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プチ避難所

1プチ住人:2002/08/05(月) 18:26
趣味の部屋「塔矢研究会」の避難所です。
本スレに入れないときにご活用ください。規約等は本スレに準じます。
[愛好会活動内容] 芸術品・塔矢アキラの鑑賞及びストーキング
[愛好会規約]
小説の後10件はsage進行/ジャンプネタバレは火曜日の午前0時/荒らし煽りは放置
[愛好会会員心得]
芸術品への思い入れは多種多様であり、 ここは様々な塔矢アキラを受け入れる場所です。
趣味に合わぬと文句をいうよりも、進んで自分の趣味を語りましょう。

1312CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 16:47:44
↓盤上の月3(二人が付き合って数年後)
※ヒカル18〜19歳 5段、アキラ18〜19歳 7段
※棋聖タイトルホルダーは盤上オリジナル設定で、一柳先生。だけど、話序盤でホルダーを落とす。

出だしに使ってもいいかも?自分で書いた内容だし。
愛好会パート100より
981 名前:コイウタ 2006/05/28(日) 19:22:25
キミが笑うとボクは、嬉しい
キミが悲しむと、ボクは哀しい
キミが悩みもがいていると、ボクも苦しい

後戻り出来ない路を、キミとボクは探している
もしかしたらキミは、この路の担う重さに苦悩し、
立ち止まる日が来るかもしれない
けれど、それはキミだけが背負う枷ではない
ボクもキミと同じ路を臨み、歩いている

キミの悦びは、ボクの喜び
キミの愁いは、ボクの哀しみ
キミの狂しみは、ボクの苦しみ

キミを取り巻く悦び、悲しみ、怒り、そして狂しみは・・・・・、
               
                           すべてボクのもの。

1313CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 16:48:42
盤上の月3(1)

──碁聖戦・挑戦手合、緒方は挑戦者であるアキラを出迎えていた。
だがアキラが勝利をもぎ取り、緒方に代わってラ碁聖のタイトルホルダーを奪取した。
日本囲碁界史上で最年少の18歳のアキラがタイトルホルダーになったことで、世間がアキラに注目することとな
り、CMやテレビ番組の取材を受ける事が増えてきた。


この章でのおおまかなあらすじは上の通り↑。


(※あかりの高校の囲碁の指導後にヒカルとアキラが来て、あかりとアキラの接点が出来ること。
ヒカルの囲碁仲間に、うすうすと、ヒカルとアキラが出来ているのがバレれてくる。)


(※あかりがヒカルとアキラの仲を知り、苦しむ場面。)
部屋の片付けをしていると自分が昔好きでよく読んでいた絵本を見つける。懐かしそうにその本を読み始めるあか
り。
「……みんな、みんなずっと幸せにくらしました……」
涙をぽとりと流すあかり。幼い頃は幸せになるのが当然だと、信じて疑わなかった。自分も、自分の大好きな人も満
たされたい。幸せになりたい。けれども様々な思惑の心の綾が人の数だけ幾十にも交差すると、自分が望まないこと
へと捩れてしまうこともある。
生きるって難しいなあ……あかりは涙がこぼれる赤い眼をこすりながら、そんなことを思った。

1314CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 16:50:36
盤上の月3(2)

(※あかりがアキラと接触。)
「私は塔矢君のことを良く知らないし、ヒカルの話を聞くだけだから。
ヒカルは笑っているのが一番似合うの。
ヒカルはいつも笑っていなければ駄目。
ヒカルを悲しませるようなことしたら、私は絶対塔矢君を許さないから。」
って、アキラと面向かって怒鳴るあかり。あかりは高校の制服姿で。

(※地方対局でヒカルとアキラは石川県へ行く。いちゃいちゃしてる。)
(※アキラのフォーカスを狙う報道陣のしつこいカメラマンを、手違いで階段から突き落としてしまうヒカル。
しつこいカメラマンは重症を負いながら、アキラとヒカルが出来ているのを突きとめ、2人に脅しをかけてくる。
そこへアキラの交友関係の黒幕・政治家(バックにやくざがいる)へアキラが交渉し、政治家の働きかけで、しつこい
カメラマンを二度と這い上がれないところまで徹底的に廃人同様までやりこめる。全てはヒカルの為。

※※さらに裏設定で、行洋繋がりでやくざの二代目にアキラは指導後をしているという設定を盛り込める。家を継ぐ
為にやくざをしているが、本当は棋士になりたかったという二代目とアキラは気が合うという設定。この二代目がアキ
ラの為に、しつこいカメラマンを徹底的に再起不能まで落す。ヒカルはアキラが自分の為に手を汚す事に酷くショック
を受け、またヒカルの所為(カメラマンの階段落としや、以前手合いに来なかったことなど)は野蛮だと世間では位置
づけられ、日本の囲碁界のイメージダウンだと周りからやっかまれる。そして囲碁の世界戦や国内の棋戦参加に制
限がついてしまう。そこへヒカルとアキラが付き合っている事がおおやけになりそうで、さらに報道陣が執拗にヒカル
とアキラを追い立てまわる。ヒカルの精神がさらに脆くなっていき、棋戦内容にも影が差し始める。アキラはヒカルを
庇う為に、ヒカルと別れることを決める。)を文に書く……わあ大変。

※ヒカルは報道陣の負いまわしがピークになって棋戦で思うような碁が打てないある夜、久しぶりに佐為が現れる夢を見る。佐為が泣きながら「神の一手の路が消えてしまう」と、ヒカルに呟く。
そしてヒカルは心身消耗して人相が変るまで徹底的に悩み続け、囲碁を続ける為にアキラと別れることを選択す
る。佐為との約束を守る為に。佐為(囲碁)>アキラがヒカルの中で自覚をして確定する場面。)

1315CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 16:53:08
盤上の月3(3)

盤上の月3(テーマ核心部分)


……ボクは神の一手を目指す進藤を…碁に命の全てを捧げている進藤が好きなのであり、碁を打たない進藤
を好きであり続けることは出来ない。

無慈悲で残酷な事実。無意識であるが、ヒカルを好きになった時からアキラはそのことに気付いていた。
だがその事実はアキラだけに言えるものではない。ヒカルも自分と同じであることを、アキラは知っている。
ヒカルとアキラは正反対の個性だが、碁への愛情はよく似ていてそのことについては深く重なり合い、お互
いをより良く理解する事が出来る。神の一手を目指す志を持つ者同士だからこそ、お互い相手の碁に対する
姿勢が痛いほど分かってしまう。

ヒカルとアキラは、お互いを通して自分を映し見ている。まるで映し鏡のような存在。
ヒカルは自分と同じ。アキラだからこそ気付く事実。

1316CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 16:54:19
盤上の月3(4)

盤上の月・3(テーマ核心部分)

碁を交えてでないと、今の自分達の関係を続けることは出来ない。ヒカルとアキラは碁を通して初めて深く
繋がれる絆。この世に碁というものが存在しなければ、自分とヒカルは会うことが無かったかもしれない。
アキラには碁神が、自分の運命を操っているようにも思えた。
自分の運命は、全て碁が握っている。でもそれを望んだのは、誰でもないアキラ自身である。
気付きたくない事実だった。
目を背けたい。だが出来ない。
棋士として生きることを、碁と共に生きることを決意したアキラにとって一番大切なことは、どんなことが
あっても碁を愛して打ち続けること。

そのためにアキラは、いろんなものを切り捨ててきた。
自分では捨ててきた自覚は無いが、碁を極めるために無用と思えるところは関わらないようにしてきた。
それが当然だと信じていた。これから自分が選択して進むべき路。
今まで辿ってきた同じ路を、これから先も自分は容赦なく選んで歩くだろう。

1317CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 16:55:38
盤上の月3(5)

盤上の月・3(テーマ核心部分)

生きていくために

碁を選ぶのか。
ヒカルを選ぶのか。

どちらを選べと問われたら、迷うことなく前者を即答出来る事実。
だがその路を前に、アキラは生まれて初めて迷いが生じる。

選ぶべき路は分かっている。
それでも…それでもその路に対して抗いたい。
俯きながらアキラは表情を曇らせ顔を左右に振り、両手で頭を抱えた。
アキラは光の宿らない空虚な瞳を夜空へ向けた。
今日は新月で、月が見えない闇夜だった。

(※ここにアキラとヒカルのお忍び旅行を入れて、そこで2人話し合って別れる事を決める。場所は東京
近辺だから奥多摩とか?)

1318CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 16:56:39
盤上の月3(6)

盤上の月・3(ラストの部分)

夜も更けて辺りが静まり返る頃。アキラは寝ずに自分の部屋で碁を打っていた。ヒカルと旅先に別れて以来、
寝食を取らずにただひたすら碁を打っていた。

ヒカルと苦楽を共にすることより、棋士としての路をアキラは選んだ。このままヒカルと関係を続ければ、
間違いなくヒカルは壊れてしまう。ヒカルには以前のように明るく快活に生きて欲しい。そんなヒカルをア
キラはとても好きだった。以前のような明るいヒカルに元に戻るならば、自分はどんな苦難にも耐えてみせ
る。全てはヒカルのために………。

そう思っていた。いや違う、そう思い込んで自分を納得させようと、アキラは碁を打ちながら自分自身に言
い聞かせていた。

…………ボクらは一緒に生きるのではなく、神の一手を目指すライバルとしての路を目指さなきゃならない。
それがお互いのためでもあるんだ。

1319CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 16:57:55
盤上の月3(7)

盤上の月・3(ラストの部分)

必死に無理やり自分に言い聞かせるが、心が言うことを聞かない。アキラの中にヒカルへの想いは消えるど
ころか、さらに頚城(くびき)のように打ち込まれて、常に熱く激しく疼いている。

なぜ自分はこの想いを、打ち消さなければならないのか。
なぜヒカルと一緒に生きることを、諦めなければならないのか。
自分達はけして悪いことなどしてない。
お互い自然に強く惹かれあい、深く繋がりたいと………、人として当然のことを望んだだけ。
それがなぜいけないのか。世の中は不条理だらけだ。

不満が次々と沸き出して気持ちが落ち着かず、石を指す手が止まった。
その瞬間。
アキラの心に猛烈にやりきれない怒りが火のがついたように一気にこみ上げ、盤上の碁石を両手で思いっき
りなぎ払った。
碁石は鈍い音を立てながら、部屋の四方に散らばる。

1320CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:05:28
盤上の月3(8)

盤上の月・3(ラストの部分)



「――――――――――!!」

声にならない叫びながら涙が一気に溢れて、アキラの頬を流れては落ちていく。そして碁盤を何度も両拳で
激しく叩きつけた。手が赤く腫れ上がってきても、アキラは碁盤を叩くことを止めない。

──これはただの木だっ!

そう思いながらアキラは碁盤を両手で持ち上げて、勢いよく床へ投げつけた。その拍子に碁足が一本外れ、床にこ
ろころと音を立てながら隅へ転がる。肩で息をするアキラの目に、床に散乱としている黒白の碁石が映る。

──これはただの石だっ!

アキラは床に転がる黒白の碁石を握って、壁や床へ何度も投げつけた。自分のやるせない気持ちを碁石に当たるか
のように、何度も、何度も、碁石を両手でつかんで投げ捨てるように床などにぶつけた。黒髪は乱れ、眼からは止
め処もなく涙が溢れては零れる。なぜこんなただの木や石のために、ヒカルへの想いを封じなければならない
のか。いったい自分は何に縛られているのか。今のアキラに分かることはただ一つ。自分は碁の魔性に魅入
られており、一生のその路から逃れられないということ。その路を歩き貫くならば、あらゆることを犠牲に
してでも進むだろう。

アキラは生まれて初めて碁を心底から憎いと思った。憎くて憎くて仕方がない。だが愛しくて大切で捨てら
れない。碁の無い人生など考えられない。碁の無い人生はアキラにとって死を意味する。憎悪と愛の似てい
るようで似つかない相反する感情が、アキラの心に激しく交差する。

アキラは考えた。
愛する碁を
好きなヒカルを
どうすれば両方を大事にして生きていけるかを。

1321CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:07:14
盤上の月3(9)

盤上の月・3(ラストの部分)

いつも丹念に手入れをして命の次に大事にしている碁盤と碁石が転がる室内で、アキラは床に横たわり顔を
伏せ、瞳に涙を滲ませながら必死に考えた。どうすれば碁とヒカルを愛していけるのかを。
これから自分はどうやって生きていけばいいのかを──。

やがてアキラの体の節々が痛み出し、思考を妨げてきた。かなりの時間が経過している証だった。アキラは
ゆっくりと床から上半身を起こして立ち上がった。考えに考えても答えは出なかった。ふとアキラの耳に雨
が降る音が聞こえた。ふらつきながら窓へ向かいカーテンを開くと、雨が激しく降っている。

──流れてしまえ。この負の感情を。全て……全て流れつくしてしまえ。

アキラは虚ろな目で、ただ雨を眺めた。

1322CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:08:31
盤上の月3(10)

盤上の月・3(ラストの部分)

(※ヒカルとアキラが対局。十段戦の挑戦手合いでタイトルホルダーはアキラ。)
ヒカルが挑戦者でヒカルが勝つが、その棋戦前に心の中で以下の事を呟くアキラ↓(アキラたん詩人?)

ボクの好きな進藤 キミは自由だ 何にも縛られるものはない
今は無理でもこの先ボクのことを忘れて、きっとあの大空高く飛んでいくだろう
キミには翼がある 自由という名の翼が
ボクはキミへの想いに強く捕らわれているから飛べない
だからずっとここから動けずにいる それをボクは分かってキミを解放した
キミには笑っていてほしいから 
ボクの元から羽ばたいていけ 自由になれ 
自分の心さえも縛られずに──

1323CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:09:23
盤上の月3(11)

盤上の月・3(ラストの部分)

(※ここにヒカルとの十段戦の挑戦手合い対局を入れて、アキラが今後どのようにヒカルに向き合っていく
か心情詳細を出す。対局中に2人は顔を合わせなかったけど、終局後に初めて顔を見合わせて、2人とも静
かに微笑むというシーンは必ず入れる。季節は秋で紅葉が散っている頃。季節感のある情景は必ず入れるこ
と。自然の情景とアキラの心情がリンクするシーンなので)


12月の暮れ。(ヒカルとの対局から数ヶ月後)
例の寺で僧侶と碁を打つアキラ。

「また一段と精悍なお顔になりましたね。人様の生き様は、不思議と身に現れるものです。
…………険しい路を歩まれるお覚悟。どうやら本当の意味で出来たようですな……」

アキラは強い眼光を一瞬放ち、僧侶の真正面から、
「はい、ボクは自分の決めた路を行きます」と言いながら、パチッと碁を打つ。

1324CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:10:26
盤上の月3(12)

盤上の月・3(ラストの部分)

「碁神へと辿る路………厳しいでしょうなあ。人というものは高い領域を目指して真摯に求道すると、人外
のところへと路が繋がることが稀にある生き物ですから。聖者や神へ昇華したり、あるいは獣や悪魔にも転
落しうる。個人によってはその手段が絵であったり、書道であったり、能などの舞であったり……。君はそ
の手段が囲碁であるのでしょうね。人の枠をうち破って進化や退化してしまう……それが人という生き物の
宿命の一つかもしれませんね」
僧侶が少し考えながらすぐ石を置くと、すかさずアキラが打ち込む。
「望むところです」
「むう……、そうきましたか」
碁盤をじっと眺め、僧侶は長考する。

アキラはふっと外に視線を移した。
厚い雲から光が漏れ、枯れ葉と松の色しかない冬の寺院庭園に明るい光が溢れて、辺りを明るく照らす。
新しい年は、すぐそこまで来ていた。

1325CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:11:41
盤上の月3(14)

盤上の月・3(ラストの部分)


アキラは思う。人は幸運は選べなくても、幸福は自らの力で掴むことが出来るのだと。
アキラとヒカルは今だけを執着する刹那的な生き方ではなく、未来へ向かって生きることを選んだ。
碁を打ち続けることは、ヒカルと共に生きることへと繋がる。
男や女などの性別や世間の規律などの、現世のあらゆる制約から解き放たれた唯一の場所。
ヒカルという一人の人間の魂に、アキラの魂が寄り添い深く触れ合える唯一の方法。
それが苦悩の果てにアキラが導き出した一つの光明であり、一途で不器用なアキラの愛し方だった。


アキラは碁を打つ。
この世に自分の存在意義を見出すために。生という行為に、ただひたすらに没頭するために。

アキラは碁を打ち続ける。
ヒカルと共に同じ刻を歩み続けるために。碁神の領域に辿りつくために。 

アキラは碁を打ち進む。

修羅の如く命を燃やし尽くし、魂を納める生き身がこの世から朽ち果てゆくその最後の刹那まで──。


                                     (盤上の月3・終)

※生きるために碁と愛のどちらかと選べと言われたら、棋士アキラたんなら迷わず碁を選ぶだろうな…と
思ったのが盤上の月を書こうとしたきっかけだった。でも碁も愛も捨てられないため孤高の路を選ぶアキラ
たんというものが、少し書けたかなと思っている。っと言っても、まだ肉付けが後になって未完成であるけ
れど。10年越しで時間が随分かかってしまったけど、書くという作業の面白さを知った。でも、自分には
とても難しい作業で、知識が足らな過ぎてダメダメだ。小説を書ける人達は本当に凄いと思う。自分は本来
の絵の作業に帰るのが自然かなと。まあ独り言。

1326CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:19:13
投稿者:作品としては3で終了で、4はある意味蛇足とのこと。
特に4は読まなくてもいい内容かもとのこと。


盤上の月4〜最終章〜(1)


↓※盤上の月〜最終章〜 初めの出だし

きみは選んだのだ
内側から ひそかに
きみ自身を。

きみはふたたび全身の力で
生きることを選ぶのだ。

そして 生きるとは
屈することなく選びつづけること。
死ぬことも含めて。

まるで この世界への
最後の愛を告白するかのように。

(清岡卓行 〜四季のスケッチ〜より)

1327CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:22:54
盤上の月3より10年経った話。ヒカル・アキラ・あかりは27歳ぐらい。
盤上の月4〜最終章〜(2)

アキラは今まで以上に、さらに精進するために碁に打ち込んだ。寝食を忘れたかのように、昼夜かまわず碁
を打ち続けた。まるでその姿は修羅を連想させ、鬼気と殺伐する雰囲気を漂わすアキラに周りはいろんな噂
を流すが、アキラはかまわずにただ碁に集中する。
ヒカルもアキラに遅れを取られまいと鍛錬し、師匠の森下からもアイツはいつかタイトルを取るだろうと言
わしめた。アキラとヒカルは別れてから対局以外で会うことはなかった。それはお互いの暗黙の了解だった。


ヒカルとアキラが別れてからヒカルは幼馴染のあかりと付き合いだした。苦しい時、いつも側にあかりが微
笑み付き添ってくれた。あかりの存在はヒカルにとって心の支えになっていた。そうヒカルは思っていた。
でもそれは違う……指摘したのはあかりだった。

「……ヒカル、ねえヒカル聞いているの?」
「………あっ、わりい、何だっけ」
「ヒカルはいつも私の話聞いていないでしょ」

1328CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:24:01
盤上の月4〜最終章〜(3)

頭をポリポリかきながら、そうだっけとぼやくヒカルにあかりは深く溜息をついた。ヒカルとあかりはお互
い20歳になっていた。付き合いだして早2年以上経ち、一折のことはすでに済ました仲になっていた。あか
りはヒカルを好きで、ヒカルはあかりを好きだと言う。だがあかりにはヒカルは自分と同じ気持ちを抱いて
いない、同じ気持ちで心や体を重ねてくれていない。そのように感じていた。
なんとかヒカルを自分の方に振り向かせたい。アキラの影なんて自分が忘れさせてみせる。あかりはひたむ
きにヒカルへと尽くすが、いつもヒカルの気持ちは違う方へ向いていて、けして自分へは全てをぶつけてく
れない。あかりにはそれが一番辛かった。あかりがどんなにヒカルを想い、尽くしても、けしてヒカルは癒
されていない。時々空虚のような眼をするヒカルがそれを意味していた。ヒカルはあかりには優しく笑い、
大切に扱ってくれる。でも、ただそれだけ。
心は深く交わしてくれない。深く関わろうとしても立ち入れない。ヒカルは無意識でそれらを遮断していた。
ヒカルなりの自分を深く傷つけないための防御のようなものだったが、それを恋人であるあかりにも同様に
する。そんなヒカルにあかりは疲れていき、ヒカルが23歳の時にあかりからヒカルへ別れを告げた。

ヒカルはあかりから別れを切り出されたとき、引き止めなった。
自分は本気で人を好きになることは出来ない。あかりに対する仕打ちを、ヒカルは自覚していたからだった。
いつもどこか心が虚しく、いつも寂しかった。あかりが側にいてくれることはとても心が休まったが、アキ
ラと過ごしたときと比べれば雲泥の差があった。
アキラは碁でも佐為のことでも、なんでも通じ合え分かり合えた。そして恋愛でも刺激しあう仲だった。
心も身体も一つに解け合えた。あかりとの付き合いが普通のものなのだ。それは分かっている。男と女は心
も体も違う。違うから分かろうとして歩み寄る努力が必要だとも。でも一度、性別の関係ない恋愛を経験し
てしまえば、その時の体験は深く心身に根付き忘れられない。

1329CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:27:41
盤上の月4〜最終章〜(4)

あかりを抱いているときも、どこか心の片隅でアキラを想っている自分に気がついた。それを見て知らぬふ
りをしていたが、あかりには気付かれてしまった。
「ヒカル、何を考えているの。誰を想っているの。お願い、私を見て」
ヒカルの眼を見て、眼が潤んで哀しそうに訴えるあかりをヒカルは何度見たことか。
大切で大事な幼馴染。自分を一番に気遣ってくれる優しくて温かいあかり。不満なんてない。でも癒されな
い。そんな自分をヒカルは深く嫌悪した。ヒカルの心が癒されるのは、この世では碁だけだった。碁を打て
ば自分の中にいる大好きな佐為に会える。
そしてアキラとも繋がれる場所―――。
次第にヒカルはさらに碁へと魂ごと深くのめり込んでいった。自分の孤独を癒してくれる場は、ヒカルには碁しか
なかった。


アキラとヒカルが別れて、10年が経った。そしてアキラは十段・碁聖・王座の座を取得するタイトルホル
ダーとなっている。現在は天元のタイトル挑戦者として、対局を待ち望んでいた。まだ若干27歳のアキラ
の目まぐるしい活躍に、棋界では強い注目を集めていた。ヒカルもアキラに負けじと様々なタイトル挑戦者
となって天元のタイトルホルダーとなり、現在念願かなって本因坊のタイトル挑戦者となっている。

1330CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:29:17
盤上の月4〜最終章〜(5)



ヒカルは念願かなって本因坊タイトル保持者となり、世間ではヒカルの実力を認め、ヒカルも少し肩の荷が
下りる。国内だけでなく国際的にもアキラとヒカルの名は轟き、衰弱を辿っていた日本の囲碁は注目を浴び、
国内での囲碁復旧はゆるやかではあるが少しづつ進んでいた。誰が見てもアキラとヒカルの実力は明らかで
あり、抜きん出ていた。

ある晩、アキラは夢を見た。
―――――一羽の鳥は長い長い旅をしていた。途中で嵐に遭ったり、飢餓が訪れたりと、それはとても苦しい旅
だった。けれどもその鳥は自分の居心地の良い場所は他の地ではなくて、自分が昔住んでいた豊かな大地に
ある大木だと悟る。懐かしい緑木へと一羽の鳥は舞い戻って枝に止まる。慣れ親しんできた緑木へと愛しげに体を寄せて安息を求め、翼を閉じて羽を休める。
大木の緑木も鳥が戻ってきたことを喜び、体全体を歓喜で振るわせる。
木々の葉が擦れ合い、サワサワと優しい葉音を醸し出す。鳥はその音を子守唄のように目を細めて静かに聴いていた。そして優しく温かい眠り
に落ちていった。

アキラが眼が覚めた時はすでに朝になっていた。あまり夢を見ないアキラだが、今日の夢はとても鮮やかに
覚えている。何かを暗示するような夢だとアキラは感じた。必要な物以外ほとんど何も無い殺風景な空間の
部屋。アキラは現在実家を出て、マンションで1人暮らしをしている。ヒカルと別れてからの実家での生活
は、家の所々でヒカルとの思い出が鮮烈にそのつど蘇り、アキラを苦しめた。夜景が綺麗な高層マンション
に住み、そこで静かに過ごすことをアキラは望んだ。ベッドから身を起こし、カーテンを開く。眩しい朝陽
がアキラの眼に飛び込んできた。季節は12月の下旬に入り、寒気が冬独特の浅黄色の澄んだ空を作る。

1331CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:30:33
盤上の月4〜最終章〜(6)


―――いい天気だ。久しぶりに外出でもしてみようか。午後に一件だけ指導碁があるだけだから、それまでに
時間は沢山ある。
今日がほぼ休日のような日程であるのを、アキラは素直に喜んだ。


あかりは銀座へ1人で買い物に出かけていた。ヒカルと別れてからヒカルとほとんど会話をすることもなく
あかりは過ごし、今では好きな人も出来て結婚の約束をしている。自分を大切にしてくれて、まっすぐ向き
合ってくれる誠実な人柄の婚約者にあかりは安心感を覚えた。ヒカルと付き合っていた時には得られなかっ
た、初めて心身共にくつろげる安らぎだった。結婚式の引き出物で何か良い物はないか探しに来た…という
より、忙しい毎日で息抜きで買い物に来たようなものだった。少し心が浮き出しながら、軽い歩調であかり
は銀座の街を歩く。真冬の季節なのに、街の洋服のディスプレイはもう早春物に切り替わっていた。

―――――来年はこの色が流行りなのかな?
買い物をしなくてもウインドーーショッピングで充分に楽しめるあかりは、ゆっくりといろんな店を見て歩
いた。そんな時、知った人の横顔を見つけたあかりは瞳を大きく見開く。
まさかね……、そう思いながらあかりはその人物の方へと歩いた。
――――やっぱり。間違いない!

1332CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:31:32
盤上の月4〜最終章〜(7)

あかりが見つけた人物。それはアキラだった。ブランド物の紳士服店から買い物をして出て行くアキラを、あかり
は見つけた。アキラを遠くから見てあかりは複雑な気持ちになったが、でも意を決してアキラへと近づく。
「……こんにちは」
あかりはアキラへ声を掛けた。
挨拶をされたことに気付いたアキラは誰から声を掛けられたのか、周囲を見回す。そして視線は自分の右斜め後ろ
にいるあかりを捕らえた。
「……キミは確か……進藤の……」
「以前…もう10年以上前になるかしら……、指導碁を一度打ってもらった藤崎です。覚えていないと思うけど」
「…………進藤と一緒にいた幼馴染だったよね。覚えているよ」
アキラに対して、ヒカルを不幸にしたら許さない。まっすぐな瞳でアキラに言い放ったあかりを、アキラは忘れる
ことは無かった。
「……そのいきなりこんなこと言うとどうかと思われると分かっていて、塔矢君にお願いしたいことがあるの。
塔矢君はこれから何処かへ出かける予定があるの?」
「予定はあるけど、まだずっと後の時間だ」
「だったら、少し私と話しをする時間つくってもらえないかな」

1333CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:32:23
盤上の月4〜最終章〜(8)

アキラはあかりの申し出に驚きを隠せず、あかりの顔をまじまじと眺めた。
「………別にかまわないけど……でもどうしてボクと?」
「私、一度塔矢君とは話してみたかったの……」
「……そう。……ボクも少しキミと話してみたくなったな……」
「…………ヒカルのこと?」
あかりはまっすぐアキラの眼を見て言う。そんなあかりをアキラは苦笑いをし、受け流す。
「とりあえずどこか喫茶店へ入ろうか」
「ええ」
あかりは頷きながら答えた。

ある喫茶店へとアキラはあかりを連れて入り、向かい合うソファーの席へと着いた。
店員は絵に描いたような美男美女の組み合わせであるアキラとあかりの前に立ち、しばし見とれた。
特にあかりは結婚を控えた女性独特の穏やかで落ち着いたオーラを放ちながら華やかな雰囲気を纏い、
もともと大きな瞳を持つ彼女の美貌をさらに引き立てていた。
「あのー注文を……」
あかりは店員へと声を掛ける。
「…ハッ、ハイ失礼しました。どうぞ」
「塔矢君は何にする?」
「ボクはエスプレッソ」
「じゃあ私はミルクティーで」

1334CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:33:21
盤上の月4〜最終章〜(9)

「ご注文を繰り返します、エスプレッソとミルクティーでよろしいですか」
「それでお願いします」
あかりは店員へ答える。
「お茶へ誘ったのは私だから、ここの御代は私に払わせて」
「藤崎さん気を使わなくてもいいよ、ボクも話をしたいと思ってここへ来たんだから」
「そういうわけにはいかないわ」
当惑顔であかりはアキラへ訴える。
「……それで藤崎さん。ボクに聞きたいことって何?」
「もう終わったことだけど、どうしても塔矢君に聞きたかったの。ヒカルに聞いても答えてくれなかったか
ら。もしかしたらヒカルにも分からないことかもしれなかったけど。
………塔矢君は男の人しか好きになれない……そういう方面の人なの?」
あかりの質問にぎょっしてアキラは瞳を丸くした。
そして辺りを急いで見回した。日曜日のせいか、店内は客が多くであちらこちらに談笑を繰り広げており、
あかりやアキラの会話はそれほどまわりに響かないらしい。
そんなアキラの様子を見て、あかりは自分の声のトーンがやや大きかったことに気付き、少し声を低めて
「ごめんなさい」と言う。
アキラは何も言わずにしばらくあかりを観察した。興味半分でそのようなことを聞いている訳ではない。
あかりの真剣な眼差しを見て、アキラは直感でそのように捕らえた。
「……私、塔矢君とヒカルが別れた後に、ヒカルと数年間だけ付き合ったの」

1335CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:38:40
盤上の月4〜最終章〜(10)


「うん……噂で知っていたよ。ボクはあの時にキミが進藤を不幸にしたら許さない。そう言ってきたキミと
なら進藤は幸せになれると想い、密かに応援していたんだよ」
「……嘘……」
「本当だよ。信じてもらえないだろうけど」
「………じゃあ、さっきの私の質問には答えてもらえるの」
疑うような表情をあかりは浮かべながら、アキラへ再度問う。
ちょうどその時、店員が二人が注文した品を持ってきてそれぞれをテーブルへ置いてく。
なぜほとんど見知らぬ彼女へ自分の隠している事を言う必要があるのか。アキラはそう思ったが、以前ヒカ
ルのために自らのことを省みずに純粋に動いたあかりを知っている。どこかヒカルに対して似た明るい雰囲
気を持つ持つあかりに、アキラは嫌いにはなれなかった。それにあれからすでに10年も経った。誰かに自分
の正直な気持ちを聞いてもらいたかった。そんな交錯な心の動きが、口の堅いアキラの唇がゆっくりと動い
た。
「いや……、ボクは女の人を対象にしている。その対象を男で見たのは進藤だけだよ」
アキラは自分へと遠慮の無い質問をぶつけてくるあかりに対して、ではなぜヒカルと別れたのか。と、反問
したかった。だが、アキラの関心事はそのことよりも、今のヒカルがどうしているかのほうに意識が向く。
「……そうなの。…………今でもヒカルと連絡を取ってたりしている?」
「いや、進藤とは対局以外は会っていない。でもいいんだ。」
――なにがいいのかさっぱり分からない。ヒカルと付き合っておきながら、女の人が好きだとか言って。やっ
ぱりこの人はよく分からない人だ。あかりは眉をひそめながら、渋々ミルクティーを味わう。

1336CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:39:13
盤上の月4〜最終章〜(11)

自分のときは中学卒業してからヒカルと結ぶものは幼馴染という立ち位置と碁だけになった。ヒカルが好き
で始めた碁だったが、今ではあかりの中で大切な趣味へとなっている。
―――碁………あかりははっとする。
ちらりとアキラのほうへ視線を向けると、アキラはそれに気付き微笑む。とても人当たりのいい雰囲気が、
あかりにこの言葉を出させた。
「……ヒカルとは普段会わなくても、囲碁で繋がっているから?」
あかりの言葉を聞いた途端、アキラの顔から笑みは消え無表情になる。
―――もしかして禁句だった……?
アキラはあかりの顔を静かに見つめた。そしてふっと破顔してまた静かに笑みを浮かべる。
「……藤崎さんは鋭いね。そのとおりだよ。進藤とは碁で繋がっている。ボクはそれで満足なんだ」
そんなアキラを今度はあかりはじっと見つめる。満足だといいながらも、どことなく寂しげな感じがするの
は気のせいだろうか。
「誰にも話したことがないのに、どうして藤崎さんには分かるのだろうね」
「……分かって普通だと私は思う。だって私と塔矢君……ヒカルを好きだったのだもの。」
「………………」
「本当に本当に大好きだった。ヒカルが笑うと自分のことのように嬉しかった。ヒカルが泣くと自分のことの
ように悲しかった。ヒカルのことが全てだったから。」
「………………」
「不思議ね……同じ人を好きだっただけで、ほとんど接点のない人のことがよく見えるなんてね……」

1337CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:39:47
盤上の月4〜最終章〜(12)


「……そういうことか。そうだね、その点はボクと藤崎さんは共通している」
言葉数は少なくとも、お互い相手を深く理解出来る。ヒカルと通してアキラとあかりは、奇妙な連帯感を感
じていた。
「藤崎さんは、今は好きな人とかは?」
「付き合っている人がいて、最近婚約したの。」
「そうなんだ…おめでとう。」
「ありがとう。塔矢君のほうは付き合っている人とかいるの?」
「いや……、ボクはいないよ。相変わらず囲碁三昧の日々だよ。……進藤は、今どうしてる?
付き合っている人がいて幸せだろうか」
「………ヒカルとは時々メールとかしているけど、私と別れてから付き合っている人はいないみたい」
あかりと付き合っていた頃のヒカルの心奥底にはアキラの影がある。いつもヒカルの側にいたあかりには分
かっていた。あかりと別れた後のヒカルは、以前よりも碁に没頭して恋愛どころではない雰囲気を感じさせ
た。あかりと付き合っていた頃のヒカルはアキラのことが忘れられなかったが、今はどうなのかはあかりで
も分からない。
「……そうか。でも進藤のことだ。きっとそのうち好きな人が出来て幸せになるだろう……」
「私……塔矢君と話していてどうしても訊いてみたいことがある。面識のない塔矢君にこのことを聞くのは正
直失礼だとは思うけれど……」
エスプレッソを一口飲み、アキラは「何だろうか」と静かに言う。

1338CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:40:44
盤上の月4〜最終章〜(13)

「塔矢君は……今でもヒカルのことが好き?」
「………これはまた随分と直球だね……」クスリとアキラは笑う。目の前にいるヒカルの幼馴染は、やはりど
こかヒカルと似たところがあるようで、思ったことを聞くところがある。けれどそれにいやらしさが無い。
その点もヒカルに重なるようでアキラは好意的に感じた。
「……藤崎さんには誤魔化しがきかないだろうね。ボクは進藤が今でも好きだよ」
「……………………そ…う。………そうなんだ………。でも塔矢君、あれからもう10年経ったのよ。
私が言うのも変だけど、塔矢君も次にいくべきなんじゃないのかなあ……」
「……藤崎さんのように?」
あかりは言葉に出さずにこくりと頷く。
「そうだね……、それが出来たらどんなにいいのだろうね。だけどボクは思ったり決めたことはそう簡単に変
えられないところがあって」
「でも苦しくない?……そういうのって……」
あかりには信じられない。アキラは10年間もずっとヒカルのことを好きだと言う。それなのに会えるのは対
局の時だけだなんて。さっきまでヒカルを通して少しアキラを理解出来たかと思ったが、それは即座に撤回
した。
「……苦しくは無い。もし苦しいのだとしても、この生き方を選んだのは他でもないボク自身だから」
「そんなにヒカルのことが好きなのに、どうして別れたの!?」
納得いかなくて、あかりはつい言葉尻が強くなる。

1339CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:42:00
盤上の月4〜最終章〜(14)


「……あのまま進藤と付き合っていたら、世間から叩かれて碁を続けることに支障が出る可能性があった。
進藤もボクも付き合い続けるよりも碁を選んだんだ………普通の人には理解してもらえないと思う。
でもあの頃はそれしかなかった。そうでもしないと進藤はプレッシャーに潰されていたかもしれないから。」
「……塔矢君もヒカルも、付き合うことよりも碁を選んだ……ていうこと?
塔矢君はヒカルが周りからいろいろ言われてつぶれないようにするために別れたっていうこと?」
「そうだよ」
「………………………そこまでしても碁を続ける理由は何なの…………?」
アキラの言うことはあかりの想像外ばかりで、頭が混乱してしまう。
「……進藤はどう考えているかは分からない。でも多分……、ボクと大体は同じ考えではないかと思う。
生きているから……、生きるために……碁を続けるんだ。答えになっていないかもしれないけれどね……。」
「……………」
全てがあかりの想定外の返答ばかりだ。自分の想像を超えるところに、アキラやヒカルは歩んでいる。
あかりにはアキラやヒカルの生き方は、自分とは異質過ぎて理解し難い。そしてアキラはけして報われない
とを知りながらそれでも愛することを止めない。愛する人の幸せを心の底から切に請い願う、見返りを求め
ない想い。本当に真剣にヒカルのことが好きなんだ……それだけは、あかりには分かった。

1340CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:43:00
盤上の月4〜最終章〜(15)

―――そういう愛し方もあるのだ………、でもそれではあまりにもアキラが報われなさ過ぎではないのか。
ついあかりはそう思ってしまう。

「…………………塔矢君は、ずっとこの先もそういうふうに生きていくの?」
手元のミルクティーのカップに視線を落とし、右手で左右に少し揺らしながらあかりは言う。アキラの返答
は無い。ふっとあかりはカップを見る視線をアキラへ移す。アキラとあかりの視線が重なった。優しく柔ら
かいかすかな微笑。アキラはあかりへの返答の代わりとした。アキラの優しく消え入るような笑顔を見て、
あかりは顔がこわばり胸が凍りついた。
―――この人は………この人は……………ずっと辛くて悲しい想いを10年もしてきたのに、それでもけしてそ
の想いを消すことはないのだ………。
この先もずっと……ずっと……それはいったいいつまで……?
なぜそこまで。そこまでにヒカルに執着する理由は何なのか。そのとき、あかりは気付く。
人を好きになるのに理由などないのだと。ただその人が好きだから。それが全て。
かつて自分がヒカルを好きであったように。男とか女だとかの性別なんて関係ない。
アキラにはそれがヒカルであった、だそれだけ。
アキラはこの先もずっとヒカルの幸せを願いながら生きていく。自分の幸せはヒカルとの対局を全てとして。
この先も続くであろうアキラの孤独な姿を想像するだけであかりの心は軋んで悲しみで一杯になり、言葉が
出ない。

1341CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:44:11
盤上の月4〜最終章〜(16)

あかりは密かにアキラを憎んでいた。アキラさえいなければヒカルは自分へと想いの全てをぶつけてくれた
かもしれない。もっと深く繋がりあえたかもしれない。今は別の人を好きになり付き合っているが、そのと
きの記憶はあかりの中で苦い汚点としてけして消えることなく心に息づいてた。
でも報われない想いに真摯に、そして誠実を貫き、この先もその生き方を変えようとしない痛々しいほど不
器用な路を選ぶアキラをこの眼で見た今………あかりの中でアキラへの恨みは消えていた。
その時、自分の頬を伝う生暖かい感触にあかりは気付き、それを右手でぬぐう。涙だった。
けして報われない己の生き方に対して笑みを浮かべるアキラ。そんなアキラを見て、自然とあかりの眼には
涙が零れていた。
「やだっ、私……」
必死に涙を堪えようとするが、次々と涙が溢れては零れる。あかりは急いで自分のバッグからハンカチを取
り出そうとするが、涙で溢れた眼では手元が歪んでしまう。ポトポトとあかりの手に涙が落ちては濡らす。
そんなあかりを不思議そうに眺めていたアキラだったが、自分のハンカチをそっとあかりに差し出した。
あかりはアキラからハンカチを受け取り、涙を止めようと両目に当てた。
周りの席の客がこちらを見ている気配が伝わる。

1342CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:45:31
盤上の月4〜最終章〜(17)

アキラに迷惑をかけている。そう思い、アキラのハンカチをさらに眼に押し当てて涙を堪える。そしておそ
るおそるアキラの顔を見る。アキラはただ優しくあかりを微笑んでいた。そんなアキラを見て改めてあかり
は思う。アキラは強いのだと。普通の人は報われなければそのうち諦めて別の路を選ぶ。そうしないと自分
の心を平静に保てないから。
だがアキラはどんなに自分が傷ついても諦めない。諦めないどころか想いが適うことが無いとしても、その
気持ちを抱き続ける。その上で、好きな人の幸せを請い願う。

凡人には真似が出来ない崇高的な生き方。それとも退廃的な生き方なのか。ヒカルがこの苛烈で高尚な魂を
持つアキラに強く惹かれたのは無理ないのかもしれない。数えるほどしかアキラと会っていないあかりでさ
え、塔矢アキラという存在は強く印象に残る人物だった。それをヒカルは囲碁でのライバルで、かつては恋
人としてアキラと向き合っていた。忘れたくても忘れられないというのは仕方ないことかもしれない。

あかりと一緒にいたヒカルはいつも何かに餓えていた。一緒に食事をしても抱き合っても、ヒカルはあかり
との間ではその餓えや渇きを癒すことはなかった。それがあかりには哀しかった。自分がヒカルにとって心
の芯から癒すことの出来ない存在だと知ったときの惨めさ。今思い出しても胸が痛む。
その苦い思いが胸中に再び駆ける中、頭のどこかで冴え冴えとする感覚を感じ、そしてそれはあかりを別へ
との思案へと巡らせて諭す。

1343CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:46:21
盤上の月4〜最終章〜(18)

「…………塔矢君、一度ヒカルと話してみるべきじゃないのかな」
あかりはアキラのハンカチで目頭を押さえながらぽつりと言う。なぜそう言ったのかあかりは自分でもよく
分からない。でもアキラとヒカルは、もう一度向き合うべきではないのか。そのように、あかりは感じた。
「………そうだね、進藤と話してみたいね……」
寂しげにアキラは話す。そんなアキラをずっと見ていたあかりは、何かを思いついたように意思を固めた。
「…………藤崎さん、すまないがこの後に指導碁の仕事が入っているんだ」
ふとアキラは自分の腕時計を見て、少し慌てて言う。
「ごっ、ごめんなさいっ、やだ私ったらつい話し込んじゃって。それでハンカチも借りちゃって」
「ハンカチのことは気にしないでいいよ。……今日藤崎さんと話が出来て良かった」
アキラはあかりが使ったハンカチを受け取る。
「えっ?」
「こんなに自分の気持ちを正直に話せたの……進藤と付き合っていた以来だ。10年ぶりくらいかな……。と
ても嬉しかったよ。婚約本当におめでとう、お幸せに」
「……私こそ、本当にありがとう。私も塔矢君と話をして良かった。あの……ハンカチ、新しいのを買ってく
るから」
「大丈夫だよ、そんなに気にしないで。ボクのために泣いてくれてありがとう……」
アキラとあかりはお互い顔を見つめた。そして静かに微笑み合った。喫茶店を出て、アキラとあかりは反対
方向へと歩き出した。ふとあかりは立ち止まって振り返り、アキラの背を眼で追う。

1344CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:47:05
盤上の月4〜最終章〜(19)


あかりはずっと長年、ヒカルを奪った人としてアキラに対して嫉妬して、自分の心奥にどす黒く渦巻く感情を持て
余していた。だが今日アキラはほとんど面識の無いあかりの問いに真摯に受け答えをしてくれ、またアキラの心に
触れたことで黒くて醜い感情を消すことが出来た。徐々に遠くなっていくアキラの背を、人ごみの中に消えるまで、
あかりはじっと見守った。
そしてとても誠実な人………あかりはアキラに対して率直にそう思った。それはあかりに別の決意を促すのに充分
過ぎるものだった。

「さてと……」
あかりは何かを思いつき、大きく息を吸って吐く。手土産にチョコレート菓子を買って地下鉄に乗る。あかりの足
取りは自分の家とは違う方向へ向けられる。ヒカルの家へと―――。


「なんだあかりだったのか」
呼び鈴を聞き2階から階段を下りていく途中、玄関にいるあかりをヒカルは見つけて声をかけた。
「久しぶりヒカル。元気してる? この前おばさんからお土産頂いたから、ほら今日ちょっと買い物したので
お礼持ってきたの」
あかりは銀座で買ったチョコレート菓子の紙袋をヒカルに見せた。

1345CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:48:20
盤上の月4〜最終章〜(20)

「おっ、サンキュ、お母さんから聞いたよ。婚約したんだって、おめでとう」
「ありがとう」
「まあなんだ、上がれよ。誰もいないんだけどさ」
「うん、お邪魔します、良かった今日ヒカルが家にいて」
あかりは靴を抜いて、両靴を揃えてから居間へと向かった。

「う〜んと、あかり何飲む?」
「何でもいいよ」
「じゃあ緑茶な」
「うん」
久しぶりに上がったヒカルの家。あの頃とほとんど変わらないようであかりはどこか安心した。ヒカルと別
れたことはヒカルの家の前を通るだけで悲しかったが、今はこんなに安らかで落ち着いた心境でいられる。
時間は薬とはよく言ったものねとあかりは痛感する。自分の傷ついた気持ちは時間が経過して、別の人を好
きになり癒されていった。でも今日会った鋭くでもどことなく優しい瞳を持つ孤独な人は、この安らかな気
持ちを知らずにいる。あかりの眼には、それが無性に哀しく映る。自分のすることはもしかしたら余計なお
節介かもしれない。でもあかりはどうしてもヒカルに伝えるべきことだと思い、ヒカルの家を訪れた。
ヒカルは台所のテーブルのイスにあかりを座らせ、湯飲みに緑茶をなみなみと注いであかりの前に置いた。
「ありがとう」
「なあ、あかり。この菓子食べていい?」
「もう相変わらずねえヒカルは。食べて良いよ」

1346CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:49:33
盤上の月4〜最終章〜(21)


笑いながらあかりは緑茶を飲む。その横でヒカルはガサガサと包みを取り、チョコレートを口に含んだ。
―――食いしん坊なところは相変わらずねえ。
昔と変わらないヒカルの行動に、あかりはつい苦笑してしまう。
「……オマエが家に来てくれて嬉しいよ。昔みたいにこうして話せる時がくるなんてな……」
「そうね……それは私も同じよヒカル」
幼馴染から男と女の仲に一度はなった二人。だから昔みたいに無邪気には触れ合えない。それでもどこかでお互い
を気遣っていた。物心ついた頃からずっと一緒だった二人は、昔はどんなところでも手を繋いで歩いていた。
あの頃はずっとヒカルの手を繋いでいくと信じてたあかり。今はヒカル以外で好きな人がいて、結婚の約束をして
いる。

そんな人がいても、やはり自分はヒカルのことは好きなのだ。ヒカルを見てそう想う心。改めて自分の心をあかり
は見つめた。
……一緒に生きていけなくても、それでも心の片隅で大事に想い続ける愛。今なら……ほんの少しだけならアキラ
の愛し方が分かる。いろんな愛し方があるのだと。そんな愛し方があるのだと。

「オマエ本当に綺麗になったな」
「ありがと。ヒカルがそんなこと言うなんてね。今日はちょっとヒカルへ伝えたいことがあって」
「へー、なんだよ」

1347CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:50:04
盤上の月4〜最終章〜(22)

チョコを次々と食べて緑茶をすすりながら、ヒカルはあかりと向かい合うようにイスへ腰掛けた。
「聞いて驚いてね。実は今日ね、偶然塔矢君とばったり会っちゃって。一緒にお茶しちゃった♪」
あかりはわざとおどけた口調で話し始めた。
「──えっ、塔矢と!」
ヒカルは一瞬硬直した。
「うんそう、あの塔矢君と。びっくりでしょ!」
「……正直、オマエから塔矢の名前が出るとは夢にも思わなかったぞ。だってオマエ塔矢嫌いだったろ?」
「そりゃ、かつての恋敵だから好きとは言えないわよね」
「………塔矢とどんな話したんだよ、オマエと塔矢なんて想像つかねえ組みあわせだぞ」
「今、進藤は付き合っている人はいますか、幸せでいますかって訊かれたよ」
「──…………」
「……で、私と別れてから付き合っていないみたいで、今は囲碁に没頭しているって言ったの」
「…………」
「そうしたら、進藤のことだからそのうち好きな人が出来て幸せになるだろうって塔矢君は言うのね」
「…………」
「私は塔矢君の近状も気になったから、付き合っている人がいるか訊いたの」
「…………」

1348CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:50:42
盤上の月4〜最終章〜(23)


「塔矢君は付き合う人はいないし、まだ進藤が好きだから考えてないって」
「……──!」
ヒカルの顔から笑みが消えていき、口元をきっと噛み締める。それを知りながらも、あかりは淡々と話し続
けた。
「それで塔矢君は、ボクはいつまでも進藤の幸せを願っているって。そう言っていた。私からの話はこれで終
わり」
熱い緑茶をあかりはゆっくりと飲む。そしてちらりとヒカルを見た。
「………本当に塔矢はそんなことを言っていたのか」
明らかにヒカルは動揺していて、落ち着かない様子だ。
「そうよ。私、ずっと塔矢君のことどこか嫌っていた。ヒカルを独り占めして嫌いだった。でも誰よりもヒカ
ルのことを大切に想っているのは塔矢君だと。今日塔矢君と話していて感じたの。それが分かって塔矢君の
こと、嫌いになれなくなっちゃった」
「………あかり……」
眼前にいるあかりにヒカルは複雑な表情を向けた。
「……ヒカルは、今好きな人はいるの?」
「いや………」
「ヒカルにとって塔矢君はもう過去の人?」
「………いや……」

1349CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:51:14
「……だよねえ。だって塔矢君てもう強烈な個性の人じゃない。そう簡単に忘れることできないよね」
「………………」
「……私、囲碁界のこと詳しくは分からないけれど、今ヒカルも塔矢君もタイトルホルダーで実力を充分につ
けているでしょ。もう10年前とは状況が違うよね。この世界って強い人が全てなんでしょう。ヒカルと塔矢
君のこと、いろいろ言う人がいても以前とは違うんじゃないかなっ……て。もしいたとしても言わせないぐ
らい勝ち続けて文句を言わせないようにするとか、今のヒカルと塔矢君なら出来るんじゃないのかな……」
「………あかり……オマエそんなこと言いにウチに来たのか」
「……そうよ」
「本当に以前じゃ考えられないことだよな……」
「そうねえ……、以前ヒカルは塔矢君の瞳に惹かれて囲碁を始めたと言ってたでしょ」
「ああ……」
「私もきっと同じ。あの人の一途な目を見ていたら引き込まれちゃったみたい。それどころか私は塔矢君に
救ってもらったの」
「えっ?」
「──それは内緒。私だけの秘密よ。ヒカルにも塔矢君にも教えない。さあてと、私帰るね」
「………あかり……」

1350CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:52:02
盤上の月4〜最終章〜(25)


「ヒカル……、ヒカルはきっと分かっているから私が言うことじゃないけれど、大切なものがあったら大事
にしないとね。それがいつまでもあるものとは限らないのだから。」
「…………」
ヒカルの脳裏に、一瞬佐為の姿が色鮮やかに浮かぶ。永遠は存在しない。そのことをヒカルは誰よりも骨身
に染みて知っている。
「塔矢君だけじゃなくて、私もヒカルが笑う顔……好きなのよ。いつまでも私の好きなヒカルでいて欲しい
の。お茶、ごちそうさま」
あかりはイスから立ち上がり、玄関へと向かう。
「……もう帰るのか、もう少しゆっくりしていっても……」
「私これでも結構忙しいのよ。結婚式の準備とかでスケジュールがハードなんだから。ヒカル、私の結婚式
は手合いにぶつからなければ出席してくれると嬉しいけれど」
「ああ、絶対出席するよ。早めに結婚式の日取り教えてくれよ。オレもスケジュール調整するから。あと、
家まで送るよ」
「ありがとう、じゃあお願いしようかな」
ヒカルとあかりは慣れ親しんだ道を二人並んでゆっくり歩いた。幼い頃は手を繋ぎあって歩いた道。あかり
はヒカルの左手を握った。ヒカルは驚いてあかりの顔を見る。
「今日だけ、いいでしょ」
優しくヒカルは笑い、いいよっと言う。

1351CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:52:37
盤上の月4〜最終章〜(26)

「ヒカル」
「ん?」
「幸せにならないと私、許さないんだからね」
「……それはオマエもだろ」
クスクスと笑うヒカル。
「うん、私は幸せになるよ。でもヒカルも幸せにならなきゃいけないんだからね」
「………うん」
ヒカルの近所に住むあかりの家には、ほどなく着いた。
「ヒカル、ありがとう」
そう言いながらあかりはヒカルと繋いだ手を、静かにほどいた。きっとこの先繋ぐことの無いヒカルの手を、
あかりは見つめた。大好きな手だった。大きくて硬くて暖かい、優しい手。
「じゃあな、あかり」
「うん、手合い頑張ってね」
「ああ」
「あと、ヒカル……塔矢君と一度話してみて」
「………」
「塔矢君、きっといつもまでもヒカルを想ってる。いつまでもずっと…」
あかりの問いに、ヒカルは黙って頷いた。

1352CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:53:14
盤上の月4〜最終章〜(27)

「でも塔矢君、一度思い込んだらそのまま突っ走る人っぽいから、本当にしつこそうよ。ヒカルはそのとこ
ろ覚悟しているの?」
「うん、アイツのしつこさはスッポンに値する。オレはそのこと誰よりも知っている」
「えっ、スッポンってどんな例えよヒカルったら」
「そんでもって、すんごい短気だしな。すぐムキになってオレに歯向かってくるぞアイツは」
「そんな人なの塔矢君って? 今日話した限りでは穏やかそうに見えたけど……」
「アイツは猫かぶって外面いいヤツなんだよっ。みんなアイツの笑顔に騙されている。だけどオレは騙され
ないぞっ!」
「本当にそんな性格なの塔矢君って。ヒカルの勝手な色眼鏡で見ているんじゃないの?」
「いや、本当にそういうヤツなんだよアイツはっ!」
アキラのことを嬉しそうに嬉々と話すヒカルを見て、やっぱりヒカルは元気で笑っているのが一番だなあと、
あかりは思う。その笑顔を自分は作ってあげることは出来なかったけど、きっとアキラならヒカルを癒して
あげられる。あかりはそう信じた。
「じゃあなっ、あかり」
「じゃあね、ヒカル」
ヒカルは元気に走って帰っていく。あかりはヒカルの姿が見えなくなっても、しばらくそこから動くことは
なかった。知らないうちにまた両目からは涙が溢れている。今日はいったい何回泣けばいいのか。

泣いて良い日かも知れない。眼一杯今日は涙を流そう。泣いて、泣いて、涙が枯れ果てるまで泣いて……、
そしてまた明日を頑張ろう………。
立ちつくしながら一言、…………さようなら………とあかりは小さく呟いた。

1353CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:54:10
盤上の月4〜最終章〜(28)

夕暮れ時に差し掛かる頃。空にはオリオン座が早くも登り、冬の空を彩っている。アキラは高層マンション
へ戻り、1人黄昏れていく空をイスに座って眺めていた。もうすぐ夜が訪れる。アキラのマンションは、一
面夜景が見える好スポットで有名な所だった。マンションの一角には和室がある。
アキラがこのマンションを借りるのを決めたのは、夜景が綺麗なことと和室が一室あったためだ。碁以外に
これといった趣味を持たないアキラだったが、昔から夜景を見ることは好きだった。色とりどりの光彩を放
つ光の一つ一つ。それはそこに人が生きて灯りを灯している証。夜が生きている……そんな印象を思わせる
夜景が好きだった。
今日は以外な人物……ヒカルの恋人であったあかりと話たことでアキラは穏やかな心地にいた。本音を話す
ことの少ないアキラには、今日はとても充実した日だった。自分のために泣いてくれた女性。
ヒカルのことが無ければ違う付き合い方があったかもしれない。でもヒカルという接点がなければ、多分知
り合うことはなかっただろう。人との廻りあわせの不可思議に、今更ながら感慨深くアキラは思う。

暮れていく空が見える和室で、アキラは碁盤前に座り棋譜並べをする。日中の騒がしい雑踏から離れた静か
空間で、1人棋譜を並べるのがこのマンションでのもっとも好きなアキラの過ごし方だった。
そんな時に、マンションの電話が鳴った。
このマンションに移って以来、仕事や碁関係以外はめったに無い電話に不思議に思いながら、アキラは受話
器を取った。

1354CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:54:41
盤上の月4〜最終章〜(29)

「もしもし塔矢ですが」
相手は無言で何も言ってこない。
―――いたずら電話か。
アキラは受話器を置こうとした。が、ディスプレイに表示されている相手側の電話番号は見覚えのある数字だった。
―――忘れるはずもない、これは進藤の携帯番号の数字……
受話器を置こうとしたのを慌てて止めて、再度持ち直した。
「………進藤か……」
「……ああ、そうだよオレだよ塔矢。よくオレだと分かったな」
「キミの携帯番号が電話のディスプレイに表示したから。キミだとすぐ分かったよ。よくボクの家の電話番号が分
かったね。」
ヒカルがアキラへ電話をするのは、別れて以来だった。
「だってオマエの携帯番号変わっているし、どうやって連絡取れるか考えて困ったんだぜ。それで仕方なく
緒方先生に教えてもらったんだ。」
「そうだったのか。でもよく緒方さん、キミへボクの電話番号教えたね。」
「うん、オレもそれ意外だった。何か考え込んでいたみたいだけど、教えてくれたんだ。まあちょっと、オ
マエとどうしても話がしたくてな……」
「何だ、話って」
「今日オレ、幼馴染と話す機会があって、そいつが塔矢と会ったっていうから」
「ああ、藤崎さんだろ」
「……本当に会ったんだ、あかりと……」

1355CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:55:28
盤上の月4〜最終章〜(30)


「ちょうど偶然にね。藤崎さんのほうから話がしたいとあって少し喫茶店で話したんだ。藤崎さんはいい人
だね。話していてとても気持ちが落ち着いたよ」
10年ぶりの電話のわりには、二人の会話は淡々と続く。
「そうか………。実はあかりからオマエのこと少し聞いて……」
「どんなことを聞いたんだ……」
アキラはあかりが言った言葉を思い出す。
―――『……塔矢君、一度ヒカルと話してみるべきじゃないのかな』―――
あかりはヒカルと話す機会を、こんなにも早く作ってくれた。アキラは深くあかりに感謝した。
「……その………………まだオマエが………オレのこと好きだって……」
あかりからアキラの気持ちを聞いて、ヒカルは事実を確認したくてすぐに行動に移した。それがアキラには、手に
取るように分かった。その時のヒカルの気持ちを想像すると、アキラの胸の鼓動は早鐘を打つように激しくなり、
受話器を握る手には汗がじわりと滲む。はやる気持ちを落ち着せながらアキラはヒカルの問いに答える。
「―――そうだよ」
「そうだよって、塔矢……オマエ……」
「ボクのこの想いは、あの頃のキミには傷つけるだけものだったから……
10年前に言えなかったことを、今やっとキミに伝えられる
ボクの想いはキミに重荷になるかもしれないのは重々承知しているが、…………それでも………、
…………それでも言わせて欲しい……。」

1356CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:56:16
盤上の月4〜最終章〜(31)



「……………………言ってみろよ……」
静かにヒカルは答える。

アキラは重い口を開いた。




「キミが好きだ

あれから10年経った今でもそれは変わらないし、これからも変わらないだろう

キミと共に生きていけなくても、キミが誰かを好きでも、結婚したとしても、

ボクはキミが好きだし、キミの幸せを いつも願っている

進藤……キミは今、幸せだろうか……?

……ボクはキミが幸せであって欲しいと………いつも……いつも想っているよ……」

1357CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:57:07
盤上の月4〜最終章〜(32)



電話からヒカルの返答は無かった。電話は切られずに無言の状態がしばらく続いた。かすかだが電話越しか
らヒカルの息遣いが聞こえる。気のせいだろうか、アキラにはヒカルが泣いているように感じた。
だがアキラは黙っていた。ひたすらに……ただひたすらに沈黙を守る。

陽は沈んで辺りは暗くなっていき、部屋は一気に暗闇へと塗り変わる。
ふとアキラが窓外を見ると、夜空低く満月が青白い光を発している。部屋に月明かりが細々と差し込んでき
て、周りがぼんやりと見えてくる。

長い刻が過ぎた。アキラはその長い沈黙を守りながら、ヒカルの言葉を待った。待つことは苦ではない。
言葉を交わさなくてもヒカルの存在が電話機の向こうにいるだけで、アキラは嬉しかった。やがて電話から
ヒカルの嗚咽が聞こえてきた。

1358CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:58:03
盤上の月4〜最終章〜(33)


「……進藤……」
アキラは優しくヒカルの名を呼ぶ。だがヒカルからの返事は無い。
「…………進藤……?」

さらにもう一度アキラがヒカルの名を呼ぶ。アキラが再度名を呼ぶのと同時にヒカルの押し殺すような泣き
声が、一際激しくなった。
もう一度アキラは想いを込めて静かにゆっくりと、ヒカルの心に染み渡るような優しい声で囁く。




………進藤……愛しているよ……、キミだけを………ただキミだけを


これから先もずっとただひとりキミだけを………


キミだけを愛し続けるよ………

1359CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 17:59:00
盤上の月4〜最終章〜(34)



「――――――塔矢っ……………!」
ヒカルは嗚咽を上げながら、携帯電話へ向けて口を開いた。

「……オレも……ずっとオマエのこと…… 忘れることが、どうしても出来なかった……
10年前オレから別れ話を出したっ。でもやっぱり……塔矢が好きなんだ!
あかりと付き合ったりもした。だけどオレは塔矢が好きだとなおさら自覚するだけで、あかりを傷つけるだ
けだった。………この気持ちを消すことが出来なかった……よ………。」
話しながらヒカルの双方の瞳から、大粒の涙が絶えず零れ落ちる。

「……………進藤……、嬉しいよ……。本当に……嬉しいよ…………。
10年前ボクたちはまだほんの子供だった……。ただ一生懸命で、ただそれだけだった。
あの頃はそれしか出来なかった……。でもボクたちはもう子供ではない。
10年前出来なかったことが、今ならばもう少しうまくなっているかもしれない。
たとえ難しくても、出来るように努めてみせる。

死がボクらを分かつまで、共に生きていきたい。その気持ちはどんなことがあっても変わらない。
進藤……キミはどう想うだろうか………?」

1360CC ◆RA.QypifAg:2014/06/28(土) 18:00:35
盤上の月4〜最終章〜(35)


アキラの声がかすかに震える。胸が熱くなり言葉が詰まりそうだった。
だがアキラの中で10年間大切に暖め続け、何度も繰り返し呟いた想いをヒカルに伝えた。


「―――オレも……… オマ エと 一緒 に 生きた い……………

最後の 最後ま で ずっと 一緒 に…………………オレと オマエとで…………」


「――――――――――進藤………」



アキラの前にある碁盤の盤上は、淡く月色に染まっている。
その盤上の黒石の一つに、ぽたりと水滴が落ちた。
両目を瞑るアキラの頬に、かすかな一筋の涙痕。
10年前ヒカルと別れて以来に流すアキラの涙だった。
今まで重なることがなくすれ違いを繰り返していた二人の時軸は、深く固く重なり合い結びつく。
そして力強く同じ時を刻み始めてゆく。

夜が明け、星の残る朝空には、暁色に身を変えた満月と、地平線から昇り眩しく強い光を放つ太陽の二つ
の姿があった。アキラが盤上に並べた白と黒の碁石を再現するかように―――。


                          (盤上の月〜最終章・完)




盤上の月を書き始めた頃は3の内容で終了と決めていて、今でもそれで良いと思っているが、こういう路も
ありかなと。棋士アキラたんを書いていたのに、根本テーマは愛だったんだと今頃気付く。(←にぶい)
あかりたんは一番辛い配役となり、申しわけなかったけど良い子だから幸せになれるよ。書き上げた物をあ
わわと転がりながら改めて全部読んだら、アキラたん、ヒカルたん、あかりたんの3人の物語だったんだな
あと。書き上げてみないと自分でも分からない。SSってある意味生き物だとつくづく痛感。おおまかの話筋
を書き終えて思ったことは、アキラたんフォーエバーにつきる。この4の章は、手直し殆どないからまあ完成かな?

1361CC ◆RA.QypifAg:2014/07/01(火) 03:59:38
※すみません
下記の盤上の月3(13)内容が抜けていました。追加します。



盤上の月3(13)

盤上の月・3(ラストの部分)


大晦日。

アキラは一人、自宅で碁を打っていた。碁盤に並べられている碁は、ヒカルと初めて対局したもの。ヒカル
と対局した内容は、全てアキラの脳裏に焼きついている。一つ一つの対局に、いろんな思い出が詰まってい
る。ある一つの対局をアキラは並べ始めた。
それは先月行われた名人戦でのヒカルが挑戦者として名人タイトルホルダーの畑中との○戦での対局内容だ
った。ヒカルは畑中を前に敗れたが、アキラがヒカルと対局をした約8ヶ月前の内容より良い碁になってい
る。日々淡々とヒカルの碁は、確実に力をつけて変化し続けている。

………進藤は本当に強くなった。きっとこの先もキミは、さらに強くなっていくだろう。
このボクでも進藤がどこまで開花するかは、まったく予想がつかない。

常に進化し続けていく棋風……柔軟に自分の思考を変化させ、より良いものへと創造して身に宿す力。ヒカ
ルはそれを当然かのようにこなす。

いつかボクは、進藤に追い抜かれて置き去りにされる時が来るかもしれない。だがヒカルと並んで生きてい
くのは自分だ。自分であり続けたい。アキラは大きく息を吸って吐く。ちょうど時刻が新年を向かえた。


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