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俟宵月 -千代神楽-
118
名前:
五 「紫天」
投稿日: 2005/10/23(日) 04:51:32
その言葉に、一瞬だけ歩を止める紫月。しかし、振り返る事はなく、すぐに歩みを再開
して立ち去っていく。龍禅はそんな紫月の反応を見ながら手すりにもたれかかり、そして
空を見上げていた。
龍禅の目に映るのは止まることなく、そして止むことなく降り続ける雪。その雪を見つ
めて何を思うのか。
「死地へと赴き、なお帰る、か……」
誰に言うでもなく、ただ呟きを漏らしていた。
そして龍禅から離れていく紫月は、一筋――たった一筋だけ涙を零していた。立ち止ま
った瞬間に溢れてしまった涙。龍禅にかけられた言葉に、誘われてしまった。龍禅の言葉
は昔、紫月が戯れのように龍禅へと言った言葉だった。
九神か。九は苦しみを思わせるから好きじゃないね。どうせなら、紅の神で紅神の方が
いい。紅は私の好きな色だしさ。
そんな、何でもない言葉。龍禅は、家に拘りがあるわけではないが名前を簡単に変える
事などできない、と笑いながら答えた。そんな、昔の……龍禅と紫月の想い出。
「…………馬鹿」
紫月にしか聞こえない程の小さな声。たった一言だけ呟きを漏らす紫月。けれどその顔
は、一筋の涙を頬に伝わせていながら、これ以上ないくらいに幸せそうな笑顔に包まれて
いた。
そして、二刻ほどの時が経ち、空夜は目を醒ました。
「……久しぶりだな、流離」
目を醒ましたのと同時に、自分の頭が流離の膝の上にある事に気付いて、少し照れくさ
そうに微笑みながら、言葉を発する空夜。その空夜からは邪気はまるで感じられず、流離
が良く憶えている空夜の眼差し、それがあった。
「右目は……そうか……」
嬉しさを顔一杯に浮かべ、何か言葉を発しようと口を開く流離。だが、何も言葉として
は出てこず、ただ頷く事しかできなかった。そして空夜は眉を顰めて視線を巡らせて目を
動かしながら、己の右目が何も映してはいない事を理解して小さく呟く。その声には少し
だけ悔しそうな感情が混じっていた。
「流離、ありがとう」
空夜は体を起こし、流離へと向き直って座り、優しく声をかけた。
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