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プチ住民(゚ε゚)キニシナイ!!

1プチ住民:2003/01/31(金) 19:21
愛好会スレのプチ住民の(゚ε゚)キニシナイ!!
おまいら、煽られちゃったり・放置されちゃったり、流れにのれずレスを外しても(゚ε゚)キニシナイ!!
そこにアキラたん(*´Д`*)ハァハァ(*´Д`*)ハァハァがあるなら(゚ε゚)キニシナイ!!
合言葉は(゚ε゚)キニシナイ!!

2名無しさん:2003/02/04(火) 15:30
ここ何につかうんだろ?

3名無しさん:2003/02/09(日) 01:22
クリード同じ手何回使うんだよ…
(゚ε゚)キニシナイ!!ようになりてい

4名無しさん:2003/02/13(木) 13:43
ここにチャットを設置したらどうなるか、と言ってみる。

5失楽園:2003/03/01(土) 00:32
ここを使わせてもらっていいものかとたずねてみるテスト。

6名無しさん:2003/03/02(日) 00:10
いいんじゃね。
このスレ、あんま使われてないし、プチ住民(゚ε゚)キニシナイ!! といってるくらいだから(w、
有効活用したら(・∀・)イイ! と思うyo。
アキラたんとオガタンの情事の後、リビングにいるヒカルたんとはどんな展開になるか、楽しみだ。

7名無しさん:2003/03/02(日) 11:33
プチヤマネコが機能しない時はここにうpしてもいいものだろうか?と問いかけてみる。

8名無しさん:2003/03/02(日) 12:32
>>7
それオレ賛成だな。ヤマネコ見れなくて寂しいよ。
ここでうpしてくれれば嬉しい。

9失楽園:2003/03/02(日) 13:36
じゃあ遠慮なく(w

10失楽園:2003/03/02(日) 13:37
 開け放たれたリビングのドアを潜ると、ソファの上に脚を組んで座る進藤ヒカルがいた。
そのいかにも健康的な色艶をしている頬が赤いのは、自分とアキラのセックスの様子を
彼が想像していたからに違いない。ただでさえ想像力が逞しい年頃である上に、我を忘れ
かけたアキラは奔放に声を上げていた。目を閉じて耳を塞いでも、このマンションがどれ
ほど防音設備が整っていても、掠れた嬌声は幻聴のように頭の中で何度も繰り返し響いて
くるはずだ。
 アレはそういう生き物だ。自分がそう仕向けそして躾けた。元来の生真面目さがアキラ
にとっては仇となり――緒方にとっては嬉しい誤算ではあったが――期待以上に成長した
インキュバス。それがアキラだった。
 緒方はドアに凭れ、自分にまだ気づかずにいるヒカルを見遣ると口の端を僅かに上げる。
こちらを確かに見ているはずなのに、ヒカルの視線は虚ろだった。
「マスターベーションでもしているかと思ったんだが」
 何気ない口調の一言にさえ、ソファの上に座った小柄な身体は大げさなほど激しく反応
する。教師に居眠りを注意されたときの同級生の仕草を思い出し、緒方はクックッと喉を
震わせた。
「流石にここでする男気はないか」
「――――っ」
 緒方の言葉を侮辱と取ったのか、ヒカルはギリと奥歯を噛み締める。
 大きな瞳に漲る怒りはしかし、緒方が室内に一歩足を進めると途端に弱くなった。

11失楽園:2003/03/02(日) 13:38
 緒方は気怠げにソファの前まで歩み寄ると、ヒカルの胸元に手を伸ばした。遠慮なく伸
ばされた緒方の手から逃れるように身体を捩ったヒカルは、ソファの背に背中をぴたりと
着けた。追い詰められた猫さながらに。
「ふぅん…怯えているのか?」
「……っ、誰が」
 ヒカルの喉元をゆっくりと指先で擽りながら、緒方は酷薄の笑みを浮かべる。アキラも
凛とした美しい眼をしているが、この子の強い眼差しもどうだ。まだほんの子供のような
のに…アキラの誘いを拒否できる強靭な意志さえ、この子供は備えているのだ。
「安心しろ、もうおまえには手を出さん。――喉が渇かないか」
「すっげ渇いた」
 一つ頷くと緒方は踵を返し、リビングと繋がっているキッチンへ向かう。
「オマエが飲めそうなものといえば、オレンジジュースとミネラルウォーターしかないが」
「両方欲しいや」
 こういった場面でのヒカルの遠慮のなさは、アキラには決してないものだった。だが、
その無遠慮さは子供らしくとても好感が持てるものである。ヒカルの希望通りに、緒方は
グラス2つと、冷蔵庫の中から取り出したボトルを持ちリビングへ取って返した。
 ヒカルは緒方がグラスに注ぎ手渡した水を一気に飲み干した。緒方が呆れ顔で2杯目を
満たすと、それも勢いよく傾ける。
 緊張し、そして泣き、身も世もなく喘いだのはほんの1時間ほど前のことだ。
 ヒカルの喉が常になく渇えているのは当たり前のことだった。

12CC</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/02(日) 14:01
じゃあオレもいいかな?
コレ、かなり(盤上もだけどw)自分の趣味に走りすぎた感があるんで
ここでうpさせていただく。あと、平安幻想異聞録のゲームをやったことないので
細かなところとかは設定が違うかもしれないのは勘弁。

13月の船(2)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/02(日) 14:09
part26
>>859

《孤独な陰陽師》

内密の指令は 苦もなく すぐ片付いた。
明は夜明けとともに任務の依頼を受けた貴族に事の結末を筆にしたため
て、すぐ文を出す。
そして自分の館に戻るため、朝日が顔を出すとともに牛車に乗る。
本当は式神の1人である銀夜叉に跨れば宇治から都までは一飛びなのだ
が、出来るだけ普通の人間らしく振舞おうとする明は牛車で帰る方法を
選択した。
異質な者との付き合いや、また その環境に長く身を置くと世間の常識が
分からなくなる事があるためである。

帰り道の途中、朝早くから畑で農民達が息を白く吐きながら歌い、畑仕事
に精を出している。その農民の中の1人の女は背中に幼子をくくりつけな
がら農作業をしていた。女を見ると まだ年若いが、子をあやす姿は母親
の役目を よく理解し、母性が滲み出ている。背中におぶさっている子は、
満ち足りた幸せそうな表情をしている。
明の耳に その女の子守唄が届いた。
明は母を知らない。母どころか父も兄弟の話を聞いた事がない。
物心ついた時には、すでに陰陽道の修行に身を投じていた。
明は知識は並外れ長けて豊かだが、どこか無機質で人間らしさが感じられ
ない雰囲気を醸し出すところがある。それは幼少時の育った土壌が原因で
あるのは明白なのだが、人と相容れなく、交わるのが苦手な明は常に冷淡
な印象を人に与えた。

14月の船(3)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/02(日) 14:10
一般的に人は親の愛情に触れて愛するという感情を覚えていくものだが、
明には その肝心な過程を得られなかった。
それは すなわち情を知らない事になる。情に触れることが少なかった
者は、人間関係に やや不器用なところがあるのが多い傾向にある。
明は愛情には関心がなく、自分には縁のないものと思っている節がある。
男と女は成長して成人になると自然の法則に習い、結ばれて子を成し、
血脈を絶やすことなく新たな命を この世に生み出す。
生きとし生ける者達のごく自然の道理の輪から逸脱している自分を以前
は特に何も感じなかった。
でも、今は違う。
もう二年も前のことになるが、都に多くの妖怪が現れて、近衛などの
多くの人達で命がけで妖怪討伐した時から自分の中の何かが変わりだし
た。あの時、初めて人の情に直に触れた。
近衛に自分の手を握られた出来事は、昨日の事のように今でも その情景
が鮮やかに脳裏に甦る。
明は賀茂一族から異端視されて、人の手ではなく幼い頃から式神達の手で
育てられた。だから、人の肌の暖かさを知らずに十年以上も生きてきた
経緯がある。
近衛の柔らかく暖かな手の感触は、明に大きな衝撃を与えた。
他人と一線を置いてきた明は、その時 初めて人と触れ合って生きていき
たいという人間として当たり前な感情が湧いた。暖かな手は、明の身の上
を改めて孤独なのだと心身に痛感させ、また自分の本心に気付く結果と
なった。

15月の船(4)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/02(日) 14:17
自分は愛情を最初から望んでいないのではなく、自分には縁の無いものと
諦めていたという事を―――。
心奥片隅で そんな自分を寂しい人間だと思ったりもする。
明は そんな自分自身をよく自覚していた。

──では、幸せとは どういうものだろうか。

明の思考は いつもそこにたどり着き、そこで止まる。いつまでも答えの
出せない問いに、暗澹とした気分になる。
牛車は、山里・宇治から平安京へと長く続く路を ゆっくり向かう。
都に着いたのは、すでに陽が傾き雲が桃色に染まり、茜色が空を埋め尽く
している時刻だった。
「賀茂様、館に着きました」
従者の声と同時に牛車は明の館に着き、敷地内で止まった。
「・・・ご苦労であった」
牛車と従者は、主人である依頼元の貴族の館へと帰っていった。
明の館は装飾少なく質素な造りで、寝食住さえ出来れば構わないという
館の主の趣向を見事に表している。また、敷地内には、これまた花々の
咲く木々など一つもなく、松などの針葉樹だけの殺風景な庭園であった。
平安時代の高貴な人々は、館や造園をお互い競って手にかけ、色艶やかな
四季の移ろいを上手く取り入れて優雅な王朝文化を築いた。
それらは、主の心模様を映し出しているといっても過言ではない。
花の一つも無い寂しげな庭園・質素な館は、明の心そのものを投影して
いるのかも知れない。以前は式神達を館の中に自由にさせていたが、今は
必要な時だけ呼ぶようにしている。なので、館には明が独りで住んでいる。
誰も自分を待つことのない館を改めて見ると、やりきれない感情が込み
上げてくるのを感じた。
内心 荒波の如く飛沫を上げうね狂う心を無理やり隅に追いやり、
無表情で つとめて冷静に明は振舞う。そんな部分も長年に渡って形成
された心の有様である。
そんな自分を また改めて愚かだと明は思う。

16トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/02(日) 15:04
(40)
アキラは、口の中で急激に大きくなったヒカルの分身に対応しきれずに、息苦しくて
一度口を離して大きく息を吸った。ヒカルの亀頭は、薄暗い中でもピンク色に艶々して
いるのが分かる。アキラが舌を出して、裏筋をスーッとなめると、刺激を悦ぶように
ヒクヒクと陰茎が揺れ、ヒカルの声が大きくなって下腹部に力が入るのが分かり、
さらにアキラを駆り立てる。
息を整えたアキラは、再び刺激を待ち望んで震えている陰茎全体を口の中に収めた。
歯が当たらないように、喉の奥を開くようにして咥え込み、弾力のあるヒカル自身を、
目を瞑って味わう。
鼻先にはヒカルの柔らかい茂みが触れ、甘酸っぱい匂いがして更に五感を刺激する。
アキラは夢中で初めてのヒカルの分身を味わっていた。唇にキスをしてヒカルの舌を
捕らえた時とは違った一体感があり、より深くヒカルを手に入れられるような気がした。
アキラの口の動きに合わせるように、ヒカルの声も大きさを増していく。一回目に
アキラの手によって果てた時と違って、声の中に震えが混ざっており快感の深さを
感じさせる。その声を聞きながら、アキラは一直線に動きを加速させた。口の中に
入り切らない根元の部分は右手を使って早い動きで扱き、口は比較的柔らかく吸い
上げるように出し入れする。
アキラの唾液と舌の動きで『ジュルッジュルッ、ビチョビチョッ』と淫猥な音が部屋中に
響き渡っていた。
その音に二人はさらに煽られて頂点に向かって走って行く。ヒカルは苦しいのかと
思わせる喘ぎ声を出し続け、アキラの髪を掴んで押し付けるようにして自らも腰を
動かして快感を貪っていた。
フィニッシュが近い事を感じたアキラは、左手をヒカルの腰から胸に回して、硬く
なっている突起を捕らえて摘みながら、口の動きを加速した。
ヒカルは喘ぎながら頭を打ち振り、一瞬体を硬直させるとアキラの髪を強く掴みながら
泣きそうな声を出す。
「・・トーゃぁっ、出ちゃう・・・・トーゃぁぁ!ん・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
アキラの口の中でヒカルの分身は悦びの証を放出した。

17トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/02(日) 15:05
(41)
喉の奥に放出されたその液のためにむせて、アキラは一瞬胃の中の物が逆流しそうに
なったが、それを何とか押し戻し、ヒカルから断続的に放出される精を、喉を鳴らして
飲み込んだ。

連続して与えられた刺激に、ヒカルは完全に虚脱状態だった。
体の力が抜け切っており、汗ばんだ身体の周りは熱気が揺らめいていた。
暫く大きく肩を上下させて呼吸を整えていたが、立て続けの放出の余韻から徐々に
醒めると、やっと思い出したようにアキラの頭を軽く撫でながら話しかける。
「トーヤぁ・・・・・・、トーヤぁ?」
「・・・・・・・・」
「トーヤぁ、なぁ、トーヤ?」
そう言いながら、自分の股間に顔を埋めているアキラの頭を揺すった。
だが、アキラはヒカルの分身を咥え込んだまま、全く動く気配が無い。ヒカルは心配に
なって何度も声をかけるが、聞こえてくるのは荒い息遣いだけだった。
「トーヤ?どうしたんだよ?トーヤ、大丈夫か?」
ヒカルは自分の胸に当てられているアキラの熱い左手を握り締めながら、もう一度頭を
揺らしてみるが、アキラは顔を上げようとしなかった。

アキラの頭の中は霞がかかっているようにぼやけており、口の中で小さく脈打って
いるヒカルの分身を感じながら、別世界を漂っている気分だった。
───もっと、もっと、もっと、もっと、もっと・・・・・・・・・
頭の中で呪文のようにこの言葉が反復しているが、それ以上先の言葉が見えて来ない。
ヒカルの自分を呼ぶ声が遠くで聞こえるが、せっかく口の中にある愛しいヒカルを
手放すと、何もかも失うような不安が襲って来て、顔を上げる気にならなかった。

18名無しさん:2003/03/02(日) 18:38
小説ありがと〜!
自分もヤマネコがポシャった時にここを使うのはありだと思うよ。

19名無しさん:2003/03/03(月) 00:33
なんかプチ荒れてるようなので、ここに新作うpさせて下さいです…

20碧の楽園−1:2003/03/03(月) 00:37
今日は久しぶりに碁会所で、アキラとヒカルは一局打った。
打ち始めた時は碁会所も閑散としていたが
終局の頃にはギャラリーも増え、賑やかになっていた。
その場で軽く検討をしたが、周りが賑やかすぎて話が進まず、
結局その場は一旦切り上げて、アキラの家で続きを再開することになった。

塔矢邸への道すがら、検討の途中ではあったが、碁盤を離れていると
自然と話題は他愛ない日常の話になった。
ヒカルは、あかりにせがまれデパートで買い物に付き合った話をした。
「あいつ、彼氏が出来たらしいんだけど、プレゼントが選べないから助けて、
 とか言ってきてさー。
 でも、デパートなんて行くの久しぶりだし、なんか居心地悪かったー。」
ヒカルは頭に手をやり、ばつ悪そうに笑った。
アキラはふと、ヒカルの周りの空気に心地よい違和感を感じた。

21碧の楽園−2:2003/03/03(月) 00:39
アキラの部屋は、殺風景にさえ思える程に物がない部屋だが
唯一、書棚には沢山のファイルが並んでいた。
ヒカルは、その中から自分の名前が貼られたファイルを手に取った。
中には棋譜が納まっていた。随分たくさんあるようだ。

「おまたせ」
アキラがカップを二つ持って部屋に入ってくる。
「サンキュ。ね、塔矢、これ……?」
「あぁ、棋譜?」
「俺の棋譜って、こんなにないと思うんだけど?」
アキラと違いヒカルは、公式戦で棋譜が残るほど上位の予選までは
まだ食い込めていない。

「ボクと打ってるだろ。うちとか、碁会所とかでさ。」
「えー、そんなんもいちいち取ってるのかよ!」
「当たり前だろう。それよりキミは棋譜残してないの?」
アキラは持ってきたカップを置き、ヒカルのすぐ隣でページを繰る。
ほら、この間のやつだって、と開かれたページは、
確かに前回手合わせしたときのものだった。
この分なら、さっき碁会所で打ったやつも後で足されるに違いない。

22碧の楽園−3:2003/03/03(月) 00:40
「進藤、なんかいつもと匂い違うね。シャンプー変えた?」
「あ、分かった?実は香水つけてみたんだけど・・・どう?」
「どう、って……?香水って?どうした?」
アキラは驚きで、一瞬目をしばたたかせた。
「うんまぁちょっとさ。それより、どう?俺結構気に入ってんだけど」
ヒカルは満面の笑顔でアキラの顔を覗き込んだ。その瞳は嬉しそうに輝いている。
本当に気に入ってるんだな、とアキラは嬉しくなり、笑顔を返した。
でもなぜ、香水をつける気になったんだろう?
一瞬のうちにいろいろな可能性が逡巡した。
アキラは笑顔のままだったが、ヒカルはアキラの瞳の混乱を見て取った。
アキラの両頬に手を伸ばし、アキラの額を自分の額に引き寄せた。
「いつ、気がついた?」
アキラは、ヒカルからはっきりと立ち上る、慣れない香りに少しむせた。
「今さっき。でも、うち来る途中でなんかちょっと違和感あったんだけど。」
「打ってるときは、気づかなかったんだ…?」
ヒカルの口調はさらに穏やかだった。アキラは軽く頷いた。

23碧の楽園−4:2003/03/03(月) 00:40
「塔矢、これ、この匂い、俺達だけの秘密な。」
「秘密?って??」
「うん・・・香水にもいろいろあって、これは、俺と、俺の腕の中の人にしか匂わない
 オレの腕の中の人のためのもの、だから。」
ヒカルは、あかりにせがまれ連れていかれたデパートで見た、
クレオパトラか楊貴妃のような迫力の、オリエンタル美人の店員の言葉を
聞いたままになぞった。

「腕の中の人、って、ボクの他に何人居るのかな・・・?」
アキラはすこし意地悪しようと思い、わざと不安げに囁いた。
「なんだよ、それ・・・」ヒカルはぴくりと身を堅くした。
「塔矢のほかに居る訳ないじゃん・・・!これだって、塔矢のために選んだんだぜ?
 でも、塔矢が嫌なら、もうつけないよ」

アキラは返事の代わりに、ゆっくりとヒカルを抱きしめて顔を埋め
深呼吸してヒカルの香りを確かめた。
それは甘くてすがすがしく、それでいてしっかりした花の香りで、
遠い南国の、穏やかに澄んだ青空や海を思わせた。
進藤らしい匂いでもあり、らしくない匂いでもあったが
暖かさを感じさせる、心地よい香りだった。
香りに引き寄せられるままに、アキラはヒカルにキスをした。
ヒカルの体温が、いつにも増して暖かく、心地よかった。
やさしく何度もキスを重ねながら、瞼の裏に、碧の楽園を垣間見た。

24トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/06(木) 00:54
(42)
心配になったヒカルが、自分の身体を持ち上げるようにしてアキラの頭を両手で
掴もうとしたが、サラサラとした固い髪がアキラの意思に従うように邪魔をして、
ちゃんと持ち上げる事が出来ない。
それでも身体を何とかアキラから離そうとして腰を少し動かした瞬間、アキラは再び
弾かれたように勢い良く口と舌を動かし始めた。

「!やっ!!やめろ!放せ!トーヤ!・・・・・うっ、やめろってば・・・ぁぁぁ!」
ヒカルは無理やり与えられる刺激に一瞬眉をひそめながら、何とか逃れようと腰を
移動させる。
ズボンと下着が太腿に絡み付いているので、上手く足を動かす事が出来ない。
無理に動かした足が障子に当たって、ドタンと大きな音をたてたので、驚きで二人の
動きが一瞬止まった。アキラが怯んだ隙に、ヒカルはさらにアキラの髪を掴んで
ひっぱり上げながら腰をずらして行くが、自分の大事な部分を咥えられているので
腰が思ったように動かず、結局横に倒れる姿勢になってしまった。アキラもヒカルの
動きに合わせて身体を捻ったのでやはり倒れ込む姿勢になったが、それでもヒカルの
分身を口から離す事は無かった。
───もっと、もっと、もっと・・・・・・・離さない、絶対に離さない・・・・・・・

アキラは夢中でヒカルの分身をしゃぶっていた。さっきのヒカルの反応で、感じる
所は分かっていたので、そこを重点的に舌で嘗め回し吸い上げると、たちまち固く
なり容量を増してきた。アキラの的を射た舌の動きに、ヒカルは堪らず声を上げた。
「うっっ、トーヤぁ、ダメだってばぁ・・・・・・うぅっっっぅ・・・あぁぁ!!!」
ヒカルは逃れる事を諦めてバタリと頭を畳に落とすと、新たな快感に身を委ねる。
気がつくと、目の前にアキラの下腹部があり、仄かな明かりの中でも、チャックの
部分が盛り上っている事が見て取れる。
ヒカルが左手で盛り上っている部分に強く触れると、アキラが大きく反応した。
「うググっっ、んっっっ!!」
その声を聞いたヒカルは、上体をさらにアキラの下腹部に近づけてチャックに手を掛けた。

25トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/06(木) 00:56
(43)
ひたすらヒカルの分身にしゃぶりついていたアキラは、首から上がひどくのぼせて
いて思考能力が低下しており、身体の感覚も鈍くなっていた。いきなり下半身を
ヒカルに触れられて忘れていた自分の分身の感覚が急激に蘇って来た。

ヒカルがチャックを開けようとする動きに、ヒカルの意図を察して、アキラは逃れ
ようと必死に下半身を動かし始めた。アキラは、一度放出して精液にまみれた自分の
分身をヒカルに見られたく無かったし、昂ぶったソレは触れられたらすぐにでも果てて
しまいそうだったからだ。
アキラは何よりもヒカルを味わうことに固執していた。
二人の横たわった身体は、畳の上でモゾモゾと下腹部を追いかけて這い回っていたが、
ヒカルはアキラの腰を左手で強く押さえ込んで、
「動くなよ、トーヤ!」
と声をかけると、素早い動きでチャックを開けて、中の陰茎を引っ張り出し、迷わず
咥え込んできた。
「!!グググっっ・・・・・ぅんガぁぁぁぁ!・・・・・」
アキラはヒカル自身を咥え込んだまま悲鳴を上げた。今まで味わった事の無い快感に、
全身から汗が噴き出して、のぼせた頭がさらに熱くなり、涙が溢れてくる。
ヒカルが自分の分身を咥え込んでいると思うだけで、アキラはすぐにでも果ててしまい
そうになるが、神経を自分の舌にだけ集中する事によって、なんとか踏み止まっていた。
アキラは、今まで以上に舌を使ってヒカルの男根を嘗め回し、口による抜き差しを繰り
返していた。アキラが強く吸い上げると、ヒカルも負けまいと吸い上げる。アキラが
激しく抜き差しすると、ヒカルも同じように激しさを増す。アキラが右手で根元を強く
擦るとヒカルも真似をして擦る。
「うググぁぁぁっっ!!!んグっっっっ・・・・・!!」(ビチョビチョ、ジュルジュル)
「グぅぅぅぅんグっっっ!!うグぅぁぁっっ・・・・・!!」(グチョグチョ、ブチュブチュ)
お互いに自分自身の陰茎を咥えている錯覚に陥りながら、二人自慰行為に溺れて行った。
静かな部屋に、二人の呻き声と淫猥な音が混ざり合って木霊する。

26失楽園:2003/03/08(土) 15:07
「先生もオレンジジュース飲むの?」
 グラスをテーブルに置いたあと、思い出したようにヒカルが顔を上げた。
「いや…。彼が飲むだろうと思って」
 二人の間に、沈黙が落ちる。今まで喋っていたのはこの沈黙を避けるためだったのかと
思わずにいられないような沈黙だった。
「……彼、ね」
 ヒカルはぼそりと繰り返し、まだ栓を開けられていないトマトジュースにしか見えない
真っ赤な液体の入ったオレンジジュースのボトルを見遣る。
 緒方がこれを買い置いているのはたまたまだったのか、それとも『いつかあるかもしれ
ないアキラの訪問』に備えてだったのか、そう信じたい自分の希望を満たすためだったのか。
 ヒカルには判らないでいる。そして、ヒカルが見ているものを無表情で眺めている緒方も
その真意を解らないでいるに違いなかった。
「緒方先生…アイツは?」
「――シャワーを浴びてる」
「そっか」
 緒方とアキラが今まで寝ていたことは今更疑いようのない事実だった。緒方の少し乱れた
髪や、スラックスの皺や匂いがそう知らしめている。
 アキラを再び捕らえたことを、ヒカルに無言のうちに見せ付けている。
 自分でアキラの手を拒んだはずなのに――ヒカルはそれらを複雑な思いで見ていた。

27トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/10(月) 20:37
(44)
先に根を上げたのはヒカルだった。すでに二回、アキラによって到達させられていたが、
アキラの巧みな口撃に三回目の限界を迎えようとしていた。口の中でそれを感じた
アキラは、自分の神経を下半身に集中させて、ヒカルの愛撫を全身で感じる事にした。
生暖かく柔らかい壁に包まれて刺激されるアキラの分身は、極楽界に居るようで、全身が
震えて今まで以上に汗と涙が溢れてきた。
お互いに、自らの腰も動かして最後の快感をむさぼり合い、絶頂へと到達した。
「!ん!グうぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「!うぅ!ん!うぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
二人はほぼ同時に、くぐもった嬌声を上げた。
ヒカルは嬌声と共に口を半分開けてしまったので、放たれた精を全部は飲み込めずに、
口から頬にかけて白濁液を流しながら顔をアキラの分身から離して大きく空気を吸い
込み、何もかも弛緩した状態で横たわった。
アキラは、ヒカルの分身を咥えたまま吐き出された精をうまく飲み込むと、急激に
身体が重くなるのを感じて意識が朦朧として来たが、口の中で脈打つヒカルの分身が
愛しくて仕方なく、意識が無くなる直前まで舌を動かして舐めまわしていた。

暖房を入れていない部屋の中は、それでも二人の熱気でむせ返っており、静かな部屋の
中には二人の息遣いと柱時計の振り子の音だけが響いていた。
一体どれ位の時間、二人は横たわったまま意識を飛ばしていたのだろう。
最初に動いたのはヒカルだった。そしてアキラの息が下腹部に触れることで、アキラが
まだ自分の分身を咥えたままでいる事に気付いた。
「なぁ、トーヤ・・・・・・トーヤ?」
そう言いながら上体を起こしてアキラを見ると、アキラは黙ってヒカルの股間に顔を
埋めていた。
「おい、聞こえるか?トーヤ?トーヤ!・・・・・・トーヤってば!」

28トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/10(月) 20:37
(45)
アキラは意識を失っているのか眠っているのか自分でも定かではなかったが、夢の中を
漂っているようで重かった体がふわりと浮いているような気分だった。
他の人間が触れることの出来ないヒカルの身体の一部分を手に入れた事で、刹那的な
満足感で一杯だったが、何か言い知れぬ物足りなさを感じてもいた。
ヒカルの淫靡に輝く眩しい顔が目の前をグルグル回って誘っているのに、抱き締める事が
出来ずに、もどかしい気持ちで追いかけているような気分だった。
遠くから自分を呼ぶ声がして、だんだん意識が現実に戻って来る。あれ程熱かった身体も
冷めて来て、部屋の空気を寒いと感じるようになっていた。
大好きなヒカルの自分を呼ぶ声が段々はっきりと聞こえて来た。

ヒカルは心配になって大きく体を動かそうと下半身に力を入れて横に動こうとした。
その瞬間、アキラは条件反射の様に口の中のモノを奪われまいと、強く噛み付いて来た。
「うわぁぁ!痛ってェ!!!バカ!!何すんだよ、痛いだろ!!やめろよ、塔矢!!」
強い口調でヒカルに怒鳴られて、やっと完全に意識が戻ったアキラは、慌てて顔を上げた。
アキラは下を向いたまま声を出す。
「ゴ・・・・ごえん・・・・」
「??塔矢??」
アキラはずっと口を開いてヒカルの分身を咥えていたので、顎がガクガクになっており、
口を閉じる事が難しく、言葉をちゃんと喋る事が出来なかった。
二人は起き上がって向かい合った。
情けないアキラの顔を近くで見て、ヒカルは大声で笑い出す。
「ウッヒャヒャ!!お前のそんな顔、始めて見たぜ。アッハハハハ」
「ヒ・・・・ひろい・・・・」
「そんな泣きそうな顔する事ないだろ。どれ・・・・」
ヒカルは穏やかな表情でアキラの両顎を手のひらで押さえて、軽く撫で回した。
「お前、やり過ぎなんだよ、もう、全くさぁ・・・・・・ほら、ちょっとゆっくり口を閉じて
みろよ」
「あん・・・・あ、ううぅぅ・・・いたっ・・・・」

29失楽園:2003/03/11(火) 22:15
 喉の渇きは未だ収まらないでいる。
 赤いオレンジジュースを飲みたいと言ったら、緒方はどうするだろう。勿論ここに持ってきてく
れているということは、自分が飲んでもいいということなのだろうが、それは塔矢のために取って
おくべきものなのかもしれない。緒方の塔矢へのメッセージが隠されているかもしれない。
 ヒカルは纏まらない頭で色々なことを目まぐるしく考える。取り留めのないことを考えるのは
小さいころから得意ではなかったが、偶には考えなければならないこともある。
 アイツがいなくなったときだってオレはたくさん考えた――そして折り合いをつけることができた。
 たくさん考えて、自分の中で納得させて。その繰り返しが人生というヤツかもしれない。
「ねえ先生」
 ヒカルは隣にどかりと腰を下ろした緒方を見上げた。日本人離れした彫像のような横顔を緒方は
持っている。確かにカッコいいのは認めるが、どことなく爬虫類を思わせる目は好きになれない。
 それでも、緒方はヒカルの窮地を助けてくれた。初対面のときはやたらと大きくて怖いイメージ
しかなかったのに、ヒカルが緒方に対して臆することがなかったのは、院生試験を受けられるよう
口添えしてくれた緒方を”思ったほど冷たい人ではないのだ”と認識したからなのかもしれない。
「――なんだ」
 いつも自信に満ち溢れ、滑舌がハッキリしている緒方には珍しく、疲れきったような溜息交じり
の応えがあった。ヒカルは気後れしたようにテーブルのグラスを手に取る。待っていても緒方はお
代わりの水を注いでくれそうになかったから、ヒカルは氷が溶けたあとの水を一口飲んだ。
「あのさ、先生さぁ…」
「なんだと聞いているだろう。アキラくんに聞かれたくない話なら、さっさと終わらせろ」
 だらしのない喋り方は好かん。緒方は吐き捨てるように呟くと、足を大きく組み、膝の上で頬杖
を付いた。顎を上げ、上からヒカルを見下ろすように視線を投げてくる。

30失楽園:2003/03/11(火) 22:15
 緒方に至近距離で睨まれたのは初めてだった。
「さぁ、オマエが馬鹿じゃないんなら簡潔に言ってみろ。何が言いたい?」
 与えられる視線のその冷たさにヒカルは唾を飲み込んだ。
「――っ、じゃあ言うけど、先生さ、塔矢のこと、すき、なんだろ?」
 好きという単語を口にすることにもヒカルは慣れていない。つっかえつっかえ紡いだ言葉だったが、
蔑むような視線を放つだけだった緒方の眼は虚を突かれたように見開かれた。
「自分じゃ隠してるつもりなのかもしれないけど、オレには解るよ」
「好き――か…」
「何で笑うんだよ」
 ヒカルは頬を膨らませた。俯いた緒方が突然笑い出したからだった。
 緒方は一頻り肩を揺らして笑った後、仮の話だがと前置きして顔を上げた。
「オマエの手元にオモチャがあるとする。ずっと欲しくて、欲しくて…ようやく手に入れたオモチャ
だ。だが、どんなに大事にしていてもやがて飽きる。それは避けられようがないし仕方がない。
――オマエならどうする?」
 仮の話だと言われても、緒方が例える『オモチャ』が何を指すのか、判らないわけではなかった。
だが、ヒカルはその問いに上手く答える術を持たないでいる。
「どうする……っていったって、いつか飽きたら仕方ないじゃん」
 飽きることを認識する前に、その存在を忘れてしまうのが普通だ。そもそも玩具に飽きたからと
いって一々悩んだこともヒカルにはなかった。
「オレは、飽きていつのまにか失くしてしまう前に必ず壊した。オレの手でだ」
 ヒカルは緒方の手を見つめた。いかにも棋士らしい整った爪先を持った指は、しかし節は太く
手の甲には幾筋もの血管が浮かんでいる。手だけではない。鍛えた身体なのはその服の上からでも
容易に判っていた。
「まさか、塔矢も…?」
「……彼もいつかは、セックスを覚えるだろう。彼がいつか誰かの手に触れられ、そして汚される
しかないのだとしたら――、彼を汚すのはオレでありたかった」

31トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/17(月) 20:16
(49)
戻ってきたヒカルは、コートとバッグを拾い上げて身につけながらアキラを見ずに言う。
「やっべー。もうこんな時間だったんだな。早く帰って来いって怒られちゃったよ。
明日は学校にも行かなくちゃいけないし、オレ帰るわ」
「・・・そうだね。駅まで送るよ」
「大丈夫だよ、一人で」
「きっと道が分からないよ。来る時はけっこう裏道を通って来たし、その方が早いから
送るよ」
「そうか?悪いな、塔矢」

隣家の横にある細い脇道を抜けて、駅に向かって二人は歩いていたが、どこかぎこちなく、
そこはかとなく緊張感が漂っていた。
肌を触れ合った事による気恥ずかしさもあったが、ヒカルがアキラのPCを意識した事が
大きな原因である事を二人とも十分に分かっていた。
アキラは、少しでもヒカルを手に入れた気持ちになっていた自分に腹立ちを覚えていた。
───そう、キミには大きな秘密がある。それをまだボクに明かしてくれていない。
視界の中に入るヒカルを横目で見ながら、アキラは出来ることならここでヒカルを問い
詰めたかった。
───キミとsaiはどういう関係なのだ?saiはキミの何なのだ?
今のアキラにとって、saiが誰であるかよりも、ヒカルとsaiがどんな関係にあるのか
という事のほうが何倍も気になるのが本音だった。
出会った頃のヒカルの打つ碁がsaiであると感じていたが、最近は現在のヒカルが彼の
全てだと思うようになっていた。そしてアキラにとって、今のヒカルが何よりも大事な
存在であるために、saiの事には蓋をして、いつか話してくれると信じながら心の奥底に
閉じ込めていたのである。
それが思わぬ形で蓋が開いてしまい、新たな疑念が湧いてくる。
───キミにとってsaiはそれほど大事な存在なのか?saiと何を共有しているのだ?

32トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/17(月) 20:17
(50)
喉まで出掛かる言葉を飲み込みながら、アキラの頭の中に、ヒカルがほんの少し前に
薄暗い部屋の中で見せた嬌態と、PCを見て強張らせた顔が交錯していた。
ヒカルの身体は敏感で、触れる所全てに驚くほど反応してアキラを酔わせた。
まるで人肌に接するのに慣れているかのように・・・・・。
───ま、まさか・・・・・キミとsaiは肌を触れ合わせるような関係だったのか?!
そう思いついた途端に、アキラは鳩尾で異物がざわめくのを感じて嘔気がして来た。
心拍数が上がり、握り締めた手が震えて来る。
───そんなはずはない・・・・経験があるようには思えなかった・・・・いや、自分に経験が
無いから分からないだけかも知れない・・・・経験があったとしても、相手は女性かもしれ
ない。saiは女性か?・・・・まさか・・・・それは考えにくい。それにキミは触れられる事に
敏感な気がする。経験があったとしても構わないが・・・・いや、キミに触れた事がある
人間が居るなんて考えたくない・・・・だが、もしそれがsaiだとすれば、今saiはどうして
いるのだろう?キミが手合いに出て来なかった事と関係があるのか?それ程親しい関係
なのか?進藤!!教えてくれ、saiとキミの関係を!!
アキラは考えれば考える程息苦しくなってくる。存在すらはっきりしない相手に、激しい
嫉妬を感じて心が千千に乱れ、さっき触れ合ったばかりのヒカルが信じられなくなり、
さらにそんな自分に自己嫌悪していた。
ヒカルを失うのが怖くて直接聞くことなど到底出来ない。

少しでもさっきの温もりを感じるために、アキラはヒカルの手を取りたかったが、
ヒカルは両手をポケットの中に入れており手を伸ばしただけでは触れる事が出来ない。
ヒカルが意識して手を隠している訳ではないと思っても、拒絶されたようで心がさらに
落ち込んでいく。

33○○アタリ道場○○(4)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/19(水) 00:54
<おかっぱの国から2003・春ノ巻>

お父さん、だんだん日差しが暖かくなってきました。
ボクは今、日中韓ジュニア北斗杯真最中です。
北斗杯は5月に行われるのに、なんで春なんだというツッコミは
さておき・・・。ボクは毎日、進藤と社のお守りで大変です。

進藤は韓国戦の大将をやりたいと駄々をこね地団駄して、倉田さんに
ラリアートを一発喰らわしました。
そして、挙句の果て何故かホテルロビーでパラパラを踊りだしました。
まったく、彼の行動は いつも意味不明で不可思議な人物です。
社は社で、よく壁に向かってブツブツと1人ボケ突っ込みをかまして、
自分のネタに自分で大うけしています。
・・・・・・疲れます。

あと お父さん、緒方さんの行方は分かったのでしょうか?
緒方さんが行方不明になる前に最後に会った時、
「アキラくん、男は夜の生活に いつも勝利するためは、ひたすら日々
修行僧のように励まなければならない。
そして、腰は男の命だから大事にしろっ!!!」
と、言っていました。
何故か そのセリフを言った緒方さんの背中は、どことなく哀愁が漂って
いました。
ボクは緒方さんのセリフがイマイチよく分かりません。でも、ボクなりに
考えてみました。

34○○アタリ道場○○(5)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/19(水) 00:56
確かに碁を究めようとすれば、毎日が修行のようなものだと思います。
それに長時間の正座は、腰に負担がかかるのも確かです。
緒方さんのセリフには、本当に つくづく考えさせられます。
さすが緒方さんだなあと思いました。

・・・・・・・ああ お父さん。
ちょうど今、進藤が寝ながらホテルの部屋からゴロゴロと音をたてて
勢いよく廊下に転がってきました。
そして階段からドカドカと落ちています。←現在進行形
また、社の部屋から
「はもяもおおお%う?おぉぉж醞あああぁぁほが――――――――――――――!!!!!!」
という雄たけびが聞こえます。
寝言のウルサイ奴です。

はあ・・・、またボクは見なくてもいいものを見てしまいました。
眼前で、中国チームのメンバーがコマネチをしながら廊下を横切って
います。
さらに今度は、韓国チームのメンバーがレストランのテーブルの上で
生け花を始めました。
・・・ホント、疲れます・・・・・・。



お父さん・・・・・・、もう春ですねぇ・・・・・・・・・。
(おかっぱの国から2003・春 おわり)

35トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/21(金) 22:40
(51)
二人は殆ど会話をしないまま駅に着いた。
アキラが足を止めるとヒカルが振り向き、久し振りに視線を合わせた。アキラの顔を
見たヒカルは少したじろいでいるようだった。それだけ、アキラの表情は固く鬼気迫る
様相だったからだ。
それを感じたアキラは無理をして笑顔を作り、疑念を取り払った本当の気持ちを伝える。
「今日は来てくれて嬉しかった・・・・・」
そう言いながらヒカルの手に触れたくて腕を前に伸ばしかけるが、ヒカルはポケットに
手を入れたままでアキラの顔を見ている。笑顔のアキラの顔を見て、少しホッとした
ヒカルは真剣な表情で答える。
「うん・・・・・あのさ、塔矢・・・・・」
アキラの心拍数が激しく上がり表情も再び固くなる。
「何?進藤」
「・・・あ、いや、別に・・・・・じゃあ、またな」
と、言いながらヒカルは体を翻して足早に改札口に向かって行った。
その後姿は、さっき部屋で抱き締めていた人物とは別人のようで、アキラは無性に寂しく
切なく、結局ヒカルの何も手に入れられなかったような虚しさに襲われる。
ヒカルは振り向きもせず歩いて行く。背中のバッグだけが揺れながらアキラに手を振って
いるように見えて、思わず軽く手を上げてそれに応えた。
アキラの視界からヒカルが消えても暫く動かず、脳裏に浮かぶプラットフォームに立つ
ヒカルを見続けながら想う。
───キミを絶対に離さない、誰にも渡さない、誰にも触れさせない・・・キミの全てが
欲しい・・・キミの身も心も何もかも手に入れたい。

家に帰ったアキラはPCの前に座って暫く放心していた。
さっきまでこの部屋に居たヒカルの残り香を感じながら、今日の対局の事、緒方に浴びせ
かけられた言葉、そしてヒカルの事を考える。色々な事がありすぎて心の整理がつかない。
疲れていたからか、アキラはそのままウトウトと眠ってしまった。

36トーヤアキラの一日</b><font color=#FF0000>(3kp4n9f2)</font><b>:2003/03/21(金) 22:40
(52)
目が覚めるとヒカルが側に立っていて、碁を打とうと誘ってくる。久し振りの対局に心を
躍らせて碁石を持って打ち始める。お互いに息もつかせず物凄い速さで打ち続け、
アキラがやや優勢の盤面で、ヒカルは大きな音をたてて黒石を打ち込んでくる。それは
見事な一手で百戦錬磨のsaiを思わせる打ち回しだ。驚いたアキラがヒカルの顔を見ると、
ヒカルは声を出して笑いながら立ち上がり『ヘヘヘ、じゃあ、またな塔矢。オレsaiの所に
行くから』と言って金色の前髪をなびかせて楽しそうに走っていく。『待て、進藤!対局は
終わってないぞ!待て!待ってくれ!』
アキラは机をドタッっと叩きながら「進藤!!」と叫び起き上がった。
───夢か・・・・・・・。

アキラはPCの電源を入れた。
目的は、ヒカルと肉体的にさらに深く結ばれるために、おぼろげな知識をさらに確実に
するためだ。
今まではその未知の行為にそれ程の意味があるとは思っていなかったのが事実だ。
最初は抱き締め合えば満たされると思っていたのに、キスをしても、素肌に触れても、
二人で慰めあっても、身体に渦巻く欲望は満たされ尽くす事は無かった。
もっとヒカルの乱れる姿が見たい、自分の名前を漏らしながら喘ぐ声が聞きたい、
ヒカルを自分の手で溺れさせたい、全てを知り尽くしたい。
ヒカルの心を全て掴もうと思っても、ヒカルは秘密を打ち開けてくれず壁を作っている。
それだけは今のアキラにはどうしようもない事が分かった以上、せめて肉体だけでもより
深く手に入れたいとアキラは強く思った。

37</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/22(土) 23:39
プチ荒れてるから、今日はこっちでうpするよ。
プチ避難所の397たんの意見にオレは同意。

38盤上の月(49)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/22(土) 23:43
対局は終了した。
アキラの5目半勝ちだった。ヒカルはジッと盤上に視点を落としていて動かない。
いつもは憎まれ口の一つや二つを言うのが当たり前なのに、今日は ただ静かに黙っている。
明らかにヒカルの様子が普段と違う事にアキラは不思議に思った。
「進藤、いったい今日は どうしたんだ?
いつものキミらしくないし。何かあったのか?」
その時、ヒカルは今日初めてアキラの目を真正面から見据えた。ヒカルの目は、何処か強い怒りを
含んでいるようにアキラは感じた。
何故そのような目で自分がヒカルに見られるのか、アキラは まったく分からない。
「──塔矢、お前に話があるんだ」
「話?」
ヒカルは店内を気難しい表情で見回す。
「ここではできない・・・・。外へ行かないか・・・?」
「・・・それは別にかまわないが・・・・・・」
ヒカルが何を考えているかアキラには全然理解出来ない。分かる事といえば、今のヒカルは
何らかの事に強く動揺しているという事。それは今の盤上の一局で分かる。
何かに酷く心揺れているような、少し不安定で危なげな石の流れ。迷いの手の数々。
明朗活発な いつものヒカルの碁らしくない。
アキラとヒカルが碁会所を出た途端、店内がザワザワと騒然になる。常連の客達は、いったい何が
起こったのかと次々と話し始める。今までの二人のやり取りをよく知る常連客の一人である広瀬は
困惑した表情を晴美に向けた。
「市河さん 今日の進藤くん、なんか様子がおかしかったね。それに終局まで対局中にあの2人が
一言も口を聞かなかったことってなかったよね?」
「ええ、そうよねぇ・・・」
何が起こったのか晴美には分からない。晴美の胸に、何かこれから大変な事になるのでは
ないか・・・・・・という一種の胸騒ぎがした。

39盤上の月(50)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/22(土) 23:45
アキラとヒカルは、碁会所を出て近くの大きな公園に行き、噴水前のベンチに座る。
空は晴れ渡り透き通るような青空が広がり、噴水の水の粒は光に反射してキラキラと白銀に輝く。
柔らかな日曜日の午後がゆっくり流れる中、二人の間には張りつめた空気が辺りを包む。
ヒカルは一向に話し出す気配を感じさせなく、ただ黙って眼前の噴水をジッと見ている。
時間だけが流れて らちが明かないので、アキラから話をきり出す。
「進藤、話とは何だ? 黙っていても何も分からないだろ」
「・・・・・・・・・」
ヒカルは無言でアキラの方を見た。
「──お前、本当に何も覚えていないのか?」
「またそれか。いったい何のことだ?」
ヒカルは また黙ってアキラの顔をじっと睨むように見る。最初 ヒカルの表情は怒りに満ちて
いた。が、次第に目には悲しみの色を帯び、徐々に悲痛な表情に変わっていく。
──対局では何食わぬ澄ました顔をして碁を打つ。でも この前は目をギラギラさせて欲情し、
オレに抱かれようとする・・・・・・。
いったいどっちが お前の本当の姿なんだっ!?
普段は穢れなど一切知らない清廉潔白な印象で、威厳ある雰囲気を纏うアキラ。
でも、熱を持ち濡れた蠱惑的な瞳でヒカルを見つめ、白い肌を惜しげなく全てヒカルに預けようと
するアキラ。どちらも塔矢アキラという人物の持ち合わせている一面である事に、ヒカルは
恐ろしくなる。
どんな人間にも表の顔と裏の顔の二面性があるのは、ヒカルにも理解できる。もう何も知らない
無垢で幼い子供ではない。厳しい勝負の世界に生きる事を定めた人間でもある。
だが、アキラは強烈な光と闇を持つ。それらが深く交じり合い混沌とする性質を ごく当然に最初
からそこにあるかのようにアキラの中に存在している。それは あまりにも自分とは違う異質な
ものだとヒカルは感じる。
ヒカルはアキラの顔から自分の足元に視線を移し、左右に頭を振る。そして目を瞑った。

40○○アタリ道場○○(6)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 02:51
<お袋おかっぱノ巻>

「じゃあ行ってくる。戸締りは、気を付けるんだぞアキラ」
「アキラさん、後は お願いね」
「はい分かりました。いってらっしゃい、気をつけて」
日の落ちた夕方、行洋と明子は邸宅前の道路でタクシーに乗り、韓国に
行くため空港に向かった。
おかっぱは それを見送ると邸宅に戻り、居間で1人お茶をすする。
「あっ、そうだ。お母さんに頼まれていたことしなくちゃ。
もう、夕食時だし丁度いいや」
湯飲みを台所の流しで洗いながら、おかっぱは ある物に目を向ける。
その視点先にあるのは、古ぼけた一つの壺。
壺の上に置いてある板を取ると、中は ぬか床になっている。
塔矢家では食卓に漬物は欠かせない。このぬか床は、明子が結婚した時に
持ってきた物で、明子の実家秘伝とされる門外不出のぬか床だ。
そのぬか床は、すでに百年を経過していると言われ、漬ける野菜は極上の
ぬか漬けになる。まさに美味しんぼにも登場しそうな極上で究極のぬか床。
留守を預かる間、明子から おかっぱは「ぬか床コネコネ係」という塔矢家
食卓事情を左右する重大な使命を任される。
おかっぱは腕をまくり、「よっこいしょ」と、壺の前にしゃがみ、ぬか床
を右手でかき回し始める。
ぬかは毎日手入れをしないと、美味しいぬか漬けが作れない。
ぬか床をこねていると、幼い頃の記憶が おかっぱの頭に浮かんできた。
おかっぱは幼少時、明子と一緒に このぬか床に野菜を漬けた時、ぬかを
泥と間違え、お団子を作ったこともある。

41○○アタリ道場○○(7)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 02:53
「わー、べちゃべちゃだああっ」
4歳のチチャーイおかっぱは、楽しそうに壺に両手を突っ込み、ぬかを
コネコネする。
ネチャネチャとした感覚が楽しくて、覚えた手の歌を歌いだす。
「ほーらぁ おしょれないーで みーんなのためにぃ
あいとゆーきだけが とーもだーちぃさあぁあー♪」
「ほらアキラさん、コネコネしてばかりいないで、人参さんと
キュウリさんを その中に漬けてちょうだいな」
「はあぁ〜い、わかりましたぁあ!」
チチャーイおかっぱは いきなりズボッとぬか床から両手を抜き取る。
すると、勢い余ってぬかが飛んで、チチャーイおかっぱの頭や顔にベタリと
ついた。
「わぁああっ〜、くしゃいよおっ〜!!」
チチャーイおかっぱは、今にも泣きそうな表情をする。
「あらあらアキラさん、そんな元気に触ると そういうことになっちゃう
のよ」
明子はチチャーイおかっぱについたぬかをタオルで取り、おだやかに笑う。

・・・そんな事を思い出しながら ぬか床をこねていると幼い頃に、昔よく
歌っていた歌が自然と口から出る。
「ほーら おそれないーで みーんなのために
あいとゆうきだけが とーもだーちさあー♪」
(↑日本の囲碁界を震撼させている15才・射手座・AB型の天才おかっぱ
棋士)

42○○アタリ道場○○(8)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 02:54
その頃、塔矢邸玄関先に1人の男が立っていた。
それは緒方兄貴。塔矢門下一の出世頭である兄貴は いつも上下純白の
スーツ・紺のシャツ・黄色のネクタイという格好に徹している。
一見さまになってはいるが、純白の上着の変わりに赤の上着を身に付ける
と、実はルパンと同じ格好になってしまうのを他の門下生達は分かって
いるが黙っている。
ルパンネタは塔矢門下生、また囲碁界の禁句内容なのは暗黙の了解だ。
兄貴のスタイル。それは、お笑いとシリアスは まさに紙一重だという事
を無言で物語る。
兄貴は、偶然塔矢邸の近くを通ったので、一応様子がてらに足を向けた。
「そういえば、先生と奥様は今日に韓国に行かれたのだったな」
兄貴にとって おかっぱは、赤ん坊の頃から知っており、従兄弟・弟に
似た感情を持つ。手には、有名メーカーのプリンを携えていた。
が、何故か邸宅の中から、歌声が微かに聞こえくる。
「・・・アキラくん、何か音楽でも聴いているのかな?」
(※現在 塔矢邸台所、ぬか床前にて塔矢おかっぱ三段によるアンパンマン
の歌を生ライブ中)
機嫌良くぬか床をコネコネしながら、アンパンマンを歌うおかっぱの耳に、
呼び鈴が聞こえた。
急いで手を洗って玄関に向かい、ドア越しに「ハイ、どなたでしょうか?」
と、訪ねる。
「アキラくん、オレだよ」
「緒方さんですか?」
聞き覚えのある声におかっぱは、パッと顔を明るくし、玄関の鍵を開ける。
「近くを通ったまでに寄ったのだが、もう先生と奥様は出かけられた
のか?」
「ハイ、つい先ほどですけど」
兄貴は邸宅の奥を眺めながら耳を澄ますが、特に音は聞こえない。

43○○アタリ道場○○(9)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 02:56
「気のせいかな?」
「何がですか?」
「あっ、いやなんでもない。そうだ、アキラくんコレ」
兄貴はプリンを おかっぱに渡す。
「わあ、どうもありがとうございます」
おかっぱの顔がニッコリほころぶ。
「緒方さん、これから夕食を作るんですが、もしよろしかったら一緒に
どうですか?」
「そうだな。たまにはいいかもしれんな」
「じゃあ、決まりですね!」
親密な付き合いのある人物にしか見せない、屈託のない笑顔を おかっぱ
は兄貴に向ける。
おかっぱは兄貴を居間に通すと、再び台所に行く。しばらく居間に座る
兄貴だが、おかっぱにだけ料理をさせる訳にはいかないだろうと思い、
腰を上げ台所に足を運ぶ。しかし、目の前に異様な光景が映った。
そこには白の割烹着を着て頭に同じく白の三角巾をし、そそくさと家事に
いそしむ おかっぱの姿があった。
兄貴の背広は肩下に下がり、メガネはズルッと横にすべる。
「ア・・・、アキラくんっ、その格好はいったいどうしたんだっ??」
「どうしたって何がですが?」
何事もないように平然と振舞うおかっぱに対し兄貴は、急いでくずれた
背広を正し、ズレたメガネを手で直す。

44○○アタリ道場○○(10)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 02:57
「なっ、なんでまた いかにも『お袋さん』ってな格好をワザワザして
いるんだっ―――!?」
「何事も形から入れというじゃないですか?」と、おかっぱはシラッと
言う。
「まあ、それはそうだが。
っていうか、キミはもろハマリすぎなんだっあぁっ――――――――――――――!!!!!」
「そんなことはどうでもいいですよ、そうだ緒方さん。
今日はサバの煮つけ、それか鰆西京焼きのどちらがいいですか?」
「あ、オレはサバの煮つけがイイ・・・・い、いやそうじゃなくてっ!」
兄貴は焦った。日本の囲碁界を背負う人間の1人であるおっかっぱの
美的感覚を なんとか普通にしようと必死だった。
「アキラくん! ちょっとオレの話を聞いてくれっ」
「だから聞いているじゃないですか。
サバの煮つけと鰆西京焼きのどちらがいいって」
「だぁあ〜あああ〜からぁぁああ〜、人の話を聞けえええぇぇえ―――!」
「ハイハイ、何ですか?」
「ゼイゼイッ・・・・・、キミはもう少し日本の、いや世界の碁界を背負う自覚
を持たなくては・・・」
兄貴が言いかけていたその時、コンロにかけていた鍋が沸騰して、煮汁が
噴出した。
「あっ、火を小さくしなきゃ!」
おかっぱは、自分の目の前に立っている兄貴を勢いあまって吹っ飛ばして
しまった。が、鍋を優先して床に倒れている兄貴の背中の上を踏んづけて
火を止めに行った。

45○○アタリ道場○○(11)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 02:59
兄貴は、おかっぱに踏まれた時「げふっ!」とガマ蛙が鳴くような声を
あげた。
「さすがは母は強しの〝お袋〟パワーなりっ・・・・・」
兄貴はゴフッと少量の吐血をし、ガクンと床に顔を落とした。
「ちょっと緒方さん! お話は後で伺いますから、そんなところで
寝てないで、とりあえず居間で待っていてください!!」
おかっぱは、目をカァッ──!と見開いて、どエライ剣幕で怒鳴る。
そして、おかっぱは、目で捉える事の出来ない速さで、まな板上の大根を
タタタッと職人技のように みな同じ大きさで切っていく。
おかっぱの体から立ち昇る異様な〝お袋さん〟パワーに圧倒されて、
兄貴は渋々 台所を後にした。

〜本日の塔矢邸の夕食〜
・サバの煮付け
・里芋の煮物(上にゆずの皮を散らしてある)
・大根とワカメの味噌汁(赤・白味噌の2種類使用)
・ほうれん草のおひたし(海苔醤油和え)
・ササニシキのご飯(新潟の農家と個人ルートで入手)
・きゅうりと人参のぬか漬け(美味しんぼにも登場しそうな一品)
・愛媛のミカン

・・・お題目・お袋おかっぱ、まだ続く。

46名無しさん:2003/03/29(土) 20:31
>・・・そんな事を思い出しながら ぬか床をこねていると幼い頃に、昔よく
歌っていた歌が自然と口から出る。
「ほーら おそれないーで みーんなのために
あいとゆうきだけが とーもだーちさあー♪」
(↑日本の囲碁界を震撼させている15才・射手座・AB型の天才おかっぱ
棋士)

このくだりめちゃくちゃハマった…なんか泣けた。天才とはこういうものかもしれない
お袋おかっぱイイっす。こういうの書いてもらえてすごく嬉しいっス。

47失楽園:2003/03/29(土) 21:53
 緒方はどういうつもりでこんな話を始めたのだろう。アキラをオモチャ代わりにしていたとでも
言うのだろうか。
 もし、そうなら――理不尽だ。
 ヒカルの脳裏に浮かんだのはその言葉だった。
 緒方のそれは、完全な独りよがりであり、醜いエゴイズムでしかない。相手の…塔矢の気持ちは
どうなるのだ。幼い頃から家族のように慕っていただろう相手に犯されたアキラの心は。
「そんなの、理不尽だろ」
 搾り出すように呟いたヒカルを一瞬驚いたような表情で見つめると、緒方はテーブルに放って
あったBOXを手に取った。ヒカルがかつてアキラの部屋でも見かけた、あの赤い箱。
「――ま、確かに理不尽は理不尽だろうな。流石に塔矢先生に知られたら、オレはこの世界では
いけないだろうから」
 何がおかしいのか、緒方は片頬を歪めて笑う。
「理不尽なら理不尽でも構わん。オレはオレのやりたいようにやるだけだ。そして、アキラくん
だってアキラくんのしたいようにするだろう。…オマエと寝たようにな」
 箱から一本の煙草を取り出すと、緒方は流れるような所作で火を点けた。溜息とともに吐き出
されてくる紫煙を、ヒカルは手で払いのけずに直接肌で受けた。
 緒方の言葉に、態度に、ヒカルは自分への限りない憎悪を感じる。ほんの数時間前は、ファー
ストフードの店でヒカルに対し多少なりとも友好的だった緒方だたが、それが緒方の本心でなかっ
たことくらい、ヒカルも気づいてはいた。しかし、これほどまでとは。
「……そんなに怒ってるのかよ」
「オマエをボロボロになるまで犯して、棋院の前で棄ててやろうと思うくらいにはな」
 緒方の言っていることが、ハッタリや誇張ではないことをヒカルはもう疑っていない。アキラ
がこのマンションを訪ねてこなければ、恐らく自分は緒方の歪んだ怒りをこの身で受けるしか
なかっただろう。勿論、あらゆる抵抗の限りを尽くすつもりだが、緒方にそれが通用するとは思
えなかった。
「…こっちも飲むか?」
 物騒なことを言ったことを後悔したのか、緒方の手が未開封のオレンジの瓶に伸びる。
 パッケージを破こうとする指先を捉え、ヒカルは首を振った。
「塔矢に飲ませたくて買ったんだろ? 塔矢が来てからでいい」

48失楽園:2003/03/29(土) 21:54
一周年の記念に。
linkageさんとか、どうしてるかなぁ。

49○○アタリ道場○○(12)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 23:52
兄貴が台所から逃げるように退散してから約1時間以内に夕食が
出来上がった。
まるで絵に描いたようなバランス良い見事な純和風の典型メニューに
兄貴は目を見張る。
「コレ、全部キミが作ったのかい?」
「ハイ、料理は昔から お母さんに少し仕込まれてました。
一般的な家事は出来るようにがウチの家訓ですから」
おかっぱは、客用茶碗(大正時代の骨董食器・金額¥40万ほど)に
ご飯を盛って 兄貴に渡す。
「緒方さん、どうぞ召し上がってください」
「ああ・・・、では頂こう」
おかっぱの作った食事の味は、なかなかのものだった。
味噌汁も化学調味料ではなく、きちんと自然素材からダシを取っていて
とても美味だ。
「・・・・・・ところでアキラくん、割烹着と三角巾 取らないのか?」
「ご飯を食べたら、イロイロとしなくちゃいけないことがあるので、
ボクのことは お構いなく」
そうは言われても、眼前にお袋おかっぱがいては食が進まない。
それどころか腹の底から笑いが込み上げてきて、つい兄貴は噴出した。
その途端、おかっぱの目がキラリーンと光った。いつのまにか右手には
ハリセンを握り締め、兄貴の頭上に雷が落下するが如く、スパパーンンンン
と一発しばく。
「食事をするときは、行儀良くしてくださいっ!」
おかっぱは、兄貴にド迫力の般若顔で注意する。
「ハ、ハイ。スミマセン・・・・・・」

50○○アタリ道場○○(13)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 23:54
兄貴は頭に出来た大きなタンコブを擦りながら、黙々と食事をする。
「あれ緒方さん、スーツの右袖のボタンが取れかかってますよ」
おかっぱは、キュウリのぬか漬けを口に入れ、ボリボリと音をたてながら
言う。
「あっ、本当だ。困ったな」
「ボク針仕事、結構 得意なんですよ。スーツ脱いでください、すぐ縫い
ますから」
「いや、いい。後で自分で繕うつもりだ」
「遠慮なんかしないでください」
「そ、そうか。ならば お願いしようか」
そこまで言うなら頼もうかと兄貴は おかっぱにスーツの上着を手渡す。
おかっぱは早速 針に糸を通してチクチクと器用に縫い始めた。
兄貴は その姿を目にした時、フッとある映像が一瞬脳裏によぎった。

兄貴の脳裏をよぎった その映像。
それは、おかっぱの周りは真っ暗な闇夜が広がり、雪が しんしんと
降っている。
針仕事をするおかっぱの頭上からスポットライトが照らされ、吹雪の中に
お袋おかっぱの姿が浮かび上がる。(ナゼか割烹着は、ツギハギだらけ)
「ふう〜」と、おかっぱは息を吐いて両肩をトントンと叩き、
ゴホゴホゲホホホと激しく咳き込む。
「さて、もう一仕事しようかなあ・・・・・」と、おかっぱは しみじみ呟く。
(∮母さんが〜夜なべ〜をして、
てぶく〜ろ編んでくれたあぁぁあああ〜♪)←バックミュージック

昔々の古き良き時代・お袋さんの姿が そこにあり、兄貴の体は感動に
ブルブルと小刻みに震えた。そして目に熱いは、モノが一気に込み上げ、
一筋の涙が兄貴の頬を伝った。

51○○アタリ道場○○(14)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 23:56
──母さ〜ああぁ〜あぁんん、ゴメンよぉおっ!
オレ、忙しくて なかなか故郷の漁村に帰れないでいて。
でっ、でも、オレは母さんのことだって、故郷の海だって 一日とて
忘れたことはないよっ。
父さんが酔っ払って、海に落ちたらしいという知らせを聞いた村のみんな
が総出で捜索してくれたことあったね。
だが実は父さん、隣の山田さん家の鶏小屋の中で寝ていたんだよね。
あの時、母さんは怒り狂ってバックドロップを父さんに数発ぶち込んで
いたね。
あああ、昨日のように鮮やかに思い出せるよ。
・・・って、違うだろおおぅぉおっ!!!

兄貴は、お袋おかっぱの醸し出すムードに危うく飲まれそうになりかけた
スレスレで、正気に戻った。
──あっ、危ないところだったぁあ。
お袋おかっぱ・・・、侮り難しっ!!
「緒方さん、なに独りでブツブツ言ってるんですか?
ボタンつけ終わりましたよ」
おかっぱは、綺麗に折り畳んだスーツの上着を兄貴に渡す。
「すっ、すまんな。ありがとうアキラくん」
「いいえ、どういたしまして。緒方さん、もう食事終わったようですので
片付けますね」
おかっぱは、そう言いながら お盆に食器を乗せて立ち上がった。
が、その途端、客用の高価な茶碗を床に落としてしまい、割ってしまった。

52○○アタリ道場○○(15)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 23:58
「あっ!?」
無残に粉々になった骨董茶碗を、おかっぱは渋い表情で見る。
兄貴も割れた茶碗を しげしげ覗く。確か、40〜50万はする高価な
骨董食器という事は、なんとなく知っている。それだけに、にわかに
サーと兄貴の顔色は真っ青になる。
おかっぱは しばらく目が点になっていたが、いきなりパアーと明るい
笑顔になる。
「はははっ、まあ割っちゃったものは仕方ないや。
他にも沢山 食器あるし」
と、悪げもなくサラッと言う。
「ちょ、ちょっと待てアキラくんっ!
今、割った茶碗は かなり高価なハズだぞ。そんな態度でいいのかい!?」
「えっ、コレそんなに高い茶碗だったんですか?」
「いくらだと思っていたのか?」
「うーんと、千円ぐらいかな」
それを聞いた途端、兄貴の心にピシッという亀裂が入った。
──お坊ちゃまと言えども、度が過ぎやしないか?
先生は子供を甘やかしすぎだっ!!
兄貴は、おかっぱに対して段々と腹が立ってきた。

「ちょい待てい、そこの おかっぱ―――!!!!!
オマエは人生を舐めているだろぉおっ、そこへ座れやっ!
その狂った金銭感覚を徹底的に直してやる!!」
兄貴の強気な発言に、おかっぱの目は またもやキラキラリーンと光った。
いつのまにか おかっぱの両手にはハリセンが握られている。
そして、ハリセン二刀流「ミルキーはママの味(←意味不明)」を兄貴の脳天に
素早くスパパパパァアア―――ンン!!!と、二発食らわす。

53○○アタリ道場○○(16)</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/29(土) 23:59
おかっぱは誇らしげに兄貴に向かって言う。
「この家では、ボクの成す全てのことが法則ですから、よく覚えていて
ください」
兄貴は朦朧とする意識の中で、改めて おかっぱを見た。白い割烹着と
両手のハリセンが、なんだかとても眩しく目に映った。


次の日、おかっぱは目覚めよく起きた。
窓を開けると、空が高く澄んだ空気の漂う気持ちのいい朝が眼前に
広がっていた。
ウーンと背伸びのしながら、今日の朝ご飯は どうしようかと思いを
巡らせる。
「ダシ巻卵、アジの開きに大根おろしをつける。あと納豆の中に沢山の
葱の刻んだ物。それと三つ葉の吸い物にしようかな」
おかっぱは、早速 純白の割烹着・三角巾を身に付け、廊下を歩きながら
アレコレと、朝の献立を組み立てる。
そして客間の部屋の戸を少しあけた。そこには緒方兄貴が大の字で
畳の上に寝転がり、スヤスヤと寝息を たてている。
つくづく大人気なく子供のような人だなあと、おかっぱは兄貴の寝顔を
見ながら そう思った。
ちょうど そこへお隣の佐藤さん家の猫のタマが客間に入ってきた。
タマは寝ている兄貴の額を左足でチョイチョイと、突っついている。
兄貴は「コノー、待てぃクソジジイ──!!」と、ゴニョゴニョと寝言を
言っている。
ヤレヤレ、どんな夢を見ているんだかと おかっぱは客間を後にした。
おかっぱは、台所に行き冷蔵庫から200cc入り牛乳瓶を取り出す。
それを縁側で蓋を開け、腰に手を当てて牛乳をゴクゴクと、一気飲みする。
「あー、朝はコレがなくちゃね」
お袋おかっぱの顔は、こぼれんばかりの笑顔が溢れ、白い歯がキラリーンと
爽やかに眩しく光った。
                   <お袋おかっぱノ巻・完>

54</b><font color=#FF0000>(GWboH.a6)</font><b>:2003/03/30(日) 00:11
だいぶ前から用意していたのに、結局 今日最後は急いで書き上げたなあ。
あまり、見直しできんかった。ところどころ変な文・字があったらゴメンよ。
お袋おかっぱのネタは、スレ内の自分が笑い転げたネタを拾い集めて書いて
みた。思っているより やけに変なものが出来て何とも言えない・・・冷や汗w

>>46
楽しんでもらえてホント嬉しいのだけど、続きも気に入ってもらえるかどうか、
いやはやw

あと、小説キタキタ──。読ませていただくッス!!

55名無しさん:2003/03/30(日) 19:11
>54
一言だけ言わせてくれよ。
多分自分もずっとあのスレにいるから、読む端からエピソードが頭に浮かんできて
この小説をダブルで楽しめたよ。
そんで、小説の中でちょっとネタにされて嬉しいよ。


大好きだ。

56失楽園:2003/04/05(土) 21:37
「…別にそんなつもりじゃない」
 緒方はヒカルの指をほどくと、そのままパッケージを破いてキャップを開けた。そして、
『あ〜あ、やっちゃった』というような表情のヒカルのグラスにジュースを注ぎ入れる。
「…アキラくんは、オマエを太陽だと言っていた。だからどうしようもなく憧れてしまうと」
 それを聞いたときには、つい笑ってしまった。――笑うしかなかった。
 口先だけでも笑って、そして裏切りにも似た発言をするその唇を塞ぐことしかできなかった。
「オレにとっては、あの子の存在こそが……。なのに、あの子はオマエに惹かれていった。
息をするようにごく自然にな。傍で見ていて滑稽ですらあったよ」
 かつて、アキラに進藤というコマを与えたのは緒方だった。
 『いずれ我々の目の前に現れるだろう』というアキラの父のようには、緒方はただ待つという
ことができなかった。アキラのより高度な成長を促すために見つけた一つのコマ――それが進藤
ヒカルという少年だった。
 もしかしたら進藤は、院生試験を受けるときに便宜を図ったのが自分であったからこそ、今日
こうしてここにいるのかもしれない。誰に対しても臆すことのない性格なのは美点でもあるが、
他の棋士と自分に対しての進藤の対応に幾分違いがあることは緒方も気がついていた。
 だが、院生試験を早く受けさせたことは、進藤のためを思ってのことではなかった。
 自分の欲求のために、できるだけ早くアキラの成長を早める必要があった。
 それだけのことだ。
 アキラの生まれた時からを知っているような父や自分、そして親しく付き合っていた他の門下
生ではどう足掻いてもアキラの闘争心を今まで以上に掻き立てることは難しい――そう踏んだ緒
方の思惑通り、アキラは進藤ヒカルというライバルを得、そして素晴らしい成長を遂げた。
 しかし、アキラが進藤の持つ「囲碁」だけでなく、進藤自身にも興味を持ったのは明らかに緒
方のミスだった。
 アキラの世界はあくまで囲碁においてのみ拡がり、誰かに心を許し、あまつさえ欲する日が来
るとは思えなかったのだ。かつての自分がそうであったように。

57名無しさん:2003/04/06(日) 22:18
兄貴の誤算か。
自分から焚き付けたようなもんだからなあ…。

58名無しさん:2003/04/06(日) 23:07
兄貴の中に、もしかしてアキラたんがヒカルに惹かれるかもという思いも一瞬あって
だが試してみたいというような自信と自虐ぎみな気持ちもあったのか!?と思ってみたり。

59ひみつ:2003/04/15(火) 20:04
ナースアキラたん。
http://kigaruni-up.ath.cx/~kigaru/cgi-bin/clip-board/img/3099.jpg
このサーバは自作絵専用だが、結構長く残るので便利。

60名無しさん:2003/04/15(火) 20:18
ひ、ひみつたん……(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)ハァハァ
く、黒、黒黒黒黒黒のパンツ・・・……(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)ハァハァ

61名無しさん:2003/04/15(火) 20:31
>59ハァハァ(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)あぁぁぁん!たまらない!
だが、一つ注文つけていいか?下着はガーターベルトの「上」からはかないと、
ガーターベルトをしたまま脱がせるのが難しいぞ!ヒモパンならOKだけどな!
それにチ○コの先が見えそうで見えねえじゃないか!!!

62名無しさん:2003/04/15(火) 21:14
うれしいこと言ってくれるじゃないの。
ところで修正したので見てくれ。
http://kigaruni-up.ath.cx/~kigaru/cgi-bin/clip-board/img/3100.jpg
ガーターベルトのカタログ見ながら描いてたら間違ってしもた。チソコも出した。
てか話題になってたの某ア○ラ受か?見たいが中古同人屋で8千円くらいしたぞ。

63名無しさん:2003/04/15(火) 21:31
>62 お、早速!グッジョブ!!これなら脱がしやすいハァハァ(;´Д`)先っぽがまた
なんとも言えずハァハァ(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)下着を取った後姿がエロイんだよなハァハァ(;´Д`)

64名無しさん:2003/04/16(水) 00:01
>62
ハァハァ(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)
なんというハァハァ(;´Д`)
進藤を人質に捕られやむなくというパターンもお約束っぽくてワラタ(W
てかアキラたんがウレシそうに見えるのはなぜだ!?(WW
前誰かがうpしてくれた新初段座間たんセクースはエロかった。あれには世話になったハァハァ(;´Д`)

65名無しさん:2003/04/16(水) 20:16
>64
そうそう。しょうがなさそうなポーズ取りながらアキラやる気満々なのが笑える。

66ひみつ:2003/04/19(土) 00:50
今日は焼き肉食って酒飲んで酔っている。
アキラたんのふんどしにも酔いたい。
http://kigaruni-up.ath.cx/~kigaru/cgi-bin/clip-board/img/3141.jpg

67失楽園:2003/04/20(日) 01:39
 息苦しさを感じたヒカルは救いをグラスに求め、真っ赤な液体を口に含んだ。オレンジジュー
スと言われても、そしてそれを納得していても、視覚から感じるそれはトマトジュースのそれだっ
たが、口全体で感じる味は多少濃い目のオレンジジュースそのものだった。
「……美味いか?」
 緒方は2杯目を注ぐつもりでいるのか、身を乗り出してテーブルの上の瓶を掴んでいる。確か
に美味く感じられる味だったが、小さく首を振ることでヒカルは否定の意を伝えた。
「そうか」
 瓶をテーブルに戻し、緒方は途端に興味を失くしたような顔で頷く。
「アキラくんはこれが好きなんだがな…」
 懐古するような眼差しでラベルを眺めていた緒方が口にする『アキラくん』という言葉がいか
にも言いなれた風で、ヒカルはギリと奥歯を噛み締めた。
 ボクは所詮、緒方さんの愛人に過ぎないから。――いつだったかのアキラがそう言っていたこ
とを、ヒカルは覚えている。聞きなれない『愛人』という響きや、その言葉が瞬時に知らしめた
2人の理解しがたい関係、珍しく自嘲気味なアキラの様子――それら全てが、映画のシーンのよ
うに浮かび上がってくる。 
「やっぱ塔矢のために冷蔵庫に入れてたんじゃねーか。アイツのこと、愛人扱いしてたんだろ?
遊びで振り回してただけなのに……、なんでそんな風に――」
 独占欲を持つんだ? 優しい声でアキラの名を呼ぶんだ?
 ヒカルは両手で髪の毛を掻き回した。そうすることで自身の混乱を落ち着かせることができる
と信じているかのように激しく。
「遊び?」
 ヒカルの呟きを聞きとがめたのか、緒方は目を眇め脚を組み替えた。
「オマエは辞書の一つも引いたことがないのか」
 あまり賢そうには見えないが、もしかして本当にバカなのか? 緒方は溜息交じりに呟くと、
手にしていた煙草を灰皿にねじ込んだ。
「バ…バカで悪かっ」
「……彼を」
 ヒカルの後ろにあるドアにちらりと視線を投げ、緒方は苦笑にも似た笑みを口の端に刻む。
「彼を、愛しているよ。――好きだとか、恋とか、そんなもんじゃない。そんな生ぬるい感情
なんかじゃないんだ」

68名無しさん:2003/04/22(火) 20:20
亀レスになっちまうのでこっちに。
失楽園、兄貴の怖いほどの愛だな。
それに対してヒカルは碁打ちとしての関係しか求めてないようなこと言ってたし。
それにまだガキだしな。恋や愛のなんたるかもわかってないかもしれない。
がしかしさすが洞察力は鋭い。アキラたんはどっちかを選べるのか・・・。
俺はだいぶ兄気に感情移入してしまったぞ。
アキラたんの登場が待ち遠しい!
シャングリラはいつも感覚的な、独特な感じがあって面白いね。
五感が鋭いアキラたんハァハァ(´Д`;)
次はハアハアな展開でアキラたんの菊門にやっと癒しがもたらされるのか!?
舟を漕ぎながら、またもエチーな夢もどきに引き摺りこまれるアキラたんは
そうとう溜まってるし、愛にも人肌にも珍子にも飢えてるんだな。
他の職人さんもどんどん待ってる!
ここにうpしてくれるのも待ってる!

69名無しさん:2003/04/23(水) 21:17
オレ職人の一人だが、今マジ忙しくて家に毎日お仕事お持ち帰り状態な感じ。
落ち着くのは当分先かな。
うpしる他の職人さん達には、いつも楽しませてもらっている。
ホントありがたやです。
イパーイ、イパーイうpしてくだされ、待ってるっス。

70名無しさん:2003/04/25(金) 14:45
>69
がんがれ!待ってるから!

71甘味屋</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/04/27(日) 02:20
あまりにセンチメンタルに走りすぎたんでこっちに避難してきたよ。
原作補完シリーズその2。
前の148局補完(エレベーター編〜昼食編〜検討編〜家路編)の流れで、
20巻第162局「卒業」より芹澤戦その後。

72第162局補完:2003/04/27(日) 02:21
本因坊リーグ6戦目。
厳しい対局だった。ギリギリの線を綱渡りするような緊張をずっと強いられて、終わってみれば
負けた碁だった。
これでリーグ落ちが確定だ。
悔しかった。驕ったつもりはなかったが、それでもまだ力は足りなかった。
まる一日、食事もとらずに碁盤に向かっていた肉体の疲労も大きかったが、なにより精神が
疲弊していた。

持てる力を使い切って消耗したようなその姿に、ヒカルは声をかけるのが少しためらわれたが、
やっと腰をあげて立ち上がりかけたアキラに、それでも声をかけてみた。
「塔矢、」
呼ばれてこちらを見たアキラは、驚いたように目を見開いた。
一瞬、喜色が走ったように思えた顔は、次の瞬間にはきゅっと厳しく引き締まった。
「なんだ。」
「……残念だったな。」
ヒカルの言葉にアキラは僅かに目を見開いてヒカルを見る。
だが言葉を返さずに顔を背け、そのままヒカルの横をすり抜けて対局室を出ようとした。
ヒカルも追って対局室を出て、アキラの背中に呼びかけた。
「塔矢、」
「何しに来た?」
「何しにって、おまえの対局見に、に決まってるじゃん。」
「4月になるまでボクとは会わないんじゃなかったのか。」
顔も見ずに冷たく言い放たれて、思わずヒカルは足を止めて口篭る。
「…あれは……、あれはあそこには行かないってだけで…」
足を止めてしまうとすぐに置いていかれるので、慌てて追いながら、呼び止めようと声を高くする。
「塔矢!何、怒ってんだよ、オレ、折角来たのに!」
「別にキミに来て欲しいなんて誰も言ってない。」
それでも足を止めないまま、アキラは振り返って厳しく言い捨てた。
思わずヒカルが腕を掴んで引き止める。
「!なんだよ!ひでぇじゃんか、そんな言い方!!」
「ひどい!?どっちが!!」
ヒカルの手を振り払いながら、アキラは思わず声を荒げた。

73第162局補完:2003/04/27(日) 02:22
四月になるまでここには来ない。それなら待とうと、最初は思っていた。
けれど日が経つにつれ、寂しさと空虚感は募るばかりで、ヒカルが来ないと思うと自然、碁会所
からも足が遠ざかった。
つい先日までは彼と打っていたこの場所で、一人でいるなんて耐えられない。
気を紛らわすように語学教室に通っても、虚しさは消えない。
それによく考えれば、四月になれば来るという保証はどこにもないのではないか?
「置いていかれそうだ。」などと弱音をはいてしまったのを、自分も歩みを止めないと、まだ大丈夫
だと、自分自身に言い聞かせてなんとか立て直した。
それももう二月も前のことだ。
一度同じ対局日に姿を見かけて以来、打つどころか口を利くことも顔を見ることもない。
そうなってみればむしろ、週に何度もあの碁会所で打っていたことが、まるでありえない事だった
ように思えてくる。

それなのに。
自分が無様な負けを晒したような日に限って前触れもなく現れて、「折角見に来たのに」だって?
ふざけるな。
「馴れ馴れしく触るなよ。キミなんか…キミにとって、ボクなんかどうでもいいんだろ。
ボクのことなんて気にかけてもいないくせに。」
「何馬鹿なこと言ってんだよ、おまえは!」
「またひとを馬鹿呼ばわりか?自分の都合が悪くなるといつもそうだな。まったく、相変わらず勝手
な奴だよ、キミは。」
声を聞くのも腹立たしい。顔なんか見たくない。
ついて来るな。そう思ってるのにどうしてわからないんだ。
「塔矢、」
立ち止まるのが嫌でエレベーターを通り過ぎてアキラは階段に向かった。

74第162局補完:2003/04/27(日) 02:22
「塔矢、待てよ!」
ヒカルは必死で追い縋りながら、隣に並んで呼びかける。
「もしかして、北斗杯の予選が終わるまで碁会所に行かないって言ったの、そんなに怒ってるのか?」
「当たり前だろう!!」
凄まじい勢いで振り向いて怒鳴りつけられて、ヒカルは思わず一歩後退った。
「あんな事を言い捨てて放って置かれて、平気だとでも思ってたのか?」
アキラの剣幕に気圧されしたように息を飲んだヒカルを睨みつけて、アキラは続ける。
「ボクにどうしろと、どうすればよかったって言うんだ。
選手決定なんか辞退して予選に出ればよかったとでも?
ボクだって、ボクの方こそ、」
キミと戦えるかと思ったのに。戦いたかったのに。
実績で代表決定なんて言われて、最初はああそうか、と思った。当然の事のような気もしたけど、
でも別に嬉しくもなかった。
でもその次に思ったのは、進藤はこの事をどう思うだろう、という事だった。
結果は案の定だ。
ボクだって、予選に出たって負けるつもりなんかない。落ちるはずがない。
そんな事よりキミと戦いたかった。
それなのにキミは、ボクのそんな気も知らないで、一人で勝手に怒って。
ああ、嫌だ。こんな事でこんなに苛ついてる自分が嫌だ。こんなくらいの事で泣きそうになってる
なんて、そんな自分が大嫌いだ。進藤のせいで。キミさえいなけりゃこんなつまらないことで腹を
立てることなんてないのに。

75第162局補完:2003/04/27(日) 02:23
「知らないよ。知らない、キミなんか。
いっつも自分の気の向いた時だけ近寄ってきて、そのくせちょっとでも気に食わない事があると、
怒って、ひとを置いたまんま一人で行ってしまうくせに。
馬鹿にするな。
いっつも気まぐれに、気の向いた時だけやってくるキミを、いつもボクが待ってるなんて思うな。」
そう言い捨ててアキラは階段を降りていこうとした。
「塔矢!」
「触るなって言って、あっ!」
伸ばされた手を振り払おうとしてバランスを崩し、階段を踏み外しそうになったアキラを、ヒカルは
慌ててもう一度腕を掴んで引き止めた。
アキラは階段を振り返り、そしてほっと息をつく。それから顔をあげたところを、ヒカルはぐっと引き
寄せた。その腕を振り払おうとしたアキラに、ヒカルは言う。
「暴れるなよ、また落ちるぜ。」
そのまま抱き寄せられて、カッとしてアキラはヒカルを睨み付けた。
ヒカルの方が一段上に立っているために、普段だったら若干見下ろすはずの相手に見下ろされてる
のが余計に腹立たしい。
「ごめん、塔矢。」
真面目な顔で謝られると、言い返すことができない。悔しくて唇を噛んでヒカルを見上げた。
「でも、でもオレは信じてるから。
いつでも塔矢は待ってくれてるって。いつも、今までも、これからも。」
「ふっ、ふざけるなっ…!よくもそんな、図々しい。誰が、キミなんかいつまでも待ってるものか……!」

76第162局補完:2003/04/27(日) 02:24
「…塔矢ぁ、」
宥めるようにアキラの髪を撫でながら、呆れたような口調でヒカルは言う。
「そんな、意地張ってつまんないウソつくなよ。」
「ウソじゃない。本気だ。」
「ウソだよ。」
きっぱりと否定するヒカルに、呆れを通り越して腹が立つ。
「なんでそんなに図々しいんだ。なんでそんな自信があるんだ、キミは。」
「なんでかなんて、そんなの……」
言いかけながらもヒカルは思う。

だってオマエがずっとオレを待っててくれたの、オレは知ってるから。
それにこうやってオレを見るオマエの目は、さっきからずっと、言ってる言葉と全部逆だ。
だってオレを見て嬉しそうにしたじゃんか。
怒るのはオレが会わないって言ったからだろ?それってオマエはオレに会いたかったってことじゃん。
放って置かれて寂しかったって言ったじゃん。
もっと素直になれよ、塔矢。
「…放せよ。キミなんて嫌いだ。」
「でもオレは塔矢が好きだよ。」
ストレートに言ってやると、塔矢は目を見開いてオレを見る。
ああ、オレ、オマエのそういう顔ってすごく好きだ。
「塔矢がオレの事嫌いでも、好きじゃなくても、オレは塔矢が好きだよ。」
更に言ってやると、また悔しそうに口元を歪めて目をそらす。
なんかもう、オマエって、ホントに、どうしてそう素直じゃないんだ。

77第162局補完:2003/04/27(日) 02:24
「塔矢、オレ、予選、絶対勝つからさ。
絶対勝って選手になってオマエの隣に立つから。
だから待ってて。」

「オレが不甲斐なくてオマエを安心させられないかもしれないけど、でも、オレ、絶対やるから、
だから待ってて。オレの事、見ていて。」
「何を、図々しいことを、キミなんか、」
悔しい。
すごく悔しい。
怒ってたはずなのに、こんな事を言われて、こんな風に抱きしめられて、さっきまでの怒りが霧散
してしまうなんて、この腕が心地良いと思ってしまうなんて、悔しい。
それなのに、宥めるように髪を梳かれて、見つめられると、その後に来るものを期待してしまう。
それなのに。
「塔矢…塔矢、キスしていい?」
どうして今日に限ってわざわざそんな事を聞いてきたりするんだ。
嫌だって言ったらやめるのか。なんて無神経な奴なんだ。
「……いつも、そんな事聞いたりしないで勝手にするくせに。」
「ダメ?」
答えることができなくて、アキラは視線を斜め下に彷徨わせた。

78名無しさん:2003/04/27(日) 11:12
甘味たん、甘味たん、ああ、甘味たん…
ああ、甘酸っぱいなぁ〜

79名無しさん:2003/04/27(日) 13:16
新作キタ━━━(゜∀゜)━━━━!!
甘味屋たんハァハァ(;´Д`)甘くて甘くて切なくて涙が出そうだよ。
甘味屋たんは凄いなァ。悲しみを書くことに向けられてさ。
自分はダメだ・・・・今は書く元気が出てこない。でも少しエネルギーを貰った気がするよ。

80第162局補完:2003/04/27(日) 22:48
けれどそのままヒカルが動きもしないので不安になって見上げると、ヒカルが優しげな笑みを
浮かべて自分を見つめていたので、見る間に頬に血が上ってしまった。
慌てて目を逸らして顔を背けようとしたのを、ヒカルの手に阻まれた。
「塔矢、」
逃げようとするアキラの身体をヒカルが更に引き寄せる。
悔しい。
悔しくて涙が滲みそうになる。
まるでこれじゃボクが待ってるみたいじゃないか。
ずるい。卑怯だ。なんてずるい男なんだ、キミは。
いっつもそうやってボクを翻弄して、待たせるだけ待たせて。

そうしてやっと触れてきたヒカルの唇を、震えそうになりながら味わった。
何度しても慣れることができない。
そのたびに眩暈がする。頭の芯が痺れたように感じる。胸が締め付けられるように痛み、鼓動
は高く、早くなる。
柔らかな唇の感触も、触れ合う肌の熱さも、「塔矢、」と呼ぶ、いつもとは違う、低く響く声も、いつ
までたっても慣れることができない。
けれどそれは居心地の悪いものではなく、むしろ逆に眩暈がするほどの陶酔感にで、だからそれ
に慣れることはできないのに、もっと欲しいと思ってしまう。
理由なんてわからない。
どうしてそれが欲しいのかなんて。
どうしてもっともっと触れ合っていたいと思うのかなんて。
もっと深く、もっと奥まで、彼に触れたいと、彼を感じたいと思ってしまうのかなんて。
「塔矢…」
わからない。自分の名を呼ぶこの声が、どうしてこんなに心地良いのかなんて。
理由なんてわからない。
どうして自分が今、泣いているのかなんて。

81第162局補完:2003/04/27(日) 22:49
そっとアキラを抱きかかえながらヒカルは耳元で囁く。
「塔矢……オレの事、好き…?」
応えないアキラに、ヒカルはもう一度耳の付け根にキスを落としながら、ねだるように彼の名を呼ぶ。
「ねえ、塔矢、」
「……好きじゃない。」
アキラは目を開けて、ヒカルを見上げて言う。
「好きじゃない。キミなんか。
好きじゃない。嫌いだ。大っ嫌いだ。」
そう言いながら乱暴にヒカルの髪を掴む。
「好きなもんか、キミなんて。」
そして髪を掴んで引き寄せ、唇を合わせる。
「…と……」
言いかけたヒカルを遮るように、ヒカルを睨みながら言う。
「キミなんか好きじゃない。
ボクは、ボクはただ、キミと碁が打てればよかったんだ。それだけでよかったんだ。
それなのに、」
また強く髪を引っ張られて、ヒカルは小さく声をあげた。けれどアキラはそれに構わずに続ける。
「打つだけじゃ足らないなんて、そんな事、思うはずないんだ。
もっと色々話をしたいとか、ただ一緒にいたいとか、そんな事、思うはず、ないんだ。
もっとよくキミを知りたいとか、キミの全部が知りたいとか、キミとキスするのが気持ちいいとか、
こうして抱き合ってるのが好きだとか、そんな事、思うはずないんだ。」

82第162局補完:2003/04/27(日) 22:49
ヒカルから視線を逸らし、ヒカルの肩に頭をぶつけた。
よろけそうになったヒカルは咄嗟に手すりに掴まった。
「思うはず、ない。
そんなのはウソだ。何かの錯覚だ。気のせいなんだ。
ボクは、ボクはそんなの要らない。
欲しいのは碁打ちとしてのキミだけだ。
それだけなんだ。それ以外のキミなんて、要らない。要らないはずなんだ。」
遣り切れない思いを晴らすように拳をヒカルの胸に打ちつける。
「キミより強い碁打ちなんていっぱいいる。
キミじゃなくたっていいはずなんだ。
キミじゃなきゃダメだなんて、キミがいなかったら誰と打っていても楽しくないなんて、そんなはず、
ない。どんなに強い、手強い相手と打っていても、どんなに興奮するような勝負を戦っていても、
それでもキミの事を考えてしまうなんて、そんなはずないんだ。」
もう一度、強くヒカルの胸を打ってから、アキラは顔をあげてヒカルを見た。
「進藤、」
黒く濡れる瞳に見つめられて、ヒカルは言葉を返すことができない。
アキラの腕が伸びてヒカルの首に絡まる。有無を言わせずアキラの唇がヒカルの唇を覆い、熱く
柔らかな舌が侵入してくる。荒々しく乱暴に、アキラはヒカルの口内を探り、絡めとり、吸い上げる。
その激しさに、ヒカルはそれを受け止めるしかできない。
酸素を求めるように僅かに唇が離れた隙に、アキラの唇がヒカルの名を呼んだ。
「進藤……」
熱く掠れた甘いアキラの声に、ヒカルはアキラの身体を抱きしめた。強く、強く抱きしめながら、また、
唇を重ねると、首に絡まる腕に、更に力がこめられたのを感じた。

83第162局補完:2003/04/27(日) 22:50
けれどどれ程強く抱き合っていても、一つになれるわけじゃない。
それでもいつかは唇が離れてゆき、ゆっくりと目を開けた二人の視線がそこで絡まった。
アキラはヒカルの存在を確かめるようにヒカルの頬に触れ、両手で顔を挟み込むようにしてじっと
ヒカルを見つめる。
潤んだ瞳に、切なげにひそめられた眉に、紅く濡れた唇に、胸が締め付けられる。
見つめるうちに湧き上がってきた涙がアキラの頬を零れ落ちるのと同時に、唇から言葉が零れた。
「ボクは………ボクは、キミなんか好きじゃない……」
そして涙を振り落とすように目を閉じてヒカルの顔をもう一度引き寄せ、今度はそっと、唇を重ねた。
そんなアキラを抱きすくめようとするヒカルを、けれどアキラは押しとどめた。
「…塔矢……?」
するりとヒカルの腕の中から逃れ出ると、アキラはヒカルに背を向けて、階段を降りようとした。
「塔矢?」
後ろからかけられた声に立ち止まって、けれど振り返らずに応える。
「……帰る。」
そうしてまたトントンと階段を降りていく。
後を追ってヒカルが降りてくる気配を聞きつけて、アキラが言った。
「ついて来るな。」
言いながら足を速める。つられるようにヒカルも足を速める。
その足音を聞きとがめるように振り返ってアキラは言った。
「ついて来るなって言ったろう…!」
「塔矢!」
思わず立ち竦んでしまったヒカルを置いて、アキラは静かに階段を降りていく。
そうして踊り場まで降りて立ち止まったアキラはポツリと言葉をこぼす。
「………嘘つき。」

84第162局補完:2003/04/27(日) 22:51
「もっと打ちたいって言ったくせに。」
添えていた手で、ぎゅっと手すりを掴む。
「もう待たせないって言ったくせに。」
そして振り返って顔をあげ、ヒカルを睨み上げた。

「神の一手はオレが極める、だって?」
揶揄するように言われた言葉に、ヒカルは息を飲んだ。
「キミとボクとで、二人で極めていくものだと思っていたよ、ボクは。
キミと、ボクとで、打ち合って、競い合って、そうやって一歩ずつでも高みに近づいていくものだと、」
アキラの口元が嘲笑うように歪む。
「……勝手に一人で極めればいいさ。
キミなんてもう知らない。
嘘つき。裏切り者。キミなんて、」
じわりとアキラの目にまた涙が浮かぶ。こらえるようにギリッと奥歯を噛み締めてヒカルを睨みつける。
「とう…」
「キミなんて大っ嫌いだ!!」
ヒカルの呼びかけを叩き切るように言葉をぶつけ、火花が散るほどにきつく睨み付けた後、アキラは
ヒカルに背を向けて階段を降りていった。
呆然と立ち尽くしたヒカルは、アキラを追う事ができなかった。

(終わり)

85Hope&Wish</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/04/29(火) 00:36

北斗杯が終わってしまった。
進藤と社は負け、ボクは…ボク一人だけが勝ってしまった。
進藤の泣き顔を見たのは初めてだった。
下手な慰めは、よけいに彼を苦しめることになるだけだろう。
「これで、終わりじゃない。終わりなどない」
精一杯のボクからの言葉だった。ボクは冷たい人間だろうか。表彰式が終わり、各自荷物をまとめてホテルを引き払う。
社は新幹線で大阪に帰り、ボクもそのまま自宅に戻るはずだった。
進藤に呼び止められるまでは――。

「塔矢」
まさか彼のほうから声をかけられるとは思わなかったので驚いた。
そして続いた言葉は予想外のものだった。
「このまま、二人でどこかへ行かないか」
現実感のともなわない声。何でもないことのように彼が云った。
「いいよ…」 
ボクはそう返事を返していた。

86Hope&Wish</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/04/29(火) 00:37

進藤と二人で遠くへ行くのは初めてだった。
電車に揺られて、進藤は二人座席の窓際に座り、窓の外の景色を眺めていた。
オレンジの夕焼け空が拡がっている。
いつだったかインターネットカフェの前。
キミとsaiのことで言い合いになった、あの時の色に似ていると思った。
ふいに、進藤の手がボクの手の上に重なった。
驚いて見ると、進藤は窓の外に顔を向けたままだった。
その温もりが切なくて、ボクは手の平を返して、そっと彼の手を握りしめた。
窓の向こう側に海が見えたのは、それからしばらく経ってからのことだった。海辺の静かな町。電車を降りて、宿を探した。
小さな旅館が見つかって、宿泊名簿に名前を書いていると、受付の奥に貼ってあるポスターに目が止まった。
『碁盤、貸し出します』
仲居さんに訊いてみると、時々、碁打ちの客がくるのだそうだ。
何も知らずに選んだ宿なのに、ボク達は囲碁からは逃げられないらしい。
部屋に案内されて、もう夜だからと、布団をひいてもらった。

87Hope&Wish</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/04/29(火) 00:38

仲居さんが出て行ったのを確認してから「進藤」声をかけた。
進藤は窓の近くのチェアに座って、相変わらず外を眺めていた。
決してボクの方を見ようとしない。それがつらかった。
ボクは部屋の電気を消した。そして、布団の上で、昼間から着ていたスーツを脱ぎ始めた。
「進藤」
もう一度、呼びかけた。
進藤が立ち上がった。窓から差し込む月明かりが彼のシルエットを浮かび上がらせる。
「………」
ゆっくりと歩いてくる。
もう少しで触れるというところで、急に彼はその場に座り込んでしまった。
ボクはそっと近づき、そんな進藤を抱きしめた。
彼は小さく震えていた。
ボクは言葉を持たない。どうすれば、この人に力を与えてあげられるのか分からない。
碁打ちは孤独だ。孤独に戦い続ける。
どんな苦しいことも自分で解決するしかない。それは囲碁だけでなく人が生きるということも同じなのだろう。

88Hope&Wish</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/04/29(火) 00:39

ふいに進藤の唇がボクの首筋に落とされた。
「あっ…」
思わず、声を上げてしまい、ボクは身を震わせた。
進藤の手がボクの身体をまさぐり始める。されるがまま、進藤に身を委ねた。
熱い吐息が闇に溶ける。
今日の昼間、碁石をはさんでいた指先が、ボクの敏感な箇所に触れ、微熱を帯びていく。
先端を弄られ、濡れ始めた粘液が卑猥な音を立て始める。
「…っぁ…」
指で唇を塞がれた。声を出させない気らしい。
進藤の指の下で、ボクは小さく喘ぎ声を漏らす。
強引に足を開かされて、その間に身体を割りいれられた。
進藤の熱くいきりたったモノが、まだならされていない入り口にあてがわれる。
「…っ…」
強引な進入に、引き裂かれるような痛みを感じる。
声も出せずに、ボクはぽろぽろと涙をこぼした。
進藤自身も痛みを感じているに違いない。
低くうめくような声が進藤の口から発せられていた。
「!」
苦しくて、目を見開く。
こんな無理やりな抱かれ方は初めてだった。
でも…もしキミが望むなら、どんなに酷い扱いをされても構わない。
それでキミが少しでも癒されるのなら、ボクが救いになるのなら――。
何度も何度も突き上げられて、痛みも快感もメチャクチャに交じり合って。
ボク達は際限なく、汗と涙と精液で何もかも解らなくなるくらいのセックスをした。

89Hope&Wish</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/04/29(火) 00:39

窓の外から聴こえる潮騒の旋律。差し込む朝日の眩しさに目が覚めた。
気を失って、そのまま眠ってしまっていたらしい。
「――塔矢」
進藤がボクの顔を見つめていた。
ああ、数時間ぶりに彼の声を聞いた。
「…進…藤…」
ボクは手をのばして、彼の髪を撫ぜた。
と、進藤が、ふいにそのボクの手を掴むと、自分の口元に寄せた。
ボクの指に彼の唇がふれる。
「オレは、これからも、この指と碁を打ちつづけるんだな。何十局、何百局、何千局…。
きっとオレは生涯、碁打ちだ。オマエの言う通り、終わりなんかないんだ」
「………」
「オレはアイツの遺志を受け継いだ。だからオレは神の一手を極めるんだ。
遠い過去と遠い未来を繋げるんだ、オレの手で」
そうやってキミは一人で何もかも背負っていこうとするのか。
――ボクがいるのに。ここにボクはいるのに。

90Hope&Wish</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/04/29(火) 00:40

「進藤…碁は一人では打てないんだよ」
ボクの声に、進藤が顔を上げた。
そう、ボクも最近になって、やっと分かったんだ。
「棋士は孤独で、でも独りじゃないだ。キミは何もかも一人で抱え込もうとしてる。
ボクとキミは似てるなと思ったよ。だから、きっと惹かれあったんだ」
だからこそ、間違えないで。気づいてほしい。キミは独りじゃないということに。
「キミを支えてくれていた人はいなくなってしまったのかもしれないけれど、
でもキミにはボクがいる。一緒に生きていこう。二人で未来を作っていくんだ」
これからだって、もっと大きな困難が立ちはだかるかもしれない。
だけど傷ついて迷いながらも歩いていけるだろう。キミとなら、どこまでも。
「塔矢…」
進藤の目を見つめながら、静かに涙を流すボクに、驚いた表情をした進藤がいて。
ボクの言葉がちゃんと伝わったのか、確信は持てないけれど。
それでも、少しでも、ほんのわずかでも、キミの心に何らかの変化を与えられますように。
『希望』という名の二文字を感じてもらえますように。「…進藤…」

いつかまた彼の心からの笑顔が見られる日が来るよう願いをこめて……。

91</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/04/29(火) 00:43

少し寂しい話を書いてしまったけれど、今の俺にはこれが精一杯。
アキラたんへの愛は不滅です。
一箇所、改行訂正。

『希望』という名の二文字を感じてもらえますように。

「…進藤…」

いつかまた彼の心からの笑顔が見られる日が来るよう願いをこめて……。

92</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/04/29(火) 00:45
あ、何箇所か改行おかしいな。
修正要望いってくる。

93名無しさん:2003/05/02(金) 22:34
やっとゆっくり読めたので、今更ながら感想。
第162局補完
意地っ張りで素直でないアキラたんだが、ヒカルたんへの想いの深さが
ひしひしと感じられるな。アキラたんにとってヒカルたんの存在は
単なる「好きな人」では無いんだよな。一緒に高みを目指す、無くては
ならない存在なんだな。甘いけど切なくてジーンとしたよ。
Hope&Wish
一人で背負ってるヒカルたんを何とか楽にしてあげたいというアキラたんの
想いが切ないな。ヒカルたんは無意識のうちにアキラたんに救いを求めてる
事に気付いて無いのかも知れないなが、アキラたんの言葉がちゃんとヒカルたんに
通じて笑顔が見られるようになると良いな。

甘味屋たん、罠たんのアキラたんへの想いが伝わってくる心打たれる作品だったよ。

94甘味屋</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 01:59
162局補完は時間設定こそ162局だけど、内容的には151局、152局補完に近かったかもな。
意地張り通した挙句、泣きながら捨て言葉吐いてったアホを、
どうにかして「打とうか」まで持っていくべく思案中なんだが、
その前に出しそびれてた話を放出。

95断点-1.5</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 02:00
気付いたのはいつからだったろう。
ふとした時に視線を感じた。
それが最初だったかもしれない。

そしてそれは繰り返される。
気のせいではない、と告げるように。
無性に苛ついた。
腹立たしかった。
許せない。そう思った。

君は僕を馬鹿にしているのか?
気付かれないとでも思っているのか?
それとも、そんなものを僕が簡単に受け入れるとでも思っているのか?
何のつもりだと、何を考えているんだと、問い質してやりたかった。
そうやって君はそんなに簡単に壊してしまえるのか、と。

許さない。
絶対に、認めてやらない。

96断点-1.5</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 02:00
飢えていた事にも気付かぬほどに渇望して、ようやく手に入れることが出来たと思ったのに。
それを君はそんなに簡単に壊してしまうつもりなのか。汚してしまうつもりなのか。
僕がどれ程追い求め、焦がれていたかも知らずに。
至高の存在だと信じていた。
互いにとってなくてはならない、何にも侵し難い、純粋な絆だと、信じていた。
その透明な輝きが、少しずつ曇って、濁って、段々に薄汚れていくのを眺めているくらいならば、
いっそこの手で粉々に打ち砕いてしまう方がいい。

――だからといってそれがあんな事をした理由になるのか?
他にやり方はあったのか?

認めよう。
彼に欲情した事を。

素直に自分の感情を隠そうともしない彼を見ていたら無性に腹が立った。
それなのに僕のその腹立ちに気付きさえしない。
その素直さが妬ましかったのか?
そうかもしれない。

傷付けてやりたかった。
辱めてやりたかった。
僕の感じた怒りを、腹立ちを、苛立たしさをぶつけてやりたかった。

97断点-1.5</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 02:01
にこやかな笑顔の裏に本心を隠して、期待の極まったその瞬間に裏切ってやった。
なんだ、その顔は。僕が君にキスするとでも思ったのか?図々しい。
そんな風に嘲ってやった。
そして、呆然と驚きに見開かれ、今にも泣き出しそうな目に、そそられた。
嗜虐心が欲望に火をつけた。
もっと痛めつけてやりたいと思った。
恐怖と苦痛に歪み、泣き叫ぶ顔が見たいと思った。
屈辱と絶望にわななく唇を見たいと思った。
抵抗されればされるほど、嫌がれば嫌がるほど、燃え上がった。

どうしたらもっと手酷く痛めつけてやれるだろう。
そんな残虐な愉悦に僕は酔った。
身体ごと心まで引き裂いてやりたかった。
立ち直れなくなるくらいずたずたに引き裂いて、打ちのめして、起き上がろうとしたその足を払って、
踏み付けて、とことんまで貶めてやりたかった。

そんな薄ぼんやりした目で僕を見るな。
言ったろう?
欲しいのは戦う相手だ。
べたべたと甘ったれた馴れ合いなんかじゃない。
だから君はそんな縋るような目で僕を見るな。
そんな目は僕を苛立たせるだけだ。

98断点-1.5</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 02:02
それとも君は忘れたいか。
忘れてしまいたいか。
けれど君は僕から逃れられない。
どんなに逃げたいと思っても、君は必ず僕と向かい合う。
だから忘れたいなんて、思うな。
自分の傷を見つめろ。そしてその傷を付けたのが誰なのか、決して忘れるな。
そして君は、君を傷付けた僕を許すな。
僕に怒り、僕を憎め。
僕の暴力に、僕の理不尽さに、怒りを蓄え、憎悪を募らせろ。
欲望のままに君を陵辱した僕を、君は決して許すな。

なぜ僕があんな振る舞いに出たのか、君の何が僕にそうさせたのか、きっと、君は何もわかっていない。
けれどわからなくても構わない。
そんな事は僕にはどうでもいい。
僕が必要とするものを、望んだものを、もう一度取り戻す事ができるのならば。



それなら、僕には僕のことがわかっているのか?
きっと――わかっていない。
これが何なのか。
僕は知らない。認めてなんかやらない。
認めない。
絶対に。

99名無しさん:2003/05/03(土) 03:23
甘味たん!!断点のつづき密かに期待してたんだよ!
ショックを受けたヒカルたんはどうなるんだろう…?

100断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 23:23
「和谷、いるか?」
声をかけながら控え室のドアを開けたら、そこにいたのは別の人物だった。
ソファに斜めに腰掛けて目を閉じて――眠っている?――塔矢アキラ。

そのまま部屋に入り、後ろ手で静かにドアを閉めた。
足音を立てないようにそっと近づいていった。

疲れてるのかな。
こいつがこんな風にうたた寝してるなんて。
「塔矢、」
すぐ側で声をかけてみても、塔矢は目を開けなかった。
間近に見る塔矢はやっぱりキレイだ。
頬にかかる真っ直ぐな髪。長い睫毛。白い肌。紅い唇。
どうして。
こうして見ているとドキドキしてきてしまうのは、どうしてなんだろう。
あんなに酷い事をされて、冷たくされて、それでも嫌いになれないのはなんでなんだろう。
髪にそっと触れてみた。
それでも塔矢は目を開けなかった。
「…塔矢、」
胸が詰まる。心臓の音が苦しい。目の奥が熱い。
塔矢、オレは……

気が付いたら身をかがめて、眠り姫のように静かに眠る塔矢に、オレはキスしていた。

101断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 23:23
唇を離すと、塔矢が目を開けてオレを見ていた。
「とう…」
何を考えているのかわからない、無表情な目。
わからないけれど、それでも真っ直ぐにオレを見ている。
どうして何にも言わないんだよ。
なんか言ってくれよ。
何も言わない塔矢を見てたら、なんだか泣きそうになってしまって、それを誤魔化すようにオレは
アイツの顔を睨み付けた。
それでも塔矢は何にも言わなくて、オレも何も言えなくて、オレは衝動的に塔矢の肩を掴んで、
もう一度唇を押し付けた。
掴んだ肩が不快そうに強張るのを感じた。
てっきり、また殴られる、そう思った。
でも、構うもんかって思ってたから、きっと多分オレは真っ赤な顔で、塔矢を睨んだ。
そうしてオレが必死に塔矢を睨みつけていたら、何も言わない塔矢の目が真っ直ぐにオレを見
据えたまま、アイツの手がオレの顎を掴んでぐいっと引き寄せ、オレが何かを考えるまもなく、
また唇が重なった。
塔矢の方から重ねられた柔らかい塔矢の唇の感触に、眩暈がした。

102断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 23:24
どうしよう。どうしたらいいかわからない。
自分の心臓の音がうるさい。
塔矢の唇が僅かに動くのがなんとも言えない感触で、自分の感覚の全部を唇に集中させて
しまっていたら、そこに何か別の感触のものを感じた。塔矢の舌がオレの唇を舐めてるんだっ
てわかって、反射的にビクッと逃げようとしたオレの頭を塔矢の手が押さえつける。
怖い。
でも逃げられない。
身体を強張らせてぎゅっと目をつぶった。
でもオレのそんな反応には構わずに、塔矢がオレの唇をこじ開け、オレの口の中に入ってくる。
なんだかよくわからない感覚に背筋がぞわぞわする。
目が眩んだ。
頭がくらくらして、何も考えられなくなった。
追い詰められる。
どくどくと流れる血流の音が耳元でうるさい。
もう身体に力が入らなくて、いつの間にか体勢が入れ替わって、組み敷かれるようにソファーに
もたれかかっている事にも気付いていなかった。

103断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 23:25
オレが混乱してる間に塔矢の唇はオレの唇から離れ首筋を辿りはじめる。
「好きだよ、進藤…」
耳元で囁いた塔矢の言葉が、ぼうっとしてたオレの頭に届くのには随分時間がかかった。
え…?何?今、なんて言った?塔矢。
スキダヨって、どういう意味だ…?
好きって…?誰が?誰を?
好き?塔矢が、オレを、好き?
「待っ…て、塔矢。」
本当に?塔矢。
本当なら、顔を見せて。オレを見てちゃんと言ってよ。
でも、塔矢はオレの首筋に顔を埋め込んでしまっているので、塔矢の顔が見えない。
でも、塔矢の顔が見えなくても、オレはその言葉に縋りたくて、いや、もうその時点でオレはその
言葉に縋り付いていた。頭の中をさっきの塔矢の言葉がぐるぐる駆け巡っている。
…好きだよ、進藤…好きだよ、進藤…好きだよ、進藤…好きだよ、進藤…好きだよ、進藤…好きだよ…
それなら、どうして?
オレの考えた事が聞こえたみたいに、塔矢の答えが耳に届く。
「君が好きだから、あんな事をしてしまった…許してくれるか…?」
ウソ…
本当に?塔矢?信じていいの?
泣きそうになりながらオレは塔矢にしがみついた。
「とう…や…」

104断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/03(土) 23:25
塔矢の手がオレのシャツのボタンを外していき、胸元が開けられていくと同時に、アイツの唇が
オレの身体の上を降りていく。
カチャリ、と音がした。
ボタンを外していた手が、そのままベルトを外す音だ。
塔矢の手がそのまま下着の中に滑り込んでくる。
「やっ…んっ…!」
直接握りこまれて、オレは変な声をあげてしまった。胸元で塔矢がクスリと笑った気がした。
「ひっ…!」
と、次には乳首をペロリと舐められて、またオレは声をあげてしまう。
そのまま吸い付くように口に含まれて、舌先で捏ね上げるようにされて、何だかよくわからない
感覚にオレの身体は熱くなっていく。そして塔矢の手は、オレの熱を更に煽るように硬く勃ち上
がったオレを扱く。
「あっ、あ、とうや、もう…、あ、ああっ…!」
体中が熱くなって、オレの中心は塔矢の手の中ではちきれそうになって、オレは耐え切れずに
高い声をあげてしまった。
もう爆発してしまいそうだ、そう感じた時、ふいに塔矢の身体が離れた。
「とう、や…?」
曝け出された身体に空調の風を感じて、その冷たさがイヤな感じがした。
どうして?塔矢、急に…
不安になって目を開けて、そこに見た塔矢の表情に、その意味に、ぼうっとしていたオレの頭は
気付くのが遅れた。

105断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/04(日) 23:11
「…なんて事を、僕が本気で言うとでも思ったかい?」

キィーンと、耳鳴りがした。
今、何が起きたんだ?
塔矢は、なんて言った?
動けなかった。
声も出せなかった。
今のは一体どういう意味だ?
凍り付いてしまったオレを嘲るような塔矢の綺麗な唇から目を離せない。
いつもより紅く、濡れて艶めいた唇が、冷たく、残酷な言葉をオレに聞かせる。
「いい格好だね。」
そう言って塔矢は身体を起こしてオレを見下ろした。
塔矢の視線を辿るようにオレは目を落として自分の格好を確認した。
ソファーにだらしなく座って、シャツの前をはだけられて、下着ごとズボンを腿まで下ろされて。
それなのに服を直す事もできないでいるオレを見ながら塔矢は立ち上がり、そのまま冷たい表情
のままでオレを見下ろした。
動けなかった。
塔矢の視線がオレに動く事を許さなかった。
じっとオレの目を見ていた塔矢は小さく口元だけで笑い、それからその視線はオレの身体を辿る
ように動き出す。
オレはぴくりとも動く事もできずに震えながらただ視線だけを塔矢からそらせた。

塔矢がオレを見ている。
見られている。
そう思うことで萎えかけていたオレの分身がヒクリと震えるのがわかった。
嫌だ。何も反応なんかしたくないのに。
それでも、塔矢の視線を感じてオレの身体にまた熱が集まってくるのを、オレは感じる。

106断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/04(日) 23:12
突然足先を蹴飛ばされた。
「!」
反射的にオレは塔矢を見てしまった。
「君は僕に、一体、何を期待していたんだ?」
氷のように冷たい視線が、オレを見ている。
「あれだけの目に合ってもそれでもあんな甘い言葉を期待していたのか?君は。」
その視線が、逸らされずにオレに近づいてくる。
「愛されるに足るだけの価値が自分自身にあるとでも?」
アイツの手がオレに伸びて、オレを握りこむ。
耐え切れなくて目を瞑ってアイツから顔を背けた。

それなのに、アイツの手の中のオレは塔矢の手に浅ましく反応する。
塔矢の指がいやらしくオレに絡みつき、追い立てる。
いやだ、と思いながらもオレはふと、盤上に鋭く厳しいい音を立てて石を置く白く美しい手を思い出す。
その手が、と思うだけでオレは膨れ上がり、あっという間にオレはイってしまった。
情けなくて悔しくて身体が震えた。
はあはあと息をつきながら(多分赤い顔で)アイツを見上げると、アイツは面白くもなさそうな目で
オレを見下ろし、視線が合うと、オレを鼻で笑った。
「ああ、手が汚れたな。」
そう言って塔矢は部屋の隅にあった小さな洗面台で手を洗って(ご丁寧にセッケンまで使って
やがった)、更に口をゆすいで、キュッと蛇口をひねった。
ポケットから出したハンカチで、多分あいつらしく丁寧に手を拭いてから振り返り、まだ動けずに
いるオレを見て唇の片端で小さく冷ややかに笑って、そうして部屋を出て行った。

107断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/04(日) 23:13
あいつがいなくなってようやく、オレは動けるようになった。
もそもそと服を元に戻しながら、オレは馬鹿馬鹿しくなって笑い出してしまった。
笑いながら涙が出てきた。
オレはおかしい。どうかしてる。
アイツの歩く姿に、振り返る身のこなしに、仕草の一つ一つに、なびく髪の一筋にさえ、見惚れて
しまうなんて。
こんなみっともない格好を晒したまま、それでもアイツに見惚れてしまって動けないなんて。
オレはヘンだ。
なんで、あんな事をされて、あそこまで言われて、それでもアイツを嫌いになれないんだ?
オレは塔矢が怖い。
怖いんだけど、でも、それでも目が離せないんだ。
震え上がりそうなほど怖いんだけど、でも、いや、だからこそ余計に、アイツは綺麗で、冷たい目
でオレを嘲る塔矢は凄みをまして綺麗で、オレは目を離せなくなる。
怖くて、綺麗で、近づいたら切り裂かれるってわかってて近づいていってしまう。
オレはアイツの目に逆らえない。
アイツの何を考えているかわからないような目で見つめられて、「これは毒だ。だから飲め。」と
言われたら、震えながら、怯えながら、それでもオレは飲んでしまうだろう。
アイツが、塔矢自身が、その毒なんだ。
オレはもうその毒を飲んでしまった。一旦口にしてしまったら、その味を知ってしまったら、どんな
に毒だってわかっていても、毒だからこその、その甘美な味から、もう離れられない。

108断点-2</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/04(日) 23:13
オレが今まで知ってた塔矢は何だったんだろう。
あんなに、あんな風に恐ろしい奴だなんて、知らなかった。
知るはずがない。
だってオレの知ってた塔矢は、皆が知ってる塔矢は、あんなじゃない。
囲碁界の貴公子。サラブレッド。エリート優等生。そんな言葉だ。塔矢を飾るのは。
元名人の息子で、何の障害もなく、碁界の王道を真っ直ぐに、誰よりも早く、けど一段一段、確実に昇っていく。
そう言う奴じゃなかったか?
そんな筈の「塔矢アキラ」が、どうして。
知らない。
あんな、悪魔みたいな塔矢なんて。
あんな、怖くて、恐ろしくて、それなのに誰よりも綺麗でとてつもなく魅力的な魔物の存在を。
知らない。知るはずがない。

109甘味屋</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/05/06(火) 02:04
待っててくれてる人がいるようで申し訳ないが、断点-2はひとまずこれで終わりだ。放出完了。
続きはその内、書けたら出したい。
次はどうやってヒカルたんを苛めてやろうか思案中。
それともヒカルたんはアキラに反撃できるのか?
この先どうなるかは俺にもわからない。

110名無しさん:2003/05/06(火) 23:37
>109
天使の顔した悪魔アキラたんゾクゾクしるよ!ハァハァ(;´Д`)
だが甘いのも好きだ。
またよろしくおながいしますだ!

111裏失楽園:2003/05/09(金) 22:00
 低めの温度に設定したはずだったのに、お湯があたるたびに肌にピリっと痛みが走る。
 この鋭い痛みには覚えがあった。見てみると膝や肘は動かされている最中にシーツで擦って
しまったのか赤くなっている。擦過傷だ。
 ジンジンとした痛みはそこを中心にして生まれてくるようだった。
 温度調節の仕方などとっくに忘れていると思っていたのに、まだこの指は覚えている。
 そのことに妙な感慨を覚えながら、ボクはさらにシャワーの温度を低く調整し、身体に残る
倦怠感と汚れを洗い流した。しかし、身体に染み付いたような濃い匂いはどうやっても洗い
流すことはできず――ボクは幾分躊躇いながらも、白い陶器に入ったボディソープを手に取る。
 緒方さんの愛用しているボディソープの香りは気に入っていたが、いくらスポンジで泡立て
ても傷に良くないことは明らかだったが、それでも。
「……っ、」
 案の定、石鹸の刺激のせいでより強くなってしまった痛みがボクを苛む。
 スポンジなど使えなかった。ボクは泡をすくっては両手で肌を撫でることを繰り返すしかでき
ず、刺激を与えないように気をつけながらそろそろと肌を撫でる。
 お湯を身体にかけて泡を落としていると、ボトリと足元に白い塊が落ちてきた。ボクの後ろを
塞いでいたティッシュペーパーが、水分を含んだ自らの重さに耐えかねて落ちたのだ。 
 後ろが気にならないといえば嘘になる。…緒方さんを受け入れていた場所は、ほとんどの
感覚が消えていて、ティッシュペーパーが全て落ちたのか、それとも中にまだ在るのかさえも
よく判らなかった。そして、彼が奥深くに残しただろう残滓も。
 彼が中で出すことを良しとする人ではなかったから、ボクは自分で後始末をするといった経験が
ほとんどない。汚されても、彼に全てをゆだねておけばそれでよかった。
 しかし、今日は進藤がいる。進藤の前で、緒方さんを呼ぶわけにはいかなかった。
 ボクは覚悟を決めてそっと右手を後ろへ滑らせる。
 彼が中に入っていたところを、汚いとは思えなかった。

112ひみつ:2003/05/10(土) 18:03
すまん。嫌がらせじゃないんだがこの前話題だった強制排便アキラ…
スカトロ風味なので圧縮した。物好きな奴だけ見てくれ〜。
http://kigaruni-up.ath.cx/~kigaru/cgi-bin/clip-board/img/3425.lzh

113名無しさん:2003/05/10(土) 21:28
>112
ハァハァハァハァ(;´Д`)夢のシーンがついに俺のものに!ハアハァハァハァ(;´Д`)
光るケツ!
震える桃尻にぷりぷり放出、気持ちよさげじゃぁぁぁぁ!!アキラたん運子バンザーイ!
これ見たあとなぜか魔境避難所の文字が一瞬魔境排便所に見えた俺(w

114名無しさん:2003/05/11(日) 01:40
そおか、ひみつさんは固体派か。自分は液体派だったりする。

115Shangri-La:2003/05/17(土) 01:36
(35)
激しく上下するヒカルの胸の向こうで、アキラの漆黒の髪が揺れる。
(うわー、オレ、口だけでイっちゃったの?
 まー確かに暫く抜いてなかったけど、にしても情けねぇ……)
その髪に触れようと、ヒカルは手を伸ばそうとしたが
身体は言うことをきかず、ただアキラを見ているだけしかできなかった。

アキラは自らヒカルの上に乗ろうとしていて、
その頬は幸福に色づき、好色な笑みを満面にたたえている。
そこには確かに、ヒカルの知らないアキラが存在していた。

(オレ、こんな塔矢、知らない…。コイツ、誰だ?)
ヒカルの中の警戒心が、アキラに声をかけさせた。
「嬉しいの…?」
気の利いた言葉が出てこない自分が情けない。

アキラはヒカルの言葉に嬉しそうに頷き、自らヒカルを受け入れた。

116Shangri-La:2003/05/17(土) 01:37
(36)
「………!」
(キツい…やっぱり、急ぎすぎたかな?)
アキラの菊門は、ヒカルの亀頭を飲み込むのがやっとで
その辛さについ眉を顰めた。
深呼吸に合わせて、更にゆっくり腰を落としていく。
きついながらも少しずつ、楔がアキラに埋め込まれていくが
半ばまで埋まったところで、先を諦めた。

アキラは呼吸を調えながら、ヒカルの上半身に手を伸ばした。
「進藤、動かないでて…まだちょっと、きつい………」

アキラがヒカルの鳩尾から両手でそっとなで上げていくと、
ヒカルの口から溜息が漏れた。
さらにキスで唇を封じ、堅くなった胸の突起をそっと撫でると
ヒカルはアキラの口の中に熱い息を吐くと同時に、ぴくんと動く。
「……んんっ!」
半端にアキラの中に埋まったヒカル自身が
アキラの中の過敏な部分を掠め、思わずアキラは背中をしならせた。

さらにアキラがヒカルの肌を撫でると、
ヒカルは喘ぎながら、アキラの手の動きに合わせて
ぴくり、ぴくりと微かに動き、結果、アキラの愛撫は
結合部からアキラの中へと返されていった。

117Shangri-La:2003/05/17(土) 01:39
(37)
アキラは、ヒカルの首筋から肩にかけて吸い付き、
ヒカルの乳首を指で捏ねまわし、舌で激しく舐り
ヒカルと繋がったその場所から伝わる刺激を貪りながら
鼻にかかる甘い声で鳴いている。
「ん…んんっ……、ぅうん………」

ヒカルは、アキラの脇腹から胸元にかけて手を這わせながら思う。

(コイツのこーゆー声ってホント可愛いけど
キツイから動くなと言っておきながら、自分は散々動いてる。
ったく、何なんだよ?)

事実、アキラは猛り立った陰茎をヒカルに激しく擦りつけ
一人、行為に溺れているように見えた。

(―――うー、なんか腹立ってきた。)

ヒカルはアキラの頭を両手で挟み、顔を上げさせた。
アキラの瞳にはただ情欲だけが滾るのみで、その強さが
ヒカルの中の、まだ見ぬアキラに対する好奇心を焚き付けた。

118名無しさん:2003/05/17(土) 02:11
シャングリラたんキタ━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!!
このヒカルの心の声がなんともいえず好きだ(w

119Shangri-La:2003/05/20(火) 01:31
(38)
ヒカルはアキラの頬を両手で挟んだまま、動いた。
「はぁ……あぁん……あん……あぁぁ…」
アキラは眉根を寄せ、目を伏せ、切なげに喘いでいる。
動きに合わせて変わる表情は相変わらずだったが
頭を押さえ、無理な体勢を強いているせいか
少し辛そうにも見えた。

「塔矢、塔矢……」
アキラは瞼を震わせただけだった。
「もっと、やらしい塔矢が、見たい…」
ヒカルがアキラの額に張り付いた前髪を梳くと、
アキラはようやく少しだけ目を開いた。
「これじゃ、あんま見えない…」
アキラはぼんやりとしていたが、促されるままに身体を起こし、
ヒカルの視線に自分を晒した。

120Shangri-La:2003/05/20(火) 01:32
(39)
アキラはヒカルの上で自ら揺れながらぼんやりと考える。
――何か、足りない…

アキラの中に篭る疼きは、どんどん快楽にすげ替えられ
もうその波に溺れることしか出来ないのに、
それでも何故だか、まだ満たされない。
とめどなく溢れてくる唾液をなんとか飲み込み
何度も襲い来る極上の恍惚感に流されそうになりながら
なんとか今の状態を収められないものか、アキラは必死に考えた。

アキラは、自分をじっと見つめるヒカルの瞳に視線を残しながら
ゆっくりとした動作で首を捻り、指を2本、口に差し込んだ。
涎を垂らしながら、舌を出して指を迎えるその姿は
怖ろしいほど扇情的で、ヒカルは目を離すことが出来なかった。
アキラはそんなヒカルの視線に満足して、そっと瞳を閉じ
口の中で指をめちゃくちゃに動かし舌を遊ばせる。
いまさっきまで確実に存在した渇望は、少しだけ満たされ
嬉しくて自然と口の端が上がった。

でも、まだ足りない。
空いているもう片方の手は、自然と自分のペニスに伸びた。

121Shangri-La:2003/05/20(火) 01:32
(40)
―――えっ、おい、ちょっと待てって!?

慌ててヒカルはアキラの手首を掴んで、アキラを制した。

(扱いて欲しかったらそう言えばいいのに、
なんで自分でしようとするんだよ?)

ヒカルは自分も身体を起こしてアキラの顎を掴み
正面から向き合った。
不満を訴えるように、アキラはヒカルを睨みつけてくる。
鋭い瞳の下で、指を舐ることは止めようとせず、
ぴちゃぴちゃと音を立てながら、指の間からちろちろと見える
赤い舌とのアンバランスさに眩暈がした。
もう、ヒカルは限界だった。
ヒカルはアキラの口から手を外させ、
アキラの口が名残惜しそうに指を追う様子に苦笑いしてから
深く口づけた。

122Shangri-La:2003/05/20(火) 01:34
(41)
差し入れられたヒカルの舌の湿った温かさに
口の中の妙な渇きは、あっという間に消えていく。
(あ…、これが欲しかった…んだ…………)
「進藤、もっと………」
アキラはヒカルの首に両腕を回すと、更に深く唇を重ねた。

求められたことで少し満足したヒカルは
アキラの腰を支えるとひと息に突き上げた。
「――あぁぁぁぁっっ!」
アキラは背中を反らせ天を仰いだ。喉のラインが露になり
ヒカルは思わずむしゃぶりついた。
「あっ!ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、はぁんっ……ぁあん、ぁ……」
さらにヒカルが小刻みにアキラを攻めると、
その動きに合わせて、アキラは甘い悲鳴を上げ続けた。
ヒカルの手がアキラの中心を握り込むと、
アキラは息を飲んでヒカルにしがみついた。
「あ、だ、ダメ、あぁぁっ、進藤っ、やぁぁぁぁーーーっっ」
アキラが絶叫して、ヒカルの手の中に精を放つと同時に
ヒカルもアキラの中で果てた。

123Shangri-La:2003/05/31(土) 01:52
(42)
アキラはそのままヒカルに体重を預けると
しがみつくようにして頬を寄せてきた。
「塔矢、今日は中に出しちゃったから、洗わないと」
うん……、とアキラは曖昧に答えた。
「あとで辛いだろ?だから、ほら…」
「………いいよ、そんなの」
「良くないって。辛そうなの見てるのも、しんどいから」
ヒカルは半ば無理やりアキラを引き剥がした。
もう少しヒカルの上でまどろんでいたかったアキラは、
意に反して身体を離したヒカルをきつく睨むと勢い良く立ち上がり
その瞳にヒカルは射すくめられ、何も言えなくなった。
アキラは内股を伝い落ちる雫にも構わず
傍らのタオルを取り、吐き捨てるように言った。
「分かったよ、全部出せばいいんだろう」
言うか言わないかのうちに、アキラはタオルを投げるようにして
床の上にひろげ、その上に両膝をつくと、自ら指を差し入れた。

アキラははじめ辛そうだったが、時々前立腺の裏を指が掠めるのか
びくりと身を固めて甘い吐息を漏らし、また掻き出し始める。
前は少しずつ首をもたげて堅さを増している。
呼吸も荒く中を弄る様は、まるで自慰にふけっているようだった。
ヒカルは驚きのあまり、ただ呆然とアキラを見ていた。

124Shangri-La:2003/05/31(土) 01:53
(43)
暫くして、アキラは手を止め、顔を上げた。
「進藤、手伝って……」
その声で意識を戻された。
「塔矢、何やってんだよ?ちゃんと洗わないとダメなんだろ?」
「いいよ、今は…もう一度しよ……」
ヒカルは目を見開いた。
「まっ、まだする気かよ?オレもうできねーよ!信じらんねー」
アキラは浮かされたような表情でヒカルを熱く見た。
「なんで…?さっき、いやらしいボクが見たいって言っただろ?
見せてあげる。進藤が見たいなら、もっと、乱れてみせるよ…。
だから、ほら、見て……」
アキラはヒカルから視線をそらすことなく
膝立てのままヒカルに背を向け、片手を床につき
空いた手で媚肉を割り開いて見せた。
少し緩んで、中の粘膜もほんの少しのぞいている入り口が
激しくひくついて、ヒカルを誘っている。
ヒカルは思わず生唾を飲み込んだ。
(後ろからは恥ずかしいから絶対イヤって、あれほど言ってたのに…)
これまで決して見ることが出来なかった、
眩暈がするほど卑猥なポージングのアキラに、戦慄すら覚える。
「………もうっ、もういいよっ!とにかく、ちゃんと洗わなきゃ。
ほら、風呂、行ってこいって」
ヒカルはアキラの腕を取り、無理やり立たせて内股を拭うと
アキラを部屋の外へ追い出して、ドアを閉め、その前にへたり込んだ。

125裏失楽園:2003/06/02(月) 23:03
 バスタブに片足を乗せ屈みこんで、ボクは右手の人差し指を自分の身体の内部に深く差し
込んだ。自分でも判るほど熱を持った入り口は事務的に爪先を少し上下させるだけで指を
飲み込み、掻き回すとその容易さに呆気にとられる間もなくトロリとしたものが下る。
 彼が放ったものがどのくらいの量なのかは判らないが、念のためにとシャワーヘッドを
取り指で拓いた下腹部に湯を注いだ。ピクピクと口が開くたびにぬるい湯が入り込み、ややも
せずお腹が下から満たされるような奇妙な感覚が生まれる。それを目を閉じてやり過ごし、
衝動に任せて身体の力を抜いた。足元まで伝う生ぬるいものが何なのか――どうやって、
どんなシチュエーションでボクの体内にそれが入ったのか、そのときに同じマンションに誰が
いたのか――考えるだけで足が震える。
 その時、不意に視線を感じたような気がしてボクは顔を上げた。
 その視線の主は、恐らくバスルームの壁を半分埋め尽くす鏡からのものだった。
 白と金を基調としたバスルームの中でも一際異彩を放つ、悪趣味なほど大きな鏡は以前から
あるものだったが、緒方さんはこれを殊更気に入っていた。
 ボクを後ろから抱きすくめながら、あるいはボクの両手をその鏡に縋りつかせながら、彼は
ボクをゆっくりと苛んだ。そしてボクはいつも…生身の緒方さんと鏡の中の緒方さんに抱かれて
いるような、そんな感覚に酩酊した。バスルームに反響する声を抑えるどころか愉しんでいた。
 ボクがここに入ったときは進藤の名残で曇っていたが、ボクが浴びたシャワーの飛沫が曇りを
なくしている。ボクが動くたびに鏡に映るボクも同じように動き、それが目の端に映っていたの
だろう。今も、はしたない格好のボクを映している。
 一人でシャワーを浴び、後始末をしただけで興奮しはじめているボクを。

126裏失楽園:2003/06/02(月) 23:05
再掲しておくよ。ゴメン。
今2chに書き込めないんだけど、鏡妄想、マッサージ妄想すごく(・∀・) イイ!
好きだ!

127名無しさん:2003/06/03(火) 01:03
裏失たん、書き込めないのか?早く書き込めるようになるといいなあ。

128Shangri-La:2003/06/06(金) 04:39
(44)
「進藤…?進藤?」
霞がかかった意識の中で、アキラは慌ててヒカルを呼んだ。
つい今し方まで肌を合わせていたのがウソのように、
何度呼んでも、ヒカルは答えてくれない。
ドアを開けようとしても、ヒカルが体重を乗せていて開かない。
「進藤…、なんで……………」
ヒカルを詰る言葉は、声にならなかった。
自分を支えることが出来なくなって、そのままどさりと腰から落ちた。
何が起きたのか全く分からない。
ただ、ヒカルに拒絶された現実だけを、なんとか飲み込んだ。


全身の熱が引き始めると、罪悪感が急速にヒカルを支配した。
(家族の大事に、しかも両親が留守にしているこの家で
こんなこと、してるなんて……オレって親不孝者ってヤツだよな…)
ヒカルは、先刻、新しいアキラへ好奇心を持った事を後悔していた。
その淫らな姿がうしろめたさを強め、呵責に耐えきれなかった。
ドアの外からは呼ばれはしたが、答えずにいると
どさっ、と、鈍い音がして、静かになった。
少しして、ぺたん、ぺたん、と床が鳴ったので
音が遠ざかるのを確かめてから、ベッドの上にのっそりと横になった。
(お母さん、今晩も何ともないといいけどな…。
塔矢もこんな時くらい、余計な心配事増やさないで欲しいよ…)
「あーもう、ホント、疲れた………」
睡魔が枕元まで忍び寄ってきていた。
誘われるまま瞼を閉じると、行為の後の倦怠感が
静かに速やかに、ヒカルを深淵の眠りの奥底まで押し沈めた。

129Shangri-La:2003/06/06(金) 04:39
(45)
アキラは黙って俯き、頭からシャワーの湯をかぶっていた。
自分はこんなにもヒカルを求めているのに、伸ばした手が
触れるか触れないかのところでヒカルはひらりと身を翻し、
指先を掠めて一歩向こうに逃げてしまう。

今し方のヒカルの声が、耳から離れない。
ここまで怒っているのは初めての様な気がする。
それが自分に向けられた事は衝撃だった。
今日のヒカルは疲れているから、だから無意識のうちに
本当は心にもないことをしてしまっているんだ、と思いたかった。
でも、疲れているからこそ本音を隠すことなく
ぶつかってきたのではないか?とも思えてしまう。
いくら身体を重ねても、渇きを癒すことは出来なかった。
ヒカルが怯んでいるのが分からなかった訳ではないが、
自分を止めることができなかった。

降り注ぐシャワーの湯が氷のように冷たく感じる。
アキラはのろのろとではあるが事務的に自分を洗い清めると
重い足取りでバスルームを出た。
ヒカルは自分をどう思っただろうか?
そう考えただけで、ヒカルと顔を合わせる事が怖かった。
ヒカルの意識が、気持ちが変わってしまえば、
自分たちの関係は必然的にこれまでと変わってしまうだろう。
ヒカルの部屋へ続く階段が、まるで絞首台の階段のように思えた。

130Shangri-La:2003/06/06(金) 04:40
(46)
この扉を開けてもよいものだろうか?
ヒカルの部屋の前で、もう一度考えながら、
ノブを握る手にそっと力を込めると、ドアはあっさり開き、
ベッドの上で大の字に寝ころんだヒカルが目に飛び込んだ。
側によると、規則正しい寝息を立ててぐっすりと眠っている。
アキラは拍子抜けして一瞬呆けたが、
慌ててヒカルに布団をかけ直してやった。

今に始まったことでもないが、自分のためだけに
ヒカルに色々なことを押し付けてきたのは百も承知だ。
でも、部屋から出された時の、怒気を含んだヒカルの声が消えない。
またこうして、ヒカルの寝顔を見られる日は来るだろうか?
また以前のように抱き締めてはもらえるだろうか?
考えれば考えるだけ深みに嵌まっていく――今のアキラには、
ネガティブな思考を打ち消すだけの自信も余裕もなかった。

眠っているのなら、今日はもう帰ってしまおう。
昨日の今日で顔を合わせてしまえば気まずいし辛いけど
少し時間が経てば気持ちも落ち着くだろうし、
もしかしたらうまい対処方法も浮かぶかもしれない。
アキラはそれまでとは打って変わった
きびきびとした動きで手早く服を着ると
枕元の床に膝を突いて、ヒカルの寝顔を眺めた。
ヒカルはぐっすりと眠っている。
その安らかさこそが、アキラの心を締めつけた。
その苦しさに視界が白くぼやけてゆき、やがて何も見えなくなった。

131Shangri-La:2003/06/08(日) 03:41
(47)
ヒカルの意識が覚めたのは、6時少し前のことだった。
目は開かないが、病院での習慣として身に付いた起床時間だ。
何気なく伸ばした手が、空を切る。
その違和感に弾かれたように飛び起きると、
ヒカルは一人、自室のベッドの上だった。
慌てて周囲を見渡すと、アキラがすぐ目の前で
ベッドの端にやっと引っ掛かるように両腕をついて
こちらを見るようにして眠っている。

なんでこんなところで寝てんだろ、と考えながら
アキラの頬を指でそっと押すと
頬の肉が寄って、アキラの端正な顔が少し歪んだ。

本当なら昨日は、一人でゆっくりこれまでのことを整理するはずだったのに。
いろんな事がありすぎて、頭がいっぱいだったのに
コイツが無理やり割り込んできて、全部追い出して好き放題して…
ったく、何なんだよ。まったく……勝手だよなぁ。

今度は、頬を軽くつまんでみる。
(ぶっ……変なカオ…)
アキラが起きてこのことを知ったら怒りそうだ。
秘密の形をしたアキラの顔に、少しだけ和んだ。
指を放してアキラに声をかけ、ベッドで寝るよう促すと、
アキラは驚いたように目を見開いて、ヒカルを見つめた。

132Shangri-La:2003/06/08(日) 03:42
(48)
ヒカルの声は、いつかのように穏やかで優しかった。
顔を合わせるのが怖くて仕方がなかったアキラは、その優しさに驚いた。

「どうしたんだよ。オレの顔がどうかした?オレの後ろになんか―――」
ヒカルはそこで息を飲み、大きな動作で後ろを振り返った。
何もないことを確かめ、上も周りも見回し一瞬渋い顔をしたが
すぐその色を消し、アキラに向き直った。
「何もいないじゃん、ほら」
ヒカルはアキラの腕を取り、ベッドに引き上げ腕の中に収めた。
「大体なんでオマエだけ服着てんだよ…なんか邪魔」
呟きながら、ヒカルは慣れた手つきでアキラを剥いていく。
アキラはどうしていいか分からなくて、ごめん、とだけ答えて
後はされるがままでいた。直に触れる肌の温かさが嬉しかった。

ヒカルは素っ裸にしたアキラを一度きゅっと抱き締めると、
アキラの顔を覗き込み、指の背でアキラの頬を撫で上げた。

この後、ヒカルが何を言うか心配でたまらない。
アキラは目を閉じ、身を堅くしていた。心臓がきりきりと痛む。

そんなアキラの頬には、うっすら一筋の線が
眦から耳たぶの辺りまで見て取れた。
ヒカルはアキラの涙なんて見たことが無かったし、
泣くなんて想像もつかなかった。が、それは確かに涙の跡と思えた。
ヒカルはそれを拭うように、舌と唇でそのラインをゆっくりとなぞった。

133Shangri-La:2003/06/10(火) 00:56
(49)
ヒカルの口づけを頬に受けながら、アキラは初めて泣いたことに気づき、
また、帰るつもりが眠ってしまった自分を、かつてない程に呪った。
何を言われても躱しきる自信は、まだない。
「塔矢、どうしちゃったの?オマエ、おかしいよ」
その言葉には棘もいらだちもなかったが、余裕のないアキラはそれに気づかなかった。
―――来た………!
構えてはいたけれど、体中の血が一瞬で沸騰したような気がする。
この後、何を言うだろうか?昨日のボクに何を思っただろうか?
平静を装ってみても、これだけ身体が密着していれば
動揺していることなんか、あっさりバレてしまうだろう。
それでも努めて平静を装い、なにが、と聞き返した。
一方ヒカルは、何がおかしいのか聞かれても、答えようが無い。
全体的におかしかったんだもんなー…。
「だって、えーと、ほら、今だって、なんでそんなとこで寝てんだよ?
ベッドで寝ればいいじゃん。しかも一人で服まで着ちゃってさぁ…」
(なんだ、そんなことか。そんなのボクだって知りたいよ…大失敗だ)
「え?あ、そうだね、そういえば、なんでだろ…?」
「それに昨日だって、一緒に風呂入るって言ったり、襲ってきたり、
えーと、あと、んーと……」
アキラが淫乱すぎて驚いた、とヒカルは思ったが、口にすることは憚られた。
「襲った?襲うって…ボクが?キミを?」
「そうだよ。オマエ、覚えてないの?」
「確かに、キミとしたけど…ボクが、ボクから……?
ちょっと待って、頭の中、整理するから…」
「いっ、いいよ!覚えてないんなら、いいから、忘れてろよ」
ヒカルの言葉に構わず、アキラは慌てて記憶を辿る。
昨日の夕方からの記憶は、ヒカルを寝かしつけて、
それでもヒカルが夜半に起きてしまっていたところで途切れ
あとはただ激しく交わっていた事と、ヒカルに拒絶され後悔した記憶。

134Shangri-La:2003/06/10(火) 00:57
(50)

 最悪だ…………

入眠時の記憶がなくなる事は、頻繁ではないが
両親が家を空けるようになってから、時々経験していた。
ただ、これまでは、自宅で一人の時ばかりだったから
記憶が無い時間に何をしたのか、考えたことはなかった。
ヒカルとセックスしたことはたいした問題ではない。
もしヒカルが本当に眠れないというのなら
最終手段として考えていたからだ。

食事と睡眠は、生命維持の面から言えば最も重要な要素で
それが出来ない、摂りたいと思わないと言い切るヒカルは
絶対危険な状態に違いないし、
嫌だと言うなら、無理にでも摂取させるしかない。
食事はなんとかとれたし、睡眠だって大丈夫かも、と思っていた。
が、夜半にヒカルが起きてしまっていたのを見て
強制的に眠りにつかせる方法はないか、一瞬のうちに考え
結論として、ヒカルを襲う気になったのは事実だ。
いかに深い眠りを誘うか、分かっていたから――。
お風呂では勃ったし、できるはずだと思った。

それより問題は、その襲い方だ。
ヒカルの中の自分は、昨晩の記憶にあるような事を
するようなキャラクターではない。
どこか夢を見ているようで、なのに確かにヒカルをとらえていた記憶。
夢と現実との境目がすごく曖昧で、ふわふわと足下がおぼつかない状態で
促されるままに、いやそれ以上に、淫らに振る舞った記憶―――
そこから推察すると、凄いことをして誘ったのかもしれない。

135Shangri-La:2003/06/10(火) 00:58
(51)
「塔矢、塔矢ー、と、う、やっ、」
ヒカルがいくら呼んでも、アキラは考え事を止めない。
「とぉやぁ…」
思い切ってアキラの頬をつねると、ようやくアキラがこちらに意識を向けた。
「あ、ごめん、なに?」
「オレ腹減ってきたぁ…メシどうする?」
「お腹、空いたの…?」
昨日は食べさせるだけであんなに手がかかったのに、何なんだ???
アキラは思わずまじまじとヒカルを見てしまった。
「うん。当たり前じゃん。オマエ腹減ってないの?
ホント、胃袋小っちぇーよなぁ…」
「なべ焼きうどんでよければ、買ってきてあるけど…、食べる?」
ヒカルは嬉しそうに頷いて、もう一度アキラを抱き直すと
じゃぁもう少し寝たら食べようよ、と布団をかけ直した。
ふわり、と記憶のある匂いが鼻先を掠める。
「この布団、昨日は気づかなかったけど、進藤の匂いがするね」
「そう?」
「うん、ボクこの匂い、大好きだよ…」

ヒカルの体温と香水の残り香が、アキラを心地よく眠りへと誘う。
ずっとこうしていられれば、いいのに…
胸の中に不安を抱えたまま、ヒカルの腕の中で
アキラはひととき幸せな眠りに落ちた。

136Shangri-La:2003/06/10(火) 00:59
とりあえず、終わりです。
読んでくれた皆さん、ありがとうございます。
皆さんのキタ━!!!が、アキラたんの次に心の糧でした。

話が中途半端っぽい気もしなくもないんですが、
やししいヒカルたんの腕の中でハッピー?エンドにすることは
あらかじめ決まっていました。
実は消化していない伏線もいくつかあるのですが
その辺は、気にしないで下さい(w

自分の誕生日祝いに自分で買った限定販売の香水
(強烈に欲しかったので、衝動買いにそんな題目を付けただけだが)
に触発されて、匂いをかぎ分けるアキラたん妄想で(;´Д`)ハァハァ
しちゃったついでに、それを晒してみただけなんだけど
書く作業って思いの外自分をさらけ出す作業だったもんで
未熟さを思い知らされました。自分なんか全然ダメダメだけど
職人さんってホント偉いよ。職人の皆さん、いつもありがとう。

137Trap22</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/06/14(土) 00:30

血が、ポタポタと落ちた。
灰色のコンクリの床に、点々と赤い染みを増やしていく。
「………」
それは一瞬の出来事だった
身体に触れる寸でのところで、緒方の手はナイフを捕らえていた。
右の掌で、その刃先を握り締めるようにして――。
茫然とその様子を見ていたアキラだったが、ハッと我に返り、
「緒方さん!」名を呼んだ。
「……オレはこう見えても、多少武術の心得があるんでね」
緒方は言うが早いか、ナイフを持っている方の男の腕を高く持ち上げ、
無防備になった男の腹に強烈な蹴りを入れた。
「ガハッ!」
見事に決まったようだ。
男の身体が前のめりに折れ曲がるよう崩れ落ちる。
緒方が手を離すと同時に、カシャーン、ナイフが床に叩きつけられた。
「……やってくれるじゃねぇか」
遠巻きに見ていた男達の中から声がした。
一瞬にして空気が殺気立ったのが分かった。ピリピリと痛いほどに。
アキラは眉を寄せ、心配そうに緒方を見つめている。
緒方は出血している右手はそのままに、アキラを背に庇うようにして、
「……アキラくん、さっき言った通りの作戦でいこう。オレが合図をしたら走れ。いいな」
声をひそめて指示を出した。
「でも、緒方さんは…」
「そう簡単にやられたりはしないさ」
多勢に無勢のこの状況で、本当に無事でいられるだろうか。
不安でたまらず、アキラは緒方の上着の裾をぎゅっと握る。
すると緒方は怪我をしていないほうの手で、そんなアキラの手に静かに触れた。
「……大丈夫だ」
その温もりにアキラは瞳を伏せる。
子供の頃、よく頭を撫でてくれた手。あの頃と変わらない温かさ。
久しく感じていなかった緒方の優しさに、アキラは胸が切なくなった。
「――ヤっちまえ!」
次の瞬間、男達が一斉に襲い掛かってきた。

138Trap23</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/06/24(火) 00:22
「行け!アキラ!!」
緒方が突き放すように、アキラを押しやった。

それからのことは、よく覚えていない。
アキラは無我夢中でやみくもに走った。
力の入らない身体で、必死に出口を、光を目指して、駆け続けた。
誰かが追ってくる気配がしたけれど、それも途中で消えていった。
このまま走れば、本当に外に出られるのだろうか。
また、あの温かい世界に戻ることが出来るんだろうか……。
進藤がいて、碁を打って、時にはケンカをしたりして。
他愛もない日常の断片が、アキラの頭の中をよぎっていく。

――ザァッ。冷たい風が、頬に吹き付けてきた。
倉庫を出ると、深い夜の闇がアキラを迎え入れた。
光も温もりも存在しなかったが、それでも閉鎖された異空間から解き放たれたようで、
アキラは初めて大きく息を吸い込んだ。
すぐに緒方の車は見つかった。急いで助手席に乗り込む。
緒方の言った通り、ドアは開いていて、車にはキーが刺さったまま、エンジンはかかりっぱなしだった。
一人、助手席のシートに座りこんだアキラの身体はガタガタと震えている。
(…緒方さん…)
ガランとした隣りの運転席を見つめながら、アキラは置いてきてしまった緒方のことを思う。
どうか彼が無事に戻ってきますように……。
祈るような気持ちで、アキラは膝を抱えて、顔を伏せた。

――それから、どのくらいの時間が経ったのか。
ガチャリ。音がして、突如、運転席側のドアが開いた。
ビクッ。アキラの身体が大きく震えた。
顔を上げるのが怖い。もしも緒方でなく、男達の誰かだったら……。
だが、息の詰まるような時間は、そう長くは続かなかった。

139マッサージ妄想:2003/06/28(土) 23:03
迷ってるうちに11時になっちったんで
こっちにあげさせてもらいます。

140マッサージ妄想:2003/06/28(土) 23:04
(69)
シャワーの水流が勢い良く浴槽を叩き、水色のカーテンに包まれた小さな世界を
温かな蒸気で満たし始める。
浴槽の縁にアキラを腰掛けさせ、その脚と向かい合う形で社は浴槽内に胡坐を掻いた。

目の前のアキラの脚は昨夜と変わらずすんなりと伸びやかなラインを描いて、その中心を
隠そうともしないまま無防備に開かれている。
昨夜あんなにも白く瑕一つなかった表面に、今は自分の残した赤い跡がいくつも散っていた。
その跡の一つ一つに昨夜の情景を甦らせながら、アキラの片方の足を取ってしみじみと眺める。
(ああ、この足や・・・・・・)
昨夜、次にはいつ触れられるかわからないからと目に焼きつけたアキラの足は、変わらない
温かさで自分の手の内にあった。静脈の透けた足の甲にそっと口づけてからボディソープで
滑りを良くし、昨夜と同じように先端から揉みほぐしていく。
「んっ・・・・・・」
アキラがもどかしそうに小さな身じろぎを繰り返す。
それを無視して泡を立てながら愛撫のような軽いマッサージを足指から足の裏、足首へと
丹念に施していくと、アキラはピタンと音を立てて後ろの壁に凭れ、目を閉じビクビクと
何度も膝を震わせた。
その中心に、早くも熱く昂りきったものが頭を擡げている。
アキラを大切だ、守りたいと日頃は思っているはずなのに、こんな姿を見せられると
つい嗜虐心がムラムラと湧いて起こり、言葉で突っついて苛めてみたくなってしまう。

141マッサージ妄想:2003/06/28(土) 23:04
(70)
「あー、もうそんなにしてもーて・・・・・・なんや今夜は、昨夜にも増してノリノリみたいやなぁ?」
「・・・・・・キミが、妙な揉み方をするからだろう・・・・・・っ?」
悔しげに声を詰まらせて、アキラがまた蹴りを放って来た。あっさりとかわして足首を捉え、
泡まみれの親指を足裏に滑らせてぐりぐりと刺激するとアキラが堪らず腰を浮かせる。
「オレ、何もしてへんでー。セッケンつけとる以外は昨夜とおんなじ、至って普通の
マッサージメニューや」
「嘘だよ・・・・・・」
コツン、と壁に頭を預け、息を乱しながらアキラは言った。
「ならどんな風に昨夜と違う?ゆうてみ」
足指の裏の付け根をくすぐりながら優しく促してやると、アキラは目を閉じかすれた声を
上擦らせて答えた。
「こんなやり方・・・・・・足の先から、痺れて・・・んっ、・・・・・・溶けちゃうよ・・・・・・」
「そら、足揉み師冥利に尽きる言葉やな・・・・・・」
乱れるアキラの姿態をじっくりと目に焼きつけながら、新たなボディソープを手に掬い泡立てる。

足首から脛とふくらはぎ、滑らかな膝と膝裏、太腿へ。
時折焦らすように手を戻しつつ、甘い香りの泡で白い脚を侵していく。
その間アキラは目を閉じ、陶然と呼吸を震わせながらされるがままになっていた。
ふと思いついて呼びかけてみる。
「なぁ塔矢。目ぇ開いてみてくれへん」
「え?・・・・・・」

142マッサージ妄想:2003/06/28(土) 23:05
(71)
社の言葉に反応して開いた目は快楽に甘く潤み、普段よりも充血している。
その赤さはやはり、愛戯の興奮と体温の上昇のせいだけではなさそうに見えた。
複雑な気持ちが湧いて起こる。
(やっぱりさっきのは絶対、泣いた後の目ぇやと思うんやけど・・・・・・コイツ何で泣いとったんやろ)
そして何故今、さっきまで泣いていた事などなかったかのようにこうして快楽に身を任せて
いられるのだろう。泣いた理由は自分に明かさないままで。
やはり自分はまだアキラのことを理解できていない、と思う。
そしてアキラも自分のことを完全には頼ってくれていない。
それでも。

「なあ、塔矢」
「ん・・・・・・っ」
内腿をゆっくりとさすられながら呼びかけられて、返事なのか喘ぎなのかわからない声を
アキラが返した。項垂れたその表情はつややかに湿った髪に覆い隠されて見えない。
「アンタ、やっぱホンマに淫乱で、好きモンで・・・・・・」
手の中のアキラの脚がピクリと動く。
「オレのこと好きやゆうても、東京帰ったらまた他の奴と寝まくるんやろな。・・・・・・いや、
帰ってからに限らへんわ。帰りの新幹線の中でだって、隣に男が座ったらきっとそれだけで
カラダ熱くして、」
アキラが泣き声のような溜め息を洩らし緩慢に首を振る。だが少し手を滑らせて腰骨の辺りを
撫でまわしてやれば、途端に白い身体がビクンと跳ね上がり悲鳴のような嬌声が響いた。
「今やってこうして、オレに何言われてもちょっと体つついてやればエッロい声出して・・・・・・
アンタのそういうとこ、やっぱ憎たらしいわ。肝心な部分でオレのこと頼ってくれへんのも
寂しいし、腹立つし、・・・・・・そやけど、」
片手でアキラの片脚を抱いて泡まみれの白い太腿に頬を伏せ、空いた手でアキラのもう片方の
脚をそっと撫でる。

143マッサージ妄想:2003/06/28(土) 23:06
(72)
「そやけど・・・・・・好きや。優しいとこも腹立つとこも、全部・・・・・・」
肉体は熱く滾り立っているのに不思議と胸の内は穏やかだった。
アキラの抱えるものが自分には見えなくても、その見えない部分も全部ひっくるめて、
今目の前にいてくれる丸ごとのアキラを愛しいと思った。
だが社のその言葉が、アキラの身体に異変をもたらした。

「・・・んっ・・・・・・く・・・・・・っ!う、う、・・・っ、」
「・・・・・・。塔矢?」
突然ガクガクと大きく痙攣し始めたアキラの腿から驚いて顔を上げると、アキラは首から上を
薔薇色に染めて両手を浴槽の縁に突き、全身を痙攣させて何かを堪えている。
(え?エーと、これは・・・・・・もしかして・・・・・・)
「塔矢。塔矢、だいじょぶや。な?我慢せんでエエ」
膝立ちになりアキラの頬を両手で包んでやるが、アキラは固く目を閉じたまま激しく首を
振って社の手を払った。
そのままアキラの手が自らのモノに伸びようとする。咄嗟に身を起こし、アキラの両手首を
掴んでパン!と壁に押し付けた。自分でも何故そんな行動を取ってしまったのかわからない。
ただ愛おしさと驚きと嗜虐心がない交ぜになったような強い衝動が込み上げて、
その先に来るものを誤魔化さず見せろとアキラに強いるような心情だった。
動揺したようにはっと潤んで見開かれたアキラの瞳と目が合う。
「・・・塔矢・・・」
その眼差しも表情も心に焼きつけながらコツンと額を合わせ、手首を掴んでいた指を
移動させて、強張り震えるアキラの指としっかり絡め合わせる。
小刻みに震えるアキラの吐息が近い。
その唇に己の唇をそっと触れ合わせてから、アキラの耳の中へ注ぎ込むように囁いた。
「・・・・・・好きや」
途端に感極まったような甘い呻きが細く長く浴室に響き、アキラの今日まだ一度も触れられて
いない陰茎から社の腹部へと、叩きつけるように白い迸りが飛び散った。

144名無しさん:2003/06/28(土) 23:22
こんなところにマッサージ妄想キタァァ――――(゚∀゚)――――――!
感じすぎるアキラたん。やっぱり社のことが好きなんじゃないのか?
いや、アキラたんこそ心の底では愛されているという証拠が欲しかったのかもしれない。

あちらでは書き込みができず、いつも指をくわえていた俺。
久しぶりにキタ――!できて嬉しい。

145名無しさん:2003/06/28(土) 23:59
キタ━━━(゚∀゚)━━━(゚∀゚)━━!!!!! !!!!! ハァハァ(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)
「好きだ」と言う言葉に異常に反応するアキラたんハァハァ(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)
だがなぜだ?何かトラウマがありそうだな・・・・。社と同じでこのアキラたんを
理解出来て無いぞ!!

今日はハァハァ(;´Д`)出来ずにがっかりしてたがここでハァハァ(;´Д`)出来て嬉しいぞ!

146名無しさん:2003/06/29(日) 03:14
マッサージキテタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━!!!
逝ってもうた━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━!!!
やっぱ愛情が伴うと感じ方も倍増するんだよな。
アキラたんは今までは快楽追求のセクースが主だったのかもな。
でも確かにトラウマがあるような気もするし、社!アキラたんの心も珍子もしっかり
マッサージしてやるんだぞ!
今日は昼間から夜にかけて客人日和だったみたいだな。

147マッサージ妄想:2003/07/02(水) 22:42
(76)
ばらばらと浴槽に叩きつけられるシャワーの音すら、自分たちを煽っているように聴こえた。
男二人には狭過ぎる浴槽の中で、高い声と共にアキラの体重が腿と腰とに掛かるたび、
胡坐を掻いた膝や背中が浴槽と擦れ合ってごりごりと痛んだ。明日の朝には痣だらけになって
いることだろう。
(いくらでも痣になってくれたらエエ)
この一時を共に過ごした後はまたアキラのいない長い日常が始まる。
痣。肩の噛み傷。つややかな湯呑み。一晩だけアキラの身体を包んでいたシャツ。
そんなものをよすがにしながら、また来る日も来る日も自分の腕の中にいないアキラに
焦がれ続けるしか自分には手立てがないのだから。

「ん?塔矢、どした」
引っ切りなしに揺すられ切ない喘ぎを洩らしながら、アキラが懸命に身体を捩ってこちらを
向こうとするのに気づき社は一旦動きを止めた。
「・・・かお、」
「ん?」
小刻みに震える呼吸を繰り返す唇に耳を近づけてやる。
「顔が見えない、・・・・・・キミの顔が見たい」
「こうか」
濡れた肩に後ろから顎を密着させて覗き込み、しっかり視線を合わせてにっと微笑んでやると、
アキラも上気し汗に濡れた顔で嬉しそうに笑った。
切れ長の大きな瞳がキラキラと潤んで、もうその目に血の色を加えていたのが涙だったか
欲情だったかわからない。

148マッサージ妄想:2003/07/02(水) 22:42
(77)
「社。もう一度、聞きたい」
声をかすれさせてアキラは言った。
「ん?」
「さっきの言葉・・・・・・」
ああ、と頷いてしっとり湿った黒髪を掻き分け、湯で濡れた指で耳と耳の後ろをなぞりながら
唇を寄せる。同時に片手でアキラのモノを軽く握り込み、焦らすようにゆっくりと扱いてやる。
濡れた白い背がびくびくと反る。
そうしてからもう一度全ての動きを止めて、まるい穴の奥へと注ぎ込むように囁きかけた。
「塔矢。・・・・・・好きや・・・・・・」
途端に目を閉じたアキラの内部と全身が切羽詰ったリズムで激しく痙攣し、一際高く上がった
声に引きずられるようにして、社はアキラの奥に熱を叩きつけた。

その夜は、いくらでも抱ける気がした。
アキラでもセックスで音をあげることがあるのだと初めて知った。
放心状態のアキラを抱きかかえシャワーで身体を流してやりながら、社は昨夜自分がアキラの
肌に散らした赤い跡をもう一度、一つ一つ丹念に吸い上げていった。
アキラが自分と過ごした証の色濃い跡が、出来るだけ長くアキラの肌に留まるように。
同時にアキラにも自分の肩に歯を掛けさせ、もう一度強く噛み跡を残させようとしたが
何度促してもアキラの顎に力が入らず、諦めた。
「エエよ、塔矢。もうエエて」
「・・・・・・うーっ・・・・・・」
ぐずる子供か唸る獣のような声を立てながら、アキラは悔しそうに何度も社の肩に食みついた。
だが甘噛み程度に歯を立てただけですぐに力が抜け、唾液で社の肩を濡らすに留まってしまう。
そんなアキラを引き剥がし、腕に抱いてポンポンとあやすように首の後ろを叩いてやる。
「だいじょぶや。・・・・・・跡なんか付けへんでも、オレ、アンタのこと忘れへんし」
な?と笑ってみせると、力の入らなさそうな頬と顎で、アキラはそれでも嬉しそうにかすかに笑った。

149断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/10(木) 01:25
>108 の続き
相変わらず、Sアキラによるヒカル虐め(セクハラ?)続行中。
趣味に合わない方はスルーしてくれ。

150断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/10(木) 01:26
昼飯なんか食べる気にならなくて、用意されたお弁当もかなり残してしまった。
中々進まない上に、途中で箸を置いてしまったオレを見て、和谷が不思議そうに言う。
「なんだ?進藤。具合でも悪いのか?」
「ん……」
悪いっちゃ、悪い。身体の具合よりも精神的なもんのほうが大きいんだろうけど。
「おまえがメシ残すなんて、風邪でもひいたか?」
「オレだって食欲ないときぐらいあるよ!」
ムッとして苛ついた声で返したら、
「ふーん、」
と、和谷は何か言いたそうな感じでじろっとオレを見た。
「ま、いいけどさ。何があったんだかは聞かねーけど、とりあえず午後はしっかりやってくれよ。」
「なんだよ、午後は、ってその言い方。午前中だってちゃんとやってたろ!」
「ちゃんと?あれが?」
人の言葉尻を捕らえたような和谷の言い方にオレはますます苛つく。
「朝からずっと誰かさんの方ばっかりちらちら気にして、気もそぞろだったじゃん。
でもってアイツの方はさっぱりだし。喧嘩でもした?」

……誰かさんって、やっぱ塔矢の事か?
自分じゃそんなつもりなかったけど、そんなにオレは塔矢の事を気にしてたのか?
そうかもしれない。だってあの時以来、塔矢に会うのは初めてだったんだから。
和谷って結構鋭いんだ。ちょっとびびった。
「まあ、そんなとこかな……」
たいした事じゃないってふうにオレは言った。
喧嘩、なんかならまだよかったんだ。

「全く、おまえと塔矢って仲がいいんだか悪いんだかわかんね―よな。」
そう言って和谷はお弁当を片付けて、先行くよ、と言って部屋を出て行った。

151断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/10(木) 01:27
公開対局やら指導碁やらのイベントも随分慣れてきたけど、やっぱり疲れる。
プロって手合いだけじゃなくてこういうイベントも多いんだって、最近やっと実感してきた。
でもオレはやっぱ敬語とか得意じゃないし、オジサン達相手にも、ついついフツーの喋り方をしてしまっ
たりして、棋院の人には失礼だとか言われて怒られるし、和谷には馬鹿にされるし、でも、お客さんだっ
て喜んでるんだからいいじゃねーか、と言ったら、ちっとは塔矢を見習え、なんて言われてしまった。
塔矢はこういう場にも慣れてるみたいで、いつもみたいに涼しい顔で多面打ちの指導碁をこなしていた。
そう言えば囲碁サロンでも指導碁とかしてたし、大人相手の指導とかも慣れてるんだろうな。
塔矢の指導碁は人気らしい。なんてったって「塔矢アキラ」は既に囲碁界のブランドみたいなもんだし。
強さはもちろんだけど、あのルックスも随分ものをいってるんだろうな。髪も眼も真っ黒で、すごく色白だから、
白と黒の碁石みたいだな、とかオレは思ってた。
そんなところまで塔矢は「若き日本囲碁界の象徴」そのものって感じだ。

こうやって塔矢を見ていると、忘れてしまいそうになる。
あんな事があったなんて、信じられないと思う。
他の誰に言ったって信じないと思う。

でも、あんな風に愛想よく、お人形みたいにキレイな、でもお人形みたいに冷たい笑顔をばら撒いてる
塔矢を見てたら、何だか無性に腹が立ってきた。
この大嘘つき。
いつもそうやって皆を騙くらかしてたんだよな
何が囲碁界の貴公子サマだ。
清廉潔白、汚いことなんか何も知りません、みたいな顔をして。
オレにあんなコトしたくせに。

152名無しさん:2003/07/10(木) 01:38
断点キタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━!!!
久しぶりだな!また会えて嬉しいぞ!
アキラたんは俺のS心を刺激するが、サディスティックなアキラたんも魅力的だ。
アキラたんの深層にはいろんなものが渦巻いてそうだとも思う。
だが実は深いものは何もなく、ただ野性と欲望だけで動いてるようにも思える。
究極の愛に憧れてたりするようにも見える。アキラたん万歳!!!
和谷・・・またアキラたんの気まぐれで餌食になったりしてな(w

153断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/10(木) 22:57
ノックもせず、物音を立てないようにしてドアを開けたら、やはりそこに彼がいた。
「……塔矢、」
ヒカルが低い声で呼びかけると、アキラは一瞬動作をとめ、それから酷く緩慢な動作で振り返った。
「よくよく懲りない人間だな、キミも。学習能力というものがないのか。」
なんだかもう見慣れてしまったような無表情なアキラを見て、ヒカルの怒りは急速にしぼんでいった。
アキラを責めてやりたいとか、詰ってやりたいとか思っていたのは只の口実にすぎなくて、何とかして
近寄りたいと、話をしたいと思っていた事に気付いてしまった。
なんて情けないんだろう、と思いながら、それでも口を開く。
「話がしたくて……」
「ボクはキミと話すことなんてないね。」
冷たく切って捨てるアキラを上目遣いに睨みつけてヒカルは問う。
「…塔矢はオレが嫌いなのか?」
「何を今更。」
当たり前の事を聞くな、と、アキラは鼻で笑って言う。
「でもっ…」
声を詰まらせながら、それでもヒカルは必死に食い下がる。
「それでも、塔矢、オレはおまえが…」
「言うなっ!」
言い出したヒカルを、アキラが鋭い声で遮った。
「…言わせない。そんな事。許さない。」
言われたヒカルは大きく目を見開き、次いで、アキラの言葉の理不尽さに噛み付くように言った。
「…許さないって、何だよ。オレが何言うかなんて、おまえの許可なんかいらねぇよ。
おまえが許さなくたって嫌だって言ってやるよ、おまえが、」
「やめろッ!!」
「おまえが、好きだッ!!」
叩き付けるように言ったヒカルを、アキラは息を飲んで見詰める。
「よくも…よくも、そんな事を、言ったな……」
「ああ、言ったよ。言ったがどうした。
何度でも言ってやる。おまえが好きだ。
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだッ!
おまえが何て言おうと、何しようと好きだ!」
顔面を蒼白にし、怒りに拳を握り締めるアキラに向かって、ヒカルは悲痛な声で叫ぶ。
「なんで、なんでオレが好きだって言ったらおまえが怒るんだよ!?」
「なんでだって?よくもそんな事が言えたな。何も、何もわかってないくせに…!」

154断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/10(木) 22:57
ヒカルを睨みつけていたアキラは、ようやく湧き上がる怒りを押さえ込んで、低い声で言った。
「…だから、だったらどうだって言うんだ。それで、どうするつもりだ。
キミがボクを好きだって、だからどうした。それがなんだ。
キミがどう思おうと、ボクはキミなんか好きじゃない。」
「ウソだ。」
間髪入れずにヒカルは言う。
「――何が、嘘だって?」
「オレを好きじゃないなんて、ウソだ。おまえだって、おまえだってオレを好きなくせに。」
まるで予想もしていない事を言われたように、アキラはまた大きく目を見開く。
そこに付けこむようにヒカルは続ける。
「だって、おかしいじゃないか。オレがおまえの事好きなのが気持ち悪いとかって言うんなら、まだ、
わかるよ。オレだって自分がヘンなんじゃないかとか思ったし、おまえ以外の男なんて絶対ヤだし、
絶対考えられないし。」
ギリギリと睨みあげる視線に怯みそうになるのを隠して、ヒカルは必死に言い募る。
「おまえだって言ったじゃないか。オレの事、好きだからゴーカンしたんだろ。
でなきゃ、あんなこと、するかよ。好きでもないのに。ヤりたいなんて、思うのかよ。しかも、男を。」
ヒカルがやっと言い終えて挑むようにアキラを見上げると、相対するアキラの目がすうっと細くなった。
「……馬鹿馬鹿しい。ボクがキミを好きだって?」
平静を取り戻したアキラは冷たく言い捨てる。
「おめでたいね。そんな事、考えてたのか。
ふ、キミの理論からすると世の強姦魔は皆被害者に好意を持っていたとでも言うのか。」
アキラがすっと手を伸ばしてヒカルの前髪に触れると、ヒカルがビクリと身を竦めた。
その様子にアキラは冷ややかな笑みを浮かべながら、身体を縮こまらせながらアキラを見上げるヒカル
の瞳を覗き込む。
「確かに、キミに欲情したのは事実だよ。
そうやって怯えた目でボクを見るキミは実にボクの劣情をそそるよ。
どうしたらもっとキミを痛めつけてやれるだろうって、考えるだけでゾクゾクするよ。
だがそれは好意なんかとは無関係だ。」
ヒカルの前髪をくるくると弄びながら、薄く笑んだまま、アキラは続ける。
「相手が男だろうと女だろうと挿れて出すことには変わりはない。
好意なんかなくたって、いくらだってできるさ。
嫌がらせだって、鬱憤晴らしだって、」
ヒカルを見ていた瞳にギッと力がこもる。
「憎しみからだって。」

155断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/12(土) 00:42
「オレが…憎いのか…?」
「ああ。」
「そんなに、オレの事、キライなのか。」
「ああ、嫌いだね。」
「……どう…して。」
「理由なんて、ありすぎて並べてたらきりがない。」

「時々、殺してやりたいと思うくらい憎らしいよ。
でも、そこまで手を汚す気にはならないからしないだけだ。」
「こ、殺さなく、たって、でも、犯罪、だろ…」
「そうだね。でも強姦は親告罪だから、被害者が訴えて出ない限り犯罪にはならない。
それとも訴えるかい?」
微笑みを浮かべながら優しく甘い声で囁きかけるアキラの目は、けれど氷のようだ。
ヒカルの髪を弄っていたアキラの手は、次いで、ヒカルの頬に触れる。
ビクリとヒカルは顔を強張らせる。
アキラの手はそのまま顎のラインを伝い、首筋に軽く触れた。
緊張でヒカルの全身が強張る。
手のひらでヒカルの細い首を包むようにしながら、アキラは顔を近づけ、ヒカルの目を覗きこむ。
「威勢のいい事を言っていたわりには、ボクが怖いのか?」
頚動脈を撫で上げられるように手を動かされ、思わずヒカルがきゅっと目を瞑ると、その手は何事も
なかったかのように離れていった。
「首を締められるとでも思ったのか?殺しはしないって言っただろう。」
クス、とおかしそうに笑った後、アキラはキッと表情を引き締め、一転して冷たい声で言い放った。
「とっととボクの前から消え失せろ。目に入るだけで不愉快だ。」

156断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/12(土) 00:43
アキラから離れるように一歩下がって、けれどそれ以上は動かずにじっとアキラを見ているヒカルに、
アキラは苛ついたように言った。
「出ていけって言ったろう。そんなにボクを怒らせたいのか。
また痛い目にあいたくなかったらさっさとボクの前から消えろ。目障りだ。」
「なっ、なんだよ、怖くなんか、ねぇよ。」
また一歩あとずさってから、けれど自分を奮い立たせるようにヒカルは言う。
「そうだよ。怖くなんかねぇよ。
それに痛い目ってなんだよ。またオレをゴーカンでもするって言うのかよ。
そんな事したいんなら好きなようにしろよ。ヤりたいんならヤれよ。
どうせもう一回ヤられてんだから、二回だって三回だって同じだよ。
でもな、オレはおまえがどんな事したって、おまえの事、キライになんかなってやんないからな。」
勢いづいたヒカルは挑むようにアキラを見上げて続ける。
「キライになんかなってやんないからな。
何したって好きだからな。
覚えてろよ。おまえから離れてなんかやんないからな。」
ヒカルを睨みつけていたアキラの眉が不快げに強張る。
が、何かを言おうと口を開きかけたアキラは、その口を閉じ、ヒカルを睨みつけてからくるりと背を向けた。
「なんだよ、ヤらねぇのかよ。」
ヒカルを置いて出て行こうとしたアキラの背中に、ヒカルは言葉をぶつける。
「意気地なし。」
歩き出しかけていたアキラの足が一瞬止まり、けれどまた歩き始める。
それを引きとどめるようにヒカルは続ける。
「根性なし。臆病者。オレが怖いのかよ。」
ドアノブに手をかけていたアキラはゆっくりと振り返り、冷たくヒカルを一瞥する。
「よく、言ったな。」
負けじとヒカルもアキラを睨みつける。
低い、氷のような声が響いた。
「望み通り抱いてやろうじゃないか。」

157二人の未来</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/07/15(火) 00:47

若獅子戦が終わって、帰り道、岡と庄司は今日の進藤ヒカルと塔矢アキラの対局について語り合っていた。
「まさか、進藤があんな手を打ってくるとは思わなかったよな〜」
「さすがの塔矢アキラもかなり追い詰められてたっていうか」
どっちが勝ってもおかしくなかった。
まるでタイトル戦を見ているような、白熱した対局だった。
よきライバル達のぶつかり合う闘志に、ギャラリーはただただ圧倒されるばかりで。 
「……いつかオレ達もあんな風になれたらいいな」
「ああ、ボクもそう思うよ」
――興奮冷めやらず、お腹も空いていたので、近くにあったハンバーガーショップに入り、そこでも延々と語り合い、
気がつけば、すっかり日も暮れ、外は暗くなっていた。
「いっけね、母さんに怒られちまう」と庄司。
「ホントだ。もうこんな時間。遅くなっちゃったね」と岡。

158二人の未来</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/07/15(火) 00:49

店を出て、「駅までの近道だ、こっちの通りを抜けようぜ」と庄司が裏通りへと入っていく。
岡は落ち着かない様子で、辺りを見回しながら、そわそわとしている。
「何か、この辺ってアレだよな…」
うさんくさげなスナックや、ナニを売っているのか分からない怪しげな店、ラブホテルなどが建ち並んでいる。
こんな時間に子供達が通るような場所ではないのだ。
「ここを抜けるとすぐなんだから、早く行こうぜ」
庄司と岡は足早に歩いていたが、前を進んでいた庄司がいきなり立ち止まった。
「わっ」
岡が庄司にぶつかりそうになって、声をあげた。
「な、なんだよ。急に止まって…」
「しっ。おい、あれ見ろよ」
庄司の見ているほうに、視線を向ける岡。
彼らが見ているものは――つい数時間前まで対局していた、話題の二人−進藤ヒカルと塔矢アキラの姿だった。少し離れたところにいる彼らは何か言い争いをしているようで、腕を掴もうとした進藤の手を振り解く塔矢。
一方的に塔矢が怒っているような感じで、進藤をにらみつけている。
「あの二人…今日の対局のことでケンカしてんのかな?」
「…う、うん…?」
しかし、何となく何となくだが、それとは違うような雰囲気が。
おかしい。まるで、痴話喧嘩を見せられているような気分になってくるのだ。
庄司と岡は黙って事の成り行きを見守っていたが、いきなり進藤のほうが行動に出た。
塔矢の両肩を掴んで、自分の方へ引き寄せると――。
岡達の位置からは、進藤の背中しか見えなかった。塔矢の姿はちょうど進藤に重なり合うように隠れている。
だが、ナニかしているのは分かった。たぶん至近距離でなくては出来ないようなことを。

159二人の未来</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/07/15(火) 00:52
「………」
しばらくして、二人は離れたようで、進藤の影からチラリと塔矢の横顔が見えた。
塔矢の頬には紅みがさしていて、怒りのため…とは違う気がする。
それから二人は少し言葉を交わした後、塔矢は進藤に手を引かれるようにして、目の前の建物に入っていってしまった。
視界から消えてしまった二人に茫然とする岡と庄司。
しばらくして、庄司がぽつり。
「…なぁ、あいつら、あの中に入ったよな…」
「…うん…」
「…これから二人きりで検討でもするのかな…」
――ラブホテルで?
庄司と岡は顔を見合わせると、複雑な表情を浮かべた。
そして「見なかったことにしよう」どちらからともなく提案され、事実は闇に葬られる。

無言で駅へと向かいながら、庄司と岡は、それぞれに心の中で誓いを立てた。

『いつかオレ達もあんな風になれたらいいな』
『ああ、ボクもそう思うよ』

前言撤回。


 オレたちは
        あんな風にはなりません!(たぶん)
 ボクたちは

  おわり。

160</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/07/15(火) 00:54
あ、「おわり」が変な位置に来た(;´Д`)
もっと右に配置したつもりだったのに・・・

161断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/16(水) 00:05
「おまえさぁ、こーゆーとこ、前にも来たことあんの?」
「まさか。」
「だってさぁ、なんかすげー慣れてるみたいで……」
ヒカルの言葉に、アキラはさも不愉快そうに眉をひそめ、侮蔑するような表情でヒカルを見返した。
だって部屋に入る時だって、全然迷ったりとかしてなかった。初めて来たふうになんか見えなかった。
誰かと―――誰と、来たことがあるんだろうか。

塔矢アキラとラブホテル。あまりにも似合わない単語の取り合わせだ、とヒカルは思う。
けれどそれを言ったら、今までに知ったアキラの見た事も無い一面が、あまりにも「塔矢アキラ」らしからぬ
ものでもあったのだが。
誰かに言う気なんかこれっぽっちも無いけれど、それでももし誰かに言ってみたところで、信じる人なんか
いる筈がない、とヒカルは思った。

妙に可愛らしい少女趣味なピンクのフリルのベッドカバーが、いかにも、といった感じで居心地が悪い。
本当に、本気でする気なんだろうか。
挑発したのは自分のほうだけど、まさかこんな所にまで連れてこられるとは思わなかった。
本当に、あいつが何を考えているんだかさっぱりわからない。
これからどうしたらいいんだろう。どうするつもりなんだろう。
怖い。本当はすごく怖い。でもここまで来て今更逃げ出せるわけもないし。
「……塔矢、」
所在無さげに辺りを見回していたヒカルは助けを求めるようにアキラを見た。
ヒカルがきょろきょろとしている間に、いつの間にか華奢な籐製の椅子に腰掛けていたアキラがヒカルを
見上げていた。相変わらず冷たい視線に怖気づきそうになる。けれどここで逃げたら負けだ、と言う意識
もあって、ヒカルもきゅっと顔を引き締めた。
「塔矢、」
もう一度呼びかけると、長い脚を見せつけるように組み、身体の前で軽く指を組み合わせたアキラは、
傲岸不遜にヒカルを見上げたまま、言い放った。
「脱げよ。」

162断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/16(水) 00:05
「脱げよ。ボクが好きなんだろう?ボクに抱いて欲しいんだろう?
だったらさっさと脱げよ。それとも着たままされる方が好きなのか?」
突然の言い草に大きく目を見張ってアキラを見返す。けれど変わらずに冷ややかな視線で見上げて
いるアキラに、ヒカルも覚悟を決め、ギリ、と睨み返した。

アキラを睨みながら上着を脱ぎ捨て、更にネクタイを解き、ワイシャツのボタンを一つ一つ外していく。
その様子を、アキラは無言のまま無表情に見ていた。
ヒカルはシャツを脱ぎ捨て、更にTシャツの裾を捲り上げ、頭から引き抜いて放り投げる。
ぱっと見だけは豪華そうなシャンデリアの安っぽいキラキラした光の下で、ヒカルは裸の上半身を
晒してアキラに向き合う。
が、変わらずアキラは冷ややかな視線を向けてヒカルにその先を促した。
アキラの目を見据えたまま、ヒカルはベルトに手をかけた。

最後の一枚はさすがに躊躇した。
何しろこっちはパンツ一枚になっているのに、向こうは相変わらずきっちりとスーツを着込んで、眉
一つ動かさずに自分を見ているのだ。
屈辱と羞恥と怒りとで震えそうになる身体を必死にこらえて彼を睨み付けた。
だがその視線を受けても、彼はびくともせずに変わらぬ冷ややかな視線を返した。
それでも、ここまで来て引き返すなんて出来ない。
自棄のように乱暴に下着を足から引き抜き、バシッと音を立てるほどに放り捨てて、震えをこらえる
ように両拳を握り彼の前に仁王立ちになって全てを曝け出した。

163断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/16(水) 23:19
上から下へゆっくりと降りていった視線がまた上に戻り、ヒカルの目を捕らえる。
言葉もなく真っ直ぐ見る目に耐え切れずに奥歯を噛んでぎゅっと目を瞑った。
普段以上に肌の表面が敏感になっているような気がする。
空調の風が肌にあたるのがイヤな感じだ。
早く。
早く何とかして欲しい。
せめて何かひとこと言って欲しい。
塔矢。

空気が乱れたような気がして目を開けると、アキラが椅子から立ち上がり、けれどヒカルを見ては
いない事に、ヒカルは呆然とした。
「…塔矢……!」
その声が届いてもいないように、アキラはヒカルを見ないまま、その横をすり抜けようとする。
「待てよ、なんだよ、どこ行くつもりだよ。」
思わず引きとめようと伸ばした手を無言ではらわれて、ヒカルの目は大きく見開かれる。
「どういうつもりなんだよ、おまえ!」
やっと振り返ったアキラはヒカルをちらりと一瞥して言い捨てた。
「――やる気が失せた。」
「…なんだよ!?それ!!」
「いくら据え膳でもそんなんじゃ食欲がわきやしない。出直してきな。」
「な…ふざけんなよ!」
「何が?」
「何って、ここまでさせておいて、それはないだろう…!」
「キミが勝手にした事だろう。
残念ながらその気になれそうにないから失礼させてもらうよ。」
「ふざけんなよ、塔矢、いい加減にしろよ!!」
「触るなッ!」

164断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/16(水) 23:19
引き止めようと咄嗟に手首を掴んだヒカルの手を、アキラは物凄い勢いで振り払った。
弾みでよろけたヒカルの裸足の足が絨毯の上で滑り、ヒカルはそのままバランスを崩して尻餅をついた。
「あ……」
アキラは自分の手首を押さえたまま、自分のしてしまった事にびっくりしたように無防備に目を見開いて、
すまなそうにヒカルを見下ろした。だが次の瞬間、元の表情に戻ってヒカルから目を逸らし、またドアに
向かおうとした。
「待てよ、塔矢ッ!!」
ヒカルは跳ね起きてアキラの前に回りこみ、ドアの前に立ちはだかる。
行く手を阻まれたアキラは眉を跳ね上げてヒカルを睨みつける。
「いい加減にしろ。ボクに構うな。つきまとうな。一体何様のつもりだ。」
「……何様のつもりって、そっくりおまえに返してやるよ。おまえこそ、何様のつもりだよ。
何考えてんだよ、一体。」
「キミはボクを好きだという。だから何だ。それがどうした。それでキミはどうしたいって言うんだ。
そんなもの、迷惑なだけだ。」
吐き捨てるように言ったアキラはヒカルから顔を背け、拳を握り締める。
「ボクに必要なのは碁だ。それだけだ。それだけで十分だ。それだけがボクの全てだ。
それ以外は要らない。何も要らない。必要ない。」

165断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/16(水) 23:20
―――要らない。
その言葉を聞いてオレはフリーズしてしまった。
最初に塔矢にヤられた時にも言われた言葉だ。
「後悔してるよ。キミなんかに関わってしまった事を。キミに出会ってしまった事を。
キミさえ、キミさえいなけりゃボクは……」
向き直ってオレを見ている塔矢の顔が今までとは違った風に歪んでる気がした。声が震えてる気がした。
今だ。今、塔矢を掴まえなければ。
頭の中で何かが必死にそう叫んでいるのに、オレは動く事ができずにバカみたいに突っ立ったままで、
そのオレの横を塔矢は通り過ぎた。ギィーッと軋んだ音をたててドアが閉まった。

166断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/19(土) 02:08
ピンク色のひらひらした飾りのついた妙に可愛らしい、無意味に広いベッドの上に一人で転がって、
ヒカルは天井を見詰める。

ラブホテルって、ヘンな所だよな。鏡張りの天井とか、ぐるぐる動くベッドとか、聞いた事はあるけど、
ここはそーゆーんじゃないっぽいな。やっぱ女の子狙いでこんなに可愛くしてんのかな。でも女の子
はこーゆーのもロマンチックで好きなのかもしんないけど、こーんなピンクのフリフリなんか、男として
は萎えそうだよな。それともヤれるんならそんなのどうでもイイのかな。
……まさかこんな形でこんなとこに来るとは思わなかったな。
信じらんねーよ。
まさかさ、塔矢と、こーんなブリブリのラブホテルなんかに来るなんてさ。
しかもオレがヤられる側だなんてさ。
ハハ、笑っちゃうよな。

オレ、何やってるんだろう。こんな所で。

――― キミさえいなけりゃ

声、震えてたような気がする。
どういうことなんだ?塔矢。
なんで…なんでおまえがそんな泣きそうな目をするんだよ、塔矢。
泣きたいのはこっちのはずなのに。
ずるいよ、塔矢。
そんな顔されたら、おまえの事、嫌いになれないじゃないか。憎めないじゃないか。
オレ、バカじゃないか。
どうかしてる。
こんなとこで、何してるんだ。

167断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/19(土) 02:09
どう考えたってオレのほうが酷い目にあってるのに、なんでアイツが傷ついてるような気がするんだろう。
必死で強がってるように見えてしまうのはなんでなんだろう。
オレなんかに関わんなきゃよかった、なんて。
オレ、おまえにそんなに酷いこと、したか?
佐為のこと?
それともおまえを好きだって言った事?
おまえにキスしたいとか、触りたいとか思った事?

オレがおまえを好きだっていうのが、そんなに嫌なのか?
どうして――オレを、憎んでるなんて言うんだ?
どうして「オレさえいなきゃ」なんて、そんな事言うんだ?
そんなに、おまえにとってオレは―――いないほうがいい存在なのか?

168断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/22(火) 00:43
――― 好きだよ、進藤。

突然、アキラの甘い――嘘が、ヒカルの耳によみがえってきた。

信じたりなんかしてねぇ。
あんなの、最初っからウソだってわかってた。そんな筈ないってわかってた。
それでも――ウソでも何でもよかった。
こんな風に放り出されるくらいなら、バカにされるんでも、無理矢理ヤられるんでも、痛くっても怖くっても、
まだそっちのほうがマシだ。こんなとこに一人で放っとかれる事に比べたら。

「クソッ!」
身体をうつ伏せに反転させて拳を振り下ろすが、柔らかいマットレスはその衝撃を吸収してしまう。
「畜生ッ!!」
もう一度、拳を振り下ろす。
それでも、頭の中ではアキラの言葉がぐるぐると回って耳を離れない。

…好きだよ、進藤…好きだよ、進藤…好きだよ…好きだよ…好きだよ……

「やめろッ!」
耳に残る声を打ち消すようにヒカルは叫ぶ。
「やめろ、やめろ、やめろ…」
あれはウソだ。オレをバカにするためだけの、ウソだ。そんな言葉に未練がましくしがみ付くな。
どうせなら、もっと酷い言葉を思い出せばいいんだ。そんな事言うはずないとか、殺してやりたいくらい憎い
とか、触るなとか、つきまとうなとか。
「やめろッ!塔矢!!」

…好きだよ、進藤…

「塔矢……なんで、なんでそんなにオレが嫌いなんだよ。」

169断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/23(水) 22:39
嫌われてるなんて、憎まれてるなんて、あの日、塔矢にぶたれるまで気付かなかった。
いや、ずっと前、プロになる前は確かにそうだったかもしれない。
「もうキミの前には現れない」と言われ、「キミが?」と嘲られ、やっとプロ試験に合格して、やっと
並べたと思ったら思いっきり無視されて。
確かにあの頃だったら、オレは塔矢に嫌われてると思ったかも知れない。でも、オレにはそんな
事、関係なかった。そんな事関係無しにオレはオマエを追いかけた。オレなんか見ないで、ずっと
前だけを見て背中を伸ばして真っ直ぐに歩くオマエを、オレはずっと追いかけて、いつか追いつい
てやる、いつかオマエの目をオレに向けさせてやるって。

塔矢はいつだってオレの目標だった。
そしてその塔矢とやっと対局できたとき、塔矢がオレの中に佐為を見つけてくれたんだ。
オレの中の佐為に気が付いて、その上でオレを見て、オレを認めてくれた。
「キミの打つ碁がキミの全てだ。」
その言葉が、ずっとオレの支えだった。

そうだ。佐為がいなくなった時、オレは何もかも見失って、打つ意味もわからからなくて、オレなんか
いなくなってしまえばいいと思ってたのに。
でも、おまえがいたから。
佐為はいなくなってしまったけどおまえがいたから。
佐為の碁はオレの中に受け継がれていて、そしてオレの前にはずっと前を見て歩いてるおまえの
背中があったから。だから、オレはもう一度打つ決心をしたんだ。
塔矢。
おまえが、いたから。

170断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/23(水) 22:39
いつも、おまえの存在がオレを奮い立たせる。
いつだっておまえなんだ。おまえじゃなきゃ駄目なんだ。

北斗杯の時だって、中国に負けて、高永夏にも負けて、自分の駄目さ加減に落ち込んで、立ち上
がれなかったオレを動かしたのは塔矢の言葉だった。
「これで終わりじゃない。終わりなどない。」
そしてその時だけじゃなく、それからもずっと、気付かないうちに、その言葉を頭の中で繰り返して
いた。自分の無力さを思い出してしまって動けなくなってしまった時も、遥かな高みのその高さに
挫けそうになる時も、もう駄目なのかと思ったときも、気付いたときには塔矢の言葉をオレは繰り
返していた。
「オレの打つ碁がオレの全てだ」「これで終わりじゃない」「終わりなどない」
今はまだ力が足りなくても、それが今のオレだ。どうにもならない事実だ。でも明日のオレは今日
のままのオレじゃない。これで終わりなんかじゃない。今日勝てなかった相手にも、明日は勝てる
かもしれない。

塔矢の言葉がオレの支えだった。
こんなにも自分が塔矢に頼り切ってしまってたなんて、気付いてなかった。
駄目だ。
オレは塔矢を失えない。
塔矢を忘れるなんて、この気持ちを捨てるなんて、できない。


それなのに、塔矢にはオレは要らないんだ。
オレには塔矢が必要なのに。一番大切なのに。

171断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/23(水) 22:40
「塔矢……」

ああ、ダメだ。
泣くもんかって、ずっと思ってたのに。
オレはもう泣いてしまってる。

バカか、オレは。
こんな部屋に、一人ぼっちで取り残されて、オレを置いて出て行った奴の名前を呼びながら泣いてる
なんて。
三流メロドラマじゃあるまいし。
本当に、バカみたいだ。
それなのに。

涙が止まらないんだ。
どうしたらいいのかわからないんだ。
どうしたらいいんだ。
オレはどうしたらいいんだ。
なあ、
教えてくれよ、
塔矢。

172断点・3</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/07/23(水) 22:41
断点・3 終わり。

173○○アタリ道場○○</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/08/06(水) 00:16
<おかっぱの国から2003・夏ノ巻>

(1)
お父さん、日本は長期の梅雨が終わり、本格的な夏が訪れました。
照りつけるような強烈な日差しを肌に感じ、やっと夏らしくなってきたと実感
する今日この頃のボクです。

お父さんは、今頃台湾で碁の鍛錬に力を注いでいるのでしょうね。
今、ボクは緒方さん・芦原さん、そして お母さんの4人で海釣りに来て
います。釣り船で海に出ているので、本格的です。
毎日囲碁漬けの生活を送っているボクにとって、目の前に広がる風景は
とても新鮮で、頬を掠める潮風も本当に気持ちがいいです。
コバルトブルーの海に浮かぶ小さな島々に、波と一緒に飛びはねるトビウオ。
空一面に踊るように、もくもくと湧きあがる白い雲の群れ。
どこまでも果てしなく続く青と空だけの世界。
ボクの目は、それらに釘付けです。
ええ、お父さん・・・決して後ろの人達の姿は見ないようにしています。
ボクは見ていません。見ていないったら、見てないですっ!

芦原さんが船酔いをしないように服薬したものは、実は下剤だったなんて。
それに気付いたのは、すでに釣り船は港を出た後。
現在、芦原さんはトイレにこもっている状態だということはボクは
知りません!
ボクの目に映るのは、綺麗な海だけです。
(どうやったら、そんな間違いが出来るのか謎です。)
・・・・・・ああ、お父さん・・・・、だけどボクの目の前で緒方さんが眼鏡をしたまま
金メラ入りのフンドシ一丁で、気持ちよさそうに平泳ぎをしています。
せめて、泳ぐ時は眼鏡を外せばいいのにと思うのですが。

174○○アタリ道場○○</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/08/06(水) 00:17
(2)
それに、この海はサメが出て人を襲うから気をつけろと、地元の方が言って
いたのに、その助言を無視して緒方さんは好き勝手なことをしています。
実際にサメが出たら どうするのでしょうか。
・・・って言っているうちに、本当にサメが出てしまいましたっ!!
おっ、緒方さんが危ない!!!
ボクは、どうしていいか分からず、トイレにこもりきりの芦原さんは
ほっといて、船内にいるお母さんを思い出し、キッチンのドアを開けました。
・・・・・・ああぁ、お父さん・・・・、ボクは目の前の光景は本当に現実なのだろうかと
疑っています。
だって、暗い船内のキッチンで お母さんがマンガ日本昔ばなしによく登場
するような、どデカイ包丁をシュッシュッと石で磨ぎながら、
「腕が鳴るわぁ〜、腕が鳴るわあぁあああ〜、
新鮮な海の幸よ、主婦の腕の見せどころよ!
オ―――――――――――ホッホッホ──ォオ!!」
と、雄たけびをあげています。
・・・・・・ああぁあ、お父さん・・・・、きっとボクは疲れているんでしょうね。
これは全て夢なんですよね。
でも、この状況で頼りになるのはボクだけだ。
かろうじて、それだけは分かるので緒方さんを助けられないかと必死に考えを
めぐらせ、とりあえず浮き輪にロープを巻き、緒方さんの方へ、それを投げま
した。
・・・・・・ああぁああ、お父さん・・・・、緒方さんにはボクの助けなど皆無でした。
緒方さん、サメと取っ組み合いのケンカを始めました。

175○○アタリ道場○○</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/08/06(水) 00:19
(3)
──〝大自然と人間の熱い戦い〟
そんなキャッチフレーズが、ボクの脳裏にとっさに浮かびあがります。
でも、その戦いの結末をボクは見届けることは出来ませんでした。
サメのヒレに噛みついた緒方さんは、ボロボロになり逃げていくサメに
懸命にしがみついたまま、
「フカヒレ──!、キャビア──!」
とだけ叫ぶと、キラリと海の彼方に光り輝き、そのまま姿が見えなくなりました。
「緒方さん、キャビアに出来るサメが生息するのはカスピ海沿岸です」
ボクはそっと教えてあげました。(←心の中で)
ボクは、このメンバーで出かけるのは、もうこれっきりにしようと固く強く
心に誓いました。
・・・・・・ああぁあああ、お父さん・・・・、あっという間に陽が暮れて辺り一面の海
が金色に染まりました。
心和む風景だとは思うんですが、生憎ボクの心の中はブリザードが吹き荒れて
いて、イマイチ感動できません。
ある意味で今年は、とても思い出残る印象深い夏になりそうです。

・・・・・お父さん、南の空に一番星が見えます。
なぜか、その光がボクの目にとても沁みるんです。



・・・・・・ううっ・・・・・早く家に帰りたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあぁ。(←溜息)

(おかっぱの国から2003・夏ノ巻  完)

176CC</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/08/06(水) 00:26
キャビアなんてモノは食ったことねえよお。
アキラたんって、オレ的には高価な食い物の味、よく知っているイメージがある。
今回、アキラたん達が海釣りに行ったところの設定は、瀬戸内海。
ガキの頃に行ったことがあって、すっげえ海がキレイなの覚えている。

177名無しさん:2003/08/06(水) 20:09
>176
俺実はキャビア食ったことある。ホテルでバイトしてるから残り物貰って食った。
あんま味の印象ねえ。
アキラたんはキャビアとか食いなれてそうだ。
レストランで上品にフルコースを平らげるアキラたんハァハァ(;´Д`)

178断点3.5</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/08/16(土) 02:02
今、ボクの身を震わせているのは屈辱感だ。敗北感だ。
負けるはずのない勝負で完敗した、絶望的な敗北感だ。

なぜだ。
なぜ、彼は―――


あの日と同じように、彼を押さえ込んで犯して、床に這いつくばらせてやればよかったんだ。
どんな屈辱的なことでも、させてやればよかったんだ。
床に四つん這いにさせて、足を舐めさせて、頭を押さえつけてボクを咥えさせて、奉仕させてやればよかったんだ。
そのつもりだった。
考え付く限りの陵辱を、屈辱を味あわせてやろうと思っていた。
それでもまだボクを好きだなどと言うのなら、思いっきりせせら笑ってやろうと思っていた。
思い上がるなと、下らない事を言うのも大概にしろと、言ってやろうと思っていた。
泣いて許しを請われたって、許してなどやらないと、そうするつもりだった。
それなのに。

なぜそれをしなかった。
完璧な布陣を張っていたはずだったのに、負けなどありえない筈だったのに。

179断点3.5</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/08/16(土) 02:02
何も持っていないはずの彼に、敗北した。
彼を傷つけてやったなどと思っていたのがとんでもない思い上がりだったと、思い知らされた。
床に打ち付け、飛び散った欠片を踵で踏み砕いて、粉々に踏み躙ったはずだったのに。
それなのに、完膚なく叩き壊した筈のそれは、拾い上げてみれば傷など一つもついていない。
それどころか、それまで以上の輝きを放っている。
その強靭さを見せ付けるように。
ボクの弱さを、ボクの無力さを嘲笑うように。
そうして、醜く引き攣れた傷跡が、傷一つ無い鏡に容赦なく映し出される。
傷つける事で癒せる傷などないのだと、ボクの愚かしさを嘲笑うように。

いつでも、この世でただ一人キミだけが、隠し続けていたボクの弱さを暴き立てる。
だから、だからボクはキミが嫌いなんだ。
キミに関わりたくなんかなかったんだ。

それなのになぜ、キミはいつもそうしてボクの前に在るのか。
なぜそうしていつもいつも、キミはボクの前に立ちはだかるのか。
そしてなぜ、ボクは、キミに振り回されて、
ボクはいつまで、キミに、翻弄され続けなければならないのだろう。

許せない。
キミが、キミの存在が、ボクには許せない。
認めることができない。
受け入れる事ができない。

180断点3.5</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/08/16(土) 02:04
違う。
許せないのはボクの弱さだ。
ボクはキミのように強く在る事はできない。
キミのその強さが、輝きが、ボクには眩しすぎて、
ボクにとってキミは忌避すべき存在にしかなり得ない。

だからどうか、もうボクを解放してくれ。
キミの強さを見せ付けるのは、ボクの弱さをつきつけるのは、やめてくれ。
ボクを苦しめるのはやめてくれ。
忘れたいんだ。
忘れてしまいたいんだ。何もかも。
キミさえいなければ、ボクは全てを無かったことに出来る。
だからボクに関わらないでくれ。
ボクを忘れてくれ。
頼むから。
進藤。

181断点3.5</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/08/16(土) 02:06
3.5はこんだけ。
キャビアって、そのものの味がわかるだけ食った事ねえなあ。
なんかの上に飾りみたいに、ちょこんって乗ってるのくらいしか知らないよ。

182裏失楽園:2003/09/01(月) 19:55
 ボクは興奮しかけていたそれを両手で掴んだ。抑えるつもりで掴んだのに、浅ましいボクは
その刺激にすら悦びの咆哮をあげる。
 身体の欲求と理性は別物だ。セックスの後、ボクの理性は容易に本能に凌駕されてしまう。
それが今日のような行為だと尚更だった。数度撫で上げると、立っていられなくなりボクは
しゃがみ込んだ。
 震える手でシャワーの温度を下げると、デジタル制御の水温はすぐに調節された。
真水に近い温度のそれが全身を濡らすと火照った身体は余計に温度差を感じる。
「つめた……」
 あまりの冷たさに一瞬息が止まり、ボクは震え始めた身体を両手で抱いた。
 震えながら、ボク一人の空間であるこの箱庭から出る潮時なのかもしれないと思う。
 だが、外に出たくはなかった。バスルームを出れば進藤や緒方さんと顔を合わせなければ
ならない。それが辛かった。
 しかし――いつまでもこうしているわけにはいかない。あまりに遅いと却って心配をかけて
しまう。それに、あの二人を長く二人きりにさせるわけにはいかないのだ。
 温度の高い湯ならば夏の日の蜃気楼のように立ち上がってきてボクをいたずらに刺激する
はずのあの匂いが、すっかり水に流されて消えていったことに安堵しながら、排水溝のとこ
ろに溜まったティッシュの残骸をかき集めてきつく握りしめる。
 決意が挫ける前に早く出なければ。
 バスローブを羽織り、気が進まない足を叱咤しながら長い廊下を歩いた。

183裏失楽園:2003/09/01(月) 19:55
ずいぶん休んでいたので、リズムがつかめなくなってしまった。
だらだらしててスマンよ。

184Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:24

――その夜、ボクは恐ろしい夢を見てしまった。


10年後、ボクは棋院にいた。
本因坊戦の最終リーグ、進藤とあたることになり、緊張の面持ちで。
棋院のロビーにいると、周りの人たちの声が聞こえる。

『進藤と塔矢、どっちが勝つかなぁ……』
『それにしても相変わらず塔矢さんはスラッとして、見目麗しいというか。それに比べて進藤さんは……』
『進藤君、ありゃ身体に悪いよ。もっと健康管理に気をつけないと……』

すると、問題の対局相手が現れた。
手にはトレードマークになった扇子を持って歩いてくる。
のっしのっし、と。いや…どすっどすっ、か? 彼が歩くたびに地響きがしそうな勢いだ。
「よぉ、塔矢」
若干、野太くなった声が、ボクの名を呼ぶ。
恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは――。

185Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:24

ぱちっ。そこで目が覚めた。
額から、汗がひとすじ流れ落ちる。
ボクはしばらくの間、硬直した体制で、天井を食い入るように、凝視していた。
――見てはならないものをみてしまった。
もしあの夢が、もう少し、長く続いていたら、ボクは進藤に向かって、こう呼びかけていただろう。

『……倉田さん…?』

何で、あんな夢を見てしまったんだろう。
10年…といえば、ボク達は30前。中年太り、というには、まだ早過ぎないか?
 
――しばらくして、夢の余韻が消え、ようやく気持ちが落ち着くと、ふいに耳につく小さな寝息。
隣りを見ると、すうすうと穏やかな呼吸で眠っている進藤がいる。
子供の頃に比べると、シャープになった顎のライン。
顔は大人びて、体つきも、成人男性に近づいてきている。
身長はボクより2センチ高いだけなのに、体重は進藤のほうが、数キロ重い。

186Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:27

『塔矢、もっと肉たくさん食べろよ』
 先日、二人で焼肉屋に行って、野菜ばかり焼いて食べるボクに、進藤が注意した。
『…ボクはあまり肉は好きじゃないんだ。キミこそ、肉ばかり食べすぎだ。ちゃんと野菜も取らないと』
『いーの。だって、ここ焼肉屋だもん』
――どういう理屈だ。
眉をひそめるボクの向かいの席で、進藤は肉を食べ続けた。
いくら若いからとはいえ、2.5人前くらいは食べていた。
普段だって、そうだ。彼はボクの倍の量は食べる。
『オマエが小食すぎんの。ほら、こんなに腕だって細いし……』
そう言って、ボクの腕を掴んだ進藤は、そのままボクをベッドに押し倒した。
『…進藤!』
『こんなに細い身体じゃ、オレ以外にも簡単に押し倒されちまうぞ? 気をつけないとな』
笑いながら、キスをしてきて。
その後は進藤のいいようにされて……まぁ、ボクも気持ちよくしてもらったから文句は言わないけど。

187Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:27

ボクはゆっくりと上体を起こした。
ひんやりとした空気が、素肌に心地いい。
進藤の上にかかっているのは、毛布一枚だけだ。
何となく気になって、ボクは起きあがった。
進藤はまだ眠っている。
彼の上にかかっている毛布をそっとめくった。
夏に和谷くんたちと海に行って焼けたという肌は、薄い小麦色をしている。
ボクは仕事で行けなかった。一応、進藤は誘ってくれたけれど……。
毛布を進藤の腰の辺りまで下ろすと、現れた上半身。
ボクよりも、しっかりした肩幅。胸板も厚くて――男を感じさせる。
そういえば彼の裸をこうして、まじまじと見るのは初めてかもしれない。
ふと、お腹を見ると、少し、少しだけだが、ポッコリとふくれている。
「………」
そういえば、夕飯も、かなりの量を食べていたっけ。
――さっきの悪夢を思い出す。本当に、そのうち現実になるかもしれない。
ボクは眉をしかめると、進藤のお腹に手をのせた。

188Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:28

これがあんなに大きくなるんだろうか。妊娠何ヶ月だ、アレは。
…まさか、ボクの子供…? いや、いつも注ぎ込まれているのはボクの方だ。
身篭るとしたら、ボクだろう。というか、それ以前にボク達は男同士だ。ありえない。
大体、あんな巨体で、上にのられたら。つぶれる。つぶされる。
今でも、重いと思うのに、あんなのにのられてみろ。骨の一本や二本くらい…。
そういえば進藤のお父さんには会ったことがない。遺伝はありうる。
お母さんも、そんなに痩せていらっしゃるわけではないようだし。
だんだんと怖い考えになり、青ざめていると、
「…塔矢、なにしてんの…?」
ふいに、声が降ってきた。目を覚ましたらしい。
進藤は首だけ起こして、ボクを見ていた。
「あっ、すまない」
慌てて、手を離すと、進藤は「うーん」と伸びをして、えいっと起き上がった。
そして、にやりと笑って、
「なにやってたの? もしかしてオレの寝込みを襲おうとしてた?」
彼らしい軽口を叩く。
ボクは 「キミじゃあるまいし」 ボクの髪に触れてこようとした進藤の手を払いのけた。

189Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:29

「つれないなぁ」
「つれなくて結構」
ちぇっ…塔矢ってば冷たい…。
進藤が唇をとがらせる。
その様子が子供っぽくて、何だか可愛いと思った。
ボクは小さく笑って、進藤の唇に軽く触れるだけのキスをした。
「と、塔矢…」
進藤は驚いたように、ボクを見返した後 「も、もう一回して!」 迫ってきた。
「…やだよ。キミからすればいいだろう」
「ダメ!塔矢からしてくれるなんて貴重じゃん!」
「貴重だから一回きりだな…っ」
言ったすぐそばから、進藤に唇をふさがれた。
もちろん、触れるだけなんて、軽いものですむはずがなく。
しばらく舌の感触を楽しんでから離れた唇は濡れていて……。
「塔矢…」
抱きしめられる。素肌の温もりが気持ちいい。
好きな人としているから、こんなにも幸せになれるんだろうな。

190Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:29

「そういえば、オマエなんで起きてたんだよ。眠れなかったのか?」
進藤がボクの顔を覗き込む。
「…ああ、ちょっと、変な夢を見てね。目が覚めたんだ」
「変な夢?」
「うん、キミの夢」
「――」
答え方がマズかったか。進藤は複雑そうな表情をしている。
「それってどんな夢?」
「ナイショ」
進藤は苦虫をかみつぶしたような顔をして、ボクを恨めそうに見た後、ふわぁと小さなアクビをした。
時計を見ると――まだ朝まで時間がある。
「…起こしてしまって、悪かったな。もう一眠りしようか」
毛布を引き寄せて、横になろうとしたら、いきなり進藤がボクの上にのってきた。
ボクの腰の辺りに馬乗りになる。
ちょうど進藤のモノが、ボクの…にあたった。
「――」
勃ってる、進藤の。
寝る前に散々ヤったくせに。元気だな…。

191Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:30

「眠いんじゃないのか?」
「うん。でも、少しだけ」
本当に『少しだけ』で済むのだろうか。
思ったけれど、進藤の好きなようにさせてあげるのも悪くないかなとも思った。
でも、ここのところ、甘やかせすぎかもしれない。そのうち厳しく!シツケないと。
「……進藤、これ以上、太るなよ」
「え? わりぃ、重いかな。じゃあ、塔矢が上にのる? オレ、騎乗位も好き♪」
――そうか、その手があったか。進藤につぶされる心配もしなくて済む。
もしも進藤がああなってしまっても、体位によっては難しくないな。…じゃなくて…。
「…最近、ボクはキミと思考まで似てきた気がするよ…」
「へぇ、いいじゃん。もっとオレに影響されちゃえよ」
「――っ…あ…」
乳首をぺろりと舐められて、思わず声が漏れる。
吐息が微熱を帯び始めて、進藤の頭をかき抱いた。

192Eternal Promise</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:31

しょせん身体なんて魂の入れ物でしかない。
ボクはキミが好きなんだ。
キミがどんな姿になっても、きっとボクはキミを好きでい続けるだろう。
だってボクはキミの身体を好きになったわけじゃないから。
ボクは『キミ』を好きになったのだから――。

「…進藤…」

月日が経てば、いろんなものが変わっていくだろう。
周囲の環境、人間関係、自分の立場も……。
信じていたものが崩れることもあるかもしれない。
それでも。
ボクには変わらないものがあると思う。
この胸の中に存在する、キミへの想い。変わらない心。

ずっとずっと…ボクが死ぬまで。ボクが死んでも。

 

 ― ボクはキミに変わらぬ愛を誓います ―

193</b><font color=#FF0000>(F8h.WANA)</font><b>:2003/09/04(木) 21:34

コミックス23巻発売記念の読みきり作品ですた。
ヒカルの腹が出ないことを祈るよ(;´Д`)

194Shangri-La 番外:2003/09/04(木) 23:16
(1)
「よう、元気そうじゃないか?」
降りてきた嘲笑交じりの声に、アキラは棋譜並べの手を止めず、答えた。
「ええ、お蔭様で」
向かいの椅子に緒方が座り、市河がコーヒーと灰皿を運んだ。
「彼女とはその後うまくいってるのか?」
「えー!?アキラくん、彼女出来たの???」
市河が大声で繰り返したおかげで、アキラは碁会所中の注目を浴びる羽目になった。
「………違いますよ…、緒方さんってば、からかってるんですよ、ボクのこと。
ね、緒方さん?」
緒方に向けられたアキラの眼光があまりに鋭い。有無を言わさぬ視線に強要され、
緒方はうっすらと苦笑いで市河を見遣った。
「なぁんだ!そうなの!びっくりしたわぁ〜!
んもう、脅かさないで下さいよ、緒方先生!」
と、碁会所のドアが開き、客が一人、入ってきた。市河は嬉しそうにその場を離れた。
緒方さんの使う隠語は、ありがたいようでありがたくないような、……複雑だ。

195Shangri-La 番外:2003/09/04(木) 23:18
(2)
緒方は煙草を取り出した。銀のマッチケースがきらりとアキラの視界を過った。
――へぇー……、まだ飽きてないんだ。珍しいな。
「地獄耳ですね、相変わらず」
「いいや、何の情報もないさ。君はすぐ態度に出るからな」
「───あ、ちょっと失礼します。」
ポケットの中の携帯がかすかに震えて主を呼んでいる。アキラは席を立ち、
一旦外へ出た。相手が誰かは分かっている。緒方の前でこれ見よがしに
見せ付けても良かったのだが、何人かいた客の手前、それは憚られた。

196Shangri-La 番外:2003/09/04(木) 23:18
(3)
緒方を牽制しようと感情を抑えつつ、嬉々として席を立ったアキラの背中を
緒方は黙って見送った。
アキラは気づいているだろうか?
あの頃は、ヒカルと出会う前のアキラは、いつも渇いていた。
ヒカルと出会ってアキラは大きく変わった。年頃だということもあるのかもしれない。
知っていたからヒカルを近づけ、けしかけた。アキラの反応の一つ一つが面白かった。
そしてヒカルに失望したアキラは、以前にも増して瞳の中の渇いた色を隠さず、
それが妙な艶となって現れた。その色香に誘われるままに師匠の息子であるアキラに
つい手を出してしまったが、訳の分からぬ渇望に混乱して、闇雲に手を伸ばす子供を
手中に収めることは、全く造作なかった。

アキラは、教えたことは何でも覚えた。その素直さだけは子どもの頃から変わらず、
ある種の感動を覚えた。アキラが、緒方に抱かれ、腕の中で拙く反応しながら
冷たく渇いた瞳で虚空を見つめていたのも、分かっていた。
いや、むしろ、何も見ていなかったのかもしれない。それはいつか変えられようと
思ったが、それは変わらないまま、アキラは緒方の両手をすり抜け、
ヒカルの元へと戻っていった。その時はそんなものかと思ったし
口が堅く、体のいいセックスフレンドの一人を失うことへの未練もなかった。

197Shangri-La 番外:2003/09/04(木) 23:19
(4)
が、確実にヒカルを手に入れて、アキラはまた変わった。自分では与えられなかった
何かをヒカルから享受し、満たされているのだと、纏う空気が有り体に語っていた。
赤ん坊の頃から知っているアキラを満足させられなかった事が衝撃でもあり、
苦々しくもあった。

あの夜、一時の気の迷いだと、ヒカルの身代わりでしかないのだと分かっていても、
どれだけアキラの誘いに乗りたかったか知れない。自分の手を離れたアキラが
どう変わったのか、興味は尽きなかった。だからアキラの中の火を煽ったが、
なかなか誘いに乗らない上に、乗ったら乗ったで背筋が凍るほど凄艶で、
驚きのあまり、思わず突き放してしまった。ひょっとしたら、とんでもない
化け物を覚醒させてしまったのかもしれないとさえ思った。
―――君子危うきに近寄らず、とはよく言ったものだ。
先人の知恵は何と素晴らしいことか……。

198Shangri-La 番外:2003/09/04(木) 23:20
(5)
電話を済ませたアキラが戻ってきた。表情は相変わらず硬い。
いや、あえて硬くしている、という風体だ。
「彼女、なんだって?」
「緒方さんには関係ないでしょう」
「ふーん…デートの約束か」
「───緒方さん、」
「時間はあるのか?ちょっと打たないか」
アキラが向けるであろう都合の悪い話を遮る方法も、緒方は良く心得ていた。

199名無しさん:2003/09/04(木) 23:24
番外兄貴編。Shangri-Laの少し後ッス。
アキラたんと対峙する格好いい兄貴…にしたかったんだが
全然そんな話になってないな。自分ってなんてヘ(ry

最終刊発売記念…と思って置きに来たのだが、
罠たんの記念小説来てたΣ(゚Д゚;)
じっくり読ませてもらいます。

200Today</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/05(金) 03:00
一陣の風が吹き渡り、髪をなびかせうなじを撫でて通り抜けていった。
見上げる空は青く高い。
五月の薫風は透き通ってさらりと軽く、それなのに何かが終わってしまった哀しさを感じさせて、小さな感傷に
目を細める。

昨日も見たはずの光景が、昨日とはまるで違って見える。
一日毎に世界は新しく生まれ変わってゆく。
こうして風に吹かれ、流れる雲を見上げ、初夏の風になびく緑に目を細めている間にも、時は過ぎてゆくのだ。
今こうして目に映る鮮やかな新緑も、日毎に色を変え、形を変え、来るべき夏へ向けて成長してゆく。
今日の彼は昨日の彼ではなく、そして明日の自分は今日の自分とはまた変わっているのだろう。
時は止まらない。
過ぎ去っていってしまったものは二度と帰らない。
どれ程、昨日の自分を懐かしんだしても、どれ程失くしてしまったひとを惜しんだしても、そしてどれ程、自分が
変えてしまったひとを、変わる前のその人を思ったとしても、取り戻せるものは何一つない。
吹き抜けていった風を掴まえることなどできないように、過ぎてしまった時を戻すことはできない。
時は常に過去から現在へと、ただ、前に向かってしか流れない。
見つめる先に何があるのかはわからない。
未来に待ち構えているものなど見えない。
確かなものなど何一つない。

それでも。
だからこそ。
風に抗うように顔を上げ、未来を見つめる。

201Today</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/05(金) 03:01
彼は変わったのだろうか。
変わってしまったと、思った。
自分が変えてしまったのかもしれない、感じていた。
昨夜の出来事は、自分も、彼も、すっかり変えてしまったろうと、思っていた。

昨晩のことは、自分でも理解できない。
暗い夜の中に、自分の知らない、見たこともない彼がいた。
手を伸ばしたのが、彼と、自分とどちらが先だったかはわからない。
触れるのを邪魔するものを取り去ろうと動い手が、どちらのものだったかはわからない。
ただ、彼の全てを感じたいと思った。自分の全てを感じてほしいと思った。
闇に白く浮かぶ彼の裸体を目にして、その滑らかな肌に触れて、熱い身体を抱きしめて、これこそが望んで
いたことなのだと心が叫んでいた。
これこそが、ずっと欲していたものなのだと、身体が歓喜に震えた。

愛の言葉さえなく、ただ肌を触れ合わせ、身体を交え、体液を迸らせた。
理由もわからずに、けれどそうするのが、自然なことのように、いや、それはしなければならない事であるか
のように、互いの身体を曝け出し、暴き合い、隅の隅まで、流れる髪の一本一本から、足の指の爪先まで、
確かめ合った。
自分と同じ男の身体に、なぜ自分はこうして欲情しているのだろうなどという疑問すら感じる隙もなかった。
ただ、何かに突き上げられるように互いの全身を、身体の覆う皮膚から内部に通じる粘膜まで、確かめ合
い、貪りあった。
そうして身体を交わしても、言葉は何一つ交わさなかった。
それでも。
最後に細い悲鳴を上げながら四肢を痙攣させて果てた彼は、その悲鳴に紛れて自分の名を呼んではいな
かったか。
そして、そんな彼のさまを感じながら、焼け付く想いを解き放つように彼の最奥に欲望を放ちながら、自分も
また彼の名を呼んではいなかったか。

202Today</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/05(金) 03:01
わからない。
耳に聞こえた声は真実彼の声なのか、自分が欲したゆえの幻の声を聞いたように思っただけなのか、自分
は確かに彼の名を発したのか、それとも声に出さずに心の中で呼んだだけだったのか。
わからない。確かなことなど何一つない。
熱に支配されていた脳の記憶は曖昧で、確かなことはたった一つ、彼を抱いたということだけだった。
そうして支配する熱のままに欲望を吐き出した後は泥のような眠りに引き込まれ、次に目にしたものは、ま
るで何もなかったかのように朝陽を受ける彼の白い顔だった。
目覚めて顔をあわせても、昨夜のことは何一つ言葉にしなかった。
艶やかな黒い髪も、白く秀麗な顔も、何一つ変わったところなど無いように見えた。
それでも、彼も、自分も、何もかも変わってしまったように感じた。
彼も、自分も、昨日までの何も知らない自分たちとは遠く離れてしまったような気がした。


けれど変わったものなど何一つなかったのかもしれない。

203Today</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/05(金) 03:02
五月の風が荒っぽく頬を撫で、髪を散らす。
何も変わらない。
変わったことなど一つも無い。
歩みは止めない。
ただ、前だけを見据えて、
風の吹く方向に顔を向けて、
どこに繋がるかわからない未来へと、歩いてゆくしかない。
遠い未来がどこにあるかは知らない。
今ここに存在する自分にどんな価値があるかはわからない。
今ここに、彼と二人並んで立っていることに、どんな意味があるかはわからない。
これからも、交わす言葉などないのかもしれない。
それでも、自分は今ここにいて、後ろにいる彼を感じている。
それだけでいい。

204Today</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/05(金) 03:03
歩き出した足をまた止めて、立ち止まり、顔を上げ、吹き抜ける風を感じながら、未来を見つめる。
世界を照らす太陽を見つめる。
世界は光に満ちている。
風はいつでも吹き抜け、とどまる事を知らない。
だからオレは、いつでもまた、新たな一歩を踏み出す。
それはいつも同じ一歩で、そしていつも新しい一歩だ。
進む道がどこへ向かうのかはわからない。
目指す場所に何があるのかはわからない。
今ここに、オレと一緒に風を見ているおまえが、この先もずっとオレと同じものを見つめ続けるなんて保証
はどこにもない。
けれどそれでも、何の保証もなくても、約束された言葉の一つもなくても、それでも信じられるものがある。
オレ達は毎日新しく生まれ変わり、そして今日のオレは昨日のオレとは違うオレになって、明日のおまえは
今日のおまえとは別のおまえになるだろう。
新しく生まれ変わりながら、それでも変わらないオレと、変わらないおまえは、やっぱりこうして未来を見つ
めるだろう。
共に風を感じるだろう。
同じ光を浴びるだろう。
そうして、終わりのない道への一歩を、また、踏み出すだろう。
終わりなどない。
終わるものなど、何一つない。
世界は常に、新しく生まれ変わり続けるのだから。

205甘味屋</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/05(金) 03:04
センチメンタル病が治らない俺。
23巻表紙イラストから妄想は、つまり北斗杯終了後勢いでやっちまった次の朝、爽やかな五月の風に吹かれて物思うヒカル、つー事で。

206 白河夜船(1) </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/09/05(金) 03:48
―――北斗杯に着ていたスーツは、かなり前から着込んでいる。
もう一着欲しいなあ。仕方ない、デパートに行って購入してくるか。

アキラは早々と手合いを終えて棋院を後にした。
同じくヒカルもアキラと変わらないぐらいの早さで、手合いを終了していた。
「塔矢、これからどうするか?」
「ボクは用事があるから帰るよ」
「ふーん、何の用事だって聞いたら駄目か?」
ヒカルは人懐っこい笑顔をアキラに向けた。
そんなヒカルの笑顔を見てアキラは思わず顔がほころぶ。
「まったくキミには、かなわないなあ。別にたいした用事じゃないんだ。
デパートで新しいスーツを買おうと思って」
「なあ、オレも一緒に行ってもいいだろう?」
「ああ、いいよ」

二人は地下鉄に行き、駅を乗り継いであるデパートに着いた。
アキラはブランドがそろっている階へ行き、迷いもしないでその中の一つの
店に入った。ヒカルも続けてアキラの後について行く。
「いらっしゃいませ塔矢様、今日は何をお求めですか?」
アキラを一目見て店員は、即座にアキラの苗字を言い頭を下げる。
店員の態度からアキラは、ここのブランド店のお得意様だという事がヒカルに
も瞬時に分かった。
アキラは店員が持ってくる数点のスーツを手に取り、少し困惑した表情を見せ
た。
「進藤、このグレーのスーツと、モスグリーンのスーツ、それにベージュの
スーツのどれがいいと思う?」と、アキラはヒカルに尋ねた。
「えー、オレそういうの決めるのって苦手だよ。オマエ顔いいんだから
何着ても似合うんじゃねえのか」

207白河夜船(2):2003/09/05(金) 03:50
「おせいじ言っても何も出ないよ、進藤」
冷淡とした口調でアキラは言う。
「うわあ、かわいくねえヤツ」と、ヒカルは不愉快に思ったが口には出さない
で舌打ちした。
結局アキラはグレーのスーツに決めた。
店員は基本である紺やグレーのスーツを着こなしてから、いろんな色合いの
スーツに移ったほうがいいとアドバイスし、アキラに似合うネクタイや
ワイシャツ数点を新たに持ってきた。
「塔矢様は色白ですから何色でも合うのですけど、こちらの紺色のワイシャツ
に合うネクタイは、薄いラベンダー色やチョコレート色の物などがオススメ
です」
「そうですね、ネクタイを変えるだけで印象が違うので、あともう少し他の
ネクタイを見せてもらえませんか」
「かしこまりました」
ヒカルはアキラと店員のやりとりを、少し離れたところで見ていた。
ヒカル自身はブランド店独特の格調高い雰囲気に気おくれしたが、アキラは
堂々と、そしていつもと変わらない様子で自然に振舞っていた。
やっぱりアイツとオレは生活圏がだいぶ違うなあと、ヒカルはついそう思って
しまう。
食事する時もヒカルが選ぶ所へ、アキラが合わせてくれている。
以前ホテルに行った時、事がすんで身支度をしている際、床に銀のネクタイ
ピンが落ちていた。
それを拾いアキラに渡すと、父から譲り受けたものだと嬉しそうに話す様子が
昨日の事のように思い出される。
ネクタイピンは、シルバー製で緑翡翠の石が埋め込まれていた。
アキラの事を知れば知るほど自分との環境の差を激しく痛感し、時々強い不安
にヒカルは陥る。
オレはあんなヤツにつり合う輩なのかという焦りに駆られる事も多かった。

208白河夜船(3)</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/09/05(金) 03:52
「―――進藤どうしたんだ、食べないのか?」
「えっ」
「せっかくの料理が冷えちゃうよ」
ヒカルの目の前でアキラがステーキを口に入れている。
アキラはナイフとフォークを音をたてず優雅に動かす。
―――ああ、そうか。オレ、塔矢とメシ食ってたんだ。
ヒカルはアキラの案内でイタリアレストランで夕食をとっていた。
いつもはヒカルの食べたい物をにアキラが付き合っていて、
ファミリーレストランや牛丼屋、ラーメン屋などが、ほとんどだった。
「ここの料理美味しいだろ? お母さんがこの店贔屓で、幼い頃からよく来て
いるんだ。イタリア料理の隠れた名店でもあるしね」
「ああ、美味いよ」
「でもあまり食べていないようだね」
「そっ、そんなことねぇよ、ホラ見ろよ!」
ヒカルはステーキをナイフで大きく切って、口に頬張りムリヤリ笑顔を
つくった。
「何か悩みでもあるのか?」
そんなヒカルの様子をアキラはしばらく眺めて静かに言う。
「別にねえよっ」と、ヒカルは言ったつもりだが口の中が一杯で明確な発言は
無理で、アキラから見ればただモゴモゴと口を動かしているように見え、何を
話しているのか全く理解出来ない。
「だかハ、モゴ・・・・・ゴ・・ハモ・・・・・・・おまえのっ・・・む・・・・・・・グッ」
「進藤・・・、食べるか話すかどちらかにしないか。はたから見てとても見苦しい」
澄ました顔でアキラは品よくステーキを口に運ぶ。

―――ったく、何で塔矢はオレの考えていることが分かるのかなあ?
世の中で一番好きなのは塔矢だけど、また一番怖いのも塔矢だ。

209白河夜船(4)</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/09/05(金) 03:54
ムクれて黙々と食べているヒカルにアキラは軽い溜息をつく。
―――進藤は思ったことが顔に出やすいタイプだから、何を考えているのか大抵
検討がつく。そこが可愛いと思えばそうだけど。

やがて夕食が終えた二人は、あるホテルの一室に入った。
「なんか最近、メシ食った後ホテル行くのがパターンになってるな」
ベッドに腰を下ろし、スーツの上着を脱ぐアキラを横目で見ながら、自分の
靴下を脱ぎ始めた。
視界の片隅で上着をハンガーに掛けているアキラが動かなくなり、ヒカルは
靴下を脱ぐ手を止めて、改めてアキラの方へ目を向ける。
アキラはスーツの上着をハンガーに掛け、その前で何か考え込んでいる。
しばらくその様子を見ていたヒカルは、思わずアキラに話しかけた。
「塔矢、また身長が伸びて今のスーツが体に合わなくなったら、オレが新しい
やつ買ってやるよ」
そのヒカルの言葉にアキラは心底驚いたらしく、目を見開く。
「キミはボクの考えていることが何故分かったのか?」
「そりゃ分かるよ、オマエのことだからな」
ニコッと自然に笑うヒカルにアキラは苦笑いする。

―――まったく、何で進藤はボクの心の中が手に取るように分かるのだろうか?
この世で一番大切な人間は勿論進藤だけど、一番厄介なのも進藤なのは
まず間違いない。

「塔矢?」
一向に動こうとしないアキラに痺れをきらし、ヒカルはアキラを背から抱き
しめた。
「今シャワー浴びてくるから、待っていて」
アキラはヒカルに軽くキスをして身を翻し、バスルームの中へ姿を消した。

210白河夜船(5)</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/09/05(金) 03:55
しばらくすると白い蒸気と一緒にガウンを着たアキラがバスルームから出て
きた。シャワーを浴びてきてガウンを羽織るアキラは、いつ見ても飽きなく
綺麗だとヒカルは思う。
「進藤、お風呂開いたよ」
「うっ、うん」
ヒカルはバスルームへと足を向けた。
バスルームから出てきたヒカルが一番先に目にしたものは、ベッドの中に何も身に付けていないアキラが膝を抱えている姿だった。
「塔矢・・・・・」
そんなアキラの姿に吸い寄せられるかのように、ヒカルはフラフラとアキラの元に行き、肩に手を置いた。


「塔矢ゴメン、やっばりオレがまた先にイッちゃった」
荒々しく息をしているアキラの首元にヒカルは顔を埋めた。
バツが悪そうにしているヒカルの背中を優しく撫で、アキラはヒカルの前髪に
軽くキスをした。
「いいんだよ、進藤・・・・・。
・・・・・・進藤またすぐ・・・・欲しいんだ・・・・・・・・・・・・・・いい?」
ねだるようにアキラはヒカルの頭を軽く抱き寄せて小さく呟く。
その言葉でヒカルのものは再び熱く高ぶる。
アキラの言葉に答える代わりに、ヒカルはアキラの中へ自分の体の一部を
繋げた。
始めは緩やかに、そして次第に激しくアキラの体を揺さぶり貫く。
ベッドの中のアキラは普段とは全く違っていた。
そこには行為に芯から溺れ浸り、何度もうねりくる恍惚の波に身を震わし
ながら、歓喜の声を絶え間なく張り上げ、悶え狂うアキラの赤裸々な姿が
あった。

211白河夜船(6)</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/09/05(金) 03:56
「あっ・・・・・はう・・・・・・・ぅあ・・・ああ・・・・・」
「とっ、塔矢オレいきそう」
アキラの中にいるヒカルの動きが一段と激しくなり、やや乱暴に強く打ちつけ
ながら同時にアキラのものを手で擦りあげる。
「あああぅうああっ―――!」
ヒカルの腰・手の動きが起爆剤となり、アキラの背筋に電流が一気に駆け抜け
全身が強張り、体をビクビクと震わせながら白い熱を撒き散らした。
力の抜けたアキラの四肢をヒカルは抱き寄せ、アキラの内へ自分の体内に溜め
込んだの熱を全て注ぎ込む。
ヒカルは熱を放ち終えた体をアキラの白い肢体の上に重ね、一時の余韻を楽し
んでいた。
そして自分の下にいるアキラの顔を覗くと、アキラも薄っすらと目を開いて、
ヒカルをじっと見つめていた。まだ顔は赤く蒸気し、焦点の定まらない瞳、
肩で息をする姿には底知れない妖艶さが色濃く浮かび上がる。
「オマエ、本当にエッチの最中は別人だな」
「自分でも・・・・・そう思うよ。
日常の全てのしがらみを解き放てる唯一の時間だから。
そんなボクをキミは嫌う?」
「いや・・・・・・、可愛いと思うよ」
―――オレしかこんな塔矢を見れないというのは、マジでオイシイよな。
そんな優越感がヒカルの心の隅々に行き渡り、上機嫌になる。
「男のボクに可愛いはないだろう」
「そうか? オレは思ったままのことを言ったんだけど。
塔矢、喉渇かねえか」
ヒカルは下着を身に付けベッドを離れ、鼻歌を歌いながら部屋に設置されて
いる冷蔵庫を開けながらアキラに尋ねた。
「ボクは鳥龍茶がいい」
「OK! オレはっと・・・・・・アクエリアスに決めた」

212白河夜船(7)</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/09/05(金) 03:58
飲み物を両手に持ちながら、ヒカルは再びベッドの中へ潜り込んだ。
「ホラ烏龍茶」
「ありがとう」
ヒカルから飲み物を受け取ると、アキラは喉をならしながら烏龍茶を一気に
流し込んだ。
「うわあ〜、スゲエ飲みっぷり!」
「ものすごく喉渇いていたしね」
そんなたわいのない話を交わしながら過ごすのが、アキラにとって一番の
心休まる空間で、それはヒカルにも同じ事が言えた。
二人が寝具に横たわりながら話すことは、碁や家族、そして自分達の将来の事が多かった。
だが正直、将来の展望は若干15才の二人には未知の事であり、毎日を懸命に
手探りで碁を打ち続けるしか道は開かないのは分かりきっている事実だった。
碁のプロ棋士の多くはこう語る。
『所詮、生涯の内で最高の敵は他ならぬ自分自身だ。
絶望と光明との果てしない繰り返しに決して負けずに前向きに碁を
打てるかだ』と。

「昔読んだ本でこんなことが書いてあったんだ。
人が生まれる時、一つの魂が二つに別れて生を設ける。
元は一つであった二人の人間は、一つになるべく地上で旅を続けるんだ。
完全な魂になるために。
自分の半身を探すとも書いてあったかな。
だから人が不完全なのは当たり前だ・・・そんな内容だったと思ったんだけど。
―――進藤?」
ヒカルは寝息をたて、すでに深い夢の中へ沈んでいた。
「ふーん、そうなんだ・・・・・・ムニャムニャ」

213白河夜船(8)</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/09/05(金) 03:59
寝ながらでもアキラの話を夢うつつ聞いていたのか、ヒカルはそれだけ言うと
大きな欠伸を一つし、本格的な眠りに入っていった。
そんなヒカルの様子に思わずアキラは微笑んだ。
「おやすみ進藤」

ボクらはこれからも長い旅を続けるだろう。
途中で風が吹くかもしれない。
太陽が雲に遮られて、暗闇の中へもがくかもしれない。
雨が降り続き、川が氾濫して路を塞ぐかもしれない。
路の上に雪が積もって、行き先を見失ってしまうかもしれない。
これからもいろんなことが嵐のようにボク達に訪れるだろう。
それでも、ボクの魂の行きつく先にはキミがいて欲しい。

やがてアキラにも強い眠気が沸き、アキラはヒカルのそばへ体を寄せた。
心地よい暖かさに思わず笑みがこぼれ、明日の事を頭の片隅に置きながら
夜の静けさに身を預けた。


                      (終)

214CC</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/09/05(金) 04:06
今夜はすっげえのなっ!
罠たん、楽園たん、甘味屋たんのうpだああ〜!!
うひうひ、ありがたく読ませていただきやーす♪

「白河夜船」実はコレ盤上の月2以降の番外編だったりする。
いつになったらこんなやりとりの出来る二人までたどり着けるのやら。
盤上はいったん休んで、月の船の方を完結させてからスタートを考えている。
どんなに時間がたっても、ちゃんと終わらせるつもりなんで。
なかなか話すすまなくて、ホントすまんです。

215トーヤアキラの翌朝:2003/09/05(金) 18:31
(1)
鳥のさえずりと、障子を通して差し込む柔らかい陽光でアキラは目を覚ました。
余りに熟睡していたためか、一瞬自分を見失ってハッとした。
───手合いに遅れる!!
そう勘違いして起き上がろうとするアキラの耳に、ヒカルの穏やかな寝息が聞こえてきた。
慌てて首を回して隣を見ると、アキラに背中を向けて丸くなって寝ているヒカルが居る。
───そうだった・・・・

少し働き始めたアキラの脳細胞が全ての状況を思い出す。
そして、改めてヒカルの背中をじっと見詰めた。
静かな寝息と共に規則正しく動く背中が、確かにヒカルが生きていて、そこに存在している
事実を教えてくれる。
それは、世界中でたった一人しか居ない、かけがえの無い唯一無二の存在。
愛しくて愛しくて、顔を思い浮かべるだけで胸が締め付けられる程切ない想いがアキラを
包み込む存在。
なぜキミでないといけないのか考えた事が無い程、いつの間にかアキラの心の中を占領した
特別な存在。
ヒカルに出会う前の自分が何を考え、どうやって空気を吸い込んで毎日を過ごしていたのか
さえも思い出せない程の輝く存在。

アキラはそっと手を伸ばしてヒカルの背中に触れてみる。
子供の頃から碁石の感触に馴染んでいる人差し指と中指が、Tシャツを通してヒカルの
温もりを感じている。
ヒカルの体温が指先から腕を伝って徐々にアキラの全身に広がり、五感が昨夜の交わりを
体に思い起こさせる。
アキラはその時になって初めて全身がだるく、特に腰に痛みがあることに気付き苦笑した。

216トーヤアキラの翌朝:2003/09/05(金) 18:32
(2)
昨夜の事を思い出すと、恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになってアキラの心を暖かくする。
お互いの醜い部分を曝け出して欲望をぶつけ合った事で、さらにヒカルに溺れて行く自分が
はっきりと分かる。
誰にも取られたくない、誰にも触れさせたくない・・・・・そんな事を考えながらアキラは
ヒカルの首筋に鼻を近づけて大好きな甘酸っぱい匂いを胸一杯に吸い込んだ。
その匂いに、はしたなくもアキラの下半身は敏感に反応する。
───ゆうべあんなにしたのに・・・
そう頭では思っても、正直な息子は全身の血液を一心に集めようとむくむく動き始める。
もっともっとヒカルの匂いのエネルギーを吸い込むために、アキラは一度息をはき出した。
そっとはき出したつもりだったのに、慌てていてヒカルの首筋に息がかかってしまったようだ。
ヒカルの体がビクリと揺れた。
───しまった・・・
と思って息を殺して様子を見ていたが、ヒカルが動く様子が無いので、改めてヒカルの
首筋に顔を近づけて、目を瞑ってヒカルの匂いを吸い込み、その匂いに酔いしれていた。
すると突然ヒカルが寝返りを打って大きな目でアキラを睨んで来た。
「あ、ゴメン・・起こしちゃった?」
「ん・・・・ん?」
ヒカルもアキラ同様に一瞬自分を見失っているようだった。
昨夜はそれだけ激しく体を重ねあったのだから無理も無い事だった。
「進藤?」
そうアキラに優しく呼びかけられて、ようやく我に返ったヒカルは、表情を緩めると、
「トーヤぁ・・・」
と言いながら両腕をアキラの首に回して来た。
アキラもヒカルに吸い寄せられるように身を近付けて抱きしめ、手を腰から背中にかけて
滑らせるように移動させた。

217トーヤアキラの翌朝:2003/09/05(金) 18:33
(3)
ヒカルの体はそれだけでも反応して甘い吐息を漏らした。
その反応に気を良くしたアキラは更にヒカルの敏感な部分を撫で回す。
アキラの肩に顔を寄せながらヒカルは甘く鼻にかかった声で囁くように問いかけてきた。
「んんッ・・・・なぁトーヤぁ、ゆうべはどうだった?」
その瞬間にアキラの顔がカーッと熱くなるのがわかった。
その様子は顔を見ていないヒカルにも伝わったらしく、
「ヘヘヘ、お前のあんな姿初めて見た」
とからかうように言ってくる。
「なッ!酷い・・・・キミのせいだ!・・・いや、ごめん、ボクのせいだ・・・」
「ハハハ、わかってりゃいいんだよ。・・・だけど、初めてお前の事すっごく可愛いって
思ったんだ。・・・トーヤぁ、またしてもイイ?」
「えッ?また?」
「うん、そう、また、時々でいいからさー。・・・それとも絶対イヤ?」
「いや、絶対イヤと言うわけではないけど・・・」
「よし!決まりな!時々でイイからさぁ、な、トーヤぁ」
「うん、分かった、たまにならね・・・・・ところでこれからしてもイイ?」
そう言いながらアキラは血液を一心に集めた分身をヒカルの下腹部に押し当てた。
「あ、お前!やらしい!さっき俺が寝てるのを良い事に何してたんだよッ!?」
アキラはヒカルの非難を意に介さずに愛撫の手を更に一歩進めながら囁いた。
「決まってるじゃないか・・・・キミの匂いに欲情してた」
「んッ!バカ!・・・・・バカ、トーヤのバカぁ・・・・トーヤぁ・・・ん」
ヒカルの甘い抗議はアキラの唇によって塞がれた。


次にヒカルが目覚めた時にはアキラの姿は隣に無く、その代わり、コーヒーの香りが
アキラが台所に居る事を知らせてくれた。

218トーヤアキラの翌朝:2003/09/05(金) 18:34
(4)
いつものようにアキラの作った遅めの朝食を済ますと、約束通り2人で買い物に行く
事にした。
アキラが着替えをしようといつもの場所からいつものシャツを取り出すと、何か言いた
げにヒカルが見詰めてくる。
「何?」
「あのさ、お前もっとカジュアルなシャツとかって無いの?」
「カジュアル?」
「そう!だって今日は2人で買い物だろ?俺の服に少しは合わせてくれよな」
「そう言われても・・・・このシャツじゃダメかな?」
アキラは困った顔をして手に持っているシャツをボーっと見ていた。
「いやさ、ダメってわけではないけどさ。・・このなんて言うか・・もうちょっとな」
「もうちょっと何?」
「あーッ!もうッ!あのさ、お前のタンスチェックしてもいい?」
そう言いながらヒカルは押入れを開けて、中にある押入れ用タンスを順番に見て行った。
「あ、ここにお前がよく着てる服があるんだな。・・・アーガイルのセーターにVネックの
セーターに黒いハイネックのセーターに・・・どれも暑いよな」
「今の季節の物は一番下にあるけど・・・・」
「それ早く言えよな!・・・えっと、・・うーんと・・あ、これなんかどうだ?」
そう言って白いポロシャツをヒラヒラ掲げた。
「え?それ?・・・それは前にお母さんが買ってきたんだけど、似合わないと思って・・」
「えーッ?そっかぁ?お前こういの結構似合うんじゃねーの?」
「そ、そうかなぁ?」
アキラは首をかしげながらヒカルの事を心配そうにチラっと見た。
「いいからッ!試しに着てみろよ。俺が見て似合ってると思えばそれでいいだろ?」
ヒカルにこう言われるのがアキラは極端に弱い。
ヒカルもその事を十分に承知していてその白いポロシャツをアキラに押し付けた。

219トーヤアキラの翌朝:2003/09/05(金) 18:35
(5)
「う、うん・・・・じゃ着てみる」
そう言って渋々ポロシャツを首から通して腕を出すと恥ずかしそうにヒカルの顔を見た。
「・・・似あうかな・・・」
「おっし!似合う似合う!いつもとはまた違った塔矢って感じでいいぞ!」
その言葉にアキラは嬉しそうに微笑んでヒカルを見た。
この笑顔にヒカルが弱いことをアキラは十分知っている。
アキラの顔を食い入るように見詰めていたヒカルが、我に返ったように言う、
「塔矢は本当に綺麗だな・・・その笑顔、外ではすんなよ!本当にさ、もう」
「キミこそそんな風に他の人を見詰めないで欲しい」
「ばーっか!お前だから見惚れてるんじゃないか!」
「ボクだってキミだから笑顔になれるんだよ」
2人はじゃれあいながら玄関に向かって歩き始める。

五月の風は乾燥していて爽やかで肌に心地良い。
駅まで歩きながら、アキラは何度と無くその風を胸一杯に吸い込んだ。
ヒカルと一緒に歩くであろうこれからの道のり、そして一緒に受けるであろう様々な
種類の風、それらがどんな物であるのかは分からないが、今ここに居るヒカルとならば
どんな風が吹いて来ようとも乗り越えられる気がする。
ゆるぎない太い絆を決して離すまい、とアキラは思う。
どの様な未来が待っていようとも決してヒカルを失いたくない、もしその時が来ると
すれば、それはどちらかが天国に召される時しかない、とアキラは心底思った。

アキラは隣を歩くヒカルを見ながらそっと手を取った。
それに応えるようにヒカルもアキラの手をきつく握り返してきた。
前を見詰めて歩く二人に髪が跳ね上がる程の強い風が一瞬吹き抜けた。

                完

220トーヤアキラの翌朝:2003/09/05(金) 18:37
素晴らしい職人さん達の後の投下で恥ずかしいが・・・・
昨夜の祭りでちょこっと書いたポロシャツ妄想を「トーヤアキラの一日」の翌朝の設定で
書いてみた。
ヒカルのシャツが同じって事で「赤○妄想」の翌朝にしたかったが、それでは社が哀れすぎる・・・。
「一日」の方も早く夜を書きたいのだが、道のりが長くて中々・・・。そのうちきっと・・・。

221裏失楽園:2003/09/12(金) 21:36
 リビングからボソボソと聞こえてくる声はけして剣呑なものではなかった。進藤の少し
高めの声は直接耳に届き、緒方さんの低い声は壁に突いた手から振動として伝わってくる。
 緒方さんのマンションは一人暮らしにしては広すぎるほどのものだが、それでも廊下の
長さはたかが知れていて、ボクはいくらもしないうちにリビングの入り口に差し掛かった。
 開け放たれたドアのそばで、中に入ろうかどうしようかとまだうだうだ入り口で迷って
いると、進藤に名前を呼ばれてしまった。
「塔矢、何してんだよ。こっち入ってこいよ」
 ――ああ、いつもの声だ。ボクは彼の笑いを含んだ声音に眩暈すら覚えた。
 あんなことがあったのに、あんな醜態を見せてしまったのに、どうして進藤は変わらな
いでいられるのだろう。ボクが彼を抱く前と、抱いた後と、そして今と。
 進藤が鈍感なわけでは決してないのだ。むしろ彼は繊細な危うささえ持ち合わせている。
しかし、彼はどのような苦境に立たされても、決して諦めたりなどしないことをボクは知っ
ていた。普段は細やかな手を打つくせに、時に驚くほど大胆になる。
 それと同じで、ボクという汚れた存在をも赦してしまえるほどの大らかさが彼の根底には
あるのかもしれなかった。

222裏失楽園:2003/09/12(金) 21:38
 進藤ヒカルという棋士のことを誰よりも理解しているのはボクだ。
 しかし、進藤と言葉を交わし、また何度となく対局してその結果得られた彼の人となりを
まだ完全には把握しきれていないのだろう。
 彼は確かに繊細だが、ボクが思っていたよりもはるかに進藤の精神は強靭だった。
「長く出てこないから、倒れてるんじゃないかと心配してたんだぞ」
 進藤の声にかぶるように、緒方さんが『アキラくん』とボクを呼んだ。いつもの冷徹な
響きをもつ彼の冷たく低い声は、その胸中が穏やかなのかそうでないのかすらもボクに悟
らせてくれない。
 彼の瞳から真意を探ろうとしたが、眼鏡のレンズに阻まれてそれも叶わなかった。
 立ち上がった緒方さんは溜息とともに近づいてくる。そしてボクの髪に指を絡ませた。
「髪がまだ濡れてる。早くここに来て髪を拭きなさい。……私がいるから入ってこられない
のなら、私が出て行くが」
「緒方センセ、何かっこつけて”私”とか言ってんの?」
 進藤は笑っていたが、ボクにとっては笑い事ではなかった。足が竦んで動けない。
 緒方さんが自分を『オレ』ではなく『私』と称すこと。
 ――それは相手にある程度の距離を置いたということを指していた。

223tomorrow(1)</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/25(木) 00:50
また明日、そう言って別れたはずのキミが、なぜ今、ボクの目の前にいるのか。
キミは何をしに、何を言いにここに来た?

224tomorrow(2)</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/25(木) 00:50
今日で北斗杯が終わった。
結果については何も言うまい。
終わってしまったという虚脱感と疲労を抱えて家に帰ってみたら誰もいなかった。
揚海さんから、父が台湾に行くと言っていたという話は聞いてはいたが、まさか今日出立するとは
さすがに思っていなかった。けれどテーブルの上に母のメモが残されていて、本当にもう台湾に
向けて発ってしまったという事がわかって、さすがに呆然とした。といっても明日早くの飛行機に
乗るために今夜は成田のホテルに泊まる、ということだったが。

なんだかすっかり脱力してしまって、レトルトものを暖めて食事代わりにしていた所に、母から電話
がかかってきた。
軽く話をして電話を切って、今日はもう何もすることが無いのだから、風呂に入って寝てしまおう。
そう思っていたところに、門の呼び鈴が鳴った。
こんな時間に誰が来るんだろうと不審に思いながらインターフォンをとったら、聞こえてきたのは
進藤の声だった。

225tomorrow(3)</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/25(木) 00:51
あの、激烈な戦いの後、空虚な疲労感を抱えながら、だからこそ余計に美しく見えた、新緑と初夏
の光に溢れた中庭で、空を見上げて、キミは何を思っていた?
誰を、思っていた?
ボクはキミを見ながら、戦いの前の、そして破れた後の、キミの言葉と、それを受けて言った揚海
さんの言葉を、ずっと心の中で反芻していた。
遠い過去と、遠い未来をつなぐため。
キミが見ている、遠い未来の先にいるのは、誰だ?
そう問い詰めたい気持ちを抱えながら、全てを吹っ切ったように空を見るキミに、ボクはもしかしたら
見蕩れていたのかもしれない。
一体キミは、ボクの知らないどれだけの顔を持っているのだろう。
人目をはばからずに泣いていたキミと、物思うように空を見上げる横顔と、そしてさっきの、頬を紅潮
させ荒い息をつきながら、真っ直ぐにボクを見ていた、キミ。
なぜだろう。
キミが、キミだけがボクを混乱させる。
キミの存在だけが、いつもボクを何だか訳のわからない感情の渦に突き落とす。
いつもキミに対していて抱いていた「知りたい」という欲求が、どこに向かってしまっているのか、
ボクにはもう、わからない。
そして今このとき、キミはなぜ、ここにいる?
何のために、何を言うために、ここに来た?
そうだろう?何か、ボクに言うことがあったんだろう?
キミはずっと何かを言いたそうな顔をしていて、でも言い出せない、そんな感じだったから。
顔を見ていては言えないことでも、闇に紛れてしまえば言いやすくなるかもしれない。
一緒に寝ないかといったのは、それだけの理由だった。

226tomorrow(4)</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/09/25(木) 00:52
それなのに、沈黙が重苦しい。
目覚し時計の秒針の音だけが静まり返った部屋に響いている。
早く、何か言え、進藤。
でなければキミは何をしに来たんだ?
何かボクに言うことがあったんじゃないのか?
早く。どうにかしてくれ、進藤。

なぜ、なぜそんな目でボクを見る。
まるでキミはボクの知らないキミみたいだ。
闇の中に浮かび上がる進藤の顔は、見た事もないような大人びた不思議な表情で、ボクは目を
逸らせなくなる。
そんな目で、ボクを見るな。
そんな、目で、見られたら、ボクは、

227tomorrow(5) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/04(土) 00:31
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
((5)は本文無しの空白レスとさせて下さい。反則技つーか手抜きだな……)

228tomorrow(6) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/04(土) 00:31
時を告げる古い柱時計の音が廊下で響いている。
目覚し時計の秒針が正確に時間を刻んでいる。
そしてそんなものよりもずっと早く、激しく時を刻んでいる音が、ボクの身体に直接響いてくる。
ああ、それならボクのこの胸の響きも同じようにキミの身体に響いているのか?
これがボクの心臓の音。
これがキミの鼓動の響き。
ボク達が確かに生きていて、そして今ここに在ることの証。

これが何かはわからない。
わかっているのはただ一つ、いまここにキミがいるという事、それだけ。

固く抱き合ったまま、しばらくボクは息をすることさえ忘れていて、頭がくらくらしてきて始めてそのこと
に気付いて、ほうっと大きく息をつくと、ボクを抱いていた進藤の手が、ぴくっと動いた。
彼の手はボクの背からボクの肩へと動き、肩を押さえたままゆっくりと離れていく。
空いてしまった隙間を埋めたくてボクが顔を上げると、目の前には進藤の顔があって、彼は呆然とした
ような目でボクを見ている。二、三瞬きをしながらも彼の目はボクを見つめていて、ボクの肩を掴む手に
ぐっと力が篭って、びくりと今度はボクが身を震わせると、それを合図のように彼はゆっくりと目を伏せ
ながらボクに近づき、ほんの一瞬、唇が触れ合って、はっと離れていった。
その一瞬の接触に、まるで雷に打たれたように、ボクの全身を電流が走り、衝撃に目を見開くと、目の
前にはまた、同じように大きく目を見開いているキミがいた。

229tomorrow(7) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/04(土) 00:32
繰り返し、繰り返し、何度も触れては離れていく柔らかな唇は、触れるたびにその温度を上げ、次第に
熱く、強く押し付けられてくる。その熱がもっと欲しくて、離れようとする頭を逃げないように押さえつけて、
彼の中に舌を滑り込ませた。

気付いたときには深い口付けを交わしながら互いの服を剥ぎ取ってしまっていて、直接触れる裸の肌
の感触に、その熱さに、目が眩む思いがした。
彼の柔らかな髪をかき乱しながら夢中になって彼の口の中を貪る。同じシャンプーと石鹸の匂いに汗
のにおいが混じり、熱と共に立ち上る濃厚なそれらの匂いに眩暈がする。心臓は激しく脈打ち、全身
は熱く燃え、更にその熱が下半身に凝縮するのを感じる。
それに気付いてあまりの恥ずかしさにぎゅっと目をつぶってしまったら、向こうも気付いたのか、進藤
は同じくらいに熱くなった彼自身を押し付けてきた。更にぴったりと身体を重ね合わせて、自分自身で
ボクを刺激するように動く。その熱さが、勢いが、それらの立てる音が、さらにボクを煽り彼を煽り、二
人とももう暴発寸前だ。
信じられない。恥ずかしくて恥ずかしくて、死んでしまいそうだ
やめろ、進藤。もう、やめろ。
とどめたくて、制止するように握りこんでしまってから、自分のしてしまったことに、心臓が止まるよう
な気がした。
それなのに手の中で熱く脈打つ進藤に、同じくらい熱くいきりたっているボク自身にボクの心臓は激
しく反応し、握りこむ手に力をこめると、ぎゅっと掴んだ熱がダイレクトに脳髄にまで伝わって、その
瞬間、ボクの熱は制御メーターを一気に振り切って暴発した。

230tomorrow(8) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/07(火) 22:05
気付いたら彼もボクと同じように、荒い息をつきながらボクの上で脱力していた。
彼の身体の重みが心地よいと感じた。
荒い息も、汗の匂いも、ボクのだか彼のだかわからないくらいに混ざり合って、不思議に幸せな気分
で、ボクはそっとボクの上にいる彼の背を抱いた。

そっと手に手を重ねられるのを感じ、ゆっくりと目を開いたら、すぐそこに彼の顔があった。
ああ、彼だ。そう思って微笑みかけようと思ったら、手の中にあるものがドクンと震えた。その時初めて
自分が、彼と自分とを握りこんだままだったことを思い出した。慌てて手を離そうとしたら、その上から
添えられてた進藤の手がボクにそれを許さない。
一緒に握りこまれ、羞恥に目をつぶって顔をそらせた。
その様子に小さく笑われたような気がして更にぎゅっと目をつぶると、宥めるように擦りあげられて、
その感覚に身体が震える。彼の手が足を擦るのに何も考えず身を任せていたら、身体の奥の、考え
もしなかった場所に突如指が押し入れられようとした。
それが何を意味するのか、彼が何をしようとしているかわかって、思わず身体が強張るのを感じた。
でも、全てを受け入れよう、そう決めていたから。
キミの指がボクの内部を探り更に奥に進もうとする。気付くと身体が強張り息を止めてしまっている。
その度に無理に空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら身体の力を抜こうとするけれど、考えた事
も無いような場所を探られる感覚にどうしても力が入る。
「あっ、」
彼の指がボクの中のどこかをかすった時に、ビリッとそこから電流が走ったような気がして思わず声
を上げてしまった。そうしたら、それに気付いてボクの中の指がまたそこに戻ってきた。

231tomorrow(9) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/07(火) 22:06
これは、何だ。
この感覚は。
やめろ。
壊れる。壊れてしまう。
ボクが、ボクでなくなってしまう。
逃げようともがいてもいつの間にか腰をしっかりと抱え込まれていて、逃げられない。
嫌だ。
やめろ。

やめろ、進藤。

とうとうそう言おうとした時に、自分自身を湿った何かに包まれて、思考が止まる。
見下ろしかけてそれが何かわかって愕然とする。
進藤が。
ボクの、モノを口に。

信じられない。
熱い口の中で進藤の舌がボクを嬲り、更に僕の内部で進藤の指がボクを翻弄する。
やめろ。やめてくれ。
違う。だって、こんなんじゃない。
こんなのは嫌だ。こんな、一方的な、

錯乱する意識のままにボクは急激に追い詰められ上り詰めさせられ、やめろ、と叫ぶより先に目の
裏が白く弾けた。

232tomorrow(10) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/07(火) 22:06
もう嫌だ。
こんなのは、ボクが望んでいたのは、こんなのじゃない。
気力を振り絞って彼の身体を押し退けようと腕を伸ばしかけた時、
ボクの中で蠢いていた指が唐突に出てゆき、いきなりのその感覚にボクは思わず目を見開いた。
すると目の前には、追い詰められたような表情の進藤がいて、彼の真剣すぎる目に、ボクは何も
言えなくなる。
追い詰められているのはボクのほうだ。それなのになぜキミがそんな顔をする。そんな目でボク
を見る。

ついさっきまで指で嬲られていたその箇所に、熱く濡れた感触のものが押し付けられる。
拒むことも出来ず目を見開いたまま、彼を見詰めていたら、彼も同じようにボクを見たまま、それ
をぐっと中に押し進めた。
その衝撃にボクは思わずまたぎゅっと目をつぶってしまった。

233tomorrow(11) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/08(水) 22:48
進藤が、ボクの中に、入ってくる。
さっきまでとは比べ物にならないほどの熱が、質量が、強引に進入してくる。
奥歯を噛み締めて身体を引き裂こうとする痛みを必死にこらえ、ボクはむしろその痛みに意識を集中
させる。ぎし、と身体が軋む音がする。
力を入れるから痛いんだ。ゆっくりと呼吸して、肩の力を抜いて。
そんな事、わかっていたってできやしない。
そうっと息をしようとした瞬間にぐっと押し込まれてまた息を飲む。
一体、どこまで入ってくるんだろう、と思ったら急に怖くなった。
ただでさえ限界ギリギリぐらいに感じられるのに、これ以上なんて、できるはずが無い。
もう、だめだ。
そう言おうとした時に、今までに無い衝撃を感じて声を出すことも出来ずにぎゅっと硬く目をつぶった。

234tomorrow(12) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/08(水) 22:49
ボクの中に進藤がいる。
信じられないと思った。
こんなふうに、誰かを――彼を、受け入れることができるなんて
こんなふうに自分の中に誰かの存在を感じるなんて。
痛くて、苦しくて、身体はこれ以上は無いというほどの苦痛を訴えているのに、けれどそれ以上の充足
感をボクは確かに感じていた。
生物としての存在意義が生殖と遺伝子の保存にあるのならば、こんな結合は何の意味もないのかも
しれないけれど、それでも今ボクの中にいる彼が彼の存在そのものじゃないか?
ボクの中で、進藤が熱く脈打っている。その直接的な響きがボクの脈動とシンクロして、まるで二人で
一つの生き物みたいに感じられた。
いつの間にかシーツを握り締めていた手を離し、すぐ横にある進藤の腕を掴む。
すると彼はボクの上でぶるっと震えた。
目を開けるとすぐ目の前に、本当にすぐそこに進藤の顔があって、目を見開いて彼の顔を見詰めたら、
彼もはっとしたようにボクを見詰め、それからまるで泣き出しそうに顔を歪めて、痛々しいほどの笑みを
向けた。

手を伸ばして彼の頭を引き寄せた。
途端にボクの中の彼がぐん、と動いたような気がした。
構わずそのまま彼を引き寄せ抱きしめるとボクの中の彼は更に膨れ上がり、そしてあっという間にボク
の中で弾けた。
熱い迸りを体内に感じながら、痙攣するように跳ねる身体を抱きとめ、身体全体で進藤を受け止める。
そうして荒い息をつきながらぐったりと倒れこんできた進藤をしっかりと抱きしめる。
射精後の脱力感にボクに全身を預ける進藤を、心底、愛しいと思った。

235tomorrow(13) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/08(水) 22:50
そっと、彼の柔らかな髪を撫でていたら、ボクの上で彼がぴくりと動き、彼の身体に緊張が走ったよう
な気がしたから、両手でそっと彼の頭を持ち上げ、顔を覗き込んだ。
どうして、そんな泣きそうな顔をしているんだ?キミは。
大丈夫。辛くなんか無いから。ボクは嬉しいんだから。こうしてキミを感じられて。
そう伝えたくて、彼の頭を引き寄せて、軽く、唇を重ね合わせた。
そうしてゆっくりと彼との口付けに酔っていたら、急にボクの上で彼が動いた。

駄目だ。
彼を引き止めたくてボクは縋りつくように彼の腰を掴む。
まだ、だ。
まだ駄目だ。
出て行くな。まだここにいろ。進藤。
ボクの上にいる、ボクの中にいる彼の戸惑いを感じて、それを打ち消したくてボクは必死に彼の身体
に抱きつく。
違うんだ。
ボクが、キミを欲しいんだ。
もっともっとキミを感じたいんだ。
そうしたらまるでその思いが通じたかのように、ボクの中の進藤がぐっと質量を増した。それに合わ
せたように、ドクン、とボクの心臓が跳ねる。僅かに身を引いた進藤は次にぐっとボクの奥に自身を
突いてきて、その衝撃に思わずぎゅっと目を閉じる。
痛くないといったら、苦しくないと言ったら、嘘だったろう。
ボクと彼との結合部は燃えるように熱く、焼け付くような痛みを感じていた。

236tomorrow(14) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/08(水) 22:52
「あああっ…!」
何が何だかわからなくなる。
痛いのに、苦しいのに、それ以上の何かが、ボクをさらっていく。押し流される。
何だかわからない荒い急流に飲み込まれて、身体がバラバラになりそうだ。
助けて。
助けて、進藤。

ひっきりなしに聞こえる、この悲鳴のような声はきっとボクの喉から出ているもので、止めようと思って
も止めることなんか出来ない。
必死に彼にしがみつき、己を保とうとしても、全身を激しく揺さぶられて、体内を強く掻き回されて、ボク
はボクを保つことなんてできない。
気が狂いそうだ。
ボクが、ボクでなくなってしまう。
キミが、ボクを変えてしまう。
こんな、こんなのは知らない。
せめて、せめて一緒に。
ボク一人を追い詰めて追いやってしまわないで。

二人で登りつめる。
一つになる。

237tomorrow(15) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/08(水) 22:52
進藤――!

はじける瞬間に、耐え切れずに彼の名を呼んでしまったような気がする。
進藤、進藤、進藤。進藤、ボクは―――

けれどきっと言葉は言葉にはならず、
ボクはそのまま意識を失った。

238</b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/08(水) 22:57
く、くどいよ…何をいつまでもしつこくくどくどと、しかも両サイドから…
んでも、やっとここまで辿り着いたら、あとは後片付けだけー

239tomorros(16) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/10(金) 01:35
気付いた時にはもうボクの中に彼はいなくて、その彼はボクの横で安らかな寝息を立てていた。
抱え込むようにボクの身体に回されていた腕が嬉しいと思った。
このまま彼に寄り添ったまま眠ってしまいたいという誘惑に逆らうのはひどく難儀なことだった。
でも、彼がボクの中に放っていったものを何とかしなければいけないだろうと思って、きっとそのまま
放置しておいたらひどい目に合いそうな気がして、気力を振り絞って必死で身体を起こす。

トイレに行って、それから風呂場に行って身体を洗った。
さめたぬるい湯で全身を洗う。全てを洗い流してしまうのがなんだか悲しいような気がして、一瞬手が
止まってしまったのだけれど、中途半端なのはそれ以上に気持ちが悪くて、結局は全身を全て洗い
清めた。
そうしてしまったら、なんだか何もかもが無くなってしまったような気がして、急に肌寒さを感じてぶるり
と身を震わせた。
さっきまではあんなに熱かったのに。
ボクの内側も外側も、全部彼の熱さで満たされて燃え尽きてしまいそうに感じていたのに。
冷め切ってしまった湯を全身にざばりと浴びせ掛けて浴室を出て、身体を拭く。
そして、脱衣籠に置いておいた浴衣に袖を通して、あ、とボクは声を上げてしまった。
無意識に、ただそこにあったものを羽織ってきただけだったのに。
進藤が着ていた浴衣には進藤の体温と匂いが残ってるような気がして、ボクは思わずしゃがみ込んで
しまった。

240tomorros(17) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/10(金) 01:36
それにしても、腰は重いし、無理をして進藤を受け入れた箇所はズキズキと熱を持っているようだし、
このままじゃとても眠れそうにない。
鎮痛剤を飲んで部屋へ戻ると、そこに、障子越しの月明かりをの中に、静かに眠っている進藤がいた。
後ろ手で襖を閉めて、彼を見つめたまま、そっと近づいていく。
そうして、眠っている彼を起こさないように気をつけながら、かがみこんで彼の顔を眺めた。

口を半開きにして、子供のような顔をして、安らかに眠っている、キミ。
本当にこの子供が、さっきボクを抱いていた男と同じ人間なんだろうか。
なぜ。
なぜ彼はボクを抱いたのだろう。

そうして彼の寝顔を眺めていたら、ふと感じた空気の冷たさにぶるっと身体を振るわせた。
さっき感じた空虚な肌寒さを思い出して、それを打ち消すようにぎゅっと目をつぶる。

241tomorros(18) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/10(金) 01:36
朝が来るのが怖い。
彼が目を覚ましてしまうのが怖い。
日が昇り、朝の光に全てを晒されてしまうのが怖い。

この思いをなんと呼べばいいのかわからない。
きっと、そんなつもりじゃなかった。
彼も、そしてボクも。
それなのに触れてしまったら止まらなくなった。
自分がこれを望んでいたのかどうかさえわからない。
わからない。何もかもが。
自分の気持ちも、彼の気持ちも、これからボク達がどこへ向かっていってしまうのかも。

彼は何も言わなかったし、ボクも何も言わなかった。
何か言葉を発してしまったら、それで何かが壊れてしまうような気がして、ボクたちをあんな行為に駆り
立てていた魔法が解けてしまうような気がして、何も言葉にしなかった。
それでも彼がボクを欲していたのは痛いほどわかったし、同じくらいボクも彼が欲しかったから。
なぜ、なんて言われても、わからない。

242tomorros(19) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/10(金) 01:37
なのにそんなこちらの当惑など知りもせず、太平楽に寝ているキミ。
そんなキミを見ていると、泣き出したいような胸の痛みが更にぎゅっと締め付けられるように感じた。
「進藤……」
震える声が零れ落ちてしまって、はっと口をつぐんだら、
「……ぉや…?」
寝ぼけたような声が返ってきた。
起こしてしまったのだろうかと怯えながら、それでも彼が応えてくれたのが嬉しくて、
「進藤……」
もう一度そっと彼の名をよんだら、そうしたら彼は、目を閉じたまま優しく笑って、まるでそうするのが
自然なことのように、手を伸ばしてボクの身体を引き寄せた。
え、と思う間もなく、そのままボクは彼に抱き寄せられ、気付いたらボクは彼の腕の中にいた。
温かい。
心地の良い温かさだ。
進藤は目覚めた様子も無く、ボクを抱いたまま、先ほどと同じように静かな寝息をたてていた。
その安らかな寝息が、温かな体温が心地よくて、ああ、彼が好きだ、と思った。
「……進藤…………キミが…好きだ…」
思うと同時に、その言葉は自然にボクの口から滑り落ちて、ああ、そうだったのか、と、自分の声を
聞いて、ようやく腑に落ちた。

243tomorros(20) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/10/10(金) 01:38
なんだ。
こんな簡単なことだったんだ。
キミが、好きだ。進藤。
それだけの事だったんだ。

ふわり、と、心も、身体も、軽くなったように感じた。
キミの腕がボクを掴まえ、キミの温もりに包まれて、ボクは眠りに引き込まれてゆく。
この腕も、この温もりも、夜が明けるまで、朝が来るまではキミはボクのものだ。
そうして朝がきてしまっても、もうボクの気持ちは揺らがない。
もう明日なんか怖くない。
そう思うことができて、ボクはやっと、安心して眠ることができたのだ。

Tomorrow End.

244裏失楽園:2003/10/12(日) 17:19
 彼の肩越しに真っ赤なジュースの瓶が見える。ボクの大好きなオレンジジュースだ。
簡単にコンビニで買えるような代物ではなく、賞味期限は2週間程度なことを思い出した。
 もしかしたら、ボクがここに来なくなってからも彼は自分が飲むわけでもないジュースを
買いつづけていてくれたのだろうか?
 ボクは咄嗟に腕を伸ばし、傍を通り抜けようとする緒方さんの指を捕まえた。
「いかないでください」
 半ば抱きつくような形で、ボクは緒方さんをソファまで戻した。進藤が何をしだすのかと問い
かけるような表情で眺めている。
「私、なんて他人行儀な言いかた、やめてください」
「……バスローブを脱いで。上だけでいい」
 ライターの火を煙草に移しながらの唐突な要求だったが、促されるままにボクはそうした。
両肩からローブを落とすと、少し肌寒さを感じる。
 煙草を一吹かししただけでもみ消した緒方さんは目を眇めてボクの腕や腹に視線を落とした。
「オレのつけた跡がたくさんあるな…。そうされても、まだオレを傍に置きたいのか。それとも
…まだオレに執着している振りをしているのは、進藤にセックスの相手を拒否されたからか?」
「そんなこと……っ」
 ボクが引き止めるために掴んだ緒方さんの指は、今ボクの胸の尖りを摘み、引っぱりあげて
いる。伸びるはずもない乳首は、そうされるとただ痛いだけだ。
「進藤…とは、彼が言うとおりに囲碁を打ちます。それだけでいい。囲碁を通じてボクと彼は
いくらでも分かり合うことができます。相手の何もかもが赤裸々に石の模様に表れる。…それは
身体を繋げることにとても似ているけれど、そこにセックスを持ち込んではいけない――」

245裏失楽園:2003/10/12(日) 17:23
「ふうん。たいした理想だな」
 つまらなさそうに感想を吐き出し、その口にボクの乳首を含んだ。散々弄られたそれは彼の
舌の思いがけない優しさによって反応する。力強くなって、緒方さんの舌の動きに抵抗する
ように成長してしまう。それに緒方さんが歯を立てるのはいつものことで―――
「オレとは囲碁も打つし、セックスもする。キミの言うことは支離滅裂だよ。こんなに真っ赤に
させておいて」
 案の定、上と下の歯で挟まれたそれを、舌でぷるぷると舐め続ける。ボクはこれに弱かった。
声を上げそうになる。
「し…んどうが、見てます……!」
 緒方さんの頭を強引に押し戻しながら、ボクは身体を捻った。
「あ、オレ気にしないから」
「……だそうだ。…全く、進藤の自制心には感心するよ」
 しかし、緒方さんはボクのバスローブを引っぱりあげて肩にかけてくれた。左だけ腫れてし
まった胸を刺激しないよう、ボクはそろそろと羽織る。
「自制心とかじゃなくてさ……。なんか、お腹一杯? 流石に緒方さんの息子君まで見ちゃった
らさー。いや、デカいのデカくないのって」
「どっちなんだ」
「あんなのが塔矢にズンズン入るんだもんなあ」
 ボクは顔を覆った。あのとき、緒方さんと交わっていたとき。
 進藤は呆然と立っていたわけではなかったのか。
「その気になればオマエにも入れてやるが。……安心しろ、オレは上手いぞ」

246</b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/11/03(月) 20:43
注意警報はっしーんщ(゚д゚щ)
「月の船」は、俺がもう好き勝手に(←いつもだろ)
オリジナルキャラ・伝説人物など書いてるから、ゲームの平安幻想異聞録
の世界観が好きな人はスルーよろすく!
あと話も人間関係ドロドロしてゲロ暗いし、すぷらった描写もあるかも
しれんからキレイ・爽やかな話が好きな人もスルーお願いすます。

※以前「蓮池」書いたの俺なんだが、「月の船」書くから続きは勘弁な。
同じ平安が舞台だが、「蓮池」と「月の船」世界観は全然違うし、
光たんと明たんの性格も、ちと変わるしな。

247月の船(5) </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/11/03(月) 20:45
《蘇芳―すおう―》
明が館に入るとすぐに空は光を閉ざし、闇が広がった。
寒さが厳しくなると共に夜空には満天の星が姿を見せ輝き始めた。
明は館の母屋で畳に座り脇息に寄りかかると、思わず深い溜息をついた。
──近衛に会いたい・・・・・・・。

陰陽師として生きてきた明は、様々な事柄を見てきた。
実の親子が地位や金の為に、骨肉の争いを起こし死ぬほど憎しみあったり、
目障りな人物の呪殺依頼されたりと、目を覆いたくなるような人の
あらゆる醜い影に多く関わってきた。
そんな殺伐とした世界にいる明は、近衛──光の裏表のない率直で素朴な
人柄に惹かれた。喜怒哀楽を包み隠さない自然体な光といる時が、明の
唯一心潤う安らぎでもあった。

闇夜が深くなるつれに冷えゆく夜気とは反対に、明は一人高灯台の
薄明かりの中、身悶え、体を熱くする。
明は苦悩していた。
光を瞼に思い浮かべるとすぐさま襲いかかる憂い。
切なさで胸がつまり、息をするのも苦を招くこの想いがいったい何なのか
と。帝からの信頼も厚く、平安京一の天才と謳われるこの歳若い陰陽師の
致命的な弱点は、己の心を操るのが不得手な事だった。
深々と闇が濃くなのると同調するかのように、明の心を巣食う闇もより
いっそうその色合いを強めていく。
そんな明の心内を知ってか知らずか、月は穏やかに光を放ち、天心へと
昇っていった。

248月の船(6) </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/11/03(月) 20:47
翌朝、明は師匠の館を訪ねるため、いつもより念入りに火取りに香を
たきこめ、卯花色の衣冠をその上に掛けた。
頃合いをみて火取りから衣冠を取り、それを纏って館を後にした。

明の師匠──賀茂定信は、初老の男で髪には白髪が混じっている。
雰囲気こそ柔らかいが、二つの目は人の心を見通すような厳しさを秘めて
いる。己が得た陰陽道秘奥の全てを明に託し、今は隠居をしている。
だが、類まれな知識・数々の経験を有しており、明の相談役を担っても
いた。

「お師匠様、賀茂明ただいま参上いたしました」
深々と頭を下げ、明は師に挨拶をする。
「うむ、よいよい。
・・・・・・はて、お主どことなく前より細くなってないかや?
食事を取っておるのか。自分の心身を常日頃、鍛えるのも陰陽師には
欠かせぬこと。それを心しておるのか?」
口調は淡々して静かだが、その響きにはどことなく鋭さが含んでいる。
それを肌で感じ、明は背中に汗がじんわり掻くのが分かった。
「すみませなんだ、お師匠様」
さらに頭を下げ、床につくのを定信は見届けると、クククと含み笑いを
した。
その笑い声が耳に入り、恐る恐る顔を上げる明に、定信はさも可笑しそう
に扇で顔を隠しながら笑みを浮かべている。

249月の船(7) </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/11/03(月) 20:49
「──お師匠様?」
怪訝な表情をあらわにする明を前に、定信は目で笑いながら黙っていた。

──体から湧き出る気はゆらゆらと激しく揺らめき、安定していなく、
心細い。
明の瞳は熱を帯びている、あの瞳は恋しい者を慕う色。
これは誰か想い人が出来たのやも知れぬな。
この頭の固い朴念仁も、やっと人並みの心を解するようになったのかのう。

「まあ、その話はここまでにしやり。
人が年を取れば、おのずそれに伴い悩みも深くなるもの。
これは避けようもなく、人に定められたものよ。
私がお主を呼んだのは、別の話あってのこと。
明よ・・・・・・、お主もすでに十六歳になった。
私はお主が十六になったら真実を語ろうと決めておった」
「それはもしや・・・」
「そう、お主の出生の秘密である」
「僕の生まれのことですか」
「──蘇芳」
「えっ?」
「お主の母なる女人の名よ」
「母上・・・・・・ですか!?」
「この世の者と思えないほど美しい手弱女(たおやめ)であった」

250月の船(8) </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/11/03(月) 20:50
定信は明の顔を、明の母である蘇芳に重ねて思い出していた。
──蘇芳と同じ歳に近づくにつれ、よりいっそう蘇芳の面影が出てきた。
・・・・・・・・あれは十数年前の春の頃であったか。

定信がある大名の桜の宴に招かれた時の事。
酒に酔って釣殿から席を外し、庭園の端へ休む定信に対して前方の渡殿に、
人の姿が現れた。
よくよく見ると、それは赤と白の重ねの唐衣裳装束を身に付けた一人の
女で、桜の花が咲きほこる中、桧扇を片手に持ち優雅に舞っていた。
艶やかで柔らかな黒髪がさらさらと風になびき、豊かな黒海がそこに
広がる。
御簾のわずかな隙間に入り込んだ花びらに心を奪われ、桜に導かれるよう
に人気のない渡殿に忍んだのであろうか。
桜の花が美しくて、いてもたってもいられず嬉しさを舞で現したような
風情であった。
その様子は、まるで絵巻物に描かれてある天衣・瓔珞をつけた天女の舞の
如く。

天女と見違えるほどの美しい手弱女こそが明の母・蘇芳だった。
天は時に人界の領域を越える者を、地に産み落とすことがある。
明の母である蘇芳はそのごく稀な人種の一人であった。
だが人の域を超える並外れた才能や美が、その人物に幸をもたらすとは
限らない。

251月の船(9) </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/11/03(月) 20:53
「あの女人は美しすぎ、あまりにも酷な宿命の元に生まれた方だった」
定信は回顧しながら、独り言のように呟いた。
「そして己の誇りを守るために、身を滅ぼしていった憐れな女人よ・・・・・」
「・・・お師匠様、それはどういう意味しょうか。
母はどんな方だったのですか?
最期はどのように亡くなったのですか!?」
物静かな明には珍しく、声をやや荒らげながら、すがるような目で定信に
訪ねた。
「なよ竹のように、たおやかであるが芯が強く、またとても優しい方で
あった。明、お主と同じ式神を操ることに長けていたのだ。
もしかしたらその素質は、お主以上だったかもしれぬ。
男であれば生きる術があったろうが、あの方は女人であるがゆえ、
ただ耐えるしかなかった。
異質な力は血の繋がりのある身内でさえ忌み嫌われ、最後は鬼女とされ
処刑された」
「では父は・・・・、父は・・・・・、どのような方でしたか」
血管が浮き上がるくらい強く拳を握りしめながら、明は張りつめた面持ち
で定信を見つめた。
「父は今も生きている。それしか私の口からは言えぬ」
「なっ、何故ですか! お師匠様、ご存知であるならばどうぞ教えて
くださいっ!」
悲痛な叫び声を上げ、必死に懇願する明を前に、定信は重い口を開いた。
「明よ・・・・・・、今はこれしか言えぬ。
あとは八百比丘尼様に聞くがよい。
比丘尼様が近日、都に来られることになっておる」

252月の船(10) </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/11/03(月) 20:54
「やおびくに・・・さま?」
「お主も知っているだろうが、三百年の刻を生きている方だ。
友でもあったのだ、お主の母と」
それだけやっと言うと、定信は口を閉じてしまった。
その後、どんなに明が詰め寄っても、定信は腕を組んで目を閉じ、
黙りこんでしまったので、明は師の館を下がるしかなかった。
突然自分の出生の事に触れられ、明はひどく動揺していた。
頭の中が混乱して、定信の牛車を借りて帰る途中も、ただ呆然としていた。
ただこれだけは分かっていた。
三百年を生きる八百比丘尼という人物に会えば、謎が明かされると。

──八百比丘尼・・・確か幼い頃に人魚の肉を食べたために不老不死となり、
三百年経っても美しい女人の姿のまま生き、病気を治癒したり、貧しい
人々を助け、旅をしている比丘尼と聞く。
母上はどうして、そんな方と交流があったのだろうか。

いくら思考を巡らしても、一向に明解な理にたどりつけなく、明は困惑
した。牛車に揺られながら、自分の館に着くまで明の漆黒の瞳は光を失い、
宙を彷徨って溜息を幾度となくついた。

253追憶(14) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 01:10
「死んだってキミを放してなんかやらない。キミは死ぬまでボクのものだ。死んでしまってもボクの
ものだ。何があったって、どんな事が起きたって。忘れるな。キミの全てはボクのものだ。」
そう言うと、さすがに一瞬、彼の息が止まる。
「…オマエの愛してる、って、そーゆーコト?」
「そうだよ。」
「こえぇ……。」
「うん。でももう遅いよ。今更怖いなんて言ったって手遅れだからね。」
なぜだろう。こんな事を言いながら、思わず笑いがこぼれてしまうのは。
「何があっても、どこにいても、ずっとキミのことを思ってる。ボクの全てはキミのものだ。」
「どうしたんだ?今日は。」
「なんだかさ、もうずっと雨が降ってるから、このままずっと雨が降っててここにキミと二人で閉じ込め
られてるような気がして、なんだか感傷的になっているのかもしれない。」
「馬鹿だな……」
そう言ってキミはきゅっとボクを抱き返してくれて、その力に、ふいに泣き出しそうになった。

254追憶(15) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 01:11
ねえ、進藤。
本当に、キミを愛してる。キミの全部を、何もかもを。
キミの秘密も、キミがずっと心の中に住まわせているsaiのことも、全部ひっくるめて、キミを好きだと
思う。いつか、とキミが言ったその「いつか」を待ちながら、それでもその日が来なくても構わないの
かもしれないとさえ、ボクは思う。
そしてこんなにもキミを愛しながら、それでも時々あの人のことを思い出してしまうボクをさえ、キミは
そうやって笑って、少し悲しそうに、寂しそうに笑って受け入れてくれて、ボクはそんなキミにどう応え
たらいいのかわからなくなってしまう。
でも、時々、思うんだ。
もしも、なんて言葉には何の意味もないのかもしれないけれど、例えばもしもあの人との事がなかっ
たら、ボクはキミを受け入れる事はできなかったかもしれない。
キミが好きだと言うことにさえ、気付かなかったかもしれない。
だからあの人との事も、前にあったキミとの諍いも、なければ良かったなんて思わない。
何もかも、全部の積み重ねでボク達は今ここにこうしていられると思うから。

だからもしも神というものが本当にいるのならば、ボクは神に感謝したい。
キミに出会えた事を。ボクがボクである事を。
今までキミの身におきたこと全てを。
そして今キミがここにいる事を。今ここにあるキミが今のキミであることを。

255追憶(16) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 01:12
気持ちいい。
人の体温はなんて気持ちいいんだろう。
オレと、おまえと、二人っきりで。二人だけで。他に邪魔するものなんか何も無くって。
こうしてずっと雨に降り込められていたい。
おまえがいれば、他には何も要らない。
ドキリとするほど恐ろしいことを、眩暈がしそうなほど優しい声で囁かれて、オレは塔矢のクスクス笑う甘い
声に、優しい手に、うっとりと夢見心地だったのに、唐突にその手が引かれて、塔矢がするりと立ち上がる
のを感じた。
「お腹が空いたよ。起きて、食事にしよう。」
「え〜〜」
オレが未練がましく見上げても、塔矢はクスッと笑ってそのままオレを置いて行ってしまった。
ちぇ。仕方が無いからオレも起き上がって、くるまってた毛布をぱんっとはたいてそれから畳んでく。
入れ違いに洗面所に入って顔を洗って、出てきたら、コーヒーのいい匂いがした。
インスタントのコーヒーとトーストと、それとオレが昨日家から持ってきたリンゴを二つに割って。
そんな簡単な朝ご飯だったけど、お腹がすいてたから美味しくて、目の前には塔矢がいて、幸せだなあ、
なんて馬鹿っぽい事を考える。

256追憶(17) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 01:12
「なあ、塔矢。」
「なに?」
「愛してるよ。」
そう言ったら、塔矢は一瞬キョトンとした顔をして、それから、
「ありがとう。嬉しいよ。」
と、はにかんだような可愛い顔で笑った。
耳元がちょっと赤くなってるのが照れてるみたいで珍しいなと思って、更に続けて、
「好きだよ、塔矢。大好き。愛してる。」
なんていうと、塔矢が首筋から見る見る赤く染まる。耳なんか湯気でそうなくらい真っ赤だ。
うわあ、こんな塔矢ってすげえ珍しいかも。
なんてまじまじと塔矢を見てたら、塔矢はテーブルに手を着いて乱暴に立ち上がり、かちゃかちゃとお皿
を重ねてオレの顔も見ないで台所に持っていった。
そんな後姿が可愛くて、そのまま抱きついてみたいなあ、とか思いながらオレはリモコンに手を伸ばし、
テレビのスイッチを入れたら、ちょうど天気予報をやってた。
「へえ、午後から晴れるってさ。晴れたら出かけようか。」
「どこに?」
「どこでもいいけど。どっか散歩とか。」
「じゃあ、雨が上がるまで、一局打とう。」

257追憶 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 01:14
前のをうpしたのは一体いつのことだったろう。
相変わらずしめっぽい上にハァハァ所もでんでんなくてごめんよー。

258追憶(18) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 23:45
部屋の隅に置いてあった碁盤を真ん中まで持ってきて、向かい合って座る。
渡した碁笥の蓋を取ろうとした塔矢の手がふと止まった。
「塔矢?」
「あのね、進藤、思い出したんだけど、」
「なに?」
「前にキミが話した事があっただろう。碁の神様の話。」
「え、うん。」

――碁の神様って孤独だな。
あれは塔矢の碁会所でだっけ。
「碁の神様」って言いながら、オレは半分佐為の事を思ってた。
佐為は本当に神様みたいなもんだったから。誰よりも強くて。誰よりも碁を愛していて。
「キミは碁の神様は孤独だと言ったけれど、ボクはそうは思わない。」
「……塔矢?」
「だってさ、碁の神様が一人で孤独なんだとしたら、どうやって碁ってゲームが生まれたんだ?
一人じゃ碁は打てない。いつだって必ず誰かがいないと。」

「だからね、ボクは思うんだけど、碁の神様は二人いるんだよ。」
「えっ…」
「二人いるんだよ。二人の神様が退屈して、退屈を紛らわすために考えついたのが碁なんじゃないかなあ。」
静かにそう語る塔矢に、オレは返す言葉が無い。
「ボクにキミがいるように、なんて言ったら図々しいのかもしれないけど。」
そう言って塔矢は小さく笑いながら続けた。
「でも、神様同志が毎日打ってたら、ボクら人間がいくら研鑚したって、辿り着く事なんてできないかな。」

259追憶(19) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 23:45
ボクの言葉に、そんな事、考えてもいなかった、と言うように目を円くするキミ。
そして、自分に言い聞かせるように、ボクは続ける。
「キミと打つのが一番楽しいよ。」
最良の打ち手であるキミと、最大のライバルであるキミと、出会えたのは、そして今こうしてキミと向かい
合っていられるのは、ほんの少しずつの奇跡の積み重なりのように思う。
「思うんだ。キミに会えて本当によかった、って。」
でも、それでも、ありえない奇跡の積み重ねのような事でさえ、ボクにとってはこれ以外にはありえない、
必然の道であったようにも思う。たとえ何があったとしても、それでもきっとボクたちはこうして盤を挟んで
向かい合い、最善の一手を、最良の一手を極め、他の誰にも作れない宇宙を築くだろう。
そのために、ボクとキミはここにいるのだと、ボクは思いたい。
そう信じてもいいだろう?
問いかけるように見詰めるボクに、キミはこっくりと頷いて、それから顔を上げ、力強い目でボクを見た。
その目に、負けないだけの意志をこめてキミを見返す。
きっとボクは忘れない。何年たっても、たとえボクがキミを失ってしまっても、今日見たキミの目を、今日
感じたこの気持ちを忘れない。

260追憶(20) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 23:47
「……打とうか。」
「うん。」
「それじゃ、」
と、白石を握る。石を数え、先番を決め、「お願いします」と頭を下げる。
そうして最初の一手を置くための石を手に取りながら、ふと思う。

今まで、何度こうしてキミと対局してきたか、もう数え切れない。
でもきっと、これからもボク達は打ち続ける。今まで打ったのよりも更に多く、もっと深く。
繰り返し、繰り返し、何万回でも飽きることなく、ボク達は打ち続けるだろう。
何があっても。どんなことが起きても。ボク達はこうして向かい合い、盤を挟んで意思を交わす。
それだけはきっと変わらない。
それがキミとボクとの運命。

― 完 ―

261追憶 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/15(土) 23:48
終わりだす。
残り少しを引っ張ってしまってすまんかった。
「打とうか」をやりたかっただけなんだ。
このシリーズはこれでおしまいのつもりだけど、まあ、この後もこいつらはPastoraleみたいな
バカップルぶりをあちこちで披露してくれるんじゃないかと思う。

本当に長いこと、お付き合いサンクスでした。
キターくれたひと、愛好会会員の皆さん、倉庫番さん、みんなみんなありがとうございました。

262断点・4 (1) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/23(日) 14:08
もう、どれだけ塔矢と打ってないんだろう。
あの日、塔矢の家で打った。あれが最後。
あの時から、もうどれだけ経ったんだろう。
誰と打っていても物足りない。
塔矢と打ちたい。塔矢がいい。塔矢じゃなきゃイヤなんだ。
それなのに、塔矢と会うことさえできない。
オレの行動を先回りするみたいに、オレと一緒に出るはずだったイベントから、「塔矢アキラ」の
名前はいつの間にか消えてるし、棋院で手合いのある日だって、塔矢は本当に対局してる時しか
いなくって、昼はどこに行ってるんだかわかんないし、大抵あいつの方が終わるのが早いから、
オレが終わった頃にはあいつはもういなくなってる。
一度、オレが手合いがなくてあいつにはあった日、待ち伏せするみたいに終わるのを待ってたら、
オレが待ってるのにいつ気が付いたんだかわかんないけど、ふっと目を離した、ほんの一瞬の隙
に塔矢は消えてしまっていた。
「塔矢くん?あれ、さっきまでいたのに。」
「ああ、ほんのついさっき、出てったみたいだよ。走って追いかければ追いつくんじゃない?」
そんな風に教えられてオレは慌てて走ったけど、塔矢はもう影も形もなかった。
せめて前みたいに本因坊リーグだったら、あいつが打つのをオレも見てられるのに。
あいつの棋譜を見ることだってできるのに。
どうしたら。
どうしたらおまえと打てるんだ?
おまえと打ちたいんだ。前みたいに。
打ち合ったり、検討したり、どっちの手がいいのか互いに譲らずに口論したり、前みたいにおまえ
と一緒に打ちたいんだ。おまえじゃなきゃイヤなんだ。
せめて。
もう好きだなんて言わないから。
もうそんな事言ったりしないから。
だから、オレと打って。
ねえ、塔矢。お願いだから。

263名無しさん:2003/11/23(日) 20:58
甘たん待ってたぞ!
どんどん甘たん独特の世界、新しいアキラたんщ(゚Д゚щ)カモォォォン!!!

264断点 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2003/11/24(月) 00:09
>Part47の752
淋しいはずなんだけど、淋しいって知らないんだよ。
だから余計に全部シャットアウトして碁に打ち込んじゃうんだろうな。不憫な子だ。
柔肌の〜 の歌、断点アキラには本当にそう言ってやりたいと思う。ありがとう。

さびしからずや碁を極める君。

265名無しさん:2003/11/24(月) 02:41
淋しいって知らないアキラたんか。哀しくていとおしいな。
断点のアキラたんが淋しさに気づいたらどうなっちまうんだろ。
おやしみ、アキラたん。

266名無しさん:2003/11/25(火) 02:13
甘味さんレスさんきゅ!
物事を極める奴にはそんな奴が多いかもしれんな。
言葉は悪いがそんなカタワっぽいアキラたんが俺は嫌いじゃないんだ。

267裏失楽園:2003/12/03(水) 21:27
 勘弁してよ、と進藤は笑う。
 目を塞いでいても、緒方さんが声を出さずに笑う気配だけは感じる。確かに彼は自信過剰という
だけではなく上手いのだろう。
 時に激しく、そして相当我慢強くゆっくりと、未経験だったボクをこれほどまでに慣らした。
 緒方さんだけしか要らない。緒方さん以外必要ない。…そう思えた日が、確かにあったほどに。
「緒方先生、囲碁打ちながらイっちゃったことあるタイプ?」
「…オレは変態じゃない」
「もしイっちゃえるタイプなら、塔矢の言う意味がわかるかもしれないよ」
「なんだそれは。…アキラくん、解るか?」
「ええ」
 頷くと、返事の代わりにカチリと小さな音がした。スーッと息を吸い込む音がする。そして吐き
出される煙はボクや進藤の方にはけっして向けられはしないことをボクは知っていた。
 それは彼の思いやりであり、優しさだった。
「緒方さん、ジュース…」
「ああ、喉が渇いただろう。飲みなさい」
 すぐに紅い液体を満たしたグラスを手渡されたが、ボクは首を振った。
 そうじゃない。
 このジュースがあるのはただの偶然なのか、それともボクがここに足を向けないでいた間もあの
ジュースはここにあったのか。
 それに何か意味があるのか――それが知りたかった。

268裏失楽園:2003/12/03(水) 21:28
思い出したようにupしてごめんだも…
(せいじ風に)

269月の船(11)  </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/12/09(火) 00:29
《灯》
陽が山に隠れ、畑仕事をしていた農民も家路に足を運ぶ夕暮れ時。
木々が鬱蒼とする暗い山道を黒袈裟姿で、年は十六・十七歳ぐらいの若尼僧が
一人、白い息を吐きながら杖をつき足早に歩いている。
若く目鼻立ちが整っている美貌な容姿が、墨色の尼装束に異様に浮き上がり、
それがかえって美しい顔を一層引き立てていた。
尼僧が右手に持つ杖の先端からは、紅と白の椿の花が一つずつ、
ほころんでいる。

──もう椿が咲く季節なのだ。

椿の花を眺め、尼僧は微笑んだ。
尼僧の持つ杖は椿の木から出来ており、幾多の国を渡り歩く中、肌身離さず携えて
いる。
山の頂上近くまで尼僧は歩くといったん立ち止まり、後ろを振り返った。
すでに陽は落ち、山頂から遠くにある都のほのかな灯が見える。

──確か十数年前も都の灯を見たけど、あの時とさしてあまり変わりばえないこと。
けれど消えいりそうな人家の灯は、短い生を惜しむようかのように
命の炎を燃やす蛍火によく似て儚げで、とても愛しいもの。
何百年と大地を流離うとも、その思いは変わることはない・・・。

270月の船(12)  </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/12/09(火) 00:31
徐々に寒風が強くなり近辺の木の枝を揺らし、カサカサと枝が擦り合う乾いた音が
辺りに鳴り響く。
身の切れるような冬の冷気に加え、寂しげな木々の音が余計に実際体感
している以上の寒さを尼僧に連想させ、体を萎縮させた。
それと同時に耳に届く音が、生まれ育った土地で常に聞いていた波音に
一瞬似ているように感じて目頭が熱くなり、俗世の幸せを捨てた女の瞳が
潤む。
遥か昔を懐かしむように尼僧は目を瞑り、涙が一筋こぼれ落ちた。
尼僧は黒袈裟で慌てて涙を拭い、視線を都の灯に再び移す。
「蘇芳の遺児は、健やかに育っているのでしょうか・・・・・・・」

複雑な眼差しで都の灯を見つめながら、ぽつりと尼僧は呟いた。




激しい寒波は都にも襲い、一人屋敷で書物に目を通している明の身へと
冷気が降りかかる。
明は思わず凍りつくような寒さに身震いし、肩から掛けている衣を掴み、
胸元に引き寄せた。
「今日はもうこれくらいにしようか・・・・・・」
明は火桶にしばらく手をかざし、少し温まると火を消して寝具に
横たわった。

「勤めも落ち着いたし、久しぶりに近衛に会えるかな」
小さく欠伸をすると明はすぐ寝息をたて始めた。

271月の船(13)  </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/12/09(火) 00:35
《呪詛人形》
このところ多忙で、しばらく光に会っていないので明は光と文を交わして
いた。
光の字はとても大きくて稚拙であるが、のびのびとしておおらかな印象を見る人にあたえる。
文の内容で都中を毎日駆けずり回っている元気な様子がうかがえた。

近頃、宮中では帝の周りに不穏な動きがあり、帝の住まれる清涼殿には
寝所に呪詛を書いた人形が見つかり、帝呪殺の噂がひそかに囁かれて
おり、明を先頭に陰陽師・僧侶・神祗官達が日々、帝の無事を祈り、
それぞれ祭壇・神殿を祭り祈祷していた。
陰陽師は主に穢れに触れる事を生業としているので、『呪い』については
『かける・解く・防ぐ』などの分野に精通している。
陰陽師として生きる以上、敵からの攻撃で呪われる立場であるのは避けられなく、
常日頃『呪い』を防ぐ術を鍛えている。
己の身を守る事が出来ない時・・・それは死を意味する。

明達、陰陽師が『呪い』を仕掛けた術者に対して行うこと──それは『呪い返し』である。
『呪い返し』とは、かけられた『呪い』を施した相手に全て跳ね返す事を指す。
祈祷開始して数日後、帝にやや生気が戻ってきた。
だが明は素直に満足しなく、別の思案に耽るのが多くなった。
祈祷をする陰陽師達の中で明と数人の者だけある事に気を留めた。

272月の船(14)  </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/12/09(火) 00:36
帝にかけられた術は、かなり強力なものであったから、こちらが
『呪い返し』をしても、敵はそれを上回る術で倍の『呪い』をするだろうと
明は予想していた。
しかし敵はそれをするであろう程の術者であるのに、一向にその兆しは無く
何事も起こらない平和な日が続いた。明にはかえってその静寂な空気が嵐の前の
静けさのように感じ、余計不気味に思った。
心のどこかで言葉で説明できないある不安がざわめき、明を苛立たせる。
どうしてそう感じるのか明は明確には分からなく、ただ陰陽師としての勘としか
言えなかった。

この敵の狙いは、別にあるのではと・・・・・。

273CC  </b><font color=#FF0000>(.QypifAg)</font><b>:2003/12/09(火) 00:38
あげちゃった・・・すまんです・゚・(ノД`)・゚・
話、なかなか本題にいけん。

274黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2003/12/19(金) 20:51
(5)
「芹澤先生」
「このスープは中々美味いだろう?私は冬はこれが楽しみでね」
言いながら芹澤は緒方の前に置かれてあった手付かずのスープカップを
事もなげに取り上げ、舌を出して中の赤い液体をゆっくりと一舐めした。
「まだ熱いな」
呟いて、熱に触れた舌を冷やすようにそっとカップの表面に押し当てる。
「・・・・・・」
何となく驚いて、だがきっと緒方が手を付けずにいたスープを
自分が代わって飲むつもりなのだろうとアキラは思った。
だが芹澤は長い指で静かにカップを緒方の前に置き、手を挙げて店員に合図した。
「私にも頼む。スパイスを多めに」
そのまま芹澤は緒方と反対側の、アキラの隣の席に腰を下ろしてきた。
「ここはカクテルも料理も美味い。・・・キミもきっと気に入るだろう」
「あ、はい。そのことなんですが・・・緒方さん」
アキラは緒方のほうを振り返った。
芹澤の好意はありがたいが、緒方が帰りたがるなら帰ってもよいと今では思っていた。
この店にはどこかおかしな雰囲気がある。
もしかしたらここで、緒方は毎週、自分に言えないような楽しみを
持っているのかもしれない。
だが先刻緒方は、自分を好きだと言った。
愛していると言ってくれたのだ。
言葉一つで満たされてしまうとは我ながら単純だと思うが、それでも緒方が望むなら、
自分ももう些細な事を詮索するのはやめて一緒に帰ってもよいと思ったのだ。

275黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2003/12/19(金) 20:51
(6)
だが緒方は何も言わない。
てっきり緒方が芹澤に対して、今日はもう失礼すると切り出すものと思っていたが、
緒方は難しい顔で俯き黙り込んでいる。
「緒方さん・・・?さっきのお話・・・」
その時ドヤドヤと足音が聞こえて、今日の客たちが現れた。
そちらを振り向いたアキラは、その顔触れに目を丸くした。
高段の棋士がたくさん来るとは聞いていたが、これは――
錚々たるメンバーと言ってよかろう。
対局したことはあってもほとんど言葉を交わしたことがない相手も多い。
彼らと語り合い教えを受けることが出来たら、どれほど刺激になることか。
帰ってもよいと思っていたアキラの心が、ぐらりと揺れた。

「やあ芹澤君。三週間ぶりか」
「ようこそ、乃木先生。畑中さんに白川さん、岩崎さんも」
芹澤は立ち上がり穏やかな微笑みで彼らを迎えた。
アキラも慌てて立ち上がり、一礼する。
「うわぁ、ホントに塔矢君も来てくれたんだ。前から一度ゆっくり話してみたくて、
今日は楽しみにして来たんだよ。よろしく!」
白川七段が人懐こい笑顔で手を差し出した。
「あ・・・よろしくお願いします」
つられてアキラが出した手を、白川は両手で包み込むように握り締めた。
ニコニコと熱っぽい目で見つめられて、少し戸惑いを覚える。
すると横から皮肉な声が聞こえた。
「ふん、来たのか。オレが三段の頃は遊ぶことなんて考えもしなかったが、
日の出の勢いの塔矢三段は余裕だな」
「あ・・・」

276黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2003/12/19(金) 20:52
(7)
――座間王座。
アキラが入段した時の新初段シリーズ以来、何かと絡んでくる。
かつてアキラの父行洋が奪った王座のタイトルは、今は再び彼の元に戻っていたが、
アキラへの風当たりが弱まることはない。
いちいち気にしてはいなかったが、面と向かって敵意をぶつけられると
やはりいい気分はしなかった。
「座間先生、喧嘩は無しでお願いしますよ。ここは楽しむための集まりです」
芹澤が静かに言うと、座間は「けっ。分かってるって」と吐き捨て
席を探しに行ってしまった。
その遣り取りを眺めていた白川が驚いた顔をした。
「塔矢君、座間先生と仲悪いの?」
「いえ・・・」
曖昧に笑って誤魔化していると、岩崎七段が肩を竦めた。
「気にすることないさ、プロって言ったって結構子供な人が多いから。
座間先生も、普段は気さくで可憐な人なんだけどね」
気さくで――可憐?
意外な形容にどう反応してよいか困っていると、
畑中名人が切れ長の目を細めてクスリと笑った。
「塔矢君はまだ、同門の棋士以外じゃそれほど親しいプロはいないだろう?
ここに通うようになれば、外から見えないプロの素顔も自然と分かってくるよ。
緒方先生には早く塔矢君を連れて来てくださいよって、オレたちずっとリクエスト
してたんだよね。やっと会えて嬉しいよ。・・・今日はよろしく」
畑中はアキラの手を包み込んだままだった白川の手を引き剥がして、強く握った。
後から到着したプロたちにも、次々と笑顔で握手を求められる。
芹澤はカウンターの上に長い指を揃えて置き、穏やかに微笑しながらその様子を見ている。
――もうとても、帰りたいなどと言い出せる雰囲気ではなくなってしまった。
だが並み居る実力者たちとの歓談という要素があまりに魅力的で、
帰れなくなってしまったことに安堵している自分がいた。
それでも少しは気がとがめて、ちらりと緒方を見ると、
緒方は向こうを向いて座ったまま、スープに手も付けずに肩を落としていた。

277</b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2003/12/19(金) 20:57
アクセス規制中(´・ω・`)ショボーン夕方は書けてたのに・・・
>愛好会578
アキラたん携帯かわええ〜!(;´Д`)ハァハァ
3Dで飛び出して見えるのか、はと時計みたいに携帯の中に住んでるのか?

278黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2003/12/21(日) 21:31
(8)
「じゃ、岩崎さんも越智君の指導碁に通ってらしたんですか」
「ああ。なかなかソツの無い碁を打つよね、彼。塔矢君は小さい頃から
お父さんに碁を教わってたんだろう?他のプロと打ったりもしてたの?」
「ええ、父を訪ねて来られるプロの方々に、時々相手をしていただいてました。
それから同門の――」
視線を彷徨わせた先には、カウンターに座ったまま酒を呷る緒方がいた。
時折他の棋士が声をかけるものの、皆うるさそうにされて肩を竦めて去ってしまう。
緒方は決して酒が強いほうではないし、空きっ腹に酒を入れれば回りが早くなる。
一言注意するか、それともせめて何か一皿料理を持って行ってやるのがよいのか――
会話を止めて緒方の後姿を見守るアキラの視線に気づいて、岩崎七段が苦笑した。
「緒方先生の所に行きたい?でも、彼とはいつも話してるんだろ。
折角来たんだから、今日はオレたちと話そうよ」
「あ、はい。そう――ですね」
考えてみれば緒方とていい年の大人なのだ。
年下の自分がそういつも口うるさく世話を焼くというのも可笑しな話ではある。
それに今、アキラの周りは入れ替わり立ち代わり他の棋士たちによって
ぴっちりと固められていた。
新旧のタイトルホルダーまで含めた名だたる面々が若輩の自分などを歓迎してくれる。
そして彼らが最近の棋戦や囲碁界の動向について惜しみなく議論を戦わせるさまを、
目の当たりにすることが出来る――
それはアキラにとって非常に刺激的で有意義な体験と思えた。
この店に少々妙な雰囲気があるのは事実だが、
客同士の会話は至って和やかであり、まともである。
正直、緒方が何故あれほど自分をここに連れて来るのを渋ったのか
アキラにはよく分からなかった。
今日帰ったら、またこの店に来てもよいか緒方に頼んでみようと、
そんな風に思うようにすらなっていた。

279黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2003/12/21(日) 21:32
(9)
「あ――塔矢君!まだアレ食べてないんじゃないの。この店の特製ソーセージ」
白川が思い出したように言った。
「なんだ、塔矢君まだなのか。あれは一見の価値ありだぜ」
「そうだ、ここに来たらあれを食って帰らなきゃなあ。白川、取ってきてやれよ。
塔矢君、食べるだろ?」
「ソーセージ?」
アキラは首を傾げた。
実の所、加工肉の類はそれほど得意ではない。
だがこれまでずっと周囲の話を聞くばかりでろくに料理を口にしてもいなかったし、
他の人々が勧めるなら話の種に食べてみるのもよいだろうと思った。
「はい、いただきます!」
アキラが微笑んで頷くと、白川は嬉しそうに顔を輝かせ
小走りに立食形式のテーブルへと向かった。

だが白川がいそいそと白い皿に載せて来た巨大なそれを見てアキラは一瞬びくっと竦み、
それから絶句した。
――これは。
初め見た時、人体の一部が切り取られてそこにあるのかと思った。
それくらいそれは、色といい形状といい、日頃見慣れたとある器官に似ていた。
「コレ、ちょっとびっくりするだろ。この店の名物なんだ。もちろん本物じゃないけど、
ニンニクやら、漢方の色んな材料やら入ってて強精作用があるっていうのが売りなんだ」
「きょ、きょうせ・・・?」
「男を元気にしてくれる効果!わかるよね」
人の良さそうな笑みを浮かべながら白川がフォークで転がしてみせるそれは、
どんな技術を用いたらここまで出来るものか、
裏や先端の細かな特徴に至るまで実に良くその器官に似せられている。

280黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2003/12/21(日) 21:32
(10)
食欲が減退するというそれ以前に、
そのリアル過ぎる形状と春画めいた非現実的なまでの巨大さに圧倒されてしまい、
アキラは一歩後ろに退いた。
トンと肩にぶつかったのは乃木九段――かつて名人位三連覇を果たしたほどの人物であり、
最近ではタイトルまで手が届いてはいないものの、アキラが尊敬する棋士の一人である。
「乃木先生・・・すみません」
「なに、構わんよ。ささ、早く食べてみたまえ」
「え」
「男にとっては嬉しい食べ物だよ。体がぽかぽか温まって、食べた晩から効果が出る。
私など、ここに来るたび土産に買って帰るくらいだ」
「で、でも」
「うん?」
乃木の手がさりげなくアキラの両肩に添えられる。
それにも気づかないくらいアキラは皿の上の物体に釘付けとなっていた。
人体の一部に似せて作られた食物のグロテスクさに怖じたということもある。
だがそれ以上に、それと似た形状のモノに対して普段自分がどのような行為をしているか、
もっと言えば、昨晩ちょうど自分の目の前に与えられた兄弟子のそれに対して
自分がどのように振舞ったか――
その記憶がありありと甦って、もしこの物体を口に含んだら
自分のあられもない日常を周囲に透かし見られてしまうような気がして、
今アキラは固まっていた。

そんなアキラの様子に首を捻った白川が、片手の指でそれを重そうにつまみ上げ、
ニコニコしながら「塔矢君、アーンして」と近づけて来た。
「・・・ゃっ!」
顔を背けた拍子に思わず声が洩れた。
近づけられたモノの先端が頬を掠めて、表面に濡れた感触を残す。
はっとして相手を見ると、白川は少しショックを受けたような顔をしていた。

281黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2003/12/21(日) 21:33
(11)
「あ・・・ごめん、塔矢君。ソーセージ、嫌いだった?」
「・・・そ、そういうわけじゃないんです。すみません、ボク・・・」
先輩棋士に対して失礼に当たらないように、白川の顔とその物体を交互に見ながら
何とかそれを食べないで済むような言い訳をぐるぐると考える。
その時、畑中がまたクスリと笑って言った。
「無理することないよ、塔矢君。嫌だったら言ったらいいさ。こういうの・・・
塔矢君みたいな若い人にとっては、却って毒かもしれないしね。ねぇ乃木先生」
「ああ、そうかもしれないな。これは考えが足りなくて、悪いことをした」
「え・・・?」
本人を差し置いて勝手に得心しているような乃木たちにアキラが不安げな視線を向けると、
乃木はにまにまと嬉しそうに首を振りながら、
アキラの両肩の感触を味わうようにゆっくり揉んだ。
「若い頃はただでさえ、元気が有り余ってるからなぁ・・・
その上こんな物食ったらムスコが暴れ出して、夜眠れなくなっちまうわな。
まだ女もいないようだし、自分で自分をナグサメルのは寂しいよな?なぁ塔矢君」
言いながら乃木の片手がそっと下に伸ばされて、アキラの股座をグッと掴んだ。
「っ・・・!・・・そ、そんな理由じゃありません!」
ぴったりと背後から密着していた乃木の体を、思わず突き飛ばしてしまった。
乃木は一瞬面食らった顔をした後、相変わらず意味深な笑みを浮かべてアキラを見ている。
呆然としてその顔を見返す。頬が熱くなる。
酒が入っていることを勘定に入れても、
尊敬する棋士からあまりに野卑な言動をぶつけられたことがショックだった。
「なんだ、違うのか?なら食うといい。それにどうせ一口二口じゃ、何も変わりゃせんて」
「・・・そ、そうだよ塔矢君。乃木先生は今ちょっとお酒が入ってらっしゃるけど、
折角来たんだし、一口だけでも食べて行ったらどうかな?体にはいい筈だよ!
ボクが保証する!」
自分が悪いわけでもないのに申し訳無さそうに微笑んで取り成す白川の柔和な顔が
ほんの少し、仲のよいもう一人の兄弟子の面影と重なったので――
アキラは気づかれないよう小さく溜め息を吐いてから頷いた。
「じゃあ、少しだけ・・・」

282名無しさん:2004/01/07(水) 22:11
ここに上げるか迷ったんだが(「アキラたん(*´Д`*)ハァハァ(*´Д`*)ハァハァ」じゃないから)
ここで続いている話しについてだからここに書きます。
−−−−−−−−−−−−−
年末年始小説倉庫に籠もった

日記シリーズ・誘惑シリーズ・裏階段の四角関係読み比べもした。
(ヒカルたん・若・兄貴・トーマス(三谷))

違和感を持ったのは失楽園の22と23の間あれ、ここってもっといろいろとなかったっけ
一番好きな場面がないぞと裏失楽園を確認した。

一番好きな場面はここにあった
裏失楽園81の
>「オレが望んだのはこんなんじゃない」
> 思ってもみない進藤の言葉に、次第に身体が震え出すのが判る。
>「オレはただ、塔矢と碁を打ちたいだけなんだ」
> 進藤はボクと緒方さんを交互に見ながら、驚くほど落ち着いた声で繰り返した。

お節介さんのログ置き場と避難所で元スレを確認した

失楽園の22(ヒカルたんスレ14-929 2002/7/23)と裏失楽園の49
(愛好会385 2002/06/16)が同じ場面
失楽園の23(プチ住民10 2003/3/2)と裏失楽園の92
(プチ住民111 2003/5/9)以降が同じ時間

ログを全部見直したが失楽園はやっぱりなかった失楽園を裏失楽園で脳内補完していたらしい。

で、今 好奇心がうずいている
緒方にあんな目に遭わされ、目の前でこんな光景を見ているのに
なぜ、冷静なこんなせりふがはけたんだ。シャワーを浴びながら何を考えていたんだ。

失楽園さん、いつか、そのうち番外編とかで書いて下さい。お願いします。

283裏失楽園:2004/01/11(日) 22:59
>282
(・∀・) ノ ワカリマシタ

284名無しさん:2004/01/12(月) 00:19
>283
裏失たんキテター!
続き待ってるよ(;´Д`)ハァハァ

285名無しさん:2004/01/13(火) 16:21
>282
それには俺も興味持ってた。アキラたんもあのヒカルの行動には衝撃を受けてたしな。
最初はインポかとも思ったが、あのヒカルの行動が兄貴の敵わない部分というか、兄貴には入っていけないアキラたんとヒカルの何かなのかもしれんなとも思ってた。
>283
待ってる!裏失のつづきも待ってるぞ〜!

286裏失楽園:2004/01/23(金) 22:11
>267
 ボクの知っている緒方さんはオレンジジュースなど口にするような人ではなかった。
 その神経質さで食事が摂れなくなるような時だけは、いろいろな野菜を混ぜた恐ろしい味の野菜
ミックスジュースを飲んだりすることがあったにせよ、果物のジュースは子供の飲み物だと決め
付けている節のあった彼がこんなものを用意しているのは不可思議だった。
「緒方さん。そのジュースはボクの……」
 ボクのために買ってあったものですか? ――そう聞きたくて、でもプライドが中途半端に高い
ボクはどちらにも自惚れていると思われたくなくて聞けず、ただ彼を見つめる。
 だが彼は、ボクの視線を避けるようにふいと顔を背けた。
「進藤、おまえも飲んだらどうだ」
 いらない。もういいってば、とぷるぷる首を振る進藤に無理強いはしない。
 ボクは手渡されていたものを一口飲んだ。
 味覚は記憶と繋がっているらしいというのは本当なのかもしれない。口いっぱいに広がる甘さと
酸味が、あの頃のボクの記憶を鮮明に呼び起こす。
 この部屋と、この紅い飲み物と、煙草の煙と、抱きしめられた時にだけ強く香る緒方さんの匂いと。
 それらに包まれながら打つ碁で彼に勝てたことは数えるほどしかなかった。それは、緒方さんが
ボクを鍛えるために全力で闘ってくれたわけではなく、ただ負ける自分が格好悪いと思っていた
からに他ならないわけだけれど、だからこそそんな彼を打ち負かすことができたときは本当に嬉し
かったのを覚えている。
 ボクのようやく出会えたライバルへのあからさまな意識は、両親の不在で一緒にいることが更に
多くなった彼の前だけでは隠さなくてもよかった。

287裏失楽園:2004/01/23(金) 22:12
本当にすまん。久しぶりなのにこんなヘタレ兄貴…。

288裏失楽園:2004/01/24(土) 18:51
 興味深そうに聞いていた彼の返事がおざなりになり、不機嫌そうな顔を隠そうともしなくなった
が、ボクはそれに気づかないふりをしていた。
『進藤進藤って…オレのところにいるのに、進藤のことばかりか。――うんざりする』
 最後の日にうんざりすると吐き捨てるように言った緒方さんの顔は苦みばしり、ボクの一部では
なく全てを拒絶した。少なくともボクにはそう感じられた。
 妬けるとか、オレのことを考えろとか、そんな言い方だったらまだ我慢できた。進藤のことで
頭が一杯だったのは事実なのだから。
『うんざりするし、どうしようもなく苛々する』
 ボクの存在に苛々する――そこまで言われて、どうしてのうのうと一緒にいられるだろう?
 緒方さんは時々不安定になる。稀に対局にまで影響することをボクは知っていたから尚更だった。
『じゃあ、帰ります』
 ジュースの入ったグラスを置いて立ち上がったボクを引き止めるでも、声を掛けるでもなく。
 眼鏡を外した彼は両方のこめかみを親指と薬指で押さえながら疲れたように俯いていた。
 ――それが、この部屋での最後の記憶だった。
 常々思っていたことがあった。緒方さんはボクの父が塔矢行洋でなくとも、ボクの面倒を見て
くるのだろうかと。例えばボクと緒方さんが父の研究会というものを介在せずに知り合ったとして
も、こんな風に接してくれていたのだろうかと。
 それに自信をもって頷けないから、ボクは常に彼に対して対等であるという意識を持てずにいた。
 それとは逆に、進藤とは完璧に対等だった。ボクがボクであるということ。進藤が進藤であると
いうこと。二人で囲碁を打ってお互いを切磋琢磨して、それだけで十分だった。
 だからこそ進藤に惹かれたのだろうと、今なら冷静に思える。
 しかしその頃のボクは、ただ自分の自信のなさから逃げるしかできなかったのだ。

289裏失楽園:2004/01/24(土) 18:52
ここまでupしたつもりだったんだが。
ついに耄碌したかもしれんなあ。

290裏失楽園:2004/02/29(日) 21:11
 成長のない人生などあり得ないはずだ。
 実際、ボクはあの頃よりも着実に成長していると思う。
 だからボクは、緒方さんの薄い色の瞳を見つめながら、もう逃げてはならないのだと決心する。
 そして、このようなときに持ち合わすプライドなど不要なものに他ならないのだと――そう、
何度も自分自身に言い聞かせた。
「ボクの好きなジュース、ボクのために用意してくれていたんですか。いつも」
「……別に、あれを好んで飲むのはキミだけじゃない。女だって大好きだしな」
「嘘だ」
 灰皿の上に入れられたパッケージは、そのジュースが未開封であったことを示している。
 一瞬まなざしを絡みつかせた後、視線を逸らしたのは緒方さんの方だった。
「嘘だと決め付けるのか? …随分と自信家だなオマエは」
 ボク自身の成長と彼の本心を証明するためのものなら、嘘でも、虚勢でもいいのだ。
 口にしていると、今は嘘でもいつかそれが真実になるかもしれないじゃないか。
「自信家ですよ。知らなかったんですか?」
 煙草を手で弄ぶ彼の言葉には嘲笑が混ざっていたが、ボクはそんな緒方さんを逆に可哀想だと
思った。
 ボクを貶めなければ、彼自身が捨てきれないでいるプライドを維持できないのだろう。
 常にボクよりも上位でありたい彼は、自分の存在を守るために平気でボクを傷つけ、貶めるのだ。
 そうすることしかできないのは緒方さんの弱さで、どうしようもない愚かなところだと思う。
 でもボクは、そんな緒方さんでも、何度傷つけられても嫌いにはなれなかった。

291裏失楽園:2004/02/29(日) 21:12
 幼いころには、とてつもなく強くて、いつもボクを導いてくれて、毅然としていて――そんな
風にしか思えなかった緒方さんだった。あのころには見えなかった彼の弱さというものを実感する
ことができるようになったのは、やはりボクがそれなりに成長したからなのではないかと思うのだ。
「ねむ…」
 大きなソファの上で胡坐をかいていた進藤が、反動を付けてごろりと転がった。ボクのほうへ。
 ボクの背と背もたれの間にすっぽりと頭を入れて、いかにも眠そうなくぐもった声で『なぁなぁ』と
話しかけてくる。
「緒方先生も素直じゃないよな。何がそんな生ぬるい感情じゃないだか…なぁ」
 ボクがシャワーを浴びていたときの話をしているのだろうか。進藤は独り言のように、だが明らか
にボクにも聞こえるように呟いた。
「塔矢、知ってるか?」
 何を? と問い返す間もなかった。転がったのと同じような勢いでガバリと起き上がると、進藤は
1つ大きな欠伸をしてニヤリと笑った。
「愛人の意味を間違えて覚えているオレとオマエは、本当にバカなんだってよ」
「愛人? …の意味って」
 愛人は愛人でしかないだろう。こそこそと他人の目を気にしながら会って、決して人に祝福など
されない、いつも後ろめたいなにかが付きまとう関係。
 視界の隅で緒方さんが深いため息を吐き、観念したように天を見上げたのが見えた。

292断点・4(2) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/01(月) 22:10
来る前に市河さんに電話して確かめた。
今日は塔矢はここにいる。
でもオレが来る事は言わないで、って頼んだ。
だってオレが来る事を知ったら、きっと塔矢は逃げてしまうから。
「喧嘩でもしたの?」
市河さんはそう聞いた。
うん。ちょっと。
オレはそう応えたけど、オレと塔矢の間にあった事は、あれは喧嘩っていうものなのか、よくわかんない。
でもきっと、こうでもしなけりゃオレは塔矢に会えない。
ここで毎日塔矢と打ってた事があったなんて、なんだか今じゃもう信じられない。
あの頃いつも、オレがここに来ると、塔矢はいつもの奥の席に座ってて、入った途端にオレを見付けて、
顔を輝かせてオレを見た。その顔があんまり嬉しそうで、眩しくて、だからオレは――でも、もうあんなふう
に塔矢がオレを見る事なんてきっと無いんだろう。

エレベーターを降りて、碁会所の入り口の前でちょっと立ち止まって深呼吸した。
なんだかすごく緊張してる。心臓がドキドキしてるのがわかる。
このドアの向こうに塔矢がいる。いるはずだ。
塔矢。
名前を思い浮かべただけで、胸がキュッと痛んだような気がした。
お願いだから、逃げないで。

293断点・4 (3) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/01(月) 22:11
「はーい、いらっしゃい、」
と市河さんはオレに向かって声をかけて、来たのがオレだってわかると、しょうがないなあ、って感じで
ちっちゃく笑った。
「アキラくん、いるわよ。」
と言って、チラッと店の奥の方に視線を投げかける。
促されてそっちを見たら、

いた。
塔矢だ。
塔矢……。

塔矢は碁会所の一隅で常連のおじさん相手に指導碁をしていた。
ものすごく久しぶりに見た塔矢の姿に胸が締め付けられる思いがした。
「そろそろ終わりそうだと思うけど、ちょっと待っててね。あ、コーヒーとか、飲む?」
「ううん、いい。」
上着をリュックを預けて、それから塔矢に気付かれないように斜め後ろの席に座った。
やがて二人の頭が下げられて、終局だ。
それから、多分、今の一局の解説を始めたんだろう。
後ろからだからよく見えないけど、きっとおだやかな優しい笑みを浮かべて、何か話しながら盤面を
指し示し、石を置いてるんだろう。
見えなくてもわかる。優しい、綺麗な塔矢の顔。
声とか、雰囲気とかが、一般の、知らない人相手の指導碁の時よりも穏やかなような気がするのは、
やっぱり相手が知らない人じゃないからだろう。
まるで喧嘩を売りにここに来たような自分が、塔矢に対してひどく無神経なことをしに来たような気が
して心が痛んだ。
ここなら塔矢が逃げられない事を知っていて。
多分、塔矢にとって大事な、心安らげる場所のはずのここに、無断でずかずかと入り込んで。
ごめん、塔矢。でも、だってそうでもしないとおまえに会えないんだもん。

294断点・4 (4) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/05(金) 02:21
オレを見て塔矢は大きく目を見開いて、それからすっと表情が凍りついた。
わかっちゃいたけど、やっぱりショックだった。
「……若先生?」
どうしたんだ、と問いかける常連さんの声も聞こえないみたいに、低い、冷たい声で塔矢が言う。
「何をしに来た?」
「おまえと打ちに。」
一瞬、塔矢は大きく目を見開き、それから、殺しそうな勢いでオレを睨み付けた。
憎しみに燃えるような塔矢の目に、オレはそのまま焼き殺されてしまいそうで、でもここで逃げ出す
なんてできなくて、必死になって塔矢を睨み返していたら、
「いつもの席、空いてるわよ、アキラくん。」
助け舟のように、後ろから市河さんが声をかけてくれた。
塔矢の顔が歪んで、ぎりっと奥歯を噛み締めた音が聞こえるような気がした。
それなのに市河さんは、気付いてるだろうに、いつもと同じ優しい声をかけてくれる。
「最近進藤来ないから、どうしてるのかしらと思ってたのよ。よかったわ、来てくれて。」
苦しそうに歯を食いしばって、塔矢が怒りをこらえてるのがわかる。
ごめん、塔矢。ごめん。でも。
オレから目をそらして床を睨みつけていた塔矢がぐっと拳を握り締めて顔を上げた。
それから何も言わずに「いつもの席」に向かい、静かに腰をおろす。
だからオレも足音も立てないように静かに後をついて、向かいに座る。
塔矢は無言のまま碁笥の蓋を取り、白石を握る。だからオレも黙って、黒石を示す。
結果、オレが黒。塔矢が白。
石を碁笥に戻して、「お願いします。」とオレは頭を下げた。
「おねがいします。」と堅い声が返ってきた。

295断点・4 (5) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/12(金) 01:02
パチリ、と静かに、定められた場所に白石が置かれる。
これで終局。
一目半、黒の勝ち。
……ウソみたいだ。

「ありがとうございました。」
とお互いに静かに頭を下げ、それから、塔矢は、ふう、と、大きな溜息をついた。
「やられたな。」
そう言って、小さく舌打ちする。
こうやってプライヴェートで打ってると、公式戦の時と違って、負けた悔しさを隠そうとしないのが嬉しいと思う。
そもそも公式戦で「塔矢アキラ」に黒星をつけられる奴なんて滅多にいないんだけど。
「ここ、最初からこれが狙いだった?」
「あ、うん、それもあるけど、こっちがさ、」
いきなり盤面を射して検討に入る塔矢は、
「あ、ああ、そうなのか……クソッ、だとすれば、先にここをオサエておけば、」
「うん、こうくられるとちょっとヤバかった。」
「待てよ、だったら、これ、」
二本の手が伸びて、同時に同じ石を指そうとして、その指先が触れる。
「あ、」
その瞬間、塔矢の手が止まり、凍りついたように顔からは表情が消える。
魔法が消えるのなんてあっという間なんだ。
オレとの対局に夢中になってた塔矢はもういない。
いま、オレの向かいに座っているのは、あの日から変わってしまった塔矢だけ。

296断点・4 (6) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 03:24
塔矢は止めていた手をまた動かし始め、無表情に白石と黒石をより分け、片付けていく。
だからオレも盤面に取り残された黒石を集める。
石をより分ける指先が触れても、塔矢は何の反応もしない。
冷たい、機械のような手の動き。うつむいた顔からは表情が見えない。
石をしまい終わって碁笥の蓋を閉めて、俯いたままオレの顔を見ないで立ち上がろうとした塔矢を
制するように、後ろから声がかかった。
「はい、お茶どうぞ。」
ぴくっと塔矢の肩が強張る。

「アキラくん、進藤くんと喧嘩したんですって?ちゃんと仲直りしないとダメよ。」
はっと塔矢が市河さんを見上げ、その瞬間、塔矢の仮面がはがれた。
塔矢は一瞬泣き出しそうな顔で市河さんを見た後、唇を噛んで目を逸らせ、顔をそむける。
そんな塔矢に、市河さんがまた優しく声をかける。
「私ね、知ってるわ。アキラくんにとって進藤くんがどんなに大切な人だか。
だから喧嘩したままなんて駄目。ちゃんと仲直りして。」
「……」
「私はもう帰るから、ちゃんと二人で話をして。進藤くんの話を聞いてあげて。
アキラくんが怒ってるなら、何をどうしてどんなふうに怒ってるのか、ちゃんと進藤くんに伝えてあげて。」
そして、ちゃらん、と音を立てて、カギのついたキーホルダーを塔矢の手元に置いた。
対局に夢中になってて気がつかなかったけど、見回すともう碁会所にはオレたち以外、誰もいない。
「戸締りの仕方、わかってるでしょう?」
かたくなに俯いたままの塔矢の肩に、そっと、勇気付けるように触れて、それからオレに笑いかけて、
それからふっと目を伏せて、オレ達が座っている席に背を向けた。
コツコツと市河さんの靴の音が静かな部屋に響く。
それから何かを片付けているような音。
そしてまた足音がして、それから自動ドアの開く音がして、市河さんが帰っていってオレ達二人だけが、
碁会所に取り残された。

297断点・4 (7) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 21:33
喧嘩?
仲直り?

何を言っているんですか?市河さん。
彼が――ボクにとって、大事な人?

そんな事は、
そんな事は、
だって、ボクは、

忘れてた。
いつの間にか。
いつの間にか忘れて、夢中になって、
彼の碁に、彼の一手に、ボクと彼とで作り上げる盤面に、夢中になって、
まるで、昔に戻ったみたいに夢中で打っていた。

あのまま、思い出さずにいたら、取り戻せたんだろうか。
あの日の前に戻れたんだろうか。
ボクがいて、彼がいて、二人で時が経つのも忘れて打ち合っていたあの頃。
あの頃に、戻る事が出来るんだろうか。

けれどそれでも見上げた先には、やっぱり彼があの目でボクを見ていて、
そしてボクは絶望に突き落とされる。

出来るはずが無い。
彼は変わってしまったのに。
彼もボクも変わってしまったのに、全てを忘れて、無かった事にして、前のように戻るなんてできない。
どうして?
どうしてなんだ、進藤。
どうしてキミは変わってしまったんだ?
ボクとキミとは碁のライバルだ。
それだけでよかったのに。
それだけで十分だったはずなのに。

298断点・4 (8) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 21:34
――私ね、知ってるわ。アキラくんにとって進藤くんがどんなに大切な人だか。

とても。
とても大切な、この世にたった一人の、望んで望んでやっと得られた、唯一人の人だった。
それなのに。
それを崩したのはキミだ。
それを汚したのはキミだ。

ボクとキミを繋ぐのは碁だけ。
たった一つの、神聖な、何よりも大切な絆。
それを、キミは汚した。
まるでボクを、


許せない。
許せるはずが無い。
ボクがどれ程キミを待ち望んで、キミを、キミとの絆を、どんなに大切に思っていたか知っていたら、
そんな邪まな思いで、それを穢すことなんか出来るはずが無い。
キミがここにいる事を、キミの存在を、どんな気持ちで神に感謝したかなんて、キミは知りもしないんだろう。
それをよくも、穢して、壊して、地に引き摺り落として、それなのに何も知らないような顔をして、汚れなんか
どこにも無いような顔をして、まるで自分が傷ついてるみたいな、自分が傷つけられたような顔をして!
「出て行け…!」

299断点・4 (9) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 21:35
「二度と、ボクの前に顔を見せるな。」
冷たい、低い声で、何も無くなった盤を睨みつけながら塔矢が言った。
「今度こんなふうに現れたりしたら、絶対に許さない。」
息を飲んで塔矢を見詰める。
ギラリ、と光る目がオレを見る。
その目を、オレも負けじと見返す。
「出て行けッ!ボクの目の触れる所にいるな!早く消えろ!消えてしまえッ!!」
ガタッっと音をたてて立ち上がり、机に両手を突いて、オレを睨んだまま塔矢が叫んだ。
気圧されそうになりながら、必死に奥歯を噛んで、荒くなりそうな呼吸を必死でこらえる。
「……イヤだ。」
信じられない、と言うように、塔矢は大きく目を見開く。すうっと息を飲んだのが聞こえたような気がした。
「イヤだ。出て行かない。」
そのオレの返答に今度はすっと塔矢の目が細くなった。
その表情に、ぞくり、と背筋が震えた。
「………そう。」
冷たい目でオレを見詰めたまま、塔矢はふっと笑った。
「どんなにボクが頼んでも、キミは聞いてはくれないのか?そんなにボクの事がキライ…?
キミは、そんなにもボクを苦しめたいのか?それなら、」
塔矢の顔から笑みが消える。
昏い目の色に、背中を嫌な汗が伝う。
「キミが、」
ゆら、と塔矢が立ち上がり、塔矢の手がオレに伸びる。
「ここから出て行くのが嫌だと言うのなら、それならボクがキミを消してやる。」
冷たい手が首に触れる。
オレは逃げることもできずに、塔矢を見上げていた。

300断点・4 (10) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 21:36
――もう、いいや。
塔矢がオレを殺したいって言うんなら、もう、それでいいや。
いいよ。塔矢。オレを殺してよ。
声に出さないオレの言葉に応えるように塔矢の手がオレの喉に食い込む。

それなのに。
痛い。苦しい。
頭の中で何かがガンガン響いている。血管が膨れ上がるみたいだ。
オレは静かに塔矢に殺されようと思ってたのに、オレの身体は反抗するように暴れる。
苦しい、苦しい、苦しい。
誰か、誰か助けて。
そうして酸素を求めて闇雲に暴れていたら、突然、喉が開放された。
ヒュっと息をしようとした瞬間咳き込んで、空気を吸いたいのに吸えなくて、苦しくて苦しくて咳き込んだ。
痛みの元を確認するみたいに首に触ってみたら、食い込んでた塔矢の指の跡がわかるような気がした。

そうだ、塔矢!
塔矢はどうしたんだ?
振り返って見ると塔矢は、何か信じられないというような表情で自分の両手を見詰めていた。
さっきまでオレの首を絞めていた手を。
床に碁石が散らばっている。さっき手に何かぶつかったみたいに思ったのは、碁笥をひっくり返したんだろう。
それで、塔矢はオレの首を絞めるのを止めたのか?
「とう、や、」
オレの声に塔矢がゆっくりとオレを見る。
そしてもう一度自分の手に視線を落として、それからオレを――いや、きっとオレの首を、見詰めている。
「……とうや、」
喉が苦しくて、掠れた声は自分の声じゃないみたいだ。
「出て行け…っ!」

301断点・4 (11) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 21:37
悲鳴みたいに塔矢が叫んだ。
「頼むから、消えてくれ。ボクの目の前から。でないと、ボクは、」
「塔矢、オレは、」
濡れた目がギラギラと光っている。殺意のこもった視線に、オレは怯みそうになる。
「キミは、ボクにキミを殺させたいのか?さっきのがただの脅しだとでも思っているのか?」
「そんな、違う、でも、」
「消えろ!消えてくれ!ボクは、ボクはキミを殺したくなんかないんだ。それなのに、」
「そんなにオレが嫌い…?殺したいほど?」
「違うッ!」
ばっと顔を上げて塔矢が叫ぶ。
今にも泣き出しそうな、涙で濡れた真っ黒な瞳に、ズキッと胸が痛む。
塔矢。
オレの方が泣きそうになりながら、塔矢の目をじっと見詰める。
すると、オレを見ていた視線が逃げるように逸らされた。
「ボクを、見るな…っ!」
腕を上げて顔を隠して、塔矢が叫ぶ。
「出て行け。ここから出て行け。消えろ。ボクの前から。消えてくれ。頼むから。」
「……何でだよっ!]
耐え切れずに、塔矢に向かって声をぶつけた。
「何でだよ!わかんねーよ!どうして、何がそんなに嫌なんだよ?わかんねーよ、オレ、」
両腕でオレから逃げるように顔を隠したまま、塔矢が首を振る。
「オレが、オレがおまえを好きだって言うのが、どうしてそんなにおまえを傷つけるんだよっ…!」
顔を隠してる腕を掴んで引き剥ぐ。
「どうしてなんだよ、塔矢…っ」
「触るなっ!」
オレの手を塔矢は振り解こうとしたけど、絶対に放さない、そう思って更に掴んだ手に力を入れた。
ギリ、と苛立ったように奥歯を噛んで、髪を振り乱して塔矢がオレを睨みつける。
「どうしてだって?そんなこと、ボクが聞きたい!」

302断点・4 (12) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 21:38
「なぜ、キミなんだ?
そして、なぜボクなんだ?
どうしてキミはそんなにも、ボクを好きだなんて言い続けることができるんだ?
なぜそんなにも、何があっても傷つかずに、綺麗なままでいられるんだ?
ボクの、」
そこまで言って塔矢ははっとしたように口を噤んで、半歩、後じさりした。
視線は床を彷徨い、掴んだ腕は何かに怯えてるみたいに震えていた。
何に?―――オレに?
オレが、おまえをそんなに怖がらせてるのか?
でも、どうして?
「塔矢、」
「放せッ!!」
腕を掴んでいるオレの手を振り解こうと塔矢がもがく。
「ボクに、触るな。
そんな目で、見るな。
もう、これ以上ボクに構うな。
好きだなんて、言うな。
出て行け。消えてくれ。ボクの目の前から。」
「イヤだ!」
そんなの、絶対にイヤだ!
そう思って、オレは塔矢のもう片方の手首も掴む。
「そんなの、イヤだ。だって、だってオレは、」
「やめろッ!進藤ッ!!」
悲鳴のように叫ぶ塔矢が見てられなくて、掴んだ両手を引き寄せる。
「放せッ!」
「イヤだ。」
体当たりするように塔矢の肩にぶつかりこんで、そして、薄い背中に手を回して抱きついた。

303断点・4 (13) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 21:39
「塔矢……」
肩に顔を埋めるようにして、オレは塔矢の名前を呼ぶ。
「塔矢…塔矢……塔矢、どうして?」
「放せ。キミになんか、わかるもんか。ボクを放せ。これ以上、」
「塔矢……塔矢、」
暴れる塔矢を宥めるようにぐっと腕に力をこめながら塔矢の名前を呼んだ。
何があっても、絶対に、今塔矢を放しちゃいけないと思った。
だから塔矢がどんなに暴れても、イヤだって言っても、手を緩めたりしなかった。
抱きしめてる塔矢の痛みが、オレにも伝わってくるみたいに、心臓が痛くて痛くて仕方がなかった。
塔矢が、何を怖がっているのか、何に傷ついているのかはわからない。
オレがしてることは塔矢の傷を抉ってるだけなのかもしれない。
いや、きっとそうなんだと思う。一体何があって、どうしてそうなのかはわからないけど、でも。
それでも。

「塔矢、」
何ていったらいいのかわからない。
何を伝えたいのかもわからない。
オレにはただ、塔矢の名前を呼ぶしかできない。
でも、どうか。
わかって。
オレが塔矢を好きだって事。
とっても大切に思ってるって事。
塔矢が何をしようと、何を言おうと、塔矢が塔矢である限りオレは塔矢を好きなんだって事。
それだけはずっと変わらないって事。
例えそれが塔矢の望む事ではないにしても。

304断点・4 (14) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/14(日) 21:40
だから、塔矢。
泣かないで。

好きなんだ。
大事なんだ。おまえが。
だから、そんなに傷ついたまま、一人でいようとしないで。
オレだったらいくら傷つけたって構わないから。
殺したいんなら殺されたって構わないから。
それくらいおまえが好きだから。
オレが出来ることだったらなんでもする。
オレがおまえにしてあげる事だったら、なんでも。

塔矢はいつしか暴れるのをやめていて、オレから逃げようとするのをやめていた。
それでもまだ硬く身を縮こまらせて、抱いている身体は小さく震えてるような気がした。
「塔矢……」
そっと囁くように名前を呼んだら、それでも塔矢は小さく首を振った。
「塔矢、」
どうして?と呼びかけるようにもう一度名前を呼んだら、塔矢は応えるように顔を上げた。
「……………もう…、やめてくれ……」
泣き濡れた真っ黒な目が、懇願するようにオレを見上げていて、その色に、胸がギリギリと痛んだ。
引きちぎられるような痛みを感じながら、ゆっくりと顔を近づけ、そっと、唇を重ねた。
塔矢は逃げなかった。

断点・4 終わり。

305裏失楽園:2004/03/16(火) 21:09
 愛人という単語を辞書で引くと、『愛している相手。特別に深い関係にある異性。情婦。情夫。
情人。』と出てくるだろう。食べ物の成分表示と同じで、先にある意味のほうが重要なんだ。
 ――緒方さんは、そんな意味のことをボクたちに告げる。
「……キミが家を出たがっていると聞いた。オレは間抜けなことに、キミがオレの家に来ると
信じて疑ってなかったんだぜ。浮かれたオレがまず何をしたか判るか?」
 緒方さんはポケットの中の煙草のケースを手に取ると、無表情でクシャリと握りつぶした。
「もしかして――」
 進藤は緒方さんと同じくらい真剣な表情で手を挙げた。
「踊った」
「ベッドを買いに行った」
 もしかして捨て身の冗談を言ったのかもしれないが、進藤はあっさりと緒方さんに無視され
ていた。可哀想な進藤は、滑ってしまった冗談を気まずく思ったのか、またころりと寝転がる。
 寝転がった進藤や、彼の冗談をまるで無視した緒方さんは、片頬を歪ませて自嘲気味に笑う。
「オレが他人と使ったベッドを使うのは嫌だろうと思ったし、オレもキミとの新しい生活を新
たな気持ちで迎えようと――ベッドだけじゃない、一緒に使う殆どを買い換えたつもりだ」
 だから、なのか。
 見たことのない家具、嗅いだことのない空気。
 知らない部屋に入ったような違和感があったのは、かつてのボクの気配を消すためではなく、
ボクとの新しい生活のため――だからだというのか。

306裏失楽園:2004/03/16(火) 21:10
もうちょっとのところまで来たんだが、引越しその他諸々があるので
またしばらく開いてしまうかもしれない。ゴメン。

307卒業 (1) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/17(水) 22:42
「卒業証書、授与。」
マイクを通した声が響いて、厳かな音楽が流れ始める。
1組出席番号1番の名前が呼ばれて、彼は返事をして立ち上がる。
けれどそれらの声は既にアキラの耳に届いてはいなかった。
その音楽を耳にした瞬間、彼の脳裏に一年前の恐怖がフラッシュバックした。
顔面は血の気を失って蒼ざめ、肩が小刻みに震えていた。
「?塔矢?どうしたんだ?」
隣に座っていたクラスメイトが気付いて、アキラの肩に手をかけた。
他人の手に総毛だって、反射的に振り払い、彼を睨みつける。
「塔矢?」
心配してやっているのにその反応は何だと、苛立ちを含んだ声が彼の名を呼んだ。

308卒業 (2) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/17(水) 22:42
――違う。
違う。これは違う。あいつらじゃない。
あれはもう終わった事だ。ボクは――ボクはただ、思いだしてしまっただけだ。
でも。
静かに流れている音楽が、一年前のあの日のあの時のことをボクに思い出させる。
「…ああ……済まない。」
やっとの事で声を絞り出す。
「……大丈夫か?気分悪いのか?真っ青だぞ…」
「何でもない……大丈夫…」
そう言いながらも吐き気が催してくるのを感じる。
だから、だからいくら予行演習だって、卒業式なんか出たくなかったのに。
「すまない、失礼する。」
そう言って口元を手で押さえながら立ち上がろうとする。
「おい、塔矢、大丈夫か、一緒に…」
「いい。」
ついて来ないで欲しい。一人にしてくれ。
「まだ、途中だし、どうせボクは本番には出ないんだから…」
「でも、」
「騒ぐと皆に迷惑だから。大丈夫だよ、一人でも。」

309卒業 (3) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/17(水) 22:43
「ありがとう。」
まだ心配そうな目で見ている彼の気遣いに心を痛めながらも、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
今もずっと、静かに厳かに鳴り響いているブラームス。
早く。
ボクがボクを保っていられる間に。
早くここから立ち去らなければ。
この音楽が聞こえなくなるところまで。

吐き気をこらえながら震える足をできるだけ早く運び、途中、手をかそうかと立ち上がった教師を振り
切って講堂から逃れ出る。
外に冷たい外気に触れると、全身がブルッと震えた。
音を断ち切るように扉を閉め、よろよろとそこから離れようとする。
けれどそこまで歩いてきたのが精一杯で、渡り廊下にそって植えられた植え込みに崩折れるように
しゃがみ込んでしまった。

もう、一年も前のことなのに。
それでも忘れられないのか。
こんなにも情けなく、反応してしまうのか。
あの時と同じ音楽を耳にしただけで。

310卒業 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/17(水) 22:44
俺の出身の小中学校の卒業式ってBGMがブラームス1番の4楽章だったんだけど、
あそこの学校だけの事だったんだろうか。
ソードーーシードーラーソ ドーレーミレミードーレー 、って奴。

311卒業(4) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/19(金) 00:06
次の手を打とうと指にした碁石の冷たさに、思わずそれを取り落とした。
ちゃらん、と碁笥に落ちる石が意味もなく大きな音をたててしまったような気がして身を竦める。
何かがおかしい。
呼吸が浅くなっている。
身体が熱い。
「へぇえ、そんな手があるのか。」
突然、耳元近くで聞こえた声に全身がびくりと震えた。
盤面を後ろから覗き込む彼の存在感を妙にリアルに感じてしまう。
触れていないはずの体温や、息遣いを感じてしまう。
なぜだかわからない。わからないけれど、全身が、僅かな空気の動きさえ感じ取ってしまう程に敏感
になっている。
震えそうになるのを必死に堪えようとした。

軽く肩に落とされた手に背筋がざわりと震え、思わず後ろを振り返った。
「どうした?塔矢。」
また。
なんでもないはずの声に背がざわめく。
「いえ…何でも……」
自分の声がまるで誰か知らない人の声のようだ。
どうしてしまったんだろう。
自分の身体の異変がわからない。
その間にも盤面に新たな石が置かれる。
視線をそこに戻して、応える手を探す。
石を取ろうとして冷たい碁石に触れた指先が電流が走ったみたいにビリッと痺れて、訳がわからずに
もう片方の手で、その手を押さえた。自分で触れた自分の手の感触に、肌が粟立った。
打つべきところは見えているのに、打たなければいけないのに、それくらい、どうという事も無い筈なの
に、手が、指先が、震えて石を持つ事ができない。

312卒業(5) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/19(金) 00:07
「……どうした?塔矢。」
繰り返される声には、僅かながらも確かに嘲笑するような響きが含まれていて、
「早く次を打てよ。」
と、やはり嘲りを含んだ別の声が促す。
震える手で石を取り、取り落とさないように必死に意識を指先に集中させようとするのに。
身体が熱い。息をするのが苦しい。自分の心臓の音がうるさい。
どうした?塔矢、というその声が、幻聴のように頭の中で繰り返し響いているような気がする。

クッと、耳元で彼が哂ったような気がした。
「早く打てよ、塔矢。」
既にはっきりと嘲りをあらわにした声が降りてきて、それでも震える手は石を持つ事ができない。
視界が揺れてぼやけて、盤面が良く見えない。
どこに次の手を打てばいいのかわからない。

313卒業(6) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/19(金) 00:08
なぜこんな事に?
やはり、そうなのか?
あんな言葉を簡単に信じたほうが甘かったのか?
彼らはまだあの事を忘れてはいないのか。
2年も前の事なのに。
いや、忘れていないからこその今の対局なのだ。

「最後に一度、おまえに相手して欲しいんだ。今日でオレ達は海王中を卒業だから。」
今日でこの校舎を去る三年生にそう言われて、どうして断る事ができただろう。
それがあの因縁の部屋だったとしても、いや、だからこそやり直したいのだという言葉を、
信じたボクが間違っていたのか?
互い戦を、というのは無謀だと思ったけれど、最後という彼らに無理に置き碁をしても仕方が無いと
思ったし、形の上では互い戦だとしても指導碁の意識で打てばいい、そう思っていた。
きれいに片付けられた狭い部屋はあの時とは全く違って見えて、ボクの警戒心は却って彼らに申し
訳ないような思いを抱かせた。
最初に手渡された缶コーヒー。滅多に飲んだ事がなかったから、妙な苦味もこういうものなのだと
思うことにして飲み下した。
あの中に、何か薬物でも投じられていたのか?
でなければ、この身体の変調は理由がつけられない。
でも、何のために?
ボクを、リンチにでもかけようと言うのなら、単に身体の自由を奪えばいい。
それなのに、敏感になりすぎた皮膚の感覚や、身体の熱さは別のものを訴えているような気がする。
何故?何のために?
一体何の目的で?

314卒業(7) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/20(土) 23:39
高熱に浮かされたような、焦点の定まらない頭で必死に考えを巡らせていた時、突然肩を強く掴まれて、
全身を緊張に強く強張らせた。
「どうした?塔矢。」
この、感覚は……
ボクは知っている。
身体の奥から湧き上がるこの熱を、知っている。
けれどそれはこんなふうに無理矢理引き出されるものではなく、
「なあ、塔矢。」
「おまえ、何のために囲碁部に入ったんだ?」
「葉瀬中の進藤。」
唐突に聞かされた名前に、ぶるっと体が震えた。
「あいつ、プロになったんだってな。」
葉瀬中の進藤。進藤ヒカル。もうすぐ――もうすぐ彼と対局できる。今度の大手合い。彼との初対局は――
「さぞかしご満足だろう。プロになりゃあ、思いっきり打てるもんな。」
対戦表に書かれていた「進藤ヒカル」の文字。
「あいつと戦うためだけに囲碁部に入ったんだろう?おまえにとって大事なのは葉瀬中の進藤との対局だけで、
他なんかどうでもよかったんだろう?おまえは、」
進藤ヒカル。その名を思い浮かべただけで、どくん、どくん、と、心臓の音が大きく響きだす。
湧き上がっていた熱がある一点に集中するのを感じる。
「塔矢っ!」
突然髪を掴まれて顔を上げさせられ、はっと息を飲む。
「おまえは、あいつのために、オレらを、海王囲碁部を利用したんだ。
利用するだけして、捨てたんだ。違うか?」
利用した…?何を?囲碁部を、利用、した?
そんな事は、考えていなかった。ただボクは彼と対戦したくて、
「でもな、オレだって、」

315卒業(7) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/20(土) 23:39
「オレ達は、囲碁部はオマエのための捨石じゃねぇ…っ!」
「おまえさえ、おまえさえいなけりゃ、」
いなけりゃ、いなけりゃ、いなけりゃ、……
意味を失った言葉がこだまするように頭の中で響く。
「でなかったら、オレだって囲碁部を止めたりしなかったんだ……!」
何を言っているのかよくわからない。
けれど彼の声は何か悲鳴のようで、
それなのに見上げたその顔はもう二重にぶれて、表情が、よく見えない。
「最後に一度、おまえに相手して欲しいって言ったのは嘘じゃないぜ。」
その顔がぐにゃりと歪んだように見えて、
「でも、相手といっても、碁の相手じゃあ無いけどな。」
身体が熱い。もう、声なんか聞いていられない。
「オレ達だって、最後に一度くらい、」
熱くて、熱くて、全身が熱く脈打っていて、もう、何かを考えてなんかいられない。
「イイ思いをさせてもらったっていいだろう?ええ、塔矢?」
誰かの手がボクの肩を掴む。
ぐらり、と、視界が横倒しになった。
意識が遠くなる。
どこかで、何かが倒れる音が聞こえたような気がした。
散らばって落ちる黒と白の石が、見えたような気がした。
かすれた意識の向こうに、彼の――進藤ヒカルの顔が、浮かんで見えたような気がした。

316卒業(9) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/21(日) 20:52
どこかから重苦しい、陰鬱な響きが聞こえる。
けれどそれは耳に聞こえるものではなく、自らの内から聞こえてくるものなのかもしれない。
耳障りな音が煩い。何かが混ざり合い、掻き混ぜられているような粘着質な水音。濡れた何かが
ぶつかり合うような音。荒い息遣い。
バラバラに切り離された五感の一つが受け止める意味の無い音の群れから、意味のある音を、
響きを、メロディだけを選び出そうとする。
拾い集めた音を繋ごうと集中する意識は、けれど何かに邪魔されて、かすれて、途切れそうになる。
煩い。
何かが、誰かの声が邪魔をしている。
耳障りな声が、荒い息が、邪魔をして、あの音が耳に届かない。
誰だ。
誰が、あの美しい音を、繊細な響きを汚すような淫らな音を、声を、立て続けているのだ。誰が。
「あああああっ!!」
急に、耳を裂くような悲鳴が聞こえた。
同時に身体を引き裂かれるように、熱い何かが身体の芯に突き立てられるのを感じ、その熱さと、
痛みに、混沌とした闇に逃れていた意識は急激に覚醒する。
「あ、あ、あ、あああっ」
叫んでいるのは、これは、ボクなのか?
この悲鳴は、この苦痛は、ボクのものなのか?
叫び声が、ボクが拾おうとしている音楽を遠ざける。
何かを求めるように目を見開いても、目の前は歪んで、ぼやけて、よく、見えない。

317卒業(10) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/21(日) 20:53
きっと、ボクは泣いているんだ。だから、涙のせいで、視界がぼやけてよく見えない。
「あああっ」
何が起きているかもわからないままに、またボクは熱い痛みに悲鳴をあげる。
何かに、誰かに身体を揺り動かされている。
身体の芯が、熱い。
何かが、ボクを貫くようにボクを繋ぎとめていて、そこを中心に揺すぶられている。
熱くて、痛くて、苦しくて、なのに、それだけでない何かが、熱く燃え立つようなそこから身体中に広がって、
ボクは痛みではない何かそ感じていて、悲鳴ではない別の声が、ボクの喉からもれ出ているのを感じる。
「ああ、ああ、ああ、」
なぜ。
何に。
思う間もなく、脳髄を熱く焼くような圧倒的な感覚が波のように押し寄せる。
身体中が熱い。熱く燃え滾っている。全身が熱く脈打っている。
「や、いや、」
何だかわからない、ボクを襲うそれから逃げようと頭を振っても、身を捩じらせても、それはボクにそこから
逃げる事を許さない。
イヤだ。やめろ。
一体何が起きているのかわからない。
それなのに。
知っている。
この、感覚は。
初めてじゃない。
「ん、…くっ…」
何かが強制的にボクを煽る。
ボクの中で何かが上り詰め、昂り、ついには目の裏で白い光が弾けた。

318卒業(11) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/21(日) 20:53
自分が、自分の欲望を撒き散らしているのがわかる。
そして吐き出すだけ吐き出して、意識が、遠のいていく。そうだ、このまま、気を失ってしまえばいい。
遠くで、何か美しい音楽が鳴っているのが聞こえる。
確かあれはブラームス。
ブラームスの、何の曲だったろう?どうしてこんな所でこんな曲が?
随分と、場にそぐわなさすぎる。
「塔矢。」
それなのに、耳元ではっきりとボクの名を呼ぶ声が、意識を失う事を許さず、ボクをこの場に繋ぎとめる。
「随分、ヨかったみたいじゃないか。」
嘲るような声が、降ってくる。
何も見えなかった視界に、誰かの顔が映る。
これは、誰だった?

自分の体内で何かが動く。
同時に、先程欲望を吐き出した自分自身を握りこまれる。
訳がわからない。
この状況は一体何だ?

思い出せ。
(思い出しちゃいけない。)
何が起きている?
(考えちゃいけない。)
よく、周りを見て、
(ダメだ!見るな!)
一体、自分に、何が起きているのかを。
(見るんじゃないっ!!)

319卒業(12) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/25(木) 00:04
瞬時にボクは記憶を取り戻し、今の状況を理解した。
恐怖に身が竦む前に、強引に身体を引き寄せられた。
「イヤだっ!!」

「イヤだ、やめろ…っ、」
そこから逃れようと無闇に動かした手足は誰かに封じられる。
「どうしたんだ?さっきまではあんなに協力的だったくせに。」
「おまえも良かったんだろう?すごかったぜ、」
「でもな、悪いけどまだ終わっちゃいねえんだよな。」
両手を頭上で押さえつけ、顔を覗き込みながら、彼らは口々にそんな事をボクに言い聞かせる。
今のこの状況が信じられない。
「それにおまえだってまだ満足しちゃいないんだろう?え?」
そこを軽く弾かれてボクは思わずぎゅっと目を瞑る。
そう。奴らの言うとおり、ボク自身が一番、その状態を感じている。
言い様のない屈辱に目をきつく瞑り、唇を噛み締めても、ボクの身体は、ボクの意思には関わりなく、
奴らのおぞましい手に簡単に反応する。
自分の身体がまた熱く燃え上がってきているのを感じる。
バラバラに切り離されていた五感が結び付く。
意識から切り離されていた現実が、現実以上の現実感を持って、襲い掛かってくる。

320卒業(13) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/25(木) 00:06
「ぐうぅっ…!」
何かがまた体内に捻じ込まれる。
何かが?
そんな、馬鹿な。
そんな事があるはずが無い。
信じられない。
信じたくない。
今、自分の身に何が起きているのか。
こんなのはウソだ。
だって、

「ああっ!」
ボクの意思とは関わり無く、身体が跳ねる。声が漏れる。
この耳障りな息遣いも、喘ぎ声も悲鳴も、自分の喉から出ている音で。
ぐちゃぐちゃと響く湿った淫らな音も自分の身体から聞こえてくる音で。
これは、誰だ。
快楽の喘ぎを絶えず漏らし続け、荒い息を吐きながら、体内を穿つ熱いなにかに絡みつき、もっと
激しく、更なる快楽をねだって腰を振り、その熱を煽るように蠢いているのは。
これは、誰だ。

321卒業 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/25(木) 23:41
あああああ、違う、違うって!
「知っている」「初めてじゃない」は、「射精に繋がる快感」を知っていてそれが初めてじゃない、ってだけで、
(でもクスリのせいもあって、どうして自分がイキそうになってるのかはその時点ではよくわかってない)
ヤられるのは初めてだよ。
それでもしっかり感じてるのはクスリのせいと元々感度がいいのと、そんなところだ。
という事にしておいてくれ。

322卒業(14) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/25(木) 23:42
そんな筈が無い。
これが現実の筈がない。
これがボクの、筈が無い。
視界は歪んで、ぼやけて、よく見えない。
何も考えられない。
押し寄せる波を、受け止めるのが精一杯で、
「やあああっ!」
ボクを揺さぶる波は次第に早く激しく、荒く獰猛な息遣いがボクを攻め立てる。

そんな筈がない。
そんな言葉が、僕の身に降りかかるはずがない。
何か信じられないような悪夢を見ているんだ。そう思いたい。
ずるり、と体内から何かが抜け出るのを、ぼんやりとした意識のどこかで感じる。
と、次の瞬間には荒っぽく足を掴まれて身体が強張る。
「ひっ…!」
乱暴にねじ込まれて腰が跳ねる。

なぜ?
なぜこんな事に?
なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?

323卒業(15) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/25(木) 23:42
「おい、」
いきなり髪を引っ張られて顔を上げさせられ、何かと思ったら、目の前にとんでもないものが突きつけ
られている。
「咥えろよ、」
なんだって?こいつは何を、
「うっ、」
顎を掴まれいきなり口を大きく開かされて、ソレを口の中に入れられた。
嫌悪感にソレを吐き出したいのに、頭を掴まれて乱暴に動かされる。
喉が詰まる。吐き気がする。
こんなのはウソだ。
こんな事が、現実のはずが無い。
ボクはきっと、
何か、悪い夢を見ていて――
一瞬、動きが止まってソレが乱暴に出て行って、やっと開放されたのだと息をつこうと思った瞬間に
顔面にぶちまけられた。

324卒業(16) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 00:06
代わる代わるに犯してやった塔矢の目は虚ろで、呼びかけても、煽るような嘲りの言葉を投げかけても
何の反応も無い。
その無反応さに苛ついて、また足を掴んで開かせて力任せにねじ込んでやったら、塔矢の身体がびくん、
と大きく跳ね、短い悲鳴があがった。
無意識に逃げようとするのを阻止しようと腰を掴んで中を抉るように動かしてやると、悲鳴なんだか善がり
声なんだかわからないような泣き声が漏れる。
ぼんやりと開けられた目の端から涙が筋を作って流れ出していて、その目はどこも見ていない癖に、
乱暴に動かしてやると眉根がぴくっと寄せられて、歪む表情は確実に快感をこらえてる表情だ。その
証拠にあいつのアレはもう何度イったかもわからないくせにまた勃ち上がってきている。クスリのせい
もあるのかもしれないけど、まるで意識の無い分、身体だけは正直に快感を追ってるみたいだ。
これじゃ、
これじゃまるで、オレが塔矢をイかせてやってるみたいじゃないか。
畜生。
馬鹿にするな。
オレは、オレはおまえの道具じゃねぇ。
ふざけるな、この野郎。
ムカついてムカついて、塔矢のアレを力任せに握りこんでやったらさすがに塔矢の顔が苦痛に歪んで、
それと一緒に中のオレまで締め付けられる。
「…っ…!」
こらえられたのは一瞬だけで、次の波に耐え切れなかった。

325卒業(17) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 00:07
肩で息をしながら塔矢から抜け出して、あいつを見下ろしてやると、塔矢は虚ろにどこかに視線をやった
まま、切なそうに歪んでいて、その表情に、その目が誰も見ていないことに、猛烈に腹が立った。
「塔矢ッ!」

「てめぇ、勝手に意識飛ばしてんじゃねえよ!ちゃんと、」
髪を掴んで引き起こして、
「咥えろよ。」
と、目の前に突きつけてやったら、さすがに驚いたみたいに目を見開いた。
その表情に、ほんの少しだけ溜飲が下がる。
強引に顎を掴んで口を開かせて、中に押し込む。
一瞬食いちぎられたりしないかと思ったけど、もうそんな気力も無かったみたいだ。
そのまま髪を掴んでもう一度上を向かせてやったら、オレのを咥えたままの塔矢と目があった。
それだけでオレのはもう塔矢の口の中で膨れ上がった。勿論、頭を押さえつけて、逃げようとするの
なんか許してやらない。掴んだ頭を動かして、オレのを扱くみたいに上下させる。もう塔矢の顔を見てる
余裕なんかこっちにもなくなりそうになるのをこらえて、イきそうになる寸前で引き抜いて、その瞬間、
ほっとしたような顔をみせた塔矢の、顔面めがけてぶちまけてやった。

326卒業(18) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 00:07
「おい、伊藤、そろそろヤバイぜ、」
後ろから耳打ちされて時計を見る。確かにそろそろ退散した方がいいのかもしれない。
クソッ、まだまだコイツをいたぶってやりたいのに。
そう思いながら塔矢を見ると、女子の憧れの的の「海王中の王子様」のお綺麗なツラはオレの精液
まみれで、女子がキャアキャア言ってやがったご自慢のサラサラ髪もベタベタでぐちゃぐちゃだ。
「ハッ、いいザマだな。」
女子どもだけじゃなく、我が校の栄誉だなんて言ってる校長や、部を辞めたはずの塔矢にいつまでも
かまってるユンのヤロウとかにも、こんな塔矢を見せてやりたいと思った。
「ボケてねーでちゃんと見ろよ。」
嘲るように言いながら見下ろすと、塔矢の身体がカタカタと震えてるような気がした。
クスリが切れかけてきたのかな。
だったら自分のこの状況をちゃんと把握しろよ。
「入段一年目で連勝賞と勝率賞をとった塔矢アキラサマがさ、いい格好だぜ。」
オレの言葉に塔矢の顔が強張った気がした。
なんだかもう、大笑いしたい気分だった。
「男にヤられてヒィヒィ言いながらケツふって喜んでさ、おまえってこーゆーのが趣味だったのか?」
「ハハハ、そーだよな。『週刊碁』にさ、こーゆー写真載せてやったらファンも喜ぶんじゃねーの?」
「碁なんかよりこっちの方が好きなんじゃねぇの?」
塔矢は大きく目を見開いたまま、何もこたえない。
「なあ、塔矢。」
なあ、塔矢、何とか言えよ。
そう言ってやろうと塔矢の顎を捉え、
そこで何の魔が差したのか、

オレは塔矢にキスをした。

327卒業(19) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 00:08
塔矢の唇の感触は極上だった。
塔矢とキスしている。
そう考えただけで理性が飛びそうになった。
もっとこうしていたい。もう一度塔矢の中に入りたい。もう一度塔矢を味わいたい。
切実にそう思った。
でも、もう時間切れだ。

振り切るように塔矢の顔を突き放し、また湧き上がってきた苛立ちをぶつけるように塔矢を睨みつけ、
嘲りの言葉をかけてやる。
「オマエも、いつまでも転がってると、囲碁部の奴らに見つかるぜ。」
力なく壁にもたれて座ってる塔矢を見ると、何故だか腹が立って仕方が無かった。
「それも面白そうだけどな。ハハッ!」
相槌を打つように笑う声がなんだかムカついてムカついて、でもそれを悟られたくなくて同じように笑った。
笑い声が狭い部屋の中に響いた。
「ハッ、」
急に笑いやんで、シンとした部屋の空気に、ブルッとした。
そして相変わらずへたり込んだままの塔矢にオレは言葉をかけてやる。
「今日はいい思いをさせてもらったぜ。まさかオマエからこんな卒業祝いを貰えるなんてな。」
そうしてもう一度かがみこんで、
「ありがとうよ、塔矢。」
最後にもう一度だけゆっくりキスをして、
それから力任せに塔矢の身体を蹴り飛ばした。
「行こうぜ。」
突っ立ってた奴の腕を掴んで引っ立てて、何か言おうとしてるのには耳を貸さず、乱暴にドアを開けて
部屋を出た。

328卒業(20) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 00:09
終わった。
これでもう全部終わりだ。
さっさとこの校舎から出て行きたい。
海王中なんて、来るんじゃなかった。
いい思い出なんてひとっつも無い。
今日で卒業だと思うとせいせいする。
それもこれもみんな、あいつのせいだ。
あいつさえいなければ、オレだってもっと楽しい中学生活を楽しめたはずだったんだ。
あいつさえいなければ、あんな奴さえ囲碁部に、いや、海王中に入ってこなければ、オレだって。
足早に立ち去りながら、奥歯をギリ、と喰いしばった。
悔しくて目の裏が熱くなる。
あいつを散々にヤっちまえば、気が晴れると思ったのに、全然晴れやしない。
なんでこんなにムカムカするんだ。
後ろから待てとか何とか声をかけられたけど全部無視した。
こんな奴、どうせ違う高校なんだから、もう顔を合わせる事も無いだろう。
もう今日で海王中なんて卒業なんだ。
明日になれば、こいつらとも、囲碁部とも、塔矢アキラとも、もう何の関係もない。
海王中なんてクソ喰らえ!
オレはもうここを出て行くんだ。
明日になれば、もうオレはこことは何の関係もないんだ。
だから、何の良い思い出もなかった中学のことなんて、忘れてやる。
ああ、囲碁部なんかさっさと辞めてよかったさ。
おかげで受験勉強に専念して1ランク上の高校に行けたからな。
明日になればもう何の関係も無い。明日になれば全部忘れていい。
忘れてやるんだ!ここで起きた事なんか全部!何もかも!!

329卒業(21) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 23:28
バシン!と乱暴にドアの閉まる音がしたけど、もう動く気力も無かった。
もうどうでもいい。動きたくない。このまま、
このままこうしてたらどうなるのかな。
起き上がらなきゃ、動かなきゃ、と意識のどこかで思うのに、もう何もしたくなかった。
誰かに見つかったらそれでも良いような気がしていた。
今更、もう、何を気にすることなんかある?
だからこのまま目を閉じて、意識を失ってしまえばいい。
きっとこれは悪い夢だ。夢だったんだ。
だから一度目を閉じてしまえば―――

330卒業(22) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 23:29
ふいに力強い弦楽の響きが耳に届いた。
さっきからずっと音楽は鳴り止まずにいた事に急に気付かされた。
そしてよく知っているこの旋律。
そうか、だから。
講堂で、静かに厳かに流れていたあの響き。
一人ずつ壇上にのぼり、卒業証書を受け取って席に戻っていく。
その間ずっと繰り返されていたメロディ。
学び舎を離れて、新たな場所へ向かって旅立つ者たちを送り出すのに相応しい、喜びに満ちた旋律。
弦楽合奏はすぐに木管の軽やかな調べに取って代わり、旋律が繰り返された後は金管も加わって重厚な
響きが耳に残る。
本当はこんな曲だったんだ。
起き上がる気力もなく床に横たわったまま、鳴り響く音楽に耳を傾ける。
喜びと希望に満ちた美しい音。美しい響き。
上昇音形に乗って基本旋律に新たな音が加わり、バリエーションを奏でてゆく。
複雑なオーケストレーションは力強く、美しい音楽を奏で続ける。
ここでこうして汚れた身体を投げ出したままのボクの惨めさなど知らないように。

そしてまた弦楽器の第一旋律が繰り返される。
G線を鳴り響かせるヴァイオリンの力強い音。
美しい音。美しい調べ。美しい響き。
何かが溢れ頬を伝うのは、この美しい音楽に心を動かされたから。ただそれだけ。
それ以外に、ボクが涙を流す理由など無い。どこにも無い。
何も、嘆かなければならないような事は起きていない。
こんな事、なんでも無い事。
だからボクはこの美しい響きの中に意識を漂わせていればいい。

331卒業(23) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 23:30
けれど加速する音楽に、クライマックスの近づきを知る。
クレシェンド。アッチェレランド。煽って。駆け上って。
頂点を目指して。力を溜めて。
そして全てを吹っ切ったような、金管のコラールがまた繰り返される。

さあ、起き上がれ。
残されているのはもう僅かなコーダだけ。
いつまでも、こうしてもいられない。
フィナーレのプレストに急かされるようにボクは動き出そうとし、手を伸ばして床に散らばった制服を
かき集める。
そして壁に手をついてよろよろと身を起こし、振り返ると、目に入ったものは、机の上に転がっている
缶コーヒーの空き缶と崩れた盤面。床に散らばった碁石。
ああ、ダメじゃないか、こんなふうに散らかしちゃ。
折角この部屋もちゃんと片付けたのに。
ほら、あの日、乱雑に積み重なってた棋譜集だってちゃんとそろえて並べられているのに。
石を拾おうとして腰をかがめようとしたら、ズキッと重い痛みが身体を走って、
ボクは声も出せずにそこにうずくまった。

「下校の時刻となりました。校内に残っている生徒は速やかに下校してください。
本日最後にお聞き頂きましたのは卒業式にちなみまして、ヨハネス・ブラームス作曲交響曲第一番
ハ長調、演奏はカール・ベーム指揮ウィーンフィルハーモニー交響楽団でした。
在校生の皆さん、先生方、3年間、ありがとうございました。卒業してからも私たちはここで過ごした
3年間を忘れません……」

332卒業(24) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 23:31
「卒業式はボクも出ません。その日は手合いがあるんです。」
普通に、何気なく言えただろうか。怪しまれはしなかっただろうか。
「これ以上無理なスケジュールにしたくなかったんだ。」
嘘だ。
たまたま手合いと重なっていたから言い訳がきいたけど、重ならなかったらそれでも何とか、それこそ
仮病を使ってでも休もうと思っていた。

忘れてしまえ。
その日が過ぎれば、もうあの校舎に通う必要も無くなる。
あの事を思い出させるものから遠ざかれば、いつかきっと忘れられるだろう。

例え誰が何を言おうと、ボクの進む道はもう決まっている。
学校生活など、何の意味もない。そんなものはボクには必要ない。
どんな犠牲を、代償を支払おうと、それでもボクはボクの望んだものを手にしたのだから。
それでもういい。
何物にも変えがたい、至高の存在。
共に歩んでいくべきライバル。
それさえ掴まえていられれば、それだけでいい。
だから、早く来い、進藤。ボクのいる所まで。

333卒業(24) </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/03/28(日) 23:31
「卒業」又は「断点・0」、完。

334断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/05/20(木) 21:26
「塔矢、」
そっと顔を離して名前を呼ぶと、伏せたままの震える睫毛から、すっと涙がこぼれた。
頬に口を寄せて、その涙を吸い取るようにキスをする。
しょっぱい。
そして反対側の頬からも、零れ落ちた涙をそっと舐め取る。
ぴくり、と塔矢が震えたような気がした。
「塔矢……塔矢、塔矢、」
髪を撫でる。
目元に、頬に、キスをする。
そして、もう一度、唇に。
触れるだけのキス。
柔らかい塔矢の唇。
オレの腕の中で、小さく震えている塔矢。

このまま時間が止まってしまえばいい。
こうして抱き合って、二人が一つになってしまえばいい。
好きだ。
おまえが好きだ。
だから逃げないで。オレから離れていってしまわないで。

335断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/05/20(木) 21:27
「……放してくれ、進藤。」
けれど、静かな、それなのにはっきりとした声が聞こえてきて、オレはそれ以上塔矢をオレに縛り付けて
いられなくなる。
力の抜けてしまった腕の中から塔矢が離れていく。
塔矢が顔を上げてオレを見て、その目にオレはまた何も言えなくなる。
そんなオレから塔矢はすっと視線を落として、きゅっと唇を噛んだ。

「…………進藤、」
ようやく口を開いた塔矢はきっぱりと顔を上げて、オレを真っ直ぐに見た。
「一つだけ教えてくれ。
あの時、ボクとは打たないと言ったのはなぜだ?」
「え……」
塔矢の問いに、オレは愕然とした。
答えられないオレに塔矢は静かに微笑んで言った。
「キミはその事さえ覚えていないのか?ボクが……」
違う。「あの時」が「どの時」の事だかわからないんだ。
なんて事だ。オレは、今まで塔矢に何て事をしてきたんだろう。
オレは塔矢を何度拒否してきたんだろう。
違う。覚えてる。いつの、いつの事だ?塔矢。
佐為がいなくなった時のこと?北斗杯の選手が決まるまでの事?それとも、
「中学に入ってすぐの事だよ。キミの中学まで訪ねて行った。
ずっとキミを待っていると言ったボクに、キミはボクとは打たないと言った。それはなぜだ?」
「あ……」

336断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/05/20(木) 21:27
ひどいのはオレだ。
ずっと塔矢にひどい事をし続けてきたのはオレだ。
塔矢が――塔矢がオレを憎むのは当たり前だ。それまでずっと許してきてくれた方がおかしいんだ。
忘れてなんかいない。
忘れられるはずが無い。
オレを見ていた塔矢。
真っ直ぐにオレを見て、でも、オレを通して佐為を見ていた塔矢。
憧れと期待に瞳を輝かせて、自信と誇りに頬を紅潮させて、眩しいほどの眼差しで、佐為を見ていた塔矢。
今でも目に浮かぶみたいだ。
桜の花が咲いてた。
花びらがキラキラ光って、海王中の真っ白の制服が眩しくて、塔矢の顔が眩しくて、
だから、
だからオレは……
あれは、あの時オレが打たないと言ったのは、そのわけは、
「…………」

佐為じゃなくて、オレが、おまえと打ちたかったから。
佐為じゃなくて、オレを、見て欲しかったから。
だからオレは、
「オレは……」

337断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/05/23(日) 21:57
それ以上何も言えないオレを、じっと見ていた塔矢が、ついにそっと目を伏せて、それなのに薄っすらと笑った。
もう全部諦めきってしまったような、淋しい、泣きそうな笑みだった。
それでも言ってはくれないんだね、と、呟いた声が聞こえたような気がした。
居たたまれなくて、それでも、それなのにオレは何も言えなくて、どうしたらいいかもわからなくて、
「塔矢……」
オレの声に塔矢は顔を上げてオレを見た。
見た事も無いような表情で、でも真っ直ぐにオレを見て、そうして、もう一度、微笑んだ。
胸が痛くて、見ていられなくて、オレはきゅっと目を瞑る。
塔矢の、唇が動いて、静かな、透明な、キレイな声が、聞こえてきた。

「きっと、ボクはキミが好きだったのかもしれない。
初めて会った時から、ずっと、キミを追っていた。ずっとキミの事ばかり考えていた。
一度は失望したはずでも、忘れようと思っても、それでも忘れられなかった。」
やめてくれ、塔矢。そんな事を言わないでくれ。
忘れていた事をオレに思い出させないでくれ。
違うんだ。オレじゃないんだ。おまえが見てたのは、おまえがずっと追ってたのは、おまえがいつまでも
忘れられなかったのは、それはオレじゃないんだ。
「キミを嫌おうと思ったり、キミを憎いと思ったりしたこともあったけど、それはでも、
キミを好きだと思う気持ちの裏返しだったのかもしれない。でも、」
そこまで言って、塔矢は言葉を詰まらせた。
言わなくても、でも、塔矢が何を言いたいのかわかるような気がして、
「でも、キミは、」

338断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/05/23(日) 21:58
「さよなら、進藤。」
塔矢の唇が動いて、オレに何かを告げている。
でもオレはどうしたらいいかわからなくて動けない。

くるり、と塔矢がオレに背を向ける。
そうして、真っ直ぐ背中を伸ばしたまま、一歩一歩、歩いてく。
この背中を、何度夢に見ただろう。
繰り返し、繰り返し。
もうキミの前には現れない。
そう言ってオレから去って行った塔矢。
どんなに呼んでも、叫んでも、もう、振り向かない塔矢。

イヤだ、塔矢。
行くな。
だって、言ったじゃないか。
追って来いって、
ここまで来いって、
待ってるって、
言ったじゃないか。
言ったじゃないか!塔矢!!

339断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/05/26(水) 00:46
――さよなら、進藤。

塔矢の後姿に、その声が重なって、やっと、言葉の意味がオレに届いた。
ダメだ!行くな、塔矢!!

「塔矢!!」
いきなり魔法でも解けたみたいにオレは走り出して、腕を伸ばして、塔矢の腕を捕まえる。
「ふざけるなっ!!」
掴みかけた腕を思いっきり振り払われた。
振り返った塔矢の目は怒りに燃えるようで、オレはその目に焼き尽くされてしまいそうになる。
塔矢が怒るのは当たり前だ。オレが悪いんだ。でも、でも、それでも、塔矢、
「何の権利があってボクを引き止める。
たった一つ、ボクが聞きたいといったことにさえ、キミは答えないくせに、ボクには何も答えようとはしないくせに、
それなのに、何の権利があってボクを引きとめようって言うんだ!」
「違う、違うんだ、塔矢、」
「何がどう違うって言うんだ!」
「オレじゃないんだ!!」
とうとう悲鳴のようにオレは叫んだ。

340断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/05/26(水) 00:47
「オレじゃ、ないんだ……ごめん、ごめん、塔矢、」
引き止めるように、縋りつくように、オレは塔矢の腕を掴む。
「最初に、おまえと打ったのは、最初も、それから二度目も、おまえと打ったのはオレじゃないんだ。
中学の囲碁大会で海王に勝ったのも、オレじゃないんだ。おまえが打ちたかったのはオレじゃないんだ。
でも、でもオレは、」
「キミじゃないって、どういう事だ……キミじゃなければ誰だって言うんだ……だって、」
「オレがおまえと打ちたかったんだ。だから、」
塔矢の腕を掴んだまま、でも、塔矢の顔を見る事ができなくて、
「だから、オレがおまえに追いつくまでは、打たないって。
佐為じゃなくてオレが、オレがちゃんとおまえと打てるようになるまで、それまでは打たないって、」
「…………sai?」
そうして塔矢はオレが漏らしてしまった言葉を聞き逃さない。すぐに正しい答えに辿り着く。
その素早さに、オレはまた思い知らされる。
塔矢の中の佐為は消えちゃいないんだってことに。
いつまでもいつまでも、塔矢はきっと心の中に佐為を持ち続けて、今でも待ち続けてるんだろうって事に。
「……sai?キミの中のもう一人のキミ?」

341裏失楽園:2004/06/03(木) 22:19
「リッチマンは違うよなあ…」
 ボクの陰で進藤が呟く。まったくそのとおりだとボクは心の中で頷いた。
 何もそこまでしなくても、と当事者のボクだって思う。緒方さんは何事にも大袈裟なのだ。
「……そんな風に浮かれてキミを迎える万全の準備をしていたのに、キミはオレに相談もなく、
アパートを決めてきたんだったな。それを何故か市河さん経由で聞かなければならなかった
オレの気持ちがわかるか?」
「なんとなく…」
 果てしなく責めるような口調だった。しかし、それに反論する気は起きなかった。
 アパートを探しているときには既に、進藤に対して一時期の気の迷いとは言い切れないほど
の複雑な感情を抱いていたのはまぎれもない事実だったからだ。
 抱かれる立場しか経験のなかったボクが初めて感じた感情。
 ボクの性は(多少歪んでいたとしても)あくまでも”男”だった。誰かを征服したい、独占
したい――その気持ちの発露は進藤との対局において最も顕著に現れ、必ず経験しなければ
ならない種類のものだった。そしてその相手は緒方さんではあり得なかった。
 緒方さん以外の相手に対して、緒方さんから教えられた手管を使う。
 それが彼に対しての裏切りであることは明らかだったし、緒方さんや両親の気配が色濃く残る
実家でことに及ぶのは流石に憚られた。それは進藤とて同じだろう。
 できれば知られずに進藤と二人だけの時間を過ごしたかったのだ。
「頭をガツンとやられたような気がした。…心臓が、止まるかと思った。愛しているのは――
恋愛をしているつもりだったのは、オレだけだったのかと」
 ――彼ははっきりとこう言った。『他人と使ったベッド』と。
 その意味が示すように緒方さんは平気で他人をベッドに上げるような最低な人間だったし、
独占欲や嫉妬を表すような人でもなかったはずだ。そのプライドの高い、それこそボクよりも
ずっと誇り高い彼がここまで自分を曝け出している。
 それは格好いいとは言えるものではなかったが、彼を軽蔑できるようなものでもなかった。

342断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/06/15(火) 00:25
「打ちたかったんだ。オレが。佐為じゃなくてオレが、おまえと打ちたかったんだ、塔矢。」
訳がわからない、という風に塔矢が首を打ち振る。
「じゃあ、あれは?囲碁大会の三将戦。あの時打ったのは?」
「最初は……途中までは、佐為で、…でも、途中から、オレが……」
「じゃあ……インターネットで打ったのは……?あれは……」
「……ネットで、…………打ってたのは佐為。オレは……佐為の言う通りに置いただけ。」
「じゃあ、やっぱり、あの時、インターネットカフェで、キミは碁を打ってたんだな。
それなのに、ボクにはsaiなんて知らないって嘘をついた。」
痛い。心臓がギリギリ痛む。そうだ。オレはふざけた振りして、サイなんて知らないって言った。
「じゃあ、お父さんと打ったのは、あれもsaiなのか?」
塔矢の問いかけにオレは頷く。
そうだ。あれも佐為だ。塔矢先生との新初段。ネットの佐為と塔矢先生の対局。
あの頃はこんな事になるなんて、思いもしなかった。
それなのに、どうして。
「キミが打ってきた碁の、どれがキミの碁でどれがsaiの碁なんだ?」
痛ッ。
「進藤、彼は今…どこにいる。」
ぎり、と腕を掴まれて、オレは思わずその痛みに顔をしかめる。
けど、塔矢はそんなオレに気付かずに声を荒げる。
「saiとは何者だ?そして、今、どこにいる?答えろ、進藤!」

343断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/06/15(火) 00:26
「佐為は…」
どこにいる?そんな事、そんな事、オレに聞かないでくれ、塔矢。お願いだから。
「なぜキミがsaiなんだ。キミであってキミでない、saiとは一体何者だ、進藤!」
「佐為は……」
上手く答えられないオレを、問い詰めるような塔矢の視線が突き刺さる。
ああ、オレは塔矢のこんな目を良く知ってる。
真っ直ぐにオレを見て、オレの向こうの佐為を探してる塔矢。
佐為を追い求める塔矢。おまえのその視線の先には、でも、もう佐為はいないのに。
「佐為は、もう、いない。」
「…いない?どういう事だ?」
「いないんだ。消えちゃったんだよ。もう、どこにも、いないんだ。ごめん、塔矢。ごめん、ごめん……」
ふと、塔矢の手が、弛んだような気がした。
「ごめん。オレが……オレのせいで、
オレが、オレがおまえと打ちたがったから、佐為に打たせなかったから、だから…………
佐為は、もう、いないんだ。消えちゃったんだ。」
オレをギリギリと睨みつけてた目が、呆然と見開かれ、
「ああ……だから……」
塔矢の視線はゆっくりとオレを離れてどこか遠くを彷徨う。
「だから、キミはもう打たないと言ったのか。オレなんかじゃ駄目だと、言ったのはそういう訳だったのか。」
どうして。どうしてそんな事、わかるんだろう。
当たり前だ。だって、塔矢はずっと佐為の事を追いかけてたから、ずっと佐為の事を考えてたから、だから
きっとこんなにも佐為の事がよくわかるんだろう。でも塔矢、それって、そんなのって。

344断点・5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/06/15(火) 00:27
塔矢の手から力が抜けて、オレの腕がぱたんと落ちる。
けど、塔矢はもうそんな事、気にしてもいないみたいだった。
ふらり、とよろけるように、塔矢がオレから離れる。
オレを見ないまま、オレに背を向けて、ふらふらと覚束ない足取りで歩き始めた塔矢が、よろけて躓いて
カベにぶつかる。
あっ、と思ったけど、オレは何もできなくて、ただ、そんな塔矢を見てるだけだった。
そうしてほんの少し、壁にもたれかかってた塔矢は、きっとゆっくりと息を吐いて、深呼吸をして、それから、
いつものように真っ直ぐ背中を伸ばして、また、歩き始めた。

塔矢の背中がだんだん遠くなる。
遠くなって、そうしてゆっくりと塔矢は碁会所から出て行った。
エレベーターがチン、と、到着を知らせ、ドアの開く音がして、それからまた閉まる音がする。
オレは動く事もできずに、塔矢が去っていく音だけを聞いていた。

今度こそ、もうお終いだ。終わりなんだ。
オレはもう塔矢を引き止めることなんかできない。
だってオレは佐為じゃない。
だって佐為はもういない。
塔矢が、ずっと追ってた、ずっと打ちたがってた佐為はいない。
もうどこにもいない。
そのことを、とうとう、塔矢は知ってしまった。

345断点・5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/06/20(日) 23:05
わからない。
混乱して、何が何だか。
ずっと追いかけてきた彼の謎。
素人のような手付き。鋭い一手。

そんな馬鹿な。
そんなことがある筈がない。
否定しようとする理性を、常識を、けれどボクの全てが覆す。
彼の言う通りなのだと。
だってそうすれば全てに納得がいく。
彼の言う事は全て真実なのだ。
本当に、もう一人の彼がいたのだ。彼の中に、彼であって彼でない、もう一人の別の人物――sai、が。

「ごめん。」
ごめん、塔矢。
そう言った彼の顔には見覚えがあった。
あれは、そう。彼が打たなくなっていた頃。
押しかけていった図書館で、ボクを見上げて、そう言った。
あれは、そういう意味だったのか。

 ごめん――saiはもういないんだ。

だから、あんな事を言ったんだ。

 オレじゃダメなんだよ。

346断点・5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/06/20(日) 23:07
はっと足が止まった。
あの時、ボクは何と言った?
「ボクはそう思わない。」
そう、言ったんだ。
言ったくせに。
ボクは言ったくせに。
「オレじゃだめ?ボクはそう思わない。」

saiじゃない。
キミだ。
キミの中のsaiを追いながら、いつか気付いたらキミを待っていた。
ボクを追うキミの足音をいつも聞いていた。
着実に近づいてくるキミの足音に、怯えながら、それでも待ち望んでいた。
だから。
――キミの打つ碁がキミの全てだ。それで、もういい。
そう、言ったじゃないか。ボクは。
言ったのはボクだ。
saiじゃない。キミだ。

今来た道を、ひた走る。
きっと彼はまだあそこにいる筈だ。
まだ、確かめていない事がある。
確かめなければならない事がある。
「進藤!」

347断点・5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/06/23(水) 21:48
ビルを見上げると、まだ部屋に灯りが残っているのがわかる。彼がまだ残っていることを確信して、
ボクはエレベーターに飛び乗って乱暴にボタンを押した。
古いエレベーターががくんと音を立てて止まって、ゆっくりとドアが開くのももどかしい。
ドアをこじ開けるようにして飛び出て、半開きになったままの自動ドアから室内に乱暴に駆け込むと、
奥の椅子に座り込んでいた影がびくっと顔を上げた。
「………」
呆然と目を見開き、僅かに口を動かした彼の声は声にはならなかったけれど、それは、塔矢、とボクの
名を呼んだように見えた。
「進藤、」
息を整えながら彼に近づく。
「あの時ボクと打ったのは誰だ?」
キミはボクのライバルだと、生涯のライバルだと確信したあの碁を打ったのは誰だ?
saiか?それとも進藤ヒカルか?
「答えろ、誰だ?どっちなんだ?」
「塔矢!」
なぜ。
なぜキミが怯える。
おかしいじゃないか。いつもキミに怯えていたのはボクの方だ。
ボクなんかが怖いのか?
そんな筈ないだろう?
いつだってキミは、
「進藤!!」

348断点・5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/06/23(水) 21:49
「と、や、くるし…」
「あ……」
気付いたらボクは彼の襟首を掴んで、まるで締め上げるような格好になっていた。
「すまない……」
何をしていたんだ。ボクは。
「すまなかった、乱暴をして。
だが、教えてくれ、進藤。あの時打ったのは誰だ?キミか?saiか?」
「いつの…こと…?」
「あ………ごめん……、」
自分があまりにも性急に自分の疑問だけをぶつけていたことにボクはようやく気付く。
「ボクが、キミの中にもう一人のキミを見つけた――キミが、いつか話すかもしれない、そう言った、
あの対局で、2年4ヶ月ぶりの、あの時に打ったのは誰だ?キミか?saiか?」
「あれは…」
不安げな彼の目の色に急に苛立ちが募る。
「答えろよ!どっちなんだ!キミか?saiか!?」
「オレだよ。……あの時にはもうsaiはいなくなってたから。」
そうだ。彼が打たなくなっていたのはsaiが消えたからだと、さっきそう言ってたじゃないか。
それなら。
それなら、キミだ。saiではなく。進藤ヒカル、キミだ。

349裏失楽園:2004/07/25(日) 16:22
「……そうなのか?」
 緒方さんは呻くように呟く。その声音の奥に潜んでいるのは、紛れもない苦悩だった。
「恋愛をしているつもりなのは、オレだけだったなのか?」
 彼の視線が縋るようにボクを捉えている。
 ボクのほんの些細な仕草も見逃さない、そんな真剣な眼差しだった。
 ここに第三者がいることや、その進藤が好奇心を丸出しにして聞き耳を立てていることを
承知で、なおも本心を吐露しようとしている。そういう彼を――誰が軽蔑できるというのか。
「いいえ」
 溜息混じりに髪を掻きあげた。彼に『長いのも似合うかもな』と囁かれ、伸ばしはじめた
髪は随分と伸びてしまっている。
「ボクだって、緒方さんのことが真剣に好きでした。……でも、恋愛っていうのはお互いに
愛し合っていることが前提でしょう? 緒方さんの気持ちが判らないのに――」
 ベッドにキミの長い髪が広がるのを想像するだけで腰に来るね。
 そんな言葉でボクを甘く縛り付けた。
 ボクの行動は単純で、いくつかの選択肢があれば誰かに道を決めてもらう方が楽だった。
服装にしろ、髪型にしろ、食べ物にしろ、どうでもいいことだったからだ。囲碁以外の面倒
事に囚われていたくないというのが本心だった。
 ボクが判断を委ねる相手は大抵緒方さんで、ボクは流されるままに彼の意に染まろうとした。
 そういう日常の中で彼の判断を仰がなかったのが進路と進藤とのことだったのだ。
「遊ばれているって判っているのに、あなたと恋愛しているとは思えませんでした」
 高校に行かないことを決めたボクに彼が何も言わなかったのは、ボクの進路が彼の想像通
りだったのか、それともどうでもよかっただけなのかは知らない。
 しかし、進藤とのことは彼の予想外の出来事だったのだろう。
 だから彼はこんなにも熱くなったのだ。

350裏失楽園:2004/07/25(日) 16:24
「遊ばれてるって何だ」
「ボクの他にもたくさんの人がいましたよね。鈍いボクは気づいてないとでも思っていましたか」
 緒方さんは神経質だった。ベッドにはいつも糊の利いたシーツが掛かっていたし、長さや
色の違う髪が床に落ちていることもなかった。
 いつも同じところに、同じメーカーの避妊具や小物がきっちりと並べて置いてあるのも彼の
性癖の一つなのだろうが、その量が以前に比べ明らかに少なくなっていることにあるとき不意
に気づいた。
 そのことに気づいて用心深く観察していると、疑惑はすぐに確信に変わった。
 裏切られたという思いが湧き上がってくるのと同時に変な安心感に満たされたのは、心の
どこかで彼を信じ切れていなかったからだった。
 そういうときに今の進藤に出会った。
 進藤とは駆け引きめいたことはしなくていい。欺瞞とかそんなものとは無縁の世界で、ただ
お互いがお互いでありさえすればいい――そのことは、どれだけボクを魅了しただろうか。
「緒方さんのことをいくら好きでいても、抱かれてさえいても、いつも悲しかった。虚しいだ
けだった。そういうの、そんなの……! 恋愛とは絶対言えないでしょ……っ!」
 叫ぶと、唐突に抱き込まれた。意外と温かい彼の体温に、呼吸をするのを忘れる。
「それでも、恋愛なんだよ」
 ボクを抱きしめたまま、緒方さんは静かに呟いた。
「オレの心臓の音が聞こえるだろう? こんな風になるのは、アキラくんを愛しているからだ。
キミがそんな風に悩んだのも、不安になったのも、疑心暗鬼になったのもオレを独占したいと
思ったからで、それはやっぱり恋愛でしかないんだよ。……そうだろ」
 ドクドクと伝わる胸の鼓動はボクと同じ高鳴りで、それを感じているとふいに泣きたくなった。

351裏失楽園:2004/07/25(日) 16:30
齟齬をきたし始めているような気がする。
同じことを何度も語らせてたりしてたりするような気がする。
すまんことです…。

352断点5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/08/19(木) 21:12
ならばあれがキミとボクとの初対局だったのか?
あれから何度も打った。キミの棋譜もいくつもいくつも見せてもらった。
出来るはずがなかったのに。
彼を忘れるなんて。なかったことにするなんて。彼から離れるなんて。
「なぜ…?」
頭の中にいくつもの棋譜がよみがえる。
初めて出会ったときの進藤ヒカルと彼の――saiの棋譜。
二度目の対局。
入学前に海王中に行った時に偶然見た美しい棋譜。
一番忘れたい、忘れてしまいたい対局だったのに、それでも忘れる事ができなかった。
いつまでもボクの中に残って、いつまでもボクを苦しめ続けた。
けれどここにいるのは進藤ヒカル。
saiではなく。

saiはもういない。
いないのだろう。彼がそう言うのだから。
それでも。

「打とう、」
思うよりも先に言葉が転がり落ちた。
「もう一度、ボクと打ってくれないか、進藤。」
ボクの言葉に、ゆっくりと彼は顔を上げ、不安そうな目でボクを見上げる。
「オレで……いいのか?」
ああ。そうだ。キミだ。
「ここにいるのはキミだろう。saiじゃない。
そうだ。キミと打ちたいんだ。saiじゃなくて、進藤ヒカル、キミと。」
そしてボク達はもう一度、盤を挟んで椅子に座り、頭を下げて、打ち始める。
今まで何度となく、ここで打ってきたように。
そしてきっと、これからもずっと、ボクと彼とはこうして打っていくのだろう。
打ち続けるのだろう。
それは確信だった。

353断点5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/08/19(木) 21:14
こぼれてしまった水は元には戻らない。
起きてしまった事は全て、なかったことにする事は出来ない。
傷は癒えたように見えても傷跡は残り、傷が深ければ深かっただけいつまでも痛み、その
痛みが完全に消える事は無い。
それでも、それが自分の愚かしさのせいであろうと、偶然と運命の積み重なりの結果の
必然のものであろうと、理由が何であれ、起きてしまった事は、そのまま受け入れるしか
ないのだろう。
許したわけじゃない。
諦めたわけでもなく、怒りを捨てたわけでもない。
ただ、それでも、怒りよりも何よりも、打ちたいという気持ちのほうが勝ってしまう。
目の前にあるのは、今、ボクらの間にあるのは、19路の縦横のシンプルな盤の上の、
白と黒の石しかない、美しい、単純な世界。
けれど世界は縦と横だけの単純な構造ではなく、感情は白と黒だけで割り切れるものでは
なく、ボク達が生きているのは、そんな複雑で割り切れない、白も黒も入り混じった、決して
美しいだけでは無い世界で、けれどそんな世界で、ボクは、ボク達は生きていかなければ
ならないのだろう。

それでもたった一つ、確かな事は、ボクとキミがいまここに在り、こうして向かい合って座り
打っていると言う事。
それが、ずっとボクの望んでいた、欲した未来だったと言う事。
例えキミが何者であれ、キミの打つ碁はそれでもボクを魅了してやまないと言う事。

354断点5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/08/19(木) 21:15
彼の言うのが本当なら最初にボクを打ち負かしたのは彼ではなくsaiなのかもしれない。
ボクがずっと追っていたのはsaiその人だったのかもしれない。
けれどそれでも、ボクを追っていたのは、ボクがずっとその足音に怯えていたのは、進藤、キミだろう?
ボクの生涯のライバルだと確信した、あの碁を打ったのは、saiでもなく他の誰でもなくキミだろう?
だから、やはりキミなんだ。
進藤ヒカル。
ボクの生涯のライバルは、ボクの運命を変えたのは、やはりキミ以外の誰でもないんだ。
だから、進藤。
打とう。
打たなければボク達は始まらない。
盤上には黒と白の石と、それだけしかない。
それ以外には何もない。
ボクが一手を打ち、キミがボクの手に応える。そしてその手に、ボクがまた次の手を打つ。
それだけでいい。他の何も、関係ない。
キミとボクとで紡ぎ出す石の並びには、他の何も入り込む隙は無い。

振り返ってキミと描いてきた盤面を見てみれば、それは断点だらけの拙い、未熟な対局ばかり
だったかもしれないけれど、でも、これだけで終わりじゃない。
もう一度、また打てば、また新しい盤面を築きあげる事が出来る。
そう考えるのは傲慢な事だろうか。
もう一度、やり直すことはできないだろうか。
今更こんな事を望むのは、許されないことだろうか。

355断点5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/08/19(木) 21:16
ゆっくりと時間をかけて打った碁は、最終的にはボクの半目勝ちだったけれど、終局した時には
もう、勝ち負けなどどうでもいいという気分になっていた。
真剣に打ち合った疲労はあったけれど、それ以上の充足感があって、これほど満ち足りた気持ち
になれたのはどれ程ぶりだろうと思うほどだった。
「進藤……」
声をかけると彼も疲労の中に満足げな笑みを薄く浮かべていて、彼のその表情に、ほっと暖かい
ものが広がっていくような気がした。
「ありがとう。」
ここで、彼と打てた事に、こんな碁を打てたことに、心の底から感謝した。
「オレも……うん。ありがとう、塔矢。」
けれど彼の言葉に、声の響きの底に、それだけではない何かを感じてしまって、そこに込められ
た彼の感情に、心臓がずきりと痛んだ。

356断点5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/08/19(木) 21:18
なぜ打つだけではいられないんだろう。
打っている時には、ボクと彼とを隔てるものは何もなくて、ボク達は同じ世界を共有していて、
分かり合えないものは何も無いとさえ思っていられたのに、なぜ打ち終わってしまえばこんな
にも遠く、ボク達は別々の人間になってしまうのだろう。
指の間から滑り落ちていく何かをとどめる術をボクは持たなくて、ただ、目の前ボクらが築き
上げてきた盤面を見詰める。たった今まで、ボク達はこの19路の世界の中に確かにいた
はずなのに、終局してしまった今ではボク達はこの美しい世界からは弾き出されて、今は
もう、この盤面を外から見るしかできない。
くっと息を飲んで目を瞑り、それから目を見開いてもう一度盤を見る。それから手を伸ばし、
振り切るように盤面を崩した。
こうして一つの世界を築き上げ、崩し、そしてまた向かい合い、何度も何度もその都度新しい
世界を構築しては壊していくことで、得られるものは何があるのだろう。
複雑に入り組んだ石を選り分け、白石は白石に、黒石は黒石に、まとめて碁笥に落とす。
片付けてしまえばもうそこには何も残らない。

357断点5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/08/19(木) 21:19
碁笥の蓋をして盤の横に揃え、ボクは立ち上がる。
それまで同じように無言で石を片付けていた彼が、座ったまま顔を上げてボクを見た。
「塔矢、オレ、」
「ごめん。今日はもう遅いから、」
何か言いたそうにしている彼からあえて視線を外し,胸の中の苦いものを押さえつけながら、
ボクは言った。
「もし、何かあるなら、明日にしてくれないか。
明日、また、待ってるから。」
「え、」
彼は大きく目を見開いてボクを見ている。
その真っ直ぐな視線を受け止めるのは怖い。
とても、怖い。
けれどこれ以上ボクは逃げてはいけない。
そうだ。そう決めたんだ。
もう逃げない。
もう、ボクは逃げたりしない。
「待ってるから。ここで。
ボクはずっとキミを待ってるから。だから、」
視線を逸らさずに告げる。
「もしもキミがボクと打ちたいと、少しでもそう思ってくれるなら、来て欲しい。」

358断点5.5 </b><font color=#FF0000>(b71tdwpI)</font><b>:2004/08/19(木) 21:21
彼の返事を待たずに慌しく帰り支度をし、戸締りをして碁会所を出た。
駅前にまだ残っていたタクシーに無理矢理彼を押し込んで、走り去ってゆく赤いテールランプを
ぼうっと見ていた。
明日、彼は来るだろうか。
いや、来る。
絶対に。

そうしたらボクはどうするのだろう。
まだ、わからない。
どうしたらいいのか、どうするつもりなのか、今のボクにはまだわからない。
それでもボクは彼を、進藤ヒカルを、失えない。それだけは確かだ。
彼さえいなければ、彼に会うことさえなければ、ボクは今のボクとは全く違うボクになっていただろう。
それでも、ボク達は出会ってしまった。
出会ってしまった事が逃れられない運命ならば、これからもボクは彼から逃げる事はできない。
出会う前には戻れない。
彼に会わなかったらもっと違っていたかもしれない自分自身など、思い描いても仕方が無い。
彼と出会ってからのボクを抱えたまま、これからもボクは生きていくしかないのだから。

(断点・終)

359裏失楽園:2004/11/28(日) 22:28
 愛しているなんて――こういうときに言わないで欲しかった。
 口先だけのことかもしれないのに、それに縋りついてしまいそうになる。
 信じたい気持ちと信じたくない気持ちがせめぎ合う。
 緒方さんの心臓の音がそれは真実だと伝えているのに、どうしてボクの全部で信じられない
のだろう。どうして……全身を彼に委ねられないのだろう。
「信じろ。何も考えずに、オレだけ見てればいい」
 緒方さんの声はまるで催眠術だ。
「進藤のことを考えても、そんな風に泣きたくなったりはしないだろう。もし進藤がキミ以外の
人間と寝たとしても、キミは何とも思わないはずだ」
「そうかな…」
 呟くと、力強く頷かれる。
「キミは、碁を通じてでしか進藤と向かい合っていないんだ。身体を重ねたことは、碁で相手を
打ち負かしたい欲求をセックスと勘違いしただけだ」
 断言に近い言葉は妙な説得力をもってボクの胸に届いた。確かにそうなのかもしれない。
 身体を傾け、ボクの背中に隠れたままの進藤の顔を見る。彼が緒方さんの断定にどのような
反応を示すのかを確かめたかった。
「信じられない……」
 思わず呟いてしまう。
 ――進藤は眠っていた。ボクとソファの背中の間に顔をすっぽりと突っ込んで、普通にして
いても少し上を向いている上唇をほんの少しだけ開けて。

360裏失楽園:2004/11/28(日) 22:30
 こんなところで眠れる進藤の神経が信じられない。しかも、『すやすや』と擬音でもつきそ
うに幸せそうな様子だ。
「何だ?」
 ボクの声を聞きとがめて緒方さんが身を乗り出してくる。
「進藤、寝てます」
 背中を浮かせようとして、思いなおした。あまりにも気持ちよさそうな進藤の様子に、無闇に
動いて彼の眠りを妨げるのが悪いような気がしたのだ。
「大物だな、サスガに」
 皮肉なのか感嘆なのか判らないことを言った緒方さんは、中途半端に腰を曲げた状態で進藤の
寝顔を眺めた後、喉の奥で低く笑った。大口を開けて笑うことが格好悪いとでも思っているのか、
彼はいつもこんな笑い方をする。ドラマの悪役みたいな、そんな笑い方だ。
「……アキラくん」
 呼びかけられて、俯けていた顔を彼に戻した途端に唇を塞がれる。
 目を閉じる余裕はなかった。
 薄いそれと触れ合ったのは一瞬で、すぐに唇をすっぽりと覆われ、呼吸ごと全てを奪われるよ
うな口付けに変わった。 
 要求されるまでもなく、口を開いて彼の舌を迎え入れる。これはもう条件反射のようなもの
だった。押したり引いたりする波のような流れ、ヘビースモーカーの彼の舌の味は――唾液も
、呼気さえも――すでにボクの一部になっている。何度も何度も体内に取り込んだのだ。
 息苦しくなって顔を背けると、あっけなく緒方さんの唇は離れていった。
 二人の間で銀の糸を引いた唾液がプツリと切れ、冷えたそれが唇に張り付く。
「甘いな。アレを飲んだわけでもないのに」
 ボクの唇を親指で拭いながら、緒方さんは苦笑した。

361名無しさん:2004/12/21(火) 15:16
補完用しおり
ここまであげますた。

362裏失楽園:2005/01/26(水) 19:55:18
「アレってのは、オレンジジュースのことだぞ。ここから出るジュースのことじゃない」
「う……っ」
 ローブの合わせ目から直接ボクの股間に触れ、横たわったままのそれをきつく握りこむ。
 人差し指と親指で作ったリングにボクを挟み、残りの三本の指でゆるく揉み始めた。 
「進藤が帰ったら、お仕置きをしないといけないな」
 すぐに兆し始めるはしたない竿だけではなく、後ろのやわらかな部分にも指が絡む。
 ソファの背もたれとボクの背中の間に顔をうずめるようにして眠る進藤の顔を背中で
締め付けてしまわないようにしながらも、いつまでその理性が保つか、ボクは測れない
でいた。
「しんど…が、まだ……いる、でしょ……!」
 感じた下肢が跳ねてしまうのはもう反射と言って良く、背もたれに身体をあずけられ
ない不安定感が更に緊張感を生んだ。
「これがお仕置きと言えるか」
 自分から脚を開いておいて。こんなに、涎を垂らして嬉しがっておいて。
 意地悪な唇がボクの状態を事細かに吐き出してゆく。
「嫌ならオレの手を外せばいいだろう。指に噛み付いたっていいんだぞ」
 ボクが緒方さんの指を傷つけることなどできないと知っていて、彼は残酷に続ける。
 濡れた音を発てて追い詰めながら、彼はまるで自分が触られているかのような恍惚
とした表情を浮かべた。

363裏失楽園:2005/01/26(水) 19:57:54
「別に対局で負けても、オマエに噛み付かれたことを言い訳になんかしないぜ、オレは」
「そんなこと……!」
 ボクは悪戯を続ける彼の手首を両手で掴み、縋りついた。
 言い訳にされるとかそんなことではなく、ただボクは彼を傷つけたくないのだ。
「傷つけられるはず、ない」
「詭弁もいいとこだな」
 皮肉げに歪んだ笑みを貼り付けた、彼の端正な顔を見た。
「オレの愛情を疑った罰、進藤と寝た罰。オレを捨てようとした罰……どれもこれも酷
い裏切りだ。オレのプライドも、心すらもうボロボロだ」
 あれほど優しく微笑むことのできた緒方さんを、こんな風に笑わせているのはボクだ。
 指先は傷つけられなくても、ボクが彼を、彼の心をここまで傷つけたのだ。
 一番敏感なところを狙ったように爪で弾かれて、咄嗟に膝を閉じる。
 反射的にやってしまったことだったが、緒方さんはわざと曲解した。ボクが彼の手を
膝で拘束してまで離したくないのだという風に。
「…そんなに締め付けなくても、まだ止めるつもりはない」
 膝を開くのも奥まで誘っているようで躊躇われ、閉じるのも誘っているように受け取
られてしまう。どう足掻いてもボクは彼の手の上で踊らされているに過ぎなかった。
 彼の四本の指が下から上へ撫で上げていき、丸みから溢れる体液を塗りこめながら降
りて行く。
 袋の周りを掠め、今度は――彼のものを何度も受け容れたところまで。

364</b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2005/01/31(月) 21:18:53
(47)
がくんとアキラは前にのめり、碁盤に手をついた。
その衝撃で盤上に整然と並んでいた石が、バラバラと畳に落ちる音がする。
それは今まで必死に保ってきた棋士としての自分が粉々に崩壊する音のようだった。
「おッ、塔矢君!」
「大丈夫かね?やっぱり具合が悪いんじゃないか?」
どこかいそいそした声で観戦者の何人かが腰を浮かせ、駆け寄ろうとする気配がある。
――来るな!
心の中でアキラは叫んだ。
今、来られたら。今、彼らに触れられたら・・・
自分はもうどうなってしまうか分からない。

「触るな!!」
叫んだのは、自分とは違う声だった。
顔を上げると見慣れた男が不躾なギャラリーを睥睨して道を開けさせ、
ずんずんとこちらへ向かって来るところだった。
アキラの前まで来て漸く男は目の光を和らげ、身を屈めて訊いた。
「大丈夫か」
「・・・ハイ」
「よし」
アキラを助け起こすと男は――緒方はもう一度周囲を見回して言った。
「このままオレが病院に連れて行きます。実は今日、アキラ君は朝から
調子が良くなかったので」
実情を知らない人間の何人かがさもありなんという顔で頷いた。
「ああ、そうじゃないかと思っていたんだよ。途中塔矢君は凄い汗で、
盤の前に座っているのも辛そうだったから」
少しドキリとして発言した男のほうを見たが、特に何かを勘付いた風でもない。
「・・・お見苦しい所をお見せしてしまってすみませんでした」
「いや、いや、それでも勝ったんだから凄いよ。今日は帰って休むといい。お大事に」
「ありがとうございます」
緒方に支えられながらやっとのことで一礼をして、アキラはよろよろと部屋を後にした。
廊下との仕切りを跨ぐ時体内で、腹いせのように例の玩具が唸った。

365黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2005/01/31(月) 21:19:49
(48)

「はあっ。はあっ・・・!!」
「アキラ君、大丈夫か」
人気のないトイレの個室に駆け込んで外に誰もいないのを確認してから、
緒方が鍵を掛けた。
「お・・・おがたさ・・・っ、・・・がた・・・さ」
対局中は必死で知らん振りしていた感覚が、馴染み深い兄弟子と二人きりに
なった途端堰を切ったように奔騰した。
芹澤によって狭い所に埋め込まれた異物はもはや異物のようではなく、
初めからあったもののようにしっくりとその箇所に馴染んでいた。
入り組んだ形のそれが強い振動を伴いながらくねくねと回転運動するごとに
自らの内壁の柔らかさと硬さを同時に感じた。
甘い痺れに全身を冒され、膝がふざけたようにがくがく震え始める。
「・・・やく・・・っ!早くどうにかしてくださ・・・っ!」
「解ってるアキラ君、すぐ楽にしてやるから」
溺れかけた人間のように物凄い力で縋り付いてくるアキラを何とかなだめつつ、
緒方は慣れた手つきでアキラのベルトを緩め下半身の衣類を膝まで引き下ろした。
汗でぐっしょり濡れた下半身に外の空気が冷たく、アキラは肌を粟立たせる。
静かな個室に、覆いを外された玩具の唸り声が高く低く響き続ける。
「あ・・・あ・・・っ、早く・・・っ!」
何という声を自分は出しているのか、アキラは耳を疑った。
春の宵に鳴く猫のような声だ。これまで緒方と何度セックスを重ねても
こんな声を出したことはない。自分の声帯がこんな声を出せるなど知らなかった。
耳元で緒方がごくりと唾を呑んだ。
「・・・力を抜くんだ」
緒方の押し殺した声が鼓膜をくすぐると、その言葉の意味が脳へ達するより先に
アキラの狭門は反射的に閉じた。
そこをゆっくりと引き抜かれる。
無数の突起を備えた異物がぐりぐりと回転しながら内壁を擦っていく刺激に、
春の猫の絶叫をあげながらアキラは今日二度目の熱を弾けさせた。

366</b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2005/01/31(月) 21:21:14
364はタイトルつけ忘れたわ、スマン。

367黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2005/02/03(木) 21:32:20
(49)
「・・・・・・ッ!」
反動で後ろに仰け反った体を緒方の腕がしっかりと支えた。
「う・・・ぅ」
「大丈夫か?」
ほっと涙を滲ませながら頷くと、緒方が体内から引き抜いた物を見せた。
ぼこついた装飾過多の形状を持つそれはぬらぬらした液に塗れて生き物のように光り、
威嚇するような音を立ててまだ回転運動を続けている。
こんな物がずっと自分の中に入っていたのだと思うとアキラは改めて怖気が立った。
緒方が舌打ちしてそれを床に叩きつけ、硬い靴底で思い切り踏みつけると、
断末魔のような最後の唸り声をあげてそれは動きを止めた。

「緒方さん」
アキラが少し驚いた声をあげてもなお、緒方は忌々しそうにその残骸を睨みつけていた。
時間にすればほんの1秒か2秒のことだったろうが、その僅かな間が、
もしかしたら緒方もこの物体に苛まれたことがあるのかもしれないという
朧ろな想像をアキラの中に生んだ。
今までその凶器のような肉体を以て、一方的に自分を苛み蕩かす存在だとばかり
信じてきた緒方。
その緒方もまた自分と同じ苦痛を、屈辱を、恍惚を、味わったことがあるのだろうか?
恐らくはあの、黒い扉の向こうで。
その想像は何故かアキラの内に甘く暗い情熱のような感覚を喚び起こした。

368黒い扉 </b><font color=#FF0000>(G800glzo)</font><b>:2005/02/03(木) 21:33:34
(50)
「・・・だいぶ汗をかいているな。気持ちが悪いだろうが部屋に帰ったらすぐ
シャワーの準備がしてあるから、今は服を着るんだ」
内腿がじっとり濡れているのを指で確かめてから、
緒方は膝まで下ろしてあったアキラの衣類を引き上げようとした。
瞬間――アキラは反射的にそれを拒んだ。
視線が合う。それだけで緒方にはいつも全てを見透かされてしまう。
だが通常それで窮地に立たされるのはアキラのほうなのに、
今は身内に灯り始めた熱のあることをこの男に訴えたくて自ら目を合わせた。
眼鏡越しの緒方の目が、微かな懸念と情欲の色を閃かせて揺らぐ。
「アキラく・・・」
「ください」
何を、と言う代わりに緒方の股間をぐっと掴んだ。
視線を下に向けて確認せずともわかる。そこはもう対局中の自分と大差ないほど
固く持ち上がって興奮していた。
緒方が目を剥いたのはいきなり急所を掴まれた衝撃もあるだろうが、一つには、
いつも従順な弟弟子が今まで決して見せなかった類の積極性に驚いたのだろう。
余計なことなど考えずに今はただ自分のために興奮したものを
自分の中にすっぽりと収めて欲しくて、焦れたアキラは顔を伏せ、
猫がおねだりをする時のように緒方の胸板へ自分の頭をゴチゴチとぶつけた。
「欲しいんです。・・・今すぐ」
口から洩れた声は自分でも信じられないほど甘くかすれて誘っていた。
緒方の手がアキラの肩の辺りを躊躇うように泳いでから、意を決したように抱き締める。
ぐらりと体が傾き、慌てて緒方の首に抱きつかされたかと思うと、
アキラの体は腰と両脚ごと宙に浮いていた。
「・・・えっ。あの」
「こんな体勢で喜ばせてやれる男はそうはいないぞ」
緒方の顔が間近でニヤリと笑った。
何のことかと思った次の瞬間には熱とぬめりを帯びたものが下の入り口に押し当てられ、
一拍も置かずにめりめりと狭い箇所を押し広げながら侵入してきた。
絶叫の形に開いた口は緒方が唇と舌で塞いでしまったから、
そんな時自分がどのような声をあげる生き物なのかアキラは知らない。

369名無しさん:2005/02/08(火) 12:49:20
補完用しおり
ここまであげますた。

370名無しさん:2005/04/09(土) 21:00:08
広告のスレが上にたまって来たのでいったんageます。

371名無しさん:2006/02/03(金) 01:40:56
あげます

372名無しさん:2006/04/12(水) 01:16:47
あげます

373名無しさん:2006/04/27(木) 13:54:59


374森下よろめきLOVE ◆pGG800glzo:2007/02/04(日) 22:36:57
(65)
手と口による奉仕を止めて横たわるよう言われたアキラは、戸惑った顔をした。
「でも、まだ」
視線を落とした先には、既に獣角の如くそそり立った森下の一物がある。
少年の真っ直ぐな視線の下で、その少年により昂らされた自らの欲望の塊が
ドクンドクンと年甲斐もなく脈打っている――
その状況に、むず痒いような照れ臭さを覚えながら森下は言った。
「いや、もう十分だ」
するとアキラは屈辱を堪えるかのように唇を噛んだ。
「ボク・・・あんまり上手じゃないですか?」
「あぁ?」
「だって先生は、まだその・・・・・・しゃ、射精をなさっていません」
怒ったように少し早口にそう告げるなり、アキラの目元が赤く染まった。
使い慣れない表現を口にしたことへの羞恥心がそうさせるのだろう。
さっきまではあれほど大胆に中年男のモノを観察し、触れていたのに、
こういう所はまだうぶな一面を感じさせる。
そのアンバランスさが微笑ましく、初々しかった。

森下は息を吐き、アキラの額をぺちんと軽く打った。
「馬鹿。・・・いくらおまえの呑み込みが早くたって、こんなヒヨッ子に
ちょいと舐められたぐれェで降参するオレじゃねェぞ。若造の分際であっさり年上を
喰えると思ったら大間違いだ」
言外に、盤上の戦いで既に幾人もの高段棋士を「喰って」きた
日の出の勢いの若手に対する揶揄も込めたつもりだが、
アキラは気づいているのかいないのか、唇を尖らせて森下を見ただけだった。
「まぁ――オレが抜くこたぁ、今日の本題じゃねェだろ。
おまえのソレこそさっきから放っておかれて、ウズウズしてんじゃねェのか?ん?」
アキラの股間を指差してから顎の下を撫で、顔を覗き込んでやると、
アキラはくすぐったそうに一瞬首を竦め、耳まで赤くなった顔でむっつりと頷いた。

375森下よろめきLOVE ◆pGG800glzo:2007/02/04(日) 22:38:29
(66)
改めてベッドに身を横たえる時、アキラの表情にほんの少しだけ
不安そうな色がよぎった。
先程も同じ体勢で森下の愛撫に身を委ねはしたが、その時のアキラはまだ、
森下の帯の下にあるものを知らなかった。
だから幾分、これから起こることに対する現実味が薄かったのではないだろうか。
森下のグロテスクな逸物を目の当たりにし、その巨大さを実際に自らの手や舌で
確かめた今、それを受け入れる側であるアキラが怖気づいたとしても無理はなかった。
「・・・・・・迷ってるんなら、今だったら引き返せるぜ?」

俯き加減になった横顔に声を掛けると、アキラははっとしたように顔を上げ、
首を横に激しく振った。
「いえ、大丈夫です!お願いします」
「そうか。・・・なら、もっと力抜け。歯医者に連れて来られたガキみてェだぞ?」
わざと自分の歯を指差してみせ、からかい口調でアキラに顔を近づけた。
アキラがムッと森下を見つめ返し、言い返す。
「子供扱いしないで下さい!そういう風に一人前に見てもらえないのが嫌だから、
先生にこんなことをお願いしてるんじゃありませんか!」
「はは、そうだった、そうだった。・・・すまねェな」
不服そうに森下を睨みつけていたアキラの眼の光が少し和らいだ。
惹き寄せられるように、その額へ口づける。
額から細い鼻梁へ、少年の柔らかさが残る頬から唇へ、口づけが移動するにつれて
アキラもお返しのように森下の顔にキスを返してきた。
アキラがそんなことをしてくれるとは思わなかったので驚いたが、
単なる欲望だけではない甘酸っぱい思いで、胸が痛いほど締め付けられていくのを
森下は感じた。
元来が堅い気質の森下は、妻との間でさえキスなど新婚時代以来交わしていない。
本物の恋人同士のような優しいキスの応酬。
それが今宵限りのものだとしても嬉しかった。

376森下よろめきLOVE ◆pGG800glzo:2007/02/04(日) 22:40:03
(67)
やがてアキラの体がゆっくり仰け反り、両手に抱えた森下の頭ごと道連れに
後ろへ倒れた。質素なベッドのスプリングが古錆びた音を立て、
少年のしなやかな身体が一瞬緊張する。
「・・・力抜いて、楽にしてろ」
そう囁いて艶やかな黒髪を撫でてやると、アキラは深く息を吐いて頷き、目を閉じた。

森下への奉仕に集中していた間に、アキラのモノはさすがに幾らか
萎えかかってしまっていたが、経験を積んだ森下にとって
先程探索し尽くした身体に再び熱を点していくことは容易かった。
「はぁっ・・・せんせっ・・・先生・・・!」
アキラの上擦った声を楽しみながら、唇で、無骨な指で、厚い掌全体で、
その若い膚の奇跡のような滑らかさを堪能する。
「どうだ。気持ちいいか?塔矢」
森下の問いかけにアキラは息を乱し、熱っぽく潤んだ表情でコクンと頷く。
「そうか。オレも気持ちいいよ」
「う、嘘です・・・だってボク、今は先生に何もして差し上げてないじゃありませんか」
ボクが何も知らないと思って、と非難の眼差しを向けてくるアキラに笑いかけた。
「嘘じゃねェ。おまえの体はこうして触ってるだけで、本当に気持ちいい」
するすると掌を滑らせるたびに、そこから媚薬が染み込んでくるのではないかと
思えるような感覚。人間に精気というものがもしあるのだとすれば、
森下は今それをアキラから受けているような気がした。
瑞々しく張りつめたアキラの白い膚に触れるだけで、口づけるだけで、
使い古し草臥れた己が肉体の奥に眠っていた力が、泉の湧き出すように甦ってくる。
快楽の熱に蒸らされしっとりと汗ばんだ内腿に、森下がつい頬を当てると、
アキラは身を捩って声をあげた。
「やっ・・・せんせっ・・・、チクチクする」
「チクチク・・・?ああ、これか」
森下の顔を覆う髭の剃り跡が、敏感な内腿の皮膚に刺激を与えているのだ。
だが再度の刺激を恐れるように小刻みに震える内腿を見た森下は、
ふと悪戯心を起こした。

377森下よろめきLOVE ◆pGG800glzo:2007/02/04(日) 22:43:34
(68)
「えっ?ちょっ・・・、もう、先生、冗談はっ!」
嫌な気配を察してか後じさろうとするアキラの細腰をがっちり捕えて白い両腿を抱え上げ、
自らの顔を挟むと、森下はわざとジョリジョリ押し当てるように
髭の剃り跡を擦り付け始めた。
「嫌か?くすぐったいか?ほれ、ほれ」
「あっ、ああっ!!ああぁあっ!!」
くすぐったがって笑うかと思ったのに、アキラの顔は見る見るうちに淫らに蕩け、
股間のモノがぐんと持ち上がった。
驚いて動きを止めた森下の両側にある滑らかな内腿は、
ぴくぴくと痙攣しながらもより一層の刺激を求めるかのように、
森下の顔を挟み込んだまま上下に細かく動いている。
――全く、男の癖にどこまで敏感な体をしているのだろう。

苦笑しながら、森下は次の段階に移ることにした。
「おまえが嬲って欲しいのは――太腿じゃなくここだろ?」
とん、と、涙ぐんだ肉色の先端に無骨な人差し指を置いてやるだけで
細い喉からくぐもった嬌声が洩れる。
「たっぷり可愛がってやるからな」
我ながら月並みな文句だと思いつつ、低い声でそう囁きながら、
先端の小口から滲み出る透明な先走りを押し潰すように指の腹でこすった。
アキラはアッと一瞬息を呑んでから、目を閉じ、震える吐息を必死で抑えている。
強気そうにしかめた眉の間に苦しげな皺が寄り、赤味がかった目の縁に
涙が滲んでいるのがやけに艶かしい。
そんなアキラの様子を目で楽しみながら、先端部分からくびれへ、その下の竿へと、
透明な液を塗り伸ばしつつじんわり撫でさすっていく。
森下の無骨な指も、厚い掌も、それに絡みつかれるアキラの肉茎も、
何もかもが熱く脈打ち、ぬるぬると内臓めいた感覚の中で
一つになってしまったかのようだった。

378探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/10(日) 19:30:41
(70)
「・・・・・・何がおかしいって言うんだ?なぁみんな、オレは何か変なことを言ったかな」
楊海が一同を見回し、アキラに向かって肩を竦めてみせる。
アキラは動じず、言った。
「楊海さん。あなたは今言いましたね。厨房に誰かが潜んでいる気配がしたから、
相手を捕まえようと飛び込んでいった。けれど相手の背格好は見えなかった――と」
「ああ、そうさ。厨房の中は電気が点いていなくて真っ暗だったからね。当然だろう?」
「もし本当に真っ暗だったのなら、確かに相手の姿が見えないのは当然でしょう。
ですが、考えてもみて下さい。・・・真っ暗な部屋の中に何者かが潜んでいる。
その何者かは、凶器を持った凶悪な人物かもしれない。・・・そんな状況で、
電灯も点けず闇雲に部屋の中へ飛び込もうとする人間がいるでしょうか?」
「・・・・・・」

「確かに・・・、暗い中でいきなり斬りかかられでもしたら、おっかねえよな。
おい楊海、何でそんな危ないことしたんだ?」
倉田が不思議そうに訊くと、楊海はフーと溜め息交じりに笑って答えた。
「簡単なことさ。オレも初めは電気を点けようと思った。でも、
スイッチの場所が見つからなかったんだよ」
「あー!そう言えば」
合点がいったように倉田が壁を見遣る。
「ここの厨房、スイッチの場所が棚の陰になっててちょっと分かり難いんだよな。
オレもさっき、少し迷ったんだ」
「だろ?おまけにオレの時は、相手がいつ襲いかかってくるかも分からない、
一刻一秒を争う状況だった。だから咄嗟の判断で電気を点けるのは諦めて、
そのまま部屋に飛び込んだんだよ。・・・これで分かってくれたかな?」
楊海がおどけた仕草でアキラに笑いかけると、アキラは首を横に振った。
「残念ですが、それは通りません。・・・楊海さん」
「何?」

379探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/10(日) 19:31:35
(71)
狼狽の色を走らせる楊海を、アキラの真っ直ぐな視線が射抜いた。
「電気を点けようと探したけれど、咄嗟のことで見つからなかった――
それは恐らく真実なのでしょう。誰だって暴漢が潜んでいるかもしれない暗闇に
無防備に突っ込んだりはしたくありませんからね。でも、それなら尚のこと。
あなたが飛び込んだ厨房が、『真っ暗だった』というのは不自然なのです」
「へえ。何故だい?言っておくがオレは懐中電灯なんて持ってなかったぜ」
「スイッチや懐中電灯がなくても、この部屋に明かりをもたらす方法が
一つだけあったのです。・・・進藤。ちょっと、そこの電気を消してみてくれないか」
「へ?あぁ、これか」
ヒカルが壁のスイッチをぱちんと押すと、一瞬にして室内は暗闇に覆われた――
いや。違う。
「あれ?まだ、光が・・・」
誰かが部屋の壁に細く切り取られた明るい部分を指し、叫んだ。
「あ。・・・・・・廊下の光か!」
さっき和谷たちが厨房に着いた時、僅かに開いたままになっていたドアから、
廊下の光が洩れ込んでいるのだ。
「そうです。・・・進藤、そのままドアを全開にしてみてくれ」
ヒカルが言われた通りにすると、切り取られた明るい部分は四角く大きくなり、
その中に影絵のように黒くヒカルの姿が浮かび上がって、
暗い厨房内は薄い黄色の光と黒い影とでまだらに塗り変えられた。
「もういいだろう。・・・進藤、電気を元に戻してくれ」

再びぱちんと音が響くと、厨房内には白い光が戻り、皆眩しそうに目を細めた。
一人俯いて黙っている楊海を見据えつつ、アキラは言葉を発した。
「・・・・・・さて、今ので皆さんお分かりになったと思います。
たとえ電気を点けることが出来なくても、入り口のドアを開いておけば、
部屋の中には僅かながら廊下の明かりが差し込みます。暗い厨房のドアを開けて
中を覗き込んだ楊海さんが、そのことに気づかなかったはずはないでしょう。
厨房の中に飛び込むなら、少しでも明るくなるようにドアを大きく開けておく――
それが自然な行動です。これから正体不明の相手と格闘しようというのに、
わざわざドアを閉めて部屋を真っ暗にする人間などいません」

380探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/10(日) 19:32:36
(72)
「た・・・確かに塔矢の言う通りだよなァ。おい楊海!どーいうことだ?」
「・・・それは・・・」
倉田に問われて、楊海が語尾を詰まらせる。アキラは小さく息を吐いて言った。
「倉田さん、ボクが代わりに答えましょう。・・・ボクの推測が正しければ、
楊海さんがこの厨房に飛び込んだ時、室内には廊下からの明かりが差し込んでいました。
なのに楊海さんは、厨房の中が真っ暗だったと言う。何故か?
考えられる理由は一つです。――楊海さん、あなたは何かを隠していますね」
楊海は答えなかったが、その肩がぴくりと揺れた。
「明かりのあった厨房を、真っ暗だったと言い張る理由――それは、
そこであなたが見たものを追及されないようにするためだったのじゃありませんか」
楊海はしばらく無言のまま俯いていたが、やがて「ふう」と鼻で笑って頭を振った。
「やれやれ、オレが何を隠してるって?・・・塔矢くん、キミの推理は確かに
当たっているよ。ただし、半分だけな」
「半分だけ・・・?」

楊海は開き直ったように胡坐をかいて腕を組んだ。
「キミの言う通り、オレはドアを全開にしてこの厨房に飛び込んださ。
しかし、勢いよくドアを開けた反動か、それとも元々ストッパーを当てないと
閉じてしまうタイプのドアなのか・・・オレが厨房に入ってすぐ、
ドアはひとりでに閉まってしまったんだ。だからキミの推理も正しいし、
オレが部屋は真っ暗だったと言うのも正しい。どうだい、矛盾しないだろう」
「・・・・・・」
アキラはしばし楊海と見つめ合った後、首を横に振った。
「・・・いいえ。それはやはりおかしいのです。だって、もしあなたがこの厨房に
飛び込んでから失神するまでの間、室内がずっと真っ暗だったとするならば――
何故あなたは、その床にあるメッセージのことを知っていたのですか!」
「・・・・・・!!」
「あっ、そうや・・・」
「楊海さん、さっきあの文字を慌てて消そうとしたんだよな・・・」
囁き交わす声が広がる中、楊海はその目に走る動揺を隠すように、顔を伏せた。

381探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/10(日) 19:33:40
(73)
床の上に書かれた文字の傍らに立つと、アキラは一字ずつ読み上げた。
「4、1、C・・・さっきボクがこのメッセージについてあなたに質問した時、
あなたは失神状態から目覚めたばかりだったにも関わらず、
咄嗟に身を乗り出してそれを消そうとしましたね。何故そんな行動を取ったのか?
・・・それは、あなたが気を失う前にこのメッセージを見たことがあり、
しかもこの暗号のような文字列の意味する所を知っていたからです。
そしてそれは、あなたが芹澤先生に抱き起こされていた場所のすぐ傍らに残っていた。
――楊海さん。これは、あなたが気を失う前に書いたものですね?」
長い沈黙の後、楊海は不承不承といった表情で頷いた。
「――ああ。・・・そうさ」

ざわっと室内がどよめいた。倉田が丸い目を更に丸くする。
「おっ、おい、楊海!?」
「悪いな、倉田。信じてくれたのに・・・でも、本当のことだ。これはオレが書いた」
「何故こんなものを?」
探るような視線で問いかけるアキラに、楊海は両手を掲げて嘯いた。
「おっと、質問はそこまでだ!これを書いたのは確かにオレだが、
これは――勘違い、だったんだ。だから答える意味はないし、答えるつもりもない」
「勘違い?」
「答えるつもりはないと言っただろう?それにオレは一応、怪我人なんだ。
いつまでもキミの探偵ごっこに付き合う義理はないね」
「・・・・・・わかりました」
「わかってくれたかい。さすが、塔矢先生の息子は物分かりがいいな」
ホッとした表情で手を打つ楊海に向かい、アキラはきっぱりと告げた。
「いいえ。あなたからいただける情報がここまでなのは分かった、という意味です。
お話しいただけないのであれば・・・ボクがそれを解き明かすしかありません」
「!?」
息を呑む楊海に背を向け、アキラは高らかに宣言した。
「朝までにボクが、全ての事件を解決してみせます。・・・・・・名人と呼ばれた、
お父さんの名にかけて!」
「いや、名人は関係あらへんやろ!」と社の突っ込みが飛んだ。

382探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/10(日) 19:34:30
(74)
いまや室内の全員が、一瞬一瞬息を詰めて、アキラが次に紡ぐ言葉を待っていた。
アキラは顎に指を当てながらゆっくりとその場を歩き回った。
「・・・まず・・・最初にこのことを押さえておきましょう。
このメッセージは、一体何の目的で書かれたものだったか?ということです。
進藤。キミがもし楊海さんの立場だったら、何を一番書き残したいかい?」
「えっ、オレ?そうだなあ。こーゆー時はやっぱり・・・自分を襲った犯人の特徴、かな」
「そうだね。幸い軽い脳震盪で済んだけど、頭を打って意識を失う間際の楊海さんに
そんな結果は予測できなかったはずだ。もしかしたら命を落とすかもしれない――
そんな危機感の中、力を振り絞って数文字だけを書き残せるとしたら、
犯人を示すヒントを残したいと思うのが人情だろう」
「ダイイングメッセージっちゅう奴やな。せやけど、この三文字じゃ何のことか
よぉ分からへんで。犯人がこの、41・・・なんちゃらゆう文字列のロゴが入った服でも
着てたんかいな」
社が口を尖らせると、アキラは微笑んで言った。
「そういう考え方も出来るけど、それだと楊海さんがこうして
口を噤む理由としては、少し弱いと思うんだ。ボクは別の可能性を考えた。
これは・・・咄嗟に思いついた暗号、だったんじゃないだろうか」
「暗号やて?」

アキラは指を二本、顔の前に立てた。
「暗号には、大きく分けて二つの種類がある。一つは、解読を困難にするためのもの。
もう一つは・・・それを書く人間の、労力を省くためのもの」
「あっ・・・そうか。たとえば、漢字や仮名で何かを書き残す場合に比べて・・・
この数字みたいな文字列だと、画数が少なくて簡単に書けるんだ!」
越智が胃の痛みも薄れたかのように顔を上げて叫ぶ。アキラは深く頷いた。
「そう。いつ意識が途切れるか分からない状況では、少しでも早く確実に
自分の伝えたいことを書き終えられる方法を取るのがベストだろう。
それに、漢字や仮名よりも数字やアルファベットのほうが構造がシンプルな分、
意識が朦朧としていても正確に書き易いという側面もある。
・・・・・・いずれにせよ、楊海さんはこの文字列を使い、犯人に繋がるヒントを
残そうとした」

383探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/10(日) 19:35:10
(75)
「犯人に繋がるヒントというと――一体どんなものだったのでしょう?」
芹澤が問うた。普段は冷静な男だが、さすがに声色に微かな興奮の響きがある。
アキラはこれから起こる出来事を憂えるように少しだけ浮かない表情になってから、
静かな声で言った。
「そうですね。・・・理論上から言えば、どれはどんな情報であっても良いのです。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・こうしたメッセージというものは、見る人に理解してもらえなければ
意味がありません。だからあまり複雑な情報がそこに込められているとは考え難い。
もしこの文字列が暗号だとしても、それはボクたちが――或いはボクたちの内の
誰かが――すぐ解読できるものになっているのではないでしょうか」
「オレたちの内の、誰かが・・・?」
呟きながらアキラの沈痛な面持ちを眺めていた永夏が、
長い睫毛に縁取られた目を急にハッと見開いた。
「まさか・・・そうか・・・そういうことか!」
「な、何や?何がそーゆーこと、やねん!」
詰め寄った社は、永夏の視線の先を追ってしばし不可解な表情をしていたが、
やがて大きく息を呑んだ。
「――あッ。ま、まさか。そんな・・・ッ!」
二人の視線の先で、ヒカルがビクリと自身の顔を指差した。
「えっ。オ、オレ――?」

384探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/10(日) 19:36:17
(76)
「進藤。楊海さんを襲った犯人はオマエだったんだな!!」
永夏が厳しい声でヒカルを指差し、追及する。ヒカルが激しく首を振った。
「しっ、知らねェよ!!オレじゃねェって!」
「じゃあ、このメッセージは何なんだ。この――」
と、文字の一つ一つを指差して、永夏が声を荒げる。
「『4』『1』『C』・・・一見、最初の二つが数字で、最後の『C』だけが
アルファベットのようだが、これを最後まで書くと――」
懐からペンと手帳を取り出して書き付ける。
「・・・『0』!Cは数字の0を途中まで書いて力尽きたものだったんだ。
三文字を繋げれば、410――これはパーティーの前にしていた会話で、
オマエの苗字として読めるって話だったじゃないか!」
「そ、そうや。そうやった!オレらの苗字を数字に変換すると、
塔矢が108でオレが846。410は――進藤!!冗談半分の話やったけど、
あの時の会話は楊海さんも一緒に聞いとった。進藤、おまえ・・・まさか・・・・・・」

「だから違うって!オレは何にもしてねェよ!!」
「ああ。――ボクもキミが犯人ではないと思う、進藤」
猜疑に晒されていたヒカルを、アキラの静かな一声が救った。
「塔矢!」
「塔矢――ライバルだからって、そいつを庇うのか?この床のメッセージを見ろよ。
そいつ以外、犯人は考えられないじゃないか」
アキラは表情を変えずに頭を横に振った。
「違うんだよ、永夏。ボクもこれを初めて見た時、一瞬進藤を疑ってしまった。
でも――仮にあの時話していたのと同じ原理、つまり日本語の数字の読みを利用して
人名を表すという原理・・・で楊海さんがこの文字列を書いたのだとしても、
進藤以外にもこの文字列に当て嵌まる人物がいることに気づいたんだ。
――そしてその人物は、今夜ここでとても不自然な発言をしている・・・」
アキラの指が、彼がいつも勝負を決める一手を繰り出す時のように、
ゆっくりとしなやかに差し延べられた。
「楊海さんが厨房の扉を開いた時――中にいた人物は――あなたですね」

385雪宴 ◆RA.QypifAg:2007/06/13(水) 13:37:47
(8)

「賀茂、俺のも触って」
光は指貴(さしぬき)をゆるめ、明の右手を自分の熱している箇所へと導く。
すると、明は眼を吊り上げ、素早く光を床に押し倒して胸上に跨り、光の摩羅を揉みだした。
「おっ、おい……!」
その問いに明は答えず、無言で光の怒張を手淫する。
強引に達せられたことが、気にくわなかったのか。負けん気の強い明は、懸命に手を動かしなが
ら、光の口内に舌をねじ込み、唾液を交わす濃い接吻を繰り返す。
普段はしない淫事を自発に行う明を眺めながら、光は自分の策略が的を得たことに、内心ほくそ
えむ。どう見ても今の明は、性愛に溺れている。

それでいい。煩雑なことは、今は忘れろ。
獣になればいい。快楽に忠実な獣に―――。

より情欲に溺れる明を、光は手にしたかった。
稚拙ではあるが確実に急所を狙う明の手淫に、光の物は昂り達しそうになる。
「…賀茂、もういいよ」
「嫌だ、まだだ」
「俺、もうやばそうなんだ」
光の首元を舌で這っていた明は愛撫を一旦止めて、真っ直ぐ貫くような視線で光を睨みつける。
「ならば、いけばいい」
そう言うと明は、ぴちゃぴちゃと音をたてながら、光の脇腹を赤い舌で舐り、陰部はやや荒々し
く手淫しながら、光の足に自分の物を擦りつけている。
気性の激しさをそのまま表すかのような愛撫に声が出そうなのを、光は必死に押し殺す。


―――確か猫って、一度狙った獲物は最後まで追いつめて狩るんだよな………。

眼じりを吊り上げ、光の急所をいたぶりながら、己の陰茎を硬くし欲情する明の姿。
光はどことなくその姿が、猫と重なった。

386雪宴 ◆RA.QypifAg:2007/06/13(水) 13:46:59
短くてすまんですよ。1日を終えるのが最近やけに速く感じるのは気のせい
だれうか(゚д゚)

387探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/23(土) 18:41:05
(77)
「!!・・・・・・っ!!」
アキラが伸ばした指の先で、「彼」は青褪め、大きく身体を竦ませた。
誰かが絞り出すように声をあげる。
「う、嘘だろ・・・まさか・・・!」
衝撃と動揺が、混乱に変わってその場を支配してしまわないうちに、
アキラは改めてその人物の名を呼んだ。
「楊海さんは、あなたを庇うために嘘を吐いたのです。――そうですね、伊角さん!」
「う・・・・・・うぁあああああああッ!!」
黒髪の青年は絶叫して顔を覆い、床に崩れ落ちた。

「嘘だっ、伊角さんがそんな・・・!塔矢オマエ、いい加減なこと言うと承知しねェぞ!!」
アキラの胸倉を掴まんばかりの勢いで、和谷が前に進み出たのを
社と永夏が両側から制した。ヒカルが目をぱちくりさせる。
「どうして伊角さんが犯人って思ったんだ?塔矢」
「今から説明する。楊海さんのメッセージをもう一度見てくれ」
床に書かれた文字列を、アキラが再度指し示した。
――41C
「見たぜ。けど、何でこれが伊角さんを指すことになるんだ?」
「さっき永夏が言ったことは、実はいい線を行っているんじゃないかと思うんだ。
皆さん、最後の『C』と読める文字をよく見て下さい。この右側が空いた半円形・・・
この半円の端と端を繋げれば、永夏の言う通り『0』――数字のゼロか
アルファベットのオーになります。けれど、一方の端を途中で折れ曲がらせると――」
アキラの指が宙に弧を描くと、誰かが驚きの声をあげた。
「ああっ。そ、それは!!――数字の、6かッ!!」
「そう。三文字全部を繋げれば、416。『しんいちろう』と読めるのです。
――楊海さん。伊角さんの下の名前は、何でしたっけ?・・・」
楊海は俯いたまま両手を顔の横に上げ、深い深い溜め息と共に呟いた。
「・・・・・・オレの負けだ。そう、そのメッセージは伊角くんを指して書いたものさ」
縺れてこんがらかっていた糸の一つが、するりと解けた。

388探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/23(土) 18:42:18
(78)
楊海は訥々と語った。
「あの時オレは、頭を打って・・・目の前がクラクラ霞んできたから、ヤバイと思った。
後はさっき塔矢が推理した通りさ。万一そのまま目覚めることがなかった時の為に、
相手の名前を書き残しておこうと思ったんだ。でも・・・」
「仮名や漢字じゃなく数字の暗号を選んだのは、やっぱそっちが書きやすかったから?」
ヒカルが訊くと、楊海はうーんと頭を掻いて答えた。
「半分はそうだし、半分は別の理由だ。伊角くんの名前を漢字で書くのは、
画数が多くて手間がかかる。だから仮名で書こうかと一瞬思ったんだが・・・
実を言うと、咄嗟に仮名文字の形が思い出せなかったんだ。
オレは外国語を喋るのは得意だが、書くほうはそんなに・・・」
「そういえば、聞いたことがあります」
アキラが思慮深い表情で顎に手を当てる。
「ボクも中国語と韓国語を習っていますが・・・ネイティブの先生によると、
日本のように外国語を読み書き中心で覚えるやり方は世界では珍しいほうで、
世界ではむしろ会話が重要視されるんだそうですね。日本の学習環境も
少しずつ変わってきてはいますが・・・」
「そうなんだ。だから漢字ならともかく、日本固有の仮名は咄嗟に思い出せなくて・・・
パーティーの時に聞いた数字と名前の語呂合わせが面白くて印象に残ってたから、
そっちで書いたのさ。410が進藤、だったら4はシンと読める。
846は社、だったら6はロと読める。慎一郎の真ん中のイチは、
まぁそのまま1で通じるだろう・・・そんな風にね」
「あの時、語呂合わせの例として進藤と社の名前が出たこともヒントになったのですね」
「そういうことだ」

頷く楊海に、和谷が食ってかかった。
「だ、だけど――この文字が伊角さんを指してたからって、何だよ!!
伊角さんがアンタを襲ったって言うのか!?伊角さんはそんなことしねェよ!!」
「あ、いや、それは・・・済まない。オレの説明が足りなかったようだ」
楊海が慌てたように手を振った。

389探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/23(土) 18:43:17
(79)
「オレは確かに伊角くんを指すつもりでこのメッセージを書いた。だが――
勘違い、だったんだ。さっきも言ったが・・・」
「勘違いだって?」
倉田が素っ頓狂な声をあげる。楊海は頷き、言葉を続けた。
「あの時、この厨房には廊下の明かりが差し込んでいた。でも相手を見るのに
十分な明るさだったって訳じゃないし、物の陰になって見えない暗がりも多かった。
実を言うと、相手の顔をはっきり見てはいないんだ。ただ、背格好が
伊角くんに似て見えたから、あの時は咄嗟にそう書き残してしまった。
でも意識を失う間際に、やはり違う――彼ではない、と思い直したんだ」
「だから目が覚めた時、楊海さんは急いで伊角さんを示す暗号を消そうとしたんだな」
ヒカルの言葉に楊海は「ああ」と頷き、厨房の隅で項垂れている伊角へと目を遣った。
「厨房は真っ暗で何も見えなかったと嘘を吐いたのも、
オレが一瞬とは言え伊角くんを疑っちまったことを彼に知られたくなかったからだ。
長い付き合いなのに、キミを疑ったりして・・・済まなかった!!伊角くん」

楊海が頭を下げると、伊角は肩をビクッと動かし、泣き出しそうな顔になった。
「や・・・・・・楊海さん・・・」
「オレが目を覚まさなかったら、このメッセージのせいでキミは本当に
犯人扱いされていたかもしれない。そんなことになったら、オレはキミに悪くて
死んでも死に切れないところだ。・・・それこそ、幽霊になって化けて出てたかもな」
「楊海さん・・・オレは・・・」
言葉を詰まらせて顔を歪める伊角に代わって、アキラが問う。
「・・・・・・楊海さん。何故、相手が伊角さんではないと思い直したのか、
その理由を聞かせていただけませんか?」
「ん?あぁ。だって、伊角くんには絶対できない犯行があっただろ?
そう・・・緒方先生が悪漢に襲われて怪我をした事件。緒方先生の悲鳴が聞こえたあの時、
伊角くんはオレたちと一緒に、この厨房に揃っていたじゃないか」
「あっ、そうです!それにこの厨房が荒らされた時も、
伊角様は直前まで私と行動を共にして、片づけを手伝って下さっていました。
厨房を荒らすことも、伊角様には不可能だったはずですよ!」
管理人の男も楊海に同意して手を打った。

390探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/23(土) 18:44:00
(80)
「・・・・・・」
アキラは同調も否定もせず、唇を結んで手を後ろに組んでいる。
まるでこれ以上を自分の口から指摘するのは本意ではない、とでも言うように。
その沈黙に耐えかねたように伊角が肩を落とした。
「どうかもう・・・オレのことなんか庇わないで下さい、楊海さん、管理人さん。和谷も。
オレは、そうやってみんなに信じてもらえる価値があるような人間じゃないんだ」
「どっ、どういうことだよ伊角さん!?」
和谷が詰問すると、静かに閉じた伊角の瞼から、涙が一筋流れ出た。
「楊海さんを突き飛ばして失神させてしまったのは・・・・・・オレなんだ。
塔矢・・・おまえにはお見通しなんだろう?」
「ええ。・・・ご自分から打ち明けていただけて嬉しいですよ」
頬を濡らすものを手の甲でそっと拭ってから、伊角は俯きがちに語り始めた。

「オレ、皆が寝静まった頃を見計らって、この厨房に来たんです。
物騒な事件のあった後で怖かったけど、その・・・どうしても用事があったから。
用事はすぐ終わると思ったので、電灯は点けずにドアを細く開けて明り取りにしました。
でも、オレが数歩歩くか歩かないかのうちに、ドアのほうで『おい、誰だ』って
鋭い声が聞こえて。その時はオレ、心臓が口から飛び出るかと思いました」
「威嚇のつもりで怖い声を出したからな。驚かせちまって済まない」
楊海が謝ると、伊角は激しく頭を振った。
「謝らないで下さい!オレが電気も点けずにコソコソしてたから悪いんです。
・・・それで・・・オレはどうしたらいいか、頭が真っ白になってしまって・・・
部屋の暗がりに慌てて隠れて、息を潜めました。でも誤魔化し切れるはずもなく、
部屋に踏み込んできた相手と取っ組み合いになって・・・オレが突き飛ばした拍子に
相手が呻いて床に倒れたので、今のうちにと一目散に自分の部屋に逃げ帰ったんです。
・・・部屋でベッドに入ってから、後悔と動悸で悶々としました。
オレが逃げても、彼は追って来なかった――打ち所が悪くて倒れているんじゃないか、
もしかして死んでしまったのじゃないか。『階下で物音がする』とでも言って、
誰かと一緒に様子を見に行ったほうがいいかもしれない・・・
そう思ってベッドから起き上がろうとした瞬間、凄い悲鳴が階下から聞こえました」
「それが倉田さんの声、だったんですね」

391探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/23(土) 18:45:02
(81)
伊角は頷き、再び目を潤ませた。
「悲鳴に続いて皆が部屋から起き出してくる音、階段を駆け下りて下へ行く音が
聞こえました。――死んでしまったのだ、と思いました。オレが格闘した相手は、
オレが突き飛ばしたせいで死んでしまった、オレは人殺しなんだ・・・と。
そう思うと怖くて、一度剥がした毛布をもう一度引き被って震えていました。
部屋から出てこないオレを心配して和谷が呼びに来てくれるまで、そうしていたんです」
室内はしいんとしていた。
誰もが、信じられないという顔、複雑そうな顔、同情を込めた顔で伊角を見ている。

零れ落ちそうになる涙を上を向いて堪えながら、伊角は続けた。
「和谷に連れられて厨房へ着くと、人だかりがしていて・・・倉田さんの話で、
オレ初めて、オレが突き飛ばしたのが楊海さんだったということを知りました」
「相手が誰か、分かってへんかったのか?」
社が唇を尖らせる。
「はい。信じてもらえるか分からないけど・・・オレ、本当に知らなかったんです。
厨房の入り口から声をかけられた時、相手の姿は逆光になってよく見えなかったし、
取っ組み合った時も厨房の中は薄暗かった・・・それに何よりオレ自身、
今日一日にあった色々な事件が頭をよぎって、殺されるかもしれないという恐怖で
相手の顔を確かめる余裕はありませんでした。ただ無我夢中で相手を突き飛ばし、
逃げ出してしまったので――」
「ちょっと待てよ。殺されるかもしれない?空々しいな。
今日起こった事件の犯人はアンタなのに、殺されるも何もないだろう」
永夏が豪華な睫毛に縁取られた目を眇めた。伊角がビクッとして青褪める。
「え――そ、そんな、違います。オレ、確かに楊海さんを突き飛ばしてしまったけど、
他の事件のことは知りません。本当です!」
「そう・・・伊角さんが他の事件の犯人ということはあり得ないよ、永夏。
理由はさっき楊海さんと管理人さんが言ったとおり、それらの事件が起こった時、
伊角さんにはれっきとしたアリバイがあるからだ。伊角さんが関わっているのは
楊海さんの事件だけだ」
アキラが告げると、伊角はほんの少しだけほっとしたように、涙ぐんで俯いた。

392探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/06/23(土) 18:46:04
(82)
ヒカルがボソッと耳打ちする。
「塔矢。・・・オマエは早くから、楊海さんの事件は伊角さんがやったって
見抜いてたんだよな?何でわかったんだ」
「ああ、単純なことだよ。さっき、倒れていたのは楊海さんだと知った時、
伊角さんは一つ不自然な発言をしたんだ。『大丈夫なんですか?
倒れていたってことは、頭でも打ったんじゃ・・・』、そう言ったんだ。
楊海さんが心配でつい口を滑らせてしまったんだろうけど、
楊海さんが刺されたり殴られたりしたんじゃなく、
どこかを『打って』倒れたことを知っているのは、彼と格闘した相手だけだよ」
「なるほどなァ」

部屋の隅では楊海と和谷が必死で伊角を慰めている。
「伊角くん、もう大丈夫だから。タンコブができた程度だし、そう思いつめないで」
「そうだぜ伊角さん!わざとじゃなかったんだし・・・」
「で、でも!!一歩間違ってたら楊海さんはオレのせいで・・・うっ!
オレが、オレがあの時、楊海さんの代わりに死んでいれば!!」
「いやだから、オレ死んでないから、伊角くん!!」
互いが互いを庇い合う、美しいとも言える光景に舌打ちをしながら永夏が言った。
「何かもうすっかり事件が片付いたようなムードになっているが、納得いかないな。
オレたちは結局肝心なところは何も聞かされていない――
そもそもそいつはどういう目的で、こんな夜中に一人で厨房にいたんだ?
その一点だけでも十分怪しいぜ。それに、そいつが関わったのが
楊海さんの事件だけだとするなら、他の事件の犯人は誰なんだ?
塔矢、オマエにはその答えがもう分かっているのか」
永夏の問いかけにしばし考え込んでから、アキラはきりりと顔を上げ、言った。
「ああ。――おおよその見当はついているよ」
その言葉を聞いた途端、伊角が怯えたようにアキラを見つめた。

393探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/04(水) 00:16:18
(83)
「まず、伊角さんが何の目的で厨房に忍んできたか・・・?
それを解く上でヒントになるのは、楊海さんが伊角さんを見つけた時の状況です」
アキラの言葉に楊海が異を唱える。
「オレが伊角くんを見つけた時の・・・?でも、あの時、厨房の中は薄暗くて、
伊角くんが何をしているかなんてオレには見えなかったぜ?」
「それでいいのです」
アキラはそう言ってから、顎に指を添えて言い換えた。
「と言うより、まさにそれこそが伊角さんの目的を推測する手がかりになるんです。
当時厨房の電灯は点いていなかった。後で楊海さんが電灯を点けなかったのは
咄嗟にスイッチの場所を見つけられなかったからという事情がありますが、
伊角さんの場合はそうではありません。誰にも知られず一人この厨房を訪れた
伊角さんは、スイッチの場所をゆっくり探そうと思えば探せたはずです。
いや、管理人さんのお手伝いをして何度かこの厨房を訪れているのですから、
スイッチの場所自体、元々知っていたかもしれない。なのに伊角さんは、
電灯を点けることは敢えてせず、廊下からの細い明かりだけを頼りに
何らかの目的をこの厨房内で果たそうとしたのです」

「でもさっきこの部屋の電気を消した時、廊下の明かりがあるとは言っても
相当暗かったぜ。あんな暗い中でできることって・・・何だ?」
ヒカルが当然の疑問を発すると、社も小刻みに顎を上下させて同意の念を表す。
「少なくとも忘れ物をして探しにきた、なんて話やなさそうやな。
細かい作業、危ない作業をするのも無理や。ちゅーか、何をするにしても
明るいほうがやりやすい気ぃがするねんけど。せめて手元に明かりが欲しいとこや」
二人の言葉に頷いて、アキラは微笑んだ。
「そう。目的が何であれ、室内があんなに暗くちゃ不便に違いない。
ただ、社の言う通り、目的を果たすに必要なだけの明かりさえあれば、
室内の他の場所が暗かろうと関係ないのも事実だ。・・・そのことと、
ここが厨房であるということを考えると、一つの可能性が浮かび上がってくる。
進藤。厨房の中で、電灯を点ける以外に明かりを取る方法は?」
しばらく考えてから、ヒカルがぽんと手を叩いた。
「あっ。・・・・・・冷蔵庫か!」

394探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/04(水) 00:17:07
(84)
「冷蔵庫ォ〜ッ!?」
倉田が声をあげる。その表情を見てアキラが首を振った。
「いえ、倉田さん。伊角さんは別に、つまみ食いをするためにこの厨房を
訪れたわけではないでしょう。皆さんご存知の通り、伊角さんはとても真面目で
繊細な性格です。お腹が空いても人の家でつまみ食いをするような人ではありませんし、
ただでさえあんな風に厨房が荒らされた後です。この厨房の食料をつまみ食い
しようだなんて考えるのは、余程――その――度胸のある人でないと」
先輩棋士に気を遣ってアキラが言葉を濁すと、倉田が胸を張って笑った。
「あ、そう?そーだよね!オレぐらい度胸のある奴じゃないと、
あんな事件のあった後でここの食料を味見しようなんて、ちょっと考えつかないかもなァ」
アキラは厨房の奥までツカツカと歩き、指紋をつけないよう注意しながら
大型冷蔵庫の観音開きの扉を開けた。中は明るく、ひんやりとした冷気と共に、
色とりどりの食料品がきちんと整理されて収まっているのが見える。
「さて、皆さん。・・・見ての通り冷蔵庫というものは、開けると内蔵の電灯が点いて
明るくなるように作られています。伊角さんが厨房を訪れた目的がこの冷蔵庫に
あったのだとすれば、厨房の電灯を点ける必要はなかったのではないでしょうか」

「なるほど。室内が薄暗くても、冷蔵庫まで歩いていくぐらいは問題ないからな。
そして冷蔵庫を開ければ、自動的に明かりが点いて内部は見える・・・」
永夏がよく手入れされた髪を掻き上げながら呟く。
倉田がこだわった。
「けどよー、塔矢。暗い中で冷蔵庫を開けて何をしようとしたってんだ?
やっぱり、食いモン目当てだったんじゃないのか?」
倉田に横目でじろっと見られて、伊角がビクリと肩を竦ませる。
アキラは冷蔵庫の隅々まで注意深い視線を何度も走らせながら、顎に手を当てた。
「そうですね。はっきりとした目的は、この冷蔵庫を見ただけではボクには・・・
ん?・・・・・・進藤、ちょっと来てくれ。これ・・・ちょっとおかしくないか?」
「えっ?」

395探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/04(水) 00:18:03
(85)
アキラの脇から、ヒカルが冷蔵庫の中を覗き込む。
そこには薄黄色い液体がコップ一杯分ほど残った、2リットル入りの
ペットボトルがあった。
「あ、これって。オレのGGレモン」
伊角の肩が再び、今度は跳ね上がるように大きく竦んだ。
「これ、折角オレ用にキープしてもらってたのに、飲めなくなっちゃって。勿体ねェ」
「そう、これは乾杯の時キミの前で開封してもらって、
その後もキミ以外は誰も飲んでいないはずのものだ。・・・じゃあ聞くが、進藤。
キミはこんなに大量にこのジュースを飲んだのか?」
「へ?・・・・・・あっ、そういや。オレは乾杯の時しか飲んでねェのに随分減ってるぞ!
もう一杯分しか残ってないじゃねェか!ちょっと、倉田さん!!」

疑いの目を向けられて倉田が憤慨する。
「何だよ進藤、オレじゃねェぞー!第一そんなジュースがあったの、知らねェよ!」
喧嘩が始まりそうな気配を断ち切るように、アキラが二人の中に割って入った。
「あぁ待って下さい、二人とも。・・・順序立てて考えてみましょう。
パーティーの時、進藤は乾杯のために一杯だけこのジュースを注いでもらって、
残りは自分用に取っておいてくれるよう、管理人さんに頼んでいました。
管理人さんがそれを無視して、このジュースを他の人に出すとは考え難いです」
「勿論です! そのジュースは後で他の飲み物と一緒に厨房に持ち帰るまで、
どなたにもお出ししませんでした」
管理人の男がきっぱり告げると、アキラは「そうでしょう」と頷いて、訊いた。
「このジュースに目を留めて飲みたがったり、話題にした人はいましたか?」
男は即座に首を横に振った。
「いいえ。お客様にお出しできない物を無雑作に持ち運ぶわけには参りません。
ですからあのジュースは、他のお客様の目に触れないようナプキンをかけて、
脇に除けてありました。恐らく、あのジュースがあることにも気づかなかったお客様が
ほとんどではないかと思います」
男の言葉に、皆が頷いて賛同の意を示した。

396探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/04(水) 00:19:05
(86)
「――でも、伊角さんはそれを知っていましたね?管理人さんと伊角さんとボクの、
三人でお夜食の準備をしている時に」
アキラの問いに、管理人の男がはっと顔を上げる。
「あの時・・・管理人さんは『冷蔵庫のレモンジュース』としか言わなかったのに、
伊角さんははっきり『GGレモンにはもう手をつけないほうがいい』と言ったんです。
その時は別段不思議にも思いませんでしたが、もし、パーティー会場で
このジュースが人目につかないよう隠されていたのなら、
伊角さんはどうしてその名前まで知っていたんでしょう?」
「あ・・・・・・あの、それは。伊角様には今日一日、何度も私の仕事を
お手伝いいただきましたから。実を申しますとパーティーの後、
会場から引き揚げた飲み物を冷蔵庫に仕舞う時も伊角様が手伝って下さいまして。
その時『こんな飲み物もあったんですね』と話題に出ましたもので、
事情をお話ししたのです」
「その時、ペットボトルの中身の残量は?」
「異状なし・・・進藤様にお注ぎした時のままだったと思います」
「パーティーの後、この厨房の食料が酷く荒らされる事件が起こりましたね。
その時、冷蔵庫のペットボトルの中身を確認しましたか?」
「いえ、あの時は・・・床やテーブルの上の食料をチェックしただけですね。
その後に塔矢様やご主人様ともう一度、厨房の探索をしましたが、
その時は刃物や道具の類がなくなっていないかに気を取られていまして。
食料はもう荒らされているものという思い込みで、あまり細かく調べませんでした」
「そうですか」

となると・・・、と踵を返して、アキラがゆっくりと言った。
「厨房の食料が荒らされていた時には既に、このペットボトルの中身は
不自然に減っていた可能性がある、ということですね。そしてその時までに
厨房に出入りした人物は、管理人さんともう一人、そのお手伝いをしていた――」
呻き声のような叫びのような悲痛な声が、伊角の喉から洩れた。
「も・・・もう、やめてくれ!!わかった。わかったよ!・・・オレの口から全部話す」

397探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/15(日) 21:29:00
(87)
「伊角さん!?」
和谷が驚いて伊角の背に手を遣る。その手の温かさに誘われるように、
ぎゅっと瞑った伊角の目から二筋、涙が零れ落ちた。
アキラが労わりにも似た静かな声で問う。
「伊角さん・・・事情をお話しいただけますね」
伊角はこくりと頷くと、涙を拭った。
「その前に聞かせてくれないか、塔矢。・・・何故このGGレモンが捨てられたのが、
厨房を荒らされる前だと分かった?普通だったら、厨房を荒らした犯人が
冷蔵庫の中のGGレモンも一緒に荒らしたと考えそうなものなのに」
「あぁ、それなら」
アキラは何でもないことのようにさらりと答えた。
「事件の要素を一つ一つ整理していったら、そういう推論に達したんです。
まず、楊海さんが厨房で目撃した相手は伊角さんだった。伊角さんは冷蔵庫に用があり、
冷蔵庫の中には不自然に量の減ったペットボトルがあった。ということは、
ペットボトルの中身を捨てた人物は伊角さんである可能性が高い。
そしてここからが肝心なところですが、伊角さん・・・・・・あなたは前にも一度、
一人で厨房に入ろうとしていましたね?」

「やっぱり気づいていたのか」
伊角が肩を落とす。ヒカルが身を乗り出して騒いだ。
「なんだなんだ、いつの話だよ?オレ全然気づかなかったぜ?」
アキラは弟をたしなめる兄のような口調で言った。
「キミもその場にいたじゃないか、進藤。ボクたち数人が、
物置を調べに行った時のことだ。調査を終えて廊下に出ようとした時、
永夏が怪しい人影を見つけて声をあげただろう」
「あぁ、あれか。人影の正体は伊角さんだったんだよな。確かオレたちを探しに来て」
「そう、そう言っていた。・・・本人はね。だけど、それはおかしいんだ」
「おかしいって何が?」

398探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/15(日) 21:30:01
(88)
考え深い瞳で腕組みをしてアキラは言った。
「思い出してみてくれ。あの時、伊角さんは明らかに――
厨房に入っていくところだったんだよ、進藤。身体はもう厨房の中に入っていて、
ドアから顔だけ半分出してこちらを見ていた。だから厨房に何か用事があるのかな、
と思ったのに、ボクたちを探していたと言ってすぐ出てきたから
少し引っかかってはいたんだ。ボクたちを探してたなら、
物置にいるボクたちの話し声は廊下にも聞こえるし、ドアの隙間から灯りも洩れる。
現に伊角さんの少し前、永夏とルーリィは声と灯りを頼りに物置まで辿り着いた。
もし仮に物置にいることに気づかなくても、厨房のドアを開けて中を覗けば、
中にボクたちがいないことは一目でわかったはずだ。なのに伊角さんは
無人の厨房にわざわざ足を踏み入れて、おまけにそれを誤魔化そうとした。
だからあの時点でこの厨房には既に、伊角さんの秘密――
中身の減ったペットボトル、が存在したことになる」
ヒカルがなおも納得しない表情で口を尖らせる。
「でも、オレたちが物置を調べに行ったのって、厨房荒らしの事件の後だぜ?」
「そうだけど、厨房が荒らされてからボクたちが調査に出かけるまでの間は、
みんなでお屋敷内を探索したりお夜食をいただいたりで、ずっと団体行動だった。
それに食料が荒らされた後は現場保存のため、今夜は誰も厨房に立ち入らないようにと
言われただろう。つまり厨房荒らしの事件が発覚したその時から、
あのペットボトルの飲み物は誰にも見つけられず、誰にも飲まれないものに
なってしまったんだよ。そんな飲み物に、敢えて人目を忍んで細工する意味は
あるだろうか?・・・そう考えると、やはりあの飲み物は厨房が荒らされる以前に
捨てられていたと考えるのが自然だ」
「うーん、そうか。なるほどな〜」

ヒカルが頷く横で、伊角が寂しく微笑んだ。
「・・・・・・さすが塔矢アキラ、ってところか。
KOされてリングに沈むボクシング選手ってのは、こんな気持ちなのかな・・・」
伊角は初め自嘲するように、言葉の最後はむしろ清々しいような表情で、
息を吐き出しながら瞑目した。

399探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/15(日) 21:31:01
(89)
厨房内は今、水を打ったように静まり返っていた。
誰もが伊角の口から語られる真相を待っている。その重苦しい空気に
少し緊張した様子で唾を呑み込んでから、伊角はぎこちなく語り出した。
「すいません、皆さん。オレ、塔矢と違って、こんなに大勢の人の前で話すのは
慣れていません。だから上手く話せないかもしれないけど・・・
オレのしてしまったことについては、全部話します」
そう前置きすると、伊角はまず、管理人の男に向かって深々と頭を下げた。
「最初に謝っておきます。・・・・・・すみませんでした、管理人さん。
塔矢の推理したとおり、そのGGレモンの中身を捨てたのは・・・オレです。
食料が荒らされる事件の起こる前、厨房であなたのお手伝いをしている時に、
隙を見てこっそり捨てました」

男はさすがにショックを受けたようで、胸の前で自らの両手を握り締める。
「伊角様・・・あなたのような方が、何故そんなことを・・・?」
伊角は精神を落ち着けるように深く息を吐いてから、しっかりとした、
けれども少し震える声で言った。
「そのGGレモンは・・・進藤専用のものだと、あなたは教えてくれました。
夜寝る前に進藤が飲むかもしれないと。それを聞いてオレは、
この計画を思いついたんです」
「えっ、オレッ?今伊角さんオレの名前言った?」
ヒカルが驚いた顔で自分の顔を指差し、周囲に確認する。
その声を背後に聞きながら、伊角の頬を再び大粒の涙が伝った。
「済まない、進藤!オレは・・・オレはもう、オマエの友達と呼ばれる資格はないっ!」
そう言うや否や、伊角はヒカルのほうを振り向くと、ガバッと土下座した。
「え、ちょっと!!伊角さん!?」
和谷と楊海に助け起こされて、伊角が泣き濡れた顔を上げる。
アキラは怪訝そうに眉を顰め、ゆっくりと問うた。
「伊角さん――あなたは一体、何をしようとしたのですか?」

400探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/15(日) 21:32:02
(90)
「塔矢も他の人も、変に思ってるだろう?ペットボトルの飲み物を捨てたりして、
一体何の意味があるのかって。でも・・・オレがしたのは、捨てるだけじゃなかった。
塔矢、そのペットボトルを見てくれ。何か気づかないか?」
伊角に言われてアキラは首を傾げた。
「ボク、ペットボトルの飲み物は普段あまり飲まないし、特に気づくことは・・・
強いて言えば、中身を全部捨てずに一杯分だけ残してあるのはどうしてでしょうか」
「そう・・・そこだ」
伊角は消え入りそうな声で頷いた。
「オレは一杯分だけ、中身を残しておいた。どうしてか?
・・・そうすれば、確実に進藤一人にそれを飲ませられると思ったんだ。
進藤が夜にGGレモンを飲むことになった時、中身がたくさん残っていたら、
近くにいる塔矢や他の人もそれを飲むかもしれないだろう?でも残りが一人分なら・・・
それに中身を一杯分にまで減らしたのは、もう一つ理由があった」
「その理由というのは・・・?」
アキラの問いかけに、肺の中の空気全てを吐き出すように深呼吸をしてから、
伊角は答えた。
「・・・飲み物の量が多いと・・・薬の効果が薄まって、効かなくなるかもしれなかった。
だからオレは、ちょうどコップ一杯だけ飲み物を残して、その中に薬を、
一回の服用量だけ入れたんだ」

「クスリだってェ?」
倉田が声をあげ、他の者も目を丸くして動揺を走らせる。
社が我が身を庇うように両手で体を抱き締めて呟いた。
「と、東京は恐ろしい所やて聞いとったけど・・・まさか、毒薬・・・!」
「毒薬なワケねーだろ!!伊角さんがそんなこと、するもんか!!」
噛み付くように、和谷が社に言い返す。アキラが冷静な声で同意した。
「ああ、毒薬ではないだろう。伊角さんはさっき、『一回の服用量』と言った。
毒薬なら、一回も何も、一回服んだら後はないよ」
「う、確かに。でもほなら、このニイちゃんは何の薬を飲み物に混ぜよったんや?」
伊角は項垂れ、ポケットから布製の小さな袋を引っ張り出した。
「これの中身・・・です」

401探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/07/15(日) 21:33:02
(91)
「あ、その袋は・・・」
アキラたちには見覚えがあった。伊角が常備薬などを入れて持ち歩いていたものだ。
伊角が膝の上で布袋を引っ繰り返して振ると、錠剤や粉薬、虫除けなどが
バラバラと落ちてきた。その中から一つ、伊角がつまみ上げたのは、
縁がギザギザになっている透明な四角い小袋だった。既に開封済みで、
袋の内部には白い粉薬の名残りが僅かに残っている。
「これは・・・?」
「皆さんで確かめて下さい」
伊角に言われて袋を受け取り、印刷されている文字を読んだ芹澤が言った。
「うむ、どうやらこれは・・・睡眠薬のようですね」
「睡眠薬?」
皆の目が伊角に向くと、伊角はこっくりと頷いた。
「そう――オレ、結構神経質で、悩み事があるとよく眠れなくなるから、
軽い睡眠薬を病院で処方してもらって、泊まりの時はいつも持ち歩いてるんです。
オレはその薬をGGレモンに入れて、進藤を眠らせようとしたんです」

しばらく沈黙が続いた後、ヒカルがやっと声を発した。
「・・・・・・なんで?伊角さん、どうしてオレにそんな薬を・・・」
「進藤、オレはおまえが・・・・・・妬ましかったんだ」
穏やかな伊角の声が震えている。閉じた目から新しい涙が落ちる。
「このパーティーに招待された時・・・オレは一つ、小さな期待をした。
それは、一晩同じ屋敷で過ごす間に、オレもあの塔矢アキラと
打てるんじゃないかって期待だった。――塔矢、パーティーの時おまえに言ったな。
おまえはオレたちの世代じゃ、いつだって特別な存在だったと・・・」
伊角と目が合った。アキラは華やかな夜の記憶を思い起こしながら、静かに頷いた。
「オレはこの機会にと、塔矢に対局を申し込もうとした。なのに、話の途中で
進藤が割り込んできて・・・オレの目の前で、怒った塔矢は進藤に徹夜碁を申し出た。
進藤はいつも塔矢を独り占めしているのに、こんな時まで・・・!そう思ったら、
自分の中の醜い感情がどんどん膨らんできて・・・進藤専用のGGレモンの話を聞いた時、
上手くすれば進藤を眠らせてオレが塔矢と打てるかもしれないと思ってしまったんだ」
淡々と語っていた伊角の喉から、やがて絞り出すような嗚咽の音が迸った。

402探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/09/02(日) 22:07:36
(108)
「恐らくそうだと思います」とアキラは頷いた。
「犯人は物置部屋に身を潜め、一階の人通りが絶えるのを待っていたのでしょう。
けれどそこで、思わぬ事態が起こりました。犯人が潜んでいる物置に、
他の人がやって来たのです」
「それが、伊角様と私・・・ですか」
管理人の男が硬い表情で呟く。
「そうです。犯人は、かなり焦ったことでしょう。しかし幸いにと言うべきか、
物置には彼が咄嗟に身を隠すことのできる死角が存在しました。
・・・さっきボクと物置を見に行った方はご覧になったと思いますが、
あの物置の入り口からちょっと離れた所に、木箱や段ボール箱が大量に
積まれていましたね?」
「ああ――あったあった。横に長く積まれていたせいか、
ちょっとした堡塁みたいな印象を受けたな」
楊海が手を打って頷く。
「そう、それです。あの陰になら、大人が一人、十分隠れられます」

「つまり伊角さんと管理人さんは――箱の後ろで犯人が息を殺してるすぐ横を通って、
物置の奥の洗い場へ向かったってのか!?スゲェ!」
ヒカルが興奮して指を鳴らしたが、伊角は貧血寸前のような顔色になっている。
「そんな・・・それじゃあ、もしオレたちがその場で犯人に気づいていたら・・・
オレも管理人さんも、大型の高枝鋏で襲われてたってことに・・・?」
アキラは少し考えてから、首を横に振った。
「いいえ。・・・それはないと思います。だって伊角さん、
あなた方が物置のドアを開けた時、中の電気は点いていましたか?」
「それは・・・点いてなかったよ。オレたちが点けて、そのまま洗い場へ向かったんだ」
アキラはにっこりと微笑んだ。
「そうでしょうね。折角物置に隠れたのに、電気を点けていては
ドアの隙間から洩れる明かりで、中に人がいると気づかれてしまいますから。
・・・つまり伊角さんたちがやって来て電気を点けるまで、彼は暗闇の中にいて、
物置の中を見渡すことは出来なかった。伊角さんたちが彼とすれ違った時点では、
彼はまだ高枝鋏を手にしていなかったと考えて良いでしょう」

403探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/09/02(日) 22:09:17
(109)
「でもよ、塔矢。オレちょっと不思議なんだけど・・・犯人は物置に隠れたり、
箱の陰に隠れたりして、とにかく人目を避けてたんだよな?」
ヒカルが眉根を寄せて宙を見た。
「それなのに、縮めても2メートル近くになるようなデカい高枝鋏なんかを
持ち歩いたら、目立って仕方ねェぜ。伊角さんたちが来た時はたまたま側に
箱が積まれてたから隠れられたけど、いつもそう上手くいくとは限らねェ。
武器になる物が欲しいならあの物置にはもっと手頃な工具だって置いてあったし、
厨房には包丁だってあったのに。犯人は何でわざわざ、その高枝鋏を選んだんだ?」
「高枝鋏は高い所の木の枝を伐る道具だよ、進藤」
「そっ、それぐらい知ってらぁ!オレが知りたいのは、そんな物を犯人がどうして」
「だから――高い所の枝を伐る用事があったんだろう、犯人には。
今夜起こった事件の中で、『木』が関わる事件が何かなかったかい?進藤」
「あっ――」
「く・・・・・・首吊り幽霊の事件かッッッ!!」
テーブルの下で落ち着いていた社が、再び青い顔でテーブルクロスを掻き抱いた。

予想外の所で二つの現象が繋がり、他の面々も色めきたつ。
芹澤が切れ長の目を縦に見開いて問うた。
「木の上に謎の物体が現れた事件と、紛失した高枝鋏が関連していると言うのですか」
「はい。逆にそうでも考えなければ、進藤の言う通り、
何故そんな嵩張る道具を持ち出したのか説明がつきません。高枝鋏と一緒に、
用途別に吊るしてあったゴム手袋の一組がなくなっているとのことですが、
なくなったのは多分、表面に滑り止めがついているタイプの物じゃありませんか?
管理人さん」
「は、はい。用途によって、炊事などには薄手で滑らかな物を使うのですが、
掃除などには今塔矢様がおっしゃったようなタイプの物を使っておりました。
なくなったのは、表面に滑り止めがついた、厚手のゴム手袋です」
「ありがとうございます。そしてここからが重要なところですが――
高枝鋏の紛失にはもう一つ、関連を考えてみるべき事件があります」
「そ、それは・・・?」

404探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/09/02(日) 22:10:31
(110)
管理人の男がゴクリと唾を呑み込む。
アキラは事もなげに言った。
「緒方さんが凶器を持つ暴漢と闘い、負傷したというあの事件です。
お屋敷の備品を常にきちんと手入れしておく管理人さんの習慣から考えて、
物置から消えた高枝鋏とゴム手袋は、何者かによって持ち出されたものと
見なさざるを得ません。では二つの道具を持ち出したのは誰だったのかと考えると、
一見最も怪しく思えるのは、緒方さんの証言に登場する暴漢です。
厨房の窓が割れて鍵が開けられ、食料が荒らされていた事件も、
そのような侵入者の存在を裏付けるように一見、見えます。しかし・・・」
「そんな人物が本当に存在したのかどうか疑わしい、というわけだ。
荒らされた食料は実際には量が減っていなかったし、
荒らした奴がもし本当に侵入者なら、あんなに派手に痕跡を残して
自分の存在をオレたちに気づかせるような真似をするはずがないからな」
「その通りです」

楊海が整理した言葉にアキラが頷くと、緒方が苦笑しながら肩を竦めた。
「フッ。まだまだ青いな・・・アキラくん。一方では侵入者の存在をアピールするように
厨房が荒らされ、一方では侵入者と格闘して怪我をしたという証言がある。
だが厨房が荒らされた件については、どうやらただの偽装らしい・・・
だからキミはもう一方の、オレの証言も嘘だと、こう言いたいわけだ。
しかし、それは二つの事件の犯人が同一人物だと仮定しての話だろう?
厨房を荒らした犯人とオレに怪我を負わせた犯人が別人だったとしたら・・・
キミの推理は一瞬にして崩れ去ってしまうんだぜ」
「・・・・・・」
「厨房を荒らした犯人は、なるほど侵入者ではなかったのかもしれん。
しかしオレは確かに外部からの侵入者と闘い、負傷したんだ。
それでもまだ、オレの証言を疑うなら・・・証拠を見せるべきだろう。
オレの言うことが狂言だという、その証拠をッ!!」
室内の全ての視線が、息詰まるような緊張をもってアキラの上に集まった。

405探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/09/02(日) 22:12:07
(111)
何秒かの沈黙の後、アキラはふぅと肩を落として緒方を見た。
「・・・・・・その手には乗りません。証拠を見せるべきはそちらでしょう?緒方さん」
「な・・・何だと・・・!?」
「あなたが凶器を持つ暴漢と闘ったというのは、あなたがそう主張しているに
過ぎません。証拠は何もない。ご自分の証言を信じて欲しければ、緒方さんこそ、
その証言を支える証拠を見せて下さい!」
「ぐぐぅうっ!!」
緒方が眉間に手を遣り、ずれた眼鏡を直す。
間髪入れずにアキラは続けた。
「それに、今緒方さんがおっしゃったことを言い換えると、こうなりますね。
犯人は二人いた。一人は厨房が荒らされた事件の犯人で、外からの侵入者ではない。
そしてもう一人は緒方さんが負傷した事件の犯人で、こちらは外からの侵入者だ、と」
「ま、まぁ。そういうことになるな」
「では、お尋ねします。その場合・・・・・・物置の高枝鋏とゴム手袋を持ち出したのは、
一体誰ということになりますか?」

虚を突かれて、緒方が言葉に詰まる。
「・・・・・・物置の?お、オレが知るか!第一、そんなことが重要なのか?」
「重要だと思うからお聞きしているんです。ちなみに、進藤。
今緒方さんが言ったことを前提にするとして、キミなら誰だと思う?」
「えっ、物置の道具を持ち出した奴のこと?う〜ん・・・そうだなぁ。
緒方先生の話だと犯人が二人もいるわけだから、そのどっちかじゃねェのかな」
「二人のうちの、どちらだい?」
「んーと。もし外部犯じゃねェとしたら、オレたちの中の誰かってことになるよな。
道具がなくなったと分かるまでの間に、オレたちが外に出た機会は一回だけだ。
緒方先生の悲鳴を聞きつけてみんなで玄関先に駆けつけた、あの時だけ。
だから、オレたちの誰かが犯人なら、なくなった道具はまだ建物の中にあるはずだ。
けど・・・この建物の中はさっき全部チェックした。オレたちが泊まってる部屋も全部、
クローゼットの中からベッドの下まで。ゴム手袋はともかく、
高枝鋏は2メートル近くもあるデカいのだろ?もしそんなのがあれば
見回ってる最中に誰かが気づいたと思うぜ」

406探偵妄想 ◆pGG800glzo:2007/09/02(日) 22:13:30
(112)
「そーだな。お屋敷内を探索した時、オレたち、注意して見てたもんな」
ヒカルの言葉に皆も賛同する。アキラが言った。
「皆さん、進藤の意見に賛成のようですね。ボクもです。
ボクたち内部の人間は誰も、お屋敷の中に高枝鋏を隠すことはできませんでした。
よって・・・もし緒方さんの言葉を前提に考えるならば、
高枝鋏を持ち出した犯人は、『緒方さんと闘った外部犯』ということになります」
ヒカルが妙な顔をした。
「あれっ、塔矢。待てよ、なんかおかしくねェ?・・・・・・そうだ!オマエさっき、
外部犯なんていない、一連の事件の犯人はこの中にいるって言ったじゃねェか!」
「ああ。言った」
「じゃあ、今の言葉はそれと矛盾するんじゃねェのか?いいのかよ」
アキラは穏やかな微笑を浮かべ、頭を振った。
「それで、いいんだ。今ボクが言ったのは、飽くまで緒方さんの言葉を
前提にしての話だからね。・・・だけど、もし高枝鋏を取って行ったのが
『緒方さんと闘った外部犯』だったとすると、ある人の発言に大きな矛盾点が
生じてしまうんだ。それは言うまでもなく――」

アキラは緩やかに、しかし大きく弧を描いて、その男を真っ直ぐ指差した。
「――あなた自身の発言ですよ、緒方さん!あなたは言いました。
相手の顔はよく見ていない、振り回される凶器を避けるのに精一杯だった。
そしてその凶器とは飛び出しナイフだった、と。けれどもし高枝鋏を取ったのが
あなたの格闘相手だとすれば、『彼』はその時、高枝鋏を持っていなければ
おかしいんです。彼があなたに撃退されて屋外へ逃げて行ったというそのすぐ後、
お屋敷は厳重に戸締まりされて、外から再度侵入することは不可能になって
しまいましたからね。『彼』が高枝鋏をお屋敷の外へ持ち出せたタイミングは、
まさにあなたが『彼』と闘ったという、その時しかなかったんです。
つまり『彼』は、2メートル近くもある大きな高枝鋏を抱えながら、
風雨の中、ちっぽけな飛び出しナイフであなたと闘ったことになる――
なのにあなたの証言には、一言も高枝鋏のことは登場しません!
この矛盾をどう説明するんですか!!」
「うぅ・・・・・・ッ!!」
緒方の目に、追いつめられた小動物のような焦燥の色がよぎった。

407CC ◆RA.QypifAg:2008/03/30(日) 20:52:27
難民、人大杉なんでこちらでお邪魔。

408肉棒だらけの打ち上げ大会 ◆RA.QypifAg:2008/03/30(日) 20:54:26
(29)
「これで……良しっ!
人がどう思っても、ボクが正真正銘の主人公だっ!!」
アキラは、ガッツポーズを取り叫んだ。ほぼ全裸で。(←背景は、しぶき舞う大荒波でよろしく)
「オ…オマエって、そういうキャラだったっけ?」

落ち込むどころか数秒で復活し、どこまでも我が道を一直線に貫く鋼の漢・塔矢アキラ。

「……今のオマエに何言っても話通じないな……。
とりあえずオマエは、少しマンガを読め。そうしたらオレの説明したことが少しずつでも分かるだろ。
ほら旅館に来る前、暇つぶしにジャン○買ったから読めよ」
ごそごそとヒカルは自分のスポーツバッグから、週○少年ジャンプを取り出し、アキラに向かって投げた。
「ジャンプ? なんだそれは」手に受け取り、アキラはヒカルに訊ねる。
「えっ、オマエ…ジャ○プ知らねえの!?
自分が載っていた雑誌ぐらい、ちゃんと覚えておけよ。
この雑誌に数年連載して、テレビアニメにもなったんだぞ。
まあ、テーマが碁で地味から、NARUTOやONE PI○CEみたいに映画にはならなかったけどさ」
「そうだったのか……知らなかった」
「今、掲載されているマンガでも、テレビアニメになっている作品がいっぱいあるんだぞ。
D.○ray-man・アイシー○ド21・銀○・NAR○TO・魔人探偵脳噛ネ○ロ・ヒット○ンREBORN!・
BLE○CH・ONE PI○CEなんかがそうだぞ。
自分が載っていた雑誌ぐらい、きっちりチェックしろよ(※2008.3月状況)」
まるで、ジ○ンプ営業マンかのようなヒカル。
だが、アキラはやけに神妙な表情をしながら頷く。

409肉棒だらけの打ち上げ大会 ◆RA.QypifAg:2008/03/30(日) 20:55:37
(30)
「ああ、そうだな。ボクとしたことが失態だ。
でも進藤、なぜこの→(※2008.3月状況)という注意書きのようなものが、キミのセリフ内に申し訳程
度に入っているんだ?」
「えーと、それはだな。この『肉棒だらけの打ち上げ大会』ていうセンスを疑うタイトルの小説最初を読んで
みろよ」
「──……肉棒……………これ書いている人、頭は大丈夫なのか。
えっと…阪神タイガース優勝のことが書いてあるが、それって何年前のことだ?」
アキラの側で、ヒカルが大きな溜息をつく。
「最初の書き出しから○年経っているから、分かりやすいように注意書きつけたんだよ、きっと」
「なるほど。ボク達にそれを説明させて状況を説明する……すなわち苦肉の策を講じたのか。
早く書かないから、こういったことになるんだ」
「まったくだよなあ、あ〜〜、かったるいっ〜〜〜〜!
ふう……この話題はもう良しとしようぜ。今更どうのこの言ったって、何か変わるわけじゃないし。
ところでさ話変わって、オマエ碁のマンガキャラじゃなかったら、何テーマのマンガに登場してみたい?」
「突拍子もない質問だな進藤。じゃあ、キミは何になりたいんだ?」
まだ体熱があり熱いのか、アキラは団扇を扇ぎ、髪をなびかせて微笑む。
「えーと、オレはぁー…、野球とかサッカーなんかのスポーツ系に出てみたいな。
あとラーメン職人とか、メシを食うグルメマンガなんかも面白そうだ。で、オマエは何だ」
まだ飲み足りないのか、ヒカルは事前に購入していたコーラの2ℓボトルを出してきて、ゴクゴクと勢いよく
飲みだした。
「………碁」
「えっ」
「だから碁をテーマにした作品とかなら」
「碁なら、今オレ達が出ているのがそれじゃねーかよ。他になりたいのはないのか」

410肉棒だらけの打ち上げ大会 ◆RA.QypifAg:2008/03/30(日) 20:58:29
(31)
「ボクには、碁しかないよ」
いつのまにかヒカルは、ポテトチップスもどこからか持ってきたらしく、バリボリと頬張りながら言う。
「まあ、オマエらしいっちゃらしいけど……オマエ、最高につまんねえ奴」
「つっ、つまらないとは、どういう意味だ」
「何でもかんでも固く考えるな、軽くでいいだよ。そんなんで、よく頭疲れねえなあ」
「ほっといてくれ、これはボクの性分なんだっ」
「あー、はいはい。オマエは囲碁が一番なんだよな。分かった、分かったよ。
……もしも……、もしものことだからな。
もしオマエが女と付き合うことになったら、絶対速攻フラれるタイプだな確実に」
口をモゴモゴしながら、アキラにポテトチップの袋を差し出すヒカル。
ポテトチップスを一枚だけ摘まみながら、アキラは軽くヒカルを睨みつける。
「ボクは今、キミしかいないから、そのようなことは無いだろうが……、なぜそうまで断言できるんだ」
「だって、女が喜びそうなデートコースとか組めるのか?
囲碁しか頭に無いオマエがっ。自分の興味無いことは、一切頭に入らない単細胞のオマエがっ。
相手が喜びそうな所を連れて行ったりするようなこと、オマエ苦手だろ」
「うっ……、そっ、それは……。でも、努力すれば…」
ややどもりながら、ポテトチップを口に入れるアキラ。
そんなアキラを眺めながら、ふとヒカルの頭によぎった図。
             ↓
デートぴあに付箋をつけながらデートスポットをチェックし、眉間に大皺を寄せて目を血走りながら頭を悩ま
せるおかっぱの姿。それも、自分の部屋である和室畳上にて正座ポーズ。
またネットでもデートスポットを探して、情報の渦に迷いに迷いて頭が混乱。
未知の世界に頭爆発寸前、ショートしてくすぶり、頭から煙がプスプス上っているおかっぱ。
いつのまにか日が暮れて、部屋が暗くなってもそれに気付かず、暗闇でブツブツ独り言を繰り返すおかっぱ。

―――全然、似合わねえ。つうか、見たくもねえ不気味すぎるっ!

411小花恋唄 ◆pGG800glzo:2008/06/24(火) 21:36:55
なかなか続き書けなくてごめんよ。
以下、Oの字口の白雉アキラたんの置屋妄想につき
嫌いなヤシはスルー頼んます。

412小花恋唄 ◆pGG800glzo:2008/06/24(火) 21:37:58
(83)
「・・・・・・お話中、失礼致します。公宏坊ちゃま」
襖の向こうで遠慮がちな声がした。真面目な話を途中で遮られた格好となり
照れ臭そうにヒカルに目配せをしてみせてから、筒井が振り返る。
「何だい?どうかしたの、爺や」
「もう一組、お客様がお見えでございます。坊ちゃまにお会いしたいと・・・」
「おう、筒井っ!オマエが会いたい相手を連れてきてやったぜ」
爺やの声に被さるように豪気な声が響いて、勢い良く襖が開いた。
そこに仁王立ちしていたのは、いつもながら堂々たる体躯に自信に満ちた表情の
彼らの親友――加賀である。筒井の枕元にヒカルがいるのを見て
加賀は白い歯を見せ片手を上げた。
「よっ。進藤、オマエも来てたのか」
筒井が気抜けしたように微笑む。
「なんだ、加賀じゃないか。爺やってば、コイツならすぐ通してくれて構わないのに」
「今日はオレ一人じゃねェからな。爺やさんも気を遣ったんだろうぜ」
ニヤニヤしながら加賀が親指で自分の背後を指し示す。
大きな加賀の陰に隠れていた少女が、おずおずと姿を現した。
「え・・・あ・・・・・・つ、津田・・・・・・さん?」
「・・・・・・」
少女は筒井と視線が合うのを避けるように加賀の身体越しにゆっくりと部屋を見回し、
肌寒い日とはいえ厳重過ぎるほど温められた室内の空気や、何種類もの薬袋と水差し、
布団の脇に置かれた洗面器や手拭や体温計、などを認めたようだった。
そして躊躇いがちに彷徨っていた視線が、とうとう布団の上の痩せ細った筒井に辿り着いた時、
彼女はわッと顔を覆って泣き出した。
「つ、津田さん」
「御免なさい、御免なさい、筒井さん。私何も知らなくて」
「な、泣かないで。でもどうしてキミが・・・」
「そりゃあよ、筒井。正義の味方が教えてやったに決まってんだろ?
邪魔者は退散するから、後はちゃんとオマエから彼女に話してやりな!ほら、行くぜ進藤」
「え?あ、あぁそうだな・・・それじゃ筒井さん、また来るから!」
加賀に引っ張られるようにして、ヒカルは筒井の家を後にした。

413小花恋唄 ◆pGG800glzo:2008/06/24(火) 21:39:14
(84)
夕闇が霧に濡れた道を薄蒼く染めていた。
一人で帰るなら心細くなってしまいそうな夕べだったが、隣で加賀が口笛を吹いている限り
怖いとか心細いなんて感覚とは一生無縁でいられるとヒカルは思った。
「・・・加賀、また背が伸びた?」
話しかけられてこちらを見下ろすその目線が、記憶よりも随分高い所にある。
加賀は背丈を測るように自分の頭頂部に手をかざした。
「そうかァ?自分じゃ分かんねーけど」
「伸びたぜ。もうほとんど大人の人と変わらねェくらいだ」
羨望を込めてヒカルは言った。元々ヒカルや三谷より年上ということもあり
親友四人組の中では飛び抜けて背が高かったが、
しばらく疎遠になっていた間にまた一段と大きくなったように見える。
まだ肉はあまり付いていないもののがっしりと頑丈そうな肩部の骨組み、
男らしく飛び出た喉仏、どれを取って見ても大人の男へと脱皮しつつある青年の
健全な逞しさを感じさせた。

「ま、オマエとこんな風にゆっくり話すのも久しぶりだからな。
しばらく見てなかった奴が言うなら伸びてるんだろう」
加賀は拘らずにそう言うと身を屈めて道端の草を毟り、口に咥えて草笛を吹き出した。
口笛ほどにはうまくいかず、間が抜けたような哀切なような独特の音が二人の道に響く。
その音を聞きながら黙って歩くうちに、ヒカルの口からぽつりと言葉が零れ出た。
「筒井さんの病気・・・、加賀は知ってたんだ」
草笛の音が止み、「ああ」と返事が返ってくる。
「オマエや三谷に隠してた訳じゃなかったんだ。オレが知ったのもたまたまで・・・
前にオレが学校の終わった後、伯父さん夫婦の家に出かけたことがあってよ。
その時、隣町の大きな病院に入ってく筒井を偶然見かけてさ。
ただの風邪にしちゃ大袈裟だと思ったから学校で会った時に問い詰めた。それで・・・」
「そっか・・・」
そう言えばあかりや筒井が、加賀は最近伯父夫婦とよく行き来しているようだと
以前話していた。筒井が隣町の病院に行ったというのは、もしかすると
自分が母と喧嘩して家を飛び出し、筒井の家に泊めてもらったあの日のことだろうか。
あの日はアキラと金平糖を食べて、美しい星空の下を幸福な気持ちで帰ったのに。

414小花恋唄 ◆pGG800glzo:2008/06/24(火) 21:40:39
(85)
「・・・筒井さん、元気になって戻ってくるよな?」
そんなことを聞いてもどうにもならないことは分かっている。
ただ誰かに、筒井は必ず戻ってくると、また皆で冒険する日々が返ってくるのだと
嘘でもいいから保証して欲しかった。しかし加賀は素っ気なく答えた。
「さぁな。オレだって医者じゃないのに分かるか、そんなもん。・・・けどよ」
「?」
見上げたヒカルに向かって白い歯を見せ、加賀は笑った。
「さっきのアレで、あいつもちょっとは発破かけられたんじゃねェか?
あいつ最近、自分はもう死ぬもんだと思って半分諦めてるような節があったけどよ。
惚れた女を待たせてると思えば勇気も出る。希望も湧く。
結果がどうなるかはお釈迦様しか知らねェが、筒井は全力で病気と闘うと思うぜ。
オレはそう信じてる」
「・・・・・・うん。うん、加賀。そうだよな!」
加賀の言う通り、結果がどうなるかは分からない。けれどもこの数十日の間に
死への抵抗を止めて酷く透明になってしまったような筒井が、
もう一度生きる意欲を取り戻し果敢に病に立ち向かってくれるなら、
それは彼の親友として応援すべきことなのだろう。

「加賀はやっぱり凄いや。オレたちの中で一番大人だよな」
ヒカルが誉めると、加賀は「へっ。よせよ」と満更でもなさそうに鼻の下を掻いてから、
ふと真顔になった。
「ま、実際オレは進藤たちより年食ってっからな。今まではオマエらの兄貴みたいなつもりで
面倒見てきたが・・・卒業したらそうもいかなくなる。今のうちにオマエらもしっかりしとけよ」
「う・・・うん。そうだよな。卒業したらみんな進路は別々だろうし」
予期していることだったが、面と向かって釘を刺されるとやはり寂しい。
夕闇の道をてくてくとしばらく無言で歩いてから、ヒカルは聞いてみることにした。
「そう言えば、まだ聞いてなかったよな。加賀は卒業したらどうするんだ?」
「オレか?オレは・・・オレも、筒井と同じでこの町を出て行く。伯父さん夫婦の養子になって
商売継ぐことになったんだ」
「ええっ!?」
思わず歩みを止めた。

415小花恋唄 ◆pGG800glzo:2008/06/24(火) 21:42:19
(86)
蒼い闇の中でも加賀の真面目な表情は見て取れる。冗談を言っているのではない。
「加賀・・・今のお父さんとお母さんの子供じゃなくなるのか?」
「ああ。親戚の伯父さん夫婦がちょっとした造り酒屋をやってるんだが子供がなくてな。
うちの兄弟の中から一人跡取りに貰って蔵継がせたいって、最近親父に頼みに来てたんだ。
それでオレが気に入られて引き取られることになったって訳だ。オレは力仕事が得意だから
卒業したら働きに出るつもりだったのに、浪人してもいいから上の学校行って
経営学をやれなんて言われるし・・・参ったぜ」
「そう・・・なんだ・・・」
加賀の家は男兄弟が多く、喧嘩もするが仲のいい家族という印象だった。
本人は飽くまで軽い語り口だが、たった一人家を後にするその胸中はどうなのだろう。
「・・・・・・加賀ならきっと、どこに行ってもやっていけるよ。この町を離れちゃうのは
寂しいけど・・・時々は会えるんだろ?お祭りの時に里帰りしたりして」
しばらくの間答えずに草笛を唇の端で弄んでいた加賀は、やがて「うぅん・・・」と唸った。
「最初の数年は無理かもしれねェ。向こうで覚えることが山程あるだろうし、
遠い土地なんだ。米と酒が美味くて、日本海が見えて、冬には雪がどっさり降るんだと。
・・・でも弟たちの顔も見たいしな。すぐには無理でも必ずいつかこっちに戻ってくる。
そしたらその時は、三谷と元気になった筒井も一緒に、みんなで飯でも食おうぜ」

――少し前まで思いもしなかった。
四人の仲間で冒険に胸躍らせる少年の日々が、永遠に続くような気がしていた。
けれど筒井はもうすぐこの町を去り、加賀もやがて遠い土地に旅立ってゆく。
――オレは?
自分はどうなのだろう。ずっとこの町で、母と共に暮らし、働き、老いていくのだろうか。
帰宅後布団に入った後も変に頭が冴えていて、明け方までそんなことを考えていたら、
寝返りを打った目尻から一粒、何故とはなしに涙が零れた。
加賀が吹いていた草笛の鈍重で物悲しい音色が、夜の耳の中にいつまでもこだましていた。

416小花恋唄 ◆pGG800glzo:2008/06/24(火) 21:43:32
(87)
翌日、ヒカルはあかりの家を訪れ、預けてあった包みを受け取った。
桜草の暦からすると例の下男は今日あたりアキラのいる置屋を訪れるはずで、
彼に自分の話を信じてもらうにはアキラが客を取らされている証拠の札束を見せるのが
一番手っ取り早いと思ったのだ。
直接会って話をすればアキラを救い出す糸口がきっと開ける。
それを果たすまで、己自身の将来に対する不安や焦燥はひとまず棚上げだ。
「ありがとな、あかり。助かったぜ」
「いいよ。ヒカルが困った時は、またいつでも相談してね。・・・それと」
あかりは少しきまり悪そうに、大きな目を上目遣いにして言った。
「津田さんから聞いたの。筒井さんのこと。あたしったら何も知らずに大騒ぎして、
筒井さんにもヒカルにも迷惑かけちゃって馬鹿みたい。・・・・・・御免ね」
「あー・・・、いいよ。オレも昨日知って驚いたぐれェだし」
「筒井さん、頑張って治すって津田さんに約束してくれたんだって。彼女も凄く喜んでた。
療養に行ったらしばらく会えないけど、文通しようって約束したそうよ」
「そっか。・・・・・・良かった、よな」
「うん」
筒井も加賀も、新しい生活に向けて走り出そうとしている。
自分も何かしたい。何かのために若い体と若い情熱を一心に傾けて遮二無二生きてみたい。
そうして走った先にはきっと希望の地平が広がっているように思えた。
もう一度あかりに礼を告げると、飛び出したいような心地で、
ヒカルはアキラが待つ置屋へと向かった。

三月も末の昼下がり。
町外れの置屋の古びた庭は、日が落ちるまで訪れる人とてない気だるさを漂わせつつも
松は緑に、花は綻んで、新しい命が萌え出ずる春の瑞々しい輝きをきらきらと湛えていた。
「最初に来た時は、四人だったんだよな・・・」
口の中で呟いた。あれは二月半ば、まだ冬から抜け切らない低い西陽の射す頃。
加賀と筒井と三谷と自分と、ほんの軽い冒険心でこの庭に忍び込んだ。
そこであの子供のような、甘いたどたどしい歌声が流れてきたのが全ての始まり。
軽い冒険心は淡い恋を生み、恋心はやがて相手を救いたいと願う強い気持ちに変わった。

417小花恋唄 ◆pGG800glzo:2008/06/24(火) 21:45:03
(88)
いつもの格子窓の前に立ち、最初にしたのは正面に飾られた一輪挿しを確認することだった。
思ったとおり、おもちゃのような花瓶に活けられた花は萎れ切って茶色く変色している。
――つまり、まだ「アイツ」は来てねェってことだ。
ヒカルはほっと溜息をつき、改めて室内の様子を窺った。
「アキラ。・・・・・・アキラ?」
そっと呼びかけるが、返事はない。身を隠す場所とてない四畳半だ。
部屋の中にはいない・・・例の下男の訪問日ということで、身奇麗にするために
また風呂に入れられてでもいるのだろうか?
ほんのり桜色に色づいた白い裸体を瞬間的に想像してしまい、ヒカルは慌てて頭を振った。
「ま、いねェもんは仕方ねェよな。どっかに隠れてしばらく待つか」
そうして手頃な庭木の陰に屈もうとした矢先、聞き覚えのある旋律が流れてきた。

「・・・・・・アキラ・・・・・・?」
庭に面した渡り廊下に腰を下ろし、脚をぶらぶらさせながら、アキラは歌っていた。
そよ風に揺れる庭木に合わせて体を揺らし、池の中の鯉の泳ぎに首を傾げ、
陽の光を四枚の羽のおもてに受けて飛ぶ小さな蝶を物珍しげに眺めながら。
それはきっと子守歌なのだ。
世界中に存在する、悲しみを胸に抱え持つ全ての者を優しく癒し、包み、眠らせるような。
「アキラ」
庭木の陰から出てもう一度小声で呼ぶと、アキラはこちらに気づきぱっと表情を明るくした。
腰掛けていた渡り廊下からぴょんと飛び降り、不慣れな足取りで駆けてきて、
石に躓き前のめりになる。
「わっ――」
危ない、咄嗟に抱き止めたが自らも平衡を保てなくなり、二人して庭木の茂みに倒れ込んだ。
「つっ・・・あ、危なかった・・・。よく見たらオマエ裸足じゃねェか。部屋を抜け出したのか?」
「あー。あー」
ヒカルに助けられたことを知ってか知らずか、アキラはにこにこと嬉しそうにしている。
陽に透けるヒカルの金色の前髪を指に絡めたり引っ張ったりして満足気だ。
「てっ、痛っ。ったく、仕方ねェなぁ・・・オマエはもう・・・」
苦笑しながらも、初めて格子窓に隔てられずこうして触れ合っていることが嬉しくて、
ぎゅっとアキラを抱き締めた。

418裏失楽園:2008/06/24(火) 22:45:25
>417 こんばんは!
久しぶりにまた読めて嬉しいです。

419 ◆pGG800glzo:2008/06/26(木) 00:55:55
>418
裏失たん来てたー!!お久しぶりです(;´Д`)ハァハァ
気が向いたら裏失楽園の続きも読ませてくだせえ。
エロカッコイイ兄貴とヒカルとアキラたんの緊張感ある関係に
また(;´Д`)ハラハラしたいっす!!

420 ◆pGG800glzo:2008/08/11(月) 23:57:07
以下、アキラたんとヒカル&ヤシロの3P展開につき
かわいそう(?)なアキラたんを見たくないヤシはスルー頼んます。

421戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/08/11(月) 23:58:03
(93)
「・・・・・・証拠?」
アキラは訝るように問い返してきた。きっと彼には想像もつかないのだろう。
たった今自分の中に、一点の染みのように黒く生じた、下衆な企みなど。
一瞬だけヒカルは躊躇った。――今ならまだ引き返せる。
だが見えない破滅的な力に衝き動かされるように、どす黒い感情は勝手に言葉となって
舌の上を躍り出た。
「初日の夜にオレを突っぱねたのは、オレが嫌だったからじゃねェって証拠だよ。今ここで――」
そこで言葉を切り、傍らで眠りこけている社を見遣ってゴクリと唾を飲み込もうとしたが、
口内にはもう一滴の潤いも残っておらず、乾いた痛みだけを呑み下した。
「――今ここで、オレにヤらせろよ。そしたら、オマエのしたこと許してやる」
ヒカルの発する一語一語を注意深い顔つきで聞いていたアキラが、ぴくりと目を見開いた。

ひりつくような沈黙の後、整った唇から、やっとのことで反応の言葉が返ってきた。
「――・・・馬鹿な」
「何が馬鹿なんだよ?」
「そんな真似、出来るわけがない!この部屋には社もいるんだぞ?彼が目を覚ましたら・・・」
「酒飲んで、鼾かいて寝てんだ。ちょっとやそっとじゃ、起きねェよ」
「し、しかし――」
「さっきオマエ、オレの気が済むまで謝るって言ったじゃねーか。あれ、嘘かよ?
そう・・・もしオマエが今ここでオレの言う事聞いてくれるんだったら、全部許して・・・
――社にはオレとの『関係』、秘密にしといてやってもいいんだぜ?」
今度こそ、電撃に撃たれたようにアキラの全ての動きが止まった。
強張った黒い目の底にある感情は怒りなのか非難なのか、苦痛なのか軽蔑なのか懇願なのか――
こっちだってもう頭の中は滅茶苦茶で、何も分からない。
「塔矢」
低く叫んでヒカルはアキラの体を抱え込んだ。そのまま上衣の裾から手を滑り込ませ、
指に馴染みのある滑らかな膚を撫でさすりつつ、耳元で囁く。
「なぁ、いいだろ?・・・それで全部、何事もなかったみてェに上手くいくんだ」
いつもそうしているように、上方の小さな突起を指先でつまみ上げ優しく押し揉んでやると、
アキラの喉から快楽とも絶望ともつかない喘ぎが洩れた。

422戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/08/11(月) 23:58:59
(94)
どのような状況下であれ、一度でも劣情の炎に灼かれたことのある身体に再び火を点すのは
困難なことではない。
下のほうに燻っている燠火をくすぐって燃え立たせてやれば良いのだ。
ヒカルの巧みな誘導によって、アキラの燠火もすぐ燃え上がった。
「――塔矢オマエ、いつもより感度いいんじゃねェ?興奮してんだろ」
「そ、そんなことっ、・・・んっ・・・っはぁ・・・はぁ・・・っ!」
「ンなこと言って、息上がってるじゃん。誰も信じねェぜ?オマエのこんな姿見たらさ」
「ふぅっ・・・!あ、はぁっ・・・・・・!」
部屋の片隅に共通の友人を寝かせたまま、声を殺しての遣り取り。
アキラの衣類をずらして乳首から膝までを大きく露出させながら、ヒカルもまた、
一種非日常の興奮が自らの神経を鋭く尖らせていることに気づかないわけにはいかなかった。
普段なら気に留めることもない衣擦れの音や、アキラの髪先が畳の表面をかする音。
喉から胸にかけて薄い皮膚の下にはっきり読み取れる鼓動と、熱く潤んだ表情。
何もかもがまるで普段のセックスを十倍にも凝縮したように、濃密で、鮮やかで、淫猥だった。

「進藤・・・っ、早く・・・ッ」
ろくに湿らせてもいない指で内部を穿たれる異物感に眉を顰めながら、
アキラがヒカルのTシャツの腹の部分を引っ張り、ハーフパンツの紐をほどこうとする。
紐を押さえ、ヒカルは苦笑した。
「おい、もうかよ。まだちょっと早いんじゃねェか?」
「の、のんびり・・・しているわけにも、いかない・・・だろうっ。こんな状況、で・・・」
確かに・・・。
時に高く時に低く、鼾を立てて眠りこけている社のほうにヒカルはちらりと目を遣った。
ついさっきアキラに想いを打ち明け、受け入れられた――ヒカルはその場面を確と目撃した
わけではないけれども、あの様子では恐らくそういうことなのだろう――幸せな友人。
彼にこの状況を気づかれないためには、彼が目を覚まさぬうちに事を済ませることが肝要だ。
ヒカルはにやりと笑みを浮かべた。
「――いいぜ、塔矢。今すぐ挿れてやるよ」
アキラはほっとした表情で、膝下辺りに蟠っていた衣類をもどかしげに自ら脱ぎ捨て、
自由になった長い脚をヒカルの腰に絡みつけてきた。

423戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/08/12(火) 00:00:37
(95)
「――はぁっ、はぁっ・・・進藤・・・進藤・・・っ!」
悲鳴交じりの荒い息で自分の名を連呼するアキラに、嗜虐に似た興奮を覚える。
今この時にアキラが見せる表情のどんな小さな瞬間も見逃さないよう、目を凝らしながら、
ヒカルはアキラの奥に向かって腰を打ちつけ続けた。
十分に慣らす時間がなかったため潤いの足りなかった内部は、当初、締めつけが強いばかりで
動くと痛いぐらいだったが、やがてヒカル自身の先端から滲み出るものの働きにより、
無味乾燥な摩擦感は脳髄を蕩かす快感に変わった。
「っ・・・、塔矢・・・」
「進藤・・・しんどう・・・っ!」
うわ言のように自分の名を呼ぶアキラを体の下で揺すぶりながら、
一瞬、何もかもを許してやってもいいような気分になった。
たとえどんなすれ違いがあったにせよ、たった今、自分とアキラはこんなにも一つだというのに、
他の人間が間に入り込む余地などあるだろうか。
自分はもしかすると、ありもしない危機に怯えていただけなのではないか。
熱に浮かされたようなアキラの表情、いつも端然と結ばれているその唇は
絶え間なく洩れる熱い吐息のため乾き切って、すんなり伸びた脚は貪欲にヒカルの腰にしがみつき、
結合部からはぬちゃぬちゃと粘着質な音が弾けている。
こんな淫らな顔をアキラが見せるのはこの世に自分一人で、
こんな淫らな音をアキラが聞かせるのもこの世に自分一人で、
それだけでもう何も不満に感じる理由などないのではないだろうか。

だが、予期せぬ出来事が起きた。
部屋の隅に寝かされていた社が寝返りを打ち、呟いたのだ。
「ん・・・うぅん・・・・・・とーや・・・・・・」
「・・・・・・!」
その瞬間アキラの表情に起こった変化は、ヒカルの網膜に痛みと共に焼きついた。
それまで一心にヒカルを見つめていた両の目がゆっくりと閉じてゆき、眉と口とが切なげに歪む。
それに伴い、ヒカルを締めつける内部の収縮は一層激しくなり、ぴくぴくと忙しない痙攣を始めた。
「・・・あ・・・あっ・・・うぅっ・・・!」
――ふざけんなよ。オレを見もしねェまま、勝手にイきそうになってんじゃねェよ。
絶頂へ向けてアキラが昇りつめようとした矢先、
ゴトリと大きな音が響いた。

424戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/08/12(火) 00:01:47
(96)
しばらくの間、アキラは何が起こったのか理解していないようだった。
たった今耳に届いた音を怪しむかのように瞼を薄く開き、曖昧に視線を彷徨わせる。
だがその表情はまだ現と夢の間を漂い、ヒカルと繋がったままの部分は、
中断された刺激を求めてきつくヒクついている。
「・・・どーした?」
殊更に優しい声で囁きながら、腰を前後に軽く揺さぶって中を擦ってやると、
アキラは再び喘ぎの形に唇を開いて、ヒカルの背骨の上でしっかりと脚を組み直し、
揺すられる動きに腰を合わせ始めた。
――数十秒後、ふと部屋の片隅に投げられた視線が、あるものを捉えてしまうまでは。

快楽の熱でとろとろに蕩けていたアキラの表情が瞬時に凍りつく。
視線の先には倒れた日本酒の壜。
さっきまできちんと立っていたはずのそれが卓袱台の上に横たわっているということは、
先程響いたあの不吉な音が、夢や幻聴などではなく現実だったことを示している。
そしてそのような音が室内に響き渡ったことによる当然の結果として、
倒れた壜の向こうに――
驚愕と衝撃に見開かれた二つの目があった。
「・・・進藤・・・、・・・・・・とう・・・や・・・・・・?」

ひゅ、と息を吸い込む音がよじれた。
注がれる視線から逃れようとしてなのか反射的に翳されたアキラの両手を畳の上に押さえ込み、
自由を奪う。
アキラは喘ぎながら顔を背けた。その耳に唇を近づけ、目線はもう一人の男に送りながら囁く。
「・・・塔矢ァ、どーした?おまえギャラリーには強いほうだったじゃん。
あいつオレたちのこと、穴の空くほど見てるぜ。ちゃんと見せてやれよ。オマエの一番イイ顔を」
言うなり、細い顎を掴んで無理やり彼のほうを向かせ、もう片方の腕でアキラの腰を抱え上げる。
深々と繋がった結合部を見せつけるように。
「オラッ塔矢、しっかりしろよ!さっきみたいにヤラシク、腰振ってみせろ!――社の前で!!」
「あっ、ああっ、しんど、進藤、やめっ・・・あ、やァッ、あぁぁぁあッ!!」
今までにないほど激しい動きでアキラの奥を突き、次第にその間隔を小刻みに詰めてゆき、
やがてアキラの体が大きく弓なりに反った瞬間、ヒカルはアキラの最奥めがけて欲望を打ち放った。

425戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/08/12(火) 00:02:53
(97)
二人同時に果てた後もなお、ヒカルを押し包む弾力性に富んだ粘膜は
ビクンビクンと物欲しげに蠢いていた。
その動きに促されて、最後の一滴まで余すことなく注ぎ込み、漸く息を吐く。
結合部がよく見えるよう肩に掛けたアキラの脚が、急に重たく感じられた。
邪魔そうにその脚を外し、腰を引くと、
汗ばんだ白い双丘の間に肉色の秘孔がぽっかりと口を開け、だらしない涎を垂らしている。
その涎のひとしずくを指先に絡め取りながら、聞こえよがしにヒカルは言った。
「あ〜あ、こんなにしちまって!畳汚しちゃったから、後で拭かなきゃな。
でも、こっちに派手に飛び散ってるのは塔矢が出した分だぜ。そんなに気持ち良かったか?
オマエの穴、まだヒクヒク言ってっけど」
アキラは答えない。両手で顔を覆った下から、嗚咽のような音だけが微かに洩れ聞こえてくる。

言葉を失って固まっていた男が、やっとのことで声を発した。
「・・・・・・な・・・・・・何しとんのや、二人とも。悪い冗談・・・」
「冗談でこんなことするかよ。社、オマエも今見てただろ。塔矢はオレとこーいう関係なんだよ」
「か、関係て」
「だから――オレがヤりたい時は塔矢が挿れさせてくれるし、
塔矢がヤりたい時はオレが挿れてやる。そーいう関係。別に驚くことじゃねェだろ?
オマエだって塔矢とこういうことしてェから、さっきコイツに告ってたんだろ」
「・・・・・・!!」
顔に朱を上らせた社の顔を見て、自分の考えが邪推ではなかったことを確信する。
今まで他人に対してこんな残酷な気持ちになったことはなかった。
自分でも驚くほどの無感情な声で、ヒカルは告げた。
「ちょうどいいや。社、オマエもこっち来いよ。塔矢と一発、ヤらせてやるよ」
顔を覆っていたアキラの両手がぴくりと動く。社は一瞬呆気に取られた後、
顔を真っ赤にして取り乱した。
「な、なっ・・・・・・何ゆうとんのや!!そ、そないなこと、オレはっ・・・!」
「塔矢が社にどんな風に言ってたのか知らねェけど――どうせオレとのことは隠して、
都合のいいように言ってたんじゃねェのか?だけど社が眠ってれば、
それをいいことに同じ部屋でオレと今みたいなことをする。そういうヤツなんだよ。
だからオレたちに何されたって文句は言えねェんだ。――なぁ、塔矢?」
問いかけに対して、無論答えはなかった。

426戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/08/12(火) 00:04:19
(98)
社は膝立ちになり、強張った表情でアキラを見下ろしている。
揺れる視線、言葉を探すように開いては閉じる唇から、心の動揺ははっきりと見て取れる。
とどめの一押しと、ヒカルは声に力を込めた。
「まだ分かんねェのか、社。オレもオマエも、こいつに騙されたんだよ。
両方にいい顔して、両方とも自分の好きな時に遊べるオモチャにしようとしたんだ。
だけど、どうせ塔矢がオレともオマエともこーいうことするつもりなら、
今ここでオレたち二人が同時にヤったっておんなじことだろ!!」

ドクンと一つ、社の心臓が大きく鼓動を打ったのがわかった。
膝立ちの姿勢から緩慢な動作で立ち上がり、ヒカルがアキラを組み敷いている場所に近づいてくる。
ヒカルは薄く笑うと、黒髪を乱れさせているアキラの頭の脇へ移動し、
顔を覆っていた手を頭上で束ね合わせるようにして押さえ付けた。
その間アキラは全くの無抵抗だったが、顔を隠すものがなくなった瞬間だけ小さく息を呑み、
横を向いた。
乳首の上辺りにくしゃくしゃになった衣類が僅かに引っ掛かっているだけで、
そこから下は一糸纏わぬアキラの裸身が、社の前に曝される。
しどけなく開いたままの脚、先程の情事の跡がまだ濃厚に残る白い膚――
しかしこの期に及んでも、社はなかなか行動を起こそうとはしない。
何をやっているのかとヒカルが目を遣ると、社の表情には明らかに迷いの色があった。
想いを寄せていた相手の無防備な姿が目の前にあって、そうしようと思えばすぐにでも
意のままにできる状況でありながら、彼はまだ何かを待っている。
恐らくはアキラの言葉を。
他の人間に何を言われようと、たとえどんな酷い裏切りを受けようとも、
アキラが弁解したなら、或いは一言「やめろ」と言ったなら、
この男はきっとそれ以上踏み出そうとはしないのに違いない。
――だがアキラは何も言わなかった。
逡巡と欲望のせめぎ合いの果て、社は一瞬だけ悲しそうな顔をして、
嗚咽に似た呻き声を洩らしながらアキラの身体にむしゃぶりついていった。

427戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/08/12(火) 00:05:10
(99)

――何をしてるんだろう。なんでオレ、こんなことやってるんだろう。
そんな思いがぐるぐると濁流のように渦巻く。
アキラの両手首を押さえ付けるヒカルの目の前で、社はアキラを抱き、
その間ずっとアキラは声一つあげずに目を閉じていた。
狂気に駆り立てられた時は過ぎていき、やがてアキラの名を呼びながら達した社が、
我に返ったように汗に濡れた顔でアキラを見つめた時、
ヒカルは胸の奥からせり上がってくるものをこらえ切れなくなって部屋を飛び出した。

暗い廊下をよろめきながら突っ切り、一番手近な密室であるトイレに駆け込む。
そこでヒカルは、気道を圧迫して息をできなくさせている不安と不快の塊のようなものを
吐き出そうとした。
しかし何度えずいても、喉からは透明な唾液と苦い胃液とが唇を伝い溢れ落ちるばかりで、
不快な塊は無くなってくれない。
罰が当たったのだとヒカルは思った。
自分を裏切ったアキラに意趣返しをするために、あんな酷いことをしたから、
こんな苦しい塊が胸の奥に出来たのだ。
この苦しさは一生消えてなくならないのかもしれない。
でもそれも、自分が二人にしたことを思えば当然だ。
ヒカルはしゃくり上げた。するとさっきアキラが自分に酷いことを言われて嗚咽していた姿が蘇り、
頭がガンガン鳴った。
明日アキラに会った時、どんな風に声をかけたらいいのか分からなかった。
社にもどんな顔をして会ったらいいのか分からない。
ぐちゃぐちゃになった頭で辛うじて理解できるのは、
アキラと社の間に育ちつつあった信頼関係に対し自分がこれ以上ないほど深い傷を負わせたことと、
この数日間アキラと社と三人で過ごした素晴らしい時間は、
もう二度と返って来ないのだということだけだった。

へたへたと、ヒカルは扉を背にして座り込んだ。
――あの花火から後、自分たち三人の間に起こったことが全部夢だったらいいのに・・・
折り畳んだ膝の上に顔を伏せると、夢の中に落ちて行けそうな気がした。
身も心も疲れ切っていたヒカルは、いつしかそのまま眠ってしまった。

428戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:38:51
(100)

「・・・・・・進藤。おい進藤、だいじょぶか」
軽く頬を叩かれて気がついた。
重い瞼をぼんやり開くと、目の前に社の心配そうな顔がある。
「・・・やしろ・・・?なんでオレ・・・」
友人を見つめる自分の眼が酷く腫れぼったく感じられるのを訝しんで、
何度か強く瞬きをした。
固い壁と床に当たっていた足腰が痛い。
睫毛の縁が何かに濡れたように冷たく、目元と頬には軽く引き攣れるような感触があった。
喉の奥に、胃液の苦味が微かに残っている。
それでヒカルは全てを思い出した。

「・・・・・・っ!!」
目を見開く。何か言いたかったが、口が動かなかった。
石になってしまったように両膝を抱えて、目の前の友人を見つめていた。
だが社は必要以上に言葉を費すことはせず、にこりと小さく笑った。
「・・・良かった。便所の外からドア叩いてみたけど反応あらへんし、
さっき酒も飲んだから、中で倒れてたりしたらどないしょ思って・・・」
何かを問いかけるようなヒカルの大きな目に少し困った表情を返して、
社は手を差し延べた。
「ほれ。・・・・・・立てるか?」
途端、枯れきったと思っていた眼の奥から鈍い痛みが押し寄せてきた。
痛みは熱となり、熱は目の縁から溢れて、後から後から頬を伝い落ちる。
「うっ・・・うぇっ・・・ぐっう、うぇぇっ・・・!!」
みっともないと思うぐらい嗚咽が止まらなかった。
ちゃんと言葉にして謝らなければと思えば思うほど、涙が噴き出してくる。
全身でしゃくり上げるヒカルの頭をあやすように叩いて、社が言った。
「うん。進藤。・・・・・・堪忍な。・・・・・・ホンマ、堪忍や。御免なあ」
――何を謝ることなんかあるんだよ。酷いことしたのはオレなのに。
社に、塔矢に、酷いことをした。一生謝っても足りないぐらい酷いことをした・・・
自分を気遣ってくれる社の優しさが、ヒカルには却って苦しかった。

429戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:40:13
(101)
心配そうな社を先に帰して、洗面所で顔を拭ってから部屋に戻った。
気は進まなかったが、荷物も何もかも全部あそこに置いてあるのだし、
こんな時間に外に出て行て行ったりしたら却って二人に気を遣わせるだろう。
小さな赤い電球一つに照らされた室内には、既に布団が二つ敷かれて、
三つ目の布団に社がせっせとシーツを被せているところだった。
既に敷かれた布団の片方から、見覚えのある艶やかな黒髪が覗いていることに気づいたヒカルは
それ以上歩を進めるのを一瞬躊躇ったが、社が口に人差し指を当てつつ
真ん中の布団に行くようヒカルに促したので、足音を忍ばせ、言われた通りにした。
隣の布団に恐る恐る目を遣ると、アキラは掛け布団を頭まで被って
静かな寝息を立てているようだ。
乾き切っていない濡れ髪の甘い匂いが微かに漂っているところを見ると、
ヒカルが眠りに落ちている間に一度、風呂に入って身を清めたのかもしれない。

「・・・塔矢を一人にすんのも心配やし、今夜はこーして三人で寝るのが一番いいと思ったんや。
オレたちももう寝よ」
自分の布団を設えた社が小声で言い、ヒカルも頷いた。
電気が消され、布団に潜り込む音が少しの間ガサガサと響き、静寂が訪れる。
目を閉じても眠れなかった。
社にも、眠っているアキラにも気づかれないように、
ヒカルは隣の布団からほんの端っこだけはみ出しているアキラの黒髪を眺めた。
しっとりとした匂いを放つ美しいそれに指を伸ばして触れてみたかったけれど、
今の自分にそんなことが出来るはずもない。
明日の朝を迎えれば二度とアキラに手を触れることも、
口を利くことも出来なくなってしまうかもしれない。
だからせめて今夜は目の前にあるこの黒髪を、
自分にまだ見つめることが許されているアキラの一部を、
このまま夜明けまで眠らずに眺めていようと思った。

430戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:41:15
(102)
背中側の布団から小さな声が呼びかけた。
「・・・・・・進藤。進藤、まだ起きとるか」
黙っていると、声はそのまま続けた。
「・・・寝とるならそのままでええ。オレが一人言言いたいだけやから、夢ん中で聞いてくれ。
そやなぁ、何から話そ・・・東京から電話がかかってきて、塔矢にこの研究会に誘われた時、
オレほんまに嬉しかってん」
――社は何を話そうとしているのだろう。
寝たふりをしたまま、ヒカルは背中に神経を集中させた。

考え考えという調子で、間を置きながら社は続けた。
「もうバレバレやろォけど・・・オレ、塔矢のことが好きや。北斗杯の時から、
いやきっと、初めて見た時から好きになってたんやと思う。塔矢は強くて・・・
女みたいな顔してる癖に、碁盤の上でも碁盤の外でも、ほんまムカつくぐらい強い奴で。
塔矢のそういうとこ、反発したくなる時もあったけど、憧れてた。せやから・・・
研究会に参加したらまた塔矢と会える思て、オレ、柄にもなくドキドキして、
電話もらってから東京着くまで、ずーっと何にも手に付かんとドキドキしっ放しやった」
――わかっていた。社がどれだけ純粋にアキラを想っているか。
そしてアキラがどれだけ社に惹かれているかも。
アキラを一番側で見つめてきた自分は、痛いほどわかっていた。
わかっていたのに・・・
心臓が錐を捩じ込まれたように痛んで、ヒカルは我知らず眉を寄せた。
社の声は穏やかに続いた。
「・・・・・・けど、オレが東京に来たのはソレばっかのためやない。塔矢や進藤とまた打てる、
北斗杯の時みたいにもう一遍三人で碁漬けの時間を持てるんやて、それが一番楽しみやった。
ここに来てからの時間は楽しくて・・・碁を打ってる時間もそうじゃない時間も、
ホンマに全部楽しくて・・・夢みたいで・・・。塔矢といられるのも勿論幸せやったけど、
進藤と打ったり話したりする時間も、無茶苦茶楽しかった。
あぁ進藤てこんなトコもあるんやとか、こういうトコはオレと似とるとか。
そういう風に感じることがたくさんあったんや。・・・・・・せやから」
一旦言葉を切って息をついてから、ぽつりと一言。
「同じ相手を好きになんのも当然やと思った」

431戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:42:18
(103)
布団に横たわったままヒカルはぎゅっと拳を握り、目を閉じた。
自分がアキラと社の想いに気づいたように、社も自分の想いに気づいていたに違いない。
この数日間同じ屋根の下で、互いが互いの視線の先にあるものを知りながら、
それを口にするのを避けていた。
三人で過ごす、この楽しい夢のような一時を壊したくなかったから。
一つ何かを間違えば、たちどころに均衡を失い崩れてしまうだろうこの生活を
それでも守り抜きたいと、誰もが願っていたから。
けれども皆が自身の想いを押し殺してまで保とうとしたその素晴らしい時間は、
最後の夜に崩壊したのだ。・・・最悪の形で。

逡巡するような間を置いてから、社が再び切り出した。
「・・・・・・進藤は・・・塔矢とオレが二人でいた時の会話、聞いてたんやったな。
でも多分、全部は聞いてへんのやろ。だから少し誤解しとんのやと思う」
――誤解?
ヒカルは薄く目を開いた。
確かにあの時、二人の会話を最初から全て聞いたわけではない。
だが、誤解も何も、自分があの時見た光景。
社がアキラを抱き締め、アキラもそれを拒まなかった。それが全てではないのか?
だからこそ――だからこそ自分は絶望し、怒りに任せ、アキラを傷つけてやろうと思ったのだ。

背後で社の声が躊躇いがちに告げた。
「あん時、オレが塔矢に自分の気持ち伝えたんはホントのことや。
アンタのことが好きやて、そう言うた。・・・・・・けど、本当言うと塔矢はあん時、
OKしてくれたわけやないんや。も少し考えさせて欲しい、て。
オレのこと気になっとるけど、自分には他にも好きな相手がいるから、今は答え出されへん。
ちゃんと答えを出せるのは何年も先になるかも分からへんし、
その時どっちを選ぶか約束も出来ひんけど、それでもエエなら待ってて欲しい、て。
そういう返事やったんや。・・・その相手ゆうのが誰なのか塔矢は教えてくれんかったけど、
オレには進藤のことやて、何となくわかってた。せやからオレ、いつまででも待つて、
その間に碁の腕磨いて、塔矢に認めてもらえる男になれるよう頑張るて、そう答えたんや」

432戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:43:11
(104)
ヒカルは一言も声を発さなかった。
声を発さないまま、頬は涙で濡れていた。
「――この数日のこと、オレ一生忘れへん」
言い切った社の声にはきっぱりとした響きがあった。
「何年か何十年か後、塔矢がたとえ誰を選んだとしても・・・
この家で塔矢と、進藤と暮らした数日はオレが今まで生きた中で一番大切な思い出で、
それはオレが死ぬまで一生変わらへん。だから・・・・・・ありがとう。
二人とも、ほんまに感謝してる。・・・・・・ってことをな。一人言で言っときたかったんや」
最後に照れ隠しのように付け加えて、ゴソゴソ布団を被り直す音が響いたかと思うと、
それきり社の布団からは規則正しい吐息しか聞こえなくなった。
ヒカルは声を立てないように泣いた。
目の前の布団から覗いているアキラの髪は、ヒカルが見ている間夜明けまで一度も、
僅かたりとも動くことはなかった。
もしかしたら、アキラもあの時泣いていたのかもしれないと後で思った。

433戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:44:06
(105)
一晩中起きているつもりだったのに、やはり疲れが一気に来たのだろう。
薄青い明け方の光が障子から差し込んできたのを感じた辺りでヒカルの意識は途切れ、
目を覚ました時はもう予定の起床時刻を一時間以上も過ぎていた。
「げっ。ヤベッ」
両隣の布団は既に畳まれて、部屋の隅に寄せられている。
慌てて廊下に出て隣室を覗くと、障子いっぱいの白い光に満たされた室内で、
アキラと社が碁盤を挟み向かい合っているところだった。
無意識にヒカルの足は碁盤の脇に向かった。
ヒカルが傍らに腰を下ろしても、アキラと社の視線は動かない。
ヒカルも二人の顔を見てはいなかった。
誰も言葉を発さず、それでいて三人の心が真っ直ぐ一つの場所に向いていることを
三人ともが知っていた。
それは今自分たちが囲んでいる、碁盤の上だ。
きっとこの先何があっても――
たとえ修復不能なほどに互いの関係が壊れてしまう日が来たとしても。
自分たちは必ずこうしてまた帰ってきてしまうのだろう。
自分たちが出会うきっかけとなった、全ての始まりである十九路の交差の上へ。
そのために、幾度同じ過ちを繰り返し傷つけ合ったとしても。
一手一手噛み締めるように目の前で紡がれていく対局を見つめながら、
ヒカルの胸をそんな予感がよぎった。

434戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:45:30
(106)
終局後、アキラがヒカルを振り向き「おはよう」と言った。
ヒカルも「おはよう」と返し、そのまま三人で短めの検討をした。
それから、数日間世話になったこの家の碁盤を綺麗に拭き、碁石を洗って、元の位置に収め直す。
「ああ、今日も暑くなりそうだね・・・」
窓を開けて新しい空気を入れながら、照りつける夏の日に眩しげに手を翳してアキラが呟いた。

最後の朝食と後片付けを済ませ、ヒカルと社が荷物をまとめ終わると、三人で家を出た。
玄関を出る時、アキラの白い指が旧式の鍵のツマミを回し、
ゼンマイのおもちゃのような音を立てるのを、不思議と懐かしいような気持ちで眺めた。
この数日間に目に馴染んでしまった風景の中を駅まで辿り、改札を過ぎ、電車に乗り込む。
流れ行く車窓を眺めながら、互いにぽつりぽつりと他愛もない話を交わした。

新幹線のホームに着くまであっという間だった。
ヒカルとアキラは途中で買った東京土産と弁当を社に渡した。
「おおきに」
社は二人から渡された紙袋を両手に掲げて見つめ、はにかむように唇の端を上げた。
到着案内のアナウンスが流れ、新大阪行きの新幹線がホームに滑り込んでくる。
ドアが開き、乗り降りする人の波が忙しなく動き始めた。
「ほなオレ、そろそろ行くわ。ホンマ、ありがとうな、見送りまでしてくれて。
大阪に戻っても、オレぎょうさん碁を打って、二人に負けないぐらい強なってみせる。約束する」
「ああ。オレたちだって負けねェ!なっ、塔矢。・・・・・・塔矢?」
アキラは無言で俯いていた。
切り揃えられた髪が端正な横顔の目元と頬に陰を作って、表情が見えない。
「塔矢・・・」
社の声が揺らいだ。
発車時刻が近づいたことを告げるベルの音がけたたましく鳴り響く。
ドアに背を向け、社がアキラのほうへ吸い寄せられるように進もうとしたその時、
すっと白い手が差し出された。
社が見つめる。陰を払ったアキラの瞳が、真っ直ぐに社を見つめ返す。
そこだけ時が止まったように、一瞬視線が交じり合った。
「・・・・・・おお!」
鳴り響くベルの中、最後にアキラとしっかり握手を交わして、社は大阪へと発って行った。

435戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:46:28
(107)

――そうあれは、もう過ぎ去った夏の盛りの出来事。
社が東京を去った後、ヒカルとアキラの間にはほとんど元通りと言っていいような
日常が帰ってきた。
ほんの少しの疚しさと痛みを、日常の顔の後ろに隠したまま。
あの夜起こった一連の出来事については、互いを責めることもなかったし
普段の会話に上すこともなかった。
それでも時折、真夏の熱に悪酔いしたようなあの夜の昂りがぶり返して
ヒカルを残酷な遊びに駆り立てる。
「し、進藤・・・んぅッ・・・!イヤだっ、あっ・・・あっ・・・!」
「んっ・・・、ンなこと言って・・・ぐいぐい締め付けてきてんじゃねェよ・・・っ、
ホントはオマエ、あの夜のこと思い出しながらすんの、大好きだってバレてんだよっ・・・!」
綺麗に畳まれた夜の布団が崩れそうに揺れて、
上気したアキラの肌から立ち昇るのは、あの夜と同じ仄かな火薬と煙の匂い。
荒い息をつきながらアキラの奥を穿つたび、己が精と共に、
この胸の底に鬱積したアキラへの愛憎も一緒に放ってしまえれば良いのにと思う。
そうしてアキラのことを忘れ去ってしまえば、いつかアキラが他の相手を選んだとしても
胸の痛みとは無縁でいられるのだから。
だが実際は、体を重ねれば重ねるほど苦しさも欲も募るばかりで、
アキラの体を意のままにすればするほど、心まで全て欲しくなる。
大阪に帰った社は、アキラの側にいられないせいで苦しい思いをすることもあるのだろうが、
アキラの側にいるヒカルには、側にいるがゆえの苦しみがあった。

限界が近づいた時、ヒカルの目の裏には、あの夜見た花火の光景が蘇った。
ヒカルと社、二人の花火に挟まれて灼かれ、鮮やかに花開いたアキラの花火。
三人の熱が溶け合うばかりに交じり合い、ただ一時だけ実現したあの混交の美――
あの時の花火のように、自分たち三人もあの夜狂おしい熱を貪り合い、
境も分からなくなるほどに交じり合い、
そのまま燃え尽きて消えてしまえていたら良かったのかもしれない。
そうすればヒカルも社もアキラを失うことはなく、
アキラもヒカルと社のどちらかを失うなどという選択をしないで済んだのだ。
実はそれこそが、あの夜三人が口に出さず心の底に押し込めていた本当の望みではなかったか?

436戻り花火 ◆pGG800glzo:2008/12/15(月) 23:47:30
(108)

――きっと夏が来るたび、花火を見るたびこの胸をよぎるのだろう。
儚いが忘れ難い一瞬の輝き。
焼きついてしまった夏の思い出。
膚を冷やす闇の中、時季外れの炎の華の残り火に浮かされるように、
ヒカルとアキラは互いの熱を求め合った。

                             <終>

437毛玉の怪 ◆pGG800glzo:2009/06/20(土) 00:15:01
(19)

「――じゃあ、昨夜は結局、その妖しを見失ってしまったって云うのかい」
「そ。オレはそん時、別の通りを巡回してたから見てねェんだけど。
直接そいつを見た検非違使仲間の話じゃ、噂どおりに馬鹿デカくって、
山猫と牛車のあいの子みてェな格好の化け物だったらしいぜ。
でさ、その化け物が一度吼え声を立てたらしいんだけど、
それが地獄の底から轟くような物凄ェ声で、それ聞いた検非違使たちはみんな
体が竦んで身動き取れなくなっちまったんだって。
それはともかく、このお菓子美味ェな。あかり、もう一個くれよ。ホラ、賀茂も」
「いや、ボクはもう十分・・・」
口元まで菓子を近づけられた明は、丁重に手をかざして辞退した。
女房部屋の一角、冬晴れの昼下がり。
陰陽寮の仕事をこなし、帝への指導碁も終えた明は、帰宅する前の一時を
友人の近衛光たちと過ごしていた。
菓子を拒まれた光は肩を竦めて、それを自らの口に放り込む。
「ンだよ、オマエが昨夜から寝てねェ、朝もほとんど食ってねェって云うから、
オレのお菓子分けてやろうと思ったのに」
「光はさっきから食べ過ぎでしょ!んもう、折角舶来物のお菓子をいただいたから
明様と光の二人にと思って出したのに、一人でほとんど食べてるじゃない!」
頭の左右で髪を二つに結わえ、残りの髪を後ろに梳き流した女房姿の美少女が
可憐な唇を尖らせる。
光の幼馴染、あかりの君である。
日頃人と打ち解けることが少ない明だが、以前強力な蛇の妖しに取り憑かれた際、
あかりの君を通してもたらされた護符に窮地を救われたせいもあって、
最近では光と共に彼女の局でくつろぐ機会も少なくなかった。
もっとも、積極的に談笑に加わる質ではない明は、光と彼女の遠慮のない掛け合いを
少し微笑みながら見ているだけ、というのが常であったが。

438毛玉の怪 ◆pGG800glzo:2009/06/20(土) 00:16:01
(20)
「・・・いずれにせよ、その化け物に検非違使も歯が立たないという事態が続くようなら、
ボクたち陰陽師の出番かもしれないね」
明の呟きに、あかりの君との口喧嘩を止めて光が振り向く。
「・・・あのさ。聞こうと思ってたんだけど、賀茂はその化け物に心当たりとかあるのか?」
「いや?それは無いけど」
「そっか!・・・だよなァ」
ほっとしたように頷いて、新しい菓子に手を伸ばす光の態度が明には少々気になった。
形の良い眉を顰めて問い質す。
「近衛。今のはどういう意味だい?」
「え、どういうって?」
「自分で云うのもなんだけど、ボクは都の陰陽師の中では名の知れたほうだと思ってる。
普通に考えたら、一般の人よりは妖しに詳しいはずだ。・・・そのボクが、
キミの云う化け物を知らないことが意外じゃないのかい?ボクの力量はその程度だと?」
「いや、それはさ、そういう意味じゃなくて。別にオマエの力を侮った訳じゃなくて・・・
そんな目ェ吊り上げるなって。あーもうっ、メンド臭ェ奴だな、オマエは!
・・・・・・仕方ねェから話すけど、さっきの検非違使仲間の話で、
その化け物の姿を途中で見失っちまったって云ったろ」
「ああ。それが?」
明が首を傾げ黒い眸でじっと見つめると、光は云いにくそうに視線を逸らし、告げた。
「皆がその化け物を見失った場所ってのが・・・ちょうど賀茂の邸の辺りだったらしいんだ。
化け物の吼え声で金縛りに遭った検非違使たちがやっと動けるようになって、
声の聞こえたほうへ追いかけて行ったら、もうソイツの姿は何処にも見当たらなくて。
――代わりに、オマエの邸の門が閉まるのを見たんだって。
だから、ひょっとするとあれは陰陽師賀茂明が使役している式神で、
都の大路を徘徊した後、主人である賀茂の邸に帰って行ったんじゃねェかって
怯えてる奴もいた」

439毛玉の怪 ◆pGG800glzo:2009/06/20(土) 00:17:05
(21)
「主人だって?ボクがその化け物の?」
明は驚いて問い返した。しばし言葉を失った後、ゆっくりと首を振る。
「・・・馬鹿な。ボクは帝をお守りし、都とこの国の安寧を保つのが仕事だ。
そのボクが化け物を使っていたずらに都を騒がせるなんて、あり得ない」
「そうよそうよ。明様はそんなことする方じゃないわよ!
光は明様の友達なのに、そんなことを云われて黙っていたの!?」
あかりの君にも詰め寄られて、光がたじたじと手を上げる。
「わ、分かってるって!オレだって賀茂がンなことするなんて思っちゃいねェし、
みんなにもそう云ったよ!・・・たださ、知らない間に妖しに取り憑かれることだって
無いとは云えねェだろ。ついこないだも、あっただろ?・・・そういう事件」
光がボソボソと横を向いて云う。明は言葉に詰まった。
「う・・・ま、まぁそれはそうだが・・・」
明が強力な蛇の妖しに取り憑かれ、光や社の活躍によって漸く解放された事件から
まだふた月も経ってはいない。
己が心驕りをして、またあのような得体の知れぬモノに魅入られないようにと、
光は案じてくれているのだろう。

明は吊り上げていた眉を下げて、ほうと息を吐いた。
「・・・・・・わかったよ、近衛。今のところボクにそんな心当たりはないけど・・・
おかしなものを近づけないよう、身辺にはなるべく気をつけよう。
社にも、ボクの留守中に妙なものを邸に入れないよう、云っておくよ」
「うん、そうしてくれよ!そのほうがオレも安心だしさ」
ほっとしたように光が表情を和らげる。あかりの君が握り拳を作って力強く保証した。
「大丈夫よ、明様なら!なんたって都一の陰陽師様ですもの。
高麗国の太子様だって、この国には大変優れた陰陽師殿がおられるそうですね、
是非お会いしてみたいものですって、興味津々だったんだから!」
「太子様?」
明と光の声が揃った。

440毛玉の怪 ◆pGG800glzo:2009/06/20(土) 00:18:09
(22)
明は己の顔に苦い表情が浮かぶのを止めることが出来なかった。
昨夜はその太子の気紛れに振り回されて、気の張る宴に明け方まで付き合わされたのだ。
今回、明は急病になった学問僧の代役として通訳を務めたに過ぎないのだから、
今後はもうあのような席に駆り出されることはなかろうが、
たった一晩彼の傍らに侍っただけでも酷い気疲れが今日まで残っていた。
明のそんな事情を知らない光は、幼馴染の口から外つ国の貴人の名が出たことに
純粋に驚いているようである。
「あかり、オマエいつの間に太子様と話なんかしたんだよ。ってかオマエ、
高麗の言葉なんか話せたのか?」
「あら、云わなかった?太子様はとっても気さくな方で、宮中にいらした時は
私たち女房の局にもよくお見えになるの。このお菓子だって太子様が下さったのよ。
背丈が高くて素敵だし、お顔も佐為様や明様に負けないぐらいの美丈夫だって、
女房たちの間ではもう凄い人気。太子様のお付きの中にこの国の言葉を話せる
男の子がいるから、お話する時はその子を通じてするの。
女房の噂話なんて殿方にはつまらないでしょうに、太子様はこの国のことを
学びたいからって、どんな小さなことでも真剣に聞いて下さるのよ」
「へェ、そんな気さくな人なのか。そういや加賀の話でも、
お忍びで市に出かけたりして、割と庶民的なところがある太子様みたいだったなぁ」

二人の会話を聞きながら、明には少し引っ掛かることがあった。
女房の噂話に積極的に加わったり、市まで足を運んだり――だと?
古来、女を篭絡することと、人が多く集まる市へ出向くことは、
間者などがその国の情報を収集する際の常套手段である。
昨夜宴の席で、太子がふと洩らした言葉。
――オレはその霊獣を探しにこの国へ来た・・・
そして、その霊獣の毛皮を身に纏った者は、世界の王となるべき力を手にするという。
世界の王という言葉の下に、この日の本の国をも手中に収めるという意味が
隠されているのだとしたら、彼は何かとんでもない野望を秘めて、
この国にやって来たのかもしれない。
そんな考えがふとよぎり、明は背筋を冷たいもので撫でられたような心地がした。

441毛玉の怪 ◆pGG800glzo:2009/06/20(土) 00:19:14
(23)

「あんまキョロキョロよそ見してんなよ、筒井。市は人が多いんだから迷子になるぞ」
「あっ、うん。ごめん加賀」
人だかりの最後列で懸命に背伸びしていた筒井がビクンと肩を跳ね上げ、
ずり落ちた眼鏡を指で押し上げながら駆け戻ってきた。
「通りの向こうで面白そうな辻芸をやっていたから、つい見入っちゃって」
その言葉どおり、筒井が走ってきた方角からは賑やかな鐘や太鼓の音が響き、
人だかりの向こうで時折、鞠や松明らしきものが高く放り上げられているのが見える。
加賀はフンと鼻を鳴らした。
「まぁ気持ちは分からないでもねェけどよ。勤務中なんだ、気ィ引き締めな。
なんたって太子様の護衛だ。怪しい奴なんかを近づけないよう注意しねェとな」
とは云うものの――と心の中で付け足す。
もし己がスリやかっぱらい、はたまた太子の命を狙う刺客の類だったとしても、
今の状況下で犯行に及ぶ勇気だけはないだろう。
老若男女が行き交う市の雑踏の中でも、異国から来たこのみこ――
永夏太子の歩む先は、自然と人の波が開けて道が出来る。
それほどまでにこの太子は、とにかく目立っていた。
すらりと高い背丈に鮮やかな彩りの異国風の錦衣を身に纏い、
橙がかった明るい色の髪を風になびかせて、沓音も高く悠々と歩みを進めていく。
あまつさえ太子の周囲には、五色の糸で作った日除けのきぬがさを差しかける小者やら、
太子が国から連れてきた従者やら、加賀たちを含む検非違使の集団やらが
ぞろぞろと二十人ばかりもついて歩いているのだ。
埃っぽい市の風景に似つかわしくない珍客の訪れに、彼らを取り巻く京の人々が
皆一様に呆気に取られた顔をしているのも無理からぬことと云えよう。

442毛玉の怪 ◆pGG800glzo:2009/06/20(土) 00:20:25
(24)
「ったく、人騒がせな・・・市で欲しい物があるなら、従者に買って来させりゃ
いいじゃねェか。毎回オレたちまで護衛に狩り出されてよ」
加賀、筒井と並んで歩いていた三谷が小声で毒づく。
「しっ。そんなこと云って、聞こえるよ、三谷」
「だって、オレは今日非番だったんだぜ?なのにこの任務のせいでさ・・・」
加賀がニヤリと笑って冷やかした。
「三谷、オマエが非番の日にすることっつったら、惚れた女に碁を教わりに
行くことぐらいじゃねェか。ホラ、確かあの・・・かねこの君とか云ったか?
やめとけやめとけ。相手は都でも評判の才女で絶世の美女なんだろ?
オメーみてーなガキ、相手にされるワケないって」
「な、何だと!あの人はそんな情けを知らぬ御方ではない!い、いや違う、
オレはそんな不純な気持ちであの人の所を訪れているわけじゃ・・・!」
他愛もない言い合いの最中に、加賀の鍛え上げた検非違使としての本能が、
空中に弧を描いて飛んでくる「それ」を逃さず察知した。

「はぁッ!!」
白刃一閃、太子の前に躍り出た加賀が刀を振り下ろすと、
ぶつりと何かが切れる音がして、バラバラと細かい物が地面に降り注いだ。
「・・・・・・!」
空気が一瞬にして凍りつく。
従者たちと検非違使が一斉に刀を抜き、太子を守るように円陣を組んで身構えると
彼らを見物していた群衆の間にもサッと緊張が走った。
そんな中、ひしめき合う人々の中から一人の少女がまろび出た。
黒い髪を短く切って、肩や袖には継ぎを当てた、貧しげな身なりの少女である。
少女は地面に散らばった物を一目見ると泣き出しそうな声をあげた。
「あぁっ!私のお手玉が・・・」
「お手玉?」
よく見れば、地面に散らばった細かな物は古びた豆や雑穀の類で、
傍らには見事真っ二つに裂けた襤褸布が落ちている。
どうやら加賀が斬ったのは、この少女が手元を誤り飛ばしてしまったお手玉だったらしい。

443毛玉の怪 ◆pGG800glzo:2009/06/20(土) 00:21:18
(25)
『貴様!太子に向かってこんな汚い物を投げつけ、行く手を遮るとは無礼千万!』
太子の連れの従者の一人が、激昂して少女に刀を向ける。
「えっ・・・あ、ああぁっ!ご、ごめんなさい!・・・」
事態を理解した少女が目を大きく見開き、悲しみと恐怖に顔を歪ませる。
『ええい、子供だとて容赦はせん!斬り捨ててくれる!』
従者が刀を振り上げ、誰もがハッと息を飲んで目を覆った瞬間、
――まずい!
考えるより先に加賀の身体は飛び出していた。
従者の刀を、少女の命ではなく己が刀で受け止めるべく、
加賀は頭上に愛刀を真一文字にかざし持ち、襲い来るはずの斬撃を待った。

――が、それはいつまで待てどやって来なかった。
目の前では従者が刀を振りかざした体勢のまま、血の気の引いた顔で固まっていた。
刀を握り締めるその従者の手首を、背後からがっちりと片手で捉えていたのは――
永夏太子その人である。
愛撫のような囁きが太子の艶やかな唇から洩れた。
『――オレがこの国へ来た目的を忘れたのか?こんな所で悪評を立て、
オレの計画を台無しにするつもりか?・・・オマエもオレのお仕置きを味わいたいか?』
『ひっ。も、申し訳ございません!』
異国の言葉での遣り取りは加賀たちには意味が取れなかったが、
少女を斬ろうとした従者を太子がたしなめている、ように見える。
泡を吹きそうな顔で卒倒した従者が倒れ込んでくるのを優雅な身のこなしで避け、
太子が傍らにいた通訳の少年に何事か指示すると、少年は溜め息をつきつつ
荷の中から何かを取り出し、少女にそれを差し出した。
「え・・・?」
少女の脇から加賀が覗き込むと、それは一反の美しい綾絹と、
袋一杯に詰めた大粒の小豆であった。少年はこの国の言葉で告げた。
「ええと、キミ、遊び道具を壊してしまって済まなかったね。
お詫びのしるしとしてこの絹と豆を受け取ってくれるようにとの、太子の仰せだ。
これで新しい遊び道具を作るといい」
「え、これ、私がもらっていいの?わぁっ!私、こんな綺麗な布を触るの初めて!」
少女が手に取って広げた絹の華麗さに、取り巻く群衆から感嘆と羨望の声が上がる。

444毛玉の怪 ◆pGG800glzo:2009/06/20(土) 00:22:19
(26)
更に少年は太子の言葉を代弁するごとく群衆を見回し、告げた。
「ここにいるそなたらにも聞いて欲しい。我々は高麗の太子の一行である。
間もなくこの国で冬を迎えるに当たり、太子は貴人が身につけるに相応しい
皮衣を探しておられる。色は白。既になめしてある物でも、
そのような毛皮を取れそうな生きた獣でも良い。何処ぞの寺や貴族の宝物蔵に
そうした毛皮が眠っているという噂でも良い。有益な情報を持ってきた者には
褒美をつかわすゆえ、七条大路の鴻盧館まで知らせに来るように」
大波のように、興奮気味のざわめきが見物人の間に広がる。
たった今彼らの目の前で太子が少女に与えた品の見事さが、
その興奮に拍車をかけていることは明らかだった。

――なんだなんだ?この雰囲気はよ。
突如として市を支配した異様な空気に、加賀は顔をしかめる。
確かに太子は一人の少女に温情をかけ、その命を救った。
そればかりか彼女に見事な品々まで与えて寛大さを示した。
しかし視線を脇に転ずれば、先ほど太子に何か囁かれただけで卒倒してしまった従者が、
今も真っ青な顔で両脇を仲間に抱えられているのだ。
一方では従者をこんなにも怯えさせ、一方ではこのように巧みに人心を掌握して、
その中心にありながら平然としている太子の美貌が、加賀には薄気味悪かった。

『これで良かったのかい、永夏』
『上出来さ、秀英。さすがオレの乳兄弟だ』
浮かない顔の通訳の少年に、太子が笑いかける。
『けどあんな緩い条件で褒美を約束したら、褒美目当ての詐欺師が押し寄せるんじゃ?』
『最高の情報を釣り上げるコツは、まずどんな些細な情報にも手厚く対応することさ。
それに、寛大で気前のいい太子様と見られておくに越したことはない。
いずれオレはこの国の王にもなるんだからな。今の帝よりもオレに
この国を治められるほうがいいと、誰もが思うように今から仕込んでおくのさ』
『そう上手くいけばいいけど・・・』
太子と秀英が交わす会話の中身を、無論加賀は知る由もなかった。

445盤上の月2(9) ◆RA.QypifAg:2012/06/03(日) 02:17:14

「ほどほどにしとけよ和谷」
笑いながら冴木がつい口を出す。
「だって冴木さん、コイツ本当にムカつくんだよおっ」
「まあまあ和谷君気持ちはわかるが、でもちょっとキミはイライラしすぎじゃないか? 
そんなキミにちょうど良いものがあるぞ」
門脇は自分のバッグからある物を取り出す。
「………ほら、これ貸してやるからストレス解消しろよ」
「それ何ですか門脇さん?」
ヒカルの首を絞めるのを止めて和谷は門脇が差し出した物を受け取った途端、「わあっ」と驚きの声を
上げた。
「コココココ、コレッて……!」
門脇が和谷に渡した物は、アダルトDVDだった。
「今が旬の野木ららちゃんの新作だよ。今日発売日でつい買っちゃったんだ。
オレこの子タイプなんだよな」
「これ……本当に借りてもいいっスか!?」
「ああ、いいよ。でもオレまだ見てないから早めに返してくれよ」
「もちろんですっ!」
和谷は門脇に何度も大きく頷いてにんまりと笑い、あっという間に上機嫌になる。
「門脇さん、……和谷の扱い慣れてますね」
関心して冴木は門脇をまじまじと見る。
「まあ、あの年頃はそんなものだろ」
そんな和谷と門脇達のやりとりを、越智は眉間に皺を寄せて眺めていた。
「………ボクは遊びにここへ来てる訳じゃないのに」
和谷の研究会はメンバー達の仲が良く、碁の研究会から脱線することが時々あった。
「ボクは時間を無駄に過ごすのが一番嫌いなんだっ」
1人憤慨する越智を、ヒカルはぼんやりと眺めて少し顔をゆがめる。
「………越智。オマエさあ、なんだかなあ……塔矢みたいなことを言うんだな」
「塔矢みたいだって?」

446盤上の月2(10) ◆RA.QypifAg:2012/06/03(日) 02:21:30

「ああ、真面目一筋みたいなところとかさ……」
「真面目で何が悪いのさっ!」
ヒカルに不満を漏らして不機嫌な表情をする越智に、和谷は目を向けた。
「越智〜、何だよオマエこういうの見ないのかよ。1人ですました顔しやがって〜。
オマエはどんな子好きなんだ? 教えろよ〜、ほらオレの秘蔵のエロ本貸してやるからさあ」
機嫌が良い和谷は、自分の大事なエロ本を手にしてニヤニヤしながら越智に詰め寄る。
「和谷! ボクは遊びに来たんじゃないんだ。研究会をしないならば帰るよ!」
「あ〜、悪かったよ。つい聞いてみたかったんだよ。じゃあ、検討の続きをするからさ〜」
越智のキツイ視線に少し焦りながら和谷は碁盤前に座り、検討中の棋譜内容の石を並べ始めた時、トン
トンと玄関ドアをノックする音が研究会メンバー達に聞こえた。
「慎ちゃ〜ん、私よ、桜野。ここ開けてくれないかな?」
九星会所属・女流棋士の桜野の声だと伊角はすぐ気付く。
「えっ、桜野さん!?」
驚きながら伊角は急いで玄関ドアを開けると、そこには笑顔の桜野が右手を上げて小さく振っている。
「慎ちゃんがここの研究会で頑張っているって、以前聞いたのを覚えていたのよ。
偶然この近くで用事があったから寄ってみたの。ほら差し入れ持って来たわ」
桜野はチェーン店のドーナツの入った手提げ袋を伊角に手渡す。
「ありがとう桜野さん、良かったらどうぞあがってください。狭くて汚いところですが」
「聞こえたぞ伊角さん、狭くて汚くて悪かったなっ!」
大声をわざと出す和谷に、伊角は手提げ袋を手にして振り向きながら苦笑いする。
「桜野さん、こんにちは〜」
「こんにちは」
研究会のメンバー達が、桜野に挨拶をした。
「こんにちは。うわあ〜、見事に男所帯ねえ〜。でも結構綺麗にしているじゃない。
じゃあお邪魔するわよ」

447盤上の月2(11) ◆RA.QypifAg:2012/06/03(日) 02:22:59

桜野がヒールを脱いで和谷の部屋に入ってすぐ目についたのは、畳上に散乱している和谷が門脇から借
りたアダルトDVDや和谷秘蔵のエロ本だった。
「―――ちょっと、これ何なのよおっ! アンタ達、本当に真面目に研究会やってんのお!?」
悲鳴のような金切り声を桜野は上げた。
「わあっ、ヤバッ!  桜野さんがいきなり来たからしまうの忘れてたっ!!」
和谷の顔は一瞬で蒼白する。
「慎ちゃん、どういうことなの!? 慎ちゃんも一緒になってコレ見てたの!?
もう信じられなあ〜い!」
「いや、桜野さん、これには事情があって……」
しどろもどろに伊角がなんとか場を治めようとするが、桜野はヒステリックになり伊角の言葉が耳に入
らない。
「もう〜、アンタ達はいったいここで集まって何やってんのよおおおおっ〜、こらああ〜!」
「うわあああっ〜」
和谷やヒカル達は桜野がエロ本やDVDを研究会メンバーに投げつけてくるのを避けながら、アパート
の部屋の中を駆けずり回った。
「ああ〜、オレのららちゃんが〜!」
桜野に投げられたDVDが壁に当たり、ケースから本体が飛び出て床に落ちるのを見て、門脇は悲痛な
叫び声を出した。
「もう〜、何でこんなことに! 和谷が悪いんだからね!」
越智が和谷の背中をバシッと強く叩きながら怒声を投げつける。
「和谷〜、オレ飲み物買ってくるからあと頼むなっ!」
ヒカルは素早く玄関で靴を履いて、和谷のアパートから脱出した。
「進藤〜!? 逃げるのか〜、ひきょうものおおおッ〜!」
後ろから和谷の情けない声が聞こえるが、ヒカルはお構いなしにアパートの階段を降りると近くのコン
ビニへと走りだした。
4月に入ったが、まだ外気は寒くて肌に冷気がまとわりつく。
駆け足で道を走る中、ふっと空を見上げると、すでに夕陽が落ちて辺りは暗くなり始めていた。
そして夕空には、一際青白く光る月が眩しくヒカルの瞳に映る。

448盤上の月2(12) ◆RA.QypifAg:2012/06/03(日) 02:25:01

どことなく今日の月は霞んでいて、柔らかい印象があった。
ヒカルは真冬に自分の部屋から眺めた時の、寒々とした冬の月を思い出した。
月は日によって見た目の感じが変わり、時には冷たく、または柔らかく見えるようにヒカルは感じる。
―――なんだか月って、塔矢みたいだなあ……。
息を弾ませて走りながら、ヒカルはそんなことを思った。



日本の囲碁総本山・東京市ヶ谷の日本棋院。
理事長の佐賀は、棋院の一室で今後の棋院経営について頭を悩ませていた。
佐賀は前理事長の任期終了後に就任したばかりの理事で、もともと囲碁愛好家であり、銀行経営退職後に棋
院理事を引き受けた立場にあった。
囲碁人口がここ近年激減を辿り、赤字経営の棋院は常に危険に晒されていた為、棋院は経営に疎い棋士
理事ではなくて、優れた経営手腕を持つ佐賀に目をつけて体制建て直しを図ろうとした。
また今の財政では税金面で優遇される公益法人へ上手く移項しないと、倒産する可能性も出てきた。
世間から一際注目を浴びていた日本碁界の顔である行洋は、棋院所属を脱退して世界へ旅立ち、年間億
の収入がある行洋が脱退するなどとは棋院は思いもよらず、寝耳に水であった。
行洋には援助を惜しまないスポンサーや政界の面々がついており、今まで棋院は間接的であったが助力
を行洋に願いでていた。それほど行洋の碁は、人々を魅了する力があった。
行洋の働きかけで新しい棋戦も創立したほど、行洋は有識者等に強く支持されて支援を受ける立場にあ
った。その行洋が日本の碁界から抜けたことは、棋院に大きな痛手となっている。
「失礼するよ、佐賀さん。ワシに何用かな?」
部屋に1人の老人が入ってきた。本因坊タイトル防衛中である老将・桑原だ。
「桑原先生、ご足労おかけします。実はご相談したいことがありまして」
「佐賀さんがおっしゃりたいことはわかりますよ。経営のことじゃろうて……」
「ええ、桑原先生にはお知り合いの有識者が多くいると存じております。何とか力を貸して頂けないで
しょうか」

449盤上の月2(13) ◆RA.QypifAg:2012/06/03(日) 02:26:18

桑原は、ふむっと一言を発し、その場でしばらく考え込む。
「確かに棋院は昔から有力なパトロンがいて、創立した経緯がある。空襲でこの市ヶ谷の棋院は1度跡
形も無く破壊され、パトロンの援助で立て直されたからな。
だがな、佐賀さん。スポンサーやパトロンも確かに大事だが、普及の方を力を入れるべきではないか。
根本的な問題はそこじゃろうて。
人に愛されない、見向きもされないものは、廃れていくのが自然の摂理であるならば、そこをなんとか
関心を持つように時間をかけて働きかけるしかなかろうて………。
ワシの戯言と聞き流してくれてええよ」
「桑原先生のお話は痛いほどわかります。だが時間が無いのです……」
「まあ囲碁が普及しないのは、この老いぼれにも責任がある。出来るだけ力になれればと思うとるよ。
どうじゃろう、佐賀さん。世間から注目を浴びやすい国際棋戦や世界棋戦に、若手を参加させてみると
かは。見所のある低段者でも経験を積ませる。国の棋戦だけじゃ世界には通用せんよ」
「………………」
「佐賀さんも知っていると思うが、今の碁界は若手が育ってきておる。
リーグ戦やタイトル戦に名があがるようになった若手の倉田。
また昨年の北斗杯で名をあげた塔矢さんの息子である塔矢アキラや、進藤ヒカル、それに社。
活気が出てきておる」
「………古参の棋士先生方や棋院関係者らは、納得されないでしょうね……。
しきたりを重んじる時代錯誤の碁界では、特に進藤君は一部からあまり評判が良くない。
以前の手合い不戦経歴や、北斗杯で塔矢アキラを押しのけて大将についたことを良く思わない重鎮もい
るんですよ」
「進藤の小僧は、苦労するかもな……。ワシは気に入っているのだが。
力をつけて実力を奴らに見せつけるしかないじゃろう。それにいつでもどこでも、新しい風に歯向かう
輩はいるだろうよ。血を流す改革無くして風向きは変わらんよ、佐賀さん」
「………確かに経営を軌道に乗せるには、かなりの血肉を削らねばならないでしょうね……」
2人は部屋から見える曇空へ目を動かして少し眺め、互いに小さく息を吐く。
桑原は佐賀のいる部屋から出て喫煙室へ向かうと、そこにはすでに先客がいた。

450盤上の月2(14) ◆RA.QypifAg:2012/06/03(日) 02:28:07

緒方だった。煙草を吸いながら緒方の視線は、ゆっくりと桑原の方へ移動する。
「おお緒方君じゃないか。調子はどうじゃ」
「……またリーグ戦で再度挑戦権を取りますよ」
無表情で緒方は、ぼそりと話す。
緒方は前回の本因坊戦の挑戦資格を取得して桑原に挑んだがタイトル奪取を逃し、桑原の本因坊防衛成
功を重ねる結果となった。
―――この老いぼれジジイ。タイトル死守しないで、年寄りらしく若手に早く寄越しやがれっ!
緒方は心の中で、桑原に悪態をつく。
「ひょっひょっひょっ、ワシはいつでも待っておるぞ緒方君。
………そうだオマエさん、佐賀理事長から何か話を受けんかったか?」
「………桑原先生はどうなんですか」
緒方は相変わらず無表情で、桑原を見ないで話す。
「ワシは経営が困難だから協力してくれと頼まれた」
「……………」
無言で煙草を灰皿内で消して、初めて桑原の方へ緒方は体ごと向けた。緒方の顔はやや強張っている。
「やはりオマエさんも同じか。よほど経営は苦しいのだな……」
ちょうどそこへ棋院の職員が手に新聞を持ちながら、喫煙室へ入ってきた。
「あっ、桑原先生に緒方先生、お話中に失礼します」
ドアの外で他の職員達の声がざわめき騒がしいのが、室内にいる緒方と桑原にもわかった。
「何かあったのですか」
緒方が棋院職員へ聞くと、「新内閣が誕生したんですよっ!」と棋院職員はやや興奮気味にやや早口で
話す。
「ほう……、で、今度の内閣総理大臣は誰なんです?」
緒方は再び煙草を出して口に加え、ライターの火をつけながら棋院職員へ訊ねる。
「新国潮党の青木久治氏です。この人、囲碁愛好家で、すごく有名なんですよっ」
「おっ、今度の総理は囲碁好きか。これは普及に役立ちそうだの」
棋院職員の説明に、桑原が食いつく。

451盤上の月2(15) ◆RA.QypifAg:2012/06/03(日) 02:29:04

「ええ、ここ最近の内閣総理大臣は囲碁を嗜む方の就任がほとんどなくて……。
もしかしたら働きかけ次第では、普及に協力を得られるとつい皆で期待をしてしまって」
棋院職員は嬉嬉として、次々とまくりたているかのように話す。
「…………青木久治氏……か………」
表情をくもらせ、煙草の煙を吐きながら緒方は呟く。
「どうした緒方君?」
「青木氏は、塔矢先生の熱烈な支持者ですよ。青木氏の希望で、塔矢先生は指導碁を時々受け持ってい
た。相手が相手だから、塔矢先生も断れなかったようで………」
「………ふむ……、ややきな臭いのう……。
棋院がこのような時期だから、使えるツテは上層部はなんでも利用するじゃろうなあ……」
「ええ………」
緒方はカバンから携帯を取り出すと、電話をすぐかけた。
「………ああ、アキラ君か。今、少しいいかな。
…………そうか。では明日、久しぶりに飯でも食いにいかないか?  
芦原も都合良ければ誘おうと思っている。場所は………、そう、その店だ」
電話先がアキラだとわかると、桑原は微笑を浮かべる。
―――緒方君は、ああ見えても結構面倒見が良いからのう。見た目はクールなのに面白い男じゃ。
緒方がヒカルの院生試験を受けれるように力になり推薦した話は、密かに棋院内で有名になっていた。
「それにしても、…………碁打ちになったのに、どうして対局以外で頭を悩ますことになるのかの……」
ふんっと、桑原は鼻息を荒くする。

452CC ◆RA.QypifAg:2012/06/03(日) 02:32:06
(13)空襲でこの市ヶ谷の棋院→空襲で棋院……の間違い。
確か以前は別場所にあったと思った。うろおぼえ。

453盤上の月2(16) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 01:27:57

アキラは夕暮れを過ぎた頃、都内の自然が多い場所にある料亭へと向かっていた。
道の街路樹は桜並木になっていて、夜桜を楽しむ人が多く賑わっている。待ち合わせの料亭に入ると、
着物を纏った店員が個室へとアキラを案内する。
案内された個室は和室の畳部屋で、緒方と芦原が座椅子に座って夕食を兼ねた宴会をすでに始めていた。
窓からは日本庭園が見え、獅子威しが時々辺りに低く鳴り響いている。
「おっ、アキラ来たか! 先に始めてるぞ〜」
ほろ酔い気分の芦原が、グラスを右手に持ってアキラへと声をかける。
「アキラくん、久しぶりだな」
緒方も酒が入り、やや上機嫌になっている。
「遅くなりすみません、でももう2人とも出来上がってませんか?」
クスクス笑いながらアキラは席へと腰を下ろす。
「こんなの酔ったうちにはいらないよアキラ。オマエが来たから刺身持ってきてもらうかな」
芦原は部屋にある電話で注文をしていると、「芦原、これ追加な」と緒方がグラスを手にして左右に揺
らす。
「はいはい、今頼みますよ。アキラは何飲む?」
「じゃあ烏龍茶を」
おしぼりで手を拭きながらアキラは答える。
「ここの料亭は久しぶりですね。半年前に両親と来た以来かな」
「オレはこんな高いところ、緒方さんの奢りでなきゃ来ないぞ………っという訳で、緒方さん。
今日は好きなモン頼んじゃいますけどいいですか?」
「ああわかったよ、好きなだけ食って飲め。アキラ君も好きなもの頼めよ」
「はい緒方さん、ありがとうございます」
アキラは緒方へ頭を下げた。序列が高く活躍している棋士が食事等の料金を支払うことが、棋院の暗黙
の規律となっているため、3人の中で緒方が支払うのはごく当然の流れだった。
しばらくすると店員が刺身や天ぷら等を運んできた。
「ここの天ぷらが絶品なんだ。あと椀物も最高だな」
緒方は揚げたての天ぷらに荒塩をまぶして口に入れる。
「うん、うまい」

454盤上の月2(17) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 01:28:57

「オレも食べるぞ〜、ほらアキラも熱いうちに食べろ」
箸で天ぷらをつまみながら、芦原はアキラに声をかけた。
「今、頂きますよ」
笑いながらアキラも天ぷらに箸を運ぶ。
「でも久しぶりだな。こうして3人で飯を食うのは」
緒方は芋焼酎のロックをぐいっと飲みながら、しみじみと言う。
「アキラの対局数が多くなってきたから、時間がなかなかあわないもんな。
今オマエ、名人戦と碁聖戦のリーグ入ってるだろ。オレも頑張らないと」
緒方と同様に芋焼酎のロックを口に流し込みながら、芦原は箸を動かす。
緒方は現在、十段・碁聖のタイトルホルダーであり、アキラは今後碁聖戦のリーグを勝ち抜き挑戦手合
い権を得ると、緒方への挑戦者となる。
追う者と追われる者とが一緒に食事をする。一見、奇妙な関係がそこにはあった。
―――いつか来る日だとは思っていたが、こんなに早く来るとはな………。
穏やかに笑いながら食事をするアキラを見て、緒方は少し複雑な心境になった。
わかってはいた。あの時からいつかこんな日が来ると。
………………オレは知っていた……………
緒方の目線は眼前のアキラや芦原を通り越し、別のところへと彷徨う。



―――約12年ほど前。
プロになりながらも、親の都合で緒方は高校に通っていた。
緒方の親はプロになることに賛成を示さず、緒方の兄弟や親戚筋は、皆一流大学へ進学して有名企業へ
就職していた。緒方の親はそのような進路を求めたが、緒方は自分の進みたい道を選んだ。
緒方が行洋の研究会へ参加するため塔矢邸を訪問すると、そこには大抵アキラがいた。
アキラはその頃は5歳ぐらいだと緒方は記憶している。
いつもアキラは1人で碁盤に石を並べていた。
緒方が友達と遊ばないのかと訊くと、アキラは悲しそうな顔をして緒方に言う。

455盤上の月2(18) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 01:29:49

「ボクは、おともだちにいつもきらわれちゃうの……」
研究会の合間に緒方はアキラに碁を打った。アキラは緒方と碁を打つのをとても楽しみにしていると、
行洋から聞いていた。
正直、緒方はあまり子供は好きではなかったが、アキラは聞き分けが良くて大人しいので、相手にする
のは苦ではなく、それどころかとても自分に懐いてくれたので悪い気はしなかった。
研究会で塔矢邸の玄関に立つと、決まってアキラが駆けてきて「おがたさんだ〜」と、満面の笑顔で出
迎えてくれるのを、緒方は密かに楽しみにしていた。
人に嫌な思いをさせないアキラが友達に嫌われるというのを緒方は理解出来なく、いつか行洋にそのこ
とを訊いてみた。
行洋は視線を落として、静かに話し始めた。
アキラは物覚えが抜きん出ており、同じ年代の子達と遊んでいても、すぐ物を作れたりゲームを覚えて
制覇してしまって遊びが成り立たないことが大半だった。遊ぶ子達はアキラを敬遠し、また強い劣等感
を持つことが多く、その結果アキラは仲間はずれにされてしまうということだった。
人よりも秀でることが、アキラにはマイナスに働いてしまう。
それはとても不幸なことだと緒方は思った。
ある日、研究会後に緒方はアキラと碁を打ち、その後アキラを両手に抱きかかえて庭に出た。
行洋以外にそのようなことをされたことがなかったのか、最初はキョトンと不思議そうな表情をアキラ
はしたが、しばらくすると緒方ににこっと微笑む。
「アキラ君は、大きくなったら何になりたいんだい?」
「えっとね……、おとうさんみたいにきしになりたい……」
「どうして棋士になりたいのかな」
「ボクもおとうさんといっしょで、いごすきだから」
「うん、囲碁はいいぞ。勝ったら全部自分の手柄だからな。
アキラ君、強くなれ。囲碁だったら、キミが勝ち進めば皆それを認めてくれる」
「……ほんとうなの、おがたさん?  
ボクはいままでなにかができたら、ようちえんのせんせいはほめてくれるけど、うさぎぐみのみんなに
はきらわれるよ」

盤上の月2(19)

「囲碁は勝つか負けるか。その二つしかないからね。それに最善の一手をずっと考えるのも飽きずに面
白い」
「……ほんとう?  ほんとうにボクがかったら、ひとはボクをみとめてくれるの?」
「ああ、本当だよ。実際にオレがそのことを実感しているからね」
アキラは大きく目を見開き、緒方をじっと見つめる。
「じゃあ、おがたさん。ボクとやくそくして」
「約束?」
「いつかボクがおおきくなってきしになったら、ボクとたいとるせんのたいきょくしようよ」
「いいよ、約束するよ」
「ほんとうだね、おがたさん!
ボクがんばるよ。つよくなって、ひとにボクをみとめてもらえるようになるよ。
そしてきしになって、おがたさんとたいとるせんのたいきょくできるぐらいにつよくなるよ」
アキラは緒方に指きりげんまんをせがみ、そして笑う。
アキラと指きりげんまんをしながら、たった一瞬であったが緒方は見逃さなかった。
微笑むアキラの瞳に、激しい炎が生まれたことを。碁を打つことが自分の存在意義になったアキラに、
闘争心が宿った瞬間だった。
この時に緒方はアキラを、自分と同じ人種であること認めた。
碁に全てを注ぎ込むことを躊躇無く選ぶ生を歩むだろうと―――。


「―――……さん、緒方さん……どうしたんですか?」
緒方はアキラの声で、手元の焼酎に視線を戻した。ガラス内の氷がカランと軽い音を鳴らす。
「ああ、何かなアキラ君?」
目の前には5歳ではなくて、16歳のアキラがいた。
話しかけているのに反応が無かったから、どうしたかのかと……」
「いや、ちょっと考えごとをしていてな。で、何だい、アキラ君?」
「……今日はただ食事を一緒にするだけではないように感じたので」

456盤上の月2(20) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 01:33:14

「ええ、そうなの?
オレはてっきり緒方さんが珍しく奢ってくれると思って、沢山食べるために来たんだけどな」
「芦原、いっぱい食え。豚のようにな」
「うわあ〜、ひっどいッスよ〜、緒方さ〜ん!」
芦原の横で声を出さずに肩を小刻みに揺らして笑うアキラを見て、緒方は重々しい口調で語り出した。
「アキラ君は、ニュースで新しい内閣が出来たことを知っているだろ?」
「ええ、青木さんですよね。新しい総理大臣になったのは。
お父さんが時々、指導碁へ行っていた方です。ちょっと驚きましたけど。
かなり前だけど、ボクの家にも来られたことがあったので覚えてます」
「あ〜、そういえば塔矢先生が指導碁していた数少ない人でしたよね。
塔矢先生は碁の勉強時間を削るのが嫌で、極力指導碁を断っていたけど、青木さんはさすがに断れなか
ったって言ってましたね。政界関係者は難しいですよね。あっ、この煮物追加でお願いします」
芦原は皿を下げにきた店員に追加物を頼みながら、緒方の話題に口をはさむ。
「誠実な感じがする人と記憶してますね。碁がとても好きだから、お父さんとも気が合ったようです。
それにお父さんがタイトル戦防衛したり、国際棋戦で勝つと、必ず贈答品を送ってくれてました」
烏龍茶を飲みながら、アキラは緒方に覚えていることを伝える。
「……オレの勘ぐり過ぎならいいのだが、もしかしたらこの青木氏の指導碁の依頼がキミへ来るかも
しれん」
「えっ?」
意外そうな表情をアキラは緒方にあらわにした。
「アキラにですか。どうして?
塔矢先生の息子だから親近感がわくのかな。それとも他に指導碁で気に入る人がいないからか?」
「指導碁だけならいいんだがな………。
まあしばらくは政局で忙しくて碁など打っている暇なぞないだろうがな……」
「ボクもお父さんと一緒で、極力指導碁はお断りしているんですよ。
やはり勉強時間が少なくなってしまうのが嫌で……」
「でもさあ、政治家の指導碁って、破格の料金って聞くぞ」
「だがな、日本の棋士が世界に通用しないのは、指導碁で食べていけるのも原因だと思うぞ。
棋戦で勝ってこそがプロだろ」

457CC ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 01:35:17
18−19と一気に2個分うぷ出来るんだな。
一気と1個ずつのうぷと、どちらが読みやすいかなあ?

458盤上の月2(21) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:42:54

酒の酔いが回ってきたのか、緒方はかなり饒舌気味になっている。
「そりゃそうだけど、実際棋戦で食べていけるのはほんの一部だけですよ。
オレも指導碁やセミナーとかで随分助けられてるからな」
「おい、芦原。早くオマエもリーグ戦に来いっ!」
「わっ、わかってますよっ! 
オレやっと本因坊最終予選に残れたんですよ。なんとかリーグ入り果たしたいですよ〜」
「オレは前回挑戦者だから自動的にリーグ戦入りだ。芦原淹れてくれんか」
緒方は芦原へ空になったグラスを差し出した。グラスを受け取った芦原は、氷を追加して芋焼酎の入っ
た陶器をグラスに注ぎ緒方へと手渡す。芋焼酎の入っている陶器内はすでに空に近かった。
「ボク本因坊の最終予選に残ってますよ、芦原さん」
「うげえっ、じゃあどこかでアキラと当たるかな。
緒方さん、今日はアキラがいるんだから酒はほどほどにしてくださいよ」
「ああ、わかってるよ。……アキラ君、煙草吸っていいかな?」
「どうぞ。ボクのことは気になさらずに」
すまんなと言いながら、緒方は背広から煙草を出して火をつける。そして襟元をゆるめてネクタイを少
し崩した。
芦原のグラスがほとんど空になったことに気付いたアキラは、芦原の芋焼酎ロック割りを作って手渡す。
「芦原さん、本因坊戦で当たったらよろしく。あと焼酎がもう無いけど追加しなくていいの?」
「おっ、ありがとアキラ。出来ればアキラには当たりたくないなあ、……まあ仕方ないことだけど。
緒方さん焼酎追加しますか」
「おお、頼んでくれ」
「はいはい、アキラは何か頼むか?」
「ボクはいいよ、もうお腹いっぱいだから」
「相変わらず、あまり食に関心がわかないか?」
あまり食べないアキラを、緒方は煮物を口にしながら訊く。
「……そうですね、ボクは好き嫌いはほとんどないのですが、特段に何かが好きというのもなくて…。
まあ和食が一番好きかなぐらいで」
「アキラは肉より魚のほうが好きだよな。ほらこれも美味いぞ」

459盤上の月2(22) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:43:52

刺身盛り合わせの皿を、芦原はアキラの方へ寄せる。
「うん、どちらかと言えば魚の方が好きかな」
喋りながらアキラは箸で刺身を取り、醤油をつけて口に運ぶ。
昔からアキラは食がやや細く、必要以外に口にすることがない。
対局時も食事を取ると気が散るため、あえて昼・夕食を取らないことがほとんどであり、碁以外の関心
事が抜け落ちているかのようだった。
「対局は体力消耗が激しいから下手すると一局で2〜3キロ落ちる。
対局日はアキラ君も食事を取るように癖づけたらいいとオレは思うがな」
「夕方ぐらいの時間は緒方さんはブドウ糖を取るんでしたっけ? 
オレはチョコレートとかよく食べるなあ」
「ああ。オレは特に甘い物は好まんが、糖分補給でブドウ糖を取るな」
「そうなんですか。ボクもブドウ糖だったら口に入るかな?」
「まあなんだ、そのアキラ君。何か変わったことがあったらオレや芦原に連絡をくれ。
芦原はあまり役に立つとは思えんが」
「それどういう意味ッスか、緒方さんっ!」
「そのままの意味だ」
「ひどいですよおお〜」
緒方と芦原は酒に酔い、やや大声を出しながら戯れている。
そんな2人の様子を苦笑いしながら、アキラはぼんやりと眺める。緒方はアキラを心配して食事に誘っ
てくれた。
立場は昔よりもお互い微妙になっているのに、緒方や芦原の気づかいがアキラにはとても嬉しく感じる。
3人が料亭を出る頃はすでに時計の針は深夜の1時を大幅に過ぎていた。料亭にタクシー依頼手配をし
てもらって料亭から出た途端、いきなり突風が吹き周りに咲いている桜の花弁が一気に宙へ舞い、アキ
ラ達は花吹雪に巻き込まれた。
3人は桜まみれになったのを笑いながら、それぞれがタクシーで乗り込んだ。
家に着いてアキラが背広を脱ぐと、畳の上に数枚の桜の花弁がひらひらとゆっくりと落ちていった。
桜の花弁を1枚拾い窓の外へ離すと、花弁は風に乗り春宵の空へと優雅に舞いながら高く飛んでいく。
桜が散り舞う夜は、春の終わりを告げていた。

460盤上の月2(23) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:45:56

アキラ達の食事会があった翌日、ヒカルは自宅で朝から気が滅入っていた。
今日は日曜日で特に用事はないので、いつも通り1人で碁の勉強をしていたが、時々心によぎるアキラ
のことで考えがまとまらずに集中が出来ない。
「……こういう時は遊びに行って、気分転換すっかなあ……」
和谷は仕事が入っていて遊びに誘えない為、ヒカルは1人で出かける準備をして階段を下りていると、
ちょうど呼び鈴が聞こえた。
「はーい」
玄関のドアをヒカルが開けると、そこにはチョコレートケーキを皿に乗せて、両手で持っているあかり
がいた。
「ヒカル、久しぶりね、元気してる? ケーキ焼いたのだけど、良かったら食べて」
「おっ、サンキューあかり。今度はチョコレートケーキか、上手そうだな」
時々あかりは、ヒカルにお菓子を焼いて持ってくる。勿論それはヒカルに会うための口実だったが、ヒ
カルにはあかりはただの幼馴染としか捕らえていないので、あかりの気持ちには全然気付いていない。
チョコレートケーキを受け取ったヒカルは、あかりの顔をじっと見た。
「……何、ヒカル?  私の顔になにかついてる?」
「いやあ、ちょどオレ遊びに行こうとしたところなんだけど、友達が用事あって会えないんだ。
オマエ今日は暇ある?」
「えっ、これから!?」
「ああ、用事あるならいいけど」
「いっ、行く行くっ! 今すぐ仕度してくるっ!」
「別にその格好でいいよ」
「えっ、いやだ、こんな格好、部屋着よコレ。すぐ着替えてくるから待っててヒカル!!」
そう言うと、あかりは急いで家に帰り、タンスの中からいろんな洋服を取り出した。
「コレがいいかなあ〜、でもちょっと派手かな? コレならどうかな。……地味かもしれないなあ」
あかりは流行柄の花柄ワンピースに白いレースのカーディガンを選び、赤色のポーチと靴を履いて家を
出ると、そこにはヒカルが待っていた。
「遅せえよ〜、あかり何やってんだよ〜」

461盤上の月2(24) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:46:51

「ごめん、ヒカル待った?」
「まあいいよ。ほら、行くぞ」
「うん!」
あかりは顔がゆるみっぱなしだった。ヒカルが遊びに誘ってくれたことが嬉しくて、有頂天になる。
「……遊びにっても、オレ最近碁ばっかりで全然出かけてないなあ。
和谷達とはたまにサッカーとかして遊ぶくらいだし。あかり、オマエはどこ行きたい?」
「えっとね、そうだ私、お姉ちゃんから映画券もらっているの。映画でも見に行かない?」
「映画か……、たまにはいいかもな」
「じゃあ決まりね」
2人は近くのバス停へ歩き出した。

足を運んだ映画は最近流行りのファンタジー物で、ヒカルはそれなりに楽しめた。
今日は日曜日なので、街はいつも以上に大勢の人で溢れている。ヒカルとあかりは、とりあえず喫茶店
に入った。
「ねえヒカル。棋聖戦の最終予選決勝で負けて残念だったね」
アイスショコラテをストローで飲みながら、あかりは2人座りの対面席にいるヒカルに訊いた。
「えっ、何でオマエそのこと知ってるの?」
「だって私、今年から週刊碁を定期購読しているから」
「気張りすぎて滑った……」
そう言うとヒカルは、ズズズと音を立ててストローでサイダーを吸う。
「だけど北斗杯選抜戦があるし、本因坊最終予選には残っている。今年こそはリーグ戦入りしたいな。
そうだオマエさ、高校で囲碁部作るって話どうなってるんだ?」
「……う〜ん、やっぱり囲碁に興味持ってくれる人って、ほとんどいなくて……。
部員は中学校の囲碁部で一緒だった久美子ちゃんと私の2人だけなの」
「久美子って、津田のことか。津田とオマエ、同じ高校だったんだっけ?
都合のいい日にあかりの囲碁部へ行こうと思ったんだけどな」

462盤上の月2(25) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:47:50

「そうだ、同じ年頃のヒカルがプロで指導碁が出来るってことに、興味持ってくれる人がいるかもしれ
ない!
それに北斗杯ってインターネットで中継するんだよね。
ウチの高校、パソコンがあるから少し見れるかも。ヒカル、北斗杯頑張ってね!」
「ああ、もちろん頑張るよ。去年は緊張しちゃって前半グダグダだったからな
じゃあそろそろ昼飯にするか。ラーメンでいいよな」
「え〜、ヒカルは相変わらずラーメンが好きねえ。私、もっとおしゃれなところでお昼したいよ」
ヒカルとあかりはお互いの昼ご飯の主張をしながら、喫茶店を出る。あかりは道沿いの店のウインドー
に映る並んで歩く自分達を見つめた。
―――私とヒカル、2人並んでいると他の人達からは付き合っているように見えるかな?
そう思うと、あかりは顔を瞬時に赤らめる。
行きかうカップル達は、手を繋いだり腕を組んだりと楽しそうに歩いている。
―――いいなあ。私もヒカルと手を繋いで歩きたいなあ……。
  私、ずっとヒカルを小さい頃から見てきた。これからもずっとヒカルを見ていきたい。
  ずっとずっとずうっと。……………でも、それっていつまでなんだろう………?
今まで湧いたことがない疑問に、あかりは少し戸惑う。ヒカルがいつも一緒にいることが普通であり、日常
であった小学生時代。中学生になるとヒカルは囲碁のプロの棋士になり、自分より早く社会人となっている。
自分と違う世界に身を置き、先々へと歩むヒカルを頼もしいと思う反面、どこか置いていかれるような気が
して、あかりの心は複雑に揺れる。
「あかり、こっちの店とあっちの店のどっち入る? オレはこっちのサンドイッチ店がいいな」
ヒカルが立ち止まり、二つの店を指してあかりに訊く。
「そこのサンドイッチ店はキッシュも美味しいんだって。でもあのパスタ店も捨てがたいなあ」
「おい、どっちなんだよオマエは」
ヒカルが笑いだすと、つられてあかりも笑ってしまう。ヒカルの笑顔は人の気持ちを明るくするところは昔
から変わらない。あかりはヒカルの笑顔が大好きだった。
「あれって……進藤君じゃないかい? 女の子とデートかな」
ヒカルとあかりが歩くところを、ふっくらとした体格の年配男性が視線を当てている。

463盤上の月2(26) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:48:47

アキラの碁会場常連客である広瀬が、たまたま通りかかり偶然に2人を目撃していた。
楽しそうに話しをするヒカルとあかりは、他者から見て恋人同士に見えなくもない。
「まあ、進藤君もお年頃だしねえ……、いいねえ若い子は」
広瀬はヒカル達の姿が人だかりで見えなくなるまで珍しそうに目で追い、その後行きつけの囲碁サロン
へ足を運ぶ。
「いらっしゃい広瀬さん、北島さんはお先に来ているわよ」
碁会場にはいつものように受付嬢の晴美が、笑顔で広瀬を迎える。
「こんにちは市河さん、今日はいい天気だね」
「遅いよ、広瀬さん」
すでに席についている北島が、広瀬に苦言を放つ。
「いやあ、すまんです北島さん。今日、つい珍しい光景を目にして遅くなってしまって。
おや、今日は若先生が来ているんですね、お久しぶりです」
「こんにちは、広瀬さん」
奥の席で1人棋譜並べをするアキラは、広瀬に頭を軽く下げて挨拶をする。
「珍しいって何を見たんだい?」
北島が広瀬に訊くと、広瀬はヒカルが女の子と歩いているのを見たことを話し出した。
「いやあ、進藤君もやるもんだねえ。女の子は遠くから見ただけだけど、結構可愛い子でしたよ」
「へっ! 若先生はここで碁の鍛錬をしているのに、進藤はデートかい。いいご身分なことだな。
進藤なんざ棋聖戦の最終予選決勝で落ちて、今いちパッとしないぜ」
緑茶を淹れて広瀬へ運ぶ晴美は、顔をしかめながら北島を諌めるように言う。
「北島さん、最終予選決勝に残るってすごいじゃない。
それに進藤君だって年頃なんだから、デートの一つや二つはするでしょうよ」
「そうだよねえ市河さん……、確かに年頃だものねえ……でもそれは進藤君だけじゃないよね……」
「うん………その……頑張れっ……市ちゃん!」
広瀬と北島は2人顔を見合わせて、心配そうに晴美を見つめる。妙齢の晴美が独身であるのを密かに心
配しているのは他客にも多いので、独特の雰囲気が碁会場に漂っている。
年配男性2人が良縁の無い自分を心配しているのに気付いて、晴美は声を荒げた。
「おふたりに心配されなくても結構ですっ!  私はこれでも毎日楽しいのよっ!」
北島らがヒカルの話で盛り上がるのを、アキラは棋譜並べを続けながら静かに聞いていた。
碁石を持つ手が一瞬だが強張り、そして口元をきつく噛みしめる。アキラの瞳には暗い光が滲み揺らぐ。
ほとんど見ず知らずのあかりに対して、アキラは煮えたぎるような激しく赤黒い感情にかられる。
アキラの心に、嫉妬が芽生えていた。

464盤上の月2(27) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:51:38

第2期北斗杯選手代表選抜―――東京予選。
昨年と同じくヒカル・和谷・越智・稲垣が勝ち、選抜戦本戦へと進む。

第2期北斗杯選手代表選抜―――本戦
今年はヒカル・和谷が勝ち抜いて、代表選手枠を獲得。
社は以前から不調が続き、今回も本調子を取り戻せなくてあえなく敗退。
和谷は昨年の悔恨をバネに成長が著しく、出場者達も目を見張った。
今年の日本代表は、塔矢アキラ・進藤ヒカル・和谷義高の3名に決定となる。
アキラは選抜本戦の当日は仕事が入っており、日本代表枠を知ったのは仕事後に出向いた棋院で週間碁
の記者・古瀬村に問い合わせてからだった。

ロビーで古瀬村に声をかけられたアキラは、北斗杯・日本代表決定のメンバーを聞いて「そうですか…」
と、一言のみ答える。
「やっぱり今年も進藤君が選ばれたね。でもそれって当然だけど。
社君は残念だったけど、和谷君の活躍も楽しみだよ」
「ええ、こういう場は数多く経験するほうがいいでしょうから、いろんな人が出場したほうが好ましい
と思います」
「今年こそ打倒韓国・中国だよ塔矢君! 期待しているよっ」
握りこぶしで熱く語る古瀬村に対してアキラは頷きながら、ヒカルの事を思い出す。
真正面からヒカルへと向き合う時期が来たことを、アキラは密かに待ち望んでいた。
アキラは家には帰らずに囲碁サロンへ行き、いつもの指定席へと座る。困難な事が起こったら逃げずに、
その事へと立ち向かうのがなによりも近道──碁を通してアキラはそのことを知っていた。
ただ今日は1人で家にいるよりも、人のいる所へ身を置きたかった。ここへ来れば晴美が笑顔でいつも
で迎えてくれ、他の客も声をかけてくれる。アキラにとって落ち着ける場は、幼い頃からこの碁会場だ
った。
晴美がコーヒーを持ってきてくれた直後、聞きなれた声の主が碁会場へ入って来た。
「こんにちは市河さん。ここにアキラ君が来ているかな?」
「緒方先生、こんにちは。アキラ君なら、ちょうど今来たところですよ」

465盤上の月2(28) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:52:37

晴美はカウンターへ戻り、緒方へ挨拶しながらアキラのほうへ顔を向ける。
「こんにちは緒方さん」
アキラは席を立ち、緒方に頭を下げて挨拶する。
「キミは家にいない時に大抵ここにいるのは、昔から変わらないなあ」
緒方はアキラの対面の席へ座る。
「………訊いたかい?  北斗杯のメンバーを」
「はい。緒方さん、もう耳に入ったのですか。いつも情報収集早いですね」
コーヒーを飲みながらアキラは、緒方の情報収集力の素早さに舌を巻く。
アキラと緒方の周りにいる客達は2人の会話を聞いてざわめくが、どことなく緊迫した感じがあるため
口を出せず静かに聞き耳を立てている。
「まあ、いろいろとネットワークを張り巡らせているからな。
……やはり進藤が出てきたな。予想通りではあるが楽しみなことだ。
昨年、北斗杯はすごく話題に上がっていたから皆注目しているのさ。
進藤が韓国の高永夏と、ほぼ同等の力があることを証明したのがこの大会だったからな」
「ええ、そしてこの大会に出た者は今後、日本・世界とも注目されていくでしょう。
あの社のように。とても意味のある日中韓Jr・団体棋戦です」
「確か今年は社じゃなくて……」
「和谷君です、和谷義高。進藤と仲が良いと聞いてます」
「あら、もう北斗杯のメンバーが決まったんですか。緒方先生はコーヒー、ブラックでしたよね」
晴美が緒方の分のコーヒーを盆に乗せて机へと運ぶ。
「どうも市河さん。北斗杯メンバーは今日決まったんですよ」
晴美が2人の間に入ったことから、北島が割り込む。
「北斗杯、今年も期待してますよ、若先生っ!」
北島が話し出した途端、碁会場の客達が一斉にアキラと緒方の席を取り囲み、アキラへ激励を飛ばし始
めた。
「ぜひ今年こそ韓国戦の大将をやってくださいよ」
「でも進藤もこの1年で成長したようだから、今年どうなるか見てみたいよな」
「何言ってるんだ! 若先生が大将やるところが見たいんじゃないか!」

466盤上の月2(29) ◆RA.QypifAg:2012/06/10(日) 19:53:54

碁会場内は一気に活気付き、その騒ぎを眺めてアキラは徐々に気分が高揚していくのを感じた。
皆が一心に応援して期待する北斗杯を、今年こそ白星を勝ち取りたい。
強い決意がアキラの中に固まっていく。
「あとアキラくん。もう一つキミに伝えたいことがあるんだ」
緒方はコーヒーを手にしながら、ちらりとアキラを見る。
「実は、今年の北斗杯の団長はオレなんだよ」
その場にいる者達は、一瞬言葉を失った。
十代の少年達のまとめ役を行う緒方というのが、想像出来ないからだ。
「………緒方さんが……ですか……?」
聞き間違えたかと思い、アキラは目を丸くしてもう1度そのことを緒方へ問う。
「ああそうだ、オレだよ。オレが申し出たんだ。
これから世界で活躍する輩を、この眼で見たいじゃないか。絶好の機会だ」
―――遠くない先にオレの前に現れる敵を、この眼で確かめたいのさ。
豊かな才能の開花していく様を、その場で見合わせる。自分で自覚は無いが、アキラに負けず劣らずに碁に
全てを手向ける緒方にとって、北斗杯は精神向上を鼓舞すべき格好の場であった。
緒方の心意はアキラには汲み取れないが、以前からヒカルに対して強いこだわりがあることを知っている。
―――進藤のライバルは他の誰でもない、このボクだっ!
アキラは眼力を強めて緒方へ見返すが、緒方の眼鏡は陽に反射して表情が読めない。
緒方はアキラの視線に気付き、コーヒーを飲みながら口元に不敵な笑みを浮かべた。


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