ?」

「………」

せっかく自分の心の中にだけしまっておいたのに。
自分でも気付いたのがつい最近だというのに、真希は出会って間もない、しかも他人の秘め
た想いを丸裸にさせてしまった。

166ななしのどくしゃ:2003/02/01(土) 07:59

急に梨華に襲い掛かった不安と絶望。
この想いは決して他の誰にも知られてはいけないものだったのに。
本当は暖かい物だと知った自分を見つめる真希の瞳が、今だけは鋭く突き刺さるような気が
した。
「梨華ちゃん本当のコト言ってよ」
「………」

梨華はゆっくりと小さく、一度だけこくっ、と首を縦に振り俯いた。
「やっぱり」
「………」

もうだめだ。
梨華は反射的にそう思った。
せっかくできた友達だったのに、一日で終わってしまった。
梨華は愕然としたまま顔をあげられないでいる。

しかし真希から返ってきたのは予想外の言葉。

「告白しないの?」

「えっ?」
「よっすぃーのコト好きなんでしょ?告白とかしないの?」
真希は笑顔でこっちを見ていた。
その顔は、軽蔑とか異常な物を見るような目ではなく、何かの希望と期待を持って楽しんで
いる表情だ。
「な、なんで…」
「なんで、とは?」
「だって私…女の子なんだよ?」
「知ってるよ」
「ヒトミだって女の子なんだよ?」
「もちろん」
真希は変わらず梨華を見ている。
「女の子が、女の子を好きになっちゃったんだよ?」
「それで?」
「変だと思わないのっ?」

167ななしのどくしゃ:2003/02/01(土) 07:59

「変だと思って欲しいの?」
「え…」
そうして真希は急に真面目な顔つきになった。
「だってごとーもよっすぃーのコト好きだもん」
「え!?」
完全になくなったと思った不安がまたぶり返してきたのかと思うと、真希は笑って
「梨華ちゃんもあいぼんもののも、みんな好きだよ」
「あ…でも、それは…」
「分かってる、梨華ちゃんがよっすぃーに対する“好き”とは違う」
「…うん」
「でもねごとー思うんだよ、梨華ちゃんがよっすぃーのことを“好き”っていう感情はさ、
 ごとーが思ってるような気持ちがただ強くなっちゃっただけなんだよ、友達としての“好
 き”っていう気持ちが何かのきっかけでそれ以上の気持ちになっちゃったんだって、だか
 ら別に普通のことだと思うな、ごとーは」
「ごっちん…」
「でもさ、不安だったよね?それって」

あゆみも矢口も言ってはいなかった、自分が言って欲しかった事。
誰かが言ってくれるのをずっと待っていただけだ。
そんな考えの自分は甘いのかもしれない。
真希の言葉の一つ一つが、不思議と心にじんわり染み入っていく。
今まで溜め込んでいた想いが一気に開け放たれた。
真希の言っている事は、傍から見ればキレイ事かもしれない。
単なる正当化させただけの理由なのかもしれない。
それでもよかった。


「ありがとう…ごっちん」
「あはっ、どういたしましてぇ〜」
「私、頑張ってみるね」

168ななしのどくしゃ:2003/02/01(土) 08:00
遅れましたぁ〜ただ今戻ってまいりやした。
送れた割には更新料少ないですが…。

>管理人さま
おぉう!遅くなってしまいましたがお体の方は大丈夫なのですか!?
おそらくもう治っている事と思いますが。。。
印刷までなさってくれたのですか!?あはっ、嬉しいです。
これからも、よろしくお願いします&頑張ります!

>名無し誕生日さま
( ゜皿゜)<ヨシ、イッタワネ?セキニンハトラナイワ!
( ‘д‘)<契約したで。
川o・-・)<もう後戻りはできません…
書かなかったけど(^▽^)オメデトウですね、18歳。(遅
話の中にも入れなくちゃいけませんね。

<YUNAさま
ありがとうございます!
やっと2月なんでかき上げました。
なんとかできる限りの更新はしていきたいと思います。
今回の更新、楽しんでいただけましたか?

<名無しジェンヌさま
はい、っちゅーことでやっと続きを書く事ができました。
我慢までなさってくれてほんにありがたいです。(w
これからもよろしくお願いします!

169名無しジェンヌ:2003/02/01(土) 13:13
首を長くしてお待ちしておりましたよー。
やっぱ面白いっす。
梨華ちゃんこのまま告ってまえ!!

170名無しひょうたん島:2003/02/01(土) 15:43
( ゜皿 ゜)<ソノケイヤクハ、クーリングオフハキクノカシラ?
( ´酈`)<れも、解約する気はないのれすね?
( ゜皿 ゜)<アルワケナイジャナイノ!!
川o・−・)<完璧です!
( ゜皿 ゜)<セキニンハシッカリトッテモラウワヨ!!

171YUNA:2003/02/01(土) 16:13
更新お疲れ様でした!!!
いんやぁ〜、切なぁっ...
かんなり、楽しませていただきました!!!
続き、楽しみにしています♪♪♪

172ななしのどくしゃ:2003/02/02(日) 22:46



「何を頑張ってみるってぇ〜?」


「ひゃいっ?!」
間延びした声に振り向くと、そこにはTシャツ・短パンになった話の中心人物が。
「梨華ちゃんて驚くと変な声出すんだねぇ」
真希は真希で変わらずのほほんとしたままだった。
その姿が何故か少しだけ憎らしく、そしてその冷静さ(?)が羨ましいと思った。
明らかに動揺している梨華と、それとは全く対照的な真希を交互に見比べてヒトミは首をか
しげながら、持っている白い小さなボールを手の中で転がしていた。
「ねぇ何を頑張るの?」
ヒトミの態度からして大事な部分の会話は聞かれてはいないようで、ひとまず梨華はホッと
胸を撫で下ろそうとするが、その返答に困ってしまう。
「ねぇ何を?」
「え…っと」
探究心旺盛なヒトミはますます首をかしげる。
困り果てた梨華を見かねて、真希が助け舟を出した。
「テストの話だよ〜」
ヒトミはそれを聞いて一気に興味が失せたのか「な〜んだ」と言いながら、向かい側のソフ
ァにどすっ、と音を立てて腰を下ろした。

(ありがと、ごっちん)
小声で礼を言うと、真希は小さくウィンクを返した。
さすがに想い人の家で自分の想いをつれづれと語ってしまうのは危なかった。

「ね、ねぇマジックは、見せてくれるんじゃないの?」
なんとか話題を切り替えようと、梨華は当初の目的を口にした。
それにヒトミと、オマケに真希までもがぽかんとした表情をみせる。
「…忘れてた」
「そんな約束してたんだぁ」
「え?」
あっけらかんとした二人に梨華は開けた口を閉じずにはいられない。
最初ここにやってきた時も、あまりの展開の早さに『マジックの練習の見学』なんて事はほ
とんど忘れていたし、ヒトミたちもそれなりの話をしていたものの練習を始めようとする素
振りを見せなかったので頭の片隅の方に引っ込んでいた。
「そんな大して重要な事じゃないからね〜」
一応ビジネスである筈なのに、真希の中では重要ではないのだろうか。
「大体はよっすぃーがネタを考えてその手伝いをごとーはするだけだから」
「でもその打ち合わせとかはしないの?」
「あんまりないなぁ」

173ななしのどくしゃ:2003/02/02(日) 22:46

あはっ、と笑いながらポリポリと頭を掻く真希。
視線をはずしそれをヒトミに向けるとヒトミもニコッと笑い、手に持っていたボールを増や
したり減らしたりして遊んでいる。
「ステージの上じゃあたしが指示を出すからね、ごっちんもあいぼんもののもそれに従って
 動いてるだけだから結構簡単なんだ」
「簡単って失礼だなぁ、ごとーはこれでも大変なんだから」
「そーかぁ?」
「そーだよ」
真希はヒトミをキッと睨みつけ反撃に踊り出た。

「聞いてよ梨華ちゃん、初めてごとーが練習に参加した時さぁ、マジックに使う動物がいな
 くなっちゃった時があったんだよ」
それを聞いてヒトミの顔が一瞬引きつった。
真希はニヤニヤしながら話を続ける。
「そんでその居なくなった動物の代わりに動物の人形を持ってきたんだけど、よっすぃーっ
 たらそれでかなりビビッちゃってさぁ、全然練習にならなかったんだよ」
「ごっちん!」
顔を真っ赤にしながら制するヒトミだが簡単に真希にあしらわれた。
「もーあん時のよっすぃーはかなり情けなかったね、半ベだったし」
「プッ…」
半べそのヒトミを思い浮かべて思わず梨華は吹き出した。
あれだけ人をからかっていたヒトミが。
あれだけ人を散々ののしったヒトミが半べそ。
しかも人形で。
「腰抜かしちゃってさぁ、「助けてごっちーん」とか言いながら」
「や、止めてよごっちんってば!」
「ククッ…その動物なんだったの?」
「ヘビ」
まぁヘビを嫌がる人は普通だろうが、さすがの梨華も人形で腰を抜かしたりはしない。
「もーホントおもしろいくらい怖がるからね」
「へー」
「だから梨華ちゃん、よっすぃーに苛められたらヘビのおもちゃ持ってきなよ」
「うん分かった、ありがとうごっちん」
「り、梨華ちゃんお礼言うところが違うよ…」
すっかり怖気づいてしまったヒトミは、おそるおそる言う。
なんだか気分がいい。
今じゃすっかり立場が逆転していた。
「それじゃ今度からポケットにヘビのおもちゃいれとこーっと」
「げっ…それはマジかんべん」
「あはっ」

すると廊下からペタペタという足音が二つ。
亜衣と希美の二人が顔を上気させながらタオルを首に巻いてやってきた。
「えぇ風呂やったぁ」
「喉乾いたのです、アイス食べよう」
「こぉら食いすぎだよお前ら」
「ごとーもお風呂入ってこようかな」

174ななしのどくしゃ:2003/02/02(日) 22:46


この家にいると飽きない。
兄弟・姉妹のいない梨華はこんな風に楽しく家で会話する事なんてほとんどなかった。
時々家にやって来るあゆみや家庭教師の矢口との会話が何よりの楽しみでもあったし、年の
近い家政婦たちとの話も楽しかった。
でもそれ以上に、この家に居ることで今まで感じた事の無い何かを梨華は感じた。
できればずっとずっとこの家にとどまっていたかった。
けれどそうもいかなかった。

時計を見るともう9時を回っている。
そろそろ家に帰らなければならない。
「私、もうそろそろ帰るね」
「え?もう?」
一回頷き、梨華は鞄から携帯を取り出してかける。
すぐに向こうには繋がった。
『もしもし』
「私です、そろそろ帰るから車を出してちょうだい」
『かしこまりました、10分ほどでそちらに到着いたします』
「ええお願いね」
そして電話を切って鞄に戻し入れた。
「ちぇー、もう帰っちゃうんだぁ」
真希は不満そうにそう呟いた。
「ごめんね」
本当は自分だって帰りたくない。
「お嬢様は大変やな」
「まだお喋りしたいのです」
「また来てね、ごとーたちほぼ毎日ここに来てるから」
「うん、ありがと」
帰り支度をはじめ、そしてまたここに来る約束を交わした。
少しだけ寂しい思いを残しながら、
けれどまたここに来れる事が出来る喜びを深く噛み締めた。

175ななしのどくしゃ:2003/02/02(日) 22:47

「そうだ、ねぇよっすぃー、あれ」
突然何かを思いついた様に真希はヒトミに耳打ちをする。
「…ね?だから」
「あ、そっか!ねぇ梨華ちゃん、今度の金曜日あたしたち近くのホテルでナイトショーやる
 んだ、よかったら見に来てよ」
―――――金曜日…
その日は確か、彼との約束がある日だ。
「無理じゃなかったら来てよ、ごとーたちも嬉しいしさ」
「またピンクまみれでな」
「イッパツで梨華ちゃんだって分かるのです」
「ど?梨華ちゃん」
あの優しい瞳。
そんな瞳で見つめられたら―――。

「…うん、都合つけてみるね」
自分にできるだけの笑顔を見せた。
「ありがと!鳥は出さないようにするから」
「あはっ梨華ちゃんって鳥嫌いなんだぁ」
「そんなんやったら上にいっぱいおるで」
「あいぼん嫌いな物を教えてどうするんですか」

そうこうしている内に、外には聞きなれた車のエンジン音。
「来たみたい」
梨華が移動すると、皆ぞろぞろと玄関に移動する。
それがなんだか少しだけおかしかった。
ローファーを履いてドアを開けると、そこには案の定家の車が止まっていた。
「ほななー」
「ばいばーい」
「またねー」
皆の声を受けながら梨華は車に乗り込んだ。
窓から見ると、まだこっちに手を振っていた。
それを返して程なくしてから車は家に向かって走り出していった。


「そんなに楽しかったのですか?」
「え?」
話し掛けられた事はめずらしかった。
「とても笑ってらっしゃる」
鏡越しに見た運転手の顔はどことなく優しげだった。
今までこの人にに良い印象を受けていなかった梨華。
気付かなかった。
何年も付き添っていた運転手の本当の瞳を、この時初めて見たような気がする。
「ええ、とても」
それに梨華も笑い返すと、彼もまたニッコリと笑った。

金曜日、彼との約束はまた次回。
いや正直に言わなければならない。
あなたとはもう付き合えない、私にはもう想う人がいるということを。
それが女の子でヒトミである、とは言えそうにはないけれど自分の気持ちが彼にはないこと
をハッキリさせておこうという梨華なりの考えだった。

176ななしのどくしゃ:2003/02/02(日) 22:47



家に帰るなり梨華は父の部屋へと向かう。
2階の一番奥にある少しだけ古いドア。
微々たる緊張感を胸に秘めて、その重苦しいドアをノックする。
「お父様、梨華です」
「入りなさい」
ドアの向こうから聞こえるくぐもった声を確認して、その重苦しいドアを開けた。
入ると父はまだ着替える前だったらしく、スーツ姿のまま。
「どうした?」
父はまだ“石川グループの会長”としての威厳を保ったままだった。
しかしそれにももう慣れたもので、梨華は気にする事無く口を開く。
「あの…金曜日の事なんだけど」
「あぁ彼との約束か?どうした?」
「その…」
一旦口を閉じて押し黙るが、梨華は腹を据えて顔を上げ
「…キャンセルしてほしいの」
思ったよりも難なく口から滑り出たその言葉に自分で驚いて、けれど同時に安堵感も押し寄
せてきて、少し強くなった自分を再確認した。

しかしもう一つ、問題はこの後にある。
父はただじっと梨華を見つめていた。
「あの…それでお父様にお願いがあるんだけど…」
梨華には課題が二つあった。
一つはもう既にクリアした、彼との約束を取り消す事。
そしてもう一つは、ショーに行くことを許してもらう事。
「その金曜日にあの…行きたい所があるの」
父はまだ何も言わない。
「実は…先週見たあのヒトミ・ヨシザワのショーがまた近くで行われるらしいんだけど…
 もう一度あのショーが見たいの」
梨華は体をやや倒して頭を下げた。
「お願い、お父様」

すると少し上方から一つ、小さなため息が聞こえ
「何時だ?」
「え?」
梨華は顔を上げる。
「何時に始まるんだ?そのショーは」
「えっと…まだ聞…調べてないから分からないけど…」
ヒトミと顔見知りだと言う事は敢えて伏せておいた。
なんとなくそうした方がいいと思ったからだ。

「ショーが終わったらすぐに帰って来るんだぞ」
父は笑った。
「お父様…!ありがとう」
梨華も喜びを隠せずにいられない。
「ただし、彼には一応伝えてはおくが、理由はキチンとお前が言いなさい、彼も納得しない
 だろうからな」
「ええ、もちろん」
初めてのお許しをもらえた梨華は、はしたなくもその場でスキップなんかしたくなる。
けれど父の居る手前そんな事はできる訳もなく、いつもと変わらない態度を示そうとそのま
まペコリと礼をして去ろうとした。
「お前が私に物を頼むのなんて、久しぶりだな」
その言葉を背に受けて梨華は振り返るが、父は背を向けてスーツの上着を脱ぐ所だった。
梨華は慌てて部屋から出て、今度は自分の部屋へと戻る。
さっき父が残した一言。
背を向けていて顔が見えなかったからもしかしたら気のせいかもしれないけど、
父は何だか嬉しそうだった様に思えた。

177ななしのどくしゃ:2003/02/02(日) 22:47


「よし!」
部屋に戻って梨華は制服のままボフッ、とベッドに飛び込んだ。
―――――金曜日…楽しみ!
どちらかと言えば鬱だった金曜日が、今では非常に心待ちにしている。
彼には明日、電話でもしてキャンセルを伝えよう。
そして、もう会う事も止めようと。

よくクラスメートがお喋りしている恋の話。
『恋』なんて単語が無縁だった梨華は、そんな話に耳を傾けながらも理解なんてできない。
恋する心なんて持った事は無かった。
それが今ではどうだろう。
顔を上気させながら、胸を覆う幸福感と期待と不安。
人を想う事がこんなにも気分がいいものだとは知らなかった。
そして気付いた。
これが自分にとっての『初恋』なのだと。

ちゃんと彼には謝ろう。
罪悪感を感じっぱなしの彼に、もうそれを思うことも無くなる。

恋を知った少女は、ただひたすら走り出す。

178ななしのどくしゃ:2003/02/02(日) 22:48
更新、たくさんしたいなぁ…。
彼も登場させます。。。

>名無しジェンヌさま
(;^▽^)<そ、そんな簡単に言えないよぅ…。
( ´ Д`)<勢いが足りないね〜。
もうそろそろ言ってもいい時期ですね。(笑

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<シャカイノジュギョウデナラッタワ!カイヤクデキルノハ8カイナイヨ!
川o・-・)<テストは完璧!…と言えるほどではありませんでしたが…。
(;´酈`)<せきにんじゅうだいなのれす…。

>YUNAさま
ありがとうございます!その期待を裏切らない様、精進します!
そんな訳でそろそろ一大事起こそうかと目論んでいる今日この頃な訳で…。(笑
(0^〜^)<まどろっこしいなぁ。

179名無しひょうたん島:2003/02/02(日) 22:58
( ゜皿 ゜)<カイヤクナンカスルキナイワ、ザンネンネ。
( ´酈`) <これは、いつまでつづくんれすか?
( `.∀´)<完結するまでよ!!

さくしゃさま。非常に楽しみにしております。
がんばってください。

( ^▽^)<リアルタイムだったしね。ウフッ

180YUNA:2003/02/03(月) 16:14
梨華ちゃん、可愛い♪♪
このままウマく...
いきそうもなさそうですね...(笑)
一大事とは...!?
気になるぅ〜〜〜〜!!!!

181ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:35




『副院長は学会の為、ただ今ご不在です』
「そうですか…分かりました、ありがとうございます」
向こうが受話器を置いたのを確認して、携帯を切った。
今電話していたのは彼の勤めている病院先。
金曜日の事を伝えようとして携帯に連絡したのだが繋がらず、仕方なしにそこにかけたのだ
けれど彼はそこにはいなかった。
どんなに梨華の前では頼りない彼であっても、病院では大切な存在なのだ。
おまけに医者なのだから忙しいのは当然の事である。
―――――忙しい中、私に会いに来てくれてるのね…
もう感じる事もないと思ったはずの罪悪感がまた再び顔を出した。
ディスプレイに表示された彼の病院の電話番号をじっと見つめながら、ゆるやかな風に流さ
れ張り付いた髪の毛を鬱陶しそうにかき上げる。
また後で言おうかな…、と携帯をポケットにしまいかけたその時、背後で入り口のドアが開
く音を聞き梨華は振り向いた。

「やっほ」
その手を振る様は昨日の夜と同じだった。

「ヒトミ遅い」
「梨華ちゃんが早いんだよぉ」
へらへらと笑いながら梨華に向かってゆっくりと近づいてきた。
10分も遅刻した事はもはや気にしてもいない様だ。
「私お昼ご飯早めに片付けてきたのに」
「だってぇ」
フェンスに寄りかかると、ヒトミはそのままスカートを抑えて腰を下ろした。
「ここの学食おいすぃーんだもん、全部食べたいじゃん」
先ほどの昼食の名残を示すかのように、ヒトミはぺろっと舌で唇を舐めた。
もう何を言っても無駄、と諦め梨華もヒトミの横に並んでフェンスにもたれた。
「座れば?」
ヒトミは自分の横をちょいちょい、と指差すが梨華はふるふると首を横に振った。
「…制服汚れちゃうもの」
「そっか」
それを聞いてヒトミは納得するものの、自分の制服はどうなっても構わないのか腰を下ろし
たままでいた。

182ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:35

梨華はヒトミよりも高い位置からその横顔を眺めた。
確かに「制服が汚れる」のも地べたに座らない立派な理由だが、その他にも理由はあった。
―――――照れちゃうよね…
ヒトミの横にいても今は自分が立っている状態なのでなんとか精神を保つ事は出来ているが
これがもしその場に座っているとしたら、おそらく自分はまともに話すことも出来ないので
はないか、と梨華は推測する。
隣に並んでいるというだけで心臓は破裂しそうなのに。
「あ、そうだ」
ヒトミはその大きな瞳で梨華をとらえた。
「な、何?」
「あのさ」
ヒトミはポケットから携帯を取り出して見せる。
「携帯の番号とメルアド教えてよ」
昨日聞こうと思ってたんだけど忘れちゃっててさ、と照れ臭そうに付け足して、ヒトミはい
そいそと携帯を開いてピッピッといじり始める。
それに連なって梨華も一度しまいかけた携帯をもう一度出した。
「はい」
ヒトミはにっこり笑うと自分の携帯を差し出す。
「え?」
「梨華ちゃんが入れて、あたし梨華ちゃんの方に入れるから」
そういう事か、と梨華は言われた通り携帯を交換する。
その時ほんの一瞬だけ、ヒトミと手が触れ合った。
それだけでもう一気に心臓は踊りだす。

「ごっちんたちにも教えていい?」
「え…あ、うん、もちろん」
「はは、気を付けてね」
「何を?」
「あいぼんとかののとか、悪戯メール送ってくるから」
困ってんだよー、と言いながらもヒトミは嬉しそうに笑った。
その笑顔で胸の高鳴りは最高潮に達する。
痛いくらいに強く締め付ける。
―――――…やっぱり私、どうしようもない…

183ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:36

「あ、ねぇ金曜日どうだった?」
お互いの電話番号もアドレスも打ち終わった頃、ヒトミは言った。
梨華は何とか意識を保ちながら答える。
「大丈夫だったよ」
「そっかぁ、良かったみんなも喜ぶよ」

ヒトミの横顔を見ながら、梨華は楽になりたいと願った。

その為の選択肢は、『告白』すること―――。

今まで誰かに想いを告げられたことはあってもその逆は無い、つまりは告白というものを自
分が行なったことは無いのだ。
だからと言うわけではないが、梨華は今までに出会ったどんな場面よりも今が一番比べ物に
ならないくらいの緊張を胸にどうしようかと頭を悩ませていた。
経験の無い梨華、いつ、どこで、どんなタイミングで『告白』をすればいいのか。
まったくと言っていいほど分からない。

―――――うぅー…どうすればいいんだろう…
今ここで言ってしまうのも手だが、もしそれがいい結果をもたらすのだったら良し、しかし
もし反対に悪い方へと進んでいってしまった時の事を考えるとどうにも強気にはなれない。
『恋』をすると人間とはここまで弱い生き物に変化してしまうのか。
相手を射止めようとする強気な態度は、そこら中に生きている小さな虫やら動物やらの方が
何倍も積極的だ、と梨華は思った。

誰かに相談でもすればいいのだが、自分がヒトミを好きになってしまった事を自然に(?)
ばれてしまった真希にならまだしも、あれだけ自分がヒトミを批判し陰口を聞いてもらって
いたあゆみや真里には今さら言えない、という気持ちは多々あった。
いずれは二人にも話すつもりだが、今のところの予定には入っていない。
それになんだか恥ずかしいという事もある。
―――――ま、まだあせらなくったっていいよね…

とそこで終りを告げる始業のベルの音が鳴った。
ヒトミはすっくと立ち上がり
「昼休み終りー」
と言いながらぐーっ、と大きく伸びをした。
「梨華ちゃん今日も家来る?」
「…い、行ってもいいの?」
「だからいいって」
ヒトミは苦笑いしながら言う。
「じゃあ…お邪魔するね」
梨華はある決意を胸に放課後を待った。

184ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:36




再び学校帰りに寄ったヒトミの家。
今日は先に亜衣と希美が来ていて、真希は一番最後にやって来た。
待ちわびて待ちわびて我慢しきれなくなっていた梨華は、玄関から「ただいまぁ〜」という
あの間延びした声が聞こえると同時に、その目標人物目掛けてすっ飛んでいった。
そのあまりの速さにヒトミ・亜衣・希美は目を点にして、ツッコミはもちろん、かける言葉
すら見つける事はできなかった。

「ごっちん!」
一度家には帰ったのか、私服姿の真希がブーツを脱ごうとしているところだった。
「あ、梨華ちゃん」
へらっ、と真希は笑った。
しかし梨華はそんな笑顔に返す言葉も表情も出さないまま、真希の腕をぐわっ、と鷲掴みに
して引っ張りあげる。
「んぁ?ちょっ…何いきなり」
「あのね、あのね…」
「ちょっ、ちょっと待って、せめて靴脱がして」
「そんなのいいから!」
「い、いやよくないよくない」
首を振る真希に、もどかしくなった梨華は彼女以外に聞こえないようにそっと耳打ちする。

「…『告白』って、どうすればいいの?」

真希はその言葉に大きく目を見開いた。

185ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:36

「どうしたの?急に」
真希は俯いた梨華の顔を覗き込みながら尋ねた。
昨日ためしに言ってみた「告白しないの?」という、促す事を言ったのは紛れも無い真希自
身だったけれど、しかし昨日の今日でもはや「『告白』ってどうすればいいの?」と聞かれ
たら、どう答えればいいものかと悩んでしまう。
梨華はポツポツと話し始めた。
「別に…どうかしたって訳じゃないんだけど、今日もね、お昼休み一緒にいたんだけど…で
 もなんかそれだけで…なんていうか、あんな気持ちのままでこのままいったら、なんか…
 もうどうにかなっちゃいそうで…」
自分で言いながら顔を真っ赤にする梨華を、真希は嬉しそうに見た。
―――――ふーん、よっすぃーも罪作りだねぇ
「好きで好きで苦しいと?」
梨華は小さく頷く。
「告白しちゃったらそれも解消されるかもしれないと?」
梨華はまた頷く。
「でもどうすりゃいいのか分かんないのね」
梨華は深く、大きく頷いた。
真希が梨華の肩に手を置くと、梨華は下げていた頭をゆっくり上げた。

「梨華ちゃん、あのね」
一つ一つを言い聞かせるように、真希は梨華の目を見つめながら言った。

「梨華ちゃんの好きな様にすればいいと思う、ってゆーかそんな事までごとーが決めらんな
 いよ」
梨華は眉を八の字に変化させる。
真希はその梨華の表情を見て慌てて取り繕うように付け加えた。
「あの、キツク言ってるわけじゃないよ?ただよっすぃーを好きなのは梨華ちゃんであって
 ごとーじゃないんだから、梨華ちゃんは梨華ちゃんなりのやり方で告ればいいと思う」
それでも梨華はまだ、なんとなく不満そうだ。
そうだなぁ、と真希は顎に手を当てて考え込む。
「まぁシチュエーションくらいはアドバイスできるよ」
「ホント?」
「うーん、いい具合だと思うのはねぇ…金曜日梨華ちゃん来れるの?」
梨華は頷いた。
それに真希も嬉しそうに笑い返すと
「じゃ、その金曜日とか」
仕事帰りとか少し暇できるから、と真希は言った。
「その時に言ったら?」
「…うん、ありがとうごっちん…」
「いえいえ、それよりちゃんと心の準備しときなよ?」
梨華はこくりと頷いた。

186ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:37




そうして一日、また一日と時は経っていき、そして木曜日。

ついにショーの前日となった。

―――――とうとう明日かぁ…
梨華は今日はヒトミの家には寄らずにすぐ家に帰ってきた。
明日着ていく服を選ぶ為である。
大きいクローゼットの中にびっしりと吊るされている豪華なドレスの数々。
どれもこれも梨華の為だけに作られた特注品だ。
「何着て行こうかなぁ…」
と、次々手にとっては体に当てて鏡に向かう梨華だが、やはりその多くはピンクのドレス。
他の色がない訳ではないが、やはり好みという物がある。
ピンク色のドレスを着ていったなら、亜衣や希美にまたなにかからかわれたりするかも、と
梨華が色々と楽しく悩んでいる時に携帯の着信音が鳴った。
鞄の中から急いで取り出すと、着信したのは亜衣からのメールだった。

【to//梨華ちゃん
 from//亜衣
 件名//明日やで!

 ぅおーい、いよいよ明日やでー?
 またピンクの服着てくるんかぁ?
 別にどうでもええけど、早めに場
 所とっとかんと立ち見になってま
 うで!よっすぃー人気あるんやか
 らな!            】

自分の思考やら行動やらが見抜かれていたのかと思うと少し苦笑する思いだ。
そのメールを読み終わった時、また携帯が鳴り始めた。
今度は希美からのメールだった。

【to//りかちゃん
 from//のの
 件名//楽しみです☆

 りかちゃん、今回のショーはのの
 はかなり自身があります!あいぼ
 んもごとーさんもよっすぃーもみ
 んな張り切ってるのです!   】

希美は何をしていたのか焦って字が間違って変換されている。
クスクスと笑いながら、梨華はそのディプレイを嬉しそうに眺めた。

187ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:37

そしてそのすぐ後、またしても携帯の着信音。
次は真希からだった。

【to//梨華ちゃん
 from//ごとー
 件名//頑張れ!

 やっほーついに明日だねぇ。緊張
 してる?仕事の後は特に何も予定
 はないからすぐによっすぃー連れ
 ていけそうだよ、頑張ってね。そ
 んじゃまた明日会おうね。   】

その文面を見ながら梨華は携帯を握る手に、ぎゅっと力を込めた。
とうとう明日だ。
今日はわざわざその為にヒトミの家にも寄らなかったし、家に帰ってきてからもずっと部屋
に閉じこもりっきりで明日に相応しいドレスを選んでいる。
心の準備もまだ足りない。
「絶対なんとかなる!…よね」
周りの女の子達が抱える様な不安とはまた違った不安を抱えている。

ヒトミが同性の自分を受け入れてくれるかどうかは定かではない。

しかし、ありのままの自分を出せばきっとヒトミも分かってくれるだろうと信じていた。
全ては明日にかかっているのだ。

188ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:37

「よし決めた!明日はこれにしよう」
と、お気に入りのドレスに手を伸ばしかけた。

そこでまた、携帯が鳴った。

亜衣・希美・真希、とくれば次に思い浮かぶのは一人だけ。
ちょっとの期待を胸に携帯を手に取る。
しかしメールに設定していたものとは違う着信メロディ。
そしてディスプレイにも、期待していた人とは違う名前が記されていた。

―――ピッ

「…もしもし」
『あ、梨華さん僕です、なんか今日こっちに電話をくれたみたいですね』
心なしかその声は何か嬉しそうだった。
『ようやく帰って来れたんですよ、で、どうかしたんですか?』
喉に力が入って言葉にならない。
前々から決めていたことだ、決心は決めた筈なのに今さら何故。
梨華は腹に力を入れて、喉から声を絞り出す様に言った。
「あ、あの…実は、明日行けなくなっちゃって…」
『えっ?ど、どうしてですか!?』
罪の意識もこれで終わる、と梨華は心で賢明に唱えながら、最後の言葉を吐いた。

「明日…どうしてもあのヒトミのショーを見たくて…ほらこの間のパーティの時に見た…、
 だから…本当にごめんなさい…」



『なぁ〜んだ』

「え?」
急に明るさを取り戻した彼の声に、梨華は思わず聞き返した。

『本当は明日まで隠してようと思ってたんだけど』
でもやっぱり言っちゃいますね、と彼は意気込んで説明した。
『梨華さんがヒトミのショーをすっごい喜んでたって石川会長から聞いて、それで来週の金
 曜日に、また近くでヒトミがショーをやるって聞いたから誘ったんですよ』
梨華は力が抜けそうになるのを必死でこらえた。
「うそ…」
『ビックリした、それならキャンセルは無しですよね、それじゃ明日迎えに行きますから』
「あ、ちょっと待っ…!」
電話は梨華の言葉を聞くこともなしにすぐに切れてしまう。
梨華は呆然と立ち尽くしたまま、動く事もできなかった。

189ななしのどくしゃ:2003/02/05(水) 16:49
今回はちょっと急いで書いたので雑になってしまいますた。。。
次はちゃんと綺麗に…。

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<カンケツスルマデ?ソレナラトコトンツキアウワ!
(〜^◇^)<キャハッ!いつ終わるんだかね!
(0^〜^)<長くなるぞ〜。

>YUNAさま
はい、このまま終わらせる訳がありません、このワタクシが!(笑
せめて二人を波乱の渦に巻き込まねば!
Σ(;0^〜^)<マジで!?
まぁ波乱とまではいかないかもですが…できればそうしたいですね。(微笑

190YUNA:2003/02/05(水) 17:33
更新、お疲れさまですっっ!!!
まぁ〜った、いいトコロで...
波乱...ヤな響きだなぁ...(苦笑)
っつぅ〜かあの男、なんかムカツクっす...(ボソっ)

19150:2003/02/06(木) 00:39
更新、お疲れ様です。
うわぁ〜、ついに出て来てしまった、例の彼がこんなところでっ!
イイところで登場ですねぇ・・
お願いだから下手ハケして欲しいですw
金曜日はアブナイ恋のトライアングルが動き出すのですね・・
次回更新も期待しております。

192ななしのどくしゃ:2003/02/06(木) 19:04




「それじゃ行きましょうか」
「そうね…」
ピシッとスーツを着込んだ彼。
ドアを開かれて促されるままに梨華は助手席に腰を下ろす。
「いってらっしゃいませ」
家政婦たちに見送られながら、その車はエンジンを吹かして暗い道を走り出した。

「梨華さん、今日は何だか違いますね」
彼の言葉に顔を向ける事もなく
「そう?」
「えぇ、雰囲気がいつもと…」
それもそうだろう。
今日はあのピンクのドレスは着てこなかった。
黒のキャミソールドレスにシースルーの上着と、髪はストレートに下ろしてシルバーのシン
プルなネックレスとピアスで飾っただけだ。
この前のショーの時と比べると、大人っぽさがいくつか強調されている。

わざわざ黒のドレスを着てきたのには訳があった。
彼を連れたまま告白するまでヒトミに会いたくはない。
ピンクではない他の色を着てくれば、少しはそれが望めるかと思ったのだ。
それはささやかな梨華の抵抗でもあった。

梨華は歯痒い思いをしながらただそのホテルに着くのをじっと待った。

193ななしのどくしゃ:2003/02/06(木) 19:05


そしてそれから数十分後。
ほとんど会話も交わす事無く、車はいつしかその目的地に着く。
二十階はあるだろうか、夜の街にたたずむその大きなホテルから覗いた夜景は愛し合う恋人
たちにはもってこいの場所になるだろう。
車を降りて涼しげな風に吹かれて、梨華はぼんやりとそんな事を思う。
「ここの20階で行われるらしいです」
それを聞いて頷くと、梨華は「行きましょう」とだけ残してさっさと先に、ホテルの自動ド
アを潜りエレベーターへと向かった。
彼はそれに慌てて付いて行く。

客は他にも大勢来ていた。
それがヒトミのショーを目当てにやって来たものかは分からないけれど。
そう言えば自分は何の為にここに来たのか、と梨華は今さらながら思い返した。

―――――ヒトミに…自分の思いを伝える為に…

なら何故、あんなにも高鳴らせていた鼓動が、今は何故こんなにも落ち着いているのか?
ヒトミと見詰め合った時、それを自分の中で空想させるだけで、本人がすぐ傍にいる訳でも
ないのにあれだけ熱い熱を持った体が今はこんなにも冷め切っている。
緊張も不安も動揺も何もない。
まるで、自分が自分ではない様な別の感覚。
感情がない、ただの人形。
いつの時か思った事。

そうこうして、エレベーターは20の数字を指して扉を開けた。

目の前に広がったのは綺麗に整備されたロビー。
自分たちと同じ様に美しく着飾った男女がちらほら見える。
その奥には大掛かりな扉が見える。
どうやらヒトミがショーをするのはここのレストランのようだ。
「あそこみたいね」
「先に行って席をとりましょう」
二人は並んでその扉をくぐっていった。

ウェイターが丁寧にお辞儀する。
「何名様ですか?」
「二人」
「ご案内いたします、こちらへどうぞ」
案内されるがまま、そのウェイターの背中についていった。

その時に梨華は一番奥に設置されたステージに目がいく。
あそこがおそらく今回のヒトミのステージ。
初めて会った時のステージよりはやはり幾分か小さいけれど、その分近い所からステージの
上は見渡せるのでさほど気にはならない。
座って食事をしながら、というコンセプトも多少の売りにはなっているだろう。

早く会いたい。
でも、今は会いたくない。
複雑な気持ちが交差する中、梨華は案内された窓際の席に静かに座った。
白いクロスのかけられた丸テーブルの上には火の灯されていないロウソクのキャンドル。
「ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」
そう言ってまた丁寧にウェイターは礼をすると、厨房の方へと消えていった。

194ななしのどくしゃ:2003/02/06(木) 19:05

「何にしましょうか?」
メニューを眺めながら彼は聞いてきた。
「何でもいいわ、特にお腹はすいてないから」
「それじゃ軽いフレンチにしましょう、あとワインも」
あ、梨華さんはダメですか?という答えに、梨華は首を横に振った。
それを見て彼は近くにいたウェイトレスに今言った通りの注文を言いつけた。

梨華はそんな事はどうでもいいといった風に、ぼうっと窓から下の夜景を見つめた。
青や赤や黄、何ともつかない様な色になってしまった不思議な配色。
まるで今の自分に重なっているかの様で、梨華はそれがおかしくて苦笑した。
自分はどうしてここに来てしまったんだろう、と心の中で悔やんでも悔やみきれずに何度も
何度も反芻しては自分を責め立てる。

―――――どうして一人で来なかったんだろう…

ヒトミに告白する筈だったのに、まさか彼と一緒にここへやって来る羽目になるとは。
どこで歯車が狂ってしまったんだろう。
「そういえば今日は…」
彼が何か言ってるらしいが、耳には入らなかった。
ただ曖昧に音の区切りに合わせて首を縦に動かすだけ。
繋がれた言葉の意味なんて理解なんてできやしない。

料理はすぐに運ばれてきた。
それでも梨華の興味がそちらに移る事はない。
綺麗に磨かれたグラスに、とくとくと静かに注がれる赤いワイン。
普段ならこんなロマンティックな演出はうっとりときそうなものだけど、今回ばかりは素直
に喜べるような状況ではなかった。

195ななしのどくしゃ:2003/02/06(木) 19:05

そして何分か経った頃、予想していた通りレストランの明かりが全て消えた。
あらゆる所からザワザワというひしめき合う声が聞こえる。

『ワン!』

暗闇の中から聞こえる、あの低い声。

『トゥー!』

はっ、とステージのあった方向に顔を向けた。


『スリー!』


その掛け声と共に、レストラン中の明かりは一斉に灯された。
あのショーの時と同じ様に。

『みなさんこんばんわ!』
『本日はご来店誠に感謝やで!』
ステージの上にはピエロに扮した、ちょっと生意気な少女と食いしん坊な少女。
その横には前回と同じ白のワンピースに身を包んだ少女。
そして、
「ヒトミ…」
梨華はようやく口を動かした。

ヒトミはまた例の如く顔の上半分だけを隠す仮面を被り、真希たちを引き連れステージ上で
ぺこっ、と揃えて礼をする。
もう梨華はステージに目が釘付けになっていた。

ふとそこで、梨華は真希と視線が合う。

梨華はビクッと肩を震わせた。
後ろめたい気持ちはどんどんと押し寄せてくる。
しかしそれは一瞬で、真希は何でもなかった様にすぐに視線を逸らし、ヒトミが示す場所へ
次々と道具を並べていく。

待ち焦がれていた筈の今日のこのショー。
それが今では、見ているだけで胸が切り裂かれそうに痛い。
まるで拷問の時間に感じられるようだった。

196ななしのどくしゃ:2003/02/06(木) 19:06

それからは梨華も見せられてはいなかったマジックが次々に繰り広げられていった。
宙に浮かんだ何も入ってないはずの箱がいきなり燃え出して、中からは亜衣と希美が現れる。
急にヒトミがマントを翻し姿を消したかと思えば、真希と入れ替わりに現れ今度は真希が消える。
これも打ち合わせ無しで全てやっているのかと思うと、本当に感心した。

「やっぱりすごいですね」
「…えぇ」
ほとんどの客、そして店員までもがその華麗なマジックに魅了されている中、やはり梨華はから返
事で何にも頭には入っていなかった。

「梨華さん、どうしたんです?楽しく…ないですか?」
「いえ、別にそんなんじゃ…大丈夫です」
「でも…」
「大丈夫です、本当に」
苛立ちも何も感じない。
ただ一人の空間に浸っていたい。
押しつぶされそうなこの空間から逃れて。

梨華はステージの上のヒトミを見つめた。

ステージに立っている彼女は彼女ではない様に思える。
普段、制服を着ている時とはだいぶ印象が違うけれど、その魅力に惹かれていた。
出会いは最悪だった自分と彼女。
いつの間に、こんなに好きになっていたのか分からない。
気付けば心の中を支配されてしまっていた。

起きている時も。
眠っている時も。
離れている時も。
顔を合わせる時も、ずっとヒトミの事を考えていた。
あの笑顔を想っていた。


『魔法使い』


その、ちょっとファンタジーな単語も今では理解できるような気がする。
なぜなら、自分はもうその彼女の魔法にかかってしまったから。

愛、という名の魔法に。

そして今、自分はその魔法にかかりながら、望んでいない婚約者と共にやってきている。

197ななしのどくしゃ:2003/02/06(木) 19:06

マジックも終盤に差しかかり、亜衣と希美が以前の様にマイクを取る。
すると会場の電気が再び明かりを失った。
『ほんじゃ、今日は特別にキャンドルサービスやで!』
『ヒトミが一つずつテーブルを回っていきまーす!』
一つずつ…。
その言葉が梨華の思考を停止させる。

「へぇ、なかなかサービス精神も旺盛ですね」
心臓の音が聞こえる。
冷たくなった自分の中で、熱く燃えるように、時を刻むように。

『なんや今日はカップルが多いやんな』
『恋人たちをお祝いするのです!』

体が震える。

向こう側から順々に、ヒトミがテーブルを回っているのが見える。
その白い大きな手から放たれた様に、何もついていなかったロウソクにポッ、と小さな火が灯る。
そして礼をしてから次のテーブルへ移動していく。

それを何度も何度も繰り返し、そうして梨華のテーブルへも。


―――――…ヒトミ…



「ようこそ」

にっこりと笑みを零して、ヒトミはロウソクに手を近づけた。
そしてあの、手を閉じたり開いたりする癖。
手の平を下にして、指を鳴らすと同時に火が灯される。
辺りがボウッと照らされた。



「お二人の幸せを願って」

198ななしのどくしゃ:2003/02/06(木) 19:07


――――――――――



―――――





灯された炎が激しく揺らめいて見える。
こんなに小さな火がこんなにも燃え盛るものだったろうか。

「り、梨華…さん…?」

視界が歪む。
頬に暖かい何かが伝わっていく。

手の甲に、冷たい雫が一つ落ちた。

そしてそれはどんどん勢いを増し、それが自分の涙だと知ったのはしばらく経ってからだった。


「梨、華ちゃ…」


ぼやけてよく見えてはいないけれど、その場から動いていないヒトミもいきなりの事に驚いて、我
を忘れているようだった。

―――――ダメじゃない、ヒトミ…仕事中なんだから…




「梨華ちゃん!」
「梨華さん!」




梨華は耐え切れず持ってきたバッグを持つのも忘れ、一人そのレストランから走り去った。

199ななしのどくしゃ:2003/02/06(木) 19:16
綺麗に書くとか言っといてどーだろ。。。
小説って、むずかしいんだなぁ…。

>YUNAさま
切なくできてますか?よかったぁ…(安
自分、書いてる側からじゃ切ないのかどうか分からないんで…。
彼ですか?あはっ、嫌な奴でいいですよね。(笑
いい人にしようか迷ったんですけど、それだと自分上手く書けなかったんです。
川o・-・)ノ<日々精進ですよ!

>50の名無しハロモニさま
どーもです。
いやぁ〜彼はもうこのまま…(略
三角関係。。。いい響きだ。。。(笑
何故か自分は梨華ちゃんに、普通に恋愛はしてほしくないというか…。(オイ
山を越えて欲しいんです。。。
Σ(;^▽^)<なっ、何よソレ!

20050:2003/02/07(金) 13:46
うぉ〜、いきなりのヤマ場登場!ってな感じですぅ!
キャンドルサービスとは、これまたドラマティックな状況ですねぇw
せつない梨華ちゃん・・告白できるのでしょうか?
だんだん胸が痛くなって参りました(泣)
( T▽T)<胸が痛い! 胸が痛いのっ!

201YUNA:2003/02/07(金) 14:50
更新、お疲れ様です!!!
切なさって、自分で書いてて分からないもんなんですよねぇ〜
誰かに言われて、初めて気付く。(笑)
あぁ、今回も切なぁっっ...
胸が、かなぁり痛いです...
よっすぃ〜、梨華ちゃんを追いかけてあげてっっっ!!!

202名無しひょうたん島:2003/02/08(土) 17:27
( ゜皿 ゜)<エ?ドウナッチャウノヨ??ドキドキスルワ!クスリチョウダイ!!
( ´酈`)<最後までわからないれすね。
(0 T〜T)<りぃかぁちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!

203ななしのどくしゃ:2003/02/08(土) 22:24






『お二人の』


『幸せを』




『願って』






――――――――――――



――――――




「…っは…っく、ひっく…っ…」

息が苦しい。
泣きながら思い切り走って呼吸がままならない。
けれど、多分この苦しさはそれだけじゃない。

恋心を抱く事が、他の誰からも制限されるいわれはない。
しかしそれは想う方も、そして想われる方にも言える事。

ヒトミが好きなのは梨華の勝手。
そして、ヒトミが梨華を好きになるのはヒトミの勝手。


認めたくない現実を、真正面から叩き付けられた。


割り切っていた事だったのに。
いくら相手を好きになっても、相手も自分を好きになってくれるかなんて分からない。
最後に走り去った時、ヒトミが彼よりも先に名前を呼んでくれたのはありがたかった。
少しは心配されていたんだなぁ、と安堵にも似た気持ちが心を掠める。
あの仮面の下では、どんな顔をしていたのだろうか。

一人で乗り込んだエレベーター。
どうやって帰ろうかなんて考えもしないで、梨華は一階のスイッチを押して、エレベーター
がそこに着くまでのわずかな時間、泣き続けた。

204ななしのどくしゃ:2003/02/08(土) 22:24

チン、と音がなって間もなく扉が開く。
この時間帯に人の出入りはあまり無く、今のこの泣き腫らした顔を人に見られる前にと、梨
華は足早に出口へと走っていく。

外に出ると冷たい風が、梨華の露出された肌を打つ。
少し身震いをして、梨華は一人きりになれる誰にも見つからないような場所を探した。
一人で泣ける場所を。

「……っく、ひっく…」
寒さに絶えながら梨華は、ホテルの閉鎖された駐車場の中にある階段の下で腰を下ろす。
林になっている裏は人の影なんて見当たらず、泣き喚くにはもってこいの場所だ。
「…っひ…ぐすっ……ぅ…」
何も思うことは無かった。
ただ今はこの溢れてくる想いを全てぶちまけたかった。

―――――みんなに悪い事しちゃったな…

自分が来る事を喜んで張り切っていた亜衣と希美。
自分の相談に乗って、あまつさえ告白のセッティングまで考えてくれた真希。
悪いと思いながらもわざわざ自分の為にここに連れて来てくれた彼。
そして外出を許してくれた父。
その他にもあゆみや矢口など、色々な顔が浮かんできた。

無論、ヒトミの顔も。

ただそれに関しては、謝罪の気持ちなんかではなく、みんなとは明らかに違った感情が溢れ
てくる。

「…ヒトミの…ばか…」

205(0`〜´0)よすボーン:(0`〜´0)よすボーン
(0`〜´0)よすボーン

206ななしのどくしゃ:2003/02/08(土) 22:25

「…っ誰が…ばかだって?」

その声にバッと後ろを向いた。
階段の数段上に、先ほどの梨華と同じ様に息を切らせてヒトミが立っていた。
暗がりの中で白い仮面がやや不気味に浮かび上がる。
「なんでっ…こんなとこに、いんのさ…」
「…ヒトミ…なんで…」
「はぁ…これ…階段…はっ…一気に…駆け下りて…来た…」
梨華の座っていた後ろの階段は非常階段だった。
そういう訳だからあの20階のレストランとも繋がっている。
「エレベーターが…どこで止まるか、ごっちんに携帯で…知らせてもらって…そんで」
ヒトミは声を出す事も辛そうだ。
20階分もの階段を走って駆け下りてくれば当たり前だが。

「…!」
梨華はこの場にいることに絶えられず、また走って逃げようとする。
しかしもうそれはヒトミによって遮られてしまう。
二の腕を鷲掴みにされそのまま強く引き寄せられると、梨華はヒトミの腕の中に閉じ込めら
れた。

「なんで、逃げんのさ…!」
明かりがほとんど無いことと、仮面をつけていることで表情は分からない。
けれどヒトミのその声調と腕の力から、隠し切れない怒りを感じ取る事ができた。
梨華はヒトミの胸に顔を埋めたまま、再び涙する。
「上…ほっぽって来たのに」
「…って…だって…」
「泣き虫」
「…ぅ……」
「化粧落ちるよ」
まるで以前に戻ったかのように、ヒトミは悪態をつき続けていた。
しかし梨華は何を言われても、ただ涙をぼろぼろ零すだけで言い返しはしない。
「梨華ちゃん、戻ろう?」
「………」

「…彼氏も、心配してたよ…」
「!」
ふ…、と梨華は以外にあっけなくヒトミから離れた。
ヒトミもそれには予想外だったらしく、口を半開きにして梨華の様子を窺っている。
梨華は黙って口を噤み、ヒトミを見た。

207ななしのどくしゃ:2003/02/08(土) 22:25

「…なんなのよ…」
「え…?」
潤んだ瞳いっぱいに涙を溜めて、梨華はいきり立った。

「彼が心配してるんでしょ?だったらなんであなたが来るのよ!なんで彼が来ないの!?」

「なっ…!」
梨華の複雑な思いはグチャグチャに絡み合い、それは異なった形で表面上に現れる。
ヒトミもつられて買い口調になった。
「あんたの彼の事なんて知らないよ!大体なんなんだよ、人がせっかく心配して来てやった
 っていうのにその言い方は!」
「来てなんて頼んでない!あてつけがましい事しないで!」
「何を…!」
「思わせぶりな事しないでっ!」

途端、あたりは一気に静まり返る。
梨華は伏せていた顔をゆっくりと上げ、ヒトミを見つめた。
そしてくっ、と唇を噛んで
「…仮面…取って」
「え?」
「取って…いいから」
「あ、ぅん…」
ヒトミは言われるがまま、仮面に手を当ててゆっくりと取り外す。
その瞬間、今度は梨華がヒトミに抱きついた。
「…梨華ちゃん?」
「…心配してくれたのは分かってる、すごい嬉しい…」
背中に回した腕に更に力を込めて、梨華は抱きしめる。
「でも…私、ばか正直だから、そういう事されるとすぐ誤解しちゃうから…」
「………」
「お嬢様育ちって、不便だよね…こういう時どうしたらいいか分かんない」
梨華はできる限りの笑顔を作った。
「女の子同士って、今まで考えた事ないけど…他の女の子ならもっとちゃんと言えるんだろ
 うね…「好きでした」って」
「梨華ちゃん…」
「…うらやましいなぁ…」

208ななしのどくしゃ:2003/02/08(土) 22:26

「ばか」

梨華は頭上から聞こえたその言葉にガバッ、と顔を上げて反応した。
そしてもう一度。
「ばか」
「なっ、なによ…!」
「人のこと「ばかばか」言っちゃってさ、お返しだよ」
「だってそれは…」
「それに思わせぶりなのはどっちだか」
「どういう意味よ!」
ヒトミは、ジロッと横目で梨華を睨み


「わざわざ彼氏を連れて来た事!」


ヒトミはそう言うと顔を真っ赤にして押し黙る。
「…え?」
耳が壊れていないのを確認して、梨華は思わず聞き返してしまった。
ヒトミは聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、ぶつぶつと何か呟いている。
「だってさ…初めてあたしの家に来た時だって…なんか変な事聞いてくるしさ…」
「変な事なんて…聞いてないわよ!」
「聞いたじゃん、ごっちんはどんな関係だとか」
「う…」
それを言われては梨華は何も言い返せない。
けれど話を聞いていると、これはまるで…

209ななしのどくしゃ:2003/02/08(土) 22:26

「好きだよ」
「えっ?」
「女の子同士って…あたしも最初は考え付かなかった、でももうどうでもいい」
ヒトミは今まで見たものよりも、どれよりも真剣な目をしてこっちを見つめていた。
いつの間にか梨華の背中には、その長く細い腕がしっかりと巻きついている。
「会った時から気になってたよ、その後学校で会えて…マジで喜んだ」
「ヒ、トミ…」
「好きだよ…梨華ちゃん」
ヒトミは梨華の肩口に顔を埋めて、くぐもった声で囁いた。

―――――ヒトミ…

「…婚約者がいるから…って思って、それで今日も一緒に来てたし…」
「違…、あれは…」
「でもそれももうどうでもいい」
「ヒト…」

梨華が何か言う前に、その唇はヒトミの唇で塞がれてしまった。
突然の事に梨華はどうしていいか分からず、ただヒトミの腕の中で固まり、ヒトミのされる
がままになっているしかない。
「…んぅ」
漏れた自分の声に、顔がドンドン赤くなっていくのを感じた。
そして唇が離れるとヒトミはまた梨華を腕に抱いた。
梨華は瞳にまた熱いものが流れるのを感じ取る。
「また泣く…」
「…ヒトミ…」
「ん?」
「好き…」
「…うん…知ってる」
そしてもう一度、二人はどちらともなくその唇を引き寄せあった。

210ななしのどくしゃ:2003/02/08(土) 22:26



―――――――――


―――――…


皆の待つ20階に戻るべく、二人はホテルの中からエレベーターに乗り込んだ。
それが3階くらいを過ぎた時、エレベーターが止まりそうに無い事を願いながら、梨華は横
にいるヒトミに、さっきの温もりを確かめるように抱きつく。
「ちょ…梨華ちゃん」
「えへ」
その笑顔に負けたのか、ヒトミも困った顔でその腕を回した。

「もしかしたら運命なのかもね」
腕の中で梨華は顔を上げ、「何が?」とでも言いたそうなヒトミに嬉しそうに微笑むと
「ピンクのチューリップの花言葉知ってる?」
「ピンクの…?あたしがあげたヤツ?」
「そう」
ヒトミは首を横に振る。
「さぁ?何て言うの?」
「『綺麗な瞳』とか『告白』とか…いろいろあるけど、色によって違うの」
チューリップっていろんな色あるでしょ?と梨華はヒトミに視線を預ける。

「ピンク色のチューリップの花言葉は、『愛の芽生え』っていうの」
「へぇ…」
「私たちにぴったりでしょ?」
「うん…そうだね」
梨華はその整った横顔を眺めながら、暖かい肩にもたれた。

211ななしのどくしゃ:2003/02/08(土) 22:27
ふぅ…まぁこんなとこか…。
あー、疲れた。ラブシーンって疲れるわぁ。(笑

>50の名無しハロモニさま
いやぁもうこの乏しい想像力しか持ち合わせてない私の頭では
これがこれが精一杯。(笑
ふふふ、ベタベタですけど、私はこのまま突っ切っていきます。(ニヤリ

>YUNAさま
今回もよろしかったですか?
いやいや安心いたしました。(笑
そぉなんですよね、分からないですよね。
切なくなっていればよし!

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<イケナイワ!ショートシチャウ!!
( ´酈`)<このばあいはどこにだせばいいのれしょう?
( ´ Д`)<んあ、とりあえず電気屋でいーんじゃない?

あーあ、二重投稿しちまったぜ。。。(鬱

212名無しひょうたん島:2003/02/09(日) 12:31
( ゜皿 ゜)<ヤットヒッツイタワネ!ジレッタカッタワヨ!
( ´酈`) <ここからなのれす!

すごく続き楽しみにしています!!

213名無しひょうたん島:2003/02/09(日) 14:13
遂に…遂に…。
キタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━!!
この小説一番楽しみなんです!!がんばってください!

214YUNA:2003/02/09(日) 16:03
更新、お疲れさまでしたっっ!!!
切ないけど、2人くっついていかった②♪♪♪
これから、どうなってしまうんでしょぉ...
続き、楽しみにしていますっっっ!!!

215200:2003/02/13(木) 16:51
キタキタキタ〜!!
よくやりました、両選手ともにグッジョブですw
ステージを放り出して追いかけた吉、オトコマエです!
甘くて、想いが通じ合えて良かった良かった(感涙)
しかし、エレベーターが到着した後は一体!?
次回更新、期待して待ってます。

216ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:22




エレベーターが20階に着くまでの間、梨華はずっとヒトミに寄り添うようにして時を過ご
した。

―――――14階…15階…16……
その時を少しでも遅らせたい梨華はその一心で一階ずつ目で数えていく。
そんな事をしても時間が止まる訳ではないけれど。
―――――もうすぐで20階…
「どしたの?梨華ちゃん」
そんな感じでさっきから上の空の梨華の顔をヒトミは覗き込んだ。
梨華は一度、今まで見ていた上がり下がりを示すライトからヒトミに視線を移し、それから
残念そうに斜め下を見つめて呟く。
「…もう着いちゃうなぁ、って」
そして小さく「もっと二人きりで居たぃ…」と言った途端、ヒトミの顔はまた例の如く真っ
赤に染まり、何も言えなくなってしまった。
「ちょっとぉ」
その行動にむっとした梨華は、両手でヒトミのその赤くなった頬を挟みこちらに戻す。
「もう少ししか二人きりで居れないのにっ」
「いや…別に帰ってからでも十分…」
「私は“今”一緒に居たいの!」
気持ちの通い合ったこの瞬間。
おそらく今以上の幸せは一生涯の中でほとんど味わう事は出来ないだろう。
「こんな貴重な時間、他に無いと思わない?」
と首をかしげた。
ヒトミはしばらく眉間にしわを寄せて考えていたが、
「…そうかも」
「ね?だから…」
梨華が何か言いかけたその時、ヒトミは自分の頬に置いてあった梨華の両手を握り、そこで
ちゅっ、と短いキスをしてみせる。
梨華は目を白黒させて固まったままだ。
ヒトミはこつん、と額同士をくっつけると、握った梨華のその両手を首に回させて、自分の
空いている両腕は梨華の腰に回しその格好で囁いた。

「黒のドレス着た梨華ちゃんって初めてだしね…」
「…変、かな…?」
眉をひそめるその顔にもう一度口づける。
今度はさっきよりも遥かに長く、もっと優しいキス。
「…やばいくらいカワイイ…」
何度も角度を変え、梨華もヒトミもその唇を確かめる様に味わった。

217ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:22

そこで、その甘い雰囲気は一気に絶たれてしまった。

ライトが『19階』のところで点灯し、その扉が音を立てて開いていく。
今までぴったりとくっついてまるで磁石の様だった二人が、その両極を同じ極で合わせてし
まったかの様に勢いよく離れた。

―――――いい所で…ってなんで20階じゃないの?

「やーやーお二人さん」
扉の向こうに立っていたのは、真希だった。
「「ごっちん!」」
二人は両端の壁にひっついたままで、声を揃えて言った。
真希はキョロキョロと二人を見比べる。
「うんうん、どーやら上手くいったようだね」
「な、なんで分かるの」
「大体分かるって、それに…」
真希はニヤニヤしながら二人の間に割り込んだ。

「よっすぃーってピンク色の口紅つけないでしょ」

「「!?」」
さすがにコレには梨華も顔を真っ赤にせずにはいられない。
二人揃って各々の口を隠すように手で覆った。
「まぁ良かったねー、こっちとしては大変だったけど」
「ゴメンごっちん」
ヒトミは口を覆ったまま言った。
「今んとこは大丈夫、あいぼんとののが何とか持ちこたえてるから」
ヒトミはショーの途中、それに構わず梨華を追いかけてきていたのだ。
今になってその事に本気で悪い気持ちになる梨華。
「ゴメンね…二人とも」
ヒトミと真希は目を合わせた。

「私のせいだよね…せっかくお客さんたち楽しみにしてたのに、ぶち壊しちゃって」
言葉を発する度に首を俯かせていく梨華を見て、慌ててそれを否定するヒトミと真希。
「り、梨華ちゃんのせいじゃないよ」
「そーそー、元はよっすぃーが悪いんだから」
「でも…」
ますます俯く梨華。
ますます慌てるヒトミ。
「いーの!だから梨華ちゃんは気にしないで」
「だって…私がいきなりあんなことするから…」
「だからぁ、あれはあたしが変な事言ったから…」
「その火種は私が自分で…」

218ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:22

「あーもうっ、それはいーから早く戻ろう!そっちが先決だよ!」
真希が二人のいつ終わるか分からない口論をぶった切り、自分もエレベーターに乗って『C
LOSE』のボタンを押した。
エレベーターの扉は閉まり、機械的な音を立てて上昇していく。

「そういや梨華ちゃん、あの人も焦ってたよ」
聞かなくてもそれが誰なのかは分かっていたが、不思議と梨華は平然とする事ができた。
もう有耶無耶な態度は取れない。
自分はもう決意し、そしてその想いも成就したのだから。
「ありがとう、ごっちん」
「へ?ごとーなんかしたっけ?」
それが気付かない振りをしているのか、それとも本気で分かっていないのか、おそらく後者
であるだろうな、と梨華は予想しながらもう一度「ありがとう」とだけ言った。

「あ、そうだ」
ヒトミはいきなり声を上げた。
振り向くとヒトミは顔半分の仮面を付けているところだ。
「なんで付けるの?」
「あたし仕事で他人に顔明かさないようにしてるんだ、めんどいから」
なるほどと梨華は頷いた。
以前の話でもヒトミに魅せられた人は多いという何とも腹立たしい事も聞いたし、この顔だ
から色々と苦労した事(ファンに追いかけられる等)もあったのかもしれない。
考えればむしろそれを付けていて欲しいと願う梨華。
「それに彼、あたしの顔知ってるでしょ?」
そうだった、と梨華はハッとした。
ヒトミと彼は一度だけ面識があった。
もし彼が覚えていないなら幸いだが、もしそうでなかったとしたら、またどんな皮肉を聞か
されるか分かったものではない。

そうしてエレベーターは20階を指した。

219ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:23


「梨華さん!」

案の定、彼はいち早く梨華のもとへ駆け寄ってきた。
「どこに行ってたんですか!?心配してホテルの従業員に色々と聞き回って…!」
こうして見ると、やはりこの人はいつも自分の事を考えてくれているんだと改めて実感して
しまった梨華。
「ごめんなさい」
「いえ…でも戻って来てくれて良かったです」
ちくり、と胸が痛んだ気がした。

梨華はちらっ、とヒトミの方に目をやった。
仮面越しに柔らかく笑っているのが分かる。
そしてヒトミは真希と一緒に亜衣と希美と客達の待つ、レストランへと消えていった。
梨華が何を考えてるのか、おそらくヒトミも分かっているのだろう。
この空間にいるのは梨華と彼の二人だけ。
それだけでもう十分だった。
―――――ちゃんと言うからね、ヒトミ…
もう姿の見えなくなったヒトミに返すようににっこりと笑った。

「あのね」
梨華は真っすぐ彼の目を見て言った。



「私…もうあなたとお付き合いできません」

220ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:23





「よし!」

梨華はピンクのチューリップの入った花瓶の水を取り替え上機嫌。
あともう少しでしおれてしまう様子だが、まだ何とかもってはいられるだろう。
「新しいのを買ってこようかなぁ…それか、またヒトミに貰うっていうのも」
金曜日以来、すっかりこのチューリップは一番お気に入りの花として、梨華の部屋にちょこ
んと咲き誇っている。
なんと言っても、二人の『運命の花』なのだから。

「ふふ」
開きかかった蕾をちょん、と軽く突っついて、梨華は笑顔で部屋を出ると、ちょうど一人の
家政婦と出会った。
「梨華様、朝食の用意が整いました」
「ありがとう」
パタパタとせわしなく梨華は食堂へと向かった。
警戒にステップを踏みながら、不気味なくらいの笑みを振りまきながら。
「〜♪」
おまけに鼻歌まで。
「…?」
態度が豹変した梨華の背中を見つめ、家政婦はただただ首を傾げるだけだった。


「おはようお父様」
梨華を見て父は一瞬目を丸くしたが、すぐに威厳を取り戻す。
「どうした?最近明るいな」
「そうかしら?別に普通よ、いただきます」
「ん…まぁなんにせよ、明るい事はいい事だ」
笑顔の梨華に満足し、父はまた手にしていた新聞に目を向けた。

いつだったか誰かにも言われたが、自分でも自覚はあった。
確かに以前に比べて笑顔の回数が多くなったというか、感情の表わし方が豊かになった。
特に意識してそうやっている訳ではない。
自然にそうなる。

「…行ってきます!」
早々と朝食を食べ終え、梨華は元気よく外へと飛び出した。

221ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:23

「おはようございます、柴田さん」
車から降りると同時に、後ろから同じく車で登校してきたあゆみに挨拶した。
「おはようござ…」
あゆみはいぶかしげな顔をして梨華を眺めている。
梨華は優しげな笑顔を浮かべて首をかしげた。
「どうなさったの?」
「ぃや…今日はなんか、い、いえ、何か普段と違いますわね、石川さん」
「いやですわ、もう皆さんにそう言われちゃって、もうっ」
梨華は頬をピンクに染めて眉をだらしなく下げながら、あゆみの肩をバシバシと叩く。
「い、痛っ痛いって梨華ちゃ…じゃなくて、石川さんっ」
「やですわぁ、もうっ」
―――――何があった梨華ちゃんっ?!
でれでれとしたその顔の裏に何が隠されているのか、あゆみに分かる筈も無い。

「ど、どうなさったの石川さん、何か嬉しい事でもございまして?」
ようやく解放された左肩を擦りながら、また叩かれない様に梨華と距離を置くあゆみ。
しかしそんな事は、今の梨華にはどうともかまわぬ事だった。
「柴田さん…」
「はい」
両の手を胸の前で組んで乙女チックモードに突入し始めてしまった梨華。
もうこうなっては梨華が自分でそれを解除するまで誰にも止める事は出来ない。
あゆみはこれが長くなる事を承知の上で、半ば諦める様に耳を傾けた。


「恋をしてしまいました♪」


「あぁ、はい…」
そんな歌もありましたわね、なんてとんちんかんな事を思うあゆみ。
―――――梨華ちゃんが恋ねぇ…恋…こい…

「えっ!?」

あゆみは目を見開く。
「ウソ、誰に!?」
一人で陶酔の表情を浮かべる梨華の肩を、お構い無しにがくがくと揺さぶる。
あまりの驚きで言葉遣いもすっかり元に戻っている。
それでも梨華のやや赤く染まったその顔が崩れる事はない。
「というかすでにハッピー♪んふっ」
「は?何?どういう事!?」
「やっぱり女は恋に生きるべきですわね…」
「ちょっと!梨華ちゃん教えてよ、ねぇ誰!?誰に恋してるの!」
めずらしく騒がしい登校となった梨華とあゆみ。
笑いながら、叫びながら校門をばたばたとくぐる。
同時に今度は予鈴が鳴り響き、校門の鉄格子の扉が風紀委員によって閉められる。
登校時間を過ぎた者は風紀委員のお許しがない事には朝の内に校内に入る事は出来ない。
つまり時間以内にはもう校門をくぐらなければならないのだ。

222ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:24


「ちょっと待って――――!」


校門の外から聞こえる、その声に梨華はぴくりと反応する。
そのよく通る低く甘いアルトの声はどんな人込みの中に居ても聞き分ける事が出来る。
「お、お願い!入れて!」
その声はちょうど後ろでぎゃあぎゃあと喚いている。
「吉澤ひとみさん、また遅刻ですかっ!?」

―――――ヒトミ!
梨華はすぐさまその視線を、校門の方に向けた。
ヒトミは1年の風紀委員・高橋に捕まって情けない顔をして手を合わせている。
「お願い高橋さん、勘弁して」
「遅刻しておいて何を言ってるのですかっ!」
「あたし低血圧なんだって、いつも言ってるじゃん」
「私はあなたを同等の立場に置いた事は一度もありません!」
鉄格子ごしに朝から大声で喚く二人に、皆が視線を向けない筈がない。
と、そこへ見かねてあの人物が姿を現した。

「どうしたのですか騒々しい」

「藤本先輩!」
きりりとしたその横顔は、以前お世話になった風紀委員長・藤本美貴。
今日のスケープゴートはヒトミになりそうだ。
「高橋さん、もう少し声を控えて頂戴」
「す…すいません」
そして藤本はその眼鏡越しに今度はヒトミを捕らえる。
「吉澤ひとみさん」
「はい」
「転校してきたばかりとはいえ、あなた今まで何度遅刻なさってます?」
「えぇー、覚えてないなぁ」
藤本の頬がピクリと引きつる。
しかしまだ理性は保っている様だ。

「ほぼ毎日ですわ」
「あれ、そーだっけ?」
「あなたは今まで一度も登校時間内に校門を潜ったことはありません」
コホン、と一つ咳払いして藤本は腕を組む。
ヒトミは俄然、へらへらとした表情を整える事はない。
「とにかく、本日も生徒指導室へどうぞ」
藤本は鉄格子の扉をちょっとだけ開いてヒトミを招き入れる。
「えー!やだよ、あたしあのオバサン嫌いなんだもん」
「オバサンだなんて失礼な言い方をなさらないで!確かに先生はややお年を召されています
 けれど…」
「ふ、藤本先輩、フォローになってないですけど…」

223ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:24


「あ゛――――っ、もうっ!!」


とうとう藤本の堪忍袋の緒が切れてしまった。
「いいかげんになさって!ピアスはする、髪は染める、スカートの丈は以前短いまま!」
藤本の怒りに満ち満ちた剣幕にヒトミや高橋、その他周りにいた生徒は言葉を失った。
もちろんそれを見ていた梨華やあゆみも。

「いつ言おうかと悩んでいましたが、今日言わせていただきます!吉澤さん!あなたはこの
 学院にはふさわしくありません!!」

右手でヒトミを指差しもう片方は丁寧に腰に当てる。
ヒトミは目を点にしてただ藤本を見ていた。
「勉学共に運動!成績が優秀なのは認めます、けれどあなたは人間的に欠落しているものが
 多々見られると言っても過言ではありません!!」
運動は得意なのは分かってたけど、頭も良かったんだ…、と梨華は以外にも冷静にその場を
見学していた。
―――――英語は当たり前にできるだろうし…マジシャンっていうのも自分でタネとか考え
     なくちゃいけないから頭も使うわよね、きっと

「それにっ!あなたが我が学院の生徒をたぶらかしているという噂も耳に入っています!」
梨華はそれに先ほどヒトミを見つけた時と同じくらい、もしくはそれ以上の過敏な反応。
「へっ?何それ、あたし知らないよ」
「誤魔化されても無駄です!」
強者藤本にヒトミは一撃で押し黙ってしまう。

「あなた、我が風紀委員会・副委員長2年の松浦亜弥をご存知?」
「え、あぁ…まぁ同じクラスだし」
ヒトミは曖昧に頷く。
「礼儀正しく慎ましく、容姿端麗で成績も優秀でまるで淑女の鏡の様で…時期風紀委員長候
 補とまで謳われて、私も松浦さんにならこの学校を任せられる、と安心しておりました」
その視線は青空を仰ぎ、まるでそこだけ舞台の様に藤本は一人自分の思いを語った。
「はぁそっすか」
「その彼女を…」
藤本は表情を変え、キッ、とヒトミを睨みつけた。

「毒牙にかけたのは紛れも無い事実でしょうっ!!」

「なっ…!」
それには梨華も黙ってはいられなかった。
そうとは知らないヒトミ、梨華が見ているのにも気付かず落ち着いて弁護する。
「ちょっと待って、あたし別にまっつーに手ぇ出してなんかないって」
―――――ま、まっつー!?
おそらくヒトミが松浦亜弥に対してつけたあだ名だろう。
それは分かってはいたが、その怒りは今すぐ抑えきれる物ではなかった。

224ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:24


「吉澤さぁ――――ん!」


その矢先、反対側の2年生の玄関から梨華に勝るとも劣らずの高い声が聞こえてきた。
見ると話の中心の松浦亜弥が、ものすごい速さで校門に向かって走っている。
いや、正確にはヒトミに向かって。
「吉澤さんっ!」
松浦はその勢いに任せてヒトミにぎゅうっと抱きついた。

―――――あああぁぁぁぁっ!?
梨華はパクパクと口を開く。
「梨華ちゃん?金魚みたいだよ?」
そういえば生徒会役員・書記の紺野って1年生がそれっぽいよねぇ、なんてあゆみの言葉も
もはや梨華の耳には届かなかった。


「おはようございますぅ、吉澤さん」
「おはよーまっつー」
ヒトミは普通に笑顔で挨拶している。
「あ、藤本先輩おはようございまぁす」
松浦はその体制のまま、とってつけた様に藤本に向かって挨拶した。
「松浦さんっ言ったでしょう!元のあなたに戻って!」
「先輩、私は普通ですよぉ?」
「違うわっ!今までのあなたは朝からスカートをはばたかせながら走ってくるような方では
 なかったはずよっ!」
「そんな事言われても、吉澤さんが来たのが分かったら慌てちゃってぇ」
恥ずかしそうに頬を染めながら松浦は言った。
「松浦さん…あなたはどうしてそんな風になってしまったの…」
およよ、と泣き崩れる藤本。
しかし、
「!? 松浦さんっ、あなた香水なんかつけてらっしゃらなかったでしょう!」
まくし立てる藤本に関わらず彼女は「あ、分かりますぅ?」と嬉しそうだ。
「いい香りでしょう?ピーチなんですよ」
「そんな事は聞いてないわっ!何故そのような…」
「女の子は香りで変わるんですっ」
「松浦さんっ!」
藤本は再び崩れ落ちた。

225ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:25


「どれもこれも…吉澤ひとみさんっ、あなたのせいです!」
「えっ?あたしぃ?」
その矛先は抱きついている松浦ではなく、抱きつかれたままのヒトミに向けられた。
「あなたが現れたからこの学院は段々変わってしまっているのです!全ての元凶はあなたに
 あると、私は断定いたしました!」
「か、勝手に断定しないでよ!」
さすがにまずいと感じたのか、ヒトミは松浦を引っぺがして一目散に逃げ出した。

「あっ、お待ちなさい!」
「吉澤さんっ!」
「今日は見逃してぇぇぇっ!」
運動神経は良いヒトミ、藤本と松浦にあと少しで追いつかれるという所で見事に方向転換を
して、ちょうど梨華の居る方に走ってきた。
「あっ梨華ちゃん!」
梨華の姿を発見したヒトミは、迷わず梨華の傍へ走り寄ってその肩を掴んだ。

「梨華ちゃん!お願い助けて!」
梨華は正面に向かい合わせ、すっ、とヒトミの腕を掴んで上目使いに見る。
それにほっとするヒトミ。
「吉澤さん」
「はい、…って吉澤“さん”?」
梨華の敬語にヒトミは多大な悪寒を感じ取る。
しかし次の瞬間、ヒトミの体はくるりと反転させられ向こうから藤本と松浦が走ってくる。
逃げようとしても梨華が腕を掴んでいるため、それもままならない。

「りりりっ梨華ちゃんっ!?」
「すこーし、頭を冷やされた方が宜しいんじゃなくって!」
梨華の顔は笑っていても、目が冷たく梨華の今の心境を表していた。

「吉澤さぁぁぁんっ!」
「生徒指導室にお行きなさぁぁぁいっ!!」
「思い知りなさいっ!ヒトミぃぃぃ!」
「いやぁぁぁぁぁっ!!」

226ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:25
溜まりに溜まった妄想が…お嬢様言葉を書くのも楽しかったり…。
最近…何故なんだろう。よしあや(松浦)やら、よしみきやらが気になってきおった。
一体何の前兆か…、まぁ気にしながらも更新をしよう。(爆

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<オソクナッタワネ!
( ´酈`)<おそすぎなのれす。
川o・-・)<まぁその分大目に更新したつもりらしいので…
(;0^〜^)<勘弁してください。

>名無しひょうたん島さま
>この小説一番楽しみなんです!!がんばってください!
のぁ―――っ!!照れる&嬉しいっす。
しかし更新、遅れてしまってスマソ。。。
申し訳ないかぎりです。(泣

>YUNAさま
いやはや、YUNAさんも完結お疲れでした。
来る素振りは見せねども、じつはちまちまやってきていたり…。
( `▽´)<それなら更新しなさいよ!
…とは言わないで(笑

>200の名無しハロモニさま
(0^〜^)<それほどでもぉ〜♪>(^▽^*)
この後もこの二人の甘いのを少し書きたいと思っておりますので、
まぁ…あまり期待しないで待っててくださいね(笑

227ななしのどくしゃ:2003/02/15(土) 18:44
すいません訂正します。
>222の高橋のセリフ。
>「私はあなたを同等の立場に置いた事は一度もありません!」
は、無視してください。間違いました。

228名無しひょうたん島:2003/02/15(土) 20:37
タラシヨッスィキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
シットリカチャンキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

いや、もちろんいしよしヲタですよw
でも、よしあやも代好き(ニヤリ

229名無しひょうたん島:2003/02/16(日) 21:03
( ゜皿゜) <マッテタワヨ!ソレニタイリョウコウシンヤルワネ!カオダッテイチバンタノシミナノヨ!
川o・-・) <213さんにジェラシーですね!
( ´酈`) <なんらか、おもしろいてんかいなのれす。
(0^〜^) <もてるオイラカッケー!!

ガンガッテください!!

230YUNA:2003/02/18(火) 14:40
ちょっと(?)怒る梨華ちゃん可愛い♪♪♪
よっすぃ〜、ご愁傷様です。
話の中の藤本・松浦、ツボですっっっ。(笑)
って、うちの駄文を読んでくださってるなんて...
ありがとぉ〜ございます...(涙)
実は、うちも...
更新しないくせに、ちま②来たりしております...(苦笑)

231ななしのどくしゃ:2003/02/18(火) 22:18




梨華はその華奢な肩を精一杯いからせながら、目の前で何とも情けなく眉尻を下げている
ヒトミに向かって頬を膨らせていた。

「で?」
「…え?」

「とぼけないで!」
急にトーンを上げた梨華の声に、思わずヒトミは肩を竦める。
二人しか居ないこの屋上では、素晴らしく綺麗に声が耳に入ってくる。
「あの松浦さんとどういう関係よ!」

今日一日この昼休みまで、そして今現在も梨華はずっと不機嫌極まりなかった。
想いが通じ合ってホッとしたのが昨日だと言うのに、それが今日になって相手が別の女の
子と仲良く抱き合ったりなんかしているのだ、怒らない訳がない。
しかし本当のところ、ヒトミは抱きしめていたつもりはないのだが、そんな事は梨華の頭に
はカケラも残っていなかった。

「どういうって…ただ同じクラスだから仲良くなっただけだよ」
「そんなただ仲良くなっただけの人が、登校してきたのを見つけてわざわざ外まで走って出
 てくると思う!?」
「そんな事言ったってあれはまっつーが勝手に…」

『まっつー』

その単語を聞いただけでムカムカする。
「………」
「…な、何?」
「…もぉばかっ」
「なんだよそれぇ」
「どーせヒトミの事だから!他の生徒ともあんな事したりしてるんでしょ!?」
梨華はつい最近の事を思い出していた。
こいつは人前で平気でキスなんかできる奴なのだという事を。

232ななしのどくしゃ:2003/02/18(火) 22:19

「あたしのポリシーだもん、仲良くなるにはまずボディタッチから」
否定しない。
それが更に梨華を怒らせる原因となった。
「その言い方なんかヤラしいっ」
「ホントの事だもん、特に“ハグ”は大事」
確かに欧米では、日本よりもスキンシップが多いという事は聞いている。
しかし、ここは日本なのだ。
そんな誤解を招く行為をされてしまっては、本当に誤解を招きかねない。
いや、もう既にその誤解にかかってしまった人は現れてしまったのだが。
「大体ヒトミだって抱き付かれたまんま離そうとしなかったじゃない!」
「いや、だって友だちをそんな風に扱えないでしょ?」
「そういう事じゃなくって…」
もごもごと口調をにごらせていく。
何だか一人で怒って恥ずかしくなってきていた。

梨華は人一倍、独占欲が強い。
そういう育ちからか、はたまた一人っ子という環境がそうさせてしまったのかは定かではな
いが、小さい頃から自分のモノに対してとてつもない執着心を持っていた。
それがおもちゃであろうとなんであろうと、自分の手元から消えてしまった時にはもう手の
施しようがなく、周りの大人たちを困らせていたという事だ。
大きくなっていくうちに、さすがにそんな事はなくなっていたが。

そして、生まれて初めての恋人。
そんなモノが出来てしまったとあれば、梨華の嫉妬心がさらに増していくのは必然だ。

「とにかくっ、あたしはやましい事はしてないからね」
「そんな事言ったってぇ!」
「梨華ちゃんっ!」
明らかに苛立ちを見せるヒトミのその顔に、ぐっ、と梨華は唇を噛み締めた。

―――――もぉ…なんで私がこんな目に合わなくちゃならないのよぉ…

そんな事を考えていると、ヒトミが梨華の右手を取りその手の平にチュッ、と口づける。
「!」
それを目の当たりにして梨華の体はドンドン熱を上げていく。
ヒトミはそんな風になってしまった梨華を横目で確認し、ニヤッとまたあの笑みを見せると
今度は梨華の頬にそっと手を当ててチュッチュッ、と顔中に何度もキスをしていった。
「ちょ…ヒトミ…もっ…」
「んー」
体をよじらせて逃げようとするが、いつの間にか腰にヒトミの腕がガッチリと回っていて、
逃げる事が出来なかった。

233ななしのどくしゃ:2003/02/18(火) 22:19

ヒトミのされるがままになっていた梨華。
しばらくしてヒトミがようやく腕の力を緩め解放したが、梨華は逃げようとしなかった。
「あたし梨華ちゃん以外にはこんな事しないって、言い切れるよ」
「………」
「ね?だからさ」
ひたすら上目使いにヒトミを見上げる梨華。
「そんな顔しないでよぉ〜」とヒトミがおちゃらけても、梨華の顔は元には戻らない。

「ねぇ梨華ちゃん、笑ってよ、ね?ね?」
「………」
「梨華ちゃぁん、お願いだから」
「………」
「梨華ちゃんってばぁ」
「………」
「梨華ちゃんっ、もういい加減にしてよ!あたしだって怒るよっ?」
ヒトミが意を切らし、ちょっと怒った顔をして見せても状況はまったく変わらなかった。
それにちょっとショックを受け、今さら後には引けなくなったヒトミはさらに大きな声で梨
華に怒鳴りつけた。
「そりゃ確かにあたしふらふらしててだらしないように見えるけどさぁ、こういう大事な事
 はちゃんと気遣ってるつもりだよ!?それなのに梨華ちゃんは…!」
怒鳴っても梨華はいまだ口を閉ざしたままだった。

ヒトミはついに切り札を出した。


「あたしの事信用できないの!?」


しかしそれには予想外の反応。
「…できないわ」
「え!?」
ヒトミはそこで一瞬固まった。
「なっなんでぇ!?」
慌てふためくヒトミに、梨華は到って冷静な表情のままヒトミのその襟首を引っ掴み、ぐいっ
と自分に引き寄せた。

234ななしのどくしゃ:2003/02/18(火) 22:20



「この爽やかな香りは何でございましょうか」


にこっと笑顔になる。
しかしその梨華の笑顔と敬語が後に、泣いた後より、怒った後よりももっと恐ろしい事になる
のを、ヒトミはすでに理解していた。
「か…香り?」
「…ヒトミって香水つけてなかったよね?」
「え…あ、まぁ…ね」
嫌な予感がヒトミの胸の内をよぎる。
そしてそれは見事的中してしまう事に。

「私はアナタから『ピーチ』の香りがするように思えるのですけど」

「………」
「確か、松浦さんも最近になって香水をつけ始めたとか?」
「いや…確かにそれはあってるけど、でも多分朝についたのがまだ…」
「残ってる訳ないでしょ!あれから何時間経ってると思ってるの!?」
やはり年上である梨華の方が強かった。

「白状しなさいっ!またベタベタしてたんでしょぉっ!?」
「ちっ…違うぅ!あれはまっつーが勝手に…!」
「やっぱり!もぉ何やってるのよぉぉぉぉ!」
もうすっかり梨華の尻に敷かれてしまっているヒトミ。
嘘がつけない性格からか、言う事全てが梨華の逆鱗に触れてしまい結局、


「ごめんなさいっ」


「…もぅ止めてよ?」
「いや、だから…まぁいいや、はい、もーしません」
「よろしいっ」
ようやく梨華が笑ったのを見て、ヒトミはホッ、と胸を撫で下ろす。
そして同時にその眩しいほどの笑顔に顔を綻ばせて、思わずギュゥッと抱きついた。
嬉しそうに梨華の頬に自分の頬をネコの様にすり寄せる。

235ななしのどくしゃ:2003/02/18(火) 22:20

と、そこで皮肉にも予鈴が鳴り響いた。
「あー終わっちゃったね、昼休み」
「えぇ――――っ」
「しょうがないでしょ、ほら教室戻ろう」
体を離して梨華は行こうとするが、ヒトミはいっこうに動こうとはしない。
そしてヒトミはもう一度、その腕に梨華を抱きとめる。
「ね、サボっちゃわない?」
「はあ?!」
梨華は腕の中でヒトミの顔を見上げた。
「いいでしょ?」
「な…そんな事出来る訳ないでしょっ!授業出なくちゃ!」
「いーじゃん、梨華ちゃんいなくても誰も困らないって」
「ひどいっ!何よそれ!」
頭を叩こうと、振り上げられた梨華の腕が振り下ろされる前に、ヒトミは梨華に軽くキス。
梨華の動きはそれだけで簡単に止まった。

「あたし梨華ちゃんいなかったら困る」
「…二人でサボった事、ばれちゃったらどうするのよ」
梨華の腕は振り上げられた状態のままだ。
「別にいーよ、でも学年違うからそう簡単にばれないって」
だから、ね?ととてもいい表情をするヒトミ。
「「だから、ね?」じゃないでしょ!まったく…」
「いーじゃーん、一回くらい経験しといても損はないって」
「そういう問題なの?」

なんて口論をしばらく続けていると、また『キーンコーンカーンコーン』と予鈴が鳴る。
「あぁっ!?」
「あらぁ、授業始まっちゃったねぇ」
ニヤニヤと、これまたいい顔。
「…わざと引き止めてたでしょ」
「ばれましたか」
「んっもうっ」
上げていた腕でコツン、とヒトミの頭を小突く。
そして怒った表情をしながらも、その唇の端はちょっとだけ引きつっていた。
「嬉しかったりする?」
「ばか」

その日、梨華は生まれて初めて授業をサボった。

236ななしのどくしゃ:2003/02/18(火) 22:21
“ハグ”の意味、分からない人のために。。。
この場合“抱きしめる”と捉えておいて下さい。
うちの学校でも友達同士よく言ってるし、やってるのです。(どない学校や

>名無しひょうたん島さま
>いや、もちろんいしよしヲタですよ
 本 当 で す か ?(笑
いや私もいしよし大すっきですよ?本当です。
でもなんか…あやゃでもいーかなーとか…ミキたんかわいいなぁとか。(笑
(+`▽´)ノ<ハッキリしなさいよ、ハッキリ!

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<ソレハウレシイワ!ガンバルワヨ!!
( ´酈`)<そういっていただけるととってもうれしいのれす。てへてへ。
川o・-・)<作者は『今日は不調…、しかし今度こそ!』との事です。
( ´ Д`)<あっは、言い訳だね〜。

>YUNAさま
>うちの駄文を読んでくださってるなんて...
駄文だなんて!何たる事を!(爆 新作おめれとうございます。。。
更新、早くしてくださいね。(笑
川釻v釻从<もしやハマったかしら?なかなか良い心がけですわよ。(笑
从‘ 。‘从<この喋り方ってけっこうはまるんですよねぇ〜。

237YUNA:2003/02/19(水) 14:56
更新、お疲れ様ですっっっ!!!
実はうち、アメリカ在住なんっすよぉ。
ハグは、友達に逢うと必ずされますね。(笑)
もぉ〜いいよっっっ!!!ってくらい。(更笑)
更新頑張りますよぉ、できる限りですが...(苦笑)
お互い、頑張りましょう!!!

238215:2003/02/20(木) 12:41
更新、お疲れ様でした。
独占欲の強い石川さん、イイ!(・∀・)
何気によしあや風味になって来て、コッソリニヤけてますがw
あややにハグ・・そりゃもう「ピーチ」の香りも移るってモンですわなw
生まれて初めて授業をサボった石川さん、この先屋上で一体何を!?

239名無しひょうたん島:2003/02/20(木) 14:49
( ゜皿゜)<ハグハグカオモシタイノヨ!!
( ´酈`)<ののもしたいのれす。てへてへ
不調なんてとんでもないです。がんばってくださいね。

240ななしのどくしゃ:2003/02/23(日) 15:17




「おっかえり〜」
「柴ちゃん」
5時限目の終わりのチャイムが鳴って、教室へと戻ってきた梨華。
それをものすごい笑顔のあゆみが出迎える。
「まさかサボっちゃうとは思わなかったよ」
一応気分が悪くて保健室、って事にしといたよ。
と、あゆみ。

「ありがとう柴ちゃん」
「いやぁ、でもまさか本当に付き合ってたとは…ビックリした」
「あ、あの時はまだそんなんじゃなかったんだけどね…」
そう考えたら今こうなっている事が信じられないな、と梨華はふと思う。
「ま、人の心は変わりやすいからねー」
ニヤニヤするあゆみに、梨華は先ほどヒトミと一緒にいたときの事を思い出して、頬をほん
のり赤く染め上げた。
「そっかー梨華ちゃんがー、そっかー」
「もぅ…柴ちゃんあんまり言わないでよ…」
「ふふ、でもさ実際のトコいつ頃から付き合い始めたの?」
「柴ちゃん…」
「いーでしょ、それくらい親友なんだから聞きたいもん」
興味津々のあゆみに梨華は数日前から昨日までのおおまかな過程を話した。
もちろんヒトミがマジシャンという事は秘密で、単なる帰国子女という事にしておいた。

口では「あんまり言わないで」などと言っている梨華だったが、誰かに話してみたいという気
持ちもあって、どんどん話が進んで行くうちにのろけ気味になっている。
話し終わった時に、あゆみはもう呆れてしまうほどだった。
「なんていうか、絵に描いたような恋愛模様」
「だって、本当のことだもん」
「やっぱり関係なかったでしょ?相手が女だとか、どうとか」
「…うん」
また顔を染める梨華に「おーおー惚気ちゃって」とあゆみが野次を飛ばす。
「でもさ、大変なのはこれからだよ」
「え?」
急に真面目な表情になるあゆみ。
「だって吉澤さんモテるでしょ?朝だって松浦さんと」
「あぁ、その事についてはもう話し合ったからいいの」
昼休み散々責めたてて、白状させた松浦亜弥との関係。
(おそらく)十分反省していたヒトミの姿を思い出した。

241ななしのどくしゃ:2003/02/23(日) 15:17

「もう誤解を招く様な事はしないって」
にこっと笑う。
しかしあゆみの顔はいまだ真剣なままだ。
「吉澤さんが、っていうのはいいとして、その相手が、っていう問題もあるんじゃない?」
「え?」
取り去った何かがまたじわじわと襲い掛かってきた。
「だから、相手が吉澤さんに迫る、っていう事もあり得るんじゃない?ってこと」
「せ…迫る…」
「積極的な子はたっくさんいるからね」

不安という名の大津波が梨華の心を沈めた。
しかしそれを何とか乗り越える。
「い…いいのよ、私はヒトミを信じてるから…」
「ふぅん」
―――――多分…大丈夫よ、多分…

「まぁそれはいいけど…でも…」

また何かを続けようとするあゆみと、ふと目が合った。
するとあゆみは、
「…やっぱいいや」
と口を閉ざしてしまう。

「ちょっとぉ何なの?」
「ううん、いい、別に気にすることじゃないし」
「気になるよ」
「いいの、気にしないで」
「うん…」
「あ、先生来たよ」
戻って戻って、と背中を押され梨華はいぶかしげな顔をしながら、渋々自分の席へと戻る。
ちらっ、とあゆみに視線を送るがあゆみは気付かずいつも通りの表情だった。
―――――ま、いいか、何でもないって言ってるんだし
あゆみの言いかけた事は気になるが、それよりもこの後に委員会が入っていて、一応学級
役員の梨華は否が応でもそれに出席しなければならない。
すぐにヒトミに会いに行けないというもどかしさとそれに募る嬉しさが溢れていた。

―――――委員会が終わってー、ヒトミの家に行ってー…うふふ
朝もそうだったが、思わず顔がにやけてしまう。
しかも今日、真希たちは遠慮しているのか知れないが、ヒトミの家には梨華しか訪れない。
という事はまたヒトミと二人っきりでいられる事実。
一人で妄想し、制しようとしても頬は自然に紅潮する。
そんな事を昨日の夜からずっと続けていた。
そして先ほどサボった時も、二人きりだったのをいい事に5時限目終了の予鈴が鳴り終わ
るまでずーっと離れようとはしなかった。
それだけくっ付いていてもまだ足りないと思う。
これが恋なんだ…と梨華は改めて感動した。

242ななしのどくしゃ:2003/02/23(日) 15:18




「…という訳なの、だから今日もお父様にも伝えておいて」
車の後部座席から、真剣に車を走らせる運転手に軽い調子で言った。
「分かりました」
「帰る頃にはまた電話をするから」
「承知してます」
梨華は満足して背もたれに体を預けた。

もう数分もすればヒトミの家が見えてくる。
そしてそこでヒトミは待ってくれている筈だ。
委員会にも部活動にも所属していないヒトミは、学校が終わればすぐに家に帰る。
梨華の委員会が終わるまで待ってる、とも言ってくれて嬉しかったのだが、何時に終わる
のか定まっているものではないし、それになにより後から一人でヒトミの家に訪れた時に
ヒトミが笑顔で出迎えてくれるのが嬉しかった。
―――――なんだか新婚さんみたいだしね…なーんちゃって


「着きました」
「ありがとう」
開かれたドアから降りて、一目散に数メートルと離れていないドアへと駆け寄った。
後ろで車のエンジンが走り去った様だ。
ドアの横に設置されたインターホンを押す。

〜ピンポーン♪
『はい』
鳴らしてすぐに大好きな声が聞こえてきた。
「梨華です」
『あ、ちょっと待ってね』
ドアの向こうからトタトタという足音が近づいてくるのが分かる。
この時間でさえ、今の梨華にはもどかしく感じられる。
そして足音が無くなったのと同時に、ガチャガチャと鍵の音がして間もなくドアが開かれた。

243ななしのどくしゃ:2003/02/23(日) 15:18

「いらっしゃい」
青いチェックのシャツに身を包んだボーイッシュなヒトミが現れた。
一瞬その姿に見惚れて目を丸くする梨華。
しかしすぐに笑顔で返した。
「どーぞ」
「お邪魔します」
ドアを潜ると背中でヒトミが鍵を閉める音が聞こえた。
カチャリ、というただそれだけの音が少しの緊張を呼ぶ。
これでこの家にいるのはヒトミと自分の二人だけなのだ。
「梨華ちゃん?」
「ふひゃあっ!」
「…どうしたの?」
「へ…なっ何でもなぃ…」
まさか「変な事考えてた」なんて言えやしない。
「変なの、早くあがんなよ」
「うん」
先に行くその広い背中に、梨華は静かに付いていった。

ちょっと座ってて、と促されて腰を下ろしたレザーソファも随分見慣れてきた。
部屋に入って一番遠い、大きい二人がけ用ソファの右側に座るのが好きだった。
そこに座ればこの部屋全部を見渡せるし、なおかつヒトミの行動を把握できるから。
いつもはキッチンでカチャカチャやっているヒトミを見ながら、梨華は微笑む。
けれど今日はそんな気も起きなかった。

「おまたせ」
ヒトミの声と紅茶の匂いで我に返った。
「ありがと」
いつもの場所に腰掛け、ヒトミはにっこり笑って自分の紅茶に口をつけた。
こくっと紅茶が喉を通過するたびに動く喉元に、すっかり見入ってしまう。

こうして改めて見つめ直すと、ヒトミは本当に外国人のようだ。
透き通るくらい白く綺麗な肌。
長い睫と一体になった大きな瞳。
染め上げたというその金髪が、さらに日本人離れさせている。
「ん?」
その視線に気付いてヒトミが首を捻った。
「何?」
「ううん、…なんでもない」
「そぉ?」
そしてまた紅茶へと意識を戻した。

そんな何気ない普通の仕草でも、梨華は胸をときめかせる。
―――――やっぱり好きなんだなぁ…ヒトミの事

244ななしのどくしゃ:2003/02/23(日) 15:19


「ねぇ」
「ん?」
梨華は大きな瞳がこっちに向いたのを確認すると、ポンポンと自分のソファの左側を叩く。
「こっち来て」
「んぇ?」
「ほら」
すっかり乗り気の梨華に、ヒトミは顔を赤くするとまではいかなくとも、少し恥ずかしそうに頭
を掻きながらゆっくりと、指定された場所へと腰を下ろした。

「ふふっ」
梨華は嬉しそうに頬をヒトミの肩に摺り寄せた。
「なぁんだよぅ」
そう言いつつ、ヒトミもまんざらではない。
笑いそうになるのを堪えながら梨華の頭を小突いた。
「学校じゃそんな事全然しないくせにー」
「だって恥ずかしいじゃない、見られるの」
「いーじゃん、あたしは気になんないよ」
「私はヒトミと違って、周りにも気が回るんです」
「む」
ヒトミは言い返すことが出来ずに、ずずずと紅茶を啜った。

二人きりの時は梨華が、それ以外の時はヒトミが主導権を握っていた。
自分たち以外の人間が近くにいると気恥ずかしさが先に立って思うように出来ない梨華。
反面、二人だけだと持ち前の余裕を出せず、ほぼ梨華の成すがままのヒトミ。
今、優位に立っているのは無論、梨華の方。
「また松浦さんに抱きつかれなかった?」
「大丈夫だよぉ」
「キスとかも、しちゃダメだしされてもダメだよ」
「分かってるよぉ」
「ホントかなぁ?」
「信用ないなー梨華ちゃん」
梨華の頬をきゅうっと摘んだ。

245ななしのどくしゃ:2003/02/23(日) 15:19

「な、なにふんのひょぉ!」
「信じてくんないと、ひーちゃん悲すぃーなぁ」
「何らひーひゃ…むぅ」
今度はその頬を両手で挟んで潰した。
「あほばないれよ!」
「なはははは!すんげー顔」
ばしばし頭を叩いても、ヒトミは止めようとはしなかった。
「もぉやめれったらぁ!」

梨華が大きくそう叫ぶと、ヒトミはそのままで真剣な表情になる。
「…ふぇ?」
「ほんとにさ、信じてよ梨華ちゃん」
ヒトミは至って真面目に、梨華に言い聞かせるように囁く。
「梨華ちゃんだけだよ…その、好きなのは」
ヒトミは顔を段々と赤くしていく。
言ってて恥ずかしいなら言わなければいいのに…などと思ってしまう所もあったが、でもそ
れはこの場合どうすればいいのか、ヒトミなりに考えた台詞なのだろうと梨華は嬉しくなる。

―――――でも頬っぺた潰したまんまで言わないでほしいなぁ…私マヌケじゃない
「とぇ…とって、とぇ」
「“とぇ取って”?“とぇ”って何?」
「ちがう!とぇ(手)らってば!」
頬を相変わらず潰しているヒトミの手の甲をペチペチと叩く。
するとようやくヒトミは気付いた様で、「あぁ」なんて言いながら梨華の頬を開放した。
「もぉ…」
「あはは、ごめんね、でもウソじゃないからね」
決してふざける風じゃなく、柔らかく笑いながら言うその優しい口調が何よりの証拠だ、と梨
華は考える事にした。
「うん、ありがとう」
「…いえ…どーいたしまして」

246ななしのどくしゃ:2003/02/23(日) 15:19

照れるヒトミが面白くて、ついついからかってしまう。
「私も大好き」
「…ぅん、ありがと…」
ちょうどその腰辺りに腕を回して胸に顔を埋めた。
ヒトミの体が強張ったのが分かる。
「今日ね…昼休みと5時限目の間ずーっと一緒にいたのに、教室戻ってきたらなんか寂しく
 なっちゃったんだ」
「ふぅん」
「やっぱり一緒にいると落ち着く」
「あまえんぼ」
「いーの」
そのちょっとちくちくとした一言一言も、照れ隠しだというのは分かっていた。
なぜならもう梨華の背中には、ヒトミの腕が回っていたのだから。

息を吸い込んで、梨華は体を預けた。
あの“ピーチ”の香りではなく、“ヒトミ”の香り。
それだけで安心する。

「ずっと一緒にいたいね」
背中にある腕の力がぎゅっと強くなった。
「?」
ヒトミは何も言わずに梨華の肩に額をのせた。
「ヒトミ?」
梨華は首だけを動かしてみるが、目が合うとヒトミは何もない様に笑う。
「ロマンチストだね」
「ロマ…いーでしょ、別に」
抱きしめ返したその体がここにあることを再確認して、梨華はもうすぐ振り注がれるであろう
唇に備えてゆっくりと瞼を閉じた。

247ななしのどくしゃ:2003/02/23(日) 15:20
うーん…後どんくらいで終わるかなぁ。

>YUNAさま
えっ、まじですか!私はバリバリ日本ですが…うちの学校どないや。(笑
(0^〜^)ノ<アメリカ在住かっけー!L・Aかっけー!
( ^▽^)<L・Aは国じゃないからねよっすぃー…。念のため。

>215の名無しハロモニさま
(0^〜^)<オゥアイムソーリー、そっから先は秘密だぜぃ♪(in屋上)
(*^▽^)<やぁだぁ、もうっ…。
想像してくださぃ…、屋上でいちゃつくいしよし。。。(笑
がんばりますんでこれからもあったかく見守ってくださいね。

>名無しひょうたん島さま
(〜^◇^)<コレのネタも段々尽きてきたなぁ〜。
(●´ー`)<まぁ、段々終わりに近づいて来てるから心配ないべさ。
( `.∀´)<それまで持ちこたえるのよっ!
ありがとうございます、そう言っていただけると安心します。
がんがるっす!

っちゅー訳で(何が)今月はここまでっす。
続きはまた来月〜♪

248YUNA:2003/02/23(日) 17:18
更新お疲れさまですっっっ。
やっぱり、「いしよし」はラブ②に限りますね。(笑)
2人きりになると照れだすよっすぃ〜、可愛いっす♪♪♪
来月まで、楽しみに待ってまぁ〜す!!!

249名無しひょうたん島:2003/02/25(火) 02:18
( ゜皿 ゜)<チョットネタツキタッテhジドイジャナイ!!セキニントッテヨ!
 ( ´酈`) <むきになってて、やめれねーのれす。
( ゜皿 ゜)<ノノショレハナイショヨ!ネタカンガエテンダカラ!!

250名無しひょうたん島:2003/03/01(土) 14:06
いやーやっぱりこの作品が一番(・∀・) イイ!
楽しみにしています〜!今日から3月!
待ってまーす!!

251ななしのどくしゃ:2003/03/02(日) 17:59




それからというもの、梨華はヒトミの行動を前よりも気にかけるようになった。
特に、学校での行動に。

「吉澤さぁ〜ん」
やや騒がしく感じられる廊下に響く、高く甘い声。
「おはよーまっつー」
「おはようございまぁっす♪」
ヒトミは当たり前の様に挨拶を返し、そして松浦は当たり前の様にヒトミにしな垂れかかる。
「吉澤さん、数学の宿題やってきましたかぁ?」
「え、そんなんあったっけ?」
「ありますよぉ、3ページくらい計算問題とか」
「げぇ、やっべ、やってないや」
「やっぱり忘れてましたねぇ」
こうして見れば普通の女子高生と変わらないやりとりも、ヒトミが絡んでいる以上、梨華に
とっては嫉妬心を煽るものでしかない。

「大体予想してました、しょうがないから松浦の見せてあげますよ」
と、口ではアレコレ言いながらその顔は満面の笑み。
「マジで?サンキュー、まっつー」
「いいえ、吉澤さんの為ならぁ♪」
そうしてまた、ふざけ合いながら、笑いながら、じゃれ合う。
それを観察していた梨華は悶々とした不穏な空気を辺りに漂わせていた。

252ななしのどくしゃ:2003/03/02(日) 18:00

「ねぇ梨華ちゃん、そろそろ教室戻らないと先生来るよ」
朝登校してきた途端、教室からこの2年生の教室まで連れ出されたあゆみは、廊下の角
に怪しく隠れ潜む梨華の背中にそう告げた。
しかしあゆみがいくら促しても、梨華はその場を動こうとはしない。
「やっぱり来てみて正解だったわ」
「おーい、無視ですかぁー」
「あぁ!あれほどベタベタしないでって言ったのに!」
二連続で無視されたあゆみは、ツッコむのも通り越して呆れてしまう。
こうなっては向こうでじゃれてるあの二人をどうにかしないと、梨華は自分の話しに耳を傾
けてもくれはしないだろうと考えた末に、あゆみはとりあえず先に自分が梨華の話を聞き入
れた。

「吉澤さんって、タラシの素質有りだよね」
「そう思う!?」
「………」
さっきとはまるで比べ物にならないくらいの過敏な梨華の反応。
あゆみは再び呆れるしかない。
「誰にでも優しい態度とるから、色々変な人にも言い寄られるのよ!」
例えば梨華ちゃんみたいな?という言葉をあゆみは飲み込んだ。
一応親友だから、その辺は気を使っておこうと思ったのだ。
「…まぁかっこいいしね」
「そうっ!こっちの身にもなってもらいたいわっ」
結局はのろけでもある梨華の意見に、あゆみはここからどうやって教室に戻ろうか、という
方向にもっていけばいいのか、それだけを考えていた。
「ああっ!だからいちいちそんなに笑わなくていいんだってば!」
「…梨華ちゃんどうせなら行けばいいのに…、そうやってるとストーカーみたいだよ」
「きゃあああ、何ニヤニヤしてるのよぉぉぉ!」

―――――梨華ちゃんの耳は自分に都合の悪いことは聞こえない様に出来てるんだね、
        便利な耳…ある意味うらやましい

「もう我慢できないっ!」
「え?…って、あ〜ぁ」
飛び出していった梨華を制止もしないで、あゆみは梨華の背中を目で追うだけだった。

253ななしのどくしゃ:2003/03/02(日) 18:00


「もしもしっ」
梨華は腕を組み、じゃれ合う二人の前にずんっと仁王立ちした。
「はぃ?…って梨華、ちゃん…」
「あ、石川センパイ、おはようございます」
ヒトミはその顔を青くして固まった。
松浦に関しては語尾の調子にフラットがかかっている。
見えない火花が梨華と松浦の間でバチバチと散る。

「おはよう松浦さん、数学なんて他人から見せられても身に付かないんじゃなくて?」
明らかに松浦を敵対視した口調。
しかし松浦もそれに負けてはいない。
「ご忠告どうも、でも私と吉澤さんならそんな心配は無用ですことよ」
「なっ…」
「ねぇ?吉澤さん」
「え?」
呪縛が解けたらしいヒトミ。
しかし今度はその襟首を鷲掴みにされて息が詰まった。

「どーいう事よっ」
「って…あ…ああたしに言、われてもまっつーが勝手に…」
「やぁだぁ吉澤さん、今さら照れないで下さいよぉ」
「まっつーぅぅぅっ!」
「ヒトミぃぃっ!!」

254ななしのどくしゃ:2003/03/02(日) 18:00

それらを遠巻きから見ているあゆみ。
―――――梨華ちゃんも変わったなぁ
と、何故か嬉しい気持ちで一人ウンウンと頷いていた。

「吉澤さんって意外とテレやさんなんですねぇ♪」
「照れてない照れてないっ!」
「何したのっ、正直に話しなさいっ!」
「あの教材室での事は二人の秘密ですよねっ」
「きょうざいしつ…ヒトミぃっ!!」
「誤解だってばぁ〜!」

朝から騒がしいその3人は、この間に引き続き今日もまた生徒たちの注目の的になって
しまっていた。
これで後足りないのは…。


「そこぉっ、廊下では騒がない様にと、いつも聞かされているでしょう!立派な淑女にな
 る為の第一歩は普段の礼儀作法ですよっ!」


遥か向こうからでもよく通る、そのヒステリックぎみな叫び声はもう周知の人物だ。

「吉澤さんっ、またあなたなのですかっ!もう朝から朝から…!」
「ち、違うよぉあたし何もしてないよ、ミキティ」
「はぁっ?」
「だから、ミキティ、藤本さんのあだ名ね、カワイイでしょ?」
「よしてくださいっ!そんなもの要りませんわ!」

「白状してっ!教材室で何したの!?」
「そんなぁ〜、あややの口からは言えませぇんはあとはあと」
「何が『あやや』っ!自分でそんなこと言って恥ずかしくないのっ!」
「だって自分が好きなんですっ」


その時、4人の声にかき消されそうになりながら、予鈴が鳴った。

「あ、チャイム」
―――――あのまま居れば生徒指導室行き間違いないけど…吉澤さんと一緒なら梨華
       ちゃんも本望だよね、うん

「あーそう言えば私たちのクラスは英語の宿題あったんだっけ、梨華ちゃんやってんのか
 なぁ、英語嫌いだって言ってたし」
なんて薄情にもあゆみは、くるりと背を向けて階段を駆け上がっていった。
「多分忘れてると思うけど…でもまぁ、人に見せてもらうのは自分の為にならないってさっ
 き言ってたし…ほっといてもいっか♪」
下からはまだ怒鳴り声や叫び声が聞こえていたが、それを背に受けてもあゆみは実に軽
やかなステップで教室へと戻っていった。

255ななしのどくしゃ:2003/03/02(日) 18:01
わ〜い3月だぁ〜♪ごっつ少ないけど更新。

>YUNAさま
お待たせしましたぁ。
そうですね、ラブラブが一番!
でもそれじゃ何となく物足りないから…。 え…何?>(^▽^;)

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<ナニヨヒトノコトイエナイジャナイ!(笑
( ´酈`)<おたがいさまだからしかたないのれす
( ´ Д`)<笑ぁって〜許して♪あはっ♪

>名無しひょうたん島さま
ありがとうございますぅ。。。(照
そんな風に言って頂けて嬉しさ半分、恐れ多さ半分ですわ。(笑
よっしゃ、がんばるぞっと。

256238:2003/03/02(日) 23:32
更新、お疲れ様です。
いしよしあやみき、キタ〜!この4人模様が好きです。
自分が好きなあやや萌えw
何故かいつも騒ぎに巻き込まれる美貴ティ、イイ味出してますね。
無自覚なタラシを恋人に持った石川さんはこの先・・
次回を楽しみにしております。

257YUNA:2003/03/05(水) 17:41
更新お疲れ様ですっっっ!!!
吉の本人自覚なしの、タラシっぷり...
さすが柴ちゃん、見抜いてます。(笑)
梨華ちゃん、もっと苦労しちゃってください。(笑)

258名無しひょうたん島:2003/03/06(木) 18:01
( ゜皿 ゜)<イッテクレタワネ!マケナイワヨ!ガーガーガーピー
( ´酈`)<梨華ちゃんがけっこうすごいのれす。
(0^〜^)<辻姐さん…。
川o・-・)ノ<完璧です!続き楽しみです!

259ななしのどくしゃ:2003/03/09(日) 13:13





『あれはまっつーの仕事が大変そうだったから手伝っただけだよぉ』

『それにしてはニヤニヤしすぎ!抱きつかれてほんとは嬉しいんじゃないの!?』

『んなことないってばぁ〜、もう怒らないでよお願いだから』

『誤解されるような事しないでって前にも言ったじゃない!』

『あたしのせいじゃないよ!勝手にくっついてくんだよ』


「…まったく…」
帰りの車の後部座席で、携帯を片手にぶつぶつと呟いている梨華。
あれから放課後に至るまで、とうとう梨華とヒトミは喧嘩しっぱなしだった。
今日は一言も会話を交わさずに終わるのかと思いきや、内心相当びくついている梨華が
見かねてメールを送ったのだ。

『それははっきり言わないからでしょ!』
完成したメールをヒトミの元へと送る。
返事はすぐ、1分も経たないうちに戻ってきた。

『いってるよあたしにはりかちゃんがいますって!』

しばし、その文に見入った。
急いでいたのか漢字に変換せずにそのまま送った、という感じだ。
怒りも少しだけ中和された様な気がする。
しかしエベレストよりも高いプライドをお持ちのお嬢様が、そんな一言でコロリ、という訳に
はいかなかった。
『じゃなんでこんな事になるの』
怒りは完全には収まらなかったが、その口調は間違いなく和らいでいる。
複雑な心境のまま、梨華は送信ボタンを押した。

260ななしのどくしゃ:2003/03/09(日) 13:13

『いやそれはその、…あたしの魅力?(笑)』

―――――(笑)じゃないわよ…!
『今はふざけてる時じゃないでしょ!本気で心配してるんだから!』
送信。
そしてすぐに『ごめんなさい…』と送られてくる。
どうやら亭主関白、という様な事にはならなさそうだ。

『という訳で、今日は私真っすぐ家に帰るから』

『え!?ウソ、来ないの?』

『行きません!もう車の中だし、また明日ね』

『うっそぉ(0T〜T0)ひーちゃん悲しい…』


それを見た途端、梨華は噴出した。
「…っぷ、何この顔文字…そっくり…」
時に頬を膨らませたり、時にその表情を和らげ、そして時にニヤニヤする。
それら全てがバックミラーから運転手に丸見えだという事も、もはや梨華の頭には入っ
ていない。
彼が仕事を辞めたくならなければ良いが。

『とにかく、今日は反省して』

『あい、分かりました、存分に反省いたします…』

『それからこれ以後こんな事の無いように十分気を付けて』

『はい、十分気をつけます』

261ななしのどくしゃ:2003/03/09(日) 13:14

そうこうしている内に車は石川家の門前に到着していた。
車を車庫へ入れる前に梨華は降りて、すぐ家の中へと向かう。
歩きながらまたメールを打つ。

『後は明日直接会って聞くからね』

『ふぁい…分かりました…』

十分に反省したかは明日会ってみない事には分からないが、それでも始めに比べて梨華
の怒りは大分収まってきていた。
恋の力は何時の時代も大きい物だ。

梨華は一人で頬を染めとまどい、またゆっくりとメールを打ち送信ボタンを押す。


『大好き』


送った後、携帯を折りたたみ、大事そうに両手で抱えヒトミからの返事が来るのを待つ。
このメールを見ている今頃、どんな顔をしているか考えるだけで体温が上昇する。
梨華は期待に胸を膨らませながら、いそいそと家の中へ入った。

262ななしのどくしゃ:2003/03/09(日) 13:14

「あ」
梨華は、目の前に立ちほこる人物に一瞬目を見張ったが、すぐにいつもの調子に戻った。

「お父様最近お帰りが早いのね」
父は何も言わずに、厳格な姿勢を正したまま梨華を睨みつける様に見つめていた。
しかし梨華はそんな事などまったく気付かず、「お帰りなさい」とだけ言うと部屋へ戻ろうと
階段を駆け上がっていく。
「梨華」
それを父が重い口調で制した。
梨華は階段途中で立ち止まり、首だけで振り向いて自分より下にいる父の顔を見下ろした。

「何?」
「彼と別れたそうだな」
一瞬、つい最近の過去が頭をよぎり戸惑うが、唇を真一文字に結ぶと、梨華ははっきりと
言い放った。
「そうです」
「私はそんなこと、一言も聞いていない」
「言っていないから、当たり前です」
梨華の強気な発言に父は眉をひそめたが、いくぶん態度は変わらずに言葉を続けた。

「どうして言わなかったんだ、彼は…」
「これは私と彼自身の問題です、お父様は関係ないわ」
その後にふと、彼の顔が浮かんだ。
梨華はくっ、と獲物を狙うような目つきになり、半ば諦めたように息をついた。

「彼が、言ってきたんですね」

父は否定しなかった。

263ななしのどくしゃ:2003/03/09(日) 13:14

「例え双方の親が公認でも、私は認めていません」

そう言うと、梨華は体を反転させ、真っすぐに父を見た。
その顔は驚きを隠せない、という風な表情だ。
当たり前だろう、初めて娘に反抗されたのだから。
「あの人がどう思っているのか知りませんけど、私には少なくともお父様達が思っているよ
 うな事は一切考えていなかったつもりです、婚約なんてもっての他です」
父は黙って、娘の意見を聞いている。
唾をごくりと飲み込んで、梨華はすっと眉を細めた。

「私、他に好きな人がいます」
父は驚く素振りも見せなかった。
むしろその顔は、望むところと言いたそうな顔だ。
ならば、と梨華は受けて立つ。

「勝手した事については謝ります、でもこれは私が決める事で他の誰にもそれを指示する
 権利は持つ事は出来ません」

普段とは一変して、その雰囲気は猛々しい。
今までの間に、これほど父に牙をむいた事があっただろうか。
梨華は言った後に自分で驚いてしまった。
「それじゃあ…」
そうしてまた階段を駆け上がっていった。
今度は父の言葉も背中にはかからなかった。

264ななしのどくしゃ:2003/03/09(日) 13:15

部屋に戻ってから、梨華は早速携帯を開いた。
ディスプレイには『ヒトミ』の文字。
送られてきたメールには、さっきの返答だと思われる文。


『あたしも大好きだよ』


「うん…大丈夫だよね」
愛する人の、ヒトミのその言葉を聞けるだけで何者にも立ち向かえる勇気を持てる。
それが例え父であるとしても気持ちが変わる事はないだろう。
「私が好きなのはヒトミなんだから…」

初めてヒトミが好きだと気付いた時、
もし自分の好きな人が、自分と同じ女性だという事がばれてしまったら。
もし周りの人から白い目で見られてしまったら。
そんなことばかりを考えていた。
しかし今は違う。

「大丈夫だよ、私はヒトミが好きなんだから…他の誰に何言われたって、ずっと」

265ななしのどくしゃ:2003/03/09(日) 13:15
なんか梨華ちゃんの態度が人によって随分違うような…。
ま、いいか、今さら変えられん。(爆

>238
最近あやゃが好きなんです…。(驚
ついでにミキティも好きなんです…。(更驚
いや、いしよしを放置する訳じゃないですよ?
ないんだけど…どうだろう。(笑

>YUNAさま
( T▽T)<これ以上苦労なんか…。
(0^〜^)ノ<およ?梨華ちゃんどうした?
石川さんの苦労は尽きません。
その方がおもろいかと。(笑

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<ナニヲ!コッチコソ!%:!\@*<>?+*``…プシュー(壊
( ´酈`)<りかちゃんにじゅうじんかくなのれす。
(+`▽´)ノ<おらぁー、なぁに見てんだよ。
( ´ Д`)<怖くないけどねー、あはっ。

266ななしのどくしゃ:2003/03/09(日) 13:23
しまったっ!つけわすれました!
<238の名無しハロモニさま
申し訳ありませんでした、ごめんなさい。。。

267YUNA:2003/03/09(日) 17:49
更新、お疲れ様ですっっっ!!!
梨華ちゃんには悪いけど、
いっぱい②吉の事で、悩んじゃってください。(笑)
んでぇ、もっと②2人の絆を深めて欲しいっす!!!

268名無しひょうたん島:2003/03/13(木) 12:26
( ゜皿 ゜)<コワレテルバアイジャナイノヨ!マダマダキタイスルワヨ
( ´酈`)<ちょ・ちょっとくるしいのれす。
( ^▽^)<でも、がんがる!!
(0^〜^)<カッケー!!
意味わかりませんが…。とにかくがんばってください。楽しみです。

269ななしのどくしゃ:2003/03/18(火) 18:02




その夜、なんとなく目が覚めてしまった梨華は、大して乾いたわけでもない喉を潤そうと、
一階へ水を求めて下りていった。

台所、といえば小さすぎる様に感じるそこは、調理室と言ったほうがニュアンス的に違和
感がないだろう。
普段ここへはあまり足を踏み入れる事のない梨華だったが、昼間と比べれば誰一人居な
いこの部屋は説明するまでもなくかなり不気味だ。
手探りでスイッチを探し、明かりをつける。
そして手近にあったコップになみなみと水を汲んで、それを2〜3杯一気に飲み干した。

「ふぅ…」
ぽちゃん、と蛇口からこぼれた一滴がステンレスの流しに落ちて跳ねた。
この静かな空間ではそんな音すら響いて仕方がない。
段々と大きくなる恐怖と不安。
念のため、後ろを振り返って誰もいないことを確認すると、梨華はコップを流しに置き、明
かりを消したと思いきやダッシュで自分の部屋へと戻った。

270ななしのどくしゃ:2003/03/18(火) 18:03



―――――さすがに…コップ3杯は飲みすぎたかも…

階段を上り、常に明かりのついている2階で不安のなくなった梨華は、少しふくれた感じ
のするお腹を抑えながらズルズルと廊下を歩く。
その度に胃にたまった水がチャポチャポと音を立てた。

「う〜…お腹重ぃ…」
夕食をろくに食べなかったので胃の中は空っぽ。
おまけにコップとは言ってもマグカップの様な大きいヤツであって、いつも梨華がコーンス
ープなんかを飲む時に使っていたものだ。
それ一杯で多少の空腹が満たされるのに、3杯も口にしてしまった。

「もぅ…さっさと寝よう」

と、部屋のドアノブに手をかけた。

その時だった。



「…〜っ……ぅ」


「ひっ…!」
間違いなく誰かの話し声。
時間が時間なだけに不必要に怯えてしまう。
しかしそれも、向かいにある書斎から聞こえてくるものだと認識すると、胸を撫で下ろした。

「何だ…お父様ね、こんな時間までご苦労様…」
梨華はこの部屋の中で大きな机に向かい、皮張りの立派なソファに座ってたくさんの書類
に奮闘する、父の姿を思い浮かべた。
父がこんなに夜遅くに仕事をしているのは毎度の事だ。
その為にこの家にも何人か住み込みの社員がいる。
今のも大方、秘書か誰かととにかく仕事がらみの話し合いをしているのだろうと、再びノブ
に手をかける。

271ななしのどくしゃ:2003/03/18(火) 18:03


『…梨華……っ…』


「ん?」
―――――今、私の名前が出てきたような…

てっきり仕事絡みの話だとばかり思っていて、自分の名前が出た事により、余計なものに
まで火がついてしまった。
普段ならこんな事は絶対と言っていいほど、考えすらしなかった。
心の中ではしたないとは思っていても、体は言うことを聞いてはくれず、梨華は今だ話し声
の絶えない書斎のドアにそっと耳を寄せた。


『…どうなさるおつもりですか、会長』

一番に聞いたのは父の声ではなかった。
若い女性の声、この声には聞き覚えがある。
確か、グループの会長である父の秘書、飯田圭織だ。
彼女には、父を通じて2・3度会話を交わした程度の顔見知りで、第一印象はバリバリと仕
事をこなしていく、優秀なキャリアウーマンという感じだった。
梨華はますます好奇心を掻きたてられた。



『どうするも何も、本人がそう言っているんだ、私には止められんよ』
『そんな軽いお考えでは困ります、今後のグループの存続に関わる事なのですよ』

やはり仕事関係の話題だったのか。
では自分の名前が出てきた、あれは単なる聞き間違いか、と梨華は少し肩を落として自分
の部屋へ戻ろうとした。

272ななしのどくしゃ:2003/03/18(火) 18:04




『しかしこれは梨華自身の問題だ』



「!」
『確かにおっしゃる通りです、でも今になっては…』
『飯田君』
飯田の言葉が遮られ、書斎の中はしん、と静まった。
そして梨華も、何故だか息を殺して押し黙っていた。


『これはあの娘が決めた事だ、私にはそれを崩す権利もないし義務もない、あの娘が…
 梨華がそうしたいと言うなら…』


『石川グループは、どうなってもいいと?』

二度目の沈黙が起きる。
梨華は話の内容についていけず、ただ父か飯田、二人のどちらかの言葉を待った。

―――――何…?二人とも何のことを言ってるの…?




『お嬢様があの医者の息子とご結婚なさってこの財閥を立て直さなければ、石川グループ
 は倒産の道を辿るしかないのですよ』


「…え?」


『それは重々承知だ、私が何とかする』
『そんな簡単な問題ではありません』

頭の中は真っ白だった。
父と飯田の声だけがクリアーに響く。
『お嬢様には、例の事はお話になったのですか?』
『いや…まだだ、もう少し間を置いて…』
『そう言って、もう2週間経ちました、いいかげんに本当の事をおっしゃらないと、つらいのは
 お嬢様と会長ご自身ですよ』

273ななしのどくしゃ:2003/03/18(火) 18:04




『もう…会長の体は1ヶ月しか持たない、と…』



―――――……!

梨華は大きく目を見開いた。
『…はっきりと数字にされると辛いな…』
『お嬢様にも現実を受け止めてもらわなければいけません』
頭がグラグラと混乱する。
足が振るえて力がはいらない。
思い浮かぶのは父の事。

「ウソ…お父様が…」
冗談だ、きっと冗談だ。
飯田がついたたちの悪いウソに決まっている。
父もそれに悪ノリしただけの事。
しかしドアの向こうから聞こえてくるのは、非情にも冗談とは聞き取れない事ばかり。

『どうなさるおつもりですか?お嬢様にはなんて説明なさるんです?』
『私の事はいずれか言わなければならないだろうが、梨華の婚約については何も言う
 つもりはない、あの娘にまかせる』
『しかし…!』
『石川グループがなくても、あの娘は立派にやっていける』

父と飯田、二人の言葉が交互に梨華の胸に突き刺さる。
―――――そんな…お父様…


『私はあの娘の気持ちを優先したい』


父のその言葉を最後に、梨華はフラフラと自分の部屋へと戻っていった。

274ななしのどくしゃ:2003/03/18(火) 18:04

小さい頃から父とはあまり会話を交わす事が無かった。
母が亡くなってからは、めっきり顔を合わすことも少なくなった。
嫌いではなかった。
けれど好きだったのかと聞かれると、はっきりとは断定できなかった。
梨華が父に対するモノと母に対するモノが違うのも、梨華自身にはよく理解されていた。

仕事一筋だった父。
いつもスーツ姿で車に乗り込むその姿はどこか頼もしく、父の存在を梨華に知らしめた。
その分、梨華と父の交流はないに等しかった。


つうっ、と頬を暖かい物が流れる。


『私はあの娘の気持ちを優先したい』


そんな事、聞いたのは初めてだった。

いつも仕事仕事で自分の方になど、まったく見向きもしなかったくせに。
この気持ちは『好き』というよりも『尊敬』に値していたのだと感じる。
仕事よりも、会社よりも、自分の事よりも、
たった一人の娘の事を第一に考えていた。

かつて自分が愛した人の子供。
愛した人と自分との間に生まれた子供。
それを一心で守りたいという気持ちが、ひしひしと伝わってきた。

やはり父は父だった。
そんな父を、梨華は誰よりも尊敬し、敬愛し、誇りに思った。

275ななしのどくしゃ:2003/03/18(火) 18:05
更新遅れてごめんなさい。
つか、またしてもありきたり〜な展開になってきた。。。
ま、いいか。

>YUNAさま
吉以外にも障壁が…!
っちゅー訳で、梨華ちゃんにはもっともっと悩んでいただきます。
(*^ー゜)b<テヘッ♪

>名無しひょうたん島さま
( T▽T)<エグエグ・・・人間って悲しいね・・・
�堯福 ⅶ�゜)<アアッ!イシカワカオリノポジショントッタワネ!?
( ´酈`)<まぁまぁきょうのところははなをもたせてあげるのれす。
( ‘д‘)<…なぁのの、うちらの出番全然ないで?

276大きなお世話だぜ。:2003/03/18(火) 21:30
決してケチを付けるつもりではないのですが
仮にも財閥と名の付くグループに、たかが医者の資金が無いと倒産は非現実的では?
反対なら分かりますが。

277名無しひょうたん島:2003/03/20(木) 02:37
えと、あんまり私はその辺の事情はわかりませんが
この作品が大好きなので、あまり気になりません。スマソ
これからどうなるか、どきどきしています。
作者さんがんばってください。

278名無しひょうたん島:2003/03/20(木) 15:59
私もこの作品が大好きだけど、だからこそ
徹底的に夢見させて欲しいというか、この世界に浸らせて欲しいというか・・・
276さんが思わず突っ込み入れたのも、なんとなくわかるんですよね。(^^;

でもとにかく、続きを楽しみにしてます。(^^)

279大きなお世話だぜ。:2003/03/20(木) 18:25
ご免なさいね、変な突っ込みを入れてしまって。(汗;
作品はとっても好きなので、余り気にしないでください。

静かに見守ります。m(_)m

280名無しひょうたん島:2003/03/20(木) 21:04
( ゜皿 ゜)<ヤットワタシノトウジョウダネ。マッテタワ!
( ´酈`)<ののもひしょがいいのれす。
( ゜皿 ゜)<モウチョットオトナニナッテカラネ

続き楽しみにしています。がんばってください!

281238:2003/03/20(木) 22:47
いよいよかおりん登場!
(0^〜^)<秘書、カッケ〜!

そしてあまりにもシリアスな展開・・
財閥がどんなモンかはよく分からんのですが、長年の無理な事業拡大
のツケが今頃めぐって来たのかな?と普通にスルーしてましたw
どちらかと言うと、梨華父の命があと一ヶ月って方に激しく動揺
しちょりますです、ハイ。
( T▽T)<イヤ!そんなの悲し過ぎる!

さてこの先、石川さんの心境は・・
次回も期待してます。

282ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:30




それから、梨華はまったく眠りにつく事が出来なかった。
気付けば窓のカーテンからうっすらと日が漏れているのが分かる。
もう朝になってしまっていた。

瞼がピリピリする。
鏡を覗くと、そこには瞳を真っ赤に充血させた自分が映っていた。
一睡もしないで一晩泣き腫らしていたのだから当然だ。
―――――学校…行かなきゃ…

のそのそと重く感じる体を引きずって、梨華は制服に着替え始めた。
時計を見ると、ちょうど朝食が始まる10分前だ。
あと5分もすれば、あの家政婦が梨華を起こしにやってくる。
いつもその声で起きていたはずなのに、すでに着替えも済ませていると知ったら彼女は
どうするだろう、と梨華はそんな事を思った。


鞄を持ってドアを開けようとした時、机の上のチューリップに目がついた。
そういえば昨日は水を替えていないことに気付く。
チューリップはややしなびて茎が少し曲がって、今にも折れそうだった。
やはり切花は何日も持たない。

「ヒトミ…」

会いたい。
心の底からそう思った。

283ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:31

「いってきます…」
通りすがりの家政婦に小さくそう呟いて、梨華はまっすぐに玄関に向かった。
「あら、梨華さま朝食がまだですよ?」
「今日は…あまり食欲なくて」
「いけません、せめて何か口にしていってください」
生活態度に厳しい彼女は、梨華の腕を引っ張って食堂へと連れて行った。
拒む事の出来ない梨華は、そのまま促されて自分のイスへつく。
向かいにはいつもと変わらず新聞を開いている父。

「おはよう、梨華」
父はにっこりと笑う。
「…おはよう、お父様…」

いつから父はこんなにも弱弱しく笑う様になったのだろう。

小さい頃、あれだけ逞しく思えた父が今となってはただただか弱く思える。
昨日の話を聞いたこともあったからか。

「梨華」

はっ、として我に返った。
「なに…?」
「…お前に言わなければならない事があるんだが…」
がさがさと新聞を折りたたんで横に置き、まっすぐに梨華を見つめた。
「実は…」
目を逸らしたくても逸らせない。
凛として、それでいて少し悲しげな父の瞳は、今まで見た中で一番印象付けられた。

284ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:31

「ごめんなさいっ」

言葉を繋げられる前に、梨華は反射的に頭を下げていた。
その様子に父は何も言えなくなる。

「私…昨日、夜中に眠れなくって…それで水を飲もうと思って…その時、書斎の前で」
またぽろぽろと涙が溢れ出てきた。
「聞いてたのか…?」
「ごめ、んな…さ…」
梨華は耐え切れずに、そのまま両手で顔を覆い隠し俯いた。
すると足音が一つ、近づいてくる。

かと思うと頭の上に、ポンと暖かい感触がした。

「なら話は早い」
梨華はとても顔をあげる事は出来なかったが、父がこれ以上ない笑顔をしているのが
手に取るように分かった。
「お前は心配する事はない、その…なんだ、お前の将来の相手を無理やり決め付ける
 様なことはしない」
「お父様…」
「グループの方は気にするな、お前にはまだ荷が重過ぎる」
「違…」
父の気遣いが、梨華の心には深く突き刺さった。
「今までのような贅沢はできなくなるかもしれないが、お前はそれでも平気だろう、
 昔からそういう所は母親似だったからな」

―――――違う…違うのお父様…

自分の体の心配をして、私の方はどうでもいいから。
言いたくても次々と溢れ出る涙がそうさせてはくれない。

「ほら…早く朝食を食べなさい、学校に遅れるぞ」
「…っく……ぐすっ…」
「私はもう行くからな、そんな顔のまま出るんじゃないぞ」
ポンポンと背中を叩いて父はもうすぐ用意される朝食をひと口も口にしないで、玄関の
ドアを潜り抜けていった。

285ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:31




時は止まるということがない。
どんなに頑張っても、どんなに焦っても時間は刻一刻と過ぎていく。
時にゆっくり、時に早すぎる程確実にしっかりと。
あと1ヶ月。


「梨華ちゃん」

色々な声が飛び交う中、とぼとぼと寂しく一人生徒玄関まで行く間、背後から明るい
声が聞こえてきたと同時に背中に軽く圧力がかかった。
「おっはよぉ」
振り向くとヒトミが笑顔で立っていた。

「聞いてよ、今日はちゃんと出かける1時間前に起きたんだよ」
「ヒトミ…」
「って言ってもごっちんから電話かかってきたからなんだけど…」
そう言ってヒトミははた、と梨華の顔をじっと覗き込んだ。
梨華はただヒトミを見る。

「り、梨華ちゃんどした?目ぇ真っ赤だよ、なんかあった?」
つられてヒトミも泣きそうな顔。
梨華はどうしようもなく、周りもかえりみずにヒトミに抱きついた。
驚いたのはヒトミの方。

286ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:31




時は止まるということがない。
どんなに頑張っても、どんなに焦っても時間は刻一刻と過ぎていく。
時にゆっくり、時に早すぎる程確実にしっかりと。
あと1ヶ月。


「梨華ちゃん」

色々な声が飛び交う中、とぼとぼと寂しく一人生徒玄関まで行く間、背後から明るい
声が聞こえてきたと同時に背中に軽く圧力がかかった。
「おっはよぉ」
振り向くとヒトミが笑顔で立っていた。

「聞いてよ、今日はちゃんと出かける1時間前に起きたんだよ」
「ヒトミ…」
「って言ってもごっちんから電話かかってきたからなんだけど…」
そう言ってヒトミははた、と梨華の顔をじっと覗き込んだ。
梨華はただヒトミを見る。

「り、梨華ちゃんどした?目ぇ真っ赤だよ、なんかあった?」
つられてヒトミも泣きそうな顔。
梨華はどうしようもなく、周りもかえりみずにヒトミに抱きついた。
驚いたのはヒトミの方。

287ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:32

「り、梨華ちゃん!嬉しいけどそんな朝から…」
「…っく…っ…」
「へ…梨華ちゃん…?」
「…ふぇぇぇ…ヒトミぃ…」
周りの生徒達が振り返っていく中、ヒトミは泣いている梨華をどう扱っていいものか分
からずにただオロオロとするばかり。
震える背中になるべく優しく問いかけ、何があったのかを聞き込んだ。

「梨華ちゃん、落ち着いて、ねっ?ほらこんなとこじゃみんな見てくからさ、ほらほら」
普段そんな事は気にもしないくせに…と梨華は心の中で呟く。
「ね、ホントに一体どうしたのさぁ」

ヒトミにいくら問いただされても梨華は顔をあげる事はなく、ヒトミの胸で声を押し殺す
ように泣き続けていた。
「…っ…ヒトミィ…」
「…梨華ちゃん…」
尋常ではないと感じたヒトミはそっとその肩を押して、梨華を人気のない校舎裏まで
連れて行った。

288ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:32


*********


ヒトミは今だ涙の止まらない梨華を腕に抱き、その頭を何度も撫でながら黙っていた。
顔を押し付けてる肩の部分がすっかり濡れて色が変わってしまっている。
「…ひっく…っ……ぅ…」
大分しゃくりあげることもなくなってきたが、まだいっこうに止まりそうもない。

「梨華ちゃん…」
しばらくして、ヒトミは優しく梨華の頬を両手で包み覗き込む。
「…っ……!」
ゆっくりとその唇が塞がれた。
突然の事に梨華は驚いたが、そこから伝わってくる心地良さにすぐに目を閉じてその
甘い感触を味わった。

「…向こうでしてもよかったんだけど、梨華ちゃんが恥ずかしがると思ったからさぁ」
少し唇を離して囁いた。
そしてまた悪戯っぽく笑う。
「もぉ…」
「へへ」
それにつられて梨華も少し笑顔になる事ができた。
「気ぃ済んだ?」
濡れた梨華の頬を親指で優しく拭いながら、ヒトミは言った。
こくっと小さく頷く。

289ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:33

「何があったのさぁ」
覗き込んでくるヒトミに、梨華は何も言うことが出来なかった。
「………」
「…梨華ちゃん?」

梨華は迷っていた。
果たしてヒトミにこの事を話してもいいものか。
父があと一ヶ月しか生きられないという事。
そしてその為に、自分が望んでいない結婚を望まれているという事を。
言った所で、無関係のヒトミは悩むだけだろうし、どうする事も出来ないのだ。

「梨華ちゃん?ってば」
「………」
―――――私が、なんとかしなきゃ…

ヒトミを見上げてその無防備な唇にちゅっと軽く口付けた。
「んえっ?」
「なんでもない、ごめんね、びっくりしたでしょ」
無理やりにつくった笑顔をヒトミに向けて、梨華は体を離した。
「ありがとう、スッキリした」
「梨華ちゃ…」
「ほらもう行こ、授業始まっちゃうよ」
そう言い残して、梨華はヒトミを置いて先を行ってしまった。


「梨華ちゃん…」
残されたヒトミは梨華の背中が見えなくなっても、その場に立ちすくみ両の拳を強く
握り、唇をぎゅっと噛み締めた。

290ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:33




今まで父が培ってきた財閥に関して、事はそう簡単に運べる物ではない。
それは梨華が考える以上に壮大で複雑で重大な問題なのだ。

それでも、梨華は好きな人と一緒になれるのならそんな事はどうでもよかった。

―――――なんとかなる…なんとか…
根拠はない。
しかしまだ未熟な梨華には、そう思い信じることしかできなかった。
―――――…お父様、大丈夫よね…きっと


「いしかわぁー」

不意に呼び止められて梨華はやや戸惑いながら足を止めた。
振り向くとそこには派手な出で立ちの担任。
「中澤先生」
「おはようさん…って、あぁ?なんやぁ、目ぇ真っ赤やん」
「いえちょっと…大丈夫です」
「大丈夫やないやん、朝からどないしたんや?よっさんと喧嘩でもしたんか?」
「ホントになんでもないんです…それより何か用があるんじゃないですか?
曖昧にその場を取り繕う。
中澤はふに落ちない表情をしてみせたが、すぐに本題へと移った。

「お客さんが来てるで」
「お客様?」
まったく心当たりがなかった。
しかし学校にまで赴くなんて、一体誰なのか。
「どなたが?」


「飯田いう人やったかな?大事な話があるて」

梨華は一瞬息が止まる感覚を覚えた。

291ななしのどくしゃ:2003/03/21(金) 09:34
先だっては失礼をば…。。。

>大きなお世話だぜさま
そんなことはないです!
それだけこの作品を読んで下さってるって事ですから…(あ、違う?(笑
確かにちょっとリアリティがなさすぎました。。。
もっとじっくり構想を練ってくれば良かった、あいすいません。
意見ありがとうございます!

>名無しひょうたん島さま
ありがとうございます!
しかしやっぱりちょっと書き直して現実味を出してみようと思います。
まだ未熟者ですが…。
応援ありがとうございます、がんがります!

>名無しひょうたん島さま
ありがとうございます。
この小説を読んでくださってる皆さんに対して失礼でしたね。(謝
こうやって皆さんに意見を貰って、なんというかやる気が出てきました!
めちゃくちゃ嬉しいです、もうこうなったら徹底的に…(笑

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<イヨイヨカオリノホンショウハッキスルワヨ!
( ^▽^)<『本領発揮』の間違いじゃないですかぁ?
( ´酈`)<このおはなしでは、あながちまちがってはないとおもうのれす。
(0^〜^)<よっしゃっ!がんばるぞっと。

>50の名無しハロモニさま
しまったそっちの話もいい…(笑
飯田さんはこの後ちょい多めにでてきますです。
あんまりいい人役ではないかもしれないですが…ごめんね飯田さん。(笑
梨華父の運命は…いかに。


ご意見&ご感想とっても嬉しかったです。
これからも何かあったら、バシバシ書き込んでやってくださいませ。
ってか二重投稿してしまた。。。鬱だ。。。

292278:2003/03/21(金) 14:22
今日もどっぷり浸りに来ました。(^^)
作者さんを応援してますから。まじでまじで。

293YUNA:2003/03/21(金) 15:41
更新、おつかれさまです。
レスする前に、更新されてしまってたぁ〜〜!?
ってか、読んだらすぐレスしろよっっっ!!!(笑)
あぁ〜、切ない...
せっかく幸せになれたのに、壁多し...
だけど、その分2人は幸せになれるのだっっっ♪♪♪

294名無しひょうたん島:2003/03/24(月) 17:24
( ゜皿 ゜)<キタワネ!ワタシノガシュヤクニナルヒモチカイヨウネ!
( ´酈`)<・・・。いいらさん。
( ゜皿 ゜)<トニカクタノシミニマッテルノヨ!ワタシハサクシャトケイヤクシタンダカラ!

295名無しひょうたん島:2003/03/29(土) 20:18
つづきは、まだかなぁ
これ楽しみにしてんだけどな。
いいとこなのにぃ(TーT)

296ななしのどくしゃ:2003/04/01(火) 08:30

それから、梨華は飯田を連れて学院の応接室へと向かっていった。

「申し訳ありません、授業中に」

飯田はその大きな瞳を閉じ、謝罪した。
遅れて、その長いストレートヘアーがさらりと流れる。
その謙った態度の中にも、とてつもない自信と強さが窺えた。
そんな様を見せる飯田に向かってとてもじゃないが、首を縦に振ることは出来ない。

「お嬢様が学校を終えてから…とは考えたのですが、幾分私にも仕事が残っておりまし
 て、あいにく今日の午前しか時間が取れなかったのです、誠に申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です…」
梨華の言葉に、飯田は微笑みに似た表情をした。

「それではいきなりで悪いのですが…お話が」
飯田は自分の横の空いているソファに、おそらく自分の物であろう高級そうな革のハンド
バッグを置いて、両手をきちんと膝の上に乗せた。

飯田のその格好と服装にため息が出る。

ビシッ、と決めたスーツ姿に、きりりとした姿勢。
乱れのないその長髪はまるで飯田本人の性格を現している様で。
その整った顔立ちは、より一層見ている者を惹きつけるだろう。

梨華のイメージの中の『仕事人』というワードがぴったりと当てはまっていた。

297ななしのどくしゃ:2003/04/01(火) 08:30

「お話というのは他でもありません、石川会長のことです」
初めから予想の付いていた梨華は普通に接する事ができた。
その心情は落ち着いた、と言える様なものではなかったが、なんとか言葉を繋げていける
程度のものだった。
「すでに会長からお聞きになっていることと存じますが…会長の命はあと1ヶ月…、非常に
 悲しい事とは思いますがこれは事実です」
こくりと小さく頷く。
それを確認しつつ、飯田はさらに言葉を繋げていく。

「それらを考慮して、これからの石川グループを引き継いでいく者、つまり跡取の問題となる
 のです、…後はもう言わなくても察しはつくでしょう」

察しがつく、つかないもない。
昨日そのまま全て耳にしていたのだから。
梨華は喉の奥から搾り出すように言った。

「…私が、あの人と……」
「そうです」
飯田は大きく頷いた。
「…でも私、他に…好きな人がいるんです…」
「ええ、それは存じております、会長から直々に」
「だから…悪いけど、そのお話は…」

298ななしのどくしゃ:2003/04/01(火) 08:30


「ならば、その方と別れてもらいます」
「!」
梨華は思わず声を荒げた。
奥底から湧き上がってくる怒りに似た感情を、飯田にぶつけていく。
「そんな事絶対に嫌です!私は認めません!」
いきり立つ梨華に対しても、飯田のその余裕な態度はまったく変わらない。
「認める認めないの問題ではないのです、グループにとって、これは極めて重要で深刻な
 ことなのですよ」
「そんなの、私と関係ない!勝手に決めないで!」
「まだいまいち事情がお分かりになっていないようですね…」
飯田は少しきつめの目線に成り変り、梨華を見据えた。

「石川グループは何代も何代も、その血を絶やさずに古い歴史から伝わってきました、それ
 は社会経済に詳しいお嬢様の事ですからご存知でしょう」
確かにその通りだった。
石川家は何十年も続いてきており、梨華の父は4代目当主である。
「こう言ってしまってはあまりにも極端ですが…その石川家の血筋をお嬢様の代で絶やして
 しまうおつもりですか?あの医者との婚約を破棄すると言う事は」

梨華は淡々と意見を述べる飯田のその態度に腹を立てた。

「そんな事、あなたに関係ないでしょ!それに大体なんなの?血筋がどうとか、倒産がどう
 とか…そんなの私に説明したってどうにもならないわよ!」
「ええ、その通りです」
予想と随分と掛け離れた飯田の返答に、梨華は言葉を詰まらせてしまった。

299ななしのどくしゃ:2003/04/01(火) 08:31

「まだ高校も卒業していないお嬢様には無用なお話」
「…っ!」
「でもだからこそ、この結婚には大きな意味があるのです」

この婚約の意味するもの。
そんなものはどうでもいい、大きかろうが小さかろうが、どんな意味を持っていてもそれを理
解しようだなんて思ってはいない。
今自分が知りたいのはそんなものなんかじゃない。
「とにかくその辺りの事については私自身が決める事です、父も承諾してくれました、石川
 グループの事は我が石川家の問題です、あなたは口出ししないでくださいませんか?」


「知識も経験も十分ではないあなたが一体何をするというのです」
「…!」
いきり立ち、早口になる飯田に迫力負けした梨華は何も言い返すことが出来なかった。

「石川グループには何千何万という社員がおります、もちろん私もその中の一人にすぎ
 ません、何千何万という社員を切り捨てるつもりですか?」
分からなかった訳ではない。
予想はしていたけれど、認めたくなくて頷けなかった。

「それなら…私が継ぐ、結婚はしない、私が一人で…」
「戯言もいい加減にしていただきたいものですね」
飯田は先ほどとは違い、大分落ち着いた口調に戻ってきていた。

300ななしのどくしゃ:2003/04/01(火) 08:31

「人間には、誰しもそれなりの見栄といいますか、プライドを持っています、何十年も苦労
 の中生きてきたのに、いきなりポッと現れた自分の半分も生きていない女のガキの下
 で働かなければならない…個人的な思想だとは思いますが屈辱的な事だとは思いま
 せんか?」
「………」
「中には20代の社員もいますが…結果的にはやはり『年下のガキ』と思われるのが相場、
 『信頼』というものはどうしても切り離す事は出来ません、社員を使う立場ならなおさら…、
 あの医者の人間性についてはよく分かりませんが、今の事についてもお嬢様よりはまだ
 安心ですし、能力としては問題ありません」

確かに彼は優秀だった。
大病院の副院長という立場も親の七光りではない。
自分の実力で勝ち取ったものなのだという。
それが唯一梨華が彼を尊敬した事実だった。

何も言えずにとうとう俯く梨華。
飯田は立ち上がりドアへと歩み寄った。
「お話したかった事は全て話しました、お察しください」
「………」
「それから…これは私が独断で行った事ですが、間違った事を言ったとは思っておりませ
 んので」
飯田は梨華の反応も待たずに、「では」と短く言い残して応接室を後にする。

チャイムが鳴って様子を見に来た中澤に呼ばれるまで、梨華は動く事はなかった。

301ななしのどくしゃ:2003/04/01(火) 08:32



4日・5日...と時は経ち、とうとう一週間になった頃、梨華の父はついに病院での生活とな
ってしまった。
梨華は毎日学校が終わるとすぐ父のいる病院へと足を運ぶ。
何か出切る事があれば、とずっと父の横でイスに座ってじっとしていた。
そして以前よりもずっと話す量は増えていた。

「それでね、今日は…」
お腹を抱えて笑えるような、思わずクスッと微笑んでしまうような面白い話など知らない。
せいぜい梨華が話せる事といったら学校での出来事くらいだ。
「いつもは柴ちゃんっていう子と一緒にいるの」
梨華の話は、『話』というよりは『説明』と言った方が合っているかも知れない。
それでも一生懸命になってあれこれ口にする梨華の『話』を、父は笑顔で聞いていた。

けれど、日に日にその笑顔が弱弱しくなっていくのが、手に取る様に分かる。
もう今になっては、誰かの助け無しに歩く事も困難になった。



そんなある日、

「じゃあね、柴ちゃん」
ゴソゴソといつもの様に帰り支度をしているあゆみに一言交わして立ち去ろうとする。
「あれ、梨華ちゃん今日もまた行く所あるの?」
父が入院してから梨華はずっと一人で帰っていた。
今日もまた、病院に寄って行くつもりだ。
「うん、そーなの」
「そっかぁ、じゃまた今度一緒に帰ろうね」
「うん、ありがとう、じゃあね」
「ばいばーい」

あゆみには言っていなかった。
話した所であゆみに余計な心配をかけるわけにはいかなかったから。
それは周りの人、誰にでも言えない事。
無論、ヒトミにでさえも。

―――――最近会ってないな…

毎日のように病院に行っていた梨華。
そんな訳だからヒトミの家にもここしばらく立ち寄っていない。
学校で少し顔を合わせても、何故かヒトミは軽く挨拶をしてそれだけで去っていく。
昼休みの屋上での待ち合わせも、いつの間にか無くなっていた。

302ななしのどくしゃ:2003/04/01(火) 08:32

そんな事を思いながらお迎えの車に乗り込んだ矢先、鞄の中から軽快なメロディが
聞こえてきた。
携帯のメールの着信音だ。
すぐさま梨華は鞄から携帯を取り出して着信履歴を見た。
それは真希からのメールだった。


【to//梨華ちゃん
 from//ごとー
 件名//

 今日空いてる?大丈夫だったら
 よっすぃーの家に来てくんないか
 な?                  】


真希にしては随分と短いメールだ。
いつもならスクロールしなければ読めないモノばかりだったのに。
一体何の用事だろう、と最近で真希と関係している出来事を頭の中から引きずり出そうと
しても思い浮かぶ事は何一つ見つけられなかった。

―――――今日はちょっと早めに帰ろうかな…久しぶりだもんね
携帯をしまい、運転手に病院の帰りに寄る所を伝えると車はすぐに走り出した。

303ななしのどくしゃ:2003/04/01(火) 08:33
あ、すごい日にちが経ってた。どーもすいません。。。
4月突入、300突破。わぉすげぃ。(笑

>278の名無しハロモニさま
まじですか!じゃあどっぷり×2浸かっていってまた来てください(笑
応援嬉しいです〜!ご期待に添えるようにします。

>YUNAさま
壁が多過ぎるかも…。でも、それぐらいがちょうどいいですよね?
�堯福┌亜亜繊亜法磴舛腓叩弔いい里ʘ截蓮Ą�
(;^▽^)<はっぴー…かなぁ?

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<コレカラハカオリノジダイヨ!!フフフフフフ
( ´酈`)<りかちゃん、かくごしてたほうがいいれすね。
(;^▽^)<…。

>名無しひょうたん島さま
ごめんなさい、やっと続きです。
ちょっと今手直し中なのでまた少し時間がかかるかも…。
でもなるべくは更新早めにしたいと思ってますので、
泣かないでっ!…いや(TーT)←ちょっと笑ってた!(笑

304281:2003/04/01(火) 16:47
うゎ〜い、更新されてる〜!お疲れ様です。

うぅ〜、イバラの道になりそうな予感・・
飯田さんこわいけど素敵ですw
後藤さんからのメールが届きました♪
この先どうなるんだろう!?
衰弱して行く梨華父の姿にも涙が・・
( T▽T)>ひとみちゃん!助けて!
次回更新をまったりとお待ちしてますです。

305名無しひょうたん島:2003/04/02(水) 00:09
ズワーイ!!更新されてるー!!
が、しかし話は重くなってきていますね
これからの展開が読めないですねぇ。
すごいすごい楽しみにしています。

306名無しひょうたん島:2003/04/02(水) 23:13
これからの展開期待!

307名無しひょうたん島:2003/04/02(水) 23:13
これからの展開期待!

308ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:47




父の寝そべるベッドの横で、梨華はパイプ椅子に座っていつもの様にしていた。
「ごめんなさい、今日はちょっと早めに帰らなくちゃいけなくなったの」
そう言うと父は柔らかく笑い、ゆっくりと一度だけ頷いた。
「何か友だちとでも約束か?」
「ええ」
「そうか」
そしてまた、今度はとても嬉しそうに笑った。

この顔を見てしまっては、とても飯田に言われたことを父に相談する事は出来無かった。
これ以上、父に負担をかける訳にはいかない。

「梨華」
「なぁに?」
「…お前の好きな奴は、一体どんな奴だ?」
途端、梨華はうろたえた。
「ど、どんなって…」
まさか相手が女の子でお父様も知っているあの有名なマジシャンよ、なんて言えなかった。
『女の子』という観点は捨てていたが、それは梨華や真希たち、他にあゆみ・矢口など理解
ある人たちばかりでの間のこと。
もしかしたら「付き合いを止めろ」とまで言われてしまうかもしれない。
ヒトミが女である、という事は伏せて、ヒトミの性格や人柄を説明する事にした。

「あのね…普段はすごい活動的な感じなんだけど甘えん坊な所とかもあって、スポーツと
 か得意でね、すごくモテる人で…この間もそれで喧嘩しちゃったんだけどすぐに仲直りで
 きたの、それに話とかもおもしろいしいつもはね…」

起承転結、オチなんてありはしない。
このままでは延々と、いつまでも完結しそうに無いと感じたのか、父はなんとか制した。

309ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:47

「あ、あぁ…分かった分かった、つまりは好きなんだな」
「え…あ、ま、まぁ…」
梨華は顔を真っ赤にして俯いた。
父は少し苦笑しながらも、満足したようだった。
「それならいいんだ」
遠い目をして窓の外を見る父。
とても飯田の事は言えそうに無かった。

「しかし父親としてはちょっと複雑だな」
「どうして?」
「女ったらしというか…遊んでるような男じゃないだろうな」
やっぱり…と梨華は心の中で安堵のため息をついた。

「違うよ、安心して」
「父親としては顔を見てみたい気もするが…」
「えっ…」
「でもこんな情けない姿を見られたくはないしな」
父はまじまじと自分の今の姿を見て、残念そうにため息を付いた。
「………」
梨華はその骨ばった手を見た。
肉付きのよかった大きな手は今では見る影も無く、今にも血管が見えそうなくらい浮き出
ており白く、そしてひとまわり小さくなっていた。
その梨華の視線に気付いたのか、父は動かない梨華の頭に手をポンと乗せた。
「そんな顔をするんじゃない」
しかしそれが引き金になってしまった。

「ぅ…ああああああっ…」

肩を縮こまらせて俯いたまま、梨華は惜しげもなく泣き出した。
こんなに大きな声で泣いたのは小さい時ぐらいで、何年も前の事だった。
父はそれを見て慌てもせず、ただ笑って静かに梨華の頭を撫で続けていた。
「ほら…友だちと約束してるんじゃなかったのか」
「あああああぁぁ…」
「泣き顔を見せにいくつもりか?」
何を言われても梨華は泣き止む事はしなかった。
込み上げてくるものを止めようとはしないで、溢れてくるだけ溢れさせた。

父の手の温もりを感じながら、いつかの様に梨華は泣けるだけ泣いた。

310ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:47




一時間ほど経ってようやく涙が出てこなくなると、梨華は父に促されて病院を後にし、真っ
すぐにヒトミの家に向かった。
あまりの悲しさと切なさに泣きじゃくってしまった後だったけど、やはりヒトミや真希達の顔
が見れるとなると嬉しさは抑えられない。
あらかじめ、今からそっちに行くことを真希にメールで知らせてから梨華は車に乗った。

車は数分でヒトミの家に到着する。
インターホンを押してしばらくすると、ドアが開いた。
「やっほ、梨華ちゃん」
「ごっちん」
「さ、上がって」
心の中で真希に謝り、ヒトミでなかった事に少し残念がるが、やはり嬉しい。
久しぶりに訪れたこの家に少し懐かしさを感じながら、梨華は玄関を潜った。

「みんなは?」
リビングに入って真希以外の誰もいない事を把握し、梨華は真希に尋ねた。
「あいぼんとののは今日は来てない、よっすぃーは買い物」
それを聞いて梨華はいつもの場所に座った。
「それでどうしたの?」
「うん…あのさ梨華ちゃん、最近…なんかあった?」
初めて見たといってもいい真希の真剣な眼差し。
そして梨華は動揺を隠せない。

311ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:48

「何か…って?」
「いや、最近ここに寄る事ないし…よっすぃーがふさぎ込んじゃっててさ、親友のごとーと
 しては見るに耐えない状況でねぇ」
梨華は躊躇していた。
言うべきか、それともこのまま口を噤んでいるべきか。

「学校でもあんま話してないんでしょ?」
「うん…」
「気にしてんだよ、ごとーは事情よく知らないけど、梨華ちゃんに迷惑かけたって」
おそらく真希が言っているのは、この間の『松浦亜弥』の事だろう。
いつもそれで喧嘩になるのを気にしてヒトミが真希に相談したみたいだ。
「「あたし嫌われちゃったかなぁ…」とか言ってたし」
「違うよ!嫌いになんかならない…」
苦虫を噛み潰したような顔で訴える。
真希は梨華の迫力に思わず目を丸くするが、すぐにふにゃっとしたいつもの笑顔で梨華の
方を見て安心したようにため息をついた。
「それならいいんだぁ」
真希はソファにもたれるとぐうぅっ、と伸びをし、そして元の姿勢に戻る。

「ごとーも心配してたんだ、よっすぃーってタラシだからいっつも人に誤解させるような事
 平気でするじゃん?特に女の子に、梨華ちゃんもそれで嫌になったかなぁって」
梨華は首を横に振った。
「確かにそれは嫌だけど、でも分かってるから」
喧嘩はしちゃったけど…と小さく呟く。
「うん、安心したよ」
真希はますます笑顔になった。
「多分よっすぃーもう少しで帰ってくるよ、そういう風に仕向けたから」
梨華ちゃんが来る事知らせてないからきっと驚くよ、と真希は悪戯っぽく笑った。

312ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:48

それを見て、梨華はますます今自分が抱えている大きな問題について、真希に相談する
事が出来なくなってしまった。

愛する人とのこれから、そしてそこに立ちはだかる大きな壁。
自分の幸せを選べばそれには大きな代償がついてくる。
周りからの圧力。
“上”となる者の責任。
石川の人間としての義務。

いろいろな物に狭まれて、欲しい物は手のとどく所でもそれを掴むことは許されない。

「…ありがとう、ごっちん心配してくれて」
「いやぁ、梨華ちゃんとよっすぃーのコトだもん、見て見ぬ振りはできないよ」
真希は照れ臭そうに頭を掻いた。
「今日ここに呼んだのはそれだけ」
「その為にわざわざ…?」

―――――やっぱり…言えない…

「でも梨華ちゃんは心配な事とかないの?」
梨華は首を振って笑った。
「大丈夫だよ…ありがとう」
「そっか」

313ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:48

「…にしてももう帰って来てもいいのに、遅いなよっすぃー」
言いながら真希はいらついた様子で壁にかけられた時計を見た。
「15分くらいで帰れるはずなんだけどなぁ」
「何時に出て行ったの?」
「今から30…いや40分くらい前かな?」
「買う物がなかったとか」
「だっててきとーな雑誌とおかしだよ?コンビニならない訳ないじゃん」
それなら、と梨華は納得し、真希と二人で静かにリビングでヒトミの帰りを待った。

ぽん、と真希が急に手を叩いた。
「立ち読みしてる、とか?」
「あ、それならまだ…」
「にしても遅すぎるっ」
真希は丸く膨れながら足をジタジタさせた。
「ごっちん自分で言って怒らないでよぉ」
「ごとーの娯楽の邪魔してるんだったら容赦しないよ」
「立ち読みしてるかもわかんないのに?」
「だってごとーのおやつぅぅ…」
久しぶりに友達とじゃれあって、梨華は久しぶりに楽しそうに笑った。

314ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:49

すると、玄関の方でドアの開く音が聞こえた。
「あ、帰ってきた?」
梨華が立ち上がるのよりも早く、真希は一目散に玄関に駆け出した。

「よっすぃー遅いっ、ごとーのお菓子はっ?」
「ごめんごめん、ちゃんと買ってきたって」
ヒトミの声だ。
梨華はすぐさま玄関に出る。

「…ヒトミ」
そう小さく言ったのが聞こえたのか、ヒトミは顔を上げてその視線は梨華の姿を捉えた。
「梨華ちゃん…」
「あ、ごとーが呼んだの、よっすぃーまだ嫌われてなかったよ、よかったね」
真希はそれだけ言うとコンビニの袋を持ち、ゴキゲンに鼻歌を歌いながらリビングに戻った。
梨華とすれ違う時、「ちゅーくらいしてやってね」と言い残して。

そして頬を染めた梨華と、ヒトミは動く事無くただじっと互いの目を見ていた。

しかしいつまでもそうしてはいられない、と最初に沈黙を破ったのは梨華。

「ヒトミ…」

耐え切れなくなった梨華は走りよりぎゅっとヒトミに抱きつく。
こうしたのは何日ぶりだろう、と思ってももうどうでもよかった。
今こうしているだけで十分だった。


しかしいくら梨華が力の限り抱きしめても、その背中に腕が回ってくる事は無い。
「ヒトミ?」
不審に思って顔を上げると、ヒトミは無表情のままそこに直立していた。
何を思っているのかすら分からない。
自分と会えた事を喜んでいるのか哀しんでいるのか。
少なくとも前者ではない。

315ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:49

「どうしたの?」
梨華は肩を掴んで揺する。
ヒトミはそれでようやく表情を崩した。
「あ…ご、ごめん、なんか急に会えたからびっくりした」
言いながら苦笑してみせた。
「そう、なの…?」
ヒトミは小さく頷くと梨華の頬に手をあててちゅっ、と軽くキスした。
言うまでもなく、梨華は頬を赤くさせる。

けれどヒトミはすっ、と梨華から離れると、
「ごめん、今日はちょっと考えなくちゃいけない事があるから…」
「え、ヒトミ…」
ヒトミは何も言う事無く、階段を上り自分の部屋に入ってしまった。

「ヒトミ…?」
何か様子がおかしい。
口調もどことなく冷たかったような気もする。

―――――まだ気にしてるのかな…松浦さんとのこと…

思い返してみるが、それはもう随分前に解決し、今じゃ思い出話のネタにも出来るくらいだ。
今さらそんなことであのヒトミが気にする訳がない。
せっかく久しぶりにゆっくり話ができると思っていた梨華は、肩を落として真希の居るリビン
グに戻った。

真希はソファに寝転がって、ヒトミの買ってきたポッキーをくわえてテレビを見ていた。
「はれ?」
真希は目を丸くする。
すっかりまだ玄関でラブラブしている途中だと思っていたようで、梨華が一人で戻ってきた事
に驚いていた。
「よっすぃーは?」
「なんだか…考える事がある、って言って自分の部屋に行っちゃった」
「んぁぁ、なにそれ?せっかく梨華ちゃんが来てるってのに…呼んでこなきゃ」
立ち上がる真希を梨華は制した。
「いいよ、今日は…」
「でも…」
「多分今日はなんかそういう気じゃないんだよ、だから一人にしておいてあげよう、ね?」
不満タラタラという顔をする真希だが、梨華の必死の訴えによってまたソファに腰を下ろす事
となった。
「んじゃごとーとまったりしよ」
そう言ってポッキーの袋を差し出した。


それから、梨華が帰る時間になるまで、ヒトミは降りてくる事はなく、梨華が帰る時にだけ顔
を出していた。
ヒトミの家に行って、こんなにつまらなかったのは初めてだった。

316ななしのどくしゃ:2003/04/03(木) 19:50
多少書き直したつもりなんですが…書き直ってない気が。。。
ま、いっか。(爆

>281の名無しハロモニさま
(0T〜T)<うぅぅ…梨華ちゃぁん…
イバラの道…まぁぴったり(笑
飯田さんはこの後もちょくちょく登場しますので、お楽しみに。。。
たくさん更新したいです。

>名無しひょうたん島さま
>これからの展開が読めないですねぇ。
正直言うと自分もあんまり…。(笑
( ‘д‘)ノ<あかんがな。
がんばりますね。ちゃんと。

>名無しひょうたん島さま
ありがとうございます!!
そんな2重カキコなさるまで…(笑

317YUNA:2003/04/04(金) 14:42
更新、おつかれさまです。
超〜切ないっす...
どぉ〜なっちゃうの...??
でも2人はきっと結ばれる運命なのだっっっ!!!!
頑張れぇ〜!!!

318304:2003/04/05(土) 00:45
更新、お疲れ様です。
うゎぁぁ〜ん!どうしたんだよぉ、よっすぃ〜!?
梨華ちゃんが会いに来てくれたのに・・
それにしても後藤さんがイイ子ですなぁ。
こんな友達が欲しいですわw
そして衰弱して行く梨華父が何気に心配です。
どうか梨華父によっすぃ〜を会わせてやって下さい。
(0^〜^0)>り・り・梨華ちゃんを、この私にく・く・下さい!
次回更新、まったりお待ちしてま〜す!

319(^−^):2003/04/05(土) 18:34
更新お疲れさまっす。ごとーもさりげなく
石川狙い!?更新期待です!

320名無しひょうたん島:2003/04/06(日) 15:14
( ゜皿 ゜)<コンカイデバンナシネ。ドユコト??
( ;´酈`;) <れも、なんかなけちゃうのれす。
(#0^〜^) <続き楽しみだYO〜〜

321名無しひょうたん島:2003/04/07(月) 21:35
どうしちゃったんだろう??吉君は??
続き楽しみです。

322ななしのどくしゃ:2003/04/13(日) 11:41


家に帰ってからも、梨華は終始ふさぎっぱなしでいた。


『ごめん』


苦笑気味でそう言ったヒトミの顔が頭から離れない。

―――――どうしたのよぉ…?
ヒトミに避けられているような気になってしまい、泣きたい衝動に駆られる。
抱えている大きな問題に連なる、それよりももっと重大な問題に押しつぶされてしまいそ
うになる。
それらは、18歳の梨華が抱えるには重過ぎるものだった。

しかしただこのままグズグズと枕に顔を埋めているわけにもいかない。
梨華は枕もとに置いておいた携帯を手に取った。
ヒトミの番号をディスプレイに表示させるが、通話ボタンを押す前で止まってしまう。
「…もう寝ちゃってるかなぁ…」
時計の針はすでに11時を回っている。
明日学校は休みだが、ヒトミはそういう日にはマジックの練習やステージの予約を入れるな
どして、休みの時間を仕事にまわすというハードスケジュールを組んでいると言っていた。
その為夜更かしはほとんどしないという、案外規則正しい生活を行っているのだ。

「でも、声聞きたいし…」
ぐっ、と手に力を入れるがやはりそれ以上の事は出来ない。
それに電話したとしても、もしそれでうっとおしがられてしまったら、などと色々な不安が
駆け巡って、梨華は自分に腹が立つ反面悲しく思えた。

いっそのこと睡魔がやってきてくれたら、何も考える事無くそのまま身を委ねてしまえるけ
れど、どうにもそれには頼れそうにない。
悶々と悩み、梨華はいつまでも携帯を片手に動かなかった。

323ななしのどくしゃ:2003/04/13(日) 11:42


家に帰ってからも、梨華は終始ふさぎっぱなしでいた。


『ごめん』


苦笑気味でそう言ったヒトミの顔が頭から離れない。

―――――どうしたのよぉ…?
ヒトミに避けられているような気になってしまい、泣きたい衝動に駆られる。
抱えている大きな問題に連なる、それよりももっと重大な問題に押しつぶされてしまいそ
うになる。
それらは、18歳の梨華が抱えるには重過ぎるものだった。

しかしただこのままグズグズと枕に顔を埋めているわけにもいかない。
梨華は枕もとに置いておいた携帯を手に取った。
ヒトミの番号をディスプレイに表示させるが、通話ボタンを押す前で止まってしまう。
「…もう寝ちゃってるかなぁ…」
時計の針はすでに11時を回っている。
明日学校は休みだが、ヒトミはそういう日にはマジックの練習やステージの予約を入れるな
どして、休みの時間を仕事にまわすというハードスケジュールを組んでいると言っていた。
その為夜更かしはほとんどしないという、案外規則正しい生活を行っているのだ。

「でも、声聞きたいし…」
ぐっ、と手に力を入れるがやはりそれ以上の事は出来ない。
それに電話したとしても、もしそれでうっとおしがられてしまったら、などと色々な不安が
駆け巡って、梨華は自分に腹が立つ反面悲しく思えた。

いっそのこと睡魔がやってきてくれたら、何も考える事無くそのまま身を委ねてしまえるけ
れど、どうにもそれには頼れそうにない。
悶々と悩み、梨華はいつまでも携帯を片手に動かなかった。

324ななしのどくしゃ:2003/04/13(日) 11:45

そんな時、手にバイブレイション、鼓膜に音の振動が伝わる。

あまりの驚きに一瞬通話ボタンを押すのを忘れていたが、ディスプレイに表示された名前
を見て、さらに梨華は押す事を戸惑った。


【ヒトミ】


話したくて仕方がなかった梨華にとって好都合な事だ。
しかし梨華には言い切れない不安がふつふつと沸き起こってくるのを感じ、ただ黙ってその
表示された名前をじっと見つめるのみ。
とりたい、電話を取ってヒトミと話がしたい。
今日の事は単なる機嫌が悪かっただけなのだと、言ってほしい。

考える間に、1回、また1回とコール音が響いていく。

ごくりと唾を飲み込んで、なるべく平常心を保とうと大きく深呼吸する。

そしてゆっくりとボタンを押した。

325ななしのどくしゃ:2003/04/13(日) 11:46

『もしもし、梨華ちゃん?』
自分が何か言うよりも早く、向こうからそれが聞こえてきた。
「…ヒ、トミ…」
『もしかして寝てた?起こしちゃってごめんね』
それはいつものヒトミだった。
囁く様に、梨華を優しく気遣う口調。
聞きたくて、聞きたくなかった声。
それでもやはりこの声は、まるで一つの音楽であるかのようになだらかに耳へと入ってき
て梨華の心を落ち着かせる。
それには一言「大丈夫…」と小さく付け加えるしか出来なかった。

『あの、さ…今日はほんとゴメン…せっかく来てくれたのに』
「ぅうん…」
目がじんわりと熱くなってきた。
『それでさ、梨華ちゃん…聞いてくれるかな』
「…なに…?」

326ななしのどくしゃ:2003/04/13(日) 11:46


『あたし…もう梨華ちゃんと一緒にいられない…』


自分の耳が壊れて機能しなくなったのかと思いたくなった。
「なに…?どういう事?」
『梨華ちゃんに、もうマジック見せてあげられない』
「冗談…?冗談なんでしょ?ねぇ…」
ヒトミは何も言ってはくれなかった。

『あたしさ…考えてたんだ、あたしこのまま梨華ちゃんと一緒にいていいのかな、って…』
「いいに決まってるじゃない、何でそんなこと…」
『でも…なんかやっぱり無理だよ…あたしには…だから』

―――――別れよう


「やだ…急に、なんなの…?」
『だからあたしは…』
「私何か変なことした?だったら謝る、嫌なとこあるんだったら直すから…」
『そういう事じゃないんだよ』
「私こんな家なんかいらないもん、誰かにあげてもいい」
『梨華ちゃん…』
「ね?私お嬢様になんてならなくていいから、だから、そんな事言わないでよ…」

327ななしのどくしゃ:2003/04/13(日) 11:46

しかし受話器の向こうから聞こえてきたのは、梨華の予想と遥かにかけ離れた物だった。

『無理なんだよ』

「え…?」
梨華は耳を疑った。
自分の耳が壊れてしまったのかと思いたくなる程に。
「なに…言ってるの?」
『もともと無理だったんだよ女同士って』
こんなに冷たいヒトミは初めてだ。

『お姫様はさ、やっぱり王子様と結ばれるべきなんだよ』

「ヤダ…やめてよ…」

『それに梨華ちゃんはお嬢様だし、そういう家に生まれたから仕方ないよ』

「ヒトミ、お願い…やめて…」

『梨華ちゃんは家を継いで結婚して幸せになる…これが一番いいんだ』

「ヒトミ…ヒトミ…!」

『ほら、おとぎ話にでもよくあるでしょ?』



『魔法使いは、お姫様と王子様の幸せを願うだけだから』

328ななしのどくしゃ:2003/04/13(日) 11:47


そうしてそのまま電話は切られてしまい、後には悲しいくらい無機質な電子音だけが静か
に残る。
―――――何よ…勝手に人の幸せ決め付けないでよ…

「そんなので誰が幸せになれるって言ったのよぉ…」

329ななしのどくしゃ:2003/04/13(日) 11:48
あれから十日、よっすぃーおたおめ!!遅っ…。
そして少ないうえに二重投稿スマソ。

>YUNAさま
(*^▽^)<結ばれる運命だって…キャッ♪
(0^〜^)<そうなったらいいけどねぇ〜。
�堯福─唖Α亜法磴┐叩�ドウイウコト…?
(0^〜^)ノ<とりあえず頑張るぞっと!エイエイオー!!
( T▽T)<とりあえずって…。
頑張らなきゃ、自分も…(笑

>304の名無しハロモニさま
(*´ Д`)<んぁ…照れるなぁ。
私の書くごとうさんはいい子になってしまうのです。
そういうイメージが固まりまくっているのです。。。
( ´ Д`)<んじゃ今度は悪役に挑戦しようかな。
吉は梨華父に会わそうか、悩んでおります。

>(^−^)さま
( ´ Д`)<ごとーも、じつは梨華ちゃんのこと…。
(;*^▽^)<え…?
(;0^〜^)<ご、ごっちん!?
…っていう展開も考えてたんですけど、それだと収集がつかなくなったので今回は
書きませんでした。その名残がちょっと残ってるかもしれませんが。
いしよしのまま突っ走ります。ごめんなさい…。

>名無しひょうたん島さま
( ゜皿゜)<デバンダワ!シュワッチ!!
( ´酈`)<のののでばんがないのれす。
( ‘д‘)<うちらがいてる事忘れられてへんか?

>名無しひょうたん島さま
ありあとうございますっ!今回は短い更新ですが、今回の吉の行動の理由は
次回辺りであきらかにする予定です。
なるべく早い更新心がけます。。。

330(^−^):2003/04/13(日) 13:26
いしよし大好きです!

331名無しひょうたん島:2003/04/13(日) 15:28
。・゜・(ノД‘)・゜・。
なんですか?なんなの??
悲しい悲しい悲しい泣いちゃいました。

332318:2003/04/16(水) 22:04
更新、お疲れ様です。
ハラホレヒレハレ〜!?嫌な予感が的中してしまいましたぁ〜!
何だよぉ、よっちぃ、どうしたんだよぉ〜(号泣)
もしやコレにはふか〜い事情があるのでしょうか?
(0T〜T)>い・言えないYO!
いしよしは世界の恋愛のグローバルスタンダード、結ばれないなんて・・
( T▽T)>そんなの悲しすぎる!
痛みに耐えて次回更新をお待ちしております。

333YUNA:2003/04/18(金) 14:16
更新、おつかれさですっ♪♪♪
んぁ〜、よっちぃ〜どしちゃったのぉ〜!?
ちゃんと、梨華ちゃんをつかまえててあげなきゃっっっ!!!
めちゃくちゃ、切ないです...(涙

334(^−^):2003/04/26(土) 21:56
更新まだですか〜?

335名無し( `.∀´):2003/05/11(日) 11:32
まだかなぁ〜〜〜〜〜〜シュン

336名無し( `.∀´):2003/05/27(火) 16:24
まだですか??

337名無し( `.∀´):2003/05/31(土) 21:13
もどってきてほしいです。

338名無し( `.∀´):2003/05/31(土) 22:06
>>337 あげるな

339名無し(0´〜`0):2003/06/17(火) 19:20
まだでしょうか?
一人待ち続ける男がいます・・・

340名無しチャーミー:2003/06/18(水) 11:23
2ヶ月、たってしもた。
放置か?

341名無し(0´〜`0):2003/06/22(日) 02:52
戻ってきてほしいなぁ〜〜〜〜
作者さ〜〜〜〜〜ん!!

342名無し(0´〜`0):2003/06/28(土) 02:35
作者さん、大丈夫かな。。

343名無し(0´〜`0):2003/07/08(火) 16:26
まだですかね〜?

344YUNA:2003/07/20(日) 17:31
ななしのどくしゃさぁ〜ん、頑張ってぇ〜♪♪♪
いつまでも、待ってますよ♪♪♪

345YUNA:2003/07/20(日) 17:34
やべっ、あげちゃった...(汗
ごめんなさぁ〜い...(反省

346名無し(0´〜`0):2003/07/26(土) 03:44
作者さん。みんな待ってますよ〜〜〜
俺も、ずっと待ってます!

347名無し(0´〜`0):2003/09/10(水) 21:15
ボクもずっと待ってます

348名無し(0´〜`0):2003/10/16(木) 22:56
この小説大好きです。
待ってます。

349名無し(0´〜`0):2003/12/09(火) 18:44
戻って来ないのかなぁ。続き読みたいよぅ。・゜・(ノД`)・゜・。

350名無し(0´〜`0):2003/12/16(火) 02:31
身に何かあったんじゃないかと。。
せめて生存報告だけでも

351ななしのどくしゃ:2005/01/06(木) 03:26
作者でつ。。。長い間放置してすみませんでしたm(__)m
まさかまだこのスレが残っているなんて夢にも思わず驚きました。
そして誠に身勝手だとは思いますが、またここに『MASIC OF LOVE』の続きを載せたいと思っているのですが、よろしいでしょうか…。
読んでくださっていた管理人様、読者様方、どうかご一報願います。。。

352読者1号:2005/01/06(木) 03:49
キタァー!!!! お帰りなさいませ作者様〜

続きがとても気になります。続けて欲しいですっ!!
応援しておりますのでがんばってください☆★

353読者2号:2005/01/06(木) 18:18
お待ちしておりました作者様
ぜひ続きをお願いしますw

354読者3号:2005/01/06(木) 19:20
続き楽しみにしてます!待っててよかった。

355読者4号:2005/01/07(金) 00:37
読みたいです!!!
待っていたかいがありました。
応援してます。

356読者5号:2005/01/07(金) 02:35
・゚・(ノД‘)・゚・。嬉しいでつ…
お待ちしております。

357名無し6号:2005/01/08(土) 12:08
読みたいぃぃぃぃぃぃ!!!!!
待ちすぎて石になるところだった・・・作者様は神!!

358読者7号:2005/01/08(土) 20:39
お帰りなさい!
続きが読めると思うと嬉しいです!!

359待ち人8号:2005/01/09(日) 00:04
今年はいい年になるような気がしてた!作者さんお帰りなさい!!

360ななしのどくしゃ:2005/01/09(日) 23:02



魔法使いはお姫様を見守っているだけ。

お姫様と王子様が結婚して幸せになるのを、ただ遠くから見つめているだけ。

お姫様の為に一生懸命な魔法使い。

どんな気分でいるんだろうね。

2人が幸せになった後、魔法使いはどうしているんだろうね。




――――――――――

―――――…

361ななしのどくしゃ:2005/01/09(日) 23:12

翌日、梨華は学校を欠席した。
理由は一つ。

「………」
カチカチと携帯をいじる。
着信履歴の項目には【ヒトミ】という文字。
梨華は大きくため息をつく。
また熱くなってきた目頭をぎゅっと押さえた。

昨日のあれは夢ではなかった。
ヒトミに電話を切られた後、梨華は1人涙していた。
止めようとしても止められない。
昨日のヒトミの言葉を一つでも思いだそうとすれば、また涙は止めどなく溢れてくる。
「…っ…」
涙腺がゆるまった状態のまま授業なんてできやしない。
そしてなにより、ヒトミと顔を合わせるのが一番辛かった。

362ななしのどくしゃ:2005/01/09(日) 23:21
ふと顔を上げると、花瓶にいけられたチューリップが目に入った。
花びらはすっかり水分をなくし、茎は変色し力なく垂れ下がっていた。
「なにがお姫様は王子様と幸せに…よ」



――――――――――ガチャンッ!!


大きな音と共にチューリップの入った花瓶は床に叩きつけられた。
「…バカみたい」
くたり、とその場にうずくまる。

あの優しい声は聞けない。
あの眩しいくらいの笑顔は見れない。
あの暖かい温もりを感じることはない。
ヒトミとの接点を絶たれ、梨華は自分が今後どうやって生きていけばいいのか分からなかった。

363ななしのどくしゃ:2005/01/09(日) 23:31

急に部屋のドアがノックされる。
返事をする気にもなれず梨華はただ視線をドアに送った。
そしてゆっくりとドアは開く。
「失礼します、お嬢様」
現れたのは飯田だった。

飯田は部屋にはいるなり、床に散乱した花瓶のかけらを見つめ、そしてそれをゆっくりと拾い上げる。
「困ったお嬢様ね」
梨華は飯田から視線をそらせた。
とりあえず今は1人になりたかった。
「出てって」
「あまり1人で騒がないでいただきたいですね」
「出てってよ」
「いくら小さい頃から甘やかされて育ったとはいえこれではあまりにも…」

364ななしのどくしゃ:2005/01/09(日) 23:42


「出てってって言ってるじゃない!」


辺りが静まる。
飯田は何も言わず梨華を見つめていた。
梨華はそのままの剣幕でまくし立てる。
「私がどうして好きでもない人と結婚しなくちゃいけないの!?遺産とか相続とか…私は高校生なの、そんなの解る訳ないじゃない!!」
さっきより溢れる涙。
それでも飯田は冷たい目で梨華を見下ろしている。

「お嬢様はお気楽ですね」
「!」
「確かに未成年のあなたに事業をどうこうさせるつもりはありません。 私があなたをサポートします」
梨華は一瞬、目の前の自分を見つめる瞳に脅えた。

365ななしのどくしゃ:2005/01/10(月) 00:00
「会長はあなたを自由にさせるつもりでしょうが、それはご自分の命が残り短いことを確信しているから…」
飯田のその大きな瞳には、何か決意のようなものが見え隠れしていた。
それがなんなのか梨華には解らない。
思うのは、なぜただの秘書である彼女がこんなにも石川家の相続について熱心なのかということだった。
飯田は他の企業からもスカウトされるくらいの優秀な女性だ。
彼女ほど有能ならば、たとえ石川が無くなったとしても働き口はいくらでも見つかるだろう。
だが梨華には、飯田が石川グループに対してある執着を持っている気がした。

366ななしのどくしゃ:2005/01/10(月) 00:09
だからといって、梨華は負ける訳にはいかない。
ぐっと唇を噛みしめる。
「会社がどういうところなのか知らない」
「知る必要はありません、あなたは存続について動けばいいだけ」
「でも一つだけ解るわ…」
梨華はそのままゆっくりと立ち上がると、潤ませた瞳のまま飯田を睨みつけた。

「あなたの言うことを聞いても石川は発展しない」
「…いきなり何を言うかと思えば」
飯田は苦笑する。
「人の気持ちも考えようとしないあなたの考えなんて誰にも指示されない、そんなことになるならいっそ消えればいいんだわ石川グループなんて!」

367ななしのどくしゃ:2005/01/10(月) 00:20

言い切った後、乾いた音が響く。
一瞬何が起きたのかわからなかった。
しばらくして左頬に走る痛みで、自分が叩かれたのだと理解した。

「それ以上言うのはやめなさい!」

飯田の瞳はうっすらと潤んでいた。
「あなたは何もわかってない…」
「…え?」
「会長が…会長がどんなに…」
痺れるような頬の痛みも感じることなく、梨華は呆然となった。
飯田は振り下ろした手を下げ、目から涙を一粒こぼした。
その涙に梨華は戸惑いを隠せなかった。
「飯田さん…」
「………」
梨華が飯田の肩に手をかけようとしたその時だった。

368ななしのどくしゃ:2005/01/10(月) 00:29


『お嬢様!いらっしゃいますか!?』
ドア越しに家政婦の声が響く。
梨華はその声に少々驚きながらも、尋常ではない様子にすぐ我に返った。
飯田の横をすり抜け急いでドアを開ける。
「どうしたの?」
「あぁ、飯田様もご一緒でしたか!」
「…何かあったのですか?」
飯田も家政婦の様子からただ事ではないことを察知し、さきほどの表情とは裏腹にいつもの強い口調になっていた。



「今、病院から連絡がありまして…旦那様が…!」

369ななしのどくしゃ:2005/01/10(月) 00:37
短く遅い更新ですみません。。。

まさかこんなにも待っていてくれる人がいたなんて…感激です(泣
レスをくれた皆様ありがとう、ありがとう!
よっさんねるサイコー!!!(w

370管理人:2005/01/10(月) 03:28
キタタタタタタタタタ━(゚(゚ω(゚ω゚(☆ω☆)゚ω゚)ω゚)゚)タタタタタタタタタ━!!!!!
キタ━━(*^▽^)^〜^0)━( *^▽)〜^* )━( *´)`* )━━ !!!!!
おかえりなさーーーーーーーーーい
待ってましたあああああああ
諦めないで待っててよかったです!
かえってきてくださってありがと~☆ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ☆
今年はいい年(`□´)/ダァァァァァァァァァァァァー!!(`□´)/ダァァァァァァァァァァァァー!!

371管理人@代理:2005/01/11(火) 08:59
うっほ!!!
⊂⌒~⊃。Д。)⊃カエッテキタノネー!!!

おかえりなさい、ありがとうございます。
心の底から待ってました!

372名無し(0´〜`0):2005/01/12(水) 18:22
きましたね^^
待ってました!楽しみにしています。がんばってください

373読者3号:2005/01/12(水) 20:14
更新おつかれさまです。
ほんと待っててよかったー。先が楽しみです。

374良かった:2005/01/12(水) 20:38
某板で交信のカキコが有って良かった。
お気に入り残しておいてホント幸せです。

375名無し(0´〜`0):2005/01/14(金) 19:23
キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!!
作者様お帰りなさいです♪
また楽しみが一つ増えました!

376名無し(0´〜`0):2005/02/11(金) 14:03:03
更新お疲れさまです。
ずっと待ってたかいがありました。
楽しみにしています。

377YUN:2005/03/25(金) 15:01:30
更新お疲れさまです。
いつも陰ながら応援しています。
続き期待です!頑張ってください!!
ふたり、どうなるんだろう・・・。

378ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 15:55:23
梨華と飯田が父のいる病室に駆け込むと、担当の医師と看護師が出迎えた。
「お静かに、今落ち着いたところです」
ベッドの上の父は規則正しい呼吸を繰り返していた。
どうやら眠っているらしい。
梨華は胸をなで下ろした。

家政婦の連絡では、父が急に大きな発作を起こしたという電話がきた、というものだった。
詳しいことをよく聞かされていなかったので、あわてて飯田が運転する車に乗り込んだのだが心配はないらしい。
今のところは、だけれども。

379ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 15:58:20

「今日はこのままお帰りになられた方がよろしいかと…」
看護師は控えめに口を開いた。

不安を隠せない梨華だったが、ここは素直に彼らの忠告を受けることにした。
弱った父の寝顔を一晩中見続けるのは居たたまれないものがある。
それに今日は授業を休んでいたのだ。
明日も学校を休むわけには行かないし、父もそれでよけいな心配をするだろうと考えた。

「…父をよろしくお願いします」
医師達に丁寧に頭を下げて、梨華はいち早く病室から出ていった。

380ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:00:51

病室のドアを閉じてしばらく歩き始めて、自分の足が震えているのに気付く。

(…私はどうしたらいいの…)

父の死は確実に近づいている。
今まで小さい発作があったことは飯田や家政婦の口から聞いているが、今日のように病院に直接呼び出されるのは初めてだった。
考えれば考えるほど、梨華の思考は悪い方へと傾いていく。

自分に何ができるのか。
自分が一番しなければいけない事は何か。

「…ヒトミ、助けてよ…」

今はただ、服のポケットに忍ばせた携帯を握りしめるしか出来なかった。

381ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:03:47



それから、数日が経った。
父の容態は日に日に悪化していき、もう自力で起きあがるのは不可能な状態にまでなった。
梨華は毎日欠かさず病院へ見舞いに行き、弱っていく父の姿を複雑な思いで見届けていた。
そして相変わらず学校ではヒトミと顔を合わせてはいなかった。
というよりも、梨華自ら会うまいとして必要以上に教室から出たりはせず、出たとしても2年生の教室のある階には行こうとはしなかった。

382ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:06:28
一方的に終わらせられた関係を認めた訳じゃない。
かといって、相手のところに出向いて泣いてすがりつくような真似は出来そうにもない。
そんな風にして、いっこうに顔を合わせない2人のことが校内でも噂になり始めていた。

383ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:08:51

「梨華ちゃん」
昼休み、いつものように学食に行く途中であゆみが梨華を呼び止めた。
「どうしたの柴ちゃん」
「それはこっちのセリフだよ」

最近梨華ちゃん元気なくない?

今は生徒は皆学食に行っているからか、2人以外誰もいない廊下にやけにあゆみの言葉が響いた。
極力、学校にいる間は普通にしていたと思っていたのだが、やはりあゆみには隠し通せてはいなかったらしい。

384ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:11:15
しかしまだ確実に別れたという事実がバレたわけではない。
梨華はそのまま隠し通すことに決めた。

「なぁに?いきなり」
「梨華ちゃん変だよ、最近吉澤さんと一緒にいるの見てない」
「…付き合ってるからっていつも一緒にいるとは限らないよ、今までがべたべたしすぎたんだもん」
「違う」
その強い声に梨華は一瞬気圧された。
あゆみは未だ真剣な表情をしている。

385ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:15:15
「あたしには分かるよ、梨華ちゃん無理してるでしょ」
「無理?…どうして私が無理する必要なんて」
「そんなのわかんないよ、だけど梨華ちゃんいつもと違う」
梨華は何も言い返すことができなかった。

「…あたし結構前から梨華ちゃんがおかしいの気づいてたよ。
梨華ちゃんが言ってくれるまで黙ってようと思ったけどやっぱ我慢出来ないよ。
何でも言ってよ、あたし親友だからさ」

あゆみは泣きそうだった。
その表情で梨華はさらに胸を痛くする。
目の前のあゆみは、梨華が口を開くのをただ待っていた。

386ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:18:27

梨華は話すべきかどうか躊躇していた。
この悩みを誰かに全て話して少しでも楽になりたい。
だけどいくら自分の胸の内を打ち明けたとしても、あゆみには余計な心配をかけるだけで問題が解決するわけでもない。

あゆみはこんなにも優しい。
そのあゆみに自分の受けている苦しみを味あわせてしまうかもしれない。

387ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:21:41


「…大丈夫だよ」


――――――――――柴ちゃんが心配することなんてないんだから。

しかし梨華の思いとは裏腹に、あゆみは別の捕らえ方をしてしまったようだ。

「そうやっていつも一人で抱え込んで…」
「え…?」
「もぅいぃ」
「ちょ…柴ちゃん待って!」
梨華の制止も聞かずに、あゆみはものすごい勢いで教室から出ていった。

388ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:26:28
「柴ちゃんっ!!」
あわてて廊下に顔を出したが、あゆみの姿はもうそこにはなく、ただ足音だけが大きく残っていただけだった。

迷惑をかけまいとして何も話さなかっただけなのに、その結果は最悪の事態を招いてしまった。
「追いかけなくちゃ…」
梨華は教室を飛び出した。

389ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:36:22

あゆみの行き先に見当はつかない。
梨華はあらゆる教室や人の出入りできるところを探し回った。
「柴ちゃん…」

足の疲れがピークに達してきた頃、残るは今いるこの階のみ、と廊下を曲がってみて梨華は足を止めた。
目の前に続くのは2年生の教室。

ここに来るとどうしても彼女のことを思いだしてしまう。
行きたくない。
(…柴ちゃんが2年生の教室に用があるわけない)
行かなくていい、行く必要はない。
無理矢理思いこませて、梨華は反転し今来たみちを戻っていった。

390ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:39:42

これであゆみを探す手がかりはなくなった。
「…まさか、帰っちゃったなんてことは…」
梨華は自然と口に出た言葉にはっとする。
玄関の靴箱を見れば分かる。
上靴がなければもうすでに校舎にはいないし、あったとすれば教室には一度は戻ってくるはず。
梨華は玄関まで足を速めた。

391ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:44:20
恋人が去っていき、そしてもうすぐ父も去っていくだろうという時にかけがえのない親友も去っていった。
失くすなんて考えてもいないのに、みんな自分の元から離れていく。
どうしようもない喪失に、自分はただ耐えるしかないのかと問いただしても、手を差し伸べてくれる人は近くにいない。

「柴ちゃんの靴は…ここだ」
扉を開けるとそこには学校指定のスニーカーだけがあり、彼女のお気に入りの茶色いローファーは消えていた。

「帰っちゃった…」

遠くで聞こえた誰かの楽しそうな笑い声が、今の梨華にはただうざったく聞こえた。

392ななしのどくしゃ:2005/04/05(火) 16:48:34
更新しますた。。。
ずいぶん長く空けてしまって申し訳ない…。
これからも原稿が出来次第更新…したいな…ヽ(´▽`)/アハハ(何
みなさん、レスありがとうー!!!

393YUN:2005/04/06(水) 00:43:11
待ってました!
更新されてて、すっごく嬉しいです!!
続き期待です。頑張ってください!
応援してます!!

394名無し(0´〜`0):2005/04/18(月) 14:46:22
お待ちしております。

395名無し(0´〜`0):2005/08/13(土) 22:43:34
初レスです。
ほんとここのいしよし大好きです!
ヤバイくらい好きです!!
待ってます。

396名無し(0´〜`0):2005/08/19(金) 02:11:16
更新待ってます。

397名無し(0´〜`0):2005/08/26(金) 16:13:54
俺も待ってます!!

398名無し(0´〜`0):2005/08/28(日) 23:38:11
おいらも待ってます!!

399YUN:2005/10/16(日) 23:15:14
更新待ってます。

400名無しさん:2005/11/01(火) 21:52:56
待ってます!!

401名無しさん:2005/12/01(木) 22:03:05
 ま っ て ま す 〜

402名無しさん:2006/01/03(火) 20:42:51
2006年も待ち続けます

403ななしのどくしゃ:2006/01/13(金) 23:45:21




教室に戻ってくるとすぐに午後の授業のチャイムが鳴った。

次々に出席がとられていく。
「斉藤、柴田、…柴田ぁ?」
中澤の視線があゆみの机に向けられたのと同時に、梨華は戸惑いながら口を開いた。
「あの…柴田さんは、その、昼休みに具合が悪くなりまして、保健室の先生が帰らせた方がいいと…」
しかしその梨華の言葉に中澤は不思議そうな顔をする。
「なんや早退したんか?けど柴田、あいつ自分のカバン持って行かなかったんか」
中澤の視線が机の横にかかっていた茶の革鞄に移ったのに気付き、梨華は慌てて取り繕うように言った。
「あああの、あんまり具合が悪そうだったので、私が後でご自宅までお届けしようと思ったんです」
どうやら納得したらしい中澤を見て、胸を撫で下ろす。
「ほなら石川頼んだで」
「はぃ…」
「ほな次ー、えーっと…」

404ななしのどくしゃ:2006/01/13(金) 23:53:29


『そうやっていつも一人で抱え込んで…』


ぎゅっ、と胸が締め付けられる思いだった。
あんなに悲しげで今にも泣きそうな表情は、少なくとも今まであゆみと過ごしてきた時間の中で初めて見た。
そんな顔をさせてしまったのは紛れもなく自分自身。

――――――――――もし、自分が同じことを柴田にされたら?

さっきからそんなことばかり考えてしまう。
信じていた唯一無二の親友が苦しんでいるとき、自分には何かできることはないのか?
もし、自分が、もし、柴田が。
ぐるぐるぐるぐる、イヤな考えばかりが頭に浮かぶ。
梨華はぎっ、と唇を噛んだ。

405ななしのどくしゃ:2006/01/14(土) 00:07:50




この日の授業は今までで一番長く感じられた。
梨華は掃除当番にも当たっていなかったので、HRの挨拶が済むと同時にすぐに教室を飛び出した。
もちろん手にはあゆみのカバン。
梨華は辺りに教師(と風紀委員)の姿がないのを確認しながら、携帯を片手に玄関まで走り出す。
数回のコールの後、電話の向こうから運転手の声が聞こえてきた。

「もしもし」
『もしもしお嬢様?困りますよ、運転中の電話は…』
しかし今の梨華には彼の文句を聞く耳は持っていない。
梨華は運転手の言葉をまるまるスルーした。
「今どの辺り?」
『は?えー…そうですね、今ちょうど交差点を曲がったところです、あと…』
「すぐ来て!柴ちゃんのお宅によってもらいたいの!早く!」
『はっ?わ、わかりました』
それを聞いて梨華はすぐ電話を切った。

何をしたわけでもないのに、梨華の胸はやけに激しくなっていた。

406ななしのどくしゃ:2006/01/14(土) 00:25:31


『あたし親友だからさ』

あゆみはしっかりと梨華の瞳を見つめていた。
親友と同じ悲しみを抱えることを、心優しい彼女なら決して拒みはしないだろう。
なぜなら梨華も同じ気持ちだから。

話そう。
今までのことを全部話して、あゆみに理解してもらおう。
自分が喜んで、悲しんで、そして今、石川家にとってとても危険な状態にあること。
聞いたあゆみは喜んでくれるかもしれないし、もしかして考えなかった以上に悲しんでくれるかもしれない。
だけどきっとそれでいい。
今度彼女が苦しいときには、自分が聞いてあげれ゛ばいいんだ。
あゆみが感じてきたものを。

しばらくして、見慣れた黒い車が校門に停車したのが見え、梨華はすぐに駆け寄った。
運転手が梨華に後部座席の扉を開けようと車から降りるのよりも先に、梨華は自分で扉を開けて飛び乗る。
「早く出して!」
いつもより威圧的な梨華の瞳を見た運転手は、何も言わずに扉を閉めてアクセルを目いっぱい踏んだ。
大きなエンジン音が体に伝わり、車は学校から離れて行った。
車はいつもよりも少しスピードが出ていたように思えた。

407ななしのどくしゃ:2006/01/14(土) 00:38:49

あゆみの家は閑静な住宅街の外れにある、石垣の塀に囲まれた大きな屋敷だ。
梨華の家が英国風の屋敷なら、あゆみの家はまさに“和”を基調とした見事に日本的なもの。
梨華も何度か通してもらったことがあるが、縁側から見える庭園はあゆみの祖父が丹精込めて手入れしたものらしく、とても素晴らしいものだった。


――――――――――ピンポーン……


静かに響いた機会的な音が、梨華の動悸をさらに早めているようだった。
するとインターホンの横の板がスライドして小さなレンズが現れた。
『はい?』
スピーカーから小さく「あぁ、あゆみお嬢様の」と、優しげな声が聞こえて梨華は少しだけ安堵する。
『石川様ですね?少々お待ち下さい、今扉を…』
「い、いえ!いいんです、それより…あゆみさんはしらっしゃるでしょうか?」

408ななしのどくしゃ:2006/01/14(土) 00:57:45

『お嬢様はまだお帰りになっておりませんが…』
「え?」
急なことで梨華は頭が回らなかった。
まさかあゆみが家にいないことなんて考えてなかった。
『運転手が迎えに行こうとしたのですが、今日は用事があるから迎えはいらないと…てっきりご友人と出かけらしたと思ったのですが』
「あ、あぁ!そういえば隣のクラスの村田さんとお茶しにいくと言ってらしたような…わ、私の勘違いでした!申し訳ありませんでした!」
カメラに向かって丁寧にお辞儀すると、梨華は急いで車まで走った。


座席に座った途端、梨華は長いため息をついた。
あゆみが帰っていないことで、柴田の家の人たちにまで心配をかけてしまうところだった。
自分が何よりの元凶でそんなことを言える立場ではないのだが、さすがに「私のせいであゆみさんがどこかに行ってしまいました」などと言えるわけがない。
「柴ちゃん…どこ行っちゃったの?」
梨華はそれから車の中であゆみがくるのを待っていたが、あゆみが帰ってくることはなかった。

409ななしのどくしゃ:2006/01/14(土) 01:00:25
みなさんすいません、こんな少しで申し訳。。。
まだ見て下さっている方々ありがとうございます!
明日(ってもう今日ですが)また更新します。

410名無し(0´〜`0):2006/01/14(土) 01:19:23
嬉しすぎ、どんなスピードでも待ち続けます。
このお話大好きです。更新頑張ってください。

411名無し(0´〜`0):2006/01/14(土) 01:46:58
お帰りなさい。お待ちしてました。
とにかく嬉しいです。

412YUN:2006/01/14(土) 13:33:57
自分もこのお話本当に大好きなので嬉しいですぅ(T□T)
作者様、戻ってきてくれてありがとうございます。
これからも頑張ってくださいね(^▽^*)

413名無し(O´〜`O):2006/01/14(土) 14:10:51
お待ちしておりました!!
ありがとうございます♪無理のない交信ペースで結構なので、
これからも楽しませてください♪

414ななしのどくしゃ:2006/01/16(月) 23:25:18
すみません、明日更新とか大それたこと言ってしまって…(>_<)
やっぱり無理でした(ペコリ
出来次第すぐに更新したぃと思います(艸<●)
待っていてくださった読者の方々、申し訳ぁりませんでした。。。

415YUN:2006/01/21(土) 10:23:38
お気になさらないでください。。。
作者様のペースで作品を作ってくださいね(^▽^)

416†куом†:2006/01/31(火) 02:10:30
おぃら、めっちゃこの話好きです(*´д`*)ヾ
つづき待ってますw自分のペースでどぅぞ書いてください!!


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