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改訂版投下用スレッド

1書き手さんだよもん:2003/03/31(月) 00:33
作品に不都合が見つかり、改定となった場合、改定された作品を投下するためのスレッドです。
改訂版はこちらに投下してください。
ただし、文の訂正は、書いた本人か議論スレ等で了承されたもののみです。
勝手に投下はしないでください。

編集サイトにおける間違い指摘もこちらにお願いします。
管理人様は、こちらをご覧くださいますよう。

2名無しさんだよもん:2003/03/31(月) 00:34
>>1
乙〜。

3散らばって散らばって作者:2003/03/31(月) 00:37
乙です〜

ではさっそく。

4散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:40
「ぴこぴこ」
「さあ、もう少しですよー」
「ちょっと遠かったですね。…あれ? 灯台、だれかいるみたい」
 ほのぼのな雰囲気の三人組。
 その斜め横から、

 ダダダダダダダダ――――――

 その三人組にむかって急速接近の、『縦』『横』コンビ。
 ――――獲物を横取り?
 思わぬ光景に、隠れていた潅木の陰から立ち上がる、あゆ。
「だ、ダメだよっ! そ、それはボクのたいやきだよっ!!」
 
「ぴこ?」
 ケモノ(?)の勘が発動したのか、三人と一匹のなかでいち早く異常を察知したのはUMAポテトだった。
 つられてみどりがふり返るとと、そこには…
「あ、――――襷、鬼」
 ふりむく、残り二人。
 驚愕というには緊張感に欠けた表情を浮かべて、固まってしまった。
 逃げ出すには鬼との距離が迫りすぎていたのだ。
 なんとも表現しがたい形相を浮かべ、トップスピードにのった二人の鬼はそのまま――――――――――目の前を、通り過ぎていった。

「「「「………………え?」」」」

 唖然とする南・みどり・鈴香の天然おねーさんチームと、あゆ。
 外見からは想像もつかない速度で灯台に一直線の縦横コンビ。

「いくでござる! いくでござるよ!!」
「も、目的はただ一つだけなんだな」

 ―――彼らの獲物は唯一つ。大庭詠美のサイン。

5散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:41


「―――あらあら。あそこにも鬼がいますね」
 ふと森のほうを見て、南がたおやかに微笑んだ。
 立ち上がったまま呆然としているところを見つけられた、あゆ。
 ああ。逃げていく。たいやき三匹が逃げていく。

「……わたし、もう笑えないよ?」
 失意のあまり混乱しているようだ。

6散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:41


 数分後。


 灯台の上では壮絶な戦いが繰り広げられていた。
 基本的に鬼に触られれば終わりのこのゲーム。逃げ手が少々集まったところで数の優位は働かない。
 灯台という閉鎖空間に逃げ込んでしまった時点で、七人は籠の中の鳥状態だった。
 
「観念するでござる!」
「も、もう、おしまいなんだな」 
 七人を灯台の屋上に追い詰め、勝利を確信する、縦横コンビ。
「ふっふっふっ、大庭詠美のサインはもらったでござるよ」
「なんだな、なんだなっ」

「…アンタら…」
 その台詞に青筋をうかべた由宇。  
 次の瞬間、ニヤリと薄笑いを浮かべて彼女がとりだしたのは紙の束。
「ああーーーーーーっ!!!!! なんでパンダがそれもってるのよ!! わたしのげんこー、かえしなさいよ〜!!」
「……黙らせとき」
「……はちみつくまさん」
 凄む由宇に舞は素直に従った。
 むぐ、っと詠美の口を押さえる。
「なあなあ。大庭(カ)詠美のサインなんかよりもっとえーもん、欲しない?」
 案の定、ピタリと動きを止める縦横二人。
 …脈あり。由宇の商売人の勘がそう告げていた。
「じゃじゃーーーーん!! 見てみい!! CAT or FISH!? の最新作!! し・か・も・できたてほやほや、生原稿やで!!!」
 おお〜、と嘆声があがる。
 ちなみに浩之組はこの時点でついていけていない。
「で、相談やけどなぁ。これと交換に、この場はちょっと見逃してくれへん?」
 ちょっと、動揺する二人。
 …もう一押し。
「よぉ、考えてみぃ。生原稿なんてこの機を逃したら手にはいらんで〜。なーんせあの同人くいーん、ちゃんさまの生原稿や。
サインはこみパであえればもらえるかもしれへんやろ? な? な? どちらがお得か、小学生でもわかる」
 浩之と志保は顔を見合わせた。
 するとわからない自分達は小学生以下か?

7散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:41

「むぅ、…承知した。ここは申し出に応じるでござるよ」
「取引、仕方ないんだな」
「そうそう。ショーバイはそう割り切りよーないとあかん」
 にっこり笑みを浮かべながら手渡そうとした刹那、
「あっ…」
「!!!!」
「!!!!!!!」

 ……バサバサバサバサッッッッッ
 紙の束が空に待っていった。

「「フゥォォォォオオオオオオ!!!!!!!」」
 散らばる紙を追って灯台を飛び出していく、縦横コンビ。

「よーし、みんな、今のうちににげるでっ」
「ちょ、ちょっとまちなさいよっ!!! 温泉パンダ!!!!」
 怒り心頭の詠美ちゃんさま。
「なんや、詠美? あーーー、アレか。気にせんでも、あんたがペン入れに失敗したやつとか集めたゴミや。
あんたの原稿は、そこのにーちゃんがまだ持っとる。…原稿は作家の命やで、あんな扱いするわけないやろ」
「うっうっうっ、パンダぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

8散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:42
「おーよしよし……ほな、逃げ

「うぐっぐっぐっぐっ…」(*笑い声です)

 …よ…か?」
「…浩之さん…あ、あれ…」
「…ああ。まだいたんだな、鬼」
 しがみつくサクヤを後ろにかばい、浩之は階下の影を見つめる。
 現れたのはうぐぅ……もとい、月宮あゆ。窃盗犯にして奇跡を起こす少女である。
 実際、奇跡が起こっているといえなくもなかった。
 獲物を追い詰めながら、狩人たちはそのまま放って置いたのだから。
 しかも獲物は七人。たいやき七匹と等価である。

 …カツン…
 …カツン…
 
 得体の知れない瘴気を纏った狩人が、階段を一歩一歩、踏みしめながら上がってくる。
 あゆにとってこれはただの階段ではない。
 はるかなるたいやきへの、天国に続く階段だ。 

「ふ、ふみゅ〜〜〜んっ、ど、ど、ど、どうするのよ〜〜〜!! 」
「…………ずっと私の思い出が…佐祐理や…祐一と…共にありますように」
「ね、ねこっちゃ、なんとかしっ!」
「…ねこっちゃ、言わないで下さい…」
「ヒロっ! あんた、かよわい乙女たちのために犠牲になりなさい!」 
「ひ、浩之さ〜ん…!」
「むちゃゆーなっ!!!」
 灯台の出口への道は一つ。入り口も一つ。
 そこには襷をかけたあゆ。つまり、鬼。
 一人しかないが、触られたらジ・エンドである。
「……じゅるり……七匹……たいやき、七匹追加だよ…うぐっぐっぐっぐっ…」(*笑い声ですよ?)

9散らばって散らばって:2003/03/31(月) 00:42
 
 また一歩。
 
「俺が上!!お前が下だ!!!」
 びしり、とあゆを指差す浩之。
 シチュエーションとしてはまずまずだが、相手が悪かった。
 敵は試練云々よりもたいやき命の少女である。
「うぐぅ?」
 ……まあ、そうなるだろう。
「あかん、そこは『お前が下だ!!浩之!!!』やろ!! 修行が足らんわ、このちんちくりん!!!」 
 由宇が、実に彼女らしいつっこみをした。
 隣にいればハリセンをいれたに違いない。 

 ……そうは見えなくとも、彼らはピンチだった。


【同人組(由宇・詠美・琴音)・浩之組(志保・舞・サクヤ) 灯台】
【南・みどり・鈴香 灯台付近から逃亡】
【あゆ 灯台】
【縦・横 灯台から去る】
【時間 昼】
【灯台の位置 島の西側にある小さな岬】

10散らばって散らばって作者:2003/03/31(月) 00:45
展開は本スレと同じで、舞・サクヤの登場をわりこませただけなので
大勢に影響ないと思います。

11不可侵の対決:2003/03/31(月) 02:41
少年と郁未の不可視の力による飛び道具の応酬が続いていた。
「互角ですね〜」
随分落ち着いている由依。
郁未を信用しているからこそ、落ち着いていられるのだ。
もぐもぐ。
――食事中だからこそ落ち着いているのかもしれないが。
しかし、となりにいる祐一はすこし焦っているように見えた。
由依もそれに気付いたのか、祐一に尋ねる。
「どうしたんですか?」
「やばいかもな…」
「え? 郁未さん、強いじゃないですか。あの人も粘ってますけど…」
たしかに、互角だ。
それは、普通の人から見れば、だが。
祐一には、勝負の行方はなんとなく見えていた。
このままでは、郁未が負ける。
「天沢が、少し押されてるな…。ちょっと、助太刀するか」
「え? 郁未さん、負けてるんですか? っていうか、助太刀できるんですか?」
祐一は、一言だけ残し、郁未のいる方とは別の方向へ去っていった。
「伊達に、囮をやっていたわけじゃないさ」
その頃、少年と郁未の戦いは終えようとしていた。
「これで、終わりだね」
「お前がな」
「なっ!?」
いつからか、祐一が少年の後ろにいた。
少年は郁未との戦いに気が抜けないからか、気配のチェックを怠っていたらしい。
祐一は少年をタッチしようとした。
少年は間一髪祐一の手をさっと交わす。
しかし、その隙を郁未は見逃さなかった。
「やるじゃない、あなた。その根性は認めてあげるわ。あなたのおかげで勝ったんだし」
少年に鬼の襷を渡しながら祐一に言った。
【少年 鬼化。雪見の逃げた方向は知っている】
【郁未 少年ゲット 1ポイント追加。祐一のことを認める】
【祐一 認められて悪い気はしない】
【由依 今だに食事中(w】

12不可侵の対決作者:2003/03/31(月) 02:43
題名は『不可侵の対決』で固定。
「不可視の力」の名前が間違えていたんで修正。

13名無しさんだよもん:2003/03/31(月) 12:10
>編集サイト管理人様
「参加キャラの状況」のページの表で智子・セリオ・坂下が抜けています。

14不可視の対決 with 主人公s:2003/03/31(月) 18:30
「――――見つけたわよ、晴香」
 凛とした声と共に登場したのは、天沢郁未。
 いわずとしれた不可視の力の少女。
 後ろには祐一・由依がいる。 
「郁未に……男に……貧乳?」
 いきなりの出現にぽろりと本音を漏らす、晴香。
「誰が貧乳ですか!」
 自分を表現するにはあまりの単語に激昂する、由依。
「…気にするな。プロトタイプ栞」
 なぜかフォローになってないフォローをいれる、祐一。
「よくわかりませんが、その言い方なんかむかつきます」 

「――――」
「――――」 

 次の瞬間、ぶつかり合う不可視の力。
 ―――勝ったわ。
 郁未は勝利を確信した。
 状況が少年を撃墜したパターンに見事はまっている。
 不可視の力には不可視の力を。
 均衡している間を、他の一人が背後からタッチする。
 少年の時と異なり相手は二人だが、こちらはまかりなりにも三人だ。
 上手くいけば、二人とも捕らえられる。

15不可視の対決 with 主人公s:2003/03/31(月) 18:30
「ちっちっちっ、甘いわね、郁未。あ・し・も・と」
 微笑を浮かべながら指差す、晴香。
 一瞬後、郁未の脚に縄が纏わりついたかと思うと、引き上げられた。 
「なっ…!?」 
 反射的に振り向くと、そこには晴香と共にいた男――――縄を幹に縛り付ける和樹の姿が。
 逆さ吊にされながら慌てて祐一たちの姿を探す。
 当の祐一は向かい側で仰向けに倒れていた。
 鬼に触ればアウトなのに……いったいどうやって?
 あの男は、見かけのよらず不可視の力の使い手だったりするんだろうか。
 疑問符を並べる郁未の前に、目を回した由依が”文字通り”浮かんでいた。

 ――――ああ、そういえば。どこかで見た光景だ。

 前に名倉友里に出会ったとき…
 そう。あれは――――由依カタパルト。
 …どしんっ
 過たず、郁未の鳩尾に伝わる衝撃。
「……な、なんでこんな役回りばっかりなのよ。……主人公なのに」
 ……がくっ。

16不可視の対決 with 主人公s:2003/03/31(月) 18:33
「主人公は別にあなただけじゃないのよ。それじゃ、ごきげんよう、Class A」
 ひらひらと手を振りながら、辺りに充満していた不可視の力を消し去る。 
「お見事」
 ぽんぽん、と和樹の方を叩く。
 散らばっているのは、葉に小枝、土砂。荒く削られた板。
 本来なら仕掛けられた紐にかかると板が飛び出してくるという、初歩的なブービートラップ。
 解体され放置されていたそれをロープを引くことで作動するよう再利用したものだ。
 最初に和樹が由依を気絶させ、祐一の注意を自分にむける。
 不可視の力で操作した由依を祐一にアタック。和樹が郁未を吊るし上げ、その後に郁未へ特攻させる。
 結果的にしろ成立した、ちょっとした連係プレーだった。
「……昼食、つくりなおさないと」
 一方の和樹はむすっとした表情を浮かべたまま、郁未たちに見向きもしない。
 食事の邪魔をされたのが、よほど腹に据えかねているらしい。
 本編の濡れ場でもないのに性格が豹変している。
「それより屋台、探さない?」
 でないとまた邪魔されるわよ、と晴香は付け加えた。

【和樹・晴香 郁未・由依・祐一を撃退】
【場所 森】
【和樹 晴香 屋台へ向かう】

17「カルラの真意」書きました:2003/03/31(月) 21:13
文章中、トウカの台詞を改訂

×「………それは何でござるか、浩平殿」
○「………それは何であるか、浩平殿」

×「……いや、某は浩平殿の提案には乗れぬ。――カルラ殿には、お灸を据えてやる必要があるのでござるよ…!」
○「……いや、某は浩平殿の提案には乗れぬ。――カルラ殿には一度お灸を据えてやらねば、某の気が済まん!」

×「……浩平殿に任せるでござるよ」
○「……浩平殿に一任致そう」

×「…気紛れなカルラ殿の口から、よりにもよって誠意などと言う言葉が出るとは、某は驚きでござる」
○「…気紛れなカルラ殿の口から、よりにもよって誠意などと言う言葉が出るとは……驚きだ」

×「――なるほど…。この…王と女王、そして騎士の絵札は10と数え、最終的に21にすれば良いのでござるな?」
○「――なるほど…。この…王と女王、そして騎士の絵札は10と数え、最終的に21にすれば良いのだな?」

×「もう一枚貰うでござる」
○「もう一枚頂こうか」

×「……某は、これで勝負を掛けるでござる」
○「……某は、これで勝負を掛ける事に致す…!」

×「捲らねば解らぬではないか…!? 待つでござる、カルラ殿!」
○「捲らねば解らぬではないか…!? 待てっ、カルラ殿!」

×「それはこっちの台詞でござる! カルラ殿の真意を量りかねる! 一体なんのつもりであるのだ、そなたは!?」
○「それはこちらの台詞であろう! カルラ殿の真意を量りかねる! 一体なんのつもりであるのだ、そなたは!?」

×「まままま待つでござるよカルラ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
  そなたにはやはりでっかいお灸を据える必要があるでござるよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっっ!!!?」
○「こここくくくくぉの不埒物おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
  そなたにはやはりでっかいお灸を据えなければならぬわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛!!!?」


…と、苦し紛れにトウカの台詞の箇所のみ改めてみました。
データがアンソロしかないというのがちょと辛いですね、やはり。

18アナザー:2003/04/01(火) 01:32
「天沢…」
 祐一のささやきに、
「ん?」
 郁未は答えた。
「あいつらを行動不能にする方法はあるか?」
「そこまでしなくても、別にタッチしたいだけなら簡単よ。
シールドをはって一直線に獲物に向かって走ればいい。でも、
彼女の剣幕見てると、その後に地獄見ると思うわよ?」
 私だけは平気だけどね、と肩をすくめて付け加える。
「そうだよな…栞の奴、何したんだか」
 ため息をつくと、祐一は決断を下した。選択肢1だ。
「OK、俺達は手をださない。好きにしてくれ」
 ささやき声をやめ、そう大声で告げる。
「だ、そうよ、栞?年貢の納め時ね」
 前に出ようとする香里。だが、その前に隣にいた久瀬の大声が響いた。
「待ちたまえ!!今彼女は冷静さを欠いている!!」
 手を広げてお得意の演説を始める。
「彼女は病弱なのだろう!?そんな栞さんを香里さんの手にゆだねていいのだろうか!?」
「よく言うわ」
 ボソッと郁未がつぶやく。
「だいたい、この光景は気分が悪い!!たった一人のか弱い少女を囲んでいたぶるとは!!」
「だ、だけど、栞さんは人を盗んだり、財布を…」
「確たる証拠はあるのか!?」
 抗議しようとした坂下を、久瀬は激しくさえぎる。
「え?」
「証拠だ!!香里さんが味方を増やすために作った嘘ではないと、なぜ言える!?」
「あ…」
 互いに顔を見合わせる智子組。

19アナザー2:2003/04/01(火) 01:33
「せ、せやけど、香里さんそんなことをするようには見えへんで?」
「普段の彼女ならそうだろう!!だが、見てのとおり彼女は激しすぎている!!」
「あ、あんたねぇ…」
 香里の怒気を意に介せず、久瀬は続ける。
「実際君達も香里さんの剣幕にひいてはいないか?」
 その問いに、初音とみさきはつぶやいた。
「う、うん。香里さんちょっと怖いよね…」
「確かにちょっとやりすぎだと思うよ…」
 場を支配しつつあることを自覚し、久瀬は続ける。
「栞さん、どうだろう?ここは僕にタッチされないか?この状況は君に過酷過ぎる。
第三者を介して、一度落ち着いて話し合うのも手だと思うよ」
 そうした方がいいかもしれない…智子組に、そう言う空気が流れる。
だが、
「あはははははは」
 他ならぬ、栞の笑い声が場の空気をかえた。
「あはははは、面白い人ですねぇ、久瀬さん」
 顔に流れる涙は香里にやられた一撃よるものだけでなく、本当に笑っているせいでもあった。
「うん、うまいと思いますよ、久瀬さん。でも、本当はポイントゲットしたいだけですよね?」
「ち、違うぞ、栞さん」
「そうですか?まあ、じゃあ本当に私を保護しようとしているとして、話を進めちゃいますね」
 それから、目を瞑る。
「実はですね、私鬼ごっこというものを初めて経験するんですよ」
 ずっとベッドの中にいましたからね、と付け加える。
「ベッドからは、公園が見えるんですよ。そこでは子供達が鬼ごっこをしていました。
私、それを見るのが悔しくてたまらなかった」
「なに?泣き落とし?見逃せって言うの?」
「なぜ、悔しいのかって言うとですね」香里の言うことを無視して栞は続ける。
「みんな、鬼ごっこが下手なんですよ。走って逃げるだけ。策略とかまるで使いません。
私だったらもっとうまくやるのになぁ、って悔しくてたまりませんでした」

20アナザー3:2003/04/01(火) 01:33
 胸の前で手を組む。
「だから、こうして鬼ごっこをすることになって、私とてもうれしいんです。
私の実力がどこまで通用するのかなぁって」
「財布を盗んだり、人をだましたりするのも実力だって言いたいんか?」
「財布を盗んだのは、やりすぎでしたね。反省してます。
いつもこうなんですよ、初めてのことになるとはしゃぎすぎちゃって」
「弁当作ってもらったときも、そうだったな。重箱はびっくりしたぞ」
「そんなこという人、嫌いです」
 栞は祐一にちょっとすねてみせる。
「でも、人をだましたりするのはOKだと思いますよ。それだってかけひきですよね?
病弱なのはハンデじゃありません。私の武器です」
 きっぱりと言い切る。
「だから…」
 久瀬の方に真剣な目を向ける。
「私を弱い人扱いする久瀬さんは嫌いです。私は私の力で逃げ切って見せます」
 久瀬の目を見たまま続ける。
「だから、あなたにタッチされるぐらいだったら、お姉ちゃんに捕まります。久瀬さんだったら…」
 一度言葉を切る。
「私 の 本 当 に 言 い た い こ と 、 わ か り ま す よ ね?」
「面白いわね、あの子」
 郁未がささやいた。
「……」
 久瀬はしばらく返答に窮した後、ニヤリと笑って天を仰いだ。
「了解したよ、君の言うことはよくわかった」
「そう!!それじゃ覚悟したわけね!栞!!」
 焦らされていた香里は、ついに栞をタッチしようと、前に出た。だが、
「違うよ、香里さん。栞さんが言いたいことはそういうことじゃない」
「え?」
 久瀬の声に振り向くより早く、久瀬の持っていたマントが香里の顔を覆い、視界を奪った。そして……
「な、何を!!」
 噴霧器を香里の手ごと引っ張って、智子組に向け、引き金を引く。

21アナザー4:2003/04/01(火) 01:34
「きゃあ!」
「な、何すんねん!!」
「グゥ…!」
「痛いよー目がちかちかするよー」
 唐辛子の霧を食らって、あわてふためく智子組の四人。その横を・・・
「ご協力感謝しますね、久瀬さん♪」
 栞が駆け抜けていった。
 それは、一瞬の出来事だった。
「し、栞ぃ!!」
 あわててマントを脱ぎ捨てるが、もうそのときには既に栞は視界から消えていた。
「相沢君!!なんで追わないのよ!?」
「手を出さないっていっただろ?」
 肩を竦められる。香里は噴霧器を久瀬に向けた。
「あ、あの子の手助けをしたわね…?」
「そりゃあね、どうせ僕のポイントにならないのなら、
君のポイントにならないよう妨害するしか選択肢はないからね」
 悪びれず久瀬はいう。
「その装備を見る限り、君もかなりポイントをためているんだろう?
なら独走を許すわけにもいかないじゃないか」
 肩をすくめて、
「弱者の保護が僕の目的だけどね、優勝ぐらい狙っていいだろう?」
「よく言うわね、まったく」
 郁未は呆れた様につぶやくと、怒りで震える香里の肩に手をかけた。
「結局ね。状況を見誤ったのよ、あなたはね」
「…」
 香里はしばらく黙っていたが・・
「クククク、アハハハハ・・」
 狂ったように笑い出すと、ため息をついて、
「ふう、やられたわ」 
 どこか、晴れ晴れした顔でつぶやいた。
「OK、ここは私の負けでいいでしょう。あんたの覚悟、見せてもらったわよ、栞?」

【栞 逃亡成功】

22あなざー:2003/04/01(火) 02:33
 意表をつかれるのはどんなときだろうかと尋ねられたなら、それは相手がするとは思え
ない行動をとったとき。
(えうー、大勢の人に囲まれてかつて無いピンチです。でも、こんな時こそドラマみたい
に極めるとすっごく格好いいんですよね)
 5分、いやさっきの待ちも含めて6分……360秒という時間は充分に長いかそれとも短い
か。最後の賭に踏み切るためには、どうしてもこの時間を凌がなければならない。
 バニラのカップを大切そうに両手で包み込む。栞は肌に伝わるアイスの冷たさを存分に
味わいながらその密閉容器を鑑賞した後、ついでそえていた左の方の手を使ってゆっくり
と、万感の想いを込めて蓋を開いた。
 ──45秒。
 スカートの四次元(他称)ポケットを探り、取り出したスプーンでバニラアイスを切り
崩しはじめる。
 ──60秒、一分。
 やおら栞のスプーンを動かす手が止まる。それを見た香里は怒りと絶対的優位から来る
軽い嘲りを込めた言葉を放つ。
「食べないの? あなたのとっても大好きなアイスクリーム。溶けちゃうわよ?」
 ぴくりと栞の肩が震え、一瞬の間。そして悲壮感・寂寥感、そう言ったこの世にあるあ
りったけの儚さを詰めこんだ声色で呟いた。
「だって、このアイスは最後のアイスなんです。これを食べてしまったら……私はもう掴
まるしか無いんですよ? そう思うと、勿体なくてなかなか手が付けられないじゃないで
すか」

23あなざー:2003/04/01(火) 02:33

 何をたかがアイス如きでというツッコミは無かった。栞が今見せている迫真の演技、一
度確定された死を待つ状況を経験した彼女の台詞は間違いなくその場にいる全員を呑み込
んでいた。
 そして寂しく笑う、過ぎ去ってしまった過去に対する微かな憧憬を込めた瞳をともなって。
「でもお姉ちゃんは酷いです。こんな甘い、人類の宝を食べきってしまった後、唐辛子な
んて辛い物を無理矢理私に吹っかけるんです。人類の敵を武器にする人なんて少し嫌いで
す」
(今この場にはお姉ちゃん達、同じ学校の男の人、祐一さん達がいます。手を組んでいる
という訳ではなさそうです。きっかけがあれば私を狙って取り合いが始まる。ふふ、私っ
たらまるでヒロインです)

 栞の漂わせている雰囲気に、取り囲む面々の間に軽い動揺が走る。しかし実の姉だけは
たじろぐ素振りすら見せない。
「そうね、でも全ては因果応報よ。あたしを生け贄にして、男の人を利用し財布を抜き取
り、利用しつくすだけしつくした後はあっさり別の男に乗り換える。全く、こんな悪女な
妹なんてあたしにはいないハズなんだけど」
 ガスマスク越しの眼光は鋭い。栞が逃げ出そうとする素振りを微塵にも見せれば直ちに
リアクションを起こすことは間違いない。
(やっぱりお姉ちゃんが最大の問題ですね……でもそろそろ頃合いです。成功する確率は
凄く低いですが、このまま何もしないでお姉ちゃんに捕まることだけは避けなければなり
ません。行きます、美坂栞一世一代の大勝負です)
「お姉ちゃん。お姉ちゃんがどんなに私のことを嫌いでも私はお姉ちゃんの事が大好きで
した。でも……」

24あなざー:2003/04/01(火) 02:33

 美坂香里は、いや、美坂香里だからこそこの次の事態に反応することが出来なかった。
「これからは違います。私に『こんな酷いこと』させるお姉ちゃんなんていません」
 そういって栞が自分に『中身が入ったままのバニラアイスを投げつける』ということだけは。
 ガスマスクは確かに毒ガスを防ぐ面に置いて実に効果的だ。ただし弊害として視界は狭
窄する。
 半ば溶けかかったバニラアイスのどろどろとした物がマスクに付着し、香里の世界が雪
に覆われてしまう。そして生まれた一瞬の隙をついて噴霧機のノズルを奪い取り、無差別
に辺りへ唐辛子をまき散らす!!
「うわぁ!!」
「きゃあっ!」
「くぅっ!?」
 栞が動いたことに反応して飛びかかろうとしていた久瀬と祐一・郁未が、唐辛子の直撃
を受けて悶える。
「アイスの恨みは海よりも深く天よりも高いんです! お姉ちゃん、私は絶対にあなたか
ら逃げ切ってみせます〜!!」

 崩れた包囲網の隙間をストールを口元に当てた栞が走りすぎる。
 赤い霧が収まった後にはにっくき妹の姿はなく、残るは憤怒の化身となった姉者のみ。
「ふふっふふふ……よぉーくわかったわ。覚えていなさい栞……あなただけには、絶対に
楽でドラマティックな終わり方なんて用意してあげないから」

【栞 逃亡】
【鬼達 悶絶】

25訂正:2003/04/01(火) 02:52
16 不可視の対決 with 主人公s
×「お見事」
×ぽんぽん、と和樹の方を叩く。

○「ナイスフォロー」
○ぽんぽん、と和樹の肩を叩く。


何度もすみません。

26名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:44
愛と正義の大影流
修正版をこちらに載せます。
お待ちください。

27名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:52
「誰〜も知らない、知られちゃいけ〜ない♪」
今まで誰にも気付かれずに街中の建物の中に隠れていた放置コンビのひとり、
御影すばるは桑島高子に頼まれ、屋台に買い物に出かけていた。
………しかし、
「ば、ばきゅ〜、道に迷ったですの…」
──無理もない。
今まではすばる以上に影が薄かった高子が買い物兼偵察係で、
すばるはロクに外に出なかったのだから…
「このままでは大影流の奥義を見せるどころか、なにも出来ずにリタイアですの…」
最初の意気込みはどこへやら、すばるは寂しさに押しつぶされそうになっていた。

 それでもなんとかしてお使いを果たそうとするすばるは、いつのまにか街を抜けて森に入っていた。
落ち葉をざくざくと踏み越えしばらく歩いたのち、待望の屋台の明かりが見えてきた。
「ばきゅう、やっと見つけたですの☆
でも……何か騒がしいみたいですの──」
すばるは喜んで屋台に駆け出そうとしたのもつかの間、屋台がざわざわと騒がしいことに気が付いた。

28名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:52
 その森の屋台では、ハクオロが絶体絶命のピンチを迎えていた。
「お客さん、まさかタダ食いしようってワケじゃないですよね?」
普段は気弱なタイプのアレイだが、ルミラの前で客に舐められるワケにはいかないのか、食い逃げ予備軍のハクオロ達をつぶらな瞳を細めながら睨んでいる。
「待ってくれ、確かに懐に金子が…金子が……」
何故か財布が見つからず、必死になって探すハクオロ。
「ねえ、美凪はお金もってないの?」
「…私のお米券は…換金不可ですから…
でも…たしか私のお財布は…服の中に…」
ハクオロはついに自分の財布をあきらめ、
美凪の服のポケットを叩いて財布を探しだしたとき、
ハクオロの匂いでも嗅ぎつけてたのか、どこからともなくエルルゥがやって来た。

29名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:53
「助かった。エルルゥ、財布をもっていないか?」
とりあえずの窮地から逃れられると思い、安堵のため息をつくハクオロ。
──だが。
「………ハクオロさん、何をやっているのですか?」
エルルゥは出来る限り穏やかで、それでいて嫉妬いっぱいの声で尋ねた。
「何をって───でぇ!!」
そのときのハクオロは丁度、美凪の腰のポケットに手を当てているところだった。
「…身体検査…私の体の隅々まで……」
美凪が顔を赤らめながら答える。
「ハクオロさーん!私がいない所でよくもよくも!!」
我を忘れたエルルゥがハクオロに飛び掛ってくる。
「にょわわ〜!美凪、屋台は安全なんじゃなかったのか?」
「みちる、私達三人には安全な所なんてないの…」
「にょわ。じゃあ、逃げるぞ!美凪、ハクオロ」
逃走する美凪とみちる。
「金は払うっ、金は必ず払うから〜〜!!」
ハクオロはなんだかんだ言いながら、しっかりエルルゥから美凪達と一緒に逃げ出した。

「わたくしとルミラ様の屋台で食い逃げとは許しませんわ〜」
怪力のアレイは屋台を引っ張ったまま、ハクオロ達を猛ダッシュで追いかけ始めた。
土煙をあげた屋台は優に軽自動車なみのスピードを出して、不埒な食い逃げ犯三人組ににどんどん迫ってゆく。
「待って、落ち着きなさいアレイ!」
ルミラも慌ててアレイと屋台を追いかける。

 そんな事情などつゆ知らぬすばるは、暴走する屋台が哀れな三人組に迫っているところを見過すわけにはいかなかった。
「ついにきたきた出番ですの☆
──もとい、ここを見過ごしては大影流の名がすたるですの!
大影流奥義ぃっ!流牙旋風投げええぇ!!」
すばるは右手で屋台の引き手を、左手でアレイを掴むと、
完璧な体裁きでスピードに乗った何百キロもある屋台をほんの一瞬だけ背中に背負い、えいやとばかりに思い切り投げ飛ばした。

30名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:55
「知らなかったこととはいえ、御免なさいですの…」
半壊した屋台の前で、すばるがルミラに土に付くほど頭を下げて謝った。
「気にしなくていいのよ、悪いのは全部アレイのせいだから」
「そ、そんなあ…ルミラさま〜」
屋台の破片を拾い集めていたアレイがルミラに涙声をあげたとき、
エルルゥが『進呈』と書かれた包み紙をもって、ルミラの前に戻ってきた。
「ハクオロさんの逃げた後に置いてありました。
中に入っている宝玉は皆さんの迷惑料として受け取って下さい。
今回、ハクオロさんが支払えなかったお金は必ず明日までに用意するそうです。
それでは、私、ハクオロさんを追いかけますので失礼します」
エルルゥはルミナに宝玉の入った包み紙を渡すと、急いで来た道をUターンしていった。

「ばきゅう☆とっても綺麗な宝石ですの」
すばるが宝石に目を奪われる。
「ルミラ様、この宝玉なら充分壊れた屋台の修理代になりますね」
「まあ、それはそれ、これはこれだから……
──彼らが明日までに3万5千円用意出来なかった場合、どうしようかしらねえ」
ルミラは目を細めながら苦笑した。

31名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 00:56
【御影すばる 屋台1号を半壊させ、お使いが出来なくなる。高子のところへ戻ろうとする】
【ハクオロ 四日目夜までに屋台に借金3万5千円を返そうとする。エルルゥからは逃げる】
【遠野美凪 ハクオロのお茶目な部分をみて惚れ直す】
【みちる 段々この状況を面白がってきている】
【エルルゥ とにかくハクオロを追いかける。お金は持っていないのか、意地でもハクオロに貸さないのかは不明】
【ルミラ ハクオロに宝玉を貰って、屋台を壊されたことはそれほど気にしていない様子】
【アレイ 食い逃げ犯のハクオロ達をブラックリストに追加する】
【屋台1号 半壊、直せるかどうかは不明】
二日目、夜遅くです。

32名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 01:05
タイトルを貼ってなかったですね。
愛と正義の大影流>27-31

重ね重ねスミマセン。

33名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 05:46
……ところでさ、すばるシナリオやってないから知らないんだけどさ、あれって
「ぱぎゅう」じゃなかったっけ?

34名無しさんだよもん:2003/04/03(木) 11:19
ぱぎゅうもばきゅ〜もあった気が。
基本はぱぎゅう。のはず。

35「ふぬぬぬぶふごっのテーマ(酒が呑めるぞVer.)」書いた者:2003/04/03(木) 14:54
です。ちょっと内容がヤバげだったのでリライトしてみたんですが、投下しても宜しいでしょうか?

36誤解、再び:2003/04/03(木) 15:23
 篠塚弥生はちょっとしたジレンマに陥っていた。
 ――――森川、由綺。
 いうまでもなく、緒方英二プロデュ―スのアイドルである。
 そして、自分はその担当マネージャー。
 それだけといえばそれだけの、しかしその言葉だけでは到底尽くせない関係。
 弥生にとって、由綺はただのアイドルではない。だが、それを他人が知る必要はない。
「弥生さん、こんなところにいたんですね」
 彼女にしか出来ない微笑を浮かべて近づいてくる由綺。(と誰か知らない少女)
 向かいでは、好機とばかりに目を輝かせている響子。
 たしかに今、目の前に由綺がいる。
 もとより彼女を探していたのだから、それはいい。
 しかし、彼女はこれからある人物を探さなければならなかった。
 マネージャーという立場上、由綺を無視するわけにはいかない。
 お互いに鬼であるだからここは共に行動するのがマネージャーとして本来正しい選択だろう。
 だが、ある人物を発見してからのことを考えると、由綺の同行は弥生の本意ではなかった。
 アイドルは舞台で輝いているものだ。舞台から下りて、泥にまみれる必要は無い。
 ――――どうする。
 この本意と不本意が入り混じった状況が弥生にある選択をさせた。

37誤解、再び:2003/04/03(木) 15:25


「……藤井さん」
「はい?」
 冬弥は第一声が由綺ではなく自分にかけられたことに驚いた。が、

「…私、あなたのこと…本当は愛していたのですよ……本気で…」

「「「「「………………え?」」」」」

 弥生の唇から紡ぎだされる予想外の台詞に、四人が四人とも凍りつく。 
「…ま、ま、待ってくださいっ! 俺、弥生さんシナリオに入った覚えはこれっぽっちも…」
 修行の成果か、いつにない立ち直りをみせる冬弥だったが、
「……冬弥君?」
 背後から聞こえるのは抑揚のない、由綺の声。
 ざぁ、と血の気が滝のように引く音を彼は確かに聞いた。
 脳裏には、あの『お仕置き』の情景が浮かんでいるに違いない。
「『…俺だって、同じくらい愛してましたよ…。弥生さんのこと…』といってくれたのは嘘だったんですか? 
事あるごとに身体を重ねあったあの日々も?」
 台詞とは裏腹に、あくまで冷徹に、揺ぎ無く。しかし、確実に冬弥の『死刑執行文』を読み上げる、弥生。
 冬弥の旗色はこの上なく悪かった。 
「ふ、ふふふっ……そうだよね。メインヒロインっていっても、私のシナリオでない限り結局、噛ませ犬。
恋人を裏切る葛藤とドロドロした人間関係を楽しむのがWAの醍醐味だし、浮気されてもニコっと笑って、
罵声をあげたり泣き出したりしないで身を引く、都合のいい女だもんね。製作者からして元々浮気ゲーだった
とかいってるくらいだし……浮気のひとつやふたつくらい…………ふふふふふふふふふふっ」
 やや壊れ気味の由綺。
 震えている七海を横目に、由綺はシェパードの頭を撫でながら首輪を外した。そして、
「……GO」
 ――――刑の執行が告げられた。

38誤解、再び:2003/04/03(木) 15:34


 ――――これでいい。
 ああなった由綺の足には常人は追いつけない。
 しかも「自分から去っていった」のだから、弥生が共に行動できなくても「仕方ない」、ということになる。
 ――――これであの人物の探索に専念できる。
「あー、もしかしてアイドルとその彼、マネージャーの三角関係とかだったりします?」
 あまりの光景に毒気を抜かれたのか、響子は記者らしくない直接的な質問を投げかける。
 その質問には答えず、弥生は由綺に追いたてられる冬弥を一瞥すると
「…嘘…ですけどね…」
 あの台詞を言った。


 シェパードに追われながら、冬弥は思った。
 なぜこの場面で、理奈シナリオよろしく弥生にビンタが飛ばないのか。
 なぜ『契約』もしてないのにお楽しみなしでこんな目にあわなければならないのか。
 なぜ本編ではあんなにプレイヤーに都合のいいキャラだった由綺がこんなになってしまったのか。

 その疑問に答える者は誰もいない。


【冬弥・由綺・七海 弥生・響子と接触】
【弥生 和樹を捜索中】
【冬弥 金無し】
【由綺 シェパードマイク所持】
【時間 二日目昼〜夕方】

39ふぬぬぬぶふごっのテーマ(酒が呑めるぞVer.02):2003/04/03(木) 15:36
「うおっ……こりゃまたすごいな」
 冷蔵庫に収まっている日本酒を見て住井は思わず呟いた。
そこに転がっているのは大吟醸・来栖川の怒りを始めとする一般に『高級酒』と称されるアルコール類の数々。
 住井は早速、
「これを呑まずして男が語れるかってんだー」
 と一升瓶を引き上げるべく冷蔵庫を開ける。……が、それを制止するものがあった。
「なっ」
 住井は驚く。これから一心不乱の大宴会を催そうと意気込んでいたのに、いきなり出鼻をくじかれた。
しかも彼を制するのは――北川。
「くそっ、放せ北川っ」
 が、北川はあくまでも冷静に言を述べる。
「落ち着け住井。今の俺達のシチュエーションをよーく考えてみろ」
「む?」
 日本有数の高級旅館と謳われたあの鶴来屋グループの、よりによって新築オープン前のホテルの一室。
12畳ほどの和室にはまだ木の香りがふんだんに残っており、壁には傷の一つも付いていない。
これからどうなるかは不明だが。
「何が言いたいんだ?」
「まだ分からないのか」
 ふぅ、とため息を一つついて、北川はおもむろに冷蔵庫のとある部品を指差した。
「これを見てみろ!」
「こっ、これはっ……!」
「そうだ。よりによって鶴来屋という高級旅館だのに――」
 
 それはまだ、二人が中学生だった頃。
 彼らが修学旅行で泊まった旅館にも同様のシステムが置かれていた。
無論その頃は住井も北川もまだまだ純朴なチェリーボーイだったから、
飲み物の瓶を抜くと自動的に料金が請求されるシステムなど知らなかった。
彼らはその時『いえーい飲み放題だぜー』とのたまいつつ旅館にある冷蔵庫という冷蔵庫からジュース類を持ち出し、
別に優勝したわけでもないのに下着が濡れるまで未曾有の掛けあいっこをしたのだった。
当然の如く部屋は水浸し、級友からは白い目を通り越して充血した目で黙殺という器用な仕打ちをうけ、
翌日の朝は教師陣に360度全周包囲されながら4時間半に及ぶ超ロングセットで説教を喰らったのである。

 ほろ苦い思い出だ。

40ふぬぬぬぶふごっのテーマ(酒が呑めるぞVer.02):2003/04/03(木) 15:37
「なーんか厭なこと思い出しちゃったな…」
 冷蔵庫のドアに手をかけたまま、しみじみと住井。
 遠い目をしながら北川もこれに同意する。

「しかし――駄菓子菓子! それも過去の話だ!」
 北川潤・住井護――さくらんぼ男子と称された彼らとて、
地に埋めて潤沢な肥料と陽の光を当てれば立派な花を咲かすのだ。
北川は一旦冷蔵庫のドアを閉じ、部屋の隅に置かれたメモ帳を取り出して何やら筆算を始めた。
「アルコールの比重は確か0.8だったから……これをこーして…ああ違う」
「――そうか」
 住井は北川のやらんとしている事を即座に悟った。
「よし、ちょっと待ってろ」
 彼は自らの仕掛けたトラップに注意しつつ、階下の食堂から一升瓶と軽量カップ、
それに計量ばかりを持ってきた。
幸いホテルに侵入してきた人間とは接触しなかったが――もはやこのホテルの様子は二人にすら把握出来ない。移動には慎重に慎重を費やした。

「――よし。出来たぞ」
 しばらくしたのち、北川は計算を終えた。住井は算出された数値に従って慎重に水を計りとり、
とってきた一升瓶に移し換える。念入りに口を拭きとり、キャップを閉めた。

「チャンスは一度きり。失敗は許されないぞ」
「ああ。分かってるさ」
 そういって二人は遥かなる冷蔵庫に向かって前進する。住井の片手には先ほどの一升瓶が握られていた。

 がちゃり。
 そこには数分前と寸分たがわぬ光景が広がっている。
 大吟醸・来栖川の怒り。作戦目標はその一点のみ。

41ふぬぬぬぶふごっのテーマ(酒が呑めるぞVer.02):2003/04/03(木) 15:37
「よし。んじゃ……いっせーの、せでいくぞ」
 北川は大吟醸のボトルに手をかけた。
「――ちょっと待て。いっせーの、せっ の『せ』で行くんだよな?」
「え? いっせーの、せっ、フンッ! じゃないのか?」
「いやいやいや、いっせーの、『せ』だろ」
「一呼吸おいたほうがやりやすくないか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ワンツースリーだな」
「ああ」
 若干の意見の対立を経て、二人はようやく作戦を開始した。

「いくぞっ」
「おおっ」
「ワンッ」
「ツーッ」
「「スリーッ!!!」」
 北川は大吟醸を思いっきり引き抜き、すかさず住井が一升瓶――中身はただの水道水――をそのスペースに嵌め込む。
 計算が正しければ、機械はそれを大吟醸と錯覚するはずだ。

「――やったか?」


 作戦は見事成功した。
 証拠に大吟醸の棚のランプは『未』と灯ったままである。


「……みたいだな」
「ふふふっ……はははははは」
「うはははは! いやったー!」
 二人は喜びに明け暮れて部屋中を走りまくった。ときおり『夢だけど夢じゃなかったー』とか
『父さんは嘘吐きじゃなかったんだー』とか訳の分からんことを叫びつつ。


 だから、天井のすみに設置してある監視カメラにも全然気がつかなかったのだった。



-LIVE/鶴来屋本社管理人室-

「……」
「……」
「どうしますか? 足立さん」
「流石にダメじゃないんですか?」
「じゃあ、彼らが屋台に立ち寄った時にでも請求しておきましょうね」

 そう言いながら律儀に領収書を書き始めた千鶴の目の前のモニターで、
北川と住井がラッパ呑みバトルを繰り広げていた。


【北川・住井 作戦失敗 あとで来栖川の怒り一升分を請求されることなるとは全く気付かず朝酒】
【時間→午前7時】

42名無しさんだよもん:2003/04/06(日) 14:02
 小ネタ。ごめんなさい、ちょっと借ります。雪ちゃんがいるのは気にしないでくれ。やっぱりこのコンビの方がやりやすい。


 川名みさきが、鼻をひくつかせた。
 そのままふら〜〜と、夢遊病患者のようにおぼつかない足取りで歩き始める。
「ちょっとみさき、どこ行くの」
「カレー……」
「は?」
「カレーの匂いがするんだよ……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」
 懲りる、ということを知らない親友の食欲一直線な行動を、雪見が羽交い占めして食い止める。
「うー、カレー、カレー」
「あんたはどこかのネコ好きかっ! そのうちPT名雪とか呼ばれるわよっ!」
「おかしいよ、雪ちゃん。だってカレーなんだよ」
「あんたのほうがおかしいわっ!」
 雪ちゃんぶちきれすぎ。
 もっともカレートラップがある度に引っかかり、その都度穴から引っ張り出したり、
木の上から救出したりとさんざん苦労をかけられている身となれば、いい加減切れてもおかしくない。
 だが。
「カレー……」
 ずりずりずりずり。
「なっ、なんとぉーっ!?」
 カレーの匂いを嗅いだみさき先輩は、天下無敵だった。
「カレーっ♪ カレーっ♪ しかもこの匂いはカツカレーだよ♪」
「わかるんかいっ!」
 つっこむ間にも、みさきは着実にカレーへと近づく。否、カツカレーへと。
 満身の力を込めて食い止めようとする雪見を笑顔で引きずり、羽交い締めを腕力のみでじりじりと返し、カレー皿へと手を伸ばす。
「みさきいいいいいいいっ」
「カレーぇぇぇぇぇぇっ♪」
 雪見の絶叫も空しく、みさきの手は、カレーに届いてしまった。
 地雷というものは、踏んで、足を放せば爆発するできている。と、昔聞いた。
 そしてこの地雷の上にはカレー皿が乗せられており、それがみさきによって持ち上げられた瞬間。
 カチリ。
「あ……」
「いただきまー……♪」
 閃光が走った。

 真っ白な光が島の中央から天を貫くほどに吹き上がる。
 閃光と地鳴りと呼ばれた雷鳴とが、天を揺るがし地を揺るがし、轟音と共に島を引き裂いてゆく。
「なっ、なんだ!?」「火山の噴火かっ!」「うわああああっ!」「逃げろーーーっ!」「山神様のお怒りじゃあっ!」
 その光は、島中の至る所から目撃された。
 遠く離れた場所から、その光景がいつか起こることを予期していた2人にも。
「例のトラップが発動してしまったようだな、北者」
「うむ、ちょっと火薬の量が多すぎたような気もするな、住者」
「ところでそろそろ逃げた方がいいと思うんだが」
「はっはっは。あれをしかけた本人ならば、その威力も知っていよう」
「そうだな。逃げることなど不可能か。あっはっは」
 その笑い声も、光の中に飲み込まれてゆく。

 圧倒的な光と炎と黒煙との乱舞が爆散した。

 ――まるで、巨大な鉈でたち割ったようなその光景。
 無惨な切り口を晒しながらも、島はかろうじて、かつての原形をとどめていた。
 だが今日からは、甲乙、αβなどと、左右で呼び分けないといけないが。
 その島の中央。片側が断崖絶壁となった荒野のど真ん中で。
「何が起こったんだろう……」
 みさきはカレー皿を手に突っ立っていた。
 顔はすすだらけ、髪はちょっと焦げてちりちりになってるが、元気そうだ。
 奇跡的にというか、レンジの中から取りだした完成品の如く、カツカレーには埃一つついてない。
「……雪ちゃん? どこ?」
 あんたの足元で黒こげになって倒れてます。
 そしてみさきには読めないが、『こうなるって分かっていたのよ』とダイイングメッセージが書かれていた。
「うーん……いただきまーす♪」
 見あたらない親友より、目の前のカレーの方が気になったらしい。
 みさきはいつも通りの旺盛な食欲で、幸せそうに、おいしそうに、カツカレーを口に運ぶ。
「おいしい♪ おいしい♪」
 作った料理人もこれだけ喜ばれれば満足だろう。無事かどうかは知らないが。
 瞬く間にカレー皿は空になった。
「おいしかったんだよ♪」
 が、すぐに物足りなさそうな表情で、
「おかわり……」
 と皿を差し出したが、受け取ってくれる人は誰もいなかった。

【みさき 満足。やや不満足】
【雪ちゃん 黒こげ】
【参加メンバー 死屍累々】
【島 真っ二つ】
【続き ない】

43Ogre Battle:2003/04/06(日) 17:44
Ogre Battle の内容を一部訂正させて頂きます。
>>159
【ダリエリ 迷宮内へ、麗子との死闘は第一ラウンド勝利】
【石原麗子 ダリエリにリベンジを誓う】
【深夜 迷宮内 麗子の結界で一般人は近づけない】
から
【ダリエリ 迷宮内へ、麗子との死闘は第一ラウンド勝利】
【石原麗子 ダリエリにリベンジを誓う。
結界を張るが落とし穴に落ちたショックで外れる。麗子はそれに気付いていない】
【深夜 迷宮内 】
に修正してください。

44伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:10
 麗子とダリエリは暗い森を歩いていた。
途中で幾人の人とすれ違ったのだが、不思議のことに誰も二人には気が付かない…が、
──片や超設定の超存在、石原麗子。
──片や参加者の中で最もグレーゾーンにいるエルクゥのダリエリ。
この二人に積極的に関わりたいと思う人がいるか疑問だ……

「楽しみね、どんな素敵な所にエスコートしてくれるのかしら?」
麗子はこの夜のデートに期待に胸を膨らませて……フフフッと笑った。
「見えてきたぞ、ここだ。誰にも黙っていたが初日にここを見つけていたのだ。
本当は柏木のいっちゃんと一緒に入るつもりだったのだがな」
ダリエリは月灯りのネオンに照らされた怪しいホテルを指差した。

「…あなたと耕一君、そんな仲だったの。禁断の関係ね」
麗子が真顔で茶々を入れる。
「勘違いするな、今の俺は眼鏡が可愛い夕霧嬢一筋だ。
…いっちゃんと『ウホッ!いいエルクゥ…』『やらないか』のパラダイスな関係も、ちょっと悪くないかな…とは思うが」
柏木耕一が聞いたら思わず『うれしいこと言ってくれるじゃないの』と口走ってしまいそうになる会話を交わしながら、
麗子とダリエリはホテルの近くにある穴から秘密のダンジョンに入っていった。

45伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:12
 ダリエリと麗子は迷宮の奥の部屋に入った。
「やっぱりココを選んだのね、勝負の方法は?」
「──無論、どちらかが死ぬまで……と言いたいところだが、そうもいくまい。
貴様が俺に触れたら貴様の勝ち、貴様が俺を追えなくなったら俺の勝ちだ」
「あら、随分とあなたに不利な勝負なのね………
エルクゥの力を信じるあまりの余裕かしら?」
「そうではない、人在らざるモノよ。
お主の力が我を遥かに凌駕していることなど、一目で理解したわ。
お主のようなモノと戦うと思うだけで肌が粟立つ…」
「ふふっ、私を褒めても何も出てこないわよ」
「人外には人外の闘い方が在るのだ。このようにな!!」

 まず始めに動いたのはダリエリだった。
彼は迷宮に何故か落ちていた『DANGER』の赤いテープで厳重に包まれた御土産箱を拾い上げると、思い切り麗子にブン投げた。
プロ野球の剛速球以上のスピードで飛んでくる一抱えの大きさの箱を、麗子は片手で衝撃を完全に止めてキャッチする。
「あなたからのプレゼント、一体何が入っているのかしら」
麗子はそう言って土産箱を開けると、『鶴来屋特製おみやげ ちーちゃん鬼饅頭 試作品』の包み紙の中からサッカーボールほどの大きさの巨大な饅頭?がドンと出現した。
「出来たてホヤホヤみたいね、早速頂くとするわ」
麗子は顔の前に饅頭を持ち上げると、歯をウイイィンと高速振動バイブさせた。
巨大な饅頭は風船が萎むように小さくなって麗子の腹の中に収まっていった。
「ご馳走様。この鬼饅頭、鼻にツンとくる香りとドクッとした舌触りが絶妙なハーモニーを奏でているわ。…千鶴さん、腕を上げたわね」
食後の感想を述べた麗子に、ダリエリは必殺のケミカルウエポンさえ通じないことに戦慄した。

46伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:14
「どうしたの、まさかこれで終わり、ダリエリさん?」
ダリエリはこの超存在には通常の手段は全く通用しないと悟った。
こうなると打つ手は一つだけだ。
ダリエリは麗子に背を向けると、脱兎のごとく走りだした。
「あら?狩猟者さんが敵前逃亡かしら」
麗子がダリエリに向かって挑発する。
「違うな。逃げるのではない。戦術的撤退だ」

 ダリエリは滑るが如くのスピードで、迷宮の通路を駆けていく。
常人では目にも止まらない速度の逃亡者を、麗子は歩いて追いかけた。
「…貴様、バケモノと呼ぶにも生温過ぎるな」
ダリエリの全力疾走の後ろを、歩く麗子がどんどんと差を詰めていく。

 逃走先の通路の曲がり角に今度は人が入れるほどの大きさの御土産箱があった。
ダリエリはそれを確認すると(投げつけるか、それとも…)とほんの一瞬注意をとられた。
「ダリエリさん、よそ見する余裕はあるのかしら?」
麗子がそう注意すると、曲がり角の床が抜け、ダリエリは落とし穴の底に落ちていった。

47伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:16
 迷宮の通路の一部に穴が開き、もくもくと土煙が舞う。
ダリエリが落ちた落とし穴は暗い迷宮内では底が見えないほどの大きく深いものだ。
麗子は穴の前で、罠に掛かった哀れな獲物のダリエリが出てくるのを待った。
「さあ、出てきなさい狩猟者さん。私にその姿を見せて」
待ちくたびれた麗子が落とし穴を覗き込む。

──ウオオオオオオオオオオオォォォッ!!!!!!

鬼の絶叫が迷宮内を震わす。
巨大な鬼が穴の底から飛び上がってくる。
それを見た麗子は自分もエルクゥに向かって飛び掛ると、
「獲った!!」
歓喜の声を震わせ空中で鬼に抱きついた。
「勝ったわ──違う!!」
鬼の肌触りが明らかに生きているソレとは違う。
(エルクゥの風船!?)
空中から麗子が穴の底を見下ろすと、穴に一緒に落ちた御土産箱の中に入っていた『名物エルクゥ風船 試作品』を投げつけたダリエリがニヤリと嘲笑った。
ダリエリは穴の中で目にも止まらぬ早さでエルクゥ風船をふうふうと膨らますと自分の服を着せ、麗子の方へ投げつけたのだ。
その間わずかに3秒。エルクゥだからこそ可能な早業だった。
麗子が落下する一瞬のスキにダリエリは落とし穴から脱出した。

48伝説のオウガバトル:2003/04/07(月) 23:17
 麗子はエルクゥ風船に抱きついたまま、空中で二回転半捻りして落とし穴の底に着地した。
上には半裸のダリエリが、お尻をペンペン叩いている。

「待ってなさい、こんな落とし穴すぐに這い出て見せるから」
麗子はそう言った後、大変なことに気がついた。
「───私の眼鏡がない!あれがないと私のアイデンティティが……
…めがね、めがね」
麗子は慌てて落とし穴の底に手探りで眼鏡を探し出した。
ダリエリは『麗子嬢、オデコに眼鏡が引っかかってますよ』とつっこみたくなったが、
この強敵に塩を送るのは止めて、一目散に逃げ出した。

【ダリエリ 麗子から半裸で逃走】
【麗子 迷宮の落とし穴の底で、自分の眼鏡を探している。眼鏡はオデコに引っかかっている】
【二日目 深夜 迷宮内】

49名無しさんだよもん:2003/04/07(月) 23:18
以上、Ogre Battle 改訂版
伝説のオウガバトルでした。

50クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:19
 しばしの間思案していた大志だったが、
「――そうか」
 突如叫んだ。なにか閃いた様子だ。
「な、なによ突然?」
 隣の瑞希がこれに驚くも、大志は顧みもせず真っ先に鶴来屋左端に位置する階段へと走っ
た。
「ちょ、どこ行くのよ大志!?」
「大きな声をだすなまいしすたー!!! というか早くこっちに来い!」
「太志さーん、どうしたんですかー?」
「な、なによどーしたってのよちょっと太志ー!?――」
「――お嬢さん方、ちょいと我慢してくれ」
 事態が呑み込めない郁美と瑞希を両脇に抱え、クロウは大志の後を追う。彼の体力を以ってす
ればその程度の運動など容易い。あっという間に廊下のつきあたりまで移動した。
「……大志の旦那」
「うむ、ひとまず階下へ移動するぞ。ヤツら5階から調べるつもりかもしれん。その場合、対策を考
える余裕すらないだろう」
「なるほど。そりゃ困るわな」
「――よし、行くぞ。足音を立てるな」
「了解」
 二人とはうって変わって、さすが歴戦の兵のクロウ、落ち着き払った口調で太志と会話を交わ
す。とりあえずクロウは暫定的に太志を指揮官と位置付けた。彼我の性格から言って適切と言え
るだろう。
 太志が先頭に立ち、ついで二人を担いだままクロウが続く。利用客の移動をエレベーターに
頼っているのか、階段の装飾は必要最低限だった。ほとんど非常用といってさしつかえなく、床
は鉄で出来ていた。
 途中、大志は床に機械を置いた。
「旦那――なんだそれは?」
「……秘密兵器だ」
 ニヤソと笑う大志。


 ウルトリィと千紗が部屋を改め、その間国崎は廊下を見張る。
 彼らは今2Fをチェックしているところだった。
「いない、ですね」
「入ってますかー? ……いませんねー」
「となると……やはり上か」
 国崎は天井を見上げ焦燥感を露にするが、しかし思いなおす。
「――出口はどうせ一箇所しかない。焦ってもしょうがないな」

51クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:20


 4F階段のすぐ傍に四人は待機している。郁美が階下の様子を窺おうとしたが、鬼達の姿はお
ろか声すら届かなかった。
「どうだ、郁美嬢?」
「全然だめです」
「ふむ…」
「ちょっと、どうするのよ太志!?」
「まあまあ、ちょっと落ち着きましょうや」
 廊下の物品を弄繰り回したり、部屋に入って様子を窺っている太志と対照的に、全然落ち着か
ない瑞希。それをクロウがたしなめる。
「……」
 実は太志、ある方法を思いついていた。よく映画などでも襲撃から脱出するために使われてい
るあれ。実際この場合でも方法次第によっては有効であろう。
 彼はエレベーターの扉を見やった。
「――同志クロウ。ちょっといいか?」
「あん?」


 ちょうどそのころ。
 国崎もまた、3Fエレベーターの前に立っていた。
「どうしたのですか?」
 2F同様この階もあらかた調べ尽くして、手持ち無沙汰になったウルトリィが国崎に尋ねる。
 国崎は扉に手をついた。
「これが何だか分かるか?」
「扉――ですか。そういえば先ほどもこのようなものがありましたが」
「エレベーターだ。この扉の向こうがわに人間を乗せられるだけの巨大な箱が吊るされてある。
そいつが動いて上の階に人間を運ぶ」
「エレベーター、ですか……」
 さきほど獲物がどこへ行ったのかいまいち理解しかねていたウルトリィ、なるほどと得心する。
「というと、これを使われる心配が」
「一番下の階にムリヤリ止めてあるから大丈夫だ。――ただ」
 国崎は扉を指差した。
「向こう側に最上階まで続く竪穴がある」


「ふんっ……!!!」
 ギギギギギという重たげな音とともに、4Fエレベーターの扉が開いてゆく。機械の力を使わな
いそれは普段よりも重そうに見えた。
「気を付けろ同志クロウ。向こうは穴だ。落ちたらシャレにならん」
 後ろ側から声を掛ける太志。様子を心配している郁美と瑞希。
 やがて完全にドアが開き、そこには暗い空間が広がっていた。
「うわぁ……」
「へえー…こんなふうになってたのね」
 普通はエレベーター内部を見る機会などないだろう。二人は素直に感嘆した。が、ふとした勢
いで瑞希は見てはいけないものを見てしまった。
「……ず、ずいぶんとまた高いわね……」
「だからあれほど言っただろうが」
 やれやれといった感じで太志は嘆いた。
「しょ、しょーがないでしょ!」
 瑞希の罵声があたりに響いた。

52クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:20


「――ウルトリィ」
「ええ。聞こえました」
「にゃー、びっくりしましたです」
「……まだ上にいるみたいだな」
「二手に別れているのかも知れません。ここで相手方に合わせてみすみす見逃してはいけませ
んし……とにかくこの階を調べましょう」
「――くそっ」
 国崎は扉を一瞥し、そして彼女達に加わって部屋を改めていった。


 にわかに階下から音が響く。
「――まずいな。今のまいしすたーの咆哮に反応したということは」
「案外すぐ下かもしれない」
 クロウが続ける。
 慌てる瑞希。
 郁美が別の問題に気付いた。
「太志さん……梯子、届きそうにないですよ?」
 見ると、梯子はちょうど真正面――2m向こう側の壁にくっついている。ようやく気付いたのか、瑞希はやっと驚いた。
「うむ、分かっている。こういう時は――」
 そう言って太志はいきなり助走を付け始めた。
「え? え? ちょ、まさかアンタ」
「そう!」

 たたたたっ。
 すばっ。
 ――がしゃーん。

「こうするのだッ!」
「出来るか!!!!」
 2mの大跳躍を経、梯子にしがみつきながら器用にガッツポーズをとる太志。
 瑞希が音速でツッコんだ。
 太志の右手からボールペンが落ちたのには気付かない。
 横で郁美が困惑する。んな離れ業一般人でも出来るわけ無いのだから当然だろう――
 と、クロウが彼女に背中を差し出した。
 乗れ、ということらしい。
「え? ……でも」
「なぁに、太志の旦那だって出来たんだ。大丈夫」
 巨体に似合わずウインクなどかますクロウ。
 ややあって郁美は決心した。
「ウッし、じゃ行くぜ!」
 クロウは立ち上がり、ほとんどノーモーションで飛翔した。
 がっしゃーんと一際おおきな音を立て見事着地する。
 郁美は目を開けた。
「わっ……クロウさんすごいです!」
「何、お安い御用さ」
 もう瑞希はたまったもんじゃない。ガクガクプルプルしつつその様子を見ていた。

「(やはり、か)」
 瑞希から下方に目線を逸らし、太志は呟いた。
 その数瞬後、三度大志は梯子の衝撃を感じた。

53クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:21

「くそっ! ここもか!」
 焦燥感が募る。文字通り目と鼻の先に獲物は潜んでいるというのに――
「ということは、国崎さん」
「上だな…!」
 既に国崎は駆け出していた。
 長い長い廊下をつき抜け、階段の踊り場を通過し、
 17段目を踏み、手すりに左手をかけ、
 90度方向転換。
 
 ――下から四段目の廊下が、長く続いていた。


「……っ」
 限界まで開いた両足を僅かなとっかかりにつっぱね、クロウはエレベーターの扉を内側から閉
めた。次いでその扉に両手をあてがい、
「フッ!」
 思い切り押し出す。反動を利用して、彼は空中移動した。
 もはや常人の業ではない。
 先ほどとは別の感嘆の声を上げようとした二人だったが、しかし慌てて口を塞ぐ。
「(あぶないあぶない)」←郁美。
「(ここでヘマしたら太志に後で何言われるか……)」←瑞希。
 ――彼女は思った。
 でも、たかが鬼ごっこでこんなことやるハメになるなんて、ね。招待状が来た時は(彼女には事
前に鬼ごっこの内容が伝えられていた)せいぜい全力で走るくらいまでにしか考えていなかった
けど……
 でも、まあ楽しいからいいか。それにうまくすれば和樹のマンガのネタにも――って、なんで和樹
にわざわざ教えなきゃならないのよ!
「(クックック…)」
「(!?)」
 こういった瑞希の動揺に逐一反応するのが九品仏太志という人間である。暗くてよく見えなかった
が、たぶん心底嬉しそうな表情をしているんだと思う。
 そして、瑞希はある事に気付いた。
 九品仏太志は高瀬瑞希の、ちょうど足の下に位置している。

 ――つまり。
 とどのつまりは。
「………………………………どぉしたぁまぁいしすたぁぁぁx」

 ずがっ。


 ぼふむっ。

 ややあって、ものすごい衝撃が階下から響いた。
 音は4Fの三人の耳にも届く。
「下か!!」
「え? ちょっと国崎さ……」
 ウルトリィの制止も解さず、国崎は既に1Fに向かって走り出していた。

54クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:21


「………………っ、」
 信じられないほどの衝撃が全身を襲ったが、しかし瑞希の身体は殆ど無傷だった。
「――なにここ?」
 太志に蹴りをくれるはずが誤って梯子を踏み外してしまい、そのまま落下してしまった一連の
事実に彼女は気付かない。
「な、なにこれ?」
 床が柔らかい。
 立ち上がってみるも、殆ど歩けなかった。
 この謎物体のお陰で無傷で済んだ事にも、やはり気付かなかった。


 国崎は1Fに辿り着くと3基あるエレベーターを片っ端から調べ始める。
 厭な予感が的中しつつあった。
 ――さっきの声は囮だったのだろうか?
「っ!」
 考えが至らなかった事に改めて憤慨する国崎。やはりエレベーターのドアは開けておくべき
だったのだろうか――いや、それだと逃走路を増やすことになりかねないだろう……。
「国崎さんっ…!」
 やや遅れて二人が到着した。
 息をあげながら国崎に近寄り、事情を問いただす。
 国崎はかいつまんで説明した。
「――なんにせよ出口を抑えてれば最悪の事態は免れるはずだ」
 それが彼の出した結論である。消極的ではあったが二人は理に適っていると合意し、彼と共に
エレベーター箱の再点検にかかった。


「(株)来栖川化学…?」
 謎物体にはこう書いていた。ご丁寧に豆電球の光が当てられている。こんなところで商品宣伝
してどうするのだ、と瑞希は思った。
 と、上の方から金属音がする。豆電球を強引に向けてみると、それはどうやら大志たちらしい。
「あ、あ、アンタ」
 瑞希の咆哮が再度響き渡ろうとした時。
 クロウは豪快にジャンプ、瑞希の口に掌をあてがう。
「んぐぐぐぐぐぐ」
「大きな声はまずいぞ、嬢ちゃん」
 ややあって大志、そして郁美が降りてきた。
 大志は足元で反射しているボールペンを拾い上げた。
「やはり吾輩の推理は的中したようだ。ホテルを会場として使うとなれば吾輩らのような輩がい
つ出てくるとも限らんからな」
 豆電球の光がメガネに反射した。ちょっとブキミだが、見ようによってはかっこよくなくもない。郁
美は無言で拍手をし、クロウは微笑をたたえていた。
「……」
 そして一人不満げな瑞希。


「――いや、1F全部を探す必要はない」
「にゃぁ、どういうことですか?」
 千紗の疑問にはウルトリィが言葉を継ぐ。
「ここまで到達してしまえば、後は逃げてしまえば良い。そういうことですよね?」
「そうだ」
「じゃ、やっぱり鬼さんは上ですか?」
「かもしれん。さっきの音こそ囮なのかも知れないが――いや、まてよ」
 ちょっと来い、と国崎は千紗を引きつれて3基あるエレベーターのうちの1基に入った。つっぱね
てあった椅子を引き出し、代わりに千紗にドアを抑えてもらう。
「さっき、竪穴があるって言ったよな?」
「ええ……それが何か?」
「この箱がその穴を移動するんだ」
 国崎は椅子の上に立ち、気合いを入れて天井の一点に一撃をくれた。
「にゃっ…!」
 結構な音が響き、千紗は思わず身を縮める。
 構わず天井にあいた隙間に忍む。

「ハズレか」
 ややあって、舌打ちと共に国崎が出てきた。

55クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:22


 ごおん。
 天井を叩く音が聞こえた。
「(気付いたようだな……)」
 大志は焦る。
 即興で思いついた作戦の割にはなかなかいい線いっていたが、まいしすたーが落下したのは
予定外だった。……いや、そのお陰で途中でエレベーター内部を見られずに済んだのだから、僥
倖と云えばいいのだろうが――。


「――ここもハズレだ」
 国崎は先ほどと全く同じモーションで天井から降りてきた。その様子を見かねたウルトリィが口
を出す。
「国崎さん……本当に、彼らはそこにいるのでしょうか?」
 今までの全部が全部囮で、彼らはまだ探して居ない5Fにいるのではないか――彼女はそう言
いたいらしい。
「理由が無いな。俺達をおびき寄せるのなら、むしろ出入り口に近い上のほうが妥当だろ」
「こうやって我々に無用な疑念を抱かせるのが目的かも知れません」
「むぅ……」
 そう云われるとそんな気がしないでもない、といった表情で国崎は黙り込んでしまった。案外論
理的思考をするのが得意でなかったりする彼。しばし考え込むも結論は出ない。
「にゃぁ……よく分からないですけど、エレベーターを調べたほうがいいんではないでしょうか?」
 千紗の指摘に国崎はハッとして、
「そうだな」
 と無愛想に呟き、残るエレベーターに向かって歩きだした。


 マットのしたからかすかに音がする。足音だ。
「ふっ……まるでアンネ・フランクみたいじゃないか」
「ちょ、ヘンな事言わないでよっ…!」
 そんなわけ分からんことを呟く大志。アンネを知らないクロウ以外の二人は何かそこ知れぬ恐
怖に襲われた。
 だが、大志の表情に陰りはなかった。
 ちらと時計を見る。
「(もうすぐだ)」
 そう呟くや否や――

56クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:22


『ま〜いしぃすたぁ〜』
『うわっ! ちょ、ちょっと! あんまり近寄らないでよ!』
『んー、特にあてもないしなぁ。嬢ちゃんどうする?』
『そうですね。ちょっと疲れちゃったかな』
 

 国崎が椅子に上がろうとした時。
 階段から、居るはずの無い四人の声が聞こえた。
「国崎さん!」
 今度はウルトリィが先走った。呼び止める暇もなく、彼女は階段を抑えにかかる。
「にゃぁ……国崎さん、どうしますか?」
 悩む国崎。状況から考えれば、おとりである可能性は十分あり得た。
 だが、獲物の肉声という圧倒的な証拠の前ではそれも怪しい。これ以上の証拠がどこにあると
いうのだろうか?
 ――くそっ。
「――行くぞっ!!」
「にゃぁぁああ、国崎さん待ってくださいー!」
 この行動を愚かだと思う方はいるだろうか。普通に考えればある可能性が思いつくはずだ。
 しかし。国崎はテレビ予約すら出来るか怪しいほどの機械音痴。千紗は、その存在自体は
知っているだろうが、こういった活用法に気付いているだろうか。ウルトリィに至っては「機械」の
概念すら知らないだろう。

 だから、現場に辿り着いた時、ウルトリィは文字通り困惑した。

『これでは我輩達が何階にいるかまる分かりではないか……!!
他の階のボタンも押しておくべきだったのだ!』
『……なるほどな。そうかもしれんがあの状況でそんな事を思いつくのは総大将ぐらいだぜ
大志、あんま自分のミスを責めなさんな』
 
「なんなの、これ?」
 足元に転がるは、アウトドア派オタク七つ道具の一つ・テープレコーダー。
 むろんそんなもの見た事も聞いた事も無いウルトリィはどうしようもなかった。
 ややあって国崎が到着、音の正体を理解した彼は歯がゆそうに地面を睨む。

 が、それも一瞬。
「――!!! 1Fだ!」
「え?」
「にゃっ」
 ほとんど落とすように二人の背中を押し、彼は駆けた。

 無人の1F。
 身調査のエレベーター。
 そして、衝撃音。
 既に役は揃っていた。

57クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー):2003/04/14(月) 01:23


「……」
 そこには。
 外された天蓋が、転がっているだけだった。


【国崎・ウルトリィ・千紗 取りにがす】
【瑞希・大志・クロウ・郁美 脱出成功】
【続き→無い】
【※ これはアナザーです】




>>50-56
『: クライム・ザ・ラダー/サウンド・ザ・ボイス(アナザー)』
投下完了です。
感想スレで勧められるまま投下してみました。
お目汚しスマソ。

58カタパルト以外の活躍:2003/04/15(火) 23:56
「…誰もいないな…」
そんなことを言っているのは無能でありながらも、
しっかりと計画を立てて本格的に優勝を狙う相沢祐一。
舞には楽しむなどと言っていたが、それは団結力が減るのを恐れて、だ。
郁未が失格になるのを恐れて、「高槻」と呼ばれた男を庇ったが失敗のようだ。
――痛い。
祐一の頭の中ではその言葉が浮かんでは消し、浮かんでは消している状態。
早い話が、痛みを誤魔化そうとしているのだ。
「…祐一、大丈夫?」
そう声を掛けたのは舞。
ほかの人には聞こえないように小声で話している。
「…ああ。大丈…おっ、あれは!」
祐一の視界に見えたのは人。
数時間ぶりに人を見た気がする。
そうなれば、することはただ一つ。
「…舞、郁未。偵察に行ってくれ。店関係なら、唐辛子噴霧器の弾の補充。
 鬼なら状況を判断して仲間になるかどうか聞いてみてくれ。逃げ手なら…捕らえろよ」
相手に聞こえないように小声で話す。
「…了解」
「じゃぁ、行きましょうか」
郁未が舞に呼びかけ、人の見えた方向へ静かに走る。
祐一の指示に素直に従うのは、祐一の信頼故か、それとも団結力が高いのか。
「私はなんで待機なんですか?」
そう聞くのは由依。
しかし、祐一は…
「あっ……」
何故か焦る祐一。
由依は、いや〜な予感がした。
久しぶりのセリフなのに…もしかして。
「忘れてた…っていうのは嫌ですよ?」
「そ、それはだなぁ! もちろん、アクシデントは付き物だからなっ!
 逃げ手が来たら俺たちが、足止め…」
祐一の言い訳の途中、足音が聞こえる。
でてきたのは……巳間晴香&千堂和樹。
宿命の再会シーン…または、リベンジの機会だろう。
「今度こそ、足止めだっ!」
祐一が走るが、途中で止まり膝をつく。
不可視の力は予想以上に聞いたらしい。
「さっきの飛んでいた人を見失ったと思ったら…今度はピンチなんてついてないわね〜、わたし」
ドロンコ遊びの途中で神奈を見失ったらしい。
そうとう間抜けだ。
「けど、なんだか逃げられそうだな」
和樹は冷静に判断していた。
男は何故か痛がっているようだ。
逃げられる!
しかし、この場で存在感の薄い奴が場を狂わせた。
「私は無視ですか?」
巳間晴香&千堂和樹の真後ろから現れたのは名倉由依。
「まったく気が付かなかったわ、貧乳だし」
「関係ないじゃないですかっ!」
しかし、観念する様子は二人にはない。
そして、二人は逃げるタイミングを見計らい…
「あっ、動かない方がいいですよ? 祐一さんに借りてますから、これ」
由依の手には大げさな機械―唐辛子噴霧器―が握られている。
由依は、これで郁未&舞の帰還をまつつもりでいた。
祐一もダメージが回復してきたらしくゆっくりと二人に近づく。
「仕方ないわね…不可視の力で突破口を開くっ!!」
晴香が、不可視の力を放つ。
前後同時に攻撃することはできない。
ならば、男―相沢祐一―の方を攻撃する。
由依くらいなら、逃げ切れる自信が晴香にはあった。
和樹も…男なら由依から逃げきれるだろう。
由依が運動神経がいいとは思えない。
とっさに由依は判断する。
――ここで慌てるなら姉への復讐なんてできない。
その想いが由依に一つの考えを浮かばせた。
由依に浮かんだ作戦は一つの賭け。
唐辛子噴射器を構え、由依は郁未が去った方の逆に移動する。
晴香は、前後に移動はしない。
由依と祐一がいるから。
左右どちらかに移動する晴香。
ならば、郁未の去った右に誘導するように由依は左に移動する。
ここで、晴香に由依のいなくなった後ろに逃げたら作戦は失敗。
そして……作戦は成功した。
予定通り、郁未の去った方角へ逃げる晴香&和樹。
「祐一、あれ店だったわ」
運が重なり、郁未&舞の帰還。
「そうか、なら後で弾の補充にいくか。郁未、二人を捕らえてくれ」
冷静に祐一は判断する。
由依がとっさに起こした行動の意味を理解し、郁未に捕獲の指示を送る。
「晴香、今度は負けないわよっ!」
郁未の不可視の力と晴香の不可視の力が正面からぶつかる。
2度目の激突が起ころうとしたとき…晴香の後ろから赤い霧が噴射された。
噴射したのは…由依。
赤い霧が晴れたとき…そこには二人をタッチした郁未の姿があった。
「…貧乳に油断したわ」
「…ご愁傷様」
正直、由依の活躍など予想できなかったが、あえて口を紡ぐ。
怒らせても得などないし、ここは素直に認めておこう。
――由依の初めてのカタパルト以外での活躍を。

【郁未 2ポイントゲット】
【祐一チーム 見つけたらしい店を次の目的地へ。唐辛子の補充を目的に】
【唐辛子噴射機 残り2回】
【晴香&和樹 鬼化】
【三日目 昼】

59名無しさんだよもん:2003/04/18(金) 21:05
人形劇、開始の改訂版をこちらに投下します。
変わるのは本スレ71-72。
基本的な展開は変更無しです。

60人形劇、開始:2003/04/18(金) 21:15
 折原浩平は内心、とても焦っていた。
 屋台で朝食を食べてから、みんなが眠そうなのだ。
(そりゃ、昨日あんなに夜遅くまで街を探索してたんだ、眠いのも無理ないさ、
 でも、雨が降っている今がチャンスなんだ。きっと逃げ手は雨露を凌げる建物の中に隠れる。そこを襲えば──)
 しかし、そのことを口には出さなかった。
(──リーダーは仲間のことを第一に考える──だったよな?
 今、みんなはとても疲れている、無理を言ったら無能リーダーの烙印を押されるだけだ)
 浩平は昨日屋台でこっそりと買っていた『リーダーの条件豆本』の内容を頭の中で反芻した。
(リーダーはまわりを元気付ける、そうだ、ムードメーカーのトウカに雰囲気を変えてもらおう)

「トウカはいつも張り切ってるな。あんなに活躍して疲れてないか?」
「なんの。これしきのことで根を上げる某ではありませぬ。
 この聖上の人形に賭けて誓う。浩平殿に鬼の優勝を!」
「サンキュウ、トウカ。ところで聖上の人形ってなんだ?」
「某のこの手の中に………………無い」
 トウカが手を握ったり開いたりした後、顔面蒼白で自分の服を調べ出した。
 それでもやはり、人形は見つからなかった。
「某の命より大切な人形が……ク、クケーーーーッ!!!!!」

(おいおい、嘘だろ……トウカ?無くしたのかよ…………
 いかんいかん。──リーダーは冷静に。──リーダーは冷静に。──リーダーは冷静に)
 浩平は口の中でぶつぶつとリーダーの心得を三回呟くと、トウカの肩をポンと叩く。
「みんなで探そう。俺達はチームだろ?」

61人形劇、開始:2003/04/18(金) 21:16
 トウカは雨に濡れるのにも構わず、必死で人形を探し始めた。
 浩平達も、怪しそうな所を片っ端から探す。
 
(そんなに大事な人形なら落とすんじゃねえ。探すなら自分一人で探せ……と、いつもの俺なら思っているところだな)
 もしそんなことを言えば、トウカはまじで切腹しかねない。
 それにあんなに眠そうだったスフィーとゆかりも、一生懸命に人形を探しているのだ。
(……しかしこの雨の中で、果たして人形が見つかるものなのか?)

「トウカさん、もしかしたら昨夜街の中で落としたんじゃないかな?」
 長森が探す手は休めずにトウカに話しかけた。
「しかし街の中で人形を落としたとすると、この雨の中、探し出すのは困難を極める。
 皆にそんな苦労をかけるわけにはいかぬっ!」
「──街か、そっちのほうが可能性は高いかもな」

(そういえば、昨日の街での探索から、だいぶ時間が経っているからな。
 何人か逃げ手が街に入りこんでいるかもしれない。
 そうなったら人形探しよりも鬼ごっこを優先か?
 リーダーとしてその場合、どうすればいいんだ)
「浩平、大丈夫?さっきからちょっと変だよ」
「ああ、ちょっと考え事をしていたからな……そうだな、街に行ってみるか」

(そんなに心配そうな顔をするなよ、長森。
 人望のあるリーダーなら、ここで笑顔をみせて歯をキランと輝かせるんだろうが……
 まあ、街で何かあったらそのときは臨機応変だ。
 もし人形が見つからなかったら、屋台でトウカに一番いい人形を買ってやろう。
 トウカも古い人形はあきらめて、きっと新しい人形を気に入ってくれるさ)
 
 このときの浩平は、まだトウカの人形にかける情熱を、軽く……あまりに軽く見すぎていた。

62鬼と力と情報と:2003/04/19(土) 02:07
 雨の降りしきる森の中の小屋では、耕一と瑞穂が遅い食事をとっていた。
 ダリエリと別れた後雨宿りの出来るこの小屋を見つけたのだ。
「瑞穂ちゃん、飯作るのうまいなぁ」
「そうですか、エディフェルさんやリネットさんとやら程じゃないと思いますよ」
「……瑞穂ちゃん冷たいね……」
 瑞穂ちゃん、先ほどからご立腹。
「いや、でもうまいって。梓や初音ちゃんにも負けていない!」
「へぇ、他にもそんな女性がいらっしゃるんですか。お盛んですね」
「み、瑞穂ちゃん……ん?」
 言葉をきって耕一は窓を見る。
「どうしましたか?」
「ん……森の方で何か見えた気がしたんだけど……気のせいかな?」

「髪の短い女が1人いたな。当たりかもしれないぞ」
 木の後ろから、オボロは小屋の窓を伺う。
「ほ、本当か!? オボロ君」
「落ち着いて、月島さん。まだ決まったわけじゃない」
 実を言うと可能性は低い。久瀬の推理を当てにするならば、ショートカットの女性は二人以上になる。
 教会付近の家屋を虱潰しにすること、数時間。今までは逃げ手も鬼にも出会わなく、久瀬自身ちょっと自分の推理に自信をなくしかけていたりした。
「相手の容姿まではちょっと分からないが……どちらにしても相手は、逃げ手だ。捕まえるぞ」
「分かったよ……3方向から同時に踏み込むのかい?」
「そうだな……」
 久瀬は小屋の形を確認する。見る限り今まで回った小屋と同じ間取りのようだ。室内に侵入する手段はまず表口に裏口。
 それだけではなく、今獲物のいるリビングルームには大きな窓が、南側に二枚、
東側に一枚取り付けられている。
 要するに、三人だけでは全ての出入り口を抑えきれないという事だ。月島の案では逃げられる可能性がある。
「いや、もう少し工夫しよう。オボロ君、彼女達に気づかれないように屋根に登れるかい?」

「いやー見ましたか、あの晴香さんの悔しそうな顔! 賓乳賓乳いうからですよね!?」
「それ、もう5回は聞いたわよ。ご活躍には感謝してるけどね」 
 得意げにしゃべる由依に、郁未と祐一はうんざりした視線を向ける。
 屋台で唐辛子噴霧器の補充を行ってからというもの、延々と由依の自慢話が続いているのだ。
「全くだ、耳にたこができそう……ん、どうした、舞?」
「あそこ見て」
 舞の指差す方向を見る祐一一同。木々の向こうに、小屋らしきものが見え……その屋根の上に一人の男が上っているのが見えた。しかもその男、襷をつけている。
「あいつ、何してるんだ……?」
「……多分、捕物の最中よ! ひょっとしたら獲物を横取りできるかもしれないわ。
舞行くよ!!」
「はつみつくまさん!!」
 郁未と舞が、小屋に向かって駆け出した。

63鬼と力と情報と:2003/04/19(土) 02:07
 ガチャッと表口が開く音と、ドタドタとした足音に、耕一達は反応する。
「え、なに?」
「鬼だ、逃げるぞ!!」
 はたして、表玄関からのほうから鬼の男が一人現れた。あまり敏捷な動きではない。
(これなら逃げられる!)
 そう確認する余裕が耕一にはあった。瑞穂はすでに裏口の方に向かっている。
だが、
「残念だったね!」
「えっ!?」
 時間差をつけて今度は裏口から眼鏡をかけた男が飛び込んでくる。裏口の扉に手をかけようとしていた瑞穂がこれに反応できるはずも無く、あっさりとタッチされた。
(誘導された!?)
 耕一は歯噛みした。だが、まだ逃走経路はある。窓だ。
 裏口から来た鬼は、瑞穂が邪魔になってスタートダッシュが遅れている。これならば逃げ切れる。瑞穂ちゃんには悪いけれど―――
 だが、耕一が窓を開け放った瞬間、最初に来た男が叫んだ。
「南側、奥の窓だ!!」
「応!!」
 それに応じて、もう一人の鬼が、上から飛び降りてきて、耕一の前に立ちふさがった。
「な!?」
 耕一が驚愕する間に、鬼達は完全に獲物を包囲した。

 表玄関からきた月島に注意をひきつけておいて、裏口に誘導し、時間差をつけて久瀬がそちらからも襲撃する。
 さらに、月島は相手がとろうとしている逃走経路を確認して、どの窓にも一瞬で移動できる場所―――屋根の上だ―――に配置されているオボロにそれを告げる。
 それが久瀬の立てた作戦であった。
「嘘だろ……ここまでかよ」
 相手の男は観念したようだ。
 久瀬達が知るはずも無いが、狩猟者には一つ大きな弱点がある。その力を完全に解放するためには少し時間をかける必要があるのだ。
今回、その時間が与えなれないのは火を見るより明らかだろう。
 これで捕物は終わり。そのはずだった。だが、久瀬の作戦にはミスがあった。

 バアンッ

爆音が鳴り響き、水しぶきと共に地面が爆発する。
「な、なに!」
 一瞬、注意がそれる。そして―――
「し、しまった!?」
 オボロが叫んだ。隙をつかれて、獲物がオボロの脇をすりぬけ外に向かって駆け出したのだ。
「オボロ君追え!!タッチしろ!」
 久瀬の叫びに応じて、オボロも飛び出す。
「耕一さん頑張って!!」
 その瑞穂の声に、一瞬、久瀬の注意が向けられる。
(耕一―――その名前どこかで……)
 そう、それは確か、昨夜の屋台で―――

64鬼と力と情報と:2003/04/19(土) 02:08
 すさまじいスピードで、ダッシュをかける耕一とオボロ。
と、その時その横手の森からから、黒髪の少女が飛び出した
「川澄さん!?」
 そう、これが久瀬の失策。オボロを屋根に上げてしまったがために他の鬼に見つかりやすくなってしまうという事。
「グウッ」
 耕一は舞を見て、無理やり方向を変える。だが、舞は囮だった。
「もらった!」
 向きを変えた耕一の正面から、天沢郁未が飛び出してくる。
言うまでの無い事だが、先ほどの爆発、彼女の不可視の力によるものである。
 逃げる耕一、追うオボロ、迎える郁未。
 オボロと耕一の距離が縮まるよりも早く、郁未と耕一の距離が縮まっていく。旅人算の法則だ。
 耕一は覚悟を決める。
(もう方向は変えられない!跳躍してあの女を抜く!!)
 郁未は勝利を確信する。
(勝てる! 抜かせなければ私の勝ちよ!!)
 オボロは歯噛みする。
(駄目だ! 追う以上こちらが一歩遅れる!)
 久瀬はほとんど何も考えずに叫んだ。
「初音さんの事で話がある!!」
「―――え?」
 従妹の名前を呼ばれて、跳躍寸前の耕一の注意が一瞬久瀬に向けられて―――
次の瞬間、二つのタッチの音が同時に―――少なくとも久瀬にはそう聞こえた―――鳴り響いた。

65鬼と力と情報と:2003/04/19(土) 02:08
 刺すような、静寂。三人は雨の下、彫像のまま動かない。
 久瀬は三人のほうに向かいながらおずおずと口を開く。
「どっちが、勝ったんだ?」
 その問いに、郁未はフッと笑った。
「やってくれるわ、久瀬君」
「な、なにがだ?」
 とまどう久瀬。その久瀬の肩に、オボロの手がポンとのせられた。
「勝ったのは俺だ、久瀬。お前のおかげでな」
「僕の?」
 理解できない久瀬に、今度は耕一がふてくされたように説明する。
「お前の一言で俺の動きが一瞬止まった。そのせいでほんのわずかだけ、
追いかける速度と迎える速度の差が縮められちまったんだ。
見て分からなかったのか?」
「……分かるわけ無いだろう?」
 どこかあきらめたような調子で久瀬はつぶやいた。
「そうか。じゃあ、結局は運かもな……初音ちゃんのことはどこで、聞いたんだ?」
「昨日の晩の屋台で、たまたま初音さんがあなたの事を話しているのを耳にしたんだ」
 郁未のほうを向く。
「天沢さん、あなた達がボイコットした美坂さんの祝勝会でのことだよ」
 全く情報なんて何が役に立つものか分からないものだな、と付け加える。
「なるほどね。情報差で負けちゃったというわけか」
 どちらかというと痛み分けなんだがな、と久瀬としては思う。結局ポイントの集中が出来なかったわけだから。
 耕一達の心情を考えて口にはしなかったが。
「昨日追い掛け回しちゃった事の、リベンジってところかな?」
「冗談を言わないでくれ、仕返しをするような度胸など僕にあるはずも無い」
 郁未の軽口に、久瀬はそう応じた。

【久瀬 1ポイントゲット 通算5ポイント】
【オボロ 1ポイントゲット 通算2ポイント】
【耕一 オボロによって鬼化】
【瑞穂 久瀬によって鬼化】
【教会付近の小屋】
【時間は昼ごろ】

66名無しさんだよもん:2003/04/20(日) 12:51
>編集サイト管理人様
以前に他スレで指摘されていた間違いを再掲します。
・267話の、祐介と栞が〜霞んでいるのも同様だ。
 この部分が266話にもある。(投稿時の割り込みのせい?)
・282話の次話へのリンクが281話に飛ぶようになっている
・297話、「これって……ジャージ?」〜着がえをあきらめることにした。
 この部分がダブって書いてある

以下は些細だけど俺が気づいたこと。
・トップページの過去ログ入り口の 「1〜49」→「0〜49」
・021話の登場キャラ一覧の「坂神蝉丸」に【】が付いていない

67自由落下なエトセトラ:2003/05/24(土) 01:14

 ばっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!
 
 爆裂したかのようなド派手な音とともに吊り橋を支える紐が破断し、反動で支柱に巻き付いた。
 橋の足場を形作っていた粗末な板が支えを失い、重力加速に従って崖の間へ消えていく。

「な、な、な、な! のぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「なななななな七瀬さん! 手っ! 手っ! 手ぇぇっ!」
「あああうう!」
 まとめて落とされかけた七瀬だが、幸いにも一歩後ろに控えていた矢島の腕を掴むことに成功し、ギリの位置で崖に張り付く。
「あ、あのおばさん……なんつー無茶を!」
 後ろを……というか、下を向いた七瀬が見たもの。
 それは

「ぶいっ」

 ……キャラも年齢も間違えた、ひかりさんのVサインだった。
 
 どっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!
 
 一瞬遅れ、彼女の身体が巨大な水しぶきの中に消える。
「ちょ、ちょ、ちょ! あれ、マズイんじゃない!」
「と……とは言っても橋ぶった切ったのは本人であるわけだし……」
 顔を見合わせる七瀬と矢島。『どうしよう』と表情が語っている。
 とはいえ、ずっと崖っぷちにしがみ付いているわけにもいかない。矢島に引っ張ってもらい、えいやと上へよじ登る。
 そして改めて、崖下を見下ろすと、そこには………
「「……泳いでるよ。オイ」」
 思わず声が重なった。
 轟々とうねる濁流の中を、ひかりはなかなかしっかりとしたフォームで泳いでいる。
 時折波間にその姿が消え去るが、体勢や息継ぎを乱すことなく、一定のペースを保っていた。
 とはいえ下流へと流れる水の流れ自体が早いため、かなりの速度なのだが。
「……あのおばさん、元オリンピック選手かなんか?」
「さ、さぁ……俺は知らないけど……」
 もう一度顔を見合わせる。
「……と、とにかく!」
 自らを鼓舞するように声を上げつつ、七瀬は立ち上がった。
「追うわよ! せっかくここまで追いつめたんだから、なんとしてもあのおばさんは私が捕まえるっ!」
 と叫ぶやいなや川沿いの坂道を駆け出した。そりゃもう、勢いよく。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った姉さん!」
 慌ててその後を追う矢島であった、が……
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
 彼が見たのは、ぬかるんだ地面に足を取られ、坂道を一気に転げ落ちる七瀬の姿だった。
「だから止めようとしたのに……」

 一方神奈は上空で川面を凝視していた。
 橋の崩落に巻き込まれ、落ちかけた彼女ではあるがその双翼を使えば空中で体勢を直すことなど、造作もない。
 細い眉を寄せながら、呟く。
(追おうと思えば、出来る……)
 ……しかし、それはしない。
(さすがに余も、あの濁流の中には飛び込みたくない……)
 それに、彼女には残してきた仲間がいる。
(葉子殿……)
 あまり長い間離れているわけにはいかない。最悪、自分が出かけている間に目覚められでもしたら、探そうとしたところで入れ違いになりかねない。
「ふふふ……」
 静かに、神奈は唇を歪めた。
「ここは貴女に勝利を譲るが……名も知らぬ勇士よ!」
 ひらりと身を翻しつつ、葉子たちのいる建物へと向かい、羽ばたく。
「次は……次こそは、余の手で! 捕まえてくれる!」

【七瀬矢島 とりあえず川沿いを走って追ってみる】
【神奈 追撃は諦める。葉子たちのもとへ】
【ひかり 川へとダイブ。下流へ】
【登場 神岸ひかり・【七瀬留美】・【矢島】・【神奈】】

68忘らるる電波:2003/05/24(土) 01:16
「……はぁ」
 ため息を、吐く。
「……はぁ」
 もう一度、吐く。
 
 河原にうずくまる彼の名前は長瀬祐介。
 一応、最強の電波使いである。
 
「……はぁ」

 勝負方法にもよるが、本気の戦いになった場合、彼は最強候補の一角にも成りうるだろう。
 
「……はぁ」

 なにせ彼の『能力』は他の参加者たちのそれとは異質すぎる。単純に飛んだり跳ねたりの勝負では、彼に勝つのは難しい。
 ……が、
 
「……はぁ」

 それゆえに、彼の能力は今回のゲームではほぼ使用禁止と言ってもいいほどの措置を喰らい、あえなく今朝方、3人組に捕まってしまったわけではあるが。
 
「……はぁ」

 既に捕まってからかなりの時間が経つ。日もかなり暮れかけてきた。
 にも関わらず、彼はここから動く気配を見せない。
 なぜならば、
 
「……これからどうしよう」

 ……本気で優勝を狙い、序盤から誰とも組まず単独で過ごしてきた彼。
 一時は栞に洗脳されかけたが、その時も幸いなことに(ある意味主催者側に拘束されたのも幸運であったかもしれない)鬼化は避けられた。
 彼は、密かに期待していた。

「……優勝できるかもと思ってたのに……」

 ……が、状況はすでに終盤。
 軽く電波を走らせて周囲の状況を探ってみても、残っているのはほとんど鬼ばかり。
 こんな時期に鬼になってしまうのは、最も避けたい行為であった。
 
「……沙織ちゃんに追いかけ回されてまで逃げ続けたのに……」

 沙織だけではない。香奈子をも振りきってここまで来たのだ。
 言わば、全てをかなぐり捨て、ここまで来た。
 
「それなのに……」

 中途半端な時期に、捕まってしまった。
 
「……はぁ」

 こんなことなら、素直に最初っから沙織ちゃんと一緒にいればよかったかもしれない。
 こんなことなら、もっと積極的に瑠璃子さんを探すべきだったかもしれない。
 こんなことなら、瑞穂ちゃんに会っておくべきだったかもしれない。
 こんなことなら、香奈子さんと一緒に行ってもよかったかもしれない。
 ……が、全ては後の祭りだ。
 彼は一人。
 否、
 独り、であった。
 
「……はぁ」

 既に何度目かもわからないため息をつく。
 
「……とは言っても、ずっとこうしてるわけにもいかないからな……」

 このゲームがどのくらい続くのかはわからないが、あと小一時間かそこらで終わるというものでもないだろう。
 とりあえず、こんなところで夜を明かすわけにもいかない。
 適当なねぐらでも探して、あとはゴロゴロと……
 
 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……
 
「……ん?」

 その時、ふと川の音が変わった気がした。
 常人ならば聞き逃すであろうぐらいの僅かな違和感。
 が、今朝から延々と川面を見つめ続けた祐介には、気付くことが出来た。
 
「何か……流れて……?」

 両目をこらし、流れる水を見つめる。
 
「……え?」

 見えたのは、人の手。
 
「……ちょっと?」

 そして、頭、体、……川に流される、女性の姿。
 
「……うわっ! 女の人が溺れてる!」

 ここに来てようやく、祐介は事態を飲み込むことが出来た。


「だいじょーぶですかーーーーっ!?」
 祐介は川のすぐ端まで飛び降り、大声で呼びかけた。
「………! あ……! ぶ……!」
 女性も祐介の姿に気付いたようであり、手を振って何か叫んでいる。
 ごうごうと流れる水の音にかき消され、何と言っているかはわからないが助けを求めているのは明らかだ!
「……助けなきゃ!」
 即座に祐介は決断した。
 そこには名誉も打算も迷いも無い。今、ここにいるのは自分だけ。あの人を助けることができるのは、自分だけ。
 ならば、己がやらずに誰がやる!
 腐っていた祐介の目にみるみる生気が戻ってくる。
「待っててください! 今助けますからね!」

69名無しさんだよもん:2003/05/24(土) 01:16

 速攻で上着を脱ぎ捨てると、大きく深呼吸を三回。
「すーは、すーは、すーは……」
 そしてもう一度荒ぶる水面を睨みつけ、
「……………………!」
 ちょっと迷って、
「いや、ダメだダメだダメだっ!」
 目を瞑り、覚悟を決め、
「……てぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーいっ!」
 鼻をつまんで飛び込んだ!
 
(があっ! ぐっ……ごぉ、ああっ!)
 飛び込んだそばから体中を濁流が洗う。

 くっ、思ったよりも流れがキツイ!
 けど……泳げないほどじゃない!
 ええと……ええと……あの人は……?
 
 ……いたっ! よし、まだ僕の上流だ! 助けられるっ!
 
 気を抜いたら流されてしまいそうな流れの中を、必死に祐介は進んでいく。
 時期は時期といえ天気は悪い。平時より流れは荒く、そして水温も低かった。
 同年代の男と比べてもいささか……というよりもかなり華奢な彼の身体には負担も大きい。
 しかし……
 
 ……負けるもんかっ!
 
 今の彼を押しとどめることなど誰にも出来なかった。

「……だい……じょうぶ………です、かーーーーーーーーっ!!!」
 やや進み、女性との距離が縮まったところで再度呼びかける。
「あ……は……じょうぶ……から……!」
「ええーーーーっ!? なんですってーーーーーーーーーーっ!!!?」
「から……私は……じょうぶ……!」
 距離が近づくにつれ、徐々に声が鮮明になってくる。
「だいじょうぶですよーーーーーーーっ! 今僕が助けますからねーーーーーーーーーーっ!」

 一歩一歩進みながら、必死に女性への呼びかけを続ける。
 ……そして、とうとう、祐介の耳に声が通った。
 
「ですからーーーーっ! 私はーーーーーーっ! 大丈夫ですーーーーーーーっ!
 それよりーーーーーーーっ! 迂闊にーーーーーーーーっ! 川に入るとーーーーーーーっ! 危ないですよーーーーーーーっ!」
「………へ?」

 返答は、祐介の想像を超えたものだった。
 さらに同時に、

 ツルッ!
 
「うわっ!?」
 ちょうど足下に鎮座していたコケまみれの石を踏みつけ、盛大にコケた。
 
 ガッツーーーーーーーーーん!
 
 さらに後頭部から突っ込んだ川底には間の悪いことに手頃な石が。
 強烈な一発を頭に食らい、祐介の意識は急速に遠のいていった。
 
(──────ああ……僕って、バカだ……)

 最後に祐介が聞いたのは、
 
(──────やらなくてもいいことやって、死ぬなんて……)

「あらあら……これは大変……」


 ……誰かの……優しい……声……と……自分を抱き上げる……暖かい……腕……。


【長瀬祐介 ひかりを助けようと飛び込むはいいが、二次遭難】
【神岸ひかり 祐介を保護】
【時間:3日目宵の口 場所:川の中 天候:雨】
【登場 神岸ひかり・【長瀬祐介】】

70情けは人のためならず:2003/05/24(土) 01:20
 光……?
 まずは、光だ。
 薄い、淡い、優しい光が目に映った。
 次は……
 熱だ。
 熱といっても、熱いものではない。
 それは、暖かさ……頭の下。いや、身体全体……?
 ……次は、冷たいもの。
 額の上に、何か乗せられている。
 これは……?
 ……タオル?
 ということは……僕は……
 
「……う……っ……」

 小さなうめき声を漏らしつつ、祐介の意識は覚醒した。
「……目が覚めた?」
「……あ?」
 誰かから声を掛けられる。
 呆けた瞳で首を曲げると、そこには……
「……大丈夫?」
 ……自分の顔を覗き込む、女性の姿……
「……ってのうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 その姿を認めた瞬間、祐介はベッドの上から跳ね起き、壁に張り付いた。
「きゃっ!」
 あまりの驚きぶりに、自分自身も一瞬面食らうひかり。
「あ、あの、その、驚かせちゃった? ごめんね。でも、私怪しいものではないから……」
 ……が、慌ててフォローを入れる。突然自分が現れたことが、相手を驚かせてしまったかと思ったのだ。
「……! ……! ……!」
 祐介は首をぶるぶると振る。違う、違うと。
「……え?」
 祐介の目線は一点をさしている。もう、ギンギンに。
 ……それにつられ、ひかりもその先を追ってみる。すると、そこには……
「……あ」
 自分の、下着姿があった。
 
「ご、ごめんなさいね。変なもの見せちゃって」
「いえ、いいんですよ。僕の方こそすいません……」
「いいのよ。こんなおばさんのあんな格好、見せられた方がびっくりしてしまうもの」
 Tシャツに着替えたひかりのお茶をすすりながら、2人は食卓を囲む。
「そういえばここ……どこなんですか? ていうか、僕、どうなってたんですか?」
 当然の疑問を、祐介は口にする。
「うーん、どこから説明したものかしら……」
 ひかりは人差し指を顎にあて、ちょっと困った仕草。
「ええと、まずここは森の中のログハウス……というより、小屋と言った方がいいわね。幸いにも他の方が入っていたみたいな形跡は無し。
 昨日私も同じような建物を使ったんだけど、こう考えると似たようなものは結構用意されているのかしら?」
「はぁ……そうですか」
 そして、ややあって、
「……ん。それじゃあ祐介君。きみはどこまで覚えてる? 自分に何があったか」
 笑顔を浮かべ、祐介に問いかける。
「僕に何があったか……ですか?」
「うん」
(僕に……何があったか……)
 寝起きで混乱した記憶を、祐介はゆっくりと整理し直してみる。
「ええと……確か僕は……川辺で、人生について考えてて……」
「あら、そんな歳でそんなことをするなんて立派ね」
 が、祐介はひかりの合いの手も気にせず、記憶の編集を続けた。
「それで……そうだ。川上から流されて来た人を見つけたんだ」
「うんうん、それで?」
「はい……ええと……そうです。僕はその人を助けようと思ったんです」
「ふんふん。偉いわねぇ」
「そうだ……それで……飛び込んで……助けようとして……声をかけて……」
「ダメよ。溺れた人を助けるのに自分も水に入るのは。二次遭難の危険性が高いわ」
「はい……それで、もの見事にすっ転んで……そこから先、覚えてません……」

 整理完了。

71名無しさんだよもん:2003/05/24(土) 01:20
 一口茶を啜ったところで、祐介が言葉を繋げる。
「あ、もしかして……あの時溺れてた方が、あなたですか?」
「うーん、そんなような、違うような……」
 が、何やらひかりは困った様子だ。
「……? どういうことですか?」
 困惑顔の祐介。
「私には違いないんだけどぉ……」
「?」
「……溺れてたわけじゃ、ないのよね」
「へ?」
「実はね。あの直前、私鬼に追われてて。逃げるために川に飛び込んだのよ」
「……………………」
 祐介の顔が、青ざめる。
「こう見えても私、泳ぎにはけっこう自信があって、何とか無事に逃げられたみたいだったのよね」
「……………………」
 そして徐々に紫になっていく。
「つ、つ、つまり……僕は……」
 ひかりの説明の先を読んでしまい、とうとう真っ白に。
「やらなくてもいい救助をやろうとしたあげくすっ転んで自分から遭難しさらに助けようとした相手に助けられてその上その上その人を鬼にしてしまった、と……」
「……そういうこと、になっちゃうのかしら?」

「す、す、す、すみませんっ! ごめんなさいっ!」
 祐介はガタッと椅子をのけると後ろに下がり、深々と頭を下げた。
「僕が余計なことをしたばっかりに……ご迷惑をおかけした上、鬼にまでしてしまったなんて……!」
 何度も何度も頭を下げる。
「ああああ、いいのよいいのよ。気にしないで」
 そんな祐介にひかりは笑顔でフォローを入れる。
「私だって、勘違いとはいえ自分を助けようとした子を放っておくことなんてできないもの。あなたが私を助けてくれようとしたこと。それは素晴らしいことだわ。
 私の方からお礼を言いたいくらいよ。ありがとう」
「そんな……」
 恐縮しきりの祐介。
 ……と、そこで祐介は一つ、おかしなことに気付く。
「……ところで、どうして僕の名前を?」
「あらごめんなさい。上着に刺繍が入っていたものだから」
 指をさすひかり。その先には、部屋の隅にまとめて紐にかけられてあるひかりと祐介の服があった。
 そこで、ようやく祐介が自分の服装が変わっていることに気付く。彼にはちょっと大きいTシャツと、逆に少々キツめのスパッツだ。
「それに、あなたのことはいろいろと聞いていたからね」
「へ?」
 続いて出たひかりの言葉に、祐介は困惑する。
「改めてこんにちは。私の名前は神岸ひかり。神岸あかりの母親です。よろしくね、長瀬祐介君」
「…………………」
 もう一度、祐介の顔が白くなった。
 
 一方その頃、戦乙女とその部下はというと。
「ああああーーーーーーーーーっ! あのおばさん! どこに消えたのよっ! もうっ!」
 河原の一角で絶叫していた。そりゃもう、狼の遠吠えのごとく。
「あ、姉さん……暗くなってきたし、もうこれ以上は……」
 半ば泣きの入った矢島の言葉も気にせず、七瀬はさらに叫ぶ。
「私はねぇ! この島に来て! もう何度も何度も目の前で獲物かっさらわれてきてんのよっ! いくらなんでもこれ以上獲物を逃すのは遠慮したいのよっ!」
「い、いや、そのお気持ちはわかりますがね……」
 すでに矢島、マジで部下と化している。
 いや、本人にしてみてももう部下でも手下でもしたぼくでも何でもよかった。
 この状況さえ、何とかできれば。
「探すわよ。何としても探すわよ! 草の根分けても探し出すわよ! というわけで出発! そらそら行くわよ矢島君!」
 川下の方向にビシィと竹刀を突き付け、出発した。
 ……後に続く矢島はと言うと。
(……もう、どうにでもなれ)
 覚悟を、決めた。
 
【神岸ひかり 鬼になる。現在は長瀬祐介と一緒に川の近くの小屋の中】
【長瀬祐介 ひかりに謝罪。許してもらう。ついでに洗濯もしてもらう。ポイント+1】
【七瀬留美 草の根分けても探し出す!】
【矢島 もう、いいッス。どこまでもついていきます、姉さん】
【3日目夜】
【登場 神岸ひかり・【長瀬祐介】・【七瀬留美】・【矢島】】

72「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:45
「ほっ…解けないっ……!」
 泣きそうな顔になりながら郁美が木に結ばれたウォプタルの手綱を解こうとするものの、堅く結ばれているそれは、
解ける気配を見せなかった。クロウが力を込めて結んでしまった事に加え、郁美自身が非力である所為であった。
「あーっもう! 何やってんのよ、どきなさい!」
 もたつく郁美を強引にどかせ、岡田が手綱の結び目に取り付く。
 ――鬼の様な形相で岡田が手綱を木から解くのと、クロウが彼女達の元へ辿り着いたのは、ほぼ同時だった。
「大ポカしちまったぜ!」
 来るや否やウォプタルに飛び乗り、間を置かずに郁美の腕を掴んで騎上へ引き上げる。
「どーせ思い切り目が合っちゃったりしたんでしょ!? どぢっ!!」
 見事に真相を言い当てる岡田に、クロウは返す言葉も無い。バツの悪そうな苦笑を浮かべる彼に、岡田は更に
畳み掛ける様に言い放った。
「二手に分かれるわよ!」
「言われるまでもねぇ! ――巧く逃げてくれよ、嬢ちゃん達!」
「そっちこそ、その子をしっかり守ってやんなさいよね!」
 クロウは手綱を握り直し、ウォプタルを走らせた。――同時に、疲れた体に鞭を打ち、岡田軍団も走り出す。
 束の間、行動を共にした両者は、再会の約束さえ取り交わす事無く、別々の方向へと散開した。

 男の逃げた先に、一匹の恐竜の如き生物と、四人の少女が佇んでいるのが見えた。そして、合流するなり何か
言い合った後、別々の方向へと逃げ出した。恐竜+男と少女、そして、残る少女三人組とに。
「二手に分かれた…!?」
「見て、あの三人組…!」
 祐一と並走する郁未が、三人組の少女達の後姿を見やり、声を上げた。
「この前、せっかく取り囲んだのに逃げられちゃった人達ですね…!」
 そう言ってから由依は、はっとして、舞を横目見る。…が、舞は表情を変える事無く、前を見据えて走っていた。
「…恐竜さんは、足が速い」
「なら、追うのは――」
「――三人組の方よ!」
「雪辱戦ですね!」
「はちみつくまさん。…今度こそ捕まえる……!」
 祐一達四人は、恐竜に乗った二人ではなく、自前の足で走る三人組の方を追跡し始めた。
 ――その三人組の後姿は、体力を大分消耗しているのか、以前追い駆けた時より早くはなかった。
 追い着ける…!――勝利を確信し、祐一と郁未の口元が笑みに歪んだ。

73「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:48
「っ…、ヤバッ…! こっちの方に来た!」
「うぇ〜んっ! 前に苦労して逃げたのに、何でまた同じ人達に追い駆けられるのよぅ〜っ!」
「ううっ…、シャワーと着替えが出来ると思ったのに…」
 苦々しくボヤきながら疾走する、岡田軍団三人娘。だが、今一スピードが上がらない。――体力がそろそろ限界なのだ。
「このままじゃ…追い着かれる――…?」
 再度、チラと背後に迫る追跡者へ目をやる吉井。――追跡者の影は四つあったはずだが…今は、三つ。
 一人、少ない…!?――そう認めた吉井の背筋に、悪寒が奔った。
「岡田っ、松本っ…――ストップ!!」
「なっ、何よ…!?」
 両手を広げて急制動を掛ける吉井に、岡田と松本も、目を丸くしつつ急ブレーキ。
 ガサァっ…!――
 と、急停止した三人の進む先にあった茂みの影から、人影が飛び出して来る。
「ここ迄ね…!」
 不敵に笑う郁未だった。
 三人娘の消耗した体力を見て取り、そして自らの脚力を全開にして脇から追い越し、先回りを果たしたのだ。後続の
祐一達も、三人娘を必要以上に追い立てぬ様、追跡のペースをセーブしていたらしい。
「くっ…! やられた……!」
 程なくして追い着いた祐一達と前を塞ぐ郁未を睨みやり、岡田が呻いた。
「貴女達を取り囲むのは、これで二度目ね」
 ちょっぴり愉悦を表にしながら、郁未。
「一気に3ポイントもゲットですねっ!」
 チャキッ…と、唐辛子噴霧器を構えながら、嬉しそうに由依が微笑む。
「今度は油断しない」
 言葉通り、一切の油断も示さぬ気迫を双眸に込めながら、舞が静かに構えた。
「――さ、天沢。早くタッチしてくれ」
「解ってるわ」
 祐一に促され、郁未が三人娘の方へと近付いて来る。
 ――それを見やった吉井が、微かに目を輝かせた。
「……チームでは、貴女が主にポイントをゲットしてるんだ?」
「そうよ。それがどうかした?」
「天沢っ…!」
 吉井の問い掛けに応える郁未に、祐一がやや咎める様な声を上げる。――以前、そういう風に問い掛ける事で心理的に
揺さ振られ、逃げ手に出し抜かれた事があったからだ。その所為で一時的にチーム内に亀裂が入った。…結局は団結を
深める事になった事件であったが、注意しておくべき事であるには変わりない。
 大丈夫よ――不敵に微笑みながら、郁未はアイ・サインを祐一に送る。…実際、今自分に問い掛けて来ている少女は、
あの時の女性より話術やシビアな心理戦に長けている様には見えなかった。
 …郁未のその認識は、確かに間違ってはいなかった。――だが、それは同時に大きな誤解でもあった事を、彼女は身を
以て知る事となる…
「………岡田、松本。…まだ走れる?」
「…キツイけど、何とか」
「逃げられるの…?」
 苦しげに顔を歪める岡田と不安げな松本に、吉井は、フ…と微笑んだ。
「吉井…?」
 その微笑に松本は何か、ゾっとする物を感じた。不気味であったからではない。――余りにも透明であったからだ。

74「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:49
「“逃がす”――わ」
 呟くなり、吉井は親友二人の腕を引っ掴み、駆け出した。
 郁未の方へと――
「へ――?」
「そんなに欲しけりゃ、くれてやるわよ!」
「「よよよ吉井ィィィーーーー〜っっ!!?」」
 軍団での“良識”担当であるはずの吉井、御乱心。彼女に腕を掴まれて走る岡田と松本が、悲鳴を上げた。だが――
「だけど…他の二人はやらせないっ!!」
「どわぁぁあっ!?」
 叫ぶなり、吉井は親友二人から手を放して郁未に突進し、組み付いて地面を転がった。
 ――余りの事に目を見開いて唖然とする、他の祐一チームの面々。
「何してんの! 早く逃げてっ!!」
 唖然としていたのは、岡田と松本も同様であった。――が、吉井に一喝されて我に帰り、一瞬苦悶するかの様に躊躇
するも、背を向けて走り出す。
「にっ…逃がしません!」
 いち早く我に帰った由依が、逃げる二人に唐辛子噴霧器の噴射口を向けた。この雨の中、どれ程効果が減衰してしまう
のか解らないが、何もしないよりはマシである。
「させるかぁっ!」
 あお妙にゴツイ代物が何を吐き出すのか、吉井は知らなかったが、“ロクでもない物”であるに違いないと断定し、素早く
靴を脱ぎ、手首のスナップを利かせて由依に投げ付けた。
 スパこぉぉぉぉんっっ!!――
「きゃんっ…!?」
 吉井の投げた靴は、見事に由依の頭に命中。堅い箇所に当たったか、悶絶して沈む。
「ぐっ…! だったら“不可視”で足元を吹き飛ばして――!」
「させないって言ってるでしょーがっ!」
「あひゃっ…!? あひゃひゃヒャヒャヒャッッ…!! やややめてぇぇ〜んっ!!」
 吉井に馬乗りになられていた郁未が不可視の力を集中させたが、放たれる寸前に吉井からくすぐり攻撃を受け、集束
させていた力を霧散――否、狙いを付けていた岡田と松本の足元の地面ではなく、あらぬ方向へ暴発させた。
 ドカッ! バキバキィッ…!! ドドぉーーーーーーんんんっ!!!――――

75「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:50
 暴発した不可視の力は、逃げてゆく二人の背後の地面や木の枝を吹き飛ばし、そして一際大きな力が、トドメとばかりに
太目の木の幹を爆発させて打ち倒してしまった。
 倒れた木によって遮られてしまった向こう側へ消えてゆく、二人の影を見送りながら、舞がやや呆然としつつ口を開く。
「……また逃げられた」
「――でも、一人ゲットしたわ」
 ちょっと疲れた様な声で答えるのは、相変わらず吉井に馬乗りにされた郁未であった。
「もうどいてくれない?」
「あ、ごめん」
 郁未と苦笑し合いながら、吉井は彼女の上から体を退かせた。そして、立ち上がろうとする郁未に手を貸してやる。
「……こんな捨て身の反撃で仲間を逃がすなんてね」
「…いいのかい? これで優勝は無くなっちゃったけど?」
 追い詰めたはずだったのに逆にしてやられた悔しさからか、少しからかう様な口振りで祐一が言った。
「捕まえようとしておいて、そんな事言うの?」
 逆に咎める様に反問され、祐一は肩を竦めて苦笑する。――それを横目に見やりつつ、吉井は投げた靴を履き直し、
痛そうに蹲っている由依の頭を撫でてやっていた。
「…私達はね、そう簡単に捕まる訳にはいかないのよ。三人が唯の一人になっても、逃げ続ける――…そう決めたの」
「……自分を、犠牲にしても?」
「そう」
 静かに訊ねて来る舞に、吉井は静謐な笑みを以て答える。
「私達はチームだもの。最後の最後で、私達の誰かが残っていれば、勝ちなのよ」
「…大したガッツだわ」
 吉井に組み付かれて地面を転がった所為で、吉井と同じく郁未もびしょ濡れ泥だらけであったが、その顔に不快の色は
無い。寧ろ、賞賛する色さえ浮かべていた。
「――ね、もし良かったら、私達と組まない?」
「…おーい、天沢さん?」
 祐一が困った風に声を掛けて来るが、黙殺。郁未は、何やら吉井の事を気に入ってしまった様である。
 …しかし、吉井はそんな郁未に、申し訳無さそうに首を振って見せた。
「………ううん、遠慮しておく。ゴメンね」
「そっか…。…じゃあ、これからどうするの?」
「そーね。あの二人を追うわ。付き合い長いから、大体の行動パターンとか行き先が解るし。――で、影からサポートする」
 ――…そう答え、吉井は襷を受け取った後、祐一チームから離れて行った。

76「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:50

「……よし、じゃあ、あの子をこっそりと追跡」
 吉井を見送った後、祐一が静かに提案したが――
「却下」
「それはちょっと…」
「ぽんぽこたぬきさん」
 一斉に拒否されてしまった。
「何でだよ…!? 巧くすれば更に2ポイント追加だぞ!?」
「あのねぇ…、あの子達を落とすのは結構ホネだって解ったでしょ? 深い事情は聞けなかったけど、さっきみたく死に物
狂いで逃げに掛かって来るし、一人は逃げに徹する必要も無くなったから、全力で邪魔しに来るわよ?
――言ってたじゃない、サポートに回るって」
「もう靴でドツかれるのはヤですよぅ…」
「…一人捕まえられただけでも、充分だと思う」
「解った解った。手強い相手だって言いたいんだろ?」
「…それに――」
「「「 それに? 」」」
 言い掛けた舞に、皆の目が集中する。
「………もう、やきそば、パサパサかも…」
「「「 あ゛ 」」」


 ――吉井は言葉通り、親友二人の追跡を開始していた。
「取り敢えずは着替えをしたいわね…。疲れてるけど、休むのは二人と合流してからでもいいか」
 二人の行く先は、何となく予測出来る。着替えを行って多少遅れても、それ程時間を要さずに追い着けるだろう。
 …鬼役となっても、逃げ手をサポートする事は出来るのだ。その事をもっと早く考え付いていれば、雅史との悲しい別れ
をせずに済んだかも知れない…
「――ま、言わぬが花ってやつかしらね」
 鬼役の雅史と行動を共にしていたら、その和やかさで自爆してしまいそうだ。特に松本辺りが。
 ――そんな事を考えてクスクスと独り笑いなどをしつつ歩いていると、木々の間に隠れる様にして、小さな小屋が
建てられてあるのを見つけた。
「………誰も…………いないわね」
 それに加え、何も無い。タオルが幾枚かと、傘が数本。そして――
「………服?」
 紙の箱に納められた、綺麗に畳まれた衣服。
「これ…………“ガ○パレ”の服?」
 思わず唖然とする吉井。衣服――と言うより、コスプレの衣装である。
 …だが、作りはしっかりしているし、使われている生地もちゃんとした物だ。――背に腹は変えられぬ。
 吉井は、小屋の周りに人影が無いのを確かめ、ちょっと顔を赤くしつつ、泥だらけの服を脱いだ。更に、雨が滲みて
びっしょりになった下着類も脱いで全裸に。タオルで体に着いた雨滴を拭き取り、ザックから真新しいブラとショーツを
取り出して身に着け、脱いだ衣服と下着類は畳んでザックにしまった。
 数分後――
 その服をしっかり着込み、髪もいつものタコさんウィンナーヘアーではなく、ポニーテイルにした吉井。
 そして、手鏡で自らの姿を確認し、表情を引き締め――
「…我らは誇り。誇りこそ我ら。…どの法を守るも我が決め、誰の許しも乞わぬ。私の主は私のみ。
 …文句があるなら、戦おう。………………………………――――ブっ!」
 照れ臭さの余り、吹き出して爆笑する、“ガ○パレ”コスプレイヤーが一人、そこにいた。

77「友情」 「犠牲」 ――そして「誇り」(改訂版):2003/05/29(木) 20:51



【クロウ・郁美ペア、及び、岡田軍団  鬼役・祐一チーム【祐一】【郁未】【舞】【由依】に捕捉される】
【クロウ・郁未ペア ウォプタルに乗って何処かへ逃走】
【祐一チーム 岡田軍団を追跡】
【岡田軍団 祐一チームに包囲されるが、吉井の犠牲的行動によって岡田、松本の二名は逃走に成功】
【吉井 鬼化】 【郁未 吉井を捕獲、ポイント+1】
【吉井 他二人をサポートする為に、追跡を開始】
【吉井 “ガ○パレ”の服を入手。着替えてこれを装着】
【吉井 傘を逃げる時のどさくさで失くすが、“ガ○パレ”の服を手に入れた小屋で新しい傘を入手】
【吉井が失くした傘は、クロウと一緒の郁美が持っている】
【祐一チーム ヤキソバはどうなった…!?】
【三日目:昼過ぎ〜昼下がり  天候:雨】

【登場逃げ手:クロウ、立川郁美、岡田メグミ、松本リカ、吉井ユカリ】
【登場鬼:相沢祐一、天沢郁未、川澄舞、名倉由依】

78マンイーターの後始末:2003/06/22(日) 22:23
「凄い寝相だな…」
七瀬彰は、雛山理緒を抱きしめたまま眠る水瀬名雪を起こそうと悪戦苦闘しながら呟いた。
澤倉美咲としんじょうさおりも頑張るが、てんで起きる気配が無い。
目覚めた時、理緒の毛布に誰も居ない事に気がついたのは美咲だった。
最初は「どこ行ったんだろうね」などと言って笑ったが、同時に名雪の毛布が異常に膨れ上がっている事に気がついて、彰が恐る恐る名雪の毛布をめくった。
そして名雪に羽交い絞めにされて、鼻水でぐしょぐしょになった理緒を発見したのである。
理緒は目がイッちゃっていたので、とにかくまず理緒を解放することから始めた。
が、引っ張ってみても理緒の身体は動く気配が無い。一体どのくらい強い力で抱きしめられているのか想像もつかないほどだった。
引き剥がそうとすると、「けろぴ〜…」と謎の寝言を呟いてぎゅっと更に強く抱き込んだりしたので、このままでは理緒の負担が大きいと判断して諦めた。
仕方が無いので、名雪を起こすほうに専念することにしたのだが、これがまた大変だった。
揺する程度では到底起きない。ぺちぺち頬を叩いても当然起きない。
彰は、こうなればびしばし叩こうとも思ったが、愛する人の美咲の前でそれは憚られた。
仕方なく頭をこつんと叩く。やっぱり起きない。
「どうしたらいいんだ…」
RRな台詞を吐いて、彰ははぁ、と溜め息を一つついた。
さおりは既に諦めて、名雪に絡め取られていたが、いつの間にか自由になっていた太助と戯れている。
美咲はそんなさおりをあやしていた。
彰はそんな二人を見て、何故太助が自由になって理緒が代わりにこんな目に遭っているのか、と思った。
「そうだ…」
そこで彰は一つ思いついた。
名雪の猫好きは病的だ。今ももう一匹の猫を抱いたまま離さない。
ならば、この猫を引き剥がせばどうなるか?
起きるかどうかは少し怪しかったが、今はどんな手段も選んでいられない状況だ(だからといって愛する美咲の前で暴力的な手段は使うわけには行かなかったが)。
試しでやってみる価値はあるはずだ。
彰はぴろの尾を引っ張ってみた。
ぴろはその衝撃で目を覚まし、うにゃあと鳴くと名雪の手をすり抜け、毛布から逃げた。
そのままぴろは何故か転がっていたバケツに身体をぶつけた。こん、と音が鳴った。
――さて、これがどう出るか。
と思った瞬間。
「うー、逃げちゃ、だめだぉ〜」
名雪がうめいたと同時に、彰の右足首をがっしりと掴んだ。
「はい?」
呟く間もなく、彰は見事にすっ転び、床に後頭部を強かに打ちつけた。名雪が足を引っ張ったのだ。

79(マンイーター水瀬名雪・リローデッド改訂版):2003/06/22(日) 22:24
「な、七瀬君?」
「お兄ちゃん?」
ごつん、という鈍い音に気がついた美咲とさおりがそちらを見る。
すると、彰が後頭部を抑えて蹲っていた。
「〜〜〜ーーーッ…!!」
痛くて声にならないらしい。
「大丈夫?」
二人が駆け寄ってそう訊ねる。
「ッ〜〜〜…ーー…だ、大丈夫だよ美咲さん…」
彰は親指をぐっと立て、起き上がる。
「それにしても…やっぱり起きない…」
後頭部をさすりながら、彰はまた一つ溜め息をついた。
その時、名雪が一つ寝返りを打ち、壁際のバケツのあたりで仰向けに転がった。
「うにゅ…」
すると名雪が何かに反応した。
ん、と美咲は目を凝らす。
よく見ると、天井から水が滴り落ちていた。雨漏りだ。雨漏りの雫が名雪の顔に落ちている。
そしてその雫が名雪の右目に落ちた。
「……冷たい…」
名雪は目をしばたたくと、むっくりと起き上がった。
これまでの苦労はなんだったんだ、と言うくらいあっさりと起き上がった。

「ごめんなさい、理緒ちゃん! 本当にごめんなさい!」
名雪は事の顛末を聞いて、理緒に素直に謝った。ぺこぺこ頭を下げて。
「い、いいって、そんなに謝らなくても…」
生来の人の良さから、理緒は軽く許す。
「七瀬さんもごめんなさい!」
「いや、いいって。このくらいなんでもないから」
まだ後頭部は痛かったが、本気ですまなさそうにしている名雪を見て、彰も笑って許すことにした。
「お詫びに御飯はわたしがつくりますから!」
台所に立とうとした美咲に変わって、名雪が包丁を握る。
その手さばきは、ねぼすけな先ほどとはうって変わって鮮やかなものだった。
そして実際出来た料理は、とても美味しかった。
さすが料理上手の主婦、水瀬秋子の娘である。
「それじゃあ朝ご飯も食べた事だし、雨漏りをどうにかしようか」
彰は濡れた天井を見上げ、立ち上がった。

80マンイーターの後始末:2003/06/22(日) 22:24
【彰 美咲 さおり 名雪 理緒 とりあえず小屋の雨漏りを直そう】
【三日目昼前】
【登場鬼:【七瀬彰】【澤倉美咲】【しんじょうさおり】【水瀬名雪】【雛山理緒】】
【登場動物:『太助』『ぴろ』】

81終焉のノクターン:2003/07/10(木) 19:58
 ――遅れて別荘の中へ踏み込んだ響子の見た物は、逃げ手の少女を庇う様にして立つ、二人の鬼役の少年と少女。
そして、自分よりも先に窓から飛び込んだ弥生に見据えられ、顔を青褪めさせている青年。それら両者の間で戸惑った
様に銃を構えたまま固まっている若い女が一人…
「…三つ巴ってやつ?」
 その呟きが聞こえたか、弥生と彼女に見据えられている青年以外の者達の視線が、響子へ集中した。――中でも、
銃を構えていた娘は、響子を見るなり鋭い眼光と共に銃口をも向けて来る。
「また新しい鬼…!?」
「ちょちょちょ…!? ちょっと! そんな物騒な物向けないでよ!」
 まさか本物ではあるまいが、碌でもない物が飛び出してくるのは間違いなさそうだ。
 ――だが、響子と銃を構えた娘…晴香のやり取りを全く意に介していないのか、弥生はそちらへ一切気を向ける事も
なく、青年…和樹の方へと、一歩近付いた。
「…以前、貴方が作ったという、『表紙フルカラー・84Pの大作・森川由綺と緒方理奈2大アイドルが監禁、陵辱で奴隷化、
しかもレズシーン有り』なる同人誌について、少々伺いたい事があります」
 静かな、感情の存在を感じさせない声音。だが、和樹は、その冷たい声の中に激しい何かがあるのを感じ取っていた。
 ――はっきりと。
「…当該の本、貴方が作ったという事で間違いありませんね?」
 その迫力に和樹は思わず一歩後退ってしまったが、んぐ…と喉を鳴らしながらも、頷いて見せた。
「…た、確かにその本は、俺が作った物ですね…」
 素直に認める和樹。他にも似た様な本を作っている、もっと酷い内容の物を描いている奴等もいる――という言い訳は
しなかった。
「う、訴え……ますか?」
「それは、私の判断する事ではありません」
 弥生が、また一歩。
「只、知りたいのです。その同人誌、『表紙フルカラー・84Pの大作・森川由綺と緒方理奈2大アイドルが監禁、陵辱で
奴隷化、しかもレズシーン有り』を制作していた時――」
「あ、あまり連呼しないで…」
 しげしげと、事の行く末を見つめている他の人々、それも、女性陣の視線が痛い。特に、この森川由綺のマネージャー
の物は…
「…『表紙フルカラー・84Pの大作・森川由綺と緒方理奈2大アイドルが監禁、陵辱で奴隷化、しかもレズシーン有り』を
制作していた時――」
 だが、弥生は、和樹の訴えを完全に無視して再度言い放つ。
「………貴方の中にあった、森川への気持ちを教えて下さい」
「は……?」
「その時、貴方の中には何がありましたか? ――情欲ですか? 邪念…或いは、悪意ですか?」
 和樹は首を傾げたが、弥生の眼差は冷たいながら、どこまでも真摯だった。
「……か、“監禁”とか“陵辱”とか“奴隷化”っていう題名だか内容自体、邪念だらけというか…」
 この場で只一人の逃げ手である少女…岡田が、ちょっぴり顔を赤らめながらポツリと呟く。
「ん〜、どっちかって言うと、悪意じゃない?」
「や、情欲だろ、寧ろ」
 続けて、岡田を他の鬼達から護る様にして立つ二人…志保と浩之がそう口にした。
「――違う!!」
 ギャラリー達の物言いに、和樹は鋭く叫び返していた。
「…確かに情欲はあった。無いと言ったら嘘になるし。それが邪念や悪意と見られる事だってあるとは覚悟していた。
――でも! …一番大きかったのは、『萌え』…なんです!」
「…“萌え”……ですか?」
「そう、『萌え』です。…情欲だけでは良い物は作れない。悪意とかは以ての外……一番大切なのは『萌え』なんです!
トップアイドルが理不尽な欲望達の前に為す術もなく穢されてゆく……綺麗な物、美しい物を汚してしまいたいという
情念――それは、『萌え』に繋がるんです!」
「…只、背徳感を煽る様な性描写を描き連ねただけなのでは?」
「うぐ…――そ、それは、結果的にそうなってしまったというか」
 …本来ならば例の本、アイドル萌え本(ちょっとお色気アリ)として完成するはずだったのだ。実際、ほぼ完成しており、
仲間内からも高い評価を得ていた。――が、「こんなのダメダメ! 売れないとダメなんだからぁ!」…と、某同人女王に
その原稿を没収されてしまったのだ。
 そして、結局ゼロからの作り直しで修羅場をも乗り切ってしまった為に、トンデモない物が出来上がってしまったという、
何とも皮肉な話…
 あの時の達成感が、こんな形で災厄として巡って来るとは。これこそ正に因果応報…或いは、人間万事塞翁が馬と
でも言うべき事なのか。
「……………何れにせよ、貴方は“ギルティ(有罪)”…。覚悟は…宜しいですか?」
「わ…!? わわっ…! ちょ、ちょっと待って…!!」
 弥生が手を伸ばし、和樹へ更に詰め寄った。
 ――その時である。

82終焉のノクターン:2003/07/10(木) 19:59
「話は終った? ――じゃあ、潰れていなさい!」
 ばむ!ばむ!――と、晴香の声と共に、トリモチ銃が爆ぜた。放たれたトリモチが凄まじい勢いで弥生に――
 命中しなかった。弥生は、咄嗟に体を床へ伏せさせ、飛来したトリモチを寸での所でかわしたのだ。
 その煽りを喰らったのが、和樹である。
「むべっ…!!?」
 トリモチは和樹の顔面に見事命中。…彼は床を転がり、壁にぶつかって伸びてしまった。
「ちっ…!」
 舌打ちする晴香。だが、間を置かずに再度弥生に銃口を向ける。彼女の中では、弥生こそが一番厄介な相手と認識
されている様であった。そこへ――
「ちぇすとぉぉぉっ!!」
「っ…!? ああっ!」
 横合いから、志保ちゃんキック炸裂(パンツ丸見え)。晴香の手からトリモチ銃が弾き飛ばされ宙を舞い、立ち竦んだ
ままの響子の足元へと落ちた。
 得物が失くなった。――好機と見たか、すかさず志保に続いて浩之が晴香に飛び付く。相手は女性で、浩之には力も
ある。取り押さえるのは割合簡単だと思ったのだろう。
 しかし、浩之の顔が、次の瞬間驚愕の色に染まった。
「なななっ…!? 何だあっ!!?」
 柔道の要領で晴香の袖と襟元を掴んだはずの浩之の体が、見えざる何者かに持ち上げられたかの如く、宙へ浮かび
上がったのだ。
「ちょ、超能力者…!? ――まぢ!?」
「こっ、琴音ちゃんが使うみたいなアレか…!?」
 愕然とする浩之と志保を見て、晴香はニヤリと笑った。
「不可視の力よ。怪我はさせないわ。――大人しくしてなさい!」
「おわぁあっ!」
 ぽーんっと見えざる力で投げ飛ばされた浩之は、ソファーに軟着陸。が、勢い余ってソファーごと転がり、壁との間に
挟まれてしまった。
「キタな! 反則よ反則! そーいうので直接攻撃したら反則よ!?」
「“攻撃”した訳じゃないわ。掴んで来たから“振り払った”だけよ」
 志保の猛抗議をさらりといなしつつ、晴香は体に掛けていた別の得物――サブマシンガンか何かに似た物の下部に
スプレー缶の様な物が付いた銃を構え、自分の顔にはガスマスクを被る。
「そんな言い訳が通る思って――」
「――“通す”わ」
 ガスマスク越しの、くぐもった声。…晴香がガスマスクを被った時点で、志保は彼女が構えた新たな得物の正体を
察するべきだった。だが、頭に血が昇っていた為に、判断が遅れた。――ぶしゅーーっ!!
「わぷっ…!? ぶしっ…!? ヒクしょんっヘクしっ!! なっ、何よコレっ……ファくしょんっ! ハクしょんっ!!」
 唐辛子噴霧器の小型ver.――胡椒噴射器である。大型で小回りの利かなそうな唐辛子噴霧器ではなく、軽さと接近
戦での扱い易さを考慮し、これを選んだのだ。
 胡椒の噴流をモロに喰らった志保は、クシャミを連発しながらのた打ち回った。
「悪いわね」
「ふむぎゅっ…!!」
 苦悶する志保を踏みつけ、その顔めがけて更に胡椒を連射。
「ひぎゃああああああ………っっ!!?」

83終焉のノクターン:2003/07/10(木) 19:59
 悶絶する志保を尻目に、晴香は弥生に向き直った。向き直った時には、胡椒噴射器を持たぬ方の手に、また新たな
得物を構えていた。――片腕でも扱えるネットランチャー。小型だが、人一人を捕獲するには充分な代物だ。
「――さ、次は貴女よ。胡椒で悶絶したくなければ、大人しくしてよね」
「………何故、こんな手荒な事を?」
「…あんたが言う、そんな事?」
 先程から床に片膝を着いてしゃがんだままの弥生を見やり、晴香は肩を竦めた。
「さっき、あの同人ジゴロをコロそうとしたじゃない」
「…そんな事はしません」
「……その気マンマンに見えたけど? ま、いいけどね。――じゃあ、潰れて貰うわよ」
「私は…足を挫いてしまいました。暫くまともに動く事は出来ません。それに、他の逃げ手に興味もありません」
「そう。でも、今はそうでも、後々気が変わるかも知れないでしょ?」
 別段、嗜虐的な感情等が沸き立つ事もなく、只淡々と、晴香はネットランチャーを動けない弥生に向けた。
 ――と、
 ばむ!ばむ!ばむっ!…――トリモチ銃が爆ぜる音。
 響子が、足元に落ちていたトリモチ銃わ拾い上げ、弥生の傍に立つ晴香に向けて撃ち放ったのだ。
 ――何故そんな事をしたのか、解らない。弥生の危機――結構じゃないか。これ以上振り回される事もなくなるだろう
し、ここで休みを摂る事だって出来るだろう。何も、無理をして彼女を救う必要など…
 だが、そう思いながらも、体は動いていた。――ここまで付き合って来た為に、ある種の情が生まれていたのかも
知れない。
 ――しかし、響子の友情は、報われなかった。
 撃ち放たれたトリモチは、晴香の体に命中する事無く、寸前で叩き落されたかの様に弾かれてしまったのだ。
「なっ……!?」
「気付いてなかったと思う?」
 響子がトリモチ銃を拾い、構える所を、晴香は視界の隅で認めていたのである。
 愕然とする響子に向け、晴香は無造作にネットランチャーを撃ち放つ。――襲い来る蜘蛛の巣の如き捕獲ネットに絡み
獲られ、響子は悲鳴を上げて倒れた。
 ネットランチャーは、便利な事に自動装填式らしい。何発入っているのかは解らないが、発射口を弥生に向け直した
時には既に、カコン…と軽い音を立てて次弾が装填されている。
「………勝ち進んでいる時が一番負け易いと言いますからね」
「そうね。油断大敵。勝って兜の緒を締めろってやつかしら?」
「――全くその通りだわね」
「――っ!?」
 背後から声――驚いた晴香が振り返った時には既に、岡田の握ったフライパンは振り下ろされていた。
 くぱああああぁぁんんっ…!
「んぐっ…!!」
 丈夫なガスマスクを被っていたお蔭で一撃での昏倒は避けられたものの、目の中に激しく星が飛び散り、衝撃が頭
の中を貫いた。
「も・いっちょおっ!!」
 くゎぱああんっ!!――今度は振り上げの一撃。晴香の顔からガスマスクが外れて吹き飛び、宙に舞う。
「こっ…このっ……!」
 フライパンアタックで脳を揺さ振られながらも、晴香は不屈の根性で崩れそうになる両脚を踏ん張り、岡田に掴み
掛かろうとした。だが、岡田はヒラリとその手をかわし――
「ちょオッッップ!」
 ごんっ…!――…垂直フライパン。その力は前のニ撃に較べればずっと弱い物ではあったが。
「……………………うぐぅ…――」
 ――そして、晴香は遂に倒れた。

84終焉のノクターン:2003/07/10(木) 20:00


「…やりますね。お蔭で助かりました」
「どーいたまして」
 片手で持ったフライパンで肩をトントンと叩きつつ、晴香の手から落ちた武器を蹴って脇へ寄せている岡田を見やり、
弥生は素直な賞賛を表した。
「鬼を前にまごついたりバタバタするだけが逃げ手じゃないってね。――藤田ぁ、長岡ぁ、生きてるー?」
「……何とかな」
 やれやれとばかりに体の上に乗ったソファーを退かし、立ち上がる浩之。その頭には、でっかいタンコブがこんもりと
出来上がっていた。
 志保はというと――
「くっくっくっく…、どーしてくれよーかしらねぇ、この女」
 胡椒攻撃による涙と鼻水の為に目と鼻を赤くさせながら、片手にトリモチ銃、もう一方には胡椒噴射器を構えつつ、
完全にノックダウンさせられている晴香を悪人顔で見下ろしていた。
「取り敢えずフン縛るか」
「超能力者なんでしょ? 縛ったってすぐに逃げ出しちゃうわよ」
「外にほっぽり出す訳にもいかねーだろが。何かロープみたいな物……そーだ、志保、お前のブラジャー貸せ」
 その要求に応えて、無言で浩之の顔面に蹴りをメリ込ませる志保。
 …まあ、晴香の事は、エスコート役(どうも今一頼りない気もするが…)の彼等に任せるとして――岡田は、二階へ
続く階段を見上げた。
 そこには、Tシャツに下着のみといったラフな姿の松本がニコニコ顔で腰を下ろしており、傍には、階段の手摺りに
もたれる様にして立つガンパレコス姿の吉井がいた。――息を潜めて事の行く末を見守っていたのだろう。
「カッコよかったよ〜、岡田ぁ♪」
「私の活躍する場も残しといて欲しかったなぁ。こんなコスプレまでしてるんだし…」
「いーじゃない、別に。あんたは前に充分活躍したでしょ。藤田に飛び蹴りまでくれてたし」
「言わないでよ、それは…」

 …ネットに捕らわれていた響子は弥生に助け起こされていた。
「大丈夫ですか?」
「はは…、どうにか」
 どこか自嘲するかの様な苦笑を浮かべながら、響子は乱れてしまった髪を手櫛で整える。
「…柄にもない事するから、酷い目に遭っちゃったわ」
「有難う御座います。助かりました」
「ちょ、ちょっと…、よして下さい。結局、私は何の役にも…」
「いえ……、助かりました。是非、礼を…――有難う」
 生真面目に礼を述べられ、響子は却って照れ臭かった。
 その照れ臭さを肩を竦めて誤魔化し、響子は視線を転じた。――壁際でトリモチを顔にへばり付かせて呻く和樹に。
「………で、彼の事、どうする気です?」
 弥生はそれに答えぬまま、軽く挫いた片足を庇いながら、和樹に近寄った。
「……無事ですか?」
「ぐはっ……な、なん…とか…」
 トリモチを弥生の手でベリベリと剥がして貰い、和樹は酸欠地獄から生還した。が、その先で待っていたのはまた
新たな地獄であったと言うべきか。
「…あう………、こ、コロさないで下さい…」
「そんな事はしません。……取引をしましょう」
「と、取引…?」
「性描写を用いない、森川を題材にした“萌える本”とやらを制作して下さい。それを、件の本よりも多く売るのです」
「お、お咎め無しの、条件ですか…?」
 弥生は、黙したまま頷く。
「で、でも……18禁本と較べたら、萌え本の売れ行きはそんなに…」
「私は、出来るか出来ないかを尋ねているのではなく、やるかやらないかを訊いているのです」
「……やります」
 …どうやら、和樹はシを免れた様であった。

85終焉のノクターン:2003/07/10(木) 20:01
「…いいんですか? 法的手段に訴えて吊るし上げる事も出来たのに」
 傍でやり取りを見ていた響子が、弥生に尋ねる。――弥生は、怒れる志保にドヤされながら晴香を介抱する和樹を見やり
つつ、静かに首を振って見せた。
「…同人誌という物の雑多性、或いは多様性は、ある程度は知っています。恐らく、森川を題材にした件の本と類似
する物は、他にも数多存在するでしょう。彼一人を叩いた所で焼け石に水……実際、本格的に対処するとなれば、
それを決定するのは私ではありません。それに――」
「それに?」
「――悪意を以て作られたのではないと確認しましたし、件の本について法的制裁を与えた場合、それが逆に森川への
マイナスイメージに大きく繋がってしまう可能性もあります。ですので、これで充分です。…今は、まだ。
 それと、相田さんには、彼と私の約束の第三者的後見人となって貰いますので」
「………なる程」
 響子、感服。キレていた様に見えて、頭の奥は冷静なままであったらしい。…いや、『至極冷静なまま、キレていた』
とでも言うべきか。この弥生という女性、敵に回すべき人物ではないと、響子は改めて思い知った。
「……所で…今日はここで休む事にしますか、相田さん?」
「え…? 本当?」
 弥生の口からその様な提案が出て来るとは。響子は思わず目を見開いてしまっていた。
「私は足を挫いてしまいましたし…、相田さんもお疲れでしょう?」
「…そう……ですね」
 弥生が休みを摂ると聞いて、緊張が解けたか、響子の体にどっと疲れが圧し掛かって来る。
 弥生は、離れた所からこちらの様子を窺っていた岡田に目をやり、その視線だけで問い掛けた。
「――いいわよ、別に。私達にタッチしてこなければね」
「そのつもりは全くありません。ご安心を」
「そ。ならいいけど。――シャワー使う? タオルとか、管理側が用意してくれた下着とかも置いてあるわよ」
 シャワールームの方を親指で指し示し、岡田は、ニッと笑って見せた。

 …こうして、戦慄の刻は静かに終焉を迎えたのである。



 後日談として…
 本来日の目を見るはずであった“アイドル萌え本”の原稿を詠美ちゃんさまから力ずくで奪回した和樹は、それを
加筆修正し、弥生との約束通りに制作完成させた。
 その本は、和樹の不安と予想に反して、件の本…『…2大アイドルが監禁、陵辱で奴隷化〜』に迫る売れ行きと好評
を博した。――その所為であるかは解らないが、森川・緒方の両アイドルの人気は更にヒートアップ。
 …加えて、そのアイドル本に加筆された『美人マネージャー』の話に食いついた人々が、熱烈な“美人マネージャー
萌え”として濃ゆく萌え上がったとか。
 それはまた、別のお話――

【【和樹】【晴香】 襲撃失敗。ミイラ取りがミイラに。岡田のフライパンアタックで晴香は気絶】
【【和樹】 同人誌について弥生と約束。取り敢えず一命を取り留める。戦意消失】
【【弥生】 同人誌について和樹と約束。取り敢えずその件については終了。軽く足を挫く】
【【響子】 ようやくちゃんとした休みが摂れるとあって、一安心】
【三日目。日没後〜夜にかけた辺り。場所は別荘】

登場逃げ手:岡田メグミ 松本リカ
登場鬼:【篠塚弥生】 【相田響子】 【巳間晴香】 【千堂和樹】
     【藤田浩之】 【長岡志保】 【吉井ユカリ】

86Howling to the Sun(ラスト):2003/10/15(水) 03:50

 小さな音が水辺に響く。

「…………………?」

 呆然としたまま、己の顔に手を当てる御堂。
 手の平にはべっとりと、水が、彼がこの世で最も忌み嫌う、その水が、こびりついている。
「……な……な……」
 あまりの出来事にカタカタと手が震え、奥歯がガチガチと鳴る。己の身に起きたことが信じられない。
 そして、絶叫。


「…………なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


【御堂 水の術法の直撃。殉職はしませんよ。ええ】
【岩切 森へ向かって一直線】
【D 岩切を追う。上半身裸】
【まいか 水の術法がクリティカル。御堂の足下】
【レミィ 御堂に投げ飛ばされる】
【エビイビ お仕事中。疲れてる?】
【登場 岩切花枝・【御堂】【ディー】【宮内レミィ】【しのまいか】『イビル』『エビル』】

87M.G.D.:2003/10/28(火) 14:31
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 御堂の断末魔をBGMに、しかし岩切とディーの刹那の決戦は続いていた。

「逃さん女! お前は私が捕まえる!」
 目の前を走る岩切に向かい、ディーが叫ぶ。
「やれるものならやってみるがいい! 私とて大人しく捕まるつもりは毛頭ない!」
 真後ろを追ってくるディーに向かい、岩切が答える。

 確かに仙命樹は日光に弱い。水戦試挑躰である岩切ならば尚更だ。
 が、それを差し引いても今回の追激戦、岩切に分があった。
 仙命樹の効果が薄れようとも、岩切は歴戦の勇士。対するディーは現在並みの人間以下。
 身体能力の差は歴然だ。その差は見る間に開いていく。

「フッ! なんやかんやと大きな口を叩いておいて、所詮この程度か!」
 後ろを振り向いて挑発をかます余裕すらある。
「おのれ……おのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 悔しそうに歯噛みするディー。
「けっぱれ! でぃー!」
 さらに背後からまいかの声。
「言われなくとも!」
 元気付けられ、さらに膝に力を込める。だが悲しいかな、決定的な彼我戦力差は埋まらない。無情にも彼の目の前で、岩切は森の入り口に佇む大きな木の枝に足をかけた。
「作戦やタイミングは悪くなかった……だが肝心の実力が伴わなければ獲物を捕らえることはできないな。では、さらば……」
 そして茂みの間に消えようとする。

 ……だがしかし。

「Don't miss it!」

「なッ!?」
 空間にレミィの甲高い声が響き渡った。同時に岩切の体が何かに引っ張られたかのように木の上から転げ落ちる。
「こ……これは! しまった!」
 引っ張られる水着の襟を必死に押さえる岩切。そう、まだ彼女の首には針が引っかかったままだった。
 遥か後ろの水辺では竿を拾い上げたレミィが全力でリールを巻いている。
「D! 今だヨ! 捕まえて!」
「よくやった! レミィ!」
 見えた勝機。疲れた体に鞭打ち、ラストスパートをかけるディー。
「……おのれェ!!!」
 だが岩切も大人しく捕まる性格ではない。すぐさま起き上がると、森の奥へと向かい、再度駆け出す。
 一対一で岩切の力にかなうはずもなく、再度引き戻されていくリール。レミィがいくら力を込めようとも、それはあがないきれるものではなかった。
 しかし……
「速度は確実に落ちている! 女! その首もらった!」
 彼我の戦力差は逆転した。どんどん二人の間の距離は縮まっていく。

「……フッ」
 そんな最中、ふと岩切が唇を綻ばせた。
「……何がおかしい」
「正直驚いた。御堂がいたとはいえ……ここまで私が一般人に追い詰められるとは……はっきり言おう。私に残された手はあと一つ、それが正真正銘の切り札だ。……お前はどうだ?」
 ギリギリの戦いに似合わぬほど、落ち着き払った岩切の言葉。それにつられたのか、ディーも素直に答える。
「切り札も何も。私は常に全力だ。一つ一つに全てを賭している。言わば、我が挙動全てが奥の手よ!」
「フフフ……常に全力、全てが奥の手か……愚かだな。そんな素直な奴は……戦場では真っ先に死ぬ」
 首を後ろに曲げ、ディーと目線を合わせる。
「だが、嫌いではない。……お前、名前は?」
「……Dだ。それが今の我が名だ」
「……Dか。私は岩切花枝。では……いくぞ! 最後に勝つのは……私だ! ハァァァァァァァァッ!!!!」

 一際高い鬨の声。気合一閃、岩切は腰の短刀を抜き放つ。

「なに!?」
「私は水戦試挑躰岩切花枝! 勝利のためなら……この程度!」

88M.G.D.:2003/10/28(火) 14:33
 シュラッ……!

 切っ先の煌めきが糸状に走り、次の瞬間、

 パッ!

 ……岩切の上半身を覆っていた水着が宙に舞った。
「きゃうっ!」
 突然手ごたえを無くしたレミィが尻餅をつく。が、ディーにしてみりゃそれどころではない。

「お、お、お、お、お……お前……」
「うるさい! ジロジロ見るな!」
 二つのたわわなメロンを腕で抱えつつ、必死で逃げる岩切さん。

 首に引っかかっていた針ごと、自らの水着を切り裂いたのだ。

「お前……正気か!? そこまでして勝ちたいか!?」
「う、うるさい! 何か文句があんのかコラ!? お前だって上半身裸だろう! お前と同じ格好になっただけだろうが!」
「た、確かに……それはそうだが。……いや、だがそれにしても……男と女で同じに考えるわけにもいかんだろう!」
「うるさい! 戦場において男とか女とか関係あるかっ! 私が恥をしのんでここまでやってるんだ! お前も真面目に追いかけないか!」
「異議あり! 岩切花枝、今のお前の発言は矛盾している! 本当にお前が男も女も関係ないと思っているのなら、胸を覆い隠す必要はないはずだ!
 その腕を開け! 二本の腕を振り、一目散に走って逃げてみろ! そんな体勢では走りにくかろう!」
「そ、そんなことは私の勝手だろう! 私の走り方に文句をつける権利がお前にあるのか!? あぁん!? 大体今重要なのは私とお前の戦いだろう! 話をそらすな!」
「異議あり! お前の今の発言は詭弁だ! 詭弁のガイドライン第十八条、『自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する』に該当する! お前の発言は認められない!」
「黙れぃこのムッツリスケベが! ンなこた今どうでもいいことだろーーーーーがぁっ!!!!」
「むっつ……!?」

 ぐさっ。

 突き刺さった。
 抉り取った。
 岩切の発言が、ディーの心の中の、一番ピュアな部分にクリティカルした。

 誰もが思いつつしかし言わなかったその台詞を、無遠慮な強化兵は微塵もオブラードに包まず、叩きつけてしまったのだ。

「だ……だぁれがムッツリスケベだこの淫乱めが! 上半身裸で密林を駆けずり回る女に言われたくはない!」
「その淫乱をジロジロとスケベな目で舐め回すように見ているのはどこのどいつだ!? あぁ!? 私だって裸で女を追い回す鶏ガラチックな男にそんな台詞を言われたくはないな!」
「ああもうああもう! なぜこんな事態になってしまったのだ! つい先ほどまでは近年稀に見るほどにシリアスチックでロマンチックでアクロバチックでヴァイオレンスチックな戦いが繰り広げられていたというのに!
 超久々に私のまともな見せ場が来たと思っていたのに! 敵と熱い刹那の会話なんかしちゃったりしたのに! なんなんだこの空気は! 返せ! 返せ岩切! 先ほどまでの緊張感あふれる張り詰めた空気を返せ! 責任はお前にある!」
「逆ギレとは見苦しいぞD!」
「知った……ことかァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 お互いをひたすら罵ることにのみ集中していた二人は気づかなかった。いや、気づけなかった。

「でぃー! でぃー!」
「それとそっちのお姉サーーーン!!」
 後ろから聞こえてくる二人の警告の声に。
「あぶないあぶない! あーーーぶーーーなーーーいーーー!」
「その先は……その先は……!」

「なんだ!? よく聞こえんぞ!」


「……崖だよーーーーーー!!!!」


「……あ?」
「ん?」

 岩切とディー、二人は同時に気づく。
 不意に、足元の地面が消えうせたことに。


 森の中、藪を一枚抜けた先に広がるは果てしなき急勾配。下へ下へとまっ逆さま。


「おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!? ああああ!!」
「なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 レミィとまいかが最後に見たのは二人の後姿が崖下に消え行く光景。
 まぁ崖と言っても多少の斜面はある。上手い具合に転がっていってくれれば、下に岩場でもない限り……

「……ダイジョーブ……だよね?」
「たぶんね。でぃーだし」
「ウン。Dだし」

 確かに。ディーだし。

89M.G.D.:2003/10/28(火) 14:34
 シュラッ……!

 切っ先の煌めきが糸状に走り、次の瞬間、

 パッ!

 ……岩切の上半身を覆っていた水着が宙に舞った。
「きゃうっ!」
 突然手ごたえを無くしたレミィが尻餅をつく。が、ディーにしてみりゃそれどころではない。

「お、お、お、お、お……お前……」
「うるさい! ジロジロ見るな!」
 二つのたわわなメロンを腕で抱えつつ、必死で逃げる岩切さん。

 首に引っかかっていた針ごと、自らの水着を切り裂いたのだ。

「お前……正気か!? そこまでして勝ちたいか!?」
「う、うるさい! 何か文句があんのかコラ!? お前だって上半身裸だろう! お前と同じ格好になっただけだろうが!」
「た、確かに……それはそうだが。……いや、だがそれにしても……男と女で同じに考えるわけにもいかんだろう!」
「うるさい! 戦場において男とか女とか関係あるかっ! 私が恥をしのんでここまでやってるんだ! お前も真面目に追いかけないか!」
「異議あり! 岩切花枝、今のお前の発言は矛盾している! 本当にお前が男も女も関係ないと思っているのなら、胸を覆い隠す必要はないはずだ!
 その腕を開け! 二本の腕を振り、一目散に走って逃げてみろ! そんな体勢では走りにくかろう!」
「そ、そんなことは私の勝手だろう! 私の走り方に文句をつける権利がお前にあるのか!? あぁん!? 大体今重要なのは私とお前の戦いだろう! 話をそらすな!」
「異議あり! お前の今の発言は詭弁だ! 詭弁のガイドライン第十八条、『自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する』に該当する! お前の発言は認められない!」
「黙れぃこのムッツリスケベが! ンなこた今どうでもいいことだろーーーーーがぁっ!!!!」
「むっつ……!?」

 ぐさっ。

 突き刺さった。
 抉り取った。
 岩切の発言が、ディーの心の中の、一番ピュアな部分にクリティカルした。

 誰もが思いつつしかし言わなかったその台詞を、無遠慮な強化兵は微塵もオブラードに包まず、叩きつけてしまったのだ。

「だ……だぁれがムッツリスケベだこの淫乱めが! 上半身裸で密林を駆けずり回る女に言われたくはない!」
「その淫乱をジロジロとスケベな目で舐め回すように見ているのはどこのどいつだ!? あぁ!? 私だって裸で女を追い回す鶏ガラチックな男にそんな台詞を言われたくはないな!」
「ああもうああもう! なぜこんな事態になってしまったのだ! つい先ほどまでは近年稀に見るほどにシリアスチックでロマンチックでアクロバチックでヴァイオレンスチックな戦いが繰り広げられていたというのに!
 超久々に私のまともな見せ場が来たと思っていたのに! 敵と熱い刹那の会話なんかしちゃったりしたのに! なんなんだこの空気は! 返せ! 返せ岩切! 先ほどまでの緊張感あふれる張り詰めた空気を返せ! 責任はお前にある!」
「逆ギレとは見苦しいぞD!」
「知った……ことかァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 お互いをひたすら罵ることにのみ集中していた二人は気づかなかった。いや、気づけなかった。

「でぃー! でぃー!」
「それとそっちのお姉サーーーン!!」
 後ろから聞こえてくる二人の警告の声に。
「あぶないあぶない! あーーーぶーーーなーーーいーーー!」
「その先は……その先は……!」

「なんだ!? よく聞こえんぞ!」


「……崖だよーーーーーー!!!!」


「……あ?」
「ん?」

 岩切とディー、二人は同時に気づく。
 不意に、足元の地面が消えうせたことに。


 森の中、藪を一枚抜けた先に広がるは果てしなき急勾配。下へ下へとまっ逆さま。


「おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!? ああああ!!」
「なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 レミィとまいかが最後に見たのは二人の後姿が崖下に消え行く光景。
 まぁ崖と言っても多少の斜面はある。上手い具合に転がっていってくれれば、下に岩場でもない限り……

「……ダイジョーブ……だよね?」
「たぶんね。でぃーだし」
「ウン。Dだし」

 確かに。ディーだし。

90M.G.D.:2003/10/28(火) 14:35
 シュラッ……!

 切っ先の煌めきが糸状に走り、次の瞬間、

 パッ!

 ……岩切の上半身を覆っていた水着が宙に舞った。
「きゃうっ!」
 突然手ごたえを無くしたレミィが尻餅をつく。が、ディーにしてみりゃそれどころではない。

「お、お、お、お、お……お前……」
「うるさい! ジロジロ見るな!」
 二つのたわわなメロンを腕で抱えつつ、必死で逃げる岩切さん。

 首に引っかかっていた針ごと、自らの水着を切り裂いたのだ。

「お前……正気か!? そこまでして勝ちたいか!?」
「う、うるさい! 何か文句があんのかコラ!? お前だって上半身裸だろう! お前と同じ格好になっただけだろうが!」
「た、確かに……それはそうだが。……いや、だがそれにしても……男と女で同じに考えるわけにもいかんだろう!」
「うるさい! 戦場において男とか女とか関係あるかっ! 私が恥をしのんでここまでやってるんだ! お前も真面目に追いかけないか!」
「異議あり! 岩切花枝、今のお前の発言は矛盾している! 本当にお前が男も女も関係ないと思っているのなら、胸を覆い隠す必要はないはずだ!
 その腕を開け! 二本の腕を振り、一目散に走って逃げてみろ! そんな体勢では走りにくかろう!」
「そ、そんなことは私の勝手だろう! 私の走り方に文句をつける権利がお前にあるのか!? あぁん!? 大体今重要なのは私とお前の戦いだろう! 話をそらすな!」
「異議あり! お前の今の発言は詭弁だ! 詭弁のガイドライン第十八条、『自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する』に該当する! お前の発言は認められない!」
「黙れぃこのムッツリスケベが! ンなこた今どうでもいいことだろーーーーーがぁっ!!!!」
「むっつ……!?」

 ぐさっ。

 突き刺さった。
 抉り取った。
 岩切の発言が、ディーの心の中の、一番ピュアな部分にクリティカルした。

 誰もが思いつつしかし言わなかったその台詞を、無遠慮な強化兵は微塵もオブラードに包まず、叩きつけてしまったのだ。

「だ……だぁれがムッツリスケベだこの淫乱めが! 上半身裸で密林を駆けずり回る女に言われたくはない!」
「その淫乱をジロジロとスケベな目で舐め回すように見ているのはどこのどいつだ!? あぁ!? 私だって裸で女を追い回す鶏ガラチックな男にそんな台詞を言われたくはないな!」
「ああもうああもう! なぜこんな事態になってしまったのだ! つい先ほどまでは近年稀に見るほどにシリアスチックでロマンチックでアクロバチックでヴァイオレンスチックな戦いが繰り広げられていたというのに!
 超久々に私のまともな見せ場が来たと思っていたのに! 敵と熱い刹那の会話なんかしちゃったりしたのに! なんなんだこの空気は! 返せ! 返せ岩切! 先ほどまでの緊張感あふれる張り詰めた空気を返せ! 責任はお前にある!」
「逆ギレとは見苦しいぞD!」
「知った……ことかァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 お互いをひたすら罵ることにのみ集中していた二人は気づかなかった。いや、気づけなかった。

「でぃー! でぃー!」
「それとそっちのお姉サーーーン!!」
 後ろから聞こえてくる二人の警告の声に。
「あぶないあぶない! あーーーぶーーーなーーーいーーー!」
「その先は……その先は……!」

「なんだ!? よく聞こえんぞ!」


「……崖だよーーーーーー!!!!」


「……あ?」
「ん?」

 岩切とディー、二人は同時に気づく。
 不意に、足元の地面が消えうせたことに。


 森の中、藪を一枚抜けた先に広がるは果てしなき急勾配。下へ下へとまっ逆さま。


「おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!? ああああ!!」
「なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 レミィとまいかが最後に見たのは二人の後姿が崖下に消え行く光景。
 まぁ崖と言っても多少の斜面はある。上手い具合に転がっていってくれれば、下に岩場でもない限り……

「……ダイジョーブ……だよね?」
「たぶんね。でぃーだし」
「ウン。Dだし」

 確かに。ディーだし。

91M.G.D.:2003/10/28(火) 14:37
「あ〜……ヒマだな〜……」
「うむ……暇だな……」

 場面は変わってイビル・エビルの弐号屋台。
 ディーと別れた後、彼女らは山腹をぐるりと一回り。お客を探して練り歩いていたのだが、人っ子一人発見するに至らなかった。

「ホントにこの島……150人以上がウロウロしてんのかぁ? あたいたちが今まで会った人数……から考えるととてもそんな頭数いるとは思えないぜぇ?」
「まぁ……全員が全員山や森にいるとも限らんからな。ましてやこのあたりは見通しも悪い。相当近づかねばお互い発見するのは困難だ」
「やっぱアレじゃねぇか? 住宅街とかホテルの方。あっちうろついてた方がもっと人間いたんじゃねぇのか?」
「しかしあまり一所に留まりすぎても本来の私たちの目的である参加者への食糧配給が困難になってしまう。たまにはこういうところにも回る必要があるだろう。
 実際、ディーたちは見つかったわけだしな」
「つってもなー。家族連れが一組じゃ……たいした儲けには……」

 ……などとダレきっているところに。

「ああああああああああああああああああ!? やっぱり私はこういう目に遭う運命なのか!? Oh神よ! 嗚呼神よ! つか神は私か!」
「うるさい黙れ! しがみつくな! どこを触っている! あ……っ……。ッ! 違う! 受身が取れないだろう!
 というかその翼は何だ!? 伊達か!? 羽生やしてるのなら空の一つや二つ、飛んでみせろ!」
「そのことは言うな! 飛べるのなら最初から飛んでるわ!」
「やる前からあきらめるのか!!」
「やってからあきらめたのだ!!」
「うるさい! この根性なしめが!」
「何か言ったか! この半魚人めが!」
「っ……! 地面が!」
「なんだと!?」
「仕方ないD! お前、クッションになれ! そぉらぁっ!」
「あっ!? えっ!? ちょっ……待っ……!」


 どっごーーーーーーーーーんっ!


「…………」
「…………」

 凄まじき轟音と土ぼこり、ついでに驚いて飛び立つ小鳥を伴い、道路脇の藪の中にうるさい塊が落っこちた。

「……おいイビル。今のは……」
「……放っておく訳にもいかんだろうな」

「イツツツツ……」
 もうもうと立ち込める土ぼこりの中、岩切はゆっくりと顔を上げる。
 とりあえず確認するのは自分の体の状態だ。手足の腱、骨、五感、順々に一つづつ確認していく。
(目よし、耳よし、指よし、手よし、足よし、腱もよし、骨にも異常なし……よし、大丈夫そうだな)
 所々、枝や葉で切ったのか、体に浅い切り傷ができているが岩切にしてみれば無傷に等しい。程なく血も止まり、仙命樹が傷をふさぐだろう。
「……ディーは?」
 自分の確認が終わったところでディーを探す。一応、目の前で死なれては寝覚めが悪い。

「う……うう……」

 と、体の下から苦しげなうめき声が聞こえてきた。

「おお、生きていたか。思ったよりも丈夫だな……って……」

 そこで気づく。自分の下から、すなわちディーの体から、二本の腕が伸びていることに。
 それ自身は問題ない。問題なのは……

 むにぃ。

 ……ディーの手が、わっしと岩切の双乳を握り締めていることだ。
 意識は朦朧としているにも関わらず、その手だけは、力強い。

「うう……大きさは中の上だが……形がよい……張りも上々……」

「……………」

「ななじゅう……ご……てん……。ごうかく……だ……」

「……ひゃっぺん死んで地獄を巡れ!!!!!」


「珍しい光景だな」
「ああ」
 そんな二人を藪の隙間から見守る二人。
「血まみれの女が男を騎乗位で逆レイプ。しかもマウントポジションで左右に激しく殴打。筋金入りのサディスト」
「男の方もボコボコにされながら手だけは胸から離さねぇ。ある意味賞賛に値するほどだな……」

「死ね! 死ね死ね! 死ね死ね死ねェェェェェェェェ!!!!!!」

「……そろそろヤベェんじゃねぇか?」
「……そうだな。さすがに助けるか」


【岩切 鬼に】
【ディー +1】
【岩切・ディー・イビル・エビル 崖下】
【レミィ・まいか・御堂 崖上、湖畔】

92M.G.D.:2003/10/28(火) 14:37
「あ〜……ヒマだな〜……」
「うむ……暇だな……」

 場面は変わってイビル・エビルの弐号屋台。
 ディーと別れた後、彼女らは山腹をぐるりと一回り。お客を探して練り歩いていたのだが、人っ子一人発見するに至らなかった。

「ホントにこの島……150人以上がウロウロしてんのかぁ? あたいたちが今まで会った人数……から考えるととてもそんな頭数いるとは思えないぜぇ?」
「まぁ……全員が全員山や森にいるとも限らんからな。ましてやこのあたりは見通しも悪い。相当近づかねばお互い発見するのは困難だ」
「やっぱアレじゃねぇか? 住宅街とかホテルの方。あっちうろついてた方がもっと人間いたんじゃねぇのか?」
「しかしあまり一所に留まりすぎても本来の私たちの目的である参加者への食糧配給が困難になってしまう。たまにはこういうところにも回る必要があるだろう。
 実際、ディーたちは見つかったわけだしな」
「つってもなー。家族連れが一組じゃ……たいした儲けには……」

 ……などとダレきっているところに。

「ああああああああああああああああああ!? やっぱり私はこういう目に遭う運命なのか!? Oh神よ! 嗚呼神よ! つか神は私か!」
「うるさい黙れ! しがみつくな! どこを触っている! あ……っ……。ッ! 違う! 受身が取れないだろう!
 というかその翼は何だ!? 伊達か!? 羽生やしてるのなら空の一つや二つ、飛んでみせろ!」
「そのことは言うな! 飛べるのなら最初から飛んでるわ!」
「やる前からあきらめるのか!!」
「やってからあきらめたのだ!!」
「うるさい! この根性なしめが!」
「何か言ったか! この半魚人めが!」
「っ……! 地面が!」
「なんだと!?」
「仕方ないD! お前、クッションになれ! そぉらぁっ!」
「あっ!? えっ!? ちょっ……待っ……!」


 どっごーーーーーーーーーんっ!


「…………」
「…………」

 凄まじき轟音と土ぼこり、ついでに驚いて飛び立つ小鳥を伴い、道路脇の藪の中にうるさい塊が落っこちた。

「……おいイビル。今のは……」
「……放っておく訳にもいかんだろうな」

「イツツツツ……」
 もうもうと立ち込める土ぼこりの中、岩切はゆっくりと顔を上げる。
 とりあえず確認するのは自分の体の状態だ。手足の腱、骨、五感、順々に一つづつ確認していく。
(目よし、耳よし、指よし、手よし、足よし、腱もよし、骨にも異常なし……よし、大丈夫そうだな)
 所々、枝や葉で切ったのか、体に浅い切り傷ができているが岩切にしてみれば無傷に等しい。程なく血も止まり、仙命樹が傷をふさぐだろう。
「……ディーは?」
 自分の確認が終わったところでディーを探す。一応、目の前で死なれては寝覚めが悪い。

「う……うう……」

 と、体の下から苦しげなうめき声が聞こえてきた。

「おお、生きていたか。思ったよりも丈夫だな……って……」

 そこで気づく。自分の下から、すなわちディーの体から、二本の腕が伸びていることに。
 それ自身は問題ない。問題なのは……

 むにぃ。

 ……ディーの手が、わっしと岩切の双乳を握り締めていることだ。
 意識は朦朧としているにも関わらず、その手だけは、力強い。

「うう……大きさは中の上だが……形がよい……張りも上々……」

「……………」

「ななじゅう……ご……てん……。ごうかく……だ……」

「……ひゃっぺん死んで地獄を巡れ!!!!!」


「珍しい光景だな」
「ああ」
 そんな二人を藪の隙間から見守る二人。
「血まみれの女が男を騎乗位で逆レイプ。しかもマウントポジションで左右に激しく殴打。筋金入りのサディスト」
「男の方もボコボコにされながら手だけは胸から離さねぇ。ある意味賞賛に値するほどだな……」

「死ね! 死ね死ね! 死ね死ね死ねェェェェェェェェ!!!!!!」

「……そろそろヤベェんじゃねぇか?」
「……そうだな。さすがに助けるか」


【岩切 鬼に】
【ディー +1】
【岩切・ディー・イビル・エビル 崖下】
【レミィ・まいか・御堂 崖上、湖畔】

93シオリンサーガ:2003/10/30(木) 19:12
「見ろよマイブラザー」
 岸壁の高台に立った住井が、自分の隣に佇む北川に囁く。
「素晴らC眺めじゃないか」
 指をさすのは青々と広がる大海原。
「ああ。だがな、こっちも見ろよマイブラザー」
 さらに北川はどこまでも広がる空を仰ぐ。
「抜けるような青空じゃないか」
「おいおいマイブラザー、可憐な少女の前で18禁なセリフを言うモンじゃないぜ」
「ん?」
 突然の場違いな単語に北川は目を丸くする。

「『ヌケる』ような青空だなんて、『北川さんのエッチ!』とか言われちまうぜ?」
「おおっと、こりゃすまない」
 などとくだらない小噺を繰り広げている地雷原ズ。

 ……んで、当の可憐な少女と言うと……

「Fuck it aaaaaaaaaaaall!!! Fuck this wooooooooooooooorld!!!!!!!」

 動詞! be動詞! 進行形!

「Fuck everything that you stand foooooooooooooooooor!!!!!!」

 比較! 現在! 過去完了!

「Don't beloooooooooooooooong!!!! Don't exist!!!!!」

 不定! 間接! 動名詞!

「Don't give a shit! Don't ever judge meeeeeeeeee!!!!!!!!!!!!」

 英単語の集団兵を前に、18禁じゃ済まない単語を吐きまくっていた。

94シオリンサーガ(2):2003/10/30(木) 19:13
「日本の教育は間違っています!」

 森の入り口で朝日を浴びつつ、国政について苦言を呈す。

「生きた英語をちっとも教えていません! 受験対策だけ! どこが英語は地球語ですか!?」

 常人なら近寄れる状況ではない。

「だいたい英語英語ってったって! 中国語なら十二億人と仲良くできるんですよ!」

 だんだんヤバイ方向に向かっていく。

「でもやっぱシナはダメですね! 毛沢東(けさわ・ひがし)の食い散らかした砂上の楼閣になんて興味ナッシング!」

 毛沢東(けさわ・ひがし)さん。ただの日本人ですよ。大丈夫。ダイジョーブ。

「そうだそうです! 今からでも遅くありません! 帰ったら英会話教室に行きます! 通っててよかった駅前留学! 英語を話してブッシュと仲良くなって、残りの国と喧嘩しよう!」

「…………」
 ちょっとだけ静寂。

「遅いわバッキャローー!!!!」

 突然ブチ切れたように近くの石を蹴り飛ばす。

「今! 私に必要なのはNowなんです! そりゃ帰ってからならいくらでもEnglishのStudyできますよ! ええ! 私の才覚を持ってすれば半年もありゃMITにだって行けますよ!
 But, However, だがしかし! 今この説明書! おそらく私へのStairway to HeavenになるであろうこのUltimate WeaponのRead me! 今翻訳できなきゃ仕方がないんですよぅぅぅ………」

 そしてヘナヘナと座り込んでしまった。昨晩からの英単語との格闘のせいか、ところどころ英語が混じるようになってしまったのはご愛嬌というものだろう

95シオリンサーガ(3):2003/10/30(木) 19:13
「栞ちゃん、そろそろ終わったかい?」
「そろそろ腹が減ったかもな」
 そんなヤバ気な栞に二人は平然と声をかける。
 ひとえにこんな躁鬱病寸前の少女に二人がついていけてるのも、要は似た者同士である地雷原ズならではという部分が大きいのだろう。
「終わってりゃとっくの昔にこのWeaponを駆って数多の逃げ手どもを駆逐してますって! 役に立たないならせめて邪魔しないでくださいブツブツブツブツ……」
 などとまくし立て、再度自分の中に入り込んでしまう。
 それを見た北川と住井は
(ダメだこりゃ)
 とお互い肩をすくめた。

 お前たちに言われちゃお終いだ。

 …………ポク、ポク、ポク………

「……ん?」

 その時だ。どこからともなく、木魚のような音が聞こえてきた。
「何か言ったかマイブラザー」
「いいや、俺は何もしてないが……」

 ポク、ポク、ポク……

「それじゃあこれは……」
「いったい……?」

 訝しげに顔を向け合う二人。まぁ、彼らの世代では知らないのも無理からぬことであろう。早朝の再放送を見ていれば話は別だが。

 チーン!

 最後の音はいきなり甲高い鐘の音になり、栞の頭から聞こえてきた。

96シオリンサーガ(4):2003/10/30(木) 19:13
「閃きました!」
「のわっ!?」
 栞、今度は満面の笑みで突然起き上がる。

「そもそも私が自分で解こうと思ってたのが間違いだったんですよ! 私は大器晩成型。まだ花も開かぬ蕾の私ではこんな難解なロジックなんて解きようがなかったんです!」
 中学生レベルなのだが……
「そ……それじゃ誰か英語できる人でも探すのかい?」
「NON! NON!! NON,NON,NON!!! 人間なんて信じられるモンじゃないですよ。迂闊な人に訊いたら適当なこと吹き込まれて下手すりゃ奪われることにもなりかねません!
 てか、もし私が逆の立場だったら絶対そうしますから!」
 自慢にならん。
「私では不可能! 住井さんや北川さんは役立たず! 他の人に訊くのもデンジャラス! なら、どうするか……?」
「どうするか……?」
 と、不意に栞は北川と住井に流し目を向けると、囁いた。
「確か……お二人は、ホテルから来たと仰ってましたよね……?」
「ああ。その通りさ」
「栞ちゃんと会う直前、ホテル全土に罠を仕掛けてきたんだよ。おそらく今頃は無数の子羊たちが俺たちの芸術作品の最中で苦しんでいることだろうさ」
「設備は……どうでした? 営業体制には入ってましたか?」
「ん〜……どうだったかマイブラザー?」
「冷蔵庫に酒や食い物が入ってたくらいだからな。もう準備はあらかた終わってるんじゃないか?」
「YEAH.......YEAH! YEAH!! YEAH,YEAH,YEAH!!! 急ぎますよ! 希望の芽が出てきました!」
 などと叫ぶやいなや、突然駆け出す。
「な、なんだ!?」
「ちょ、栞ちゃん!?」
「案内してください! ホテルに向かいます! そこに……私の予想が正しければ!」

 その瞳は、爛々と輝いていた。

 栞の野望は終わらない。

97シオリンサーガ(5):2003/10/30(木) 19:14
【栞、北川、住井 ホテルへ】
【栞 イイ感じ】
【美坂栞、北川潤、住井護】
【四日目朝、岸壁、晴れ】

98:2003/11/04(火) 13:50
「わひゃぁぁぁっ!? わぁぁぁぁっ!!?」
「うーん、さっすが空を飛べるってのは大きいなぁ。ちょっと手間取りそうだ」
「勝てそうですか?」
「もちのロン。最後に勝つのは俺さ」
 三者三様の、カミュと、耕一と、瑞穂の追撃戦。
 通常ならばFlying可能で地上クリーチャーをすり抜けることができるオンカミヤムカイの小娘、カミュが有利なところである。
 ところがどっこい相手は自称地上最強の生物柏木耕一。レベルを上げれば異次元の怪物ガディムもを単体で狩ることができるその戦闘能力に加え、
 尋常ならざる跳躍能力、疾走能力、いかなカミュが翼を有するオンカミヤリューの末裔であろうとも、そうそう高い場所を飛行できるわけではないのでこの勝負、徐々にカミュの側が押されつつあった。
 しかもその上……

「射れ射れィ! 矢の雨を降らせろ!」
 地上。黒きよみが手近な枝を鞭のごとく振りかざし、従者のドリグラに命を下す。
「き、きよみさん……」
「なんか、キャラ違ってきてますよ……」
「いいじゃない。一回言ってみたかったのよ、この台詞。それより二人とも、急がないとマヂで逃げられちゃうわよ」
「あ、そ、そうでした!」
「カミュ様ごめんなさい! てぇぇぇーーーーーっ!!!!」

「わ! ちゃ! ええっ!? ど、ドリ君グラ君手加減してよぉ〜……」
 上空から弓なり軌道を描いて飛来する矢の雨が遅い来る。確かに鏃がペタンコに付け替えられているため殺傷能力自体はないが、
 すでにカミュの体に張り付いたいくつかは彼女の飛行能力に少なからず影響を与えており、ただでさえとり難い高度をさらに阻害する結果になっていた。
 かと言って、ちょっとでも高度を下げると……

「そぉぉ……りゃあっ!」
「わきゃっ!?」
「チッ、惜しい! あと10cm!」
 ……自称最強の生物の一撃が待ち構えている。

99:2003/11/04(火) 13:51
「ああ〜ん、キッツイよぉ。ハードモードだよ!」
 上と下からの波状攻撃。右へ左へフラフラ飛行。かわすのが精一杯。
 ……気をとられ、カミュは気づいていなかった。
「……フフフ、いい感じね。作戦通りだわ」
 黒きよが含み笑いを漏らす。もとより、飛行生物を弓矢のみで仕留められるとは思っていない。
 仮に打ち落とせたとしても、相手はただの鳥ではない。二本の脚とついでに大きな胸を持っている。
 下手をして森の中に降りられたりしては、見失いかねない。
「なら……逃げ場のないところに追い込めばいいのよね」
 目の前にそびえるV字谷と流れ出す川を見据えると、黒きよはおもむろにスカートの裾をめくり上げた。

「しまったぁ!!」
 前方にV字に切り立った狭い崖が現れたところで、ようやくカミュも事態に気づいた。
 己が追い詰められてしまったことに。いいように誘導されてしまったことに。
「むむむ……ドリ君グラ君やるなぁ……ってきゃあっ!!?」
 第六感が警告を叫ぶ。反射的に空中で身を翻した刹那、自分の羽のすぐ裏側を巨大な塊が通り過ぎていった。
「また外したか! やったら勘の強い子だな!」
「しっかりしてください耕一さん!」
「だが……ここなら、俺の方が有利だ!」
 叫ぶと同時に崖の斜面を蹴る。
 反動を得た耕一の体は狭い渓谷の斜面間で反対側の崖へ接地、さらに同じことを繰り返し、まるで踊るパチンコ玉かスーパーボールのような動きと勢いでカミュへと迫っていった。
「HAHAHA! どうだい瑞穂ちゃん! 俺にかかればこんなモンさぁ!」
「ちょっと……気持ち悪いです……」

「ああーーーん! かんべそプリーズぅ!!」
 だがカミュにしてみれば堪ったものではない。ただでさえ押され気味だったものが、さらに相手に有利な、そして自分に不利なフィールドになってしまったのだ。
 慌てて翼を羽ばたかせ、渓谷の上に出ようとするがするとすかさず川の浅瀬中をひた走ってくる黒きよ&ドリグラ部隊の狙撃を受けることになる。
 それ以前に、カミュの体に張り付いた矢もだいぶ数を増してきた。
 このままでは……そう遠くないうちに飛ぶこと自体ができなくなる事態もありうるかもしれない。
(なら……どうすればいいの!?)
 
 ぺたんっ!

100睦(3):2003/11/04(火) 13:51
「あちゃっ!?」
 自分に呟いたその時、カミュの後頭部を鈍い衝撃が襲った。
 そのまま前方につんのめってバランスを崩し、川の中へ頭から突っ込む破目になる。
「あう〜〜〜……ドリ君ひどいよぉ……」
 ざばぁ、と顔中の穴から水を垂れ流して起き上がるカミュ。
 頭の後ろに手を回し、見事ド真ん中を直撃した矢の吸盤部分をペリッと剥がす。
 いくら鏃自体は玩具といえ、実戦で鍛えられたドリグラの矢は『重い』

「もらった!」
 この機を逃す耕一ではない。二、三度崖を蹴り飛ばして方向修正。
 さらに最後の一撃で一際強く斜面を蹴り飛ばし、一直線にカミュへと迫る。

「なんの! 目の前で獲物を奪われてなるものですか! ドリィ! グラァ! 討ち落としなさい!!!!」
「サー・イエッサー!」
 ビシッ! と黒きよが耕一を指差し、ドリグラが連弩の雨を耕一に浴びせかける。
 しかし今度の相手はカミュとは耐久力の桁が違う。
「HAHAHA! 悪いねお嬢ちゃんたち! この子は俺がもらうよ!」
 などと軽口を吐きながら迫る矢群を叩き落していく。
「くぅ! あの人強いです!」
「どうしますか黒きよさん!」
「むむむむむむむむむむ……」
 困惑する三人を尻目に、耕一は勝利を確信する。
「MUHAHAHAHAHAHAHA! もらったぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」

「くっ!」
 川底に倒れたまま、カミュは上空から己に迫る耕一を見据える。
「ここまで……!?」
 この状況からでは、この体勢からではどうしようもない。
 飛ぶこともできない。
 立ち上がる暇もない。
 転がっても無駄だろう。

101睦(4):2003/11/04(火) 13:51
(…………ああ……)

 耕一の豪腕が目の前に迫る。
 カミュの脳裏に、今まで出会った人たちの顔が浮かび、そして消えていく……

 ウルトリィ……きっとお姉さまだから素敵に鬼ごっこを楽しんでるよね……
 ディー……神奈さんの話からすると鬼になってるみたいだけど……どうしてるかなんて想像できないな……
 アルルゥ……カミュを叱ってくれた……カミュを励ましてくれた……
 ユズハ……がんばってくれたのに……どうやらカミュ、ここまでみたい……
 ユンナ……助けてもらったばかりなのに……

 ごめんね……

 ごめんねみんな……

 諦めかけた、その時。

(……ひどいね)

 え?

 ドクン!

 心臓が一つ、大きく鳴った。

 ドクン! ドクン!

(私のことを忘れるなんて……)

 躰の内側から声が聞こえてくる。

 あなたは……?

102睦(5):2003/11/04(火) 13:52
(お父様のことを思い出したなら、連鎖的に私に考えが及んでもいいはずだけど……)

 ……あなたは、まさか!

(そう。私はあなた。もう一人のあなた。……私の名は……)

「…………!?」

 ゾクッ!!

 一瞬、カミュと目が合った耕一。

 刹那、耕一のエルクゥとしての本能が叫んだ、けたたましく。

『危険だ!』

「……くっ!」
 体の内部から湧き出る怖気を無理やり押さえ込むと、慌ててカミュから十数Mの距離をとる。

「ど……どうしたんですか耕一さん……?」
 瑞穂が訝しげに耕一の顔を覗き込む。が、そこにあった耕一の顔はいつものおチャラケた表情とは違い、マジな目つき……恐ろしいぐらいの形相に変貌していた。
「瑞穂ちゃん……悪いけど、ちょーっと……このへんで待っててもらえるかな?」
 言いながら、近くの大きな岩の上に瑞穂を置く。
「え……?」

「どうやら……本気を出さなきゃならないみたい……だッ!!!!」

103睦(6):2003/11/04(火) 13:52
 咆哮。耕一は大きく吼えると体の中から吹き出る鬼の力をすべて発現、最強の鬼へと姿を変え、弾丸のごとくカミュへと疾った。
「ちょ……! 耕一さん!?」
 いくら耕一自身にその気がなかろうとも、あの質量の物体が加速をつけてぶつかれば常人ではただではすまない。ましてや今回の相手は華奢な女の子。
 下手をすると怪我ではすまないかもしれない。それを警告しようとする瑞穂。
 だが、耕一はわかっていた。頭ではわからずとも、鬼の本能が叫んでいた。
 これでも足りない。これでやっとかもしれない。たとえ自分の力を全て尽くそうとも、目の前の存在……

 ……カミュではない誰か、に勝てる保障など、ない。

「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」

 轟音を伴ってカミュが倒れていた地点へと耕一の一撃が決まる。
 水面が弾け、川底がえぐれる。巻き上がった土砂と水は崖を超えてぶちまけられた。
 思わず目を覆ってしまう瑞穂。だが、一瞬後目を開くとそこには耕一しかいなかった。
 先ほどまでへたれこんでいた少女は、どこにも……いや。
 
 耕一の背後、己のすぐ横に……佇んでいた。

「………でも、大丈夫?」
「任せて……。私も今までカミュが頑張っていた姿は見てきた。カミュと一緒にすごした人たちの姿を見てきた……その気持ちを無駄にはしない」
「う〜ん、いざ面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいかも……」
「それに……カミュばっかり鬼ごっこを楽しんでるのはちょっとズルイい。今まではずっとカミュが出てたんだから、今度は私の番になってもいいかもしれない」
「うっ……そ、そりは……」
「……決定だね……。今度は私の鬼ごっこ……」

 あたりの状況などまるで気にしないかのように、ブツブツと独りで何やら言っている。

(ひょっとしてこの人も電波さん?)
 即座に彼女がそんな判断を下したのも、普段の環境があってものだろう。ちょっと気味悪いが、この手の人間は慣れている。
(と、とにかく、チャンス……そーっと後ろから近づいて、タ……)
 忍び足で歩み寄り、手を伸ばすが……

104睦(7):2003/11/04(火) 13:53
 フッ

「……え?」
 目の前でその姿が突然掻き消え、いつの間にか空中1Mほどの位置に浮かんでいた。飛び上がったモーションなどは、見えない。
「……なんですか今の?」
 瑞穂の疑問は無視し、カミュ『だった者』、漆黒を超える暗黒の双翼、燃えるような緋色の目、かつてない程の威圧感を伴う、『彼女』は口を開く。

「私の名前はムツミ……」

 ヒュッ!

「!?」

 名を名乗りつつ、突如として具現化させた剣を抜き放つと一回転、密かに一行の背後に迫っていた黒きよ小隊が射掛けた矢郡を切り払う。

「オンカミヤリューの始祖。解放者ウィツァルネミテアが娘」

 さらにムツミがパチン! と指を弾くと、彼女の体にまとわりついていた矢が全て燃え落ちた。

「………………」

 無言のまま、耕一は構えを取る。

 今度は、おチャラケも、ギャグも、一切ない。
 完璧なる狩猟者としての、狩りだ。狩りが始まる。狩りのはじまりだ。

105睦(8):2003/11/04(火) 13:53
「鬼さんこちら……」

 呟きつつフッ、とムツミの姿が消える。

「……手の鳴るほうへ!」

 続く言葉は耕一が呟き、彼の姿もまた消えた。

「!?」

 次の瞬間、空を見上げる瑞穂たち。

 交錯する二つの影。

 極限の対決が始まった。


【カミュ ムツミ化。力を全て発現】
【耕一 鬼化。全能力開放】
【黒きよ小隊 V字谷に流れる川の中】
【瑞穂 岩の上】
【四日目昼 谷】
【登場 ムツミ(カミュ)、【柏木耕一】、【藍原瑞穂】、【杜若きよみ(黒)】、【ドリィ】、【グラァ】】

106ランカーズ:2003/11/05(水) 13:59
 Dだ。

「OK,結構釣ったみてぇだな。こりゃニジマス定食がよさそうだな。ちょっと待ってろ」
「Thanks♪」
 湖畔の屋台。先ほどまでのピリピリした雰囲気とは打って変わり、今はぽややんとした空気が場を支配している。
「私は刺身定食を。御堂、貴様は何にする」
「……食欲なんてねぇよ」
「何か食わんと治る傷も治らなくなるぞ。仙命樹があるとはいえお前の体力そのものはお前の体が回復するしかないのだからな」
「ケッ、言われるまでもねぇ……カツ丼よこせ。あと、茶だ」
「わかった」
 注文を受けたエビルが手際よく調理を済ませていく。

 屋台には今、岩切、御堂、D一家がそれぞれ腰掛けており、各々が自分の料理を口に運んでいた。
「にしても……とんでもねぇガキだぜ」
 先に出された茶を啜りながら御堂が毒づく。
「ヒトの顔に思いっきり水ぶっかけるとは……おかげでまだヒリヒリしやがる」
 御堂の顔は包帯でグルグル巻きにされており、さらにその下は軟膏がコテコテに塗られてある。
 火戦試挑躰としての体と引き換えに手に入れざるを得なかった致命的な弱点――水。
 さしもの仙命樹も弱点を突かれてはお得意の治癒能力を見せ付けることもできず、結果御堂は顔の傷は自然に任せるより他になかった。
「ま、油断した俺が悪りィんだけどよ……」
 もう一杯茶を啜りながら、言葉を続ける。
「とはいえ次はねぇぞ。所詮クソガキの賭けの一撃が偶然決まっただけだ。知ってりゃいくらでも対処のしようがある」
 さすがに少し悔しいのか、言い訳という名の悪態をつく。
「なにかいった? お ぢ さ ん ?」
 が、まいかは笑顔のまま立ち上がると、静かに手のひらを御堂に向けた。
「……やめろ。おっかねぇ真似をするな」
 体半分ずり下がる御堂。
「負けは負けだ。素直に認めろ御堂。戦場ではその偶然の一撃が生死を分かつ境界線となる。お前とてそのぐらいはわかっているだろう」
 岩切は醤油にわさびをあえつつ、彼女にしては珍しく優しく御堂を諭す。
「そりゃわかってるがな……」
 わかっているが、認め難い。
 蝉丸への羨望と同じく、御堂のこのあたりは己でも御しがたい心のロジックだった。

107ランカーズ(2):2003/11/05(水) 14:00
「……フフ、次会ったら坂神に教えてやるか。お前が幼女に負けたことを」
「ゲーーーック! やめろ! やめやがれ!」


「……静かね」
 場面は変わり、美坂香里。さらに彼女に率いられるセリオ、香奈子、編集長のインテリジェントレディースご一行様。
 昨晩、様々な……あまり思い出したくない不運が重なり、大幅な戦力減退に追い込まれた一行。
 森の中で偶然発見した小屋で一晩を過ごし、明けた今日は森の中を中心に歩き回っていた。
「セリオ……どう?」
 斜め後ろを歩くセリオに向かい、香里が視線を向ける。
「申し訳ありません……やはりダメなようです。各センサーの精度は著しく減退、レーダーもほとんど意味を成しません。
 現在の私の外部情報収集能力は皆様とあまり変わらないかと。ほぼアイセンサーの見渡せる範囲しか索敵できません」
「そう……」
「申し訳ありません」
 いつも通りの無表情、しかしどこか寂しげなその顔で、セリオは深々と頭を垂れた。
「気にしなくていいのよ。駆動機関にはさして影響ないんでしょう?」
「はい……それは大丈夫ですか」
「ならいいわ。気長に待ってればまたチャンスもあるでしょ」

 苦笑、という言葉がピッタリな笑顔で、セリオに微笑んだ。

「さて、それはともかくとして香里。これからどうするの?」
 話がひと段落したと見て、香奈子が二人の会話に割って入る。
「気長に待てば、とは言っても本当に何もせずに待ってるわけにもいかないでしょ?」
「……ま、それはそうよね」
 肩を竦めながらうなづく香里。
「とりあえず情報が欲しいわね。今私たちは武器を無くし、センサーも使えなくて文武両道ならぬ文武両盲状態。とにかく何らかの外部情報がほしいわ」
 さらに編集長も口を開く。確かに、今の香里チームはほとんど武器らしい武器、上手く使えば何者よりも役に立つ『情報』という武器を含め、ほとんど武装解除に等しい状態だった。
「情報を得るといえば人の集まるところよね」
「人の集まる場所なら屋台が最も有力でしょうね」
「言われるまでもないわ。ま、残金もほとんど無いから碌な物は買えないでしょうけど……他の人に会えれば何かわかるかもしれないしね」
「あの……香里様」

108ランカーズ(3):2003/11/05(水) 14:00
「ん? どしたのセリオ?」
 話し合う三人に、今度はセリオが口を挟む。
「屋台でしたらちょうど目の前にありますが」
「……え?」
 セリオが指差す方向を眺める。
 ……森が開き、湖が広がり……その脇に、確かに言われてみればポツンと何かがあるようにも……見えないこともないかもしれない。
「……確かに何かあるけど……あれって屋台?」
「はい。確かです」
「セリオ……あなた、センサー類使えないんじゃなかったの?」
「はい。使えません。ですから、『目で見える範囲』しか策敵できません」
 しばしの沈黙。
「……ちなみにセリオ、あなた、視力いくつ?」
「人間の視力に当てはめるならば……6.0から7.0、といったところでしょうか」
「…………十分使えるわ。サンコンさん並じゃない」


「誰かいたかい?」
「いや、人っ子一人いないな」
 こちらは久瀬一行。アパートで一晩、十分な睡眠をとった彼ら。
 朝方には隣への挨拶もそこそこに再出発。今日は山の方を探索することと相成った。
「やっぱりハズレだったかな……午前いっぱい歩き回って成果ゼロとは」
 大木に寄りかかり、バツの悪そうにボリボリと頭を掻く。
「ま、そう腐るな。見通しの甘さは誰だってある」
 ポン、とオボロが久瀬の肩に手を置く。
「月島さん……あなたはどう思いますか?」
「ん、僕かい?」
「ええ。あなたの意見を伺いたい」
「そうだね……」
 不意に話題を振られた月島兄。少々呆けながらも、顎に手を当て、思考開始。
「うん……君の見立てもあながち間違ってはいないと思うよ。確かにこれだけ時間が経てば、残りの逃げ手は少なくなり、逆に鬼の数はかなり増えているはずだ。
 残された逃げ手は、なるべく鬼の少ないところ……すなわち人の少ないところ。山間部に向かう可能性が高くなる。
 昨日と違って今日は晴れた。これなら一般人でもさして行動に支障なくどこへでも行ける。……ただね……」

109ランカーズ(4):2003/11/05(水) 14:00
「……ただ?」
「うん、やっぱりその『どこへでも行ける』っていうのがネックだと思うんだよ。数の少ない逃げ手が、どこへでも行ける。
 わかりきっていたことだけど、やっぱりこうなっては僕ら個々の鬼グループが逃げ手と会える確率はトコトン低くなってしまうんだよ。
 いくら山間部が可能性が高いといってもそれはあくまで可能性。山間部は人が少ないと同時に見通しが利かないというのも大きいからね。
 どっちにしろ、戦いは辛くなるってことさ。ごめんね、結局なんの具体策も提示できなくて」
「そんな……十分ですって」
 すまなそうに頭に手を当てる月島兄。
 久瀬とオボロは口々にそんな彼を慰める。
「いやいや、そこまで考えられるってだけでも大したモンだ。俺なんざ人が少ないから人がいないものだと思ってたからな。はっはっは」
「君はもう少し物事を深く考える癖をつけた方がいいと思うけどね」
「なんだとコラ」
「はっはっは……」

「……ま、それはそれとして、だ。これだけ歩いて誰も発見できないんじゃしょうがない。反対側を一回周って、それでもダメだったら一度住宅街に戻って作戦を練り直そう」
「それが適当だろうな」
「そうだね、そうしようか」
 こうして再度歩き始める一行。
 と、歩き出したところでオボロが傍と足を止めた。
「お、そうだ」
「ん? どうしたんだい?」
「たぶん向こう側のどっかにゃ湖か、それでなくとも川が流れてるぜ。上のほうに源流があった」
「水……?」
「ならひょっとしたら人もいるかもしれないね。人は、というか生物というのはどうしても自然に水場に集まるものだから」
「まぁ期待せずに行きましょう。水場があるなら僕らも一休みできるでしょうし」

110ランカーズ(4):2003/11/05(水) 14:01
「……誰か起こせよ」
「ごめんね……浩平……」
 さらに移り変わって折原部隊。
 晴子をとっ捕まえた家で一晩を明かしたご一行。
 ……一晩というより、正確には一晩と半日ぐらいを家で明かした、とも言える。
 浩平はもちろん、珍しいことに瑞佳も、そしてスフィーも、ゆかりも、なんとトウカまで、まとめて……
「……ここまで豪快な寝坊は俺だって久しぶりだぞ」
「某としたことが……面目ない」
 ……昼近くまで寝過ごしてしまったのだ。いくら疲れていたとはいえ、かなり気合の入ったドジである。
「でも浩平、確か学校で瑞佳過ごしたことなかったっけ?」
「…………あれは早寝早起きだ。健康のバロメータだ」
「早すぎる気がするけど」
「うっさいスフィー。一番豪快に寝てたクセに」
「うっ……」

「まぁそれはそれとして、だ」
 話が逸れかけたところで、無理やり本題に戻す。
「とりあえずの目的地も無いし、今日は川沿いを歩いてみようと思うんだが、どう思う?」
「某は異存はないが……」
「お前たちはどうだ?」
「別にかまわないよ」
 というわけで決定。
「んじゃ、タラタラと川を上流に上っていくとするか。上手い具合にいけば休憩中の逃げ手にも会えるかもしれないしな」
「そうそう都合のいいことは無いと思うけど……」
「うっさい」
「む、浩平殿。あれを」
「ん?」
 話がまたしても逸れかけたところを、今度はトウカが軌道修正。
「あの先で森が途切れている。どうやら湖があるようだ」
「ほぅ……湖か……。……うっし」

111ランカーズ(6) ;↑のは5でした:2003/11/05(水) 14:02
「つまり俺が言いたいのはな。このゲーム、ほとんどルールらしいルールは聞かされてないんだよ。ウン。つまりな、『罰則が決まっていないことは罪ではない』ってことなんだよ。ウン。
 つまりな、ルール説明していたあのおばさんも、『鬼のたすきを外すな』なんて言ってないんだよ。で、外したらどうする、ってもんも一切説明してないんだよ。ウン。
 言ったことといえばな、『島から出ると失格』このくらいなんだよ、ウン。つまりなこの鬼ごっこ、ほとんど無法に近い状態なんだよ。ウン。
 そこでな、俺の作戦なんだが――――――――――」

 徘徊老人の戯言のように、具にもつかない言葉を延々とまくし立てる祐一。
 先行する郁未と由依は祐一の説明を右から左に流しつつ、二人でヒソヒソと話し合っていた。
(郁未さん……どうします? 祐一さん、あれマジでヤバイですよ。チョベリバですよ)
(う〜ん……そうねえ。アレは危険だわ。何度かFARGO信徒の危険な連中にあんなのがいたけど……)
(ホントもうMK5って感じですね。何かいい方法ないでしょうか?)
(ん〜、ん〜、ん〜……放っとく、ってのはダメ?)
(いくらなんでもそれは……)
 昭和54年と53年産まれ。会話のそこかしこに死語が混じるお年頃。

「……でな? いい方法だろう舞。聞いてるか? さすが俺様。俺の頭脳が冴え渡る。なんで誰もこんな単純な手を思いつかないんだろうな―――――」
「うん、うん、聞いてる、聞いてる。祐一はすごい。祐一はえらい。祐一はあたまがいい……」
 舞は介護人のように祐一の傍らに寄り添い、戯言に一々うなづいて返している。ひょっとすると、50年後の風景を映し出しているのかもしれないが……

「……う〜ん、仕方ないわね。よし」
 何やら決心した様子の郁未。くるっと180度向き直ると、虚ろな目をする祐一の前に立つ。
「おお天沢か。お前も聞いていただろう? 俺の史上最大の作戦を。いいか、まずはな……」
 舞は何やら雰囲気から察したのか、祐一から一歩離れ、完全に郁未に任せた。
「―――――祐一」
「お、なんだ? お前もノリノリだろう?」
「ええ、ノリノリよ……」
 ガッ、と両手で祐一の頭を固定すると、右膝を曲げ、後ろに溜める。
「おいおい天沢、まだお天等さまの高いうちから、しかも人前で、こんな……」
「はぁぁぁ……ッ! 目ェ覚ましなさいこのヴァカ! アホ! タコ助! ゴォォォォォォォルデンレトルトカレェ、キーーーーーック!!!!!!」
「―――――祐一、頑張れ!」

 ずぶしゃぁ!

112ランカーズ(7):2003/11/05(水) 14:02
「おぼっ、はがぁ!?」
 閃光と化した黄金の右膝が祐一の鼻っ面に決まった。
 1Mほど後ろにぶっ飛ばされ、顔面を押さえ込んで七転八倒する祐一。
「がっ、はぁ!? くはっ!? な、なんだ何をする郁未!? え? お、あ……?」
 鼻血を拭きつつ起き上がる祐一。しかしその瞳は再び輝きを取り戻していた。
「あれ……俺、何を……?」
「目ェ覚めた?」
 憮然とした表情で祐一の顔を覗き込む郁未。
「―――――祐一、頑張った?」
「頑張ったって……なんのことだ、舞」
「―――――うん、頑張った……」
「ええっと、俺は確か、すばしっこい中学生を追ってて、逆に穴にはめられて、出ようとして、んでもって名雪に踏まれて―――――あれ?」
 順々に記憶を整理していく祐一。が、郁未たちはそれならばよしとそんな祐一は無視し、
「さて、目が覚めたんなら話は早いわ。さっさと先に進み……」

『……ーック! …めろ! ……やがれ!』

「!?」
 郁未と舞が顔を見合わせる。
「聞こえた!?」
 郁未の問いに、舞が首を縦に振る。
「……人の声……」
 そうと決まれば話は早い。瞬間、声の方向に向かって駆け出す。
「…………」
 一瞬遅れ、舞もその後を追う。
「あっ、待ってくださいよ郁未さん!」
 さらに数秒遅れ、由依も舞の背中を追いかけて駆け出した。

「………それで、ええっと、名雪の声が聞こえて、怒鳴り返して、それから……ええっと……」

 一分後、祐一は戻ってきた舞に支えられ、ゆっくりと郁未を追いかけていった。

113ランカーズ(8):2003/11/05(水) 14:02
「しかしよかったのか? ……その、宮内とやら。上着代、お前に出させてしまって」
 屋台組の食事もひと段落。食後の茶を飲みながら雑談を交わしていた。
「ウン、かまわないよ。もともと私たちのせいで破いちゃったようなものだし。Dが一万円GETしたんだから、水着の一枚ぐらい平気だヨ」
「そうか……うむ、すまんな。どうやら私は少々アメリカ人への印象を変えねばならぬようだ。お前のような者もいるようだからな」
「Hmm....一応私、日本人なんだけど……」

「……で、おっさん」
「おっさんじゃねぇ。御堂と呼べ」
「なんでれみぃおねぇちゃんがおっさんのめしだいやくすりだいまでださなきゃならないの?」
「ンだと? 俺の怪我ァ手前のせいなんだぞ? ガキの不手際で迷惑こうむったんだ。なら親が保障すんのは当たり前だろうが?」
「さきに手をだしてきたのはそっちなんだけどねぇ〜……」
「あぁ? うっせぇぞ。あんまりギャーギャーわめくと……」
「わめくと……なに?」
 まいかは手をかざし、再度力を収束させる仕草を見せた。
「ぐっ……ひ、卑怯だぞテメェ!? ヒトの弱点突けると思っていい気になりやがって! おい保護者! お前からなんとか言え! 言ってやれ! おい! お前!」
 ガクガクとDの肩を揺する御堂。だが、Dからは何の反応もない。
「おいコラ! ヒトの話を……聞……って!?」
「……うるさい」
 ようやくDの口から出たのは、そんな言葉だった。
「なんだとテメェ!? あんま人をなめると……」
「……うるさい、と言っている」
「つっ……!?」
 睨み。一睨み。
 Dが気だるそうに一睨みすると、一瞬にして御堂は黙ってしまった。
(な、なんなんだコイツ……?)
 少しDから距離をとる御堂。
 だがけっして、彼はけっしてDに胆で負けたわけでない。
 彼が恐ろしかったのは……

(なんなんだアイツの眼。……あれは……まるで……)

114ランカーズ(9):2003/11/05(水) 14:03
 ピキッ。


「ん、どうした?」
 その時、エビルが磨いていたガラスのコップに突然、亀裂が入った。
「……イビル」
 それを確かめると、静かに口を開く。
「……火を灯せ。湯を沸かせ。食器を並べろ。仕込みの準備だ」
「ああ、そうみたいだな……」
 エビルも言われたとおりに準備を整えていく。
「……ほぅ、なるほど」
 数秒後、岩切と御堂も唇をゆがめた。


 ―――――千客万来だ。


「……相沢君? それに、久瀬君!?」

「相沢……だと? あっちは……美坂さん?」

「……アイツは、確か、久瀬!?」

「香里か? 久瀬……お前も来てたのか!?」


 かくして、図らずも鬼のトップランカーたちが集結した。

 この邂逅が何をもたらすのか。

 それは今は誰にもわからない。

115ランカーズ(10):2003/11/05(水) 14:03
【四日目昼下がり 山間部の湖畔】
【D一家、御堂、岩切 弐号屋台で食事】
【香里一行、久瀬一行、浩平一行、祐一一行 集結】
【セリオ 眼がイイんですよ〜】
【祐一 我に返る】
【御堂 顔に包帯】
【登場:
【御堂】【岩切花枝】【ディー】【宮内レミィ】【しのまいか】
【美坂香里】【セリオ】【太田香奈子】【澤田真紀子】
【久瀬】【オボロ】【月島拓也】
【折原浩平】【長森瑞佳】【スフィー】【伏見ゆかり】【トウカ】
【相沢祐一】【天沢郁末】【川澄舞】【名倉由依】
『イビル』『エビル』
(多分これで全員だと思います)】

116ランカーズ(11):2003/11/05(水) 14:03

 さて、今回やったら静かだったDであるが。

 懸命な読者諸兄ならばもうお気づきであろう。

 彼は先だって、岩切との格闘の末、崖下に転げ落ち、お互い少々の傷を負った。

 すなわち……

 仙命樹。

 足すことの。

 異性の身体。

 求むるところは……?


(なんだなんなんだ! どうしてしまったんだ私の身体は!?
 こんな……こんなことなど! なぜこんな状態に……おおおっ!?
 わ、私の感じている感情は精神的疾患の一種なのか!? 鎮める方法は誰が知っている!? 誰に任せればいいと言うのだ!?)

「でぃー……どしたの?」

(いかんやめろまいか! 今私の視界に入るな! うぉお! 私に触るな! ゆするな! がふぅ……こ、これは、まずい! 非常にまずい! 最上級に危険だ!)

 静かだったのではなく、騒げる状態ではなかったのだ。


【D 精神的疾患真っ最中】

117ランカーズ(11):2003/11/05(水) 14:04

 さて、今回やったら静かだったDであるが。

 懸命な読者諸兄ならばもうお気づきであろう。

 彼は先だって、岩切との格闘の末、崖下に転げ落ち、お互い少々の傷を負った。

 すなわち……

 仙命樹。

 足すことの。

 異性の身体。

 求むるところは……?


(なんだなんなんだ! どうしてしまったんだ私の身体は!?
 こんな……こんなことなど! なぜこんな状態に……おおおっ!?
 わ、私の感じている感情は精神的疾患の一種なのか!? 鎮める方法は誰が知っている!? 誰に任せればいいと言うのだ!?)

「でぃー……どしたの?」

(いかんやめろまいか! 今私の視界に入るな! うぉお! 私に触るな! ゆするな! がふぅ……こ、これは、まずい! 非常にまずい! 最上級に危険だ!)

 静かだったのではなく、騒げる状態ではなかったのだ。


【D 精神的疾患真っ最中】

118Shioly Brownie:2003/11/06(木) 19:35
 鶴来屋別館、参加者の間では通称『ホテル』と呼ばれている建物。

 ギギィ……

 と小さな軋みを立て、そこの厨房にある裏口が僅かに開かれた。

「…………よし、誰もいないみたいだ」
 隙間から中を覗き込んだ住井が安全を確認する。
 改めて扉は全開に開かれ、地雷原ズこと住井&北川、そして……

「はぁ、はぁ、はぁ……」
「……栞ちゃん、大丈夫かい?」
 ……北川の背中でへばっている栞が現れた。
「なんとか……」

「ふぅ……さすがに飛んだり跳ねたり走ったりといった野蛮な行動は病弱可憐な薄幸の少女には重荷ですね……」
 北川が冷凍庫から持ってきたシャーベットをつまんでひと段落。三人は厨房の中で小休憩をとっていた。
「ところで栞ちゃん、ホテルにいったい何があるっていうんだい?」
「ああ、まだ俺たち聞かせてもらってないな。ホテルで英語の翻訳ができるのか?」
 訝しげな二人。栞の自信満々な態度とは裏腹に、ちっとも教えてくれないその『希望の芽』に興味津々のようだ。
「わかりませんか……?」
 だが栞はトコトンもったいぶるつもりなのか、挑発的な上目遣いの目線を二人に送るだけで、答えようとはしない。
 ただ、嬉々として唇を歪めるのみだ。
「まぁ楽しみにしていてください。すぐにわかりますよ」

 休憩もそこそこに、二人は廊下を抜けてホールへと出た。
 だいぶ日も高くなってきているのだが、まだ寝ているのか、それともどこかへ出かけているのか。近くに先行者たちの姿は見えない。建物内は静まり返ったままだ。
「……好都合です」
 栞はそのままズカズカとホールの側面、カウンターの台の中に入ると、さらにその奥、従業員詰め所になっていると思しき部屋に繋がるドアノブに手をかけた。

 ガチャガチャ、ガチャガチャ。

119Shioly Brownie(2):2003/11/06(木) 19:36
 ……鍵が掛かっていて開かない。

「まぁそうでしょうね。さすがにそこまで無用心じゃありませんか……」
 キョロキョロとあたりを見回す。某サバイバルホラーゲームならここで別の地点からキラキラ光る鍵を探すところであろうが、当然我らがペテン師栞はそんな面倒な真似はしない。
 自分の後ろに立っている北川に向き直ると、
「破ってください」
 笑顔のままちょっと首をかしげ、命令した。
「……え?」
「ですから、鍵が掛かっていて開かないので、北川さんにブチ破ってほしぃなぁ……とか思ちゃったりするわけです」
「……破るって……」
 もう一度扉を見る。
 確かに木製ではあるが、安普請な気配など微塵もなく、重厚な天然の木目が鈍い光を放っている。
 おそらく職人手製の高級品だ。そう簡単に素人には手が出せそうにない。
「あのー……栞ちゃん、何か武器とか道具は……」
「そんなモンありません。ありゃ私が使ってます。ここは『どーん!』と男の人らしく北川さんのパワーでブッ壊しちゃってください」
「…………」
 もう一度扉を見る。
「……まあ、それじゃ一回……」
 数歩下がって、助走距離をとる。
「死ぬなよマイブラザー」
 少々不吉な住井の応援。
「…………とりゃっ!!」
 たったった、と助走をつけ、渾身のタックルを扉に……

 ぐきぃっ!!!

120Shioly Brownie(3):2003/11/06(木) 19:38
「やっぱりダメでしたか」
 北川の死体を脇に追いやり、栞は次善策を講じる。
「それじゃ次は鬼塚●吉先生直伝のこれでいきましょう」
 どこぞで見つけたガムテープをゴソゴソとストールの裏から取り出すと、
「では住井さん、がんばってください」
 はい、と丸っこいその束を住井に手渡した。
「………は?」
「ですから、奥の部屋に繋がるそっちの窓ガラスを叩き割ってください。音がするとマズイですから、そのガムテープを貼り付けてから」
 平然と説明する。
「割るってったって……」
 確かに壁の一面はドア以外にも大きな窓ガラスで奥の部屋へと繋がっている。今はカーテンで仕切られていて向こうの様子は伺えないが、叩き割れば部屋に入ることもできるだろう。
 だが……
「……これって危なくないの? ガラス片とか刺さったら……」
「(たぶん)大丈夫ですよ。(今までさんざん無茶やってきた)住井さんならやれます。(ダメならダメで私には影響ないから)頑張ってください」
 若干言葉を省いた言葉で応援する。
 可愛いめの女の子にそう言われては住井も引き下がるわけにはいかない。
 覚悟を決めるとガラスの中心部にペタペタとガムテープを貼り付け、
「……(ゴクッ)」
 生唾を飲み込み、勢いをつけた肘をテープの真ん中に……

 ガショッ!!!


「痛てっ! 痛てっ!! 痛ててててっ!! 痛ててっ!! は、挟まった挟まった! 引っかかった引っかかった! 刺さる! 刺さるぅ〜〜!!!!」

 さすがは高級旅館。ガラスもいいものを使っている。
 強化ガラスではないのは幸いであったが、ワイヤーで補強されていたガラスは砕け散るところまでいかず、中途半端に住井の腕に噛み付いた状態で耐えしのいでいた。
 服の袖が引っかかり、下手に動かせば腕を切りそうになるといった状態で住井は身動きが取れなくなる。
「これでもダメですか……秋子さんやりますね……」
 顎に手を当てしばし熟考。とりあえず何か役に立つものはないかと改めてカウンター周辺を調べてみることにした。

121Shioly Brownie(3):2003/11/06(木) 19:37
「やっぱりダメでしたか」
 北川の死体を脇に追いやり、栞は次善策を講じる。
「それじゃ次は鬼塚●吉先生直伝のこれでいきましょう」
 どこぞで見つけたガムテープをゴソゴソとストールの裏から取り出すと、
「では住井さん、がんばってください」
 はい、と丸っこいその束を住井に手渡した。
「………は?」
「ですから、奥の部屋に繋がるそっちの窓ガラスを叩き割ってください。音がするとマズイですから、そのガムテープを貼り付けてから」
 平然と説明する。
「割るってったって……」
 確かに壁の一面はドア以外にも大きな窓ガラスで奥の部屋へと繋がっている。今はカーテンで仕切られていて向こうの様子は伺えないが、叩き割れば部屋に入ることもできるだろう。
 だが……
「……これって危なくないの? ガラス片とか刺さったら……」
「(たぶん)大丈夫ですよ。(今までさんざん無茶やってきた)住井さんならやれます。(ダメならダメで私には影響ないから)頑張ってください」
 若干言葉を省いた言葉で応援する。
 可愛いめの女の子にそう言われては住井も引き下がるわけにはいかない。
 覚悟を決めるとガラスの中心部にペタペタとガムテープを貼り付け、
「……(ゴクッ)」
 生唾を飲み込み、勢いをつけた肘をテープの真ん中に……

 ガショッ!!!


「痛てっ! 痛てっ!! 痛ててててっ!! 痛ててっ!! は、挟まった挟まった! 引っかかった引っかかった! 刺さる! 刺さるぅ〜〜!!!!」

 さすがは高級旅館。ガラスもいいものを使っている。
 強化ガラスではないのは幸いであったが、ワイヤーで補強されていたガラスは砕け散るところまでいかず、中途半端に住井の腕に噛み付いた状態で耐えしのいでいた。
 服の袖が引っかかり、下手に動かせば腕を切りそうになるといった状態で住井は身動きが取れなくなる。
「これでもダメですか……秋子さんやりますね……」
 顎に手を当てしばし熟考。とりあえず何か役に立つものはないかと改めてカウンター周辺を調べてみることにした。

122Shioly Brownie(4):2003/11/06(木) 19:39
「……あ」
 ちょうどそこで目に入った。フロント横の壁に、無数の鍵の束がまとめて掛けられていることに。
「手屁っ♪ 私としたことが。ちょっとドジしちゃいましたね」


 改めて鍵を使って扉を開錠。悠々と中に進入する。
「暗いですね……」
 窓という窓全てには暗幕がかけられており、外の光が一部も入って来ず、まるで夜のような暗さだ。
「ええと、スイッチスイッチ……っと」
 手探りで入り口近くの壁を探る。ほどなくして、それらしきポッチリが指先に触れた。
「じゃ、スイッチオン……っと」

 ぱぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 流れるように蛍光灯に灯がともっていく。
「……フフフ……思ったとおりです」
 白色の光に照らし出され、部屋に再び人の活力が吹き込まれた。
 そこに広がる光景を見て、栞は勝利を確信する

 オフィスルームとなっているその部屋には、無数の机と、その上に据えられたデスクトップ型PCが無数に鎮座していた。

123Shioly Brownie(5):2003/11/06(木) 19:40
「Power,ON!」
 とりあえず部屋の中の電源という電源全てをコンセントに繋ぎ、一際大きいサーバマシンに電気を通した後手近な一台のPowerボタンを押す。
 ブゥゥゥン……と鈍い起動音とともに、徐々に液晶モニタに光が満ちていく。
「なかなかいいモニタですね……余裕があったら帰り際、一枚貰っていきましょうか……」

「な、なるほど……そういうことか……」
 ようやくガラス片の戒めから抜け出た住井。ぐったりとした北川を肩に担ぎ、PCルームへと入ってきた。
「ええ、そうです……今の時代、ある程度大規模な施設を運営しようとしたらネットワークを組まなきゃやってられません。
 食品を仕入れる段階まで来ているのなら、確実にLANの設定もすんでいるはずです。さらにLANを組んだのならWANに繋がぬはずはない。
 インターネット。情報の混沌インターネット。今の時代は誰かに聞くまでもなく、WWW上に無数に翻訳サービスなど存在するのですよ」
 回転椅子に座ったまま勝ち誇る栞。そうこうしている間に、モニタにログインウィンドウが現れた。
「ユーザID……それに、パスワード……?」
 それを見た住井の顔が落胆に沈む。
「くっ……けどやはりセキュリティも万全か。思いつきはよかったけど、運営の方が一枚上手……」
「……フッ、まだまだですね住井さん。いいですか? 大抵この手のシステムは……」
 カタカタ、とキーボードを打ち込んでいく。
「ユーザID……guest……Password……無し……チッ、弾かれた。なら……」
 ピポ!
 最後に栞がリターンキーを押すとウィンドウは消え、十数秒後デスクトップ画面が現れた。
「やはりですか。まだまだセキュリティが甘いですねぇ秋子さん。ま、営業前のシステムにあまり大きな期待を寄せるのも酷といえるかもしれませんが」
「パスワード……知ってたのかい栞ちゃん? それとも君あれ? ハッカーってやつ?」
「…………フッ」
 住井に背中を向けたまま、栞は当然の疑問に答える。
「こういうシステムはですねぇ、本格起動する前ならIDは無くてもOKか、あってもせいぜい『guest』というところ。
 Passも無い場合も多いですし、それでなくとも大抵今回のように会社名、『tsurugiya』とかで済んでしまうものなんですよ。
 学校とかのセキュリティが根本的に甘いところなら起動した後もこんな状態が続いてることも多いですからね。中学時代、よくPCルームに忍び込んで勝手にネットサーフィンしたものです」
「はぁ、なるほど……」
 電脳機器に疎い住井としてはただ素直に頷くことしかできない。北川もコンピュータに関しては超一流の腕前を持っていたりする場合もあるが、それは別のところの北川である。第一今は死んでるし。
「さてと、それじゃ情報の海へ……DIVE!」
 デスクトップに存在するInternet Explorerのアイコンをダブルクリック。いざWWWへと飛び込む。

http://www.tsurugiya.co.jp

124Shioly Brownie(6):2003/11/06(木) 19:41
 トップページに鶴来屋のWebサイトが現れる。しかし栞はそんなものにはまるで興味ないかのようにアドレスバーにカーソルを合わせると、慣れた手つきで常用の検索サイトのURLを打ち込んでいく。
 全てブラインドタッチだ。住井にはその手の動きは人外のレベルにしか見えない。
「栞ちゃん……君ってPCとか詳しいの?」
 手は止めず、モニタを向いたまま栞は答える。
「まぁ人並みには触っていると思いますよ。入院中は暇で暇でしょうがなかったんで病室にノート持ち込んで延々とネットサーフィンしてましたから」
「はぁ……それにしても打つの早いねぇ。どんくらいなの?」
「どのくらいと言われましても……それじゃちょっと計ってみましょうか。最近私もやってませんでしたので」
 栞はちゃちゃっと目的のサイトに移動すると、なにやらFlashで作られたゲームで計測を始めた。
「OMAEMONA-……っと」

 一分後。
「終わりました。慣れないキーボードだったのでちょっと調子が悪いですが……こんなモンでしょうね」
 モニタに出たリザルトを住井に示す。

 タイピング●ナー ver 3.20
 タイプ数:392
 ミスタイプ:4(1%)
 平均速度(keys/s):6.466

 スコア:2560
 ランキング:44位/2931人中
 あなたは「神!!++」レベルです

「……2931人中の44位って……結構すごいんじゃ……」
「そうでもありませんよ。慣れればこのくらい楽勝です。あ、住井さんも北川さんも一休みしてていいですよ。ネットでもしてたらいかがです?
 今取説の文章テキストに起こしてるとこですけど、小一時間もあれば終わるでしょうから。あ、そうだその前に。もう一回厨房に行って冷たいジュースとお菓子とアイスを持ってきてください。
 しばらく私集中しますから、話しかけないでくださいね。そのへんに置いといてくだされば結構ですから。それじゃ、お願いします」

 一方的にまくし立てると回転椅子を半回転。モニタに向かい、高速のタイプを再開した。

125Shioly Brownie(7):2003/11/06(木) 19:41
【栞 ホテルからWWWへ接続。翻訳サービスで解読に挑戦】
【北川 ぐったり】
【住井 ほとんど小間使い】
【四日目午前 ホテル コンピュータルーム】
【登場 【美坂栞】【北川潤】【住井護】】

126セパレイト:2003/11/08(土) 21:45
「……ねぇ、美凪……」
「……みちる?」
 ホテルの暗がりの中、みちるは美凪の耳元に囁く。
「……まだ寝てなかったの……?」
「んに……目が覚めた……」
 時刻は、ちょうど先ほどハクオロと美凪が見張りを交代したところだ。
 二人の背後ではソファに腰掛けたまま、トゥスクル皇が瞑想しているかのような静かな寝息を立てている。
 美凪の睡眠も十分とは言えず、頭にはうすぼんやりとした睡魔がこびり付いているが、我慢が効く程度だ。
 少なくとも、ほぼ不休で動いているハクオロに比べればはるかにマシなはずである。ここで弱音を吐くわけにはいかない。
 しかしそれにしても、みちるは今夜一晩はゆっくりと睡眠を取らせる予定だったのだが……
「……ダメですよ……寝ていなくては……。二日続けて動き回ったのです……みちるもだいぶ疲れているはず……」
「んん、それは平気」
 諭す美凪だが、みちるは首を横に振る。
 むしろ、幾分か真面目な顔に頬を引き締め、話を続けた。
「それより、美凪にちょっと話がある」
「お話……?」
「ん。みちる、ずっと思ってたんだけど……」



「ん?」
 場面は移って四日目午前。ホテルから離れ、わき道をひた走るハクオロ一行。
 みちるを小脇に抱え、美凪の手を引いてずっと走ってきたハクオロだが、その美凪が森の中途で不意に足を止めた。
「どうした美凪。まだ旅館からは十分離れきっていない。悪いが、休憩はもう少し先で……」
 しかし美凪はハクオロの言葉をさえぎり、ふるふると首を横に振る。
「ハクオロさん……」
 そして、静かに口を開くと、
「……このあたりでお別れしませんか……?」
 ……と言った。

127セパレイト(2):2003/11/08(土) 21:46
「な!?」
 仰天のハクオロ。
「ど、どういうことだ!?」
 美凪の手を引き、問い詰める。
「痛いです……」
「あ、す、スマン」
 慌てて手を離す。二人は50cmの距離を取り、お互いに向き合った。

「その……何故だ? 急に。何か……私はお前を怒らせるような真似をしてしまったか? いや確かにお前たちの疲労のことも考えず、連れまわしてしまった。だが……」
 自分が気づかぬうちに粗相をしてしまったかと思うハクオロ。先に謝罪しようとするが……
「いいえ。それは違います」
 それは美凪が彼女にしては強く否定する。
「……ハクオロさんには感謝しています……。それこそ、感謝してもしきれないぐらい……いっぱいお世話になっちゃいました。
 ハクオロさんは自分のことも省みず、ずっとずっと私たちを庇い続けてくださいました……ありがとうございます」
 いきなりペコリと深くお辞儀する美凪。ついつられてハクオロも頭を下げる。
「あ、いや、感謝されるほどのことではない。当たり前のことをしただけだ。……だが、それならなぜ……?」
「……それは……」
「……そこからはみちるが説明するよ」
「みちる?」
 いつの間にか、みちるはハクオロの腕をすり抜け、美凪に寄り添うように立っていた。

 ずいと体半分を美凪とハクオロの間に割りこませ、神妙な顔でみちるは口を開く。
「思ったんだ。……思ってたんだ。みちるたち、全然鬼ごっこしてないなぁ、って」
「……え?」
「みちるたち、最初にオロに会って、エルルゥとアルルゥを探すって言って一緒になって、そのままずっと過ごしてきた」
 続けて美凪も口を開く。
「楽しかったです……」
「エルルゥと追いかけっこしたり、駅に行ったり、トロッコに乗ったり。ずっと三人で一緒に過ごしてきた」
「借金生活も、それはそれでオツなもの……」
「オロと同じようなでっかいのとの追いかけっこも、スリルがあって面白かった」
「柳川さんたちはご無事でしょうか……」
「……なら」

128セパレイト(3):2003/11/08(土) 21:47
 語り口がいったん止まったところでハクオロが割って入ろうとする。しかし。

「でも、それだけなんだ」

「……?」
「ずっとずっと、みちるたちはオロに守られてばっかだったなぁ、って」
「『人探ししながら逃げま賞』ではなく、『守られちゃいま賞』になってしまいました……」
「今まで会ったほとんど人たちは、逃げ手の人も、鬼も、自分の力で『鬼ごっこに参加していた』」
「これ以上ハクオロさんにご迷惑はかけられません……」
「それは!」
 その言葉を聴き、ハクオロは語調を強くした。
「それは違う! 私は、迷惑など!」
「……うん、わかってる」
「わかっています。ハクオロさんは、そういう方ですから……人がいいで賞、進呈」
 はい、と紙袋をハクオロに手渡す。
「あ、ありがとう……」
 ……改めて、説明再開。
「オロはみちるたちのわがままをずっと聞いてくれた」
「……だから、これが最後のわがままだと思ってください……」
「……?」

「みちるたちは」

「私たちはは」

「……自分の力で、鬼ごっこをしたいのです」

129セパレイト(5):2003/11/08(土) 21:48
 しばしの沈黙。
「それはつまり、私に一人で行け……ということか?」
「……そうなります。ここで私たちはお別れして、ハクオロさんはご自分の優勝を目指してひた走る、私たちは自分の力で鬼ごっこに挑戦する。
 ……このまま私たちがいれば足手まとい。そのうちハクオロさんに取り返しのつかないご迷惑をおかけしてしまうことになるかもしれません」
「それに、もしみちるたちが最後の三人になれても結局優勝できるのは一人なわけだしね」
 しかしハクオロが素直に首を縦に振るわけがない。
「そんなことは、そんなことはどうでもいい。お前たちのせいで私が鬼になろうとも、それがどれほどのことか。私たちが三人一緒にいることの方がはるかに尊い。違うか?」
「違いません。違いません。違いません。私も、できればそうしたいです。けれど……」
「……それでも、やっぱり、こうした方がいいと思うんだ。みちるたちは、ハクオロに優勝してほしいと思う。みちるたちは自分の力で鬼ごっこをするべきだと思う。
 だから、みちるたちは、ここで別れた方がいいと思う……んだ」
「馬鹿な!」
 ハクオロは声を荒げる。
「私がいいと言っているのだ! 私はお前たちを守りきってみせる。最後の、最期まで! 私の優勝を望んでくれるのなら、私たちが三人になったところで、そこでもう一度考えればいい問題だ!
 第一このゲームも最早終盤戦! 島にいる人間はほとんど鬼だ! お前たちだけで……逃げ切ることなど!
 お前たちは、お前たちがそんなことを気にする必要はない。私たちが別れる必要も理由も、ただの一つもないのだ!」
「……ありがとうございます。けど、やはり……」
「……これが、みちるたちの、わがままだから。最後のわがままだから」
「今までさんざんご迷惑おかけしてこんなことを言うのは失礼なことだとわかっています。しかし……けれど……」
「みちるたちの最後のわがまま、聞いてほしい」
 それだけ言うと二人は手を取りあい、草むらの奥、道も無いような森の中に消えようとした。
 だが、納得できないハクオロはその背中に追いすがる。
「待て! 待ってくれ美凪、みちる! 私は、私はお前たちを……」
「……ごめんなさい」

130セパレイト(6):2003/11/08(土) 21:48
 ちょうど、それと同じタイミングで。
「……あの〜……お取り込み中、すいません」
 一行がやってきた方向から、突然二つの人影が現れた。
 二人の方には、たすきが。鬼を示す御印であるその鬼のたすきが掛けられている。

「しまった! 気配を探るのを……忘れていたッ! 美凪! みちる! 話は後だ! 今は……逃げるぞ!」
 ハクオロはそのまま後ろから美凪とみちるを抱きかかえ、森の中へと走り去ろうとする。
 しかし、鬼の片割れ……佐藤雅史は慌てて叫ぶ。
「ま、待ってください! 僕らは怪しいものではありません! ……鬼ではありますけど、あなたを捕まえる気はありません! ハクオロさん!」
 傍とハクオロが足を止める。
「……私の、名を……?」

 息を整えると、雅史は言葉の続きを伝える。
「突然失礼しました。僕の名前は佐藤雅史。……ハクオロさん、あなたへのお手紙を預かっています。差出人は……エルルゥさんです」
「……エルルゥだと!?」


【美凪、みちる 決別の意思をハクオロへ伝える】
【雅史、沙織 ハクオロに追いつく】
【まなみ 近くにいる】
【四日目午前 森の中】
【登場 ハクオロ・遠野美凪・みちる・【佐藤雅史】・【新城沙織】・【皆瀬まなみ】】

131Shiori unlimited:2003/11/13(木) 01:02
 さて。
 ブラウザを立ち上げ、任意のURLを選択しました。
 現在閲覧しているのはネット上の機械翻訳のなかでも一度に可能な翻訳の文字数と処理の速さに
定評のある、某翻訳SITE。

 ―――カタカタカタカタッ

 キーボードの上を、細い指が軽やかに踊って、フォームにアルファベットを刻んでいきます。
 モニターを見つめているのは愁いを帯びた可憐な美少女。
 なんてすんばらすぃしちゅえーしょん。
 なんて絵になる光景なんでしょーかっ。
 ふふふふふ……これは、首尾よく目的を達成して家に帰った後には、絵に起こさなければ
なりませんね。
 お、打ち込み終わりました。
 やっぱりこういうときのためにインターフェイスは最も普及しているものを習得しておくべき
ですねー。日本語キーボードに依存して、アルファベット配置を覚えなおさなければならない
カナ入力などナンセンスです。まして親指シフトなんて黒歴史です。OASYS共々墓地に葬りさら
なければなりません。

132Shiori unlimited:2003/11/13(木) 01:03
 ―――と。
 いけませんいけません。
 最終兵器GETを前にして、ちょっとテンションが高くなっているようです。
 とっとと終わらせて、世間様御公認人類の敵・美坂香里を始末しに行きましょう。
 『翻訳開始』ボタンをクリックします。
 そーれっ、ぽちっとな。


 ―――ブチン


「ふぇ?」
 思わず目をぱちくりさせてしまいました。
 モニターに表示されたのは、待ちに待った英文の翻訳結果ではなく、まっくろ黒画面。
 つまり、電源を入れる前の状態です。

 HOLY SHIT!!!

 こんなときにトラブルですかっ!!!!

133Shiori unlimited:2003/11/13(木) 01:03
 急いで本体の裏を確認します。
 電源ケーブル、OK。
 モニターケーブル、OK。
 外観からわかるような異常はないようです。
 焼鳥ができあがったかHDDが昇天したか、或いはウィルスとかOS仕様のバグの類でしょうか。
 …とりあえず、再び電源をいれようと試みたり…する、わたしの視界の端にソレが映りました。
 PCルームの入り口に浮かぶ人影――――抜かれたコンセントを持つHM-13の姿が。
「―――――美坂栞様。申し訳ございませんが、それは不許可です」
 ヤツはそう無表情に言い放ちやがりました。



「納得できません!」

 だんっ

 わたしはデスクに両手をたたきつけました。
 …正直、ちょっとイタイです。
「おーぼーですっ! じんけんじゅーりんですっ! そんなこと言う人大っ嫌いですっ!!」
「――――美坂様、何度も申し上げました通り、当ホテルのPC使用は『鬼ごっこ』参加者に
対して運営者により提供されるサービスの範囲外となっております」
「ホテルのPCを利用してはいけないなんてルール説明なかったじゃないですかっ!!!」
 当然の権利として、わたしは抗議してます。
 え? 不法侵入や器物損壊の方が問題じゃないのか?
 都合の悪いことは棚に置いてごり押しするくれーまーみたい?
 …違いますよ。誤解です。
 隠しマイクで録音なんてしていませんし。
 WEB上であることないこと書き散らすわけでもありません。
 第一、こんな可憐な乙女を捕まえくれーまーなどと、とんでもないことです。

134Shiori unlimited:2003/11/13(木) 01:04
「栞ちゃんの言うとおりだよ。基本的に参加者が島内の設備を利用するのは構わないわけだろ? 
ホテルだって他の参加者はフツーに利用していたんだし、PCだけダメってのはおかしいじゃないか」
 住井さんが柄も無く良識的な台詞を吐きました。
 偉いです。ないすふぉろーです。下僕B。 
 栞的好感度+1ですね。
 フラグが立つことは永久にありませんけど。
「そうおっしゃると思いまして、ここに本葉鍵鬼ごっこ運営者側から美坂栞様へのメッセージを
受け取っております」
 そういってヤツが無表情に取り出したのは、一冊の封筒。
 見ると、独特な質感を持つ西洋紙に蝋印で封をした、いまどき呆れるくらいレトロ趣味な
シロモノ。
 いい趣味ですね。レクター博士みたいでカッコいいですー。
 わたしは胸を高鳴らせながら、封筒と一緒に受け取ったペーパーナイフで開けました。
 

『法律もウェッブルールもクソ食らえだ。俺が嫌だと言っている』

135Shiori unlimited:2003/11/13(木) 01:07
 ――――ビリビリビリビリッ


 破り捨てました。ええ、破り捨てましたとも。
 なんですかこの厨房丸出しのどこかの漫画家みたいな文章は。
 カッコ悪いです。センス最悪です。
 ええ。ええ。わかってます。
 こんなことをするのは、あの人以外にいません。
 頬に手を当てて「了承」つってりゃ人気採れると思って、近頃イイ気になりすぎてませんか、
ってんです。ジャム狂いは大人しく(ry
「というわけですので、翻訳作業は自力で行うか、他の参加者の助力を得るか。…厳しいかも
しれませんが、申し訳ございません。何分『最終兵器』を冠するアイテムですので」
 
 …いいやがりましたね。
 わかりました。やりましょう。
 やってやりましょう。
 この最終兵器をなんとしてもモノにしてやろうじゃないですかっ!

136Shiori unlimited:2003/11/13(木) 01:07


 一方、管理側分室――――。
 
「ゲートウェイサーバーを落としました。これでホテル内LANから外部への接続は不可です」
 足立社長が報告書を手渡した。
 ある事件により分室は半壊してしまい機能の大半が停止しているため、HMを数体とホテルのPCを
動員しクラスタを構築していた。現状では、サーバーひとつ停止させるのも簡単ではない。
「…HMX-13のサテライトキャノン、探知機等の屋台の便利すぎるアイテム、そして今回の件。
少々、事前の手回しの不備が目立ちますね。担当者は『めっ』です」
 秋子は報告書を受け取り、モニターを見上げた。 
 モニターにはPC室で喧喧囂囂の彼らの模様が映し出されている。
「ところで、あの最終兵器のことなのですが…」
 彼女の手が弄んでいる瓶をそらおそろしそうに見つめながら、足立社長が問い掛けた。
「あぁ、アレですか」
 くすり、と秋子は含み笑いをした。
「もともとは不測の事態に備えて講じておいた緊急措置の一部なんですよ。アレ」
「……はぁ?」
「適切な手続に従って使用すると、来栖川のサテライトサービスを介し島全域に配置している
HMに対し強制的にコマンドを割り込ませることができます。固有の周波数と独自のアルゴリズム

(中略)

上位コマンドと認識され、最優先で実行される。――――これを使用することで、例えば、島中のHM-13に対して、まだ鬼になっていない方たちの身柄を確保・連行を命じることも可能となります」
「それ、本当ですか…?」
 それでは、事実上最終兵器を使用できる人物のワンサイドゲームになるではないか。
 この鬼ごっこのルール下においては、ほとんど反則技だ。
 表情を引きつらせる足立社長を見て、秋子は頬に片手を置いてたおやかに微笑んだ。
「―――冗談です」



【栞、北川、住井 ホテル】
【HM−13 栞に注意】
【水瀬秋子 足立社長 管理分室】
【柏木千鶴 ???】
【最終兵器、未だ不明。英文解読進まず】
【四日目朝】

137BATMAN:2003/11/19(水) 19:11
 青々と茂った草花の頭を微風が撫で、通りすぎていく。
 澄み渡った空の中央には太陽が煌々と輝き、命あるものに恵みを与える。
 ここは島の高台、なだらかな丘陵地帯。緑色の絨毯のその真ん中で、彼、ハウエンクアは一人大地に寝そべっていた。

「ぼっくらはみんなー 生きているー……」
 その口元から、鼻歌のメロディが漏れ聞こえてくる。
「生きーているから 歌うんだー……」
 誰に聞かせるでもなく、風のタクトに合わせ、静かに歌う。
「ぼっくらはみんなー 生きているー……」
 思えば、この島に来て以来こんなに落ちついた気分になったのは初めてかもしれなかった。
「生きーているから 悲しーんだー……」
 ヒエンの目を盗み、参加を決意したはいいが始まっていきなり路頭に迷い、
「てーのひらを太陽に 透かしてみーれーばー」
 まなみに騙され鬼にされ、しかも穴底に引きずり込まれ、
「まーっかーにながーれるー 僕のちーしーおー」
 なんとか助かり、ホテルに着いてからは国崎たちの捕り物劇に巻きこまれ、
「まーっかーな秋にー 囲まれてーいるー」
 ゴタゴタの後、まるで某アルティメットなSS群における北川のような扱いの果てに叩き出されてしまった……

「……ちょっと違ったかな……?」
 歌を止めると、いったんよいしょと起き上がり、頭の後ろの手を組みなおしてもう一度寝転ぶ。

「……でもディーに会えたしな……」
 数少ない友人の一人に会え、その幸せそうな姿を確認することができた。確かに、これだけは喜ばしいことかもしれない。
 だが……
「……僕の居場所がなくなっちゃった……」
 それは、初恋が破れた瞬間でもあった。

138BATMAN/2:2003/11/19(水) 19:12
『朝はウルトにかしづいて、さっきは俺達の邪魔をしてみて、
 それが終わったら今度は、俺、か。この蝙蝠野郎が』

「蝙蝠野郎か……」
 何とはなしに、昨日、国崎に吐き捨てられた言葉を思い出す。
「……そうだよね……」
 無理もあるまい。自分でも言うのもなんだが、錯乱した己は何をしでかすかわからない。
 傍から見れば全く持ってその通り。昨日までの自分の行動は、ただの卑怯な蝙蝠野郎にしか見えないことだろう。
「……けどね……」
 確かに、童話にあるように蝙蝠という動物には卑怯なイメージが付きまとう。少なくとも、その名を聞いてプラスの印象を持つ者は少ないだろう。
「……けど、きっと蝙蝠は……」
 物語の中の蝙蝠。鳥と、獣との戦いの最中、両者の間を行き来した卑怯な動物……
「……きっと、寂しかったんじゃないかな……」
 ツッ……と閉じた瞳から、一筋の涙が流れた。

 シャクコポル族として、穴人として、蔑みの、嘲りの、罵りの対象として生きてきた自分に照らし合わせてみる。
「きっと蝙蝠は……ずっと鳥と獣の……どっちからも仲間外れにされて生きてきたんだ……
 戦争になって……戦いの中ならどっちからか認めてもらえるかと思って……でもやっぱり仲間とは見てもらえなくて……
 そして……そして戦争が終わって……結局どちらからも卑怯者と罵られて……」

 ……物語はそこで終わる。蝙蝠に一片の救いも残すことなく。

「きっと……蝙蝠が望んだのは……勝利や保身なんかじゃなく……彼が、彼が本当に欲しかったのは……」

139BATMAN/3:2003/11/19(水) 19:12
「ちょっと失礼」
 と思考がクライマックスに近づいたところで、突如ハウエンクアの眼前に人の顔が現れた。
「お兄さん、瞑想中悪いんだけど、手伝ってもらいたいことが……」
「わひゃぁあ〜!! おっ、おばけぇぇぇぇぇ〜〜〜!!」
 基本的に彼はビビリである。突然現れた人影に滑稽なほどの叫びを上げ、正しく脱兎のごとく逃げ出した。もうこれで逃げるのは何度目だろう。
「待っちなさい」
 が、人影はがっしとハウの奥襟を掴むと難なく引き寄せる。
「おわっ、たっ、たっ、たっ、お助けぇぇぇぇぇ! ぼぼぼぼぼ僕食べても美味しくありません! シャクコポル族で半分ウサギですし!」
「……兎鍋って結構好きなんだけどね」
「あひゃわはほぅ!? いいいいいいやいや違います違います違います! 半分ウサギと言ってもウサギそのものとはだいぶ違いまして!
 だいぶ大味になって余計な栄養素とかもたくさんありまして! 美味しくない上に身体に悪いというほとんどメリケンのチョコレートみたいな代物でして!
 ぼぼぼぼぼ僕を食べるくらいでしたらもっとええとこうエヴェンクルガとかオンカミヤリューなら程よく肉が締まって美味かと! 手羽先に似た味だって噂ですし!
 そ、そ、そ、そりゃもうどこぞのオールバックの美食家親父も唸る出来かと! ぼ、僕なんか出してもその放蕩息子にメタクソに言われちゃうってモンで……」

「シャラップ!」

「ひいっ!!?」
 人影の一喝。瞬間ハウは黙りこくる。
「落ちつきなさいこの獣耳属性! あたしは零号屋台の管理人。ショップ屋ねーちゃんとでも呼びなさい! おばちゃんとか言ったら殺スわよ!
 今あたしはちょっと困ってる! あなたはそこで暇そうにしていた! んであたしはあなたに手伝ってもらおうと声をかけた! オーケー!?
 だからあたしの頼みを聞きなさい! わかった!? ドゥー・ユー・アンダスタン!?」
「い、いや僕今色々忙しくて……」
「忙しい? 何してたっての。言ってみなさい。事情によっては解放してあげる」
「そ、その……ゴロゴロしたり、ウトウトしたり……」
「クイズ百人に聞きました! 問題!『ゴロゴロしたり、ウトウトしたりは忙しいと言えるのか?』 No:99人 はい却下! 着いて来なさい!」
 問答無用という言葉が相応しく、ねーちゃんはそのままハウを引きずって森の中へと戻っていった。
「お助けぇぇぇぇ〜……」

140BATMAN/4:2003/11/19(水) 19:13
「……で、僕に頼みっていったい何なんだい?」
 状況適応能力だけは高いハウエンクア。しばらくすると落ち着きを取り戻し、事情もあらかた把握すると一人でしゃんと歩き、ねーちゃんの後ろを着いて行っていた。
「ん〜……屋台がね〜、ちょっと轍にはまっちゃって。あたし一人の力じゃどうしようもないから、押すの誰かに手伝ってもらおっかなって」
「君、屋台を引いてるんだろう? 売ってる道具の中に何か使えるものはないのかい?」
「ん、まーね。本来『シュイン』ていう魔法があって、屋台の移動はそれを使うはずだから問題ないんだけど……」
「……ないんだけど?」
「ちょーっとあたしの屋台だけは大荷物抱えててねぇ。魔法を使った移動ができないから困りものなのよ」
「大荷物?」
「そ。参加者の持ち物だったんだけど、放っておいたらゲームバランスを著しく崩しかねない代物だったからね。今はあたしが引き取ってるの。
 ……とはいえ、あたしじゃ扱い方がわからないから荷物にしかなんないんだけどね」
「そりゃまたずいぶん面倒な代物を抱え込んだんだねぇ」
「ま、それでも一応あたしも運営側の一人だからね……っと、ああ、見えた。あれよあれ。あれがあたしの零号屋台に、どこぞのお嬢ちゃんが持ち込んだ……」
 森の中、ねーちゃんが指をさす。
 その先で木々の間から顔を覗かせるのは、昨日の雨の影響か、ぬかるんだ地面にしっかりと車輪を食いこませた零号屋台。
 そして……
「……確か、名前は……ア、ア、アヴなんとか……」
「あれは……!」
 思い出そうとするねーちゃん。だが、ハウに説明は必要なかった。なぜなら、それはハウにとってはあまりに見慣れたものだったから。
 林間に聳えるは、白亜の巨人。クンネカムンが最終兵器。
「アヴ・カムゥ! 聖上の機体だ!」
「そうそう。それよそれ」


【ハウ 零号屋台。クーヤのアヴを発見】
【零号屋台 現在身動きとれず】
【四日目午前 高台の森】
【登場 ハウエンクア・ショップ屋ねーちゃん】

141チェインギャング:2003/11/21(金) 21:39
 あれからどこをどう歩いたのかはよく覚えていない。
 脚の続く限り森の中を走り続け、ようやく頭が体の疲労を聞き取ったころ、家々の建ち並ぶ区画へと出た。

「……………」

 やはり何を考えていたのかは覚えていない。いや、たぶん何も考えていなかったんだと思う。
 僕の足は勝手に、目の前の一際大きな建物に向かっていた。

 エレベーターはあったんだと思う。ていうか普通あるよね。あれだけ大きい建物なら。
 だけど僕は階段を一歩一歩上っていた。体は疲れてもう一歩も動きたくないはずだったけど、なぜか、僕はわざわざ階段を使っていた。

 階段を一番上に上にと上ることしばし。やがて上りの段差が消えるころ、踊り場が現れ、奥に鉄扉が見えた。
 試しに近づきノブをひねってみる。……ガチャリと重い手ごたえと共に、回転した。どうやら鍵は掛かっていないようだ。
 そのまま体全体で押すようにして扉を開き、僕は、屋上へと進み出た。

 青い。
 澄み渡りどこまでも広がる空が青かった。とてつもなく青かった。
 目が痛くなるくらいに。
 建物へと吹き込む風が頬を撫でる。扉を閉めると止まる。
 どうやらこのマンションは近隣一帯で一番高いようだ。見上げれば、半円形の青空が僕を包み込んでいる。

 ガシャン。

 屋上の周りにグルリと張り巡らされているフェンスに指を掛ける。
 住宅街とはいえ、少し離れれば延々と森が広がっているだけだ。見下ろす風景は軒並み深緑だった。

142チェインギャング/2:2003/11/21(金) 21:40
 はぁ、とため息をつく。
 どうしてこうなってしまったんだろう、と思い返す。
 僕も何か変われるだろうかと思い、仕事をヒエンに押し付けてまで参加したこの企画。
 おそらく今頃彼は聖上・大老に続いて僕まで消えたことで忙殺寸前であろう。まぁいいんだけど。
 結局何一つ変わりはしなかった。あっちにいる時とまるで変わりない。相も変わらず僕は侮蔑と嘲笑と罵りの対象でしかなかった。
 くそっ。何が蝙蝠野郎だ。国崎往人め。お前に蝙蝠の気持ちがわかるとでもいうのか。
 排斥された人間の気持ちがわかるとでもいうのか。

 ガシャン、ガシャンとフェンスを揺らす。

「……空か」

 ああ、あるいは。
 僕にも翼があれば。
 ディーのような、オンカミヤムカイのあの姫巫女のような翼があれば。
 あるいは……僕も……もっと……

 かぷっ。

 不意に脚に軽い衝撃が走った。
 足元を覗き込んでみる。
「………………」
「………ぴこ〜」
 綿あめが僕の脚にひっついていた。

「………………」
 落ち着け、僕。
 世の中は広い。ひょっとすると、こういう綿あめみたいな種族もいるのかもしれない。
 落ち着いて対応すれば、きっとコミュニケーションだって成立するさ。

143チェインギャング/3:2003/11/21(金) 21:40
「……誰だい、キミ?」
「ぴこっ」
「ぴこ君か。よろしく。僕の名前はハウエンクア」
 よし、とりあえず第一段階成功。自己紹介は人間関係の基本だからね。
「ところでぴこ君。悪いが、僕の脚から口を放してもらえないかな。いや、痛くはないんだが、ちょっとね」
「ぴこぴこっ!」
 どうやらぴこ君は首を振っているようだが、どうみてもその光景は気味の悪い塊が微妙な振動をしているようにしか見えない。
「なぜだい。僕の脚はそんなに美味しいのかい?」
「ぴこぴこぴこっ!!」
 ……弱った。コミュニケーションはできても言葉が通じなければ如何ともしがたい。
「……う〜む、言語の壁というのは予想以上に厚いものだね。こうまで意思疎通に弊害が出てしまうとは」

「ええと、たぶんこっちにいると思うんですが……」
 牧村南は、醍醐を見送った後、いつの間にやら消えていたポテトを探して屋上まで来ていた。
「あ、いたいた」
 予想的中。そこには探し犬であるポテト、別名ぴこぴこの姿が。
「あら……?」
 しかし、それとセットで……

「え〜と、僕の名前はハウエンクア。君の名前はぴこ。ここまではオーケイ?」
「ぴこっ」
「僕は今ここで人生について考えているところなんだ。そこんとこオーケイ?」
「ぴこっ」
「オーライ。上出来だ。というわけでぴこ君、僕の脚から口を放してもらえないかな? 君がそのへんで遊んでる分には僕もぜんぜんかまわないからさ」
「ぴこぴこっ」
「だからなぜそこで首を振るんだい。う〜ん、困ったなぁ……」
「ぴこぉ〜……」
「……君も困ってるのかい。僕も困ってるんだよ。Wお困り君だねぇ。あっはっは」
「ぴっこっこ」
「だからそろそろ開放してもらえないかな?」
「ぴこぴこっ」
 綿あめと会話を繰り広げる、ウサギな青年がそこにいた。

144チェインギャング/4:2003/11/21(金) 21:42
「……え〜と……」
 珍妙な光景に少々面食らいながらも、意を決して南はその後姿に声をかける。
「あの〜……すいませ〜ん……」
「ん?」
 さすがにこの距離ならハウも気づく。南の声に従い、ゆっくりと振り返る。
「あの……すみません。どうやら私どもの犬がご迷惑を……」
「…………」
 目が合う二人。とりあえず、と詫びを入れる南だが、他方のハウエンクアは振り向いた姿勢のまま、膠着していた。
「……あの?」
 いぶがる南。しかし、そんな南を無視してハウエンクアは口を開く。


「……マーマ?」


【ハウエンクア 南 接触】
【ポテト ハウの脚】
【四日目午前 マンション屋上】
【登場 ハウエンクア・牧村南・ポテト】

145奥義・フリオニール式戦闘術:2003/12/04(木) 12:59
 崖の間に漆黒の旋風が吹き乱れる。

 オンカミヤリューが始祖、ムツミ。
 地上最強の鬼、柏木耕一。

 常人では視認することすらできぬ動き。
 秒間数回の交錯。
 極限の戦いは互いに熾烈を極める一進一退の攻防へと至っていた。

(クッ!? さっきまでとは段違いの動きだ!)
 崖面を蹴りつつ、耕一は内心吐き捨てる。
(今は場所の有利さでこっちがアドバンテージを取ってるが……一度空に逃したらもう捕まえられない! ここで仕留める!)
 巧みにコースを選択、ムツミの頭上を潰すようにはね回る。
(短期決戦だ! 場所を変えられたら俺が不利!)

 一方のムツミも余裕綽々と言える状況ではなかった。
(……速い)
 予想以上の敵の実力に、普段は憮然とした態度を崩さない彼女も、多少なりとも憔悴していた。表情は変わってないけど。
(場所が悪いね。空に出れば逃げられるけど、下手に背中を見せたらその瞬間がかわせない)
 側面から耕一が飛んでくる。無理矢理身をひねり、翼すれすれの位置でいなす。
 が、さらに一瞬後反対側から飛んでくる。この繰り返しだった。
(空間転移……だめ。術が成功すれば確かに大丈夫だけど、法力を集中させてる間が無防備になる。だからだめ)
 崖の中腹でホバリングしつつ、360°全方位から襲い来る耕一をかわし続ける。この閉鎖的な空間では、天翔ける翼も十分な仕事を果たすことができなかった。
(なら……)

146奥義・フリオニール式戦闘術/2:2003/12/04(木) 13:00
 んでこちらは川の中の黒きよ小隊。二人からは少し離れた場所。
「……何なのよあの二人」
 さすがの黒きよもこの人外の戦いには参加できず、ただ成り行きを見守るしかなかった。
「まぁ、なにせムツミさんはウィツァルネミテア様の娘ですし」
「対抗するには少なくとも兄者様ぐらいの実力がないと」
「ちょっと僕らじゃ」
「辛いですねー」
 顔を合わせてあきらめの言葉を漏らす二人。
「何かないの? あなたたち、國では一応弓兵部隊率いてるんでしょう?」
「うーん、そういわれましても」
「モノホンの矢を使うわけにいきませんし」
「……別に倒す必要はないのよ。要するに触ることができれば、一瞬でも動きが止められればいいのよ」
 と言いながら前方を指さす。そこでは『目にもとまらぬ』という表現ピッタリに二人が壮絶な戦いを繰り広げていた。
「まぁ……必殺技でも使えれば別でしょうけど……」
「必殺技?」
「はい。僕らは技のレベルを上げると連撃の最後に強力な必殺技が使えるようになるんです」
「たぶん、それなら焼かれることなく多少はムツミさんやあっちのおっきい人にも効果はあると思いますが……」
「なんだ、いい方法があるじゃない。ならさっさとやりなさいよ、その必殺技とやら」
「いやー、しかしですねー……」
「何よ。まさか『MPがたりない!』とか言うんじゃないでしょうね」
「いえ、僕らにMPの概念はありませんから。実際カミュ様やウルトリィ様も術法使い放題ですし」
「それに僕らの必殺技は物理攻撃扱いですから」
「じゃあ、さっさと……」
「あ、いえ、その代わり『技ゲージ』がたまらないとダメなんです」
「けど、今僕らはほぼゼロ。当分使えそうにありません」
「……それ、どうやったらたまるの?」
「攻撃したり……」
「攻撃されたりすれば……」
「ふ〜ん……」

147奥義・フリオニール式戦闘術/3:2003/12/04(木) 13:01
「じゃ……これはどうかな」
 耕一の突進をかわしたムツミ。切り返しが来る前に翼の力を収束、そのまま地、すなわち川の中へと降り立った。
「!? 下に!?」
 一瞬訝しがる耕一。少なくとも、地上ならば自分が有利だ。相手もそれはわかっているはず。
 だがそれでもあえて自分の不利なフィールドに降りるということは……
「なにか……来るな!?」
 叫びながらも大きく跳躍。太陽を背に、真上からムツミに迫った。
「……ハッ!」
 瞬間、裂帛の気合いとともにムツミの瞳の色が変わる。川底に手のひらを叩きつけ、
「土神招来! 土の……術法!」
 呪文を叫ぶ。同時に川底の岩盤が大きく剥がれ、数個の巨大な岩と化し耕一へと迫った。
「ヒュゥ! 魔法! やっぱ君もアッチ側……いや、コッチ側の人間か!」
 耕一の巨体が轟音を伴い岩盤の中へと消える。それを確認するとムツミは即座に側転。
 後ろから岩とともに耕一が川へ落ちた音を確認すると、飛び立たんと翼を広げるが……
「けど甘い! この程度じゃ俺は止めれないな!」
「ッ!?」
 後ろから聞こえてきた軽口。振り向いたムツミが見たものは……
「忍法土の術法返し! ……ちょっと違うかな?」
 魔法で作り出した岩の塊を、生身の馬鹿力で投げ返してきた耕一の姿だった。
「……冗談みたいな人だね」
「よく言われるよ!」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ! 黒きよさん!!」
 そのちょっと下流。黒きよ小隊。一行はムツミの追撃は一休み。揃って河原へと上がっていた。
「な、なんなんですか、これは〜!」
 黒きよの足下でドリィが悲痛な声を上げる。そりゃそうだ。今の彼は上着を剥がされた上四肢を巨大な流木と結びつけられ、身動きとれない状況になっていた。
「黒きよさ〜ん、できました〜!」
「ご苦労、グラァ」
 とその時、さらに下流の方向からグラァが現れた。その手には一本の鞭が握られている。
「蔓を縒って作りました。急場しのぎですが、実用性に問題はないはずです」
「な、ぐ、グラァ!」
 ドリィの悲鳴は無視し、

148奥義・フリオニール式戦闘術/4:2003/12/04(木) 13:01
「どれどれ……」
 ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!
 数回鞭を振るう黒きよ。空気を切り裂く音が鋭く聞こえてきた。
「……ぐっじょぶ。褒めて使わす、グラァ」
「はいっ! ありがとうございます!」
「ちょ、ちょ、黒きよさん! な、なにするつもりですか!」
 半分恐怖に引きつったドリィの問い。黒きよはニヤリと唇を歪め、答えた。
「……技ゲージをためるのよ。『攻撃されれば』たまるんでしょう……?」
「…………!」
 ドリィの顔面が蒼白になる。ここに来て、やっと黒きよの考えがわかった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! な、なんで僕なんですか! ぐ、グラァでもいいじゃないですか!」
 当然のようなドリィの抗議。
「ドリィの方が攻撃力高いから。僕が推薦したんだよ」
 グラァはしれっと答えた。
「……ドリィ! お前、僕を売ったな!?」
「売った……?」
 グラァは不機嫌そうに眉をひそめると、ドリィの耳元に唇を近づけ、囁いた。
(ドリィ……お前、僕が知らないとでも思ってたのか?)
(え……?)
(先週のおやつ、お前、僕の分も食べただろう?)
(な……ッ!?)
(焼きチマク……楽しみにしてたのに……最後の一個、大切に、た・い・せ・つ・に取っておいたのに……お前は……!)
(ちょ、ちょっと待てグラァ! そ、それは違う! は、話せばわかる……!)
(問答無用。これは天罰……食べ物の恨みは深いのだ! 黒きよ様の聖なる鞭を受けるがいい!)
「黒きよ様! ドリィも納得したようです! この身、肉の一片まで黒きよ様のために捧げると!」
「なー! ぐらぁー!」
「偉いわドリィよく言った! あなたのその想い……無駄にはしない! 私も断腸の思いで……とりゃーーーーっ!」
 バチィン! としなる鞭がドリィの背中を打ち据える。

149奥義・フリオニール式戦闘術/5:2003/12/04(木) 13:02
「ああっ、痛いです!」
「我慢なさいドリィ! 私も辛いのよ! 仲間であり、従者である(いつの間に)あなたを撲つだなんて! 私も辛いのよ!
 けど、これもすべては勝利のため……我慢してちょうだい!」
 バチィン! バチィン! バチィン!
「あつっ! あわっ! くあっ……! く、黒きよさん! なんか、楽しんでませんか!? 喜んでやってませんか!? ひょっとして!?」
「そんなことないわ!」
 バチィン! バチィン! バチィン!
「私も本当はこんな手段を取りたくない! けど事は急ぐのよ! ドリィ、我慢して!」
「その割には顔が妙にうれしそうなんですけどー!」

 数分後。

「うう〜ん……」
「どう、グラァ!?」
「ダメです! マゾレベルと下僕レベルは順調に上がってますが、技ゲージはまだまだです!」
「よしよし! いやよくない! まだまだいくわよぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」
「……やっぱ楽しんでんじゃないですかーーーー!!!!」

 ガッ!
 両手に具現化させた闇の剣をクロスさせ、迫る巨岩を受け止める。
「くっ……!」
 その動きが止まった瞬間を耕一が見逃すはずがない。巨大な水柱を伴い、一足でムツミへと飛ぶ。
「もらった!」
 岩の真後ろから、直線に拳を振り下ろす。……岩を砕き、そのままムツミも捕まえるつもりだ。耕一の腕力ならば造作もないだろう。
(……回避。いや、間に合わない! なら!)
 ムツミも一瞬で判断を下す。瞬間二本の剣を解放。そのまま×の字に岩を斬りつけた。

150奥義・フリオニール式戦闘術/6:2003/12/04(木) 13:04
「……やるねぇ、お嬢ちゃん……!」
「あなた……こそ……!」
 両側からの攻撃でド派手に飛び散った岩。その後に残ったのは、ムツミの眼前に迫った耕一の拳と、クロスさせた剣でそれを受け止めたムツミの姿だった。
「けど……ここは俺が……!」
 当然のごとく、空いた左手を繰り出す耕一。が、ムツミは一瞬で右腕の剣を真横に反らし、これも受け止めた。
 耕一の右手を止めている左腕の不可がさらに強まり、ムツミの表情が歪む。
「くっ……!」
「ふ、ふ、ふ……!」
 対照的に、耕一は不敵な笑みを漏らした。
「さて……力比べの体勢に……なった、わけだが……!」
「あなたは……なにもの……?」
「ふ……ふ……知りたい……かい……?」
「そうだね……ちょっと……気になる……かも……」
「そうかい……じゃあ、そうだね……」
 ぱ、と耕一の足下の水が跳ねた。巨木のような脚が、呻りをあげてムツミの身体に迫る。
「俺に捕まってくれたら教えてあげるよ! 手取り足取り身体にね!」
「じゃあ別にいいよ! お父様に訊くから!」
 ムツミもその場にバク転。とんぼを切って前蹴りを避ける。
「させるか!」
 一歩、歩を進め耕一は手を伸ばす。この体勢なら、間違いなく……
「……甘い」
 パチン――空中で逆さになった状態で、指をはじく。
 ぱっ!
「なっ!?」
 刹那、耕一の目に火花が散った。比喩表現ではなく、事実として、目の前に小さな炎が。
「火ィ!?」
「そう。じゃ、さよなら!」
 生物の本能。一瞬だけ動きが止まった耕一の身体。
 ムツミは踵を返すと、その股の間をスルリと通り抜けていった。そのまま下流へ向かい、まっすぐ飛ぶ。
「トンネル!? くっ、そうはいくか!」
 耕一も慌てて跳ぶと、それを追う。
 ――決着は近い。狩猟者の本能がそう告げていた。

151奥義・フリオニール式戦闘術/7:2003/12/04(木) 13:05
「……どう?」
「オッケーです! MAXいきましたぁ!」
「よし」
 そしてこちらは川辺のSM場。ようやっとドリィの技ゲージもたまったようだった。
「え……終わり、ですか?」
 何かに目覚めてしまったのか、背中を赤く腫らしたドリィが潤んだ瞳で黒きよを見つめる。
「そうよ。終わり。さ、早く服を着て。準備するのよ」
 と言いつつドリィの戒めを手際よく解いていく。
「よし、それじゃ早速出発しましょう。お二方は上流の方に行きました。いい勝負してましたから、まだ近くにいるはずです。
 ドリィの必殺技で隙をこじ開けて、一発逆転を狙い……って、え?」
 先頭に立って発とうとするグラァ。が、彼は気づいてしまった。黒きよが、手の中で鞭を遊びつつ、怪しげな目線で自分を見ていることに。
「……あの、黒きよ……さん?」
「グラァ」
 そして、黒きよは言い切る。
「脱ぎなさい」
「……え?」
「あなたも脱ぐのよ」
「あ、あの……」
「あ・な・た・も・ぬ・ぐ・の・よ」
「何をおっしゃって……」
 信じられぬ、といった様子のグラァ。
「あの、その、あのですね。先ほども言ったように、攻撃力はドリィの方が……」
「ドリィ!」
「はい! 黒きよ様!」
 バッ、と突然グラァの背後に現れたドリィ。そのまま彼を羽交い締めにすると、先ほどの自分と同じように木々に縛り付ける。
「準備完了しました! 黒きよ様!」
「ご苦労。今度さっきの続きやってあげるわ」
「ありがたき幸せ」
 ヒュッ、ヒュと鞭で空気を切り裂きながら、グラァの背後に立つ。

152奥義・フリオニール式戦闘術/8:2003/12/04(木) 13:06
「あ、あのですね黒きよさん、ですから、さっきから言ってるように、必殺技担当は僕よりドリィの方が……」
「黙りなさい」
 往生際が悪いグラァ。
「私だって、本当はこんなことしたくない。したくないのよ。けど……」
 心底楽しげなほほえみをたたえたまま、黒きよは答える。


「……1より2の方が確実でしょう?」


【黒きよ女王 断腸の思いで二人を調教。ああ、戦いって悲しい】
【ドリィ 目覚める。技ゲージMAX。連撃の準備完了】
【グラァ 人を呪わば穴二つ】
【耕一VSムツミ 絶好調。現在は下流(黒きよ小隊)の方へ】
【瑞穂 そのへん】
【四日目昼下がり 谷】
【登場 ムツミ(カミュ)・【柏木耕一】・【藍原瑞穂】・【杜若きよみ(黒)】・【ドリィ】・【グラァ】】

153恋慕の袋小路・改定版/1:2003/12/05(金) 03:03
 柏木千鶴は、森の中を走り回り、或いは枝を飛び移っていた。
その髪は汚れ痛み、服も汚れところどころ破れ、身体には無数の傷が付いては消えていく。
しかしそんなことは意に解さない様子で、正に一心不乱に走り回っていた。
ある人物を探し回って。
管理者室にいた彼女が何故、ここでこんなことをしているか、理由はおよそ1日前にまでさかのぼる。

154恋慕の袋小路・改定版/2:2003/12/05(金) 03:07
 管理者・水瀬秋子が食事などのために席を外すというので、社長業務をしていた手を止め、管理者の仕事を始めた千鶴。
有事の際にこそ出てきていたが、実は通常の管理者としての仕事はあまりこなしていなかった。
管理者の仕事を続けていて疲れの見える足立にはサポートに専念してもらい、その仕事を順調に覚えていった頃、事件は起きた。
自分が惜しくも逃がした相手、リサ・ヴィクセンと、自分の想い人、柏木耕一が逃げ手と鬼として対峙したのだ。
当然、耕一の華麗な活躍を期待していた千鶴だったが、事実は違った。
柏木耕一は浮気したのだ。(別に千鶴に対して耕一が操を立てているわけでもないので、妄想ともいえるが)
キレたとしか表現しようのない千鶴は管理人室内で暴走した。
来栖川エレクトロニクス自慢の暴徒鎮圧用HMでも止められなかった彼女を止めたのは、状況を聞いた秋子のたった2度の発言であった。

「大丈夫よ、千鶴さん。浮気は男の甲斐性って言うでしょう。それとも、耕一さんは甲斐性無しなのかしら?」
「ま、まさか!耕一さんほど素敵な男性がそんなはずは…!」
「なら、何の心配も無いでしょう?耕一さんは、他の女の人とあなたを比べて、あなたには誰もかなわないことを確認しているのよ」
「まぁ、耕一さんが、そこまで私のことを…」

 暴走もすっかりおさまり、少女のように顔を赤らめる千鶴。
普段なら絶対に納得しないであろう理屈に、暴走していて短絡的になっていた彼女は秋子の語調もあってか見事に簡単にやり込められた。
その後は秋子が管理業務に戻ったが、耕一のことを思うと社長業務が手に付かず、頭を冷やすため、と言って千鶴は外に出た。

155恋慕の袋小路・改定版/3:2003/12/05(金) 03:08
 外に出た千鶴は、鬼の証、白いタスキをかけていた。
社長業務と管理者としての仕事で忘れていたが、自分も鬼として参加していることを思い出したのだ。
といっても、勿論、逃げ手を捕まえる気は無い。
目的はあくまでも散歩なのだから。

「晴れた空の下がよかったけど……雨の中の森の散歩もいいものね……」

 言葉の通り、雨の中の森の散歩で心が晴れてきた千鶴。
これなら社長業務もはかどりそうだと思った頃、偶然か運命か血の導きか、彼女は出会った。

「あ、千鶴お姉ちゃん!」
「あら、初音。なんだか久し振りね」

天使の微笑みとさえ形容される笑顔を浮かべる、自分の妹、柏木初音と。

156恋慕の袋小路・改定版/4:2003/12/05(金) 03:09
「そのタスキ…初音は捕まっちゃったのね」
「え、お姉ちゃん、知らなかったの?主催者さんだからてっきり…」
「管理のお仕事は任せてたから、私が捕まえた相手以外では、殆ど誰が捕まってるか知らないの」

 一部の鬼は有事の際に関わったので知っているが、それは初音に言っても詮無いこと。千鶴は笑顔のまま話を続ける。

「初音は何をしていたの?…もしかして、誰かを追いかけている最中だったのかしら?…もしそうなら」
「あ、違うよ、お姉ちゃん。私は、ちょっとお散歩してただけだから。お姉ちゃんこそ、もしかしてお仕事中だったんじゃないの?」
「私もお散歩の最中だったから、全然構わないわよ」

 姉妹揃って笑う。その光景は誰が見てものどかなものであった。

「でも、初音も捕まっちゃったのね…耕一さんもいつのまにか捕まってしまったようだし」
「え、耕一お兄ちゃんが!?」
「あ、えっと…言っちゃいけなかったのかもしれないわね。てへっ」

 そういって少し舌を出して反省の意を示す千鶴。
失言ではあるが、純粋でよく出来たこの妹なら、悪用する事もないだろうと思い、自然に話題を変えた。

「梓や楓はどうしてるのかしらね……」
「楓お姉ちゃん……」

 楓の名前を聞いた初音の顔が明らかに暗くなる。
千鶴は何事があったかを尋ねた。

「実はね……」

157恋慕の袋小路・改定版/5:2003/12/05(金) 03:10
 初音は、楓と出会ってから、逃げられるまでの経緯を話した。当然、「賭け」のことも。

「楓が優勝したら、耕一さんが、永久に楓のもの……?」

 耕一は、他の女を品定めして、結果、自分のところに返ってきて結ばれる筈。
耕一本人の意思など全く関係しない理屈だが、柏木千鶴はそう思い込んでいた。
だから、楓の提案した賭けなど、意味はなさないはず…そう考えて、思いだす。
『……なるほど、優勝者の願いを一つだけ他の参加者と企画側でかなえてあげる、ですか。
 面白いかもしれませんね』
(正式に発表していないとはいえ)そう言ったのは自分ではないか!
いくら耕一が自分のために尽くしてくれていても、楓がそんなことを言っていては、耕一とは結ばれない。
少しの焦燥感、大いなる怒り、そして、楓に対する殺意にさえ似た敵意を覚える。

「初音」

 そんな千鶴を見て、怯えていた初音。突然呼ばれて返事がまともにできない。

「ふぁ、は、はい!」
「ここで私と会ったことは忘れていいわ。いえ、寧ろ楓に悟られないために忘れなさい」
「う、うん。忘れる、忘れるよ。私、散歩にだって出てないよ、うん」

 正に鬼気迫る千鶴への恐怖の余り、錯乱状態に近い初音。
千鶴は、そんな初音に、笑みを浮かべる。

「じゃあ、お互い頑張りましょう、初音」

そういって、千鶴は風になった。
その後、駅舎に戻った初音は、本当に散歩に出たことさえ忘れていたという。

158恋慕の袋小路・改定版/6:2003/12/05(金) 03:11
 そんなこんなで、初音とあってから、約24時間。
千鶴は楓を捕まえるために奔走していた。
管理者特権を使って、楓の位置を探る、などの小細工(そもそも反則だが)は思いつかなかったらしく、楓には出会えていない。
感情に任せて走り続けた足がもつれて、千鶴は転んだ。
すっかり乾いた地面に顔から突っ伏す形になり、鼻の痛みと共に少しだけ冷静さを取り戻した。
――なんて酷い格好。もしも耕一さんに会った時に、これでは心配をかけてしまうじゃない。
現在の千鶴の思考は、森での散歩のかいもなく耕一、あるいは楓に直結していた。
――川にでも行って、身体を洗わなくちゃいけない。そんな時に耕一さんが来たら…キャッ☆
徹夜でハイになっている思考は、先ほどまでの体と同様に暴走気味である。
そして鬼の力を解放したまま向かった川。そこに、彼女はいた。いてしまった。
偶然か、運命か、エルクゥの血の宿命か、それとも耕一への愛のなせる業なのか。
千鶴は、一気に加速した。

159恋慕の袋小路・改定版/7:2003/12/05(金) 03:12
 昼も大分過ぎて、柏木楓は先ほど自分の妹たる柏木初音と分かれた川に戻ってきていた。
(見つかった場所からは離れたがる、という人間の心理をついて、わざと戻ってきたのだ――犯人は現場に戻る、という説もあるが。)
彼女には鬼の証たるタスキはかけられていない
――無論、手に持ってもいない、正真正銘の逃げ手である。
彼女は、微かに顔を歪め、見るものが見ないとわからない笑みを――愉悦の笑みを浮かべていた。
この長い鬼ごっこも、さすがにもう終盤だろう。
時々見かける人間は鬼――本当の意味ではなく、タスキを掛けた人間――が殆どだった。
中には本当の意味での鬼や、共に僅かな時を過ごしたリサ・ヴィクセンのような逃げ手もいたが今は誰もそばにはいない。
残っている人間を把握する手段は無いが、自分はかなり優秀な逃げ手だろうという自覚は、僅かながらある。
確実に数を増している鬼達に気付かれる事無くやりすごし、或いは襲撃された場合も、能力を遺憾なく発揮し全て順調にかわしてきた。
この実績は、彼女に少しの満足感を与え、笑みのささやかな理由ではあった。
だが、そんな輝かしいと言える実績よりも、彼女が笑みを浮かべていた理由。
以前に交わした初音との賭けに勝つ、即ち、優勝すれば、あの人が手に入る。
とても愛しい人。次郎衛門。柏木耕一。
もうすぐ、あの人が手に入る。しかも、永遠に。
そう思うと、どうしても頬が緩んでいた。
が、突然エルクゥとしての血が騒いだ。力を解放する時間もなく、横に跳ぶ。
楓の身体の真横を一陣の風が背後へ通り抜けた。
楓はふりかえる。
そこには、そこかしこに大分傷ついてはいたが、自分のとてもよく知った顔が有った。

「リズエル……千鶴姉さん…!!」

160恋慕の袋小路・改定版/8:2003/12/05(金) 03:13
「今のをかわすなんて……だいぶ頑張っているみたいね、楓」

 いつもと変わらない笑みを浮かべている千鶴。
だが、その身体からは圧倒的な威圧感が醸し出されている。
狩猟者エルクゥ……またの名を『鬼』としての力を発揮しているのだ。

「姉さん……わざわざ気付けに来てくれたのですか?」

 そうでは無いことは勿論わかっている。
楓は、形式的な質問をしつつ、自分の身体を簡単に調べる。
その様子を見て、千鶴が答える。

「フフ…、楓。残念ながらまだタッチはできていないわ」

 確かに、楓の身体には裂傷どころか、かすり傷一つ無かった。
千鶴が突進してきた勢いから鑑みるに、触られていないと考えて間違いない。
だが、楓は戦慄を覚えざるを得ない。
『残念ながら』『まだ』タッチはできていない。
その言葉には含みがあるように、否、含みではなく、明確に意志がある。
――姉さんは、私を捕まえる気だ。けれど、私は捕まる気は、無い。
そして、楓は『鬼』の力を解放する。楓にもすさまじい威圧感が生まれる。

「貴方、初音と賭けをしてるんですってね」

 楓の『鬼』の力など無視するかのように、唐突に放たれる言葉。
千鶴の威圧感が増し、普通の人間では腰が抜けるほどの殺気さえも放ちはじめる。

「ええ、しています」

 何故、千鶴がそれを知っているのか、楓にはわからない。
強くなった威圧感に臆することなく、瞳を逸らさず、答えた。

「未成年で賭けなんていけない子ね。で、内容は勿論冗談よね?耕一さんを、もらうなんて」

 語調だけは優しく、しかし言霊はナイフのごとく。
それでも、楓は引かない。

「いえ、優勝して、私は耕一さんを頂きます」

 キッパリと言い放つ。

「そう……私の耕一さんを奪おうというなら……!」

 千鶴の殺気が、さらに増し、体勢を低くし走り出そうと構える。

「耕一さんは、姉さんのものじゃない……!」

 楓の威圧感も増す。姉と同様に体勢を低くし、構える。
開戦の準備。

「貴方に絶対に優勝させるわけにはいかない……貴方を、捕まえる!!」

『鬼』の姉妹が風になる。

161恋慕の袋小路・改定版/9:2003/12/05(金) 03:15
 千鶴の突進と共に突き出された凶器のような右手を避け、楓は走り出す。
速さでは自分に若干分がある、それは知っていたが、相手は文字通りの『鬼』。
完全に撒くまで走っていては、その後に他の鬼にあった場合に消耗しきっているだろう。
それを避けるためには――短期決戦。
楓は冷静にこれからの勝負の事も見通していた。
そのためには、森に入り、自分の速さと、仕掛けられているであろう罠を利用して撹乱するほうがいいことを、既に作戦立てていた。
その手は、自分が鬼達に対してしたことであり、決して無謀な計画ではない。
そしてそれは、皮肉にも敵対者・千鶴が、かつて自分と行動を共にしていたリサ・ヴィクセンに仕掛けられた事であった。
といっても、後者については楓は聞いていないので知る由も無いが。

――森に向かっている。
千鶴もそのことに気付いていた。
走っている方向もさることながら、『鬼』ことエルクゥには共感という能力がある。
楓の思考は、わずかながら千鶴に伝わっているのだ。
そして、それに大して千鶴は、不敵な笑みを浮かべ、走り続ける。

――笑っている!?
楓は、後ろを振り返ることなく悟っていた。エルクゥの共感能力は、楓にも勿論あるし、しかもその能力が高い。
――森は避けた方がいいの……?
少しの逡巡。
が、真剣勝負のこの場、迷いは禁物。考えている間に少しでも速力が落ちると、千鶴は差を詰めてくる。
結局、作戦を変えることはせずに走り続ける。
やがて風景が流れ、森が近付き、空を舞い地から枝へ、枝から枝へと飛び移る。
千鶴との差は徐々に開いていき、あとは罠を利用して逃げ切る……筈だった。
しかし千鶴は遅れることなく付いていく。それどころか、質量の差を活かし、枝の反動を大きく使い、確実に差を詰める。
その事実に気付いた楓は、一瞬動きを止めてしまう。

「なっ!?」
「伊達に、1日中森を走っていたわけではないわよ、楓!」

その隙を見逃さなかった、千鶴の手が、楓に届く、その瞬間だった。
影がふたりの間に割り込んだ。

162恋慕の袋小路・改定版/10:2003/12/05(金) 03:17
「そこまでですよ、千鶴さん」
「秋子さん…」

それは、島に数多く配備された管理用HMの1機であった。
いつまでも戻ってこない千鶴が森の中を走り回っていた事に、当然、管理室の秋子は気付いていた。
のみならず、千鶴が前日に森を走り回っていた動きから、今の千鶴の動きを正確に予測していた。
そのため、本来性能で千鶴に圧倒的に劣るHMをまったく破損させずに割り込ませる事に成功したのだ。

「管理者でもある貴方が、これ以上点を取ってはいけませんよ、千鶴さん」

HMは秋子の声で喋り続ける。無論、管理室からの声を放送しているのであるが。

「けど、楓は私の耕一さんを!」
「耕一さんは姉さんのものではないです!」
「千鶴さん、それに、楓ちゃん」

激昂する千鶴と、珍しく大きな声を出した楓を、静かな、しかし威厳漂う声で秋子は制する。

「私には、どちらが耕一さんにふさわしいのか、わかりません。どうやら二人とも、愛の深さでは負けていないようだし」

黙って頷く二人。ぴったりとタイミングが揃っていた。

「だから、この鬼ごっこでハッキリさせましょう。どちらが、ふさわしいのか」
「ですよね!なら…」
「いえ、千鶴さんは帰ってきてください」
「でも、今…」
「直接戦え、とは言っていないでしょう?」

なおも言葉は紡がれ続けた。

163恋慕の袋小路・改定版/11:2003/12/05(金) 03:18
「つまり、このまま鬼の中で私が一人トップになるのなら、私と耕一さんの愛が運命で」
「私が逃げ切れば、私と耕一さんは再び結ばれ、耕一さんは永遠に私のもの」
「そういうことね。納得してくれましたか?」

またも揃って頷く二人。

「では、千鶴さん。誰にもタッチしたりせずに戻ってきてください。楓ちゃん頑張ってね」
「はい」

二つの声は揃っていて、同じように聞こえた。



同刻、管理室。

「見事な手腕ですね、秋子さん。千鶴さんの暴走をまた簡単に止めるとは」
「ふふ……私は、恋する乙女の母ですから。それに、千鶴さんはわかりやすいですし」


【4日目昼大分過ぎ】
【楓、森に残る。逃げ切る決意を強くする。周囲の鬼や逃げ手に関してはわかっていない】
【千鶴、管理室に帰る。誰にもタッチはしない】
【秋子、ちーちゃんマスター】

164第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:26
前方を失踪するバイク、その後方をいくランカーズ、浩平はやや焦っていた。
「くっ、やはりバイク相手は無謀だったのか・・・」
浩平の頼みの綱で前方を走るトウカでさえ、距離を縮めることができていない。
ましてや常人である浩平にとってはすでに視界から消えかけている。
(これを使うしかないか・・・)
そうつぶやき、すっと懐に手を入れた。
「あれ、浩平それ・・・トウカさんの人形じゃ?」
「ああ、こんなこともあろうかとスっておいた。
 スフィー、これをあのバイクまで運べるか?」
「泥棒は犯罪だよ!」
などと言う長森を無視して続けて言う、
「これがバイクまで行けばトウカが目覚める筈だ!!」
「ホントにいいのかなぁ・・・?なんか忘れてる気がするんだよね
 まぁいいやわかった、えいっ!」
すると、魔法の力で人形がバイクに向かっていく・・・
「・・・はぁ、はぁ。でも、それじゃあトウカさんが捕まえちゃったりしませんか?」

一同「・・・・・・・」

「ゆかり、そういうことは、
 
 もっと早く言ってくれ――――!!!」

「浩平に泥棒のばちが当ったんだよ・・・」

そのころ追走者第一グループ・・・
「む、オボロ殿、何か飛んでくるぞ」
「そんなもん関係ねぇ、トウカ、(うっかりものの)お前には負けねぇ!」

165第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:27
一方、他の鬼たちの状況も厳しかった。
ここは第二グループ、
「ゲェーク!くそ、速ぇ!最初の差がいてぇな・・・」
「はぁ、はぁ、くっ、体がもう乾き始めている・・・屋台で水を補給できていれば・・・」
と、その時、
「むおぉぉーーーー!!!」
疲れの見える岩切の横をまいかを抱えたDが猛スピードで駈けていった。
「く、またこいつに負けるのか?私は・・・」
(私はいったい何のために戦っている?このままでいいのか?)
と、岩切が思ったその時、天使は舞い降りた。
「・・・おねえちゃんお水飲みたいの?」
「何?」
「おねえちゃんお水ほしいならだそうか・・・?
 さっきDがひどいことした、まいかからのおわび」
(水?水を持っているのか、しかし・・・・
このような幼女に情けをかけられるというのは・・・このままではいかん!)
「はっ、はっ、いや、わびはもういい。それより、取引をしないか?」
「ん、なぁに?」
「水をくれたらこの勝負、お前達に協力しよう。」
(今から鬼をやっても優勝は不可能だろう、
 ならせめて、私を負かせたこの男を優勝させるのが、私なりのけじめ!!)
「いいの?D達もいい?」
「O.K!」
「むおぉぉーーー」
「・・・いっか、じゃあちょっとまっててね。」
そう言うと目を閉じ、精神を集中させる。そして、
「みずのじゅっぽう!」
ばしゃ!水が岩切にかかった。
「な、何!?水が突然!?」
「うう、ごめんね、うまくできくてお水、かかっちゃった。」
(この娘見かけによらず妖術を使うとは・・・あなどれん!)
「いや、これがいい。ふふ、いい戦友になれそうだよ・・・」

「・・・・・ゲ、ゲ、ゲーック!!!」
水は勢い余って御堂にもかかっていた。
「こ、こ、この・・・く、ち、ちくしょー
なんだってこの俺様がこんな幼女に逆らえんのだ――!!」
御堂の叫びが虚しく森に木霊する・・・

「はぁ、いくら私でもバイクはキツイわ・・・力も射程外ね。」

166第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:28
そのさらに後方の追走者第3グループにて、
「はぁ、はぁ、前が騒がしいわね・・・」
香里がぼやいている。だがぼやきたくもなる、すでに彼女の視界にバイクはない、ただエンジン音が響くだけだ。
「あいつらについて行くしかないんだから、しっかりして欲しいわ・・・ふぅ。」
「心配ありません、エンジン音からして方向は間違っていませんから。」
「そうね、ああ、ここでとれないと状況厳しいわ・・・」

「ふっ、ふっ、不味いな、俺たちは追いつけそうにない、郁未も厳しいかもしれないな」
「祐一、弱音を吐いちゃダメ」
「ああ、そうだな、ん?由衣はどうした?」
「・・・祐一、酷い。」

「ぜぇ、ぜぇ、オボロ君は追いつけただろうか・・・」
「久瀬君、追いつけたとしても僕達がこんなに後方ではどうしようもない、頑張ろう!」
「ああ、・・・そうだな」

167第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:29
そして、
「あれ、詩子さん、何か飛んでくる。」
「鬼からの攻撃かもしれないわ!気をつけて!」
「うん、あっ」
ひゅーん、ぽす。
「わ、キャッチしちゃった。
 あれ、お人形さんだ。詩子さん、大丈夫みたい。」
むろん大丈夫ではない、詩子の推測はある意味当っている。

その後方にて、
「え?あ?そ、某の人形・・・?
 馬鹿な、確かにここに・・・・な、な、無い・・・!?」
「おいおい、まさか・・・」
「ク、クケェ――!!!!!!」
トウカが吼え、一気にスピードをあげる。
「ヲイデゲェー――!!」
「あびゅっ!」
その裏で一人の男が轢かれて犠牲になったことを、誰も知らない・・・

168第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:29
「わっ、わっ、詩子さん、一人すごい勢いで追いかけてくるよ!」
「くそ、なんてやつ!昨日のやつ以上かも知れない!」
「な、なんか叫んでる・・・」
「無視よ、無視!どうせ待てとか言ってんのよ、そうは問屋が卸さないって!!」

「ヲイデケェー――!」

「・・・ヲイデケ?オイデケ?あっ、おいてけ?
 置くって何・・・あっ!まさか・・・
 鬼さぁーん!これですかぁー!?」

と、そのすぐ後方でものすごい勢いでトウカがうなずく。
「が、がえしてぇーー!!」
泣いていた。

「お人形さん飛ばされちゃったのかな・・・にはは、往人さんもそうだったな。
 どうぞ、はい。」
観鈴が手を差し伸べ、
まさにバイクに飛び掛らんとしていたトウカの手に人形をポンっと投げる。
「あ、か、か、かたじけない!!」
「にはは、今度はなくさないようにね?」
そういってにっこり微笑む観鈴。
その笑顔は覚醒状態から戻ったばかりのトウカには、太陽だった。
「か、かわいいにゃ〜」
ぶろろろろ・・・
「何あいつ?固まってるわ・・・ちょうどいいけど」
バイクはトウカを置いて走り去っていった。

169第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:30
ぶろろろ・・・
バイクで奔走すること約10分。
「・・・なんか嫌な感じね」
「どうしたの?」
「うん、ちょっとエンジンから異音がするの、結構無茶してるからかな・・・
 観鈴ちゃん、追っては今どうなってる?」
「うん、声は遠くでするけど姿はもう見えないよ。」
「よし、しょうがないわ、いったん何処かに隠れましょう。」
「うん」

がさがさ、バイクを降りてちょっとした茂みを掻き分ける
「この辺がいいんじゃないかな。」
「そうね、さて、バイクを診なきゃ。」
「ううん・・・
 ・・・ああ、もう、よくわからないわ。こんな時涅槃の師匠なら・・・」
(おかあさん・・・)
「ああ、師匠私に力を!!]
(お母さん、私、もう、ツッコメないよ・・・)

170第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:30
「・・・それでどうかな?」
「ええ、たぶん大丈夫だと思うんだけど、油断はできないわ。
 ずっと二人乗りで無茶してきたから調子が悪いのよ。」
(二人乗り・・・今、鬼に見つかったら・・?)
「とりあえず鬼は撒いたみたいだし注意しながら茜達の方へ歩きましょう。
 いざとなったらバイクってことで。歩きなら音で探知されることもないだろうし。」
「うん・・・」
「さぁ、歩きましょうか?罠があるかもしれないから気をつけてね。」
(今、鬼に見つかったら・・・それならまだいいかもしれない、
 でもあの大勢の鬼に囲まれたら・・・?きっと、もう・・・
 そうなったら、私は・・・?わたしは・・・。
 頑張らないとダメだよ、うん、だって詩子さんは、私の・・・
 ・・・観鈴ちん、ふぁいと!・・・・ん、あれ?)
急に、足に違和感があった。
そして直後、体が平衡を失う。
「わっわっ・・・」
ついに、足が地面から離れた。

ベシャッ!!

「観鈴ちゃん!」


「こんなところで転ばないでよ、大丈夫?」
「が、がお・・・」
(み、みすずちん、ふぁいとぉ・・・)

171第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:31
【詩子、観鈴 徒歩で茜たちを探す、バイク、調子が微妙】
【鬼たち 一時的に見失う】
【場所 山間部】
【時間 四日目昼過ぎ】
【登場 柚木詩子、神尾観鈴、【御堂】、【岩切花枝】、【ディー】、【宮内レミィ】、【しのまいか】、【美坂香里】、【セリオ】、【太田香奈子】
   【澤田真紀子】、【相沢祐一】、【川澄舞】、【天沢郁未】、【名倉由依】、【久瀬】、【オボロ】、【月島拓也】、【折原浩平】、【長森瑞佳】
   【伏見ゆかり】、【スフィー】、【トウカ】、『イビル』、『エビル』】

172名無しさんだよもん:2003/12/08(月) 23:39
<TR>
<TD width=36>724</TD>
<TD width=221><A href=SS/724.html>笑っている場合ではない</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
神尾観鈴<BR>
【御堂】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【ディー】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【しのまいか】<BR>
【美坂香里】<BR>
【セリオ】<BR>
【太田香奈子】<BR>
【澤田真紀子】<BR>
【久瀬】<BR>
【オボロ】<BR>
【月島拓也】<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【トウカ】<BR>
【相沢祐一】<BR>
【天沢郁末】<BR>
【川澄舞】<BR>
【名倉由依】<BR>
『イビル』<BR>
『エビル』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>725</TD>
<TD width=221><A href=SS/725.html>サヨナラ</A></TD>
<TD>
ハクオロ<BR>
遠野美凪<BR>
みちる<BR>
【佐藤雅史】<BR>
【新城沙織】<BR>
【皆瀬まなみ】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>726</TD>
<TD width=221><A href=SS/726.html>グッドナイト スイートハーツ</A></TD>
<TD>
【エルルゥ】<BR>
【田沢圭子】<BR>
【観月マナ】<BR>
【少年】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>727</TD>
<TD width=221><A href=SS/727.html>第一回ランカーズマラソン</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
神尾観鈴<BR>
【御堂】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【ディー】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【しのまいか】<BR>
【美坂香里】<BR>
【セリオ】<BR>
【太田香奈子】<BR>
【澤田真紀子】<BR>
【久瀬】<BR>
【オボロ】<BR>
【月島拓也】<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【トウカ】<BR>
【相沢祐一】<BR>
【天沢郁末】<BR>
【川澄舞】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>728</TD>
<TD width=221><A href=SS/728.html>智略と、勘と、脱落と</A></TD>
<TD>
【御堂】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【ディー】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【しのまいか】<BR>
【美坂香里】<BR>
【セリオ】<BR>
【太田香奈子】<BR>
【澤田真紀子】<BR>
【久瀬】<BR>
【オボロ】<BR>
【月島拓也】<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【トウカ】<BR>
【相沢祐一】<BR>
【天沢郁末】<BR>
【川澄舞】<BR>
【名倉由依】<BR>
『イビル』<BR>
『エビル』
</TD>
</TR>

173Dead end:2003/12/10(水) 09:53
「チィ! どこに消えやがった!」
 ランカーズ追撃戦先頭グループ・俊足鬼ズ。
「クッ、見失ったか!」
「参ったわね……ここまで来て」
 脇道に逸れた後続グループの数キロ先。木々が互いに遠慮したようなその山腹の開けた場所で一行は立ち往生していた。
「呆けてる暇は無い! 探すわよ!」
 不可視の力を解放。筋力を増強し、木の上に飛び乗ってあたりを見回す郁未。
「だが! みすみすここまで来て! 獲物を逃すわけにはいかん!」
 いきみ勇んで森の中へと飛び込むトウカ。
「………………」
 無言のままその場に蹲り、地面を調べ出す御堂。

 そして……

「……ふむ。さすがは文明の力。我らの脚を持ってしてもそう簡単には追いつかせてもらえない、か……」
 岩切は憮然としたまま広場の中心に佇み、特に何をするというわけでもなく他の面々の様子を眺めていた。
「……ガッ、ぐっ……ううう……ッ……!」
「でぃー……だいじょうぶ?」
 Dはその脇でまいかを胸に抱いたまま突っ伏し、苦しげなうめき声を漏らしている。
 仙命樹の催淫効果(別名精神的疾患)による精神の高揚。理性の崩壊は驚異的な精神力で押さえ込みつつ、
 引きずられるように肉体の限界ギリギリの力を発揮してここまで来たDだが、すでにリミットはすぐそこまで近づいていた。
「だ、大丈夫、だ……この程度……あ、崇められうたわれるものである……こ、この私が……この程度で……
 そ、それに……すぐ近くに二人の逃げ手が、いるのだ……こんなところで……倒れるわけには……」
「でぃー……けど、けど、れみぃおねぇちゃんが……」
「レミィ……だと? そう言えば……」

174Dead end/2:2003/12/10(水) 09:54
「よっしゃ!」
 その時、御堂の喚声がDの思考を止めた。
 叫ぶと同時に御堂は広場から続く山頂への道を駆け出す。
「やはり最初に見つけたのは御堂か! 追うぞ! D!」
 声に驚き一瞬動きを止めた郁未とトウカとは違い、岩切はそれを認めるとすぐさま後に続く。
「ど、どういうことだ……?」
「我らの間でも特に御堂は山岳戦における追跡術の成績がダントツであった! 奴なら放っておいてもバイクの痕跡を見つける!
 苦労して自ら探す必要などない! 我らは奴の後をついて行けばよいのだ!」
「な、なるほど……」
 まいかを抱いたまま岩切の横を疾走するD。
 さらにワンテンポ遅れ、郁未とトウカもその後ろについた。
 そして一行は御堂の後を追い、道の途中の大きな段差を超えたところで――

「ああ、その通りだぜ岩切。確かに俺ァこいつだけには自信がある。山岳訓練では坂神のヤローにだって結構勝ってたからな」

「……なッ!?」

 一行の目の前に飛び込んできたのは、段差の影に潜み――こちらに銃口を向けた御堂の姿であった。

「それを知ってるお前なら、性根の悪ィお前ならそうすると思ったよ。せいぜい俺を利用すると思ったよ」

 狙いをつけ、迷わず引き金を引く。

 バシュッ! バシュッ! バシュッ! ……バシュッ!

 ……四回。

175Dead end/3:2003/12/10(水) 09:57
「クッ!」
「ちぃっ!!」
「おのれ!!!」
 すんでのところでかわす岩切。
 不可視による防護壁で叩き落とした郁未。
 迫る粘着性の塊を一瞬の抜刀術で切り払うトウカ。

 さすがはこの人外レベルの追撃戦に追いついてきた者たちである。御堂の狙撃とはいえ、そう簡単には喰らいはしない。
 だが……

「ッッ! ……まいかッ!」
「え……っ? きゃあっ!!!」

 この二人は、別である。
 目の前の獲物を追うことのみに全てを傾注、精神の変調を誤魔化していたD。
 そんな彼に抱きかかえられたままの、多少不思議な力を使えるようになっても基本的にはただの子供であるまいか。
 この二人に、近距離からの御堂の銃撃を避ける術などなかった。

 Dは奇跡に近いギリギリの反射で己の懐の中にまいかを隠す。
 しかし――それが、限界だった。

「ぐあぁっ!!」

176Dead end/4:2003/12/10(水) 09:58
 上半身に弾の直撃。そのままもろに吹き飛ばされ、数回地面に転がったところで巨木に背中を打ち、止まる。
「D!」
 岩切の叫びにも反応しない。
「馬鹿共が!」
 一方御堂は未だ固まったままの三人の間をすり抜け、一直線に反対側の道へと下っていった。
「俺が跡を見つけたのはこっちの道だよ! 見事に引っかかってくれたなケーーーーーッケッケッケ!!!!」
 高笑いとともに山道を下っていく。数瞬遅れ、我に返ったようにトウカと郁未が走り出す。
「某としたことが! かような単純な手に乗ってしまうとは! ええい修行が足りんぞトウカ!」
「くっ! 私としたことがつられちゃうとはね! けど……まだまだッ! 次はこっちの番よ!」
 若干のアドバンテージを取られながらも、必死にその背中を追う。

「………はっ!?」
 しばし己を失い、呆然としていた岩切。だが今はこうしているわけにはいかない。
 自分の『ケジメ』であるDを一刻も早く起こさなくては。
「D! しっかりしろD! 傷は浅いぞ! 目を覚ませ!」
 必死に揺さぶり、名を呼びかける。……反応はない。
 その間にも木の幹との間にねっとりと張り付いたとりもちを剥がしていくが、その面積はあまりに大きく、あまり芳しくない。
「ええい目を覚ませ! 起きろ! 起きないか! ここでお前に負けられては私はどうなってしまうというのだッ――――!!!」


 ……しかし、岩切の呼びかけにもかかわらず、再びディーの目が開くことはなかった。


【追撃戦先頭グループ バイクの痕跡を発見、御堂が抜け出る。その後ろをトウカ・郁未が追跡。後続からは数キロ距離有り】
【D とりもち弾の直撃。気絶。木に打ち付けられる】
【まいか Dの胸の中】
【岩切 Dの救出を試みるも難航】
【時間 四日目昼過ぎ】
【場所 山腹の小さな広場】
【登場 【御堂】・【岩切花枝】・【ディー】・【しのまいか】・【トウカ】・【天沢郁未】】

177夢魔:2003/12/13(土) 18:31
 四日目も午後に入り、気温もだいぶ上がってきた。それは森の中とて例外ではない。
 セリオに率いられ、森の中をひた走る先回りA班の面々の額にもわずかに汗が浮かんでいる。
 隊列は当然先頭がナビゲーターのセリオ、続いて舞、レミィ、祐一、香里、香奈子、編集長、と基本的に体力に従った順でほぼ一直線に並んでいた。
 もっとも、セリオがナビゲーターとは言え、道で最後に聞いたエンジン音、そしてバイクの速度を計算してのやや心ともない予測に基づくものでしかないのだが。
「………………お待ちください」
 ひた走ること約十分ちょっと。鬱蒼と茂る森の中ほどで、不意にセリオは足を止めた。

「ふぅ、ふぅ……セリオ、どうしたの?」
 息を整えながらも、後ろから香里が声をかける。
「……着いた?」
 こちらはあまり疲れていないようだ。舞も訝しげな反応を示す。
「……いえ、まだ目的地には少々距離があります」
「ならどうしたんだ?」
「……音を。他の参加者の足音のような音を……感知しました」
「足音?」
「はい。なにぶんここは森の中。先ほどまでとは違い、音の反響が複雑。何より雑音が多いため正確な判別はつきませんが……
 ……人の歩行に近い間隔の音が、聞こえてきました」
「距離は?」
「申し訳ありません、そこまではわかりませんでした。ともかく、私が様子を見てきますので、皆さんはしばしここでお待ちを……」
 と言いながら、数歩、セリオが森の奥へと歩を進める。
 そこで、誰かの叫び声が聞こえてきた。

「チッ、自動人形風情がいい耳を! 一網打尽にしたかったんですが仕方ありません! 住井さん! やってください!」
「お、おうっ!」

178夢魔/2:2003/12/13(土) 18:31
「この声は……」
 声と同時にセリオの右側面、数メートルの位置に人影が現れる。
「あなたは……確か北川君と一緒にいた!?」
 唯一一行の中で面識がある香里が反応する。
「住井護だ! すまないな、これも命令なもんで! ……とりゃっ!!」
 名乗ると同時に、自分の足下の何か細い紐が括り付けてある木片を蹴り飛ばす。
「これは……! 皆さん! お下がりください!」
 瞬間、セリオの足下から複数の縄が弾け、そのうち一本が彼女の脚を絡め取り高々とつるし上げた。
「くっ!」
「Shit!」
 セリオの警告に従い、舞が、レミィが、そして皆が一歩ずつ下がる。
 唯一最後尾の編集長だけが一瞬反応が遅れ、真横に飛び退いたが……
「え……っ!?」
 飛んだ先の地面に抗力は無く、編集長の脚がそのまま地面の下に沈んでいった。
 ややあってドスン、と鈍い衝撃。
「いたたたた……これは……?」
 大きな腰をさすりながら上を見上げる。そこには小さくなった空が。
「……落とし穴?」

「このタイプの罠は……北川君ね!」
 編集長が一行の側面に仕掛けてあった穴に落ちたのを見ると、激昂しつつ香里が叫んだ。
「ま、な。スマンな美坂」
 セリオを挟んで住井から反対側。そこの木の陰から今度は北川が現れた。
「北川君……あなた……」
「なぜか展開的にこうなってしまってな。あんまり動かない方がいいぞ。お前たちの周りには大量に仕掛けてあるからな」

179夢魔/3:2003/12/13(土) 18:32
 一団の中心で祐一がソッと香里の耳元に囁く。
「……香里、まさか……」
「……ええ。どうやらそのまさかのようね」
 祐一が何を言わんとしているか、香里はすでに察していた。
「……北川に命令できる人物」
「そして、私たちを狙う人物」
「何より……」
「……さっきの声」
「……間違いなさそうだな」
「ええ……。よくもまぁ、性懲りもなく……」
 確信した香里。一団から一歩進み出ると、呼んだ。
「……栞! 出てきなさい栞! そこにいるんでしょう!」
 住井と北川の中心。そこの茂みに向かい、己の妹の名を。

「……大正解。さすがはお姉ちゃん、そして祐一さんですね……」
 元凶は、微笑と共に現れた。

 距離にして約10メートル。竜虎姉妹は再び邂逅した。
「……どうやって返り咲いたのかは知らないけど、相変わらず精力的に動いてるようで何よりね」
「お姉ちゃんも相変わらず便利すぎるメイドロボを引き連れて新たなお仲間を招き入れて、頑張って鬼ごっこやってるみたいですね。私も妹としてうれしいです」
「私としてはできればあなたにはもう少し精力を押さえ込んで大人しくしててもらいたいんだけどねぇ」
「そんなひどいこと言わないでくださいよぅ。私だってお姉ちゃんに負けない活躍がしたいんですから」
「活躍をするのは勝手よ。けどそれならもう少し手段をまともにしたらどう?」
「まとも? まともってどういうことですか?」
「北川君とその連れをたらし込んだり、月宮さんから最終兵器を奪い取ったりっていう卑怯な手を使わない、ってことよ」
「卑怯? 今卑怯って言いましたか? どこが卑怯でしょうか? 北川住井さんは私を助けてくれたことをきっかけに一緒に行動、協力して鬼ごっこをやっているだけですし
 あゆさんとはきちんと交渉、お互い合意の上での物品交換だったんですよ? 私だってちゃんと一万円払いました。これのどこが卑怯なんですか?」
「全部卑怯じゃない」
「嫌ですねぇお姉ちゃん。お姉ちゃんらしくないですよ。もっと日本語は正しく使わないと」
 唇をニヤリと歪め、答える。

「これらは全て……知略です!」

180夢魔/5:2003/12/13(土) 18:32
「ここですよ。ココ。ここが違います。こーこ」
 言いながらトントン、と自分の眉間をつつく。
「ものは言いようね……」
 一方、香里は呆れたようにため息を漏らした。

(怖い……)
 姉妹を除いてその場にいた全員、それが正直な感想だった。
 表面的には姉妹がじゃれ合っているだけ、しかしその皮一枚下を覗けば猛烈な罵り合い。
 二人の間に流れる空気は、それはそれは壮絶な冷気となっていた。

 ざっ。

「……おや?」
「あ、舞っ!」
 次に動いたのは舞だ。香里の一歩前に進み、キツい視線を栞にぶつける。
「祐一の邪魔はさせない……」
 チャキッ、と剣を手にする。
「あなたは……確か、三年生の川澄さんでしたか? ガラス破壊で有名な」
「……邪魔をするというのなら……」
 殺気に近いまでのすさまじい闘気。常人ならその異様さに身体を竦ませるところだろうが、栞には通じない。
「……押し通る!!」
 刃を構え、一直線に栞のもとへ。
「おい! 舞!」
「心配いらない……追い払うだけ!」

181夢魔/5:2003/12/13(土) 18:33
「栞ちゃん!?」
 北川と住井が不安げな視線を栞に送る。罠の発動の可不可を問いかけているのだ。
 しかし舞には自信があった。半端な罠など飛び越え、かわし、そのまま栞の下へ行き、組み伏せる。
 相手はただの元病弱少女。難しいことはない、はずだったのだが……
「……いりません。実験にちょうどいいです」
「!?」
 栞は悠然とした態度のまま、何かの機械を取り出した。
 それは異様な形に栞の左手に絡みついており、かぎ爪のようにも手甲のようにも銃のようにも見えた。
「Ultimate Weapon Attack-mode on……」
 ゆっくりと、左手を舞へと向ける。
 迫る標的。いくら栞であろうとも、この距離なら外さない。
「……Nightmare-α, Fire!!」
「!」
 栞の叫びとともに、機械の先端部から、ピッ、と一条の光が放たれた。
 剣を振りかぶっていた舞。その胸を光が貫くと瞬間、その場に力無く崩れ落ちる。
「舞!」
 慌てて祐一がその身体を抱き上げる。
「だ、大丈夫か舞! し、栞……お前、まさか……」
「安心してください祐一さん」
 しかし栞は微笑んだまま祐一を諭す。
「川澄さんは眠っていらっしゃるだけです。身体には怪我ひとつありませんよ」
「え……あ、ああ……確かに」
 もう一度舞の顔をのぞき込んでみる。……なるほど、確かに苦しがったり痛がってる様子はなく、可愛い顔でスヤスヤと静かに寝息を立てているだけだ。
「その武器は……睡眠薬か何かか?」
「ん〜……まぁ、そんなところなんでしょ〜かね……」
 ちょっと悩みながらの返答。
「……ちなみに、どのくらいで目が覚める?」
 祐一の質問。栞は待ってました、とばかりに
「いつまで眠っているか、ということですか……? ……フフフ、そうですね。安心してください。ほんのちょっとですよ……。
 そう、本当にちょっとだけ……」
 にっこりと笑って
「――――ゲームが終わるまで、ですから」

182夢魔/6:2003/12/13(土) 18:33
「……な?」
 祐一の表情が驚愕に変わる。
「な、なんだそりゃ?」
「そうですねぇ……そのあたりは私よりもお姉ちゃんに聞いた方がいいと思いますよ。最初に買ったの、お姉ちゃんらしいですから」
「か、香里?」
 改めて香里に向き直る。
「..."Nightmare-α" (Ultimate Weapon in Attack mode)
 Whenever a player damaged from Nightmare-α, that player into sleeping until end of the game.
 If damaged player were sleeping(by Nightmare-α), that player awakening once again」
 答えるように、香里は静かに説明書の一文を読み上げた。
「まぁ文面通りの効果を持つ道具です。これを一発相手にぶち込めばその人はゲーム終了時まで昏々と眠り続ける。
 ルールの意味上において相手を"殺す"ことができる。なんとも素晴らしい。まさしく最終兵器の名に相応しいアイテムですね」
 悪夢をさすりながら、上機嫌に説明を続ける。
「安心してください。皆さんを寝かしつけたあとは、適当な洞穴か小屋にでも運んでおいてさしあげます。風邪を引くことはありませんよ。
 皆さん、この四日間動き通しでお疲れでしょう? このあたりで休憩をとるのも悪くありませんよ。あとは……」
 ジャキッ、と銃口(らしきもの)を一行へと向ける。
「私が引き継ぎますから」

 勝利を確信した笑み。
「お姉ちゃん、いつかとは逆の形になりましたね」
 嬉しそうに勝ち誇る。
「お姉ちゃん、私はとうとうお姉ちゃんに勝ちます」
 歓喜の微笑みを。
「お姉ちゃん、私はあなたを……超えます!」

183夢魔/7:2003/12/13(土) 18:34
【栞、北川、住井 チェックメイト】
【香里、祐一、レミィ、香奈子 大ピンチ】
【舞 Nightmare-αによる睡眠中】
【セリオ 住井の罠にかかる。吊され中】
【編集長 北川の罠にかかる。穴の底】
【四日目午後、山間部の森の中。だいぶ気温が上がってきた】
【最終兵器・攻撃モード「Nightmare-α」
 光線兵器。光に貫かれた人間はゲーム終了時まで眠り続ける。ただし、もう一度光をあてることにより復活可能】
【登場 【美坂栞】【北川潤】【住井護】【美坂香里】【セリオ】【太田香奈子】【澤田真紀子】【相沢祐一】【川澄舞】【宮内レミィ】】

184水は何度でも還る(1)改訂版:2003/12/14(日) 00:27

場所は山腹の広場、幼い泣き声がこだまする。
「うぅ、ひっく、ひっく、でぃ〜こわいよぉ〜・・・」
「ええい、泣くな、すぐ出してやるから。」
トリモチで強く木に打ち付けられ、固定され気絶したDと、それに抱えられるまいか。
岩切は懸命にそのトリモチを除こうとしていた。
「くそっ、おのれ御堂・・・この借りは必ず返すぞ・・・」
恨み言を言いながらも作業は続くが、なかなか進まない。
「うぅ、れみぃおねぇちゃん・・・ひっく、どこいったのぉ・・・ぐすっ」
Dに抱えられている間は気付かなかったが、一度立ち止まった折、レミィの不在を知覚した。
その不安が木に縛り付けられた厳しい状況下で溢れ出してしまったのである。
「だから泣くな、やつも目標は同じなのだから追撃を再開すればきっと会える、な?」
さすがの岩切も泣き止まないまいかに対し、母性本能を発揮したのかやさしく接する。
「うぅ・・・、ほんとぉ?」
「ああ、だからさっさとこれを片付けないとな。
お前はDをどうにか起こしてくれ、そうすれば作業も早まるから。」
「ひっく、うん、がんばる。」
そういうとまいかは涙をこらえ、懸命にDを起こそうとする。が、Dは一向に目覚めそうに無かった。
その間も作業を進める岩切だが、短刀をも絡めとるトリモチに対し、てこずってしまう。
「まずい、このままでは・・・。」
「ねぇ、でぃーおきてよぉー、ねぇー・・・うぅ、あっ、そうだ!」
と、まいかの声が急に明るくなる。
「どうした?」
「うん、でぃーもおみずかければおきるよね?」
「むぅ、叩いても起きないのだから・・・いや、やってみろ、何もしないよりはましだ。
だが思いっきりやれ、そうでもなければ起きまい。」
「うんっ」

185水は何度でも還る(1)改改訂版:2003/12/14(日) 00:30

場所は山腹の広場、幼い泣き声がこだまする。
「うぅ、ひっく、ひっく、でぃ〜こわいよぉ〜・・・」
「ええい、泣くな、すぐ出してやるから。」
トリモチで強く木に打ち付けられ、固定され気絶したDと、それに抱えられるまいか。
岩切は懸命にそのトリモチを除こうとしていた。
「くそっ、おのれ御堂・・・この借りは必ず返すぞ・・・」
恨み言を言いながらも作業は続くが、なかなか進まない。
「うぅ、れみぃおねぇちゃん・・・ひっく、どこいったのぉ・・・ぐすっ」
Dに抱えられている間は気付かなかったが、一度立ち止まった折、レミィの不在を知覚した。
その不安が木に縛り付けられた厳しい状況下で溢れ出してしまったのである。
「だから泣くな、やつも目標は同じなのだから追撃を再開すればきっと会える、な?」
さすがの岩切も泣き止まないまいかに対し、母性本能を発揮したのかやさしく接する。
「うぅ・・・、ほんとぉ?」
「ああ、だからさっさとこれを片付けないとな。
お前はDをどうにか起こしてくれ、そうすれば作業も早まるから。」
「ひっく、うん、がんばる。」
そういうとまいかは涙をこらえ、懸命にDを起こそうとする。が、Dは一向に目覚めそうに無かった。
 その間も作業を進める岩切だが、短刀をも絡めとるトリモチに対し、てこずってしまう。
「まずい、このままでは・・・。」
「ねぇ、でぃーおきてよぉー、ねぇー・・・うぅ、あっ、そうだ!」
 と、まいかの声が急に明るくなる。
「どうした?」
「うん、でぃーもおみずかければおきるよね?」
「むぅ、叩いても起きないのだから・・・いや、やってみろ、何もしないよりはましだ。
だが思いっきりやれ、そうでもなければ起きまい。」
「うんっ」

186水は何度でも還る(1)決定稿:2003/12/14(日) 00:43

場所は山腹の広場、泣き声がこだまする。

「うぅ、ひっく、ひっく、でぃ〜こわいよぉ〜・・・」
「ええい、泣くな、すぐ出してやるから。」

トリモチで強く木に打ち付けられ、固定され気絶したDと、それに抱えられるまいか。
岩切は懸命にそのトリモチを除こうとしていた。

「くそっ、おのれ御堂・・・この借りは必ず返すぞ・・・」

恨み言を言いながらも作業は続くが、なかなか進まない。

「うぅ、れみぃおねぇちゃん・・・ひっく、どこいったのぉ・・・ぐすっ」

Dに抱えられている間は気付かなかったが、一度立ち止まった折、レミィの不在を知覚した。
その不安が木に縛り付けられた厳しい状況下で溢れ出してしまったのである。

「だから泣くな、やつも目標は同じなのだから追撃を再開すればきっと会える、な?」

さすがの岩切も泣き止まないまいかに対し、母性本能を発揮したのかやさしく接する。

「うぅ・・・、ほんとぉ?」

「ああ、だからさっさとこれを片付けないとな。
お前はDをどうにか起こしてくれ、そうすれば作業も早まるから。」
「ひっく、うん、がんばる。」

そういうとまいかは涙をこらえ、懸命にDを起こそうとする。が、Dは一向に目覚めそうに無かった。
その間も作業を進める岩切だが、短刀をも絡めとるトリモチに対し、てこずってしまう。

「まずい、このままでは・・・。」
「ねぇ、でぃーおきてよぉー、ねぇー・・・うぅ、あっ、そうだ!」

と、まいかの声が急に明るくなる。

187水は何度でも還る(2)決定稿:2003/12/14(日) 00:44

「どうした?」
「うん、でぃーもおみずかければおきるよね?」
「むぅ、叩いても起きないのだから・・・いや、やってみろ、何もしないよりはましだ。
だが思いっきりやれ、そうでもなければ起きまい。」
「うんっ」

返事をすると、まいかは目を閉じ、精神を集中させる。すると体が光に包まれる。

(きた・・・でももっと、もっと、つよく、つよく・・・)

岩切の助言通り以前より深く精神を集中させていく。

(あぁ、べつの、なにか、くる・・?)

そんなまいかの集中に呼応するかのように力が高まり、あふれ出てくる、

「あぁ、くるぅ、くるぅ・・・!」

輝きが一気に増し、まいかが叫ぶ、


「みずのじゅっぽう!!」


――バリバリバリ!!――

瞬間、まばゆく蒼い閃光と音が炸裂した。それは、まさに小型ながら、イカズチだった。
スパークする蒼雷がまいかの手から放たれているのだ。

「なっ!?」

岩切に驚愕の声があがる。そして、

「はぁ、はぁ、やった、これならでぃーも・・・」


――焦げていた。目を覚ますどころか痙攣している。

「なんというか状況が悪化したような・・・」
「うぅ、ごめんねぇ・・・」

が、岩切は気付いた。焦げたのがDだけでないことに。

「いや、これなら・・・」

そういって再びトリモチに手を伸ばす。すると、
ボロリ、と崩れる。残ったトリモチも固まりかけていた。
異臭が鼻につくが、気にせずに次々と除いていく。

「よしっ!」

拘束は、解かれた。

「わぁい、ありがとう、おねぇちゃん!」
「礼はいい、それより追うぞ。」
「よぉし、いこー!」

188水は何度でも還る(3)決定稿:2003/12/14(日) 00:46


「・・・と、言ったものの考え物だな。」
「えっ?」

走り出そうとしたまいかが立ち止まる。

「このまま走り出しても追いつくまい・・・さて。」
「だめなの?」
「ああ、あれから少なくとも10分以上経過している。
鬼はおろか御堂たちにも追いつけまい。何か策はないものか・・・」

そういってしばし考え込む。そして、

「そうか!下り、やつは確かに山を下っていった。それなら可能性はある!」
「え、え、どういうこと?」
「川だ、川さえあれば一気に山を下れる、そうすればあるいは。」
「あのひとたちにおいついて、れみぃおねぇちゃんにあえる?」
「ああ、逃げ手がその川に近づくかどうかも、そもそも川の方向にいるかもあやしいが、距離だけは確 実に稼げる、いけるさ、きっと再会も出来る。」
「うん、じゃあかわをさがそうっ!」

それに軽くうなづくと岩切は耳を澄ます。

(近くにあるなら流れの音がするはず・・・あってくれ、どこだ・・・)
「どこかなぁ〜」
(・・・ザ―――・・・むっ!これか!?・・・いや、ダメだ、反響のせいで正確な方向が・・・)
「ううん・・・」
(くっ、せっかく近くにあったというのに・・・)

「あっ、あっちだ!」

「・・・って、何ぃ??」
「うん、たぶんあっちだよ。」

そういうと呆然とする岩切に方向を示す。

「馬鹿者、勘でものを言うな。」
「うぅ・・・だってあっちにあるんだよぉ、うまくいえないけどわかるんだもん・・・」
(まさか・・・妖術の一種か?ならば・・・)
「よし、お前を信じよう。お前はただの幼女ではなかったな。」

岩切の考えは間違いではない。
まいかは水神(クスカミ)の力に目覚め、さらに先ほど力量を上げている。
水神のホームグラウンドたる川を察知するのは、そう難しいことではないのだ。

「またようじょっていわれた・・・」
「ああ、そうだ、川へ行く前にもしあの女がここを通った時のためのメモでも残しておこうか。」
「うん」

そういうと目に付くであろうトリモチのついた木に短刀で文字を刻み、
これから行くべき方向を示すメモを残す。

(他の鬼がこれを見たとしても追いつくのは決着後だろうし、これでいいだろう。)
「さぁ、走るぞ!]

岩切は片手でDの服の襟をつかみ、もう一方の手でまいかを抱えて走り出した。
ずがががが・・・Dを引きずって一路、川へ。

189水は何度でも還る(4)決定稿:2003/12/14(日) 00:47



そして・・・


「よしっ!」

岩切が会心の笑みを浮かべた。

「この川の方向なら逃げ手の方向と大きくは違わない、可能性が上がったぞ!」

確かに川はあり、それはさほど大きくはないが、十分流れに乗れるサイズだった。
静かな山間をひっそりと流れる清流だ。

「・・・でも、でも。」

そこにまいかが声を小さくしていう。

「わたし、およげないよ・・・」
「心配いらん、どれだけ水につかっているかわからんからな、常人では低体温症になりうる。元々お前達を泳がせる気は無い。」
「え?じゃあどうするの?」
「ああ、ちょうどそこに流木がある、あれを使おう。」

そういうと流木、わりと大き目の、の方へ歩み寄り、

「ふんっ!」

ドボンッ!と、川に投げ入れた。そして自身も川に入り、それを流れないように押さえる。

「さぁこれに掴まれ、私が後ろで支えるから心配するな。」
「う、うん、わかった。」

岩切がDを流木の上に載せ、どこからか持って来たツタでくくりつけると、その後ろにまいかが乗る。

「よし、行くぞ!振り落とされるなよ!!」
「しゅっぱーつ!」

まいかの言葉を聞くと体を水に沈め、流木を支え、押しながら流れに乗る。

(逃げ手がバイクを降りてから約15分強、やつらの足はおそらく常人並。
流速と方向の違いを計算すれば川を使うべき時間は・・・
うむ、さぁ、あとは吉と出るか凶とでるか・・・勝負!!)

かくしてD一行は川を流れていった。

190水は何度でも還る(5)決定稿:2003/12/14(日) 00:47

【D一行(レミィ除く)は一か八か川で山を下る。】
【D トリモチを抜けるも気絶中、というか瀕死?】
【まいか 流木にのって。術法レベルアップ】
【岩切 流木をおして泳ぐ】
【時間 四日目昼過ぎ】
【場所 山腹の小さな広場から川へ】
【登場 【ディー】【岩切花枝】【しのまいか】】

191課題が見出される瞬間:2003/12/16(火) 15:03
「待てぇぇぇぇぇぃ! 逮捕するーーーーーー!!」
 どこぞの昭和一桁生まれの警部のような叫びを上げながら、耕一が川の中を疾走していた。というより壮絶な水しぶきを伴ったその姿は『爆走』という言葉の方がしっくり来るだろう。
 追われる水面スレスレを滑空する漆黒の翼の少女――オンカミヤリューの始祖、ムツミは軽く後ろを振り向くが、嘆息を一つ吐いただけで再び前方を見据え、翼に力を込めた。
(参ったね……やっぱり直線の速度は向こうの方が速い。どうしようかな……)
 常人なら鬼の力を全て発現した耕一の姿を見ただけで恐怖に足が竦むところである。が、そこは化け物の類は見慣れたムツミ。
 見慣れたというかお父さんが神様なムツミ。特に臆することもなく、冷静に状況を分析、対抗策を練っていた。
(ちょっとずつ差を詰められてるな……このままじゃジリ貧……空に飛んで……逃げてもさっきまでと同じ。中途半端に浮くぐらいなら地面スレスレを飛ぶ方が向こうも手を出しにくい)
 現在のムツミの高度は耕一の膝以下である。川面で水が弾ければ飛沫が身体を濡らす、そのくらいの高さ。
 しかし逆にこの位置はさすがの耕一も手を出しがたく、タッチをするには身をかがめる必要がある。が、身をかがめるには一瞬足の動きを緩めなければならない。
 そうするとムツミに距離を離される――確かに、下手に空中に浮き上がるよりよほど耕一にとっては嫌らしい位置取りをキープしていた。
(けど本質的な解決にはなってないしな……このままじゃ蹴りとばされるか、あるいはもっと距離を詰められてタッチされるのは時間の問題……
 術……はもう一度使っちゃったしな……さすがに同じ手を二度と使うのはちょっとリスクが大きいね……結局土の術法は効かなかったし)
 語り口は落ち着いているし顔は相変わらずの無表情だが、内心ムツミにしてはかなり焦っていた。
 まぁもっともその微妙な変化を見抜けるのはお父様ズであるハクオロ・ディーの二人ぐらいであろうが。
(どうしたものかな……)

192課題が見出される瞬間/2:2003/12/16(火) 15:04
「ああっ……あああっ……ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
 一際高い嬌声が山間に響き渡った。
「はぁ……はぁ、はぁ……はぁ……どう、ドリィ?」
「オッケーです! MAXいきましたぁ!」
 場面は変わって黒きよ女王様のSM場。先ほどとは代わり、今はグラァが木に四肢をつながれ、やはり背中を腫らして目を潤ませていた。
「よし! 準備完了ね! ドリィ! 即刻グラァの縄をほどき二人で必殺技の準備をなさい!」
「サー・イエッサー!」
 手早くグラァの手足を縛る縄を解いていく。すっかり従僕属性が板に付いたドリィ。
 解放されたグラァはやはり真っ赤な頬で、上目遣いに黒きよの顔をのぞき込んでいる。
「あの……その……黒きよ、さま……」
 しかも股間をもじもじさせながら。
「あの……僕、こういうの初めてだったんですけど……あの、その……」
 ポン、と黒きよはそんなグラァの肩に手を置き、
「安心なさい……」
 聖母の笑みで、
「……上手くあの鳥娘を撃ち落としたら一晩中撲ってあげるから」
 魔女の台詞を言ってのけた。
 しかしたちまちグラァの表情がぱぁぁっと明るくなる。
「はい黒きよ様! 僕、頑張ります! 何としてでもムツミさんをこの川の藻屑と化してみせます!」
 弓を手にしつつ、高らかに叫んだ。
「ああ〜っ、ずるいぞグラァ! お前、さっき僕が撲たれてたのよりず〜っと長く叩かれてたじゃないか! 次は僕だ!」
「嫌だ! 黒きよ様の鞭は僕のものだ! 僕はもっと撲たれるんだ! 罵られるんだ! 嬲られるんだッ!」
「なんだとぉ! そんなわがままが通ると思ってるのかぁ!」
「文句あるのかぁ! なんなら受けて立つぞぉ!」
「言ったなこのやろー! やってろうじゃないか!」
「やらいでかぁ!」
 お互いの得物を構え、一触即発……!
「だまっ! らっ!! しゃーーーーーいっ!!!」
 ……が、黒きよの一喝。たちまち身を強張らせる二人。

193課題が見出される瞬間/3:2003/12/16(火) 15:04
 黒きよはガッと二人の頭を両脇に抱えると、その耳元に囁く。
(あのね……私はそんな口うるさい奴隷を持った覚えはないわよ?)
 とうとうドリグラ、奴隷扱い。
(私が奴隷に求めるのは二つのみ……! いい声で鳴くことと、私の命令に絶対服従することのみ! わかった!?)
(は……)
(……はいっ!)
 黒きよ、ここでにっこりと微笑み、
(ああ……そんなに怖がる必要ないのよ……私だってあなたたちは大好きなんだから……
 ……そうね。ここで上手くやってのければ……今夜は、二人まとめて面倒みてあげようじゃない!)
 キラーン! とドリグラの目が輝く。
(ホ……)
(……ホントですかぁ!?)
(ホントもホント……だからいい? ここは双子喧嘩してる場合じゃないわ……二人一致団結、なんとしてもあの黒娘を殺るのよ!)
(わかりました!)
(必ずや殺ってみせます!)
 ビシッ! と敬礼。
「その意気やよし! 出陣(で)なさい! ドリィ! グラァ!」
「はい!」
「はいっ!」
 意気込み高く、二人はザバザバと川の中ほどまで進み、川底に片膝をつくとキリリと弓を引き絞る。
「……………………」
「……………………」
 目指すは上流の一点。狙うはムツミが姿を見せるその一瞬。
 下僕レベルが上がろうとも、イケナイ快感に目覚めようとも、そこは朱組、蒼組を率いるトゥスクルの武将、ドリィとグラァである。
 水を打ったような静寂とともに、写し鏡のような二人の姿。壮絶なまでの集中力(コンセントレーション)で全神経を目の前の一点に集中させる。
「……………………」
 狙撃準備は、整った。

194課題が見出される瞬間/4:2003/12/16(火) 15:04
(――――来る!)
 耕一は『感じ』た。
『何を』かはわからないが、『何か』を感じた。
 ――――実際のところ言えば、それは勝負への賭けに出たドリグラの『覚悟』をエルクゥの本能が感じ取ったわけだが――――
 それをロジックとして受け止められるほど、耕一の勘は鋭くなかった。
 しかし、それでもわかった。『決着の時』が来たことを。
(――勝負を決するのは……今! ここだ! ここしかないッ!!)
 確証のない確信。しかしそれは引き金を引くには十分すぎた。
「……ォォォォ………ぉおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」
 一際高く、高すぎるほどの獣の咆吼。
 空気が泣き、川面が暴れ、崖が震え、森が叫ぶ。
 全ての生あるあるものが本能的な畏怖を感じるほどの底知れない咆吼。
 吠えたくる最後の声とともに……
「鬼の力全開! 100パーセント中の100パーセントぉ!!!」
 耕一の筋肉がさらに質量を増した。短時間の、だがしかし肉体限界を超える120パーセントの力。
 冗談抜きに音速の壁を破るほどの勢いで、一足にムツミへと迫る。

「まだ速く……!?」
 ここに来て初めてはっきりとムツミの表情が歪んだ。
 後ろの鬼はさらに一回り大きくなり、そして矛盾することに速度を上げた。
 まずい……このままでは、終わる!
「なら……! 力は抜かないよ!」
 くるりと空中で半回転。両手を迫る耕一の巨体に向かい、かざす。
「火神招来! 我が剣となれ! 土神招来! 我が盾となれ! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
 両手それぞれ違う四神の力を収束、法力を全力解放。
「火の……術法!」
 空気を切り裂くように右腕を振り抜く。刹那、巨大な炎が耕一の身体に襲いかかる。
「土の……術法!!」
 貫くほどの勢いで左腕を川底に叩きつける。刹那、先ほど以上に巨大な岩盤が一枚岩となり、耕一を押しつぶさんとする。

195課題が見出される瞬間/5:2003/12/16(火) 15:05
「来るか! 来たな!! 来たか!!! だが……この程度!!!!」
 耕一。二本の豪腕を眼前で交差させると、炎の渦に飲み込まれる直前、一気に振り抜く。
「ッ!? また無茶を……!」
 ムツミの眉間に皺が刻まれる。耕一は振り抜いた腕で無理矢理つむじ風を発現、強制的に炎の渦に『切れ目』を作り、抜けた。
「そして……岩か……だが、それが……どうしたァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 耕一は右腕に全ての力を込める。
「いい加減にしてよ!」
 とうとうムツミが叫んだ。しかし……今度は彼女も黙ってはいない。翼の動きを止めると、自らが作り上げた岩壁。垂直に切り立ったその壁に、両の足を接地した。
(……吉と出るかなそれとも凶と出るかな!)
「エルクーーーーービックバーーーーーーーン・アターーーーーーーーーーーック!!!!」
 ネーミングセンスの欠片もない技名とともに、耕一が全てを込めた右腕を振り抜いた。
 ダイヤモンドすら木っ端微塵に砕きそうなその拳。いかなムツミの作り出した岩盤といえど、紙に等しく貫き……
「……ッ!?」
 違和感。僅かな、否、僅か故に強烈な違和感。
 振り抜いた右腕。正確には右の拳。難なく岩を砕いたその拳に、強烈な違和感が。
 岩を砕いた。それはいい。
 だが、『一枚隔てた向こう側』に『何か柔らかいもの感触』が!!

196課題が見出される瞬間/6:2003/12/16(火) 15:05
「賭けは私の勝ち!」
 砕け散った岩の壁。その向こうに耕一が見たのは、空中を壮絶な勢いで回転しながら空気を切り裂き、崖の奥へと向かうムツミの姿。
「……まさか!」
「そう! そのまさか!」
「……俺の拳で加速した、だと!?」
「ごめんね……正攻法じゃ追いつかれそうだったから! それじゃ!」
 だが所詮は他人の力、借り物の力である。加速している時間自体はそう大したことはない。
 大したことがあるのは……その『瞬間最高速度』である。
「くっ!」
 思わず耕一が目を覆う。ムツミが去った一瞬後、川面が爆裂するように弾け、そそり立った水柱が崖の頂上を遙かに超えた。
 さらに尋常ではない衝撃波が耕一の身体を洗う。
「だが……まだだ! 陽気な気のいいアンちゃんである俺こと柏木耕一は諦めない!」
 再度地を蹴り、だいぶ小さくなったムツミの背を追う。
「最後まで……諦めないィィィーーーーーーーーーーーーーっ!!!! 決してな!!!!!」
 全力で、追う。

197課題が見出される瞬間/7:2003/12/16(火) 15:06
 ある程度耕一を引き離したムツミ。『ある程度』と言ってもそのアドバンテージは1秒少々でしかないのだが。
 だがこの極限の戦いにおいて1secの価値はあまりに思い。
 ある程度川の広がった空間。変わらず周囲に崖はそそり立っているが、空間転移の前には意味を成さない。
「ふぅ……はっ!!」
 バッ! と翼を広げ、中空に停止。
 限界を超えた速度を支えた両翼から『澱み』を振り払うように、最後に一際大きく一回転、法力を収束しつつ、なにげに前方を見やる――――

 ――――ムツミは忘れていた。
 いや、耕一との追撃戦があまりに激しく、思い出す暇が、考える時間が無かった、と言う方が的確である。
 己が翼を休めたそこ。その場所。そここそは――――

「来たわよ! ドリィ! グラァ! ……」
 目に飛び込んできたのは、川の中心に居座るドリィ、グラァ、そしてその直後の黒きよみ。
「臨める兵闘う者、皆陣烈れて前に在り!!!」
「南無八幡大菩薩! この矢外させたもうな!!!」
 きよみが、鬨の声高らかにその鞭を振るう。
「…………てぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!!」

 ――――最初、己が目覚めた場所だったのだ。


【ムツミ 空間転移で逃げんとするも、挟撃を喰らう】
【ドリィ・グラァ ムツミの前方より一斉射撃】
【耕一 ムツミの背後より迫る】
【黒きよ 薙ぎ払え!】
【瑞穂 そのへん】
【登場 カミュ(ムツミ)・【柏木耕一】・【藍原瑞穂】・【杜若きよみ(黒)】・【ドリィ】・【グラァ】】

198るみまんが七瀬 改訂版:2003/12/17(水) 21:14
沢渡真琴は気がつけば、学校の廊下にいた。
「あぅー、ここどこ? なんでこんなところにいるの? 肉まんは?」
そう言ってあたりを見回す。そこにあるのはありふれた学校生活の一ページ、休み時間だった。
気付けば真琴も制服を着ている。丁度先ほど捕まえた澪と同じ制服だ。
「あぅー?」
何がなんだかよく分からないが、真琴は廊下を歩いた。
すると、遠くに他と違った黄色の制服、そして青いツインテールが見えた。
「あれ? 七瀬?」
そこにいたのは我等が漢、七瀬留美。
「七瀬ー」
真琴はその背中に呼びかける。だが反応がない。向こう側を向いたまま立ち尽くしている。
「七瀬ー?」
すぐ後ろまで近寄って呼びかける。だが反応がない。
「あぅー……そうだ」
真琴はツインテールの左側に手をかける。くいと引っ張って上に持ち上げた。

ぴょこん。

両方のツインテールが持ち上がった。


上月澪は気がつけば、学校の廊下にいた。
いつもの学校の廊下だが、窓からの風景が少々違う。どうやら2年生の階のようだ。
澪はとりあえず廊下を歩く。すると、一つの影が見えてきた。
黄色の制服にツインテール。先ほど自分を追いかけてきた七瀬留美だ。
何故、今学校にいるのかよく分からなかったので、とりあえずそのことについて訊ねてみる事にした。
くいくい、とちょっと強めに袖を引っ張って呼びかける。

ぽろり。

リボンごと、ツインテールがそんな音を立てて落ちた。

199るみまんが七瀬 改訂版:2003/12/17(水) 21:14
里村茜は気がつけば、学校の教室にいた。
いつもの学校のいつもの教室。どうやら今は休み時間のようだ。
確か自分は鬼ごっこの最中で、落とし穴に落ちているはずだからこれは夢だ、と自覚する。
学校の夢を見るなんて随分珍しい、と思いつつ視線を横にやる。
すると、先ほどまで自分を追っていて、浩平の言を認め、鬼と認定した七瀬留美の机の上に大きな箱が乗っていた。
妙に興味をそそられて、七瀬の机まで行く。
七瀬が自分を認めて、こちらを向く。
「どうしたの、里村さん?」
「七瀬さん、これは何なのですか?」
「ああ、これ?」
七瀬は机に向き直ると、箱の蓋を開ける。
中から出て来たのは、青く、先のほうになるにつれ細くなっていく奇妙な物体。太い方にリボンが括りつけられている。それが2本。
「……何ですか、これ……」
怪訝な顔をして茜が訊くと、七瀬はカラリ、と笑ってツインテールに手をかけ。
がきり、と外し。

「新しいのよ」
と言うと。

がちん、と元あった場所にはめた。


倉田佐祐理は、何もない真っ白な地面と、一面に広がる青い空、そんな空間に佇んでいた。
「ここは……?」
呟いてあたりを見回す。すると、地面に影が差した。
上を見上げる。なんと、先ほど自分を引っ張り上げて穴に落ちた七瀬留美が飛んでいた。
ツインテールをくるくるとプロペラのように回転させて。
一瞬呆然としたあと、佐祐理は七瀬に呼びかけた。
「七瀬さんはなんで飛ぶんですかー?」
七瀬は何度か自分の周りを8の字に旋回した後、
「乙女だけどー」
と、要領を得ない返答が帰って来た。
すぐに七瀬はツインテールの回転を落とし、佐祐理の前に立つと、
「佐祐理さんも飛ぶ?」
と訊いてきた。
「え、飛べるんですか?」
思わず佐祐理は訊き返す。
「はい、これ」
かちゃん、とリボンごとツインテールを外すと佐祐理に差し出した。
「これをつけると飛べるわよ」
「は、はぁ……」
いまいち状況がつかめないままそれに手を伸ばす。
「どこまでもな」
その瞬間、妙に甲高い不気味な声がそのツインテールから聞こえる。
佐祐理はびっくりして、思わず手を引っ込めた。
「え、いらないの? 折角飛べるのに」
七瀬はツインテールを元あった場所に、かちゃんという音を立てて戻す。
「なんやっちゅーねん」
先ほどの声がはめ戻したツインテールから聞こえる。
(……ま、まさか……七瀬さんはアレに操られて!?)
嫌な予感がした佐祐理は、思わず叫んだ。
「七瀬さん! 助けます!」
振り向いた七瀬の頭から強引にツインテールを取り外す。
がきん、というさっきよりも幾分か鈍い音が聞こえてそれが外れた。
その瞬間。

七瀬の瞳から生気が消え。
ぱたり、と倒れた。

200るみまんが七瀬 改訂版:2003/12/17(水) 21:15
「え、え、え、え、え?」
佐祐理は訳がわからず動転する。
「ま、まさか……」
――死んだ?
「えぇー!? そ、そんな……」
そういえば、さっきとは音が違ったような気がする。何かが壊れるような鈍い音。
つまり。
「外し方が……間違ってたんですね……ごめんなさい、七瀬さん……」
ああ、私はなんて最低なんだろう。そんな自責の念が佐祐理の心中を支配する。
「私なんか……私なんか……どっかに飛んでいってしまえー!」
がちゃん、と自分の側頭部にツインテールを装着した。
ぱたぱたぱた、とツインテールは回転し始め、佐祐理の体が宙に浮く。
「どこ行くのー?」
そんなツインテールの声と共に、佐祐理は何処かへ去っていった。
ツインテールのなくなった七瀬の身体を残して。


場所は穴の底。そこには5人の人間がいる。
その穴はちょっとした喧騒に包まれていた。
「え? え? え? 七瀬のアレって持ち上がるの?」
キョロキョロあたりを見回しながら自分のツインテールをいじる真琴と。
『うわぁ』『なの』『うわぁ』『なの』『うわぁ』『なの』……
意味の分からない事をスケッチブックに書いていく澪と。
「……アホですか? 私……」
呆れかえった顔でほぅ、と息をつく茜と。
「何なんですかー! 今のはー! 七瀬さんは飛べるんですかー! ていうかツインテールはみんなそうなんですかー!」 
混乱状態でちょっと意味不明なことを叫ぶ佐祐理と。
(クスクス……ちょっと電波で悪戯してみたけど、面白いなぁ。あとで七瀬ちゃんに謝っておこう……)
笑いをかみ殺している瑠璃子がいた。
ネタは最近読んだ漫画だ。七瀬のツインテールがなんとなくハマったから使ってみた。
要は退屈した瑠璃子のちょっとした悪戯だったらしい。

201るみまんが七瀬 改訂版:2003/12/17(水) 21:15
その頃、管理室では。
「秋子さん、これは……どうなのでしょう?」
『月島瑠璃子が電波を他人に使用しています』というHM−13の報告を受け、モニターを覗き込んでいた足立社長が訊いた。
「そうですね……特に危害はないですし、どうせ軽い悪戯心でしょう……了承」
「うわぁぁん! 耕一さーん!」とか喚く千鶴を一瞥して、秋子はそう判断を下した。
「でも、とりあえず忠告のHMを送っておきましょう」
「分かりました」


そして。
「大丈夫ですか、皆さん?」
ベナウィが槍でとりもちを切り取り、美汐が垂らしたロープを使って、瑠璃子達は穴を脱出した。
「ええ、おかげさまで。ごめんなさい、捕まってしまいました」
茜が制服に残ったとりもちをいじりつつ、すまなさそうに頭をたれる。澪もそれに倣う。
「いえ、無事で何よりです」
「それにしてもみんな穴に落ちてたとはね。通りで助けにこないはずだわ」
後ろから制服をパンパンとはたきつつ、七瀬がやってくる。
「「「「…………」」」」
その瞬間、茜、澪、真琴、佐祐理の視線が七瀬に集中する。
「何? どったの?」
「い、いえ……七瀬さんが夢に出てきて……」
「私も……」
「真琴も……」
澪もこくこくと頭を振る。
「へぇー、凄いじゃない? 私はどうだったの?」
七瀬が若干顔をほころばせてそう訊くと。
物欲しげな表情で七瀬のツインテールを見る真琴と。
何か怖い物を見たような表情をする澪と。
呆れた様な視線を向ける茜と。
なんとも形容しがたい笑みを浮かべる佐祐理と。
「え、ど、どったの?」
七瀬は4人を見渡して、焦った表情を見せた。
その後ろで。
「月島瑠璃子様。他の選手に対する電波能力の行使はルールにより禁止されております。
 今回はゲームへの影響は有りませんでしたので容認しますが、以後気をつけていただきたいと存じます」
瑠璃子は突然現れたHM−13に忠告を受けていた。
「うん、分かった。ごめんね、忘れてたよ」
「では、失礼させていただきます」
去って行くHM−13を見送った瑠璃子は、困惑している七瀬の方に歩いていき。
「ごめんね、七瀬ちゃん」
「え、な、何? どったの?」
その後、七瀬はしばらく混乱していたそうな。


【四日目 午後2時ごろ】
【茜 澪 佐祐理 真琴 瑠璃子 七瀬 葵 清(略 琴音 罠脱出】
【ベナウィ 美汐 罠に落ちた一行を救出】
【矢島 垣本 多分まだ気絶中】
【登場鬼:【里村茜】【上月澪】【沢渡真琴】【倉田佐祐理】【月島瑠璃子】【七瀬留美】【松原葵】【清水なつき】【姫川琴音】【ベナウィ】【天野美汐】】
【登場:『水瀬秋子』『足立社長』『柏木千鶴』】

202塚本さんと国崎くん達よ〜塚本さんと夢の魔力〜:2003/12/31(水) 17:21
「大変です、お兄さん!」
塚本千紗は、叫んだ。
「何状況説明してるですか!」
え? あ、はい、俺ですか?
「千紗がどこ探してもいないんです! 柳川のお兄さんを追いかけてるときも! 名倉のお姉さんを追いかけてるときも!
 瑞希お姉さんが謎のアイテムを手に入れたときも! 楓お姉さんを追いかけてるときも!
 きっと千紗は忘れらてしまったんです!」

で?

「にゃぁあ〜、酷いですぅー……」
仕方ないじゃん、書き手が忘れてたんだから。
「駄目です! 千紗がひっそり隅にいないと、国崎のお兄さんチームは成り立たないんです!」
そんなことも無いだろう。
ほれ、猫耳互換の楓はでてるぞ。
「それは別モノ」
そうか。
「にゃあ〜……どうすればいいんだ、ですぅ……」
そんなこといわれても。

「あ、起きた」
「……にゃあ〜……?」
千紗はむくりと起き上がった。そこには、心配そうな表情をした深山雪見と牧部なつみが立っていた。
「大丈夫? 随分うなされてたから。怖い夢でも見てたの?」
なつみが心配そうに訊く。
「にゃあ〜……?」
まだ千紗は状況が理解できていない、という風に辺りを見回した。
「あなた、ずっとここで寝てたのよ。覚えてる?」
雪見が千紗の肩に手を置いた。
「あれ……国崎のお兄さんたちは……どこ行った、ですか……?」
「かわいそうに。置いていかれたのね……」
雪見となつみは千紗の頭をなでてやった。
千紗は、夢の事は一切覚えていなかったらしい。

しかし、何故知るはずも無い国崎一行の動向を、夢の中とはいえ千紗が知っていたのか?
それは、ひょっとすると人間の持つ、夢の魔力だったのかもしれない。
人間の夢とは、かくも不思議な物だと、私は思う。

【千紗 起床】
【鶴来屋二階の一室】
【四日目昼頃 国崎一行が楓を追っている辺りの時間】
【登場鬼:【塚本千紗】【深山雪見】【牧部なつみ】】

203見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:15
郁未と御堂、二人の超人的鬼は、未だに詩子に追いつけないでいた。
御堂が先行しようとすると、郁未が不可視の力で彼の足元をふっとばし、逆に郁未が先行すれば、絶妙な位置にトリモチ弾が発射された。
相手が攻撃することがわかっているため、そして、それに対応をする余裕を持つため、全速力で走れないでいたのだ。
詩子との地力に差があるため、流石に彼女を見失う事はしていなかったが。

郁未は、苛立っていた。
この悪人面のオッサン、なかなかどうして手強い。
とっとと引き離して逃げ手を捕まえたいのに、トリモチ銃が邪魔でしょうがない。
お互い牽制していると、逃げ手に全然近付けないのに。
……なら、相手の牙を折れば――トリモチ銃を壊せばいい。なんで今まで気付かなかったのか。
けど、正攻法で壊そうとすれば、先ほどの刀を持った女性のようにかわされてしまう可能性が大きい。
が、彼女と自分とではその方法に違う部分がある。
相手の意表さえつけば、おそらく銃を無効化できる。
由依でも誰でもいいから、仲間がここにいれば…!
そう思っていた時のこと。

「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」

天は、彼女に味方した。

204見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:17
バイクを捨てた、残り少ない逃げ手の一人・柚木詩子は一心不乱に走っていた。
自分のために命を賭してくれた師匠と、その娘さんの観鈴ちゃん。
彼女たちのために、鬼に捕まるわけにはいかなかった。
が、そんな彼女を嘲笑うかのように、次々に鬼に遭遇した。
だが、何故かは不明だが、無視されたり、かわされたりした。
全力で走っていて、方向転換をしそこねたのだが、運が良かった。

「あっ、そういえば、茜を探してたんだっけ……うまく逃げ切れてるといいんだけど……」

詩子は、茜が、いや、茜達が全員捕まった事を、まだ知らない。

205見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:18
相沢祐一、そして川澄舞は、先を行った宮内レミィを追いかけていた。
彼女は「D〜!まいか〜!今行くからネ!!」などと叫びながら走っていたので、見失いようがなかった。
レミィが行く先に、逃げ手と郁未もいるはず、そう思っていた時に、レミィがなにかとすれ違った。
見てみると、バイクに乗っていた少女の片方だった。タスキをかけていないから、逃げ手だと祐一は判断した。
その彼女が、まっしぐらにこっちに向かってくる。

「!?やべっ、舞、よけろ!!」

言われた舞と祐一は、即座に道のわきに移動し、詩子は間を走って行った。
レミィは家族と合流する事が目的だったため、ぶつかる時間が惜しくて詩子をかわした。
そして、祐一たちは、ポイントゲッターの郁未以外が捕まえる気はないので、かわさざるをえない。

「…タスキ、かけてなかった」
「ああ。ったく、郁未のやつ、おいてかれたのか?」

言いながら、走っていた時、人相の悪い鬼と、そして、彼女はいた。

「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」

206見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:19
詩子を追い続けているもう1人の鬼、御堂も苛立っていた。
一緒に追っている小娘が、面妖な力を使ってこっちを妨害してくる上に、虎の子のトリモチもことごとくかわされる。
お互いに攻撃している間、逃げ手との差を詰めることが出来なかった。
さらに、金髪の娘が通り過ぎた後に現れたガキの1人がこう言った。

「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」
「わかってるから、とりあえず、そのオッサン止めて!」
「よくわからんが、わかった!」

クソッ、邪魔くさいことに、ガキどもが両手を広げて立ち塞がった。
そういえば、このアマの味方だったか、畜生運が悪い。
ぶつかっていっても、迂回して行っても、時間の浪費だ。
なら、どうするか。当然、お得意の武器で仕留めていく。

「ヘッ、その程度で俺様が止められると思ったかよ!」

そして、トリモチを立て続けに発射する――

「それを待ってたわ!!」

ドゴンッ!
郁未が叫ぶのとともに、何も爆発したようには見えないのに大きな爆発音がした。

207見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:21
音に伴い、先ほど発射された御堂のトリモチ弾2発が、空中で爆発する。
その2発から出たトリモチは、何かに押し出されるが如く、放たれた銃へと広がる。
その銃口へ侵入し、その銃身を蹂躙し、その撃鉄を押さえつけ、そのトリガーを飲み込む。

「ゲェーーック!どうなってやがる!?」

御堂は予測していなかった事態に反応が遅れた。
相手の能力の存在は、今までの戦いで知っていた。
が、鬼ごっこの性質上、持っている自分の腕にまで直接ダメージを与える可能性のある銃の破壊には使えないと判断していたのだ。
銃を包んだトリモチは、そのまま彼の右腕全体を包み込んだ。それは、まるでできそこないの雪だるまの頭のようであった。

208見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:23
「不可視の力か!」

御堂の銃と腕に対し起きた出来事を、祐一は理解した。
御堂が放った銃弾は、その目の前にあった不可視の力の障壁に激突し、展開。
さらに、その障壁を爆発させて、御堂へと押し返された。
文字通り、不可視の技だが、魔物との戦いや、鬼ごっこが始まってからの経験でわかった。
郁未が、敵の武器を無力化した、ということに。
その郁未が自分の横を通り過ぎる。

「やったな、郁未!ライバルを1人撃破も同然じゃないか!」
「まあね。でも、あのオッサン、足速いから…一応、足止めヨロシクね」
「うわっ」

郁未は、祐一の肩をドン、と強く押して走って颯爽と駆けていった。

「あのオッサンの妨害さえなければ、すぐに捕まえてやるわよ!」

郁未に押され、バランスを崩した祐一は、咄嗟に近くにあったものにつかまった。
ねちょ、と異様に柔らかい、粘着質な感触のもの、即ちトリモチの絡まった御堂の腕に。

209見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:26
「うわ、なんだよこれ、気持ち悪ぃ!」
「こら、ガキ、くっついてんじゃねえ!鬱陶しい!」
「祐一、大丈夫?」

接着された祐一の右手(ちなみに、郁未の狙い通りであった)を、心配顔で外そうとする舞。

「舞、触るな!もしお前までくっつくとややこしい。それより、香里達が追いついてくるかもしれない。
 郁未を手伝ってとっととあの逃げ手を捕まえて来てくれ!逃げ手をとられちゃ元も子もない!!」
「……でも、祐一が」
「大丈夫だ。ちょっとくっついただけだから、すぐにはがして追いつく。郁未が言ってたから、ついでにオッサンの足止めもしてやる」
「……わかった」

舞は、郁未の後を追って行った。

「祐一……必ず捕まえてくるから」

210見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:28
御堂は余裕の笑みを浮かべて言った。

「ヘッ、テメエごときでこの俺様が足止めできるかよ!引き摺ってでも追いついてやるぜ!」

強化兵たる自分なら、人1人くらい運んでも相当なスピードを出せる自信があったのだ。
銃が使えなくなったのは痛いが、まだまだ勝機はある。
自分を抑えたと思った相手の隙をついて捕まえてしまえばいいのだから。
が、自信ゆえに出たセリフは、言葉の選び方が悪かったといえる。

「引きずってでも、か。なるほど、いいこと言うな、オッサン。じゃあ、やってみせてくれよ」

そう言って、祐一は地面に倒れこみ、右手を地面に思い切り押し付ける。
ベチャッ。
ただし、トリモチを、その中にある御堂の腕を挟んで。
祐一の意外な腕力と、御堂の油断があってこそできることだった。

「ゲーック!動かせねえ!テメェ、何しやがる!!」
「あんたは腕くるまれてるから、そう簡単に剥がれないだろうな。だが俺は手がはりついてるだけだからな…フンッ!でりゃ!!」

何度か祐一が全身に力を込めて手を持ち上げると、トリモチがはがれていき、取れた。

「よしっ。できるだけ地面と仲良くしててくれよ。んじゃな」

祐一も走り去る。
残されたのは、自分が気に入っていた武器の性能を改めて知ることになった御堂だけであった。

「ゲーーック!クソガキども、覚えてやがれぇぇぇっ!!!!」

211見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:29
【詩子 山道を祐一達が来た方に向かって逃走中】
【レミィ 詩子が来た方向へ走り続け、ファミリーを探す】
【祐一チーム 由依以外合流、時間差で詩子を追う】
【御堂 トリモチで右腕を地面と接着され動けず。トリモチ銃は復活が絶望的】
【場所 山間部】
【時間 四日目午後】
【登場 柚木詩子、【天沢郁未】、【御堂】、【宮内レミィ】、【相沢祐一】、【川澄舞】】

212Donate:2004/01/20(火) 22:30
「なるほど……それで汝は己の力のみでこの鬼ごっこを生き抜こうと空蝉と袂を分ったというわけか……」
「ん……」
ちょっとシュンとしてしまうみちる。
十数分に及ぶ尋問も終了。昨日別れてから、己の空蝉に何があったのか。一通りのことは把握できた。
「ふぅ……つまり空蝉は未だ捕まっていないわけだな。やれやれ、まぁ奴のことだ。私以外にはそう簡単には捕まるまい」
危惧していたことは避けられた事実に一安心するディー。
「さてと……」
そこで何気に目線を目の前の少女に向けた。

「……しまった」

不意に、壮絶な後悔の念が彼を襲う。
「…………」
目の前にはしぼんでしまった少女が一人。
 ……『逃げ手』の少女が一人。
少女は上目遣いに何やら言いたげな態度でこちらを覗き込んでいる。
(聞かなければよかった……)
冷静になったところで後悔する。思い切り後悔する。ディーは、己の行動を、心の底から悔やんでいた。
(落ち着いてしまった……)
先ほどまでのノリと勢いに任せたまま、さっさととっ捕まえてしまえばよかった。
そうすりゃ1点ゲットで合計9点。先ほど出会った他の連中に対して頭一つ抜け出ることができる。
(空蝉がいないことで動揺してしまった……参ったな。どうするべきか。あ、いや何を迷うか私。本来我は鬼で此奴は逃げ手。
 問答無用に捕まえてしまってもなんら問題は……)
「…………」
チラリ、チラリとみちるはディーの顔を見やっている。
(………壱であり弐である、か……)
もし世に運命の女神という存在があるのならば、どうやら彼女は相当に意地が悪いらしい。
(何故だ。何故今更此奴を我が前に連れてきたのだ……)
対の存在。空蝉と、分身。図らずも、その連れる者たちもが対の形になっていた。
そして今、同じように別れ、バラバラになり、そしてその一片が目の前に現れた。現れてしまった。
(……似ているな)
捕まえることは躊躇われた。

213Donate/2:2004/01/20(火) 22:30
(よし、落ち着け。冷静になれ私。考えをまとめるんだ)
コホンと一つ咳払い。己の採るべき道を探る。
(まず私は鬼だ。逃げ手を捕まえること自体はなんら責められることではない。むしろ推奨されていることだ。
 何よりここで1点ゲットしておけば他の連中を大きく引き離せる。そこはオッケ)
そしてみちるの顔を見る。
(だが……空蝉の落胤。己が道を独りで行くことを望んだ、そしてあえて空蝉との袂を分ったこの少女。
 その心意気は見事なものだ。あえて独り艱難辛苦の道を行く。……ちっ、空蝉の、そしてこの小娘の気持ちがわかる己が恨めしい)
 以前の我なら……このような感情に惑わされることはなかっただろうに……)
頭を抱え、身をよじり、ムーンウォークっぽい動きで思い悩む。
(……そうか。なるほど、これが……)
初めての感じている感情。
(義理と人情の板ばさみというやつかッ……!)

「ガフッ……」

血反吐を吐きつつ、目を閉じ、さらに思い馳せる。
(ふ……空蝉よ。何やかんやと言いつつも、我らは似ているのかも知れんな。
我も彼の者を連れ、汝も此の者を連れ、共に戦った。
 ……ふ、そうだな。それも、悪くはあるまい。ここはひとつ、貴様に、昨日の礼をするのも……悪くはあるまい。
 貴様に直接礼を言うのはさすがに謀られるが……代わりに、この小娘へでも構うまい)

決意を固めると、ゆっくりと懐に手を入れる。
「……少女よ」
そして静かに、目の前の娘に語りかける。
「……我は汝がオロと慕う男の分身。ハクオロと呼ばれる彼の男は我が空蝉。確かに、双子のようなものだ……。
昨日は汝らには迷惑をかけたな。その代わりというわけではないが、ここで汝は特別に見逃してやろう。
ああそうだ。これを持て。どうせこのようなもの、今の我が持っていたとしても何の役にもたたん。
鬼と逃げ手の区別もつかん安物だが、汝が持てば多少は役にたつであろう。
 ふ……感謝される筋合いなどない。これは貴様への『侘び』でもある。
残念だが空蝉は汝との約束を果たせん。何故なら我が空蝉は我がこの手で捕まえてくれるからだ。!
 ククククク……だからその代わり、貴様は逃げろ。せいぜい長く、一秒でもな。
 空蝉をそれを望んでいるだろう……さあ、受け取れ! これが、我からの餞別だ!」

214Donate/3:2004/01/20(火) 22:31

(よし決まった! カッコいいぞ私! 宿命のライバルっぽさが醸し出ていてとても渋いッ!)

ビシッと決まったことに内心ほくそえみつつ、懐から探知機を取り出す。
 そして、目の前のみちるに……


 こつぜん 0 【▼忽然】

 (ト/タル)[文]形動タリ
たちまちにおこるさま。にわかなさま。
 「―と姿を消す」
 (副)
にわかに。突然。こつねん。
 「さう云ふ想像に耽る自分を、―意識した時、はつと驚いた/雁(鴎外)」


「…………ガフゥッ!!」


 とけつ 0 【吐血】

 (名)スル
 上部の消化管から出血した血液を吐くこと。胃潰瘍・胃癌・十二指腸潰瘍・食道静脈瘤破裂などによることが多い。吐いた血液は普通、暗赤色を呈する。
 「突然―して救急車で運ばれて行った」
→喀血 (かつけつ)


 ……閑話休題。

215Donate/4:2004/01/20(火) 22:32
「ふぅ助かった」
一方逃亡に成功のみちる。一連のやり取りの間に体力もやや回復。小走りでディーとの場所から遠ざかっていた。
「オロの双子のわりには抜けた奴で助かった」
 一応元は同じだったのだが……
「そう。みちるはオロと約束したんだから……オロもがんばってるんだろうから、みちるだってがんばらないといけないのだっ!
わざと大きめに声を張り上げ、己を鼓舞する。
 ……と。

スコーーーーーーン!

「にょぐわぅ!!?」
突如としてみちるの後頭部に衝撃が走った。
何やら硬いものが直撃。そのままもんどりうって地面に倒れる。
「にょわっ! にょっ! のおっ!!」
七転八倒。もだえ苦しむ。まるで陸に打ち上げられた鯉のようだ。
「な、なんだっ……!?」
 と涙目に振り向いてみれば、そこにあるのは……
「……これは?」
中空に何やら紙に包まれた塊が浮かんでいた。淡い光を帯び、ちょうど走っていたみちるの頭の高さにふわふわと浮かんでいる。
「………?」
ほうけた表情のままみちるがゆっくりと手を伸ばすと、勝手に光は消え、モノはすぽんと手のひらに収まった。
「…………?」
さらにわけもわからぬまま、紙包みを開いていく。
「……機械?」
 ……中に入っていたのは見慣れぬ機械。
そしてついでに紙の裏に、殴り書きで一言。


『勝手に使え!』

216Donate/5:2004/01/20(火) 22:32
【ディー 吐血。みちるに餞別として探知機を渡す】
【みちる 後頭部に多少のダメージ。逃亡成功。探知機ゲト】
【時間 四日目午後・川の下流】
【登場 みちる・【ディー】】

217名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:47
<TR>
<TD width=36>748</TD>
<TD width=221><A href=SS/748.html>Twins</A></TD>
<TD>
みちる<BR>
【ディー】<BR>
  【しのまいか】<BR>
  【岩切花枝】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>749</TD>
<TD width=221><A href=SS/749.html>Every time I speak your name</A></TD>
<TD>
ハクオロ<BR>
【エルルゥ】<BR>
  【少年】<BR>
  【観月マナ】<BR>
  【田沢圭子】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>750</TD>
<TD width=221><A href=SS/750.html>見えない壁と白い悪魔と</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【宮内レミィ】
</TD>
</TR>

218名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:49
<TR>
<TD width=36>751</TD>
<TD width=221><A href=SS/751.html>chase and dance,and convergence?</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
神尾観鈴<BR>
  【御堂】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【折原浩平】<BR>
  【長森瑞佳】<BR>
  【伏見ゆかり】<BR>
  【スフィー】<BR>
  【トウカ】<BR>
  【神尾晴子】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>752</TD>
<TD width=221><A href=SS/752.html>真昼の遁走曲</A></TD>
<TD>
柏木楓<BR>
【ウルトリィ】<BR>
  【国崎往人】<BR>
  【久品仏大志】<BR>
  【高瀬瑞希】<BR>
  【神奈備命】<BR>
  【鹿沼葉子】<BR>
  【A棟巡回員】<BR>
  【光岡悟】<BR>
  【アルルゥ】<BR>
  【ユズハ】<BR>
  『ムックル』<BR>
  『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>753</TD>
<TD width=221><A href=SS/753.html>無駄かも知れぬ再戦</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】<BR>
  【美坂栞】<BR>
  【月宮あゆ】<BR>
  【クーヤ】<BR>
  【マルチ】
</TD>
</TR>

219名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:49
<TR>
<TD width=36>754</TD>
<TD width=221><A href=SS/754.html>8分の1の確率</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>755</TD>
<TD width=221><A href=SS/755.html>Donate</A></TD>
<TD>
みちる<BR>
【ディー】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>756</TD>
<TD width=221><A href=SS/756.html>麗子のおつかい</A></TD>
<TD>
【石原麗子】<BR>
【リアン】<BR>
  【エリア】<BR>
  【ティリア】<BR>
  【サラ】<BR>
  『長瀬源之助』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>757</TD>
<TD width=221><A href=SS/757.html>ダイゴの大冒険</A></TD>
<TD>
リサ・ヴィクセン<BR>
【坂神蝉丸】<BR>
  【醍醐】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>758</TD>
<TD width=221><A href=SS/758.html>対決記〜諭吉を求めて三連戦!〜</A></TD>
<TD>
【柚木詩子】<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】
</TD>
</TR>

220士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:41
「……?」
 ソレに最初に気が付いたのは、トウカだった。
「…………」
 押し黙ったまま、腰の刀に手を添える。
「トウカ?」
 続いて浩平が、そんなトウカの様子に気が付いた。
「……どうした?」
「…………」
「何か、あるのか?」
 訝しげな浩平だが、トウカは何も答えない。
「…………」
 なおも押し黙ったままのトウカに、いい加減浩平がしびれを切らしかけた、その時、

 がささっ! がおっ!

「!?」
「浩平っ!」
 道の前方から、薮の揺れる音とセットのマヌケな声が聞こえた。
 長森の叫びよりも早く音の元に視線を送る――――いた!
「見つけたぞ金髪ポニテ!」
「わ、わっ!」
 顔に葉っぱと土をくっつけた状態の観鈴とピッタリ目が合う。
「……見つかったっ!?」
 瞬間――観鈴は駆け出した。薮の中から転がり出て、道のド真ん中を、やや前方につんのめりながら。
 観鈴ちんにしては妥当な判断だ。
 が、浩平も黙ってそれを見送るほどお人よしではない。浩平には観鈴を見逃す義理も人情もなければ、慈悲の心もない。
「とっ捕まえる! 行くぞ長森! ゆかり! スフィー! トウカっ!」

221士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
「…………」
 しかし浩平について走り出したのは3人。唯一トウカだけは先程の位置に佇んだまま、道の後ろのほうを睨みつけている。
「どうしたトウカ! 追いかけるぞ!」
「いや、先に行かれよ浩平殿! 某はここに残る!」
 急かす浩平の言葉を、トウカは一喝する。
「なんだ!?」
「確証は無い、が、おそらく、追っ手が来る! 某は其奴を押し止める! その間に、浩平殿!」
 正直、浩平には追っ手の気配など皆目わからない。音も何もしないし、喧しい本人等をのぞけば当たりは静寂そのものだ。
 しかし相手は歴戦の勇士、エヴェンクルガのトウカ。その実力は浩平も重々承知している。
 ここは彼女の言う通りに任せることにした。
「わかった! とっ捕まえたらまた戻ってくる! それまでここで待ってろよ!」
「承知!」

 ――この少し前。浩平たちから若干離れた場所。
「おお、宮内の!」
「あ、岩切サン! それに……まいかちゃん!」
「おねぃちゃん!」
 ――正確に言えば、詩子と観鈴が別れた場所。少し前まで壮絶な喧騒が支配していた場所。
 そこで、岩切とその背中の幼女、道の向こう側から走ってきたレミィは再開した。
「獲物は!?」
 余計な口上は挟まず、用件だけを端的すぎるほどに吐き捨てる。
「途中ですれ違ったヨ!」
「そっちか!」
 睨み付けるのはレミィが駆け下りてきた山道。
「Non! ケド、一人だけ! さっきスゴイ音がしたから、たぶんもうダメ!」
「ならば!」
 二人の視線が揃ってもう一つの森の中の獣道に向けられる。
「あっちか!」
「ところでDは!?」
「死にかけだが元気だ! あっちで寝ている!」
 叫びながら自分の後ろをクイッと指差す。

222士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
「あたりは血の海だからすぐ見つかる! せいぜい優しげに看病してやれ!」
「Ya!」
「とゆーわけで、またあとでねっ!」
 最後の締めはまいかが吐き、二人と一人はその場にすれ違い、各々の目指す先へと駆けて行った。


「……来たか!」
 場面は戻って待ち伏せトウカ。
 彼女の目線の先には、道の向こう側から鬼気迫る表情で迫ってくる岩切とその背中のオマケ。
 勘は当たった。ここで止めねば、確実に浩平の観鈴ゲット計画が非常に困難になるだろう。
 腰の刀をスラリと抜き放つと、トウカは高らかに叫んだ。
「某の名はエヴェンクルガのトウカ! ここから先は通さん! いざ尋常に勝――――ブッ!!?」
 名乗り終えないうちに、トウカの鼻っ面に岩切の足の裏が突き刺さっていた。
 そのままひっくり返るトウカ。一方岩切はその直後に綺麗に着地すると、何事もなかったかのように先を急ぎ……
「待て! 待て! 待てぃ! 待て待て待て待て待て待て待てぃ!!!!」
 慌ててトウカは起き上がると、岩切の直前に立ちふさがる。
「ふ、不意打ちとは卑怯な! 貴殿も戦士の端くれな――――なっ!?」
 が、またしても言葉は途中で遮られた。岩切は、今度は無言のままにその手に握った剣を振り下ろしてきたのだ。
「なっ!? くっ、このっ……卑怯者めがっ!!」
 純粋な剣術ならばトウカに分がある。
 多少は面食らったものの二度三度と切り返しを受け止めるうちに体勢も整え、情勢は次第にトウカが押す形となっていた。
「許さん! そのねじくれ曲がった性根、某が叩きなおしてくれるわ!」
 裂帛の気合と共に、トウカが最後のラッシュを仕掛ける。しかし岩切は、そんなトウカの一撃目を受け止めた瞬間。

 ぱっ。

 と両手を開いた。

223士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
 当然のごとくDの剣は空中に踊り、緩やかな放物線を描くと二人の脇の地面に突き刺さる。
「!?」
 刹那、トウカの動きが止まった。
 止まった。
 さらに一瞬。
「――――がッ!?」
 うめき声すら漏らさず、トウカが膝をついた。
 水月を押さえながら、その場に蹲る。
 それを見下ろす岩切、ポツリと漏らした。
「――すまんな」
 地面に突き刺さる剣を抜くと、鞘に収める。
「お前は武士。闘うのが仕事だ。だが――――と、幼女。もういいぞ。目を開け」
「……ふう」
 岩切の声に従い、それまで背中でぎゅっと固まっていたまいかが目を開く。と同時に、身体の緊張も解けた。
「……かったの?」
「まぁな。少々卑怯な手段ではあったが」
「……ひきょう?」
「……いや、私は兵士。勝つのが仕事。それだけだったな。それより、先を急ぐぞ。
 足止めがいたということは、やはりこの先に獲物がいるということだ。急げばまだ間に合うやも――――ッッッ!!?」
 言い終わらぬうちに、岩切の背筋にゾクリとした感触が走った。
 すぐさまその場を後ろに一歩下がる。
「……いわきりのおねぃちゃん!? いまの……」
「お前も感じたか……間違いない。誰かの間合いに入った――――だが、これは――――!」
 付近を、岩切のそれだけで人を殺せそうな程鋭い緊張感が包む。

 パン パン パン

 ……しかし、そんな研ぎ澄まされた空気はまるで無視。聞こえてきたのは、呑気な拍手の音だけだった。

224士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:43
「いやはや、さすがは花枝殿。見事な手並みであった」
 続いて森の奥より、これまたやはり呑気な、言葉どおり心底の感心だけを込めた言葉が聞こえてくる。
「己の得物を十分に相手に印象付けたところで自ずからそれを手放し、強制的に隙をこじ開け、明確な戦闘能力の差を埋め合わせる。某も感服いたしました」
 だが、岩切はその声を聞くといっそう殺気を強めた。
「……まさか、また貴様と会うことになるとはな……」
「……このっ、この声は……もしや……」
 再度剣を構えた岩切と、蹲ったまま依然動けないトウカ。二人が同時にその声に反応を示す。
「……ゲンジマル!」
「ゲンジマル殿!」
「然様」
 ガサリガサリと薮を掻き分け、一向の目の前に現れたのは、エヴェンクルガ稀代の英雄ゲンジマル。
「ウンケイの娘が闘っているから何事かと思えば……まさか相手が花枝殿、貴殿だったとは」
「……フン、どこかで見た耳かと思ったがそうか、ゲンジマル。お前と同族だったか……!」
 剣を正眼に構え、切っ先をゲンジマルへと向ける。
「……で、お前はどうするつもりだ? 同族の仇を討つか?」
「フム、それも悪くはありませんな。が、ウンケイの娘が貴殿に負けたのは実力の上でのこと。
 卑怯でもなんでもなく花枝殿、貴殿の作戦が見事だっただけのこと。某があれこれを口や手を挟むことではありませぬ。ウンケイの娘よ、そうだな?」
 言いながら、ゲンジマルの目線がトウカの目を射抜く。
「クッ……某、と、したことが……不覚、で、ありました……」
「その通りだウンケイの娘よ。皆が皆お前の武士道に付き合ってくれる道理も保証もどこにもない。戦場で相手が礼を守らなかったというのは、なんの言い訳にもならぬ」
 続いて岩切に向き直り、
「ということで、別段某としても仇を討つ云々のつもりはありませぬ。その点は花枝殿、ご容赦を」
「フン、ならばありがたい。私は先を急ぐのだ。ゲンジマル、見逃して――――」
「ですが……」
 だがゲンジマルは刀の柄に手を置いた。瞬間、岩切とは比べ物にならぬほどの圧倒的な闘気が、空間を支配する。
「――――もらえそうにないな」
 フッ、と岩切の唇が綻んだ。見様によっては嘲笑にも取れるその笑い。ただし対象は――――自分。

225士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:43
「貴殿には借りがありますからな――――それを返さずして貴殿を見逃せるほどこのゲンジマル、人は出来ておりませぬ!」
「そうだろうなゲンジマル。だが私とて約束があるのだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。押し通らせてもらう。……幼女、降りろ」
 構えは解かぬまま、背中のまいかにツッケンドンに告げた。
「え?」
「邪魔だ。その上少々危険なことになるかもしれん。離れて見ていろ」
「う、うん……」
 幼女もこれには素直に頷き、最後にばしゃっと岩切の頭に水を被せるとすたっと地面に降り立ち、とてとてと近くの木陰へと避難し、ちょっと考えた後、再度岩切に近づき、脇に倒れているトウカの腕をずるずると引っ張り、改めて木陰に隠れた。
「面目ない……」

「さて、準備は整ったぞゲンジマル。私はいつでもいい」
「何から何まで痛み入る花枝殿。ではそろそろ始めるとしましょうか」
「…………」
「…………」
 肌に刺さるほどの沈黙。そして緊張感。
「……ふむ、いざ太刀会うとなるとタイミングが取り辛いものだな」
「……同意ですな。某も今まで幾度となく闘いはくぐって参りましたが、何度経験してもこの瞬間は緊張しまする」
「……だが」
「この瞬間こそが」
「もっとも血沸き」
「肉踊る」
「楽しい」
「楽しい」
「楽しいぞこれは」
「然様、そして……」

『勝ってこそ、その悦びも至上のものとなる……』

226士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:44
再び沈黙が場を支配する。
 今度はどちらも口を開かず、ひたすらにその瞬間を待つ。待ち続ける。
 午後の暑い太陽が照りつける。
 二人の戦士。武士と兵士。
 不気味なほどの静けさ。
 身を切るほどの沈黙。
 息が詰まるほどの覇気。
 どこかで鳥が飛んだ。

 トウカは、木の幹を背に、己の胸の中にキュッと幼女を抱きしめた。

 一陣の風が吹く。
 近くの木立が揺れた。

 枯葉がハラリと――――――――――――


 落ちた。


【岩切・ゲンジマル 再戦】
【トウカ・しのまい 観戦】
【浩平・ゆかり・長森・すひ 待てーーーー!】
【観鈴 待てと言われて待つ人はいないーー!】
【レミィ Dのもとへ】
【D 死にかけだが元気らしい】
【登場 神尾観鈴・【折原浩平】【長森瑞佳】【伏見ゆかり】【スフィー】【岩切花枝】【しのまいか】【宮内レミィ】【ゲンジマル】】

227背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:45
 木々の緑がついに切れ、晴れ晴れとした青空が頭上に広がる。昨日の雨が嘘のような、雲一つ無い晴天だった。足元のアスファルトは、ところどころ濡れて色が濃くなっている。
アスファルトに出来た水溜りが陽の光を跳ね返してキラキラ煌く。市街地ならではの雨上がりの光景だった。それはそれで、風情があるのかもしれない。虹が出ていれば完璧だったのだが。
 だが、少女――柏木楓にそれらを顧みる余裕は無かった。少しでも気を抜けば、後ろから追って来る鬼たちにあっという間に捕まってしまう。それだけは避けなければいけなかった。
 靴底に付いた泥が、アスファルトに擦れてキュッという嫌な音を立てる。それを聞き流しながら、楓はどう逃げるかを頭の中でシミュレートしていた。
 ――まず、大通りは絶対に避けなければいけない。左右に広い道は無駄にスペースを作るだけでなく、遮蔽物が無いため、
上空から追って来る二人の鬼――神奈とウルトリィに捕まる危険性が増大する。適度に狭く、かつ遮蔽物の多い場所が一番いい。森に戻ることが出来ればいいのだが、それを許してくれるほど後ろの鬼は甘くは無いだろう。
この市街地にそんな都合のいい場所があるだろうか。
 と、そこまで考えた時だった。楓の目にある物が止まった。
 それは、商店街の入り口のアーチ。
(あそこなら……)
 商店街ならいろいろな店がある。大体にして商店街と言うのは脇道が幾つかあるものだから、森ほどではないにしても複雑だ。それに上手い具合に屋根がついている。上空の鬼の飛行制限になるのではないか、と考える。
 楓はそう結論付けると、商店街に進路を変えた。

228背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:45
 商店街のアーチをくぐる。まだ真新しい商店街の屋根が光を遮り、心持暗くなったような気がする。
 ウルトリィは、楓を上空から追いかけつつも、内心歯噛みしていた。
「くっ……彼奴め、こんな所に入るとは……飛ぶには狭いぞ……」
 神奈が一人ごちる。ウルトリィはそれを聞きつけて、心の中で同意する。
(確かに狭い……このままではまずい)
 商店街の屋根は、せいぜい三階建ての建物程度の高さしかない。しかも道幅がそれほどある訳でもなく、神奈とウルトリィが並んで翼を広げたら、それで一杯になってしまう程度だった。
お互いの翼が邪魔になって、心理的にも物理的にも飛び辛い。プレッシャーがかかる。
 ウルトリィの仲間は、今楓を追いかけている先行組の中にはいない(アルルゥとユズハは微妙な所だが)。往人も、大志も、瑞希も、かなり後ろの方に引き離されている。
一人先行して逃げ手を捕まえる。その大任を任されているのに、このままでは何の役にも立たないまま終わってしまう。それでは三人に申し訳が立たない。
(こうなれば……もう低空飛行で追うしかない……)
 大空から急襲して捕まえる、それが無理なら、先行組の中に入って共に追うしかない。ウルトリィはそう決心すると、楓たちを見下ろして高度を下げようとした、その時だった。
 楓が、急にくるりと身を捻って一回転したのだった。まるで何かをかわすかのように、軸足を中心にくるりと回って、再び逃げ始めた。その直後、追いかけていた先行組の先頭にいた葉子が何かにぶつかったかのように弾かれた。
「きゃあ!?」
「葉子殿!?」
 それに気がついた神奈が声をあげる。さらにすぐ横を走っていた光岡悟も何かにぶつかったようだった。少しよろめくが、再び走り出す。葉子もすぐに体勢を立て直して元の速度に戻る。そしてアルルゥとユズハを乗せたムックルから、どん、という鈍い音が聞こえた。
が、それが何かを考える暇も無く楓は逃げ続け、先行組は追い続ける。ウルトリィはそれを無視することにして、再び高度を下げて楓を追い始めた。

229背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:46
 楓は商店街に入って、すぐに嫌な予感に襲われた。
 楓の勘は鋭い。よく「楓の勘は当たるからなあ」とよく言われる。その勘が何かをとらえた。
 気配がした。とても薄い微弱な気配だったが、それは間違いなく楓を狙っていた。気配が襲ってくる。伸ばされた手が見えたような気がした。
(くっ……!)
 身体を無理矢理捻ってかわす。勢いを殺さないようにそのまま軸足を使って回転する。上手くやり過ごせたようで、そのまま逃走を再開する。
 後ろから鈍い音が聞こえたような気がしたが、気にせず逃げる事に集中した。

 鹿沼葉子は楓のその動きをしっかり捉えていた。
(どうしたのかは知りませんが、チャンスです!)
 逃走の途中で回転運動などという無駄な動き。一瞬楓の速度が落ちる。その一瞬を逃さないように葉子は速度を上げる。間を詰めようとしたその瞬間。
 何かに思い切りぶつかった。
「きゃあ!?」
「葉子殿!?」
 神奈の声が聞こえる。体勢が崩れる。思わず転びそうになるがなんとかこらえる。
「!?」
 隣を走っていた光岡が顔を顰める。が、何事も無かったように走り続け、葉子の前に出る。
(しまった!)
 急いで体勢を立て直し、光岡の横に再び並んだ。
 光岡の向こうを走っていた虎から、どん、という音が聞こえたような気がしたが、気にせず追跡を再開した。

230背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:46
「ぜぇ、ぜぇ……あいつら滅茶苦茶だな……」
「き、きついわ……」
「むぅ……同志ウルトリィは大丈夫か……?」
 国崎往人、高瀬瑞希、九品仏大志が商店街に到着する。もはや足がふらついて走るのもままならない状態だが、このまま休んで見失ってしまってはいけない。ゆっくりとウルトリィ達を追いかける。
「……?」
 瑞希が何かに気付いて横を向く。
「どうした高瀬……ぜぇぜぇ」
「……ううん、何でもない……」
「そうか……なら追うぞ……」
「……人が、壁に埋まってたような……」
 ぽつりと瑞希が呟く。
「……むぅ、そんな演出まで用意してあるのか……?」
「んなアホな……」
 大志のボケに往人が辛そうに突っ込む。
「どうでもいいからさっさと追うぞ……ぜぇ、ぜぇ……」
「……そう、ね……」
「……そう、だな……」

231背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:47
「どうすればいいんだ……」
 幽霊のように小さな声が商店街に消えていく。
 その発生源は、楓達が通った後の店の壁から。
 その声の主は。
 一昔前のギャグ漫画のように、壁に張り付いて埋まっていた。
「どうすればいいんだ……」
 ビル・オークランドは壁に埋まったままポツリと呟いた。
 商店街で相変わらず背景していたビルは、遠目に逃げてくる楓を発見した。あの勢いでいきなり飛びつかれては気付かないだろうと踏んで、目の前を行くタイミングを見計らって手を伸ばして駆け寄った。
 だが、楓はひらりと身をかわし。
 その一瞬後、後ろから追ってきた鬼の集団にぶつかった。
 というか、轢かれた。
 常人ではありえないその速度にビルは弾き飛ばされ、最後にぶつかった虎に吹っ飛ばされて、壁に埋まってしまったという顛末だ。
 そして。
「ま、待ってくれぇ〜……」
 後ろから情けない声が聞こえてくる。
 へろへろのA棟巡回員の声。ゆっくり、ゆっくりと通り過ぎていく。ビルに全く気がつかない。そして行ってしまった。

 ぱぱぱら、ぱっぱっぱー♪

 どこかで聞いたことのあるファンファーレと共に、

 びるは、レベルがあがった! はいけい「かべにうまっているひと」になった!

 背景としてのレベルが一個上がったとさ。

「どうすればいいんだ……」

232背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:47
【楓 逃げ続ける 舞台は商店街】
【葉子 光岡 アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける 先行組】
【神奈 ウルトリィ 低空飛行で楓を追うことにする】
【往人 大志 瑞希 かなり疲れている なんとかついていく】
【A棟巡回員 へろへろ なんとかついていく】
【ビル 背景としてレベルアップ 「壁に埋まっている人」】
【登場逃げ手:柏木楓】
【登場鬼:【鹿沼葉子】【光岡悟】【アルルゥ】【ユズハ】【ウルトリィ】【神奈備命】【国崎往人】【九品仏大志】【高瀬瑞希】【A棟巡回員】【ビル・オークランド】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】

233その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:48
 咽喉が渇く。焼けるよう。
 呼吸が荒い。酸素が足りない。
 足が震える。痙攣しかけている。
 
 数時間のチェイスを経て、リサ・ヴィクセンの体力は限界に達しようとしていた。

 無論、蝉丸とのチェイスが始まってから、ずっと走りっぱなしだったわけではない。
 短時間ならば、蝉丸の隙をつき、その目を逃れて物陰に隠れて休む機会もあった。
 だが、その度に蝉丸は辛抱強く探索を続け、必ずリサを見つけ出した。

 ―――先ほどもそうだ。
 リサは歯噛みしながら思い出した。
 唐突に現れたMADDOG、醍醐の存在はリサにとってはむしろ幸運だった。
 蝉丸と醍醐、二人の鬼は互いに妨害をし、足を引っ張り合って、
その隙をついてリサは集落に逃げ込むことができたのだから。
 だが、それも時間稼ぎにすぎなかった。蝉丸と醍醐はやはり慎重に、集落の家を一件、一件調べ、
結局そのプレッシャーに耐え切れず、リサは隠れ家から飛び出してしまった。

 そして、依然チェイスは続いている。
 強化兵の蝉丸と、途中参加の醍醐はまだまだ体力に余裕があるようだ。

「ここまで来て獲物を横取りされるわけにはいかん!」
「女狐程度に勝負を長引かせているのが、無能の証拠よ!!」

 互いにそう罵声を浴びせ、互いに邪魔しあいながら、リサを追跡する余裕があるのだから。
 だが、それでも自分を再度見失うほどに、足を引っ張りあうということはもう無いだろう、とリサは思った。
二度も同じ失敗を犯すような男達ではない。

234その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:48
(なんだ……それじゃ、もう私が捕まるのは決定?)
 互いに邪魔しあうことで、勝負が長引くだろう。だが、見失うということが無い以上、
遠からず自分は必ずつかまってしまうわけだ。

(それじゃ、こうやって走るのも無駄な努力ね……)
 ―――そんなふうに考えてしまうほどに、リサは疲れ果てていた。


(心が折れているようだな)
 醍醐の足払いをかわしながら、蝉丸は目の前を走る女性を観察した。
 後ろにいるのだから、その表情までは分からない。
 しかし、それでも分かることはある。
あの走りからは、絶対に逃げ切ってやるという意志や覇気が欠けている。

(そうなると、やはり一番の厄介はこいつか)
 蝉丸はチラリと横目で先ほど現れたライバルをにらんだ。
 蝉丸とて、ある程度は疲れている。対してこの乱入者はまだまだ体力も十分。
太った体躯に似合わずその動きも俊敏で、追跡に関する知識も豊富なようだ。
油断ならぬ相手である。

 だが、冗談ではない、と蝉丸は思う。
ここまで追跡に努力してきたところで獲物を掻っ攫われぬかもしれぬと思うと、
おおむね淡白な彼でさえ腹が立つ。

「ここまで来て獲物を横取りされるわけにはいかん!」
 その苛立ちからか、蝉丸にしては珍しく声を荒げる。
「女狐程度に勝負を長引かせているのが、無能の証拠よ!!」
 醍醐はそれに、ニヤリと笑って言葉を返す。

(ち……そうかもしれんな)
 慎重すぎたかもしれん。蝉丸はそう思った。御堂のような強引さが自分にあれば、勝負は既に決まっていたかもしれない……

235その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
(ならば、勝負を決めるか!) 
 スっと目を細める蝉丸。

 だが、まるでその気を外す様にして、甲高く幼い少女の叫び声が、蝉丸の耳に突き刺さった。


 昼下がり、駅舎は大人数でひしめいていた。
七瀬、佐祐理、清(略、垣本、矢島、べナウィ、美汐、琴音、葵、瑠璃子、そして真琴のしめて11人。
駅舎の外にいるシシェを入れれば、11人と1匹か。

 茜と澪は、シャワーと着替え、それから食事を終えた後、既に暇を告げて立ち去っていた。
なんでも詩子という仲間を探したいらしい。
 同行しようか迷うべナウィに二人はどこか謎めいた笑いを見せると、
『いえ、シシェさんもお疲れでしょうし、休ませた方がよいでしょう』
『うんうん、シシェさんに蹴られたくないの』
 と告げて(書いて)、今までお世話になりました、と頭を下げていた。
 べナウィは困惑していたが、何か思い当たることがあったのか微妙に赤らんで、
『分かりました。あなた方にもよい縁を』
と答えていた。

 そのべナウィはというと、今は湯飲みを片手に、美汐と和やかに談笑している。
「粗茶ですいません……」
「いえ、おいしいですよ。すばらしいお手並みです」
 そんな会話が聞こえてきて、
(お茶なんてさっきから何杯も飲んでいるじゃないよぅ)
 と、真琴はなかば呆れ、なかばすねた感じでつぶやいた。

 どうも、この二人。何があったか知らないがなかなか他の人が入りにくい雰囲気を作っている。
 武術の事でべナウィと話したいことがあるのか、葵がなんとかその空気に入ろうと頑張っていたが、
基本的に遠慮がちな彼女の事、結局失敗して横目でチラチラ二人の事を見ながらお茶を飲み、
琴音がポンポンとなぐさめるようにその肩を叩いていた。

236その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
 真琴はため息をついて、駅舎のほかの人達を見回した。
 他の連中もおおむねマッタリモードだ。清(略などは、
「ええい! まだ戦いは終わってはおらぬぞ! 出番を! もっと活躍を!!」
 などと叫んでいるが、
「いや……いい加減俺は限界なんだが……いてて! 姉さんもっと優しく!
つーか、なんで俺の手当てを姉さんがやってるんですかい?」
 と、矢島が答え、彼の手当てをしている七瀬は憮然とした表情で、
「何言ってるのよ! あんたが頼んだんじゃない!」
 と文句をいう。
「あー……そうでしたっけぇ?」
 とぼける矢島に、どこか優しく佐祐理が微笑んだ。
「あはは〜 矢島さん、昨日、七瀬さんが垣本さんをお手当てしていたのが、うらやましそうでしたね〜」
「え……そうなの? 矢島」
「は!! んなわけねー!! ただ、佐祐理さんの手を煩わせるのも悪いかな、と思っただけっすよ!」
「はいはい。私の手を煩わせるのはOKなわけね。ほら、その汚い顔、そっちに向けて!」
 そう言って消毒を続ける七瀬の手つきは、口とは裏腹にどこか優しかった。

 ……ちなみに、垣本はというと部屋の隅でしゃがんだままエヘラエヘラと笑っていた。
「佐祐理さんの胸が……俺の顔に……」
 たまにそう呟く垣本はおおむね幸せそうに見えたので、みんなそのまま放置していた。

(あうーっ……あそこもなんか春みたい……)
 春が来てずっと春だとやっぱり困るんだなぁ、と真琴はぼんやり思った。
 かくいう真琴も、今から出て行って逃げ手を捕まえるほど気力があるかというと微妙である。
 まあ、なんだかんだいって一人は自力で捕まえたのだ。それなりに満足もしている。
 ただ、このままのんびりまったりお茶するのには、彼女はちょっと元気すぎた。

237その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
(散歩でも行こうかな。美汐なんかほっといて)
 そう思い、窓から空をぼーっと眺めている瑠璃子を誘おうと、声をかけようとして、
それよりちょっと早く佐祐理が声をかけた。

「あ、瑠璃子さん。ひょっとしたらって思ってたんですけど、お兄さんいらっしゃいませんか?」
「うん……いるけど……佐祐理ちゃん、お兄ちゃんに会ったの?」
「やっぱりそうだったんですね〜 はい、昨夜お会いしました」
 その言葉に、顔をゆがめて瑠璃子が尋ねた。
「佐祐理ちゃん、お兄ちゃんにひどいことされなかった……?」
 佐祐理は笑って手を振った。
「あはは〜 そんなことないですよ。よくしてもらいました。実はですね―――」
 真琴は瑠璃子を誘うことを諦めて、昨夜の事を話す佐祐理の声を聞き流しながら、駅舎から外に出た。


「ん〜……! いい天気〜!」
 青空の下、歩きながら伸びをする。
 天候は良好。気温も温暖。お昼寝には持って来いの環境だ。
 やっぱり雪が降る季節より、こういう方が好きだと思う。

「今も逃げてる人っているのかなぁ?」
 こういうマッタリとした天気の下で、今も必死に逃げてる人たちがいるのだろうか?
 ゲームがまだ終わっていないのだからいるはずなのだが、どうもそれが遠い世界の話に思えてしまう。

 真琴は今まで会って、別れてきた逃げ手の人達のことを思い出した。

238その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
 ひかりさん。秋子さんに似たあのおっとりした大人の人は、今も逃げ続けているのだろうか?
おっとしとした外見とは裏腹に、なんとなくしぶとそうなイメージはある。

 教会で別れてしまった人たちはどうだろう。琴音が元々いたチームである、詠美に由宇にサクヤ。
彼女達が凸凹コンビをひきつけてくれたからこそ、真琴達は無事に教会から逃げ出すことが出来たのだ。
あの後捕まってしまったのだろうか。それとも、まだ鬼にならずに粘っているかもしれない。

 それからリサ。自分達が助けてあげた人。出会って別れたのはすぐだったけど、
真琴から見てもすごく格好いい人で、印象に残った。 
あの人の事を思い出すと、なぜか狐の事を連想してしまう。真琴とは違う、もっと鋭くてしなやかなイメージの……

「って……あれって、リサ!?」
 真琴は驚きの声を上げた。
 見上げた山の、木々の合間に見える道を駆ける三人の姿。
 そのうちの一人、逃げている女性の姿は、間違いなく昨日あったリサのものだ。
遠目からだが、分かる。襷はかけていない。まだ逃げ手なのだ。

「あ、あ、あう……!」
 ここからは大分遠い。いっしょになって追いかけるなんてできそうもない。
 というか、真琴がまごつくうちにも、彼らの姿は山林の中へ消えていきそうだ。
 
 だから、ほとんど何も考えずに、真琴は叫んだ。
彼女の小さな体に許されるだけの、力いっぱい大きな声で。

「リサーーーー!! ガンバレーーーー!! そんなやつらに負けちゃダメだよーーーーっ!!」

 だが、その声になんの反応をすることなく、リサの姿は視界から消えた。

239その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
「あうー……聞こえなかったみたい……」
 がっかりする真琴。だが、背後からの声がそれを否定した。
「そんなことないよ。きっと届いたよ」
「あれ? 瑠璃子?」
 ふりむくと、そこには瑠璃子の姿があった。佐祐理の話のせいだろうか。
その顔に浮かぶ微笑には影がなく、本当に嬉しそうだ。

「真琴ちゃんの思い、きっと届いたよ」
 青空の下、腕を広げて風を受け、華やいだ声で瑠璃子は言う。
「こんないい天気だから、どんな思いだってきっと届くよ。
―――今、私にも一つの思いが届いたから」
「……うん! そうだよね! きっと届いたよね!」
 真琴も笑うと、リサの消えた方へ思いっきり手を振った。 
  
 
 突如聞こえてきた少女の叫び声に気合をそがれ、蝉丸は舌打ちをしながら、
走りながら声のした方をチラリと見た。
 目に入ったのは、大分遠いところに見える駅のような施設。
それから、こちらに向かって叫ぶ小柄な少女の声だ。
 鬼のようだが、こちらにわってはいるつもりはないらしい。
というより、今にも木に邪魔されて視界から消えそうだった。

240その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
「……!?」
 視線をリサの方へ戻して、蝉丸は軽く驚く。
 思った以上に距離が離されていたのだ。そしてなにより―――
(走りから諦めが消えただと……?)
 蝉丸は口の中で再度、舌打ちをした。

 
 ほんのわずかだけど、それでも確かに戻ってきた力に押されて、リサは走る。
 姿を見ることは出来なかった。合図を返すことも出来なかった。
それでも、あの声が誰のものかリサには分かった。

 子狐を思わせる、あの子だ。

 雨に凍え、震えたときに出会ったあの暖かさがよみがえる。
(フフ……私にもそういうの、あったわね)
 基本的に単独行動で、そのことに後悔はないけれど、ずっと一人だったリサにもそういう縁があったのだ。
 それはほんの束の間で、他愛も無いことかもしれないけれど―――

241その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:51
(OK……やってやるわ)

 策はもう思いつかない。そんな余裕は無い。
 汗と泥にまみれて、きっと顔はぐちゃぐちゃ。
 CoolもBeautyも今は返上だ。

 ただ、走る。ただ、足を動かす。
 数十分後か、数分後か、数秒後か。
 それは分からないけど、つかまってしまうその瞬間までは―――

(精一杯、走ってやるわ。覚悟してね。お二人さん!)
 その顔には、彼女らしい不敵な笑みが戻っていた。


【4日目午後  駅舎及び、山道】
【茜、澪は詩子を探して、駅舎から旅立つ】
【登場 リサ・ヴィクセン】
【登場鬼 【醍醐】【坂神蝉丸】【七瀬留美】【清水なつき】【倉田佐祐理】【垣本】【矢島】
【沢渡真琴】【月島瑠璃子】【松原葵】【姫川琴音】【天野美汐】【ベナウィ】【里村茜】【上月澪】『シシェ』】

242ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:51
「すばるさんは大丈夫でしょうか?」
 夕霧が心配そうに呟いた。
 すばるを探し始めてもう5時間はたっただろうか?
 その間に、まだ顔を出したばかりだった太陽は中天に差し掛かり、いまだ残っている水たまりをその光で照らしている。
 しかしいまだ探し人の姿は見つからなかった。
 その事が不安なのかこころもち夕霧の眼鏡も曇っている。
「まあ心配ないであろう。この島にはどうやらそれほど危険な生物は放たれてない様であるしな」
 すぐ右側で夕霧の心配を解きほぐす様にやさしく微笑みかけるのが危険な生物トップランカーの一匹、ダリエリ。
 その眼光のみで大熊を撃退することすら可能な夕霧LOVE♪ のお茶目な数百歳だ。
「しかし、これだけ探しても見かけるのが鬼ばかりということは、もう終わりは近いということでしょうね。どうしましょうか?」
 もう一人の連れである高子。
 参加人数と島の広さ、そしてすばると分かれた時間から考えて残り時間の間にすばるを見つけることは不可能に近いと思ったのだろう。
 そしてその判断は正しい。
「ふむ、そうだな」
 腕を組み、これからについて考える。
 このパーティーでは暗黙の内にダリエリがリーダーということになっていた。
 やはり唯一の男手であるし、何よりエルクゥの長としての経験も豊富だ。多少自分の趣味を優先しすぎるという難点はあるものの、まあこのメンバー中では一番の適役であろう。
「さて、どうするか……」

「あれ?」

 その時夕霧は、ダリエリの肩が小刻みに揺れていることに気がついた。
 よく見ると足を微妙にゆすっていて、どこが落ち着きがない。そわそわしている。
「何か気になる事でもあるんですか、ダリエリさん?」
「うん? あ、いや、なんでもない。これからのことを考えていただけだ」 
「あ、そうですか」
 納得の意を示す。

(……まあ、伝えてどうなるものでもないからな)

243ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
 実は、ダリエリには物凄く気になっていることがあった。
 というよりうずうずしてると言おうか。
 できるだけ表面には出さないようにしていたつもりだが、どうやら失敗したようだ。
(できれば、参加したかったが)
 先程から感じている、少し離れた場所の二つの巨大な力。
 そして始まった力同士の交錯。
 片方は紛れもなく……
(次郎衛門……いやいっちゃん、流石だな)
 最強のエルクゥであるはずの自分が怖気を覚えるほどの力。
 あらためて友の凄まじさを知る。
 しかも、どうやらもう一つ感じられる力は、それすら凌いでいるようだ。
 まさに極限の闘い。体に歓喜の震えが走る。
 かの二人はどれほどの闘いを行っているのであろうか? どれ程の力を見せてくれるのであろうか?
 バトルマニアの血が騒ぐ。
(しかし……)
 少し目線を横に向ける。
「どうかしましたか?」
 そこには今生の天使がいた。
 全てを捨てても守ると決めた、眼鏡の妖精。
(夕霧嬢のそばを離れるわけにはいかぬな)
 これが普通の状態であれば、少々夕霧に待っていてもらって自分も参戦したかも知れない。
 しかし不幸にもダリエリは普通の状態ではなかった。
 といっても体の調子が悪いとかいうわけではなく、もっと別のことだ。

 ……これだけ探しても見かけるのが鬼ばかりということは、もう終わりは近いということでしょうね……

 先程の高子の言葉が頭をめぐる。
 …そう、終わりは近い。
 ダリエリは鬼ごっこ参加前を思い返した。

244ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
  「ヨークよ。リズエルの奴がイベントを計画しているのは知っているか?」
  ――ああ、知っている。
  「ふむ、それならば言いたいこともわかるな」
  ――想像はつく。
  「なら、今すぐ我に体を与えろ」
  ――すまないが、不可能だ。
  「なに?」
  ――以前ならともかく今の弱った私にそこまでの力はない。
  「ふむ、確かにそうだろうが条件付ならばどうだ」
  ――条件?
  「例のイベントの間だけもてばよい。無論が全力が出せる肉体でだ」
  ――可能だ。ただし本当にそれだけになるぞ。
  「ならば頼む。我が宿敵が待っているのでな」


 あの時は次郎衛門と挨拶がてら遊ぶだけのつもりだった。
 しかし今はそれより重要なことがある。
 適うなら共に生きたい。しかしそれが適わぬ儚い夢であることも解っている。
 この鬼ごっこが終われば再びヨークに戻らなくてはならない。
「ダリエリさん。どうしたんですか? やっぱり何か……」
 ダリエリは心配そうにこちらを気遣う夕霧を見てかつてを思った。
 エディフェルは次郎衛門に出会い、同族を裏切った。その気持ちが今はよくわかる。
 あの頃夕霧に出会っていたならひょっとして裏切ったのは自分だったかもしれない。

245ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
「いやなんでもない、夕霧嬢。
 ……そうだな、このまま探していても埒があかないな。ひとまず屋台でも探しながら、開始地点に戻ってみるか。
 何か良い情報が得られるかもしれん」
「あ、それもそうですね。何か温かいものも食べたいし。
 高子さんは?」
「あ、私もそれで良いですよ」
「なら移動するか」

 祭りの終わりは近い。
 ならばその時までは、ずっと傍に……

【4日目昼】
【ダリエリ 鬼ごっこの間、夕霧と共にいることを決意】
【登場鬼 【ダリエリ】【夕霧】【高子】】

246名無しさんだよもん:2004/04/26(月) 21:43
<TR>
<TD width=36>759</TD>
<TD width=221><A href=SS/759.html>士族の愛憎劇</A></TD>
<TD>
神尾観鈴<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【しのまいか】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【ゲンジマル】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>760</TD>
<TD width=221><A href=SS/760.html>背景〜Background</A></TD>
<TD>
柏木楓<BR>
【鹿沼葉子】<BR>
【光岡悟】<BR>
【アルルゥ】<BR>
【ユズハ】<BR>
【ウルトリィ】<BR>
【神奈備命】<BR>
【国崎往人】<BR>
【九品仏大志】<BR>
【高瀬瑞希】<BR>
【A棟巡回員】<BR>
【ビル・オークランド】
『ムックル』<BR>
『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>761</TD>
<TD width=221><A href=SS/761.html>その思いが届けば</A></TD>
<TD>
リサ・ヴィクセン<BR>
【醍醐】<BR>
【坂神蝉丸】<BR>
【七瀬留美】<BR>
【清水なつき】<BR>
【倉田佐祐理】<BR>
【垣本】<BR>
【矢島】<BR>
【沢渡真琴】<BR>
【月島瑠璃子】<BR>
【松原葵】<BR>
【姫川琴音】<BR>
【天野美汐】<BR>
【ベナウィ】<BR>
【里村茜】<BR>
【上月澪】<BR>
『シシェ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>762</TD>
<TD width=221><A href=SS/762.html>ずっと傍に</A></TD>
<TD>
【ダリエリ】<BR>
【夕霧】<BR>
【高子】
</TD>
</TR>

247せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:21
 前を向き、彼は走る。ひたすらに、足を動かす。
 彼は必死だ。恐怖に駆り立てられて彼は走る。
 だが、悲しいかな。所詮、彼は凡人。
はるか前を行く人外の集団に追いつけるど道理など無い。

 ―――だからなのだろうか。彼が前から視線をそらし、地に顔を向けたのは。
 ―――だからなのだろうか。彼が誰も気付くことの出来なかった、地に埋められた男に気付くことが出来たのは。

「……な、なにをやってるんだ?」
 その異観に、彼は思わず足を止め、呟く。
 その呟きに、男は驚いたように目を見開き、それから微笑んだ。
「……ようやく、私を見てくれたんだな―――」

 柏木楓と彼女を追いかける集団は、三つへと分割されようとしていた。
 
先頭集団は、まず楓。
 それを追う、途中参加であり体力を残している光岡。
 それから、同じく途中参加であり体力に余裕を残しているアルルゥとユズハだ。
いや、正確にいうのなら、体力を残しているのは彼女達が乗るムックルであるが。

続く集団はまず葉子だ。意識せざる障害物の妨害によって勝負手をミスしたこと、
さらにユンナ戦での疲労が残っていることが災いして、先頭集団から少し遅れてしまっている。
 さらに続くのはウルトリィに神奈。商店街のアーケードの中ということで、二人ともかなり飛びにくそうであり、
やはり先頭集団から少し遅れてしまっていた。

248せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:21
 そして、最後の集団は往人、大志、瑞希の三人。
その先頭を走る往人は徐々に視界から消えていく前の集団をにらんで、歯噛みした。
(くそ……とてもじゃないが追いつけねぇ!)
 そもそも身体能力が違いすぎる。前を行く能力者たちは互いに妨害しあい走ることに専念出来ていないせいで、
常人である彼らもなんとかついていっているが、それにも限界がある。

「ねぇ……ごめん……私……もう、だめかも……」
「……やむをえんか」
 後ろから息を切らしながら瑞希がいった。
大志もまたよほど疲れているのか、いつもの無駄口を叩かずうめくように言葉を吐き出す。
 確かに彼らは疲れていた。昨日、友里との勝負が長引いて、結局一睡も出来なかったことが響いているのだ。

(だが、そいつはウルトリィだっておなじだろう……!)
 往人は、はるか前ではためく白い翼をにらむ。彼女だって疲れているはずなのだ。
だが、ウルトリィは目の前を行く能力者達に一歩もひかずに競り合っている。
(くそ……! 俺にはなにもできねぇのか!?)
 彼女のために何もしてやれない。追いつくことも、何か援護をすることも。
そのことが、往人を苛立たせる。
 おそらく、もう逃げ手も少ない。これが最後の勝負かも知れぬ。
なのに自分は指をくわえて勝負を見守るしかないのか?

「憤懣やるかたないといったところだな、同士?」
 走りながら、背後から大志が声をかけてきた。
 こいつは、いつも唐突に話をしてくるな―――そう思いながら、往人は大志をにらみつけた。
「だったらなんだ?」
「いやなに、思いは同じと思ってな。我輩もこのまま終わるのは気に食わん」
「……なんだと?」
「この状況で我輩達が決定的に状況を変えることはできまい。
だが、同士ウルトリィの援護ぐらいはできよう。同志往人よ、お前の力を使えばな」
「考えがあるっていうのか?」
「うむ。聞いてみるかね?」

249せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:22
 走りながら小声で告げられた大志の作戦は簡潔なものであり……
「……この距離じゃ難しいぞ」
 往人の能力を超えたものでもあった。
「だが、このままでは状況は同じだ。我輩としても、どうせならば一度は手を組んだウルトリィに勝利して欲しい」
 チラリと後ろを向き、もはや走ることすら困難な瑞希を見て、
「我輩たちも他に何も出来そうにないしな」
 そう付け加える。

 往人はもう一度、前をにらむ。遠い。しかも走りながらだ。大志の提案は己の能力を超えている。
だが―――もはや彼に出来ることは、その他に無いのだ。
(出来るはずだ……! やってやる!!)
 前に手をかざし、法力を使うべく集中力を高めながら、往人は叫んだ。

「ウルトリィ! 今から最後の援護をする!!」


 葉子、神奈、ウルトリィの第二集団も、互いへの妨害が激しくなってきた。
「神奈さん! 何とか前へ!!」
「わ、分かっている! しかし……!」
「いかせません!!」

 自分がウルトリィを押さえ、神奈を単独で先頭集団に追いつかせる。それが葉子の目論見だ。
 実際、それしか選択肢はない。
 よく状況が把握していないのだが、前を行くアルルゥ達は、ウルトリィに協力しているらしい。
 ならば、せめて神奈だけでも前に行かせないことには勝負にならないのだ。

250せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:23
 ウルトリィにも葉子の考えなど先刻承知なのだろう。だから、葉子からの不可視の力による妨害を法術でしのぎながら、自分もまた風の法術で神奈の飛行を邪魔する。

(思ったよりも粘りますね……!)
 葉子は歯噛みした。自分の作戦は成功しかけている。
疲れてきているのだろうか、相手の術の威力も下がってきているのだ。
もうすぐ神奈を前に出すことが出来るだろう。
 だが、ここで時間を浪費するわけには行かない。目標は彼女を脱落させることではなく、楓を捕まえることなのだ。
これ以上先頭集団から引き離されることは致命的になりかねない。

(たいしたものですね……賞賛します)
 葉子は思った。相手の疲労は顔色で分かる。
それでもウルトリィは一歩もひかず、神奈を前に出さず、ともすれば自分が前に出ようとする。
その、気力は確かに賞賛に値する。だが、これ以上勝負を長引かせるわけにはいかない。

(ですが、ここで決めます!!)
 スっと、目を細め葉子は集中力を高めた。この状況で許される限りの力を集め始める。
 だが―――
「ウルトリィ! 今から最後の援護をする!!」
 いざ、その力を使おうとした矢先、かなり後方からそんな叫び声が聞こえてきた。

「往人さん!」
 顔を輝かせるウルトリィ。
(援護ですか……!?)
 力をためているため、とっさに反応できない葉子。

251せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:23
 そして―――バンッと、葉子の腰の辺りで破裂音がして。
 スカートのホックがはじけ飛んで、ずり落ちて、

「え……?」
 ずり落ちたスカートが足にまとわりき、走っていた葉子は転倒した。

―――熊さんパンツをむき出しにして。


 大志が叫んだ。
「走っている時に、スカートが落ちれば転倒は必定! よくやったぞ同士!!」
 往人が叫んだ。
「一人は仕留めたぞ! 行け、ウルトリィ!!」

 釘バットが背後から大志を叩きつぶした。
 光の法術が往人を吹っ飛ばした。


「……?」
 先頭を走る楓は、眉をひそめた。
 背後から追ってくる気配が、かなりの数消えたのだ。
 
 振り返り、事態を確認する誘惑に駆られるが―――
(そんな余裕、ないよね)
 彼女は勝ちたかった。その思いは強く、だから彼女にはなんの油断も慢心も緩みも余裕もなく。
 
 故に楓は振り返ることなく、ただ走り続けた。


鬼ごっこ開催四日目。昼下がりを迎えた商店街には、
血まみれになった大志と黒焦げになった往人を取り囲む、四人の淑女の姿があった。

252せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:24
「あんたらは一体何を考えてるわけ……?」
 瑞希は顔をひきつらせながら、釘バットを突きつける。
「全くですね……ぜひお聞きしたいものです」
 ウルトリィもまた同じように顔をひきつらせながら、拳に力を込める。
「裏葉に教わったぞ。こういうのを女子の敵というのだな」
 神奈が怒りに満ちた目で二人をにらみ、
「こんな屈辱を味わったのは初めてです……」
 葉子の目はもはや怒りを通り越して、愉悦の表情すら浮かんでいた。

 ゴゴゴゴ……と効果音が聞こえてきそうな、重苦しい空気の中、往人は必死で声を出した。 
「いや、待てお前ら! 話せば分かる!! つーか……!」
 往人は商店街の向こう、楓達が消えた方を指差した。
「鬼ごっこはどうした鬼ごっこは! 俺が折角援護してやったっていうのに……」
「何が援護ですか、何が!! やっていいことと悪いことがあるでしょう!!」
 ウルトリィが往人の襟首を掴んで、ブンブンと振った。
「前から思ってたんです! あなたは女性にたいする礼儀とか気遣いとかがなさすぎるのです!
思えばあなたは最初から無礼者でした!
私の羽に泥をぶつけたり! ご不浄のことを言い出したり!
ああもう……!
友里さんから助けてもらったときは、少し感動したのに……!!
今もまた、援護だと聞いて期待してしまった私がものすごく馬鹿みたいじゃないですか!!」
 一気にまくしたてるウルトリィに、往人がぼそりと聞いた。
「……お前、感動なんかしてたのか?」
「そういうところを聞き返すあたりがダメなのです! あなたは!!」
「落ち着きなさい、ウルトリィさん」
 真っ赤になって怒鳴るウルトリィを葉子が穏やかな声で抑えた。

253せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:24
「フフフ……楽しくなってしまいますね。ここまで人を怒らせることができるとは」
 葉子は穏やかな笑みを口元に浮かべる。目は全く笑ってなかったが。
「一体何時間説教できるのか……記録を伸ばしてみるのもよいかもしれません」
「付き合うぞ、葉子殿。余の連れ合いを侮辱した罪は重い」
「よろしくお願いします、神奈さん。
そうですね……神奈さんにはいざという時私を止めてもらう役目もしてほしいです。
フフ、困ったものです。私も修行が足りませんね。自制をきかせられる自信がまるでありません……」
「心得たぞ、葉子殿。思えば葉子殿にはお世話になった。余としても葉子殿の役に立てそうで嬉しいぞ」
 力強くうなずく神奈に、瑞希もまたうなずいた。
「私も協力するわ、葉子さん。この馬鹿どもをコントロールできなかった私にも責任、あるもの。
 あ、良かったらこれ、使ってね」
 そういって、釘バットを差し出す。
「お二人ともありがとうございます。さて、あなた方、なにか言い残したことはありますか?」

 濃密になっていく殺気を前に、往人は大志に向かって叫ぶ。
「いや、だから待て! おい、大志! 言い出したのはお前だろ! なんか言えよ!!」
 往人から話を振られて、大志はフム、とうなずいた。
「強いて言うのならば……葉子とやら。その年で熊さんパンティは我輩としてもどうかと―――」
「余計なこと言ってんじゃねぇ!! おいこら、そこまて! 無言で釘バットを振りかざすな! 目が怖いぞマジで!!」
「釘バットに始まり釘バットに終わるか。フム、これもまた我輩らしい鬼ごっこであったな」
「綺麗にまとめてんじゃねぇよ! ああ、糞! 俺が一体何をしたって言うんだぁぁぁ!!」
「それが分からないのが、一番の問題なんです!!」
 ウルトリィと葉子が同時に叫んだ。

 
 ―――一方その頃。

254せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:25
「そうか、あんたも苦労しているんだな」
「ああ。まさしくどうしたらいいんだ、といったところだ」
「でも、出番があるってのも考え物だぞ? 説教食らうわ、カタパルトにされるわ」
「そうか。どうしたらいいか分からないものだな」
「お前は、俺と違って名前も顔もあるんだぜ。きっとどうにかすれば、いいことがあると思うぞ?」
「どうしたらいいんだ?」
「さぁなぁ……」
 往人達からそう遠くないところで、A棟監視員とビルは親交を深めていた。

【楓 逃げ続ける 舞台は商店街】
【光岡、アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける】
【葉子、神奈、ウルトリィ、往人、大志、瑞希 追跡脱落】
【A棟巡回員、ビル 祝、脱背景 追跡脱落】
【登場 柏木楓】
【登場鬼 【鹿沼葉子】【光岡悟】【アルルゥ】【ユズハ】【ウルトリィ】【神奈備命】【国崎往人】【九品仏大志】【高瀬瑞希】【A棟巡回員】【ビル・オークランド】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】
【四日目午後】

255自分の力で:2004/05/05(水) 23:38
 鬼ごっこも四日目を迎え、日も頂点を過ぎて大分立つ頃。
残ったわずか5人の逃げ手の一人、みちるは手にしたレーダーを見てため息をついた。
「ふぅ……なんとかやりすごせたよ」
 レーダーの画面には、先ほどまで存在していた光点が消えていた。

 ふう、とみちるは再度ため息をついた。
 残った逃げ手は本当に少ないらしい。Dと別れてからそれほど時間もたっていないのに、
鬼の側をやり過ごしたのはこれで三回目である。
レーダーは強力な武器だが、それでも絶対ではない。有効範囲自体はそれほど広くはないのだ。
走力で勝る相手にレーダーの有効範囲外から視認されてしまえば、
自分にもはや成す術がないということはみちるにも分かっていたし、
だからみちるはレーダーだけに頼らず常に周囲に気を配り、
やむを得なく移動するときもまた、細心の注意を払って移動していた。
 そういう思慮深い行動の仕方は、ハクオロと共に行動することでいつの間にか身に付いたものであり、
その行動を支える忍耐力と精神力は、『自分の力で頑張る』という彼女なりの決意から来るものだ。
 その甲斐があってか、みちるは首尾よく鬼の魔の手をかわしていた。
 少なくとも今までは。

 だが―――思慮深さや決意だけでは抑えられないものもある。

「うに……お腹すいたよ……」
 お腹を押さえて、みつるはつぶやいた。
 思えば、今朝ホテルを出発するときに美凪達といっしょに朝食を食べて以来、みちるは何も食べていないのだ。
昨日の夜ハクオロが調達してきた食料も、その朝食時に使いきってしまった。
 平時であれば一食ぐらい抜かせなくもないが、ハクオロと別れて以来
ずっと気を張り詰めてきたために、空腹も疲労も耐えがたいものになっていた。

256自分の力で:2004/05/05(水) 23:38
 ―――と、不意にいい匂いが漂ってきた。
「……んに?」
 パッとみちるは顔を上げ、鼻をひくつかせる。
 日本人の食欲を刺激する、お味噌汁の匂いだ。それも極上の。

「だ、ダメだぞ……!」
フラフラっとそちらに足が向きそうになって、慌ててみちるは首を振った。
「鬼がごはんをたべてるかもしれないんだから……!」 
 だが、もう一つの可能性もみちるは思いついてしまった。
(ひょっとして、屋台があるのかも……!)
 もしそうならば食事ができる。ふところにはわずかだが、美凪から貰ったお小遣いがあるのだ。

―――しばらく迷った後、
「だ、大丈夫だぞ! レーダーもあるんだし!」
みちるは結局誘惑に負け、匂いのするほうへ歩き始めた。


 鬼となってしまった者達の中には、逃げ手を捕まえることに固執せずに、別の楽しみ方を見つけた者も結構いる。
皐月、サクヤ、夕奈の三人も、そんな者達だった。

超ダンジョンでサクヤが見つけた豊富な食材をもとにレストランを開く。
サクヤの提案ではじまった、そんなレストランは三日目終了時に既に5人の客を迎え、
そして、四日目では午後になってようやく二人の客を迎えていた。

「うまい……! これはうまいぞぉぉぉぉっ!!」
「みゅ〜♪」
 ペンションの庭先のテーブルで上機嫌な声を上げる高槻と繭に、フフンと皐月は鼻を鳴らした。
「ま、和食は専門外なんだけどね。口にあってもらってよかったわ」
 食卓に並んだメニューは豚汁に煮魚。魚の方はサクヤが午前中に川で用意したものだ。

257自分の力で:2004/05/05(水) 23:40
「うむ。うまい。うまいが、だがしかし! 俺には大きな不満があるぞぉぉぉっ!!」
「む……なによ?」
 口では専門外と言いながら、なんだかんだいって自信はあったのだろう。高槻の言に、皐月は少し眉をひそめた。
 だが、高槻は皐月に構わずにサクヤと夕菜を指差した。
「なんだその格好はぁぁぁ! ここはレストラン! ならば貴様らはそれにふさわしい服をきるべきだろうっ!!」

 サクヤと夕菜は顔を見合わせた。
「ほ、本当ですよ! どうしましょう……」
「うわぁ〜 盲点だったねぇ〜」
 サクヤは慌て、夕菜も顎に手をあて考え込む。 
その二人の様子に皐月は頭を抱えた。
「いや……あんたら、こんな戯言にマジで悩まなくていいから……」
「なんだとうっ! これは重要な問題だろうが! なあ繭!?」
「みゅ? うーん……」
繭は小首をかしげた後、ぺこりと頭を下げた。
「おじさんが変態でごめんなさい」
「ぐおぉぉぉっ……!!」
 繭の言葉にショックを受ける高槻。

 その高槻を尻目に、皐月は声を潜めて隣のサクヤと夕菜にささやきかけた。
「まあ意外といえば意外な組み合わせよね。最初は幼児誘拐なんじゃないかと思っちゃったけど」
「あはは……皐月さん、本気で殴りかかって管理側に突き出すことまで考えてましたもんね」
「こんな怪しさ大爆発な男と、幼女が連れ立ってきたんだもん。当然だと思う」
「そうですかぁ? そんなに悪い人には見えないですよ」
「うんうん、そうだよね〜」
 サクヤの言葉に、夕菜も同意する。
「あんたらに言わせたら、みんな悪人には見えないでしょうに……」
「でも。今だっていい感じですよ。ほら」

258自分の力で:2004/05/05(水) 23:40
 サクヤが指し示す方では、
「こらぁ、繭! 綺麗に食うのだぁぁっ! そんなに顔を汚して恥かしくないのかおまえはぁぁ!」
「うくー……おじさん、くすぐったい」
 そんなやりとりをしながら、高槻が繭の顔をぬぐっていた。

「ほら、やっぱりいい感じですよ……って、え!?」
 不意にサクヤが顔を上げた。庭の外を見つめるその目が、驚きに見開かれる。
「ど、どうしたのよ……?」
 怪訝な顔を見せ、そう問う皐月に、しかしサクヤは答えず庭から外に飛び出した。

「由宇さん!! 詠美さん!!」
 ―――そう、叫びながら。 


 由宇、詠美、カルラ、まいか、クロウ、郁美、そしてついでにデリホウライ。
新たな7人のお客様を向かえ、皐月達のレストランは大盛況だった。

「ふ、ふみゅ!? ちょ、ちょっとサクヤ離れてよ!!」
 サクヤに抱きつかれて、真っ赤になる詠美。
 詠美といっしょに抱きつかれている由宇は、ちょっとくすぐったそうな顔をしている。
「元気そうやな、サクヤ。よかったわ。あんな形で別れてちょっと気ぃ、咎めてたんや」
「はい! 由宇さん達も!! あ……でも、鬼になっちゃったんですんね……?」
 由宇たちの身にかかる襷を見てそういうサクヤに、
「いや、アンタはそれを確認せんで抱きついたんかい!!」
 由宇はどこからかハリセンを取り出して、パシンと突っ込んだ。それから、肩をすくめて呆れたような声を出す。

259自分の力で:2004/05/05(水) 23:41
「全く……あんなとんでもない爺さんの血ぃ引いて、よくこんなのほほんとした子が生まれるもんやわ」
「あ……! そうよ、サクヤ! 結局あんたのお爺ちゃんにつかまっちゃんだから!!」
「あ……お爺ちゃんが捕まえちゃったんですか……あはは……ごめんなさい……」
 申し訳なさそうな顔をするサクヤだが、
「あ、でも。お爺ちゃん、すごかったでしょう?」
 どことなくちょっと誇らしげそうで、
「全くやな。まあ、アンタが自慢するだけのことはあるわ」
 と、由宇もまた苦笑した。 


「御代はお客任せの料亭ですの? 随分面白いことをなさってましてね?」
「ん、まーね。言い出したのはサクヤだけど」
 カルラと名乗る虎耳の女性に、皐月はそう答えると、
あなた達も食べていく? と食事を誘い、カルラもまた、お願いしますわ、と答えた。
「でも、会う人みんな鬼ばっかりね。もう、逃げ手も少ないのかな? カルラさんは誰か逃げ手にあった?」
「昨夜鬼になってしまってから、とんと会いませんわね。
もっとも今日、私達が動き始めたのは昼近くなってからですけど。あの、不甲斐ない殿方達のせいで」
 クイっと、カルラが親指で指し示すその先には、二日酔いで椅子に倒れこむクロウとデリホウライの姿が。
「姉上……それはあんまりなおっしゃりようです……」
「てめぇのせいだろうが、てめぇの」
 テーブルの上に突っ伏したまま、二人はうめく。
「なにが私のせいですの? 全くだらしのないこと。あの程度の酒量でその様とは」
 どうやらあの夜襲の後、カルラに酒につき合わされたようだ。かなり容赦なく。

260自分の力で:2004/05/05(水) 23:41
「いえ……あの量はわたしも退いちゃったんですけど……」
 辛うじて飲まされることを免れた郁美が引きつった笑みを浮かべる。
「でも、カルラおねーちゃん。あんなにたくさんのおさけ、どこにもってるの?」
「フフ……さいか。大人の女には秘密が多いの」
 さいかの問いにカルラは嫣然と答えると、皐月の方をむいた。
「それでは、私達の御代はこの酒瓶に致しますわ。少し強いものですが、それなりによいものでしてよ?
あの二人には何か軽いものでも差し上げてくださいな」
「OK、分かったわ。そうね、御粥でも作ってあげようかな」
 皐月はうなずくと、室内のキッチンの方へ入っていった。


(んに……屋台じゃなかったよ……)

 物陰から皐月達の方をうかがうみちるは、がっくりと肩を落とした。
レーダーに12つの光点が光ったときには、みちるは大分期待していた。
鬼がこんなにも大人数集まるなんて、屋台ぐらいしかないとみちるは思ったからだ。

 実際、他になにがるというのか?
逃げ手を見つけたいのなら、こんなふうに固まっていたってどうしようもないはずじゃないのか。

 みちるは、漠然とそう考がえていたが、結局これははずれいていた。
 みちるは残ったわずか5人の逃げ手の一人。いわば、このゲームの渦中にいる存在。
故に、まさか半ば鬼ごっこをリタイヤして、別の楽しみをしている者がいることなど思いつきもしなかったのだ。

(と、とにかく、離れなくちゃ……)

 こんなおいしそうな匂いを間近に嗅がされて、そして美味しい、美味い、なんて言葉を聞かされて、
みちるの空腹は耐えがたくなってきている。

261自分の力で:2004/05/05(水) 23:43
(ダメダメ! 頑張るって、きめたんだぞ!!)
 誘惑に耐え、みちるは慎重に後退を始める。が―――

 キュウウウゥゥゥン

 そんな主人の思惑に逆らって、みちるのお腹が随分大きく、せつなく鳴った。

 庭にいるサクヤ達が、その音に反応して顔を上げ、
「にょ……にょわっ!!」
 自らの腹の音に硬直するみちると視線があう。

「こ……こ……」

 なんで、空腹を我慢できなかったのか。
 なんで、こんなところでおなかを鳴らしてしまったのか。
 折角、美凪とハクオロにわがままを聞いてもらって、Dからレーダーを貰ったのに……

「こんちくしょーーー!!」
 みちるはそう雄たけびをあげると、精一杯走り始めた。


「あ、姉上!! 獲物です……!!」
 突如現れた逃げ手に、いち早く反応したのはデリホウライであった。
 痛む頭を抑えて、前に飛び出そうとする。

 が、カルラがそれを腕で制し、呟いた。
「あれは……確かあるじ様と一緒にいた娘ですわね……」
「うん、おとといの夜、あったよね」
「未だ鬼なっていないとは、正直驚きましたわね。あるじ様とは別れてしまったようですが……」
「あ、姉上! 追いかけないのですか!!」
「あなたは二日酔いを楽しんでいる最中でしょう? 無理するものではなくてよ」
 デリホウライを軽くあしらうと、カルラは一瞬思案する。

262自分の力で:2004/05/05(水) 23:44
(捕まえるのはたやすいことなのだけれど……ここまで生き残った娘に対して、
それは少し無粋という気もしますわね……)

 だが、カルラが結論を出すよりも早く、高槻が立ち上がった。
「走れぇぇっ! 繭!! あの幼女を捕まえて来い!!」
「みゅっ!?」
 突然名を呼ばれ、驚く繭に、高槻は続ける。
「ただ座って飯が出てくると思ったら大間違いだぞぉぉぉ!! お前はそんなので、恥ずかしくないのかっ!
お前は役立たずかっ!! 少しは自分で稼ごうと思わんのかぁぁぁぁっ!!」
「う、うく〜 や、やくたたずなんかじゃないもぅん」
「ならば、繭! 自分の力であの幼女を捕まえて見せろ!! そうすればなぁぁぁっ!!」

 高槻は、そこで言葉を切り繭の肩に手を乗せた。
「お前が頑張って、一人で捕まえたことを知れば、七瀬や瑞佳とかいう女どもも喜ぶぞ」

 その言葉に、繭の顔が輝いた。
「おねえちゃんが……? う……うん!!」
 ガタっと席を鳴らし、繭は立ち上がる。
「行ってくるね! おじさん!」
「行って来い!! さぁ、走れぇぇっ!!」
「うん! みゅ〜♪」
 繭は一度だけ大きく手を振ると、みちるの後を追って、走り始めた。
 
(これは……少し意外でしたわね……) 
 その様子に、カルラは軽く驚いた。
正直、この高槻という男は、まあなんていうかもっとどうしようもない奴だと思っていたのだが。
(そうですわね。お手本とさせていただきますわ)
 カルラは、さいかの肩に手を置き、軽く前に押し出した。
「カルラおねえちゃん……?」
「さいか。あの獲物、あなたに譲ります。好きに料理してさしあげなさい」
「でも……お姉ちゃんはいっしょにおいかけないの?」
 戸惑うさいかに、カルラは首を振った。

263自分の力で:2004/05/05(水) 23:44
「あの獲物は譲るといったでしょう? 自分の力のみで頑張ってみなさいな。
さいか、あなたは今回の鬼ごっこを通じて様々な事を学び成長したはずです。
その力を思う存分、あの獲物にぶつけて御覧なさい。
 遠慮など無用。あの獲物もまた、あるじ様が手がけ、ここまで生き残った猛者なのだから。
あなたにとっては、これ以上にない好敵手のはずです」

「自分の力をぶつけてみる……?」
「そうです。さあ、行きなさいな。こうしている間にも、差はどんどん開いていてよ?」
「あ……うん、そうだね!! ようし! カルラお姉ちゃん! さいか頑張るからね!!」
 そう叫ぶと、さいかもまた繭に続いてみちるを追いかけ始めた。


 そんな二人を見つめる郁美の背中を、クロウはポン、と押した。
「クロウさん……?」
「行けよ。追いかけな」
「え……私が、ですか?」
「ああ。少し走るぐらいなら、できるんだろ?」
「あ、はい。一応手術はしましたから、ほんのちょっと走るぐらいなら……」
「なら、いきな。最後ぐらい、ウォプタルの足じゃねぇ、自分の足で勝負してみてもいいだろう?」

 ニヤリ、とクロウは笑った。
「あんたの兄貴にも言われて、今まで無理させないようにしてきたけどさ……
でもな、そんなふうに羨ましそうに見るぐらいだったら、無理しちまいな。
やっぱり、ちょっとは無理しなきゃ勝負事ってのはつまらねぇもんな。
安心しろ。本格的にヤバクなったら、俺が必ずかけつける。
だから、それまでは自分の力だけで無茶してみろよ」

264自分の力で:2004/05/05(水) 23:45
「はい……そうですね!!」
 郁美もまた、ペコリと頭を下げると、彼女に許されるだけの精一杯のスピードで、みちる達を追いかけはじめた。

 
「皐月ちゃんは、いいの?」
 夕菜の問いに、皐月は走っていく4人を見つめたあと、首を振った。
「いいです。私は追いかけません。
確かに逃げ手としても、鬼としても一度も活躍できなかったけど……でも、いいです。
私はシェフとして楽しむって、もう決めちゃったから」
 なんだかんだいって楽しいですしね、と皐月は付け足す。
「夕菜さんはいいんですか?」
「うん……あんな若い子には、お姉さんついていけないかな。それに、私も決めちゃったからね。
皐月ちゃんのレストランのウエイトレスとして楽しむって」
 にっこり笑う夕菜に、皐月もまた笑い返す。
「あははっ、そうですか。 サクヤもいいの?」
 サクヤもにっこり笑いかえした。
「あたしもウエイトレスさんです。 お客様をおもてなししないといけないですから。
あ……でも、由宇さん達は?」

 サクヤの問いに、詠美はギロリとサクヤの方をにらんだ。
「追いかけないわよ。そんな体力ないもん。わたし、あんたのせいで寝てないんだからぁっ!」
「あ、あたしのせいで、ですか?」
「ふーんだ。あんたが余計なこというからよ」
「よ、余計なこと……?」

265自分の力で:2004/05/05(水) 23:45
 戸惑うサクヤに、由宇が苦笑した。
「このアホな、アンタのためにかどうかは知らんけど、昨日一晩かけて自分の原稿手直ししとったねん。
『クイーンの本気みせてやるー』とかのたまいながらな。
 サクヤ、良かったらこのアホの本気、読んでやってや」


―――こうして、みちるを追うものは三人となった。
 繭、さいか、郁美。そしてみちる。
 保護者を離れ己の力で頑張ると決めた者達の、勝負が始まる。
【四日目午後 町外れのペンション】
【繭、さいか、郁美、みちるを追う。他の鬼達は追わない】
【登場 みちる】
【登場鬼 【クロウ】【立川郁美】【カルラ】【しのさいか】【大庭詠美】【猪名川由宇】【デリホウライ】
【湯浅皐月】【梶原夕菜】【サクヤ】【椎名繭】【高槻】】

266線が交わる時:2004/05/15(土) 04:55
 背後から伸ばされたタッチの手を、楓はほとんど直感で横に跳び、回避した。
 チ―――という、光岡の軽い舌打ちの音が風を切って聞こえてくる。

 それに構わず、楓は再度跳ぶ。その一瞬後、楓のいたところをムックルが通り過ぎていった。

「ん〜〜!」
 ムックルの上にのるアルルゥが残念そうな声を上げ、無理なタッチに挑み体勢を崩した光岡の方に向かって叫んだ。 
「悟! もっとがんばる!!」
「心得ている! ユズハさん! この光岡の活躍、見守りください!!」
「いえ……あの、見えないのですが……」
 激しい運動を繰り返すムックルに必死でつかまりながら、ボソっとユズハは呟いた。

 対する楓は、光岡達の声を聞き流しながら、少しでも距離を開けようと走る。
「はぁ―――はぁ―――はぁ」
 その息は荒い。普段無表情なその顔も、今は苦しげに歪んでいた。
(やっぱり、体力の差が出てるね……)
 苦々しくそう思う。
光岡達は途中参加。やはり余力という点では彼らに分がある。
 
「ぬぉぉぉっ! ユズハさんに見とれている内に距離が開いているだと!?」
「悟、ムックル、ふぁいと! 絶対逃がしちゃダメ!」 
「あの……アルちゃん……何か目的がすりかわっているのはユズハの気のせい……?」

 そんな漫才をかます余裕があるのだから。
 そんな漫才をかましながら、それでも楓が必死に開けた距離を詰めてくるのだから。

267線が交わる時:2004/05/15(土) 04:56
 だけど―――楓は負けたくなかった。
どうしても負けたくはなかった。
 今残っている5人の逃げ手の中で、最も優勝を意識している者はおそらく楓だろう。
 楓は優勝したかった。
 優勝して、耕一を手に入れたかった。

 ―――いや、本当は分かっているのだ。
こんな鬼ごっこに優勝したところで、耕一を手に入れることなんてできないってことぐらい。
初音と一方的にかわした賭けが、何の効力も持たないってことぐらい。

(でも……私が優勝したら、きっと耕一さん、褒めてくれる。よくやったって、笑って頭を撫でてくれる)
 走りながら、楓は想い人の顔を思い浮かべる。
(―――そうしたら、その時にはきっと私も自然に笑える)
 いつもは引っ込み思案で、耕一となかなか話す機会も持てなくて、自然に耕一と話せる千鶴達に嫉妬してしまう楓だけど。

(でも、私が優勝したら、きっと耕一さんは私に笑ってくれて、私も笑い返せるよね……)

 そう思ったから、楓は必死に走り続け、それにつられるようにして、

「速い……!! 流石にここまで残った逃げ手だな……!」
 楓を追う光岡の目は鋭さを増し、
「勝つ……この強敵を倒せたのならば、この俺もユズハさんや蝉丸にさんに胸を晴れる!! 必ず勝つ!!」
「ん〜〜!! 勝つのはアルルゥ達!」
 このチェイスの熱はさらに増し続けた。

268線が交わる時:2004/05/15(土) 04:57
「アルちゃん……ひょっとしてカミュち〜探すのは忘れちゃった……?
というか、みなさん、無理しないでくださ〜い!!」
 なんとかムックルから振り落とされないよう頑張るユズハの、その叫び声を無視して。


その同時刻。同じ街の外れにて。

「ハクオロさ〜ん! 待ってください、速いですよ〜!」
「ハハハ、だらしないぞエルルゥ。それでは私は捕まえられないぞ?」
「あ、言いましたね! ん、もう! 絶対捕まえちゃいますから!」
「ほう、なら私も頑張って逃げなくてはな!」
 
―――なんて、ハクオロとエルルゥの実にのどかな追いかけっこが続いていた。

(ハハ、こういうのもいいものだな)
 走りながら、ハクオロは思う。
 意識していたわけではないのだが、今思えばハクオロは、美凪達と行動している間ある程度彼女達に対して責任を感じてきた。
 無論、それが重荷だと思ったわけではない。だが、自分のことを一番に考えなかったのも事実だった。

 そして、今ハクオロは美凪達と別れ、陽光の下エルルゥと追いかけっこをしている。
なんのしがらみも危険も無い、ただの追いかけっこ。
槍衾の間を縫うわけでもなく、矢の雨の中を駆け抜けているわけでもない。
ただの、純粋な追いかけっこだ。

―――それが、こんなに愉快だなんて。

今残っている5人の逃げ手の中で、最も優勝にこだわっていない者はおそらくハクオロだろう。
彼が願う幸せは、今、この瞬間にあるのだから。

269線が交わる時:2004/05/15(土) 04:57
「ほら、エルルゥ。 こっちだ! おいていくぞ!」
「ふーんだ! もう、おいていかれませんからね、私!」

 じゃれあうように走るハクオロとエルルゥの姿はまるで父娘のようにも、恋人のようにも見えて、

「……やってらんないわよね」
 と、マナは憮然とした表情でつぶやいた。
 

 このチェイスの参加者はハクオロとエルルゥだけではない。マナと少年もまたハクオロを追っている。
っていうか、
「実は走ってるの、僕なんだけどね」
 エルルゥは足を怪我しているため、少年が彼女を背負って走ってたりする。
 
少年の呆れたような声も、もちろんエルルゥの耳には届かない。
彼女は目の前を行くハクオロしか見てないわけだから。
 そんなエルルゥを横目でにらみながら、少年に併走するマナは口元を引きつらせるよ。 
「なによその幸せそうな顔。ついさっきまでこの世の終わりみたいな顔してたくせに……」
「あはは……まあ、よかったじゃないか。結局仲直りできたいだし」
「ええ、そうね。実にあっさりと仲直りかましてくれたわね……
ほんと、気を使った私が馬鹿みたいじゃない……! なにがメランコリックよ! センチメンタルよ!!」

ちなみに、このチェイス。マナにとってもそれほど苦でない。
ぶっちゃけ、ハクオロも少年も全く本気で走ってないのだ。

270線が交わる時:2004/05/15(土) 04:58
 少年の背中で光り輝くエルルゥの横顔をみながら、マナはため息をついた。
「はぁ……ほんと馬鹿みたい。ハクオロさんを捕まえる気もなくなっちゃった」
「あれ? 鬼ごっこしたいんじゃなかったけ?」
「そんな気も無くなっちゃったわよ……だいたいとてもじゃないけど、割って入るような空気じゃないもん」
「そうか……」
 少年は、マナの方を向いて、ニッコリと笑って、
「マナは……優しいね」
 そんな言葉を、なんの照れもなく真顔で言う。

「な……何言ってんのよ、バカ!!」
 顔を真っ赤にして、マナは怒鳴り、走りながら器用に少年の脛にキック。
「あはは……痛いなぁ」
 少年もまた実に器用に、走りながらマナの脛蹴りを受け止める。

―――と、そこで
「ん……?」
 少年は、少しだけ鋭い目をして、行く先を見た。
「どうしたの……?」
「いや……これは……うん、間違いないかな」
 少年はマナの問いに、少しだけ口元をゆがめて笑った。
「とんだ偶然と言ってもいいと思う。
何人かの走る音が聞こえるね。多分、逃げてる人がいるんだと思う。
―――.このままいくと、多分街中で接触することになるよ」

 
「ん……おと〜さん?」
「アルちゃん?」
 ムックルの上で鼻を引くつかせるアルルゥに、ユズハが声をかけた。

271線が交わる時:2004/05/15(土) 04:59
「おとーさん匂いがする」
「え……?」
「おとーさん、近くにいる。―――このまま行けば会える!!」

 
ヒートアップとマッタリムード。全く対照的なチェイスが今、街中で交わる。

【楓 逃げ続ける 舞台は町外れ】
【光岡、アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける】
【ハクオロ マナ&少年withエルルゥとチェイス中】
【場所 町外れ】
【時間 四日目午後】
【登場 ハクオロ、柏木楓
【【エルルゥ】、【少年】、【観月マナ】、】【光岡悟】、【アルルゥ】、【ユズハ】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】

272線が交わる時:2004/05/15(土) 10:28
対照的て。対象的じゃん。

273線が交わる時:2004/05/15(土) 20:12
ちがうよ、対称的だよw

274名無しさんだよもん:2004/05/18(火) 16:04
じゃあ間を取って対症的ということで。

275DreamPower:2004/05/18(火) 21:55
 オーシーツクツク……オーシーツクツク……オーシーツクツク……

「……ツクツクボウシか」

 静寂を取り戻した森の奥。大きな岩に背を預け、虫の音に耳を傾けるDの姿が、そこにあった。
 
 ……原因不明の体調不良により、気付いたら瀕死状態。さらにそこで相手が子供とはいえ追撃戦をぶちかまし、少なからずの術を使ってさらに消耗してしまった彼。
 表示値では変数の都合で未だ1のままではあるが、実質的な体力はすでに真分数の域にまで達している。
 端的に言って、大神ウィツァルネミテアことD、ドぴんちである。
「……生きて帰れるのだろうか……」
 ボソリと、不吉なことも言ってしまう。だいぶ不安になってきた。
 すでに己が身体と付近一帯は深紅の血の海に沈み、深緑の森の中で異種独特の色彩を放っている。
 幸い大神は血の気も多いのか出血多量で死ぬこたなかったが、もはや動けるほどの体力は残っていない。
 暇で暇で仕方がない。岩切も先ほど出発したばかりだし、まさか半時で終わるほど楽な仕事でもないだろう。
「………………」
 話し相手も、やることもない。

 オーシーツクツク……オーシーツクツク……オーシーツクツク……

「………………」
 聞こえる音は、己の息づかい以外は虫の声のみ。……淋しい。そして、ちょっと怖い。
「よもや野犬の類は出ないと思うが……」
 今来られたらだいぶピンチである。正直言って負ける可能性も高い。
 いや、野犬ならずとも肉食系の動物全般が……蟲ですら集団で来られたら危険かもしれん。
「…………いやいやいや。考えすぎだ、我」
 頭の中に浮かんだB級スプラッタなシーンを慌てて打ち消す。
「……何とかならんものか……」
 見上げた空の青さがいやに目に痛かった。

276DreamPower 2:2004/05/18(火) 21:55
 キィン!
「づぁぁっ!?」
 初太刀。最初の交錯。それだけで戦いの趨勢はほぼ決した。
 ゲンジマルの一撃を受け止めた岩切が後ろにブッ飛び、木の幹に背を打ち付ける。
「がっ……ぐっ!!」
 胸が呼吸を許してくれないが、立ち止まるわけにはいかない。すぐさま剣の柄を握り直すと、構えをとる。
「フン、ハッ!」
 しかしゲンジマルはまったく速度を緩めることなく、一気に間合いを詰めるとそのまま岩切に二撃目を打ち込んできた。
「ち、ぃッ!」
 完全に受けに回り、真横に構えた刃で切り下ろしを流すと、体面も糞もないほど無様な姿の横っ飛びで距離をとる。
(早い、早すぎ……いッ!!)
 ハクオロが聞いたら別の意味で涙しそうな台詞を心の中で吐き捨てる、が、完全に戦闘モードに入った生ける伝説はそれすら許してくれず、追撃の手を緩めることはなかった。
 岩切は全力で後方へ下がりながら、ゲンジマルの連続攻撃を受け止めていくことしか、できない。

「……さすがゲンジマル殿」
 未だ岩切から受けた一撃のダメージが抜けきらないトウカ。木陰に座り込んだまま2人の戦いを眺め、そう呟いた。
「……あのおじーちゃん、すごいの? 岩切のおねーちゃん、勝てそう?」
 その胸に抱かれたまいかが、感嘆めいた声を漏らす。
「……あのお方は我らエヴェンクルガ族最強の戦士であり、希代の英雄、生ける伝説、ゲンジマル殿。
 確かにあの者も多少は剣の心得があるようだが……やはりゲンジマル殿相手では、勝ち目はないだろう。
 あそこまで明確な実力の差は、某との場合と違い、奇策の一つや二つで覆せるものでは……ない」
「……おねーちゃん……」
 心配げな幼女の眼差し。だが、それは何の効果も及ぼさない。

「おお……おあああっ!!!!」
 一方的に押されること10秒少々。突然岩切は腹の底から大きく吼えると大きく後ろに跳躍。空中で一回転する間に、自らの手首に刃を滑らせた。
「ムッ!?」
 その異様な行動にさすがに一瞬様子を窺うことを選んだゲンジマル。一方岩切は地に降り立つとすぐさま剣を構え直してゲンジマルへと躍りかかり、今回初めて攻勢に回った。

 キィン!

 しかし難なくその一撃は弾かれた。すかさずゲンジマルの切り返しが疾る。

277DreamPower 3:2004/05/18(火) 21:56

 ブバッ!

 瞬間、岩切がゲンジマルに向かって真っ赤な霧を吹き付けた。いや、これは……

「仙命樹入りの我が血だ! さぁゲンジマル、ほとばしる青春を蘇らせるがいい!」

 ちょっと、というかかなり卑怯な岩切の不意打ち。だが……
「この程度……ハ・アッ!!!」
 ゲンジマルは怯むことなく、刀身を視認できぬほどの速度で空中に回転させた。局所的に巻き起こるつむじ風が血煙を巻き込み、文字通り血の霧は霧散した。
 一瞬後、そこには何事もなかったかのように刀を構えるゲンジマルの姿があるだけであった。
「……回し受け……だと?」
「左様。矢でも鉄砲でも持って来られるがよろしい。何物も某の身を傷つけること、かなわぬ」
 ゲンジマルが虎を殺した経験があるのかは、定かでない。
「くっ……の……お……」
 打つ手全て無くした岩切。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!」
 とうとう彼女すらも冷静さを失い、恐慌に近いものを起こすと大きく咆吼。大上段からゲンジマルに斬りかかった。
「……終わったか」
 トウカが呟く。同時に……

 キィィィィィィィ………………………ン

 非常に澄んだ高い音とともに、Dの剣が岩切の手を離れ、遙か天空に高々と跳ね上がった。
 くるくると回転する刀身が、繰り返し日差しを照り返す。
「…………ッッ!」
 剣を振り抜いた体勢のまま固まる岩切。そして……
「峰打御免!!!!」

 ドスッ!

 鈍い音とともに、刀の峰が、岩切の脇腹を打ち据えた。

278DreamPower 4:2004/05/18(火) 21:56
「ふぁ……」
 とうとう生あくびが出てきた。目尻に涙がたまり、ちょっと眠い。
「そういえば今日は動きっぱなしであったな……」
 朝起きて、歩いて、湖行って、岩切釣って。
 屋台で昼飯食ったが、そのときはとても安らかな精神状態ではなかった。
 そしてその後はランカーズ追激戦。超がつくほど全力疾走。
 目が覚めたら瀕死だし。
 冷静に考えてみれば、今までで一番ドタバタした日かもしれなかった。
「……暇だな」
 いい加減に誰か通りかかったりしないものか……などと思いを馳せた、その時。

「D〜、Where are you〜?」

「!?」
 ガバッ! と起き上がり、辺りを見回す。……すぐに倒れた。
 だが半分頭が土にめり込んでいても、その目は見開いている。
「今のはッ……! 間違いない!」
 腕に力を込め、再度頭を上げる。
「レミィかッ!?」

「D!?」
 レミィもまた、その声を聞いた。
 岩切に指し示された方向に走ること数分。彼女もまた捜し人の名を呼びながら森の中をさ迷っていたところだった。
「Where that!?」
「こっちだ!」
 聞こえた声。その声の方向に向かい、藪を掻き分けつつ全力でひた走る。
「くっ……やっと、助かるか……」
 一方Dも最後の力を振り絞り、四つんばいになりながらもレミィの方向に向かって這っていく。
「D!」
「レミィ!」
 最後に大きく跳躍、Dのいる広場へと飛び込むレミィ。かくして、夫婦(?)感動の再開が……

279DreamPower 5:2004/05/18(火) 21:56


 がすっ。


 膝だ。
 英語で言えばニーだ。
 ニーと言えばジャンピングニーだ。
 ジャンピングニーと言えばジョー・東だ。
 ジョー・東と言えばアンディだ。
 アンディと言えば残影拳だ。
 残影拳と言えば強すぎだ。
 思い起こせば10年前、当時アンディ使い(というか残影拳使い)が溢れる中、私は池袋のゲーセンで根性でジョーを使い続けてていつもボコボコに……


「Jesus Christ!!? D! D!?」 
 結果的に、偶然というか必然というか、頭の位置と膝の位置がジャストして己のジャンピングニーを綺麗にカウンターでDの眉間に決めてしまったレミィ。
 世界が一瞬スローモーションになったかと思うと、ゆっくりとDの体が反転し、大地に倒れた。
 ……急所に強烈すぎる一撃を受け、もはやピクリとも動かない。
「D! D!? Wake up! Please wake up!?」
 慌てて抱き上げ、呼びかけてみる。
「…………」
 反応なし。意識混濁。救助優先レベル3.
 ……少しやばいかもしれない。
「Oh my goddd!!」
 さすがのレミィもちょっとビビる。
 が、慌てている場合ではない。とりあえず己を落ち着かせなければ。
「OK, Cool....Cool....Cool down, Helen....ここは落ち着いて……」
 ゆっくりと記憶を掘り起こし、昔受けたガール・スカウトの救急講習内容を思い出す。
 その手順は……

280DreamPower 6:2004/05/18(火) 21:57
「At 1st!」
 ビシッ! と倒れてるDを指さす。
「Finding patient! D見っけ!」

「And 2nd!」
 肩を揺すり、耳元でもう一度呼びかけてみる。
「Checking consciousness! …Hey, D! Are you Okay? .....Nothing!」

「Next, 3rd!」
 ガッ! と首を押さえ、顎を上げる(この時鼻を閉じとくのがポイントです)
「Open the airways! ....OK! All right!!」

 そして……

「Finally! .......Respiration!!!」

 ……しばしの沈黙。

(ぱぱらぱっぱらっぱー♪)

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃Dの(男としての)レベルがあがった!
┃あいが4あがった! 
┃じしんが3あがった!
┃やるきが3あがった!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃せいじゅんどが50さがった!
┃じゅんけつをうしなった!
┃たいりょくがかいふくした!
┃一つ上野男になった……
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

281DreamPower 7:2004/05/18(火) 21:57

 場違いな明るいSEの後、再び静寂が森を包む。


「………………フゥ。さて、Next....」
 数度、コトを終えたレミィ。続いて鳩尾から指三本分のところを押そうとしたのだが……その手は、止められた。
「…………レミィ」
 Dの手で。
「D? 目が覚め……Wow!?」
 と、そのまま口元の血を拭いつつ立ち上がってレミィを抱きかかえると、
「行くぞ」
 と一言だけ呟き、疾風と化して森から消え去った。


「ぐ……は……っ……」
 場面は戻ってゲンジマルVS岩切の一騎打ち。勝負はついた。
 ゲンジマルの刀の峰が岩切の脇腹に食い込み、その場にガクリと膝をつく。
「おねーーーーちゃんっ!!」
「あっ……!」
 トウカの腕を抜け、まいかが飛び出した。岩切に駆け寄り、必死に呼びかける。
「しっかりしてよぅ!」
「……すまん幼女……どうやら約束は果たせそうに……ない……」
「くうっ……!」
 まいかはギリリと奥歯をかみ締めると、倒れる岩切の前に立ち、遥か頭上にあるゲンジマルの顔を睨みつけた。
「おじーちゃん! つぎはまいかとしょうぶ!」
「……………」
「………は?」
 さすがのゲンジマルもやや、いや、かなり呆れ顔。
 だが無理無茶無謀無鉄砲な幼女はビシッ! とクンフー映画のようなポーズをとると、両手を高く掲げた。

282DreamPower 8:2004/05/18(火) 21:57
「ひっさつひっちゅう! みずのじゅっほぅ!!!」
 パリパリパリ……と小さな紫電が走った。
 パワーアップした術法はゲンジマルに直撃し、
「っとと、これは効きますな」
 彼の肩こりを癒した。
「ふむ、感謝しますぞ。肩が軽くなりました」
「…………ならこれは……どうだっ!!」
 その場に飛び上がって……
「ようじょりゅうせいきーーーーーーっく!!!!!」
 某仮面乗り手の必殺キックのごとく、物理的に不可解な軌跡を描いてゲンジマルに向かう、が……
「とっとと、これはまた元気な童女ですな」
 まったく苦もなく、ゲンジマルに抱きとめられる。
「うきー! はーなーせー!」
「う〜む……」
 ゲンジマルはしばし幼女の顔をしげしげと眺めた後、
「花枝殿、貴殿の娘か?」
「アホ! そいつはDの娘だ! 私はまだ若い上に独身! 花も恥らう乙女だ! ……あい……っ! たた……」
 叫んだ一瞬後、腹を押さえて悶絶する。相当響いたらしい。
「D……?」
 なんとなく覚えのあるような名前を聞き、眉をひそめる。
 この時、何となくゲンジマルの頭に嫌な予感がよぎった。
 そして、その予感は的中した。

「大神流星きぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーックゥ!!!!!!!!!!!」

「なんとぉ!!?!」

283DreamPower 9:2004/05/18(火) 21:58
 嫌な予感がよぎった刹那、どこからともなくゲンジマルの側頭部に脚が飛んできた。
 さすがのゲンジマルも反応できず、直撃を受けでド派手に吹っ飛ぶ。
 空中に投げ出された幼女の体は、飛んできた人間が抱きとめた。
「ゲンジマル貴様! 我が娘に何をしている!?」
「お、あ……貴方様は……」
「まいか大丈夫か!? 怪我はないか!? あの男に何かされなかったか!?」
「……でぃー? 治ったの?」
「バッチリだ! お前の方こそ大丈夫だったか!!?」
「あのおじいちゃん……あのおじいちゃん……」
 ちょっと涙目になりながら、やや演技っぽい仕草で、
「まいかのからだを蹂躙(だっこ)した!!!」

 プッツゥゥゥ――――――――――――――――――――――――――――――――ン!!!!

「レミィ、まいかを頼むぞ」
「ウ、ウン……」
 異常に静かなテンションのまま、Dはレミィを地に下ろすと彼女に娘を預ける。
 そして、ゆっっっっっっっっくりとゲンジマルに歩み寄っていった。
「な、あ、貴方様もこの島に……?」
 一応、刀を構えてみたりなんかしてみる。
「ゲンジマル……久しいな……」
「は……はい、お久しぶりにございます……」
「まさかお前が……エヴェンクルガ稀代の英雄が……そういう趣味を持っていたとはな……」
「あ、あいやその、それはですな……おそらくお互いの認識の食い違いというものでは……」
「言い訳とはお前らしくもないなゲンジマル……」
「で、ですから……」
『動くな』
 Dの言葉と同時に、凍りついたようにゲンジマルの身体が動かなくなった。
「ぐっ……な……? こ、これは……」
「貴様の罪……」
「あ、あの、貴方様……まずは落ち着いてくだされ……」
「我が娘を汚した罪……」

284DreamPower 10:2004/05/18(火) 21:58
「で、ですからまずはお互いの誤解を解くのが先決では……」
「ソノ罪……」
「ちょ、ちょっとお待ちを!」

『死スラ生ヌルイ!!!!!』

 ゴゥッ、とDの右拳に光が収束する。

「 大 神 昇 竜 券 !!!!!!!!!!!!」

「だから誤解なのですーーーーーーーーー!!!」
 強烈なアッパーが決まり、ゲンジマルは星になった。
「かつて部下であり同士であり友人だった汝……せめてもの情けだ。迷うことなく常世への道を歩むがいい……」
 その目元がキラリと光ったのは、ただの汗か、それとも強敵(とも)への餞か……

「というわけで岩切、ご苦労だったな」
 意趣返しも終わってひと段落。ねぎらいの言葉をかけるべく、Dは三人の下へと戻っていった。
 岩切もだいぶ回復してきたのか、レミィの肩を借りながらもなんとか立ち上がっている。
「やれやれ……結局いいところはお前に持っていかれてしまったか。
 それにしてもよくもまぁ仙命樹持ちでもないお前がこの短時間に回復したな。何があった」
 Dはフフン、と軽く鼻で笑うと、
「まぁそれは何というか……愛の力だな」
「……言ってて恥ずかしくないか?」
「いや別に」
「そうか……」
 と、ここで岩切が思い出す。
「って! ンなことのんびりと話している場合ではなかった! 急げD! 獲物はあっちだ!」
 ビシッ! と自分が向かおうとしていた方向を指差す。
「ん? ……ああ、そういえばそうであったな。あちらで間違いはないのか?」
「おそらくはな。あの女がこの道に立ちふさがっていた。ならば向こうに奴の仲間がいると考えるのが普通だろう」
 クイッと木の根もとのトウカを指差す。
「某はいつまで放置されていればいいのだろう」

285DreamPower 11:2004/05/18(火) 21:58
「そうか……よし」
 Dはポン、とレミィとまいかの頭に手を乗せると、
「というわけで私はちょっと出かけてくる……二人とも、岩切とここで待っていてくれ」
「OK!」
「わかった!」
「では岩切、頼んだぞ。ちょっと行ってくる……ハッ!」
 ゴッ!
 ……Dが気合を込めると瞬間、またしても彼は疾風となり、道の先へと消えていった。
「さて……間に合うかどうか……」


「待て……はぁ……待て……待て……ッ! 神妙に……お縄につけこの金髪ポニテ!」
「が……お……っ……もう、ダメかも……」
「はぁ、はぁ、はぁ……ま、待ってよ浩平……」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……ちょっと、辛いかも……」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……まだ、なの……?」
 そしてこちらはやや忘れ去られた感のある観鈴VS浩平・長森・ゆかり・すひーの追激戦。
 予想以上の粘りを見せた観鈴だがすでにその命も風前の灯。やはり体力面では男子にかなわず、もう浩平がすぐ後ろまで追いついてきていた。
「これで……チェックメイトっ! オレの……勝ちだ……ッ!」
 だがこちらも余裕綽々とは言えない。浩平も残った体力を振り絞り、観鈴の背に手を伸ばすが……

『観鈴……』

「えっ!?」
 突然、観鈴の目に空いっぱいに広がる晴子の顔が映った。
『観鈴……あきらめたらそこで試合終了やで……がんばりや……』
 さわやかな笑顔でグッと指を立てる。
(おかあさん……)
「なっ!?」
 その時、奇跡が起きた! なんと観鈴ちんの走るスピードが一段階速くなったのだ!

286DreamPower 12:2004/05/18(火) 21:59
「まだ……体力残してるってのか!? クソォッ!」
 いや、そんなことはない。すでに観鈴ちんは体力の限界貴乃花。余力など一切ない。
 では彼女に最後の力を与えたのは何か?
 それは……
「おかあさん……わたし、がんばるからね……」
 ひとえに、母への愛のなせる業だろう。
「だから、空の上から見守ってて……」
 どうやら詩子のが伝染ってしまったらしい。哀れ、とうとう娘にすら殺された晴子。
 ……と、その時。

「……ぉぉぉぉ……おおおお……おおおお……!!!!」
 後ろから、誰かの気合たっぷりな叫びが聞こえてきた。
「なに……?」
「なんだ……?」
 かなり気だるいが、後ろを振り向く一行。そこにいたのは……
「あははははははは! すばらしい、かつてないほどにみなぎるこの力! もはや何人たりとも我を止めることなどできぬ!
 もはやうりゃうりゃだ! すばらしい! すばらしいぞ今の私は!! まさに無敵! 空蝉など屁でもないわぁぁぁぁぁ!!!!」
 超猛スピードで迫ってくるDの姿だった。
「なんだあのおっさん!?」
 思わず浩平が叫ぶ。
「わ、わからないよっ!」
「けど、すごいスピード……」
「どうすんのさ!? このままじゃ追いつかれちゃうよ!」
「くそっ、トウカの奴、やられちまったのか……」
 再び前を向き、考えること、数瞬。浩平は、結論を下す!
「長森!」
「えっ!?」
「ゆかり!」
「はいっ!?」
「すひー!」
「なにっ!?」

287DreamPower 13:2004/05/18(火) 21:59

「お前たちで止めろ!」

「…………」
 何をおっしゃってやがられるのですか?
「……む、無理だよ浩平! あんなのどうやって止めろっていうの!?」
「わ、私たちには無理ですってば!」
「もう人間レベルを超えてるよ!」
「少しでいい! 数秒! ほんの少しでいいから足止めしろ! もうちょっとでこいつを捕まえる! その時間を稼げ!」
「そんなこと言われても……」
「三人寄れば姦しいっていうだろ! なんとかしてみろ! それっ!」
 と、無理やり三人の中で一番前を走っていた長森を方向転換させる。
「それを言うなら文殊の知恵だよー!」

 とかなんとかやりつつも、浩平は置いてその場に立ち止まり、後ろを振り向く三人娘。
 背後からはスピードが落ちるどころかかえって加速しているようにすら見えるDの姿が迫っている。
 思わず顔を見合わせる。
「……どうしよう」
 かくして、牛乳・アイス・ホットケーキによる絶望的な防衛戦が始まった。


【長森・ゆかり・すひー Dを足止め】
【観鈴ちん 最後の力】
【浩平 もうちょっとで捕まえる】
【岩切・レミィ・まいか お留守番】
【D 愛の力】
【ゲンジマル 星】
【登場 神尾観鈴 【折原浩平】【長森瑞佳】【伏見ゆかり】【スフィー】【岩切花枝】【ディー】【しのまいか】【宮内レミィ】【ゲンジマル】】

288テンプレ:2004/05/19(水) 22:00
葉鍵キャラ100名を超える人間達が、とあるリゾートアイランド建設予定地に招待された。
そこで一つのイベントが行われる。

「葉鍵鬼ごっこ」。

逃げる参加者。追撃する鬼。
だだっ広い島をまるまる一つ占拠しての
壮大な鬼ごっこが幕を上げた。

増えつづける彼らの合間を掻い潜って、
最後まで逃げ切るは一体どこのどちら様?
「――それでは、ゲームスタートです」

関連サイト

葉鍵鬼ごっこ過去ログ編集サイト
http://hakaoni.fc2web.com/
葉鍵鬼ごっこ過去ログ編纂サイトVer.2
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Domino/5154/

葉鍵鬼ごっこ議論・感想板
http://jbbs.shitaraba.com/game/5200/

前スレ
葉鍵鬼ごっこ 第八回(dat落ち)
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1068642663/

ルールなどは>>2-10を参照。

289テンプレ:2004/05/19(水) 22:01
・鶴来屋主催のイベントです。フィールドは鶴来屋リゾートアイランド予定地まるまる使います。
・見事最後まで逃げ切れた方には……まだ未定ですが、素晴らしい賞品を用意する予定です。
・同時に、最も多く捕まえた方にもすてきな賞品があります。鬼になっても諦めずに頑張りましょう。

ルールです。
・単純な鬼ごっこです。鬼に捕まった人は鬼になります。
・鬼になった人は目印のために、こちらが用意したたすきをつけてください。
・鬼ごっこをする範囲はこの島に限ります。島から出てしまうと失格となるので気を付けましょう。
・特殊な力を持っている人に関しては特に力を制限しません。後ほど詳しく述べます。
・他の参加者が容易に立ち入れない場所――たとえば湖の底などにずっと留まっていることも禁止です。

・病弱者(郁美・シュン・ユズハ・栞・さいかetc)は「ナースコール」所持で参加します。何かあったらすぐに連絡してください。
・食料は、民家や自然の中から手に入れるか、四台出ている屋台から購入してください。
・屋台を中心に半径100メートル以内での交戦を禁じます。
・鬼は、捕まえた人一人あたり一万円を換金することができます。
・屋台で武器を手に入れることもできますが、強力すぎる武器は売ってません。悪しからず。
・キャラの追加はこれ以上受け付けません。
・管理人=水瀬秋子、足立さん及び長瀬一族

能力者に関してです。
・一般人に直接危害を加えてしまう能力→不可。失格です。
・不可視の力・仙命樹など、自分だけに効く能力→可(割とグレーゾーン)。節度を守ってご使用ください。
・飛行・潜水→制限あり。これもあんまり使い過ぎると集中砲火される恐れがあります。
・特例として、同程度の自衛能力を有する相手のみ使用可とします。例えば私が梓を全力で襲っても、これはOKとなります。

  | _
  | M ヽ
  |从 リ)〉
  |゚ ヮ゚ノ| < 以上が主なルールです。守らない人は慈悲なく容赦なく万遍なく狩るので気を付けてくださいね♪
  ⊂)} i !
  |_/ヽ|」

290テンプレ:2004/05/19(水) 22:02
感想・意見・議論用にこちらをご利用ください。

葉鍵鬼ごっこ感想・討論スレ4(dat落ち)
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1073291066/
葉鍵鬼ごっこ感想・討論スレ3
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1068/10686/1068659677.html
葉鍵鬼ごっこ感想・討論スレ2
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1052/10528/1052876752.html
葉鍵鬼ごっこ感想・討論スレ
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1049/10497/1049719489.html

過去ログ
葉鍵鬼ごっこ 第七回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1058/10580/1058064126.html
葉鍵鬼ごっこ 第六回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1053/10536/1053679772.html
葉鍵鬼ごっこ 第五回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1050/10503/1050336619.html
葉鍵鬼ごっこ 第四回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1049/10493/1049379351.html
葉鍵鬼ごっこ 第三回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1048/10488/1048872418.html
葉鍵鬼ごっこ 第二回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1048/10484/1048426200.html
葉鍵鬼ごっこ
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1047/10478/1047869873.html

291参加者一覧:2004/05/19(水) 22:04
全参加者一覧及び直前の出番のあった話になります。
名前の横の数字は出番のあった直前の話のナンバーです。編集サイトでご確認下さい。
【】でくくられたキャラは現在鬼、中の数字は鬼としての戦績、戦績横の()は戦績中換金済みの数
『』でくくられたキャラはショップ屋担当、取材担当、捜索対象担当
()で括られたキャラ同士は一緒にいます(同作品内、逃げ手同士か鬼同士に限る)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
fils:
(【ティリア・フレイ】、【サラ・フリート:1】、【エリア・ノース:1】)756

雫:
【長瀬祐介:1】594, 【月島瑠璃子】761 , 【藍原瑞穂:1】743
【新城沙織】744, (【太田香奈子:2】、【月島拓也:1】)758

痕:
柏木楓760、 【柳川祐也】687, 【柏木梓】699、【日吉かおり】655
【ダリエリ:1】762、【柏木耕一:2】743、【柏木千鶴:10】740
【柏木初音】696、【相田響子】658、【小出由美子】700
【阿部貴之】613

TH:
(【岡田メグミ】、【松本リカ】、【吉井ユカリ】、【藤田浩之】、【長岡志保】)707
【来栖川芹香】729 、【来栖川綾香:2】747
(【保科智子】、【坂下好恵】、【神岸あかり】)696、
(【雛山理緒:2】、【しんょうさおり:1】)708、【宮内レミィ】759 、
【マルチ:1】753 、【セリオ:3】758、【神岸ひかり】594,【佐藤雅史】744
【田沢圭子】749 、(【姫川琴音】、【松原葵:2】、【垣本】、【矢島】)743

WA:
【藤井冬弥】729、(【森川由綺:3】、【河島はるか:2】)699

292参加者一覧:2004/05/19(水) 22:05
(【緒方理奈:6】、【緒方英二】)702 (【澤倉美咲】、【七瀬彰】)683
【観月マナ】749、【篠塚弥生】658

こみパ:
(【猪名川由宇】、【大庭詠美】、【立川郁美】)650、【御影すばる】690
(【高瀬瑞希:2】、【九品仏大志】)760、(【牧村南】、【風見鈴香】)721
(【千堂和樹】、【長谷部彩】、【桜井あさひ:2】)707
(【縦王子鶴彦:2】、【横蔵院蔕麿:1】)552 、【立川雄蔵】560
【塚本千紗:2】742、【芳賀玲子】595、【澤田真紀子】758

NW:
【ユンナ】694、(【城戸芳晴】、【コリン】)700

まじアン:
【江藤結花】655、【宮田健太郎:1】700、【牧部なつみ】742
【スフィー】759、【リアン】756、【高倉みどり】721

誰彼:
【岩切花枝】759、【砧夕霧:1、桑島高子】762, 【坂神蝉丸:5(4)】761
【三井寺月代:1】702、【杜若きよみ(白)】707、【杜若きよみ(黒)】743
【石原麗子:1】756、【御堂:7】758、【光岡悟:1】760

ABYSS:
【ビル・オークランド】760

うたわれ:
ハクオロ749、【エルルゥ】749、【カミュ】743、【ベナウィ】761
(【トウカ】、【ゲンジマル:2】)759
(【アルルゥ】、【ユズハ】、【ウルトリィ:1】)760、【ヌワンギ:1】647
【ハウエンクア】721、(【ドリィ:1】、【グラァ】)743、【オボロ:3】758
【クーヤ】753、【サクヤ】701、【ディー:8(6)】755、【ニウェ:1】591
(【カルラ】、【クロウ】、【デリホウライ:3】)650

Routes:
リサ・ヴィクセン761、【醍醐:1】761、【伏見ゆかり】759、【立田七海】699
(【湯浅皐月】、【梶原夕菜】、【エディ】)701、【那須宗一:1】747 、【伊藤:1】613

293参加者一覧:2004/05/19(水) 22:05
同棲:
【山田まさき:1】691、【まなみ:3】744

MOON.:
【名倉友里】687、(【天沢郁未:7(2)】、【名倉由依】)758
(【鹿沼葉子:2】、【A棟巡回員:1】)760、【巳間晴香】707
【少年:1】749、【高槻:1】675、【巳間良祐:1】691

ONE:
【柚木詩子】、(【折原浩平:8(7)】、【長森瑞佳】)759
(【川名みさき:2】、【氷上シュン】)696、【深山雪見:2】742
(【七瀬留美:3】、【清水なつき】、【里村茜】、【上月澪】)761
【椎名繭】675、【住井護】758、【広瀬真希:1】700

Kanon:
(【相沢祐一】、【美坂香里:8(7)】、【川澄舞】、【久瀬:6】、【北川潤:1】)758
(【美坂栞】、【月宮あゆ:4(4)】)753、【水瀬名雪:3】708
(【沢渡真琴:1】、【天野美汐:2】、【倉田佐祐理:2(1)】)761


AIR:
神尾観鈴759、みちる755、【遠野美凪】744、(【柳也】、【裏葉:1】)747
【神尾晴子】751、【しのさいか:1】650、【橘敬介】701、【しのまいか】759
(【霧島佳乃】、【霧島聖】)702、(【神奈:1】、【国崎往人:4】)760
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

294参加者一覧:2004/05/19(水) 22:06
その他のキャラ

屋台:
零号屋台:ショップ屋ねーちゃん(NW)709
壱号屋台:ルミラ、アレイ(NW 出張ショップ屋屋台バージョン支店「デュラル軒」一号車)673
弐号屋台:メイフィア、たま、フランソワーズ(NW 同二号車)691
参号屋台:イビル、エビル(NW 同三号車)753

管理:
長瀬源一郎(雫)、長瀬源三郎、足立(痕)、長瀬源四郎、長瀬源五郎(TH)、フランク長瀬(WA)、
長瀬源之助(まじアン)、長瀬源次郎(Routes)、水瀬秋子(Kanon)

支援:
アレックス・グロリア、篁(Routes)

その他:
ジョン・オークランド(ABYSS)、チキナロ(うたわれ)

295名無しさんだよもん:2004/05/26(水) 01:27
<TR>
<TD width=36>763</TD>
<TD width=221><A href=SS/763.html>せめて最後の援護を</A></TD>
<TD>
<BR>
柏木楓<BR>
【鹿沼葉子】<BR>
【光岡悟】<BR>
【アルルゥ】<BR>
【ユズハ】<BR>
【ウルトリィ】<BR>
【神奈備命】<BR>
【国崎往人】<BR>
【九品仏大志】<BR>
【高瀬瑞希】<BR>
【A棟巡回員】<BR>
【ビル・オークランド】<BR>
『ムックル』<BR>
『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>764</TD>
<TD width=221><A href=SS/764.html>自分の力で</A></TD>
<TD>
みちる<BR>
【クロウ】<BR>
【立川郁美】<BR>
【カルラ】<BR>
【しのさいか】<BR>
【大庭詠美】<BR>
【猪名川由宇】<BR>
【デリホウライ】<BR>
【湯浅皐月】<BR>
【梶原夕菜】<BR>
【サクヤ】<BR>
【椎名繭】<BR>
【高槻】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>765</TD>
<TD width=221><A href=SS/765.html>線が交わる時</A></TD>
<TD>
ハクオロ<BR>
柏木楓 <BR>
【エルルゥ】<BR>
【少年】<BR>
【観月マナ】<BR>
【光岡悟】<BR>
【アルルゥ】<BR>
【ユズハ】<BR>
『ムックル』<BR>
『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>766</TD>
<TD width=221><A href=SS/766.html>DreamPower</A></TD>
<TD>
神尾観鈴 <BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【ディー】<BR>
【しのまいか】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【ゲンジマル】
</TD>
</TR>

296ダンスナンバー:2004/05/26(水) 16:28
「ハウエンクア君、キミの服洗濯終わって今は乾燥機にかけてるから。たぶんそろそろ着れるようになると思うよ」
「あ、どうも……」
「ハウエンクアさん、もうちょっと待っててくださいね。お料理、もうすぐできあがりますから」
「あ、すいません……」
「どうしましたかハウエンクアさん? さっきからずいぶんとお静かですけど」
「あ、いえ……」
「ぴこっ?」
「あ、うん。ありがとう」
 迷い兎ハウエンクアが南女史に保護されて数時間。
 高倉みなみ・風見鈴香両名が待つマンションの一部屋に招かれた彼を待ちかまえていたのは、凄まじいまでの接待攻撃だった。
「その……こういうの慣れてなくて……」
「ふふ、緊張する必要なんてないんですよ」
 朝方醍醐を見送って暇をもてあましていたお姉さん方。
 そんな彼女らにとって、ボロボロの風袋でまるで打ち捨てられたペットのようだったハウの姿など、格好の餌食でしかなかったのだ。
「あの……僕、嵌められてないですよね?」
「何がですか?」
 思わず疑問を口にしてしまった。が、曇り一つない南の笑顔で返されてしまう。
 あまりに慣れない扱い。いつものアハハハ笑いもなりを潜め、恐縮しきりのハウエンクアであった。

297ダンスナンバー:2004/05/26(水) 16:28
「ふーん、それは大変だったね……」
「でもロマンチックじゃないですか。好きな人のために自ら身を引くなんて。悲しいけど素敵ですよね」
「ぴこぉ〜……」
「いや、そんな大したものじゃ……」
 みどりの料理を待つ間、暇をもてあます3人+1匹。洗濯場からは乾燥機が回転する音が聞こえてくる。
 雑談代わりに適当な世間話をしているだけのはずだったのが、話の内容はいつの間にかハウエンクアの身の上話に移っていた。
「まぁ……ウチの國もね。聖上は国政ほったらかしで他國の皇との逢瀬を繰り返すわ、大老はその聖上を甘やかしっぱなしだわ、
 同僚はその大老へのコンプレックスの塊で政治のせの字もわかってないわ。……僕も仕事仲間に恵まれてるよ」
 身の上話からさらに人生相談へ。というか愚痴へ。
「苦労してるんだね」
「本当だよね……。おかげで本来僕の役目じゃない外交折衝まで任されてるんだから……人前で話するの苦手だっていうのに……他にマトモな人材ないもんだから……」
「でもすごいじゃないですか。私より若いのにそんな大任をまかされてるなんて。私だってまだまだこみパスタッフの中では見習い同然ですし」
「え? あ、そ、そうですか?」
「そうですよ。きっとハウエンクアさんの皇様もハウエンクアさんを信頼しているからこそ他の皇様とのラブロマンスに熱中できるんですよ」
 などと、本当にそう思ってるのかハウを励ますためなのか。調子のいいことを言ってしまう南さん。
 ただ……
「え? あ、あは、アハハハ……や、やっぱりそうなんですかね?」
「はい! きっとそうですよ! ハウエンクアさんて、やっぱりすごい方だったんですね!」
「あ、アハハハハ……」
 いまいち単純なクンネカムンの右大将には効果があったようだ。
 と、そこで鈴香の一言。
「なにせ、南さんへの第一声が『マーマ』だったんでしょ?」
「ハ……」
 ピシッ、とハウの動きが固まる。

298ダンスナンバー:2004/05/26(水) 16:29
「ふふふ、あれは驚きました。私だってもう若くはないですけど、それでもこんな大きな子は産んだ覚えはありませんから」
「あ、あの、その、それは、ですね……」
 しどろもどろのハウエンクア。
「似てたの? 南さん、ハウ君のお母さんに」
「い、いや、そういうわけ……じゃ、なくて……その、雰囲気が……」
「雰囲気かー。うん、なんとなくわかる気がします。南さん、たしかに暴政本能っていうかそういうのありそうですし」
「まあ、ふふ。それっておばさんくさいってことですか?」
「そ、そんなことはないですよ南さん! 南さんは十分若いですって!」
「ふふ、ありがとうございます。ところで本物のハウエンクアさんのお母様はどうなさってるんですか?」
「……………それは」
 ……一瞬、ハウが南から視線を逸らし、その表情に影が差した。
「あ…………」
 それだけで大方の事情は察知した南。形のよい眉をひそめ、どう二の句を継ごうか悩んだ瞬間――――
「お待たせしましたハウエンクアさん。昼食ができましたよ」
 キッチンから、ベストのタイミングでみどりのお声がかかった。
「あ、それでは少し遅れましたけどお昼にしましょうか」
「そうだね。ハウ君来てドタバタして忘れちゃってたけど、そろそろお腹も空いてきたし」
「ああ……久しぶりのまともなご飯……うっ……思わず涙が……」
「ぴこ。ぴこ」
「ふふふ、遠慮しないでいっぱい食べてくださいね」
 

【ハウ 幸せ】
【お姉さんズ&芋 おもてなし】
【これから昼食 四日目午後 マンションの一室】
【登場 【ハウエンクア】【牧村南】【高倉みどり】【風見鈴香】『ポテト』】

299До свидания:2004/05/29(土) 16:58
 ――――勝負は、ついた。

 女の背中を追い始めてから数時間。感覚的には丸一日以上続いたともいえる、この追撃戦。
 勝ったのは――俺だ。

 どんなに強靭な心を持とうとも、
 どんなに精神か身体を凌駕しようとも、
 如何ともしがたいものはある――――

 最後の最後で、幸運の女神は俺に微笑んだ。

 行き止まり――

 女が飛び込んだ薄暗い山林。俺の中の仙命樹が解き放たれるその場所。
 抜けた先にあったのは、新たな道ではなく――崖。
 垂直に切り立ち、そして水平に広がる巨大な――崖だった。

「俺の、勝ちだ」

 女の背中に向かい、再度言い放つ。
 とうの昔に、ソレは女の目にも飛び込んでいるだろう。
 目の前にそそり立つ絶望。突きつけられた終焉。
 避けようのない、敗北。
 女が、息を、大きく、吐く。
 その背中から立ち昇っていた覇気はたちまち消え失せ、そして――

「……!?」

 ……代わりに吹き出したのは、新たな闘志……これは、『殺気』!?

300До свидания:2004/05/29(土) 16:58
 ターーーンッ……!

 崖にたどり着いた女は、諦めて脚を止めることはせず……高々と跳び上がり、垂直の斜面を、蹴りつけた。

 シュッ……

「ちぃ、ッ!」
 真後ろを尾けていた俺を三角飛びで越え、一回転。俺の後頭部にめがけて強烈な蹴りが疾る。
 わずかに身体を捻ってかわす。衝撃波を伴った脚が俺の右耳を掠め、そのまま音もなく地に降り立った。
 速い……!
 想像していた反撃。想像を超えた一撃。僅かにあった、俺の中の余裕が一瞬で消し飛んだ。

 ブオンッ……!
 女は追撃の手を緩めることなく、上段の後ろ回し蹴りを繋げてきた。
 鼻先2センチを黒い影……靴裏が掠める。
「……やるな。だが……!」
 だが、後ろ回し蹴りは威力が大きい代償として、弱点がある。
 一瞬見えた背に、蹴りを……違う!
「クッ!」
 俺はその場に伏せると、横に跳んだ。
 すぐ脇を女の背中からのタックルが通り過ぎていく……やはりか。
 反撃に対する反撃まで心得ている。この女は……強い。しかも、格闘技のそれではなく……実践で、命と命のやりとりの中で培われた、強さ。

 ヒュ! ファ! フォッ!
 まるで雅曲でも奏でるかのように、空気を切り裂く旋律を伴って女の脚が舞い踊る。
 その動きに、一切の曇りはない。
 どこにこんな体力が残っていたというのだ……!
 内心驚愕しつつも、それを表に出すわけにはいかない。
 一撃一撃を、あるいはかわし、あるいは流し、俺は冷静に反撃の機会を窺っていた。……窺うことしかできなかった。

301До свидания:2004/05/29(土) 16:58
 ヒュッ、フォン!
「……来た!」
 女が連撃の仕上げとして放った回し蹴りをギリギリでかわすと、女の動きが止まった。
 今度は、タックルも来ない。
 そこを狙い、脚払いをかけ……

 パーン……

 ……俺の顎が、浅く、しかし高く、鳴った。
 同時に女の身体が空中に踊る。
 ……踵か。
 背中を見せたのすらどうやら囮だったようだ。
 女は予備動作ゼロの体勢から、高々と後ろ足を蹴り上げ、踵を俺の顎に決めたのだった。
 トン――
 土埃一つ物音一つ立てず着地した女が、体勢不十分の俺を仕留めにかかる。

 懐かしい死の予感が俺の背筋を走る。

 だが、まだだ。
 一か八か。
 必殺の一撃を外せば、まだ逃れる術はある。
 女の、意図は――――

302До свидания:2004/05/29(土) 16:58
『それ』が来ることを、俺は予期できなかった。
 何が幸いしたのか。
 勝利の女神は、相当俺を気に入ってくれたのか。
 最初の言葉を訂正しよう。
 勝負は、俺の負けだった。
 実力ではなかった。
 俺の、負けだった。

 ガシーーーーーーーーンッ!!!

 ギリッ……ギリギリッ……
 女の細くしなやかな右脚が俺の手の中で軋んでいる。
 左右連続からの高速下段膝蹴り。
 狙いは股間か水月か。
 おそらくは数限りない強敵を沈め続けた、必殺の一撃。
 それを受け止めたのは……俺の腕。
「!」
 女が、少し、驚く。
 そして、にやりと、笑う。
 なるほど……

「……せいっ!!!」

 渾身の力を込めて、その脚を放った。
 投げられた女は、跳んだ。いや、飛んだ。
 最初より遙かに高く、そして――――遙かに、美麗に。
 後方伸身……2回。
 美しい。
 臆面なく、掛け値なく、そう思った。
 それは、事実だった。

303До свидания:2004/05/29(土) 16:59
 タンッ……

 埃一つ舞い立てぬ見事な着地。
『戦闘意志なし』の優雅な証拠――腕組み。

 果てなき沈黙と、時の凍結。
 風が凪ぐ。
 女は、その口を開いた。

「……Nice Fight」

 木漏れ日降り注ぐ無色透明の光の中で、女は静かに言った。
 賞賛の言葉がその姿にぴたりと、合っていた。

「……お前こそ」

 そう、これはおそらく……『試験』。

「あなたの勝ちよ。ミスター……」
「……蝉丸だ。坂神、蝉丸」
「ミスターサカガミ。あなたの、勝ち。フフフ……」
 笑った。
 満面の笑みが、その顔に花開く。
「しかし、物騒な試験だな。俺でなければ、どうなっていたことか」
「フフ、ここまで私を追いつめたあなただもの。きっと……いえ、大丈夫と思ったわ」
 悪びれた様子もなく、女は、そう言い切った。
「名前を聞きたい」
「リサ。リサ・ヴィクセン」
「ヴィクセン(雌ギツネ)――」
 似合っている――とは、思ったとしても、口に出すべきことではないだろう。

304До свидания:2004/05/29(土) 16:59
「しかし、なぜあんな試験を?」
「試験は相手を試すためにするものじゃなくて?」
「いや、それはそうだが……」
「ふふ。ごめんなさい。そうね――」
 ヴィクセンは顎に手を当て、しばし逡巡した後……
「あえて言うなら……自分の我侭のため、かしら」
「我侭?」
「そう。どうせ捕まえるなら……彼か、それでなくとも、彼に並ぶ人に捕まえてもらいたかった――そんな、個人的な願いかしら」
 彼――とは誰か。訊くのは――野暮というものか。
「…………それで、俺は、合格……というわけか」
「ええ。文句なしに、ね。私のコンボを破ったのはあなたで二人目。あなたに捕まったのなら、私も文句はないわ」
 ふぅ、と一息つく。
「それでヴィクセン。お前はこれから……どうする?」
「そうね……もう鬼としても活躍できる時間なんて残されてないでしょうし、何よりあなたとの追いかけっこでちょっと疲れたから……
 このあたりでしばらく休むことにするわ。坂神、あなたは?」
「俺は――まだ逃げ手を捜すとしよう。おそらく一番最初に鬼になり、6点どまりというのは少々情けないのでな」
「Wow! Six-points....やるわね、あなた」
「そうも言ってられん。俺の……旧い仲間などは、もっと点を挙げているだろうからな」

305До свидания:2004/05/29(土) 17:00
「じゃあな」
 木の幹に背を預けるヴィクセンを置き、俺はまた道を引き返した。
 ……ある程度距離が離れたところで、ヴィクセンに、言う。
「戦いは……お前の、勝ちだ」
「?」 
「最後の一撃……あれはただの偶然――いや、ここが木陰だったからかわせただけのことだ。
 もう一度あれを見舞われたら、俺もかわせる保証は……ない」
 仙命樹の活性化による感覚神経の鋭敏化……それがなければ、おそらく、アレには……反応することすら難しかっただろう。
 俺が勝てたのは、俺の力によってではない。邪道な手段によって……だ。
 だが、ヴィクセンは再度笑みを浮かべると、
「事実は一つ。あなたは、かわした。それだけよ」
 と言った。
「……そうだな」
 それ以上交わすべき言葉はない。
 俺は無言のまま、その場を後にした。

306До свидания:2004/05/29(土) 17:00
「Foo……」
 木漏れ日を浴びながら、リサは大きく伸びをする。
「NastyBoy……あなたの120%は、あまり当てにはならなかったわ……。私、自信をなくしそう」
 次第次第に、その瞼が重くなっていく。
「逃亡時間、四日間とちょっと。まあ、悪い記録じゃないと……思う、けど……」
 体から力が抜けていき、目の焦点もだんだんと合わなくなってくる。
「……スパスィーバ、坂神……私を捕まえたのが、あなたのような人でよかった……」
 そしてとうとう、その目が閉じられた。
「……イズヴィニーチェ……xxxx……」
 最後に唇がわずかに動き、誰かの名を呼んだ。しかし、それは言葉になっていなかった。

「………………」

 闘いは終わり、地獄の雌ギツネは眠りに落ちた。

「Zzzz…………」

 後に残ったのは、一人の少女、マーシャの小さな寝息だけだった。



【四日目午後 山頂近くの崖の麓】
【マーシャ 鬼化】
【蝉丸 合計6点。鬼としての活動続行】
【登場 リサ・ヴィクセン 【坂神蝉丸】】

307閉会式'07:2007/11/04(日) 17:11:34
「さあ、それでは逃げ手の方々の表彰に戻りましょう。
 続いては第六位、リサ・ヴィクセンさんです」
「Hi!」
 秋子に名を呼ばれ、軽い足取りで壇上にひょいと上がるのは地獄の雌狐、リサ・ヴィクセン。
「入賞おめでとうございます」
「ありがとうございます。ただ、私としてはちょっと不本意な順位ではあるけど、ね」
「大会中、主催側の間でもリサさんは非常に高く評価されていました。
 一般人の身ながら、しかも単独行動でここまで食い込めたのは素晴らしい結果といえるでしょう」
 褒めちぎる秋子さんだが、リサは
「そんなことはありません。私も何人もの人に助けられ、協力してここまで来れたのです。
 けして独りの力ではありません」
 と答えながらかぶりを振った。

「ケッ、よく言うぜあのアマ」
 それを聞いて漏らすのは御堂。コップの中身を一息に飲み干しながら毒づく。
「俺を二度も出し抜いときながら謙遜たぁ、いい度胸だ」
 いっそのこと勝ち誇ってくれれば素直に反感ももてたのだが、ああも優等生な回答をされては反応に困る。
「やるもんだぜ。”この時代”の裏家業の連中もな……」

「……………………」
 一方、”この時代の裏家業”のナンバーワンであるナスティボーイ。
「……なんてーかな……」
 壇上のリサと、少し離れた場所で同じような雰囲気の連中とつるんでいる蝉丸と、
 料理に舌鼓を打っている結花を見比べて…………
「…………はあ」
 少しイヤンな記憶をフラッシュバックし、いくらか鬱になった。

308名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:12:11
「というわけで五位入賞、リサ・ヴィクセンさんでした! それではこちらが賞品です」
 と言いながらさし出すのは熨斗袋。
 受け取りながら、『?』を顔に浮かべるリサ。自分は、賞金は辞退…………
(壇上で何も渡さないというのも格好がつきませんから。粗品です。
 とっておいてください)
 マイクをオフにし、秋子はリサにささやいた。
「……understand」
 ここで受け取らないというのは却って失礼になるだろう。
 苦笑しながら、リサは受け取った。
「Thank you! everyone!」

「続いては第4位! トゥスクル皇、ハクオロ氏です!」
「兄者! さすがだ!」
 「お美事です、聖上」
  「いよっ! 総大将日本一!」
   「おとーさん! おとーさん!」
「ハハ…………」
 拍手と、それに混じった聞き覚えのある歓声に追われて壇上に上がったのはハクオロさん。
 さすがに少し恥ずかしい。
「入賞おめでとうございますハクオロさん。それではこちらが入賞賞金になります」
「ああ、ありがとう」
 秋子から熨斗袋を手渡されるハクオロ。
「ハクオロさんは賞金の使い道などは何かお考えですか?」
「ベナウィがああ言ったのだ、もちろん國庫に…………と言いたいところだが」
「?」
 そこでチラリと目をやる。壇下の見知った面々の顔に。

309名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:12:39
「最近お小遣いを切り詰められてだいぶピンチだったのでな。
 たまには家族サービスということでパッと使わせてもらおう。
 今回の大会でいろいろ迷惑もかけてしまったからな」
 ドッと笑いが起こる会場。お小遣いのやりくりに困る王様というのもなかなか見られるものではない。
「はい、それでは是非ご家族に精一杯のサービスをしてあげてください。
 それでは、大会中の何か思い出などはありますか?」
「そうだな…………」
 秋子に促され、今大会であったことに思いをはせる。
 みちるや美凪と出会ったり、サイフをなくしたり、分身と語り合ったり、ウィツっぽいのと追撃戦したり、
 まなみに不覚をとったり、エルルゥたち追いかけっこしたり…………
「…………ある。いくらでもな」
「では、どれが一番?」
「どれも一番、だ。もともと思い出など、順位を付けられるものではないだろう?」
 ちょっぴりしんみりしてしまう会場。

「ふん、我が空蝉ながらいい格好をするものだ」
「D?」
 それを聞いたD。膝の上にまいか、隣にレミィを置きながらぽつりと呟く。
「どしたん?」
「どうしたもこうしたもないさ。気持ちはよくわかる」
 誰とも目はあわせず、しかし薄く微笑みながら言葉を続ける。
「我とてお前たちとの思い出。どれが一番かと言われればこう答えるだろう。
『どれもが一番だ』と。
 しかしそれをあの場で臆面も無くいってのけるとはいやはやまったく。
 あの男も変わったものだ」
 字面とは対照的に、いくらか爽やかな雰囲気でディーは言った。

(あんまり人のこと言えないと思うけどね…………)
 それを小耳に挟んだのはカミュ。もしくはその中の人。
 こちらは本当に誰にも聞こえないように、ぼそりと呟いた。

310名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:13:09
「それもそうですね」
 一方、会場の沈黙を破ったのは、やはり司会者である秋子さん。
 何か思うところがあるのか、一度二度と首を縦に振る。
「それでは、ハクオロさんでした。皆さんもう一度大きな拍手でお送りください」
 再度の拍手の海。
 今度は恥ずかしい歓声も挟まれなかった。


「さあ、ここからはTOP3の発表です!
 葉鍵鬼ごっこ、第三位! 柏木、楓さんです!」
「楓ーっ!」
「楓おねーちゃーん!」
 秋子の呼び声と、姉妹の歓声と、割れんばかりの拍手。
 促され、俯きながら壇上に上がるのは柏木家三女の柏木楓。
「おめでとうございます楓さん。三位入賞です」
(あ、ありがとうございます…………)
「……?」
 しかしその声は、マイクで拾ってようやく聞こえるか聞こえないか程度のものだった。
「楓さんもリサさんと同じように、長い時間を一人で戦い抜き、見事この成績を収めました。
 特に終盤の大追撃戦は長かった大会の中でも有数の名勝負だったといえるでしょう」
 大人数を前にして恥ずかしがっていると判断した秋子は、自分主導で話を進めていく。
 もっとも、その予想は半分正解で、半分ハズレであったのだが。
「それでは、楓さん、こちらが賞金になります。そして―――――」
 促されるまま熨斗袋を受け取る楓。
 しかし、三位以上はこれだけでは終わらない。つまり……

311名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:13:29
「何かお願い事があれば……一つだけ。私どもで協力できる範囲ならかなえてさしあげますが……
 もしすぐには思い浮かばなければ、後ででも」
「い、いえ」
 と、そこで初めて楓は前を向いた。
 相変わらず緊張のせいか頬は赤いが、瞳は確かにキッと前方を見据えている。
 楓の様子を見て、正式な賞品の受け渡しは後にしようと考えていた秋子だが、楓のその様子を認めると
 微笑みながらマイクを手渡した。
「みみ、みなさんありがとうございます。柏木…………楓です」
 ごくりとつばを飲み込む。その音はいくらかマイクに拾えたほどだった。
(楓ちゃん……)
 そんな従姉妹の様子をみて心配げなのは柏木耕一。もちろん、他の姉妹もだが。
「…………」
 唯一、いくらか不機嫌そうな千鶴は除いて。
「そ、それでは僭越ですが…………わ、私の願いを発表させていただきます」
 緊張のせいか、どもり気味ながらもいつもより饒舌な楓。
「わた、私の願いは…………願いは…………」
「……………………」
 ざわついていた会場も沈黙に包まれる。
 なにせ、初めての本格的な賞品発表なのだ。

 すぅと息を吸い込み、吐いて、吸い込み、吐いて…………
 ふんぎりがつかないのか、そんなことを何度か繰り返す。楓。
 そんな中、ふとステージの足下まで来ていたリサと目があった。
 パチリと、片目をウィンクする。
「…………!」
 それに促されたのか、楓はいよいよ大きく息を吸い込むと…………

『耕一さん私とデートしてください!』

 こちらもまた一息に、一気に言い切った。

312名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:13:43
「いいぃっ!!?」
 次の瞬間、どっと沸く会場。そして三百近い瞳が一気に耕一に向けられる。
「…………!」
 壇上の楓はいたたまれなくなったのか、瞬間湯沸かし器のように顔を紅潮させるとまたしてもうつむいてしまった。
(は、初音っ……!)
(う、うん!)
 一方会場の一角。こちらも別の意味で一触即発の状態であった。
 楓の願い。姉妹だけあって大方の予想はつけていた梓と初音。
 発表の瞬間、千鶴の利き腕と利き足の動きを封じることができる位置に飛び退いたが…………
「……どうしたんですか2人とも。突然に」
 千鶴は不機嫌な顔を隠そうともしなかったが、閉会式の進行表に目を落としたままその場を動こうともしなかった。
「ち、づる、ねえ…………?」
「一応私も主催側の一人ですよ。個人の感情でせっかくのフィナーレを壊すような真似はしません。
 楓の賞品は楓のものです。そして私の気持ちは私のものです。もちろん耕一さんの気持ちも、それらとは全くの別物です」
(…………ふう)
 その言葉を聞いて、安堵のため息をついたのは梓でも初音ちゃんでもあるが、もちろん。
(よかった…………)
 足立さん。苦労人である。


 ざわざわと会場がざわめく。もちろん、その中心にいるのは耕一だ。
「あ、いうえ…………お?」
「Hi! Mr.Koichi!」
「あ、リサ…………さん!」
 そんな耕一にひょいとマイクを投げ渡したのはリサ。そのまま言葉を続ける。
「ladyがあれだけ勇気を振り絞って、この4日間のすべてをそそいで、あなたにproposeしたのよ?
 さあて、あなたはそれにどう答えるのかしら?」
「あ、あう、あ…………」

 この状況で、断れる男がいたら、それは際限なしの大物か大馬鹿である。
 そして、幸いなことに耕一は、そのどちらでもなかった。

313名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:14:06
「えと、あの、その…………まあ」
 マイク越しのやりとり。当然そのすべては会場に筒抜け。
 すなわち今ここにいる全員が、その証人である。
「あ、ありがとう楓ちゃん…………その」
 突然のご指名。緊張しながらも言葉を探す耕一。
「……………………」
 楓はもはや前を見ていられない。
「…………お、俺なんかでよければ…………その、いいよ」
 タメも雰囲気もクソもないが、耕一は肯定でもって楓の願いに応えた。
「今度の三連休ぐらいに帰省するから…………それでいい、かな?」
(……………………………………………………)
 沈黙し続ける楓だが…………
(…………はい)
 小さい、しかし確かな答え。
 マイクはしっかりと、その言葉を拾った。
「Congratulations pretty girl!! Ms.Kaede, over!!」
 最後の台詞を奪ったのはリサ・ヴィクセン。
 千鶴や秋子が何か言う前に、すべては大きな拍手の中にかき消えた。


「…………なあ初音」
「なあに梓お姉ちゃん」
「なーんかあたしたちって、陰薄いよな」
「しょうがないよ。今の主役は楓お姉ちゃんなんだから」
「ま、な…………」

【閉会式(授賞式) 続行中】
【鶴来屋別館パーティーホール】
【北川、住井、サラ、ティリア、リアン、エリア、ニウェ、源之助以外全員】

 ※ 残りは観鈴、みちる、【浩平】です。


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