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『仮面ライダー龍騎』考

1SeireiK:2003/04/20(日) 23:28
以下の文章は、『仮面ライダー龍騎』(以下龍騎)最終回視聴直後に友人に送ったメールの文章を再構成したものです。
何やらすぐに否定論レスが付く気がしますが(爆)。

2SeireiK:2003/04/20(日) 23:29
「この感動を君に」


「仮面ライダー龍騎」最終回は予想以上だった。
映画が、“TVシリーズ最終話”というフレコミだったので心配していたが、映画を見ていなくても満足できる、実に最終回らしい最終回だった。

 大風呂敷を広げといて、かつあれだけきちんと(ストーリーに)決着がついた最終回は近来マレである。

 「仮面ライダーアギト」より名作になるという私の直感は間違いではなかった。

 「仮面ライダー龍騎」。その物語は悲劇である。

 そしてその最終回の感動度と美しさは「クウガ」に肉迫するほどである(もうボロ泣きである。もちろんクウガほどではないが)。映画を見なかったことが悔やまれる。

 それにしても、やっぱりロビーナちゃんは映画だけの出演だったのね…


「ライダーは全部で13人!」とか言いながら実際13人出たのは映画(と特別編)だけ、というのも大英断だったと思う。あの展開でいちいち新ライダー出してたらアギトの二の舞だったに違いない(でも、TVでロビーナちゃん見たかった…)。

もちろん最初にあのデザイン見たときは「もう、何もいうまい…」と思った(笑:「あぁ、子供向けにするのね」と思った)し、またスタッフへのインタビュー

「今回は、久しぶりに劇中で“仮面ライダー”という呼称が使われる作品になる訳ですが、これは…?」

「いや、“仮面ライダー”って言わないと、あのデザインじゃ誰も仮面ライダーだと思ってくれそうにないから」

を読んだ時には眩暈すら覚えたが(笑)、

「あのデザインだからって、いきなり児童向けになる訳でもないですし、今までどおり大人も楽しめる作品になりますよ」

を読んで少しホッとした。信じて一年間視聴してよかった。

「クウガ」と「龍騎」。この二作品に共通する点は、

“子供が見るべき作品ではない”

ということだ。いや、「クウガ」はむしろ見せるべきであるかもしれない。児童向け特撮ヒーロー作品においてあれほど真っ向から“暴力を完全否定した作品”を私は他に知らない。もちろん「龍騎」の根底に流れるメッセージもまた「暴力否定」であることは間違いないが、表面上余りにも“戦い”が勝ちすぎて殺伐としすぎてしまった感がある(「暴力賛否」と取られかねない。まるでバトルロワイヤルみたいだ)。

「龍騎」は「クウガ」のように

「大人が見ても楽しめる」
「多少大人向けに作られている」

といったレベルの作品ではなく、

「子供が絶対に見てはならない」

というレベルの作品である、ということだ。少なくとも作品全体に流れるニヒリズムや“戦いに対する空虚感”といったものを理解できる年になるまでは。

だいたい、子供の時にあんなもん見せられたら怖くて鏡覗けなくなると思う…(笑)。

「仮面ライダー龍騎」の物語は悲劇である。

一応補足しておくと、もちろん形式的にはハッピーエンドである。
「悲劇」というのは私の受け取り方だ(ただ、あのラストは子供には???だと思われる。まず理解不可能)。

「クウガ」の最終回も考えさせられるものであったが、「龍騎」もまた、いろいろと考えさせてくれるラストだった、ということ。何より(くどいようだが)、複線の量が適度だったため、各登場人物のエピソードを終わりまでしっかり描けたことに高い評価を捧げたい。

「龍騎」の風呂敷は大きすぎなかった。この点が「仮面ライダー龍騎」を成功に導いた要因であろう。

イケメン君が多かったのはまた別として(笑)。

3myinya:2003/04/21(月) 01:20
ご期待にお答えして、さっそく・・・といいたいとこなんだけど、あたしゃ龍騎は途中でリタイアしちゃったんだよな。
あんまりにも見てて気分が悪くなるんでさ。
それを、今までアギトと同じく脚本と演出のまずさだと思ってたけど、これを書くためにとりあえずあらすじだけでも読んでみようと公式サイト見に行って、気がついたさ。

あたしが、龍騎で気分が悪くなった原因は、脚本のまずさというより、各キャラの設定とその描き込みにあったようだ。
なるほど、テーマとしては「暴力否定」でストーリーの組立ては、そのためのアンチテーゼなのはわかった。ただ、やっぱりこれも悲しいかな、どうも番組が「1話30分1年で完結」「玩具屋の陰謀」「安易な受け狙い」つう、規制に負けちゃってる話なんだな。
短い放送の枠内でキャラを立たせるために極端な性格設定にしすぎちゃってるんだ。
漠然とした「正義」のために戦うのではなく、自分のポリシーに従って戦うことを選んでいくという事自体は、クウガの五代と同じなんだけど、人数が多いことも手伝ってそのポリシーを極端に誇張して描かないとキャラの描き分けができなかったんだろうね。これがあたしには、みんな「思い込みの激しすぎる電波くん」に見えて気持ち悪くて見てられなくなった理由だ。

異世界の話は、あたしも好きなんだが、いかんせん、ここまでぶっ飛び野郎だと却って白々しくてリアリティが感じれない。ここまでやるなら、下手に現実世界とミラーワールドを行き来しないで、ミラーワールドに行ったっきりでやってくれたなら、まだ見ていられただろうね。
(そう、あの悲惨なバトルロワイヤルを最後まで読むことが出来て、なおかつ「なかなかの良い話」と言えるのは、あの舞台が閉ざされた島の中だからだと思う)
ドラマの中とはいえ、現実世界の描写は、実際の現実の上にどれだけモンスターが存在しているパラレルワールドを混ぜ込んでいくかのバランスが難しい。その微妙なバランスをとるのに失敗すると物語の中に込められたメッセージを正しく受け取ることが出来る人が極端に少なくなってしまう。その意味で、これはやっぱり失敗作だ。

 だから、竜騎は確かに「子供が見てはならない」話になってしまっている。最後に取ってつけたように夢落ちとも取れるハッピーエンドを付け加えているけれど、本来の物語のメッセージを尊重するならあれは蛇足でしょう。士郎と優衣はともかく、他の連中はリセットされちゃってなにも学べてないからね。

最近の流行で主人公に能天気のバカ(真司)を持ってきたのも失敗だなぁ。あれだけ悲惨な話にするんだったら苦悩をはりつけたような蓮を主人公にした方がよかったんでないの?
(まーそれだったら、重すぎてきっと人気はでなかっただろうけどさ(爆))

4SeireiK:2003/04/26(土) 22:50
>あたしゃ龍騎は途中でリタイアしちゃった

まぁ、私も挫折しかけましたが(爆)。
ただ、最初から破綻していたアギトと違って、龍騎は第一話に期待を感じたんですね。
龍騎第一話(ひょっとすると二話かも)で、ミラーワールドにおけるシーンで車が画面に向かって突っ込んでくるところがあるのですが、その一瞬のカットだけのためにわざわざ「鏡に映した状態のナンバープレート」がちゃんと車に貼ってあるんですね。それをわざわざビデオをスロー再生して確認した私も馬鹿ですが(笑)。「この作品は、ちゃんと無駄とも言える拘りを持っている」、そう感じることが出来たので一年頑張ってみました。

>とりあえずあらすじだけでも読んでみようと公式サイト見に行って

私も行ってみました。ただ、やっぱりあれは見ないと〜(笑)。
最終回は、映像的にかなり美しかったんで。

>番組が「1話30分1年で完結」「玩具屋の陰謀」「安易な受け狙い」つう、規制に負けちゃってる

うーむ。「玩具屋の陰謀」としてはやはり「カード」という設定でしょうね。しかもやや時代遅れの感が(爆)。

私がクウガを高く評価する点は、各話において「クウガになって戦うシーンがほとんどない」回がかなり多かったことなんです。最終回後のスタッフの話だかに「あれは戦士クウガの話ではなく、五代雄介という一人の人間の物語」「雄介の話を一年かけて放映した」「だから最終回タイトルは“雄介”」などがありましたが(うろ覚えの知識ばかりで著作権的にやばいかも…)、クウガ終了後に、「ヒーローものらしくない」だの「ちゃんとライダー(及び戦闘シーン)を出せ」「子供が喜ばない」などといった批判がかなり多かったのではないかと思います。あくまで私の想像ですが。

後番のアギトは、毎回必ず意味のない変身シーン・戦闘シーンがありました。
せっかく話が面白くなってきたと思ってみている時に、イキナリ水戸黄門にチャンネルが変わったかのようで不満でした。「クウガの壁は高かった」と私が述べた部分の一つです。

龍騎もやはり「ヒーローものとしての形・玩具メーカーとの共存」という束縛からは逃れられなかったのかもしれません。しかし、「ならいっそ戦いばっかやっちゃえ」というような、ある種の開き直りというか、ポジティブな態度が見られるようでむしろすがすがしさを感じます。アギトはどうも「これでいいのかなぁ…」とスタッフが思いながら作っていたような感じすらします(くり返しますがあくまで私見です)。スタッフが「面白い!」と言えないものを見せられても視聴者が面白いわけがありません。

いや、「面白い」という高評価を受けたのもまたしかり…どうしてあれが面白かったんだ???
私はアナザーアギトのデザインが秀逸だから最後まで見れたようなもんでした(爆)。
アナザーアギト鑑賞番組。

で、話を龍騎に戻しますが、私は各キャラの描き込みがそれほど強烈だとは感じませんでした。
また、

>最近の流行で主人公に能天気のバカ(真司)を持ってきたのも失敗だなぁ。

いや、最初は能天気だったのが段々苦悩していくのが結構よかったんですよ(笑)。

>本来の物語のメッセージを尊重するならあれは蛇足
>士郎と優衣はともかく、他の連中はリセットされちゃってなにも学べてない
>あれだけ悲惨な話にするんだったら苦悩をはりつけたような蓮を主人公にした方が
>それだったら、重すぎてきっと人気はでなかっただろうけど

全くもって同感です(爆)。

いや、でもハッピーエンドでない終わり方はやはりまずいでしょう。
子供も見る、日曜あさ八時にやる番組なんですよ、一応(笑)。

5myinya:2003/04/27(日) 23:46
>ミラーワールドにおけるシーンで車が画面に向かって突っ込んでくるところがあるのですが、その一瞬のカットだけのためにわざわざ「鏡に映した状態のナンバープレート」がちゃんと車に貼ってあるんですね。

そのへんはね、結構凝ってるなぁとは思ってたから、20話あたりまでは見たのよ(笑)
発想としてミラーワールドってのは面白いから。
ところで、ハンドルはどっちについてた?ライダーの連中ってミラーワールド行ったときどっちの手で武器持ってた?
この左右如何によっては、単なる映像処理で裏映ししてる可能性もあるよ(爆)
最近のTVドラマはデジタルビデオで映像撮るんで、完全な左右反転は割と簡単かも〜。

クウガ以降の傾向として、謎を謎のまま積み重ねていくという手法が使われてるんだけど、これが中途半端なんだよなぁ。
妄想で謎部分を補完しようにも、裏設定がきちんとできてないと謎の出題自体が行き当たりばったりなんで、補完のしようがないといふ。

>うーむ。「玩具屋の陰謀」としてはやはり「カード」という設定でしょうね。しかもやや時代遅れの感が(爆)。

そうそう、いくら遊戯王やなんやらでトレーディングカードがブームであったとしても、2匹目どころか100匹目のどじょうはさすがにいないだろう。
あたしがなんでいつも「玩具屋の陰謀」を出すかと言えば、玩具屋ってのが頭の古い連中が仕切っているみたいな感じに見えるからなんだよね。いつまでも初代ウルトラマンや
仮面ライダー、戦隊ヒーローものの初期にあった玩具屋黄金期の幻影にしがみついて、そこから出ようとしないからさ。
あれ、40年も前だよぉ〜。それまでああいう玩具展開がほとんどなかったから売れたということにいいかげん気がつけよぉ。

購買意欲をそそる方法のひとつとして、新商品として発表したものがある程度浸透したところで、ちょっとしたモデルチェンジをして「前のは時代遅れ、最新型が一番」と思わせる心理商法
があるんだけど、最近のアニメ・特撮物は大体長くて1年(4クール)短いと3カ月(1クール)ってサイクルが早いんで、そこでこれをやると買う側が息切れするんだよ。
昔の仮面ライダーとかさ、3年ぐらいかけてひとつのドラマ完結させてたじょ〜。
(ウルトラマンでもセブンでも100話ぐらいあるんだよね。)

これも不況の影響か、じっくり作り込もうとかじっくり売り上げをあげようって意識がなくなっちゃって、とにかく早いこと結果を出せになっているんだろうねぇ。
玩具屋の陰謀で番組がだんだんつまらない、子供もだませないようなものになっていくのがすんげー悲しい。

>いや、でもハッピーエンドでない終わり方はやはりまずいでしょう。
>子供も見る、日曜あさ八時にやる番組なんですよ、一応(笑)。

無理なハッピーエンドに持っていくことが、あたしゃ今の無責任な若者を作り出しているようにしか思えないんだけどね。
せっかく、暴力反対!とかみんなの笑顔は大事だとか、信じ合うことの大切さをテーマに持ってきているんだから
ゲームのように破綻したらリセットできる終わり方にしてはいけないんだよ。アンチテーゼとして戦いを全面に押し出した話なら
なおさらね。後味が悪いからこそ心に残るもの。そこに本当の格好良さもあるんだよね。

本当にこれで良かったのか?と見ているものが考えることが出来る終わり方が良い終わり方だと思う。

昔の特撮であたしが一番印象深いのがウルトラセブンなんだよね。
子供心にあの最終回はインパクトあったと思ってる。
アンヌにダンが自分はウルトラマンだと告げて、死を覚悟した最終戦に望むあれがさ。そのスピリッツがクウガにもあるから、最終回2回は感動できたんじゃないか?

時代の流れとはいえ、娯楽作品を単なるその場限りの娯楽作品にしてしまっては、そのうちネタ切れで困るのは制作者側だよ。
子供向けと銘を打つならその子が大きくなったときにも私達のように、思い出を語れる話にして欲しいね。

6Ricken:2003/05/01(木) 03:21
ワタクシ、龍騎はほとんど見てないのでホントはここにカキコする資格はないのですが、
僕がもっとも愛する特撮である、ウルトラセブンの話題が出てきたと聞き、馳せ参じました。
で、一通りスレの流れを見て、気になる発言があったので、
恥ずかしながらカキコさせていただきます。

>>いや、でもハッピーエンドでない終わり方はやはりまずいでしょう。
>>子供も見る、日曜あさ八時にやる番組なんですよ、一応(笑)。

>無理なハッピーエンドに持っていくことが、あたしゃ今の無責任な若者を作り出しているようにしか思えないんだけどね。

SeireiK氏はご存知の通り、僕はハッピーエンド絶対主義なのですが、
無理なハッピーエンドに持っていくことは、反対なのです。
だって、はっきりとバッドエンドなら全力でその作品を否定できるけど、
形式的にハッピーエンドであると、どうしても否定するエネルギーが鈍る。
やっぱ中途半端が一番良くないですねぇ(笑)。


ま、冗談はともかく、無理にハッピーエンドにするような中途半端な結論を出してしまった作品
=結果的に制作者が信念を曲げ、「何か」に妥協をしてしまった作品というものを、
子供って意外と見抜いていると思うんですよ。
逆に最後まで制作者が本気であった作品というのは、
子供をそれほど対象として考えていなくても、子供に受けいれられていきます。
いやむしろ、子供は大人以上に作り手の本気度を見抜いていたりもする。
♯例えば、SeireiKさんの言うような「子供が絶対に見てはならない」作品は、
♯意外と子供に受けるんだよなぁ・・・。

僕の愛するウルトラセブンという作品は、最後まで制作者たちが妥協をしなかった作品です。
もちろん、全ての回がそうであったとは言いませんが、
あの作品の脚本家たちは、競うように自分自身の人生観や信念を物語につぎ込んでいきました。
その結果、大人向けのストーリーが多くなり、子供には難しすぎる話も多くあります。
(「ダーク・ゾーン」の救いようのなさ、「ノンマルトの使者」で示した人類の原罪、
 「狙われた街」の最後のセリフでチラリと見せる皮肉etc・・・)
けれど、ウルトラセブンを見た少年たちは、
それらの作品に込められたメッセージをしっかりと感じ取っていました。
だからこそ、当時はもちろん、リアルタイムで番組を見た少年たちが大人になった今でも、
ウルトラシリーズの最高傑作はセブンであるとと言われているのです。

で、この龍騎という作品、最後まで制作者が妥協しなかった作品なんでしょうか?
SeireiKさんのカキコをみてると妥協がなかったとも思えるし、
myinyaさんのカキコみてると、なにがしかの妥協があったようにも思える。
結局、このあたりの結論って、龍騎を見ていた子供たちが大人になるまでわからないのかもしれませんね。
彼らが大人になった頃「龍騎は凄かった!」って思い続けているのなら、きっとこの作品は本物であったと。
♯少なくとも僕自身は、作り手の本気度を見抜くアンテナの感度がだーいぶ鈍っちまってるんだよなぁ。
♯大人になっちまったから・・・。

7myinya:2003/05/01(木) 23:43
Rickenさん はじめまして。Seireiくんからお噂はかねがね・・・ってどんなうわさなんだか(笑)

セブンはねぇ、苦悩するヒーロー像を描いた、日本初の特撮なんじゃないかと、あたしゃ密かに思ってたりして。
怪獣退治が仕事だとはいえ、本当にこれでいいのか?
怪獣も広義に言えば生き物なわけで、それを人間の都合で殺しちゃっていいのか?ってね。

だからと言って、なんだっけ?一番新しいウルトラマン・・・忘れた(爆)みたいに怪獣を保護して動物園みたくしてる
ってのもなんか違うと思うけどさ。
怪獣=悪いと決めつけて殺すのも、怪獣=悪くないと決めつけて保護してあげるってのもどちらも
思い上がりなんじゃないか?
ウルトラマンとかセブンとかって、時々怪獣を元いたところに返す話とか、地球に害のない怪獣が暮らしやすいところへ連れていく
って話もあったりするんだよね。
侵略目的で来た宇宙人には断固として戦うけど、そうじゃないのは闇雲に攻撃して
殺すってことに疑問をずっと持ち続けてきたのがセブンなんだよな。

>けれど、ウルトラセブンを見た少年たちは、
>それらの作品に込められたメッセージをしっかりと感じ取っていました。

少年少女に訂正してくれよぉ〜。myinyaさん女の子よん(笑)

ライダーはね、起源が苦悩するヒーローなんだよね。なんせ初代ライダーはショッカーに改造され
洗脳間際にとんずらこいて対立する側に回ったわけで、ショッカー怪人を倒す力も
ショッカーの科学力から得てるというところに、ライダーの孤独と苦悩があるわけで、
それがカッコイイ。
同じだけど違うんだという主張があるように思うのよ。

だいたい、あれってば昔は土曜の夜7時だか7時半だかの、お子様時間とはちょっと外れた
時間枠で放送されてたのさ。リアルタイムでみてたしと<σ(・_・)
ウルトラマンだって、昔は夜やってたよね。
親の「風呂に入れ」攻撃や「早く寝なさい」攻撃をかいくぐって見てた。

Rickenさんは、ウルトラマン派なの?あたし新シリーズのウルトラマンはティガとコスモスあたり
までならなんとか許せる^^;
#しかし、あれもよく考えると超古代の遺産が・・・ですなぁ(爆)

8myinya:2003/05/02(金) 00:04
P.S.書き忘れ、Seireiくんにほぼ私信(笑)

ryo-chiが古いビデオの中から、クウガの28話〜34話を発見した。
#あのころいろんなのと混ぜて、テキトーに撮ってたもんで(^^;;;
探せばほとんど見つかるかも〜〜♪

夜中にビデオ鑑賞してまし(爆)

9SeireiK:2003/05/02(金) 04:14
>Rickenさんは、ウルトラマン派なの?

彼は、私の卒業(大学・高校・中学はあえて言うまい)の際、寄せ書きの色紙に

「やっぱりライダーよりウルトラマン」

と一言書き捨てた憎むべき男です(爆)。


お二人に対するレスは後ほどお付けしますが、
なんだか恐れていた事態になってきましたので、ウルトラスレ建てます…(泣)。
私はウルトラに関してはほぼ無知なので、お好きな方お願いします。
モラルを守って下されば、私は心ゆくまで放置いたします(爆)。

10Ricken:2003/05/04(日) 04:00
というわけで、ワタクシ、ウルトラファンであります(笑)。
基本的には旧シリーズ好きで、ティガは実相寺氏が監督やった回があったんでちょっと見たってところです。
一応、ライダーについても書いておくと、好きなのがX。あと、ストロンガーの見栄の切り方にも痺れますね。
♯仮面ライダーSPRITSは全巻初版で買ってるというのは秘密。

>myinyaさん

今更感は強いですが、初めまして!
こちらこそSeireiK氏からお噂はかねがね・・・(笑)。

>>けれど、ウルトラセブンを見た少年たちは、
>>それらの作品に込められたメッセージをしっかりと感じ取っていました。
>少年少女に訂正してくれよぉ〜。myinyaさん女の子よん(笑)

これは失礼しました・・・(汗)。

<ライダーとウルトラマン(特に初代マンからセブン)の苦悩の違いについて

この辺、ちょいと考えたことがあるんで、そのうち時間を見つけてウルトラスレに書いて見ようと思います。
せっかくスレも立てて貰ったし!
♯あとはP.U,スレにもカキコしなきゃいかんな・・・。

11SeireiK:2003/05/04(日) 23:02
>「子供が絶対に見てはならない」作品は、意外と子供に受けるんだよなぁ・・・。

永井豪氏のデビルマン辺りが代表作ですかねぇ。
子供の頃のトラウマになってる人、多いみたい…。

>で、この龍騎という作品、最後まで制作者が妥協しなかった作品なんでしょうか?
>SeireiKさんのカキコをみてると妥協がなかったとも思えるし、
>myinyaさんのカキコみてると、なにがしかの妥協があったようにも思える。

「妥協」という点に関して言えば、「100%妥協せずに作る」というのはどんな作品であれまず不可能でしょう。それは言うまでもありませんが、Ricken氏の言うところの「セブンは妥協しなかった」とは、なにがしかの妥協をしながらもスタッフが「我々のやりたいこと、言わんとすることは全てこの作品につぎ込むことが出来た」というような意味合いであろうと思います。

その観点から「龍騎」という作品の最終回を考えると、
私見としては「スタッフは妥協してはいない」と思えますね。
ただ、ここら辺は「我慢して(爆)一年みた人」と「リタイアした人」との感じ方の違いもあるかもしれませんが。

喫茶店(レストランだったかな?)で愛しのれい子さんが待っていてくれるというのに、事務所でひっそりと息を引き取っていく北岡。
その北岡の代わりに戦いに赴き、メタメタにやられるごろーちゃん。
朝倉に向けられた銃口がいっせいに火を噴くシーン。

などなど、龍騎最終話では、クウガの48話でバラのタトゥの女がXXXにXXれてXXに落っこちた時のように(未見の人のため伏字)、「これ、お子様に見せていいんかなー」的シーンでもって、各人物のエピソードを最後まできちんと描ききり、かつそのシーンが実に美しく撮られていました。

少なくとも、「重苦しい悲劇にしたいんだけど、やっぱドロドロにするのはまずいよね」的妥協でもってラストがああなったのでは無いと私は考えます。

この文章は世界に発信されているとは言え、実質今のところ三人で回しているスレッドですので(爆)あえて個人的な物言いをしますが、お二人とも京極夏彦氏の作品は読まれていますね?

彼の代表作(かつデビュー作)『姑護鳥の夏』の読後感は、あれだけドロドロした話であったはずなのに、さわやかな風が吹き抜けたかのような清々しさを覚えます。

あの作品のように、龍騎最終話には「一年視聴してきた後に訪れたさわやかさ」を感じました。

無理やりハッピーエンドに持ち込んだという感じではなく、あの終わり方はやはりスタッフサイドの意思によるものでしょう。私はそう見ています。

>結局、このあたりの結論って、龍騎を見ていた子供たちが大人になるまでわからないのかもしれませんね。
>彼らが大人になった頃「龍騎は凄かった!」って思い続けているのなら、きっとこの作品は本物であったと。

myinyaさんと違って、私は龍騎を「失敗作」とは捉えませんが、
失敗したところがあるとすれば、最後に「大人な美しさ」を求めすぎたことでしょうか。
映像的に美しかったために、えぐさが薄れた気がします。

子供たちが大人になるまで、その心に残る作品であるかと言えば、充分その可能性はある作品です。

しかし、下手すると「龍騎は凄かった!」ではなく、
「あれって、最終回がさっぱり分かんなかったよね〜」「そうそう!」
ってなことになりかねない(爆)。

そういう意味でも、あれはちょっと「オトナ」な作品であったかもしれません。


よくよく考えてみると、私がこの作品を評価する真の理由は、
「食べてみたら結構上手かった海の家のラーメン」的な部分かもしれません(核爆)。
期待しろというのが無理なデザインと設定でしたから…。
アギトがひどすぎたせいで、若干評価が高くなっているとは言えるでしょうね、きっと。


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