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相対論は間違っていた人とその仲間たち

5 名前:名無しさん 投稿日: 2005/07/21(木) 16:57:53
この本、ミュー中間子の寿命についても論じている。

先ず、この本の著者は全体的に「時間が相対的なら単位も相対的であるべし」という主張を行っている。
相対論によって時間が変化して計測されるのは、時間そのものが変わったのではなく、単位が変わったからなのだと
主張している。1メートルのものをセンチで表せば100センチになり、ローレンツ変換などで時間や速度が
変わるように観測されるのは時間そのものが変化したのではなく、我々が用いる基準(=単位)が変化する
からなのだ、という。

この部分が何度読んでも理解できないのだが…うーむ。相対論的効果とは観測者によって観測結果(見え方)で
あって実態の変化ではないと著者は繰り返し主張している。変わるのは見え方なのか実態なのか、両者では
具体的にどういう違いがあるのか?という疑問が当然の如く沸くのだが、読んでもよく分からない。

例としてミュー中間子の寿命に関する相対論効果が示されていて、著者によると寿命が伸びたわけではないという。
静止系(地上)と運動系(ミュー中間子)では長さや時間の単位が違い、それを変換してやれば運動系での
600メートル(=ミュー中間子の寿命と速度から動ける距離)は静止系での14kmに相当するから、ミュー中間子は
大気を通り抜けられるのだ、という。

そして寿命が変わるのではなく、ミュー中間子の誕生した地点と消滅した地点の距離の相対性によるものであると
結論する。距離が変化するのは認めるが寿命が変化するのは看過しがたいということらしいのだが、どういう意義が
るのか俺にはよく分からない。俺には同じ数式の解釈を変えているようにしか思えないのだが。

彼の説と相対論の違いというのは数理の分野での違いではなく、哲学の分野の違いなのだろうか?



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