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改訂版投下用スレッド

1書き手さんだよもん:2003/03/31(月) 00:33
作品に不都合が見つかり、改定となった場合、改定された作品を投下するためのスレッドです。
改訂版はこちらに投下してください。
ただし、文の訂正は、書いた本人か議論スレ等で了承されたもののみです。
勝手に投下はしないでください。

編集サイトにおける間違い指摘もこちらにお願いします。
管理人様は、こちらをご覧くださいますよう。

2名無しさんだよもん:2003/03/31(月) 00:34
>>1
乙〜。

3散らばって散らばって作者:2003/03/31(月) 00:37
乙です〜

ではさっそく。

4散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:40
「ぴこぴこ」
「さあ、もう少しですよー」
「ちょっと遠かったですね。…あれ? 灯台、だれかいるみたい」
 ほのぼのな雰囲気の三人組。
 その斜め横から、

 ダダダダダダダダ――――――

 その三人組にむかって急速接近の、『縦』『横』コンビ。
 ――――獲物を横取り?
 思わぬ光景に、隠れていた潅木の陰から立ち上がる、あゆ。
「だ、ダメだよっ! そ、それはボクのたいやきだよっ!!」
 
「ぴこ?」
 ケモノ(?)の勘が発動したのか、三人と一匹のなかでいち早く異常を察知したのはUMAポテトだった。
 つられてみどりがふり返るとと、そこには…
「あ、――――襷、鬼」
 ふりむく、残り二人。
 驚愕というには緊張感に欠けた表情を浮かべて、固まってしまった。
 逃げ出すには鬼との距離が迫りすぎていたのだ。
 なんとも表現しがたい形相を浮かべ、トップスピードにのった二人の鬼はそのまま――――――――――目の前を、通り過ぎていった。

「「「「………………え?」」」」

 唖然とする南・みどり・鈴香の天然おねーさんチームと、あゆ。
 外見からは想像もつかない速度で灯台に一直線の縦横コンビ。

「いくでござる! いくでござるよ!!」
「も、目的はただ一つだけなんだな」

 ―――彼らの獲物は唯一つ。大庭詠美のサイン。

5散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:41


「―――あらあら。あそこにも鬼がいますね」
 ふと森のほうを見て、南がたおやかに微笑んだ。
 立ち上がったまま呆然としているところを見つけられた、あゆ。
 ああ。逃げていく。たいやき三匹が逃げていく。

「……わたし、もう笑えないよ?」
 失意のあまり混乱しているようだ。

6散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:41


 数分後。


 灯台の上では壮絶な戦いが繰り広げられていた。
 基本的に鬼に触られれば終わりのこのゲーム。逃げ手が少々集まったところで数の優位は働かない。
 灯台という閉鎖空間に逃げ込んでしまった時点で、七人は籠の中の鳥状態だった。
 
「観念するでござる!」
「も、もう、おしまいなんだな」 
 七人を灯台の屋上に追い詰め、勝利を確信する、縦横コンビ。
「ふっふっふっ、大庭詠美のサインはもらったでござるよ」
「なんだな、なんだなっ」

「…アンタら…」
 その台詞に青筋をうかべた由宇。  
 次の瞬間、ニヤリと薄笑いを浮かべて彼女がとりだしたのは紙の束。
「ああーーーーーーっ!!!!! なんでパンダがそれもってるのよ!! わたしのげんこー、かえしなさいよ〜!!」
「……黙らせとき」
「……はちみつくまさん」
 凄む由宇に舞は素直に従った。
 むぐ、っと詠美の口を押さえる。
「なあなあ。大庭(カ)詠美のサインなんかよりもっとえーもん、欲しない?」
 案の定、ピタリと動きを止める縦横二人。
 …脈あり。由宇の商売人の勘がそう告げていた。
「じゃじゃーーーーん!! 見てみい!! CAT or FISH!? の最新作!! し・か・も・できたてほやほや、生原稿やで!!!」
 おお〜、と嘆声があがる。
 ちなみに浩之組はこの時点でついていけていない。
「で、相談やけどなぁ。これと交換に、この場はちょっと見逃してくれへん?」
 ちょっと、動揺する二人。
 …もう一押し。
「よぉ、考えてみぃ。生原稿なんてこの機を逃したら手にはいらんで〜。なーんせあの同人くいーん、ちゃんさまの生原稿や。
サインはこみパであえればもらえるかもしれへんやろ? な? な? どちらがお得か、小学生でもわかる」
 浩之と志保は顔を見合わせた。
 するとわからない自分達は小学生以下か?

7散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:41

「むぅ、…承知した。ここは申し出に応じるでござるよ」
「取引、仕方ないんだな」
「そうそう。ショーバイはそう割り切りよーないとあかん」
 にっこり笑みを浮かべながら手渡そうとした刹那、
「あっ…」
「!!!!」
「!!!!!!!」

 ……バサバサバサバサッッッッッ
 紙の束が空に待っていった。

「「フゥォォォォオオオオオオ!!!!!!!」」
 散らばる紙を追って灯台を飛び出していく、縦横コンビ。

「よーし、みんな、今のうちににげるでっ」
「ちょ、ちょっとまちなさいよっ!!! 温泉パンダ!!!!」
 怒り心頭の詠美ちゃんさま。
「なんや、詠美? あーーー、アレか。気にせんでも、あんたがペン入れに失敗したやつとか集めたゴミや。
あんたの原稿は、そこのにーちゃんがまだ持っとる。…原稿は作家の命やで、あんな扱いするわけないやろ」
「うっうっうっ、パンダぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

8散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:42
「おーよしよし……ほな、逃げ

「うぐっぐっぐっぐっ…」(*笑い声です)

 …よ…か?」
「…浩之さん…あ、あれ…」
「…ああ。まだいたんだな、鬼」
 しがみつくサクヤを後ろにかばい、浩之は階下の影を見つめる。
 現れたのはうぐぅ……もとい、月宮あゆ。窃盗犯にして奇跡を起こす少女である。
 実際、奇跡が起こっているといえなくもなかった。
 獲物を追い詰めながら、狩人たちはそのまま放って置いたのだから。
 しかも獲物は七人。たいやき七匹と等価である。

 …カツン…
 …カツン…
 
 得体の知れない瘴気を纏った狩人が、階段を一歩一歩、踏みしめながら上がってくる。
 あゆにとってこれはただの階段ではない。
 はるかなるたいやきへの、天国に続く階段だ。 

「ふ、ふみゅ〜〜〜んっ、ど、ど、ど、どうするのよ〜〜〜!! 」
「…………ずっと私の思い出が…佐祐理や…祐一と…共にありますように」
「ね、ねこっちゃ、なんとかしっ!」
「…ねこっちゃ、言わないで下さい…」
「ヒロっ! あんた、かよわい乙女たちのために犠牲になりなさい!」 
「ひ、浩之さ〜ん…!」
「むちゃゆーなっ!!!」
 灯台の出口への道は一つ。入り口も一つ。
 そこには襷をかけたあゆ。つまり、鬼。
 一人しかないが、触られたらジ・エンドである。
「……じゅるり……七匹……たいやき、七匹追加だよ…うぐっぐっぐっぐっ…」(*笑い声ですよ?)

9散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:42
 
 また一歩。
 
「俺が上!!お前が下だ!!!」
 びしり、とあゆを指差す浩之。
 シチュエーションとしてはまずまずだが、相手が悪かった。
 敵は試練云々よりもたいやき命の少女である。
「うぐぅ?」
 ……まあ、そうなるだろう。
「あかん、そこは『お前が下だ!!浩之!!!』やろ!! 修行が足らんわ、このちんちくりん!!!」 
 由宇が、実に彼女らしいつっこみをした。
 隣にいればハリセンをいれたに違いない。 

 ……そうは見えなくとも、彼らはピンチだった。


【同人組(由宇・詠美・琴音)・浩之組(志保・舞・サクヤ) 灯台】
【南・みどり・鈴香 灯台付近から逃亡】
【あゆ 灯台】
【縦・横 灯台から去る】
【時間 昼】
【灯台の位置 島の西側にある小さな岬】

10散らばって散らばって作者:2003/03/31(月) 00:45
展開は本スレと同じで、舞・サクヤの登場をわりこませただけなので
大勢に影響ないと思います。

11不可侵の対決:2003/03/31(月) 02:41
少年と郁未の不可視の力による飛び道具の応酬が続いていた。
「互角ですね〜」
随分落ち着いている由依。
郁未を信用しているからこそ、落ち着いていられるのだ。
もぐもぐ。
――食事中だからこそ落ち着いているのかもしれないが。
しかし、となりにいる祐一はすこし焦っているように見えた。
由依もそれに気付いたのか、祐一に尋ねる。
「どうしたんですか?」
「やばいかもな…」
「え? 郁未さん、強いじゃないですか。あの人も粘ってますけど…」
たしかに、互角だ。
それは、普通の人から見れば、だが。
祐一には、勝負の行方はなんとなく見えていた。
このままでは、郁未が負ける。
「天沢が、少し押されてるな…。ちょっと、助太刀するか」
「え? 郁未さん、負けてるんですか? っていうか、助太刀できるんですか?」
祐一は、一言だけ残し、郁未のいる方とは別の方向へ去っていった。
「伊達に、囮をやっていたわけじゃないさ」
その頃、少年と郁未の戦いは終えようとしていた。
「これで、終わりだね」
「お前がな」
「なっ!?」
いつからか、祐一が少年の後ろにいた。
少年は郁未との戦いに気が抜けないからか、気配のチェックを怠っていたらしい。
祐一は少年をタッチしようとした。
少年は間一髪祐一の手をさっと交わす。
しかし、その隙を郁未は見逃さなかった。
「やるじゃない、あなた。その根性は認めてあげるわ。あなたのおかげで勝ったんだし」
少年に鬼の襷を渡しながら祐一に言った。
【少年 鬼化。雪見の逃げた方向は知っている】
【郁未 少年ゲット 1ポイント追加。祐一のことを認める】
【祐一 認められて悪い気はしない】
【由依 今だに食事中(w】

12不可侵の対決作者:2003/03/31(月) 02:43
題名は『不可侵の対決』で固定。
「不可視の力」の名前が間違えていたんで修正。

13名無しさんだよもん:2003/03/31(月) 12:10
>編集サイト管理人様
「参加キャラの状況」のページの表で智子・セリオ・坂下が抜けています。

14不可視の対決 with 主人公s:2003/03/31(月) 18:30
「――――見つけたわよ、晴香」
 凛とした声と共に登場したのは、天沢郁未。
 いわずとしれた不可視の力の少女。
 後ろには祐一・由依がいる。 
「郁未に……男に……貧乳?」
 いきなりの出現にぽろりと本音を漏らす、晴香。
「誰が貧乳ですか!」
 自分を表現するにはあまりの単語に激昂する、由依。
「…気にするな。プロトタイプ栞」
 なぜかフォローになってないフォローをいれる、祐一。
「よくわかりませんが、その言い方なんかむかつきます」 

「――――」
「――――」 

 次の瞬間、ぶつかり合う不可視の力。
 ―――勝ったわ。
 郁未は勝利を確信した。
 状況が少年を撃墜したパターンに見事はまっている。
 不可視の力には不可視の力を。
 均衡している間を、他の一人が背後からタッチする。
 少年の時と異なり相手は二人だが、こちらはまかりなりにも三人だ。
 上手くいけば、二人とも捕らえられる。

15不可視の対決 with 主人公s:2003/03/31(月) 18:30
「ちっちっちっ、甘いわね、郁未。あ・し・も・と」
 微笑を浮かべながら指差す、晴香。
 一瞬後、郁未の脚に縄が纏わりついたかと思うと、引き上げられた。 
「なっ…!?」 
 反射的に振り向くと、そこには晴香と共にいた男――――縄を幹に縛り付ける和樹の姿が。
 逆さ吊にされながら慌てて祐一たちの姿を探す。
 当の祐一は向かい側で仰向けに倒れていた。
 鬼に触ればアウトなのに……いったいどうやって?
 あの男は、見かけのよらず不可視の力の使い手だったりするんだろうか。
 疑問符を並べる郁未の前に、目を回した由依が”文字通り”浮かんでいた。

 ――――ああ、そういえば。どこかで見た光景だ。

 前に名倉友里に出会ったとき…
 そう。あれは――――由依カタパルト。
 …どしんっ
 過たず、郁未の鳩尾に伝わる衝撃。
「……な、なんでこんな役回りばっかりなのよ。……主人公なのに」
 ……がくっ。

16不可視の対決 with 主人公s:2003/03/31(月) 18:33
「主人公は別にあなただけじゃないのよ。それじゃ、ごきげんよう、Class A」
 ひらひらと手を振りながら、辺りに充満していた不可視の力を消し去る。 
「お見事」
 ぽんぽん、と和樹の方を叩く。
 散らばっているのは、葉に小枝、土砂。荒く削られた板。
 本来なら仕掛けられた紐にかかると板が飛び出してくるという、初歩的なブービートラップ。
 解体され放置されていたそれをロープを引くことで作動するよう再利用したものだ。
 最初に和樹が由依を気絶させ、祐一の注意を自分にむける。
 不可視の力で操作した由依を祐一にアタック。和樹が郁未を吊るし上げ、その後に郁未へ特攻させる。
 結果的にしろ成立した、ちょっとした連係プレーだった。
「……昼食、つくりなおさないと」
 一方の和樹はむすっとした表情を浮かべたまま、郁未たちに見向きもしない。
 食事の邪魔をされたのが、よほど腹に据えかねているらしい。
 本編の濡れ場でもないのに性格が豹変している。
「それより屋台、探さない?」
 でないとまた邪魔されるわよ、と晴香は付け加えた。

【和樹・晴香 郁未・由依・祐一を撃退】
【場所 森】
【和樹 晴香 屋台へ向かう】

17「カルラの真意」書きました:2003/03/31(月) 21:13
文章中、トウカの台詞を改訂

×「………それは何でござるか、浩平殿」
○「………それは何であるか、浩平殿」

×「……いや、某は浩平殿の提案には乗れぬ。――カルラ殿には、お灸を据えてやる必要があるのでござるよ…!」
○「……いや、某は浩平殿の提案には乗れぬ。――カルラ殿には一度お灸を据えてやらねば、某の気が済まん!」

×「……浩平殿に任せるでござるよ」
○「……浩平殿に一任致そう」

×「…気紛れなカルラ殿の口から、よりにもよって誠意などと言う言葉が出るとは、某は驚きでござる」
○「…気紛れなカルラ殿の口から、よりにもよって誠意などと言う言葉が出るとは……驚きだ」

×「――なるほど…。この…王と女王、そして騎士の絵札は10と数え、最終的に21にすれば良いのでござるな?」
○「――なるほど…。この…王と女王、そして騎士の絵札は10と数え、最終的に21にすれば良いのだな?」

×「もう一枚貰うでござる」
○「もう一枚頂こうか」

×「……某は、これで勝負を掛けるでござる」
○「……某は、これで勝負を掛ける事に致す…!」

×「捲らねば解らぬではないか…!? 待つでござる、カルラ殿!」
○「捲らねば解らぬではないか…!? 待てっ、カルラ殿!」

×「それはこっちの台詞でござる! カルラ殿の真意を量りかねる! 一体なんのつもりであるのだ、そなたは!?」
○「それはこちらの台詞であろう! カルラ殿の真意を量りかねる! 一体なんのつもりであるのだ、そなたは!?」

×「まままま待つでござるよカルラ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
  そなたにはやはりでっかいお灸を据える必要があるでござるよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっっ!!!?」
○「こここくくくくぉの不埒物おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
  そなたにはやはりでっかいお灸を据えなければならぬわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛!!!?」


…と、苦し紛れにトウカの台詞の箇所のみ改めてみました。
データがアンソロしかないというのがちょと辛いですね、やはり。

18アナザー:2003/04/01(火) 01:32
「天沢…」
 祐一のささやきに、
「ん?」
 郁未は答えた。
「あいつらを行動不能にする方法はあるか?」
「そこまでしなくても、別にタッチしたいだけなら簡単よ。
シールドをはって一直線に獲物に向かって走ればいい。でも、
彼女の剣幕見てると、その後に地獄見ると思うわよ?」
 私だけは平気だけどね、と肩をすくめて付け加える。
「そうだよな…栞の奴、何したんだか」
 ため息をつくと、祐一は決断を下した。選択肢1だ。
「OK、俺達は手をださない。好きにしてくれ」
 ささやき声をやめ、そう大声で告げる。
「だ、そうよ、栞?年貢の納め時ね」
 前に出ようとする香里。だが、その前に隣にいた久瀬の大声が響いた。
「待ちたまえ!!今彼女は冷静さを欠いている!!」
 手を広げてお得意の演説を始める。
「彼女は病弱なのだろう!?そんな栞さんを香里さんの手にゆだねていいのだろうか!?」
「よく言うわ」
 ボソッと郁未がつぶやく。
「だいたい、この光景は気分が悪い!!たった一人のか弱い少女を囲んでいたぶるとは!!」
「だ、だけど、栞さんは人を盗んだり、財布を…」
「確たる証拠はあるのか!?」
 抗議しようとした坂下を、久瀬は激しくさえぎる。
「え?」
「証拠だ!!香里さんが味方を増やすために作った嘘ではないと、なぜ言える!?」
「あ…」
 互いに顔を見合わせる智子組。

19アナザー2:2003/04/01(火) 01:33
「せ、せやけど、香里さんそんなことをするようには見えへんで?」
「普段の彼女ならそうだろう!!だが、見てのとおり彼女は激しすぎている!!」
「あ、あんたねぇ…」
 香里の怒気を意に介せず、久瀬は続ける。
「実際君達も香里さんの剣幕にひいてはいないか?」
 その問いに、初音とみさきはつぶやいた。
「う、うん。香里さんちょっと怖いよね…」
「確かにちょっとやりすぎだと思うよ…」
 場を支配しつつあることを自覚し、久瀬は続ける。
「栞さん、どうだろう?ここは僕にタッチされないか?この状況は君に過酷過ぎる。
第三者を介して、一度落ち着いて話し合うのも手だと思うよ」
 そうした方がいいかもしれない…智子組に、そう言う空気が流れる。
だが、
「あはははははは」
 他ならぬ、栞の笑い声が場の空気をかえた。
「あはははは、面白い人ですねぇ、久瀬さん」
 顔に流れる涙は香里にやられた一撃よるものだけでなく、本当に笑っているせいでもあった。
「うん、うまいと思いますよ、久瀬さん。でも、本当はポイントゲットしたいだけですよね?」
「ち、違うぞ、栞さん」
「そうですか?まあ、じゃあ本当に私を保護しようとしているとして、話を進めちゃいますね」
 それから、目を瞑る。
「実はですね、私鬼ごっこというものを初めて経験するんですよ」
 ずっとベッドの中にいましたからね、と付け加える。
「ベッドからは、公園が見えるんですよ。そこでは子供達が鬼ごっこをしていました。
私、それを見るのが悔しくてたまらなかった」
「なに?泣き落とし?見逃せって言うの?」
「なぜ、悔しいのかって言うとですね」香里の言うことを無視して栞は続ける。
「みんな、鬼ごっこが下手なんですよ。走って逃げるだけ。策略とかまるで使いません。
私だったらもっとうまくやるのになぁ、って悔しくてたまりませんでした」

20アナザー3:2003/04/01(火) 01:33
 胸の前で手を組む。
「だから、こうして鬼ごっこをすることになって、私とてもうれしいんです。
私の実力がどこまで通用するのかなぁって」
「財布を盗んだり、人をだましたりするのも実力だって言いたいんか?」
「財布を盗んだのは、やりすぎでしたね。反省してます。
いつもこうなんですよ、初めてのことになるとはしゃぎすぎちゃって」
「弁当作ってもらったときも、そうだったな。重箱はびっくりしたぞ」
「そんなこという人、嫌いです」
 栞は祐一にちょっとすねてみせる。
「でも、人をだましたりするのはOKだと思いますよ。それだってかけひきですよね?
病弱なのはハンデじゃありません。私の武器です」
 きっぱりと言い切る。
「だから…」
 久瀬の方に真剣な目を向ける。
「私を弱い人扱いする久瀬さんは嫌いです。私は私の力で逃げ切って見せます」
 久瀬の目を見たまま続ける。
「だから、あなたにタッチされるぐらいだったら、お姉ちゃんに捕まります。久瀬さんだったら…」
 一度言葉を切る。
「私 の 本 当 に 言 い た い こ と 、 わ か り ま す よ ね?」
「面白いわね、あの子」
 郁未がささやいた。
「……」
 久瀬はしばらく返答に窮した後、ニヤリと笑って天を仰いだ。
「了解したよ、君の言うことはよくわかった」
「そう!!それじゃ覚悟したわけね!栞!!」
 焦らされていた香里は、ついに栞をタッチしようと、前に出た。だが、
「違うよ、香里さん。栞さんが言いたいことはそういうことじゃない」
「え?」
 久瀬の声に振り向くより早く、久瀬の持っていたマントが香里の顔を覆い、視界を奪った。そして……
「な、何を!!」
 噴霧器を香里の手ごと引っ張って、智子組に向け、引き金を引く。

21アナザー4:2003/04/01(火) 01:34
「きゃあ!」
「な、何すんねん!!」
「グゥ…!」
「痛いよー目がちかちかするよー」
 唐辛子の霧を食らって、あわてふためく智子組の四人。その横を・・・
「ご協力感謝しますね、久瀬さん♪」
 栞が駆け抜けていった。
 それは、一瞬の出来事だった。
「し、栞ぃ!!」
 あわててマントを脱ぎ捨てるが、もうそのときには既に栞は視界から消えていた。
「相沢君!!なんで追わないのよ!?」
「手を出さないっていっただろ?」
 肩を竦められる。香里は噴霧器を久瀬に向けた。
「あ、あの子の手助けをしたわね…?」
「そりゃあね、どうせ僕のポイントにならないのなら、
君のポイントにならないよう妨害するしか選択肢はないからね」
 悪びれず久瀬はいう。
「その装備を見る限り、君もかなりポイントをためているんだろう?
なら独走を許すわけにもいかないじゃないか」
 肩をすくめて、
「弱者の保護が僕の目的だけどね、優勝ぐらい狙っていいだろう?」
「よく言うわね、まったく」
 郁未は呆れた様につぶやくと、怒りで震える香里の肩に手をかけた。
「結局ね。状況を見誤ったのよ、あなたはね」
「…」
 香里はしばらく黙っていたが・・
「クククク、アハハハハ・・」
 狂ったように笑い出すと、ため息をついて、
「ふう、やられたわ」 
 どこか、晴れ晴れした顔でつぶやいた。
「OK、ここは私の負けでいいでしょう。あんたの覚悟、見せてもらったわよ、栞?」

【栞 逃亡成功】

22あなざー:2003/04/01(火) 02:33
 意表をつかれるのはどんなときだろうかと尋ねられたなら、それは相手がするとは思え
ない行動をとったとき。
(えうー、大勢の人に囲まれてかつて無いピンチです。でも、こんな時こそドラマみたい
に極めるとすっごく格好いいんですよね)
 5分、いやさっきの待ちも含めて6分……360秒という時間は充分に長いかそれとも短い
か。最後の賭に踏み切るためには、どうしてもこの時間を凌がなければならない。
 バニラのカップを大切そうに両手で包み込む。栞は肌に伝わるアイスの冷たさを存分に
味わいながらその密閉容器を鑑賞した後、ついでそえていた左の方の手を使ってゆっくり
と、万感の想いを込めて蓋を開いた。
 ──45秒。
 スカートの四次元(他称)ポケットを探り、取り出したスプーンでバニラアイスを切り
崩しはじめる。
 ──60秒、一分。
 やおら栞のスプーンを動かす手が止まる。それを見た香里は怒りと絶対的優位から来る
軽い嘲りを込めた言葉を放つ。
「食べないの? あなたのとっても大好きなアイスクリーム。溶けちゃうわよ?」
 ぴくりと栞の肩が震え、一瞬の間。そして悲壮感・寂寥感、そう言ったこの世にあるあ
りったけの儚さを詰めこんだ声色で呟いた。
「だって、このアイスは最後のアイスなんです。これを食べてしまったら……私はもう掴
まるしか無いんですよ? そう思うと、勿体なくてなかなか手が付けられないじゃないで
すか」

23あなざー:2003/04/01(火) 02:33

 何をたかがアイス如きでというツッコミは無かった。栞が今見せている迫真の演技、一
度確定された死を待つ状況を経験した彼女の台詞は間違いなくその場にいる全員を呑み込
んでいた。
 そして寂しく笑う、過ぎ去ってしまった過去に対する微かな憧憬を込めた瞳をともなって。
「でもお姉ちゃんは酷いです。こんな甘い、人類の宝を食べきってしまった後、唐辛子な
んて辛い物を無理矢理私に吹っかけるんです。人類の敵を武器にする人なんて少し嫌いで
す」
(今この場にはお姉ちゃん達、同じ学校の男の人、祐一さん達がいます。手を組んでいる
という訳ではなさそうです。きっかけがあれば私を狙って取り合いが始まる。ふふ、私っ
たらまるでヒロインです)

 栞の漂わせている雰囲気に、取り囲む面々の間に軽い動揺が走る。しかし実の姉だけは
たじろぐ素振りすら見せない。
「そうね、でも全ては因果応報よ。あたしを生け贄にして、男の人を利用し財布を抜き取
り、利用しつくすだけしつくした後はあっさり別の男に乗り換える。全く、こんな悪女な
妹なんてあたしにはいないハズなんだけど」
 ガスマスク越しの眼光は鋭い。栞が逃げ出そうとする素振りを微塵にも見せれば直ちに
リアクションを起こすことは間違いない。
(やっぱりお姉ちゃんが最大の問題ですね……でもそろそろ頃合いです。成功する確率は
凄く低いですが、このまま何もしないでお姉ちゃんに捕まることだけは避けなければなり
ません。行きます、美坂栞一世一代の大勝負です)
「お姉ちゃん。お姉ちゃんがどんなに私のことを嫌いでも私はお姉ちゃんの事が大好きで
した。でも……」

24あなざー:2003/04/01(火) 02:33

 美坂香里は、いや、美坂香里だからこそこの次の事態に反応することが出来なかった。
「これからは違います。私に『こんな酷いこと』させるお姉ちゃんなんていません」
 そういって栞が自分に『中身が入ったままのバニラアイスを投げつける』ということだけは。
 ガスマスクは確かに毒ガスを防ぐ面に置いて実に効果的だ。ただし弊害として視界は狭
窄する。
 半ば溶けかかったバニラアイスのどろどろとした物がマスクに付着し、香里の世界が雪
に覆われてしまう。そして生まれた一瞬の隙をついて噴霧機のノズルを奪い取り、無差別
に辺りへ唐辛子をまき散らす!!
「うわぁ!!」
「きゃあっ!」
「くぅっ!?」
 栞が動いたことに反応して飛びかかろうとしていた久瀬と祐一・郁未が、唐辛子の直撃
を受けて悶える。
「アイスの恨みは海よりも深く天よりも高いんです! お姉ちゃん、私は絶対にあなたか
ら逃げ切ってみせます〜!!」

 崩れた包囲網の隙間をストールを口元に当てた栞が走りすぎる。
 赤い霧が収まった後にはにっくき妹の姿はなく、残るは憤怒の化身となった姉者のみ。
「ふふっふふふ……よぉーくわかったわ。覚えていなさい栞……あなただけには、絶対に
楽でドラマティックな終わり方なんて用意してあげないから」

【栞 逃亡】
【鬼達 悶絶】

25訂正:2003/04/01(火) 02:52
16 不可視の対決 with 主人公s
×「お見事」
×ぽんぽん、と和樹の方を叩く。

○「ナイスフォロー」
○ぽんぽん、と和樹の肩を叩く。


何度もすみません。

26名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:44
愛と正義の大影流
修正版をこちらに載せます。
お待ちください。

27名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:52
「誰〜も知らない、知られちゃいけ〜ない♪」
今まで誰にも気付かれずに街中の建物の中に隠れていた放置コンビのひとり、
御影すばるは桑島高子に頼まれ、屋台に買い物に出かけていた。
………しかし、
「ば、ばきゅ〜、道に迷ったですの…」
──無理もない。
今まではすばる以上に影が薄かった高子が買い物兼偵察係で、
すばるはロクに外に出なかったのだから…
「このままでは大影流の奥義を見せるどころか、なにも出来ずにリタイアですの…」
最初の意気込みはどこへやら、すばるは寂しさに押しつぶされそうになっていた。

 それでもなんとかしてお使いを果たそうとするすばるは、いつのまにか街を抜けて森に入っていた。
落ち葉をざくざくと踏み越えしばらく歩いたのち、待望の屋台の明かりが見えてきた。
「ばきゅう、やっと見つけたですの☆
でも……何か騒がしいみたいですの──」
すばるは喜んで屋台に駆け出そうとしたのもつかの間、屋台がざわざわと騒がしいことに気が付いた。

28名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:52
 その森の屋台では、ハクオロが絶体絶命のピンチを迎えていた。
「お客さん、まさかタダ食いしようってワケじゃないですよね?」
普段は気弱なタイプのアレイだが、ルミラの前で客に舐められるワケにはいかないのか、食い逃げ予備軍のハクオロ達をつぶらな瞳を細めながら睨んでいる。
「待ってくれ、確かに懐に金子が…金子が……」
何故か財布が見つからず、必死になって探すハクオロ。
「ねえ、美凪はお金もってないの?」
「…私のお米券は…換金不可ですから…
でも…たしか私のお財布は…服の中に…」
ハクオロはついに自分の財布をあきらめ、
美凪の服のポケットを叩いて財布を探しだしたとき、
ハクオロの匂いでも嗅ぎつけてたのか、どこからともなくエルルゥがやって来た。

29名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:53
「助かった。エルルゥ、財布をもっていないか?」
とりあえずの窮地から逃れられると思い、安堵のため息をつくハクオロ。
──だが。
「………ハクオロさん、何をやっているのですか?」
エルルゥは出来る限り穏やかで、それでいて嫉妬いっぱいの声で尋ねた。
「何をって───でぇ!!」
そのときのハクオロは丁度、美凪の腰のポケットに手を当てているところだった。
「…身体検査…私の体の隅々まで……」
美凪が顔を赤らめながら答える。
「ハクオロさーん!私がいない所でよくもよくも!!」
我を忘れたエルルゥがハクオロに飛び掛ってくる。
「にょわわ〜!美凪、屋台は安全なんじゃなかったのか?」
「みちる、私達三人には安全な所なんてないの…」
「にょわ。じゃあ、逃げるぞ!美凪、ハクオロ」
逃走する美凪とみちる。
「金は払うっ、金は必ず払うから〜〜!!」
ハクオロはなんだかんだ言いながら、しっかりエルルゥから美凪達と一緒に逃げ出した。

「わたくしとルミラ様の屋台で食い逃げとは許しませんわ〜」
怪力のアレイは屋台を引っ張ったまま、ハクオロ達を猛ダッシュで追いかけ始めた。
土煙をあげた屋台は優に軽自動車なみのスピードを出して、不埒な食い逃げ犯三人組ににどんどん迫ってゆく。
「待って、落ち着きなさいアレイ!」
ルミラも慌ててアレイと屋台を追いかける。

 そんな事情などつゆ知らぬすばるは、暴走する屋台が哀れな三人組に迫っているところを見過すわけにはいかなかった。
「ついにきたきた出番ですの☆
──もとい、ここを見過ごしては大影流の名がすたるですの!
大影流奥義ぃっ!流牙旋風投げええぇ!!」
すばるは右手で屋台の引き手を、左手でアレイを掴むと、
完璧な体裁きでスピードに乗った何百キロもある屋台をほんの一瞬だけ背中に背負い、えいやとばかりに思い切り投げ飛ばした。

30名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:55
「知らなかったこととはいえ、御免なさいですの…」
半壊した屋台の前で、すばるがルミラに土に付くほど頭を下げて謝った。
「気にしなくていいのよ、悪いのは全部アレイのせいだから」
「そ、そんなあ…ルミラさま〜」
屋台の破片を拾い集めていたアレイがルミラに涙声をあげたとき、
エルルゥが『進呈』と書かれた包み紙をもって、ルミラの前に戻ってきた。
「ハクオロさんの逃げた後に置いてありました。
中に入っている宝玉は皆さんの迷惑料として受け取って下さい。
今回、ハクオロさんが支払えなかったお金は必ず明日までに用意するそうです。
それでは、私、ハクオロさんを追いかけますので失礼します」
エルルゥはルミナに宝玉の入った包み紙を渡すと、急いで来た道をUターンしていった。

「ばきゅう☆とっても綺麗な宝石ですの」
すばるが宝石に目を奪われる。
「ルミラ様、この宝玉なら充分壊れた屋台の修理代になりますね」
「まあ、それはそれ、これはこれだから……
──彼らが明日までに3万5千円用意出来なかった場合、どうしようかしらねえ」
ルミラは目を細めながら苦笑した。

31名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:56
【御影すばる 屋台1号を半壊させ、お使いが出来なくなる。高子のところへ戻ろうとする】
【ハクオロ 四日目夜までに屋台に借金3万5千円を返そうとする。エルルゥからは逃げる】
【遠野美凪 ハクオロのお茶目な部分をみて惚れ直す】
【みちる 段々この状況を面白がってきている】
【エルルゥ とにかくハクオロを追いかける。お金は持っていないのか、意地でもハクオロに貸さないのかは不明】
【ルミラ ハクオロに宝玉を貰って、屋台を壊されたことはそれほど気にしていない様子】
【アレイ 食い逃げ犯のハクオロ達をブラックリストに追加する】
【屋台1号 半壊、直せるかどうかは不明】
二日目、夜遅くです。

32名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 01:05
タイトルを貼ってなかったですね。
愛と正義の大影流>27-31

重ね重ねスミマセン。

33名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 05:46
……ところでさ、すばるシナリオやってないから知らないんだけどさ、あれって
「ぱぎゅう」じゃなかったっけ?

34名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 11:19
ぱぎゅうもばきゅ〜もあった気が。
基本はぱぎゅう。のはず。

35「ふぬぬぬぶふごっのテーマ(酒が呑めるぞVer.)」書いた者:2003/04/03(木) 14:54
です。ちょっと内容がヤバげだったのでリライトしてみたんですが、投下しても宜しいでしょうか?

36誤解、再び:2003/04/03(木) 15:23
 篠塚弥生はちょっとしたジレンマに陥っていた。
 ――――森川、由綺。
 いうまでもなく、緒方英二プロデュ―スのアイドルである。
 そして、自分はその担当マネージャー。
 それだけといえばそれだけの、しかしその言葉だけでは到底尽くせない関係。
 弥生にとって、由綺はただのアイドルではない。だが、それを他人が知る必要はない。
「弥生さん、こんなところにいたんですね」
 彼女にしか出来ない微笑を浮かべて近づいてくる由綺。(と誰か知らない少女)
 向かいでは、好機とばかりに目を輝かせている響子。
 たしかに今、目の前に由綺がいる。
 もとより彼女を探していたのだから、それはいい。
 しかし、彼女はこれからある人物を探さなければならなかった。
 マネージャーという立場上、由綺を無視するわけにはいかない。
 お互いに鬼であるだからここは共に行動するのがマネージャーとして本来正しい選択だろう。
 だが、ある人物を発見してからのことを考えると、由綺の同行は弥生の本意ではなかった。
 アイドルは舞台で輝いているものだ。舞台から下りて、泥にまみれる必要は無い。
 ――――どうする。
 この本意と不本意が入り混じった状況が弥生にある選択をさせた。

37誤解、再び:2003/04/03(木) 15:25


「……藤井さん」
「はい?」
 冬弥は第一声が由綺ではなく自分にかけられたことに驚いた。が、

「…私、あなたのこと…本当は愛していたのですよ……本気で…」

「「「「「………………え?」」」」」

 弥生の唇から紡ぎだされる予想外の台詞に、四人が四人とも凍りつく。 
「…ま、ま、待ってくださいっ! 俺、弥生さんシナリオに入った覚えはこれっぽっちも…」
 修行の成果か、いつにない立ち直りをみせる冬弥だったが、
「……冬弥君?」
 背後から聞こえるのは抑揚のない、由綺の声。
 ざぁ、と血の気が滝のように引く音を彼は確かに聞いた。
 脳裏には、あの『お仕置き』の情景が浮かんでいるに違いない。
「『…俺だって、同じくらい愛してましたよ…。弥生さんのこと…』といってくれたのは嘘だったんですか? 
事あるごとに身体を重ねあったあの日々も?」
 台詞とは裏腹に、あくまで冷徹に、揺ぎ無く。しかし、確実に冬弥の『死刑執行文』を読み上げる、弥生。
 冬弥の旗色はこの上なく悪かった。 
「ふ、ふふふっ……そうだよね。メインヒロインっていっても、私のシナリオでない限り結局、噛ませ犬。
恋人を裏切る葛藤とドロドロした人間関係を楽しむのがWAの醍醐味だし、浮気されてもニコっと笑って、
罵声をあげたり泣き出したりしないで身を引く、都合のいい女だもんね。製作者からして元々浮気ゲーだった
とかいってるくらいだし……浮気のひとつやふたつくらい…………ふふふふふふふふふふっ」
 やや壊れ気味の由綺。
 震えている七海を横目に、由綺はシェパードの頭を撫でながら首輪を外した。そして、
「……GO」
 ――――刑の執行が告げられた。

38誤解、再び:2003/04/03(木) 15:34


 ――――これでいい。
 ああなった由綺の足には常人は追いつけない。
 しかも「自分から去っていった」のだから、弥生が共に行動できなくても「仕方ない」、ということになる。
 ――――これであの人物の探索に専念できる。
「あー、もしかしてアイドルとその彼、マネージャーの三角関係とかだったりします?」
 あまりの光景に毒気を抜かれたのか、響子は記者らしくない直接的な質問を投げかける。
 その質問には答えず、弥生は由綺に追いたてられる冬弥を一瞥すると
「…嘘…ですけどね…」
 あの台詞を言った。


 シェパードに追われながら、冬弥は思った。
 なぜこの場面で、理奈シナリオよろしく弥生にビンタが飛ばないのか。
 なぜ『契約』もしてないのにお楽しみなしでこんな目にあわなければならないのか。
 なぜ本編ではあんなにプレイヤーに都合のいいキャラだった由綺がこんなになってしまったのか。

 その疑問に答える者は誰もいない。


【冬弥・由綺・七海 弥生・響子と接触】
【弥生 和樹を捜索中】
【冬弥 金無し】
【由綺 シェパードマイク所持】
【時間 二日目昼〜夕方】

39ふぬぬぬぶふごっのテーマ(酒が呑めるぞVer.02):2003/04/03(木) 15:36
「うおっ……こりゃまたすごいな」
 冷蔵庫に収まっている日本酒を見て住井は思わず呟いた。
そこに転がっているのは大吟醸・来栖川の怒りを始めとする一般に『高級酒』と称されるアルコール類の数々。
 住井は早速、
「これを呑まずして男が語れるかってんだー」
 と一升瓶を引き上げるべく冷蔵庫を開ける。……が、それを制止するものがあった。
「なっ」
 住井は驚く。これから一心不乱の大宴会を催そうと意気込んでいたのに、いきなり出鼻をくじかれた。
しかも彼を制するのは――北川。
「くそっ、放せ北川っ」
 が、北川はあくまでも冷静に言を述べる。
「落ち着け住井。今の俺達のシチュエーションをよーく考えてみろ」
「む?」
 日本有数の高級旅館と謳われたあの鶴来屋グループの、よりによって新築オープン前のホテルの一室。
12畳ほどの和室にはまだ木の香りがふんだんに残っており、壁には傷の一つも付いていない。
これからどうなるかは不明だが。
「何が言いたいんだ?」
「まだ分からないのか」
 ふぅ、とため息を一つついて、北川はおもむろに冷蔵庫のとある部品を指差した。
「これを見てみろ!」
「こっ、これはっ……!」
「そうだ。よりによって鶴来屋という高級旅館だのに――」
 
 それはまだ、二人が中学生だった頃。
 彼らが修学旅行で泊まった旅館にも同様のシステムが置かれていた。
無論その頃は住井も北川もまだまだ純朴なチェリーボーイだったから、
飲み物の瓶を抜くと自動的に料金が請求されるシステムなど知らなかった。
彼らはその時『いえーい飲み放題だぜー』とのたまいつつ旅館にある冷蔵庫という冷蔵庫からジュース類を持ち出し、
別に優勝したわけでもないのに下着が濡れるまで未曾有の掛けあいっこをしたのだった。
当然の如く部屋は水浸し、級友からは白い目を通り越して充血した目で黙殺という器用な仕打ちをうけ、
翌日の朝は教師陣に360度全周包囲されながら4時間半に及ぶ超ロングセットで説教を喰らったのである。

 ほろ苦い思い出だ。

40ふぬぬぬぶふごっのテーマ(酒が呑めるぞVer.02):2003/04/03(木) 15:37
「なーんか厭なこと思い出しちゃったな…」
 冷蔵庫のドアに手をかけたまま、しみじみと住井。
 遠い目をしながら北川もこれに同意する。

「しかし――駄菓子菓子! それも過去の話だ!」
 北川潤・住井護――さくらんぼ男子と称された彼らとて、
地に埋めて潤沢な肥料と陽の光を当てれば立派な花を咲かすのだ。
北川は一旦冷蔵庫のドアを閉じ、部屋の隅に置かれたメモ帳を取り出して何やら筆算を始めた。
「アルコールの比重は確か0.8だったから……これをこーして…ああ違う」
「――そうか」
 住井は北川のやらんとしている事を即座に悟った。
「よし、ちょっと待ってろ」
 彼は自らの仕掛けたトラップに注意しつつ、階下の食堂から一升瓶と軽量カップ、
それに計量ばかりを持ってきた。
幸いホテルに侵入してきた人間とは接触しなかったが――もはやこのホテルの様子は二人にすら把握出来ない。移動には慎重に慎重を費やした。

「――よし。出来たぞ」
 しばらくしたのち、北川は計算を終えた。住井は算出された数値に従って慎重に水を計りとり、
とってきた一升瓶に移し換える。念入りに口を拭きとり、キャップを閉めた。

「チャンスは一度きり。失敗は許されないぞ」
「ああ。分かってるさ」
 そういって二人は遥かなる冷蔵庫に向かって前進する。住井の片手には先ほどの一升瓶が握られていた。

 がちゃり。
 そこには数分前と寸分たがわぬ光景が広がっている。
 大吟醸・来栖川の怒り。作戦目標はその一点のみ。

41ふぬぬぬぶふごっのテーマ(酒が呑めるぞVer.02):2003/04/03(木) 15:37
「よし。んじゃ……いっせーの、せでいくぞ」
 北川は大吟醸のボトルに手をかけた。
「――ちょっと待て。いっせーの、せっ の『せ』で行くんだよな?」
「え? いっせーの、せっ、フンッ! じゃないのか?」
「いやいやいや、いっせーの、『せ』だろ」
「一呼吸おいたほうがやりやすくないか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ワンツースリーだな」
「ああ」
 若干の意見の対立を経て、二人はようやく作戦を開始した。

「いくぞっ」
「おおっ」
「ワンッ」
「ツーッ」
「「スリーッ!!!」」
 北川は大吟醸を思いっきり引き抜き、すかさず住井が一升瓶――中身はただの水道水――をそのスペースに嵌め込む。
 計算が正しければ、機械はそれを大吟醸と錯覚するはずだ。

「――やったか?」


 作戦は見事成功した。
 証拠に大吟醸の棚のランプは『未』と灯ったままである。


「……みたいだな」
「ふふふっ……はははははは」
「うはははは! いやったー!」
 二人は喜びに明け暮れて部屋中を走りまくった。ときおり『夢だけど夢じゃなかったー』とか
『父さんは嘘吐きじゃなかったんだー』とか訳の分からんことを叫びつつ。


 だから、天井のすみに設置してある監視カメラにも全然気がつかなかったのだった。



-LIVE/鶴来屋本社管理人室-

「……」
「……」
「どうしますか? 足立さん」
「流石にダメじゃないんですか?」
「じゃあ、彼らが屋台に立ち寄った時にでも請求しておきましょうね」

 そう言いながら律儀に領収書を書き始めた千鶴の目の前のモニターで、
北川と住井がラッパ呑みバトルを繰り広げていた。


【北川・住井 作戦失敗 あとで来栖川の怒り一升分を請求されることなるとは全く気付かず朝酒】
【時間→午前7時】

42名無しさんだよもん:2003/04/06(日) 14:02
 小ネタ。ごめんなさい、ちょっと借ります。雪ちゃんがいるのは気にしないでくれ。やっぱりこのコンビの方がやりやすい。


 川名みさきが、鼻をひくつかせた。
 そのままふら〜〜と、夢遊病患者のようにおぼつかない足取りで歩き始める。
「ちょっとみさき、どこ行くの」
「カレー……」
「は?」
「カレーの匂いがするんだよ……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」
 懲りる、ということを知らない親友の食欲一直線な行動を、雪見が羽交い占めして食い止める。
「うー、カレー、カレー」
「あんたはどこかのネコ好きかっ! そのうちPT名雪とか呼ばれるわよっ!」
「おかしいよ、雪ちゃん。だってカレーなんだよ」
「あんたのほうがおかしいわっ!」
 雪ちゃんぶちきれすぎ。
 もっともカレートラップがある度に引っかかり、その都度穴から引っ張り出したり、
木の上から救出したりとさんざん苦労をかけられている身となれば、いい加減切れてもおかしくない。
 だが。
「カレー……」
 ずりずりずりずり。
「なっ、なんとぉーっ!?」
 カレーの匂いを嗅いだみさき先輩は、天下無敵だった。
「カレーっ♪ カレーっ♪ しかもこの匂いはカツカレーだよ♪」
「わかるんかいっ!」
 つっこむ間にも、みさきは着実にカレーへと近づく。否、カツカレーへと。
 満身の力を込めて食い止めようとする雪見を笑顔で引きずり、羽交い締めを腕力のみでじりじりと返し、カレー皿へと手を伸ばす。
「みさきいいいいいいいっ」
「カレーぇぇぇぇぇぇっ♪」
 雪見の絶叫も空しく、みさきの手は、カレーに届いてしまった。
 地雷というものは、踏んで、足を放せば爆発するできている。と、昔聞いた。
 そしてこの地雷の上にはカレー皿が乗せられており、それがみさきによって持ち上げられた瞬間。
 カチリ。
「あ……」
「いただきまー……♪」
 閃光が走った。

 真っ白な光が島の中央から天を貫くほどに吹き上がる。
 閃光と地鳴りと呼ばれた雷鳴とが、天を揺るがし地を揺るがし、轟音と共に島を引き裂いてゆく。
「なっ、なんだ!?」「火山の噴火かっ!」「うわああああっ!」「逃げろーーーっ!」「山神様のお怒りじゃあっ!」
 その光は、島中の至る所から目撃された。
 遠く離れた場所から、その光景がいつか起こることを予期していた2人にも。
「例のトラップが発動してしまったようだな、北者」
「うむ、ちょっと火薬の量が多すぎたような気もするな、住者」
「ところでそろそろ逃げた方がいいと思うんだが」
「はっはっは。あれをしかけた本人ならば、その威力も知っていよう」
「そうだな。逃げることなど不可能か。あっはっは」
 その笑い声も、光の中に飲み込まれてゆく。

 圧倒的な光と炎と黒煙との乱舞が爆散した。

 ――まるで、巨大な鉈でたち割ったようなその光景。
 無惨な切り口を晒しながらも、島はかろうじて、かつての原形をとどめていた。
 だが今日からは、甲乙、αβなどと、左右で呼び分けないといけないが。
 その島の中央。片側が断崖絶壁となった荒野のど真ん中で。
「何が起こったんだろう……」
 みさきはカレー皿を手に突っ立っていた。
 顔はすすだらけ、髪はちょっと焦げてちりちりになってるが、元気そうだ。
 奇跡的にというか、レンジの中から取りだした完成品の如く、カツカレーには埃一つついてない。
「……雪ちゃん? どこ?」
 あんたの足元で黒こげになって倒れてます。
 そしてみさきには読めないが、『こうなるって分かっていたのよ』とダイイングメッセージが書かれていた。
「うーん……いただきまーす♪」
 見あたらない親友より、目の前のカレーの方が気になったらしい。
 みさきはいつも通りの旺盛な食欲で、幸せそうに、おいしそうに、カツカレーを口に運ぶ。
「おいしい♪ おいしい♪」
 作った料理人もこれだけ喜ばれれば満足だろう。無事かどうかは知らないが。
 瞬く間にカレー皿は空になった。
「おいしかったんだよ♪」
 が、すぐに物足りなさそうな表情で、
「おかわり……」
 と皿を差し出したが、受け取ってくれる人は誰もいなかった。

【みさき 満足。やや不満足】
【雪ちゃん 黒こげ】
【参加メンバー 死屍累々】
【島 真っ二つ】
【続き ない】

43Ogre Battle:2003/04/06(日) 17:44
Ogre Battle の内容を一部訂正させて頂きます。
>>159
【ダリエリ 迷宮内へ、麗子との死闘は第一ラウンド勝利】
【石原麗子 ダリエリにリベンジを誓う】
【深夜 迷宮内 麗子の結界で一般人は近づけない】
から
【ダリエリ 迷宮内へ、麗子との死闘は第一ラウンド勝利】
【石原麗子 ダリエリにリベンジを誓う。
結界を張るが落とし穴に落ちたショックで外れる。麗子はそれに気付いていない】
【深夜 迷宮内 】
に修正してください。

44伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:10
 麗子とダリエリは暗い森を歩いていた。
途中で幾人の人とすれ違ったのだが、不思議のことに誰も二人には気が付かない…が、
──片や超設定の超存在、石原麗子。
──片や参加者の中で最もグレーゾーンにいるエルクゥのダリエリ。
この二人に積極的に関わりたいと思う人がいるか疑問だ……

「楽しみね、どんな素敵な所にエスコートしてくれるのかしら?」
麗子はこの夜のデートに期待に胸を膨らませて……フフフッと笑った。
「見えてきたぞ、ここだ。誰にも黙っていたが初日にここを見つけていたのだ。
本当は柏木のいっちゃんと一緒に入るつもりだったのだがな」
ダリエリは月灯りのネオンに照らされた怪しいホテルを指差した。

「…あなたと耕一君、そんな仲だったの。禁断の関係ね」
麗子が真顔で茶々を入れる。
「勘違いするな、今の俺は眼鏡が可愛い夕霧嬢一筋だ。
…いっちゃんと『ウホッ!いいエルクゥ…』『やらないか』のパラダイスな関係も、ちょっと悪くないかな…とは思うが」
柏木耕一が聞いたら思わず『うれしいこと言ってくれるじゃないの』と口走ってしまいそうになる会話を交わしながら、
麗子とダリエリはホテルの近くにある穴から秘密のダンジョンに入っていった。

45伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:12
 ダリエリと麗子は迷宮の奥の部屋に入った。
「やっぱりココを選んだのね、勝負の方法は?」
「──無論、どちらかが死ぬまで……と言いたいところだが、そうもいくまい。
貴様が俺に触れたら貴様の勝ち、貴様が俺を追えなくなったら俺の勝ちだ」
「あら、随分とあなたに不利な勝負なのね………
エルクゥの力を信じるあまりの余裕かしら?」
「そうではない、人在らざるモノよ。
お主の力が我を遥かに凌駕していることなど、一目で理解したわ。
お主のようなモノと戦うと思うだけで肌が粟立つ…」
「ふふっ、私を褒めても何も出てこないわよ」
「人外には人外の闘い方が在るのだ。このようにな!!」

 まず始めに動いたのはダリエリだった。
彼は迷宮に何故か落ちていた『DANGER』の赤いテープで厳重に包まれた御土産箱を拾い上げると、思い切り麗子にブン投げた。
プロ野球の剛速球以上のスピードで飛んでくる一抱えの大きさの箱を、麗子は片手で衝撃を完全に止めてキャッチする。
「あなたからのプレゼント、一体何が入っているのかしら」
麗子はそう言って土産箱を開けると、『鶴来屋特製おみやげ ちーちゃん鬼饅頭 試作品』の包み紙の中からサッカーボールほどの大きさの巨大な饅頭?がドンと出現した。
「出来たてホヤホヤみたいね、早速頂くとするわ」
麗子は顔の前に饅頭を持ち上げると、歯をウイイィンと高速振動バイブさせた。
巨大な饅頭は風船が萎むように小さくなって麗子の腹の中に収まっていった。
「ご馳走様。この鬼饅頭、鼻にツンとくる香りとドクッとした舌触りが絶妙なハーモニーを奏でているわ。…千鶴さん、腕を上げたわね」
食後の感想を述べた麗子に、ダリエリは必殺のケミカルウエポンさえ通じないことに戦慄した。

46伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:14
「どうしたの、まさかこれで終わり、ダリエリさん?」
ダリエリはこの超存在には通常の手段は全く通用しないと悟った。
こうなると打つ手は一つだけだ。
ダリエリは麗子に背を向けると、脱兎のごとく走りだした。
「あら?狩猟者さんが敵前逃亡かしら」
麗子がダリエリに向かって挑発する。
「違うな。逃げるのではない。戦術的撤退だ」

 ダリエリは滑るが如くのスピードで、迷宮の通路を駆けていく。
常人では目にも止まらない速度の逃亡者を、麗子は歩いて追いかけた。
「…貴様、バケモノと呼ぶにも生温過ぎるな」
ダリエリの全力疾走の後ろを、歩く麗子がどんどんと差を詰めていく。

 逃走先の通路の曲がり角に今度は人が入れるほどの大きさの御土産箱があった。
ダリエリはそれを確認すると(投げつけるか、それとも…)とほんの一瞬注意をとられた。
「ダリエリさん、よそ見する余裕はあるのかしら?」
麗子がそう注意すると、曲がり角の床が抜け、ダリエリは落とし穴の底に落ちていった。

47伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:16
 迷宮の通路の一部に穴が開き、もくもくと土煙が舞う。
ダリエリが落ちた落とし穴は暗い迷宮内では底が見えないほどの大きく深いものだ。
麗子は穴の前で、罠に掛かった哀れな獲物のダリエリが出てくるのを待った。
「さあ、出てきなさい狩猟者さん。私にその姿を見せて」
待ちくたびれた麗子が落とし穴を覗き込む。

──ウオオオオオオオオオオオォォォッ!!!!!!

鬼の絶叫が迷宮内を震わす。
巨大な鬼が穴の底から飛び上がってくる。
それを見た麗子は自分もエルクゥに向かって飛び掛ると、
「獲った!!」
歓喜の声を震わせ空中で鬼に抱きついた。
「勝ったわ──違う!!」
鬼の肌触りが明らかに生きているソレとは違う。
(エルクゥの風船!?)
空中から麗子が穴の底を見下ろすと、穴に一緒に落ちた御土産箱の中に入っていた『名物エルクゥ風船 試作品』を投げつけたダリエリがニヤリと嘲笑った。
ダリエリは穴の中で目にも止まらぬ早さでエルクゥ風船をふうふうと膨らますと自分の服を着せ、麗子の方へ投げつけたのだ。
その間わずかに3秒。エルクゥだからこそ可能な早業だった。
麗子が落下する一瞬のスキにダリエリは落とし穴から脱出した。

48伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:17
 麗子はエルクゥ風船に抱きついたまま、空中で二回転半捻りして落とし穴の底に着地した。
上には半裸のダリエリが、お尻をペンペン叩いている。

「待ってなさい、こんな落とし穴すぐに這い出て見せるから」
麗子はそう言った後、大変なことに気がついた。
「───私の眼鏡がない!あれがないと私のアイデンティティが……
…めがね、めがね」
麗子は慌てて落とし穴の底に手探りで眼鏡を探し出した。
ダリエリは『麗子嬢、オデコに眼鏡が引っかかってますよ』とつっこみたくなったが、
この強敵に塩を送るのは止めて、一目散に逃げ出した。

【ダリエリ 麗子から半裸で逃走】
【麗子 迷宮の落とし穴の底で、自分の眼鏡を探している。眼鏡はオデコに引っかかっている】
【二日目 深夜 迷宮内】

49名無しさんだよもん:2003/04/07(月) 23:18
以上、Ogre Battle 改訂版
伝説のオウガバトルでした。

50クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:19
 しばしの間思案していた大志だったが、
「――そうか」
 突如叫んだ。なにか閃いた様子だ。
「な、なによ突然?」
 隣の瑞希がこれに驚くも、大志は顧みもせず真っ先に鶴来屋左端に位置する階段へと走っ
た。
「ちょ、どこ行くのよ大志!?」
「大きな声をだすなまいしすたー!!! というか早くこっちに来い!」
「太志さーん、どうしたんですかー?」
「な、なによどーしたってのよちょっと太志ー!?――」
「――お嬢さん方、ちょいと我慢してくれ」
 事態が呑み込めない郁美と瑞希を両脇に抱え、クロウは大志の後を追う。彼の体力を以ってす
ればその程度の運動など容易い。あっという間に廊下のつきあたりまで移動した。
「……大志の旦那」
「うむ、ひとまず階下へ移動するぞ。ヤツら5階から調べるつもりかもしれん。その場合、対策を考
える余裕すらないだろう」
「なるほど。そりゃ困るわな」
「――よし、行くぞ。足音を立てるな」
「了解」
 二人とはうって変わって、さすが歴戦の兵のクロウ、落ち着き払った口調で太志と会話を交わ
す。とりあえずクロウは暫定的に太志を指揮官と位置付けた。彼我の性格から言って適切と言え
るだろう。
 太志が先頭に立ち、ついで二人を担いだままクロウが続く。利用客の移動をエレベーターに
頼っているのか、階段の装飾は必要最低限だった。ほとんど非常用といってさしつかえなく、床
は鉄で出来ていた。
 途中、大志は床に機械を置いた。
「旦那――なんだそれは?」
「……秘密兵器だ」
 ニヤソと笑う大志。


 ウルトリィと千紗が部屋を改め、その間国崎は廊下を見張る。
 彼らは今2Fをチェックしているところだった。
「いない、ですね」
「入ってますかー? ……いませんねー」
「となると……やはり上か」
 国崎は天井を見上げ焦燥感を露にするが、しかし思いなおす。
「――出口はどうせ一箇所しかない。焦ってもしょうがないな」

51クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:20


 4F階段のすぐ傍に四人は待機している。郁美が階下の様子を窺おうとしたが、鬼達の姿はお
ろか声すら届かなかった。
「どうだ、郁美嬢?」
「全然だめです」
「ふむ…」
「ちょっと、どうするのよ太志!?」
「まあまあ、ちょっと落ち着きましょうや」
 廊下の物品を弄繰り回したり、部屋に入って様子を窺っている太志と対照的に、全然落ち着か
ない瑞希。それをクロウがたしなめる。
「……」
 実は太志、ある方法を思いついていた。よく映画などでも襲撃から脱出するために使われてい
るあれ。実際この場合でも方法次第によっては有効であろう。
 彼はエレベーターの扉を見やった。
「――同志クロウ。ちょっといいか?」
「あん?」


 ちょうどそのころ。
 国崎もまた、3Fエレベーターの前に立っていた。
「どうしたのですか?」
 2F同様この階もあらかた調べ尽くして、手持ち無沙汰になったウルトリィが国崎に尋ねる。
 国崎は扉に手をついた。
「これが何だか分かるか?」
「扉――ですか。そういえば先ほどもこのようなものがありましたが」
「エレベーターだ。この扉の向こうがわに人間を乗せられるだけの巨大な箱が吊るされてある。
そいつが動いて上の階に人間を運ぶ」
「エレベーター、ですか……」
 さきほど獲物がどこへ行ったのかいまいち理解しかねていたウルトリィ、なるほどと得心する。
「というと、これを使われる心配が」
「一番下の階にムリヤリ止めてあるから大丈夫だ。――ただ」
 国崎は扉を指差した。
「向こう側に最上階まで続く竪穴がある」


「ふんっ……!!!」
 ギギギギギという重たげな音とともに、4Fエレベーターの扉が開いてゆく。機械の力を使わな
いそれは普段よりも重そうに見えた。
「気を付けろ同志クロウ。向こうは穴だ。落ちたらシャレにならん」
 後ろ側から声を掛ける太志。様子を心配している郁美と瑞希。
 やがて完全にドアが開き、そこには暗い空間が広がっていた。
「うわぁ……」
「へえー…こんなふうになってたのね」
 普通はエレベーター内部を見る機会などないだろう。二人は素直に感嘆した。が、ふとした勢
いで瑞希は見てはいけないものを見てしまった。
「……ず、ずいぶんとまた高いわね……」
「だからあれほど言っただろうが」
 やれやれといった感じで太志は嘆いた。
「しょ、しょーがないでしょ!」
 瑞希の罵声があたりに響いた。

52クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:20


「――ウルトリィ」
「ええ。聞こえました」
「にゃー、びっくりしましたです」
「……まだ上にいるみたいだな」
「二手に別れているのかも知れません。ここで相手方に合わせてみすみす見逃してはいけませ
んし……とにかくこの階を調べましょう」
「――くそっ」
 国崎は扉を一瞥し、そして彼女達に加わって部屋を改めていった。


 にわかに階下から音が響く。
「――まずいな。今のまいしすたーの咆哮に反応したということは」
「案外すぐ下かもしれない」
 クロウが続ける。
 慌てる瑞希。
 郁美が別の問題に気付いた。
「太志さん……梯子、届きそうにないですよ?」
 見ると、梯子はちょうど真正面――2m向こう側の壁にくっついている。ようやく気付いたのか、瑞希はやっと驚いた。
「うむ、分かっている。こういう時は――」
 そう言って太志はいきなり助走を付け始めた。
「え? え? ちょ、まさかアンタ」
「そう!」

 たたたたっ。
 すばっ。
 ――がしゃーん。

「こうするのだッ!」
「出来るか!!!!」
 2mの大跳躍を経、梯子にしがみつきながら器用にガッツポーズをとる太志。
 瑞希が音速でツッコんだ。
 太志の右手からボールペンが落ちたのには気付かない。
 横で郁美が困惑する。んな離れ業一般人でも出来るわけ無いのだから当然だろう――
 と、クロウが彼女に背中を差し出した。
 乗れ、ということらしい。
「え? ……でも」
「なぁに、太志の旦那だって出来たんだ。大丈夫」
 巨体に似合わずウインクなどかますクロウ。
 ややあって郁美は決心した。
「ウッし、じゃ行くぜ!」
 クロウは立ち上がり、ほとんどノーモーションで飛翔した。
 がっしゃーんと一際おおきな音を立て見事着地する。
 郁美は目を開けた。
「わっ……クロウさんすごいです!」
「何、お安い御用さ」
 もう瑞希はたまったもんじゃない。ガクガクプルプルしつつその様子を見ていた。

「(やはり、か)」
 瑞希から下方に目線を逸らし、太志は呟いた。
 その数瞬後、三度大志は梯子の衝撃を感じた。

53クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:21

「くそっ! ここもか!」
 焦燥感が募る。文字通り目と鼻の先に獲物は潜んでいるというのに――
「ということは、国崎さん」
「上だな…!」
 既に国崎は駆け出していた。
 長い長い廊下をつき抜け、階段の踊り場を通過し、
 17段目を踏み、手すりに左手をかけ、
 90度方向転換。
 
 ――下から四段目の廊下が、長く続いていた。


「……っ」
 限界まで開いた両足を僅かなとっかかりにつっぱね、クロウはエレベーターの扉を内側から閉
めた。次いでその扉に両手をあてがい、
「フッ!」
 思い切り押し出す。反動を利用して、彼は空中移動した。
 もはや常人の業ではない。
 先ほどとは別の感嘆の声を上げようとした二人だったが、しかし慌てて口を塞ぐ。
「(あぶないあぶない)」←郁美。
「(ここでヘマしたら太志に後で何言われるか……)」←瑞希。
 ――彼女は思った。
 でも、たかが鬼ごっこでこんなことやるハメになるなんて、ね。招待状が来た時は(彼女には事
前に鬼ごっこの内容が伝えられていた)せいぜい全力で走るくらいまでにしか考えていなかった
けど……
 でも、まあ楽しいからいいか。それにうまくすれば和樹のマンガのネタにも――って、なんで和樹
にわざわざ教えなきゃならないのよ!
「(クックック…)」
「(!?)」
 こういった瑞希の動揺に逐一反応するのが九品仏太志という人間である。暗くてよく見えなかった
が、たぶん心底嬉しそうな表情をしているんだと思う。
 そして、瑞希はある事に気付いた。
 九品仏太志は高瀬瑞希の、ちょうど足の下に位置している。

 ――つまり。
 とどのつまりは。
「………………………………どぉしたぁまぁいしすたぁぁぁx」

 ずがっ。


 ぼふむっ。

 ややあって、ものすごい衝撃が階下から響いた。
 音は4Fの三人の耳にも届く。
「下か!!」
「え? ちょっと国崎さ……」
 ウルトリィの制止も解さず、国崎は既に1Fに向かって走り出していた。

54クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:21


「………………っ、」
 信じられないほどの衝撃が全身を襲ったが、しかし瑞希の身体は殆ど無傷だった。
「――なにここ?」
 太志に蹴りをくれるはずが誤って梯子を踏み外してしまい、そのまま落下してしまった一連の
事実に彼女は気付かない。
「な、なにこれ?」
 床が柔らかい。
 立ち上がってみるも、殆ど歩けなかった。
 この謎物体のお陰で無傷で済んだ事にも、やはり気付かなかった。


 国崎は1Fに辿り着くと3基あるエレベーターを片っ端から調べ始める。
 厭な予感が的中しつつあった。
 ――さっきの声は囮だったのだろうか?
「っ!」
 考えが至らなかった事に改めて憤慨する国崎。やはりエレベーターのドアは開けておくべき
だったのだろうか――いや、それだと逃走路を増やすことになりかねないだろう……。
「国崎さんっ…!」
 やや遅れて二人が到着した。
 息をあげながら国崎に近寄り、事情を問いただす。
 国崎はかいつまんで説明した。
「――なんにせよ出口を抑えてれば最悪の事態は免れるはずだ」
 それが彼の出した結論である。消極的ではあったが二人は理に適っていると合意し、彼と共に
エレベーター箱の再点検にかかった。


「(株)来栖川化学…?」
 謎物体にはこう書いていた。ご丁寧に豆電球の光が当てられている。こんなところで商品宣伝
してどうするのだ、と瑞希は思った。
 と、上の方から金属音がする。豆電球を強引に向けてみると、それはどうやら大志たちらしい。
「あ、あ、アンタ」
 瑞希の咆哮が再度響き渡ろうとした時。
 クロウは豪快にジャンプ、瑞希の口に掌をあてがう。
「んぐぐぐぐぐぐ」
「大きな声はまずいぞ、嬢ちゃん」
 ややあって大志、そして郁美が降りてきた。
 大志は足元で反射しているボールペンを拾い上げた。
「やはり吾輩の推理は的中したようだ。ホテルを会場として使うとなれば吾輩らのような輩がい
つ出てくるとも限らんからな」
 豆電球の光がメガネに反射した。ちょっとブキミだが、見ようによってはかっこよくなくもない。郁
美は無言で拍手をし、クロウは微笑をたたえていた。
「……」
 そして一人不満げな瑞希。


「――いや、1F全部を探す必要はない」
「にゃぁ、どういうことですか?」
 千紗の疑問にはウルトリィが言葉を継ぐ。
「ここまで到達してしまえば、後は逃げてしまえば良い。そういうことですよね?」
「そうだ」
「じゃ、やっぱり鬼さんは上ですか?」
「かもしれん。さっきの音こそ囮なのかも知れないが――いや、まてよ」
 ちょっと来い、と国崎は千紗を引きつれて3基あるエレベーターのうちの1基に入った。つっぱね
てあった椅子を引き出し、代わりに千紗にドアを抑えてもらう。
「さっき、竪穴があるって言ったよな?」
「ええ……それが何か?」
「この箱がその穴を移動するんだ」
 国崎は椅子の上に立ち、気合いを入れて天井の一点に一撃をくれた。
「にゃっ…!」
 結構な音が響き、千紗は思わず身を縮める。
 構わず天井にあいた隙間に忍む。

「ハズレか」
 ややあって、舌打ちと共に国崎が出てきた。

55クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:22


 ごおん。
 天井を叩く音が聞こえた。
「(気付いたようだな……)」
 大志は焦る。
 即興で思いついた作戦の割にはなかなかいい線いっていたが、まいしすたーが落下したのは
予定外だった。……いや、そのお陰で途中でエレベーター内部を見られずに済んだのだから、僥
倖と云えばいいのだろうが――。


「――ここもハズレだ」
 国崎は先ほどと全く同じモーションで天井から降りてきた。その様子を見かねたウルトリィが口
を出す。
「国崎さん……本当に、彼らはそこにいるのでしょうか?」
 今までの全部が全部囮で、彼らはまだ探して居ない5Fにいるのではないか――彼女はそう言
いたいらしい。
「理由が無いな。俺達をおびき寄せるのなら、むしろ出入り口に近い上のほうが妥当だろ」
「こうやって我々に無用な疑念を抱かせるのが目的かも知れません」
「むぅ……」
 そう云われるとそんな気がしないでもない、といった表情で国崎は黙り込んでしまった。案外論
理的思考をするのが得意でなかったりする彼。しばし考え込むも結論は出ない。
「にゃぁ……よく分からないですけど、エレベーターを調べたほうがいいんではないでしょうか?」
 千紗の指摘に国崎はハッとして、
「そうだな」
 と無愛想に呟き、残るエレベーターに向かって歩きだした。


 マットのしたからかすかに音がする。足音だ。
「ふっ……まるでアンネ・フランクみたいじゃないか」
「ちょ、ヘンな事言わないでよっ…!」
 そんなわけ分からんことを呟く大志。アンネを知らないクロウ以外の二人は何かそこ知れぬ恐
怖に襲われた。
 だが、大志の表情に陰りはなかった。
 ちらと時計を見る。
「(もうすぐだ)」
 そう呟くや否や――

56クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:22


『ま〜いしぃすたぁ〜』
『うわっ! ちょ、ちょっと! あんまり近寄らないでよ!』
『んー、特にあてもないしなぁ。嬢ちゃんどうする?』
『そうですね。ちょっと疲れちゃったかな』
 

 国崎が椅子に上がろうとした時。
 階段から、居るはずの無い四人の声が聞こえた。
「国崎さん!」
 今度はウルトリィが先走った。呼び止める暇もなく、彼女は階段を抑えにかかる。
「にゃぁ……国崎さん、どうしますか?」
 悩む国崎。状況から考えれば、おとりである可能性は十分あり得た。
 だが、獲物の肉声という圧倒的な証拠の前ではそれも怪しい。これ以上の証拠がどこにあると
いうのだろうか?
 ――くそっ。
「――行くぞっ!!」
「にゃぁぁああ、国崎さん待ってくださいー!」
 この行動を愚かだと思う方はいるだろうか。普通に考えればある可能性が思いつくはずだ。
 しかし。国崎はテレビ予約すら出来るか怪しいほどの機械音痴。千紗は、その存在自体は
知っているだろうが、こういった活用法に気付いているだろうか。ウルトリィに至っては「機械」の
概念すら知らないだろう。

 だから、現場に辿り着いた時、ウルトリィは文字通り困惑した。

『これでは我輩達が何階にいるかまる分かりではないか……!!
他の階のボタンも押しておくべきだったのだ!』
『……なるほどな。そうかもしれんがあの状況でそんな事を思いつくのは総大将ぐらいだぜ
大志、あんま自分のミスを責めなさんな』
 
「なんなの、これ?」
 足元に転がるは、アウトドア派オタク七つ道具の一つ・テープレコーダー。
 むろんそんなもの見た事も聞いた事も無いウルトリィはどうしようもなかった。
 ややあって国崎が到着、音の正体を理解した彼は歯がゆそうに地面を睨む。

 が、それも一瞬。
「――!!! 1Fだ!」
「え?」
「にゃっ」
 ほとんど落とすように二人の背中を押し、彼は駆けた。

 無人の1F。
 身調査のエレベーター。
 そして、衝撃音。
 既に役は揃っていた。

57クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:23


「……」
 そこには。
 外された天蓋が、転がっているだけだった。


【国崎・ウルトリィ・千紗 取りにがす】
【瑞希・大志・クロウ・郁美 脱出成功】
【続き→無い】
【※ これはアナザーです】




>>50-56
『: クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー)』
投下完了です。
感想スレで勧められるまま投下してみました。
お目汚しスマソ。

58カタパルト以外の活躍:2003/04/15(火) 23:56
「…誰もいないな…」
そんなことを言っているのは無能でありながらも、
しっかりと計画を立てて本格的に優勝を狙う相沢祐一。
舞には楽しむなどと言っていたが、それは団結力が減るのを恐れて、だ。
郁未が失格になるのを恐れて、「高槻」と呼ばれた男を庇ったが失敗のようだ。
――痛い。
祐一の頭の中ではその言葉が浮かんでは消し、浮かんでは消している状態。
早い話が、痛みを誤魔化そうとしているのだ。
「…祐一、大丈夫?」
そう声を掛けたのは舞。
ほかの人には聞こえないように小声で話している。
「…ああ。大丈…おっ、あれは!」
祐一の視界に見えたのは人。
数時間ぶりに人を見た気がする。
そうなれば、することはただ一つ。
「…舞、郁未。偵察に行ってくれ。店関係なら、唐辛子噴霧器の弾の補充。
 鬼なら状況を判断して仲間になるかどうか聞いてみてくれ。逃げ手なら…捕らえろよ」
相手に聞こえないように小声で話す。
「…了解」
「じゃぁ、行きましょうか」
郁未が舞に呼びかけ、人の見えた方向へ静かに走る。
祐一の指示に素直に従うのは、祐一の信頼故か、それとも団結力が高いのか。
「私はなんで待機なんですか?」
そう聞くのは由依。
しかし、祐一は…
「あっ……」
何故か焦る祐一。
由依は、いや〜な予感がした。
久しぶりのセリフなのに…もしかして。
「忘れてた…っていうのは嫌ですよ?」
「そ、それはだなぁ! もちろん、アクシデントは付き物だからなっ!
 逃げ手が来たら俺たちが、足止め…」
祐一の言い訳の途中、足音が聞こえる。
でてきたのは……巳間晴香&千堂和樹。
宿命の再会シーン…または、リベンジの機会だろう。
「今度こそ、足止めだっ!」
祐一が走るが、途中で止まり膝をつく。
不可視の力は予想以上に聞いたらしい。
「さっきの飛んでいた人を見失ったと思ったら…今度はピンチなんてついてないわね〜、わたし」
ドロンコ遊びの途中で神奈を見失ったらしい。
そうとう間抜けだ。
「けど、なんだか逃げられそうだな」
和樹は冷静に判断していた。
男は何故か痛がっているようだ。
逃げられる!
しかし、この場で存在感の薄い奴が場を狂わせた。
「私は無視ですか?」
巳間晴香&千堂和樹の真後ろから現れたのは名倉由依。
「まったく気が付かなかったわ、貧乳だし」
「関係ないじゃないですかっ!」
しかし、観念する様子は二人にはない。
そして、二人は逃げるタイミングを見計らい…
「あっ、動かない方がいいですよ? 祐一さんに借りてますから、これ」
由依の手には大げさな機械―唐辛子噴霧器―が握られている。
由依は、これで郁未&舞の帰還をまつつもりでいた。
祐一もダメージが回復してきたらしくゆっくりと二人に近づく。
「仕方ないわね…不可視の力で突破口を開くっ!!」
晴香が、不可視の力を放つ。
前後同時に攻撃することはできない。
ならば、男―相沢祐一―の方を攻撃する。
由依くらいなら、逃げ切れる自信が晴香にはあった。
和樹も…男なら由依から逃げきれるだろう。
由依が運動神経がいいとは思えない。
とっさに由依は判断する。
――ここで慌てるなら姉への復讐なんてできない。
その想いが由依に一つの考えを浮かばせた。
由依に浮かんだ作戦は一つの賭け。
唐辛子噴射器を構え、由依は郁未が去った方の逆に移動する。
晴香は、前後に移動はしない。
由依と祐一がいるから。
左右どちらかに移動する晴香。
ならば、郁未の去った右に誘導するように由依は左に移動する。
ここで、晴香に由依のいなくなった後ろに逃げたら作戦は失敗。
そして……作戦は成功した。
予定通り、郁未の去った方角へ逃げる晴香&和樹。
「祐一、あれ店だったわ」
運が重なり、郁未&舞の帰還。
「そうか、なら後で弾の補充にいくか。郁未、二人を捕らえてくれ」
冷静に祐一は判断する。
由依がとっさに起こした行動の意味を理解し、郁未に捕獲の指示を送る。
「晴香、今度は負けないわよっ!」
郁未の不可視の力と晴香の不可視の力が正面からぶつかる。
2度目の激突が起ころうとしたとき…晴香の後ろから赤い霧が噴射された。
噴射したのは…由依。
赤い霧が晴れたとき…そこには二人をタッチした郁未の姿があった。
「…貧乳に油断したわ」
「…ご愁傷様」
正直、由依の活躍など予想できなかったが、あえて口を紡ぐ。
怒らせても得などないし、ここは素直に認めておこう。
――由依の初めてのカタパルト以外での活躍を。

【郁未 2ポイントゲット】
【祐一チーム 見つけたらしい店を次の目的地へ。唐辛子の補充を目的に】
【唐辛子噴射機 残り2回】
【晴香&和樹 鬼化】
【三日目 昼】

59名無しさんだよもん:2003/04/18(金) 21:05
人形劇、開始の改訂版をこちらに投下します。
変わるのは本スレ71-72。
基本的な展開は変更無しです。

60人形劇、開始:2003/04/18(金) 21:15
 折原浩平は内心、とても焦っていた。
 屋台で朝食を食べてから、みんなが眠そうなのだ。
(そりゃ、昨日あんなに夜遅くまで街を探索してたんだ、眠いのも無理ないさ、
 でも、雨が降っている今がチャンスなんだ。きっと逃げ手は雨露を凌げる建物の中に隠れる。そこを襲えば──)
 しかし、そのことを口には出さなかった。
(──リーダーは仲間のことを第一に考える──だったよな?
 今、みんなはとても疲れている、無理を言ったら無能リーダーの烙印を押されるだけだ)
 浩平は昨日屋台でこっそりと買っていた『リーダーの条件豆本』の内容を頭の中で反芻した。
(リーダーはまわりを元気付ける、そうだ、ムードメーカーのトウカに雰囲気を変えてもらおう)

「トウカはいつも張り切ってるな。あんなに活躍して疲れてないか?」
「なんの。これしきのことで根を上げる某ではありませぬ。
 この聖上の人形に賭けて誓う。浩平殿に鬼の優勝を!」
「サンキュウ、トウカ。ところで聖上の人形ってなんだ?」
「某のこの手の中に………………無い」
 トウカが手を握ったり開いたりした後、顔面蒼白で自分の服を調べ出した。
 それでもやはり、人形は見つからなかった。
「某の命より大切な人形が……ク、クケーーーーッ!!!!!」

(おいおい、嘘だろ……トウカ?無くしたのかよ…………
 いかんいかん。──リーダーは冷静に。──リーダーは冷静に。──リーダーは冷静に)
 浩平は口の中でぶつぶつとリーダーの心得を三回呟くと、トウカの肩をポンと叩く。
「みんなで探そう。俺達はチームだろ?」

61人形劇、開始:2003/04/18(金) 21:16
 トウカは雨に濡れるのにも構わず、必死で人形を探し始めた。
 浩平達も、怪しそうな所を片っ端から探す。
 
(そんなに大事な人形なら落とすんじゃねえ。探すなら自分一人で探せ……と、いつもの俺なら思っているところだな)
 もしそんなことを言えば、トウカはまじで切腹しかねない。
 それにあんなに眠そうだったスフィーとゆかりも、一生懸命に人形を探しているのだ。
(……しかしこの雨の中で、果たして人形が見つかるものなのか?)

「トウカさん、もしかしたら昨夜街の中で落としたんじゃないかな?」
 長森が探す手は休めずにトウカに話しかけた。
「しかし街の中で人形を落としたとすると、この雨の中、探し出すのは困難を極める。
 皆にそんな苦労をかけるわけにはいかぬっ!」
「──街か、そっちのほうが可能性は高いかもな」

(そういえば、昨日の街での探索から、だいぶ時間が経っているからな。
 何人か逃げ手が街に入りこんでいるかもしれない。
 そうなったら人形探しよりも鬼ごっこを優先か?
 リーダーとしてその場合、どうすればいいんだ)
「浩平、大丈夫?さっきからちょっと変だよ」
「ああ、ちょっと考え事をしていたからな……そうだな、街に行ってみるか」

(そんなに心配そうな顔をするなよ、長森。
 人望のあるリーダーなら、ここで笑顔をみせて歯をキランと輝かせるんだろうが……
 まあ、街で何かあったらそのときは臨機応変だ。
 もし人形が見つからなかったら、屋台でトウカに一番いい人形を買ってやろう。
 トウカも古い人形はあきらめて、きっと新しい人形を気に入ってくれるさ)
 
 このときの浩平は、まだトウカの人形にかける情熱を、軽く……あまりに軽く見すぎていた。

62鬼と力と情報と:2003/04/19(土) 02:07
 雨の降りしきる森の中の小屋では、耕一と瑞穂が遅い食事をとっていた。
 ダリエリと別れた後雨宿りの出来るこの小屋を見つけたのだ。
「瑞穂ちゃん、飯作るのうまいなぁ」
「そうですか、エディフェルさんやリネットさんとやら程じゃないと思いますよ」
「……瑞穂ちゃん冷たいね……」
 瑞穂ちゃん、先ほどからご立腹。
「いや、でもうまいって。梓や初音ちゃんにも負けていない!」
「へぇ、他にもそんな女性がいらっしゃるんですか。お盛んですね」
「み、瑞穂ちゃん……ん?」
 言葉をきって耕一は窓を見る。
「どうしましたか?」
「ん……森の方で何か見えた気がしたんだけど……気のせいかな?」

「髪の短い女が1人いたな。当たりかもしれないぞ」
 木の後ろから、オボロは小屋の窓を伺う。
「ほ、本当か!? オボロ君」
「落ち着いて、月島さん。まだ決まったわけじゃない」
 実を言うと可能性は低い。久瀬の推理を当てにするならば、ショートカットの女性は二人以上になる。
 教会付近の家屋を虱潰しにすること、数時間。今までは逃げ手も鬼にも出会わなく、久瀬自身ちょっと自分の推理に自信をなくしかけていたりした。
「相手の容姿まではちょっと分からないが……どちらにしても相手は、逃げ手だ。捕まえるぞ」
「分かったよ……3方向から同時に踏み込むのかい?」
「そうだな……」
 久瀬は小屋の形を確認する。見る限り今まで回った小屋と同じ間取りのようだ。室内に侵入する手段はまず表口に裏口。
 それだけではなく、今獲物のいるリビングルームには大きな窓が、南側に二枚、
東側に一枚取り付けられている。
 要するに、三人だけでは全ての出入り口を抑えきれないという事だ。月島の案では逃げられる可能性がある。
「いや、もう少し工夫しよう。オボロ君、彼女達に気づかれないように屋根に登れるかい?」

「いやー見ましたか、あの晴香さんの悔しそうな顔! 賓乳賓乳いうからですよね!?」
「それ、もう5回は聞いたわよ。ご活躍には感謝してるけどね」 
 得意げにしゃべる由依に、郁未と祐一はうんざりした視線を向ける。
 屋台で唐辛子噴霧器の補充を行ってからというもの、延々と由依の自慢話が続いているのだ。
「全くだ、耳にたこができそう……ん、どうした、舞?」
「あそこ見て」
 舞の指差す方向を見る祐一一同。木々の向こうに、小屋らしきものが見え……その屋根の上に一人の男が上っているのが見えた。しかもその男、襷をつけている。
「あいつ、何してるんだ……?」
「……多分、捕物の最中よ! ひょっとしたら獲物を横取りできるかもしれないわ。
舞行くよ!!」
「はつみつくまさん!!」
 郁未と舞が、小屋に向かって駆け出した。

63鬼と力と情報と:2003/04/19(土) 02:07
 ガチャッと表口が開く音と、ドタドタとした足音に、耕一達は反応する。
「え、なに?」
「鬼だ、逃げるぞ!!」
 はたして、表玄関からのほうから鬼の男が一人現れた。あまり敏捷な動きではない。
(これなら逃げられる!)
 そう確認する余裕が耕一にはあった。瑞穂はすでに裏口の方に向かっている。
だが、
「残念だったね!」
「えっ!?」
 時間差をつけて今度は裏口から眼鏡をかけた男が飛び込んでくる。裏口の扉に手をかけようとしていた瑞穂がこれに反応できるはずも無く、あっさりとタッチされた。
(誘導された!?)
 耕一は歯噛みした。だが、まだ逃走経路はある。窓だ。
 裏口から来た鬼は、瑞穂が邪魔になってスタートダッシュが遅れている。これならば逃げ切れる。瑞穂ちゃんには悪いけれど―――
 だが、耕一が窓を開け放った瞬間、最初に来た男が叫んだ。
「南側、奥の窓だ!!」
「応!!」
 それに応じて、もう一人の鬼が、上から飛び降りてきて、耕一の前に立ちふさがった。
「な!?」
 耕一が驚愕する間に、鬼達は完全に獲物を包囲した。

 表玄関からきた月島に注意をひきつけておいて、裏口に誘導し、時間差をつけて久瀬がそちらからも襲撃する。
 さらに、月島は相手がとろうとしている逃走経路を確認して、どの窓にも一瞬で移動できる場所―――屋根の上だ―――に配置されているオボロにそれを告げる。
 それが久瀬の立てた作戦であった。
「嘘だろ……ここまでかよ」
 相手の男は観念したようだ。
 久瀬達が知るはずも無いが、狩猟者には一つ大きな弱点がある。その力を完全に解放するためには少し時間をかける必要があるのだ。
今回、その時間が与えなれないのは火を見るより明らかだろう。
 これで捕物は終わり。そのはずだった。だが、久瀬の作戦にはミスがあった。

 バアンッ

爆音が鳴り響き、水しぶきと共に地面が爆発する。
「な、なに!」
 一瞬、注意がそれる。そして―――
「し、しまった!?」
 オボロが叫んだ。隙をつかれて、獲物がオボロの脇をすりぬけ外に向かって駆け出したのだ。
「オボロ君追え!!タッチしろ!」
 久瀬の叫びに応じて、オボロも飛び出す。
「耕一さん頑張って!!」
 その瑞穂の声に、一瞬、久瀬の注意が向けられる。
(耕一―――その名前どこかで……)
 そう、それは確か、昨夜の屋台で―――

64鬼と力と情報と:2003/04/19(土) 02:08
 すさまじいスピードで、ダッシュをかける耕一とオボロ。
と、その時その横手の森からから、黒髪の少女が飛び出した
「川澄さん!?」
 そう、これが久瀬の失策。オボロを屋根に上げてしまったがために他の鬼に見つかりやすくなってしまうという事。
「グウッ」
 耕一は舞を見て、無理やり方向を変える。だが、舞は囮だった。
「もらった!」
 向きを変えた耕一の正面から、天沢郁未が飛び出してくる。
言うまでの無い事だが、先ほどの爆発、彼女の不可視の力によるものである。
 逃げる耕一、追うオボロ、迎える郁未。
 オボロと耕一の距離が縮まるよりも早く、郁未と耕一の距離が縮まっていく。旅人算の法則だ。
 耕一は覚悟を決める。
(もう方向は変えられない!跳躍してあの女を抜く!!)
 郁未は勝利を確信する。
(勝てる! 抜かせなければ私の勝ちよ!!)
 オボロは歯噛みする。
(駄目だ! 追う以上こちらが一歩遅れる!)
 久瀬はほとんど何も考えずに叫んだ。
「初音さんの事で話がある!!」
「―――え?」
 従妹の名前を呼ばれて、跳躍寸前の耕一の注意が一瞬久瀬に向けられて―――
次の瞬間、二つのタッチの音が同時に―――少なくとも久瀬にはそう聞こえた―――鳴り響いた。

65鬼と力と情報と:2003/04/19(土) 02:08
 刺すような、静寂。三人は雨の下、彫像のまま動かない。
 久瀬は三人のほうに向かいながらおずおずと口を開く。
「どっちが、勝ったんだ?」
 その問いに、郁未はフッと笑った。
「やってくれるわ、久瀬君」
「な、なにがだ?」
 とまどう久瀬。その久瀬の肩に、オボロの手がポンとのせられた。
「勝ったのは俺だ、久瀬。お前のおかげでな」
「僕の?」
 理解できない久瀬に、今度は耕一がふてくされたように説明する。
「お前の一言で俺の動きが一瞬止まった。そのせいでほんのわずかだけ、
追いかける速度と迎える速度の差が縮められちまったんだ。
見て分からなかったのか?」
「……分かるわけ無いだろう?」
 どこかあきらめたような調子で久瀬はつぶやいた。
「そうか。じゃあ、結局は運かもな……初音ちゃんのことはどこで、聞いたんだ?」
「昨日の晩の屋台で、たまたま初音さんがあなたの事を話しているのを耳にしたんだ」
 郁未のほうを向く。
「天沢さん、あなた達がボイコットした美坂さんの祝勝会でのことだよ」
 全く情報なんて何が役に立つものか分からないものだな、と付け加える。
「なるほどね。情報差で負けちゃったというわけか」
 どちらかというと痛み分けなんだがな、と久瀬としては思う。結局ポイントの集中が出来なかったわけだから。
 耕一達の心情を考えて口にはしなかったが。
「昨日追い掛け回しちゃった事の、リベンジってところかな?」
「冗談を言わないでくれ、仕返しをするような度胸など僕にあるはずも無い」
 郁未の軽口に、久瀬はそう応じた。

【久瀬 1ポイントゲット 通算5ポイント】
【オボロ 1ポイントゲット 通算2ポイント】
【耕一 オボロによって鬼化】
【瑞穂 久瀬によって鬼化】
【教会付近の小屋】
【時間は昼ごろ】

66名無しさんだよもん:2003/04/20(日) 12:51
>編集サイト管理人様
以前に他スレで指摘されていた間違いを再掲します。
・267話の、祐介と栞が〜霞んでいるのも同様だ。
 この部分が266話にもある。(投稿時の割り込みのせい?)
・282話の次話へのリンクが281話に飛ぶようになっている
・297話、「これって……ジャージ?」〜着がえをあきらめることにした。
 この部分がダブって書いてある

以下は些細だけど俺が気づいたこと。
・トップページの過去ログ入り口の 「1〜49」→「0〜49」
・021話の登場キャラ一覧の「坂神蝉丸」に【】が付いていない

67自由落下なエトセトラ:2003/05/24(土) 01:14

 ばっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!
 
 爆裂したかのようなド派手な音とともに吊り橋を支える紐が破断し、反動で支柱に巻き付いた。
 橋の足場を形作っていた粗末な板が支えを失い、重力加速に従って崖の間へ消えていく。

「な、な、な、な! のぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「なななななな七瀬さん! 手っ! 手っ! 手ぇぇっ!」
「あああうう!」
 まとめて落とされかけた七瀬だが、幸いにも一歩後ろに控えていた矢島の腕を掴むことに成功し、ギリの位置で崖に張り付く。
「あ、あのおばさん……なんつー無茶を!」
 後ろを……というか、下を向いた七瀬が見たもの。
 それは

「ぶいっ」

 ……キャラも年齢も間違えた、ひかりさんのVサインだった。
 
 どっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!
 
 一瞬遅れ、彼女の身体が巨大な水しぶきの中に消える。
「ちょ、ちょ、ちょ! あれ、マズイんじゃない!」
「と……とは言っても橋ぶった切ったのは本人であるわけだし……」
 顔を見合わせる七瀬と矢島。『どうしよう』と表情が語っている。
 とはいえ、ずっと崖っぷちにしがみ付いているわけにもいかない。矢島に引っ張ってもらい、えいやと上へよじ登る。
 そして改めて、崖下を見下ろすと、そこには………
「「……泳いでるよ。オイ」」
 思わず声が重なった。
 轟々とうねる濁流の中を、ひかりはなかなかしっかりとしたフォームで泳いでいる。
 時折波間にその姿が消え去るが、体勢や息継ぎを乱すことなく、一定のペースを保っていた。
 とはいえ下流へと流れる水の流れ自体が早いため、かなりの速度なのだが。
「……あのおばさん、元オリンピック選手かなんか?」
「さ、さぁ……俺は知らないけど……」
 もう一度顔を見合わせる。
「……と、とにかく!」
 自らを鼓舞するように声を上げつつ、七瀬は立ち上がった。
「追うわよ! せっかくここまで追いつめたんだから、なんとしてもあのおばさんは私が捕まえるっ!」
 と叫ぶやいなや川沿いの坂道を駆け出した。そりゃもう、勢いよく。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った姉さん!」
 慌ててその後を追う矢島であった、が……
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
 彼が見たのは、ぬかるんだ地面に足を取られ、坂道を一気に転げ落ちる七瀬の姿だった。
「だから止めようとしたのに……」

 一方神奈は上空で川面を凝視していた。
 橋の崩落に巻き込まれ、落ちかけた彼女ではあるがその双翼を使えば空中で体勢を直すことなど、造作もない。
 細い眉を寄せながら、呟く。
(追おうと思えば、出来る……)
 ……しかし、それはしない。
(さすがに余も、あの濁流の中には飛び込みたくない……)
 それに、彼女には残してきた仲間がいる。
(葉子殿……)
 あまり長い間離れているわけにはいかない。最悪、自分が出かけている間に目覚められでもしたら、探そうとしたところで入れ違いになりかねない。
「ふふふ……」
 静かに、神奈は唇を歪めた。
「ここは貴女に勝利を譲るが……名も知らぬ勇士よ!」
 ひらりと身を翻しつつ、葉子たちのいる建物へと向かい、羽ばたく。
「次は……次こそは、余の手で! 捕まえてくれる!」

【七瀬矢島 とりあえず川沿いを走って追ってみる】
【神奈 追撃は諦める。葉子たちのもとへ】
【ひかり 川へとダイブ。下流へ】
【登場 神岸ひかり・【七瀬留美】・【矢島】・【神奈】】

68忘らるる電波:2003/05/24(土) 01:16
「……はぁ」
 ため息を、吐く。
「……はぁ」
 もう一度、吐く。
 
 河原にうずくまる彼の名前は長瀬祐介。
 一応、最強の電波使いである。
 
「……はぁ」

 勝負方法にもよるが、本気の戦いになった場合、彼は最強候補の一角にも成りうるだろう。
 
「……はぁ」

 なにせ彼の『能力』は他の参加者たちのそれとは異質すぎる。単純に飛んだり跳ねたりの勝負では、彼に勝つのは難しい。
 ……が、
 
「……はぁ」

 それゆえに、彼の能力は今回のゲームではほぼ使用禁止と言ってもいいほどの措置を喰らい、あえなく今朝方、3人組に捕まってしまったわけではあるが。
 
「……はぁ」

 既に捕まってからかなりの時間が経つ。日もかなり暮れかけてきた。
 にも関わらず、彼はここから動く気配を見せない。
 なぜならば、
 
「……これからどうしよう」

 ……本気で優勝を狙い、序盤から誰とも組まず単独で過ごしてきた彼。
 一時は栞に洗脳されかけたが、その時も幸いなことに(ある意味主催者側に拘束されたのも幸運であったかもしれない)鬼化は避けられた。
 彼は、密かに期待していた。

「……優勝できるかもと思ってたのに……」

 ……が、状況はすでに終盤。
 軽く電波を走らせて周囲の状況を探ってみても、残っているのはほとんど鬼ばかり。
 こんな時期に鬼になってしまうのは、最も避けたい行為であった。
 
「……沙織ちゃんに追いかけ回されてまで逃げ続けたのに……」

 沙織だけではない。香奈子をも振りきってここまで来たのだ。
 言わば、全てをかなぐり捨て、ここまで来た。
 
「それなのに……」

 中途半端な時期に、捕まってしまった。
 
「……はぁ」

 こんなことなら、素直に最初っから沙織ちゃんと一緒にいればよかったかもしれない。
 こんなことなら、もっと積極的に瑠璃子さんを探すべきだったかもしれない。
 こんなことなら、瑞穂ちゃんに会っておくべきだったかもしれない。
 こんなことなら、香奈子さんと一緒に行ってもよかったかもしれない。
 ……が、全ては後の祭りだ。
 彼は一人。
 否、
 独り、であった。
 
「……はぁ」

 既に何度目かもわからないため息をつく。
 
「……とは言っても、ずっとこうしてるわけにもいかないからな……」

 このゲームがどのくらい続くのかはわからないが、あと小一時間かそこらで終わるというものでもないだろう。
 とりあえず、こんなところで夜を明かすわけにもいかない。
 適当なねぐらでも探して、あとはゴロゴロと……
 
 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……
 
「……ん?」

 その時、ふと川の音が変わった気がした。
 常人ならば聞き逃すであろうぐらいの僅かな違和感。
 が、今朝から延々と川面を見つめ続けた祐介には、気付くことが出来た。
 
「何か……流れて……?」

 両目をこらし、流れる水を見つめる。
 
「……え?」

 見えたのは、人の手。
 
「……ちょっと?」

 そして、頭、体、……川に流される、女性の姿。
 
「……うわっ! 女の人が溺れてる!」

 ここに来てようやく、祐介は事態を飲み込むことが出来た。


「だいじょーぶですかーーーーっ!?」
 祐介は川のすぐ端まで飛び降り、大声で呼びかけた。
「………! あ……! ぶ……!」
 女性も祐介の姿に気付いたようであり、手を振って何か叫んでいる。
 ごうごうと流れる水の音にかき消され、何と言っているかはわからないが助けを求めているのは明らかだ!
「……助けなきゃ!」
 即座に祐介は決断した。
 そこには名誉も打算も迷いも無い。今、ここにいるのは自分だけ。あの人を助けることができるのは、自分だけ。
 ならば、己がやらずに誰がやる!
 腐っていた祐介の目にみるみる生気が戻ってくる。
「待っててください! 今助けますからね!」

69名無しさんだよもん:2003/05/24(土) 01:16

 速攻で上着を脱ぎ捨てると、大きく深呼吸を三回。
「すーは、すーは、すーは……」
 そしてもう一度荒ぶる水面を睨みつけ、
「……………………!」
 ちょっと迷って、
「いや、ダメだダメだダメだっ!」
 目を瞑り、覚悟を決め、
「……てぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーいっ!」
 鼻をつまんで飛び込んだ!
 
(があっ! ぐっ……ごぉ、ああっ!)
 飛び込んだそばから体中を濁流が洗う。

 くっ、思ったよりも流れがキツイ!
 けど……泳げないほどじゃない!
 ええと……ええと……あの人は……?
 
 ……いたっ! よし、まだ僕の上流だ! 助けられるっ!
 
 気を抜いたら流されてしまいそうな流れの中を、必死に祐介は進んでいく。
 時期は時期といえ天気は悪い。平時より流れは荒く、そして水温も低かった。
 同年代の男と比べてもいささか……というよりもかなり華奢な彼の身体には負担も大きい。
 しかし……
 
 ……負けるもんかっ!
 
 今の彼を押しとどめることなど誰にも出来なかった。

「……だい……じょうぶ………です、かーーーーーーーーっ!!!」
 やや進み、女性との距離が縮まったところで再度呼びかける。
「あ……は……じょうぶ……から……!」
「ええーーーーっ!? なんですってーーーーーーーーーーっ!!!?」
「から……私は……じょうぶ……!」
 距離が近づくにつれ、徐々に声が鮮明になってくる。
「だいじょうぶですよーーーーーーーっ! 今僕が助けますからねーーーーーーーーーーっ!」

 一歩一歩進みながら、必死に女性への呼びかけを続ける。
 ……そして、とうとう、祐介の耳に声が通った。
 
「ですからーーーーっ! 私はーーーーーーっ! 大丈夫ですーーーーーーーっ!
 それよりーーーーーーーっ! 迂闊にーーーーーーーーっ! 川に入るとーーーーーーーっ! 危ないですよーーーーーーーっ!」
「………へ?」

 返答は、祐介の想像を超えたものだった。
 さらに同時に、

 ツルッ!
 
「うわっ!?」
 ちょうど足下に鎮座していたコケまみれの石を踏みつけ、盛大にコケた。
 
 ガッツーーーーーーーーーん!
 
 さらに後頭部から突っ込んだ川底には間の悪いことに手頃な石が。
 強烈な一発を頭に食らい、祐介の意識は急速に遠のいていった。
 
(──────ああ……僕って、バカだ……)

 最後に祐介が聞いたのは、
 
(──────やらなくてもいいことやって、死ぬなんて……)

「あらあら……これは大変……」


 ……誰かの……優しい……声……と……自分を抱き上げる……暖かい……腕……。


【長瀬祐介 ひかりを助けようと飛び込むはいいが、二次遭難】
【神岸ひかり 祐介を保護】
【時間:3日目宵の口 場所:川の中 天候:雨】
【登場 神岸ひかり・【長瀬祐介】】

70情けは人のためならず:2003/05/24(土) 01:20
 光……?
 まずは、光だ。
 薄い、淡い、優しい光が目に映った。
 次は……
 熱だ。
 熱といっても、熱いものではない。
 それは、暖かさ……頭の下。いや、身体全体……?
 ……次は、冷たいもの。
 額の上に、何か乗せられている。
 これは……?
 ……タオル?
 ということは……僕は……
 
「……う……っ……」

 小さなうめき声を漏らしつつ、祐介の意識は覚醒した。
「……目が覚めた?」
「……あ?」
 誰かから声を掛けられる。
 呆けた瞳で首を曲げると、そこには……
「……大丈夫?」
 ……自分の顔を覗き込む、女性の姿……
「……ってのうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 その姿を認めた瞬間、祐介はベッドの上から跳ね起き、壁に張り付いた。
「きゃっ!」
 あまりの驚きぶりに、自分自身も一瞬面食らうひかり。
「あ、あの、その、驚かせちゃった? ごめんね。でも、私怪しいものではないから……」
 ……が、慌ててフォローを入れる。突然自分が現れたことが、相手を驚かせてしまったかと思ったのだ。
「……! ……! ……!」
 祐介は首をぶるぶると振る。違う、違うと。
「……え?」
 祐介の目線は一点をさしている。もう、ギンギンに。
 ……それにつられ、ひかりもその先を追ってみる。すると、そこには……
「……あ」
 自分の、下着姿があった。
 
「ご、ごめんなさいね。変なもの見せちゃって」
「いえ、いいんですよ。僕の方こそすいません……」
「いいのよ。こんなおばさんのあんな格好、見せられた方がびっくりしてしまうもの」
 Tシャツに着替えたひかりのお茶をすすりながら、2人は食卓を囲む。
「そういえばここ……どこなんですか? ていうか、僕、どうなってたんですか?」
 当然の疑問を、祐介は口にする。
「うーん、どこから説明したものかしら……」
 ひかりは人差し指を顎にあて、ちょっと困った仕草。
「ええと、まずここは森の中のログハウス……というより、小屋と言った方がいいわね。幸いにも他の方が入っていたみたいな形跡は無し。
 昨日私も同じような建物を使ったんだけど、こう考えると似たようなものは結構用意されているのかしら?」
「はぁ……そうですか」
 そして、ややあって、
「……ん。それじゃあ祐介君。きみはどこまで覚えてる? 自分に何があったか」
 笑顔を浮かべ、祐介に問いかける。
「僕に何があったか……ですか?」
「うん」
(僕に……何があったか……)
 寝起きで混乱した記憶を、祐介はゆっくりと整理し直してみる。
「ええと……確か僕は……川辺で、人生について考えてて……」
「あら、そんな歳でそんなことをするなんて立派ね」
 が、祐介はひかりの合いの手も気にせず、記憶の編集を続けた。
「それで……そうだ。川上から流されて来た人を見つけたんだ」
「うんうん、それで?」
「はい……ええと……そうです。僕はその人を助けようと思ったんです」
「ふんふん。偉いわねぇ」
「そうだ……それで……飛び込んで……助けようとして……声をかけて……」
「ダメよ。溺れた人を助けるのに自分も水に入るのは。二次遭難の危険性が高いわ」
「はい……それで、もの見事にすっ転んで……そこから先、覚えてません……」

 整理完了。

71名無しさんだよもん:2003/05/24(土) 01:20
 一口茶を啜ったところで、祐介が言葉を繋げる。
「あ、もしかして……あの時溺れてた方が、あなたですか?」
「うーん、そんなような、違うような……」
 が、何やらひかりは困った様子だ。
「……? どういうことですか?」
 困惑顔の祐介。
「私には違いないんだけどぉ……」
「?」
「……溺れてたわけじゃ、ないのよね」
「へ?」
「実はね。あの直前、私鬼に追われてて。逃げるために川に飛び込んだのよ」
「……………………」
 祐介の顔が、青ざめる。
「こう見えても私、泳ぎにはけっこう自信があって、何とか無事に逃げられたみたいだったのよね」
「……………………」
 そして徐々に紫になっていく。
「つ、つ、つまり……僕は……」
 ひかりの説明の先を読んでしまい、とうとう真っ白に。
「やらなくてもいい救助をやろうとしたあげくすっ転んで自分から遭難しさらに助けようとした相手に助けられてその上その上その人を鬼にしてしまった、と……」
「……そういうこと、になっちゃうのかしら?」

「す、す、す、すみませんっ! ごめんなさいっ!」
 祐介はガタッと椅子をのけると後ろに下がり、深々と頭を下げた。
「僕が余計なことをしたばっかりに……ご迷惑をおかけした上、鬼にまでしてしまったなんて……!」
 何度も何度も頭を下げる。
「ああああ、いいのよいいのよ。気にしないで」
 そんな祐介にひかりは笑顔でフォローを入れる。
「私だって、勘違いとはいえ自分を助けようとした子を放っておくことなんてできないもの。あなたが私を助けてくれようとしたこと。それは素晴らしいことだわ。
 私の方からお礼を言いたいくらいよ。ありがとう」
「そんな……」
 恐縮しきりの祐介。
 ……と、そこで祐介は一つ、おかしなことに気付く。
「……ところで、どうして僕の名前を?」
「あらごめんなさい。上着に刺繍が入っていたものだから」
 指をさすひかり。その先には、部屋の隅にまとめて紐にかけられてあるひかりと祐介の服があった。
 そこで、ようやく祐介が自分の服装が変わっていることに気付く。彼にはちょっと大きいTシャツと、逆に少々キツめのスパッツだ。
「それに、あなたのことはいろいろと聞いていたからね」
「へ?」
 続いて出たひかりの言葉に、祐介は困惑する。
「改めてこんにちは。私の名前は神岸ひかり。神岸あかりの母親です。よろしくね、長瀬祐介君」
「…………………」
 もう一度、祐介の顔が白くなった。
 
 一方その頃、戦乙女とその部下はというと。
「ああああーーーーーーーーーっ! あのおばさん! どこに消えたのよっ! もうっ!」
 河原の一角で絶叫していた。そりゃもう、狼の遠吠えのごとく。
「あ、姉さん……暗くなってきたし、もうこれ以上は……」
 半ば泣きの入った矢島の言葉も気にせず、七瀬はさらに叫ぶ。
「私はねぇ! この島に来て! もう何度も何度も目の前で獲物かっさらわれてきてんのよっ! いくらなんでもこれ以上獲物を逃すのは遠慮したいのよっ!」
「い、いや、そのお気持ちはわかりますがね……」
 すでに矢島、マジで部下と化している。
 いや、本人にしてみてももう部下でも手下でもしたぼくでも何でもよかった。
 この状況さえ、何とかできれば。
「探すわよ。何としても探すわよ! 草の根分けても探し出すわよ! というわけで出発! そらそら行くわよ矢島君!」
 川下の方向にビシィと竹刀を突き付け、出発した。
 ……後に続く矢島はと言うと。
(……もう、どうにでもなれ)
 覚悟を、決めた。
 
【神岸ひかり 鬼になる。現在は長瀬祐介と一緒に川の近くの小屋の中】
【長瀬祐介 ひかりに謝罪。許してもらう。ついでに洗濯もしてもらう。ポイント+1】
【七瀬留美 草の根分けても探し出す!】
【矢島 もう、いいッス。どこまでもついていきます、姉さん】
【3日目夜】
【登場 神岸ひかり・【長瀬祐介】・【七瀬留美】・【矢島】】

72「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:45
「ほっ…解けないっ……!」
 泣きそうな顔になりながら郁美が木に結ばれたウォプタルの手綱を解こうとするものの、堅く結ばれているそれは、
解ける気配を見せなかった。クロウが力を込めて結んでしまった事に加え、郁美自身が非力である所為であった。
「あーっもう! 何やってんのよ、どきなさい!」
 もたつく郁美を強引にどかせ、岡田が手綱の結び目に取り付く。
 ――鬼の様な形相で岡田が手綱を木から解くのと、クロウが彼女達の元へ辿り着いたのは、ほぼ同時だった。
「大ポカしちまったぜ!」
 来るや否やウォプタルに飛び乗り、間を置かずに郁美の腕を掴んで騎上へ引き上げる。
「どーせ思い切り目が合っちゃったりしたんでしょ!? どぢっ!!」
 見事に真相を言い当てる岡田に、クロウは返す言葉も無い。バツの悪そうな苦笑を浮かべる彼に、岡田は更に
畳み掛ける様に言い放った。
「二手に分かれるわよ!」
「言われるまでもねぇ! ――巧く逃げてくれよ、嬢ちゃん達!」
「そっちこそ、その子をしっかり守ってやんなさいよね!」
 クロウは手綱を握り直し、ウォプタルを走らせた。――同時に、疲れた体に鞭を打ち、岡田軍団も走り出す。
 束の間、行動を共にした両者は、再会の約束さえ取り交わす事無く、別々の方向へと散開した。

 男の逃げた先に、一匹の恐竜の如き生物と、四人の少女が佇んでいるのが見えた。そして、合流するなり何か
言い合った後、別々の方向へと逃げ出した。恐竜+男と少女、そして、残る少女三人組とに。
「二手に分かれた…!?」
「見て、あの三人組…!」
 祐一と並走する郁未が、三人組の少女達の後姿を見やり、声を上げた。
「この前、せっかく取り囲んだのに逃げられちゃった人達ですね…!」
 そう言ってから由依は、はっとして、舞を横目見る。…が、舞は表情を変える事無く、前を見据えて走っていた。
「…恐竜さんは、足が速い」
「なら、追うのは――」
「――三人組の方よ!」
「雪辱戦ですね!」
「はちみつくまさん。…今度こそ捕まえる……!」
 祐一達四人は、恐竜に乗った二人ではなく、自前の足で走る三人組の方を追跡し始めた。
 ――その三人組の後姿は、体力を大分消耗しているのか、以前追い駆けた時より早くはなかった。
 追い着ける…!――勝利を確信し、祐一と郁未の口元が笑みに歪んだ。

73「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:48
「っ…、ヤバッ…! こっちの方に来た!」
「うぇ〜んっ! 前に苦労して逃げたのに、何でまた同じ人達に追い駆けられるのよぅ〜っ!」
「ううっ…、シャワーと着替えが出来ると思ったのに…」
 苦々しくボヤきながら疾走する、岡田軍団三人娘。だが、今一スピードが上がらない。――体力がそろそろ限界なのだ。
「このままじゃ…追い着かれる――…?」
 再度、チラと背後に迫る追跡者へ目をやる吉井。――追跡者の影は四つあったはずだが…今は、三つ。
 一人、少ない…!?――そう認めた吉井の背筋に、悪寒が奔った。
「岡田っ、松本っ…――ストップ!!」
「なっ、何よ…!?」
 両手を広げて急制動を掛ける吉井に、岡田と松本も、目を丸くしつつ急ブレーキ。
 ガサァっ…!――
 と、急停止した三人の進む先にあった茂みの影から、人影が飛び出して来る。
「ここ迄ね…!」
 不敵に笑う郁未だった。
 三人娘の消耗した体力を見て取り、そして自らの脚力を全開にして脇から追い越し、先回りを果たしたのだ。後続の
祐一達も、三人娘を必要以上に追い立てぬ様、追跡のペースをセーブしていたらしい。
「くっ…! やられた……!」
 程なくして追い着いた祐一達と前を塞ぐ郁未を睨みやり、岡田が呻いた。
「貴女達を取り囲むのは、これで二度目ね」
 ちょっぴり愉悦を表にしながら、郁未。
「一気に3ポイントもゲットですねっ!」
 チャキッ…と、唐辛子噴霧器を構えながら、嬉しそうに由依が微笑む。
「今度は油断しない」
 言葉通り、一切の油断も示さぬ気迫を双眸に込めながら、舞が静かに構えた。
「――さ、天沢。早くタッチしてくれ」
「解ってるわ」
 祐一に促され、郁未が三人娘の方へと近付いて来る。
 ――それを見やった吉井が、微かに目を輝かせた。
「……チームでは、貴女が主にポイントをゲットしてるんだ?」
「そうよ。それがどうかした?」
「天沢っ…!」
 吉井の問い掛けに応える郁未に、祐一がやや咎める様な声を上げる。――以前、そういう風に問い掛ける事で心理的に
揺さ振られ、逃げ手に出し抜かれた事があったからだ。その所為で一時的にチーム内に亀裂が入った。…結局は団結を
深める事になった事件であったが、注意しておくべき事であるには変わりない。
 大丈夫よ――不敵に微笑みながら、郁未はアイ・サインを祐一に送る。…実際、今自分に問い掛けて来ている少女は、
あの時の女性より話術やシビアな心理戦に長けている様には見えなかった。
 …郁未のその認識は、確かに間違ってはいなかった。――だが、それは同時に大きな誤解でもあった事を、彼女は身を
以て知る事となる…
「………岡田、松本。…まだ走れる?」
「…キツイけど、何とか」
「逃げられるの…?」
 苦しげに顔を歪める岡田と不安げな松本に、吉井は、フ…と微笑んだ。
「吉井…?」
 その微笑に松本は何か、ゾっとする物を感じた。不気味であったからではない。――余りにも透明であったからだ。

74「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:49
「“逃がす”――わ」
 呟くなり、吉井は親友二人の腕を引っ掴み、駆け出した。
 郁未の方へと――
「へ――?」
「そんなに欲しけりゃ、くれてやるわよ!」
「「よよよ吉井ィィィーーーー〜っっ!!?」」
 軍団での“良識”担当であるはずの吉井、御乱心。彼女に腕を掴まれて走る岡田と松本が、悲鳴を上げた。だが――
「だけど…他の二人はやらせないっ!!」
「どわぁぁあっ!?」
 叫ぶなり、吉井は親友二人から手を放して郁未に突進し、組み付いて地面を転がった。
 ――余りの事に目を見開いて唖然とする、他の祐一チームの面々。
「何してんの! 早く逃げてっ!!」
 唖然としていたのは、岡田と松本も同様であった。――が、吉井に一喝されて我に帰り、一瞬苦悶するかの様に躊躇
するも、背を向けて走り出す。
「にっ…逃がしません!」
 いち早く我に帰った由依が、逃げる二人に唐辛子噴霧器の噴射口を向けた。この雨の中、どれ程効果が減衰してしまう
のか解らないが、何もしないよりはマシである。
「させるかぁっ!」
 あお妙にゴツイ代物が何を吐き出すのか、吉井は知らなかったが、“ロクでもない物”であるに違いないと断定し、素早く
靴を脱ぎ、手首のスナップを利かせて由依に投げ付けた。
 スパこぉぉぉぉんっっ!!――
「きゃんっ…!?」
 吉井の投げた靴は、見事に由依の頭に命中。堅い箇所に当たったか、悶絶して沈む。
「ぐっ…! だったら“不可視”で足元を吹き飛ばして――!」
「させないって言ってるでしょーがっ!」
「あひゃっ…!? あひゃひゃヒャヒャヒャッッ…!! やややめてぇぇ〜んっ!!」
 吉井に馬乗りになられていた郁未が不可視の力を集中させたが、放たれる寸前に吉井からくすぐり攻撃を受け、集束
させていた力を霧散――否、狙いを付けていた岡田と松本の足元の地面ではなく、あらぬ方向へ暴発させた。
 ドカッ! バキバキィッ…!! ドドぉーーーーーーんんんっ!!!――――

75「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:50
 暴発した不可視の力は、逃げてゆく二人の背後の地面や木の枝を吹き飛ばし、そして一際大きな力が、トドメとばかりに
太目の木の幹を爆発させて打ち倒してしまった。
 倒れた木によって遮られてしまった向こう側へ消えてゆく、二人の影を見送りながら、舞がやや呆然としつつ口を開く。
「……また逃げられた」
「――でも、一人ゲットしたわ」
 ちょっと疲れた様な声で答えるのは、相変わらず吉井に馬乗りにされた郁未であった。
「もうどいてくれない?」
「あ、ごめん」
 郁未と苦笑し合いながら、吉井は彼女の上から体を退かせた。そして、立ち上がろうとする郁未に手を貸してやる。
「……こんな捨て身の反撃で仲間を逃がすなんてね」
「…いいのかい? これで優勝は無くなっちゃったけど?」
 追い詰めたはずだったのに逆にしてやられた悔しさからか、少しからかう様な口振りで祐一が言った。
「捕まえようとしておいて、そんな事言うの?」
 逆に咎める様に反問され、祐一は肩を竦めて苦笑する。――それを横目に見やりつつ、吉井は投げた靴を履き直し、
痛そうに蹲っている由依の頭を撫でてやっていた。
「…私達はね、そう簡単に捕まる訳にはいかないのよ。三人が唯の一人になっても、逃げ続ける――…そう決めたの」
「……自分を、犠牲にしても?」
「そう」
 静かに訊ねて来る舞に、吉井は静謐な笑みを以て答える。
「私達はチームだもの。最後の最後で、私達の誰かが残っていれば、勝ちなのよ」
「…大したガッツだわ」
 吉井に組み付かれて地面を転がった所為で、吉井と同じく郁未もびしょ濡れ泥だらけであったが、その顔に不快の色は
無い。寧ろ、賞賛する色さえ浮かべていた。
「――ね、もし良かったら、私達と組まない?」
「…おーい、天沢さん?」
 祐一が困った風に声を掛けて来るが、黙殺。郁未は、何やら吉井の事を気に入ってしまった様である。
 …しかし、吉井はそんな郁未に、申し訳無さそうに首を振って見せた。
「………ううん、遠慮しておく。ゴメンね」
「そっか…。…じゃあ、これからどうするの?」
「そーね。あの二人を追うわ。付き合い長いから、大体の行動パターンとか行き先が解るし。――で、影からサポートする」
 ――…そう答え、吉井は襷を受け取った後、祐一チームから離れて行った。

76「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:50

「……よし、じゃあ、あの子をこっそりと追跡」
 吉井を見送った後、祐一が静かに提案したが――
「却下」
「それはちょっと…」
「ぽんぽこたぬきさん」
 一斉に拒否されてしまった。
「何でだよ…!? 巧くすれば更に2ポイント追加だぞ!?」
「あのねぇ…、あの子達を落とすのは結構ホネだって解ったでしょ? 深い事情は聞けなかったけど、さっきみたく死に物
狂いで逃げに掛かって来るし、一人は逃げに徹する必要も無くなったから、全力で邪魔しに来るわよ?
――言ってたじゃない、サポートに回るって」
「もう靴でドツかれるのはヤですよぅ…」
「…一人捕まえられただけでも、充分だと思う」
「解った解った。手強い相手だって言いたいんだろ?」
「…それに――」
「「「 それに? 」」」
 言い掛けた舞に、皆の目が集中する。
「………もう、やきそば、パサパサかも…」
「「「 あ゛ 」」」


 ――吉井は言葉通り、親友二人の追跡を開始していた。
「取り敢えずは着替えをしたいわね…。疲れてるけど、休むのは二人と合流してからでもいいか」
 二人の行く先は、何となく予測出来る。着替えを行って多少遅れても、それ程時間を要さずに追い着けるだろう。
 …鬼役となっても、逃げ手をサポートする事は出来るのだ。その事をもっと早く考え付いていれば、雅史との悲しい別れ
をせずに済んだかも知れない…
「――ま、言わぬが花ってやつかしらね」
 鬼役の雅史と行動を共にしていたら、その和やかさで自爆してしまいそうだ。特に松本辺りが。
 ――そんな事を考えてクスクスと独り笑いなどをしつつ歩いていると、木々の間に隠れる様にして、小さな小屋が
建てられてあるのを見つけた。
「………誰も…………いないわね」
 それに加え、何も無い。タオルが幾枚かと、傘が数本。そして――
「………服?」
 紙の箱に納められた、綺麗に畳まれた衣服。
「これ…………“ガ○パレ”の服?」
 思わず唖然とする吉井。衣服――と言うより、コスプレの衣装である。
 …だが、作りはしっかりしているし、使われている生地もちゃんとした物だ。――背に腹は変えられぬ。
 吉井は、小屋の周りに人影が無いのを確かめ、ちょっと顔を赤くしつつ、泥だらけの服を脱いだ。更に、雨が滲みて
びっしょりになった下着類も脱いで全裸に。タオルで体に着いた雨滴を拭き取り、ザックから真新しいブラとショーツを
取り出して身に着け、脱いだ衣服と下着類は畳んでザックにしまった。
 数分後――
 その服をしっかり着込み、髪もいつものタコさんウィンナーヘアーではなく、ポニーテイルにした吉井。
 そして、手鏡で自らの姿を確認し、表情を引き締め――
「…我らは誇り。誇りこそ我ら。…どの法を守るも我が決め、誰の許しも乞わぬ。私の主は私のみ。
 …文句があるなら、戦おう。………………………………――――ブっ!」
 照れ臭さの余り、吹き出して爆笑する、“ガ○パレ”コスプレイヤーが一人、そこにいた。

77「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:51



【クロウ・郁美ペア、及び、岡田軍団  鬼役・祐一チーム【祐一】【郁未】【舞】【由依】に捕捉される】
【クロウ・郁未ペア ウォプタルに乗って何処かへ逃走】
【祐一チーム 岡田軍団を追跡】
【岡田軍団 祐一チームに包囲されるが、吉井の犠牲的行動によって岡田、松本の二名は逃走に成功】
【吉井 鬼化】 【郁未 吉井を捕獲、ポイント+1】
【吉井 他二人をサポートする為に、追跡を開始】
【吉井 “ガ○パレ”の服を入手。着替えてこれを装着】
【吉井 傘を逃げる時のどさくさで失くすが、“ガ○パレ”の服を手に入れた小屋で新しい傘を入手】
【吉井が失くした傘は、クロウと一緒の郁美が持っている】
【祐一チーム ヤキソバはどうなった…!?】
【三日目:昼過ぎ〜昼下がり  天候:雨】

【登場逃げ手:クロウ、立川郁美、岡田メグミ、松本リカ、吉井ユカリ】
【登場鬼:相沢祐一、天沢郁未、川澄舞、名倉由依】

78マンイーターの後始末:2003/06/22(日) 22:23
「凄い寝相だな…」
七瀬彰は、雛山理緒を抱きしめたまま眠る水瀬名雪を起こそうと悪戦苦闘しながら呟いた。
澤倉美咲としんじょうさおりも頑張るが、てんで起きる気配が無い。
目覚めた時、理緒の毛布に誰も居ない事に気がついたのは美咲だった。
最初は「どこ行ったんだろうね」などと言って笑ったが、同時に名雪の毛布が異常に膨れ上がっている事に気がついて、彰が恐る恐る名雪の毛布をめくった。
そして名雪に羽交い絞めにされて、鼻水でぐしょぐしょになった理緒を発見したのである。
理緒は目がイッちゃっていたので、とにかくまず理緒を解放することから始めた。
が、引っ張ってみても理緒の身体は動く気配が無い。一体どのくらい強い力で抱きしめられているのか想像もつかないほどだった。
引き剥がそうとすると、「けろぴ〜…」と謎の寝言を呟いてぎゅっと更に強く抱き込んだりしたので、このままでは理緒の負担が大きいと判断して諦めた。
仕方が無いので、名雪を起こすほうに専念することにしたのだが、これがまた大変だった。
揺する程度では到底起きない。ぺちぺち頬を叩いても当然起きない。
彰は、こうなればびしばし叩こうとも思ったが、愛する人の美咲の前でそれは憚られた。
仕方なく頭をこつんと叩く。やっぱり起きない。
「どうしたらいいんだ…」
RRな台詞を吐いて、彰ははぁ、と溜め息を一つついた。
さおりは既に諦めて、名雪に絡め取られていたが、いつの間にか自由になっていた太助と戯れている。
美咲はそんなさおりをあやしていた。
彰はそんな二人を見て、何故太助が自由になって理緒が代わりにこんな目に遭っているのか、と思った。
「そうだ…」
そこで彰は一つ思いついた。
名雪の猫好きは病的だ。今ももう一匹の猫を抱いたまま離さない。
ならば、この猫を引き剥がせばどうなるか?
起きるかどうかは少し怪しかったが、今はどんな手段も選んでいられない状況だ(だからといって愛する美咲の前で暴力的な手段は使うわけには行かなかったが)。
試しでやってみる価値はあるはずだ。
彰はぴろの尾を引っ張ってみた。
ぴろはその衝撃で目を覚まし、うにゃあと鳴くと名雪の手をすり抜け、毛布から逃げた。
そのままぴろは何故か転がっていたバケツに身体をぶつけた。こん、と音が鳴った。
――さて、これがどう出るか。
と思った瞬間。
「うー、逃げちゃ、だめだぉ〜」
名雪がうめいたと同時に、彰の右足首をがっしりと掴んだ。
「はい?」
呟く間もなく、彰は見事にすっ転び、床に後頭部を強かに打ちつけた。名雪が足を引っ張ったのだ。

79(マンイーター水瀬名雪・リローデッド改訂版):2003/06/22(日) 22:24
「な、七瀬君?」
「お兄ちゃん?」
ごつん、という鈍い音に気がついた美咲とさおりがそちらを見る。
すると、彰が後頭部を抑えて蹲っていた。
「〜〜〜ーーーッ…!!」
痛くて声にならないらしい。
「大丈夫?」
二人が駆け寄ってそう訊ねる。
「ッ〜〜〜…ーー…だ、大丈夫だよ美咲さん…」
彰は親指をぐっと立て、起き上がる。
「それにしても…やっぱり起きない…」
後頭部をさすりながら、彰はまた一つ溜め息をついた。
その時、名雪が一つ寝返りを打ち、壁際のバケツのあたりで仰向けに転がった。
「うにゅ…」
すると名雪が何かに反応した。
ん、と美咲は目を凝らす。
よく見ると、天井から水が滴り落ちていた。雨漏りだ。雨漏りの雫が名雪の顔に落ちている。
そしてその雫が名雪の右目に落ちた。
「……冷たい…」
名雪は目をしばたたくと、むっくりと起き上がった。
これまでの苦労はなんだったんだ、と言うくらいあっさりと起き上がった。

「ごめんなさい、理緒ちゃん! 本当にごめんなさい!」
名雪は事の顛末を聞いて、理緒に素直に謝った。ぺこぺこ頭を下げて。
「い、いいって、そんなに謝らなくても…」
生来の人の良さから、理緒は軽く許す。
「七瀬さんもごめんなさい!」
「いや、いいって。このくらいなんでもないから」
まだ後頭部は痛かったが、本気ですまなさそうにしている名雪を見て、彰も笑って許すことにした。
「お詫びに御飯はわたしがつくりますから!」
台所に立とうとした美咲に変わって、名雪が包丁を握る。
その手さばきは、ねぼすけな先ほどとはうって変わって鮮やかなものだった。
そして実際出来た料理は、とても美味しかった。
さすが料理上手の主婦、水瀬秋子の娘である。
「それじゃあ朝ご飯も食べた事だし、雨漏りをどうにかしようか」
彰は濡れた天井を見上げ、立ち上がった。

80マンイーターの後始末:2003/06/22(日) 22:24
【彰 美咲 さおり 名雪 理緒 とりあえず小屋の雨漏りを直そう】
【三日目昼前】
【登場鬼:【七瀬彰】【澤倉美咲】【しんじょうさおり】【水瀬名雪】【雛山理緒】】
【登場動物:『太助』『ぴろ』】

81終焉のノクターン:2003/07/10(木) 19:58
 ――遅れて別荘の中へ踏み込んだ響子の見た物は、逃げ手の少女を庇う様にして立つ、二人の鬼役の少年と少女。
そして、自分よりも先に窓から飛び込んだ弥生に見据えられ、顔を青褪めさせている青年。それら両者の間で戸惑った
様に銃を構えたまま固まっている若い女が一人…
「…三つ巴ってやつ?」
 その呟きが聞こえたか、弥生と彼女に見据えられている青年以外の者達の視線が、響子へ集中した。――中でも、
銃を構えていた娘は、響子を見るなり鋭い眼光と共に銃口をも向けて来る。
「また新しい鬼…!?」
「ちょちょちょ…!? ちょっと! そんな物騒な物向けないでよ!」
 まさか本物ではあるまいが、碌でもない物が飛び出してくるのは間違いなさそうだ。
 ――だが、響子と銃を構えた娘…晴香のやり取りを全く意に介していないのか、弥生はそちらへ一切気を向ける事も
なく、青年…和樹の方へと、一歩近付いた。
「…以前、貴方が作ったという、『表紙フルカラー・84Pの大作・森川由綺と緒方理奈2大アイドルが監禁、陵辱で奴隷化、
しかもレズシーン有り』なる同人誌について、少々伺いたい事があります」
 静かな、感情の存在を感じさせない声音。だが、和樹は、その冷たい声の中に激しい何かがあるのを感じ取っていた。
 ――はっきりと。
「…当該の本、貴方が作ったという事で間違いありませんね?」
 その迫力に和樹は思わず一歩後退ってしまったが、んぐ…と喉を鳴らしながらも、頷いて見せた。
「…た、確かにその本は、俺が作った物ですね…」
 素直に認める和樹。他にも似た様な本を作っている、もっと酷い内容の物を描いている奴等もいる――という言い訳は
しなかった。
「う、訴え……ますか?」
「それは、私の判断する事ではありません」
 弥生が、また一歩。
「只、知りたいのです。その同人誌、『表紙フルカラー・84Pの大作・森川由綺と緒方理奈2大アイドルが監禁、陵辱で
奴隷化、しかもレズシーン有り』を制作していた時――」
「あ、あまり連呼しないで…」
 しげしげと、事の行く末を見つめている他の人々、それも、女性陣の視線が痛い。特に、この森川由綺のマネージャー
の物は…
「…『表紙フルカラー・84Pの大作・森川由綺と緒方理奈2大アイドルが監禁、陵辱で奴隷化、しかもレズシーン有り』を
制作していた時――」
 だが、弥生は、和樹の訴えを完全に無視して再度言い放つ。
「………貴方の中にあった、森川への気持ちを教えて下さい」
「は……?」
「その時、貴方の中には何がありましたか? ――情欲ですか? 邪念…或いは、悪意ですか?」
 和樹は首を傾げたが、弥生の眼差は冷たいながら、どこまでも真摯だった。
「……か、“監禁”とか“陵辱”とか“奴隷化”っていう題名だか内容自体、邪念だらけというか…」
 この場で只一人の逃げ手である少女…岡田が、ちょっぴり顔を赤らめながらポツリと呟く。
「ん〜、どっちかって言うと、悪意じゃない?」
「や、情欲だろ、寧ろ」
 続けて、岡田を他の鬼達から護る様にして立つ二人…志保と浩之がそう口にした。
「――違う!!」
 ギャラリー達の物言いに、和樹は鋭く叫び返していた。
「…確かに情欲はあった。無いと言ったら嘘になるし。それが邪念や悪意と見られる事だってあるとは覚悟していた。
――でも! …一番大きかったのは、『萌え』…なんです!」
「…“萌え”……ですか?」
「そう、『萌え』です。…情欲だけでは良い物は作れない。悪意とかは以ての外……一番大切なのは『萌え』なんです!
トップアイドルが理不尽な欲望達の前に為す術もなく穢されてゆく……綺麗な物、美しい物を汚してしまいたいという
情念――それは、『萌え』に繋がるんです!」
「…只、背徳感を煽る様な性描写を描き連ねただけなのでは?」
「うぐ…――そ、それは、結果的にそうなってしまったというか」
 …本来ならば例の本、アイドル萌え本(ちょっとお色気アリ)として完成するはずだったのだ。実際、ほぼ完成しており、
仲間内からも高い評価を得ていた。――が、「こんなのダメダメ! 売れないとダメなんだからぁ!」…と、某同人女王に
その原稿を没収されてしまったのだ。
 そして、結局ゼロからの作り直しで修羅場をも乗り切ってしまった為に、トンデモない物が出来上がってしまったという、
何とも皮肉な話…
 あの時の達成感が、こんな形で災厄として巡って来るとは。これこそ正に因果応報…或いは、人間万事塞翁が馬と
でも言うべき事なのか。
「……………何れにせよ、貴方は“ギルティ(有罪)”…。覚悟は…宜しいですか?」
「わ…!? わわっ…! ちょ、ちょっと待って…!!」
 弥生が手を伸ばし、和樹へ更に詰め寄った。
 ――その時である。

82終焉のノクターン:2003/07/10(木) 19:59
「話は終った? ――じゃあ、潰れていなさい!」
 ばむ!ばむ!――と、晴香の声と共に、トリモチ銃が爆ぜた。放たれたトリモチが凄まじい勢いで弥生に――
 命中しなかった。弥生は、咄嗟に体を床へ伏せさせ、飛来したトリモチを寸での所でかわしたのだ。
 その煽りを喰らったのが、和樹である。
「むべっ…!!?」
 トリモチは和樹の顔面に見事命中。…彼は床を転がり、壁にぶつかって伸びてしまった。
「ちっ…!」
 舌打ちする晴香。だが、間を置かずに再度弥生に銃口を向ける。彼女の中では、弥生こそが一番厄介な相手と認識
されている様であった。そこへ――
「ちぇすとぉぉぉっ!!」
「っ…!? ああっ!」
 横合いから、志保ちゃんキック炸裂(パンツ丸見え)。晴香の手からトリモチ銃が弾き飛ばされ宙を舞い、立ち竦んだ
ままの響子の足元へと落ちた。
 得物が失くなった。――好機と見たか、すかさず志保に続いて浩之が晴香に飛び付く。相手は女性で、浩之には力も
ある。取り押さえるのは割合簡単だと思ったのだろう。
 しかし、浩之の顔が、次の瞬間驚愕の色に染まった。
「なななっ…!? 何だあっ!!?」
 柔道の要領で晴香の袖と襟元を掴んだはずの浩之の体が、見えざる何者かに持ち上げられたかの如く、宙へ浮かび
上がったのだ。
「ちょ、超能力者…!? ――まぢ!?」
「こっ、琴音ちゃんが使うみたいなアレか…!?」
 愕然とする浩之と志保を見て、晴香はニヤリと笑った。
「不可視の力よ。怪我はさせないわ。――大人しくしてなさい!」
「おわぁあっ!」
 ぽーんっと見えざる力で投げ飛ばされた浩之は、ソファーに軟着陸。が、勢い余ってソファーごと転がり、壁との間に
挟まれてしまった。
「キタな! 反則よ反則! そーいうので直接攻撃したら反則よ!?」
「“攻撃”した訳じゃないわ。掴んで来たから“振り払った”だけよ」
 志保の猛抗議をさらりといなしつつ、晴香は体に掛けていた別の得物――サブマシンガンか何かに似た物の下部に
スプレー缶の様な物が付いた銃を構え、自分の顔にはガスマスクを被る。
「そんな言い訳が通る思って――」
「――“通す”わ」
 ガスマスク越しの、くぐもった声。…晴香がガスマスクを被った時点で、志保は彼女が構えた新たな得物の正体を
察するべきだった。だが、頭に血が昇っていた為に、判断が遅れた。――ぶしゅーーっ!!
「わぷっ…!? ぶしっ…!? ヒクしょんっヘクしっ!! なっ、何よコレっ……ファくしょんっ! ハクしょんっ!!」
 唐辛子噴霧器の小型ver.――胡椒噴射器である。大型で小回りの利かなそうな唐辛子噴霧器ではなく、軽さと接近
戦での扱い易さを考慮し、これを選んだのだ。
 胡椒の噴流をモロに喰らった志保は、クシャミを連発しながらのた打ち回った。
「悪いわね」
「ふむぎゅっ…!!」
 苦悶する志保を踏みつけ、その顔めがけて更に胡椒を連射。
「ひぎゃああああああ………っっ!!?」

83終焉のノクターン:2003/07/10(木) 19:59
 悶絶する志保を尻目に、晴香は弥生に向き直った。向き直った時には、胡椒噴射器を持たぬ方の手に、また新たな
得物を構えていた。――片腕でも扱えるネットランチャー。小型だが、人一人を捕獲するには充分な代物だ。
「――さ、次は貴女よ。胡椒で悶絶したくなければ、大人しくしてよね」
「………何故、こんな手荒な事を?」
「…あんたが言う、そんな事?」
 先程から床に片膝を着いてしゃがんだままの弥生を見やり、晴香は肩を竦めた。
「さっき、あの同人ジゴロをコロそうとしたじゃない」
「…そんな事はしません」
「……その気マンマンに見えたけど? ま、いいけどね。――じゃあ、潰れて貰うわよ」
「私は…足を挫いてしまいました。暫くまともに動く事は出来ません。それに、他の逃げ手に興味もありません」
「そう。でも、今はそうでも、後々気が変わるかも知れないでしょ?」
 別段、嗜虐的な感情等が沸き立つ事もなく、只淡々と、晴香はネットランチャーを動けない弥生に向けた。
 ――と、
 ばむ!ばむ!ばむっ!…――トリモチ銃が爆ぜる音。
 響子が、足元に落ちていたトリモチ銃わ拾い上げ、弥生の傍に立つ晴香に向けて撃ち放ったのだ。
 ――何故そんな事をしたのか、解らない。弥生の危機――結構じゃないか。これ以上振り回される事もなくなるだろう
し、ここで休みを摂る事だって出来るだろう。何も、無理をして彼女を救う必要など…
 だが、そう思いながらも、体は動いていた。――ここまで付き合って来た為に、ある種の情が生まれていたのかも
知れない。
 ――しかし、響子の友情は、報われなかった。
 撃ち放たれたトリモチは、晴香の体に命中する事無く、寸前で叩き落されたかの様に弾かれてしまったのだ。
「なっ……!?」
「気付いてなかったと思う?」
 響子がトリモチ銃を拾い、構える所を、晴香は視界の隅で認めていたのである。
 愕然とする響子に向け、晴香は無造作にネットランチャーを撃ち放つ。――襲い来る蜘蛛の巣の如き捕獲ネットに絡み
獲られ、響子は悲鳴を上げて倒れた。
 ネットランチャーは、便利な事に自動装填式らしい。何発入っているのかは解らないが、発射口を弥生に向け直した
時には既に、カコン…と軽い音を立てて次弾が装填されている。
「………勝ち進んでいる時が一番負け易いと言いますからね」
「そうね。油断大敵。勝って兜の緒を締めろってやつかしら?」
「――全くその通りだわね」
「――っ!?」
 背後から声――驚いた晴香が振り返った時には既に、岡田の握ったフライパンは振り下ろされていた。
 くぱああああぁぁんんっ…!
「んぐっ…!!」
 丈夫なガスマスクを被っていたお蔭で一撃での昏倒は避けられたものの、目の中に激しく星が飛び散り、衝撃が頭
の中を貫いた。
「も・いっちょおっ!!」
 くゎぱああんっ!!――今度は振り上げの一撃。晴香の顔からガスマスクが外れて吹き飛び、宙に舞う。
「こっ…このっ……!」
 フライパンアタックで脳を揺さ振られながらも、晴香は不屈の根性で崩れそうになる両脚を踏ん張り、岡田に掴み
掛かろうとした。だが、岡田はヒラリとその手をかわし――
「ちょオッッップ!」
 ごんっ…!――…垂直フライパン。その力は前のニ撃に較べればずっと弱い物ではあったが。
「……………………うぐぅ…――」
 ――そして、晴香は遂に倒れた。

84終焉のノクターン:2003/07/10(木) 20:00


「…やりますね。お蔭で助かりました」
「どーいたまして」
 片手で持ったフライパンで肩をトントンと叩きつつ、晴香の手から落ちた武器を蹴って脇へ寄せている岡田を見やり、
弥生は素直な賞賛を表した。
「鬼を前にまごついたりバタバタするだけが逃げ手じゃないってね。――藤田ぁ、長岡ぁ、生きてるー?」
「……何とかな」
 やれやれとばかりに体の上に乗ったソファーを退かし、立ち上がる浩之。その頭には、でっかいタンコブがこんもりと
出来上がっていた。
 志保はというと――
「くっくっくっく…、どーしてくれよーかしらねぇ、この女」
 胡椒攻撃による涙と鼻水の為に目と鼻を赤くさせながら、片手にトリモチ銃、もう一方には胡椒噴射器を構えつつ、
完全にノックダウンさせられている晴香を悪人顔で見下ろしていた。
「取り敢えずフン縛るか」
「超能力者なんでしょ? 縛ったってすぐに逃げ出しちゃうわよ」
「外にほっぽり出す訳にもいかねーだろが。何かロープみたいな物……そーだ、志保、お前のブラジャー貸せ」
 その要求に応えて、無言で浩之の顔面に蹴りをメリ込ませる志保。
 …まあ、晴香の事は、エスコート役(どうも今一頼りない気もするが…)の彼等に任せるとして――岡田は、二階へ
続く階段を見上げた。
 そこには、Tシャツに下着のみといったラフな姿の松本がニコニコ顔で腰を下ろしており、傍には、階段の手摺りに
もたれる様にして立つガンパレコス姿の吉井がいた。――息を潜めて事の行く末を見守っていたのだろう。
「カッコよかったよ〜、岡田ぁ♪」
「私の活躍する場も残しといて欲しかったなぁ。こんなコスプレまでしてるんだし…」
「いーじゃない、別に。あんたは前に充分活躍したでしょ。藤田に飛び蹴りまでくれてたし」
「言わないでよ、それは…」

 …ネットに捕らわれていた響子は弥生に助け起こされていた。
「大丈夫ですか?」
「はは…、どうにか」
 どこか自嘲するかの様な苦笑を浮かべながら、響子は乱れてしまった髪を手櫛で整える。
「…柄にもない事するから、酷い目に遭っちゃったわ」
「有難う御座います。助かりました」
「ちょ、ちょっと…、よして下さい。結局、私は何の役にも…」
「いえ……、助かりました。是非、礼を…――有難う」
 生真面目に礼を述べられ、響子は却って照れ臭かった。
 その照れ臭さを肩を竦めて誤魔化し、響子は視線を転じた。――壁際でトリモチを顔にへばり付かせて呻く和樹に。
「………で、彼の事、どうする気です?」
 弥生はそれに答えぬまま、軽く挫いた片足を庇いながら、和樹に近寄った。
「……無事ですか?」
「ぐはっ……な、なん…とか…」
 トリモチを弥生の手でベリベリと剥がして貰い、和樹は酸欠地獄から生還した。が、その先で待っていたのはまた
新たな地獄であったと言うべきか。
「…あう………、こ、コロさないで下さい…」
「そんな事はしません。……取引をしましょう」
「と、取引…?」
「性描写を用いない、森川を題材にした“萌える本”とやらを制作して下さい。それを、件の本よりも多く売るのです」
「お、お咎め無しの、条件ですか…?」
 弥生は、黙したまま頷く。
「で、でも……18禁本と較べたら、萌え本の売れ行きはそんなに…」
「私は、出来るか出来ないかを尋ねているのではなく、やるかやらないかを訊いているのです」
「……やります」
 …どうやら、和樹はシを免れた様であった。

85終焉のノクターン:2003/07/10(木) 20:01
「…いいんですか? 法的手段に訴えて吊るし上げる事も出来たのに」
 傍でやり取りを見ていた響子が、弥生に尋ねる。――弥生は、怒れる志保にドヤされながら晴香を介抱する和樹を見やり
つつ、静かに首を振って見せた。
「…同人誌という物の雑多性、或いは多様性は、ある程度は知っています。恐らく、森川を題材にした件の本と類似
する物は、他にも数多存在するでしょう。彼一人を叩いた所で焼け石に水……実際、本格的に対処するとなれば、
それを決定するのは私ではありません。それに――」
「それに?」
「――悪意を以て作られたのではないと確認しましたし、件の本について法的制裁を与えた場合、それが逆に森川への
マイナスイメージに大きく繋がってしまう可能性もあります。ですので、これで充分です。…今は、まだ。
 それと、相田さんには、彼と私の約束の第三者的後見人となって貰いますので」
「………なる程」
 響子、感服。キレていた様に見えて、頭の奥は冷静なままであったらしい。…いや、『至極冷静なまま、キレていた』
とでも言うべきか。この弥生という女性、敵に回すべき人物ではないと、響子は改めて思い知った。
「……所で…今日はここで休む事にしますか、相田さん?」
「え…? 本当?」
 弥生の口からその様な提案が出て来るとは。響子は思わず目を見開いてしまっていた。
「私は足を挫いてしまいましたし…、相田さんもお疲れでしょう?」
「…そう……ですね」
 弥生が休みを摂ると聞いて、緊張が解けたか、響子の体にどっと疲れが圧し掛かって来る。
 弥生は、離れた所からこちらの様子を窺っていた岡田に目をやり、その視線だけで問い掛けた。
「――いいわよ、別に。私達にタッチしてこなければね」
「そのつもりは全くありません。ご安心を」
「そ。ならいいけど。――シャワー使う? タオルとか、管理側が用意してくれた下着とかも置いてあるわよ」
 シャワールームの方を親指で指し示し、岡田は、ニッと笑って見せた。

 …こうして、戦慄の刻は静かに終焉を迎えたのである。



 後日談として…
 本来日の目を見るはずであった“アイドル萌え本”の原稿を詠美ちゃんさまから力ずくで奪回した和樹は、それを
加筆修正し、弥生との約束通りに制作完成させた。
 その本は、和樹の不安と予想に反して、件の本…『…2大アイドルが監禁、陵辱で奴隷化〜』に迫る売れ行きと好評
を博した。――その所為であるかは解らないが、森川・緒方の両アイドルの人気は更にヒートアップ。
 …加えて、そのアイドル本に加筆された『美人マネージャー』の話に食いついた人々が、熱烈な“美人マネージャー
萌え”として濃ゆく萌え上がったとか。
 それはまた、別のお話――

【【和樹】【晴香】 襲撃失敗。ミイラ取りがミイラに。岡田のフライパンアタックで晴香は気絶】
【【和樹】 同人誌について弥生と約束。取り敢えず一命を取り留める。戦意消失】
【【弥生】 同人誌について和樹と約束。取り敢えずその件については終了。軽く足を挫く】
【【響子】 ようやくちゃんとした休みが摂れるとあって、一安心】
【三日目。日没後〜夜にかけた辺り。場所は別荘】

登場逃げ手:岡田メグミ 松本リカ
登場鬼:【篠塚弥生】 【相田響子】 【巳間晴香】 【千堂和樹】
     【藤田浩之】 【長岡志保】 【吉井ユカリ】

86Howling to the Sun(ラスト):2003/10/15(水) 03:50

 小さな音が水辺に響く。

「…………………?」

 呆然としたまま、己の顔に手を当てる御堂。
 手の平にはべっとりと、水が、彼がこの世で最も忌み嫌う、その水が、こびりついている。
「……な……な……」
 あまりの出来事にカタカタと手が震え、奥歯がガチガチと鳴る。己の身に起きたことが信じられない。
 そして、絶叫。


「…………なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


【御堂 水の術法の直撃。殉職はしませんよ。ええ】
【岩切 森へ向かって一直線】
【D 岩切を追う。上半身裸】
【まいか 水の術法がクリティカル。御堂の足下】
【レミィ 御堂に投げ飛ばされる】
【エビイビ お仕事中。疲れてる?】
【登場 岩切花枝・【御堂】【ディー】【宮内レミィ】【しのまいか】『イビル』『エビル』】

87M.G.D.:2003/10/28(火) 14:31
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 御堂の断末魔をBGMに、しかし岩切とディーの刹那の決戦は続いていた。

「逃さん女! お前は私が捕まえる!」
 目の前を走る岩切に向かい、ディーが叫ぶ。
「やれるものならやってみるがいい! 私とて大人しく捕まるつもりは毛頭ない!」
 真後ろを追ってくるディーに向かい、岩切が答える。

 確かに仙命樹は日光に弱い。水戦試挑躰である岩切ならば尚更だ。
 が、それを差し引いても今回の追激戦、岩切に分があった。
 仙命樹の効果が薄れようとも、岩切は歴戦の勇士。対するディーは現在並みの人間以下。
 身体能力の差は歴然だ。その差は見る間に開いていく。

「フッ! なんやかんやと大きな口を叩いておいて、所詮この程度か!」
 後ろを振り向いて挑発をかます余裕すらある。
「おのれ……おのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 悔しそうに歯噛みするディー。
「けっぱれ! でぃー!」
 さらに背後からまいかの声。
「言われなくとも!」
 元気付けられ、さらに膝に力を込める。だが悲しいかな、決定的な彼我戦力差は埋まらない。無情にも彼の目の前で、岩切は森の入り口に佇む大きな木の枝に足をかけた。
「作戦やタイミングは悪くなかった……だが肝心の実力が伴わなければ獲物を捕らえることはできないな。では、さらば……」
 そして茂みの間に消えようとする。

 ……だがしかし。

「Don't miss it!」

「なッ!?」
 空間にレミィの甲高い声が響き渡った。同時に岩切の体が何かに引っ張られたかのように木の上から転げ落ちる。
「こ……これは! しまった!」
 引っ張られる水着の襟を必死に押さえる岩切。そう、まだ彼女の首には針が引っかかったままだった。
 遥か後ろの水辺では竿を拾い上げたレミィが全力でリールを巻いている。
「D! 今だヨ! 捕まえて!」
「よくやった! レミィ!」
 見えた勝機。疲れた体に鞭打ち、ラストスパートをかけるディー。
「……おのれェ!!!」
 だが岩切も大人しく捕まる性格ではない。すぐさま起き上がると、森の奥へと向かい、再度駆け出す。
 一対一で岩切の力にかなうはずもなく、再度引き戻されていくリール。レミィがいくら力を込めようとも、それはあがないきれるものではなかった。
 しかし……
「速度は確実に落ちている! 女! その首もらった!」
 彼我の戦力差は逆転した。どんどん二人の間の距離は縮まっていく。

「……フッ」
 そんな最中、ふと岩切が唇を綻ばせた。
「……何がおかしい」
「正直驚いた。御堂がいたとはいえ……ここまで私が一般人に追い詰められるとは……はっきり言おう。私に残された手はあと一つ、それが正真正銘の切り札だ。……お前はどうだ?」
 ギリギリの戦いに似合わぬほど、落ち着き払った岩切の言葉。それにつられたのか、ディーも素直に答える。
「切り札も何も。私は常に全力だ。一つ一つに全てを賭している。言わば、我が挙動全てが奥の手よ!」
「フフフ……常に全力、全てが奥の手か……愚かだな。そんな素直な奴は……戦場では真っ先に死ぬ」
 首を後ろに曲げ、ディーと目線を合わせる。
「だが、嫌いではない。……お前、名前は?」
「……Dだ。それが今の我が名だ」
「……Dか。私は岩切花枝。では……いくぞ! 最後に勝つのは……私だ! ハァァァァァァァァッ!!!!」

 一際高い鬨の声。気合一閃、岩切は腰の短刀を抜き放つ。

「なに!?」
「私は水戦試挑躰岩切花枝! 勝利のためなら……この程度!」

88M.G.D.:2003/10/28(火) 14:33
 シュラッ……!

 切っ先の煌めきが糸状に走り、次の瞬間、

 パッ!

 ……岩切の上半身を覆っていた水着が宙に舞った。
「きゃうっ!」
 突然手ごたえを無くしたレミィが尻餅をつく。が、ディーにしてみりゃそれどころではない。

「お、お、お、お、お……お前……」
「うるさい! ジロジロ見るな!」
 二つのたわわなメロンを腕で抱えつつ、必死で逃げる岩切さん。

 首に引っかかっていた針ごと、自らの水着を切り裂いたのだ。

「お前……正気か!? そこまでして勝ちたいか!?」
「う、うるさい! 何か文句があんのかコラ!? お前だって上半身裸だろう! お前と同じ格好になっただけだろうが!」
「た、確かに……それはそうだが。……いや、だがそれにしても……男と女で同じに考えるわけにもいかんだろう!」
「うるさい! 戦場において男とか女とか関係あるかっ! 私が恥をしのんでここまでやってるんだ! お前も真面目に追いかけないか!」
「異議あり! 岩切花枝、今のお前の発言は矛盾している! 本当にお前が男も女も関係ないと思っているのなら、胸を覆い隠す必要はないはずだ!
 その腕を開け! 二本の腕を振り、一目散に走って逃げてみろ! そんな体勢では走りにくかろう!」
「そ、そんなことは私の勝手だろう! 私の走り方に文句をつける権利がお前にあるのか!? あぁん!? 大体今重要なのは私とお前の戦いだろう! 話をそらすな!」
「異議あり! お前の今の発言は詭弁だ! 詭弁のガイドライン第十八条、『自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する』に該当する! お前の発言は認められない!」
「黙れぃこのムッツリスケベが! ンなこた今どうでもいいことだろーーーーーがぁっ!!!!」
「むっつ……!?」

 ぐさっ。

 突き刺さった。
 抉り取った。
 岩切の発言が、ディーの心の中の、一番ピュアな部分にクリティカルした。

 誰もが思いつつしかし言わなかったその台詞を、無遠慮な強化兵は微塵もオブラードに包まず、叩きつけてしまったのだ。

「だ……だぁれがムッツリスケベだこの淫乱めが! 上半身裸で密林を駆けずり回る女に言われたくはない!」
「その淫乱をジロジロとスケベな目で舐め回すように見ているのはどこのどいつだ!? あぁ!? 私だって裸で女を追い回す鶏ガラチックな男にそんな台詞を言われたくはないな!」
「ああもうああもう! なぜこんな事態になってしまったのだ! つい先ほどまでは近年稀に見るほどにシリアスチックでロマンチックでアクロバチックでヴァイオレンスチックな戦いが繰り広げられていたというのに!
 超久々に私のまともな見せ場が来たと思っていたのに! 敵と熱い刹那の会話なんかしちゃったりしたのに! なんなんだこの空気は! 返せ! 返せ岩切! 先ほどまでの緊張感あふれる張り詰めた空気を返せ! 責任はお前にある!」
「逆ギレとは見苦しいぞD!」
「知った……ことかァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 お互いをひたすら罵ることにのみ集中していた二人は気づかなかった。いや、気づけなかった。

「でぃー! でぃー!」
「それとそっちのお姉サーーーン!!」
 後ろから聞こえてくる二人の警告の声に。
「あぶないあぶない! あーーーぶーーーなーーーいーーー!」
「その先は……その先は……!」

「なんだ!? よく聞こえんぞ!」


「……崖だよーーーーーー!!!!」


「……あ?」
「ん?」

 岩切とディー、二人は同時に気づく。
 不意に、足元の地面が消えうせたことに。


 森の中、藪を一枚抜けた先に広がるは果てしなき急勾配。下へ下へとまっ逆さま。


「おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!? ああああ!!」
「なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 レミィとまいかが最後に見たのは二人の後姿が崖下に消え行く光景。
 まぁ崖と言っても多少の斜面はある。上手い具合に転がっていってくれれば、下に岩場でもない限り……

「……ダイジョーブ……だよね?」
「たぶんね。でぃーだし」
「ウン。Dだし」

 確かに。ディーだし。

89M.G.D.:2003/10/28(火) 14:34
 シュラッ……!

 切っ先の煌めきが糸状に走り、次の瞬間、

 パッ!

 ……岩切の上半身を覆っていた水着が宙に舞った。
「きゃうっ!」
 突然手ごたえを無くしたレミィが尻餅をつく。が、ディーにしてみりゃそれどころではない。

「お、お、お、お、お……お前……」
「うるさい! ジロジロ見るな!」
 二つのたわわなメロンを腕で抱えつつ、必死で逃げる岩切さん。

 首に引っかかっていた針ごと、自らの水着を切り裂いたのだ。

「お前……正気か!? そこまでして勝ちたいか!?」
「う、うるさい! 何か文句があんのかコラ!? お前だって上半身裸だろう! お前と同じ格好になっただけだろうが!」
「た、確かに……それはそうだが。……いや、だがそれにしても……男と女で同じに考えるわけにもいかんだろう!」
「うるさい! 戦場において男とか女とか関係あるかっ! 私が恥をしのんでここまでやってるんだ! お前も真面目に追いかけないか!」
「異議あり! 岩切花枝、今のお前の発言は矛盾している! 本当にお前が男も女も関係ないと思っているのなら、胸を覆い隠す必要はないはずだ!
 その腕を開け! 二本の腕を振り、一目散に走って逃げてみろ! そんな体勢では走りにくかろう!」
「そ、そんなことは私の勝手だろう! 私の走り方に文句をつける権利がお前にあるのか!? あぁん!? 大体今重要なのは私とお前の戦いだろう! 話をそらすな!」
「異議あり! お前の今の発言は詭弁だ! 詭弁のガイドライン第十八条、『自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する』に該当する! お前の発言は認められない!」
「黙れぃこのムッツリスケベが! ンなこた今どうでもいいことだろーーーーーがぁっ!!!!」
「むっつ……!?」

 ぐさっ。

 突き刺さった。
 抉り取った。
 岩切の発言が、ディーの心の中の、一番ピュアな部分にクリティカルした。

 誰もが思いつつしかし言わなかったその台詞を、無遠慮な強化兵は微塵もオブラードに包まず、叩きつけてしまったのだ。

「だ……だぁれがムッツリスケベだこの淫乱めが! 上半身裸で密林を駆けずり回る女に言われたくはない!」
「その淫乱をジロジロとスケベな目で舐め回すように見ているのはどこのどいつだ!? あぁ!? 私だって裸で女を追い回す鶏ガラチックな男にそんな台詞を言われたくはないな!」
「ああもうああもう! なぜこんな事態になってしまったのだ! つい先ほどまでは近年稀に見るほどにシリアスチックでロマンチックでアクロバチックでヴァイオレンスチックな戦いが繰り広げられていたというのに!
 超久々に私のまともな見せ場が来たと思っていたのに! 敵と熱い刹那の会話なんかしちゃったりしたのに! なんなんだこの空気は! 返せ! 返せ岩切! 先ほどまでの緊張感あふれる張り詰めた空気を返せ! 責任はお前にある!」
「逆ギレとは見苦しいぞD!」
「知った……ことかァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 お互いをひたすら罵ることにのみ集中していた二人は気づかなかった。いや、気づけなかった。

「でぃー! でぃー!」
「それとそっちのお姉サーーーン!!」
 後ろから聞こえてくる二人の警告の声に。
「あぶないあぶない! あーーーぶーーーなーーーいーーー!」
「その先は……その先は……!」

「なんだ!? よく聞こえんぞ!」


「……崖だよーーーーーー!!!!」


「……あ?」
「ん?」

 岩切とディー、二人は同時に気づく。
 不意に、足元の地面が消えうせたことに。


 森の中、藪を一枚抜けた先に広がるは果てしなき急勾配。下へ下へとまっ逆さま。


「おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!? ああああ!!」
「なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 レミィとまいかが最後に見たのは二人の後姿が崖下に消え行く光景。
 まぁ崖と言っても多少の斜面はある。上手い具合に転がっていってくれれば、下に岩場でもない限り……

「……ダイジョーブ……だよね?」
「たぶんね。でぃーだし」
「ウン。Dだし」

 確かに。ディーだし。

90M.G.D.:2003/10/28(火) 14:35
 シュラッ……!

 切っ先の煌めきが糸状に走り、次の瞬間、

 パッ!

 ……岩切の上半身を覆っていた水着が宙に舞った。
「きゃうっ!」
 突然手ごたえを無くしたレミィが尻餅をつく。が、ディーにしてみりゃそれどころではない。

「お、お、お、お、お……お前……」
「うるさい! ジロジロ見るな!」
 二つのたわわなメロンを腕で抱えつつ、必死で逃げる岩切さん。

 首に引っかかっていた針ごと、自らの水着を切り裂いたのだ。

「お前……正気か!? そこまでして勝ちたいか!?」
「う、うるさい! 何か文句があんのかコラ!? お前だって上半身裸だろう! お前と同じ格好になっただけだろうが!」
「た、確かに……それはそうだが。……いや、だがそれにしても……男と女で同じに考えるわけにもいかんだろう!」
「うるさい! 戦場において男とか女とか関係あるかっ! 私が恥をしのんでここまでやってるんだ! お前も真面目に追いかけないか!」
「異議あり! 岩切花枝、今のお前の発言は矛盾している! 本当にお前が男も女も関係ないと思っているのなら、胸を覆い隠す必要はないはずだ!
 その腕を開け! 二本の腕を振り、一目散に走って逃げてみろ! そんな体勢では走りにくかろう!」
「そ、そんなことは私の勝手だろう! 私の走り方に文句をつける権利がお前にあるのか!? あぁん!? 大体今重要なのは私とお前の戦いだろう! 話をそらすな!」
「異議あり! お前の今の発言は詭弁だ! 詭弁のガイドライン第十八条、『自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する』に該当する! お前の発言は認められない!」
「黙れぃこのムッツリスケベが! ンなこた今どうでもいいことだろーーーーーがぁっ!!!!」
「むっつ……!?」

 ぐさっ。

 突き刺さった。
 抉り取った。
 岩切の発言が、ディーの心の中の、一番ピュアな部分にクリティカルした。

 誰もが思いつつしかし言わなかったその台詞を、無遠慮な強化兵は微塵もオブラードに包まず、叩きつけてしまったのだ。

「だ……だぁれがムッツリスケベだこの淫乱めが! 上半身裸で密林を駆けずり回る女に言われたくはない!」
「その淫乱をジロジロとスケベな目で舐め回すように見ているのはどこのどいつだ!? あぁ!? 私だって裸で女を追い回す鶏ガラチックな男にそんな台詞を言われたくはないな!」
「ああもうああもう! なぜこんな事態になってしまったのだ! つい先ほどまでは近年稀に見るほどにシリアスチックでロマンチックでアクロバチックでヴァイオレンスチックな戦いが繰り広げられていたというのに!
 超久々に私のまともな見せ場が来たと思っていたのに! 敵と熱い刹那の会話なんかしちゃったりしたのに! なんなんだこの空気は! 返せ! 返せ岩切! 先ほどまでの緊張感あふれる張り詰めた空気を返せ! 責任はお前にある!」
「逆ギレとは見苦しいぞD!」
「知った……ことかァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 お互いをひたすら罵ることにのみ集中していた二人は気づかなかった。いや、気づけなかった。

「でぃー! でぃー!」
「それとそっちのお姉サーーーン!!」
 後ろから聞こえてくる二人の警告の声に。
「あぶないあぶない! あーーーぶーーーなーーーいーーー!」
「その先は……その先は……!」

「なんだ!? よく聞こえんぞ!」


「……崖だよーーーーーー!!!!」


「……あ?」
「ん?」

 岩切とディー、二人は同時に気づく。
 不意に、足元の地面が消えうせたことに。


 森の中、藪を一枚抜けた先に広がるは果てしなき急勾配。下へ下へとまっ逆さま。


「おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!? ああああ!!」
「なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 レミィとまいかが最後に見たのは二人の後姿が崖下に消え行く光景。
 まぁ崖と言っても多少の斜面はある。上手い具合に転がっていってくれれば、下に岩場でもない限り……

「……ダイジョーブ……だよね?」
「たぶんね。でぃーだし」
「ウン。Dだし」

 確かに。ディーだし。

91M.G.D.:2003/10/28(火) 14:37
「あ〜……ヒマだな〜……」
「うむ……暇だな……」

 場面は変わってイビル・エビルの弐号屋台。
 ディーと別れた後、彼女らは山腹をぐるりと一回り。お客を探して練り歩いていたのだが、人っ子一人発見するに至らなかった。

「ホントにこの島……150人以上がウロウロしてんのかぁ? あたいたちが今まで会った人数……から考えるととてもそんな頭数いるとは思えないぜぇ?」
「まぁ……全員が全員山や森にいるとも限らんからな。ましてやこのあたりは見通しも悪い。相当近づかねばお互い発見するのは困難だ」
「やっぱアレじゃねぇか? 住宅街とかホテルの方。あっちうろついてた方がもっと人間いたんじゃねぇのか?」
「しかしあまり一所に留まりすぎても本来の私たちの目的である参加者への食糧配給が困難になってしまう。たまにはこういうところにも回る必要があるだろう。
 実際、ディーたちは見つかったわけだしな」
「つってもなー。家族連れが一組じゃ……たいした儲けには……」

 ……などとダレきっているところに。

「ああああああああああああああああああ!? やっぱり私はこういう目に遭う運命なのか!? Oh神よ! 嗚呼神よ! つか神は私か!」
「うるさい黙れ! しがみつくな! どこを触っている! あ……っ……。ッ! 違う! 受身が取れないだろう!
 というかその翼は何だ!? 伊達か!? 羽生やしてるのなら空の一つや二つ、飛んでみせろ!」
「そのことは言うな! 飛べるのなら最初から飛んでるわ!」
「やる前からあきらめるのか!!」
「やってからあきらめたのだ!!」
「うるさい! この根性なしめが!」
「何か言ったか! この半魚人めが!」
「っ……! 地面が!」
「なんだと!?」
「仕方ないD! お前、クッションになれ! そぉらぁっ!」
「あっ!? えっ!? ちょっ……待っ……!」


 どっごーーーーーーーーーんっ!


「…………」
「…………」

 凄まじき轟音と土ぼこり、ついでに驚いて飛び立つ小鳥を伴い、道路脇の藪の中にうるさい塊が落っこちた。

「……おいイビル。今のは……」
「……放っておく訳にもいかんだろうな」

「イツツツツ……」
 もうもうと立ち込める土ぼこりの中、岩切はゆっくりと顔を上げる。
 とりあえず確認するのは自分の体の状態だ。手足の腱、骨、五感、順々に一つづつ確認していく。
(目よし、耳よし、指よし、手よし、足よし、腱もよし、骨にも異常なし……よし、大丈夫そうだな)
 所々、枝や葉で切ったのか、体に浅い切り傷ができているが岩切にしてみれば無傷に等しい。程なく血も止まり、仙命樹が傷をふさぐだろう。
「……ディーは?」
 自分の確認が終わったところでディーを探す。一応、目の前で死なれては寝覚めが悪い。

「う……うう……」

 と、体の下から苦しげなうめき声が聞こえてきた。

「おお、生きていたか。思ったよりも丈夫だな……って……」

 そこで気づく。自分の下から、すなわちディーの体から、二本の腕が伸びていることに。
 それ自身は問題ない。問題なのは……

 むにぃ。

 ……ディーの手が、わっしと岩切の双乳を握り締めていることだ。
 意識は朦朧としているにも関わらず、その手だけは、力強い。

「うう……大きさは中の上だが……形がよい……張りも上々……」

「……………」

「ななじゅう……ご……てん……。ごうかく……だ……」

「……ひゃっぺん死んで地獄を巡れ!!!!!」


「珍しい光景だな」
「ああ」
 そんな二人を藪の隙間から見守る二人。
「血まみれの女が男を騎乗位で逆レイプ。しかもマウントポジションで左右に激しく殴打。筋金入りのサディスト」
「男の方もボコボコにされながら手だけは胸から離さねぇ。ある意味賞賛に値するほどだな……」

「死ね! 死ね死ね! 死ね死ね死ねェェェェェェェェ!!!!!!」

「……そろそろヤベェんじゃねぇか?」
「……そうだな。さすがに助けるか」


【岩切 鬼に】
【ディー +1】
【岩切・ディー・イビル・エビル 崖下】
【レミィ・まいか・御堂 崖上、湖畔】

92M.G.D.:2003/10/28(火) 14:37
「あ〜……ヒマだな〜……」
「うむ……暇だな……」

 場面は変わってイビル・エビルの弐号屋台。
 ディーと別れた後、彼女らは山腹をぐるりと一回り。お客を探して練り歩いていたのだが、人っ子一人発見するに至らなかった。

「ホントにこの島……150人以上がウロウロしてんのかぁ? あたいたちが今まで会った人数……から考えるととてもそんな頭数いるとは思えないぜぇ?」
「まぁ……全員が全員山や森にいるとも限らんからな。ましてやこのあたりは見通しも悪い。相当近づかねばお互い発見するのは困難だ」
「やっぱアレじゃねぇか? 住宅街とかホテルの方。あっちうろついてた方がもっと人間いたんじゃねぇのか?」
「しかしあまり一所に留まりすぎても本来の私たちの目的である参加者への食糧配給が困難になってしまう。たまにはこういうところにも回る必要があるだろう。
 実際、ディーたちは見つかったわけだしな」
「つってもなー。家族連れが一組じゃ……たいした儲けには……」

 ……などとダレきっているところに。

「ああああああああああああああああああ!? やっぱり私はこういう目に遭う運命なのか!? Oh神よ! 嗚呼神よ! つか神は私か!」
「うるさい黙れ! しがみつくな! どこを触っている! あ……っ……。ッ! 違う! 受身が取れないだろう!
 というかその翼は何だ!? 伊達か!? 羽生やしてるのなら空の一つや二つ、飛んでみせろ!」
「そのことは言うな! 飛べるのなら最初から飛んでるわ!」
「やる前からあきらめるのか!!」
「やってからあきらめたのだ!!」
「うるさい! この根性なしめが!」
「何か言ったか! この半魚人めが!」
「っ……! 地面が!」
「なんだと!?」
「仕方ないD! お前、クッションになれ! そぉらぁっ!」
「あっ!? えっ!? ちょっ……待っ……!」


 どっごーーーーーーーーーんっ!


「…………」
「…………」

 凄まじき轟音と土ぼこり、ついでに驚いて飛び立つ小鳥を伴い、道路脇の藪の中にうるさい塊が落っこちた。

「……おいイビル。今のは……」
「……放っておく訳にもいかんだろうな」

「イツツツツ……」
 もうもうと立ち込める土ぼこりの中、岩切はゆっくりと顔を上げる。
 とりあえず確認するのは自分の体の状態だ。手足の腱、骨、五感、順々に一つづつ確認していく。
(目よし、耳よし、指よし、手よし、足よし、腱もよし、骨にも異常なし……よし、大丈夫そうだな)
 所々、枝や葉で切ったのか、体に浅い切り傷ができているが岩切にしてみれば無傷に等しい。程なく血も止まり、仙命樹が傷をふさぐだろう。
「……ディーは?」
 自分の確認が終わったところでディーを探す。一応、目の前で死なれては寝覚めが悪い。

「う……うう……」

 と、体の下から苦しげなうめき声が聞こえてきた。

「おお、生きていたか。思ったよりも丈夫だな……って……」

 そこで気づく。自分の下から、すなわちディーの体から、二本の腕が伸びていることに。
 それ自身は問題ない。問題なのは……

 むにぃ。

 ……ディーの手が、わっしと岩切の双乳を握り締めていることだ。
 意識は朦朧としているにも関わらず、その手だけは、力強い。

「うう……大きさは中の上だが……形がよい……張りも上々……」

「……………」

「ななじゅう……ご……てん……。ごうかく……だ……」

「……ひゃっぺん死んで地獄を巡れ!!!!!」


「珍しい光景だな」
「ああ」
 そんな二人を藪の隙間から見守る二人。
「血まみれの女が男を騎乗位で逆レイプ。しかもマウントポジションで左右に激しく殴打。筋金入りのサディスト」
「男の方もボコボコにされながら手だけは胸から離さねぇ。ある意味賞賛に値するほどだな……」

「死ね! 死ね死ね! 死ね死ね死ねェェェェェェェェ!!!!!!」

「……そろそろヤベェんじゃねぇか?」
「……そうだな。さすがに助けるか」


【岩切 鬼に】
【ディー +1】
【岩切・ディー・イビル・エビル 崖下】
【レミィ・まいか・御堂 崖上、湖畔】

93シオリンサーガ:2003/10/30(木) 19:12
「見ろよマイブラザー」
 岸壁の高台に立った住井が、自分の隣に佇む北川に囁く。
「素晴らC眺めじゃないか」
 指をさすのは青々と広がる大海原。
「ああ。だがな、こっちも見ろよマイブラザー」
 さらに北川はどこまでも広がる空を仰ぐ。
「抜けるような青空じゃないか」
「おいおいマイブラザー、可憐な少女の前で18禁なセリフを言うモンじゃないぜ」
「ん?」
 突然の場違いな単語に北川は目を丸くする。

「『ヌケる』ような青空だなんて、『北川さんのエッチ!』とか言われちまうぜ?」
「おおっと、こりゃすまない」
 などとくだらない小噺を繰り広げている地雷原ズ。

 ……んで、当の可憐な少女と言うと……

「Fuck it aaaaaaaaaaaall!!! Fuck this wooooooooooooooorld!!!!!!!」

 動詞! be動詞! 進行形!

「Fuck everything that you stand foooooooooooooooooor!!!!!!」

 比較! 現在! 過去完了!

「Don't beloooooooooooooooong!!!! Don't exist!!!!!」

 不定! 間接! 動名詞!

「Don't give a shit! Don't ever judge meeeeeeeeee!!!!!!!!!!!!」

 英単語の集団兵を前に、18禁じゃ済まない単語を吐きまくっていた。

94シオリンサーガ(2):2003/10/30(木) 19:13
「日本の教育は間違っています!」

 森の入り口で朝日を浴びつつ、国政について苦言を呈す。

「生きた英語をちっとも教えていません! 受験対策だけ! どこが英語は地球語ですか!?」

 常人なら近寄れる状況ではない。

「だいたい英語英語ってったって! 中国語なら十二億人と仲良くできるんですよ!」

 だんだんヤバイ方向に向かっていく。

「でもやっぱシナはダメですね! 毛沢東(けさわ・ひがし)の食い散らかした砂上の楼閣になんて興味ナッシング!」

 毛沢東(けさわ・ひがし)さん。ただの日本人ですよ。大丈夫。ダイジョーブ。

「そうだそうです! 今からでも遅くありません! 帰ったら英会話教室に行きます! 通っててよかった駅前留学! 英語を話してブッシュと仲良くなって、残りの国と喧嘩しよう!」

「…………」
 ちょっとだけ静寂。

「遅いわバッキャローー!!!!」

 突然ブチ切れたように近くの石を蹴り飛ばす。

「今! 私に必要なのはNowなんです! そりゃ帰ってからならいくらでもEnglishのStudyできますよ! ええ! 私の才覚を持ってすれば半年もありゃMITにだって行けますよ!
 But, However, だがしかし! 今この説明書! おそらく私へのStairway to HeavenになるであろうこのUltimate WeaponのRead me! 今翻訳できなきゃ仕方がないんですよぅぅぅ………」

 そしてヘナヘナと座り込んでしまった。昨晩からの英単語との格闘のせいか、ところどころ英語が混じるようになってしまったのはご愛嬌というものだろう

95シオリンサーガ(3):2003/10/30(木) 19:13
「栞ちゃん、そろそろ終わったかい?」
「そろそろ腹が減ったかもな」
 そんなヤバ気な栞に二人は平然と声をかける。
 ひとえにこんな躁鬱病寸前の少女に二人がついていけてるのも、要は似た者同士である地雷原ズならではという部分が大きいのだろう。
「終わってりゃとっくの昔にこのWeaponを駆って数多の逃げ手どもを駆逐してますって! 役に立たないならせめて邪魔しないでくださいブツブツブツブツ……」
 などとまくし立て、再度自分の中に入り込んでしまう。
 それを見た北川と住井は
(ダメだこりゃ)
 とお互い肩をすくめた。

 お前たちに言われちゃお終いだ。

 …………ポク、ポク、ポク………

「……ん?」

 その時だ。どこからともなく、木魚のような音が聞こえてきた。
「何か言ったかマイブラザー」
「いいや、俺は何もしてないが……」

 ポク、ポク、ポク……

「それじゃあこれは……」
「いったい……?」

 訝しげに顔を向け合う二人。まぁ、彼らの世代では知らないのも無理からぬことであろう。早朝の再放送を見ていれば話は別だが。

 チーン!

 最後の音はいきなり甲高い鐘の音になり、栞の頭から聞こえてきた。

96シオリンサーガ(4):2003/10/30(木) 19:13
「閃きました!」
「のわっ!?」
 栞、今度は満面の笑みで突然起き上がる。

「そもそも私が自分で解こうと思ってたのが間違いだったんですよ! 私は大器晩成型。まだ花も開かぬ蕾の私ではこんな難解なロジックなんて解きようがなかったんです!」
 中学生レベルなのだが……
「そ……それじゃ誰か英語できる人でも探すのかい?」
「NON! NON!! NON,NON,NON!!! 人間なんて信じられるモンじゃないですよ。迂闊な人に訊いたら適当なこと吹き込まれて下手すりゃ奪われることにもなりかねません!
 てか、もし私が逆の立場だったら絶対そうしますから!」
 自慢にならん。
「私では不可能! 住井さんや北川さんは役立たず! 他の人に訊くのもデンジャラス! なら、どうするか……?」
「どうするか……?」
 と、不意に栞は北川と住井に流し目を向けると、囁いた。
「確か……お二人は、ホテルから来たと仰ってましたよね……?」
「ああ。その通りさ」
「栞ちゃんと会う直前、ホテル全土に罠を仕掛けてきたんだよ。おそらく今頃は無数の子羊たちが俺たちの芸術作品の最中で苦しんでいることだろうさ」
「設備は……どうでした? 営業体制には入ってましたか?」
「ん〜……どうだったかマイブラザー?」
「冷蔵庫に酒や食い物が入ってたくらいだからな。もう準備はあらかた終わってるんじゃないか?」
「YEAH.......YEAH! YEAH!! YEAH,YEAH,YEAH!!! 急ぎますよ! 希望の芽が出てきました!」
 などと叫ぶやいなや、突然駆け出す。
「な、なんだ!?」
「ちょ、栞ちゃん!?」
「案内してください! ホテルに向かいます! そこに……私の予想が正しければ!」

 その瞳は、爛々と輝いていた。

 栞の野望は終わらない。

97シオリンサーガ(5):2003/10/30(木) 19:14
【栞、北川、住井 ホテルへ】
【栞 イイ感じ】
【美坂栞、北川潤、住井護】
【四日目朝、岸壁、晴れ】

98:2003/11/04(火) 13:50
「わひゃぁぁぁっ!? わぁぁぁぁっ!!?」
「うーん、さっすが空を飛べるってのは大きいなぁ。ちょっと手間取りそうだ」
「勝てそうですか?」
「もちのロン。最後に勝つのは俺さ」
 三者三様の、カミュと、耕一と、瑞穂の追撃戦。
 通常ならばFlying可能で地上クリーチャーをすり抜けることができるオンカミヤムカイの小娘、カミュが有利なところである。
 ところがどっこい相手は自称地上最強の生物柏木耕一。レベルを上げれば異次元の怪物ガディムもを単体で狩ることができるその戦闘能力に加え、
 尋常ならざる跳躍能力、疾走能力、いかなカミュが翼を有するオンカミヤリューの末裔であろうとも、そうそう高い場所を飛行できるわけではないのでこの勝負、徐々にカミュの側が押されつつあった。
 しかもその上……

「射れ射れィ! 矢の雨を降らせろ!」
 地上。黒きよみが手近な枝を鞭のごとく振りかざし、従者のドリグラに命を下す。
「き、きよみさん……」
「なんか、キャラ違ってきてますよ……」
「いいじゃない。一回言ってみたかったのよ、この台詞。それより二人とも、急がないとマヂで逃げられちゃうわよ」
「あ、そ、そうでした!」
「カミュ様ごめんなさい! てぇぇぇーーーーーっ!!!!」

「わ! ちゃ! ええっ!? ど、ドリ君グラ君手加減してよぉ〜……」
 上空から弓なり軌道を描いて飛来する矢の雨が遅い来る。確かに鏃がペタンコに付け替えられているため殺傷能力自体はないが、
 すでにカミュの体に張り付いたいくつかは彼女の飛行能力に少なからず影響を与えており、ただでさえとり難い高度をさらに阻害する結果になっていた。
 かと言って、ちょっとでも高度を下げると……

「そぉぉ……りゃあっ!」
「わきゃっ!?」
「チッ、惜しい! あと10cm!」
 ……自称最強の生物の一撃が待ち構えている。

99:2003/11/04(火) 13:51
「ああ〜ん、キッツイよぉ。ハードモードだよ!」
 上と下からの波状攻撃。右へ左へフラフラ飛行。かわすのが精一杯。
 ……気をとられ、カミュは気づいていなかった。
「……フフフ、いい感じね。作戦通りだわ」
 黒きよが含み笑いを漏らす。もとより、飛行生物を弓矢のみで仕留められるとは思っていない。
 仮に打ち落とせたとしても、相手はただの鳥ではない。二本の脚とついでに大きな胸を持っている。
 下手をして森の中に降りられたりしては、見失いかねない。
「なら……逃げ場のないところに追い込めばいいのよね」
 目の前にそびえるV字谷と流れ出す川を見据えると、黒きよはおもむろにスカートの裾をめくり上げた。

「しまったぁ!!」
 前方にV字に切り立った狭い崖が現れたところで、ようやくカミュも事態に気づいた。
 己が追い詰められてしまったことに。いいように誘導されてしまったことに。
「むむむ……ドリ君グラ君やるなぁ……ってきゃあっ!!?」
 第六感が警告を叫ぶ。反射的に空中で身を翻した刹那、自分の羽のすぐ裏側を巨大な塊が通り過ぎていった。
「また外したか! やったら勘の強い子だな!」
「しっかりしてください耕一さん!」
「だが……ここなら、俺の方が有利だ!」
 叫ぶと同時に崖の斜面を蹴る。
 反動を得た耕一の体は狭い渓谷の斜面間で反対側の崖へ接地、さらに同じことを繰り返し、まるで踊るパチンコ玉かスーパーボールのような動きと勢いでカミュへと迫っていった。
「HAHAHA! どうだい瑞穂ちゃん! 俺にかかればこんなモンさぁ!」
「ちょっと……気持ち悪いです……」

「ああーーーん! かんべそプリーズぅ!!」
 だがカミュにしてみれば堪ったものではない。ただでさえ押され気味だったものが、さらに相手に有利な、そして自分に不利なフィールドになってしまったのだ。
 慌てて翼を羽ばたかせ、渓谷の上に出ようとするがするとすかさず川の浅瀬中をひた走ってくる黒きよ&ドリグラ部隊の狙撃を受けることになる。
 それ以前に、カミュの体に張り付いた矢もだいぶ数を増してきた。
 このままでは……そう遠くないうちに飛ぶこと自体ができなくなる事態もありうるかもしれない。
(なら……どうすればいいの!?)
 
 ぺたんっ!

100睦(3):2003/11/04(火) 13:51
「あちゃっ!?」
 自分に呟いたその時、カミュの後頭部を鈍い衝撃が襲った。
 そのまま前方につんのめってバランスを崩し、川の中へ頭から突っ込む破目になる。
「あう〜〜〜……ドリ君ひどいよぉ……」
 ざばぁ、と顔中の穴から水を垂れ流して起き上がるカミュ。
 頭の後ろに手を回し、見事ド真ん中を直撃した矢の吸盤部分をペリッと剥がす。
 いくら鏃自体は玩具といえ、実戦で鍛えられたドリグラの矢は『重い』

「もらった!」
 この機を逃す耕一ではない。二、三度崖を蹴り飛ばして方向修正。
 さらに最後の一撃で一際強く斜面を蹴り飛ばし、一直線にカミュへと迫る。

「なんの! 目の前で獲物を奪われてなるものですか! ドリィ! グラァ! 討ち落としなさい!!!!」
「サー・イエッサー!」
 ビシッ! と黒きよが耕一を指差し、ドリグラが連弩の雨を耕一に浴びせかける。
 しかし今度の相手はカミュとは耐久力の桁が違う。
「HAHAHA! 悪いねお嬢ちゃんたち! この子は俺がもらうよ!」
 などと軽口を吐きながら迫る矢群を叩き落していく。
「くぅ! あの人強いです!」
「どうしますか黒きよさん!」
「むむむむむむむむむむ……」
 困惑する三人を尻目に、耕一は勝利を確信する。
「MUHAHAHAHAHAHAHA! もらったぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」

「くっ!」
 川底に倒れたまま、カミュは上空から己に迫る耕一を見据える。
「ここまで……!?」
 この状況からでは、この体勢からではどうしようもない。
 飛ぶこともできない。
 立ち上がる暇もない。
 転がっても無駄だろう。


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