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俟宵月 -千代神楽-

123 名前:五 「紫天」 投稿日: 2005/10/24(月) 05:37:05
 それは、どれほどの心の強さなのだろう。それは、どれだけの強い、夕依への想いなの
だろう。その先に決して幸せはなく、その道程さえも苦痛にまみれた酷い道。
「空夜、さま……」
 そんな空夜の心を感じ取った流離の双眸からは、知らず涙が溢れてしまっていた。それ
は空夜への情、そしてやはり自分は空夜を想って良かった、という心。
 空夜は涙に濡れる流離の頬に、そっと手を触れた。
「流離。俺は、その残された時は……流離の為に生きようと思う」
「空夜、さま……?」
「二月か、三月――その時を、流離の為に生きる。その果てに…………流離の命をくれ」
 静かに、淡々と語る空夜。だが、流離はその言葉を嬉しく思いながらも激しく首を振る。
「いけません、空夜さま!それは、なりませんっ」
 頬に触れる空夜の手を弱々しい力で押しのけながら。
「流離は、空夜さまの為に死ぬ。その事に躊躇いなどありません……それに、それにっ!」
 言葉を切り、唇を噛みながら空夜を見つめる流離。心が激しく揺れ動き、溢れる涙で
空夜の姿が微かにぼやける。
「そんな幸せな時を知ってしまったら、流離はきっと、死ねなくなります。未練で、夕依
さまから空夜さまを奪いたくなってしまいます……」
 流離の悲痛な慟哭が響く。後悔などはない。空夜の為に死ぬため、それだけの為に生き
てきたのだし、空夜から何かを欲しいと望んでいたわけでもない。だが、そんな流離の歪
みでさえも決して無くせないものがあった。
 愛するだけでよい、と本当に心の底から思える程に恋を重ねてもいなければ、愛された
くないと空夜の心を否定できるほどには、生を捨て切れてはいなかったから。けれど流離
のそんな心の動きは人であれば当然の事だった。人は、人を愛する時には同じように、愛
されたいという欲を捨て去る事などできはしない。ただ誰かを、傷ついた者を救うという
行為にさえも、救いたい、という欲がある。
 生きる事を望めば生きたい、という欲に動かされ、それを望まねば、死にたいという欲
に支配されるだけの事。流離が、自分の心の奥底に気付いてはいなかっただけで、歪みは
流離がそれを自覚するだけの意識を妨げていただけにすぎない。
「そうなった時は、俺に夕依を愛する資格が無かったというだけの事だ。流離が気に病む
事はない。それに――俺は、流離の気持ちを利用しようとしている。流離の為に生きると
言いながら、俺は流離を愛する事はできない。例えば流離が俺を求めてきたとしても、そ
れに答える事は決してできない。それでも、を許せる程に俺は強くはない。だから、流離
は俺を恨んでくれていい。憎んでくれていい。俺は、愛せないひとに、俺の為に死んでく
れなどと言う、恥知らずな男だから」



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