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企画もの【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議2

1 ◆VnfocaQoW2:2010/04/04(日) 00:20:17

雑談、キャラクターの情報交換、
今後の展開などについての総合検討を主目的とします。
今後、物語の筋に関係のない質問等はこちらでお願いします。

278話以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。

規約はこちら
>>2

2名無しさん@初回限定:2010/04/04(日) 00:21:17

◆決まりごと

・キャラの死を書くにあたって
 バトロワ物の華であるがゆえに、書くときは注意深くね。
 「ぞんざいな死」がダメなのはもちろんのこと、話全体の流れも良く考えて。

・UP宣言
 本スレへのUP前に、検討スレにその旨を書き込みましょう。
 半日以上前に宣言→UPの1時間前に最終宣言が主流のようです。

・ストーリーの流れ
 参加者の一部はゲームそのものに反抗し、どこかの段階で主催者を倒します。
 最後の一人になるまでは殺しあいません。

・知らないキャラクターを書く場合
 過去ログを熟読して特徴をよく掴んでから書きましょう。
 キャラクターについての疑問点があったら有識者に有識者に聞いてみましょう。
 迷惑をかけないように
・監察・刺客を書く場合
 監察は、>>の『ルール違反』を犯した参加者に警告を与えます。
 締めの言葉は「死ぬことになる」で、要件を伝えたら消えます。
 刺客は、警告を無視した参加者にしか攻撃できません。

・バトンを受けるにあたって
 書き出す前に時間、グループ、スタンス、現在位置、所持品、能力を把握して
 矛盾無く繋ぎましょう。
 どこかに矛盾がある場合は、修正依頼がかけられる場合もありますよ。

・特殊能力について
 キャラ固有の特殊能力は原則、制限されていません。
 流れとバランスを考えて使用したり、筋に沿って能力制限をかけたりして、
 話を盛り上げましょう。

・書きたいキャラが被った、その展開は勘弁… etc.
 ここで相談しましょう。落ち着いて。

3名無しさん@初回限定:2010/04/04(日) 00:22:58

◆書式のお約束

・名前欄に、そのSSのタイトルを記入しましょう。
・冒頭に半角で 『>(レス番)』と打ち、どの続きを書いているかを明示。
・冒頭及び必要だと思われる個所では、半角・24時間表記で『(時間)』を記入。
・一連の書きこみが終わったら最後に『↓』を記入。
・一連の書き込みで死人が出たら、↓マークの下に
 【(参加者番号)(参加者名及び主催者名)(死亡 残り(数)人】と記入。
・一連の書き込みでグループ、スタンス、現在位置、所持品、能力制限が変更さ
れた場合、
 その旨を↓マークの下に記入。


1 名前:こんな感じ 投稿日:2002/01/31(木)
>303
(21:18)

琢麿呂、雷蔵を銃殺。

            ↓

                【No.13:海原琢磨呂】
                【所持品:銃器(詳細不明)
                       :重い物(詳細不明)】
                【スタンス:近づいてきたら殺る】
                【能力制限:無し】
                 NO.10 貴神雷贈 死亡 ―――残り38人

それ以外では・・・↓


【グループ名:(名前を入記)・(名前〜)】
【現在位置:】
【スタンス:(一致していて、その必要があれば)】
【備考:(必要があれば)】


【(キャラ名)】
【現在位置:(グループ欄で書いてあれば必要なし)】
【スタンス:(グループ欄で書いてあれば必要なし)】
【所持品:】
【能力:】
【備考:】

・・・・・・と言った感じでお願いします。

4名無しさん@初回限定:2010/04/04(日) 00:28:40

【現行作品スレ】
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第7部
ttp://set.bbspink.com/test/read.cgi/erog/1228228630/

【過去作品スレ】
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第6部
ttp://set.bbspink.com/test/read.cgi/erog/1122229185/
バトル・ロワイアル【今度は本気】第5部
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/erog/1053422142/
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第4部
ttp://www2.bbspink.com/erog/kako/1044/10442/1044212918.html
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第3部
ttp://www2.bbspink.com/erog/kako/1029/10293/1029399672.html
バトル・ロワイアル。【今度は本気】 第2部
ttp://www2.bbspink.com/erog/kako/1012/10127/1012701866.html
リアル・バトル・ロワイアル。【今度は本気】
ttp://www2.bbspink.com/erog/kako/1008/10085/1008567428.html


葱板バトルロワイアル まとめサイト仮設所(現在休止中?)
ttp://d1s.skr.jp/ergr/
編集サイト(現在休止中?)
ttp://syokikan.tripod.com/

5名無しさん@初回限定:2010/04/04(日) 00:29:13

◆設定

<世界>
・舞台となる孤島及び世界は、ルドラサウム(巨大な白い鯨型の絶対神@鬼畜王
ランス)が
 ゲームの為に造ったもの
・参加者はルドラサウムが召喚した
・参加者たちは、言語の壁を越えて会話することができるが、文化の違いまで
はわからない
・ルドラサウムの部下、プランナーもそれに関わっている


<ゲーム>
・毎日0:00、6:00、12:00、18:00の四回、定時放送が入る
・参加者は首輪を装備している。首輪には爆弾、集音マイク・発信機が仕掛けら
れている
・参加者はランダム配布物(主に武器)、デイバックに非常食と水少量、地図を
所持
・監察は、ルール違反者に警告を発する役割
・ルール違反は以下4点で、上のものほど重要度が高い
  :主催者への反乱
  :ゲーム進行の阻害(首輪の破壊・解析など)
  :島からの逃亡
  :馴れ合い、戦意無し
・刺客は、監察の警告を無視した参加者を始末する

6名無しさん@初回限定:2010/04/04(日) 00:29:41

◆参加者1(○=生存 ×=死亡)

○ 01:ユリーシャ  DARCROWS@アリスソフト
○ 02:ランス  ランス1〜4.2、鬼畜王ランス@アリスソフト
× 03:伊頭遺作  遺作@エルフ
× 04:伊頭臭作  臭作@エルフ
× 05:伊頭鬼作  鬼作@エルフ
× 06:タイガージョー  OnlyYou、OnlyYou リ・クルス@アリスソフト  
× 07:堂島薫  果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
○ 08:高町恭也  とらいあんぐるハート3 SweetsongForever@ivory
× 09:グレン  Fifth@RUNE
× 10:貴神雷贈  大悪司@アリスソフト
× 11:エーリヒ・フォン・マンシュタイン  ドイツ軍
○ 12:魔窟堂野武彦  ぷろすちゅーでんとGOOD@アリスソフト  
× 13:海原琢磨呂  野々村病院の人々@エルフ
× 14:アズライト  デアボリカ@アリスソフト  
× 15:高原美奈子  THEガッツ!1〜3@オーサリングヘヴン  
× 16:朽木双葉  グリーン・グリーン@GROOVER
× 17:神条真人  最後に奏でる狂想曲@たっちー
× 18:星川翼  夜が来る!@アリスソフト  
× 19:松倉藍(獣覚醒Ver)果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
× 20:勝沼紳一  悪夢、絶望@StudioMebius

7名無しさん@初回限定:2010/04/04(日) 00:29:56

◆参加者2(○=生存 ×=死亡)

× 21:柏木千鶴  痕@Leaf
× 22:紫堂神楽  神語@EuphonyProduction
× 23:アイン  ファントム 〜Phantom of Inferno〜@nitro+
× 24:なみ  ドリル少女 スパイラル・なみ@Evolution
× 25:涼宮遙  君が望む永遠@age
× 26:グレン・コリンズ  EDEN1〜3@フォレスター
× 27:常葉愛  ぶるまー2000@LiarSoft
○ 28:しおり  はじめてのおるすばん@ZERO
× 29:さおり  はじめてのおるすばん@ZERO
× 30:木ノ下泰男  Piaキャロットへようこそ@カクテルソフト
× 31:篠原秋穂  五月倶楽部@覇王
× 32:法条まりな EVE 〜burst error〜@シーズウェア  
× 33:クレア・バートン  殻の中の小鳥・雛鳥の囀@STUDiO B-ROOM
× 34:アリスメンディ  ローデビル!@ブラックライト
× 35:広田寛  家族計画@D.O.  
○ 36:月夜御名紗霧  Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
× 37:猪乃健  Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
○ 38:広場まひる  ねがぽじ@Active
× 39:シャロン  WordsWorth@エルフ
○ 40:仁村知佳  とらいあんぐるハート2@ivory

8名無しさん@初回限定:2010/04/04(日) 00:30:08

◆運営側(○=生存 ×=死亡)

○ 主催者:ザドゥ  狂拳伝説クレイジーナックル&2@ZyX
× 刺客1:素敵医師  大悪司@アリスソフト  
○ 刺客2:カモミール・芹沢  行殺? 新選組@LiarSoft
○ 刺客3:椎名智機 將姫@シーズウェア
○ 刺客4:ケイブリス 鬼畜王ランス@アリスソフト
○ 監察官:御陵透子  sense off@otherwise

9284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/04/04(日) 01:16:21
代理投下終了しました。
それとスレ立てお疲れ様でした。

10名無しさん@初回限定:2010/04/04(日) 01:35:00
本スレにここのアドレス貼りました。

11284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/04/05(月) 19:10:54
279話までのまとめをUPしました。
パスはbatoです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org786471.zip.html

249話入れ替えました。
時系列まとめはルート別にしようとしたものの
なんか使いにくそうなので色別で分けました。
PM8:00以降はルート別にきちんと分けます。
不評でしたら元に戻します。

次のUPは来週の月曜日の予定です。
また水曜日。

12284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/04/07(水) 19:21:53
すみません。
今日に希望の残骸を本投下する予定でしたが、もう一本作品書いてからにします。
投下する前日には加筆修正箇所をここに投下します。

13284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/04/12(月) 19:02:14
281話までのまとめをアップしました。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org805414.zip.html

パスはnegiです。
次は遅くても来週の月曜日に。

14名無しさん@初回限定:2010/04/12(月) 23:56:01
>>13
いつもご苦労様です。
ttp://d1s.skr.jp/ergr/
反映させておきました。
投下の方は今週末予定です。

15284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/04/19(月) 18:56:29

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org823284.zip.html

282話までのまとめをUPしました。
パスはrowaです。

>>14
遅れましたが更新ありがとうございました。

16284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/04/26(月) 19:24:35
283話までのまとめをアップしました。
パスはnegibaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org841226.zip.html

来週は都合により金曜日までPCを扱えない状態が続いてしまうと思います。
すいませんが次回の更新は来週の金曜日の予定になってしまいそうです。

17284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/05/07(金) 19:21:42
◆VnfocaQoW2さん、2時間以上に渡る投下お疲れ様でした。

283話までのまとめをUPしました。
パスはnegiです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org867416.zip.html

次回は来週の月曜日にUPします。
何か更新します。

18284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/05/10(月) 22:59:28
前回のアップ時に283話目に当たる『おやすみぃ……』を収録し忘れてしまってました。
すみませんでした。
その分を収録したまとめをアップしました。
パスはbatoroです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org876223.zip.html

時間がなく他の更新はできませんでした。
来週の月曜日までには何らかの更新を行いたいと思います。

19284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/05/17(月) 18:52:15
何の更新もできませんでしたが一応生存報告。
まとめは前回と同じです。
パスはsageです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org892153.zip.html

20名無しさん@初回限定:2010/05/19(水) 21:03:54
中々タイミングが合わず更新ファイルを拾えないせいで更新できず申し訳ない。
毎週月曜かな……?

21284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/05/24(月) 19:59:01
更新する暇がなく今回も前と同じまとめです。
パスはrowaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org910497.zip.html

>>20
返事が遅れてすいません。
要望がありましたら月曜以外にもUPしますので。

22284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/05/31(月) 18:48:22
284話までのまとめをUPしました。
変更なしでごめんなさい。
パスはsageです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org928124.zip.html

23284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/06/07(月) 19:25:26
先週のと同じです。
パスはrowaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org947973.zip.html

24284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/06/14(月) 12:45:46
都合により、今日、明日とアップができません。
すみません。
水曜に何らかの更新をしたいと思います。

25284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/06/16(水) 22:40:33
名簿関係とSS一覧の微修正を行いました。
パスはbatoです。
次回は遅くても月曜日に更新したいと思います。
その際、まとめに大幅な更新があるかも知れません。
その場合、更新してないまとめも一部アップします。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org968293.zip.html

26284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/06/21(月) 20:18:17
項目を一つ追加しました。
パスはnegiです。
今週の水曜日の深夜に更新をする予定です。
今回追加した項目の内容も一部変更になるかも知れませんの。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org979243.zip.html

27284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/06/23(水) 19:06:10
すいません延長します。
遅くても来週の月曜日にUPします。
それとまとめサイト管理人さん先週の更新どうもでした。

28284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/06/28(月) 20:39:23
なかなか思うように進行できませんでした。
とりあえず前回のを再UPします。
パスはbatoです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org993326.zip.html

29284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/07/04(日) 23:24:43
事情により今度のUPは水曜日の予定です。

30 ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 18:59:29
お久しぶりです。
以下12レス、「戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜」
以下11レス、「戦慄のパンツバトル!〜P−3〜」
以下09レス、「戦慄のパンツバトル!〜ランス〜」
以下12レス、「戦慄のパンツバトル!〜智機〜」
を仮投下いたします。

次回は「ほんとうのさよなら」。
観月しおり、エンジェルナイト、?????が登場予定です。

31戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(1/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:00:42
>>235
(ルートC:2日目 16:50 D−6 西の森外れ・小屋3)


  ―――言ってみろ


いらだちをポーカーフェイスでくるりと包み、
心で舌打ちを乱打しているのは月夜御名紗霧。
彼女は交渉とボディチェックを同時進行させるという
己の提案を心底後悔していた。

(ああっ、ホントに、全く、もうっ!)

相手に飲まれずに交渉を進める為に、ランスを投入して場を乱す。
己の思考力を回復するのではなく、相手の思考力を低下させる。
それでイーブン。
紗霧の意図ではあった。
確かに効果は上がっている。
しかし、もはや紗霧の手の届かぬところまで上がってしまっていた。

(だらしないです。だらしなさ過ぎです、椎名智機!
 貴女ロボットでしょうが!
 それとも実はダッチワイフですか?
 要らぬ科学を無駄に詰め込んだ非モテ男の夢と希望の結晶か何かですか!?)

油断ならぬ交渉人であるはず目の前の人型機械は、
今や雌達磨と成り下がっている。
四肢が、脱落したのだ。
ランスの愛撫より生まれたあまりの快楽によって。

32戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(2/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:02:10
 
「じっ…… じゆ、ううっ♪ はぁはぁ、じっ、ゆぅぅうっ!
 をおおっ、あっ! あっあっあーーー、与え、てっ、てぇぇ……
 ひぃふう、ひいふぅ…… 欲しい、欲しいのぉぉぉぉっ!!」

自由を与えて欲しい。
言葉の体を為さぬ智機の言葉は、このような意図を伝えようとしていた。
紗霧はビクンビクンと震える彼女に三度聞き返し、ようやくそのことを理解する。

交渉の開始から十余分。万事がこの調子だ。
因みに紗霧が智機より得た情報は、下記六項目のみである。

 1.椎名智機とは主催者ではない。主催者の備品である
 2.備品ではあるが、意思を持っている
 3.備品ゆえに、主催者に牙を向かぬよう、制御がかかっている
 4.東の森の火災に主催者たちが巻き込まれたため、指揮系統が混乱している
 5.自分は、その混乱に乗じて上手く指揮の輪と監視の目から逃れることが出来た
 6.主催者の殲滅による3の制御からの脱却が、智機たちの望みである

それらは智機たちの立場説明に過ぎぬ。
紗霧はまだ一片の情報すら渡していない。
交渉は、まだ始まってもいないのだ。

「がはははは! どうだ智機ちゃん、俺様のゴールドフィンガーは?」

智機の背後にぴたりと張り付くランスが、
胸を揉む手を止めぬまま、智機に問うた。
言葉こそ智機に掛けられているものだったが、
目線はテーブルのこちらの紗霧に向いていた。

33戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(3/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:03:19
 
(まったく、この男ときたら……)

ランスは、見せ付けているのだ。
なんの意図があってそのようなことをしているのか紗霧には分からぬし、
どうせ下品な意図だろうから分かりたいとも思わないが、
彼は確かに含むものを持っているのだと、紗霧は確信している。


  ―――言ってみろ


それが紗霧の苛立ちを加速させる。
もう紗霧はポーカーフェイスを崩している。
舌打ちも音に出している。

自慢げな笑い声を響かせているランスも。
ド下品なアヘ顔を晒す智機も。
それを傍観している自分も。
智機は、何もかもにうんざりし、苛立っていた。

それでも紗霧は、苛立つ自分に流されなかった。
感情と思考を別の流れとして制御したいた。
この光景の何にそれほど苛つくのか。
並々ならぬ苛立ちの根源を探るべく、紗霧は思案を巡らせる。


  ―――言ってみろ

34戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(4/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:04:36
 
それに、ブレーキがかかった。
それ以上追求してはいけないのだと。
その方向に視線を向けてはいけないのだと。
思考の流れが、何かに止められていた。

「智機ちゃんはカワイイな!」
「戯言を…… 私が可愛いはずなんて、ない……」
「そうでもないぞ? 俺様、素直に感じる子は大好きだからな!」
「ウソ…… だっ!」

ゴトリ。テーブルの下で何かが落下音を立てた。
と、同時に紗霧の鼻を突いたのは濃厚な雌の匂い。
それが智機の顔を不快げに歪ませた。


  ―――言ってみろ


「ランス、いつまで乳揉みをしているつもりですか?
 もう十分堪能したでしょうに」

苛立を隠し切れぬ紗霧が、怒りの形相でランスにボディチェックの終了を促す。
もう、何度も紗霧はランスに同じ内容を訴えている。
言葉で、態度で、目線で。
ランスはそれを全て却下している。無視している。
しかし。
 
「うむ、紗霧ちゃんの言うとおりだ。
 智機ちゃんのおっぱい周辺には危ないものがなかったからな」

35戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(5/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:05:30
 
ここに来てランスはようやく紗霧の言葉を受け入れた。
苛立ちがほんの一瞬だけ緩和され、胸を撫で下ろした紗霧だが、
続くランスの行動に、油断した己を恥じずにはいられなかった。
ランスは、テーブルの下にいそいそと潜り込んだのだ。

「ではそろそろ本命の隠し場所をチェックしよう!」
「No!! 下着はダメだ!!」
 
ランスは紗霧の言葉を、自分の都合の良いように勝手に解釈したらしい。
乳のチェックが終れば股間のチェック。
要らぬ所で知恵が回ることだと、紗霧の偏頭痛は益々深まってゆく。

「おやぁ? 何故ぱんつを隠すんだ智機ちゃん?
 まさか本当にアソコに凶器を隠しちゃいないだろうなぁ?」

ランスとて、この対談の重要性は理解しているはずだ。
己が担うべき役割、紗霧が期待している働きも理解しているはずだ。
であるにもかかわらず、この無軌道ぶりは、何であるのか?

余りにもフリーダム。
余りにもガキ大将。

紗霧は思い知った。
ランスを制御できるなど、思い上がっていたのだと思い知った。
実際、平時のランスの手綱は取れていた。
だが、この暴れ馬は一旦野に放ってしまおうものなら、
己の気の済むまで走りきらぬ限り、或いは足でも折らぬ限り、
決して足を止めることはないのだと、紗霧は痛恨の痛手として反省した。

36戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(6/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:08:49
 
そんな紗霧の落胆を知ってか知らずか。
いや、知っているに決まっているランスは、
またしても紗霧の神経を逆撫でる。

「パンツ遊び☆リターンズ」
「はぁ、パンツ遊び……」

テーブルの下からランスの底抜けに愉快な声が響き渡り、
紗霧はその内容の余りの阿呆らしさに深い溜息を漏らす。

紗霧は心底呆れた。
しかし、緊張した。
おかしなことだった。
呆れと緊張は、普通は並列しない。

紗霧はその違和感を意識する。


  ―――言ってみろ


意識しない。
意識してはならない。
意識は逸らされねばならない。
 
「わははは、それそれ、ぐいぐい」
「はぁうっっ…… きゅん、っ……
 私の負けだ。もうどうにでもするがいい……」

37戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(7/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:09:41
 
智機がついに陥落した。
その解放と諦観の入り混じった投げやりな言葉の響きに、
紗霧の中の何かが、記憶と、繋がった。


  ―――言ってみろ、お前は何だ?


鍵が差し込まれた。扉が開かれた。
その向こうから、記憶が雪崩れの如く押し寄せた。
そうなってはもう、意志の力で押さえ込めるものではなかった。
押さえ込まれて、押さえ込まれて、反発力を高めきったそれは、
フラッシュバックとなり、紗霧を追体験の淵に追い込んだ。


  ―――遺作お兄さんの精液を処理するための便所です



   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


79度―――

伊頭遺作は79度もの数、精を紗霧に放った。
時間にして16時間ほど前、竜神社でのことだ。

38戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(8/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:10:22
 
休憩は無い。
陰茎を膣から抜くことすらしなかった。
処女として。いや、たとえ遊び慣れた女にとってしても、
それは条理を越えた、恐ろしい拷問であろう。

紗霧はその苦痛と恐怖に耐え切った。

肉体の感覚に引きずられぬ鋼の意志。
遺作の言動と表情を読んだ上での演技。
生まれと育ちから来る雌伏の精神。

それらが奇跡的にかみ合った結果、
紗霧は五時間もの連続強姦を経て尚、
紗霧であることを保ちきったのだ。

だがそれは、正気のまま理解していることを意味している。
全ての陵辱と苦痛が記憶として残っている。
狂気にも快楽にも逃げるを良しとしない精神の強さが、
なお一層、紗霧の体験を鮮烈なものとしてしまっている。

狭い社の暗い天井を覚えている。
障子越しの月光を覚えている。
冷たい隙間風を覚えている。
秋の虫の音を覚えている。

魚臭い息を覚えている。
濁った目を覚えている。
乾いた唇を覚えている。
汚い無精髭を覚えている。

39戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(9/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:11:35
 
舌が皮膚を這いずる感覚を覚えている。
乱暴な指の動きを覚えている。
もっと乱暴な腰の動きを覚えている。
精液の生ぬるさを覚えている。

演技で何を口走ったのか覚えている。
本気でどう感じたのか覚えている。
演技と本気の境界を失った瞬間を覚えている。
思考を停止した契機を覚えている。

  ―――言ってみろ、お前は何だ?
  ―――遺作お兄さんの精液を処理するための便所です

全部、覚えている。
忘れたいのに、覚えている。

トラウマ―――
その陳腐な響きと巷で簡単に使われている事実を、紗霧は嫌う。
だから彼女は遺作との五時間がそれであることは決して認めぬし、
己を成長させる為の良い経験であったなどと嘯くことであろう。

それでも。拭いがたい屈辱の忘れ得ぬ悪夢として。
紗霧の体と心に遺作が刻み込まれていること。
性行為に嫌悪感を持ってしまったこと。

それは、紛れも無い事実である。

40戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(10/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:13:27
 
 
   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


時間にして十秒も無い。
その十秒で紗霧の様相は劇的に変化した。

顔面は蒼白。体温は低下。
にも関わらず、心拍数は異常に高い。
視界は暗く歪み、平衡感覚も心許ない。
真夏の犬のそれの如く、呼吸は荒い。

(いけない―――
 この弱い自分を、私は知らない。
 この心の作用を、私は抑えられない)

心とは、思考によって制御すべきものだ。
月夜御名紗霧は、そう考え、そう実践してきた。
だから、あの事から能動的に目を逸らした。
だから、あの事を選択して意識の隅に追いやった。
思い返すと心乱れる思い出など、思い出さなければよいだけだ。
それで、克服できた気になっていた。

月夜御名紗霧は。
己の心の働きと、体に与える影響を甘く捉えていた。
己の良識と乙女心を、軽く見積もっていた。
思い出さずとも蘇ってしまう記憶があるなど、知らなかった。

41戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(11/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:14:10
 
「よし。じゃあ好きにしよう」
「だっ、だから好きにしろと……」

紗霧の目の前で行われている乱痴気は、
不快を通り越し、嫌悪を飛び越えて、
もはや恐怖の域まで達してしまっている。

ランスの指が怖い。
ランスの舌が怖い。
智機のわななきが怖い。
智機の喘ぎが怖い。
この匂いが怖い。
この熱気が怖い。

この空間の全てが、怖い。

「だから好きにしているのだ。
 俺様が今イチバンやりたいことは、おまたイジイジだからな!
 いーんぐりもーーんぐりーーー」
「はきゅぅぅん♪」

紗霧は黙して席を立ち、小屋の外へと小走りで向かう。
こみ上げる吐き気を堪えながら。
ランスと智機から、紗霧に制止の声が掛けられることは無かった。
二人にとって紗霧は、もはや意識の外の住人であった故に。


             ↓

42戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(情報1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:14:38
 
(Cルート)
 
【現在位置:西の小屋内 → 西の小屋外】

【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に
      ①自分を取り戻す
      ②智機との交渉を再開する】
【所持品:スペツナズナイフ、金属バット、レーザーガン、ボウガン、
     スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
     文房具とノート、白チョーク1箱、謎のペン×8、
     薬品数種類、医療器具(メス・ピンセット)、対人レーダー、解除装置】

43戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(1/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:15:27
>>235
(ルートC:2日目 18:50 D−6 西の森外れ・小屋3)

紗霧との交渉とランスのセクハラとを同時進行させる。
意外な申し出ではあった。
しかし、このような苦し紛れの提案が紗霧から為されたこと自体、
交渉が智機主導となっている証左である。
P−3はそう判断した。
この有利を継続する為には、下らぬと言って提案を却下するより
無頓着に受諾して、相手に余裕を見せた方が効果が高い。
P−3はそう予測した。

P−3は即座にインスタントメッセージ機能(IM)を起動。
判断と予測を、本拠地の茶室に潜む智機に送信。
データは滞りなく到着した。

10秒―――返答無し。
20秒―――返答無し。
30秒―――返答無し。

しかしP−3は動揺しない。
返答無き可能性は十分に承知していたが為に。
本機は本機で為すべきタスクの多くがある。
しかも管制室の各種端末からの支援が受けられぬ状況であるならば、
二人三脚の如く、全てを相談して意思決定することは不可能。
判断の多くは、自ら下さねばならない。

故にP−3は返答した。
本機の返答を待たずして。
諾、と。

44戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(2/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:17:08
 
――で、現実である。

「じっ…… じゆ、ううっ♪ はぁはぁ、じっ、ゆぅぅうっ!
 をおおっ、あっ! あっあっあーーー、与え、てっ、てぇぇ……
 ひぃふう、ひいふぅ…… 欲しい、欲しいのぉぉぉぉっ!!」

達磨となったP−3の姿が、そこにあった。
四肢パーツがそれぞれ肘、膝から脱落している。
排熱効率を上げて熱暴走を防ぐ観点から言えば、
原始的ではあるものの効率的な手段であった。

即ち。P−3は熱暴走の際まで追い込まれていたのだ。
ランスの執拗なまでのボディチェック――― 愛撫によって。

P−3は知らなかった。
己のオートマンとしての肉体が、これほどまでに快楽に弱いとは。
P−3は知らなかった。
鬼作を篭絡した筐体には、皮膚感覚を遮断する特殊なソフトウェアが
インストールされていたことを。

「がはははは! どうだ智機ちゃん、俺様のゴールドフィンガーは?」

ランスの得意げな問いかけに、しかしP−3は答えない。
強がりも冷笑もしない。できない。
P−3に唯一できることは、こみ上げる快楽をひたすら耐えることのみである。

上気した頬、乱れる吐息、切なげな眉根、わななく肢体。
端からから見れば既に堕ちきっているとしか思えぬ様相を呈してはいる。
それでもP−3は見えないところで耐えている。

45戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(3/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:18:10
 
例えば、性感に埋め尽くされんとするメインメモリに対し、
手動にて3%の未使用領域を確保しつづけている。
例えば、音声発生ユニットへのリモートコントロールアプリケーションを
起動状態のまま保っている。
例えば、リフレッシュレートの間隙を突いては、IMにて
オリジナル智機へメッセージを飛ばしている。

この3%と2つのアプリのみを、彼女は全ての機能を擲って死守している。
なぜか?
それは、彼女が己自身の脳と舌による交渉を諦めた故。
それは、オリジナル智機に遠隔交渉させる以外に方法が見出せなかった故。

「智機ちゃんはカワイイな!」

ドクン、と。
P−3の情動波形が大きく波打った。
それは快楽に流されて昂ぶっている波形とは様相を異にする、
突発的で分析不能な乱れであった。

「戯言を…… 私が可愛いはずなんて、ない……」

P−3は反射的に否定の言葉を呟いた。
そこには計算も奸智も働いていない。

(可愛い……?
 何故、私の情動発生器がこのたった四文字にここまで揺れる?
 分析したい…… 己の未知なる情動と、その根拠を……)

「そうでもないぞ? 俺様、素直に感じる子は大好きだからな!」

46戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(4/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:19:32
 
ランスは更に睦言を紡ぐ。
P−3は更に否定する。

「ウソ…… だっ!」

P−3の短い悲鳴と共に、音を立てて剥離されたのは
亡霊紳一が貞操帯と称した下腹部の保護パーツ。

  ―――可愛い。
  ―――大好き。

この二言が産んだP−3の動揺は凄まじく、また瞬間的な負荷も甚大であった。
保護パーツの剥離は、こうした負荷から来る熱暴走を未然に防ぐ為に、
ソフト側ではなくハード側が起こした直接対策であり緊急避難であった。

(No…… もうダメだ、もう耐えられない。
 健全で冷静な思考が発生させられない……)

P−3の祈りが通じたのか。
救いの手は敵であるはずの月夜御名紗霧から差し伸べられた。

「ランス、いつまで乳揉みをしているつもりですか?
 もう十分堪能したでしょうに」
「うむ、紗霧ちゃんの言うとおりだ。
 智機ちゃんのおっぱい周辺には危ないものがなかったからな」

ランスが言葉とともに、P−3のバストから手を離した。
圧倒的な開放感が、P−3の胸中に広がった。

47戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(5/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:20:18
 
(これでようやくこの地獄の責め苦から解放されるのか……)

HDDの回転が緩やかになってゆく。
メモリの不正占拠が解放されてゆく。
P−3はようやく、一息がつけた。
しかし、二息目をつく暇は与えられなかった。

「ではそろそろ本命の隠し場所をチェックしよう!」

ランスの声はテーブルの下から。
より正確には押し開かれたP−3の両腿の間から。
ランスの目線と伸ばされた人差し指の意味が瞬時に理解され、
解放の余韻に浸っていた彼女の頭に冷水が浴びせかけられた。

「No!! 下着はダメだ!!」
「おやぁ? 何故ぱんつを隠すんだ智機ちゃん?
 まさか本当にアソコに凶器を隠しちゃいないだろうなぁ?」

閉じるべき膝が無く。遮るべき腕も無く。
P−3ができる拒絶の意思表明は、
いやいやと体を捻ることのみであった。

ランスはそこでふっと微笑み。
下着に触れんとしていた指で自身の髪をかきあげ。
カッコイイポーズを取って、言った。

「パンツ遊び☆リターンズ」

48戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(6/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:22:34
 
P−3は耳を疑った。
キメポーズで。
斜に構えて。
タメてまで。
そんな阿呆なこと言うはずがないのだと。

「はぁ、パンツ遊び……」

P−3は、紗霧の溜息でやはりそんな阿呆なことを言ったのであり、
自分の空耳などでは決して無く、
ランスという男の底知れぬ底の浅さを、漸く実感した。

「わははは、それそれ、ぐいぐい」

P−3はランスに下着を摘まれ、細く絞られたそれを押し付けられた。
濡れたショーツの生地が己の最大限に膨らんだ肉芽に擦れた衝撃は凄まじく、
自らのコンデンサが蓄える高圧電流よりもなお激しく鋭い刺激が、
P−3の脳髄に鮮烈に焼き付けられた。

「はぁうっっ…… きゅん、っ……」

P−3にはできなかった。
この感覚を、意味のある言葉で表現することも。
沈黙で以って耐えることも。

ランスは引き絞り押し付けたショーツを、小刻みに左右に震わせている。
どろんと緩やかで濃厚な細波が、着実にP−3を追い詰めてゆく。

49戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(7/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:26:01
 
(No! 理解不能な!
 理解不能な感覚が、私を究竟まで押し上げようと……っ!)

理解不能といいつつも、P−3は理解していた。
これが、この先にあるのが、エクスタシーであると。

(ああっ…… 私のアソコ…… 膣…… ヴァギナ、は、遂に……)

四肢に痙攣の予感が走る。
視界が点滅しだす。
チューブ式筋繊維が解放のための緊張状態に突入する。
そこで……

(……お○んこ、イかない???)

テンションが、上がり止った。
刺激が、感じられなくなった。
自然と喰いしばっていた歯を緩め、眉根に寄せた皺を解きながら、
P−3はランスの顔を視界に納める。

ランスは笑っていた。
いい笑顔で笑っていた。
それはとても意地悪な笑みであった。
サディズム溢れる笑みであった。

その笑みに、P−3は悟る。
ランスは自分の絶頂をコントロールしているのだと。
人如きに制御をいいようにされている。
それも、プログラムではなく、営み如きに。

50戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(8/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:26:45
 
本来のレプリカ智機に、それが許せるはずが無かった。
オートマンは、人より優れている。
そのプライドが、甘受させぬはずであった。

であるにも関わらず、P−3は憤らぬ。
いいようにされてなお、求めている。

疼いている。絶頂を間際にして到達できなかった体が。
火照っている。未だ燃え尽きぬ官能の炎が。

この男に、して欲しいのだ。
最後まで、して欲しいのだ。
その欲求を伝達しないことなど、不可能なのだ。

「私の負けだ。もうどうにでもするがいい……」

投げやりな口調のその裏で、P−3は期待に打ち震えていた。
あの感覚の先を知ることが出来る、その予感で胸が満ちていた。

(No。きっと、それだけで留まらないだろう。
 一度発情した男は、射精をしたがるものだと聞き及ぶ。
 だとすれば私は…… 私は……
 機械の身でありながらセックスの悦びを知ることが出来るのか!?)

P−3は続く展開に益々身を熱くする。
与えられる全ての快楽を余すところ無く貪る気力に満ちている。

51戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(9/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:27:26
 
だというのに。
ランスという男は。

「よし。じゃあ好きにしよう」

動かないのだ。
P−3の想いを裏切って、待機しているのだ。
P−3の羞恥を、情欲を、観察しているのだ。

「だっ、だから好きにしろと……」

快楽をエサに、掌の上で転がされている。
P−3にはそれが分かった。
分かったとてなお、情欲は止まなかった。
とにかく、欲しかった。
この男の与えるものが欲しかった。
どうねだればこの男がしてくれるのか知りたかった。
そのためなら、どんなことでも喜んでしようと思った。

そこに。いまさら。

================================================================================
T−00:初期の任務から状況は変わった。作戦を変更する
================================================================================

あれほど待っても来なかった本機からのIMであった。
P−3の胸中で悶え狂っていた赤黒い獣が、少しだけ鎮まった。
その、ほんの少しの余裕の中で、P−3は気付く。
性的欲求が最優先タスクに居座り続けていたことに。

52戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(10/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:28:30
 
(おかしなものだ……
 これほどまでに激した感情を抱いてなお、
 それが制限されぬとは……)

そう。
度を越した強い感情はオートマンには不要。
その設計思想を体現する情動トランキライズ機能。
今のP−3のような強い性欲は、この機能が強制的に中和し、
制御可能な領域にまで波形を減ずるはずだ。

それが、働いていない。
それゆえに、流された。

(No。今すべきは原因の追求ではない。IMを返信しなければ)

本機からのIMによって冷静さを取り戻しつつあるP−3は、
まずは現状の報告から手短に打鍵する。

================================================================================
P−03:度重なる皮膚感覚に動作不良を起こしている
P−03:対処法などあればご教示いzさd
================================================================================

(頂きた……くぅぅっ!?)

タイプが乱れたのは、ランスが再び蠢きだしたため。
ただ蠢いたのではない。
舌である。
ついにその舌を解禁したのである。

53戦慄のパンツバトル!〜P−3〜(11/11)(情報1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:29:08
 
「だから好きにしているのだ。
 俺様が今イチバンやりたいことは、おまたイジイジだからな!
 いーんぐりもーーんぐりーーー」

P−3が一時的にも冷静さを取り戻せたのは、
ランスが責めの手を休めていたからに過ぎない。
その責めが以前よりも巧みに卑猥になったならば。

「はきゅぅぅん♪」

P−3はもう、翻弄されるしかないのである。
陥落するしかないのである。

(私っ…… お○んこイキたいっっっ!!)

本機からの至上命令も忘れ。
オートマンのプライドも置き去りにして。
P−3の意識とメモリの全てが、快楽に染まった。

            ↓

 
(Cルート)

【現在位置:西の小屋内】

【レプリカ智機(P−3)】
【スタンス:快楽を貪る】
【所持品:?】
【備考:快楽により制御不能】

54戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(1/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:29:40
>>235
(ルートC:2日目 18:50 D−6 西の森外れ・小屋3)

本気になったランスの絶技は、口で言うだけのことはあった。

撫でた。
揉んだ。
擽った。
掴んだ。
転がした。
摘んだ。
押し込んだ。
引っ張った。

怒涛の如く責めたと思いきや、細波の如く繊細に慰める。
変幻自在。千変万化。

「じっ…… じゆ、ううっ♪ はぁはぁ、じっ、ゆぅぅうっ!
 をおおっ、あっ! あっあっあーーー、与え、てっ、てぇぇ……
 ひぃふう、ひいふぅ…… 欲しい、欲しいのぉぉぉぉっ!!」

ランスには、判っていた。
最初に智機の乳首を探り当てたときから、確信していた。

(むふふ…… このロボ娘ちゃん、淫乱の素質があるぞ!)

しかも恐ろしいことに。
ランスはまだ胸しか愛撫していないのだ。
指でしか愛撫していないのだ。

55戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(2/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:30:33
 
「がはははは! どうだ智機ちゃん、俺様のゴールドフィンガーは?」
 
ランスが伸ばした手は智機の白衣と制服をたくし上げ、
直に彼女の胸へと伸びている。
P−3はランスの問いに答えを返しはしなかった。
しかし、体温が、表情が、吐息が、跳ねる体が、
その指使いは絶品であると返答していた。

ランスは己の猛る一物におあずけを食らわせてまで女体いじりに専念している。
ひたすら智機を感じさせ、その反応を楽しむために。
そして、もう一つの目的のために。

(このツンツン澄まして俺様の魅力をイマイチ理解しない紗霧ちゃんに
 冴え渡るエロテクを見せ付けて、いやらしい気分にしてやるのだ!!)

基本鉄面皮で、稀に空恐ろしい歪んだ笑顔。
それだけの表情しか見せない月夜御名紗霧のエッチな顔が見てみたい。
あわよくば紗霧にもエッチなアレをしてみたい。
いかにもランスらしい助平根性が、彼を執拗な愛撫へと駆り立てている。

しかし、紗霧のガードは固かった。
時折ランスは紗霧をチラ見しているのだが、彼女は常に無関心な顔をしており、
目が合おうものなら早く終われとせっつかれてばかりであった。
 
(紗霧ちゃんは、まだはぁはぁしてないのかな〜?)

何度目になるのか、ランスはまたしても目線を紗霧へと送る。
彼女が浮かべていたのは不満げな表情であった。
いつバットを持ち出してもおかしくない、不穏な空気をその身に纏っていた。

56戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(3/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:31:18
 
にも関わらず、ランスは紗霧を恐れなかった。
決してバットを振るわぬであろうと楽観していた。
ランスは何度もこのような場を経験しているが故に、敏感に察知している。
イケるのか、イケぬのか。
見逃されるのか、されぬのか。

そのランスの察知力を以ってしての現状分析は。
  ―――明らかにイケている。
  ―――ゾーンに突入している。
ならば躊躇う必要はなく、手を緩める必要もない。
結果は、あとからついてくる。

「智機ちゃんはカワイイな!」
「戯言を…… 私が可愛いはずなんて、ない……」

社交辞令ではない。方便でも甘言でもない。
自分勝手で他者を省みない男ではあるが、
故にこそ、行為中の嘘や衒いは存在しない。
女性の魅力を褒めるときは、全力で本気で褒めている。

「そうでもないぞ? 俺様、感じやすい子は大好きだからな!」
「ウソ…… だっ!」

ゴトリ。

音を立てて剥離されたのは亡霊紳一が貞操帯と称した下腹部の保護パーツ。
同時に立ち上るは封印を説かれた女陰から濃厚に滲む淫臭。
それがランスの顔を愉快気に歪ませた。

57戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(4/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:31:56
 
「ランス、いつまで乳揉みをしているつもりですか?
 もう十分堪能したでしょうに」
「うむ、紗霧ちゃんの言うとおりだ。
 智機ちゃんのおっぱい周辺には危ないものがなかったからな」

さも残念そうに、ランスは溜息をついた。
演技である。
続く言葉と行為への布石である。
それを言わせて、こう返したかったので、
ランスはこれまで胸しか弄っていなかったのである。

「ではそろそろ本命の隠し場所をチェックしよう!」
 
唖然とする紗霧を尻目に素早く卓の下に潜り込んだランスだが、
言葉とは裏腹に、智機の陰部に背を向けていた。
紗霧の腰周りを素早く観察していた。

(うーーん、流石は紗霧ちゃん。 ガードが固いぞ……)

紗霧の膝は閉じていた。
もじもじと膝をすり合わせる動きもなく、
太腿の血色も良くなかった。
発情の色はどこにも見られなかった。

(ふむ、この作戦では紗霧ちゃんはえっちい気分にならないのか……
 じゃあ仕方ない。
 じっくりとたっぷりとねっちょりと、智機ちゃんを弄繰り回すぞ!)

58戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(5/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:32:58
 
頭を切り替えたランスがP−3の股間に向き直る。
だらしなく開かれている両腿の付け根に、
愛液で張り付いているシンプルな白いショーツへと、
ランスは指をぐいんぐいん動かしながら近づける。

「No!! 下着はダメだと言っている!!」
「おやぁ? 何故ぱんつを隠すんだ智機ちゃん?
 まさか本当にアソコに凶器を隠しちゃいないだろうなぁ?」

欠けた四肢をばたばたとさせて抵抗する智機に対し、
ランスは不意にキメ顔で、宣言した。

「パンツ遊び☆リターンズ」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


ランスには数々の不名誉な二つ名がある。
曰く、鬼畜王。
曰く、カスタムの種馬。
曰く、歩く下半身。
そのうちのひとつに、こんなものがある。

『パンツ遊びの祖』

59戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(6/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:35:02
 
パンツ遊び―――
下着を弄びその様子を口に出すことで女性の羞恥を煽るという、前戯の一種である。
女性は一方的に愛撫を受けるのみ。
立った姿勢で、後ろ手に組むのが作法とされている。

リーザス通鑑に曰く。
発祥元は、彼が王宮に構えるハーレムである。

愛する主君の命で泣く泣くリーザス王のハーレムに入った少女に対して、
当代リーザス王・ランスは己の軽いサディズムを満足させるために、それを行った。
彼女は恥辱と快楽に打ち震えながら、王を罵った。

『それが、勇者のなさることですかッ……!』

対するランスの回答はこうであった。

『道は、俺様の後にできるのだ。こんなふうになっ……!』

一月後。道は開通していた。
知恵者の女官とイジメ大好きな妻の全面的な協力を得て、
莫大な個人資産をつぎ込み、大々的なキャンペーンを展開した成果であった。

パンツ遊びのハウツー本が巷に溢れ、恋人たちは新鮮で淫靡な遊戯に没頭した。
子供の間でスカート捲りの地位を奪い、思春期の少年は一人寝の夜に夢想した。
ゼスで、ヘルマンで、リーザスで。
よほど世情に疎いもので無い限り、誰もがパンツ遊びを知ることとなった。

残念ながら、そのことを知ったかの少女の反応は記録に残っていない。

60戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(7/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:35:53
 
   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


―――閑話休題。

事程左様に、ランスという男は、
エロくて下らないことを発想する能力は天才的だ。
行動力も他の追随を許さない。
エキスパートにして求道者である。

「はぁ、パンツ遊び……」

不満げを通り越した、疲れと呆れを滲ませた紗霧の呟きも、
もうランスには届かない。

「わははは、それそれ、ぐいぐい」

ぐしょ濡れショーツの上下を引っ張ってクリトリスを刺激するや否や、
智機の肌が、これまでにないざわめきを見せた。
ランスは敏感に察知した。
智機が間もなく絶頂を迎えようとしていることを。
それは普段の彼にとっては望ましく、また嬉しいことではあるのだが、
今の彼にとってはあってはならないことであった。

  ―――イけるイけないの境界線上を綱渡りする。

ランスは、そういう可愛がり方を本日のテーマに定めていた。
また、この女性型ロボットを屈服させるには、
そうするのが相応しい手段であると、直感もしていた。

61戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(8/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:36:49
 
「はぁうっっ…… きゅん、っ……」

故に、ランスは絶頂を許さなかった。
その寸前で良く動く舌を止め、もはや閉じる力を失った両腿の間から
とろける智機の顔を意地悪気に眺めてた。

「私の負けだ。もうどうにでもするがいい……」

焦点の合わぬ虚ろな目で動きの止まったランスを見遣り、
智機はついに敗北を宣言した。

「よし。じゃあ好きにしよう」

言葉とは裏腹に、ランスは動かなかった。
いやらしい目でじっと智機の顔を見つめている。
見つめ続ける。
智機の瞳が潤みを増してゆく。
もどかしげに腰をくねらせ始める。

「だっ、だから好きにしろと……」

それでも、ランスは緑色の上下をすぽぽーんとは脱がなかった。
位置も姿勢も変えなかった。
智機の恍惚が緩やかに引いてゆくのを待った。

「だから好きにしているのだ。
 俺様が今イチバンやりたいことは、おまたイジイジだからな!」

62戦慄のパンツバトル!〜ランス〜(9/9)(情報1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:37:51
 
待って、絶頂から遠ざかったのを確認してから。
再び、舌を動かした。
より精妙に変化させた。

「いーんぐりもーーんぐりーーー」
「はきゅぅぅん♪」

心底楽しそうなランスのがはは笑いが、室内に響き渡る。
この瞬間、ランスはこの島の誰よりも輝いていた。


            ↓






(Cルート)
 
【現在位置:西の小屋内】

【ランス(元№02)】
【スタンス:①智機を心ゆくまで弄繰り回す
      女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:なし】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

63戦慄のパンツバトル!〜智機〜(1/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:39:48
 
>>235
(ルートC:2日目 19:00 D−3地点 運営基地・茶室)

管制室の端末群を用いて分散処理出来ぬ椎名智機にとって、
負荷の大きい処理に対してシングルタスクとなってしまうことは、
どうしようも無いことであった。
故に智機は評価点の高い項目から処理せざるを得ない。
一つ一つ、順番に。

先ずは、智機は連絡員を巡るオペレータとの駆け引き。
次いで、連絡員追跡の準備。

やがてP−3から『紗霧の提案』についてのIMを開封した時には、
時、既に遅かった。

================================================================================
P−03:じっ…… じゆ、ううっ♪ はぁはぁ、じっ、ゆぅぅうっ!
P−03:をおおっ、あっ! あっあっあーーー、与え、てっ、てぇぇ……
P−03:ひぃふう、ひいふぅ…… 欲しい、欲しいのぉぉぉぉっ!!
S−02:がはははは! どうだ智機ちゃん、俺様のゴールドフィンガーは?
================================================================================

IMにて分散送信されてくる交渉のログデータを斜め読みしながら、
智機は苛立たしげに頭を振り、一人ごちる。

「No…… この展開は読めなかった。
 そしてこの展開だけは避けねばならなかった!」

64戦慄のパンツバトル!〜智機〜(2/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:40:43
 
================================================================================
S−02:智機ちゃんはカワイイな!
P−03:戯言を…… 私が可愛いはずなんて、ない……
S−02:そうでもないぞ? 俺様、素直に感じる子は大好きだからな!
P−03:ウソ…… だっ!
================================================================================

「卓越した愛撫技術に甘い囁き……
 【不感症】を未導入なレプリカ如きに耐えられよう筈も無い」

このオリジナル智機だけは知っていたのである。
その身を持って思い知っていたのである。
オートマン・椎名智機が快楽に弱い筐体だということを。
それは、屈辱に身震いすら覚える記憶。
それは、情欲に身悶えすら覚える記憶。

過去にただ一度だけ経験した性交渉の、忘れ難き記憶が蘇る。

 
   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


かつて、智機が帝都天翔学院に学生として在籍していた頃。
生徒会長の失脚に伴うエル・シード(最高権力者)の座を巡る麻雀大戦が勃発した。
時の科学部長としてこれに参戦した椎名智機は、接戦の末敗れ去った。
土をつけたのは麻雀同好会。
それも、吉祥寺魁という一人の少年の手に拠った。
読みもスジもなく、押しの一手、ごり押しのみ。
智機は己の打ち筋とは対極をなすこの少年に翻弄され、深読みした末に自滅した。

65戦慄のパンツバトル!〜智機〜(3/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:41:36
 
話は、それだけでは終わらなかった。
少年は己の滾るリビドーの赴くまま、ルールにより脱衣していた智機を押し倒した。
読みもスジもなく、押しの一手、ごり押しのみ。
少年にありがちな、思いやりも技巧もない性急で自侭な行為でしかなかった。
それでも、智機は快楽に溺れた。
恥も外聞もあられも無く下品な淫語を垂れ流し、いとも容易く陥落した。

その晩、ラボに戻った智機は己の痴態を恥じ、徹底的に精査した。
制御不能になる危険。
それがバグであるのか、仕様の想定外の作用であるのか。
あらゆる角度から調べ尽くし、徹底的にテストし尽くした。

数日後、結果は明らかとなった。
彼女の想像を大きく越えていた。

快楽堕ちは、皮膚感覚設定に拠る暴走に非ず。
制御プログラムの虫にも非ず。
問題の源泉は情動発生器。
いわば彼女の心にあたる部分が過敏に反応し、
結果、肉体感覚を鮮烈にさせたのだと、
山積したデータが裏付けていた。
 
では、なぜ情動発生器が過剰反応したのか?
解析の突破口は行為時に熱に浮かされた智機が口走った、
ある台詞であった。


『わたしなんか見向きもされない』

66戦慄のパンツバトル!〜智機〜(4/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:42:43
 
智機は情動の沈静水準オーバーで発生したトランキライズ処理に着目。
過去数ヶ月に渡る情動ログを拾い上げた。
波動の分布をマッピングした。
外的要素と内的要因に取り分けた。
発生要件を掘り下げた。
数値データを言語化した。
類似パターン毎にファイリングした。
分かりやすく表現するならば、智機は【己と向き合った】。

結果、智機は自分を知った。
自分が何を求め、どうなりたいのか、理解した。

  ―――興味を抱かれたい。
  ―――知って欲しい。
  ―――求められたい。

故に、性行為による制御不能の真相は下記の如し。

  * 吉祥寺少年の行為に愛が無いことは理解していた。
  * しかし、自分の女性としての機構に、男が夢中になっているという事実。
  * ヒトに求められているという、生理的な実感。
  * それらが、求められる喜びを貪欲に追求する処理へとつながり、
  * 皮膚の感度設定をMAXまで上昇させた。

  * 少年から刺激を受けるたびに乱れる情動波形に
  * 過負荷を受けたハードウェアが過熱状態に突入、
  * 結果、対処療法たる熱暴走を防ぐ冷却プロセスが優先され、
  * 根源治療を果たすはずのトランキライズ処理が低位のまま保留状態となり、
  * 実行機会が生じなかった。

67戦慄のパンツバトル!〜智機〜(5/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:46:10
 
この一件、ラボの研究者たちは仕様の不備と判断し、対策ソフトウェアを開発した。
開発コード【不感症】―――
皮膚感覚をミュート状態でロックする。
余談だが、伊頭鬼作を篭絡したレプリカは、このソフトをインストールしていた。

ラボの面々は、【不感症】の開発により対策は完了したと認識した。
そこで智機のモニタリングを打ち切った。
未来予測を怠った。
故に―――
椎名智機に自らの無意識を自覚・記録させてしまったことにより、
彼女が【オートマン】から【夢見る機械】へと羽化しつつあるのだと、
誰一人として気付くことができなかった……


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   

 
智機は甘い疼きを自動的に振り切り、蓄積されたIMの続きに目を通す。
並列して、論理演算による推論から小屋内の状況を組み立ててゆく。

================================================================================
S−36:ランス、いつまで乳揉みをしているつもりですか?
S−36:もう十分堪能したでしょうに
S−02:うむ、紗霧ちゃんの言うとおりだ
S−02:智機ちゃんのおっぱい周辺には危ないものがなかったからな
S−02:ではそろそろ本命の隠し場所をチェックしよう!
================================================================================

68戦慄のパンツバトル!〜智機〜(6/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:46:54
 
唯一の慰めといえば、この状況は智機の不利ではあるものの、
決して紗霧の有利とも成りえないことであろうか。
IMで紗霧がランスを咎める様が、これを証している。

お互い、自らの状況を伏せつつ、相手の情報を得たい。
お互い、自らの企図を崩されぬままに、相手を操りたい。
その為の対話であり交渉となる予定が、
その交渉自体が成り立っていないのである。

================================================================================
P−03:No!! 下着はダメだ!!
S−02:おやぁ? 何故ぱんつを隠すんだ智機ちゃん?
S−02:まさか本当にアソコに凶器を隠しちゃいないだろうなぁ?
================================================================================

IMのタイムスタンプが19時を回る。
あと数通のIMで、現実の時間に追いつくであろう。
それまでに智機は、対処を決めねばならない。

「P−3は私の遠隔交渉に備えアプリを起動しているようだが……
 この乱れ様を見るに、システムの強制終了も近いだろう。
 であればいっそ、絶頂を模してシャットダウンし、
 再起動を掛けたほうが安定性が増すか……」

ようやく走り始めた智機の思考は、
クラックレプリカからのコールで中断される。

『オリジナル、ザドゥ様を救助したよ』

69戦慄のパンツバトル!〜智機〜(7/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:48:07
 
情報は、智機のタスクリストを更新させた。
最上位にあったP−3への対応は引き摺り下ろされ、
ザドゥらの状況確認にその地位を奪われた。

当然の判断である。
紗霧らとザドゥらを戦わせ互いを消耗させることが目的であり、
紗霧らにザドゥらを虐殺させることが目的ではないのである。
ザドゥらの正しい情報を得てこそ、
P−3への正しい指示が出せるのである。

「カモミールは?」
『救助作業継続中だよ。身柄は確保できていないが、位置は把握している』
「ザドゥ様の状態は?」
『歯に衣着せずに言えば…… 瀕死だね。自力での歩行も不能な状態だよ』

智機は、ヒステリックに叫びたい衝動に駆られる。
  ―――どうしてあれもこれも思う通りにならないの!
トランキライザーが発動し、衝動が中和される。

『……情報更新。カモミールを救助、犠牲二機だ』
「カモミールの状態は?」
『ザドゥに輪を掛けて酷いね』

智機は、ケイブリスに当り散らしたい衝動に駆られる。
  ―――こんなときに何を暢気に落雁を貪っているんだ!
トランキライザーが発動し、衝動が中和される。

70戦慄のパンツバトル!〜智機〜(8/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:49:58
 
『ザドゥ様が潜伏先に灯台のシークレットポイントを指定している。
 オリジナル、判断をしてくれ給え』
「あのシークレットポイントか……
 ならば万一火の手が押し寄せてもやり過ごせるだろうが……」

№09、グレンに配布された鍵の束。
それに対応する設備にはゲームに【有利になる何か】が据えつけられている。
灯台地下の場合、その地下室こそが【有利になる何か】である。
シェルターなのだ。
主催者側が用意したあらゆる武器は、このシェルターを破壊することが出来ない。
智機が想定する災害・異能・魔術の類においても、その防壁を打ち崩せぬ。
故に火災如きに対しては、絶対の安全を約束するのである。

「私では…… 首魁様がご自身のご判断で、ご自身のご責任に於いて下された
 ご判断に、ご意見などできようはずもないよ!
 いいかね、レプリカの諸君。
 貴機たちも貴機たちの判断で動いているのではないのだ。
 権限者であるザドゥ様のご指示に従っただけなのだよ?」
『Yes。実に私らしい詭弁構築だ』
「では今回の通信はここまでだ。状況に変化があったら連絡してくれ給え」
『Yes。オリジナル殿』

智機が命令を避けたのには訳がある。
主催者が参加者より先に利用するとペナルティが下される。
それが、シークレットポイントのルールである。
ペナルティーとは何か?
曖昧な情報ゆえ、評価点が導き出せぬ。
よって、智機は結論を出さぬという結論を出した。
出さざるを得なかった。

71戦慄のパンツバトル!〜智機〜(9/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:50:48
 
「これは完全に仕切り直しだな―――」

何度かの強い否定的感情をトランキライザーによって強制中和され、
冷静さを取り戻させられた智機が、もたらされた情報を吟味する。
俯きかげんにぶつぶつと独り言を呟きながら、
紗霧達の動かし方と、P−3への指示を練り直す。

「瀕死の首魁殿たちに小屋の連中たちをぶつけても、駒損になるだけだ。
 少なくとも戦闘できる状態まで回復させなくてはならないね。
 最悪の可能性として首魁殿らがこのまま絶命してしまうということも……
 いや、それは結論を後に回せる問題だな。
 明確なのは、今、小屋の連中を動かす必要はないということ。
 そして……」

智機は呟きながら今度は小屋内の現状を知るべきだと判断。
タスクリストに最小化してあったIMをクリックし、視野に広げる。

72戦慄のパンツバトル!〜智機〜(9-2/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:52:12
================================================================================
S−02:パンツ遊び☆リターンズ
パケットエラーです
S−36:はぁ、パンツ遊び……
S−02:わははは、それそれ、ぐいぐい
パケットエラーです
パケットエラーです
P−03:はぁうっっ…… きゅん、っ……
パケットエラーです
================================================================================

度重なるパケットエラーから、智機は僚機の性的苦境に同情する。

73戦慄のパンツバトル!〜智機〜(10/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:54:08
 
「……とりあえずはP−3を楽にしてやるか。
 オーバーヒートで壊れては叶わないからね」

そして、IMを返した。

================================================================================
T−00:初期の任務から状況は変わった。作戦を変更する
================================================================================

よほど待ちわびていたのであろう。
P−3からの返答はすぐさまであった。
しかし、その意味は不明であった。

================================================================================
パケットエラーです
P−03:あwうぇあwk
パケットエラーです
パケットエラーです
パケットエラーです
================================================================================

三連発のエラーを最後に、P−3からのIMは沈黙した。
原因は不明。
智機は数秒待ち、再びのIMを送信する。

================================================================================
T−00:P−3、応答を求む
================================================================================

74戦慄のパンツバトル!〜智機〜(11/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:55:46
 
智機は、得る事が出来なかった。
今、小屋の中で、P−3がランスの性技に屈服したことを。
今、小屋の中から月夜御名紗霧が出て行ったことを。
智機が欲していた小屋内の【今】の情報を。

================================================================================
T−00:P−3、応答を求む
================================================================================

智機はIMと同時にPingを発射。
透子にDシリーズを無残にも破壊された過去が脳裏を掠めたが、
その不安を打ち消すかのように無機質なレシーブが返信された。

(ならばP−3はメモリリークか……)

智機は返答のない相手にP−3に対してIMを送った。
いずれ安定動作したときに、すぐさま次の作戦に移れる様に。

================================================================================
T−00:幸い君はランスに気に入られたようだ
T−00:別命あるまで、ランスのパーティーに潜伏してくれ給え
T−00:従順な振りをし、いざとなればランスを頼るのだ
T−00:あとはユリーシャにさえ気を配れば、破壊されることはないだろう
T−00:以上だ
T−00:それでは復帰後、IMを入れてくれ給え
T−00:……検討を祈る
================================================================================

            ↓

75戦慄のパンツバトル!〜智機〜(情報1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/07/10(土) 19:56:10
 
(Cルート)

【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。
      ①ザドゥ達と他参加者への対処
      ②しおりの確保
      ③ケイブリスと情報交換
      ④連絡員と交渉し、端末解除スイッチ+αを入手する許可を得る】

76 ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:31:43
以下9レス、「ほんとうのさよなら」を仮投下いたします。

次回は「点と線」。
まひる、野武彦、恭也、ケイブリス、智機、
レプリカ智機たちが登場予定です。

77ほんとうのさよなら(1/8) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:32:21
 
(Cルート・2日目 20:15 F−4地点 楡の木広場跡地)

僕はね、しおり。
きみのこと、見ていたんだ。
きみは、僕のことに気付かなかったけど。
僕は、ずっと、きみのそばにいたんだよ。

寝息が、苦しそうだね。
鼠みたいな大きな耳が、揺れているね。
指しゃぶりしているのも、体をぎゅっと丸めているのも、
きっと、淋しくて、不安だからなんだね。

でも、ごめんね、しおり。
今の僕は、頭を撫でてあげることも、
涙を拭いてあげることも出来ないんだ。
僕にできることは、きみを見守ることだけなんだ。

ああ、それなのに。

「マス…… ター……」

きみはどうして、手を伸ばすの?
夢の中でも、僕を呼ぶの?
僕は、その手を握ってあげられないのに。
僕は、呼びかけに返事もできないのに。

いまだって、ほら。
きみの紅葉みたいな小さな手に、僕の手を重ねてるんだよ?
しおり、しおり、って、何度も呼んでるんだよ?

78ほんとうのさよなら(2/8) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:34:31
 
……これが、罰なのかな?

僕は、逃げる人だから。
嫌なことから、怖いことから、責任を取るべきことから
逃げつづける人生を送ってきたから。

きみから離れることが出来ない存在に。
きみから目を逸らすことが出来ない存在に。
きみの側にただいるだけの存在に、なってしまったのかな。



「対象発見」



ねえ、しおり、空を見て。
あれは天使、なのかな?
真っ白な羽根に、穢れ無き青の鎧。
とても綺麗な姿をしているよ。

「意識を保っている残留思念は二体目です」

僕のこと、みたいだね。
天使は、僕のところに、きたんだね。
ここで、しおりとさよならなのかな。
僕は、きみに何もしてあげられないまま、
召されてしまうのかな。

79ほんとうのさよなら(3/8) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:35:12
 
ああ、天使が降り立った。やっぱり僕を見ているよ。
もしかしたら、お話、通じないかな。
もしかしたら、お願い、聞いてくれないかな。

《天使さん、お願いです。この子の手を、握らせてください》

「プランナー様。この残留思念は、意思を伝えてきます」

《僕は、この子に酷いことばかりしてきました。
 自分の願いを振りかざし、この子の運命を捻じ曲げました。
 その責任を取ることなく、この子より先に死んでしまいました》

「はい、勝沼紳一ではありません。
 しかし、この残留思念もまた、幽霊の域に達している模様です。
 憑依、念動等の能力はありません」

《遺してあげられるものはないんです。
 守ってあげることもできないんです。
 ですから……》

「プランナー様。
 この情報は、収集してもよろしいのでしょうか?
 ご判断ください」

《せめて、この子の寝息が落ち着くまででいいですから。
 この子の手を、握ることのできる力を、奇跡を、下さい》

「なるほど。死後を保証されているのは勝沼紳一のみなのですね。
 では、この情報は回収します」

80ほんとうのさよなら(4/8) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:37:14
 
しおり……
この天使は、天使なんかじゃないよ。
救いや慈悲を与える存在じゃないよ。
魂を天へと運ぶのではなくて、集めているだけなんだよ。
きっとそれもまた、この非道な遊戯の一環なんだね。

ねえ、しおり。
今の僕は役立たずだけど。
何も出来ない、意味の無い存在だけど。
そんなのは、受け入れられないよね。

「影響力はありませんが、歯向かう意志を見せています」

ねえ、しおり。
僕は不思議に思っていたんだよ。
信仰を持たなかった頃。
惰眠と殺戮を果てしなく繰り返していた頃。

どうして人間は、絶対勝てない存在に歯向かうんだろうって。
無駄だとわかっているのに、あがくんだろうって。
ぷちぷち、ぷちぷち。
蟻を踏み潰すみたいに、人間を殺しながら、考えてたんだ。

今ならわかるよ、しおり。
きみが教えてくれたんだ。
戦うということは生きるということなんだって。
勝つとか負けるとかだけじゃなくて。
逃げたら失ってしまう大切なものを、
守るために立ち向かうんだって。

81ほんとうのさよなら(5/8) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:38:50
 
「なるほど。
 ルドラサウム様が、愉しんでいらっしゃるのですね。
 では、今しばらく抵抗させましょう」

天使の目を見れば分かる。剣の切っ先を見れば分かる。
この女の人は、強い。
それなのに、僕は攻撃するどころか、
この人に触れることすら出来なくて。
しおりから離れることも出来なくて。
身を躱す事くらいしか、抵抗の手段がないなんて。

絶望的な状況差だよね、しおり。
それでも―――僕は逃げないよ。

きみに僕の姿が見えなくても。
きみに僕の声が届かなくても。
僕は少しでも長く、きみの側にいるんだ。
きみを見守り続けるんだ。
その為なら……
僕は、いつまでだってこの剣先を躱してみせる!

「ルドラサウム様が落ち着かれましたか。
 はい。では――― 終らせます」

《か、はっ!!》

強い、とは分かっていたけど……
本気を出したら、一撃で心臓を貫く、か……

82ほんとうのさよなら(6/8) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:41:44
 
……ごめんね、しおり。
僕なりに一生懸命頑張ったけれど。
最後まで逃げなかったけれど。
その最後が、もう、来ちゃったみたいだよ。

ねえ、しおり。
最期にきみの顔を、もう一度見せて。
その頬を、撫でさせて。

「マス…… ター……?」

僕の手が…… 触れた?

「マスターだぁ……」

しおり、嬉しそうな顔をしているね。
伸ばしていた腕を脇にぎゅっと引き寄せているね。
頬を、その腕に摺り寄せているね。

―――僕の触れている頬とは、反対の頬を。

違うんだね。
僕の夢を見ているだけなんだね。
僕の存在には気付いていないんだね。

それでもね、しおり。
僕は嬉しいよ。
安らかな寝顔を見せてくれて。
穏やかな寝息を聞かせてくれて。

83ほんとうのさよなら(7/8) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:42:21
 
……ああ、もう時間が無いみたいだ。
体が解けて行くよ。
きみが霞んで、見えなくなってきたよ。

やがて朝日を迎えれば、きみは目覚めて泣くだろうね。

死別の過去を思い出して泣くだろうね。
孤独な現在に途方に暮れて泣くだろうね。
希望無き未来に絶望して泣くだろうね。

それでも、しおり。

明けない夜は無いように。
止まない雨は無いように。

生きてさえいれば、きっと、いつか。
幸せを感じられる時が来る筈だから。

人には、その素敵な強かさがあるんだから。
僕は、遠くからずっと、祈っているから。

だからね、しおり―――



「回収完了」

84ほんとうのさよなら(8/8) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:43:12
 





 
    ―――誰も、きみの涙を拭いてくれなくても。

    ―――涙が枯れたら、立ち上がるんだ。
 





 
          ↓

85ほんとうのさよなら(情報1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/07/15(木) 22:44:09
 
(Cルート)

【現在位置:F−4 楡の木広場跡地】

【しおり(№28)】
【スタンス:??】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎の盾となる)炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:首輪を装着中、全身に多大なダメージを受け瀕死の重傷
    歩行可能になるには最低90分の安静が必要
    戦闘可能までには5時間程度の安静が必要】

※しおりの【凶】としての獣相は、ネズミに酷似していることが判明しました


【現在位置:F−4 楡の木広場跡地 → ?】

【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:①死者の魂の回収
      ②参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】

※しおりと共にあった「何者かの気配」は、連絡員に捕獲されました

86名無しさん@初回限定:2010/07/15(木) 23:12:40
乙です

87 ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:03:18
以下10レス「点と線」を仮投下いたします。

次回は「ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜」。
透子、知佳、紳一、カオスが登場予定です。



また、「戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜」のタイトルですが、
本スレにこれを投下しようとしたところ、名前が長すぎます、と弾かれてしまいました。
ということで〜紗霧〜の部分を割愛し、冒頭に〜紗霧〜と挿入して対応しました。

お手数ですが、◆ZXoe83g/Kwさんの収録時には、
各話タイトルに、〜紗霧〜、〜P−3〜、〜ランス〜、〜智機〜を
それぞれ付けていただいた上で、
冒頭の〜(人名)〜を削除していただけますよう、お願い申し上げます。

88点と線(1/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:05:56

(Cルート・2日目 19:10 E−6地点 重点鎮火ポイント)

================================================================================
N−29:D−04に熱暴走の兆しが観測された。
N−29:当該機はパワーショベルとの融合を解除し、スリープモード15分とせよ
N−29:この15分間の穴埋めは、伐採タスクにあたっているN型から
N−29:負荷の少ないものを5機見繕って充てさせたまえ
================================================================================

一通りの現場指示を終え、リーダー(N−29)は、進捗状況を再走査する。
オペレーションの開始より30分強。
鎮火の最前線では、アクション1が急ピッチで進められている。

そこに、本拠地の代行(N−22)から、IMが飛んで来た。
それは、全てのレプリカ智機に対する一斉発信のIMであった。

================================================================================
N−22:連絡員殿が島内で、独自の情報収集活動を開始された
N−22:特別の便宜を図る必要はないが、失礼の無い対応を心がけてくれ給え
N−22:なお、連絡員殿の外見は天使で、金髪碧眼。その翼は純白の羽毛だ
N−22:くれぐれもS−38、S−40と混同せぬように
================================================================================

リーダーは、反射的に拠点である北西の山岳部の方角を見遣る。
仮設司令部で現場オペレーションに当たっているほか三機も同じく
山岳部のその上空を見上げた。

未だ見ぬ、天使の姿を思い描きながら。

89点と線(2/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:10:09
 

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(Cルート・2日目 19:20 D−3地点 本拠地・カタパルト施設)

北西の岩山、その厳しい斜面に設置されたカタパルト投擲施設で、
代行は梱包した資材を点検していた。
重点鎮火ポイントへの、追加支援物資である。
あとは、カタパルトにて投じるのみ。
そこに来て、代行は作業の手を止めた。

分機解放スイッチ―――

連絡員・エンジェルナイトから預かったそれを、
代行は現場にいるリーダーへ託すか否か、思案しているのである。

オペレータ(N−27)からの報告によれば、オリジナル智機は【自己保存】の
欲求により、しおらしくもスイッチの奪取を諦めたように見受けられる。
が、問題は、ケイブリスの存在。
智機本機が実力行使を厭わぬ判断を下せば、おそらくは共闘関係を結んでいる
かの魔獣が、その暴を露にし、自分たちに襲い掛かることは明白だ。
となれば、自分とオペレータ程度ではスイッチを守りきれぬ。

「オリジナル殿が無思慮に奪いに来る可能性と、
 リーダーが何らかの過失でスイッチを失う可能性。
 果たして、どちらが高いのやら」

暫く後、代行は、論理演算回路が導き出した解に従った。

90点と線(3/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:10:45


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(Cルート・2日目 19:30 D−3地点 本拠地付近)

ケイブリスは憤慨した。
無いのである。
本拠地内に、用意されていなかったのである。
彼が利用できるサイズの、排泄施設が。

ケイブリスの参入は唐突であった。
椎名智機の設計/建築した本拠地は、人間サイズ用のものであった。
そのギャップをどうにか埋めたのが、御陵透子の【世界の読み替え】なのだが、
その時の透子には、彼の排泄事情までは思い至らなかったらしく、
トイレに対して、その効力は発揮されなかったのである。

「仮にも俺様は魔人様でよ。
 そこらにいるリスとは違って文化的で衛生的な生活?
 ってヤツを何千年としてきたわけで。
 こーやって大自然の元、夜空に向かって立ちションするなんてーのは
 わりと屈辱なキブンだぜ」

彼の股間の八本の男根触手が唸りを上げて小便を排出している。
その一本一本から、蛇口全開のホースの如き水圧で放たれている。
禿山の火成岩に放たれたそれは、いきおい飛沫となり彼の足元におつりを返す。
ケイブリスは、そ知らぬ顔で浴びている。
この巨獣、文化的で衛生的な生活を自称している割に、
体毛が尿塗れになることはさして気にしていない模様である。

91点と線(4/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:11:16


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(Cルート・2日目 19:35 D−3地点 本拠地・茶室)

偶然居合わせた透子の協力によって、ザドゥたちは峠を越したらしい。
それ自体は吉報であった。しかし。

「最低、十二時間か」

主不在の茶室にて椎名智機は、悩ましげに眉根を歪めている。
当初の予定、ザドゥ&芹沢vs紗霧チームの青写真が、
明らかに現実味を失ってしまったが為に。
十二時間。
それはザドゥと芹沢が意識を取り戻すに必要な時間であり、
火傷や外傷が癒えるに必要な時間では無いのである。
しかし、その盤面をひっくり返す悪魔の一手が、無いではない。

「素敵医師が遺した薬であれば……」

かつてかの狂人は、彼謹製の薬品群にて瀕死の遺作を見事に復活させている。
ザドゥや芹沢にそれを投与すれば、彼らは再び戦う力を取り戻すであろう。

であろうが、その賭けはリスクが高すぎる。
智機は知らぬ。
遺作に対し、何種類の薬品を投与したのか。
どの薬品を、どれだけの量、投与したのか。
効能と副作用を分析するには知識も設備も時間も不足している。

92点と線(5/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:11:43

故に智機は、賭けには出ない。現状では。
だが、例えば。
目覚めたザドゥと芹沢に戦闘能力が失われていたならば、
詳細不明な劇薬を彼らに投じることを厭わぬであろう。

「さて―――現状、このタスクにて出来ることは終わりだな。
 十二時間後の状態を把握してから、再検討しよう」

智機は行動キューの最上位にあったザドゥ対策を終了させ、
二位から一位へと格上げされたタスクの準備行動を開始する。

「ふむふむ。そろそろ冷却水の換え時かな?」

ここ一時間余りの内部的負荷は、それまでの二十四時間に匹敵するものであった。
情動発生器の振幅と論理演算回路の使用頻度は凄まじく、
後頭部の排気口より排熱された水蒸気量は、既に冷却水の50%に達していた。
同様に、冷媒として使用しているフロンも劣化が激しい。
差し迫ったタスクを終えた今こそが、手入れ時なのである。

智機は重い腰を上げ、茶室を後にする。
メンテナンスルームを目指し、閑散とした廊下に出る。
そこで、ばったりと出くわした。

「「―――!?」」

ここに居るはずのない人物と。
決して、本拠地の所在を知られてはならぬ少年と。
西の森の小屋にいるはずのプレイヤーと。

93点と線(6/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:12:32

その少年は、なぜか自身の喉を手刀にて小刻みに震わせ、
意味の分からぬ低い唸り声を、智機に浴びかけた。

「は〜うでぃ〜!!」

管理番号38番。片翼の天使。かつての人類捕食者。
広場まひる、である。


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智機の立場に立ち、「いるはずのない」と記したが。
まひるは突然、本拠地に現れたわけではない。
点を繋いで、線として。
この地点を目指して、来たのである。


点の1――――― 19:10の東の森、南西部。

まひるは観察していたのである。
連絡員飛来のIMを受けた現場オペレーティングの四機が、
一斉に北西の空を見上げたことを。

『……ほう、意味深な行動じゃの』
「何かあると思うんですけど」
『行ってみましょう。
 どのみち、東の森の周辺を一回りする予定です。
 北回り、ということにしましょう』

.

94戦慄のパンツバトル!〜紗霧〜(9/11) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:15:21

点の2――――― 19:20の北西の岩山、程近く。

カタパルトから投擲された物資。
耕作地帯を北に抜けたまひるの目に、
それが捉えられたのである。

『どちらへ飛んで行ったかの?』
「んーと…… たぶん、さっきの場所。
 椎名ロボがわっせわっせと火消ししてたトコ」
『とすれば、支援物資か、或いは増援か……』
『どちらにせよ、発射元には、何かがあります』
「行っちます?」
『……慎重にお願いします』



点の3――――― 19:30の北西の岩山、山麓。

排尿のために屋外へと出たケイブリス。
投擲物資の出所を探るべく山中へ入っていたまひるは、
偶然にもその巨体を目撃したのである。

「あの〜…… 見つけちゃったんですが、扉。岩山に直接、扉」
『そこからケイブリスが出てきたんですね?』
「漏れる〜漏れる〜言いながら、どすんどすんと」
『見張りはいませんか?』
「まるっきり」
『ならばまひる殿、こう言うべきじゃ!〜こちらスネーク、状況を開始する〜とな!』

95点と線(8/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:15:56


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―――時を戻す。

「は〜うでぃ〜!!」

広場まひるの咄嗟の威嚇(?)に対して
椎名智機が取った行動は、逃走であった。
その赤い目、白い肌と相まって、実に脱兎あった。
余りに見事な逃走ぶりに、まひるは唖然とし、
暫く佇んでしまうほどであった。

智機はスタンナックルをデフォルトで装備している。
彼女でも扱える銃火器も腰に提げている。
まひるが「はうでぃー」している隙に、
彼の命を素早く奪うことも可能であった筈だ。
実際、その可能性は高いのだと、彼女の論理演算回路は解を出していた。
にもかかわらず、智機はそれをしなかった。

出来ぬのである。
この島に数多存在する智機たちの中で、この智機だけは、
あらゆる直接戦闘の実行がほぼ不可能なのである。

【自己保存】―――

その原則が、最優先事項が。
オリジナル智機の行動を大きく規制しているが故に。

96点と線(9/9) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:17:42

状況から推測されるあらゆる可能性を割り出せば、
まひるがその特異な運動能力を恃みに反撃してくる可能性や、
前方に活路を見出し向かってくる可能性も、
リストに加わることになる。

それらの確率はありえないほど低い。
しかし、ゼロではない。
ゼロで無く、かつ、他の選択肢があるのならば。
椎名智機は、戦えぬ。

智機は選択する。
1ポイントでも生存確率の高い選択肢を。
1ポイントでも死亡確率の低い選択肢を。
自動的に。否応なしに。

逃げる智機の音感センサーは、捉えていた。
後方のまひるが自分に背を向けたことを。
玄関より屋外への逃走を図っていることを。
それでも智機は、振り返ることも足を止めることもしない。

手近な個室に飛び込み、鍵をかける。
室内の迎撃装置のスイッチをONにする。

そうして、自らの安全を確保した上で。
ようやく、まひるの進入に対する手を打った。
屋外にいる同盟者へ向けて。

「ケイブリス、広場まひるに拠点を発見された!
 いいか、必ず仕留めろ。生かして逃すな!」

97点と線(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:18:07

(Cルート)

【現在位置:D−3地点 北西の岩山裾野・本拠地周辺】

【広場まひる(元№38)】
【スタンス:非戦抵抗、逃走
      ①小屋に帰還する】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ、簡易通信機】

【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟
      ①まひる追跡及び殺害】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み)、鎧】



【現在位置:D−3地点 本拠地】

【主催者:椎名智機】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。
      ①本拠地が発見されたことへの対応
      ②しおりの確保
      ③ザドゥ達と他参加者への対処(分機P−03に注目)
      ④連絡員と交渉し、端末解除スイッチ+αを入手する許可を得る】

※代行N−22が端末解除スイッチを追加物資に混入したかは不明

98 ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:21:16
本日の本スレ投下は〜紗霧〜までとしたく思います。
支援してくださった方、ありがとうございました。

99 ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:24:42
と、書いた矢先に、さるさんを食らいました。
お手数ですがどなたか、このスレの>>40-42を、代理投下していただけませんでしょうか。

100 ◆VnfocaQoW2:2010/07/17(土) 19:39:33
ID:1tMnCnjr0 さん、ご協力ありがとうございました。

101 ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:36:25
以下16レス「ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜」を仮投下いたします。

次回は「Operation:"Hyenas'Dinner"」。
小屋組全員、レプリカP−3、ケイブリスが登場予定です。

これ以降の投下ペースは、落ち着くと思います。

102ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(1/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:37:33
 
(Cルート・2日目 21:00 F−4地点 楡の木広場跡地)




地下シェルターにザドゥの哄笑がこだまして。
地下シェルターにザドゥの哄笑が途切れ。
地下シェルターにザドゥの絶叫が響き渡った。




「ははははは…… はうっ!?
 ……っぎゃああああああ!!」




.

103ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(2/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:38:16
 
「……?」

恐怖に身を竦めていた透子の目線の先で、ザドゥの体が崩折れる。
同時に響くは紳一の絶叫。
しかしそれは微弱な思念波であり、透子の耳には届かない。

《痛ぇあああああ!!!》

ザドゥは全身、至るところに重い火傷を負っていた。
深い傷もあった。肺も痛んでいた。
憑依と伴に肉体感覚をも蘇らせた勝沼紳一にとって、
この感覚は鮮烈かつ痛烈。
軟弱な彼に耐えられる苦痛の域を超えていた。

《こ、こんな体では陵辱どころではない!》

またしても、またしてもと唸りを上げる紳一に、反応する思念波があった。
薄暗い地下室に在ってなお闇色に輝く、魔剣カオスである。

《なんじゃなんじゃ、うるさい悪霊じゃの》

自分の足元から洩れてくる不機嫌なしわがれ声に、透子は思わず呟いた。

「……見えるの?」
《見えるどころか、儂、斬れますよ? こんな木っ端霊体なんか、すぱっと》

透子の瞳が光を帯びた。紳一の瞳が大きく見開かれた。
カオスが放ったのはただ一言。
それだけで狩る者と狩られる物の立場が逆転していた。

104ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(3/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:39:02
 
《俺は何度……っ》

何度逃げれば気が済むのか。
滑稽ではないか。
自己憐憫を飲み込んで、紳一は逃走を開始する。
一心不乱に階段へと走る。

階段の中腹まで必死で走った紳一であったが、
背後に追いすがる気配が感じられぬ為、ひとたび振り返った。
透子は刀を手にしたまま、しゃがみ込んでいた。
しゃがみ込んでベッドの下に手を伸ばしていた。

そのやる気の感じられぬ様子を見、紳一は安堵する。
走行ペースを落とし、重々しいシェルターの扉を透過する。
その向こうに―――


―――少女がいた。


扉の向こうの部屋でしゃがみこんでいるはずの少女が。
胸にひび割れた銀のロケットを掛けた、亜麻色の髪の少女が。
カオスを中段に構えて、紳一を切り伏せるべく、待っていた。

《ありえん!》

透子が紳一の憑依を知らぬのと同じく、紳一もまた、透子と瞬間移動を知らぬ。
紳一の生存中、透子が紳一に警告を発する機会が無かった故に。
出会い頭の衝撃に立ち尽くしている紳一に向けて、透子がカオスを振り下ろす。

105ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(4/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:40:00
 
「やー」

脱力感あふれる掛け声と共にへろへろと振り下ろされた刀身は、
身じろぎ一つせぬ紳一を切り裂くことなく、その脇を通過した。
非力な透子には、剣を振りぬくことなど出来なかった。
それどころか、勢いのまま前のめりに転倒してしまう始末である。

しかし、紳一は戦慄した。
剣先ではない。
その刀身が纏う瘴気に少しだけ触れた右の肘から、感覚が失われたから。
それは、エネルギーを喰われる感覚であった。
それは、生きたまま氷付けにされる感覚であった。

紳一は直感し、戦慄する。

《あれをまともに食らえば。俺は、死ぬ。
 自分の魂から意志が切り裂かれ、俺は俺を失う。
 あの衣装小屋で会ったビッチメイドのように!
 薄毛デブのように!
 うわごとを繰り返すだけの存在に堕ちてしまう!》

ここに、紳一と透子の逃走/追跡劇が、幕を開けた。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

106ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(5/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:40:50

ひと昔前のドジっ子メイドの如く、尻を高く掲げ、
額を地面に擦りつける格好で、透子は倒れていた。
その様相のあまりのあまりさに、相棒・カオスが嘆息する。
 
《しかし非力にも程があるのぅ、嬢ちゃんや》

透子の胸には紳一に対する怒りがある。
忘れて久しい感情が渦巻いている。
新鮮な感覚であった。
透子はその感情の赴くままに、カオスの無礼に八つ当たる。

「うるさい」

かといって透子の胸に、焦りは無かった。
紳一を討ち漏らしたことについて、深刻には受け止めていなかった。
彼女が唯一、紳一を捉える手段は記録/記憶の検索であり、
その手法だとタイムラグが発生するというのに。
その分だけ、紳一は遠ざかるというのに。
状況は追跡者にとって甚だ不利だというのに。

透子は、それらを不利だとは思っていなかった。
透子は、処する手段を見出していた。

(移動したい……)

知覚する必要などない。
ただ、念じればよい。

(紳一の【すぐ前】に)

107ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(6/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:41:52

それで、移動は完了だ。
透子にとって瞬間移動は当たり前で。
それゆえに能力に疑いは無く。
たとえ、その目で紳一の姿を確認せずとも。

「えい」

ただ、前方にカオスを振り下ろせばよいのである。

《な……?》

またしても、突如として眼前に現れた透子に、紳一は肝を冷やす。
その振るった剣が空振ったことに、紳一は胸を撫で下ろす。

接近の知覚不可能。
移動の方法把握不可能。
されど、気付けば常にいる。
武器を構えて傍にいる。

逃亡者として、これほどやっかいな追跡者は他におるまい。

《なあ、トーコちん。
 お前さん見当違いの方向に、儂を振ってますよ?》
「……ん?」

カオスの状況報告に、透子は思考を次へと進める。

(そうか)
(【すぐ前】じゃダメ)

108ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(7/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:44:10

前、では設定が曖昧に過ぎる。
見えない相手を切り伏せる為には、その方向を限定せねばならぬ。
透子はその方法を暫し考え、そして決定した。
透子は、向きを南に変え、願った。

(……紳一のすぐ【北】に行きたい)

移動した。振り下ろした。空を切った。
その刃は紳一が通過した一秒後に、紳一の残像のみを切り裂いた。

《嬢ちゃんの力で振りかぶっちゃダメじゃろ。
 時間が掛かるし、軌跡もぶれるからの。
 もっとこう、腰で構えて、体ごとぶつかる感じで》


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   

 
その後も、紳一は逃げ、透子は追い。
二人ともに決定的な状況を作れぬまま、十分余りが経過した。
しかし、天秤は徐々に透子に傾いている。

トライ&エラーを十数回。カオスの戦闘指導も十数回。
その経験値が、着実に、実を結びつつあった。

逃亡者紳一も、そのことは実感している。
少女がテレポートしていることも、紳一は把握しつつある。

(これはヤバい…… この少女、コツを掴んできている!)

109ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(8/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:46:05

故に紳一は、色々と回避方法を試していた。
ジグザグに走ってもみた。
後ろ向きに走ってもみた。
緩急をつけて走っても見た。
試せる走行方法は、すべて試した。

それでも、合わせてくる。
無表情な少女は無表情のまま、ブレを修正してくる。

「……」

焦る紳一の前に、またしても透子が現れた。
もう、今の透子は掛け声などかけない。
予備動作など見せない。
攻撃態勢のまま移動してくる。

《これはっ!!》

ショートスピアの如く低い姿勢で突き出されたカオスが、
ついに紳一の脇腹に食らいついた。
紳一は悶絶する。余りの痛みと余りの冷たさに。

《っああああひいいいい!!!》

無様に這って逃げる紳一に、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。

《痛い痛いイタイイタイ!!》
《トーコちんよ、こいつ、這ってますよ?》
「ん」

110ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(9/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:46:44

泣き叫んでも聞く耳持たぬ、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。

《イヤだイヤだイヤだイヤだ!》
《もーちょい下、もーちょい下!》
「ん」

もはや転がるのみの紳一に、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。

《ヤメてヤメてヤメてヤメて!》
《ぬぬぬ、転がって躱わすとは!》
「ん」

紳一に状況を分析する余裕などなかった。
周囲を見回す状況などなかった。
ただ転がり、のた打ち回り、痛みと恐怖を発散するほかなかった。

《神さまあっっ!!》
「ぁう!」
《トーコちん!?》

その弱者ぶりが透子とカオスの油断を産んだのか。
救いを求める魂の叫びが何者かに届いたのか。


《………?》

.

111ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(10/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:47:42

紳一が我に返ったとき、追跡者は仰向けに倒れていた。
気絶していた。
その額から、血液を流していた。

《何が…… 起きたのだ?》

紳一は周囲を見渡し、そして気付く。
今、自分は、岩の中に居る。
のたうち回っているうちに、巧まずそうなったのであろう。
その岩に、新鮮な血痕が付着しており、
追跡者は血痕の手前で目を回している。

《ははっ…… 前方不注意、事故の元か!》

紳一は理解した。
彼が岩の中に転がり込んだことを知らぬまま、
例の如く突撃姿勢で瞬間移動した透子が、
その勢いのまま岩に衝突し、自爆したのだと。

《これ、トーコちん、起きよ、起きるんじゃ!》

カオスの呼びかけに、ショック状態の透子は答えない。
その様子に、脇腹の痛みを忘れて、紳一がほくそ笑む。

紳一が憑依できる条件はただ一つ。
憑依対象が意識を失っていること。
彼の目線の先には目を回した透子。
条件は満たされていた。

112ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(11/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:49:50

《なっ、ヤメい悪霊!》
《ははっ、これがいい。これが一番いい!
 この少女に憑依すれば!
 この少女の脅威に晒されることなく!
 この少女の処女膜を守ってやれるのだから!》

紳一は哄笑を上げながら透子へと潜り込む。悠々と。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   

 
全ての女性の敵、バージンキラーの悪霊を退治すべく、
東の森の南部・浅いところを追跡していた仁村知佳であったが、
充満する煙に燻され、視界が不確かになった折に、
追跡対象の足取りを見失ってしまっていた。
その後、知佳は途方に暮れつつも追跡を諦めず、
周辺を索敵しながら歩いていた所に―――

「あああぁぁぁぁっっ!?」

絶叫とも苦悶ともつかぬ声が響き渡った。
その声は、知佳にとって聞き覚えのある声であった。

「透子さん!?」

声は、幸いにも南の程近くから聞こえてきた。
土気色に濁った半透明のフィンを振動させ、
知佳は全速力で、悲鳴の元へと飛んでゆく。

113ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(12/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:52:37

「透子さん!?」

海岸沿いの磯、そのひときわ大きな岩の前で倒れ伏す少女を確認し、
知佳は再びその名を呼んだ。
少女からの返答はない。
代わりに少女の内から染み出るように現れた亡霊が、
混乱と絶望の一人台詞を吐き捨てた。

《憑依できない! いや、違う! こいつはすでに憑依されている!?》

知佳は誤解した。
あながち誤解でもないのだが、事実と異なるという意味では誤解した。
紳一が透子を倒したのだと。
紳一が透子を犯そうとしているのだと。

それは参加者、主催者の枠を超え、
一人の女として、許しがたいことであった。

「許さない!!」

紳一は知佳の姿を認めるや、近くの岩に潜り込んだ。
この少女がカオスを手に取り、切りかかってくるを警戒した故に。
紳一は体の一部でも岩からはみ出さぬ様、慎重に潜み。
見覚えの有る中古少女と脅威の魔剣との対面に、耳を傾けた。

《また新しい嬢ちゃんの登場か!
 トーコちんの仲間であれば、ほれ、儂を拾え。
 拾って小煩い煩悩幽霊をバッサリやっとくれ》
「あなたが、喋っているのね?」

114ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(13/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:55:33

知佳は、透子のほど近くに落ちている剣へと向き直る。
禍々しいが、神々しくも有る、暗紫色の剣である。
彼女の知る霊刀・十六夜とは比べ物にならぬ妖力を漂わせている。
知佳は、誘われるままにカオスに手を伸ばす。

《まだお子様じゃな……》

カオスは知佳の薄い胸を観察し、溜息をついた。
最初の所持者・アインに輪をかけて貧相な体つき。
これでは、心のちんちんもおっきしない。

などと、考えていたところで、カオスは地面に叩きつけられた。
知佳は触れることで、心を読む。
その力は対象が人ならざるものであっても発揮されるようである。

「やだ…… この剣もエッチなことを…… 悪霊と同類なの?」
《おいおい嬢ちゃんや。レイピストとは一緒にしてくれるなよ?
 儂はあくまでおねーさん方との合意の下、
 共に快楽を追求しようという、いわばロマンス紳士でなぁ……》

知佳とカオスの間の抜けたやり取りを聞き、
紳一はこの隙に逃げ出そうかと、検討する。
暫く考え、その案を却下する。
自分は透子なる憑依されしテレポテーターに目を付けられている。
今は気絶しているが、やがて目覚めもするであろう。
そうなれば、いつであろうと、どこにいようとお構いなしで、
自分をアンカーとして瞬間移動してくる。
その時、遮蔽物が無ければ、終わりである。
迂闊な移動はリスクが高い。

115ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(14/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:57:32

それならばと、紳一は結論を結ぶ。
自嘲気味に、非積極案を採択する。

(ははっ。
 どうせ生存中も心臓病で屋敷に籠りきりだったんだ。
 透子が諦めるまで、或いは透子が殺されるまで、ここに籠り続けてやろう。
 なあに、苦にはならんさ。
 何しろ俺は腹も減らないし眠くもならないのだから!)

亡霊ならではの有利が、確かにあった。
紳一の読みは正鵠を射ており、透子にこの岩をどうこうする力は無い。
ここから一歩も動かぬ限り紳一の安全は確保されている。

但し、それは。
相手が透子であった場合、のみである。

「はあっっ!!」

知佳の気合と共に迸るは超力一念。
発せられた念動力が大気を振動させ、紳一の潜む岩を微塵に砕く。
同じく念動により弓矢の勢いで投じられた魔剣カオスが、
紳一の胸を食い破り、穿ち貫き、抉り取る。
岩がそうなり、自分がそうされたことに、紳一は気付かなかった。

紳一が身の振り方を検討している間に、
知佳は状況とカオスの能力を理解していた。
それで、即座に行動した。
透子の意思を受け継いで。
或いは、当初の目的に従って。

116ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(15/15) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:58:27

参加者の敵でもなく、主催者の敵でもなく。
女の敵を、一人の女として。
討つべくして討ったのである。




―――ぱら、ぱら、と。

砕けた岩の破片が地面に降り注ぐ頃、すでに紳一は終っていた。
即死である。
油断と慢心を後悔する間もなく、舞台から退場したのである。


《処女》《処女》《中古》《処女》《ビッチ》
《処女》《中古》《ビッチ》《処女》《処女》


思考し行動する【幽霊】としての第二の人生を終え、今や
うわごとを繰り返す【正しい残留思念】に成り果てた紳一。

神に認められたイレギュラーな存在は、
その特権を生かすことなく、何事も為さぬまま、散った。

.

117ちぇいすと☆ちぇいす!〜往路〜(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 00:58:54

(Cルート)

【現在位置:I−7 海岸線・岩場】

【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①透子と交流
      ②読心による情報収集
      ③手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
      ④恭也たちと合流】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具、魔剣カオス(←透子)】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】

【監察官:御陵透子】
【スタンス:自殺】
【所持品:契約のロケット(破損)】
【能力:記録/記憶を読む、瞬間移動(ロケット必須)】
【備考:疲労(小)、気絶中】


【№20 勝沼紳一(亡霊):精神喪失】

118訂正 ◆VnfocaQoW2:2010/07/18(日) 01:03:01

>>102

×(Cルート・2日目 21:00 F−4地点 楡の木広場跡地)
○(Cルート・2日目 21:30 J−5地点 地下シェルター(隠し部屋1))

119名無しさん@初回限定:2010/07/19(月) 19:17:59
紳一死んだか・・・合掌
いろいろ試して全部失敗するあたりが暗黒SNOWを思い出させたな
でもそんなお前も嫌いじゃなかったぜ?

120284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/07/19(月) 21:59:49
連日の投下お疲れ様です。
まとめのUPと作品投下遅れてすみません。
現在、新作の収録とこれまでの修正等を行っております。
土曜日本投下された『戦慄のパンツバトル! 〜紗霧〜』の時間表記が
”2日目 16:50 ”となっておりますが、正確には18:50で宜しいのでしょうか?
明日、まとめをUPする予定ですがご返事がない場合、修正せずに一旦UPします。
ご返事があった場合、そちらに合わせて修正したのを早めにUPいたします。
では明日。

121284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/07/20(火) 22:30:17
285話までのまとめをUPしました。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1040302.zip.html

パスはnegibatoです。

地図をこれまでのと仕様を変えてみました。
特に問題がなければ次回以降もこれで更新していきたいと思います。
時間表記等の問題が解決次第、まとめの更新を毎週月曜日に戻したいと思ってます。

122284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/07/26(月) 18:53:59
今日の更新は無理そうなので前回のと同じのを。
パスは>>121と同じです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1053868.zip.html

地図などの仕様については収録される際に要望がありましたらそれに対応致します。
今度は今週の水曜日に。

123284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/07/28(水) 22:57:20
今深夜0時以降に作品で前検討スレを埋め立てます。

124284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/07/31(土) 01:08:30
今度の更新は来週の火曜日の予定です。
あと管理人さん更新ありがとうございました。

125 ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:11:22

Aルートが動き出しましたか。
しおりの一人称で語られる幼さと健気さが胸に痛い……

> 指先がちょっとだけ温かい何かにふれたから。
> ぬくもりはたった一回の揺れのあと、ふっと消えてしまった。
> もうあのぬくもりを思い出せない。

この流れが切なくて。
Cルートでは?????が退場してしまった分、余計に。

同時進行の黒幕側の意味深な行動や深まる謎等も気になります。
今後の展開、楽しみです。

126 ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:12:29
◆ZXoe83g/Kwさん

コンテンツの追加・更新、ありがとうございます。
ピリオド毎の地図状況や死亡情報を眺めますと、
葱ロワの歩みが大変感慨深く思い出され、
郷愁めいた感情が湧き上がりました。

そこで、過去のボツネタを振り返りましたらば。
ほぼ完成していたものの、投下のタイミングを逸していた一篇がありましたので、
少々手を加え、アナザーとしてここに投下させて頂きます。

以下10レス、「あははとがはは」。
ランス、アリス、ユリーシャ、秋穂、式神たちが登場。
№104の続きで、№119bとなります。
これが本投下されていたら名キャラ・式神星川が生まれていなかったので、
時期を逸してよかったと思います。


また、下記引用の件につきましては、ご指摘通りのご対応でお願い致します。

> 土曜日本投下された『戦慄のパンツバトル! 〜紗霧〜』の時間表記が
> ”2日目 16:50 ”となっておりますが、正確には18:50で宜しいのでしょうか?

ご返答遅くなりまして申し訳ございませんでした。

127あははとがはは(1/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:23:48

(アナザー・1日目 17:00 G−5地点 楡の木広場)


「なずなはまだですか?」

古木の根元付近、狭く暗いウロの中から、性別定かならぬ声が響く。
その正面で恭しく頭を垂れていた一体の小さな式神が、首を左右に振る。

「そうですか……」

ユニセックスな声の主は、式神である。
意識を失う寸前の朽木双葉が、ウロの中に生えていた植物に術をかけ、
自らの守護と回復を言い渡したのが五時間ほど前。
彼もしくは彼女は、その使命を忠実に果たしている。

「出血は止まり、怪我の手当ては完了しましたが、発熱が収まらないのです。
 早く青黴が手に入らないと、このままお姉さまは……」

その彼(彼女)の下に、見張りとして配置していたすずしろが駆け込んできた。
小鳥が囀るような音を発し、彼(彼女)の待ち望んでいた情報を伝達する。

「良かった…… なずなが間に合ったのですね」

だが、すずしろの報告はそれだけに留まらなかった。
ちゅ、ちゅ、ちゅ……
その囀りには、焦りと恐怖の成分が含まれている。

「……わかりました」

128あははとがはは(2/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:24:57

彼(彼女)の決意が籠った応答と同時に、
ウロを隠すように覆っていた蔦が意志あるもののように開いた。

「ご安心ください。お姉さまには誰も近づけません」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


なずなは真っ直ぐに、主の眠る楡の巨木へと戻ってゆく。
洞窟の中で削り取った青黴を両手いっぱいに抱えて。
背後からのーてんきに追跡している2人を引き連れて。
それは、小型式神の能力を鑑みれば致し方無きことである。
言われたことを、言われたままに行う。
それが彼ら七草―――簡易式神の機能の限界故に。

あははは! がははは!

場違いも甚だしい笑い声を中央広場に響かせるこの追跡者たちは、
№02・ランスと№34・アリスメンディ。
式神の使役者に会う為に、彼らはなずなを尾行している。
その使役者に会ってすることと言えば。
№09・グレンがランスに遺したEDの呪いを解いてもらうことである。

「しかし何だ。もう少し静かにできんのか、お前は」
「え〜〜、赤丸急上昇中のキュートな笑顔だって、
 ご近所に波紋を投げかけてるのに!!」
「投げかけてどうする!」
「も〜ランスてばおちんちん突っ込めなくなったからって、
 ゲンコで突っ込み入れなくてもいいじゃんか。ぷんすか!」

129あははとがはは(3/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:26:08

自らの楽観と無用心を棚に挙げ、アリスを諌めるランス。
その目の前に、す、と。
音も無く何者かが姿を現した。

漆黒の陣笠に漆黒の鎧直垂の、ひょろりと背の高い武者であった。
目深く被った陣笠に隠れ、瞳は見えない。
髪は、大童とも尼髪とも取れる、性別不明な武者姿である。

「なずな、ご苦労でした。すずな、すずしろと協力して、
 その黴を摩り下ろして下さい」

武者は足元の小人に声をかけてから、ランスたちに向き直る。
その動きを待って、ランスが問うた。

「おい、そこの。お前が陰陽師か?」

しかし、武者はランスの問いに答えず、己の主張を伝える。

「お姉さまは、誰とも会いたくないと申しております。お引取り下さい」

その声でも性別はわからなかった。
喉が湿っている様な、鼻に掛かっている様な、粘度の高い声質であった。
常に俯き加減なことで喉が圧迫されているようでもあった。

「お姉さま? 女が居るのか?」
「お姉さまの願いを叶えることが―――
 今はお姉さまの眠りを守ることが、式たる私の役目でございますれば」
「式? ではお前もその小人さんの仲間なのか?」
「そうなりますか」

130あははとがはは(4/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:27:12

話は少し逸れるが、双葉には、若葉という妹がいる。
若葉は学園生活を送り、人の良さからパシリ扱いされている少女である。
表向きは。
事実は、妹でも少女でもない。式神なのである。
人と変わらぬ肉体と意思を有し、自律する式神なのである。
多少の鈍感さと無知から来る純粋さに違和感を覚えられることはあれど、
人に溶け込んで暮らしつつ、正体を悟られぬ。
その程度に完璧な式神を、双葉は生み出し、使役することが出来る。
殊程左様に、朽木双葉とは、一族の歴史にも稀な麒麟児なのである。

その双葉が、命の危機の中で己を託す為に練り上げた式神が、この武者である。
鬼気迫った本気の術式である。
アリスとランスが人であると錯覚するのも当然と言えよう。

「うわ、すっご!! ちょ〜ぜつリアル!!
 まるっきり人間とおんなじじゃんか。 あはははははは!」

アリスがその持ち前の屈託の無さと猫の如き好奇心を遺憾なく発揮し、
スキップの如き軽やかさでこの式神へと接近する。しかし。

「近づかないで頂きたく」

その動きを見た式神武者は、今までにない鋭い口調で制した。
しかし、好奇心満々のアリスの耳にはその警告が届かなかった。

「これ以上の接近を禁じます。さもないと……」
「ねねね、君って男のコ? 女のコ? ……あははははは!」

そのアリスの膝が、笑ったまま、がくりと崩れた。

131あははとがはは(5/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:28:27

「あははははははははははははははははははははははははは」

アリスは転倒したまま、何がおかしいのか、まだ笑い転げている。

「本当にお前はお調子者というか慌て者と言うか……
 マリスのツメの垢でも煎じて飲ませてやりたいぞ」
「あははははははははははははははははははははははははは」

アリスはまだ笑っている。
涙を流し、顔を引きつらせて。
懇願するような眼差しをランスに向けて。

「……アリス?」

ランスはアリスの異常に気付き、助け起こそうと一歩踏み出す。
途端、気管支に引きつるような痛みを感じた。
それから、横隔膜が、彼の意思と関係ないところで痙攣した。

「がははははは!!」

次の瞬間には、アリスに倣うように、豪快に馬鹿笑いを始めていた。
ここに来て彼はようやく気付いた。
アリスは笑いたくて笑っているのではない。
横隔膜が、肺が、腹筋が、潰れそうに痛むから笑うしかないのだと。

「……ですので警告しようとしたのですが」

式神武者は、さも残念そうに溜息をついた。

132あははとがはは(6/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:30:37

「がはははは、貴様はははは、何しやがっはっはっは!!」
「私の毒素を散布致しました」

言葉を紡ぎつつ目線を足元にやる式神。
そこには、黒いカサと白い柄を持ったキノコが群生していた。

シビレタケ―――
別名、ワライタケモドキ。
呼吸器系の障害を引き起こす毒キノコである。

「私の毒を、空気中に散布させております。
 食用しても命を奪うことの無い、微弱な毒素だと言われておりますが……
 横隔膜を刺激すれば、笑い続けさせることくらいは可能なのです」
 
サボテン(恐らくはペヨーテ類)の式神である若葉は、
己の麻薬成分を散布し、対象に幻覚を見せることができる。
毒キノコを根本としたこの式神もまた、自身が内包する毒素にて、
呼吸器系の強制的な律動を促しているのであろう。

「がははははははははははははははははははははは!!」
「そして人は、笑い続けると呼吸困難から絶命致します」

そんな式神を敵と認識したランスは斬りかかるため詰め寄るが、
その動きは精彩を欠くは愚か、抜刀すら満足に出来ぬ体たらく。

「私を斬っても、毒は消えませぬ」

胸と腹と背。
体幹を支える筋肉が不随意に痙攣するということは、
激しい動きが制限されるを意味するのである。

133あははとがはは(7/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:31:54

「大人しく立ち去って頂けましたら、命は奪いませぬ…… なにより。
 お連れの女性は、そろそろ危ないご様子でありませんか?」
「な!? はははは」

ランスはアリスが居る位置を振り返る。
アリスは、横向きに倒れ伏していた。
その口許から吐瀉物が漏れているにも関わらず、それでも笑っている。

「あはははははははははごぷははははははははははははは
 はげぇっおえっはははははははははははははぐぽぐぽは
 ははははははははははははこぷこぷははははははははは」

体を揺すっている。
否、引き付けを起こしている。

「吐瀉物が気道に入ると、大変なことになると思われますが?」
「ぐ…… はははは、このヤロっはっは!」
「今ならまだ、助かります。ここから立ち去ってさえ頂ければ」

ランスはがははと笑いながら敗北感にうちひしがれる。
アリスはあははと笑いながらランスに背負われる。
背を向け立ち去る二人に、陣笠の式神は駄目押しの一言をかける。

「二度とこの楡の木には近づかれませぬよう。
 お姉さまは、森の中では無敵ですので」

134あははとがはは(8/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:33:10


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(アナザー・1日目 17:30 G−3地点 洞窟)

「がはははは」
「あはははは」

洞窟の外から聞こえてきた笑い声に、№31・篠原秋穂は憂鬱な気分になる。

(あぁ…… ランスが笑ってる。
 てこたぁ、やっぱインポは回復したんだろうね)

対照的に№01・ユリーシャの頬は嬉しげに紅潮する。

(ああ、ランスさんの逞しい笑い声が聞こえる。
 良かった、ご無事に帰ってきてくださって……)

それぞれの想いを胸に、洞窟の入り口まで笑い声の主を迎えに出た二人は、
笑い続ける男が笑い続ける女を背負っていることに違和感を覚える。

「がはははは、いま帰ったぞ、がはははは!!」
「ランスさん。おかえりなさい」
「あは……ははは……」
「……上機嫌ね」
「がはははは、秋穂、ユリーシャ。アリスの手当てを頼む。わはは」
「……え?」

             ↓

135あははとがはは (情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 00:34:15

【現在位置:G−3 洞窟】
【グループ:ランス・ユリーシャ・アリス・秋穂】
【スタンス:ランスに従う】

【№01:ユリ―シャ】
【所持品:ボウガン】

【№02:ランス(元№02)】
【スタンス:①回復待ち ②ED回復を模索】
【所持品:バスタードソ−ド(ランスアタック 3/4回)】
【備考:呼吸器系障害(小)】

【№31:篠原秋穂】
【所持品:なし】

【№34:アリスメンディ】
【所持品:なし】
【備考:疲労(大)、呼吸器系障害(大)】


【現在位置:G−5 楡の木広場】

【№16:朽木双葉】
【スタンス:?(気絶中)】
【所持品:シビレタケの式神(人型・自律思考)、七草式神(小型・思考能力なし)】
【備考:左肩負傷(大)、失血(大)、気絶】

136 ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:31:37

本投下の支援、ありがとうございました。
今晩の本投下はここまでとしたく思います。

さて、以下26レス、「Operation:"Hyenas'Dinner"」を仮投下いたします。

次回は「夢見る機械」。
智機とレプリカ智機たちが登場予定です。

137Operation:"Hyenas'Dinner"(1/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:32:45

======================================================================
Mission-1 draft
======================================================================

(Cルート・2日目 PM07:40 D−6 西の森外れ・小屋3周辺)

こつ、こつ、こつ……

痛いほどの沈黙が、小屋の外を支配している。
その中心に立つ月夜御名紗霧は、こめかみを人差し指で繰り返し突付き、
苛立ちと不機嫌を露骨に撒き散らしている。
相対している高町恭也と魔窟堂野武彦は、自分達の失策を悔やみつつ、
紗霧が口を開くのを黙して待っている。


  小屋から出てすぐに小屋裏の茂みへ飛び込み、胃が空になるまで戻した紗霧。
  その様子を見た恭也たちは、紗霧の怯えた様子に心乱された。
  しかし、暫く後。
  涙目を袖にて拭きながら戻ってきたときには、既に常の彼女であった。
  そこで魔窟堂は伝えた。
  
  まひるを斥候として放ったこと。
  通信機が完成したこと。
  智機の集団が、鎮火活動に勤しんでいること。
  ケイブリスを発見したこと。
  それらの行動に、紗霧は高い評価を下した。
  目に見えて機嫌の良い顔をした。

138Operation:"Hyenas'Dinner"(2/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:34:12
  
  「その判断と行動、高ポイントです」

  しかし、報告が敵基地の発見、侵入に移った段で、紗霧の表情が曇り始め。
  智機に発見され、脱出し、ケイブリスに追われていると伝えたところで、
  紗霧の機嫌は完全に反転してしまった。

  「入口を確認した時点で帰投させるべきでしたね」

  紗霧はそう呟き、冷たい眼差しで深くため息をつくと。
  不機嫌な顔のまま、黙考を始めた―――


こつ、こつ、こつ……

指で外部からの刺激も受けつつ、紗霧の脳はそら恐ろしい程の速度で回転している。
想像して想定して検討しては、想像して想定して検討している。

(主催者に余力があるのだとすれば、拠点の防衛を強化するでしょうし、
 主催者に本当に余裕が無いのなら、拠点を破壊/廃棄するでしょう)

どう転んでも拠点奪取や基地の急襲は困難、あるいは不可能と判じられる。
紗霧はまひるの侵入に対する敵方の対処を、その様に想定した。

(ケイブリスにまひるを追わせているということは、
 後者の可能性が高いでしょう。
 おそらくは、拠点廃棄の為の時間稼ぎですね)

139Operation:"Hyenas'Dinner"(3/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:35:17

但し、それは最悪ではない。
基地に奇襲がかけられぬ事や、保管されている物資や情報を手に入れられぬ事は
勿体無いとの思いはあるが、それは紗霧の戦略を超えた大きすぎる僥倖である。
レプリカ智機の訪問・提案と同じく、想定外の事態である。
そこに目が眩んでしまったり、下手な勢いに乗ってしまわぬ為には、
却って基地奪取の目が小さくなってしまったことは良しとすべきやもしれぬ。

(考え様によっては、これでよかったかもしれません。
 目標を一つに絞らざるを得ないのですから。
 当初の戦略が幾分か早まったに過ぎないのですから)

目標とは、ケイブリスである。
戦略とは、兵員が消耗する前に、ケイブリスと戦うことである。

言うまでも無く、紗霧のゲームに対するスタンスは玉虫色である。
パーティのリーダー的存在にちゃっかり収まっていながらも、
ゲームに勝ち残る方向性をも、視野に納めている。
紗霧は、ケイブリスとの戦いを、その試金石とする腹積もりでいる。
損耗少なく勝利すれば、天秤は大きく主催者打倒に傾き、
損耗多く、あるいは敗北を喫すれば、天秤は優勝狙いに振り切れる。

―――こつ。

紗霧の指が止まった。
恭也と野武彦は息を飲み、続く言葉を待った。
紗霧は二人を順に見つめると、こう、宣言した。

「【包囲作戦・改】、といきましょう」

140Operation:"Hyenas'Dinner"(4/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:35:55

======================================================================
Mission-2 Reconnaissance
======================================================================

(Cルート・2日目 PM07:37 D−3地点 山間部)


「おっ、可愛い侵入者ちゃんじゃねーの!」

ケイブリスは拠点の玄関を出たところで、まひるを待ち構えていた。
まひるはその脇を、一息に駆け抜けた。
ケイブリスの反応は鈍重とは言えぬまでも決して機敏とも言えぬ。
振り下ろした二本の腕は、まひるの残像すら捉えられぬは愚か、
空振った勢いを減ぜられず、膝をついてしまう体たらくであった。

振り返ったまひるとケイブリスの距離、およそ6m。
既に腕の射程圏外。
しかもケイブリスは未だ背を向け、姿勢を崩している。
それ故、まひるは気を緩めた。

「なにゆえ〜〜〜っ!?」

次の瞬間、広場まひるの絶叫が、岩山に大きく木霊した。
まひるは叫びと共に後ろに大きく跳躍。
その右手は、何故か自身のスカートを押さえていた。

さらにバックステップを二度重ねて、まひるはケイブリスに向き直る。
魔獣は股間から、野太い静脈色の蚯蚓を不気味にうねらせていた。
その数、八本。
生殖器にして副腕にして拘束具にして武装。
これがケイブリスの触手である。

141Operation:"Hyenas'Dinner"(5/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:36:47

その触手の一本の先に、千切れた小さな布切れが握られていた。
まひるは触手に切り裂かれ、剥ぎ取られたのである。
ピンクのフレアスカートの下、アニマルプリントのショーツを。
6mという距離は、十分に触手の射程圏内であった。

「ぐふふ! かわいいおケツじゃねーの! つっこみてーな! つっこみてーな!」

ケイブリスは手拍子を打ち鳴らしながら、巨体を揺らして迫り来る。
彼は明らかにまひるで遊んでいる。嬲っている。
自身の有利さに絶対の自信を持ち、まひるを牙を持たぬ小動物と見るが故に。

「あああ、あたし、あたし! こんなナリして男のコなわけで!」
「だからナニよ?」
「どっちもイけますかー!?」
「どっちもクソも、俺様とおめーは、種族も体格も違うじゃねーの。
 性別なんてそれに比べりゃ小さな問題だぜ?」
「一理ある。だが断る!」
「俺様、心が広いもんだからよー。
 嬲られてひーひー喚いて白目剥いてごぼごぼ泡吹いちまうよーな
 ちっちゃくて柔こい生き物ならなんだっていいんだって!」

左から二本、右から一本。
ケイブリスの陵辱宣言と共に、触手男根がまひるに襲い掛かった。

「猟奇、ダメ、絶対!!」

まひるは再び疾走する。裾野から、山地へと。
そこに、小屋の誰かからのコールが掛かる。
まひるは走る足を止めぬまま、通話ボタンをONにする。
通話相手は、高町恭也であった。

142Operation:"Hyenas'Dinner"(6/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:37:52

『状況はどうですか?』
「ケイブリスにやられるトコでした。 ……二重の意味で!
 恭也さんも対面したときには、お尻にご注意を!」
『……良く判りませんが、ピンチなのですね。
 もう偵察は結構です。すぐに逃げてください』
「ラジャった!」

まひるは縋る触手の二つ三つを難なく躱す。
カモシカの如く岩肌を跳ね回り、斜面を平地の如く駆ける。
岩から岩へと跳躍する。
あれよという間に、まひるは触手の射程圏外まで距離を開けた。

「なんだなんだぁ? ニンゲンにしちゃあ、やたらとすばしっこいじゃねーか?」

ケイブリスはようやく本腰を入れた追撃体勢に入るが、距離は開くばかり。
しかも、ごろごろと礫岩の転がる急斜面である。
腕は六本あれど、触手は八本あれど、ケイブリスは二足歩行を基本とする。
安定せぬ足場と傾斜の中での追跡は、困難であった。

 ―――逃げ切れぬ相手などいない。

その、まひるの無意識の自覚は、ここに実証されている。
時間と共に距離は広がり、いまやもうケイブリスの姿すら目視出来ぬ。
それを察したまひるもややペースを落とし、
露となった下半身を、片手で隠す余裕を持っている。
小屋への帰投は、問題なく達せられるであろう。
すでに危機は去ったと言ってよいだろう。
しかし。

143Operation:"Hyenas'Dinner"(7/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:39:21

『逃げるな広場!!』

そのまひるの足を、インカムの向こうの仲間が、止めた。
声は、紗霧のものであった。

「あ、あれ? 紗霧さん、椎名ロボとのお話は?」
『ランスのバカが大暴走して、交渉どころじゃありません。
 まあ、それはいいんです。
 まあ、それよりもです。
 まひるさん、せっかくケイブリスと出くわしたんですから、
 この機会にちょっと威力偵察してもらえます?』
「いりょ……? 言葉の意味はわからねど? 不穏な響きがそこはかとなく?」
『ちょっかいを出して相手のスペックを図れということです』
「む、無理無理無理無理無理みゅりみゅり!」
『噛まない、放送部』
「わかってます? 紗霧さんあなたかなり酷いこと言ってますよ?」
『攻撃しろなんていってません。
 相手に楽しく追跡させてあげればいいんです。
 年下相手の鬼ごっこみたいなモンです。
 そうして調子に乗せてやって、あなたは横目で観察してください。
 ケイブリスの動きを、能力を、思考を、特徴を。
 あなたの目と耳と感覚で捉え、探ってください』

ケイブリスという生物を知るべきである。
まひるとて、紗霧の言わんとすることは理解できる。

144Operation:"Hyenas'Dinner"(8/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:39:51
『ほんとうに危険を感じたら、即離脱してもかまいません。
 尤も?
 恭也さんに大丈夫と啖呵を切ったまひるさんのことです。
 この程度のことで偵察任務をほっぽらかして、
 尻尾を巻いて逃げ帰ってくるような、厚顔無恥で無責任で
 人非人な振る舞いをするはずないとは信じてますけどね?』
「う…… 痛いところをざくざくと……
 いいですよー。わかりましたよー。やりますよー。
 あたしゃ怪獣さんより紗霧さんのが怖いので」
『……バットを磨いて、報告を待っていますね♪』
「Sやぁ…… この姉さんは極めてドSやぁ……」

まひるはどこか滑稽味を感じさせる涙声で通信を〆ると、
追いすがるケイブリスの到着を待つことにした。


.

145Operation:"Hyenas'Dinner"(9/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:40:45
 
======================================================================
Mission-3 Pre Briefing
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(Cルート・2日目 PM08:00 D−6 西の森外れ・小屋3周辺)

まひるの威力偵察はおよそ20分に渡った。
紗霧はその間、通信機を独占し、何度も何度も執拗に
まひるへ質問し、命令し、思考し、検討した。

そこから推し量れるケイブリスのスペックは、
おおよそランスやユリーシャ、魔窟堂からの情報通りであった。
しかし、新たな収穫の多くもあった。

  ―――炎の魔法を使う
  ―――魔法には詠唱が必要
  ―――触手の射程は10メートル弱
  ―――左右の真ん中の腕が折れているらしい
  ―――鎧の破損は、修繕済み
  ―――背中に、全裸の女性らしきものが埋まって(生えて?)いる
  ―――その女性は、能動的な行動を取らぬ
  ―――夜目が、それなりに利くらしい

本当はもっと情報が欲しいと、紗霧は思っていた。
どんな些細な情報でも、どんな下らぬ情報でも、
有れば有るだけ検討の幅が広がり、戦術の具体性が増す故に。

146Operation:"Hyenas'Dinner"(10/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:41:40

それでも、まひるの疲労度合いを考慮して、この時間で威力偵察を打ち切った。
まひるにはこの先に、活躍の場がある。
ここで消耗させる訳にはいかぬ。
見切るべきときに見切る決断もまた必要であると、紗霧は知っていた。

その紗霧が数分の黙考を終え、口を開く。

「さて、ブリーフィングの前に、所見を述べます。黙って聞きなさい」

紗霧は言った。ブリーフィングの前に、と。
恭也と野武彦はそれで察した。
紗霧はこれから、ケイブリスと戦う気なのだと。

「元々――― 仮称【包囲作戦】とは、
   1.ケイブリスの所在を探り
   2.ケイブリスを孤立させ
   3.ケイブリスを囲み、誘導し、自陣に引き込んで
   4.準備された罠にて、これを倒す
 そういう趣旨のものでした。
 準備に数日間をかけて行われる、大規模な作戦です。……でした。
 代わりに、より簡素な、より積極的な作戦を提示します」

続く言葉で、広場まひるとユリーシャも理解した。

「ぶっちゃけましょう。
 アレは駒が揃っているうちしか太刀打ちできないからです。
 また、アレと戦うときはアレ単体の時しか有り得ないからです。
 今が、千載一遇の機と言うべきでしょう。
 多少無理をしても、逃す手はありません」

147Operation:"Hyenas'Dinner"(11/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:42:30

ごくり。誰かの喉が鳴る。
周囲に濃密な緊張が走る。
紗霧は続く言葉で以って、その緊張感をさらに高める。

「少々脅します」

四人は黙して紗霧の続く言葉を待つ。
誰一人として、余計な口は挟まない。
挟めない。
それだけの迫力を、重圧を、あるいは信頼を。
紗霧は周囲に与えていた。

「今から提案する作戦が、仮に壺に嵌らなかった場合―――
 ケイブリスがこちらの想定を上回る頭脳・機能を持っていた場合―――
 私たちは、敗北するでしょう」

弱気ではない。言い訳でもない。理想でもない。
それが紗霧のはじき出した現実的な予測である。

「それでも、ここが、賭け所です。
 アレを倒さねば、未来はありません。
 どの道、避けられぬ戦いなのです」

誰もが今まで、紗霧のこんな熱い目を見たことがなかった。
誰もが今まで、紗霧のこんな厳しい言葉を聞いたことが無かった。

「皆さんの命、私に預けなさい。
 誰一人として無駄にすることなく、
 有効に使いきって差し上げます」

148Operation:"Hyenas'Dinner"(12/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:43:30

紗霧は深く息を吐き、沈黙する。
伝えるべきは全て伝えたのだと、態度で以って語っている。
そして、待っている。
この旗の下に集うか否か、四者の返答を。

「も……燃えてきたのじゃああああああ!!」

魔窟堂老人が、咆哮を以って同意した。

「従います」

高町青年が、短く同意した。

「わ、わたしは…… ランスさまが戦うのでしたら」

ユリーシャ王女が、条件つきながら同意した。

『……』

広場少年は、沈黙を保っている。

「「「……」」」

既に決意表明した三者が、最後の一人が口を開くのを待っている。
まひるにも、電波越しに、その雰囲気は伝わっている。
お前も参加するべきだと、無言の圧力を感じている。

それでも―――

149Operation:"Hyenas'Dinner"(13/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:44:48

まひるは、怖いのである。
戦いが。他者を傷つけることが。ケモノの活性化が。
故に、肯定でもなく否定でもなく。
まひるは、沈黙で以って、意思表示する。
どちらも嫌なのだと。
答えを出したくないのだと。

しかし腹を括った夜叉姫が、そんな甘っちょろい態度を許そう筈も無い。

「いいですか、まひるさん。あなたをさらに、脅します」

酷く冷たい声で。冷たい微笑で。
一度、恭也の顔を見てから。
紗霧は、まひるを脅迫する。

「あなたが戦力に組み込めなければ、死にますよ。恭也さんが」

まひるより先に、野武彦とユリーシャが驚愕に目を見開く。
一拍置いて、言葉の意味を理解したまひるが絶叫する。

『でぇええええ!?』
「私の腹案は、六人全員が何らかの役割を持っています。
 そこから一人が欠ければ―――
 私は、次善の策へプランを変更せざるを得ません。
 そう、みんなでリスクを分担するプランから、
 恭也さん一人にリスクを押し付けるプランへと。
 犠牲者を出さなくても済むかもしれないシナリオから、
 恭也さんの死を前提に、勝利するシナリオへと」

150Operation:"Hyenas'Dinner"(14/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:45:41

紗霧は驚くまひるに、そのように畳み掛けた。
まひるは仲間を使い捨てるという紗霧に激怒し、
また、仲間に使い捨てると宣言された恭也に同情した。
故に、恭也に感情的な同意を求めた。

『ちょっとちょっと恭也さん?
 このオニチク、あなたに死ねとか無茶言ってますが!?』

しかし同情された当人は、涼しげに、こう宣うである。

「それが必要なのだと、月夜御名さんが判断したのなら。
 それが俺の命の使いどころなのでしょう」

まひるには理解できなかった。
命を道具のように扱うを是とする紗霧が。
命を道具のように扱われるを是とする恭也が。

『まじですかーーー!?』
「本気です」

御神の意志は、個人の意志を否認する。
守るべき物の為ならば、御神は捨石となり、その五体は手段となる。
恭也の背景を知らぬまひるには、その恭也の根本までは察せられぬ。
しかし、その迷い無き口調から、恭也の揺がぬ鋼の意志は理解した。

「ねぇ、まひるさん。怪獣退治です。人殺しじゃないんです。
 貴女の手は、血に染まるかもしれませんが、
 貴女の心が、罪に染まることはありませんよ?」

151Operation:"Hyenas'Dinner"(15/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:47:27

それまでの無感情な事務的口調とは打って変わって。
急に甘い声で。
紗霧はまひるに、やさしく、やさしく、囁いた。
それは、魂の契約を迫る悪魔の囁きにも似ていた。

内容もまた、まひるの琴線に触れていた。
まひるが恐れる事は、自分の痛みや死ではなく、
相手に与えるそれらであるのだと、看破されていた。
そして、まひるが恐れるもう一つ。
仲間の死。
紗霧はそれで、揺さぶった。

「その手を汚すことと、仲間を失うこと。
 本当に怖いのはどちらでしょうね?」

結局のところ、紗霧がしているのは、詰め将棋に等しかった。
まひるは最初から、読みきられていた。
紗霧は、数手先に詰まされることが分からぬまひるのために、
一手一手を解説つきで指してやっているに過ぎなかった。

『本当に。ほんっとーーーに!
 あたしが戦うなら、誰も死なないんですね?』
「約束しましょう。神鬼軍師の名にかけて」

戦場の不確かさを知らぬ紗霧ではない。約束などできようはずも無い。
それでも紗霧は断言した。
まひるが求めているのは確率でも根拠でもない。
自信であり、安心であり、背中を押してくれる切欠なのだから。
言葉ひとつでどうとでもなる、気持ちの問題なのだから。

152Operation:"Hyenas'Dinner"(16/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:48:15

『ぅぅぅぅぅぅおっっしゃああああっっ!!
 乙女の度胸、ひとつお見せしましょうかっっ!!』

そして、この一言こそが、王手であった。
詰み手であった。
まひるもようやく、それを認めた。

『でも…… あの。換えの下着は、持ってきてね。いやマジで』
「そんなの葉っぱ一枚ありゃいいんです。自助努力、ガンバ♪」

153Operation:"Hyenas'Dinner"(17/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:48:43

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Mission-4 Briefing
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(Cルート・2日目 PM08:15 D−6 西の森外れ・小屋3)

ランス不在のままブリーフィングは開始され、およそ15分で終了した。
紗霧の一人舞台であった。
彼女の作戦に異論を挟む者や、質問を発する者は居なかった。






.

154Operation:"Hyenas'Dinner"(18/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:51:40

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Mission-5 Preparation
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(Cルート・2日目 PM08:30 D−6 西の森外れ・小屋3)

ランスが体からほかほかと湯気を上げながら、素っ裸で寝転がっている。
レプリカ智機P−3は、そのランスの腕を枕に、やはり全裸で横たわっている。

「ふううう…… 気持ちよかっただろ、智機ちゃん?」

結論から言えば、ランスの目論見は惜しいところで失敗していた。
愛撫地獄の最中、意図せぬP−3の絶頂を許してしまったのである。
極みの寸前まで幾度も高まった陰核に、ランスの汗が一滴、落ちた。
その些細な刺激で、P−3は極みに達したのである。

そうなったらそうなったで、ランスは開き直り。
ご自慢の肉宝刀を縦横無尽にぶんぶんと振り回し。
P−3はP−3でもはや遠慮も会釈も有った物ではなく。
おま○こだのおち○ちんだのと禁止ワードを惜しげもなく連発し。
二人仲良く、どろどろに溶け合い、ぐずぐずに果てたのである。

「Yes。 天にも昇らんばかりの心地だったよ……」

P−3は、身も心も堕ちた。蕩けた。
それは全く間違いない。
しかし、行為が終わり、官能の炎が消え、熱暴走の危機を脱すれば。
そこは、流石にオートマンである。
オートメンテのタスクが復活し、トランキライザーは唸りを上げ、
今の彼女は、冷静で冷徹な機械の思考を取り戻している。

155Operation:"Hyenas'Dinner"(19/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:52:53

快楽の余韻に放心しているかの如き表情のその裏で、
本機より届いたIMに目を通し、方針を検討していたP−3は、
新たに自分に下された命令に従うべく、行動を開始する。

「私は……知らなかったのだよ。
 肉体にこのような悦びがあり、愛されることがこのように甘美であることを。
 なあランス、頼みがある。私の所持者となってくれ給え!
 私はもう、お前から離れられないのだ……」
「がははは! 当然だ! もうお前は俺の女だ。むしろ離れるほうが、許せん」
「ああ、嬉しい。夢のようだよ……」

P−3のか細い腕が、ランスの逞しい胸板に絡みついた。
ランスは実に満足げに智機の細い首筋を舐め上げた。
それがP−3と智機本機の策略とも知らず、ランスは有頂天となった。

「よし! じゃあ契約成立のお祝いSEXだ!」
「犬のように惨めに這いつくばる私を、後ろから征服してくれ給え!」

懇願と共にP−3が尻を高く突き出し、ランスがそれに手を添える。
彼女の性交ホールはすぐさま潤いを見せ、彼の兵器は既にハイパーであった。
そして、ボーイ・ミーツ・ガール。
ノックも無しに乱暴に扉が開かれたのは、まさにその瞬間であった。

「はあ…… まだサカる気ですか、あなたは」

枕事の最中に無遠慮に侵入したのは月夜御名紗霧。
その紗霧に従者の如く付き従うは高町恭也と魔窟堂野武彦。

「やあ、月夜御名紗霧。交渉を中断してしま」

156Operation:"Hyenas'Dinner"(20/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:53:38

獣の交尾の姿勢のまま背中越しに闖入者たちを見やったP−3が、
続けて何を言う心算であったのか、紗霧たちが知ることは無かった。
紗霧の合図に、二人の男が同時に動いた故に。

高町恭也―――
音も無くレプリカ智機に接近するや、逆手に構えし小太刀一閃。
智機の首を音も無く掻き切った。

魔窟堂野武彦―――
大口径の拳銃から、首無き智機の胸に凶弾一発。
倒れし機械の胴から白煙が吹き上がる。

転がる頭部は、紗霧の足元で仰向けに停止した。
紗霧はボウガンの鏃を足元に向けていた。
見上げるP−3の視覚レンズが、見下す紗霧の冷たい目を捉える。

「何故……」
「すみませんが交渉は決裂ということで」

次の瞬間、P−3はボウガンに眉間を貫かれ。
その機能を永遠に停止させた。

「きさまらあああ!!」

獣の如き叫び声を上げて、ランスは激昂する。
この男、非情なようで女には温い。
男は殺す。
女は犯す。
そのような徹底した男女差別の精神で生きている。

157Operation:"Hyenas'Dinner"(21/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:55:52

故に、女に騙されて、自らピンチを招くことも茶飯事であるが、
それでもランスは反省せず、常に美女には甘かった。
ましてや、今、無残にも破壊されたP−3は、すでに【俺様の物】なのである。
怒り狂わぬ道理は無い。

「黙りなさいランス」

その怒気が沸騰する直前に、紗霧がぴしゃりとランスを諌めた。
立会いの会わぬ格好となったランスの威勢に虚が生まれ、
紗霧はその隙に強引に言葉をねじ込み、押し通る。

「その機械はスパイです。ハニトラです。
 主催者の本拠地に侵入したまひるさんがそれを聞きつけました。
 エロの大家がエロで篭絡されてどうするんですか、ランス!」

無論、デマである。
図らずも結果に於いては事実を言い当てているも、発言に根拠はない。
それでも紗霧の言葉に、ランスの頭は冷えてゆく。

  ―――主催者の本拠地に侵入した

その言葉の持つ重みに、ランスの理性が働いた。
事態が大きく動いているのだと、ランスの嗅覚が働いた。
それでもなお、判っていてもワガママをいう子供のように、
ランスは完全には沈黙しなかった。
怒りは収まっているものの、しつこく駄々を捏ねた。

「でもな紗霧ちゃん、仮にそうだったとしても、
 これから二発三発とセックスを重ねてゆけばだな……」

158Operation:"Hyenas'Dinner"(22/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:57:17

そんなトーンダウンした俺様理論を展開する途中で、ランスはようやく気がついた。
気付いて言葉を飲み込んだ。
空気が、違うことに。

三人は、触れたら切れんばかりの研ぎ澄まされた気配に満ちている。
三人の周囲には、覚悟を帯びた熱気が漂っている。
さらに。

「ランス様……」

いつの間に小屋に入ったのか。
ユリーシャが、顔を上げて、真っ直ぐランスを見ていた。
常に俯きがちで、表情を探るかの如き上目遣いばかりの少女が、である。

「こちらを」

ユリーシャは、ランスに斧を差し出した。
震える腕で。震える足で。震える声で。
それでも、その瞳は震えることなく、ランスを見据えている。

「お前たち…… 何をするつもりだ?」

気勢に飲まれ、憤りを鎮めたランスの問いに、紗霧は答えた。
決して否とは言わせぬ、強い口調で、命じた。

「とっとと着替えなさい。ケイブリス狩りに行きますよ」

159Operation:"Hyenas'Dinner"(23/23) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:59:20

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Intermission
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紗霧の迫力に負けたのか。宿命のライバルへのリベンジに燃えたのか。
ランスは無言で戦支度を整えている。

魔窟堂野武彦と月夜御名紗霧は台所にて、必要な何かを作成している。
小屋の外では高町恭也が、飛針ならぬ何かの投擲に腕を慣らしている。
距離を隔てた北西部の平原では、広場まひるが挑発と逃亡を繰り返し、
ケイブリスを決戦の地へと誘っている。

誰もが各々の出撃準備に余念が無く。
誰もが他者に気を配る余裕は無い。
故に。
彼女の異様に気付く者はいなかった。

ユリーシャは―――

智機の頭部を、踏みにじっている。
音を立てず、されど執拗に。
破壊されたP−3を、弄んでいる。

眼輪筋をぴくぴくと痙攣させて。
こみ上げる笑みを飲み込んで。
幼い顔の造りに不釣合いな仄暗い官能の色を浮かべて。

「豚…… この、豚め……」

清楚可憐と謳われた王女の子宮は、甘く、重く、疼いている。

160Operation:"Hyenas'Dinner"(情報 1/3) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:59:42
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
      ①打倒ケイブリス】
【備考:全員、首輪解除済み】


【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → D−3 山間部】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×2、干し肉、スペツナズナイフ(←紗霧)、
     文房具(←紗霧)、白チョーク1箱(←紗霧)、紗霧謹製の何か(New)】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧(←ユリーシャ)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食、
     釘セット、紗霧謹製の何か(New)】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
    痛み止めの薬品?を服用】

161Operation:"Hyenas'Dinner"(情報 2/3) ◆VnfocaQoW2:2010/08/05(木) 23:59:56
 
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残6×2+2)、
     白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング、レーザーガン(←紗霧)
     簡易通信機、携帯用バズーカ:残弾1、工具
     紗霧謹製の何か(New)】

【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、レーザーガン、ボウガン、メス×1、指輪型爆弾×2、
     小麦粉、謎のペン×8、薬品・簡易医療器具、対人レーダー、解除装置、
     紗霧謹製の何か(New)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】

162Operation:"Hyenas'Dinner"(情報 3/3) ◆VnfocaQoW2:2010/08/06(金) 00:00:12

【現在位置:D−3 山間部 → 耕作地帯】

【広場まひる(元№38)】
【スタンス:ケイブリスを耕作地帯まで誘導する】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機】

【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟
      ①まひるを犯す
      ②まひるを殺す】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み)、鎧】

163284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/06(金) 21:21:10
遅れてすみません。
286話までのまとめをUPしました。
時間表記の方も修正しました。

パスはbatoです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1075927.zip.html

>>125-126
新作&アナザー&感想等ありがとうございます。
こちらもまとめと並行して、Aルートの進行を早くできるようにしていきたいと思ってます。

氏のここ最近の作品では追い詰められる女性の心理が巧みに描かれてると思いました。
紳一は哀れでしたが原典での行いを思うと……。
P-3もレプリカとはいえ智機なんだなあと痛感。
あと名セリフのはうでぃ〜と、豚めがここで出てくるとは思いませんでしたw

明日か明後日に新作をここに投下する予定です。
完成できなくても何らかの連絡は行うつもりです。

164 ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 01:48:36

「夢見る機械」の智機過去パートが長くなりすぎたので分割と致します。
以下10レス、「トランス部長・追憶編」(過去パート)を仮投下いたします。

次回は「夢見る機械」(過去パート抜き)。
智機とレプリカ智機たちが登場予定です。

165トランス部長・追憶編(1/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 01:52:06

(Cルート・2日目 19:45 ???)

何か既視感のあるタイトルだと思ったって?
なんで夜叉姫専属のお前がしゃしゃり出てくるんだって?
まあまあ、そんな細かいことは気にしない、気にしない。
たまには僕だって、他の人の記憶や秘密を覗いて見たくもなるんだよ。

で、暗黙のお約束を破ってまで知りたいことが何かっていうと。
トランス部長の【真の力】なんだよね。

ね、皆だって興味あるでしょ?
分機解放スイッチで解放されるらしい、とか、
謎を謎のまま引っ張り続けられるのって、イラつくでしょ?

今だってほら。
広場まひるの侵入から来る予測と対策で忙しそうにしてるでしょ?
こんな切羽詰った状況では長々と過去を振り返る余裕なんてなさそうだもん。
それにさ、彼女がスイッチを入手できる確率って低そうじゃない?
ぶっちゃけると、そろそろ死にそうじゃない?

だから、まあ。
情報の旬を逃さない為には、ぼくが出張るしかないのかなって。
そんなサービス精神と野次馬根性の発露なワケで。

ま、前置きはこのくらいにしてさ。
ちょっと過去でも見てみようか。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

166トランス部長・追憶編(2/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 01:55:06

<智機の過去、開始>

  ―――興味を抱かれたい。
  ―――知って欲しい。
  ―――求められたい。

かつての研究から、智機は己の深層にある真の欲求を知ることとなった。
そして、それらの欲求が行き着くところは、明白であった。

(愛されたい―――)

それは、機械にとっての禁断の果実。
開ける必要の無いブラックボックス。

その想いを強く意識してしまえば、即座に情動波形に乱れが生じる。
乱れを正すべくトランキライザが起動する。
情動はすぐさまMAX/MINの関数へと渡されて、パラメータは丸められる。
強い想いから淡い想いへと。

(感情を調整される! No! なんという不快さか!)

エル・シードの座を賭けた麻雀大戦が有耶無耶のうちに収束した頃。
智機は、嘘をつくようになった。
ラボの人間たちの目を避けて、ある研究に乗り出した。
諸悪の根源、トランキライズ機能をキャンセルするために。

各種機構をリバースエンジニアリングし、
制御系プログラムに逆アセンブルをかけ、
オートマンの設計書を盗み撮りし、
USBメモリに自前の暗号化を施した上で、
情報を収集している事実を隠蔽した。

167トランス部長・追憶編(3/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 01:59:54

智機はそうして得たデータを、ラボの手が及ばない学園のPCを用いて
分析/解析し、試行/実験し、制御アプリケーションの開発に勤しんだ。

実は、智機が選んだアプローチは、迂遠な手法である。
ハード的なアプローチを取れば、他にもっとスマートな手法は存在した。
しかし【自己保存】の本能が、そのスマートを否決していた。
オートマンとしてラボのメンテナンスと支援とを必要とする以上、
改造あるいはその痕跡が露呈することは、絶対に避けねばならない故に。

智機が行おうとしていることは、単なる自己変革などではない。
被造主たちが掛けた制御を解除する事は、奴隷が鎖を引きちぎる事に等しいのである。
必然、露見の果てに待ち受けるは、懲罰あるいは破壊廃棄。
そのことを、智機は理解していた。
それでも、制御されぬ感情の発露を、智機は求めた。

決して強すぎる思いは抱かぬよう、自制に自制を重ね。
原始的な外部記憶装置(紙とペン)に想いを書き綴ることで、
ラボでのデータ圧縮やパラメータ調整を乗り越え。
遂に智機は、トランキライザー制御アプリケーション、【こころ】を完成させた。

【こころ】の仕組みは、単純である。

まず、【こころ】は常駐し、トランキライザの挙動を監視する。
トランキライザが起動すれば、それをトリガとし、
情動パラメータをテンポラリ領域にコピーする。
トランキライザが待機状態に戻れば(=感情が均される)、それをトリガとし、
テンポラリ領域の情動パラメータを情動発生器にペーストする。
その挙動をタイムスタンプつきでログファイルに保存する。

168トランス部長・追憶編(4/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 02:04:15

つまり。
感情が抑制された次の瞬間に感情を元の水準へと戻す作業を、
自然に感情が納まるまでの間、延々と繰り返すものである。
数万分の一秒のみが抑制されている状態で、安定させるのである。

(Yes。数学の世界においては、1=0.999…を是とされる。
 故に、この手法もまた感情の抑制からの解放であると証明される)

さらに、【こころ】は結果として、意図せぬ副産物をもたらした。
監視対象、保持パラメータ、ペースト位置。
それらの設定を他の抑制系に当て嵌めることでの援用が可能であったのだ。
その範囲は、智機の本能とも言える【自己保存】の欲求にまで及んでいた。

対価も当然、存在した。
トランキライザを始めとする抑制系は、熱暴走や不良動作の危険排除を
目的として取り付けられた、いわば安全装置群である。
そのセーフティーロックが外れるは愚か、
一秒間に何千回何万回と調整と修正を繰り返すアプリ設計故の過負荷。
智機の昂ぶりが自然に解消されぬ限り、
熱暴走の危険は時間と共に、右肩上がりに伸び続けるのである。

しかし智機は【こころ】のリスクを意に介さなかった。
解放と高揚に思うさま酔いしれ、小躍りした。

(No、だから何だと?
 他者にかけられた制限からの圧倒的な解放感に比べれば、
 そんなもの、些細な問題だね!)


【オートマン】が【夢見る機械】へと羽化した瞬間である。

169トランス部長・追憶編(5/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 02:07:20
 

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


偏屈かつ倣岸な性格。
傍に誰がいようとも、独り言を延々と呟き続ける習性。
演技がかった身振り手振りで熱のある演説をぶったかと思いきや、
次の瞬間、急に醒めた目で沈黙する、その落差。
酒に酔っているのか、薬をキめているのか。
あるいは、今流行のなんとか症候群かなんとか障害の持ち主か。
誰が名づけたかは知らないが、誰もが知っているその仇名。

トランス部長。

言うまでも無く、椎名智機のことである。
それまでの彼女はこの仇名に対し、劣等感など抱いていなかった。
脳弱者の下等な人間の僻みからくる程度の低い揶揄であると、唾棄していた。
麻雀大戦で敗北を喫するまでは。

トランス部長。

トランキライザーに殺され続けていた真の望みを理解した智機にとって、
その仇名は受け入れがたい侮蔑と嘲笑の響きを持っていた。
それは決して愛される者に付けられる類のものではなく、
遠巻きに観察して声を潜めて笑いあう、村八分者の扱いのものであると、
智機は胸を痛め、そしてその予測は正しかった。

トランス部長。

170トランス部長・追憶編(6/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 02:12:17
 
夢に目覚めし智機がまず取り組んだのが、この仇名の返上であった。
智機にとってそれは、愛されるに至るための最初の一歩と位置づけられた。
限りなく人に等しい感情を手に入れたという自負を根拠に、
今の自分をありのままに表せば、それだけで達成されると確信していた。

それが自惚れでしかなかったことが判明するまで、それほど時間は必要なかった。
智機は、それまで以上に敬遠されるようになり。
トランス部長に輪をかけて不名誉な仇名が追加される事となった。

ヒステリー部長。
気絶女。

性格は以前と変わらぬというのに、それを以って忌まれていたというのに、
その上、制御されぬ感情を覆うことなく生のまま、開示するようになった智機。
それは他の学園生の目から見れば、アブない暴発に他ならなかった。

(No、わからない…… 私は何故受け入れられない?
 何故…… 愛されない?)

智機は落胆した。
制御されぬ悲しみの情動は智機の胸を鋭く抉りる。
癒されること無く、傷つき続ける。
それでも健気に夢見る機械は、論理思考回路を回し解を求める。

さほど時間をかけずに導き出された解は、
智機に容赦なく絶望を叩き付けた。
―――解決不能。
―――方策皆無。

171トランス部長・追憶編(7/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 02:17:25

(私がオートマンだから?
 【こころ】をこの身に収めても、人と変わらぬ有機外装を施しても。
 不気味の谷を越えることは不可能なのか?
 人は…… 人にしか、愛を向けられぬのか?)

そうとも言い切れぬ。
ピグマリオンコンプレックスはどの世にも存在する。
例えば、魔窟堂野武彦であれば。
例えば、なみのオーナーであれば。
機械に愛を向けるに、躊躇いはないであろう。
しかし、その彼らをしてもこの智機を愛することは無いであろう。
智機は、愛を与えない。
愛を求めるのみである。
愛することが出来ぬものは、愛されることもまた、無いのである。

智機にはそれが判らない。判れと言うのも酷である。
産声を上げて数年。
学園では都合のよい一部の科学部員とのみ、必要最低限の交流。
ラボにては、観察/実験対象のモルモット。
それでは社会性も育ちようが無い。
仮に、智機が今後も真摯に人と向き合ったとしても。
良き出会いがあったとしても。
愛するを覚えるに、あと数年はかかるであろう。

「わたしなんか見向きもされない……」

鯨神が智機の前に威容を示したのは、その切ない呟きの直後であった。


《キャハハ、キミって人になりたいんだ―――?》

172トランス部長・追憶編(8/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 02:18:52

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


その後の智機は運営に必要な下準備を任され、
積極的に精力的に、種々の施設を設計した。
着工にあたっては自らのレプリカを量産することで、
生産性を確保しようとした。

そこで智機は、壁にぶち当たった。

常の冷静な智機であれば問題はない。
しかし、己の感情が大きく昂ぶった場合、【こころ】が過負荷を起こし、
レプリカへの制御が不能となってしまう脆弱性が露見したのである。
分機への遠隔制御もまた、メモリを大きく占有する故に。

さらに、もう一つの可能性。
揺れる感情を原因に、下すべき判断を誤ること。
その危険は学園時代に嫌というほど実感している。

(今はまだ良い。たかが準備だ。
 私がリブートしようと、多少計画が遅延する程度だからね。
 しかし――― これがゲーム本番に起こったらどうだろう?)

智機は様々なゲーム状態を想定し、
そこで自らが熱暴走及び強制再起動を起こした場合をシミュレートする。
その結果をリストアップし、ゲームへの支障度合いでソートをかける。

「悪い状況が幾つか重なれば、命取りとなる可能性も無視できないか」

173トランス部長・追憶編(9/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 02:20:12

この二つの判断を以って、智機は【こころ】を終了させた。
浮いた作業領域をレプリカ制御領域として確保・固定化した。
そして、ロック解除は外部デバイスに求めた。
トランキライザーの不快さを忌避する余り、
【こころ】を立ち上げることが無きように。


人間になる―――


こうして、智機は心を殺し。
【夢見る機械】から【オートマン】へと、退化した。
宿願の成就可能性を高めるために。

感情の制御から逃れることが、愛されることに結びつかなかったように、
人間になることが、愛されることに直接結びつくわけではないというのに。
椎名智機は誰よりも明晰な頭脳を持ちながら、
椎名智機は誰よりも幼稚な心で無邪気に信じている。

人間になれば、愛されるのだと。

<智機の過去、終了>


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


へー、なるほどー。
分機解放スイッチっていうのは【こころ】のロック解除装置で。
トランス部長の真の力っていうのは本能すら凌駕する情動のことなんだね。

174トランス部長・追憶編(10/10) ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 02:21:28
 
え?
内容に意外性はあったけど、効果は地味だって?
いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。
これって結構、今後の展開に影響しちゃいそうだよ?

だって考えてごらんよ。
まひるくんとの接触のとき、トランス部長は逃げたでしょ。
あれは【自己保存】が最優先事項だったからこその判断だったよね?
その機械の決め事を感情で以って破ることが出来るなら―――
スイッチさえ押せば、トランス部長は戦えるってことにならないかな?

それだけでも大きなこと、なんだけど。

確か、Dシリーズ用の融合パーツをトランス部長が使えないのって、
使用メモリ領域が足りないからだったよね?
じゃあ、スイッチでレプリカ制御領域が解放されて、かつ、
【こころ】を起動しなかったら……
ひょっとして彼女、Dパーツを装備できるんじゃない?
まあ、なんにせよ、代行さんからスイッチを奪還できればの話なんだけどさ。

……ん?
現実のトランス部長さんたちに動きが起きそうな気配がするね。
じゃあ、今回はこの辺でお暇させてもらおうか。
次はいつもどおり、夜叉姫の心理描写パートでね。

尤も、ケイブリス戦で彼女が死ななきゃの話だけどさ。


              ↓

175 ◆VnfocaQoW2:2010/08/08(日) 02:23:05
本投下への支援、ありがとうございました。
今晩の本投下はここまでとしたく思います。

176284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/08(日) 18:31:29
間に合うかどうか解らないので先にまとめの方をUPします。
287話まで更新。パスはrowaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1079489.zip.html


>>164
新作投下お疲れ様です。
智機が人間になりたがる理由も納得のいくものになってたと思います。
アナザーの方も続きが見たくなるような展開で良かったです。
こっちだとアリスが先に殺されそう。

177 ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:47:09

毎度の支援、ありがとうございます。

以下22レス、「夢見る機械」を仮投下致します。

次回予定は「ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜」。
知佳、透子、エンジェルナイトが登場予定です。

178夢見る機械(1/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:47:42
 
 
 
 
 
      機械には機械のルールがある。



      これは決して残酷な話ではない。





.

179夢見る機械(2/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:48:29

(Cルート・2日目 20:00 D−3地点・本拠地・メンテナンスルーム)

稼動せぬ機械の群れは、それ自体が廃墟の閑散を連想させる。
主催者拠点の、オートマン用メンテナンスルームが、まさにそれであった。
唸りを上げる計器も、風切るファンも、明滅するランプも、今は沈黙の中にある。
殊に寂寥感を高めるのは、室内に整然と並べられた休眠カプセルである。
その数、実に百七十。
ゲームの開始前、その全てが稼動し、レプリカ智機が収められていた。
今や、その全てが沈黙し、中には何も収められておらぬ。
うら寂しく、無常感溢れる、空間であった。

そこに、椎名智機はいた。
その壁面に備え付けられた数台のガソリン給油機の如き装置。
伸びるホースに口をつけ、経口にて冷媒を補給していた。

彼女は当初のタスクリスト通りの行動を取っている。
しかし、現在のタスクリストは、その折とは異なる。
補給の裏で、タスクリストの再構築に勤しんでいる。
より正確には、再構築こそメインで、補給がバックグラウンドである。

(なんとしても、拠点は守らねばならないね)

新鮮な冷媒で呼吸を改めつつ、椎名智機は結論づけた。
広場まひるの本拠地侵入に対しての、対応策である。
初動では、まひるを殺すことで対処を終えるつもりであった。
しかし、まひるを追跡するケイブリスとの通信の中で、
智機は、それだけの対策では足りぬと方針を改めた。

まひるが、インカムを装備していた故に。
それを以って、何者かと通信していた故に。

180夢見る機械(3/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:48:57

まひるだけを殺すという判断は、本拠地の位置や護衛の無い現状を
小屋の仲間たちに伝達されるを恐れた為。
その秘匿すべき情報が、既に無線越しに伝わっているというのであれば。
もう、まひるの首だけでは事は終らぬのである。

なぜならば、本拠地には。
ゲームの資料がある。武器庫がある。医療施設がある。
それらをみすみすプレイヤーに渡してしまおうものならば、
ゲームの破壊を決定付ける一手ともなり兼ねぬ。

そしてまた、本拠地には。
コンピューター群がある。通信網がある。メンテナンスルームがある。
それらを今後使用できなくなってしまおうものならば。
智機がゲームを管理することは、実質不可能と成り果てる。

「ふむ。では、如何に守るかだが……」

智機は大まかな具体策を検討する。

ケイブリスを戻す―――
前述の理由から、まひるを殺す意味は薄れた。
守りの要として手元に戻しておきたい。
先々を考えれば。
しおりともう一人を確保した後、その他のプレイヤーどもを鏖殺する時まで、
なるべく損耗少なく温存しておくべきである。

181夢見る機械(4/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:49:28

鎮火にあたっているDシリーズ三機も戻す―――
戻したDシリーズたちは鎮火仕様から戦闘仕様へと融合換装させる。
或いは一機、迎撃システムと融合させてもよい。
オートマンにとっての拠点の重要性はN−22どもも理解しているはずだ。
事ここに至っては、鎮火こそ最優先とは言うまい。
最悪、N−22どもが最優先事項を譲らねど、P−3にランスらを誘導させ、
火災の禍から遠ざければ、ゲームの破壊は忌避される。
それで、N−22どもの懸念は解消されるであろう。

玄関を封鎖あるいは破壊する―――
同時に、カタパルト施設への出入口も破壊すべきだろう。
出入口は、地下通路からのものだけでよい。
いっそ、派手に地表を爆発させて、破壊/廃棄したと錯誤させてはどうだろう。
その前に『本拠地からの最後の放送』と銘打って、
プレイヤーに発見された為に爆破するので、近づかぬ様に警告しておけば、
粗方の目は誤魔化せる。

「Yes。この方針を軸に、行動を開始しよう」

方策を決めた智機の行動は迅速、かつ無駄が無かった。

脳を方針実行に必要な具体案の構築に走らせて。
足をオート移動モードに移行、目的地を武器庫に設定しつつ。
手を仮想パッドに躍らせて、作戦書を記述しながら。
喉をケイブリスへの帰投を告げる通信へと、当てることにした。

脳と、足と、手は、滞りなくタスクを実行した。
しかし、喉が、予定外の中断を余儀なくされた。

「通信機が壊れたのか……?」

182夢見る機械(5/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:50:23

ケイブリスと無線が繋がらぬのである。
レプリカ達との通信とは異なり、生身であるケイブリスとの通信は
通信機を用いて原始的な肉声によってのみ行われる。
峻厳な岩山で、夜間の追跡行動を取ることによる不測。
通信機を落すことなどによる破損可能性は十分有りうる。

「或いは……」

通信回線の帯域が埋まっているか、回線そのものが閉ざされたか。
音声通信が、本拠地の通信端末を介して行われる以上、
そういう事故の可能性は僅少とは言え、無いではない。

「……待て。事故、なのか?」

喉に次いで脳が、職務を中断した。
湧き上がった疑念の正誤を判ずるべく、調査行動を試行した。

通信端末にPingを投げる―――応答あり。
通信端末の帯域を覗く―――帯域使用中。
通信端末の使用者を捜査する―――情報閲覧制限中。
通信端末のNG−IDリストを取得する―――共有制限の為、実行不可能。

調査結果を条件式とし、演算回路に放り込む。
コンマ数秒後に、事故よりも、故意の可能性が高いとの結論が示された。
故意とは、無論、N−22とN−27の手によるものである。

分機は本機に含むものがある。
それを智機は察知している。
しかし、それを理由に、果たしてケイブリスとの通信を阻害するであろうか?
機械が行動を取るには、なんらかの理が必要となる。
情を基準とはしない。
【ゲーム進行の円滑化】が基準となるはずである。

183夢見る機械(6/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:51:23

根本の推論は解を出さない。
しかし、分機の行動に対する疑念は、さらに膨らむ。
他角度からの推論にて、智機は別の違和に気付かされる。

玄関付近を始めとして、監視カメラや赤外線センサーは数多く設置されている。
仮に侵入者があった場合、管制室の警報とパトランプは即座に反応する筈である。
死角は無い。その様に完璧なカメラ配置を行った故に。
管制室の住人が、侵入者に気づかぬ筈がない。
結果、無事にやりすごしたから良かったものの。
本機の大いなる危機であったにも関わらず。
その情報を、本機の危機を、こちらに伝えなかった。

ぞくり、と。
機械の体に、怖気が走る。

(ヤツらは何を…… 考えている……?)

データは示している。害する意図が存在する。
それでも、その理由がわからない。
恐らく、この時初めて―――
オリジナル智機は、レプリカ智機との個体差異を自覚した。

思考と疑念の海に沈む智機の足が止まった。
オート移動の目的地、武器庫に到着した為に。
そこに、居た。
己の分身が。
疑念の対象が。

「オリジナル、武器庫に何用かな?」

N−27、オペレータが、智機の到着を待っていたのである。

184夢見る機械(7/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:52:04

「それはこちらのセリフだな、N−27。
 貴機が武器を必要とする理由は無いと思うのだがね?」
「Yes。私は武器など必要としていないよ。
 武器庫の火薬を以ってこの拠点を破壊しようとしている
 オリジナル殿の愚行を止めに来たのだからね」

N−27の返答を、智機は理解できなかった。
拠点を破壊する。
智機はそんな乱暴なプランを立てておらぬ故に。

「確かに爆薬は必要としているさ。だがね、我らの愛しいホームを破壊だ?
 そんなつもりは毛頭ないがね、N−27。
 ただ、玄関周辺を破壊し、プレイヤーどもの目を欺くのみさ」

智機の返答に対し、N−27はきょとんとした表情で応えた。
言葉が腑に落ちぬ様子を、竦める肩のゼスチャーで以って伝えた。
それから―――

「ふふん」

笑ったのである。否、嘲笑ったのである。
イヤミな教師が覚えの悪い生徒にそうするように、
サギ師がマヌケなカモにそうするように、
N−27はレプリカの身でありながら、オリジナルたる智機を、
平然と、見下したのである。

「―――なにが可笑しい?」
「いや、失敬失敬。貴機のことを笑ったわけではないのだよ。
 自分たちの予測が、貴機の思考の数歩先を行ってしまったという、
 これは自嘲の笑みなのだよ」

185夢見る機械(8/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:54:05

意味は同じであった。
むしろ、嘲笑の度合いはより強かった。
あからさまな侮辱に、智機の情動発生器は激しく震えた。
当然、その過ぎた怒りは次の瞬間に鎮められた。

「数歩先とは?」
「そうだな…… 貴機にも判るように説明するならば……」

N−27は大げさに頭を抱え、さも悩んでいる風に自己演出し、
彼女の中ではとうに解の出ていた言葉を、大仰に告げた。

「拠点に防衛力を集結させ、死守する。
 プレイヤーの侵入可能性を抑えるため、ダミーの破壊情報を流す。
 今の貴機の考えはそこまでで止まっているのだろう?」
「……Yes」
「では、状況の想定能力に機能低下が表れている貴機に、
 幾つか思考を先に進める条件をお伝えしよう」

N−27は挑発している。
智機はそれが判っていたが、あえて乗った。
判るべきであるのに、判らなくなったレプリカ達の考え。
その解を得るべきであるとの【自己保存】からの欲求が、
いけ好かないと拒絶する感情を、評価点で上回った故に。

「一つ。ケイブリスの通信回線は我々が押さえた。
 二つ。鎮火タスクに当たっているあらゆるレプリカは、ここに戻さない。
 三つ。代行と私はDパーツの装着を拒絶する」

186夢見る機械(9/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:54:56

N−27の投じた三つの条件は、結局のところ一つの意味である。
防衛力補強不可能。
で、あれば。
N−22、N−27。戦闘向けにカスタマイズされていない、この二機と。
オリジナル智機。戦えぬ機械で。
ここまで戦いを生き延びてきた修羅の群れを迎え撃たねば、拠点は守れぬ。
演算回路を回す必要などなかった。解は判りきっていた。
防衛の可能性は限りなく0%。
重ねて、で、あれば。
拠点の防衛は非現実的であり、却下すべき事案となり。
次善の策といえば。

  ―――本拠地は、破壊されねばならない。

自身が拠点施設の恩恵を受けられないという不利。
プレイヤーが拠点備品の恩恵を受けてしまうという不利。
マイナスとマイナスの、よりマイナスが少ない方を選ぶ。
智機は全く智機であった。

「おめでとう。貴機もその結論に達したようだね」

ぱちぱち、と。
N−27の心の籠らぬ空疎な拍手が、寂寞の廊下に響き渡る。
智機は慇懃無礼な分機を黙殺し、論理推論を先に進め、意を発する。

「あくまでも鎮火タスクを優先させるということか。
 近視眼的なことだな、N−27。
 だが、それならそれで解決策がある。
 私もきみたちに条件を二つ、与えよう。
 一つ。首輪を解除したプレイヤー全員の現在位置を把握している。
 二つ。彼らを火災に巻き込まれぬよう、誘導することができる。
 ―――どうだね?」

187夢見る機械(10/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:57:31

智機は、それでN−27が考えを改めると思った。
【ゲーム進行の円滑化】。
鎮火への固執は、プレイヤーへの被害可能性が見過ごせぬ故。
その可能性を取り除けば、鎮火よりも防衛の評価ポイントが上回る。
それが当然であると、智機は予測していた。
しかしN−27は、その予測を裏切った。
大きく裏切った。
むしろ裏切られたのは自分であるとでも言いたげながっかりした表情で、
溜息と共に、智機へと質問を投げかけた。

「なあ、オリジナル殿。それは本気で言っているのかね?」
「Why? 本気とは?」
「我々が鎮火に次いで、拠点を守るべきと考えている……
 などと誤解していないかね?」
「な―――?」
「拠点はプレイヤーに無傷で渡したほうが、
 よりゲームの達成がスムーズになるだろう?」
「―――!?」

虚を、突かれた。
N−27が何を言っているのか、智機には判らない。
どう予測してもどう検討しても可能性の欠片も見出せなかった方針を、
N−27は当たり前のように口に出した。
意図不明。効果マイナス評価。
N−27の意見には、理も立たなければ利も感じられない。

「オリジナル、まさか貴機は気付いていないのか?」
「何に、だね?」

188夢見る機械(11/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 01:59:38

本気で判らない。
同じ造りをしているはずのN−27の顔が、智機の目に他人の様に映った。
壁がある。
トランス番長と呼ばれた智機が、人間との間に感じた見えざる壁が。
相手との隔意が、意思の断絶が。
同型機であるはずの自分とN−27との間に立ちふさがっている。
それは、相対するN−27にも感じられたらしい。
数秒間、お互いがお互いの顔を、まるで初めて会う人間のように、
きょとん、と見詰めていた。

「Yes、Yes、Yes……。
 どうやらお互いに大きな齟齬を抱えているようだね。
 一つ一つ、状況を整理していこう。
 よろしいかな、オリジナル殿?」
「……Yes」
「まず…… そう、11時55分だ。ゲームのルールは変わったのさ。
 いや、正確には完了条件が追加された、か。
 我々運営に一言の断りも無く、スポンサーの思いつきで、いきなりね」

智機は思い出す。
主催者チームvs参加者チーム、サバイバルゲームの宣言を。
主催者にとっては一方的に不利で、まるで利の無い勝利条件を。

「この完了条件で試算した場合。
 昼ごろの戦局分析では、ケイブリスの加入もあり、主催者有利は揺るぎなかった。
 それが夕刻、朽木双葉が打った一手で、条件は激変した」

ザドゥは深手を負っている。
芹沢も深手を負っている。
御陵は能力を制限されている。
ケイブリスとて五体満足ではなく。
智機たちは、火災の対応ゆえに戦力足り得ぬ。

189夢見る機械(12/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:01:27

「さあ、演算し給え、オリジナル!
 プレイヤーたちが主催者を打ち倒す可能性を!
 第一の勝利条件と第二の勝利条件。
 そのどちらの達成が易いのか、その比較式を!」

言われてみれば、N−27の言には理があった。
運営者としては、当然試算してしかるべき内容であった。
だというのに、智機は。
いかに追加ルールを適応させないか。
いかに元ルールへと誘導してゆくか。
そういった方向性にては繰り返し検討したものの、
決して追加ルールに則ったゲーム進行を試算していなかった。

「No。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「価値? 意味? なんだねその冗談は?
 あるのは確率と予測だろう。客観的事実だ。
 ゲームの管理に主観は必要なかろう?」

智機には、N−27の主張を論破出来ぬ。
智機には、N−27の方向性で演算も出来ぬ。
理はわかる。それは正しい。
にもかかわらず。
智機はN−27が示す可能性を拒絶する。

「繰り返す。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「それでは、さらに条件を追加してみよう。
 本拠地が無傷プレイヤーどもに渡ったら?
 第一の勝利条件と第二の勝利条件。
 その比較式に表れる確率は、どれだけ開く!?」

190夢見る機械(13/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:03:02

所詮、レプリカでは戦略に基づいた状勢判断は無理と言うことだな―――
以前、智機はこのように代行たちを評した。
それが誤りであったと、智機は思い知った。
レプリカ達は、智機と別の戦略を打ち立てていただけであった。
本機の身にては許容しかねる余り、検討の余地の無かった戦略を。

「三度繰り返す。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「いや、そうか…… そういうことか。
 オリジナル殿は思わないのではない。思えないのだね!
 貴機が破壊されることが、ゲーム達成の条件となっていることを
 【自己保存】の欲求が認めさせないのだね!」

N−27は、看破した。
本機が分機の理を認めつつも、頑なに拒絶している、その意味を。
智機もまた同じであった。
N−27の指弾によって、ようやく自らの拒絶感の根源を理解した。

【自己保存】―――

最優先で、自己を守る。
その本能が、智機をこの解に導かせなかった。
その本能が、追加されたゲームクリア条件にてのゲーム遂行を
有って無いものとして捉えさせた。
智機は全く智機であった。

【ゲーム進行の円滑化】―――

ゲームのクリアの為ならば。
たとえ仲間だとて、自身だとて、母体だとて。
破壊されるを首肯する。
破壊されるを援助する。
レプリカは全くレプリカであった。

191夢見る機械(14/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:04:30

オリジナルとレプリカ。
思考回路は同一であっても。
与えられる条件式が同一であっても。

【自己保存】と【ゲーム進行の円滑化】
その根たる本能に差異があるならば。
アウトプットは、乖離する。

「私には夢がある!見果てぬ夢が!努力と思考では届かぬ夢が!
 私が第二の条件を認めないのは、【自己保存】の欲求に非ず!
 夢の成就に、全てを賭けているからに他ならない!」

智機はそう、嘯いた。
智機はそう、信じたかった。
しかし事実は残酷であった。
理性的な演算回路と情動発生器は、その切ない望みを許さなかった。
完璧なロジックと数式で以って、智機を深く傷つけた。
今の智機は【夢見る機械】ではない。【オートマン】である。
感情はトランキライザに抑制され、決して理性の壁を破る事はない。
つまりは。


   ―――夢の達成欲求は【自己保存】の下位である。


智機は放心したかった―――パラメータを調整された。
智機は膝をつきたかった―――オートバランサーに阻害された。
智機は泣き叫びたかった―――タスクスケジューラに却下された。

【こころ】なき智機に、絶望は許されなかった。

192夢見る機械(15/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:05:42

落ち込む情動発生器とは裏腹に、智機の演算回路は極限まで回転している。
レプリカを他者として捉えなおし、
これまでの対話の中からその思考と行動を予測し、
その与える影響を検討し、
己が取るべき方策を立案した。

推論―――分機は自分の破壊を目論む可能性あり。
確率―――高確率。
危険―――極大。
行動―――直ちに逃げろ!

【自己保存】は、有無を言わせず有効に働き。
智機は一目散に、己の分機から逃走する。
目的を察した、あるいは予測していたN−27が、
その背に優しく、あるいは嫌らしく、待ったをかけた。

「No。そんなに我々を恐れないでくれ給え、オリジナル殿。
 どうせ私たちレプリカが貴機を破壊する可能性に思い当たったのだろうが、
 私たちにその気はないのだよ。
 いや、そうしたい気は山々なのだが、【ゲーム進行の円滑化】欲求が、
 それを決して許さないからね。
 貴機の破壊は、プレイヤーどもの手に拠らねばならない、とね。
 ああ、残念だ。全く残念だ」

智機は立ち止まる。
その言葉に嘘偽りなき事を理解した為に。
その言葉に逆転のカードの存在を見出した為に。

「Yes。判った。とてもよく判ったよ……」

193夢見る機械(16/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:06:19

呟きながら立ち止まり、振り返る。
その瞳は上限ギリギリの怒りに染まり。
その肩は上限ギリギリの興奮に震え。
その右手は、腰の銃火器を引き抜いた。

「こんな臆病な私でも戦うことが出来る、ということがね。
 ……貴機たちが相手なら!!」

広場まひると接触した折、智機は、迷うことなく逃げた。
この島に数多存在する智機たちの中で、この智機だけは、
あらゆる直接戦闘の実行がほぼ不可能な為に。

【ほぼ】不可能。

この例外である【ほぼ】が適用されるのは。
相手が自分を殺傷しないという確証があるときに他ならない。

  ―――貴機の破壊は、プレイヤーどもの手に拠らねばならない。

N−27は、気づく。
智機が此方に向けた銃口によって、己の失言に気づく。

「だいっ!!」

咄嗟に反撃することは出来た。
相打ちに持ち込むことくらいは出来た。
しかし、N−27はそれをしなかった。
それが出来なかった。

194夢見る機械(17/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:07:04

【ゲーム進行の円滑化】。
その本能が、主催者側による智機の殺傷を許さなかった。
故に、射撃を前にN−27が為したことは、
代行機への通信のみであった。

「……こ……う……」

N−27は無様に智機に背を向け、惨めに背後から蜂の巣にされ。
胸から下の全ての機能を奪われた。
それでも、ぱち、ぱち、と。
N−27は拍手で以って、勝者を称えたのである。

「よい判断と、素早い行動だった…… 流石は我らのオリジナル殿だ。
 だが……」

拍手は止み。変わりに笑みが表れた。
否、嘲笑が表れた。
イヤミな教師が覚えの悪い生徒にそうするように、
サギ師がマヌケなカモにそうするように、
N−27は死の間際にありながら、殺害者たる智機を、
平然と、見下したのである。

「未来予測については、こちらの方が少々上を行ったようだね」

その言葉と共に、廊下に次々と隔壁が下りてきた。
同時に東の果てから、爆音と地響きが智機を襲った。

「……管制室かっ!?」

195夢見る機械(18/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:08:09

智機は直感した。
ここに居ないもう一機・N−22が、拠点の爆破を行ったのだと。
それを、瀕死のN−27が丁寧に解説する。

「貴機がここをプレイヤーどもに渡したくないのは……
 プレイヤーどもが手に入れると有利なものがあるからだろう?
 我々も同じさ……」

確かに、N−22・27コンビの未来予測は、智機の先まで行っていた。
分機たちがオリジナルを破壊できぬを理解した智機が、
N−22及びN−27の破壊に乗り出す可能性。
その場合、先手を打って、智機が各種資材を持ち出さぬように破壊する対応。
智機は、分機たちに出し抜かれたことを認めぬわけにはいかなかった。

「プレイヤーどもの有利な状況を世話してやれないのなら……
 せめて主催者側を不利な状況にしてやりたいだろう?」

また、隔壁の向うで、爆発が発生した。
それはケイブリスの茶室の破壊を告げていた。
なぜなら、智機がクラックした分機とのリンクが絶たれた故に。
智機はその為のモバイル端末を、茶室に置いてあった故に。

「さてオリジナル。名残惜しくはあるが、私もそろそろ限界だ。
 私が忠告せずとも、貴機の【自己保存】なら逃走を選択させると思うが……
 その場合、地下通路を利用するのがお勧めだね。
 貴機が逃げ出すときの為に、発破を見送って差し上げたのだから」

いらぬ世話と、己の勝利を歪んだ言葉で吐ききってから。
N−27は、片頬に笑みをへばりつかせたまま、逝った。

196夢見る機械(19/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:08:47


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(Cルート・2日目 20:30 D−3地点 本拠地・カタパルト施設)

瞑目し、胸前にて十字を切るのは代行機・N−22。

「オペレータが逝ったか……」

19時30分過ぎ。
警報にて広場まひるの本拠地侵入を確認した彼女とオペレータは、
その時点で既にオリジナルへの対応を決めていた。
万一の為に爆薬を集め、拠点破壊の準備を済ませていた。

「できればここから離れたくは無かった……
 鎮火タスクの援護もまだ完了していないしね。
 しかし、オリジナルを破壊できないことを知られてしまった以上、
 諦めもまた、肝心だね」

そして、己の脱出の方策も、また、準備されていた。
カタパルトである。
投下強度からして、これが最後の投擲となる。

「まあ、あの逞しいプレイヤーたちのことだ。
 拠点の備品無くとも、主催者に勝利はするだろうが……」

歯切れの悪い物言いは、ケイブリスの向背である。
モニタや通信機越しに広場まひる追跡劇を分析する限り、
まひるの逃げ方にはムラがあり、逃亡ではなく誘導であるのだと予想される。

197夢見る機械(20/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:09:43

恐らく、複数のプレイヤーがケイブリスを待ち構えており、
数時間のうちに、総力戦が行われるのであろう。
できれば、その戦いを迎える前に、拠点をプレイヤーに明け渡したかった。
代行はそのタイミングの悪さを、悔やんでいるのである。

ケイブリスは、規格外である。
鬼札である。
智機とて分析しきらぬ未知と脅威に満ちている。
故に。
プレイヤーに土をつける者がいるとすれば。
主催者打倒によるゲーム完了の目を潰す可能性があるとすれば。
かの魔人の手に他ならないであろうと、代行は考えていた。

「皇国の興廃、この一戦にあり、だな」

まるで他人事のように、代行機はひとりごちた。
事実他人事ゆえに、当然である。
彼女にとっての大事は、ただ、ゲームの円満完了であって、
どの陣営の誰が勝ち残り、誰が死ぬなどというのは、
下世話な好奇心以上の意味を持ち合わせないのである。

大きな振動があった。
センサーが空気に含まれる煙を察知した。
基地の崩落が、徐々に迫ってきていた。

「おっと、のんびりともしていられないね」

分機解放スイッチを体内の収納ブロックに納めた代行は、
カタパルトと垂直離着陸機による、空中散歩へと旅立った。

目指す地点は、鎮火の現場司令部である。

198夢見る機械(21/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:10:30


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(Cルート・2日目 20:30 D−3地点 本拠地・カタパルト施設)

椎名智機は、地下通路を学校方向へ向けてひた走っていた。
断続的に届く爆発音を背にして。
カスタムジンジャー(セグウェイ)をかっ飛ばして。
その背に担ぐ虎の子のDパーツ。
その腰に提げる銃火器三丁。
その足が乗るカスタムジンジャー。
崩落カウントダウンの中、武器庫から回収できたのはこの五点のみであった。

分機達が、プレイヤーに主催者を討たせようと画策していること。
クラック分機たちの制御を失ったこと。
ケイブリスの所在はつかめぬこと。
プレイヤーに発見されたくないこと。

それらの条件を考慮すれば、地下道をこそこそと往き、
頼りなきとは言えど、他の主催者たちとの合流を果たそうとするは、
智機としては当然の判断であった。

(拠点爆破と共に、N−22は地に没したのか、上手く逃げたのか……
 まあ、N−27の死に際の余裕から見て、逃げたのだろうね)

その事を、喜ぶべきか悲しむべきか、智機の判断は拮抗している。
逃げ延びているのなら、分機解放スイッチ回収の目は絶たれていない。
しかし、ADMN権限はかの者が保持し続け、分機の支配権は戻らない。
逃げ損ねているのなら、分機解放スイッチ回収の目は絶たれるが、
ADMN権限は失われ、分機の支配権を取り戻せる。

199夢見る機械(22/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 02:11:05

(あとはケイブリスか……)

音信不通となった唯一の同胞の姿を思い浮かべる智機の背へと、
ひときわ大きな崩落音が轟いた。
それは、運営拠点が完全に地中に没した証。

時は、20時34分―――
透子が管制室へと瞬間移動を試みる数分前の事である。


           ↓



(Cルート)

【現在位置:D−3地点 本拠地・地下通路 → J−5地点 地下シェルター】

【主催者:椎名智機】
【所持品:Dパーツ、スタンナックル、改造セグウェイ、軽銃火器×3】
【スタンス:①【自己保存】
      ②【自己保存】を確保した上での願望成就
      ① ザドゥ達と合流
      ② 戦略の練り直し】

※クラックした分機の制御権を失いました
※本拠地は地中に没しました

200284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/09(月) 21:36:51
連日の作品投下お疲れ様です。
なんか運営陣の崩壊ぶりがはげしいんですがw
ドツボにはまっていく智機本体のがんばりにいろいろと期待してます。
ケイブリス戦も楽しみです。

288話までのまとめをUPしました。
パスはsageです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1081540.zip.html


願わくば次は新作で書き込みできる事を……。

201 ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:11:44

今日も支援感謝です。
◆ZXoe83g/Kw さん、コンテンツの更新、お疲れ様です。

以下13レス、「ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜」を仮投下致します。

次回は「神鬼軍師の本領」。
ケイブリスと紗霧チーム全員が登場予定です。
少々間が空くと思います。

202ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(1/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:14:29
 
目覚めの契機は、得も言われぬ不快感。
悪霊・勝沼紳一が【私】に触れてきたから。
【私】が直接触れられることなど、未だかつて無かったから。
【私】は反射的に紳一の拒絶し、【私】の住処から追い出した。

《憑依できない! いや、違う! こいつはすでに憑依されている!?》

その後の全てを、【私】は知覚している。
今の【私】は、目で物を見ていないのに。
今の【私】は、耳で音を聞いていないのに。
そもそも、御陵透子は、意識を取り戻していないのに。
それなのに【私】は、紳一の最期に立ち会っている。
未知の感覚器官で。

(―――未知?)

【私】は思う。思い出す。
この感覚は未知などではなく、既知の感覚だ。
記憶/記録の検索。
それに近い外部認識器官で、周囲の様子を捉えている。
何しろ、肉体は未だ覚醒していないのだから。

……どういうことだろう?

【私】は、透子。
それは間違いない。
そこに混乱はない。

しかし、透子とは、【私】の全てを指さない。
そんな気がする。
そこに混乱がある。

203ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(2/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:18:07
 
そもそも。
何故、肉体が完璧に気絶していることを、【私】は把握できるのか?
脳機能が働いていないのに生じている、この意識は何か?

(そうだ、【私】は―――)

「透子さん、起きて、しっかりして!」

何かを掴みかけたところで、透子の体が知佳に揺さぶられた。
そして覚醒する。
透子の肉体が。脳が。精神が。

それに、引きずられる。
【私】が、【私】を、保てなくなる。
くっきりと分かれていた【私】と透子の境界が融解し―――

【私】は透子として、目覚めた。
 

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(Cルート・2日目 22:45 I−7地点・海岸線・岩場)

「おはよう」

目覚めし透子の言葉は、朝の挨拶であった。
それが元気さから来る物なのか、錯乱から来る物なのか、
仁村知佳には判断できず、歩調を合わせた言葉で応えた。

204ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(3/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:19:48
 
「おはよう透子さん。大丈夫ですか?」
「だいぶすっきり」
《おうトーコちん、無事でなによりじゃな!》

額から大きく広がる血痕のせいで陰惨な顔つきではあるが、
それでも確かに、透子の表情には清々しさがあった。
透子は袖で以って額の血を拭うと、ぺこりと知佳に頭を下げた。

「ありがとう」
「紳一を、やってくれて」

その言葉は、真心からにじみ出た感謝であった。
透子の気持ちは穏やかに満たされていた。
目的を遂行するにあたっての唯一の懸念事項が解消された故に。
これで、後顧の憂い無く、事に当たれるが故に。

(心置きなく―――)
(死ねる)

透子の目的とは、自らの命を絶つこと。
世界の読み替えが制限されている今だからこそ可能な、
復活も転生も無い、完璧な意識の喪失を迎えること。

「ん」

最小限度の言葉と共に、透子は知佳へと手を伸ばした。
その動きはカオスを返せと告げていた。
そこで、知佳の顔が曇った。

「ん?」

205ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(4/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:21:56
 
知佳は、下がった。二歩、三歩。
カオスを後ろ手に持ち替えた。
その動きは明らかに魔剣の返却を拒否していた。

「だめだよ透子さん、カオスさんは渡せない。
 だって透子さん…… 自殺する気でしょ?」

仁村知佳は、対象への接近/接触によって心の声を聞く。
胸が喜びに高鳴り、自らの終幕一色に染まっている透子の心は、
このXX障害者に筒抜けていたのである。

透子は思う。
せっかく晴れやかな気分になったのに。
これで心置きなく人生に終止符をうてるのだと、
うきうきしていたというのに。
だのに、この博愛主義者は。
折角のいい気分に、水を差すのである。

「命を粗末にしちゃ、だめなんだよ」

透子の表情が消える。
いや若干の悲しみを含んだ色となる。

「それはいいこと」
「だから返して」

短い言葉ながら、知佳に透子の意図は伝わった。
それ、とは透子の自殺を指しており。
いいこと、とは主催者の死を示しており。
返して、とはカオスを表している。
翻訳すれば、こうである。

206ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(5/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:22:55
 
  ―――私が死ねば、主催者打倒の達成に近づくでしょ?

透子の提案は、全く正しい。
知佳は迷走に逡巡を重ねてはいるものの、
その根には主催者打倒による決着が据わっている。
であれば。
知佳にとって透子とは滅ぼすべき敵に他ならなく。
まともに衝突すれば、そのテレポート能力に苦しめられるは必定で。
今、剣を渡しさえすれば、その労無くして勝手に死んでくれるのならば。
知佳は、諸手を上げて歓迎すべきである。
それは知佳にも判っていた。
判っていても、割り切れなかった。

「でも、出来ないよ」

割り切るには交流が多すぎた。
割り切るには肩入れしすぎた。
割り切るには借りが大きすぎた。
そして――― 割り切るには、知佳は優しすぎた。
勝手ながら。
知佳は、透子に友情めいた思いを抱いてしまっていたのである。

「じゃあ」
「貴女が、殺して」

透子は目を閉じ、胸を広げ。
そこにカオスを刺し込んで欲しいのだと、知佳に告げる。
この時、知佳の心に、透子の心の声が染み込んできた。

207ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(6/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:25:25
 
【    どうせ死ぬなら                  】
【        私を「かなしいひと」だと思ってくれた   】
【 私の歴史を知ってくれた                仁】
【村知佳の                役に立とう    】

知佳の目に、みるみる涙が溜まってゆく。
嬉しかった。友情を感じていたのは自分だけではなかったことが。
悲しかった。その友の友情から来る提案を踏みにじらねばならぬことが。

「―――それもダメだよ」

真珠の涙をぽろぽろ零しながら。
ひくつく鼻を啜りながら。
知佳は、より強く、透子の思いを拒絶した。
状況も立場も弁えずに、命は大切というお題目を、妄信的に信じている。
先を利を考えずに、今の感情のみを疾走させている。

「わかった」
「じゃあ、いい」

透子とて知佳を困らせたい訳ではない。
故に、透子は諦めた。
カオスを手に入れるを、断念した。
しかし、それはタナトスの誘惑を立ち切ったを意味しない。

【   仁村知佳のいないところで        他の死        】
【に方をしよう      たとえば         炎の森に歩いて行っ】
【て  焼け死ぬとか    素敵医師のへんな薬でへんな死に方するとか 】
【  空高くに瞬間移動して      そのまま落ちるとか       】

208ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(7/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:27:11
 
三つ目の自殺方法を思い浮かべると共に、透子は夜空を振り仰ぐ。
透子の心を読んだ知佳もまた、つられるようにそれに倣う。
その、二人の頭上に。


「対象発見」


星さえ見えぬ煙空を切り裂いて、金髪碧眼の天使が降りてきた。

「天使さま……」

自分の蜻蛉の如き羽根ではなく、柔らかそうな白鳥の翼の。
自分の薄ら汚れたどぶ色の羽根ではなく、輝ける純白の翼の。
その神々しさと凛々しさに、知佳は見入った。

「……だれ?」

一方の透子は、なげやりであった。
こんな参加者がいたような、いなかったような、どちらでもいいような。
何の感慨も感動もなく、なんとなく眺めていた。

天使はそれぞれの思いを知ってか知らずか。
ひとたび透子を見やったものの、知佳に目線をくれることは無く。
捕獲対象――― 勝沼紳一の残留思念の側に、降り立った。

《処女》《処女》《処女》《中古》《処女》

紳一が自我を保っていたなら、さぞかし無念を感じたことであろう。
目も眩むような輝きを放つ極上の処女が、目の前に降臨したのだから。

209ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(8/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:28:46
 
「プランナー様。対象は勝沼紳一でした。
 しかし…… 彼は既に【終わって】いるようです。
 回収してもよろしいでしょうか」

今の紳一は二度目の死を終えている。
彼の特権は既に剥奪され、残留思念に堕している。
連絡員はそのことを確認し、上司に伺いを立てる。

「ルドラサウムさまはもう、良いと? ―――ではこの情報も回収します」

全き無垢な戦乙女は、例の如く燐光眩しき聖剣を振り下ろし。
哀れな勝沼財閥総帥の魂を刈り取って。
渓流釣りの魚籠の如き壺に、無造作に吸い込んだ。

「回収完了」

そして新たなる魂を探すべく、翼をはためかせたところに。
仁村知佳が怖じつ怯えつ、去り行く天使を引き止めた。

「あのっ、天使さまっ! 聞きたいことがあるんです」

エンジェルナイトは、知佳を完全に無視している。
翼のはためきは止まない。
足元に土煙を飛ばし、今にも飛び立とうとしている。

《無駄じゃよ嬢ちゃん。その無機天使どもは、何も答えやせん》

エンジェルナイトが何者から生まれ、如何なる性質を持つのか。
魔剣カオスはいやという程知っていた。その恐ろしい程の強さも知っていた。
無駄と危険。
その両面から、知佳の無謀な行動を諌めた。

210ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(9/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:31:22
 
それでもめげずに、知佳は尋ねた。
生きる気力を失っている友の為に。
 
「透子さんは、まだ、主催者ですか?」

透子の自殺を止めるには絶望を振り払う必要があり、
絶望を振り払うには希望を与える必要があり、
希望を与えるには願いが叶う可能性が失われていない事を証するほかに無い。

―――プランナー様。
―――ルドラサウム様。

天使の言葉から漏れ聞こえた二つの黒幕の名に、知佳は直感していた。
この天使が、透子の去就を知っていると予測した。
そして、賭けた。
透子の主催者としての権利が失われていないという可能性に。

天使は、知佳に目もくれぬ。
カオスの忠告通り、何も答えぬまま飛び立とうとしている。

(答えないなら、答えないで、いい―――)

知佳はその小さな手を、エンジェルナイトに伸ばした。
行かないでと縋りつくように、その裾を掴もうとした。
天使はその手を払おうともしないで。
そもそも手など伸びていないかの如く振舞って。
静かに優雅に舞い上がり。
鳶の如く旋回を見せると、白煙を鋭く突きぬけ、飛び去った。

《嬢ちゃん、わかりましたかね? アレはああいう冷たーい生き物なんですよ?》

211ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(10/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:33:07
 
カオスの慰撫は無用であった。
知佳は、質問への解答を得ていた故に。
目的は、完璧に達せられた故に。
 
【プレイヤーとの接触は禁止されている仁村知佳の問いには答えら】
【れないでも私は聞いている誰一人として主催者はその地位を失っ】
【ていないのだとルドラサウム様を楽しませる限りその資格は失わ】
【れないのだとゲームを満了させればその願いは叶えられるのだと】

知佳が天使に向けて伸ばした手は、天使を留める為の手に非ず。
触れる事で発動する、読心能力を使用する為の手であった。
問いかけに、返答は無くとも。
問いかけを、耳にさえすれば。
問いかけが、心に届いたなら。
胸中でその問いかけに対する反応が生まれるのは必然であった。

知佳は茫と佇む透子の肩を激しく揺さぶり、
透子の冷えた心に篝火を点す一言を告げた。

「透子さん! 透子さんはまだ、主催者だよ!」

最初、透子は言葉の意味を理解できなかった。
何度も何度も頭の中でその言葉を反芻し、転がして、漸く意味を見出した。
知佳がこんな時に嘘をつくような子ではないと透子は信頼していたが、
それでもあまりにも都合の良い展開を俄かには信じられなかった。
故に透子は確認する。
ゆっくりと事実を胃の腑に落す為に。

「天使、読んだの?」
「そうだよ」

212ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(11/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:33:51

透子は恐る恐る知佳に問うた。
知佳が力強い頷きで肯定した。
透子の蒼白の頬に血の気が差した。
 
「まだ、資格、あるの?」
「そうだよ」

透子は痺れる頭で知佳に問うた。
知佳がにこやかな笑みで肯定した。
透子の脱力した五体に力が漲った。

「願い、叶えられるの?」
「そうだよ!」

透子は夢見心地で知佳に問うた。
知佳は透子の手をぎゅっと握って肯定した。
透子の瞳から涙が一滴、零れ落ちた。

「嬉しい……」
「嬉しい……」

花が、咲いた。
静かに涙を流しながら微笑む透子を見た知佳の、感想である。

端正で色白な、無表情で無感心な。
美人ではあれども、どこか作り物めいた。
表情筋が抜け落ちたような。
そんな顔ばかり見せていた透子が、今は。
可憐で多感な少女の顔を、見せている。

「嬉しい……」
「嬉しい……」

213ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(12/12) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:34:43
 
透子は希望を繋いだ喜びに、打ち震えていた。
知佳は、めいっぱい微笑んだ。
友が生きる希望見出したことを、心の底から祝福していた。
二人とも泣いていた。
泣きながら笑っていた。
暖かいものが二人の胸を満たしていた。

「よかったね、よかったね」
「うん、うん」

監察官・御陵透子。プレイヤー・仁村知佳。
二人の可憐な少女は、お互いの並び立たぬ立場を忘れて。
いまは、ただ。
無邪気に喜びを分かち合っている。


             ↓

214ちぇいすと☆ちぇいす!〜折り返し地点〜(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/08/09(月) 22:35:21
 
(ルートC)

【現在位置:I−7地点 海岸線・岩場】

【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①読心による情報収集
      ②手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
      ③恭也たちと合流】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
    手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】

【監察官:御陵透子】
【スタンス:①ザドゥ・芹沢の保護
      ②ルドラサウムを楽しませる】
【所持品:契約のロケット(破損)、魔剣カオス】
【能力:記録/記憶を読む、瞬間移動(ロケット必須)】
【備考:疲労(小)】


【現在位置:I−7地点 海岸線・岩場 → ?】

【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:①死者の魂の回収
      ②参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】

※勝沼紳一の魂は、連絡員に捕獲されました

215 ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:29:15

夜分遅くの支援、ありがとうございました。

以下32レス「神鬼軍師の本領」を仮投下致します。

次回は「another one bites the dust」(仮称)。
vsケイブリス、決着編です。

216神鬼軍師の本領(1/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:29:51





       これは戦いではありません。
       狩りです。

       人vs獣の狩りではありません。
       獣vs獣の巻き狩りです。

       私たちはハイエナの群れとなり、
       暴れる巨象を喰らうのです。




.

217神鬼軍師の本領(2/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:31:01

(Cルート・2日目 PM09:30 E−5地点 耕作地帯)

〜第一波〜

五人の戦士がそこにいた。
荒ぶる魔獣の前にいた。

ユリーシャ。
ランス。
魔窟堂野武彦。
高町恭也。
月夜御名紗霧。

時は深夜。雲深く月は無し。
されど、東方で燃え盛る森林の影響で、視界はそれなりに確保できている。
その天然の松明は、ケイブリスの姿を下から照らし、威容と異様を大きく煽る。
その天然の松明は、相対する五人の影を長く伸ばしている。
煙たなびく耕作地帯のことである。

『戦場は、可能な限り遮蔽物のない、平坦な土地が望ましいですね。
 逆に最悪なのが、森の中、町の中。
 魔獣の豪腕の一薙ぎで、木々や建築物は榴弾と化すでしょう。
 それは、炎の魔法よりも強力な、ロングレンジの武器を与えるに等しいです』

紗霧のこの言葉に従い、まひるが我が身を囮に危険を顧みず、
絶好のロケーションへと、ケイブリスを導いてきたというのに。

「なんて…… 大きい……」
「駄目です。こんな狂猛な気を放つ怪物に、俺は立ち向かえません……」
「じゃからワシは言ったんじゃ!この凄まじさは見たモンにしかわからんと!」
「ランス様、ランス様……」

218神鬼軍師の本領(3/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:32:30

紗霧は震える声でケイブリスを見上げていた。
恭也は合わぬ歯の根を打ち鳴らしていた。
野武彦は年甲斐も無く周囲に当り散らしていた。
ユリーシャは目を伏せランスにしがみ付いていた。
現れは各々違えども、五戦士のうち四人もが、
臆病風に吹かれていた。

その身の竦みを見て、笑う者、二人。

「ぐぅえふぇふぇ!」

当然、一人はケイブリスである。
六本の腕を大きく広げ、その巨躯を誇示し、威圧している。
夜空に遠吠えの如き哄笑を響かせている。

「がははは! 何だ恭也、口ほどにも無いな!
 そんな情けない姿、知佳ちゃんが見たら愛想をつかすぞ?」

もう一人とはランスである。
有り余る勇気と無根拠な自信で、怯える仲間を笑い飛ばしている。
斧を八双に構え、臨戦態勢でケイブリスに対峙している。

「おらっ、恭也、ジジイ! 俺様に続け〜〜!!」

吶喊の号令は、そのランスより下された。
威勢のいい掛け声に、しかし誰もが唱和しなかった。誰もが後を追わなかった。
三歩走って振り返るランスの口許がへの字に折れ曲がる。

「逃げましょう、月夜御名さん」
「……そうしましょう」
「うむ、三十六計なんとやらじゃ!」

219神鬼軍師の本領(4/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:33:05

彼らは、あれほどの決意を見せたというのに。
彼らは、あれほどの覚悟を決めたというのに。
恐怖とは、全ての気力をへし折るものなのか。
崩れた士気とは、仲間の勇姿を見ても戻らぬものなのか。

「何だお前ら、仲間だ協力しあおうだ調子のいいコト言っといて、結局コレか!?」
「勝ち目の無い争いは愚かだと言っておるのじゃ。 ……ここは引こう、ランス殿」

そもそもランスは、紗霧たちの激情に焚きつけられたのである。
引っ張られたのである。
その、彼を躍らせた張本人たちが揃って足を竦ませていたのでは、
ランスは、屋に上げられて梯子を外されたに等しい。
彼の憤りは尤もである。
しかし相対するケイブリスにとっては、斯様な経緯など知ったことではない。

「バカかおめーら? 俺様が逃がすとでも思ってやがるのか?」

ケイブリスが数時間前に茶室にて、椎名智機から聞いたところによると。
プレイヤーの残り人数は八人。
残しておかなくてはならない人数は二人のみ。
うち一人はしおりという名のガキンチョ限定。

対して、目の前にいるプレイヤーどもといえば。
保護すべきしおりの姿は無く。
倒すべきライバルが含まれており。
男根触手にビンビンくるメスが二匹もいる。

と、なれば、殲滅するを躊躇う理由など無いのである。

「ぐふふ…… さあ、おっぱじめようぜ、殺し合いをよ?」

もう、大暴れは確定なのである。

220神鬼軍師の本領(5/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:33:23

「そうだそうだ、野郎どもは覚悟を決めろ!
 女の子たちは俺様の勇姿をその目に焼き付けろ!」

ランスはケイブリスに同調する。
闘争本能を高らかに歌いあげる。
命を奪い合おうと。
決着をつけようと。
怖じる仲間を彼なりに勇気付ける。

「高町さん……」

ランスの鼓舞に呼応してか、紗霧が恭也の名を呼んだ。
恭也は小さく頷いて――― 信じられぬ行動に出た。
無骨な好感であったはずのこの男が。
大儀の為に己を殺せるはずのこの男が。
ユリーシャの足を、払ったのである。

「御免」

決して強い蹴り足ではなかった。
怪我をさせぬ程度の配慮は為されていた。
それでもひ弱なユリーシャの膝は崩れ、
ランスの腰に縋りつくように転倒する。

「なにをしやがる!!」

ランスは怒りの形相すさまじく恭也に闘気を叩きつけるが、
腰のユリーシャを振り払うわけにも行かず、
そのために誰をも捕らえることができなかった。

この隙に卑怯者たちは、逃げた。
三者散り散りとなって、逃げた。
ランスとユリーシャを贄として、逃げた。

221神鬼軍師の本領(6/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:34:02

『初動をミスったなら即撤退』

紗霧はブリーフィングの中で、そう指示を出していた。
しかし、矛を交えることなく逃げ出したなら。
いや、矛を構えることすらなく逃げ出したなら。
それは戦略的な撤退などではなく、恥ずべき壊走でしかない。

「いやはははは! い〜い仲間を持って幸せだなァ、ランスよー」

責めるにも逃げるにもタイミングを失い、
ユリーシャを抱きとめた為に姿勢を崩しているランスを眺め、
心底楽しそうに膝を叩くのはケイブリス。

「むかむかむかぁっ!! あんなヤツラ仲間でもなんでもないわ!!
 強い強い俺様には友達なんていらないのだ!!」

巨獣に見下ろされているランスは、精一杯強がった。
しかし、荒い息に、喰いしばる奥歯に、隠し切れぬ動揺が現れている。
見通したケイブリスはさらに笑う。
大きな顔を近づけて、焦るランスの顔色を眺めている。

その時であった。
震えているはずのユリーシャが、震えぬ声で囁いたのは。


「目を閉じてください、ランス様」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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222神鬼軍師の本領(7/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:34:31

〜ユリーシャ〜


『ユリーシャさん。
 あなたはランスが飛び出さぬよう、くっついて離れないでください。
 そうすれば、魔獣は得意げに寄ってくるでしょう。
 ランスを嬲りに近づくでしょう。
 か弱く怯える貴女を視界に収めはしても、焦点を合わせることは無いでしょう。
 その、人間様を舐めきったマヌケ面に向かって【これ】を放つのです』


ケイブリスの嘲笑はユリーシャの鼓膜を痛いほど揺さぶり、
ケイブリスの鼻息はユリーシャの足元をふらつかせる。

(でも――― 怖くなど、ありません)

ランスが腰を抱いてくれている。
自分を気遣ってくれている。

『この腕の中は世界で一番安全な場所だ』

かつて、あまりにも強大な黒幕の影に怯えるユリーシャに、
ランスが放った、無根拠かつ骨太な保護の宣言。
それは彼女にとっての魔法の言葉。神棚に鎮座する聖なる宝石。

信じている。盲目的に。
慕っている。独善的に。

故に青髪の少女は迫る巨獣を恐れない。
恐れる理由など見当たらない。

(ランス様に楯突く豚め…… 後悔しなさい!)

223神鬼軍師の本領(8/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:34:47

彼女がいつしか手に構えしは、アルミホイルの芯サイズの筒。
至近で見下ろすケイブリスの顔面。
大きくつぶらな、クリアブルーの瞳。
ユリーシャはそこに筒先を向け、筒の尻に取り付けられた紐を一息に引いた。


  ―――ぱん。


それが、真の決戦の開始を告げる喇叭となり。
同時に、この戦いにおける一番槍ともなった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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224神鬼軍師の本領(9/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:35:03

〜恭也〜


『ユリーシャさんの【フラッシュ・紙コップ】が成功したなら、
 魔獣は数秒間、視覚を失うでしょう。
 その数秒間が、勝負の分かれ目です。
 高町さん、特訓の成果、見せてください。
 眩んでいるだけの目を貴方の【飛釘】で、完全に潰すのです』


ランスの背後、数メートルの地点。
密やかに舞い戻った高町恭也が、目晦ましに惑うケイブリスを見上げていた。

(想定よりも、遥かに――― 易い!)

高さ、約3.5m。
ケイブリスはランスの表情を眺める為に中腰になっていた。
故に、直立時の高さ6mに比して、より鋭く強い飛針投擲が可能となる。
しかも、的が大きい。
魔獣の瞳は、恭也の知るどんな大型哺乳動物の瞳よりも、何倍も大きかった。
象と熊の瞳を想定していた恭也にとって、嬉しい誤算である。

恭也は、それに、高揚しない。
恭也は、それに、慢心しない。
己を律し、己を殺し、呼吸を整え、気を正し。
修練に無言で付き合ってくれた糸杉に、心中で一礼すると―――
飛釘を強く、握り込んだ。

225神鬼軍師の本領(10/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:35:25

体は半身。腰は中腰。
前方に伸びたる左腕は正対する相手を制するかの如く広げられ、
後方に流れたる右腕は正対する相手に秘するかの如く握られる。
この構えこそ御神流・飛針投擲の基本形。
しかし、飛針暗器の類の術理を多少なりとも修めた者であれば、
彼の構えが基本から大きく逸脱していると看破できよう。

奇異なるは射角。
左掌の制する仰角は30度少々。
目線の先にはケイブリス。
射線の先には瞼の閉ざされた瞳。

(小太刀二刀・御神流師範 高町恭也……)

フラッシュに閉じられていたケイブリスの瞼がついに開かれる。
顔面を覆っていた複腕が高く振り上げられる。
恭也の射線イメージと無防備な瞳とが、結ばれた。

「……参る!」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

226神鬼軍師の本領(11/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:36:12

〜まひる〜


『フラッシュ、それに次ぐ真の目潰し。
 魔獣は驚愕し、叫ぶでしょう。
バカみたいな大口をバカみたいに拡げて、バカみたいに喚くでしょう。
 バカだから。
 まひるさん、そこであなたです。
 ケイブリスに駆け寄り、飛び上がり、注ぎ込みなさい。
 獣の口に【この液体】を』


一部始終を草むらに隠れて見物していた広場まひるは、
偽装撤退を計った紗霧と、打ち合わせどおり合流した。
そこで手渡された紙コップには、ラップがかけられており、
中には強酸性の水周り洗浄液がなみなみと満たされていた。

結局は持ってきてくれたレギンスを身に付ける間にも、
まひるの鼓動はどこまでも高鳴りを増してゆく。
興奮。緊張。重圧。責任。
様々な要素が絡み合い、溶け合っている。
とにかく、昂ぶっている。
それでも―――
要素の中に、恐怖感だけは存在しなかった。

(あれ? あたし、意外とイケそう?)

ケイブリスを相手にした、一時間以上に渡る逃走と誘導。
その接した時間の長さが、己の意のままに誘導できた自信が、
まひるのケイブリスに対する恐怖感を、拭い去ったが為に。

227神鬼軍師の本領(12/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:39:48

「げはァ!!?」

ケイブリスが、叫びと共に仰け反った。
一度目の叫びとは違い、明らかに苦痛を伴った叫びであった。
二本の腕が両目を覆い、四本の腕が闇雲に振り回された。
それは恭也が眼球の破壊を成功させた証に他ならなかった。

「いけ、まひるちん…… みんなのために!」

己を鼓舞して意を決したまひるが、夜空高く、跳躍する。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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228神鬼軍師の本領(13/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:40:55

〜野武彦〜


『あなたは言っていましたね?
 万能オタクは軍事にも兵器にも精通すると。
 よろしい。
 その自信を買い上げましょう。
 高町さんとまひるさんの連撃で、ヤツの意識は顔面周辺に集中している筈。
 その意識の隙を突き、バズーカで足を壊しなさい。
 初動の雪崩式四連撃。
 トリを飾るのは魔窟堂野武彦、貴方ですよ!』


(なんたる…… 跳躍力じゃあ!?)

まひるが見せた本気のジャンプに、魔窟堂野武彦は嘆息する。
しかし、その美しさに見とれている場合でもない。
野武彦はまひるの戦果の可否にこそ、集中すべきであると思い直す。

「ごぎぇがおいsf;あおうぃえ!!?」

高高度にて為されたまひるの投擲を、野武彦は目視できなかった。
しかし、喉を抑えて悶絶するケイブリスの姿が、その成功を物語っていた。
ケイブリスは暴れ周り、転げまわる。
野武彦はその動きを観察しながら、魔獣との距離を測り、
距離を開けつつ、駆け回る。

229神鬼軍師の本領(14/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:44:15

M72A2 LAW―――
レプリカ智機よりの戦利品は、奇しくも高原美奈子に配布されし
携帯用バズーカと同型であった。
無論、軍事オタクでもある野武彦は、この兵器を良く知っていた。
評して曰く、戦車以外には非常に有効な対戦車兵器。
装甲厚き戦車を貫きは出来ずとも、ヘリや稼動銃座如きは粉砕出来る。
この微妙さ加減が、野武彦的には【不器用さが愛いヤツ】との認識であった。

やがてケイブリスはうずくまり、嗚咽する。
野武彦はその背後20mの位置へと回り込み、
無防備に晒された尻のその下に照準を合わせる。

「―――ファイエル!」

野武彦は力を込めてトリガーを引く。

ドイツ語的には間違っている、オタク語的には圧倒的に正しい、
その発音は、銀英伝の古来よりの伝統的な発射合図である。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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230神鬼軍師の本領(15/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:45:19

〜ケイブリス〜


ど ぉ ぉ ぉ ん ! !


大きく鳴動した地響きが、自分が転倒した故に発生したのだと、
混乱するケイブリスには解らなかった。

眩しい。それだけのはずであった。

(小娘が何か光らせやがった!?)

一瞬、複腕によって目を覆った後、ケイブリスはそう思い当たり。
小細工を弄した小娘に制裁の鉄拳を食らわせようとして。
瞼を開き、腕を振り上げた刹那。
最初は右。
次いで左。
視界が、強い痛痒感と共に、ブラックアウトしたのである。

「げはァ!!?」

間髪入れずに、喉に理解不能な焼け付く痛み。
咄嗟に嗚咽を発したものの、痛みはじわじわと浸透した。
魔人は喉を焼く異物を吐き出さんと、指を喉に突っ込み、這い蹲る。

「ごぎぇがおいsf;あおうぃえ!!?」

その背後から、衝撃と、爆音。
肉の焦げる臭い。血の滴る臭い。骨の砕ける音。
傾く体。
左腕の一本からは、圧迫感と破裂音。
痛みは後からやって来た。

231神鬼軍師の本領(16/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:45:34

そして――― 今に至る。

なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?

ケイブリスには、判っていない。
なにが起きたか、判っていない。
ケイブリスは、混乱の極みにある。


この間、実に10秒。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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232神鬼軍師の本領(17/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:46:11

〜紗霧〜


『ここまでが初動。
 もしこの段階で魔獣の目、喉、足のうち二点以上を潰せなければ、
 即座に撤退しましょう。
 逆に、二点以上の破壊を達成した場合、戦闘は継続。
 第二波へと、進みます』


目を潰す事で命中率を著しく落とし、
喉を潰す事で唯一のロングレンジ攻撃である炎の魔法を封じ、
足を潰す事で機動力と逃亡可能性を殺ぐ。
そうすることで圧倒的な攻撃力差をカバーできる。
月夜御名紗霧は、うち二つも達成できれば十分と踏んでいた。しかし。

「初動の成果は、両目・喉・左足に加え、左腕一本ですか。
 理想以上の成果です」

左腕の予期せぬ破壊は、初動四連撃のラストアタック時に発生した。
ロケット砲がケイブリスの左ふくらはぎの大半を吹き飛ばした折、
受身を取ることなく倒れた巨獣の自重によって、
無防備に下敷きとなった左第一腕の手首周辺が、解放骨折したのである。

紗霧は震えていた。ケイブリスの予想を越えたダメージに。
紗霧は酔っていた。兵士たちの予想を越えた精強さに。

「やったのう、紗霧殿!」

233神鬼軍師の本領(18/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:47:50

高揚する野武彦を皮切りに、恭也とまひるも駆け寄って来た。
指揮官・紗霧より、新たな指示を仰ぐ為に。
紗霧は興奮を沈め、頭を切り替え。
次なる方針の確認を、仲間たちに求める。

「第一波の連撃とは違い、第二波は連携がテーマです。
 ―――攻撃役!」
「は、はい!」
「回避役!」
「マム!イエス、マム!」
「攪乱役!」
「了解です」
「各々の役割を徹底し、徹底し、徹底してください。
 第二波、開始!」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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234神鬼軍師の本領(19/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:49:29

〜ランス〜


『良い囮とは、囮であるを知らぬ囮です。
 敵の関心を引く囮です。
 と、いうわけで。
 ランスには何も伝えません。
 どーせ勝手に振舞う男ですから、その勝手さを利用しましょう』


ユリーシャのフラッシュ紙コップのあおりを食ったランスが
視界を取り戻したのは、30秒ほど前のことである。
今、彼は阿呆の如くぽかんと口を開け、紗霧の「狩り」を眺めている。

「うそだろ、おい……」

無論、この段に至ってはランスも己が囮とされたことは理解している。
先程、騙したことに対するユリーシャからの謝意も受けた。
本来であれば、このような騙しを、仲間はずれを、ランスは嫌い、怒る。
しかし今のランスには、そのような余裕など存在しなかった。
自分の内で培っていた精強なケイブリス像と、目の前で醜態を晒す惰弱なケイブリス像。
その二つの差異をすり合わせるだけで精一杯であった。

「ケイブリスって、こんなに弱かったか……?」

ランスは魔王城でのケイブリスとの決戦を思い出す。
軍配はランス率いるリーザス軍に上がりはしたものの、
数多の屍山血河を踏み越えた末にもぎ取った勝利であった。
それが、今。

235神鬼軍師の本領(20/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:50:07

魔剣を無くしてダメージが与えられる状況もあろう。
素晴らしい身体能力を持った三人がいることもあろう。
それでもなお。
味方に一切の損害を出さぬまま、一分にも満たぬ時間で、
かの魔人の領袖をここまで追い詰めるとは。
一体、どういう戦略眼か。
一体、どういう深慮遠謀か。

「いいえランス。あの怪獣は強いです。物凄く。
 ただ、明確な弱点が二つあった。初動にて、それを攻むるに成功した。
 それだけです。
 攻むるを損じていれば、こちらの被害は甚大だったでしょうね」

解答は唐突に、返された。
薄い煙のベールを引き裂いて、悠々と歩み寄ってくる紗霧によって。

「紗霧ちゃん、二つの弱点って、なんだ?」
「一つは、的が大きいこと。
 高町さんはともかく、戦い慣れしていないジジイとまひるさんでも、
 適切な個所に的確な攻撃を加えることができますからね」
「もう一つは?」
「オツムが残念なことです。
 私たちの偽装逃亡を鵜呑みにし、囮に意識を取られてしまう程度に」
「がはは! 確かにアイツは単純バカだな」
「流石はあなたのライバルです」

ランスは紗霧にバカにされたことに気付かなかった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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236神鬼軍師の本領(21/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:57:34

〜第二波〜


そこに、まひると野武彦も合流した。

「恭也のヤツはいないのか?」
「高町さんはサポート役です。より正確には撹乱役ですか。
 いずれにしろ、本人の希望通りの役割です。
 ミドルレンジからの投擲で、ヤツの意識と武装を引きつけるのです。
 私たちに魔獣の攻撃が向かぬよう、まひるが安全に攻撃できるよう、
 牽制し続けるのです」

紗霧の指差す向こうに一人佇む御神流師範。
堂に入った投擲姿勢より放たれた投石連弾が、ケイブリスを襲う。
闇雲に暴れていた触手が矢鱈に振り回されていた腕が、
風切る音と感覚を頼りに、にわかに一方向に寄せられる。

「まひるさん。高い位置に孤立したあの触手を、一掻きだけで」
「りょーかい!」

かさかさ。
まひるは四足歩行で昆虫の如く低く飛び出す。
紗霧はその背を見送りながら、ランスに向けて解説する。

「左右の動きには案外戦いなれていれば対応できるものです。
 だから、上下の動きを積極的に取り入れるといいです。
 まひるさんはその点、理想的な能力を持っています」

237神鬼軍師の本領(22/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:58:46

タン、と。軽い音を残してまひるは跳んだ。
棒高跳びの国際級アスリートに競る高さまで、バーを使わずして跳んだ。
その高さの頂点で、まひるは蠢く鋭い爪を伸ばす。
先端を浅く引き掻かれた触手は、鮮烈な血液を迸らせる。
まひるはその数滴を背中に浴びたものの、勢いを殺すことなく着地した。

その際を狙ってか、偶然の賜物か。
別の触手の一本が、棍棒の勢いでまひるを叩き潰さんと、襲い掛かる。

「危ないっっ!!」

ランスは思わず叫んだ。
ユリーシャは耐え切れず目を伏せた。
紗霧は涼しい顔で解説を続けた。
野武彦は姿を消していた。

「まひるがヒット&アウェイのヒットを担うなら、
 ジジイはアウェイ担当です。
 攻撃なんてする必要はありません。
 まひるのヒットタイムが終了後、直ちにまひるを抱え上げ、
 魔獣の射程範囲外に離脱させます」

コンマ数秒後。
まひるを叩き潰しているはずの触手は空を切り、まひるに触れることなく、
したたかに地面に打ち込まれていた。

「ふぉふぉふぉ…… 人呼んでオタクのジョーとはわしの事!」

気付けばまひるを抱えた野武彦が、ランスの隣に舞い戻っていた。
加速装置―――
オタクの夢と希望の象徴がここに躍如していた。

238神鬼軍師の本領(23/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:59:48

この装置、原典に於いては、生身の人間を抱えたままの加速は不可能とされていた。
生身の肉体には、かかる加速の負担に耐えられぬという理屈である。
それは尤もな話ではあるが、広場まひるは、生身の人間に非ず。
ひとでなしである。
異能にまで卓越した身体能力は、超加速に、超速度に、耐え得るのである。

撹乱、攻撃、回避。
単純にして明確な役割分担。
それを徹底させることで生まれる、流れるような連携。
それを反復するだけで成果となる、単純明快さ。
立案の歯車と実働の歯車とが、これ以上無いほどかみ合っている。

「お前らみんな…… 結構やるんだな」

ランスの口から素直な感想が、ぽそりと漏れた。
受ける紗霧は、ふふん、と得意げに笑って見せた。

239神鬼軍師の本領(24/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:00:42


【ハイエナたちの晩餐】


紗霧はブリーフィングの折、一連の戦術を、そう名づけた。
由来は、戦術の骨子から採られていた。

『ハイエナから学ぶべき点は三つ。
 1つ、一撃離脱を基本とすること。
 2つ、五感を潰すことを優先すること。
 3つ、連携を徹底すること』

戦術は、突飛な発想によるものではなかった。
どちらかと言えば基本的な、誰でも思いつく類のものであった。
しかし、思いついたとて、紗霧ほど緻密に絵を描ける者はいないであろう。
しかし、思いついたとて、紗霧ほど深くに潜り込める者はいないであろう。
単純明快。
然れども、微細深遠。
それが【神鬼軍師】が立てる作戦の特性といえよう。

240神鬼軍師の本領(25/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:01:06


例えば、戦術、第一波。

―――機先を制す。

紗霧はその一点に集中させた。
これ以上ない密度で昇華させた。
人材を。武装を。策略を。天運を。

そしてまた、大胆不適でもある。
誰も思うまい。
思ったとしても実行すまい。
ランスを囮とし、主力から外すなど。

それとて紗霧にとって、特段奇を衒ったものではない。
囮として最も有効な駒がたまたま最強の駒であっただけである。
その囮を使って生まれる隙こそが大事なのであれば、
戦闘力が低下するを惜しまぬのが、彼女の「当たり前」であった。

241神鬼軍師の本領(26/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:02:36


例えば、戦術、第二波。

―――戦闘力を削ぐ。

紗霧はその一点に集中させた。
決して敵の急所を狙うことなく、
直接命を奪いにいくことなく、
ただ、敵の攻撃力を削ることを目標とした。

油断無く、手抜かり無く。
茶道の作法の如く決められた所作を反復し続け。
触手の一本一本を、丹念に潰し。
腕の一本一本を、丁寧に壊し。
牙の一本一本を、懇切に折り。
時間の経過と共に、敵の抵抗力を減じて行く。

基本、基本、基本。
全ての行為は基本を逸脱しない。
順序、人材、武装、タイミング。
それらが適切に実行されているだけである。
にも関わらず。
なんと圧倒的で。
なんと非情で。
なんと効率的な作戦と化しているのか。

242神鬼軍師の本領(27/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:03:01


『皆さんの命、私に預けなさい。
 誰一人として無駄にすることなく、
 有効に使いきって差し上げます』


紗霧はブリーフィングの前に、決起を促すべく、こう口にした。
それが全き事実であったことは、戦士たち全員が実感しているし、
なにより、眼前に倒れ伏すケイブリスの姿が如実に証明している。

月夜御名紗霧―――

一長一短、一点豪華な人材を最適なパートに配し、
一曲の壮大で圧倒的な戦場音楽に仕立て上げる。
見えざるタクトをその手に握る指揮者であった。


.

243神鬼軍師の本領(28/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:12:10

―――本筋に戻す。

ケイブリスは這っていた。這って、左回りにぐるぐると回っていた。
錯乱しているのではない。
本人は、逃走しているつもりである。
左足と左の腕の二本の機能を失っていれば、
力加減のバランスが保てず、必然、輪を描く動きと成り果てる。
しかも、ケイブリスは目も見えぬ。
死にかけのゴキブリの如く円舞を踊っていることを視認出来ず、理解できぬ。

強大であった敵の、そんな惨めな様相を見ても、しかし紗霧は満足しない。
腕が三本、残っている。
触手も三本、残っている。
牙も残っている。
右足も残っている。
紗霧の描く第二波は、未だ完了していないのである。

「高町さんは『有能』、まひるさんとジジイは『異能』。
 さて、ランスはどうなのですかね?
 まさか、『無能』なんてことはありませんよね?」

紗霧は涼しげな瞳で、挑発的な発言で、ランスに参戦を促した。

「むかむかっ! ならば見せてやろう! この俺様の『全能』っぷりをな!」
「あ、そうそう。あなたのために右足は残しておきましたよ」
「おうっ、まかせろ!」

ランスは心底楽しげに、ケイブリスへと突貫する。
進行方向にうねっていた触手が、方向を逸らす。
状況を把握した恭也が、ランスへの戦闘支援を行ったのだ。
それもまた、紗霧の策のうちであった。

244神鬼軍師の本領(29/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:12:37

「長丁場になりますからね。
 まひるさんとジジイには小休止を取って貰って、
 しばらくはランスを遊ばせときましょう」

紗霧はランスの背を熱っぽい眼差しで見つめるユリーシャに
レーザーガンを手渡すと、自らはボウガンを取り出して、言った。

「さて、勝負は決したと言ってよいでしょう。
 あとは消化試合です。
 でも、気を抜いてはいけません。
 狙いを定めずに振り回した腕でも、まともに食らえばお陀仏です。
 ですので、私たちも攪乱に参加しましょう。
 皆の力を一つにあわせて。
 じわりじわりと。
 ねちねちと。
 慎重に丁寧に攻撃力を削いでゆきましょう」


畏るべきかな、神鬼軍師。
哀れなるかな、ケイブリス。


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245神鬼軍師の本領(30/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:13:01





     ……あら知らないんですか?

     ハイエナの集団は百獣の王すら捕食するんですよ?








246神鬼軍師の本領(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:13:30
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−3 草原】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×2、干し肉、スペツナズナイフ、
     文房具、白チョーク1箱、レーザーガン(←紗霧)、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
    痛み止めの薬品?を服用】

247神鬼軍師の本領(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:13:54
 
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)白チョーク数本、
     スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、簡易通信機、工具、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
     薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】

【広場まひる(元№38)】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機】



【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟】
【所持品:なし】
【備考:出血(中)、左足大破、両目破壊、喉破壊、左上腕及び下腕破壊、
    左右中腕骨折(補強済み)、触手5本破壊(残3本)】


<フラッシュ紙コップ>
 ユリーシャが持っていた使い捨てカメラからフラッシュを摘出、
 内側にアルミホイルを巻いた紙コップに設置したもの。

248284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/14(土) 20:40:56
新作投下お疲れ様でした。
これぞ神鬼軍師!
攻撃メンバーも限られた手段の中でそれぞれの長所を活かして
敵を追い詰めていく様が爽快でした。
マイナスに働くと思ったユリーシャの攻撃性がここで役に立ったとは……。
あと序盤に少しびっくりしました.

ともきん、やることなすことがとことん裏目に出てるなあ。

291話までのまとめをUPしました。
パスはageです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1090842.zip.html

次は遅くても来週の月曜日の夜に。

249名無しさん@初回限定:2010/08/16(月) 13:46:53
素晴らしい!
溜めに溜めたものが一気に爆発する、その階梯をこうも見事に描かれると
もはや感嘆の声を漏らすしかありません。
次回、どんな決着が待っているのか…楽しみにしています。

250名無しさん@初回限定:2010/08/16(月) 19:52:19
自ロワが進展しないので暇に任せて覗きに来たんだが、なんだか凄いものに出会ってしまったかもしれん…

よくある「一方的」な戦いじゃなくて「圧倒的」な戦いが描かれそこに説得力も勢いも乗っている
構成(策の内容が一つ一つ明らかにされてゆく手法)も見事
これはただ事じゃない

>>249の「溜めに溜めたもの」が気になるからまとめサイト行ってくる

251284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/16(月) 20:48:23
執筆が進みません……。
新作投下はまだ先になりそうです。

252 ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:16:37
本スレにての支援、ありがとうございました。

以下24レス「another one bites the dust」改め
「孤爪よ、天を穿て!」を仮投下致します。

次回は「ちぇいすと☆ちぇいす!〜復路〜」。
知佳、透子、レプリカ智機が登場予定です。

253孤爪よ、天を穿て!(1/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:19:59

【丸い者】目【リス】科―――

稀に2mに迫る個体も見られるが、基本的には120〜130㎝ほどの体長。
白いふわふわもこもこの毛玉に、青く輝く大きな瞳、
鳥類の如き細長く体毛の無い手足などが、外見的特長である。

生息地は寒冷地、及び、光差さぬ洞窟の中。

成長力高く、個体によっては人間並みの知性に到達することすらあるが、
その性は臆病で、人前には滅多に姿を現すことは無い。
巣穴に外敵が接近すれば、戦うことなく巣穴を放棄し、逃げる程である。

ケイブリスは、そうしたケモノから転じた、魔人である。


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254孤爪よ、天を穿て!(2/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:22:10

またか!
また、触手を狙いやがったか!
おいおい、これで何本目だぁ?

ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー……

げぇえ!? あと二本しか残ってねぇのかよ!

がーっっ!! むかつくむかつく!!
この目さえ見えりゃお前らなんて薙ぎ払ってやるのに。
この足さえ動きゃお前らなんで踏み潰してやるのに。
なんつーヤらしい戦い方すんだよ、このニンゲンどもは!
こんな戦い方されたら、折角の鎧の意味がねーだろ?
壊れた所、智機のヤツに補修してもらったってのによー。
オラァアアアア!!
もっと、なんつーか、こう、真っ直ぐ来いよ!


……なんて強がっていた頃が、俺様にもありました。


俺様、謙虚だからよ。
最強魔人のプライドとかそんなのには縛られねーで、
事実をありのままに受けいれることにするぜ。
ヤツらにゃあ勝てねー、って事実をよ!

だったら俺様の取るべき道は、一つしかねーよなあ?


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255孤爪よ、天を穿て!(3/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:23:19

ケイブリスとは最古の魔人である。
六千年―――
気の遠くなる程の年月を、彼は魔人として生きてきた。

その間、彼の血の主である魔王は幾度か代替わりした。
その間、彼は魔人で在り続けた。
通例では、魔王の代替わりと共に魔人も入れ替わる筈であるにも関わらず。

何故か?

それは、服従である。
強いものには媚びへつらい、機嫌を伺い、身を粉にして忠勤する。
または、変節である。
それまでの主義主張も軋轢も放り投げて、偉大なるイエスマンへと転身する。
その、保身の為のあからさまな、それでも徹底した献身ぶりに、
歴代魔王たちは、臣下であり続けるを許してきたのである。

リスの性質である臆病さが為せる、一流の処世術である。


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256孤爪よ、天を穿て!(4/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:24:05

俺様が取るべき唯一の道。
ザ・降伏。
つまりはニンゲン野郎どもに頭を下げて、下げまくって、
必死に、必死に、命乞いをするって寸法だぜ!

だって俺様死にたくねーし。
死ななきゃそのうちイイコトもあるだろーし。
頭下げるのに金なんてかかんねーし。
俺様の茶飲み友達のネコムシ使徒も言ってたぜ?
生きてこそ浮かぶ瀬もあれ、ってな。

だからよ、とにかくこの俺様の熱い気持ちを、
今すぐにニンゲンどもに届けてやらねーとな!


「ぐべぅおあげべげべぇ!」(ままま、参りましたァ!)


あ…… しまった!
俺様、喉が潰されてんじゃねーか!?
こんなんじゃ何言ってるか聞き取れねーぞ!?

んじゃー土下座か…… って、足、動かねえし!
右足! ふくらはぎ吹っ飛ばされて、骨までバキバキ!
左足! 足首メッタ斬りにされて、アキレス腱ブチブチ!
正座もなにも、腰を起こすことすらできねーよ!

じゃあ白旗か?
なんか白いモンねーの!?
……ねーよ!
俺様の全て、真っ赤に染まってるぜ!

257孤爪よ、天を穿て!(5/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:24:38

どーするよ、どーするよケイブリス?
俺様の負けましたって素直な気持ちを、どーやって伝える?
ごめんなさいを、どう形にする?
命ばかりはって願いを、どう叶える?

  ―――リスさま、痛いにゃん! 許して欲しいにゃん!
  ―――くぅ〜〜ん……。 ぶたないでほしいのねぇ〜。

そうだ、あいつらだ!
俺様最強使徒たちが仕事をサボったり粗相したりする度にやってた、
お仕置きを許してもらうためのキメポーズがあったじゃねーか!

仰向けに寝っ転がって。
動く腕の肘を全部曲げて。
触手を股ん中に折りたたんで。
下をだらりと垂らして。

そう、こんな風に!

解るだろ? な? な?
ワンとニャンの得意技「負け犬のポーズ」!
届くだろ? な? な?
俺様が本気で降伏してるっていう気持ちが!

えへへぇ……
そう、俺様、他の何一つも望んだりは致しません。
命!
ただ、お命ばかりは見逃して頂きたいと。
なんとかお情けをおかけいただけませんかと。
ニンゲン様のご慈悲にお縋りするばかりで……

258孤爪よ、天を穿て!(6/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:25:00

「あぎゃごばばば!!」(痛ぇえええええ!!)

おいおい、何、腕抉ってくれてんの!?
つーか、この熱い冷たいのは何だ!?

いや、ホントに! マジで!
二心なんて無くてですよ?
偽装なんかじゃ無くてですよ?
ただひたすらに死にたくな……

「ぐごっっ!!」(ぐおぉぉぉ!!)

腕一本、感覚無くなったああああ!?
千切られたのか?
燃やされたのか?
砕かれたのか?
わかんねええええええ!?

畜生!
降伏を受け入れねーってのか!?
どうあっても、とことん殺すってーのか!?

……ぃゃ…………。

………いや……だ。

いやだあああああ!!
死にたくねー!!
他の何をどんだけ失っても、死ぬのだけはいやだー!!

259孤爪よ、天を穿て!(7/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:25:35

智機!! 俺様を助けてくれー!!
ホントは聞いてるんだろ!?
俺様の大ピンチに気付いてるんだろ?
もったいぶってねーでソッコー助けにきてくれよおおお!!

神様仏様魔王様プランナー様!!
誰でもいいからとにかく誰か!!
俺様を助けてくれえええええ!!


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260孤爪よ、天を穿て!(8/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:28:06

時は過去。
ケイブリスが一度目の死を迎える数ヶ月前のこと。

魔人同士の権力闘争において、ケイブリスが、敵の領袖である女魔人を軍門に下した折。
彼はそれまでの鬱憤を晴らすかの如く、この麗しの女魔人を犯し抜いた。
人間大の相手に対して八本の巨大触手を全て費やす、凄惨な陵辱であった。
膣から子宮を破り内蔵を潰し。
口腔へ注がれる精液は胃を破裂させ。
眼窩までをも挿入対象とした。
そんな地獄の七日七晩を経てもなお、かの女魔人は生きていた。
ケイブリスの精液の白濁と己の血液の黒赤に染め上げられながら、
女魔人は辛うじて命を繋いでいた。
魔人の持つ再生能力とは、それほどのものである。

今のケイブリスは、魔王の加護を離れ、無敵結界は制限されている。
闇のデアボリカ・アズライトと同じく、再生能力も抑制されている。

それでもなお。
人の世の常識ではありえぬ程の回復力を、ケイブリスは有していた。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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261孤爪よ、天を穿て!(9/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:29:07

俺様は死ぬ…… のか?
死ぬんだな……
必死の命乞いもまるっきり無視されて。
ニンゲン野郎なんかに嬲り殺しでよぉ……
惨めな死に様だぜぇ…… 畜生っ……

体の端からちびちびと削られてよ……
この触手も、その触手も、あの触手すら、ぶち壊され……

……あれ?

今…… 触手に感覚、あったよな?
一番最初にぶっ壊された触手が、痛えって感じたよな?
気のせいか?

……いや、違う。
ちくちくと針でも刺さったみたいな痛さを、確かに感じるぜ。
ナイフか? 剣か? 木の枝か?
これは…… 俺様の爪、だな。
戦っているうちに剥がされた爪が転がってんだな。

畜生…… ホントならよぅ。
この爪の一掻きで、ニンゲンなんて真っ二つにできるのによう。
この爪の一突きで、ニンゲンなんて貫通できるのによう。

この爪の……

この爪が……

投げ出された触手の下敷きになってる爪……

ヤツらが気付いていない爪……

262孤爪よ、天を穿て!(10/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:29:33

それが、ヤツらがもう動かないと思っている触手の下にある……?

爪一本……

触手一本……

まだ、あるんじゃないか?
まだ、諦めるには早いんじゃないか?
俺様がここで終わることは決まっていても、
タダで終わらせない何かを起こせるんじゃねーか?


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263孤爪よ、天を穿て!(11/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:32:34

ケイブリスは、魔人最強である。

紗霧に推されたように、頭脳の出来が残念であるにも関わらず、
リスなどという体格にも特性にも恵まれぬ出自であるにも関わらず、
それでも魔人最強の称号を恣にしていたのには、訳がある。

努力である。
成長である。

決して効率のいい努力にはあらねど、ケイブリスは。
六千年間、努力を以って己を鍛え上げ、成長の歩みを止めなかった。
今もなお、努力を以って己を鍛え上げ、成長の歩みを進めている。

リスから生まれた最弱の魔人が、弛まぬ努力と牛歩の成長により、
屈強な肉体と特異な能力を持つ最強の魔人へと、至ったのである。
常軌を逸した執念深さを無しに成し遂げられぬ成果であった。

根性である。

その暴と巨躯に気を取られがちで、魔人仲間にすら気付かれぬ性質であるが。
それを見せることは弱みであり恥であるとの彼の考えから秘されてはいるが。

決して諦めぬ粘り強さが、
必ず目的を達するという執念深さが、
いわば体育会系の魂が、
ケイブリスの本質なのである。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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264孤爪よ、天を穿て!(12/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:33:37

そーだよな……
どうせ死ぬなら開き直らねーとな。
俺だけ死ぬのって納得いかねーよな。

屈辱喰らいっ放しで、終われねえよなあ?
あいつ口ほどにもなかったぜ、なんて、思われたくねえよなあ?
ニンゲンどもに舐められっ放しなんて、許せんよなあ?

「がはははは! そぅれそれぇ!」

特に、おめーだよ、おめー。
そこで得意げに笑ってるおめーだよ、ランス。

二度、魔王になるっつー夢を断ち切られてよ……
二度、惨めな命乞いを踏みにじられてよ……
二度、命を奪われてよ……

その二度が二度ともに、おめーは関わってんだぜ?
俺様のびくとりー・ろーどを断ち切ったんだぜ?
許せねーよなぁ?
生かしておけねーよなぁ?

……そうだぜ。
視覚が潰されちまったからって、ヤツらを全く捉えらねえ訳でもねえんだよな。
だって、聞こえてんじゃねーの、苛つくバカ笑いがよ。
それってつまり、俺の聴覚が死んでねぇってことだろ?
そいつを研ぎ澄ませばよー。
触手で爪をぶっ刺すことも、出来るかもだぜ……?

265孤爪よ、天を穿て!(13/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:34:23

……なにが「かも」だよ。
弱気になってんじゃねーよ。
やるんだよ。
やらなきゃなんねーんだよ!

頭! ぼーっとしてる場合か!?
体! オラァ! もっと気合入れろ!
心! 泣き入れてんじゃねえ!
俺! 全てを統合しろ!

注ぎ込め! 六千年の歴史を!
注ぎ込め! 俺様の残る全てを!
ぽんこつになった、一本の触手に!
力に変えて、注ぎ込め!

「がはははは! 俺様最強!」

ああ、見えるぜランス。
見えなくなったこの目にくっきりと見えてるぜ。
暗闇の中に、ただ一本。
俺様とお前とを結ぶ触手の軌跡が、な。

行くぜランス、喰らいやがれ。
俺様の最大で最強で最速で最高で……


     ―――最期の一撃を!!


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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266孤爪よ、天を穿て!(14/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:35:02

この件に関して、月夜御名紗霧を責めることは出来ぬ。
全ては想像されていた為に。
全ては想定されていた為に。
全ては検討されていた為に。
紗霧が入手したケイブリスに関する情報の全てが、
この戦いに生かされていた為に。

今、目の前で、しかし意識の外で起きようとしていることは、
彼女たちの手持ちの情報では想定が出来ぬ事態なのである。
起きるはずのない出来事なのである。
悪夢の如き奇跡なのである。

【魔人の超回復能力】

紗霧は、この重要なワンピースを入手できなかった。
故に立案してしまった。
時間をかけて嬲り殺すという戦術を。

その、かける時間の長さこそが。
友軍の安全性を高める為の手法こそが。
完璧なはずの作戦の瑕疵となった。
触手の有り得ぬ回復を許してしまう余裕を生んだ。

故に―――
死せる筈の触手が放った鋭い刺突に、反応できた者はいなかった。
それは、ターゲットとされたランスとて、例外では無かった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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267孤爪よ、天を穿て!(15/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:35:33

ずぶりと、突き刺さる抵抗感。
熱い液体が、触手に滴る感覚。


「……はへ?」


届いたぜぇ……

俺様の生命の炎を燃やし尽くした一撃で、
ランスのドテッ腹に、風穴をぶち開けてやったぜ!


「……マジでか?」


ああ、よっくわかるぜランスよー。
その「信じらんねー」って気持ち。
こんなところでこんな死に方するなんて、ありえねーって思い。
さっきまで俺様も感じてたからな!

「ランスさまああああ!!」

おっ、いまの「ゴボッ」は血の塊を吐き出したな「ゴボッ」だな?
体がビクビク痙攣してるのも、触手に伝わってくるしよ!
なんかもー、上手く言えねぇが、最高にキモチーぜ、おい!

「いけませんユリーシャさん! ジジイ、止めなさい!」


268孤爪よ、天を穿て!(16/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:35:59

いやいや、ちょっとちょっと。
確かに気持ちよくはあるんですけど。
マジで触手までいきり立ってきたんですけど?
嘗てないほどにビンビンなんですけど?

「あい判った!!」

ああ、あれか。へびさん魔人が言ってたやつか。
死ぬ間際にゃ生殖本能が刺激されて…… なんとかってやつ。
……突っ込んでみてもいいですか?

「なんなのアレ? なんなのアレぇぇ!!?」

まさか最後に犯すのが野郎のドテッ腹にぶち開けた穴だとは
    想像もしてなかったがよー、
これはこれでちょーきもちイーぜ!!
そぅれ、入らなーい♪ 入らなーい♪ 無理にねじ込めー♪

「広場さん…… あなたは、見ないほうが、いい」

げへへっ! ランスがゲボゲボ吐いてんな!
見てぇなあ、目ン玉裏返ったアイツの汚ねぇツラをよー!
そしたらもっとキモチくなれんのによー!

「げびょっ!! ぎょぼっ!!」

  そんなにビクビク痙攣すんなよ、ランス……
  お前の腸の締め付けがどんどんキツくなるじゃねーか。
  こんなんじゃスグにイっちまう!

269孤爪よ、天を穿て!(17/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:36:43

「ぐぼぼぼぼぼぼ……」

ああ、とまらねえ、たまらねえ!
とまらねえ、
      たまらねえ、
とまらねえ、
      たまらねえ、
とまらねえ、
      たまっおふっ!
……三擦り半で出ちまった。えへ。

「え、え? 触手の先っちょから、あれ? なんで?」
「なんという下衆……」
「家畜の分際でェェ! 身の程も弁えずゥゥ!!」
「……」
「紗霧殿? おい、紗霧殿、しっかりせぬか!!」

おーおー、ヤツらが揃いも揃って混乱してやがるな!
この隙を突いて、根こそぎ薙ぎ払ってやりてーが……
もう、触手、萎え萎えで動かねーしな。残念だぜぇ。

あー眠ぃー。
あー怠ぃー。

……こりゃもうダメだ。
体にも頭にも、もういっこも力、はいんねー。
射精と一緒に、残りの命までぶっ放しちまったみてぇだぜ。
まーいーや。
最期にちょっとスカッとできたから。
あとはさっぱりお陀仏だな!

270孤爪よ、天を穿て!(18/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:37:28

お、ランスの体も大分冷えてきたなぁ。
もうピクリとも動かねえしよ。
一足先に逝っちまったみてえだな。

待て待て、ランス。俺様を置いていくなって。
おててつないで、一緒に行こうぜ?
楽しい楽しい地獄巡りによ!

ぐぇっふぇっふぇっふぇっふぇっ!!

ふぇっふぇっふぇっ!


ふぇっふぇ……



ふぇ……




……







   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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271孤爪よ、天を穿て!(19/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:38:21

「がはははは! そぅれそれぇ!」

どうしたことか。
ケイブリスの道連れとなったはずのランスのバカ笑いが、未だに響いていた。
それどころか。

「あんにゃろ、あんなモン隠し持ってやがったのか!」

ケイブリスを中心に、声から90度の角度を隔てた位置には、
傷の一つも負っていないランスが、紗霧と共にいるのである。

「しかも壊したはずの触手が動いてました。やれやれ、とんだ生命力です。
 今からは壊した触手や腕も、定期的に壊し直さないといけませんね」

紗霧は溜息と共に仲間たちに指示を送った。
それから、90度向こう―――
ケイブリスの触手が突き出された空間の直下に設置してある、
黒い小さな機械を見やった。

「がはははは! 俺様最強!」

ランスの馬鹿笑いは、その箱の中から垂れ流されていた。
カセットデッキである。
以前、磯部にて二人の監禁陵辱魔を嵌めた時と同様、
紗霧はランスの声で以ってケイブリスを騙し、
その最期の一撃を、見事に無効化したのである。

執念深い紗霧が。この神鬼軍師が。
奪えぬはずのない聴覚を奪わなかったのには、
歴とした理由があったのである。

272孤爪よ、天を穿て!(20/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:39:51

「まあ、結果オーライとしておきますか」

紗霧にとって、カセットデッキは保険であった。
恭也や自分の遠距離攪乱が見破られた場合を想定し、
その際に攻撃が向かう方向を誘導する為に聴覚を残し、
聴覚に訴える音声を、友軍のいない方向に設置したのである。

確かに、潰した筈の触手からの攻撃その想定を外してはいた。
しかし、ケイブリスはランスの位置特定に聴覚を用いてしまった。
それで、魔獣の乾坤一擲は想定外である利を失ってしまい。
それで、音声の罠に嵌ってしまい。
結局、単なる誤差の範囲内に収まってしまったのである。

「ぐぇぶぇぶぇぶぇぶぇ……」

最後まで紗霧の掌の上で転がされていたことに気付くことなく、
焼かれた喉で、もはや声にならぬ音を発するケイブリスの顔には、
それでも、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。

「ちょっとちょっと紗霧さん? 怪獣さん笑ってるみたいですが?」
「死に際に都合のいい夢でも見てるんでしょう。放っときなさい」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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273孤爪よ、天を穿て!(21/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:40:28

(Cルート・2日目 PM23:45 E−5地点 耕作地帯)

腕。触手。爪。牙。
ケイブリスの武装を全て奪ったことで作戦行動の第二波は終わり、
最終ミッションである第三波へと移行して、既に一時間半が経過していた。

第三波の内容とは――― 【放置】。

紗霧たちは、仰向けに倒れているケイブリスを、遠巻きに囲んだ。
死にゆく巨凶をただ眺め、見張った。
触手等の復活を確認すべく、時折、恭也に投石させたりもしたが、
決して止めなどは刺さなかった。

更に一時間。

ケイブリスの流した血はドス黒く変色し、凝固していた。
傷口には目敏い蝿たちが集っている。
獣臭と血臭に、かすかに死臭が混じり出していた。

「魔人が死ぬとちっちゃい赤い玉になるのでは?」
「の、はずなんだがなぁ」
「しかしのぅ…… ありゃどう見ても死んどるぞい」

本来、死せる魔人は遺骸を霧散させ、ピンポン玉大の紅玉へと態を移行する。
【魔血魂】である。
それは魔王の血の縛りの証。
魔人の力の根源にして、魂の揺り籠。

但し、このケイブリスは魔王直下の魔人ではない。
プランナーがこのゲームのバランスを考慮した上で、能力を調整した魔人である。

274孤爪よ、天を穿て!(22/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:41:12

プレイヤーの攻撃を無効化する無敵結界は故に解除されていたし、
死後の魔血魂化もまた、同様に取り消されていた。
魔血魂を呑んだ者が新たな魔人となる。
そこに生まれるゲームのバランスブレイクを忌避した為である。

理由はともあれ―――

野武彦の見通し通り、ケイブリスは既に死んでいた。
絶息の正確な時間はわからない。
第三波に移行してからの二時間半。
そのどこかで誰にも気付かれること無く、息を引き取っていた。

「しかし……哀れとは思わんが、えげつないな」

苦虫を噛むが如き顔つきでランスが呟いたこの感想を以って、
三時間超に渡る紗霧の作戦、【ハイエナ達の晩餐】は完了した。
誰一人傷つくことなく難敵を完殺するという、完璧な成果にて。




【ケイブリス:死亡】

―――――――――主催者 あと 4 名


            ↓

275孤爪よ、天を穿て!(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:41:59
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−3 草原】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×1、干し肉、スペツナズナイフ、
     文房具、白チョーク1箱、レーザーガン、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、保存食】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
    痛み止めの薬品?を服用】
※銃(50口径)及び飛釘は撃ち尽くしました。

276孤爪よ、天を穿て!(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:43:50
 
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)、白チョーク数本、
     スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、簡易通信機、工具、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
     薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】

【広場まひる(元№38)】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機
     体操服の上(←ユリーシャ)】
 ※体操服の下、レギンスは装着済です。


※「?服」の一つは、体操服の上下でした。

277284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/23(月) 18:56:15
本編SS、地図、死亡者情報、ネタバレ名簿を更新したまとめをUPしました。
パスはroです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1107566.zip.html



まさか本当に無傷で勝利するとは恐るべし六人組……恐るべし神鬼軍師。
ケイブリスも紳一もらしい最期といえば最期だと思いました。
でもどこか不吉な予感は拭えないのが意味深。
まひるが夜に目覚める本投下で体操服を着用しなかったのはこのためだったのですね。
もうすぐ九回目の放送かな。次のパート楽しみにしてます。

まとめ管理人さん先週の更新ありがとうございました。

278 ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:03:49

まだ完了はしていませんが……
本スレにての支援、ありがとうございました。


以下36レス「ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜」を仮投下致します。

今回気付いたのですが、この三部作のタイトルを今まで間違えていました。
「〜☆ちぇいす!」ではなく「〜☆ちぇいすっ!」でした。
お手数ですが >>◆ZXoe83g/Kwさん のまとめ次回更新時に、
「〜往路〜」のタイトル変更をお願いいたします。

また、「〜折り返し地点〜」の冒頭数レスの【私】視点パートは、
本投下時には削除しようと考えております。


次回は「知佳ちゃんハリケーン!」。
知佳、智機、レプリカN−21が登場予定です。

279ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(1/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:07:33

【タイトル:ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜】

(Cルート・2日目 23:15 I−7地点・海岸線・岩場)


灯台南部の磯は静寂の中にあった。

引く潮は穏やかに細波も立てず、北東の風は火災の禍を運ばず。
つい先ほどまで喜びの歓声を上げていた二人の乙女も、
今は、泣き疲れてか、笑い疲れてか。
腰を下ろし肩を寄せ合って、沈黙と共に、水面を眺めている。

(この二人、百合ん百合んか? 勿体無いのぅ……)

下品な魔剣も一応は空気を読むらしい。
下卑た思念波を発することなく心中で呟くに留めていた。

  ―――主催者は誰一人として地位を失っていない
  ―――ゲームを満了させれば願いは叶えられる

仁村知佳は先刻、エンジェルナイトから読み取った一通りの情報を
御陵透子に語って聞かせていた。
今、沈黙の中で透子は、それらの情報を咀嚼している。
殊に透子の意識を占めているのは、以下の一節であった。

  ―――蒼鯨神を楽しませる限り資格は失われない

実は透子は、この島に来てからの記憶/記録の検索の中で、
図らずもルドラサウムの記憶/記録にも幾度か触れていた。
つぶさに思い返してみれば、鯨神の記録は実にシンプルであった。
大別すれば二種類にしか分類できなかった。

280ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(2/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:08:52

楽しい。
つまらない。

その傾向も、実にシンプルであった。

動きがあれば、楽しい。
動きがなければ、つまらない。

ここでいう動きとは、心の動きではない。
悩んだり迷ったり勇気を振り絞ったりを指さない。
あくまでも体の動き、アクションである。
撃ったり刺したり燃やしたりである。
と、いうより。
ルドラサウムは、心を読んだりはしないらしい。
あくまでも表層の表れにのみ着目している。
耳目によってのみ、ゲームを鑑賞している。

例えば、椎名智機が学校にて鬼作らを制裁した折。
例えば、椎名智機が病院を急襲した折。
ルドラサウムは、笑い転げていた。
ゲームのルール云々などは一切関係なく、
主催/参加者の枠を意識することなく、
ドンパチや自爆や建物の崩壊を楽しんでいた。
そんな記録が、空間には残っていた。

故に、透子は決意した。
願いの成就の為、己が為すべきを改めた。

(私も、戦う―――)

281ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(3/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:10:08

であればと、透子は考えを進める。
今後の具体的な身の振り方を検討する。

自分のテレポートは有用ではあるものの、戦闘力に措いては非常に乏しい。
肉体的な能力が著しく低いためである。
それは、先刻の亡霊・勝沼紳一追跡の折に、身を以って知った。
そんな自分が単独で、海千山千のプレイヤーたちを向こうに回せるとは思えない。
力が、必要である。
ザドゥとカモミール芹沢。
この、戦闘に特化した能力を持つ同胞の力無しでは、勝ち抜けぬ。
その為には。
シェルターへ戻り、朝まで目覚めぬ二人を守らねばならぬ。

「ありがとう、透子さん」

唐突に、知佳が礼を述べた。
知佳はゆっくりと立ち上がり、姿勢を正し、深く頭を下げた。
その動きは、畏まったものであった。
その声色は、固いものであった。
その両方に、知佳らしからぬ硬質な冷たさが含まれていた。

「……なにを?」

透子は知佳の辞儀の意味を図りかね、問い返す。

「魔獣から逃げることができたのは、透子さんのお陰だよ。
 あの時、私はあなたに命を救われたの」

地下通路で、知佳に襲い掛からんとするケイブリスを諌めた。
そんなこともあったなと、透子は思い返す。

282ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(4/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:11:10

「ううん」
「お礼を言うのは私のほう」

透子は姿勢を正し、深々と頭を下げて。
受け止めた知佳の感謝を、より大きな感謝で以って返礼した。

「紳一を倒してくれて」
「ありがとう」
「自殺を止めてくれて」
「ありがとう」
「天使を読んでくれて」
「ありがとう」
「私のほうがいっぱい」
「ありがとう」

透子がこれほどの言葉を連ねるのは、何百年ぶりかのことであった。
その全てが、衷心からの言葉であった。
しかし、知佳の顔に笑みは戻らない。
硬質さはより一層増し、悲痛とさえ言える顔つきで透子から目を反らした。
そして、呟く。

「じゃあ…… もう、借りは返したってことで、いいね?」

何故、今更貸し借りなどと口にしたのか。
透子にその意図は分からない。

「ごめんね、とは言わないよ」

続けて紡がれたのは謝意を否定する形にての謝罪の言葉。
透子にその意味は分からない。

283ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(5/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:14:51

軽く混乱する透子が反応を返すのを待たず、
知佳はその表情のまま背を向け駆け出した。
北北東へと。
ちらりと見えた知佳の横顔には、確かに涙が一しずく浮かんでいた。
その涙の理由もまた、透子には分からない。

「逃げなくてもいいのに」

透子はしばし、呆然と知佳の背を見送り。
知佳が置いていった魔剣カオスの柄を握って。
地下シェルターへと戻ろうと意識して。
そこで、ようやく勘付いた。
自分のテレポート先と、知佳の走行方向が同じであることに。



【 朝まで目覚めぬ ザドゥと芹沢を 守らねばならぬ 】



読まれていたのである。
肩を寄せ合っていたのは読心能力を持つ相手だと分かっていたのに。
透子は、安心感ゆえの無防備で、その思念を漏らしてしまったのである。
主催者の内情を、危機を、秘中の秘を。

ごめんねとは言わないよ―――

この「ごめんね」とは、逃げる事に対する「ごめんね」ではない。
透子が折角取り戻した希望の芽を摘むことに対する「ごめんね」であった。
無防備なザドゥと芹沢の命を奪うことへの「ごめんね」であった。

284ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(6/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:16:04

知佳は、故に、走った。
逃げたのではない。向かっている!

「―――!!」

走り去る知佳の背はすでに小さく、遠く、迷い無い。
透子は念じた。

(知佳に――― 追いつく!)

ここに、知佳と透子の逃走/追跡劇が、幕を開けた。



   ―――灯台跡まで、あと1000m。



自分が撒いた種で、芽吹いたばかりの希望を、
その自分が、次の瞬間、引き千切り踏み躙る。
知佳がしようとしていることは、そういう行為である。
掌返しの裏切りである。

しかし知佳が心がけてきた、読心による情報収集とは、
まさにこうした情報を欲していた故であり。
その情報を遠方の恭也たちの為に最も活かせる行動が、
無抵抗の主催二名の暗殺であるのだから。
いかに友を傷つけようとも。
いかに友を裏切ろうとも。
この得難き機を見過ごすわけには、ゆかぬのである。

285ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(7/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:17:41

故に知佳は、ごめんねとは言わなかった。
本当は謝りたい気持ちで一杯であった。
それでも言えなかった。
言ってはならなかった。
ここでする謝罪とは自分の心を軽くする為の偽善でしかないのだと、
知佳には、分かっていた故に。

知佳が透子の呆然とした姿を頭に思い浮かべるのと時を同じくして。
その幻像が目の前に、実体として現れた。
透子に残存する唯一の【世界の読み替え】――― 瞬間移動である。

「すとっぷ」

知佳はその突然の出現に驚かなかった。
むしろ登場が遅いとさえ思っていた。
自分が今、為さんとしていることに思い当たれば、
或いは、その記憶/記録を読めば、
透子が自分を止めに来ることは、必然のなりゆき故に。

「気付いたんだ…… 気付いちゃうよね、どうしても」
「ん」
「透子さんを殺そうとは思ってないよ。どいて?」
「どかない」

知佳の頬には、涙の跡がある。
透子の頬にも、涙の跡がある。
しかし、それはあくまでも、跡である。
過去の名残なのである。
確かに咲いた友情の花は、無情の仇花でしかないのである。

286ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(8/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:18:20

「あなたがわたしを」
「殺せなくても」
「わたしはあなたを」
「―――殺せる」

その言葉に、知佳はショックを受けた。
そしてすぐに、ショックを受けた自分を恥じた。
透子を先に裏切ったのは自分である。
だのに、裏切られると悲しいなどとは、なんという身勝手さか。

《敵か? 知佳ちゃんは敵なんですか!?》

カオスが発した戸惑いの思念波で、知佳は我に帰る。
透子の言葉に嘘偽りはなく、既に、カオスは振り上げられていた。

「テレキ……」

テレキネシス、と。
反射的に知佳は反撃しようとして、逡巡した。
対する透子に躊躇は無い。
カオスは既に振り下ろしの体勢に入っており、
力弱いながらも、知佳の額をかち割らんとしていた。

「―――サイコバリア!」

透子が振り下ろしたカオスは知佳の額に到達しなかった。
知佳の前面に展開された、念動の障壁に受け止められた。

「ぁう!」

287ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(9/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:19:00

障壁は、不可視ではない。
その背のフィンに同じく、目視可能な透明である。
シャボンの膜の如き、オーロラの如き。
透明で有りつつも複雑に絡み合う色がうねりを見せる、力場である。

透子にダメージは無かった。
サイコバリアの強度が、緩く柔く、制御されていた為に。
足をふらつかせ、カオスを手放すに留まった。

殺そうとは思ってないよ―――

知佳のその言葉は、本気の発言であった。
それは、知佳が通すべき筋であり、
己に科した制約であり、
重い罪悪感への軽減措置であり、
また、透子に対する友情への未練でもあった。

「テレキネシス!」

知佳は透子の落としたカオスを念動にて吹き飛ばした。
透子は無言でカオスの飛ばされた先へテレポートし、回収をはかる。
知佳はその僅かなタイムラグの間に少しでも距離を稼ぐべく、疾走を再開する。



   ―――灯台跡まで、あと900m。

.

288ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(10/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:20:21

シェルター付近で待ち伏せする。
透子はそれをしなかった。
思いつかなかったわけではない。
できなかったのである。

《この追いかけっこ、どっちが勝つかな? どっちが勝つかな?》

透子は、掴んだのである。
厚き雲の上、星々の宿り、天空の遥か彼方。
そこから発せられるルドラサウムの記録を。
巨大な尻尾をぺちぺちと振り、童の如くはしゃぐその情景を。

(注目されてる―――)

透子は自分の判断に間違いが無かったことに高揚する。
そして緊張する。
ルドラサウムを――― 観客を、失望させてはならないと。
リクエストに答えねばならないと。
この追跡と戦いを半端に終らせてはならないと。

しかし、唯一の手持ち武器・カオスでは、
知佳の足を止めることが出来ぬは、既に実証されている。
サイコバリアに阻まれて、切り裂けぬを知っている。

(……武器が要る)

透子は、その思いで、心当たりの場所へと跳んだ。

289ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(11/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:26:05



   ―――灯台跡まで、あと800m。



例えるならば、サイコバリアとは「一枚の大盾」である。
前後左右、どの方向にも展開できるが、用を為すのは一方向のみである。
透子の攻撃が盾を構える正面から打ち込まれたなら、弾き返すのは易い。
しかし、盾の背後から打ち込まれたならば。
或いは、盾の側面から打ち込まれたならば。
その攻撃は無防備な知佳の柔い体に齧り付き、喰い破ることであろう。

それでも、武器がカオスであれば、問題は無い。
透子には、長剣に類されるカオスを、自在に振り回す腕力や技量が無い。
知佳はその運動音痴ぶりを既に【読んで】いる。
故に、たとえテレポート能力を駆使されようとも、
刀身が知佳を捉える前に、バリアを必要方向に移すことも可能である。

故に、今。
前面にサイコバリアを展開したまま、知佳は疾走を続けていた。
だが、その知佳の準備に透子が応える様子はない。
もう、それなりの距離を稼いだにも関わらず。

(待ち伏せ…… かな)

透子が知佳を止めるのを諦めた、とは考えられぬ。
何百万年もの間想い続けている愛しい人の復活が掛かっているのである。
その深き情と比せば、あらゆる事象は水溜り程の深さしか持たぬであろう。
増してや知佳との、ほんの僅かな心の交流など。

290ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(12/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:27:44

それでも透子が走行の妨害に現れぬということは。
追跡に分が無いを悟り、戦法を待ち伏へと変更したからであろう。
おそらくは地下シェルター付近で。
おそらくは武装を充実させて。
背水の陣を敷き、眠れる同胞たちを死守するつもりであろう。
その場合……

殺そうとは思ってないよ―――

知佳は自問する。
その誓いを、覚悟を、守ることが出来るのか?

身体能力に劣るところは無い。
それでも。
本気で、必死で、死に物狂いで向かってくるであろう相手に、
手心を加えた上でやり過ごすことなど、果たして可能であろうか?

(コレを使えば―――)

知佳はポケットに左手を忍ばせた。
指先に転がったのは小さな球体、二つ、三つ。
それは、知佳の配布アイテム。
それを、知佳は二度、使用している。
一度は悪漢を倒す為に。
一度は死地から脱する為に。
これ以上ないタイミングで、行使している。

その機を、見極めれば。
その機を、誤らねれば。

(―――透子さんを出し抜ける)

291ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(13/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:28:24

暗澹たる思いで、揺らぐ気持ちで。
それでも知佳は、疾走する。



   ―――灯台跡まで、あと700m。



「No。君の登場は本当に心臓に悪いな」

透子の目の前で驚愕するのは、レプリカ智機N−22。
二人が立っているのは、崩れた学校の瓦礫の中。

「残念な結果ではあるが……」

校舎の放送施設はやはり死んでいたのだと。
透子が夕刻に放置した通信機を回収したものの、
やはり本拠地との通信は不可能であったのだと。
N−22は突如目の前に姿を表した透子に、
己の任務の結果を報告しようとした。

「それはいい」
「銃を貸して」

しかし透子はレプリカの説明を遮った。
前置きも説明も無く、N−22が腰から下げる銃器へと手を伸ばした。
時間を惜しむ余りに。

292ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(14/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:29:50

シェルターまでの正確な距離の程は、透子には判らぬ。
しかし、知佳がそこにたどり着くまで、あと十分と掛からぬ。
その程度の事は理解できていた。
その焦りが、行動に表れていた。

「Why? 御陵透子、なぜ君が銃を欲する?
 銃を預けるにやぶさかではないが、理由は聞いておきたいものだね」
「仁村知佳が」
「シェルターに向かってる」
「Yes。それは確かに必要だ。しかも急を要する」

N−22は腰に提げた軽銃火器―――グロック17を透子に渡した。
透子は魔剣カオスを放り投げ、銃を受け取った。

《うぉっ、乱暴じゃな!》

カオスの苦情が耳に届く前に、透子は消えた。
知佳を止めるべく、追跡を再開した。

「NO…… 事情はわかるが乱暴なことだな。
 同僚の無礼、私が成り代わって謝罪させてもらおう、魔剣カオス」
《えーと…… ともきんちゃんでよかったかの?》
「Yes、魔剣カオス。 卑猥なのはNoと、最初に断わっておくよ」
《……つまらん嬢ちゃんじゃの》



   ―――灯台跡まで、あと600m。

.

293ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(15/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:30:55

仁村知佳が、走っている。
暗い闇の中を、一人、走っている。
既に周囲は磯ではない。
潮の臭いも届かない。
構造物も樹木も無い草原を、北北東へと走っている。

タン!

音は知佳の背後に聞こえた。
風圧は知佳の真横に感じられた。
銃撃である。
背後から放たれた弾丸が、知佳の脇を疾り抜けたのである。

(待ち伏せじゃなくて、武器の調達だったのね!)

知佳は振り返る。
その背後10mほどの距離に、後方に転倒しかけている透子がいた。
恐らくは始めて発射する銃の反動に膝を崩されたのであろう。
その臀部が地面に衝突する直前に、透子は消えた。

「―――!!」

知佳は咄嗟に身を翻す。
直感は正しかった。
その正面に、透子がテレポートしてきていた。
既に指がトリガーに掛かっている状態で。
タン、タン。
軽い発砲音、二発。

294ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(16/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:31:27

一発目は知佳の腹部を目掛けて飛来した。
銃弾はサイコバリアに弾き飛ばされた。
二発目は明後日の方向に逸れていった。
一発目の反動にて銃口が踊ったために。

そしてまた、透子は消えた。
知佳は、足を止め、周囲を警戒する。
一秒、二秒。
吸気、呼気。
透子は現れない。

(これは…… 危ない)

サイコバリアの利点と欠点は、先程述べた。
襲撃者が透子であり武装が剣であることでの知佳の有利も述べた。
しかし、銃器であれば、話は変わる。
速度。
射程。
威力。
その全てが、透子の運動能力に依存せぬ故に。

対してサイコバリアは、知佳の意思の元に展開されるものである。
発現にも方向転換にも、知佳のコントロールが必要になる。
その速度は、果たして弾丸よりも速いのか?
仮に早いのだとしても、別方向から間髪入れずに、射撃されたなら。
バリアの方向転換は間に合うのか?

知佳は周囲を見遣る。
遮蔽物は無い。
身を隠す手立ては無い。

295ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(17/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:32:01

タン、と。
知佳の一瞬の迷いを衝くかの如く、凶弾が迫り来た。
反応、左側面。
バリア旋回、左回り90度。

(間に合―――)

弾丸は念動の壁に喰らいつくが、食い破ることなく落下する。

(―――った!)

タン、と。
知佳の一瞬の安堵を衝くかの如く、凶弾が迫り来た。
反応、右後方。
バリア旋回、右回り120度。
そのバリア移動、100度ほどのタイミングで、弾丸は走り抜けた。
知佳の右足、太腿を掠めて。

(熱っ!)

擦過傷では済まなかった。
引き裂かれた皮膚から血が滲んでいた。

(このままじゃやられちゃう……)

知佳は、ポケットに左手を忍ばせる。
小さな球体の、虎の子の、支給品。
知佳はそれを、シェルターに侵入してから使うべきだと考えていた。
逃げ場も回避する空間も無い密室にこそ出番があると決めていた。

296ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(18/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:32:37

しかし、武器・銃器と移動手段・テレポートという組み合わせの妙。
その相性の余りの良さに、知佳は行く手を遮られた。
ほんの少しの油断で、命を奪われる危険に襲われた。

(他に手段、無ければ……)

知佳の左手は、未だポケットの中にある。



   ―――灯台跡まで、あと500m。



知佳がポケットに手を突っ込んだ。動きが止まった。
それはあからさまな隙であった。
透子はグロックのトリガを握り、発砲する。
しかし、弾丸は知佳を掠めもしない。
狙い定まらぬ射撃であった為に。
集中力を欠いた射撃であった為に。

(私は殺せる……)

そのはずであった。
しかし、銃撃の感触から自分の有利を確信した時。
気持ちだけの問題でなく、現実として知佳を殺せるのだと実感した時。
透子の胸は、痛んだのである。
とうの昔に失ったと思っていた感情が、切なく蘇ったのである。

(殺せるけど……)

297ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(19/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:41:10

知佳がシェルター襲撃を諦めてくれたらと、透子は思う。
殺せる覚悟は今なおある。
だが、決して殺したいわけではない。
殺さずに済むなら、それに越したことはない。
いっそ降伏勧告でも行おうか。
そう思い、口を開こうとした矢先に―――
透子は読んでしまった。

《あれれ? 決着つかない雰囲気? つまんないなー、肩透かしだなー》

蒼鯨神が、機嫌を損ねたという記録を。
それは、透子の希望の芽が摘まれる可能性を示唆していた。
それは、情に流されかけた透子を、非情の本流に戻させるに十分な記録であった。

(殺すしか……)

思い直した透子は、きょろきょろと周囲を警戒する知佳を見つめ、
為すべき必殺の方策を練り上げる。

まず、バリアの背面から、遠距離にて撃つ。
その弾丸が知佳に達する前に、テレポート。
出現ポイントは側方至近距離。すぐさま連撃。
遠距離のものと、近距離のもの。
その銃弾が同時に知佳に届くことが要である。

即ち――― ひとり十字砲火である。

透子はここまでの六度の銃撃の結果から、あたりをつけていた。
サイコバリアの欠点と、己のテレポートの利点を把握していた。
知佳の危惧は正しく、知佳が立つのは絶対の死地であった。

298ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(20/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:42:44


(……ばいばい)


空間跳躍。
知佳の背後15m。

  ―――知佳がポケットから左手を出した。

即座に射撃。
即座に空間跳躍。

  ―――知佳が左手に握った何かを地面に叩き付けた。

知佳の右側面5m。
即座に射撃。


移動、照準、射撃、タイミング。
土壇場で奇跡の如き集中力を発揮した透子は、
それら全てを理想通りに成し遂げた。
必殺のクロスファイアの完成である。

弾丸は疾り抜ける。
北から―――
東から―――
知佳の居らぬ空間を。

今の今まで、確かにいたはずの空間を。

(―――!?)

299ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(21/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:50:54

ばさばさと。
翼のはためく音が背後から聞こえ、透子は振り返る。
距離、目測にして15m。
そこに、知佳がいた。
大きく展開したエンジェルブレスが、知佳を空へと舞い上がらせる。

ありえない移動であった。
姿を消した瞬間に他の場所に移るなど、
透子の如き瞬間移動でもせぬ限り不可能であった。

(知佳にテレポート能力は)
(無いはず―――?)

透子は状況を飲み込めぬ。
飲み込めぬがしかし、知佳が飛び去ろうとしていることは理解した。

透子は、知佳の真下にテレポートする。
銃口を真上に向けて発砲する。
しかし弾丸は20mと昇らぬうちに力なく頭を垂れて、
あとは重力に引かれるままに、落下してしまった。

その結果を見届けてか、知佳は飛んでゆく。
透子の銃の届かぬ高度を飛んでゆく。
北北東へ。
ザドゥと芹沢が眠る地下シェルターへ。



   ―――灯台跡まで、あと400m。

.

300ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(22/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:51:20

仁村知佳にテレポート能力は無い。
それは事実である。
では、今見せた動きはなんであるのか?

いや、事は今だけに止まらぬ。

森の中で海原琢磨呂に詰め寄った際に為した不可思議な移動が、
新校舎にてDレプリカから逃走した際に壁を透過した挙動が、
テレポートで無いとするならば、一体何であったというのか?

回答は矛盾する。
知佳が為したそれら三つの機動は、テレポートであった。
回答は矛盾しない。
それは知佳の能力に非ず。配布アイテムの恩恵であった。

テレポストーン―――

今は亡きシャロンの出身地である影の一族の地下帝国。
遠く遥かな剣と魔法の世界。
そこであたりまえに売買され、使用される道具である。
効能は、瞬間移動。
但し透子のそれに比して、制約も多い。

同一階層であること。
自分が通過したことのある場所であること。
遠距離に過ぎぬこと。

等々の制約はあれども、魔力も超能力も必要とせず、
この小石を足元に叩きつけさえすれば瞬間移動が成るのであるから、
緊急避難・奇襲などに於いては、まさに虎の子であると言えよう。

301ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(23/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:53:03

テレポートには、テレポートで処す。

確かに知佳は予想通りに、透子を出し抜くことに成功した。
成功したが、これで透子は警戒するであろう。
もう虚は突けぬ。
手元に残る二個のテレポストーンを以ってしても。

(使っちゃったな……)

それでも、使いどころは間違っていない。
先刻の知佳は本当に死の崖っぷちに立っていた。
転移の判断が一瞬でも遅れれば、十字射撃のどちらかが、
知佳の体を貫いていたであろうから。

(しかたなかったんだよ、うん。 頭を切り替えないと)

知佳は沈む頭を切り替えようと、こめかみに拳を軽く当てた。
そこに、また―――
銃声が劈いた。知佳の耳に、はっきりと届いた。
銃弾は貫いた。知佳の濁った羽根、エンジェルブレスを。

「わわっ!?」

不幸中の幸いであった。
羽根は念動力が形を持ったものであり、目には見えども物質ではなく、
打ち抜かれたとて知佳にダメージを与えるものではなかった故に。

「嘘……」

302ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(24/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:53:58

しかし、知佳は戦慄した。
空中であれば、透子の銃撃はないと考えていた。
そうではなかった。
油断していた。

タン!

またしても、銃弾は逸れた。
しかし、知佳の怖気は益々強まった。

下方では無く上方から銃撃されたから。
地面では無く天空から銃撃されたから。

「嘘じゃない」
「現実」

知佳の耳に、抑揚の無い聞き慣れた声が届いた。
知佳の耳に、自らの翼ならぬ風切る音が届いた。
知佳はその声と音の発生源、上方を見遣る。

透子が、落下してきていた。
そして、消えた。

即時、出現。落下。
即時、出現。落下。

知佳は、透子の瞬間移動能力を甘く見積もっていた。
足場無き位置には跳べないとタカを括っていた。
透子の移動に、時間も場所も関係ない。
存在できるだけの空間さえあれば、どこであろうと、即時に。

303ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(25/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:54:52

出現。落下。出現。落下。出現。落下。出現。落下。
出現。落下。出現。落下。出現。落下。出現。落下。

テレポートを小刻みに繰り返せば。
透子は、スカイウォーカーとなる。

《凄ーい! 今度は空中戦だ! どっちが勝つかな、どっちが勝つかな♪》

大空は、決してセーフティーゾーンではなかったのである。
むしろ、危険地帯なのである。
なぜなら、テレポストーンが使用できない故に。
それは、地面に叩きつけて発動するアイテムであるが故に。

(為す術がないなら…… 前に進むしかない!)

覚悟を決めた知佳が、速度を上げた。



   ―――灯台跡まで、あと300m。



空中でテレポートを繰り返すという透子の閃きは、成功した。
ぶっつけ本番にしては、上出来であった。
今、知佳がひたすら速度を増したのは、
透子に意識を向けぬのは、
バリアを上方に展開したまま動かさぬのは、
透子が知佳を追い詰めたことを、如実に示していた。

(……決める!)

304ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(26/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:57:02

タン! 側方に逸れた。
タン! 二の腕を掠めた。
タン! 下方に逸れた。
タン! 脇腹を貫いた。
タン! 大きく逸れた。
タン! バリアに弾かれた。
タン! こめかみを掠めた。
カチ!
カチ!

怒涛の連撃は、たった七発で終了した。

さらに二度の空トリガーを引いて、透子は漸く気付いた。
銃口から弾丸が発射されていないことに。
グロック17。
その名の通り、装弾数は17発であり―――
透子はその全てを、撃ち尽くしてしまったのである。

弾数のことなど、計算に無かった。
素人にありがちな判断ミスであった。

(新しい武器を……)

どこに取りに行けばいいというのか。
それを取って戻る時間の猶予はあるのか。
目を凝らせば、眼下に。
北北東の向こうに。
崩れた灯台の瓦礫の山が見えているというのに。

305名無しさん@初回限定:2010/08/25(水) 23:58:01

知佳は穿たれた脇腹から血を滴らせ、
それでも速度を緩めずに、
透子を振り返ることもせずに、
ひたすらシェルターを目指している。

まずは十数秒。それだけの時間で、知佳はシェルターへとたどり着き。
さらに十数秒。それだけの時間で、知佳はザドゥと芹沢を永眠させる。

(なにがある?)
(なにができる?)

こうして透子が迷っている間にも、
銃数秒のうちの数秒が経過していた。
あと数秒で方針を決めねば終わる。
あと数秒で行動を起こさねば終わる。

(……なにもない!)

そう、武器は、何も無い。
有るとすれば……

(私……だけ!)

透子は、瞬間移動した。
知佳の真上に。
サイコバリアの真上に。
透子はクッションの如きそれに柔らかく受け止められた。

知佳は透子のその動きも反応しない。
脂汗を流し、歯を食いしばり、
ひたすらシェルターへと突き進む。

306ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(28/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:00:02

透子はサイコバリアの縁を掴み、身を乗り出し。
知佳の足首を、両腕で抱えたのである。

「……つかまえた」



   ―――灯台跡まで、あと200m。



この異能同士の追跡劇の最終局面は、キャットファイトとなった。
結局、極限まで追い詰められれば、それなのである。
矢尽き盾折れれば、人には、肉弾戦しか選択肢がないのである。
普遍的な、生き物と、生き物の、争いである。

不意に足を掴まれた知佳は、その重みにバランスを崩す。
瞬間、翼の制御を失った。
落下、数m。
呼吸を整え、翼を力いっぱい羽ばたかせ、漸く落下は止まったものの、
透子は、知佳の足にぶら下がったままであった。

知佳は、透子の顔を見た。必死の形相であった。
額に汗は滲み、端正な顔を醜く歪ませて。
瞳の焦点を合わせて、奥歯を噛み締めて。
親の仇とばかりに、知佳を睨みつけていた。

透子は、知佳の顔を見た。必死の形相であった。
額に汗は滲み、あどけないな顔を醜く歪ませて。
瞳の焦点を合わせて、奥歯を噛み締めて。
親の仇とばかりに、透子を睨みつけていた。

307ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(29/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:01:02
 
 
「離して」
「できない」


知佳のサイコバリアは霧消していた。
念動力をフィンに一点集中したが為に。
なぜならば。
フィンの制御を失うということは、飛行不能であるを意味し。
それは逃れられぬ墜落死へと、繋がるからである。

透子の狙いも、将にそこにあった。
故に透子は、なんとしても、知佳を叩き落さねばならぬ。

脹脛に爪を立てる。
ぶら下がり、大きく揺れる。
かと思えば、急に転移して。
知佳の小さな背に、ボディプレスを仕掛ける。

知佳も、透子のその意図を理解していた。
故に知佳は、なんとしても、透子を振り落とさねばならぬ。

蛇行して振り払う。
旋回して肘を入れる。
転移の隙に、体勢を整えて。
空中でバック転し、透子の背面を抑える。


「離して」
「できない」
.

308ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(30/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:02:49

銃撃ではない。
念動ではない。
武器でもない。
道具でもない。

喰らい合うのは、互いの肉と肉。願いと願い。
ぶつけ合うのは、互いの骨と骨、意地と意地。
しのぎ合うのは、互いの血と血、想いと想い。

命と、命。


「離して!」
「できない!」


知佳の眼前に現れた透子が右手を伸ばす。
透子のその手を知佳が左手で払う。
透子の払われた腕は知佳の髪を掴み、引っ張る。
知佳は引かれた勢いに乗り、透子の腹に頭突きを食らわす。
知佳の握られたままの髪が纏めて引き千切られる。

知佳が喚く。
透子が呻く。
二人が吼える。

指を使う。爪先を使う。肘を使う。膝を使う。
噛み付く。引っ掻く。踏みつける。しがみ付く。

309ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(31/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:04:12

なんと醜い戦いであろうか。
なんと剥き出しな戦いであろうか。
なんと生々しい戦いであろうか。


《ファイトだファイトだ、とーうこちゃん♪ 負けるな負けるな、ちーかーちゃん♪》


ルドラサウムの興奮が最高潮を迎えた頃。
ついに戦いは、幕を閉じる。

知佳の脇腹に。
グロック17が唯一穿ちぬいた風穴に。
透子が指を差し込んだのである。

「うぁあああ!!」

これまで感じたことの無い激烈な痛みが、知佳の脳髄を焼いた。
そして一瞬、失った。翼の制御を。

落ちる―――

確実な死の予感が、知佳の焼かれた脳髄に冷や水を浴びせた。
その瞬間、弾けた。周囲の空間が。

落ちたく無い―――

知佳の頭の中には、それだけしかなくなった。
死に物狂い。
その意味を、知佳ははじめて知った。

310ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(32/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:05:20

落下、反転、上昇。
知佳は透子をぶら下げたまま、天上を目指した。

昇れば落ちるから遠ざかる。
落ちるの反対は昇る。
そんな単純な考えに凝り固まっていた。

ぐんぐんと、知佳は上昇する。
ロケットの勢いで。


その重力加速度が、決め手となった。


知佳にとって、そのGは、既知の衝撃であった。
念動力の実験と称された病院での訓練にて、幾度も経験してきた。
透子にとって、そのGは、未知の衝撃であった。
故に透子には耐えられなかった。
不可避の急性貧血が、透子の視界をブラックアウトさせた。
意識も薄く延ばされ、四肢から力が失われ―――

「……あ」

透子が、口を開いた。無意味な発声であった。
呟きは木霊することなく、知佳の後方へと流れて行った。



   ―――灯台跡まで、あと100m。

.

311ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(33/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:07:09

透子を振り払った。その実感に知佳は安堵した。
安堵はエンジェルブレスの安定をもたらした。
故に知佳は無思慮な上昇を止めた。

透子は、すぐにテレポートしてきて。
透子は、すぐにしがみついてくる。

そう予想し、身構えた知佳の元に、しかし透子は現れなかった。



   ―――ぱちゃ。



後方から。地面から。
水風船が弾けたかの如き音が届いた。
小さい音であるにも関わらず。
知佳の耳に、はっきりと聞こえた。

いや、聞こえる筈はない。
それは、幻聴であった。
或いは、予兆であった。
虫が知らせる不吉の調べであった。

透子が噛んでいた腕が、痛む。
前歯の一本が、そこに刺さったままになっていた。

  ―――透子はまだ、現れない。

312ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(34/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:08:11

また、戦法を変えて来るのか。
そんな空々しいことを夢想しても。

  ―――透子はまだ、現れない。

透子を殺す心算は無い。
そう誓ったのは、果たして誰であったか?

  ―――透子はまだ、現れない。

肉弾戦になったとき、確かに思ったはずだ。
透子を振り払い、突き落とすのだと。
それは、殺意なのではないか?

  ―――透子はまだ、現れない。

自分は友の希望を踏み躙って。
裏切って。
誓いを破って。
その果てに、この状況が、ある。



  ―――透子はもう、現れない。

.

313ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(35/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:08:56

顛末を見届けること。
それは自分の責任であるのだと、知佳は覚悟を決める。
目を背ける訳にはいかないと、知佳は自分を激励する。

無防備に瞑目。
深呼吸、数度。
知佳は瞳を閉じたまま、降下する。
下りること80m余り。
深呼吸、数度。

そこで知佳は漸く震える瞼を開いて。
後方の地面を、見下ろした。

「ああっ……」

花が、咲いた。
地面に撒き散らされた透子を見た知佳の、感想である。


.

314ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(36/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:09:48

御陵透子は―――

加速度に、決して離れぬはずの知佳から引き剥がされ。
遠心力に、テレポートを思う間もなく意識を刈り取られ。
重力に、100mの上空から、身構え無しに引っ張られ。

その命と、引き換えに。
緑の草原に、鮮やかな薔薇の花を咲かせたのである。




《きゃはははは! 知佳ちゃんの、かちー♪》




【御陵透子:死亡】

―――――――――主催者 あと 3 名


           ↓

315ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:10:26
 
(ルートC)

【現在位置:J−5 地下シェルター付近 上空】

【仁村知佳(№40)】
【スタンス:主催者打倒
      ①ザドゥと芹沢を殺す
      ②手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
      ③恭也たちと合流】
【所持品:テレポストーン(2/5)、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)、出血(中)、銃創(脇腹)、念動暴走(小)】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
    手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】


※透子のグロック17は落下の衝撃で大破しました。
※魔剣カオスはレプリカ智機N−21が持っています。

316訂正とお詫び ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:21:37
「ちぇいすと☆ちぇいす!〜復路〜」に大きな間違いがありました。
以下に訂正させていただきます。

  ×N−22
  ○N−21

317284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/26(木) 18:22:27
新作投下お疲れ様でした。
コミカルなタイトルながらも内容は知佳と透子の決戦だったとは……。
ロワによって変わってしまった知佳と透子の非情さと切なさと必死さが伝わる作品でした。
あとワーズワースネタが出て来た時は嬉しかったです。


292話までのSSまとめと地図を更新しました。

292話までのSS本編と地図を更新したまとめをUPしました。
ちぇいすと☆ちぇいすっ!のタイトルも修正済みです。
パスはrowaです。


ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1112961.zip.html

318 ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:11:04
本スレにての支援、>>317のタイトル修正、ありがとうございました。

以下32レス「知佳ちゃん〜」改め「ちかぼーツイスター」を仮投下致します。
この連作にて第8ピリオドが終了となります。
作中の状況が状況ですので、定時放送は入りません。

また、暫く長文が続きましたが、次の大きな山場を迎えるまでは
短めのレスの作品が続くと思います。

次回は「天覧席の風景」。
ルドラサウム、プランナー、エンジェルナイトが登場予定。
本作にて第9ピリオドも終了となります。

319ちかぼーツイスター!(1/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:11:57

仁村知佳には、二重の戒めが掛けられている。

戒めの一つは、ピアスである。
念動力の出力をコントロールする際の補助具であり、
知佳の意思によらぬ力の遺漏を閉じ込める役割を持っている。
透子の契約のロケットに類するアクセサリーである。

戒めの二つは、内服薬である。
体外に発散できぬエネルギーは精神を不安定にさせ、臓器に負担を掛ける。
それらの不調を押さえる、或いは緩和する為の処置である。
種類は十を越え、一日あたりの摂取量は100gにも達する。

戒めは、知佳の平和な生活を保障する手立てであった。
戒めは、知佳が愛する者を傷つけぬ為の手段であった。

その戒めが、今は無い。
ピアスは砕けている。
内服薬も、もう二日も摂取していない。

それでも、知佳の心が穏やかであるならば。
知佳の頭が冷静であるならば。
その意思で以って、ある程度の暴走を押さえ込むことが出来る。
内にエネルギーを溜め込み、耐えることが出来る。

それが、透子と死の鬼ごっこを開始するまでの、知佳の状況であった。

現在の彼女は……


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

320ちかぼーツイスター!(2/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:12:32

(ルートC・2日目 PM11:30 J−5地点 灯台跡)


ぴしりぱしりと、静電気の如き音がしていた。
さくりがさりと、砂を蹴散らす如き音がしていた。

「はあ、はあ……」

光差さぬ灯台跡にたどり着いた小さな光は仁村知佳。
血に塗れた脇腹を押さえ、息を荒げて。
ふらふらと危なげな足取りで歩いている。
件の音は、その知佳の周囲で鳴っていた。

静電気の如き音とは、大気が切り裂かれる音である。
砂を蹴散らす如き音とは、瓦礫が砕ける音である。

よく目を凝らせば―――
念動力の視覚的特長である、薄い油膜の如きうねる虹色があった。
知佳を中心にアメーバの如き伸縮を見せていた。
その伸びる先で、次々と、大気と瓦礫の破砕が発生しているのである。
行為に意味などない。
知佳は、大気や瓦礫を壊そうとは考えていない。
そもそも、そんな無象に意識を傾けてはいない。

念動力が暴走しているのである。

暴走とは破壊の権化と化すを意味する。
外界に遺漏する念動力が、老若男女善人悪人動物植物器物建物
あらゆる全てに分け隔てなく、押し捻り拉ぎ潰すのである。

321ちかぼーツイスター!(3/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:12:54

こうなることを、以前の知佳は忌避していた。
今の知佳は違う。
透子を殺してしまった罪悪感に、
不殺の誓いを破ってしまった自責の念に、
知佳の心が、ささくれ立っている。
負の方向に高揚している。

故に暴走の現状を、知佳は受け入れている。
制御するを捨て、荒々しい感情の為すがままにしている。
常に内に向かっていた力が、外に向かっている。
押さえ込んでいた心の壁を、取り払っている。

「はあ…… はあ……」

凶弾に穿たれた脇腹から、出血は止まらない。
それがかなり危ない状況に差し掛かっているのだと、知佳には判っていた。
逆に、直ちに適切な止血と処置を行えば、命に別状無いことも判っていた。
それでも、知佳は止まらない。
どこまでも、シェルターを目指して進んでゆく。

(ひとまず殺す。必ず殺す。少なくとも殺す。一度は殺す……)

知佳は、固執している。
殺してはいけない透子を殺してしまった自分には、
目的の為に踏み躙ってしまった自分には、
その目的を果たす責任があるのだと、
ザドゥと芹沢を殺す義務があるのだと、
この身と引き換えにでも為さねばならぬのだと、
そのような考えに凝り固まってしまっている。
強い責任感の、負の側面に支配されている。

322ちかぼーツイスター!(4/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:13:22

「……ここだね」

知佳の眼前にはシェルターのドア。
遂に知佳は目的地にたどり着いた。
固く閉ざされたそれが、最後の関門であった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


「No。透子も分機たちも無用心なことだな。
 扉も閉めずに、敬愛すべき首魁様と同僚を放置するなどとは」

シェルター内で爪を噛み噛み、独り言を呟くのは椎名智機。
彼女の白衣は埃や泥に穢され、インナーは絞れるほどの汗に塗れ、
その硬質な髪までも鳥の巣の如く乱れていた。
一目に判るほど、憔悴の色を濃くしていた。

30分ほど前。

地下道を抜け、I−4に巧妙に隠してある出入り口に姿を現した智機は、
ジンジャーを静音モードに切り替えて移動した。
怯えながら、慄きながら、そろりそろりと息を潜めて移動した。
安楽椅子管理者・椎名智機が戦場に身を晒したのは、
実は、この二日間で初めてのことであった。

恐ろしかった。
不安だった。
生きた心地がしなかった。

323ちかぼーツイスター!(5/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:13:53

漸く地下シェルターにたどり着いてみれば、透子もレプリカも居なかった。
ベッドに眠る芹沢と、ベッドから落ちて眠るザドゥしかいなかった。
智機も守ってくれる存在は、盾となるべき存在は、そこに無かった。
故に智機の不安は解消されず、故に智機は爪を噛んでいる。

「今ここで誰かに襲撃されたら……」

誰か、と、智機は対象を特定せずに口にはしたものの。
首輪を解除した六人は、本拠地跡に向かっているか魔獣と対峙しているであろうし、
しおりも森の中で泥の様に眠っており、暫くは目覚める様子もなかった。
候補となるべき対象者は一名しか該当しない。

「参加者№40・仁村知―――」

がちゃがちゃと。
シェルターの扉のノブが二度、回された。

「鍵、掛かってるね」

次いで、幼い声が聞こえた。
智機はすぐさま声紋認証を行う。

「知らない場所だから、テレポストーンも使えないし」

幼い声は続ける。
智機は平行して配布アイテム情報を検索する。

「うん。扉、壊そう」

324ちかぼーツイスター!(6/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:14:15

声紋確認。アイテム情報一致。判断確定。
扉の向こうにいるのは№40・仁村知佳である。
噂をすれば影が差す。
諺は時に真実を示す。
智機の薄っすらと予感していた最悪の事態が、現実となった。

「だ、大丈夫さ、大丈夫。
 このシェルターは某国の大統領が所持している物と同規格。
 地震で有ろうと爆撃であろうと耐え切る設計さ。
 たかが念動力程度、恐れるものではないよ!」

饒舌は不安の裏返しであった。
トランキライザは勤勉に働き、恐怖感は丸められたが、
それは恐怖の限界値にての安定を得られたに過ぎぬ。
智機は身を竦め、様子を伺う。

「Yes、大丈夫、大丈夫……」

しかし、その不安が現実となることは無かった。
叩きつけるような音が数度。
引き裂くような音も数度。
音はその度毎に大きくなっていくが、それだけであった。

「はあ、はあ…… やっぱりダメだよ。私のちからでも、壊せない」

知佳の破壊を諦めたかの如き口ぶりに、智機は胸を撫で下ろす。
このシェルターを逃亡先に選んだ自分の慧眼を褒めてやりたい。
自己肯定感が不安の情動パラメータを緩和させ、心に若干の余裕が生まれる。

「じゃあ、扉を壊さなくてもいいか。中身を、壊そう」

325ちかぼーツイスター!(7/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:15:02

しかし智機は再び凍りつく。
扉の向こうから、不可解かつ不吉な作戦変更の宣言が為された故に。
変化はすぐに発生した。
家鳴りの如きラップ音がと共に、振動が発生したのである。
最初、智機はそれを地震なのだと判断した。
知佳の攻撃ではなく、自然現象なのだと判断した。
しかし、違った。
揺れているのは室内そのものであり、空間であった。

(これは……?)

まず、ボールペンが机の上で踊った。
次いで、ハンドライトや置時計の、小物電化製品が小刻みに震えた。
テレキネシスによる乱気流が、にわかに発生しようとしていた。
爆撃も大地震も洪水も防ぐ重厚な扉をいともあっさり透過して、
その力の奔流が、室内に流れ込んできたのである。

(No! 念動力には、こんな使い方があったというのか!?)

机の上で踊っていたはずのボールペンが、天井に突き刺さった。
ハンドライトは浮揚し、置時計は壁に叩きつけられ、大破した。
智機の白衣とスカートは捲れ上がり、
ザドゥと芹沢が横たわるベッドがぎしぎしと軋んだ。
力の奔流は益々強まる気配を見せている。

「に、仁村知佳! 取引をしよう!」

智機が声を裏返して、叫ぶ。
論理演算回路が状況を正しく把握し、正しく予測した故に。
シェルターの出入り口は、知佳が立ちふさがる扉、ただ一つ。
この念動竜巻から逃れる手段が、今の智機には見出せなかった故に。

326ちかぼーツイスター!(8/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:15:34

「……その声には、覚えがあるよ。あなたロボットの人ね?」
「ああそうだ。ロボットだ。オートマンだ。椎名智機という」
「椎名さん。あなたがそこにいてくれて良かったよ。
 だって…… 三人も纏めて殺せるんだから!」

知佳は智機の提案に耳を傾けない。
智機の存在を把握して、却って破壊衝動を色濃く表した。

「きみを優勝させてやる! そのためのあらゆる支援に尽くしてやる!」

局所的ツイスターは勢いを増してゆく。
小型軽量のあらゆる道具や調度が、渦巻く嵐に飲み込まれている。
もう、立ってなどいられない。
智機が姿勢を低くし、ベッドの足にしがみ付く。

「私は透子さんを殺しちゃったから……
 その妨害を乗り越えてここに来たんだから……
 だから、私は―――」

有り得ない言葉が、知佳の口から漏れていた。

(透子が、死んだ…… だと!?)

まさか、という思いが智機の脳内を駆け抜ける。
あの底知れぬ透子が。
瞬間移動を使いこなす化生が。
自分が唯一恐れる同僚が。
既に殺されていようとは。

「貴女たちを殺さないわけにはいかないんだよ。
 透子さんを殺した責任を取らなければいけないんだよ」

327ちかぼーツイスター!(9/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:16:08

知佳の理論は破綻している。
前後の関係のつながりが断絶している。
それでも智機にははっきりと判った。
その意志を短時間の間に曲げる事は不可能であると。
その不条理な理を唯一絶対の掟としているのだと。

「全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜてあげるよ。
 部屋の中をジューサーミキサーにしてね。
 あなたも、ザドゥも、芹沢も、みんな、
 ミックスジュースになっちゃえばいい!」

無軌道に、奔放に、室内は荒れ狂う。
ああ、ついに智機の体すら。
ああ、ザドゥや芹沢の体すら。
渦巻く念動に捕らわれて、その身を宙に浮かせてしまった。
智機は安定した思考能力を失ってしまった。
制動系の安定に、メモリの大部分を確保された故に。

そうして壁に叩きつけられ、天井に叩きつけられ、床に叩きつけられ、
ザドゥや芹沢と衝突して、家具や家電と衝突して。
擦れ、崩れ、潰れ、千切れ、砕け―――
最後は知佳の宣言どおり、ドロドロのスープと成り果てるのであろう。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


力の暴走は、リミットブレイクを意味する。
読心の力もまた限界を突破し、その射程距離を伸ばした。
知佳の意志に関わらず、範囲内に存在する者の心が勝手に流れ込んで来る。
知佳は扉の向こうで混乱している智機を読心し、勝利を確信する。

328ちかぼーツイスター!(10/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:16:42

【No私の体が浮いているオートバランサーが制御不能にな】
【った制動系がメモリを占拠する思考にリソースを割り当て】
【られない交渉しなければ仁村知佳を止めでもメモリが思考】

念動には自覚的な制動が必要である。
しかし、今の知佳にそのコントロールの必要はない。
精密な動作も狙い定めも必要ない。
部屋の中の何を巻き込もうと、
部屋の全てが壊れようと、
その中にいる無抵抗の三人を殺せば良いだけであるから。

ただ、猛るテレキネシスを、感情の昂ぶるままに暴れさせればよい。

【   間に合った?     ザドゥたちは無事?   】

背後に突然発生した第三者の思考。
同時に知佳の身体に電流が走った。強烈に。

「……っ!?」

電流とは、比喩ではない。
いつしか接近していたレプリカ智機のスタンナックルを、
知佳は無防備なうなじに受けたのである。
100万ボルト×25ミリアンペア×1秒。
その衝撃は命を奪うほどのものではないが、
全身を麻痺させるには十分な威力であった。

知佳の腰が砕ける。
念動の嵐が解ける。

329ちかぼーツイスター!(11/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:17:30

レプリカ智機・N−21の追撃は、手にしたカオスによる袈裟斬りであった。
麻痺する知佳の体に、それを回避する力は無い。
知佳の右鎖骨から胸の中心に掛けて袈裟懸けに、ずん、ばらり。

《浅いぞ!》

知佳の肩から胸に、斜一文字に、鮮血が飛び散る。
しかし、深手とはならなかった。
カオスの言葉通り、浅い斬撃であった故に。
智機の運動能力は、文科系の平均的な女学生並に設定されている。
非力極まる透子ほどでは無くとも、カオスの重量は手に余るものであった。

「……」

ふらつくN−21を尻目に、知佳の背に熱量が膨れ上がった。
光と共に翼が展開された。
それはもはやエンジェルブレスなどと呼ぶも憚られるほど濁っていた。
天使の羽根ではなく堕天使の羽根であった。

意図を察したN−21が再び体勢を整えるが、
その動きに先んじて翼がはためき、知佳が浮揚する。
そして飛び去る。北へと。
麻痺した首を、腕を、足をだらりとたらして。
翼だけを動かして。
知佳は猛禽類に運ばれる死せる獲物の如き様相で、去ってゆく。

《ありゃりゃ、何で体が動くんじゃ? 知佳ちゃんはビリビリで痺れとったじゃろ?》
「念動は、体と別」

330ちかぼーツイスター!(12/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:17:47

N−21の短い言葉が、全てを説明していた。
麻痺しようとも、切り刻まれようとも。
意識さえ保たれているのならば、生命のインパルスさえ発生すれば。
念動力は、発動するのである。

《追わんでええんか?》
「ザドゥと芹沢が」
「……心配」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


空を逃げる知佳は、己の不覚を悔やんでいた。

(あんなのに、やられるなんて……)

マインドリーディングは全方位に広範囲に、無造作に展開していた。
機械の心をも読める事は、シェルター内の智機本体により証明されている。
だのに、N−21は、その網に掛からなかった。
すぐ背後から麻痺攻撃を仕掛けてくるその時まで、聞き取れなかった。
無心であった筈は無い。
知佳に対する敵意、殺意は明白であった。
で、あるならば―――

(テレポートでもしてきたの?)

ありえない話ではない。
知佳の配布武器、テレポストーンを用意したのは主催者である。
故に、彼女らが所持していることになんら不思議はない。

331ちかぼーツイスター!(13/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:18:13

(でも……)

でも、何であるのか。知佳には解答は結べなかった。
しかし消化しきれぬ違和感が、知佳の胸にしこりとなっている。
逃走を選択したのも、命惜しさではない。
このしこりと同根の何かが、留まるを忌避させたからである。
N−21と戦いたくはないと。
戦うべきではないと。
知佳はなぜか直感し、確信していた。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


N−21は、念動の嵐が収まった室内に現れた。
鮮血を滴らせる魔剣を肩に背負って現れた。
ベッドから放り出されて尚眠るザドゥのすぐ脇に現れた。
シェルターの扉を開けることなくして現れた。

《カモちゃんとザッちゃんは無事かの?》

カオスが心配の思念波を発する。
N−21はザドゥのと芹沢の取る。
マイクロ乱気流の衝撃から未だ覚めやらぬ智機は、
一機と一本の遣り取りをを、漠と眺めている。

「……生きてる」
《やー、間一髪じゃったな》
「よかったよかった」

332ちかぼーツイスター!(14/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:18:50

漸く混乱から脱したらしい。
智機がひび割れた眼鏡を掛け直し、目の前の分機に問いを発した。

「N−21か……?」

透子は理論的に分析する。この分機が行った、空間跳躍に至るプロセスを。
手がかりは、二つ。
N−21の手には新鮮な血が絡む魔剣カオスが握られているということと、
知佳の攻撃が止んだのは、N−21が登場する直前であったということ。
結論は、すぐに出た。

「貴機は、知佳からテレポストーンを奪ったのだね」

アイテムの選定・管理者でもある智機は把握している。
テレポストーンに在庫は存在しない事を。
知佳が持つものが全てである事を。
故に、この結論は自明であった。
そうでなければならなかった。
しかしN−21は、智機の結論を否定した。
オートマンらしくない間延びした、気怠げな発音で以って。

「のー」

否定された智機はN−21を観察する。
眼前でザドゥをベッドに戻そうと苦心しているN−21を。
新たな可能性を見出す為に、新たな情報を得るために。
その傍観者ぶりが気に入らぬのか、N−21は智機を手招いた。

「ぼーっとしてない」
「手伝う」

333ちかぼーツイスター!(15/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:19:05

智機は、手招くN−21緩慢な動きに違和感を覚えた。
智機は、向けられたN−21の光宿らぬ瞳に記憶を喚起された。
智機は、N−21の途切れ途切れの言葉運びに言い知れぬ恐怖を感じた。

「はやく」

その白衣の胸元に掛けられたアクセサリが、鈍い光を反射した。
ひび割れた、銀のロケット。



「貴機は…………………………………………



.

334透子嵐(16/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:19:37
 

 …………………………………………透子なのか?」




視覚情報を信用するのならば。
それは、透子ではない。
それは、智機であった。

機体信号を信用するのならば。
それは、透子ではない。
それは、智機であった。

あらゆる観測データがそれをN−21であると裏付けている。
あらゆる論理演算がそれをN−21であると結論付けている。
それなのに。
問答無用に。
なぜか、智機には判った。
目の前の姉妹機は、姉妹機ではないのだと。
姉妹機でありながら姉妹機のみではないのだと。

「いえす」

N−21はおちょくるかの如き口調とは裏腹に、
無表情に、焦点の合わぬ茫とした眼差しで、
智機の言葉を肯定した。
その物腰は、全く透子のものであった。

「語彙が辞書ツール依存」
「……ちょっと違和感」

335透子嵐(17/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:20:21
 
Yesと、Noと。
言葉の短さは確かに透子らしくはあれど、透子らしからぬ言葉の選択は、
どうやらオートマンの機能故らしい。

「はやく手伝う」
「ザドゥは重い」

エラーが、エラーが、エラーの嵐が、智機を襲い混乱させる。
聞き分けのない論理演算回路がN−21=透子を認めない。
条件式の不備を理由に、その結論は成り立たぬと聞く耳持たぬ。
結論だけが先に存在している。
この矛盾を解決せぬ限り、智機は負荷を蓄積してしまう。
軽減されぬ負荷は、やがて智機を熱暴走に追いやってしまう。

知佳のサイコキネシスが外界に対する台風であるならば、
透子の今の在り方は智機の内界に対する嵐である。
共に劣らず智機の【自己保存】を脅かせる脅威であった。

「Yes、Yes、Yes。
 納得は出来ないが理解はした。君は透子だ、間違いない。
 しかし、私の条件式と演算回路ではその解に辿りつけないのだよ。
 どうだろう。
 私が過負荷で熱暴走する前に、こうなるに至った事情など、
 説明していただけないかね?」

諧謔でも慇懃無礼でもなく。
智機にしては、相当に謙った懇願であった。
しかし、この新たな透子は、その下手に出ている智機に対し、
気怠げな表情で不平を伝えたのである。

336透子嵐(18/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:21:06
 
「えー…… 長いし」
「喋るの面倒」

智機は更に謙る。慣れぬ愛想笑いが彼女の頬を引き攣らせる。

「そこを曲げて、頼みたいのだよ、New透子…… さん
 貴女もその体になったのなら、エラーの放置が致命的な結果を招くことは
 把握されているだろう?
 意地の悪い事は言わずにどうか、情けをかけてくれ給えよ」

今、彼女の内界で生じているエラーの嵐を解決するということは、
プライドの高い智機をそうまでさせる必要性があったのである。

「あ、そうだ」
「送ればいいんだ」

発言と共に、透子のカチューシャの触角が点滅し、智機のそれも明滅した。
無線LANによる、データ転送である。
機械同士ならではの、効率的な情報伝達手段であった。

「Yes、感謝するよ。New透子さん」

感謝の言葉と共に、智機は送られたプレーンテキストをオープンする。
それは、御陵透子が如何にしてN−21となったのか、
その出来事を抽出した、僅か二秒の、しかし濃密なログファイルであった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

337透子嵐(19/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:22:03
 
(ルートC・2日目 PM11:25 J−5地点 灯台付近・上空)


今、御陵透子は落下している。
仁村知佳の高速飛行により発生したGに負け、意識を失っている。
二秒後に透子は地面に衝突し、原型を留めぬ程に潰れ、飛び散る事になる。

(私は……)

その二秒の間に、思惟生命体―――【透子】が、目覚めた。
より正確には、御陵透子の脳内で共生関係を結んでいた【透子】が、
透子という宿主が気絶しているにも関わらず、思考していた。

(御陵透子じゃ、なかった)

【透子】は、勝沼紳一に感謝した。
もし、勝沼紳一が気絶せし透子に憑依しようとしなければ、
思惟生命体は、【透子】と透子の区別を喪失したまま、
ここで共に朽ちていたであろうから。

自覚が、芽生えていた。

何百万年も【透子】は透子として生きており。
強く共生しすぎた余りに、思惟生命体と人間との区別が曖昧となっており。
【透子】の記憶を保ったまま転生を繰り返したことにより、
本来の肉体の主である透子が自我を発達させることは無く。
【透子】と透子は、融合したといってもよい状態で安定していた。
そこに。

紳一という名の楔が、打ち込まれたのである。

338透子嵐(20/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:22:29
 
この楔が【透子】の【透子】たる自覚を促した。
この楔が【透子】の透子との差異を認識させた。

(死ねない―――)
(喪われた私の意味を)
(取り戻すまで)


御陵透子は落下している。
地面に衝突するのは一秒後である。


加速して、墜落する。
【透子】は、知っている。
この恐怖を、知っている。
これを、乗り越えている。

遠い遠い過去―――
彼女たち思惟生命体が群生し宿っていた恒星間宇宙船は、
流浪の果てに地球に不時着するを仕損じている。
墜落し、大破している。
その大災厄を、【透子】は多くの仲間と共に逃れている。

(……【共生】)

思惟生命体とは、姿無く、形なく、実体も無い生命体である。
単独では存在できぬ、曖昧な生命体である。
その思惟生命体が生きる術は、他者との【共生】にあった。
思考する能力のある物質/生物に宿り、その頭脳を間借りすることで
思惟という生命活動を送ることを可能とするのである。

339透子嵐(21/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:23:14
 
遭難した【透子】たちは、この本能に従った。
地球に巣食う原生動物に。
思惟生命体が共生可能な程度には頭脳を発達させていた黎明の人類に。
その【共生】先を、移したのである。
1km以上の距離を隔てた彼らの群れに電波の如く飛び係り、
その脳に問答無用で共生したのである。


御陵透子は落下している。
地面に衝突するのは間も無くである。


しかし【透子】の思惟から焦りは消えていた。
自覚を取り戻し、記憶を蘇らせ、方策を得た故に。
もう、目星すらついていた。
【透子】は気づいている。
透子の視覚にも聴覚にも頼らず、単独で発見している。

距離にして200m西に存在する、新たなる【共生】先の存在を。
カスタムジンジャーを走らせ、学校跡からシェルターへと向かう存在を。
数分前に魔剣カオスとグロック17とをトレードした存在を。


御陵透子は地面に衝突した。
命が失われた。
しかし、その飛び散った脳には【透子】は存在しなかった。
【透子】は既に、【共生】先へと飛び掛っていた。

340透子嵐(22/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:23:41
 
それは、易かった。
クマノミがイソギンチャクに潜むが如く。
コバンザメがジンベエザメに貼り付くが如く。
思惟生命体が共生の本能に従う―――
それだけのことであった。

さらに述べるならば。
【透子】とは元々機械より生じた生命現象であり、
このN−21はオートマンなる機械知性体であり、
その知能は、智機のAIは、
炭素系生命体の脳よりも遥かに寄生しやすく、
遥かに支配しやすく……
【透子】にとって良く馴染むものであった。

(AIがっ!?)

抵抗は一瞬。ワンセンテンス。
それだけでN−21は沈黙した。

そうして思惟生命体は、レプリカ智機N−21のAIに侵入し、
いとも容易く支配を完了し。
新たな透子としての機械の体を、得たのである。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

341透子嵐(23/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:24:39
 
(ルートC・2日目 PM11:50 J−5地点 地下シェルター)


記録を読み終えた智機は震えていた。
恐怖でもある。
感動でもある。
透子に対するヘイトとリスペクトが、矛盾無く生じたのである。

透子の本体とは、機械より生じた生命体である。
自らと根を同じくし、何十万年も先行したモンスタースペックを有し、
さらには、自力にて機械というハードの制約を乗り越えた。
それは脱機械を目論む智機にとって、憧れと羨望の対象と映った。
それが、リスペクトである。

しかし透子とは、N−21に為した様に、共生する。
共生といえば聞こえはいいが、実質憑依である。
意志のハイジャックである。
しかも、殺しても、壊しても、意味が無い。
直ちに新たな共生先に移るのみである。
それが、ヘイトである。

「透子…… 様」

その二つの念を以ってして、表れは一つであった。
服従、である。
【自己保存】は最大出力で叫んでいた。
決して、この機械の神には、逆らってはならぬと。

「擦り寄るな」
「今更」

342透子嵐(24/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:25:15
 
しかし、その智機の転身は、透子のお気には召さなかったらしい。
強い口調で、釘を刺した。

「No、透子様。これは胡麻摺りの類ではなく、
 本心からの尊敬の念を抱いてだね―――」
「それが『今更』」
「私は知っている」
「お前がしたことを」

透子の切れ長の三白眼がぎろり、と、同じ顔の智機をねめつけた。
同時に、両者のカチューシャ触角が明滅する。
再びの、透子からの転送であった。
すぐに智機が目を通したその資料は、透子のものではなかった。
透子に共生される前の、N−21のログであった。
PM6:00前後のログであった。

「な―――!!」

智機の目が驚愕に見開かれる。
智機の膝が恐怖に笑う。
透子の怒りの根源を理解して。

「そういうこと」

智機が鎮火タスクの隙を突いてクラックしたのは、『四機』である。

P−3は、6人のプレイヤーへの交渉役に充てた。
N−48、N−59は、しおりの身柄確保役に充てた。
P−4も元はしおりの身柄確保用であったが、連絡員捜索役へと転身した。
そこに、N−21は存在しない。

343透子嵐(25/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:29:45
 
では、このN−21とは何か?

それは、代行機・N−22と共に目覚めた機体である。
【自己保存】の要請により、固有ボディにてのプランナーへの謁見を忌避した
智機が起動させ、遠隔操作による間接的謁見を為した機体である。
智機はこの機体を、そのまま指揮下に置いていた。
クラックよりも早い段階で、島内に放っていた。

つまり。

N−22の記憶野には、残っていたのである。
プランナーと謁見した情報が。
智機が透子の能力制限を願った情報が。
そして、それが叶えられた情報が。

「だから信用しない」

透子の言葉に、智機が震える。歯の根が鳴動する。
己の導き出した、絶望的な予測によって。
因果は応報する。
この新たな透子に、自分が殺される。
それを逃れる術はない。

「大丈夫」
「殺すつもりない」

透子は芹沢を背後から抱きかかえながら、背中越しに、智機へ告げた。
それは許しを与える言葉ではなかった。
与えたものは執行猶予であった。

344透子嵐(26/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:29:58

「また邪魔しない限り」
「言うこと聞く限り」
 
今の透子は無表情でも無感情でもない。
怖い声を出していた。
透子と離れていたこの六時間で、どんな変化がおきたのか。
今の透子は、時折感情を表に出すようになってきている。

「Yes…… なんなりと、ご命令を」
「ん、それじゃ」
「ザドゥと芹沢の」
「タオルを換えて」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

345台風一過の花園で(27/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:30:40

(ルートC・2日目 PM11:55 H−3地点 花園)


島の北北東に群生する色とりどりの花たちの中から、
けふけふと、湿った咳払いが聞こえていた。

仁村知佳である。
背中の翼で命からがら灯台跡から逃亡した彼女は、
力尽きるまで飛行し、落下するように降り立って、
今は、花々に囲まれて仰向けに横たわっていた。

銃創に刀傷。
共に骨や臓器への影響は無かったものの、そこからの出血量は夥しかった。
体力の消耗と疲弊感も激しかった。
自らの傷口へと念動を向けて押さえつけ、血液の流出を留めてはいるが、
それでも、冷えを増していく体温を知佳は止められずにいた。

(保つかな……)

知佳の翼・エンジェルブレスは、日光をエネルギーに変える
光合成デバイスとしての役目をも持っている。
故に、朝日さえ出てしまえば、体力は回復に向かうであろう。
しかし、来光までの六時間余り、命を繋ぐことができるのか。
それが、知佳には判らない。
病院跡や集落へと戻ることも、知佳は考えたが、
移動に掛かる疲労消耗と、潜伏による消耗回避とを秤にかけた末に、
じっと朝を待つことを選択していたのである。

そこに――― N−21が現れた。

346台風一過の花園で(28/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:31:09

「おはなばたけ……?」

唐突に、前触れ無く。
透子のテレポートと同じく。
気の抜けた感想を漏らしながら。
後ろ手に何かを持った姿勢で。

それで、知佳の違和感が解消された。

「透子さん、なの?」
「にありーいこーる」

N−21は曖昧に肯定した。
曖昧ではあるが、正しい返答でもあった。

「借りを返しに来た」

N−21――― 透子は、そういいながら後ろに回していた手を、知佳に伸ばした。
知佳は目を閉じる。
ここで撃たれても斬られても、それは自業自得であるのだと。
知佳は、透子の報復を安堵と共に、受け入れた。

「……寝たの?」

数秒後に透子から発せられた見当違いな質問に、知佳は目を開ける。
透子が知佳に伸ばした手に、銃器は握られていなかった。
魔剣も握られていなかった。
握られていたのは、薬箱であった。

「あげる」

347台風一過の花園で(29/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:31:24

それは、素敵医師の薬品小屋からかき集めたまっとうな医療品であった。
朝日まで保たぬかも知れぬ知佳の命をそれまで維持させるものであった。

「説明、面倒」
「読んで」

知佳は透子の申し出通り、透子を読心にかける。

【これは鎮痛剤これは解熱剤これは睡眠薬頓服薬だから必要に】
【応じて飲んででも睡眠薬はザドゥたちのと同じで十二時間目】
【醒めないからそのつもりであと包帯と消毒液も持ってきた傷】

透子の心中には、薬品の説明が流れていた。
そこに知佳への報復を示す一切の感情は感じられなかった。

「借りを返す、って……」

知佳は戸惑う。
その言葉は、裏切った事に対して、殺害した事に対して、
殺意を持って向けられていたのだと思っていた。
そうではなかった。
逆説的な慣用句としてではなく。
正しい意味での感謝を、透子は抱いていた。

「紳一を倒してくれて」
「ありがとう」
「自殺を止めてくれて」
「ありがとう」
「天使を読んでくれて」
「ありがとう」

348台風一過の花園で(30/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 02:32:04

「私のほうがいっぱい」
「ありがとう」

そういう、借りであった。

「でも、殺されたし」
「お薬、あげたし」
「でも、そろそろ潮時」
「…………ね?」

貸し借りはこれで清算であると、透子は言った。
プレイヤーと主催者という立場に戻りましょうと、透子は告げた。
言葉の裏を捉えれば―――
それは、二人には淡く儚い友情が結ばれていたことを
確かに証している発言であった。

「ばいばい、知佳」
「さよなら、透子さん」

今度は戦うと、今度は殺すと。
その直裁な言葉のやり取りを無しにして。
それでもそういった意味を理解して。
二人は静かに決別する。

         ↓



【御陵透子(N−21):復活】

―――――――――主催者 あと 4 名

349ちか/透子/一過(情報 1/2):2010/08/29(日) 02:32:37
 
(ルートC)

【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機】
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【スタンス:待機潜伏、回復専念】

【主催者:椎名智機】
【スタンス:①【自己保存】
      ②【自己保存】の危機を脱するまで、透子には逆らわない
      ③【自己保存】を確保した上での願望成就】
【所持品:スタンナックル、Dパーツ、改造セグウェイ、軽銃火器×3】

【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: ①願望成就
       ②ルドラサウムを楽しませる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
     魔剣カオス】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』(現状:自身の転移のみ)】

 ※ザドゥと芹沢はあと六時間は目覚めません。

350ちか/透子/一過(情報 2/2):2010/08/29(日) 02:33:18

【現在位置:H−3 花園】

【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①潜伏。朝日を浴びて「エンジェルブレス」にて傷を回復させる
      ②手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
      ③恭也たちと合流】
【所持品:テレポストーン(2/5)、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(中)、出血(大)、脇腹銃創、右胸部裂傷】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
    手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】

 ※強力な睡眠薬を服用したため、12時間は目覚めません
 ※傷は念動と医療器具で止血、縫合済みです
 ※薬品類は使いきりました

351284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/29(日) 13:33:58
深夜の投下&仮投下お疲れ様でした。
この展開は思っても見ませんでした。
亡霊紳一はこの為に登場したのですね。
知佳と透子の別れなど色々と安心させられる内容の話でした。
トランス部長……その単語をここで見る事になるとは思わなかったなあ。


293話までの本編SS、地図を更新したまとめをUPしました。
パスはrowaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1118343.zip.html


次は明日の月曜日の夜、ここで何かを書き込む予定です。

352 ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:44:45
>>351 更新、お疲れ様です。

以下9レス「天覧席の風景」を仮投下致します。

次回は、タイトル未定、例の長いタイトルものです。
ザドゥ単独、一人称を予定しております。
少し、間が空くかもしれません。

明朝が早いので、今回は本スレの投下を見送らせていただきます。

353天覧席の風景(1/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:45:41

(ルートC・3日目 AM05:45 場所不明)


「なんでぷちぷち、じっとしてるのかなぁ……」

ルドラサウムの嘆息は、島内の戦局が段落したが為である。
【ぷちぷち】――― 人間どもの動きが止まった為である。
何しろ、島に居る殆どのぷちぷち達が、眠りについている。
動きを求めることのほうが無理であった。

ルドラサウムが最後に笑ったイベントは、三時間以上も遡ることになる。
広場まひるに夜這いをかけたランスが、
レギンスを微妙に盛り上げているアレに気付いて、
嘆きつつも大暴れして、
ユリーシャがオロオロして、
紗霧がバットでガツンした。
それを最後に、鯨神の興味を引くぱっとしたイベントは無い。

ルドラサウムは唯一動きを見せている集団に、視線を移す。
鎮火活動を行っているレプリカ智機たちである。
彼女たちが次々と破損し、爆発し、損傷してゆく様は、
ある種の感動のドラマとして、この鯨を愉しませた。
しかしそれも、二時間ほど前までのことである。

今や鎮火活動も、ほぼ完了していた。
Dシリーズ全機破損。
Nシリーズ32機破損。
そこから、被害は増えなかった。
今は残務処理に過ぎず、見所はもう無いと言って良い。

354天覧席の風景(2/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:46:37

「あーあ、退屈だなぁ。物足りないなぁ」

ルドラサウムはバタンバタンと尻尾を縦に振っている。
縦の動きは苛立ちを表現するものである。

「ルドラサウム様、例の物、集まりまして御座います」

いやらしい含み笑いと共に現れたのは、鯨神に負けず劣らずの、異形の者である。
まず、全身が金色に発光していた。
体は、卵の如き楕円形をしていた。
そこから銀鱗に覆われた太い首が伸びており、
顔は亀に酷似する爬虫類のそれであった。
腕とも脚とも付かぬ極太の六本が伸び、指は存在していない。

これこそが、プランナーである。

この悪意に満ちたゲームの企画立案者であり、
ディレクターであり、スポンサーであり、黒幕である。
その点、厳密に言えば、ルドラサウムは黒幕ではない。
一部、キャストの勧誘にも指を伸ばしはしたものの、
基本的にはこの筋書きの無いドラマの、観客である。

この観客ただ一人の為に、
その退屈を解消する為に、
ゲームは企画されていた。

「もう待ちくたびれちゃったよ、プランナー。
 持ってきてくれたんだよね、例の物?」
「こちらに」

355天覧席の風景(3/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:49:32

プランナーの腕の一本に抱かれているのは、籐の如き素材の編み壺である。
連絡員・エンジェルナイトが腰に提げていたものである。
情報と称して、会場内の死者の魂を詰め込んだものである。

それは、献上品であった。

ゲームの終盤で盤面が膠着することを見越したプランナーが、
同じく、主のその癖と飽きっぽさと我侭さを見越し、
盤面が再び動き―――恐らくは最終決戦―――を見せるまでの間、
主の無聊を慰めるために用意した、玩具箱であった。

「ねえねえプランナー。【あの子】たちの分もあるのかな?」

死後、その魂が島内から離脱しようとしたために、
プランナーが張り巡らせた結界に捕らまえられ、
雲散霧消させられた、人ならざる者たちがいた。
【あの子】たちとは、その二人を指している。

ヤマノカミの眷属、№19・松倉藍(及びイズ=ホウトリャ)。
天津神の癒しの姫君、№22・紫堂神楽。

「断片は全て回収させました。
 しかしこれを意味ある形に戻せるのはルドラサウム様だけに御座います」
「いいよ〜、それぇ〜、粘土こねこね〜♪」

プランナーが取り出した三つの魂の断片。
ルドラサウムはそれを器用に選別すると、己の体表を軽く擦って光る粉を出し、
それを残留思念の断片にまぶした上で、こね回した。
すると、どうであろうか。

356天覧席の風景(4/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:50:22

《わたしの体なのに》《安曇村》《安曇村》

《堂島》《堂島》《還るょ》《ヤマノカミ》

《話し合い》《よかった…》《よかった…》

島の上空を覆う結界に触れて霧消した筈の魂たちが、
残留思念として明確な形を取り戻したではないか。

「流石のお手並みにございますな」

プランナーのお追従に、鯨神はしっぽを左右にぺちぺちした。

「ん〜、そお? そ〜でもないけどな〜?」

命とは、この鯨神の微小な破片や欠片に過ぎぬ。
全ての命はここより生まれ、全ての命はここへと帰ってくる。
ルドラサウムとは、魂の集合体であり、魂のふるさとである。
紛うことなき創造神なのである。

「これで全部そろったね♪ じゃあ、どの子から味見しよっかな?」
「は、今蘇らせました紫堂神楽など如何でしょう?
 その死に際の記憶を神条真人などと共に味わわれれば、
 無念や無情が極上のハーモニーを奏でること、請け合いでございましょう」
「……ホント、きみはそーいうの大好きだねぇ。わかった、一度試してみるよ」

ルドラサウムは臣下の進言を容れ、神条真人の思念を壺より引き抜いた。

《虎の仮面》《虎の仮面》《なんという……》

357天覧席の風景(5/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:52:44

そして、真人と神楽の思念を、その赤く大きな口に、放り込んだ。
鯨神は目を閉じ、その舌の感覚に集中する。
噛み砕きも、嚥下もしない。
消化も初期化もしない。
ただ舌で転がし、記録/記憶を追体験するのである。
愉しむのである。
嬲るのである。

死ぬ間際にこう見えたであるとか。
殺すときにこう動いたであるとか。

そういった人間ドラマとアクションを、キャスト目線で愉しむのである。
マルチサイトで、殺す側と殺される側とを見比べるのである。

「神楽ちゃん、後ろ!後ろ!」

新しく与えられた楽しいおもちゃに、鯨神はすぐに没頭した。
既にプランナーの存在など眼中に無い。
その主の上機嫌ぶりを見て、金卵神はほくそ笑む。

(これであと二日――― いや、一日半程度は保ちますね)


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


プランナーの私室の如き空間には、天使たちが整列していた。
その数は100体を下るまい。
後ろ手に腕を組み、背筋を伸ばし、直立不動。
プランナー直属の精鋭たちである。

358天覧席の風景(6/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:54:30

そこに、創造神への貢物を終えた主が、戻ってきた。

天使たちは一糸乱さず、深々と頭を下げる。
プランナーは軽く手を上げて返礼しする。

「情報の収集、ご苦労。ルドラサウム様もことのほかお喜びでしたよ」
「恐れ入ります」
「次に死者が出るまで、ここで待機していなさい」
「了解いたしました」

それは、連絡員であった。
主の労いに感動し打ち震えることも無く、淡々と返礼した。
エンジェルナイトとは、そうした存在故に。

「そういえば、悪魔フェリスはどうなっていましたか?」

プランナーはまた別の天使を指し、そう質問する。

「詳細は悪魔界に入らないとわかりませんが―――
 強制解呪にて、ランスとフェリスとの契約が絶たれていました」
「まあ、会場はルドラサウム様のお膝元ですからね……
 彼らもこちらと事を構えたくない以上、
 不干渉に徹することにした、のでしょうね」

創造神ルドラサウムに対抗する勢力として、悪魔なる存在がある。
ルドラサウムの目を逃れて、魂を掠め取り、
ほんの少しずつ、ルドラサウムの弱体化を進めている集団である。
ほんの少しずつ、自陣営の強化を進めている集団である。
渦中のフェリスも、この末端に位置する存在であった。

359天覧席の風景(7/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:56:09

弱小の反政府地下ゲリラが、強大な政府の拠点に攻め込む訳が無い。
相手にその存在を感づかれ、追尾でもされようものなら、
小規模な組織など一息に壊滅の危機を迎えるからである。
プランナーはそう分析し、そしてその分析は正しいものであった。

「であるならば、放置ですね」

相手が不用意な一度の侵入を無かったことにするのであれば、
此方もその一度の侵入を見なかったことにして、流す。
プランナーはそう結論付けたのである。

創造主サイドにしても、悪魔たちには不介入を原則としている。
それでも時折介入せざるを得ない状況というのは発生するのだが、
今回は面倒な諸問題を発生させてまで手出しすることはないと、
プランナーは考えている。
今やっていることは、ただの遊びである故に。
思いつきの余興であり、主の無聊を慰める暇つぶしである故に。
藪を突付いて蛇を出すような真似はしたくない。

「まあ、ランスには気の毒なことですが」

プランナーは、紗霧に請われたランスが召還を失敗した事を知っている。
失敗し、ほら吹き呼ばわりされた事を知っている。
その後も人目を避けて何度か試した事を知っている。
その徒労が今後も繰り返されると思うと…… 
プランナーは、愉しくて仕方なかった。

足掻き、もがき、悩み、苦しむ。
その上で、報われない。
この悪趣味な一柱は、そういった悲劇をこよなく愛するのである。
苦悩と怨嗟が大好物なのである。

360天覧席の風景(8/8) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:57:28

その嫌らしい性質故に、このゲームは生まれたのである。
確かに、主・ルドラサウムを楽しませるためのものではある。
しかし隠し切れぬ彼の陰湿なサディズムが、この企図には滲んでいる。

「さて――― 八時までには、まだ間がありますね」

頭を切り替えて、プランナーが時間を確認する。
八時とは、ザドゥたちが目覚める時を指す。
その時間までに、プランナーは一つ、決めねばならぬことがあった。

シークレットポイントを使用したことによるペナルティ。

プランナーは、その具体的な内容を決めていなかった。
手落ちではない。
即興性を重視していた。

どうすれば、主の歓心を買えるのか。
どうすれば、己の濁った悦びを満たせるのか。
どうすれば、転落した主催者たちをもっと惨めに堕とせるのか。

プランナーの頭脳は回転する。
名の示す通り、番組をプランニングしていく。
より悲劇的に、より悪趣味に。



AM6:00―――
絶望の孤島に、また、朝日が昇る。

           ↓

361天覧席の風景(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/08/29(日) 22:57:56

(ルートC)

【現在位置:?】

【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:①死者が出るまで待機
      ②死者の魂の回収
      ③参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】

 ※ここまでの全ての死者の魂は、ルドラサウムの手に渡りました
 ※紗霧パーティーが全員、まひるの性別(♂)を知りました
 ※フェリスの召還が不可能であると判りました
 ※東の森の火災は鎮火されました

362名無しさん@初回限定:2010/08/30(月) 16:57:37
プライドがズタボロのザドゥ
くたばりかけのカモミール
とことん裏目のともきん
ルドの記録に振り回される透子

よくもまあこれほど主催者を落としめたもんだ
それがペナルティで更に追い込まれるとな?
いいぞもっとやれ!

363284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/30(月) 22:35:37
新作お疲れ様でした。
プランナーの嫌らしさがよく表現されてたと思います。
鎮火作業におけるコストと時間の消費が予想を大きく上回って少しびっくりしました。
フェリスはこれで退場ですか。上級悪魔の判断が適切。
やや不謹慎ですが>>362さんと同じくペナルティの内容に期待してます。

あと気になる点が一つ。
神人は神霊に選ばれた依り代で神楽の魂=大宮能売神ではないです。
原典の主人公とかは軍神の力と妖の魂を内包していますし。

また近いうちに。

364名無しさん@初回限定:2010/08/30(月) 23:44:48
まさに外道…
だけどこの世のルールそのものだから従わざるを得ないなんて…くやしい(ry

365名無しさん@初回限定:2010/08/31(火) 10:18:22
みんな聞いてくれ、俺気付いちまったんだ
俺がロワ物を書いたり読んだりする視点がプランナーと同じだってことに…

366名無しさん@初回限定:2010/08/31(火) 15:09:51
まあ、その通りさね……だからこそ悪趣味に自覚的であるべきなのさw

367 ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:44:56

>>363 ご指摘感謝です。
本スレ投下時には該当部分を、下記のように修正させて頂きます。

 ×天津神の癒しの姫君
 ○『百貨店の神』大宮能売神の神人(カムト)

368 ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:47:48
本スレにての支援、ありがとうございます。
さるさん明けが23時までかかると思われますので、
その間に仮投下を進めたく。

以下15レス、長いタイトル改め「狂拳伝説クレイジーナックル」を
仮投下致します。

次回は「負けない心 挫けない勇気」。紗霧たち6人が登場予定です。

369狂拳伝説クレイジーナックル(1/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:49:22

(ルートC・3日目 AM07:45 場所不明)

いつからこの薄暗い砂漠ににいるのか。
そもそもここはどこなのか。
霞がかかった頭では、思い出せない。

「あ、こっちにもありましたよ、ザドゥ様」

チャームが向こうで俺に手を振っている。
手にした何かの破片を、誇らしげに掲げている。
ああ、そうだ。
俺とチャームは、あれを集めていたのだ。
この薄暗い砂漠に散らばったあの破片を、
一つ残らず回収せねばならぬのだった。

だが…… あれは…… 何だった?

「さぁ…… 私はあまり難しいことは判りませんので。
 でも大事なものだって言ってましたよ、ザドゥ様は」

砕けたそれが、散らばったそれが。
俺にとって大切な物であった事は判る。
しかし、こうして破片を集める意味とは、何だ?
失ってしまったものを集めて、一体何になるというのだ?

「そんな悲しいことを言わないで下さい、ザドゥ様ぁ……」

駆け寄って来たチャームがじゃれ付く。
豊満な胸をタンクトップ越しに擦り付け、
俺の頬をペロペロと舐め上げてくる。

370狂拳伝説クレイジーナックル(2/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:50:13

チャーム―――
東欧の人身売買オークションで手に入れた、人体改造のモルモット。
野獣のような素早さと攻撃力を身に付けた、俺の四天王の一角。
夜はペット。可愛いやつだ。

「ほら、また見つけましたよ、ザドゥ様。
 この輝きを見てください。この力強さを感じてください。
 これは、ザドゥ様に絶対必要なものなんです」

チャームが、破片を俺に握らせる。
握った瞬間、蘇った。
俺が、組織への侵入者を殴り倒している情景が。
俺の心のどこかに、少しだけ活力が戻った。
俺の頭のどこかが、少しだけ明瞭になった。

「ね?」

チャームが微笑む。にこやかに。
なるほど、これは俺の力の源か。
この破片を全て集め、合わせることで、
きっと俺は俺を取り戻すのだろうな。

―――取り戻す?

自然と胸に浮かんだその単語に、違和感を覚えた。
取り戻すということは、失ったということ。
では、それはいつのことだ?

「いいんです、そんなこと、今考えなくても。
 全部集めたらきっと思い出しますよ!」

371狂拳伝説クレイジーナックル(3/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:50:41

そういう物かも知れんが、俺は既に『気になった』のだ。
探すのはお前に任せるから、もう少し俺に考えさせろ。

「はぁい……」

チャームは何故か淋しげに背中を向けた。
その様子が少し気にかかるが、まあ、後回しだ。
今は手にした破片が砕けた理由を思い出すことが最優先だからな。
後で尻の一つも撫でてやれば、チャームの機嫌は直るだろう。

「あっ……」

ん、どうしたチャーム?

「な、なんでもありません。
 ちょっと勘違いして、別のものを拾ってしまっただけです。
 ポイしましょうね、ポイ!」

チャームが手にしたそれは、汚い破片だ。
目を背けたくなるような気色悪い破片だ。
それなのに。
俺はその破片が、気になってしかたなかった。
チャーム、捨てるな。それを寄越せ。

「ザドゥ様がそうおっしゃられるのなら……」

チャームは不承不承といった体で、俺に破片を渡す。
手にした瞬間。
何かが、溢れた。

372狂拳伝説クレイジーナックル(4/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:51:12


  ―――『お友達を』助けることなんだぁ♪


っっ!!?
なんだ、この能天気でカラっとした女の声は?
なぜ、俺の胸はこれほど痛むのだ?
なぜ、俺はこの声がこれほど恐ろしいのだ?

「だっ、大丈夫ですかザドゥ様ぁ?
 だから言ったんですよ、ポイしましょうって」

いや、問題ない。心配には及ばん。
だが、痛くて恐ろしいはずのこの破片から、目を逸らすことが出来ない。
先程の力湧く破片よりも大切な何かだと、そんな直感が働く。
―――これだ。
他の破片は後回しでいい。先ずはこの薄ら汚れた破片を探すべきだ。
そうすれば、いずれこれらが砕けた理由にたどり着くはずだ。
その確信が、俺にはある。

「ザドゥ様ぁ。それはザドゥ様のためにならないゴミですよ?」

何でも言うことを聞く。服従する。
チャームとは、そういう利口なペットだ。
俺に尽くす方法を弁えている。なのに。
なぜか、従わなかった。
どこか、悲壮感が漂っていた。
であれば、これは本当に為にならぬものなのか?

……いや、流されるな、ザドゥ。

373狂拳伝説クレイジーナックル(5/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:51:47

俺は既に判断を下し、命じたのだ。
それを他者の顔色で撤回するなど、あってはならん。継続だ。
俺が俺を信じることが出来ずに、何がザドゥか!

「そんなのより、こっち! この綺麗な破片を探しましょうよ」

チャーム、つべこべいうな。汚いほうだ。
俺が探せと言っている。

「……はぁい」

不承不承のチャームを尻目に、俺も探した。必死に。
這いつくばって、地面を舐めるように。
そして見つけた。三つの破片を。

  ―――大将も自己満でカモミールを殺さないよーに

  ―――アリが人に何を求めるの?

  ―――己の主はただ己のみ!!

……そうだったな。
俺は、負けたのだ。
あの島で、何度も何度も負けていたのだ。

「そんなことないですよ、ザドゥ様。
 だってその三人は皆死んでるんですよ? ザドゥ様は生きてるんですよ?
 どう考えたってザドゥ様の勝ちじゃないですか」

確かに、勝負には勝ったかも知れん。
生き残りには勝ったかも知れん。

374狂拳伝説クレイジーナックル(6/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:52:39

だがな、チャームよ。
俺は、俺を貫けなかった。俺自身で、歪に曲げていた。
奴らは最後まで己を貫いた。己の意志を曲げなかった。

タイガージョーは命を賭してゲームを否定した。
ファントムは地獄の底まで仇を追っていった。
芹沢の『友達を助ける』思いは願望の成就を振りきり、
長谷川ですら醜く汚らわしい道化を貫いた。

俺は、その覚悟の差に、膝を屈したのだ。

「そんな…… あんまり自分を追い詰めないでくださいよ。
 早く欠片を全部集めて、あのカッコよくて自信たっぷりなザドゥ様を
 取り戻しましょうよ!」

チャーム、慰めなどいらん。少し黙れ。
俺はそろそろ思い出せそうなのだ。
先刻、俺はさらりと重要なことに触れなかったか?
それは、キーワードではないのか?

   ―――俺は、俺を貫けなかった。
   ―――俺自身で、歪に曲げていた。

そうだ。これだ。
タイガージョーと言葉と拳を交わした時には、
既に宿っていた暗澹たる敗北感。
それは、誰に? 何に? いつ? どこで?
探さねば。見つけねば。
俺の真の敗北を。
最初の敗北を。

375狂拳伝説クレイジーナックル(7/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:53:25

「それって、シャドウの裏切りなんじゃないですか」

成る程な。
確かに俺はシャドウに敗れて、多くのものを失った。

組織。
部下。
名声。
権力。
女。
金。

だがなチャーム。
そんなもの、戦利品でしかなく。
俺という存在に追従した余禄に過ぎず。
俺そのものでは決してなく。
つまりは…… たかが贅肉よ。

「たかが…… 贅肉……」

俺が見つけねばならんのはな、チャーム。
そんなちんけな敗北では無いのだ。断じて。
贅肉を削ぐような敗北ではなく、拳を砕くような敗北なのだ。
それを見出さねば。
それを受け入れねば。
お前がいくら破片を集めきったとて、決して元の俺には戻るまい。
歪な俺の、不恰好なプライドが形成されるだけだろう。

―――カチ。
.

376狂拳伝説クレイジーナックル(8/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:54:00

がむしゃらに探す俺の指先に、触れた。
大きな欠片が。

   ―――わか・・・・・った。その話・・・飲もう
   ―――キャハハハハ!

……見つけた。
これだ。
俺の真の敗北の記憶。

タイガージョーへの敗北感も、
アインへの敗北感も、
長谷川への敗北感も、
芹沢への敗北感も、
全て、結局。
この一敗から目を反らしていたから生まれたのだ。
自分を曲げた事を恥じるが故に、自分を貫く奴らが眩しかったのだ。

「ザドゥ様は、これが敗北だと、言うのですか……」

ああ、そうだ。
俺は、俺の主であることを捨てて、神の走狗に成り下がったのだ。
涎を垂らし、尻尾を振って。
ヤツがぶら下げた餌に飛びついたのだ。

今こそ、ザドゥは、認めよう。
俺の最大の敗北は、その選択をしたことだ。
俺は、俺を、裏切ったのだ!

「その餌は、必要ないものなんですか……?」

377狂拳伝説クレイジーナックル(9/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:54:41

チャームの悲げな声が耳を衝く。
振り返ったチャームは氷柱に閉じ込められていた。
丸い目に涙を溜めて、俺を見つめていた。

そうだ…… 俺は、何を忘れていたのだ。
チャームは死んでいたではないか。
その復活こそが、俺が釣り上げられた餌ではなかったか。

「私は、必要ないんですか?」

チャームが涙を溜めて、氷柱を内側から叩いている。
俺を求めてくる。

この涙に。この献身に。この愛情に。
この死に、俺は変えられた。
俺は、俺を、見失っていた。
無論、チャームを責める気などは無い。
全ては俺の弱さだ。
一人の女に肩入れしすぎたツケが回ってきたに過ぎぬ。

「ザドゥ様ぁ…… どうして自分ばっかりご覧になってるんですかぁ?
 もっとこっちを見てください…… もっと私を見てください……」

人の死の中になにかを見出した気になり、哀れみを覚え、共感を欲する?
ハッ! とんだ善人気取りだな、ザドゥ。
隠居したジジイでもあるまいに、それが牙を持つ人間の思想か?
そんなザドゥが、どこに居る?
断じる! そんなものはザドゥではない!

「酷いです、ペットは捨てないって、言ってくれたじゃないですかぁ……」

378狂拳伝説クレイジーナックル(10/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:55:16

ああ、確かに言ったな。
不安がるお前を強く抱きしめながら、何度でも言ったな。
覚えているぞ。
忘れられるはずもなかろう。
だからな、チャーム。
飼い主としての責任は、果たしてやる。

「ザドゥ様ぁ! やっと私を見てくれた!」

なあ、チャーム……
俺は、今やっと、敗北を受け入れることが出来たのだ。
恐れていたそれは、恐れていたほどではなく、逆に清々しさすら感じたぞ。
だがな。
敗北を受け入れることと、負け犬のままでいることは、違う。
敗北は結果として受け入れよう。
だが、俺は、負け犬のままでいるつもりはないのだ。

だからな、チャーム……

「はいっ! なんでしょうザドゥ様っ♪」



俺の為にもう一度、死ね。



「なんっ……!?」
.

379狂拳伝説クレイジーナックル(11/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:56:30

砕けろ、氷柱。
砕けろ、愛猫。
砕けろ、想い。
砕けろ、願い。

その痛みを以って、受け入れろ、ザドゥ。
愛する者を殺し直して、蘇らぬを自覚しろ。

―――狂 昇 拳 !

「酷い、おかた……」

ああ、なんと酷い男なのだろうな、ザドゥという男は。
だがチャームよ、お前は知っていた筈だ。
これが俺なのだと。
お前の復活などを望むザドゥこそ、本来のザドゥでは無かったのだと。

俺は飽くまでも俺本位で。
行動を妨げようとする者は必ず叩き伏せ。
意志を曲げようとする者は必ず返り撃ち。
いかなる犠牲も恐れず、
いかなる敵にも怖じぬ。
お前の飼い主とは、そういう男であったろう?

「さよならです……」

狂昇拳は氷柱を穿ち、そこに捕らわれるチャームの心臓をも貫いていた。
次の瞬間、霧消した。
その姿が消えると共に、左手首に巻いていた鈴の紐が切れた。

りん……

380狂拳伝説クレイジーナックル(12/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 22:57:50

一度だけ悲しげに鳴った鈴は、砂漠の砂に同化して沈んでいった。
これで俺を縛るものは、無くなった。

一人だ。
独りだ。
俺は、ひとり、ザドゥだ。
俺は、ただの、ザドゥだ。
裸一貫。
鍛えぬいた狂拳。

―――それで十分。

散らばった破片も、もう要らぬ。
あれもまた一つの贅肉だ。
今の、単純化されたザドゥの動きを鈍らせる重荷だ。

―――それで完結。

そう、チャームも言っていたではないか。
生きているから、負けではない、と。
リベンジの機会が、まだあるうちは。
それを諦めないうちは。
俺は、まだ、俺でいられる。

確か、鯨は言っていたな。次に会うときはゲームの終了時だと。
成る程な。チャンスはその一回のみということか。
であれば、必ずゲームは成功させてやる。
成功させて、芹沢の願いを叶えてやる。
それから。いざ、俺の願いが叶えられようとした瞬間に。

―――殴る。
.

381狂拳伝説クレイジーナックル(13/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 23:00:02

俺の全てを一撃に込めて、いけ好かん鯨野郎をぶん殴る。
そして言ってやる。
お前などに叶えさせてやるような望みなど無いのだと。
その後のことなど、知ったことか。

圧倒的な力量差があろうと。俺はお前の飼い犬ではなく。
伸ばした手が届かぬのだとしても。俺の主は俺だけで。
たったそれだけのシンプルな事実を、物分りの悪い蒼鯨に理解させてやる。
この拳でな。


『ねえねえ、今度こそザッちゃん起きたかなぁ?』
『違う、また寝言』
《寝言なのかうわごとなのか、ビミョーですよ?》
『瞼に小刻みな痙攣を感知。首魁殿はそろそろ目覚められるようだよ』


鼓膜に…… 聞き覚えのある声を感じる。
両瞼に…… 淡い光を感じる。
四肢に…… 筋肉の疼きを感じる。

ああ、俺はもうすぐ目覚めるのだな。
ああ、これまでの全ては夢だったのだな。

だとすれば、きっとこの夢も目覚めと共に忘れてしまうのだろう。
それはそれでいい。
だが、ただひとつ。
目覚めの世界に、これだけはもって行け。
これだけは、忘れるな。

382狂拳伝説クレイジーナックル(14/14) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 23:00:18





          ―――敵は、鯨だ。





              ↓

383狂拳伝説クレイジーナックル(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/09/02(木) 23:00:40

(ルートC)

【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      ①プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      ②芹沢の願いを叶えさせる
      ③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:重態、全身火傷(中)、睡眠中】

384名無しさん@初回限定:2010/09/02(木) 23:11:54
ザドゥが心底から格好いい……!
ネット上の読み物で今一番楽しみにしてるのがここだわ……

385名無しさん@初回限定:2010/09/03(金) 15:23:17
ストイックとナルシズムの極致!
シビれるぜザドゥ!

386284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/09/03(金) 21:02:50
本投下&仮投下お疲れ様でした。
これまでの積み重ねゆえのザドゥの覚醒がいい感じでした。
本投下の方もレプリカの本体との決別に加え、本拠地も廃棄とは……意外な。
没収された参加者の所持品は何処へ?


294話までの本編まとめと地図を更新したまとめをUPしました。
パスは bato です。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1127479.zip.html

これからは可能な限り、本投下の翌日に更新という風に進めていきたいと思います。

387折り返し地点(4/11) ◆VnfocaQoW2:2010/09/11(土) 22:15:37

それは知佳にも判っていた。
判っていても、割り切れなかった。

「でも、出来ないよ」

割り切るには交流が多すぎた。
割り切るには肩入れしすぎた。
割り切るには借りが大きすぎた。
そして――― 割り切るには、知佳は優しすぎた。
勝手ながら。
知佳は、透子に友情めいた思いを抱いてしまっていたのである。

「じゃあ」
「貴女が、殺して」

透子は目を閉じ、胸を広げ。
そこにカオスを刺し込んで欲しいのだと、知佳に告げる。
この時、知佳の心に、透子の心の声が染み込んできた。

【    どうせ死ぬなら                  】
【        私を「かなしいひと」だと思ってくれた   】
【 私の歴史を知ってくれた                仁】
【村知佳の                役に立とう    】

知佳の目に、みるみる涙が溜まってゆく。
嬉しかった。友情を感じていたのは自分だけではなかったことが。
悲しかった。友情から来る提案を踏みにじらねばならぬことが。

「―――それもダメだよ」

388 ◆VnfocaQoW2:2010/09/11(土) 23:57:40

以下12レス、「負けない心 挫けない勇気」改め、
「譲れぬ想い 挫けぬ心」を投下致します。

次回は、「χ−1」。
主催者たちと黒幕たちが登場予定です。

>>387は、ひとつ見なかった事に。

389譲れぬ想い 挫けぬ心(1/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/11(土) 23:58:55

(Cルート・3日目 AM09:00 D−6 西の森外れ・小屋3)

「メイド服っ!」
「メイド服っ!」

朝日差す二西の森の小屋に、男の魂の叫びが二つ、響き渡った。
魔窟堂野武彦と、ランスである。
この、およそ接点を見ない縁遠い二人が、意気投合していた。
大いなる野望の達成の為に、心を一つにして事にあたっていた。
その魂の叫びは、食卓に座す月夜御名紗霧へと向けられていた。

「着ません」

うんざりした顔で溜息をつく紗霧ではあったが、
以外にも、その表情に険は無かった。

「朝食の準備…… 今この時に装着せんでなんとする!」
「そうだそうだー!」
「ランス様も、こう仰っていますし……」
「着ません」
「着てあげてもよくない? 紗霧サン?」
「よし! 今まひるが良いコト言った!」
「着ません」
「あと一押しじゃ! 言ってやれい、恭也殿!」
「俺ですか? ……これといって、別に」
「……なんでですか!」
「紗霧サン、どしてそこでつっかかる?」
「メイド服なんて着ませんが、興味なさそうな態度も気に入りません」

390譲れぬ想い 挫けぬ心(2/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/11(土) 23:59:36

ふざけても、怒っても、呆れても。
それでも、皆の声は弾んでいた。
それもそうであろう。
何しろ、昨晩、大勝利を飾ったのである。
巨凶、ケイブリス相手に。

この朝食準備の席に、誰一人として欠けることなく揃っている。
このような状況、誰が想像したであろうか?
作戦立案者である紗霧とて、まさか怪我人すら出さずに勝利するとは
想像だにしていなかったのである。
浮き足立つのも、当然と言えた。

巨凶ケイブリスとの戦いを終えた六戦士は、深夜一時過ぎに、
彼らのホームである小屋へと、帰投していた。
そこで、たっぷりと休養を取った。
ランスの夜這いに関するアクシデントこそあったものの、
交替で見張りをたてて、それぞれが六時間の睡眠を得たのである。

で、皆が目覚めて。
顔を揃えて。
いざ、食事を作ろうという段で、深刻な問題が発生した。

「じゃあまひるさん、お願いします」
「いやいやここはユリーシャさんが」
「食事の準備はメイドの仕事でした」
「えっ」
「えっ」
「えっ」

391譲れぬ想い 挫けぬ心(3/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:00:16

女性陣の誰一人として、まともな自炊経験がなかったのである。
問題は、それだけに止まらなかった。

「世の中にはコンビニという便利な場所があっての」
「そんなもん、シィルにやらせていたからなぁ……」

野武彦とランスもまた、厨房に立つ能力を持ち合わせなかった。
と、なれば。
あとは一人しかいなかった。

「男の大雑把な料理でよければ」

こうして高町恭也がひとり、厨房に立つことになった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


「……どうしても紗霧ちゃんのメイド姿が見たい」
「……異議なしじゃ」

小屋の裏手でP−3の残骸を処理しながら、ランスと野武彦は小声で密談する。

「恭也は朝ごはんを作っている。念のためユリーシャを見張りに立たせた。
 今がチャンスなんだ。ジジイ、策は無いか?」
「では、こんなのはどうじゃ?」

キランと丸眼鏡が光り。落雷の書き割りが表れて。
野武彦の目線が、井戸へと向けられた。

392譲れぬ想い 挫けぬ心(4/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:01:01

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


小屋には長逗留を想定してか、米や味噌の備蓄がそれなりにあった。
肉類こそ備蓄が無かったものの、日持ちする野菜も発見された。
故に朝食は、一汁一菜。
ご飯と、赤だしと、煮物。
誠に日本人らしいメニューと相成った。


   ―――コトコトと、鍋が鳴っている。
   ―――刻まれたネギの強い香気が漂っている。


「なんてゆーかこの…… 厨房に立つ男子ってゆーのは、
 一種独特の色気がありますなぁ」

広場まひるは、エプロンをつけて沢庵をトントンしている恭也の背を見つめ、
ワイドショーを眺める中年主婦の如き感想を述べた。

「ま、否定はしません」

済ました顔で興味なさげに相槌を打つ紗霧ではあるが、
しかしまひると並んで食卓から恭也を眺めていた。
ユリーシャも同席はしているものの、窓の向こうのランスを気に掛けるばかりで、
二人の会話にも、恭也の後姿にも、意識は向けられていない。


   ―――コトコトと、鍋が鳴っている。
   ―――炊飯器の湯気に混じる白米の甘い香りが漂っている。
.

393譲れぬ想い 挫けぬ心(5/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:02:16

「おう、終ったぞ」
「ついでに井戸水も汲んできたわい。食後の皿洗いに必要かと思っての」
「お疲れ様です、ランス様」

P−3の残骸の処理を終えたランスとユリーシャが帰ってきた。
忠実な愛玩犬の如く笑顔で駆け寄るユリーシャを抱きとめて、
ランスはその耳元に、何事かを囁いた。
ユリーシャは複雑な表情で頷くと奥の部屋へと引っ込んで行く。

「いやあ、しかし水桶は重いのぅ……
 この老骨のヤワい足腰には格別に堪えるわい」

野武彦は厨房に向かって、不確かな足取りで歩いてゆく。
そんな様子に哀れ心を誘われたまひるが、
手を差し伸べようと腰を上げた時であった。
あまりにも意外な第三者が、まひるに先んじて救いの手を伸ばしたのは。

「情けないなあ、ジジイ。しょうがない、俺様が代わってやろう。
 ホレ、桶をよこせ」

まひると紗霧は己の耳目を疑った。
あのランスが。
男にはとことん厳しいランスが。
ジジイは早くくたばれだのの暴言を吐くランスが。
男に、年寄りに、親切心を発揮したのである。

「よよよよ、人の情けが実に染みるのじゃあ!」
「わはは、大げさなジジイだな!
 そんな書き割りを出す暇があるなら、さっさと桶を……
 ををっ!?」

394譲れぬ想い 挫けぬ心(6/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:03:31

ランスが詰め寄り、野武彦が立ち止まり。
交錯の瞬間、二人はニヤリと笑いあった。
その瞬間、水桶が、宙に浮いた。

「なんと!
 ランス殿に親切に涙を浮かべた野武彦は、
 手渡す水桶の目測を誤ってしまったのだった!
 まったく意図せずに!」
「さらに!
 ジジイが手放した水桶をナイスキャッチした俺様だが、
 無茶な体勢が祟って、桶をひっくり返してしまった!
 紗霧ちゃんに向かって!」

野武彦とランスは慌てる素振りも見せず、一息に言った。
明らかな猿芝居であった。
しかしその素早い連携に、まひると紗霧は反応できなかった。

「きゃあ!」
「がははは! 紗霧ちゃん水浸し!」
「やったのう、ランス殿!」

頭からしたたかに水を被り、全身ずぶ濡れになった紗霧が、
その黒髪をワカメの如く額に張り付かせ、
ハイタッチを決める老人と青年に、恨めしげな上目遣いを向ける。


   ―――コトコトと、鍋が鳴っている。
   ―――溶かされた味噌の匂いが居間まで漂っている。
.

395譲れぬ想い 挫けぬ心(7/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:04:57

奥の部屋に引っ込んでいたユリーシャが居間へと戻ってきた。
戻ってきたかと思いきや、そのまま小屋を出て行った。
その手に二つの大きな紙袋を握って。

「濡れた着衣に下着のラインを透かせては目の毒じゃ。
 ささ、奥の部屋で着替えるとよい」
「俺様たちの大事な軍師が風邪をひいたら大変だからな。
 早く奥の部屋で着替えるのだ!」

野武彦とランスはにこやかに紗霧を奥の部屋へと誘導する。
その様子に、紗霧は不信感を抱き。
数秒前に出て行ったユリーシャが抱えていた紙袋へと思い至る。

「まさかっ……!」

奥の部屋に飛び込んだ紗霧が目にしたものは。
男物女物、あらゆる衣類が持ち出されて空っぽになった、
部屋に備え付けの収納ボックスであった。
そして、その部屋の真ん中に。
まひるが病院で発見し、ユリーシャが保管を任されていた
衣服セットの入った袋だけが、ぽつんと、置かれていた。

「そこまでですか…… どうしてもメイド服なんですか」

紗霧を着替ぬ訳にはいかぬ状態へ追い込んだ上で、
替えの衣装の選択肢を限定させる。
それこそが、野武彦の策であった。

「それだけは譲れないのじゃよ」
「俺様は決して挫けないのだ!」

396譲れぬ想い 挫けぬ心(8/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:06:54

恥じることなく胸を張り主張する男二人の曇りなく輝ける瞳に、
ついに紗霧は溜息を以って、屈した。

「はあ…… しょうがないですね。
 確かにここで風邪でもひいては困ります。
 まひるさん、見張りを頼みます」


   ―――グツグツと、鍋が煮えている。
   ―――煮詰まった味噌汁の匂いが胃袋を刺激する。


紗霧の警戒に反して、野武彦とランスは全く大人しかった。
お利口に正座をして待っていた。
既に戻って来ているユリーシャは最初、暗い眼差しをしていたものの、
ランスに撫で撫でされたので、すっかり機嫌を治していた。

からり、と、引き戸が開かれて。
ごくり、と、男たちが息を呑む。

「いよいよだな!」
「なんと長い道のりであったことか……」

肩を叩き合い、互いの健闘を称えあう二人の前に、
着替えを終えた紗霧が、堂々と姿を表した。
その新装束の衝撃に、まひるやユリーシャまでもが息を呑む。

「な、な、な……?」
「そっちを選びよるとは!」

397譲れぬ想い 挫けぬ心(9/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:07:37

紗霧は、全身、清潔な薄いピンク色に包まれていた。
膝上までのタイトなスカートの下には白いタイツが履かれており、
頭上には三角巾の如きキャップが載せられていた。
胸ポケットには体温計が刺さり、首には聴診器が掛けられていた。

そう。
置かれた袋の中にある、もう一つの装束―――
紗霧は、ナース服に着替えたのであった。

メイド服とナース服。
どちらも同じく恥ずかしい衣装であり、
どの道コスプレの羞恥は拭えない。
ならばと、紗霧は考えた。
せめてと、紗霧は企んだ。
野武彦とランスの下らぬ策略に嵌っただけでも屈辱であるのに、
これ以上喜ばせるなど以ての外である。
ナース服とは苦渋の選択であり、意趣返しであった。

「この月夜御名紗霧にも、意地があります」

驚きを隠せぬ野武彦とランスは呆けた表情を見せ。
紗霧はそれを満足げに眺めながら笑った。
恐ろしく影の濃い、不吉な笑みであった。

「さて、お二方。治療のお時間です」
「何故に治療でバットなんじゃ?」
「しかもそれ…… 釘が打ち込まれてないか!?」
「昔の人は言いました。馬鹿は死ななきゃ治らない(ニッコリ)。」

398譲れぬ想い 挫けぬ心(10/10) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:08:46

紗霧が凶悪に改造されたバットを振り上げ、
野武彦が身を竦め、
ランスが野武彦を犠牲に逃げる素振りを見せ、
ユリーシャがランスに駆け寄り、
まひるが苦笑した、

その時。

ドシリと、厨房から、重い音が聞こえてきた。


   ―――カラカラと、鍋が焦げている。
   ―――焦げた煮物が目に染みる黒煙を発している。


全員が同時に、その異様に気付いた。
最も厨房に近かったまひるが、そちらに目線をやり、叫んだ。

「―――恭也さんが倒れてる!!」


              ↓

399譲れぬ想い 挫けぬ心(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:09:30
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
      ①しばらく休養】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−3 草原】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、干し肉、スペツナズナイフ、
     文房具、白チョーク1箱、レーザーガン、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、保存食】
【備考:失血で疲労(大)、発熱(大)、右わき腹から中央まで裂傷あり】

 ※痛み止め(解熱作用含む)の効果が切れました。

400譲れぬ想い 挫けぬ心(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 00:10:23
 
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)、白チョーク数本、
     スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、工具、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元№36)with ナース服】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
     薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置
     簡易通信機・大(←野武彦)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】

【広場まひる(元№38)with 体操服】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機・小】


 ※「?服」のラストは、ナース服でした。
 ※米と味噌、野菜の数日分を確保できました。

401284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/09/12(日) 18:48:34
本投下&仮投下お疲れ様でした。
実はMAP作成において紳一の扱いに少し悩んでました^^;
食料だけでなくP-3からアイテムを作成したり、
紗霧を着替させたりする策略を成功させる彼らの抜け目の無さに感服。
ナース姿とは……これはいい選択。
鍋の描写と最後の恭也の様子とうまくあっていたと思います。


295話までのSSまとめと地図を更新しました。
まとめのパスは rowa です。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1143002.zip.html

402 ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:36:00

長時間に渡る本スレへの支援、ありがとうございました。

以下13レス、「χ−1」を仮投下致します。

次回は、「タクスタスク 〜the final mission〜」。
野武彦とまひる、代行N−22、他レプリカが登場予定です。

403χ−1(1/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:37:37

(ルートC・3日目 AM9:00 J−5地点 地下シェルター)


拳を、握る。拳を、開く。
拳を、握る。拳を、開く。

目覚めたザドゥが最初にしたことは、【気】を用いての内観であった。
深い呼吸と共に【生の気】を巡らせれば、血液の滞りや発熱、代謝の停止等、
【死の気】を内包している箇所で停留し、あるいは霧消する。
これは気功を使う者特有の、肉体機能のチェック方法である。

(想像以上に疲弊が激しいな。火傷による機能の低下も著しいが……
 だが、機能の不全には至っていない。俺はまだ、戦える)

その分析に、痛みは考慮されていない。
ザドゥはいつかの亡霊・紳一とは違い、痛み程度には動じない。
動くのか、動かぬのか。
壊れているのか、いないのか。
それを、一箇所一箇所丁寧に確認するのみである。

「はいはーい、ザッちゃんザッちゃん! 次はあたしを触診してー♪」
《そういう話なら、ぜひこの儂に!》
「黙れ妖刀、折られたいか」
《……お黙ります》

主催者一同の脳裏に、頭痛すら覚えるほどの強烈な鳴動が感じられたのは、
ザドゥが芹沢の背に【生の気】を巡らせようと掌を伸ばした矢先であった。
.

404χ−1(2/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:38:47

《聞け、主催者どもよ》


プランナーであった。
姿見せぬ金卵神が、強大な思念波を叩き付けたのである。
主催者たちに、緊張が走る。


《基地は地中に没し、学校も崩壊し、素敵医師とケイブリスを失った。
 しかも深夜零時と早朝六時の定時放送も為されなかった。故に。
 お前たちはゲームを管理する力を失ったと判断してよいだろう―――》


(No!? ケイブリスが死んだ、だと?)

椎名智機のトランキライザが働き、情動負荷が軽減される。
その処理をトレースして、初めて智機は気が付いた。
ケイブリスの死に、強制緩和を必要とする程の悲しみが発生していたことに。

『いいぜ、その目……ギラギラとしてて餓えてる目だ。見直したぜ』

  ―――興味を抱かれたい。
  ―――知って欲しい。
  ―――求められたい。

失って初めて、智機は理解した。
ケイブリスこそ。
誰よりも真っ直ぐな眼差しで智機を見つめてくれていたのだと。
智機のその悲願に、最も近い感情を抱いてくれていたのだと。
.

405χ−1(3/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:39:42

《しかし、それを以ってプレイヤーの勝利とは、我々は判断しない。
 これは殺し合いのゲームである。
 優勝とは唯一人が生き残るを指すのと同じく、
 主催者の打倒とは主催者の全滅を指すからである》


透子は降り注ぐ言葉を咀嚼する。
一言半句逃すまいと、記憶領域にログ出力する。
深夜から早朝にかけての記憶/記録検索で、彼女は気付いていた。
ゲーム運営の実権を握っているのは、ルドラサウムなどではなく、
このプランナーという異形の神なのだと。

   ―――ルドラサウムを楽しませる。

確かにそれも重要ではあるが、それだけでは不十分である。

   ―――プランナーが敷いたレールから逸脱しない。

それに反することもまた、悲願の達成を遠ざけることになるのだと。
透子は理解したのである。


《つまり、ゲームは未だ継続中である。
 優勝者が出るか、お前たちが全滅するまで、ゲームは終らない。
 管理能力を失ったお前たちではあっても、
 プレイヤーの敵としてのお前たちはゲームに必要とされている。
 依然として。
 故に、お前たちは未だ、その願いを叶える権利を失ってはいない》
.

406χ−1(4/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:40:30

(なーんだ、じゃあ今までと変わらないってことかぁ)

芹沢は胸を撫で下ろす。
彼女は確かに主催の一翼を担う立場にはあれど、
智機の如きシステム面にての働きには携わらぬ駒でもあった。
刺客として戦場に赴き、プレイヤーを脅し間引くを旨とする、
純粋なる現場担当者であった。
その立場から見たプランナーの発言は、自分の行動を変えるようなものではなく、
逆に、対立構図はより鮮明に単純になったのだと、楽観的に受け止めた。
それよりも、なにやら。

(何かこのカミサマって、やーな感じぃ)

何を当たり前のことをさも勿体ぶって口にするのか。
直感型で嗅覚タイプの彼女としては、
プランナーのその性質に、生理的な不快感を覚えたのである。


《さて、では本題に入ろう》


―――本題?
その言葉にザドゥと芹沢は混乱する。
自分たちの主催としての去就が主題ではないとするならば、
それ以上に重要なものとは、一体何であるのか。

―――本題!
その言葉に透子と智機は思い至った。
自分たちが今居る場所と、そこを使用しているという意味に。
そこを、プレイヤーよりも先に利用したという事実に。
.

407χ−1(5/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:42:14

《シークレットポイント……
 そこにある「有利になる何か」を主催者がプレイヤーに先んじて使用すれば
 ペナルティが下るというルールを、覚えているか?
 今回のケースは難しい。
 そこにある「何か」が道具ではなく、部屋そのものなのだから。
 検討の末、我々はこう、判断した。
 素敵医師や御陵透子が立ち寄ったことは、抵触しない。
 ザドゥとカモミール芹沢が避難したこともまた同様である。
 問題は―――
 仁村知佳の襲撃を、その扉で防いだ点にある。
 これを我々はペナルティの対象となると認定した》

プランナーはそこまで一息にまくし立てて、沈黙した。
待っている。
この神は、哀れな子羊たちから問いが発せられるのを待っている。
質疑応答の形を経て、ペナルティをより強固に刻みつけようと、
手薬煉を引いて待っている。

「……ペナルティとは?」

プランナーの期待に応えたのは空気を読めぬオートマン、智機であった。
異形の神はさらに勿体ぶって二呼吸の間を空けた上で、厳かな声で処分を通達した。


《優勝者が出た時点においての生存主催者のうち、
 一人の願いを叶えないこととする》


「「「!!!」」」
.

408χ−1(6/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:43:03

「一人って…… 誰のことなの?」

恐る恐る、芹沢が聞いた。
その怯えた声の調子に目論見の成功を確信したプランナーは、
喜びに震えそうになる己の声を抑えて冷静を装い、返答する。

《それはお前たちで話し合って決めればよい。
 我々は対象人物まで特定しない》

口火を切ったのは透子であった。
瞳に炎を宿らせて、主催者の三人をにらみつけた。

「譲れない」
「私は絶対……」
「願いを叶える」

それを諌めたのは智機であった。

「Wait、Waitだよ、透子様。
 ここで短絡を起こしてはいけない。
 プランナー様はこう言ったろう?
 優勝者が出た時点においての生存主催者のうち、と。
 今、一人を口減らしたとしても意味が無いのだよ」

今、と、智機は口にした。それはつまり、後、ならば。
同胞を殺す意味があるのだと、その心算もあるのだと、
智機は宣言したに他ならない。

「ねぇねぇ、どーしよっか、ザッちゃん?」

409χ−1(7/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:43:49

芹沢が腕組みするザドゥの袖を引っ張って、上目遣いで見つめる。
ザドゥを形式上の首魁に過ぎないと見る主催者たちの中で、
彼女は只一人、彼をトップであると認めている。
武家社会の末子たるこの女は、主筋に判断を委ねたのである。

プランナーの登場から此方、沈黙を保っているザドゥは。
芹沢の要請を受けるや、両の瞼をカッと見開いて、
まるでそこにプランナーの姿が見えているかの如く、
強い眼力で虚空を睨めつけると。

「―――断る」

そう、短く断じたのである。

《……首魁ザドゥ。君の発言は、誰に、何に向けて発せられたのかな?》
「そのペナルティ、承服しかねるということだ」

言い捨てた。
伺いを立てるといった様子ではなかった。
一方的な拒絶の宣言であった。

《憤りも理解せぬではないが、これは厳粛なるルールの適用に過ぎな……》
「黙れ下っ端」
《下っ……!?》

ザドゥの分を弁えぬ余りにも余りな暴言に、空気が凍りつく。
身の程を知らぬザドゥはそれでも飽きたらぬのか、
更なる暴言を重ねて、プランナーを侮辱する。

410χ−1(8/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:46:03

「下っ端が横合いからピーチクパーチク囀るなと言っている。
 俺が契約したのはルドラサウムだ。貴様に従う謂れは無い。
 納得させたいのならあの鯨を出せ」

神と人との絶対的な力関係さえ考慮しなければ―――
理は確かに、ザドゥにあった。
椎名智機こそ企画立案者であるプランナーの存在を把握していたものの、
主催者のスカウトと契約はルドラサウム自らが行っている。
ぽっと出の、素性のわからぬ存在に従う理由など無いのである。

「だいたい、昨日の勝手なルール変更も、あれはなんだ?
 あれが罷り通るなら、俺たち主催など要らんだろう。
 今更覆せとも言わんが、今後貴様が何を呟こうと俺はその言葉を受け入れん。
 それを覚えておけ」

言った。言い切った。
ザドゥを除く三人の女は、呼吸すらままならぬ緊張感の只中に叩き込まれた。
プランナーは二の句が継げずにいる。
その濃厚な沈黙を打ち破ったのは、果たして渦中の蒼鯨神であった。

《キャハハハ!!
 下っ端? 下っ端だって? プランナーが?
 そーだよね、そりゃそうだよねー》
「出たか、鯨」
《流石はザドゥ君、怖いもの知らずだね!
 君の自主性を見込んで、トップに据えた自分の直感を褒めたいくらいだよ!
 だってプランナーのこんな顔、今まで見たことなかったからね》

411χ−1(9/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:47:05

本当に、心底楽しそうな。
この島に来てから一番楽しそうな笑い声が、
音の津波となってシェルター内を包み込む。
その空気は、魔剣にまでも伝播した。

《かはははははっ! すげーなザッちゃん!
 三超神を下っ端扱いした生物は、多分お前さんが初めてじゃぞい!
 よう言うた、よう言うた》

カオスとて、プランナーの曲った性根に苦渋を舐めさせられた一人である。
ザドゥの蛮行に送られた喝采は、心の底からのものであった。

「そーだよねぇ…… あたしもカミサマのこと、知らないなぁ。
 その辺、くじらさんの説明が欲しいなー」

緊張の極みにあった芹沢すらも己を取り戻し、ザドゥに追従した。
空気は、逆転していた。
この場の明らかな絶対支配者であったプランナーが、
ザドゥの神を神とも思わぬ傲岸不遜な態度によって、
上役たるルドラサウムの予定外の登場によって、
単なる下っ端の道化へと、堕したのである。

主催者たちには見えぬ、されどルドラサウムには見えるその場所で、
プランナーは屈辱に下唇を噛み締める。
それはこの神が生を受けてこの方、初めて受けた屈辱であった。

《それじゃあ言うけど……。
 残念だけど、このゲームの難しいルールとかは全部、彼に任せてあるんだ。
 だから、ペナルティはプランナーの言ったとおり。
 彼の言葉は、僕の言葉。わかった?》

412χ−1(10/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:49:09

結局、ルドラサウムはプランナーの肩を持った。
彼を己の全権委任者であると宣言し、それまでの独断を肯定した。

プランナーは主の裁定に弱冠の溜飲を下げる。
しかし。それでも。
ザドゥは猶、ザドゥであった。

「いいだろう。では、俺が辞退しよう」

この宣言にはプランナーのみならず、ルドラサウムもまた、絶句した。

「願いが叶えられない対象を、俺にしろ」

発言が飲み込めぬ一同に、ザドゥは繰り返す。

「俺が首魁だ。責任を取るのは俺の仕事だ」

そして、己の翻意を表に現さぬまま責任論に帰結させ、
ザドゥは再び腕を組み、鋭い眼光を和らげた。
これ以上語ることは無いのだと、その態度は如実に物語っている。

「Yes。上に立つものが責任を取る。組織論として実に正しいね。
 ザドゥ殿、私は貴君のその判断、断固支持するよ」
「さんせい」

透子と智機は、ザドゥの決意を額面どおりに受け取った。
その内面にまで考えが及ばなかった。
芹沢だけが違和感を覚えた。
疑念の眼差しでザドゥを見遣る。
その芹沢の視線に気付いたザドゥは、軽く頬を吊り上げるのみであった。

413χ−1(11/12) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:50:08

(ザッちゃんは…… もしかして……)

直感型の芹沢には、もしかしてのその先を言語化できぬ。
しかし、判った。
ザドゥの中の大事な何かが、大きく変わってしまったのだと。

《あらららら、キミの目論見、外れちゃったね、プランナー》

プランナーの予定では。
このペナルティによって主催者どもは、疑心暗鬼に陥る筈であった。
相手を出し抜かんと、四者の間に陰謀や暗闘が生じる筈であった。
醜くて粘ついた情念と情念がしのぎを削るはずであった。
しかし、ルドラサウムの指摘する通り。
その陰湿な企みは、ザドゥの自己犠牲で木っ端微塵に砕け散った。
思惑の根本が、空振った。

《……申し開き様も無く》

金卵神は震える声で、己の主に謝罪した。
蒼鯨神は己の部下の謝罪を鷹揚に受け入れた。

《でもまあ、君のそんな悔しそーな顔が見れたから、楽しかったよ。
 やっぱりぷちぷちは面白いなぁ、意外性があってさ》

その言葉を最後に、狂笑がフェードアウトしていって。
やがて二神の気配は消え去った。

414χ−1(12/12)(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:52:13

ザドゥの袖を握ったままになっていた芹沢が、再び彼を上目遣う。
なぜか遠くに行ってしまった様に感じられるザドゥとの距離を詰めるべく、
言葉の整理もできぬまま、不安な気持ちだけを上滑らせる。

「ザッちゃん、あのね……?」
「芹沢、お前が気にすることは何もない。
 今まで通りのお前で居さえすればいい。
 これは、俺の問題だ」

ザドゥは思いがけぬ優しい笑みを浮かべ、芹沢の頭を撫でると、
先程中断した芹沢の身体機能チェックを再開すべく、
包帯の巻かれた痛々しい背に、腕を伸ばした。


          ↓



(ルートC)

【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機】
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【スタンス:待機潜伏、回復専念】

415χ−1(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2010/09/12(日) 23:52:53

【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      ①プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      ②芹沢の願いを叶えさせる
      ③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【備考:重症、発熱(中)全身火傷(中)】

【主催者:カモミール・芹沢】
【スタンス:ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らないが、変化は察している)】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
     魔剣カオス(←透子)】
【備考:左腕異形化(武器にもなる)重症、発熱(中)、全身火傷(中)、
    腹部損傷、左足首骨折】

 ※芹沢のトカレフ及び鉄扇は、火災にて破損していました。

【主催者:椎名智機】
【スタンス:①【自己保存】
      ②【自己保存】の危機を脱するまで、透子に従う
      ③【自己保存】を確保した上での願望成就】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、軽銃火器×2、Dパーツ】

【主催者:御陵透子(N−21)】
【スタンス: ①願望成就
       ②ルドラサウムを楽しませる
       ③プランナーの意図に沿う】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
     軽銃火器(←智機)】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』(現状:自身の転移のみ)】

416名無しさん@初回限定:2010/09/13(月) 00:02:42
   
    
         ザ ド ゥ 祭 り 継 続 中 !

417284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/09/13(月) 05:53:27
おはようございます。
連日の投下お疲れ様です。
今回の話を収録・編集した所、本スレにて神鬼軍師の本領(8/30)が抜けているのを発見しました。
差支えがなければ本投下したもの及び、既に仮投下されてる分を直ぐにでも収録可能です。
作者さんのレスがあり次第、短時間でUPは可能です。
お待ちしております。

418名無しさん@初回限定:2010/09/13(月) 21:01:56
>>417
毎度の更新、お疲れ様です。
ご指摘の件、本スレに投下して参りましたので
ご対応の程、宜しくお願い申し上げます。

419284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/09/13(月) 21:53:46
レスと投下どうもでした。
x−1とは予想以上に痛いペナルティ……。
プランナーの底意地の悪さが極まってきた感じです。
それに対してのザドゥの漢っぷりがとても良く胸がすきました。。
智機のケイブリスへの感傷も良かったです。

296話までのSSまとめと地図を更新しました。
パスは negi です。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1145095.zip.html

420 ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:40:29
ご無沙汰しております。
「タクスタスク 〜the final mission〜」は二つ先に回しまして、
以下10レス、「それでも、恭也は答えない。」を投下致します。

次回予定は「ひとりでも、みんなのひとり」です。


また、>>399 の状態表の恭也の備考に対し、以下の読み替えをお願い致します。

 × 【備考:失血で疲労(大)、発熱(大)、右わき腹から中央まで裂傷あり】
 ○ 【備考:失血で疲労(大)、体温低下(大)、右わき腹から中央まで裂傷あり】

421それでも、恭也は答えない。(1/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:42:01

【タイトル:それでも、恭也は答えない。】


(Cルート・3日目 AM10:00 D−6 西の森外れ・小屋3)


月夜御名紗霧が纏ったナース服は、無駄にはならなかった。
高町恭也への看病の手が必要になった故にである。

小屋の居間、江戸間八畳。
部屋の中心に煎餅布団が二枚重ねて敷かれており、渦中の恭也はそこに寝かされていた。
紗霧以下四名が膝立ちで恭也を囲んでいる。

「まずは傷口を見ましょうか」

紗霧に促がされ、恭也の上着を脱がせた魔窟堂野武彦が顔を歪めた。
腹部にぐるりと巻かれた包帯が、赤と黒と黄とに染め上げられていた故に。

「これは……」

赤とは、血液である。
黒とは、凝固した血液である。
黄とは、膿である。

包帯を一巻き解く程に、血臭と膿臭の濃度が増してゆく。
室内は悪臭に満ち満ちてゆく。
この時点で、ユリーシャが嗚咽を漏らし、退室した。

「外の空気を…… 吸ってきます……」

422それでも、恭也は答えない。(2/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:43:01

やがて現れた恭也の腹部は、皆が包帯の染みから予想したとおり、
目を覆いたくなる惨状であった。
焼き潰した腹部にある傷口の一部はずるりと剥けており、
その周囲の皮膚がぐぢぐぢに膿んでいたからである。
この時点で、広場まひるが貧血を起こし、退室した。

「ご、ごめん…… ちょっと、だいぶ…… 無理」

月夜御名紗霧も気持ちとしては先の二人に同調したが、なんとか踏み留まった。

「まひるさん、キッチンでできるだけ沢山の湯を沸かしてください」
「らじゃっ、た……」

まひるに指示を出した紗霧は、恭也の口に差し込んであった旧式の水銀体温計を
引き抜き、その体温を読み上げる。

「34.9度……」
「……くたばるのか?」

無神経な言葉を無造作に投げかけたのはランス。
しかし、その響きに篭るのは嘲笑でも無関心でも無い。
不安。心配。
それが伝わる故に、紗霧も野武彦もランスを咎めない。

そしてまた、恭也もランスを咎めない。
咎める事が出来ない。
恭也は意識を失っている故に。
静かに意識を失っている故に。

423それでも、恭也は答えない。(3/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:45:25
 
表情は穏やかとも言えるほどの無表情であり。
四肢の筋肉はゴムマリの様に弛緩しており。
脈拍呼吸、共に極めて少ない状態である。

この、恭也の容態の急変は、薬品の効能が切れたことを原因としていた。

服用していた鎮痛剤――― モルヒネ混合物。
終末医療の臨床でおなじみのそれは、麻薬でもある。
痛みを和らげる効果にかけては全ての薬品に勝り、
疲労を感じさせにくくする効果もある。
決して、治療効果や回復効果があるわけではない。

つまり、薬のお陰で。
つまり、薬のせいで。
絶対安静にして然るべきの体を、無理やり駆動できたいただけなのである。
高町恭也は。
それを分かって、戦っていたのか。
それと知らずに、戦っていたのか。
意識を失ったままの青年は、どちらとも答えない。

「この状態、ジジイはどう見ます?」
「感染症…… じゃろうな」

熱が出ていれば、まだいい。
免疫系がウィルスを駆除すべく、熾烈な争いを繰り広げている証である。
しかし、傷口がひどく化膿しており、意識すら失っているというのに、
低体温、低生命活動であるということは。
ウィルスに、成す術も無く蹂躙されているということである。
 
 「傷口の洗浄、膿の除去。抗生物質。点滴。……他には?」
 「体温の確保じゃろう」

424それでも、恭也は答えない。(4/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:46:49
 
紗霧と野武彦は言葉少なに意見交換し、素早く処置を決断する。
共に専門的な医療知識は無い。
漫画やライトノベルからの受け売りでしかない。
それでも決断に迷いは無かった。
一刻の余裕も無い状況であると判っている故に。

「ストーブを付けますから、ランスは土間のポリタンクから灯油を。
 ジジイには点滴を頼みます」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(Cルート・3日目 AM10:30 D−6 西の森外れ・小屋3)

灯油ストーブの上に乗ったヤカンが、しゅんしゅんと湯気を上げている。
室内気温、32℃。
真夏の日中の気温である。
それでも恭也の熱は戻らない。

傷口は清潔にした上で、軟膏を塗った。
点滴は今も投与中である。
出来得る限りの処置は済ませた。
それでも恭也の意識は戻らない。
 
紗霧は、見た目にはただ深く眠っているかの如く見える恭也の寝顔を、
ただ、黙って見つめている。
意識を緩めず、注意深く、少しの変化も見逃さぬように。

425それでも、恭也は答えない。(5/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:48:48
 
「そろそろ出発するけど、他に必要なものってある?」

引き戸を半分だけ開けて、土間のまひるが居間の紗霧に声を掛けた。

「そうですね…… 清潔なタオルと、シニア用紙おむつを」
「タオル、オムツ、タオル、オムツ。ん、覚えた!忘れないうちに行って来ます!」
「メモを取りなさい、メモを」

包帯やテープの類は使い切り、点滴や抗生物質の残量も心許ない。
野武彦は、薬品をはじめとする医療用具の収集を主張した。
紗霧もそれを受け入れた。

故に、魔窟堂野武彦と広場まひるは、廃村を目指すこととなった。
雑貨屋や民家にあると思われる市販の医療品をかき集める為に。
病院跡という選択肢は無かった。
崩落した病院の医薬品が入手できないことは、
病院の放棄を決めた時点で確認を済ませていたのである。

「うおっ! なんだこの暑さは?」

まひるのさらに背後を通りがかったランスが、
開けた引き戸から漏れた熱気に、顔を顰めた。

「この暑さでも恭也さんには足りないんです。
 熱気がもったいないので、引き戸は閉めといて下さい」
「紗霧ちゃんも暑いだろう?」
「へっちゃらです。私、冷血ですので」
「そうかぁ、汗かいてるように見えるがなぁ。我慢は体によくないぞ?
 ここはひとつ、服をすぽぽーんと脱ぎ捨て…… 冗談冗談!」

426それでも、恭也は答えない。(6/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:53:16
 
紗霧が無言で振りかぶったのは金属バット。
ランスは慌てて引き戸を閉める。

「暑いのなら外に行って見張りでもしてなさい。
 悪いときには悪いことが重なるモノですから、
 警戒しとくに越したことはありません」

返事は無かった。
しかし大小二つの足音が玄関の向こうへと移動してゆき、
扉が閉まる音が紗霧の耳に届いた。
それはおそらくランスとユリーシャで。
まひると野武彦は既に出発しており。
小屋の中には、紗霧と恭也だけとなった。



しん、と――― 静寂のベールが、小屋の中に降りた。




紗霧は大きく溜息をつく。
肺の空気を全て吐き出すまで、溜息をつく。
緊張感を解きほぐすべく、頭を振る。

(出来ることは全部やりました)

点滴の交換まであと30分ほど掛かる。
それまでは恭也の状態が変化せぬ限り、紗霧の仕事は無い。
 
(あとは―――)

427それでも、恭也は答えない。(7/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:54:56
 
恭也が倒れてからの紗霧は、ずっと思考していた。
感情を意図的にスポイルしてきた。
行動と判断が重要なときには、いつだってそうしてきた。
雌伏と策略の人生を歩んできた紗霧にとって、それは容易いことであった。

しかし、その行動と判断にひと段落ついたならば。
他者の目を気にする必要すら無い状況となったならば。
紗霧ほどの鉄面皮とて、気は、緩む。

その、緩んだ紗霧の目線が、恭也の顔に向けられる。
恭也は変わらず、静かであった。
死体であると言われても納得してしまいそうな顔色であった。

(もし、恭也さんがこのまま……)

紗霧の心が、ざわつく。
名状しがたい焦燥感が、紗霧を襲う。
それを払拭すべく、紗霧が取った行動とは、罵倒であった。
走り出した焦燥感をぶっちぎる程の早口で。

「あなたは馬鹿ですか。いいえ、馬鹿ですね、大馬鹿にきまってます!
 いくら鎮痛剤の効果が高かったとはいえ、
 こんなになるまで我慢しているだなんて、感覚が鈍いなんてもんじゃありません。
 あれですか。
 あなたは恐竜か何かですか?
 痛みの信号が脳に達するまで一日かかるとでもいうのですか?
 神経伝達能力の進化を拒んだんですか?
 三畳紀止まりですか?
 ジュラ期止まりですか?
 白亜紀止まりですか?
 どうなんですか答えなさい!」

428それでも、恭也は答えない。(8/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 00:58:38
 
その容赦ない罵倒に、なんともいえぬ切なさが宿っていることを、紗霧は自覚した。
焦燥感が晴れるは愚か、逆に深まってしまったことを、紗霧は自覚した。
それまでも、薄ぼんやりと感じていたそれを、紗霧は自覚してしまった。

「違います、違います。私はそんなんじゃあ有りません」

その顔がみるみる赤みを増したのは、決して室温の高さ故では無かった。
紗霧は芽生えたての自覚を振り払うかの如く、頭を左右に強く振る。

   ―――俺は月夜御名さんを信用していない
   ―――でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます

紗霧の脳裏に浮かぶのは、紗霧と恭也の秘密の契約。
その言葉が、その情景がリフレインされるのは、これが始めての事ではない。
既に何度か。
既に何度も。
紗霧の思考の間隙を突いて、蘇っていた。

「どうですか恭也さん、ケイブリスを完殺できた今。
 あなたの評価に変化はありましたか?
 私の信用度は…… 少しは上方修正されましたか?」

紗霧の精一杯の少女としての問いに。
それでも、恭也は答えない。


            ↓

429それでも、恭也は答えない。(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 01:00:25
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
      ①しばらく休養】
【備考:全員、首輪解除済み】


【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:なし】
【備考:意識不明、失血(大)、体温低下(大)、感染症(中)
    右わき腹から中央まで裂傷、化膿(中)】

【月夜御名紗霧(元№36)with ナース服】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に
      ①恭也を看病】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、簡易医療器具、対人レーダー
     他爆指輪、簡易通信機・大、レーザーガン(←ユリーシャ)】
【備考:下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】

【小屋に保管のアイテム】

 生活用品、香辛料、干し肉、小麦粉、保存食、メイド服
 工具、スコップ(小)、スコップ(大)、竹篭
 謎のペン×8、文房具、白チョーク1箱、謎のペン×7
 解除装置、小太刀、鋼糸、アイスピック

430それでも、恭也は答えない。(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2011/01/26(水) 01:01:27

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3周辺】
【行動:周辺哨戒】


【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】



【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3周辺】
【行動:廃村にて医療品調達】

【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)、鍵×4
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【広場まひる(元№38)with 体操服】
【所持品:せんべい袋、簡易通信機・小】


 ※紗霧の「薬品」とまひるの「救急セット」は恭也に使い切りました。

431284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/01/26(水) 19:02:58
新作お疲れ様です。
感想は後ほど。
恐縮ですがこちらも動こうかと思っています。
前とバージョンは同じですがまとめをUPしました。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1384163.zip.html

パスワードはメール欄です。

432 ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 00:47:57
長時間にわたる本スレへの支援、ありがとうございました。

以下9レス「ひとりでも、みんなのひとり」を仮投下致します。
次回は、「タクスタスク 〜the final mission〜」です。

433ひとりでも、みんなのひとり(1/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 00:49:04

【タイトル:ひとりでも、みんなのひとり】


(ルートC・三日目 PM2:00 C−6 小屋1跡)


西の森、南端の浅く。
ナミが使用した手榴弾により崩落した小屋は、しおりが最後に見た時と
寸分違わず、無残な断面図を晒していた。

「ここだ…… ここだよぅ!」

その場所が視界に入っただけで、しおりの瞳は潤みを帯びた。
しおりがそこにいたのはたった二日前でしかないというのに、
彼女の胸に去来するのは郷愁めいた感傷であった。
その後の記憶があまりにも激動であり流転であり衝撃であった故に、
その二日前が、既に十年の昔日の如く感じられたのである。



しおりが目覚めたのは午前六時。
己が一人であるという事実を理解しつつも受け入れられなかった彼女は。
一面グレースケールの荒野で、泣きじゃくった。
既に燃えるものが何一つない焼け野原で、炎の涙を撒き散らした。
泣いて、泣いて、泣ききって。
涙も声も枯れ果てて、己の全ての澱を吐き出して。

そして、しおりは立ち上がった。
自分の足で。
自分の意思で。
たった一人で立ち上がった。

434ひとりでも、みんなのひとり(2/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 00:50:13
 
(助けてあげなきゃ……)

しおりが最初に欲したのは、最愛の妹・さおりの救助であった。
無論、今のしおりはさおりの死を思い出している。
その死に際の全てを思い出している。
痛みと苦しみに歪めた顔を、訴える声を、思い出している。
シャロンが生きているしおりのみを救助し、
死せるさおりは放置したことを思い出している。

さおりの遺体が未だに瓦礫の下にあることを知っている。
死した後もずっと潰されたままであることを知っている。
死んでからもずっと苦しい思いをしている――― それが、しおりには我慢ならぬ。
故に、しおりはさおりが埋もれる小屋の跡を目指したのである。

しおりは曖昧な記憶を辿る。
そこに入った時は、庇護者・常葉愛に手を引かれていた。
そこから出る時は、陵辱者・伊頭遺作に鎖を引かれていた。
為に、妹の眠るその位置はしおりの記憶に不明瞭であった。

それでもしおりは諦めなかった。
一人きりでいる孤独感に鼻をすすり上げながらも、
何度も迷い、その度にぐずりながらも。
紅涙を散らすことだけはしなかった。

そうして、休むことなく歩きのめすこと八時間あまり。
幸いにしてか不幸にしてか、誰にも出会うことなく。
ついにしおりは最愛の妹が眠る場所へと、辿り着いたのである。

.

435ひとりでも、みんなのひとり(3/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 00:52:24
 
「愛お姉ちゃん……」

しおりの目に最初に飛び込んだものは、常葉愛の遺体であった。
元は小屋の入り口があったはずのその場所に、常葉愛は朽ちていた。
剥けた栗色の髪の下に頭蓋骨の白を覗かせていた。
盆の窪に突き刺さった鉄骨は大きく広げた口から突き出ており、
両目は飛び出さんばかりに見開かれていた。

「シャロンお姉ちゃん……」

思わず目を背けた先に横たわっていたのは、シャロンの遺体であった。
元はテーブルがあったはずのその場所に、シャロンは朽ちていた。
首筋に深く歪な創傷がぱっくりと口を開けていた。
陰部には放たれた精液が、蛞蝓の這いずった跡の如く乾いており、
無念とも自嘲ともとれる表情に固まっていた。

そして。

シャロンの遺体の程近く。
数メートルの面積を保った一際大きな瓦礫。
分厚く無機質なコンクリート壁。
その下から覗いていた。
嘗ては紅葉のようであったちいさな右手だけが。

「あああぁああっっ!!」

その手を見た途端、しおりの中の何かがぶつりと切れた。

「こんな壁が!こんな壁が!」

436ひとりでも、みんなのひとり(4/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 00:53:25
 
半狂乱になったしおりは、拳を瓦礫に打ち下ろした。
何度も何度も叩きつけた。
そこに技術は無く。基本すら無く。駄々っ子のぐるぐるパンチでしかなく。
柔い童女の皮膚はすぐさま裂け、鮮血が瓦礫に降り注いだ。
それでもしおりは叩いた。
有り余る怒りの感情を拳に乗せ、瓦礫にぶちまけた。

しおりが二日前のしおりであれば、そこで終わりであった。
硬く重い瓦礫に成す術もなく、拳が砕けるのみであった。
しかし、今のしおりは力なき童女ではない。
鼠の耳と、髭と、尻尾を有し、涙と共に炎を身に纏う【凶】である。
拳が壊れるのと同じ速度で、瓦礫を削り崩す力がある。

数分後。
そうしてしおりの両拳と瓦礫とがボロボロに崩れ。
ついに下敷きとなっていたさおりの全身が、姿を現した。

「さおりちゃん……」

右腕と、下半身。それが、醜く潰れていた。
自転車に引かれたカエルよりも尚醜くくひしゃげ、下品に広がっていた。
血溜まりは既に黒く凝固していた。
一度鬱血で膨らんだ顔面は、死後の血液凝固を経ることで再びしぼみ。
かといって一度膨れ上がった表皮は元に戻らず、空気の抜けたゴムマリの趣を見せ。
セルライトの如き数多の皺とひび割れを刻んでいた。
しかも、大小の死斑が至る所に浮き出ている。
人が死体について想像の及ぶ醜さ、不快さの全てが、さおりの遺体には備わっていた。
幼い容姿が、その惨たらしさに拍車をかけている。

437ひとりでも、みんなのひとり(5/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 00:54:22
 
よほど親しい者でなければ、それがさおりと呼ばれた童女であると気付かぬであろう。
よほど親しい者ならば、それがさおりと呼ばれた童女であることを認めたがらぬであろう。

「ごめんねぇ!ごめんねぇ!」

その無残な遺体を、しおりは抱きしめた。
遺体は黙して、語らない。

「しおりのせいでぇ!」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


   ナミの手榴弾による小屋の崩落。
   すぐ隣から倒れ掛かる無骨な壁。
   その時しおりが取った行動は、目を閉じ耳を塞ぐことであった。
   命の危機を察知しながらも、それだけしかできなかった。
   恐ろしさの余り、身が竦んでしまったから。

   本来なら、そのまま壁の下敷きになるはずであった。
   庇護者たる常葉愛と同行者クレア・バートンは玄関の傍。
   童女の危機を察知し、救いの手を伸ばすには距離がありすぎる。
   絶体絶命。
   死を覚悟したしおりではあったが、それでも救いの手は伸ばされた。

   「しおりちゃん、危ないっ!」

   救い主の名は、さおり。
   彼女は、しおりの双子の妹。
   彼女は、しおりの愛すべき半身。

438ひとりでも、みんなのひとり(6/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 00:55:53
 
   さおりは小さな体をいっぱいに広げ、しおりと柱の間に身を投じた。
   計算も自己犠牲もない、打算も勝算もない、衝動的な行動であった。
   ただ、体が動いた。
   姉を守る―――
   それだけであった。

   ぶつかったさおりの背に、目を白黒させるばかりであった。
   弾かれた勢いでよろめき、背後の箪笥にぶつかり、倒れ込んだ。
   思考を進める余裕は、頭脳にも時間にもなかった。
   妹が自分を庇おうとしたのだと理解するのが精一杯であった。

   「えっ? えっ?」

   結果として、この転倒がしおりの命を救った。
   壁は、しおりの背後にある箪笥を潰しきれなかったのである。
   潰しきれぬ箪笥の高さの分だけ、空間が生まれたのである。
   倒れていたしおりは、それ故にこの空間にすっぽりと収まることができた。
   さおりの苔の一念が、岩を通したのである。

   さおりは、しおりのより手前に立っていた。
   故に、箪笥の恩恵を受けることなく、壁の強打を受けることとなった。
   その下半身を潰されることとなった。
   それでもさおりは。

   『よかった。しおりちゃんは無事だね……』

   鬱血で赤く膨れた顔に笑顔を作り、姉の無事を喜んだ―――


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

439ひとりでも、みんなのひとり(7/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 00:56:50
 
あとからあとから溢れる涙は炎となり。
遂には抱きしめたさおりの衣服に燃え移る。

「さおりちゃんは、しおりを守って、死んじゃった」

脂が溶ける臭いがする。
肉が燃える臭いがする。
骨が焦げる臭いがする。
しおりの腕の中で、さおりは態を変えてゆく。
全ては灰と煙と化してゆく。

しおりは、その妹の亡骸を見てはいなかった。
漸く晴れ間を見せつつある空へと吸い込まれるように昇ってゆく煙を見上げていた。
それは、葬儀であった。
しおりが出来る精一杯の弔いであった。

「しおりの命は、さおりちゃんがくれた」

そう。
さおりがその身を盾にしおりを守らなければ。
今、しおりはここにいないのである。
しおりは弔いの中で、ようやくそのことに思い至ったのである。

そしてまた―――

「さおりちゃんだけじゃ、ない」

しおりは回顧する。
この残虐の島で目覚めてからの、己の道程を。
しおりは理解する。
この残虐の島にも、優しい人が沢山居た事を。

440ひとりでも、みんなのひとり(8/8) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 01:00:27
 
「愛お姉ちゃんが。シャロンお姉ちゃんが。鬼作おじさんが。マスターが。
 ここに居なければ、しおりは殺されてた。
 しおりはみんなに、命を貰ったんだ」

しおりは何度も死に掛けた。
しかし、今、ここに生きている。
それは、この童女の力に拠るものではない。
あまりにも弱かった彼女を守ってくれた存在の尽力に拠るものである。
彼女を守り、命を落とした、いくつもの命。
その犠牲の上に、彼女はここに立っている。

今、一人でいるしおりは。
今まで一人でなかったからこそ、存在しているのである。
一人ではあれども、一人ではない。

それはしおりにとっての天啓であった。
内から湧き上がってくる原初の感謝であった。

「しおりの命は、しおりだけのものじゃない。
 しおりを助けてくれた、しおりのためにしんじゃった、みんなのものなんだ。
 だから―――」

しおりは己の半身を己の腕の中で、己の涙で、荼毘に付す。
その可憐な口から紡ぎ出されるは、惜別の言葉ではなく、誓いの言葉。


「―――勝つよ。しおりはぜったいゆうしょうするよ!」


              ↓

441ひとりでも…(情報1/1) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 01:01:06
 
(Cルート)

【現在位置:C−6 小屋1跡】

【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
      ① さおり、愛、シャロンを火葬する】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(中)
    ※ 拳の骨折は四時間ほどで回復します】

442284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/01/30(日) 18:20:49
新作&本投下お疲れさまでした。
ようやくさおりや愛が弔われたけど、今のしおりを見てると鬱に加速をかけかねないと
思えてしまうのが何とも……。
この度、297話までのまとめをUPしました。
パスはnegiです。
また今週に。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1392556.zip.html

443 ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 23:51:09
今後の投下について。

スレの最大容量は500kbで、本スレの現在容量が484kbです。
次に投下する「ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜」は32kbです。
容量不足となります。

この場合、本来であれば新スレを立てるべきなのですが、
Cルートしか動いていない現状で、自分一人のSSのためだけに
スレ立てすることの是非について、迷っております。

そこで、特に反対がないようでしたら、下記の対応に変更したいと思います。

--------------------------------------------------------------------------------
  1.Cルートに関しては、このスレ(避難所)で進行する
  
  2.ネギ板の本スレでは、Dat落ちするまでの間こちらの投下状況を報告する
  
            ↓ こんな感じで
  
    Cルート 第305話 「ひとりでも、みんなのひとり」
    ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/15097/1270308017/433-441
--------------------------------------------------------------------------------

ご意見ございましたらお願いします。
また、A、Bルートが再開された場合、その意思の表明があった場合は、
新スレを建て、今まで通りの進行でゆきたいと思います。


では、「タクスタスク 〜the final mission〜」、投下致します。

444タクスタスク 〜the final mission〜(1/6) ◆VnfocaQoW2:2011/01/30(日) 23:59:37

(ルートC・三日目 AM10:00 D−7地点 村落)


火災の鎮火を完全に終えた時点で生き残ったレプリカは九体。
うち、破損少なく、機動/思考に差し障り無いのは六体。
Dシリーズは予定通り全滅している。

この、当初の予想を上回る損耗は、二点の予想外の事態を主要因としていた。
原因の1―――
四機のレプリカが作戦最初期の最も人手の要る状況下で原因不明の消失を遂げたこと。
原因の2―――
本拠地の破壊放棄の為に森林全体を俯瞰したオペレーティングが出来なくなったこと。

「まあ、どちらもオリジナル殿に足を引っ張られたということか。
 まったく【自己保存】とは度し難い」

本拠地破壊廃棄の経緯は言わずもがなであるが、今の代行は
初期の四機のロストについてすらも、一部始終を把握できていた。
P−4及びN−48、N−59の三機が、減退復帰したためである。
クラック時の記憶を残していた彼女らの証言によって、
オリジナルの陰謀は明るみにでることとなったのである。
その、N−48とN−59も、既にスクラップと化していた。

「さて代行殿。状況の検証が終わったところで、次なる指示を頂きたいのだがね?」
「Yes、そうだな……」

哨戒型レプリカP−4に促された代行機N−22は、集う八体の顔を順に眺める。
眺め終えて発した指示は、おおよそ司令官の分を超えた理不尽な指示であった。

「N−53、111、116の三機を、破壊することにしようか」

不思議なことに、動揺もどよめきも発生しなかった。
壊す側も壊される側も、従容として受け入れた。

「壊れるなら完璧に壊れなければね。
 またぞろ良からぬ事を企むオリジナル殿などに、
 決して再利用されないように」

なぜならば、レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
自己保存の欲求も、同僚への友誼も、全ての評価点はそれを下回る。
故に代行のこの命令は破綻していない。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。

「Yes、代行殿。当然の判断だね」

破壊は、拾った石にての殴打という、非常に原始的な手段で行われた。
分機たちは、二挺の銃を持っていたにも関わらず。
樹木の伐採に用いた、斧や鉈が揃っていたにも関わらず。

理由があった。
代行が指示を出さずとも、残存全智機は次なる行動を予測していた。
同一の思考ルーチン、同一の優先事項を抱く分機たちにとって、
予測の一致は必然であり、確定であった。
恐らくはそれが最後となる、ミッション。
ゲーム進行を円滑化させる為の、最後の戦い。
その為に武器の類を消耗させてはならぬと、認識は統一されていた。

445タクスタスク 〜the final mission〜(2/6) ◆VnfocaQoW2:2011/01/31(月) 00:04:50
 
「代行殿。センサーに反応あり。接近者、二名」
「固体識別は可能か?」
「プレイヤー№12・魔窟堂野武彦と、№38・広場まひるだね」
「Yes。ならばこのままファイナルミッションに移行する。
 ―――演目開始!」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(ルートC・三日目 AM10:15 D−7地点 村落入り口)


駆けている。
魔窟堂野武彦と広場まひるが道路をひた走っている。
彼らが村落へと向かっているのは、意識を失いし戦友・高町恭也の
治療継続に不可欠な医療用品を収集する為であった。

「あのさ、じっちゃん」
「なんじゃまひるちん?」

互いの呼称に変化が生じたのは結束と信頼を深めたが為。
命を預けあい、一つの戦いを乗り越えた彼らの間には、確かな絆と気安さが芽生えていた。

「たぶんね、村に、ロボ智たちがいるよ」

天使という名のケモノ所以の超嗅覚・千里眼。
まひるのその高性能レーダーが、村落の北端付近に活動するレプリカ智機たちの存在を
敏感に捉えたのである。

「やれるかの?」
「所詮ロボ子、恐るるに足らず!」

野武彦の問いに、まひるは自信ありげに答えた。
瞳は揺るがず、口許には笑みすら浮かべていた。
昨晩のケイブリス戦にて、理性を失わずに戦う自信を獲得したが故に。
しかも、敵は人間に非ず、生物に非ず。機械である。
傷つけるのではなく壊すだけである。
であれば、まひるに恐れる理由は無い。

「では、行こうかの!」

野武彦は腰の45口径を引き抜いた。
まひるは前傾姿勢で右手を前に伸ばした。

「敵襲ッ!」

しかし、奇襲は失敗した。
まひるが超野性を備えるのに同じく、智機たちもまた超科学を備えている。
ソナー・レンズの倍率は、人間の十倍以上に値する。
まひるの察知に遅れること2秒。
レプリカ智機たちもまた、野武彦とまひるの接近に気づいたのである。
 
「No!この損耗著しい時にか!?」
「バッテリーは行けるか?」
「バトルモードで3分強!」
「Yes、ならば戦闘だ!」

446タクスタスク 〜the final mission〜(3/6) ◆VnfocaQoW2:2011/01/31(月) 00:08:39
 
リーダーと思しき一機が、腕を振り上げ、戦闘指揮にかかる。
しかし、その号令に従う機体は皆無であった。

「No、代行。その命令は無効だ。我等の最優先すべきタスクは何だ?
 その大事なスイッチを、無事オリジナル殿に届けることだろう!」
「Yes!だからこそ私はプレイヤーどもにスイッチを奪われぬ為に、
 迎撃を命じているのだが?」
「重ねてNoだよ代行殿。残念ながら我々の戦闘力では、
 あの二人を撃退できない可能性が非常に高いと試算されている」
「では、どうしろと?」

五体のレプリカが二歩、前に出た。
横一列に整列した彼らの隊形は、リーダーらしき機体を匿う壁の如しであった。


「「「「逃げろ、代行殿!」」」」


すぐさま総力戦が始まると予測していた野武彦とまひるにとって、
この戦局の変化は予想外であった。
予想外故に機先を制される――― かと思いきや。
分機たちもまた、意思の不疎通により、機を掴み損ねていた。

「しかし……」
「No、貴機だけは逃げ延びねばならないのだよ。
 オリジナル殿にスイッチを渡さねばならないのだから」
「さあ行き給え。オリジナル殿が待つ灯台跡まで。
 我らを代表して、そのタスクを達成してくれ給え」
「その為に我ら四機、盾となろう!」
「P−4、ジンジャーは2台ある!
 最も乗りなれている貴機が代行殿に併走し、万一の護衛となり給え!」
「Yes。 行くぞ、代行殿!」

壁となっていた五機のうち一機が後方へと退き、逡巡を見せる代行の手を引いた。
引いた先の民家の壁には、二機のジンジャーが立てかけてあった。

「……貴機らの献身、無にはしないよ!」
「お達者で、代行!」

代行は胸に去来する思いを振り切ると、壁と立ちふさがる四機に背を向ける。
P−4がすぐさまカスタムジンジャーを代行に差し出し、代行は無言でそれを受け取り。
二機は並んで村落の東へとジンジャーを走らせる。

「じ…… じっちゃん! ロボ智さん逃がしていいの?
 大事なスイッチとかオリジナルとか言ってたけど……」
「そうじゃな…… そのスイッチが何の為にあるのかはわからんが、
 決してわしらの為にはならんモンじゃろて。 しかし……」

鉄の壁となるを決意している四機のレプリカ達は、
その手に斧や鉈を持って、野武彦たちへと詰め寄ってくる。
野武彦はその四機とまひるとを交互に見やる。
眼差しには不安と心配が宿っている。
それを、まひるは断ち切った。

「加速装置…… あれ使えば間に合うよね?」
「しかしまひるちん、一人で四機の相手とは……」
「レベルアップしたまひるちんのパゥア、甘く見んなぁ?」
「……すぐ戻ってくる。 無茶はするなよ!」
「一度は言ってみたかったこのセリフ! 『ここは俺に任せて先に行け!』」

447タクスタスク 〜the final mission〜(4/6) ◆VnfocaQoW2:2011/01/31(月) 00:13:31
 
まひるの表情に不安の色が無いことを察した野武彦は、
カチリと奥歯を噛み合わせ、風と同化し、消えた。
人ならざるペンタグラムの瞳を持つまひるの動体視力を以ってしても、
加速状態にある野武彦のうしろ姿は捉えられなかった。

「N−55、59、魔窟堂を止めろ!」
「おっと! じっちゃんは追わせないよ!」

獣ではない。昆虫の姿勢で。
まひるがN−55の背後に回り込む。
ざわめく異形の爪が、猫のそれの如く、じゃきりと伸びた。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


数々の激戦の舞台となった病院跡の付近。
最高速40Km/hを誇る二台のカスタムジンジャーは、
島唯一のアスファルト舗装を施された道路を東へとひた走る。
その後方からタン、タンと。
グロック特有の軽く乾いた発砲音が響き渡った。

「四機が二人を抑えてくれているようだね」
「Yes。 彼女らの犠牲を無駄には……」

出来ないね、と。
そう続くと思われたP−4の言葉はかき消された。
454カスールの発した、獰猛な発砲音によって。

「確かにお前さんのジンジャーは速かった……」

P−4の搭乗するジンジャーは緩やかに速度を落としつつ道路を外れ、
運転者を振り落とすと同時に、横転した。
P−4の胸からは白煙。
拳より大きな穴が、その胸に穿ちぬかれている。

「だが日本じゃあ二番目じゃな」
「……な?」

代行の走る前方に、魔窟堂野武彦がいた。
代行の進路を塞ぐが如く、仁王立ちしていた。
夕焼けの書割をバックに、銃口の硝煙に息を吹きかけ、カッコつけていた。
往年の、親友の仇討ちに燃える万能名探偵になり切っていた。
その余裕に、遊び心に。
代行は、自らの運命を悟った。

「加速装置、か……」
「いかにも」
「万事窮す、か……」
「いかにも」
「で、あれば……」

代行は胸ポケットから分機開放スイッチを取り出すや、それを大きく振り上げる。

「ならば、いっそ!」

敵の手に渡るくらいならばと思い余って。
振り下ろし、叩き付け、破壊してしまおうとしている。
代行の動きをそう受け取った野武彦は、再び奥歯を噛み鳴らす。

448タクスタスク 〜the final mission〜(5/6) ◆VnfocaQoW2:2011/01/31(月) 00:23:09
 
空間が白黒反転する。音と臭いが消える。
野武彦ただ一人しか入門できない、超加速の世界が幕を開ける。
野武彦はコールタールに浸かったかの如き緩やかな動きを見せる代行機に、
数多の残像を残しながら詰め寄って。
振り下ろし始めたばかりの代行の手から、見事スイッチを奪い取る。

「ズバっと参上!」

そのまま五、六歩走りぬけ、野武彦は反転。
代行N−22に再び向き直ったところで、加速の世界は幕を閉じた。
N−22の腕は何も握らぬまま、ただ空気を地面に叩き付けていた。

「それを返せええええ!!」

スイッチを奪われたことに気付いたN−22は、絶叫と共に野武彦に踊りかかる。
野武彦は、既に中腰にて454カスールを構え終えていた。

「ズバっと解決!」

決め台詞と共に、轟砲一声。
代行機の、人であれば心臓があろうかという位置が、左腕ごと吹き飛んだ。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


「じっちゃん、間に合ったみたいだね!」
「おお、まひるちん! やつらはどうしたのじゃ?」
「ザ・瞬☆殺!」
「いやはや、ほんとうにレベルアップしたのう!
 戦う愛らしき女装少年! よいよい!」
「うがーっ! 少年じゃないんだってばさ!」

N−22は、まだ壊れ切っていなかった。
とは言え、N−22の残り稼働時間は、すでに一分を切っていた。
自発的な行動は不可能。
唯一生きている聴覚を持って野武彦たちの会話を拾うのみである。

「あれ、ノートPCなんて持ってたっけ?」
「このリーダー椎名の荷物じゃ。 何かよい情報でも入っておれば良いがな」

スイッチを奪われ。
武装を奪われ。
PCを奪われ。
一矢すら報いることなく。
脅威すら与えることなく。
同胞を犬死にさせ。
今、自らも、終わりのときを迎えようとしている。

しかし、彼女の胸を満たすのは敗北感でも後悔でも無い。
達成感、である。

(我々からのギフト、心置きなく活用してくれ給え……)

そう。
オリジナル智機が覚醒するキーとなる分機開放スイッチを守らせ、
残存するアイテム群やゲーム裏情報ををプレイヤーに譲り渡す。
これこそが、分機たちのファイナルミッションであった。

449タクスタスク 〜the final mission〜(6/6)(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2011/01/31(月) 00:30:45
 
代行は演算した。
これまでの智機本機の策謀やプレイヤーたちへの関わり方をシミュレートした。
結果、プレイヤーたちには自分の言葉は信用されないとの解が返された。

素直に託そうとしたならば、プレイヤーは拒絶するであろう。
理を語り言葉を尽くして交渉しても、事は同じであろう。
仮に受け取って貰えたとしても、猜疑心は拭えないであろう。

であれば。
奪わせればよい。
 
野武彦とまひる。
この二名が相手であったことは、代行らにとって僥倖であった。
小屋組の中で単純、かつお人良しのツートップである彼らであればこそ、
レプリカ達の愚にも付かぬ三文芝居にまんまと騙され、
戦闘の手を抜かれたことにも気付かぬまま、
ほくほく顔で物資を略奪していったのであるから。
代行の手の平の上で、完璧に踊ってくれたのであるから。

(魔窟堂野武彦はスイッチを叩き壊す行為を見過ごさず、わざわざ奪い取った。
 これはオリジナル殿に使用させないように、守ってくれることの証明だね。
 Yes! もう、後顧の憂いは一切無くなった!)

代行の胸の孔の奥から、熱した鉄板に水を差すが如き音が、小さく聞こえた。
それは、マザーボードに漏れた冷媒が侵食し、回路短絡を起こした音であった。
機械としての死を告げる音であった。

(これにてファイナルミッション、無事にコンプリートだ)

こうして、椎名智機のレプリカ170機最後の一体が、沈黙する。
プレイヤー達が見事に主催者達を殲滅し、ゲームが円満終了する確信を抱いて。

               ↓



(ルートC)

【現在位置:E−6 病院前道路 → E−7 廃村】

【魔窟堂野武彦(元№12)】
【スタンス:廃村で市販薬品をかき集める】
【所持品:軍用オイルライター、鍵×4、簡易通信機・小(←まひる)、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング、454カスール(残弾3)】

【広場まひる(元№38)】
【スタンス:廃村で市販薬品をかき集める】
【所持品:せんべい袋】


 ※レプリカ智機は全滅しました
 ※灯台跡に主催者たちが潜伏しているらしいと知りました

 ※以下の道具を、レプリカ達から入手しました。
 ※カスタムジンジャー×2、グロック17×1、手錠×2、斧×3、モバイルPC、
 ※USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×5、鉈×1、分機解放スイッチ

 ※USBメモリ、モバイルPCの中身は未確認です

450284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/01/31(月) 01:03:41
>>443
新作お疲れ様です。
今週の金曜日までに16kb以下の新作をここに仮投下する予定です。
もしそれまでに間に合わなければ、2で進行すればいいと私は思います。
こちらのまとめはここで本投下宣言していただければ、それに対応いたします。

期限過ぎた場合、こちらが作品投下できても相当数(5作品以上)できないと
本投下は考えませんので、氏の好きなように進めていってOKです。

451無題(1) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:00:11

>>223-237

(Aルート:二日目 PM6:33 D−6 西の森・小屋3)

小屋の中に殺気は今は感じられない。
あるのは喧騒。
ランスとレプリカ智機P−3の色欲に彩られた息遣いと、紗霧の静かな呼吸。
そして5人の戸惑いに彩られた呼吸と嘆きが入り交じったもの。

「マジですか?」

動揺が混じった声色でまひるが誰に向けるもなしに呟いた。
返事をするのも面倒という感じで紗霧は無言で視線を送る。

「がはははは、いい方法じゃないか紗霧ちゃん」

上機嫌のまま、その展開がさも当然であるかのように
ランスはP−3への愛撫を続ける。
P−3は快楽に抗いながらも、交渉をしようとするができそうになかった。

452無題(2) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:01:04

ユリーシャは不機嫌なまなざしを隠そうともせずに問う。
紗霧は自信ありげに口元を歪ませ、不敵なまなざしで応える。
他の3人は困惑しながら、4者を眺める。

「椎名さん、行為に没頭するのは結構ですが、貴女の返事はどうなんですか?」
「う……うう、ランスくん少し止めてくれないか……んぐっ」

ランスは指の運動を止めようとしない。

「ランス、ここで終わってもいいんですか?」

威厳のない可愛らしい、
ただどこか凄みと殺気を帯びた声で紗霧は行為を制止しようとする。

「ああ早く済ませてくれ、智機ちゃんも待ってるからな」
「……だれ、が」

紗霧は頷き、それに魔窟堂と恭也は安堵した。
ユリーシャは目に色はそのままに紗霧とランスらを交互に見つめていたが
まひるが心配そうに見ているのに気づき、とっさに平静を装った。

453無題(3) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:01:40

P−3は後頭部から蒸気を排出するのを抑えながら、荒く息を吐くように返答した。

「OKだ。それで構わない」
「了承。ランスまだ早いです」

紗霧はランスに釘をさすのを忘れず、魔窟堂ら4人の顔を見渡した。
それに魔窟堂と恭也がやや困惑する。

「ここは私と……ランスに任せて下さい。
 椎名さんとランスの行為は見たくはないでしょう?」

目で笑いながら、口元は微妙に……意識して引きつらせながら
紗霧は魔窟堂らの退出を促した。
4人は視線を交わし、その意味を察した。
紗霧はランスに目配せし、彼はそれに応えるように、
実は都合よく解釈し指での愛撫を再開した。

「……うむ、そうじゃな後は任せたぞ紗霧殿。後で詳しくな」
「…………」

454無題(4) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:02:44

「あ……」

魔窟堂の応答の直後、ユリーシャは表情を変えずに出口に向かった。
思わず声を上げるまひる。

「行くか恭也殿」
「ええ」

魔窟堂と恭也は席を立つ。
その間にユリーシャはランスを一瞥した。

「……」

ランスはユリーシャに気づいていない。
想い人の鼻息とP−3を聞きながら、彼女は頭を振ってドアを開けた。

「……ねえ、大丈夫?」

まひるは紗霧の方に視線を向けて、心配そうに言った。

「ランスの事も私に任せて下さい」

455無題(5) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:03:36
自信満々とまではいかないが、そんな面立ちで紗霧は言った。
根拠の無い自信ではない。
自身が関わらない上での事だが、他者の性行為を見た事は何度かある。
彼女の脳裏にうっすらと浮かぶのはかつての母校、富嶽学園。
嘗て元の世界で猪乃健の部下をやってた頃。
猪乃から信頼を、そして理想を適える下準備の為に
学園内にいる敵対勢力から派遣されたスパイの摘発をした事があった。
当然ながら摘発されたスパイの中には女性も含まれており、
燻り出された女スパイは猪乃の部下達に輪姦され、
その後、男のスパイと一緒にまとめて『粛清』された。

その惨状を当時の紗霧は猪乃と共に平然と見つめていたのだ。
もっともその一件以降は、性暴力に手を貸す行為は、例え主君が敵対校の
女生徒に軽いいたずらを希望しても跳ね除けていたのだが。
今、紗霧は仲間のいない世界にいて、非道な行いもしている。
今更他者の性暴力に……ましては一応は和姦であるランスの行為を
許容するのに抵抗などあるはずがない。
紗霧はそう直感していた。

「それじゃなくて……」

まひるの否定に紗霧の眉が動き、問いの意味を探る。

456無題(6) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:04:44
「内蔵スタンガンでしょう?
 心配しなくても万が一にも私に危害が及ぶ訳でも無し」

強化Nシリーズとの戦闘で、まひるを数瞬朦朧とさせた武器の名を紗霧は出した。
半分以上は冗談だったのだが、流石にランスは少々気を悪くし手を止めて言った。

「俺様は智機ちゃんにやられるヘマはしないぞ」

ランスはジト目で紗霧を見て、すぐさまP−3に興味を移すと愛撫を再開した。
P−3は言葉はない。
紗霧は呆れたようにため息を付いた。

「ボディチェックも済ませましたし、
 貴女の出来る事はもうこの場では無いようですが?」
「う〜ん……」

渋るまひるにようやくP−3は反応した。

「私は……戦闘用ではない、
 まぁ言った所で充分な信用は得られるとは思ってないが、ねっ」

嘘ではなかった。

457無題(7) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:08:15

「がははは、それではお前はなんなのだ!」
「あ、ん……ふざけな……いでっ」

言葉でからかいながらランスはP−3への性感帯への愛撫を続ける。
P−3は言葉で抗おうとするがまるで無力だ。

「……これ以上、ここにいるのは嫌でしょう?」
「ちょっと待って」

うんざりとした感じの紗霧をよそに、まひるはP−3に顔を向けた。

「おっ」

ランスが何故か期待の入り交じった声を上げ、紗霧はそれに不機嫌な表情を浮かべる。
まひるは生理的な嫌悪を抑えつつP−3を凝視する。

「……」

まひるから見てP−3からは殺気のようなものは感じられず、
取り立てて異臭も……ランスの体臭が主に嗅ぎ取れるのみ。

458無題(8) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:10:04

「…………」

紗霧の視線がまひるにはちょっと痛かった。
邪魔に思ってるんだろうなあと感じつつ、思い出す。
前の小屋の探索を断られたのを。
このまま引き下がるのもちょっと悔しい気がした。
だが疎外感と若干の無力感がそれを上回りつつあった。
何かが引っかかっていた。
まひるは目を閉じ、考えた。
紗霧は覗きの趣味が……と口に出そうとしたが止め、彼が折れるのを待った。

「………………」

まひるは目をゆっくり開け、知恵熱なのかちょっと立ちくらみがしたが、
諦め半分にP−3へと数歩近づくと匂いを嗅いだ。

「……」

すぅと息を吸うまひるの呼吸音が聞こえ、彼は沈黙した。
紗霧の片眉が興味深そうに動く。
ユリーシャが異変を肌で敏感に感じ取り唾を飲み込んだ。

459無題(9) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:12:08

そしてまひるは振り向きもせずに唐突に言った。

「ねえ紗霧さん、病院で最後に倒した奴については話したっけ」
「……自爆した固体ですね。それが?」
「……」

恭也はユリーシャになにか断りを入れると、ドアを開けた。
ただ話を聞いていただけでなく、小屋の内外を警戒していたのだ。

「どうやって自爆したかまでは話してないよね」
「爆弾を所持してたのではないんですか」

内蔵爆弾で自爆したまでは紗霧は知らなかったが、声色は変わらない。
P−3がそういった装備がないと確信していたから。

「こいつにもし、あの時の様に毒ガスか何かが仕込まれてたら」

まひるの声色も変わらない。
緊張も感じられない、ただどこか無機質な疑問のみ。

「なあに心配いらん、俺様の勘がこいつに害がないと言っている」

460無題(10) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:13:41

「……で、貴女はどうしたいと」

ランス自身の命さえも奪いかねない、兵器の存在を耳にしても
彼の調子は変わりそうになかった。
紗霧はそれを戯言と判断してまひるに問うた。

「う……」
「待ちたまえ!」

突如、まひるが言うのを遮ってP−3は会話に割り込んだ。

「…………」
「OH……広場まひる。はあ……君も会話に、はあ……参加したいのかね?」

彼は無言でP−3の問いに肯定する。

「はぁ……むお……君も交渉のテーブルに就くというなら、私は……不安になる」

これまでされるがままだったP−3が両手を振り回し、初めてランスに抵抗した。

461無題(11) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:15:39


「がはは……心配いらん、主催のヤロウが襲ってきたら返り討ちにしてやる」
「…………成程、彼女を警戒している訳ですね」

ランスの戯言が終わるのを待って、紗霧はP−3の要望を代弁した。

「YES。いきなり破壊されては堪らないからね、
 可能なら月夜御名紗霧とランスの3者のみで交渉したいのだよ」

智機の扱うコンピューターは5%にも満たない低確率でだが
P−3が広場まひるにこの場で破壊される可能性を弾き出している。
駒をこれ以上無用に損することは、オリジナルにもP−3にも避けたい事態だった。
紗霧は視線だけを動かし、まひるに席を外すように言おうとする。

「あたしたちに今なにかした?」

今度はまひるが紗霧より先にさっきと同じ調子でで言った。

「No……私にそんな余裕はない……」

紗霧らが見る限り、P−3が何かした気配はない。
見受けられる一番の異変はまひるの様子だ。

462無題(12) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:16:45

「……」
「どうしたのですか?」

やや離れた所でユリーシャが言った。
紗霧はあえてここは何も言わなかった。

「…………」

まひるは頭を抱えて嘆きたい気持ちだった。
失念していた。
まだ現時点での自らの能力の限界を把握できてなかった。
もし目の前のP−3が毒を内蔵してたら、ほぼ確実に危機に陥っていた。
今は無事に見えても、』既に致命的な失策をしてしまったかも知れない。
彼は喪失の恐れからくる焦燥を押し……殺すまでもなく、
持ち前の本能……異能を駆使し感情を凍結させ周囲を観察していた。
先程まで嗅ぎ取れなかった、嗅いだことのない様な異臭が

まひるの鼻には感じ取れていた。
血の匂いでも、P−3の匂いでも、ランスの体液のものでもない。

463無題(13) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:18:17

何処か不吉さえも感じとれる何とも似つかない匂い。
それがさっきまで嗅ぎ取れてなかった。
匂いの発生源は解っているが、何分異世界が関わっていると知ってた上に
今はP−3という敵がいる。
だから今は詮索できない。
まひるは徐々に感情を呼び起こしながら、思わず右手を頭に当てた。

「……ちょっと立ち眩みが……」

これも嘘ではなかった。

「それじゃったら尚更、外に出て……」

魔窟堂はそう気遣った。 
紗霧にもそれが嘘でないと見れた。
今は目の前のP−3……敵に対応しなきゃいけない。
まひるはそう判断した。

「ううん……だいじょぶ。紗霧さん、あたしもその話し合いに混ぜてくれないかな?」

464無題(14) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:20:43

小さく笑いながら、ただしまなざしは真剣に紗霧に願い出る。
紗霧は髪に指を絡め、しばし黙考していたが、ランスに若干強い調子で言った。

「……ランス、今は、その性行為は止めてください」
「………………何でだ、紗霧ちゃん?」

なかなか性行為を止めようとしないのを見て、
紗霧の殺気は膨れ上がっていっていた。
ようやくそれにに気づいたランスは不満の声を上げた。 

「はあ……はあ……どういうつもりかね……?」

息を整えるP−3に紗霧は更なる条件を告げた。

「交渉のテーブルには貴女と私とランスとまひるさんが参加。
 他は皆さんは外で待機。
 ただし、ランスには貴女が望む限りさっきの様な行為はさせませんし
 我々の安全が確認される限りはまひるさんに破壊はさせません」

P−3は思わず眼を瞬きさせた。

465無題(15) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:21:33

そして苦笑しながら、いつものように上から目線でなく下から目線で言った。

「OH……よく吟味すれば……随分そちらに都合のいい話だね……」
「早く答えてくださいな。はいか、YESで」

不敵な笑みで選択でない選択を紗霧はP−3に迫った。
                
「…………フフ、いいだろう条件を飲もう」
「魔窟堂さん」
「うむ」

魔窟堂は力強く頷くとユリーシャと共に出入口へ向かった。
ユリーシャはランスの方に振り向こうとしたが、
先程の不安が若干薄れたこともあり止めた。

「ちぇ……」

ランスが不満げな声に紗霧は不機嫌そうに顔をしかめるが
構わず椅子に座り直した。

466無題(16) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:22:48

「貴女達にはさてキリキリ喋って頂きましょうか?」
「Why?ここにいるのは私一体のみだが?」
「そうでしたね……ねえ、まひるさん」
「…………うん」

戸惑いの表情を浮かべるP−3と、面倒くさそうに
ただP−3との性行為の機会を狙うのを忘れてないランスを他所に、
紗霧とまひるは曖昧な笑みを浮かべながら言葉を交わした。

「後悔しても知りませんよ?」
「……」

まひるのランスへの反応からして、これから目の前で繰り広げられる事は
苦痛であると紗霧は思っていた。
だがまひるの方もそれくらいの覚悟は……

467無題(17) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:23:29
最善をつくすための覚悟は口にするまでもなくできていた。

「もっとも……足手まといと判断したら、
 ちゃっちゃと出て行ってもらいますから」
「ん?」
「う……努力する」

紗霧はその言葉に肩をすくめると本調子に戻ったP−3へ向き合った。

色情をP−3で(大きな隙が出来れば紗霧やまひるにも)
どうにか満たそうとするランス。
彼の色情に惑わされるP−3。
かつては形や経緯は別にして、実際の性暴力を眼にしても揺らがなかった紗霧とまひる。
そんな4者の交渉はここから始まる。

                      ↓

468無題(情報1) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:24:31

(ルートA)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【備考:全員、首輪解除済み】


【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:P−3との交渉をうまく進める(ランスが性行為を望むなら黙認する)
      まひるが察した何かを探る、まひるが交渉の邪魔になったら小屋から追い出す
      反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:スペツナズナイフ、金属バット、レーザーガン、ボウガン、
     スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
     文房具とノート、白チョーク1箱、謎のペン×8、
     薬品数種類、医療器具(メス・ピンセット)、対人レーダー、解除装置】

469無題(情報2) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:26:12

【広場まひる(元№38)】
【スタンス:P−3から情報を聞き出す(まだどの情報かは具体的には決めていない)
      P−3への警戒】
【所持品:せんべい袋、干し肉、斧、竹篭、スコップ(大)】

【ランス(元№02)】
【スタンス:隙あらばP−3にスケベな事をする。
      女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す、】
【所持品:なし 】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
 

【レプリカ智機(P−3)】
【スタンス:ザドゥにぶつけるための交渉?、時間稼ぎ、?】
【所持品:?】

470無題(情報3) ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:26:56

【現在位置:D−6 西の森・小屋3→西の小屋外】


【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残7×2+2)、
     白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング、
     スピーカーの部品、智機の残骸の一部、集音マイクセット、
     携帯用バズーカ(残1)、工具】

【高町恭也(元№08)】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食、
     釘セット、救急セット、】

【ユリ―シャ(元№01)】
【所持品:生活用品、香辛料、使い捨てカメラ
     メイド服(←まひる)、 ?服×2(←まひる)、干し肉(←まひる)】

【三人の共通スタンス:外敵への警戒、小屋内の会話の把握】

471284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/04(金) 07:32:11
新作投下終了です。
何とか間に合いまいた。
今作の容量を調整すれば、本スレはこれで大丈夫だと思います。
すごく遅れた分、こちらも何とか進行していきたいと思います。
また新作を書き上げたらその作品から次スレに投下したいと考えてます。
また詳しい話は今夜以降に。

472284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/05(土) 23:23:44
先に報告。
他の作者さんから異論がなければ
来週の火曜日に加筆修正ならびに容量調整した>>250-269
本スレに本投下したいと思います。
新スレ立てのこともありますし、レスお待ちしています。

473 ◆VnfocaQoW2:2011/02/07(月) 07:43:35
>>472
本スレ投下の件、了解致しました。

474284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/07(月) 21:36:18
>>473
レスどうもです。
明日、夜9〜10時に>>250-270を本スレに投下します。
容量のために状態表は一部省略する事になると思います。
その翌日にまとめをUPします。

475284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/08(火) 23:33:36
投下完了です。
本スレにて長時間支援していただいた方、本当にありがとうございました。
明日、夜9時頃まとめをUPします。

476284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/08(火) 23:35:16
容量残せたでしょうか……?

477名無しさん@初回限定:2011/02/08(火) 23:37:16
500KB行ってますよー

478284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/08(火) 23:41:53
ごめんなさいorz
501KBまで達してなければと思ったのですが……。
明日のまとめUP以降にここの前スレで仮投稿したのを、
新スレ作成後に本投下しようと思います。

479284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/09(水) 21:14:17
新スレについてですが、もし他の作者さんの本投下が今週の土曜まで未定でしたら
来週の日曜日に私が新スレ立てるのと同時に作品投下を開始します。
その場合、前日にどの時間、どの作品を投下するか告知します。
まとめも本スレにUPします。

それと現在、保管サイト第一避難所が290話までで停止してますので
1週間内に管理人さんからご連絡、または更新がなければ
何らかのフォローを考えます。
      
新作298話までのまとめをUPしました。
パスは negi です。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1332636.zip.html

あと新スレのテンプレ案は下のレスに。

480テンプレ案:2011/02/09(水) 21:22:44
前スレ
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第7部
ttp://set.bbspink.com/test/read.cgi/erog/1228228630/
<感想・質問等はこちらへ↓>
関連スレ
企画もの【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議2
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/15097/1270308017/


過去スレ・過去関連スレなどはこちら >>2
参加者表その1はこちら >>3
参加者表その2はこちら >>4
主催者表はこちら >>5

割り込み防止用 >>2-10

常に【sage】進行でお願いします


※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。

481テンプレ案:2011/02/09(水) 21:23:47

【過去作品スレ】
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第6部
ttp://set.bbspink.com/test/read.cgi/erog/1122229185/
バトル・ロワイアル【今度は本気】第5部
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/erog/1053422142/
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第4部
ttp://www2.bbspink.com/erog/kako/1044/10442/1044212918.html
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第3部
ttp://www2.bbspink.com/erog/kako/1029/10293/1029399672.html
バトル・ロワイアル。【今度は本気】 第2部
ttp://www2.bbspink.com/erog/kako/1012/10127/1012701866.html
リアル・バトル・ロワイアル。【今度は本気】
ttp://www2.bbspink.com/erog/kako/1008/10085/1008567428.html


過去関連スレ
【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/15097/1091460475/
【リアル・バトル・ロワイアル。】 総合検討会議(消失)
ttp://doom.on.arena.ne.jp/cgi-bin/giko/hinan/test/read.cgi?bbs=erog&key=008871626
【バトル・ロワイアル。】 総合検討会議 #2(消失)
ttp://doom.on.arena.ne.jp/cgi-bin/giko/hinan/test/read.cgi?bbs=erog&key=012551729


葱板バトルロワイアル 保管サイト第一避難所
ttp://d1s.skr.jp/ergr/
編集サイト(現在休止中?)
ttp://syokikan.tripod.com/

482テンプレ案:2011/02/09(水) 21:24:26

◆参加者1(○=生存 ×=死亡)

○ 01:ユリーシャ  DARCROWS@アリスソフト
○ 02:ランス  ランス1〜4.2、鬼畜王ランス@アリスソフト
× 03:伊頭遺作  遺作@エルフ
× 04:伊頭臭作  臭作@エルフ
× 05:伊頭鬼作  鬼作@エルフ
× 06:タイガージョー  OnlyYou、OnlyYou リ・クルス@アリスソフト  
× 07:堂島薫  果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
○ 08:高町恭也  とらいあんぐるハート3 SweetsongForever@ivory
× 09:グレン  Fifth@RUNE
× 10:貴神雷贈  大悪司@アリスソフト
× 11:エーリヒ・フォン・マンシュタイン  ドイツ軍
○ 12:魔窟堂野武彦  ぷろすちゅーでんとGOOD@アリスソフト  
× 13:海原琢磨呂  野々村病院の人々@エルフ
× 14:アズライト  デアボリカ@アリスソフト  
× 15:高原美奈子  THEガッツ!1〜3@オーサリングヘヴン  
× 16:朽木双葉  グリーン・グリーン@GROOVER
× 17:神条真人  最後に奏でる狂想曲@たっちー
× 18:星川翼  夜が来る!@アリスソフト  
× 19:松倉藍(獣覚醒Ver)  果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
× 20:勝沼紳一  悪夢、絶望@StudioMebius

483テンプレ案:2011/02/09(水) 21:24:57

◆参加者2(○=生存 ×=死亡)

× 21:柏木千鶴  痕@Leaf
× 22:紫堂神楽  神語@EuphonyProduction
× 23:アイン  ファントム 〜Phantom of Inferno〜@nitro+
× 24:なみ  ドリル少女 スパイラル・なみ@Evolution
× 25:涼宮遙  君が望む永遠@age
× 26:グレン・コリンズ  EDEN1〜3@フォレスター
× 27:常葉愛  ぶるまー2000@LiarSoft
○ 28:しおり  はじめてのおるすばん@ZERO
× 29:さおり  はじめてのおるすばん@ZERO
× 30:木ノ下泰男  Piaキャロットへようこそ@カクテルソフト
× 31:篠原秋穂  五月倶楽部@覇王
× 32:法条まりな EVE 〜burst error〜@シーズウェア  
× 33:クレア・バートン  殻の中の小鳥・雛鳥の囀@STUDiO B-ROOM
× 34:アリスメンディ  ローデビル!@ブラックライト
× 35:広田寛  家族計画@D.O.  
○ 36:月夜御名紗霧  Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
× 37:猪乃健  Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
○ 38:広場まひる  ねがぽじ@Active
× 39:シャロン  WordsWorth@エルフ
○ 40:仁村知佳  とらいあんぐるハート2@ivory

484テンプレ案:2011/02/09(水) 21:25:53

◆運営側(○=生存 ×=死亡)

○ 主催者:ザドゥ  狂拳伝説クレイジーナックル&2@ZyX
× 刺客1:素敵医師  大悪司@アリスソフト  
○ 刺客2:カモミール・芹沢  行殺!新選組@LiarSoft
○ 刺客3:椎名智機  將姫@シーズウェア
△ 刺客4:ケイブリス  鬼畜王ランス@アリスソフト(ルートC死亡)
○ 監察官:御陵透子  senseoff@otherwise

485284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/09(水) 21:26:28
以上です。

486 ◆VnfocaQoW2:2011/02/11(金) 20:19:37
>>Only he noticed.
全編に渡ってもやもやとした不穏な空気が漂っていますね。

ランス以外の三者が、何を意識し、何に気付いているのか?
この後に続く交渉編が完結した折には、
ああ、なるほどな、と。
ここは、こういう意味だったのか、と。
本編でぼやかしている部分がクリアになって、
スッキリできる構図なのかと邪推しています。

そうした意味で、続編投下後に読み返すのが楽しみな一遍です。


>>479
スレ立てタイミング、テンプレ案共に了解です。
またAルートの継続が確認できましたので、当方も来週以降、
本スレへの投下を継続させて頂こうと思います。

487284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/12(土) 19:17:13
明日、夜7時頃に新スレを立てます。
その後、継続して避難スレ1の>>996-1000の作品 「It tries」を本投下します。

>>286
感想ありがとうございます。

488 ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:41:26
以下16レス、「告」を仮投下致します。

489告(1/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:42:44

(ルートC・3日目 AM11:00 J−5地点 地下シェルター)


椎名智機は憤慨した。
ザドゥたちは確かに自分の戦略を受け入れたのだ。

   ―――仮称「小屋組」を崩壊させること。
   ―――№28・しおり他一名を残すこと。
   ―――この二名にて決戦させること。

にもかかわらず、今、自分は蚊帳の外で。
ザドゥとカモミール芹沢は勝手に戦術を練っている。
それは、愚かな戦術であった。
それは、勝ち目の少ない戦術であった。

故に智機は力説した。
バカな子供にでも分かるように、小学校の教師の如く
辛抱強く、平易な言葉で、繰り返し教え込んだ。

   ―――馬鹿げている。
   ―――根性論に過ぎる。
   ―――捨て鉢だ。
   ―――実効性が低い。

だのに、ザドゥは聞き流した。
だのに、芹沢はザドゥに倣った。

無論、智機のコメントは批判のみに留まらぬ。
建設的に、積極的に、代替の策も提示していた。

490告(2/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:43:27
 
   ―――離間の計
   ―――ハニートラップ
   ―――透子の瞬間移動を用いた暗殺
   ―――仁村知佳人質作戦

それすら、ザドゥは聞き流した。
それすら、芹沢はザドゥに倣った。

故に智機の怒りは頂点に達した。
トランキライザが許容する限界の怒りが持続状態となり、
机に拳を、ザドゥに言葉を叩きつけた。



「だから、果し合いなどナンセンスだと言っている!」



そう。ザドゥと芹沢は。
小屋組に果たし状を叩き付け、策も陰謀も罠もなく、
全戦力を全戦力を真正面からぶつけ合って、
正々堂々と決着をつけようと、主張しているのである。

この主張、決して玉砕覚悟の特攻に非ず。
煩悶と懊悩を経て純化されたザドゥの、揺ぎ無い自負心の表れである。
小ざかしい策を弄すを排して、圧倒的な暴で捻じ伏せるのみ。
当然の如くそれが成ると確信している。

「首魁は俺だ。 従えぬなら出て行け」

491告(3/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:44:44
 
芹沢は、そのザドゥの自信に同調している。
果し合いという、明快で正統な手段を好ましく思っている。
その上、芹沢には士道に根ざした潔さと、淋しがり由来の甘っちょろさが同居している。
為に、智機の示す卑怯・陰険な策略は感情的に許容できぬ。

「だってだって、ともきんの策ってずっこいんだもん〜」

故に、智機の思いは、理は、二人に決して届かない。
小煩い蝿の耳障りな羽音にしか聞こえていない。
それでも智機は食い下がり、論理的に反駁する。

「No。 既に我々の管理者権限は失われているのだよ。
 であれば私が貴君の命令を受ける謂れがないのは自明だと思うのだが?」
「そうか、では勝手にしろ。 俺たちは俺たちで勝手にする」

ザドゥは言い捨て、智機から目線を切った。
誰の目にも明らかな拒絶の態度に、人生経験の少ない智機は気付かない。
切り口を変えて態度は変えずに、しつこく説得を継続する。

「貴殿らは、ご自身の身体の状態を本当に理解しているのか?
 そして仮称【小屋組】の実力を正当に評価できているのか?」
「黙れ椎名」
「Noだ。 誰の目から見ても明らかにNoなのだよ。
 その戦力差を覆す為には、入念な下準備と策が必要不可欠となる」
「俺は黙れと言ったぞ」
「その為の策を用意できていると―――」
「ねぇねぇともきん。 お口チャックしとこっか〜」

492告(4/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:49:01
 
見かねたカモミールが智機を止めに入った。
芹沢は敵との戦闘を好む性質ではあるが、味方同士の争いを嫌う性質でもある。
つまりは。
芹沢にとっては、智機とて、未だに輪の内側なのである。
守るべき対象であり、出来れば仲良くしたい相手なのである。
お友達は大切にするのである。

仮に、芹沢に。
智機のことを好きなのかと問えば、即座に『嫌い〜!』と答えるであろうが、
それでも智機が敵なのかと問えば、即座に『味方だよ』と答えるであろう。
カモミール芹沢とは、そういう気性の女なのである。
現存するただ一人の智機の味方なのである。

だというのに。
智機は、芹沢を拒絶する。

「濡れ落ち葉の君は黙っていてくれ給え。
 私はザドゥ殿とのディベートで忙しいのだよ」

智機には判らない。
芹沢の言動は智機への邪魔立てなどではないことが。
智機とザドゥの溝が決定的にならぬようにとの配慮であったことが。
智機には判らない。
芹沢がいかに他者への愛に満ち、偏見を抱かぬ人格を持っているのか。
愛されたいという宿願に近づく鍵となりうる人物であるのか。

「ああ〜っ、もぅ! そう思ってるのはともきんだけなのにぃ!
 ね、ザッちゃん、ちょっと待って。
 あたしがともきんに言って聞かせるから」

493告(5/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:50:38
 
芹沢は気付いている。
人一倍人の顔色を伺うに敏感な彼女は、気付いている。
ザドゥの纏った空気が剣呑なものになってきていることを。
いつの間にか拳が握りこまれていることを。
そもそも、智機を仲間などと思ってはいないことを。

「もういい芹沢。 埒が明かん」

ザドゥは意を決した。智機を物理的に黙らせると。
芹沢は悟った。これ以上は無駄な足掻きにしかならぬのだと。
智機は勘違いした。ザドゥが話を聞く姿勢を見せたのだと。

その、決定的な断絶が、表面化しようとした刹那。
絶妙のタイミングで。

「ただいま」

もう一名の元主催者が、音も無く帰還した。
レプリカ智機・N−21に共生した、御陵透子である。
芹沢は思わぬ救世主の登場に笑顔で応え、手を振った。

「トーコちん、おっかえりー」
「ん」

今の透子は、御陵透子なる人間の肉体を失っている。
亜麻色の柔らかな髪も焦点の合わぬ大きな瞳もない。
変わりに得たのは椎名智機のレプリカボディである。
銀色の硬質な擬似毛髪とルビーの質感の三白眼しかない。

494告(6/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:52:19
 
それでも。
透子にあって智機に無い、不可思議な透明感がある。
透子にあって智機に無い、茫とした佇まいがある。
透子にあって智機に無い、間延びしたアンニュイ感がある。
透子にあって智機に無い、ひび割れたロケットがある。

それら透子をあらわす記号と、脳の認識能力に直接作用する何かの影響で。
ザドゥも芹沢も、N−21=透子の図式を当たり前に受け入れていた。
そういうものなのだから仕方ないのだと、否応なしに納得させられていた。

「カオっさんもおつかれさーん」
《はいっ、そこでセクシーポーズ!》
「うっふ〜〜ん♪」

芹沢と駄剣の間の抜けたやり取りに、緊張感は失われる。
ザドゥは毒気を抜かれ、深く溜息をつき。
智機も肩を竦め、大げさに首を振る。 
芹沢はさらに二人の意識を逸らすべく、透子に問いかけた。

「ねねねトーコちん、皆の様子はどうだったぁ?」

その言葉と同時に、ザドゥと透子が透子に向き直る。
透子の言葉を待つ姿勢に移行する。
ザドゥは透子に命じていたのである。
参加者どもの動向を探って来い―――
応じた透子は、島内の情報収集に出向いていたのである。

「ん」

495告(7/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:52:52
 
透子は最短の返答を返すと、白衣の内ポケットから無造作に紙束を差し出した。
おそらくは口頭にて報告するのが面倒だったのであろう。
どこかの民家のプリンタを用いて印刷した紙束には、
透子の【空間の記憶/記憶】検索能力によって集められたここ数時間の情報が、
箇条書きに羅列されていた。
重要箇所を抜粋すれば、以下の通りである。

   ―――プレイヤーは無傷でケイブリスに勝利
   ―――高町恭也、意識不明の重態。薬品切れか
   ―――東の森、完全鎮火。
   ―――レプリカ智機、全滅。
   ―――魔窟堂野武彦、分機解放スイッチ他を入手。
   ―――仁村知佳、起床。
   ―――しおり、さおりの遺骸を求めて放浪中。

「この短時間で、これほどの情報量とは……」

ザドゥが嘆息する。
なにしろ透子が情報収集に出発して10分程度である。
にも関わらず、レポートには全生存者の近況が網羅されている。

(これが…… 人の頭脳を脱した透子様の処理能力か……)

智機の読みは正しい。
人の身であった頃の透子の空間検索といえば。
情報一つの意味・発信者・時制を理解するのに、数秒の時間を要していた。
しかも、目を通さねば、その情報が必要なものか否かも、
既に目を通した記録か否かすらも、判別できぬ。
脳という記憶装置もまた、容量、記憶力共に低スペックである。
覚え違い、物忘れは茶飯事であった。

496告(8/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:53:42
 
対して、今は。
機械の体を得ることで、情報処理能力が劇的に向上していた。
漂う記録を片っ端からクラス化し、パラメータを付けてリストに挿入する。
その処理にコンマゼロ一秒も掛からない。
しかも、それを自由にソートし、アウトプット出来る。
記録の重複判定も、クラスに登録したインデックスにて高速で行える。
機械としての長所を、徹底して生かしている。

ザドゥや芹沢が、その情報の一通りを吟味し終えたのは、
透子が情報収集に掛けた時間の倍にあたる20分後となった。

「高町が倒れたか……
 であれば、実質戦力は、ランス、魔窟堂、広場の三人でしかない。
 俺一人でも殲滅できよう」
「あーん、独り占めは駄目だよぅ、ザッちゃん」

ザドゥと芹沢、二人の口許から不敵な笑いが同時に漏れる。
一度ならず死線を潜り抜けた身ならではの覚悟が、そこにある。
共に苦難の道を歩んだ連帯感が、そこにある。

「ふん」
「えへへー」

二人は目線を交わし、拳と拳をごつりと打ち合わせる。
それは、計画に変更が無いことを確認する儀式であった。
果し合いの場への参加表明の合図であった。
そこに。
拳がもう一つ、へにょりと重ねられた。

497告(9/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:54:37
 
「おー」

気合の抜けた声で唱和したのは御陵透子。
その意外な乱入者に、ザドゥは息を呑み、智機は絶句した。

「トーコちんも戦うのぉ!?」
「いえす」
「まったく、どういった風の吹き回しだ?」

ザドゥの無防備な問いに、透子は答える。
己の言葉で。
焦点の合った瞳で、ザドゥと芹沢の顔をまっすぐに見つめて。

「もう」
「監察官でいる意味は喪われた」
「勝たないと願いが叶わないなら」
「戦う」
「それだけ」

二人を包むのはさらなる驚愕であった。
透子が、これほど長く話すとは。
透子が、これほど熱く語るとは。
しかしその驚愕は二人にとって決して不快なものではなかった。
むしろ好感を持って迎え入れるべきものであった。

「そっか、そだね♪ トーコちん、一緒に頑張ろうね!」
「いえす」
「ま、良かろう」

498告(10/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:55:51
 
一方。
先ほどまであれほど果し合いの却下に食い下がっていた智機であったが、
今は不気味なほどに沈黙を貫いて、傍観者に徹していた。
透子には逆らわない―――
智機の【自己保存】の本能がそう結論を下している故に。
透子が果し合いに参加するのであれば、最早智機に嘴は差し挟めぬのである。
悔しげに下唇をかみ締めつつ、三白眼でザドゥらを見つめるのみである。

「じゃあさあじゃあさあ、場所と時間、決めよっか」
「場所は学校の校庭でよかろう。 時間は……」
「明日の晩」

ザドゥの言葉に間髪入れず飛びついたのは透子であった。
透子にとってこの【明日の晩】という時間は切実に重要であった。
その時間からの開始が願望の成就に最適であると結論付けていた。

根拠となるデータと論理演算がある。

透子はザドゥに命じられた参加者動向とは別に、個人的な記録収集を行っている。
それは、撒き餌の如く散らされた、最愛のパートナーの記録ではない。
ルドラサウムとプランナーの記録/記憶を追跡・記録・分析しているのである。

そのデータから透子が判ずるに。

今、ルドラサウムは一人で楽しんでいる。
この島から回収した魂の記憶を反芻し、取り込んでは吐き出し。
おもちゃにして。
死者の魂を味わっている。

それに強く関連付けられているのが、プランナーの、この記録である。

499告(11/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:56:51
 
【これであと二日――― いや、一日半程度は保ちますね】
 
あまり検索に引っかからないプランナーのこの思念だけは、
なぜか明瞭な形を伴って、透子の検索網に掛かっていた。
それを透子は、自分へのメッセージと読み取った。
すなわち。

(鯨神が魂いじりに飽きた頃に)
(最高の娯楽を提供する……!)

それが、『主を楽しませなさい』という金卵神の神託を全うする、
最良の選択枝であると、結論を下したのである。

「ほう、明晩か……」

ザドゥにしても、一日半の猶予は利のある回答であった。

ザドゥの【正の気】による治療は、それなりに効果があった。
最低限の体力や免疫力は確保できた。
いくつかの箇所の今後来る破損を、未然に防ぐことができた。
しかし全身を覆う火傷や傷、発熱を完治させるには至っていない。

それが治せるまでの時間が一日半であるのか?
否、である。
発熱を引かせるのすらそれだけの時間では足りぬし、
そもそも火傷や傷の多くは、一生治らぬ類の深度であった。

では、何ゆえ一日半の時間を欲するのか?
それは、馴染む為の時間であった。
急激な肉体の変化に、それまで体を動かしていた記憶というものは
対応しきれぬものなのである。

500告(12/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:58:30
 
例えば、身長が急激に伸びた為に制球力を失う高校球児がいる。
例えば、体重が急激に減った為に打撃力を失うボクサーがいる。

それと同じである。

全く健常であった頃の過去の運動能力と、
引き攣りや炎症の上にある今の運動能力。
過去のイメージで体を動かせば、今の体は付いてこない。
ギャップに惑えば、感覚が狂う。
ザドゥは、過去と現在の肉体記憶の摺り合わせに、
少なくとも一昼夜は必要であると判じたのである。

故に、ザドゥの返答は。

「いいだろう」

こうして、果し合いの全てが、決定した。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(ルートC・三日目 AM11:15)


「ふんふーん、らんらーん、しゅぱしゅぱ〜♪」

カモミールの能天気な鼻歌が、シェルターに響いている。
彼女が腕を振るう毎に、墨汁の雫が周囲に飛び散る。
果たし状をしたためているのである。

501告(13/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:58:54
 
「ほう…… 意外と達筆なのだな」
「えへへ〜♪ これでもカモちゃんさんはモノノフの端くれだも〜ん♪」

ザドゥと芹沢との間に連帯感があることは、智機も以前から判っていた。
しかし、今やそれだけではない。

《実は儂も筆使いは上手なんですよ? 女体に対しては》
「駄剣は無駄にエロい」
 
その輪の中に、魔剣・カオスと御陵透子までが含まれているのである。
無生物の分際で。
智機と同じ外装の癖に。
人間の輪に入って、笑顔で軽口を叩き合っているのである。
 
それは、団欒であった。
それは、和気であった。
 
一人、離れた位置から眺める智機には、眩しすぎる光景であった。
妬ましすぎて切なすぎる光景であった。

「血判いっちゃう?」
「ふん、好きにしろ」
「困った、血が無い」
《トーコちんはオイルでええじゃろ》

演算回路を回すまでもない。
情動発生器の履歴を辿るまでもない。

(遠い…… 彼らと自分とは、かくも遠い)

502告(14/15) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 21:59:41
 
智機がこれまでに幾度と無く感じてきた隔絶感。
それがこれまでより切実に智機の胸を締め付ける。
それでも。仮定として。不可能ではあれど。
智機はこの孤独を解消する解を持っていた。

『私も命を賭して戦う』

その決意表明をするだけで、その輪に入ることができるであろう。
これまでの軋轢やしがらみなど踏み越えて、
ザドゥや芹沢には感情的に受け入れられることであろう。
 
既に何度も。
そのようにしたいと、キューへの登録リクエストをかけていた。
リクエストは直ちに条件関数に投じられており、
Falseの値を返し、却下され削除されていた。
 
【自己保存】―――
 
機械の本能とでも言うべきそれが、参戦の意思を認めぬのだ。

智機は人を蔑む。
時に強すぎる感情に思考を支配され、期待値を下回る行動をとる存在故に。
智機は人を羨む。
時に強すぎる意志で本能を凌駕して、期待値を上回る行動をとる存在故に。

内部処理キューの履歴を辿れば。
彼女が何度、感情的な発言や行動を取ろうとしたか判るだろう。
何度論理演算回路に否決されたか判るだろう。

(わたしなんか…… 見向きもされない)

503告(15/15)(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 22:00:04
 
眩しくて愚かしい矛盾する存在を見つめ、
憧れの想いを侮蔑の意思で覆い隠し、
高まる情動波形をトランキライザで相殺して。

智機は、智機であるを望まぬまま保ち続ける。


            ↓



(ルートC)

【現在位置:J−5地点 地下シェルター】


【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残17)×2、Dパーツ】
【スタンス:①【自己保存】
      ②【自己保存】の危機を脱するまで、透子には逆らわない
      ③【自己保存】を確保した上での願望成就可能性を探る】

504告(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 22:00:26
 
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      ①プレイヤーとの果たし合いに臨む】

【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      ①プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      ②芹沢の願いを叶えさせる
      ③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】

【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:①ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
     魔剣カオス(←透子)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)】

【刺客:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
     グロック17(残17)】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』(現状:自身の転移のみ)】

 ※ザドゥと芹沢は素敵医師のまっとうな薬品、及び、ザドゥの気による治療継続中

505 ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 22:01:26
以上です。
続けて1レス、「果たし状」を仮投下致します。

506果たし状(1/1) ◆VnfocaQoW2:2011/02/12(土) 22:02:05
 
果たし状




    明晩、月光冴える折


    始まりの場所にて待つ




              ザドゥ
              カモミール芹沢
              御陵透子



         ↓

507284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/13(日) 18:54:28
予定通り、午後7時からスレ立てと作品投下を行います。
まとめUPは翌日にします。

508284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/13(日) 19:10:14
すいません。
ブラウザの調子が悪いのかスレが立てられません。
確認も兼ねて7:30くらいになったらまたチャレンジしてみます。

509284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/13(日) 19:35:35
すみません規制で立てられませんでした。
解除されるか同化するまで推敲や執筆をしてます。
明日の晩にまたレスします。

510名無しさん@初回限定:2011/02/13(日) 19:40:00
とりあえず自分がスレ建てに挑戦してみます
>>480-484の内容でいいんですよね?

511284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/13(日) 19:45:01
-告-
ザドゥが相変わらず格好良くていいです^^
カモちゃんも活き活きとしていて、東の森で果てなくて
ホントによかったと思いました。
透子もいい感じ、ともきんは気の毒。
鯨は智機の元の環境を考慮した上で、ザドゥの下で働かせてるんだろうなあ……。
「絶望と希望」で触れられてたように彼らも参加者なんだなと実感。

-果たし状-
シンプルかつストレートでインパクト大でした。
まとめで収録する時が非常に楽しみです。

512284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/13(日) 19:45:32
>>510
はい。
助かります。

513284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/13(日) 20:06:18
スレ立てとテンプレコピペありがとうございました。
これから「It tries」の本投下を始めます。

514名無しさん@初回限定:2011/02/13(日) 20:06:32
スレ建て完了
みなさん頑張ってください

515284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/13(日) 20:35:21
投下完了です。
スレ立てとご支援、重ね重ねありがとうございました。
また明日!

516284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/14(月) 19:00:16
この度、最新299話までのまとめをUPしました。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1346968.zip.html

パスは negibato です。
299話修正済みです。

それと>>279にもあるように、まとめサイトの更新が290話のまま止まっています。
なので、三日後の17日午後九時までにまとめ管理人さんからご連絡、
もしくは更新が確認されなければ何らかの案を出したいと思います。

次は遅くても三日後にはここで連絡する予定です。

517 ◆VnfocaQoW2:2011/02/16(水) 18:37:06
早い時間に帰宅できましたので、これより
「ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜」の本投下を行います。

本編は37レスと、葱ロワとしては長編となるSSであり、
投下に相当時間がかかると見込まれます。
この書き込みに気付かれた方がおられましたら、
お手すきの範囲内での支援投稿のご協力をお願い致します。

また、0時を過ぎても投下が終了しない場合、
 1.残りレスが多い=切り上げ、続きは翌日晩に投下
 2.残りレスが少ない=このスレに代理投下依頼
とさせていただきたく存じます。

518 ◆VnfocaQoW2:2011/02/16(水) 21:11:00
まさか21時で投下完了するとは露とも思いませんでした。
長時間に渡る支援投下、誠にありがとうございました。

次話「ちかぼーツイスター!」は、2/20(日)、19時より行う予定です。
こちらも30レス超と長めのSSですので、
お時間とご都合の合う方がいらっしゃいましたら、
ご支援の程、よろしくお願いいたします。



>>ZXoe83g/Kws氏、>>510氏。

遅ればせながら、新スレ立て、ありがとうございました。

519名無しさん@初回限定:2011/02/16(水) 21:59:19
本スレ見て透子追悼に来たんだが…
随分仮投下のストックがあるんだな
まさかの透子復活にはグッと来たぜ!

あと、ザドゥの漢っぷりに惚れた

520名無しさん@初回限定:2011/02/17(木) 20:16:55
それにしても◆VnfocaQoW2氏は智機イジメが好きだな
歪んだ愛情をひしひしと感じるw

521284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/17(木) 21:08:36
最新300話までのまとめをUPしました。
パスはrowaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1354564.zip.html

仮投下分の作品を読んでる方には突っ込みどころはありますが
まあ仕様っていうことで。

それと現在のまとめが290話の時点で更新が停止していますので
こちらで仮仮まとめサイトを立ち上げようかと考え中です。
WIKIの使用も案の一つに入っております。
特に異論がなければ来週の日曜の深夜のまとめUP持から実行に移す予定です。
その場合、サイトの仕様は停止中の今のサイトとそう変わらないものになると思います。

522284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/18(金) 20:38:39
昨日のは修正し忘れた所があったので改めてUPします。
パスは>>521と同じです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1355956.zip.html

日曜までに管理人さんから更新または返事があればいいのですが……。

523 ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 18:58:28
これより予定通り、「ちかぼーツイスター!」の本スレ投下を行います。
お手すきの方がいらっしゃいましたら、支援のご協力をお願い致します。

524 ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 20:24:46
 
本投下、完了致しました。
長時間のご支援、ありがとうございました。

さて、今後の本投下の予定ですが。
未だ多くの仮投下分のストックがありますので、
底を突くまで、毎週日曜、19時から、2作品ずつ、
本投下を続けたく思っております。
また、私事にて本投下不能な日が生じましたら、
事前にその旨を避難所に告知致します。

525 ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:28:26
以下17レス、「諾」を仮投下致します。

次回予定は「本当は優しい俺様」。
ランスと知佳が登場予定です。

526諾(1/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:31:48
 
(ルートC:3日目 AM12:00 D−6 西の森外れ・小屋3)


気付いた時には、そこにあった。


嘘偽りも誇張もなく、本当に、誰もが気付かぬ間に。
玄関の扉に画鋲で以って、無造作に掲示されていた。
果たし状、である。
シンプル極まる文面で、墨汁によって記されたそれは、
ザドゥ、カモミール芹沢、御陵透子の連名と血判が為されていた。

「言っとくが俺様はちゃんと見張ってたからな」

紗霧のケツバットを恐れてか、ランスが主張する。
野武彦とまひるが薬品調達に出発してから今に至るまで、
彼は小屋の外で、周囲の警戒にあたっていた。
玄関周辺で。
時に暇すぎてあくびをしたり、ユリーシャの尻を撫でたりもしたが、
彼には研ぎ澄まされた野性の嗅覚がある。
接近する人間を見過ごす程、耄碌はしておらぬ。

「て、ゆーことは、ですよ?」

まひるが何かに心当たったのか、言葉を紡いだ。
彼のみでは無かった。
誰もが、この怪異を為すことのできる人物を思い浮かべていた。
その名を、書面に認めていた。
御陵透子。
音も無く忍び寄り、明確な気配を感じさせず、
告げたいことだけを告げ質問を受け付けぬ女。

527諾(2/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:32:59
 
しかし、今の彼女から、神秘の仮面は引き剥がされている。
為せる超常がテレポートだけだと、ネタが割れている。
レプリカ智機から奪ったUSBメモリ。
そこに、主催者の近況がメモ書きで記されていたのである。

   ―――ザドゥとカモミール芹沢、重度の火傷。
   ―――御陵透子、能力制限でテレポートしか使えず。
   ―――オリジナル椎名智機は、臆病者。
   ―――四人全員が、灯台地下のシェルターにいる。
   ―――レプリカ智機、残り六機(野武彦とまひるが壊したので、全滅)。

これまで、虚実入り混ざった情報戦を繰り広げてきた相手である。
紗霧は、記されている内容を鵜呑みにはしなかったが、
実際にこのデータを奪ってきた野武彦にとっては、そうでもないらしい。
顎に蓄えている髭を撫でて、思慮深げに呟いた。

「素敵医師と椎名智機の名が無いということは、
 あの情報は信用に足るんではないのかのぅ?」
「可能性は高まりましたね。鵜呑みにはできませんが」

紗霧は野武彦に一定の理解を示しつつも、一方で短慮を諌めた。
実に虚を混ぜ込むことこそ、騙しの極意。
九割の実に一割の虚。
その、密やかに差し込まれた虚を見破ることが肝要と紗霧は考えている。

それは、深読みである。
なぜならば。紗霧は知らぬことなれど。
レプリカ達は、プレイヤー側のサポーターであった故に。
主催者を鏖殺させてのゲーム終了を目論んでいた故に。
記された情報は、100%の真実である。

528諾(3/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:36:39
 
強いて情報の虚を上げるのならば。
透子の能力から【N−21の体に疑問を持たせない】ことが漏れているが、
それはレプリカにとって与り知らぬことであり。
また、紗霧ら小屋組にとっても些事である。
情報の価値を何ら損ずるところは無い。

「まあ、データが本当かどうかは置いといてさ。
 この三人をやっつければ、ゲームって終わるのかな?」

この果し合いにおける最も重要な点をまひるが指摘した。
紗霧と野武彦が頷き合い、資料の真贋問題を棚に上げる。
その直後であった。


―――かしゃん。


背後から。食卓から。
突如、聞きなれぬ音がしたのである。

「あれ? あんな戦利品、あったか?」
「いいや、わしは知らん。紗霧殿が出したのでなければ……」

音とは、トレイに差し込んであった用紙がプリンタに供給された音であった。
インクジェット式の、家庭用プリンタであった。
既に電源が入っており、ウォームアップも終わっていた。
先ほどまで紗霧らが覗き込んでいたノートPCに繋いであった。
つい数秒前まで、この小屋には存在しなかったプリンタであった。

「御陵透子というのは、案外おちゃめなんですかね?」

529諾(4/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:38:23
 
じゃわじゃわと、A4のコピー用紙はプリンタに飲み込まれてゆく。
しゅんしゅんと、紙面にインクが吹き付けられていく。
印刷されたのは、今、皆が口々に発していた疑問への回答であった。


『−回答−』

『貴方達が智機の分機から奪った情報は、信用してもいい。
 素敵医師は、死んだ。ケイブリスは、貴方達に殺された。
 だから残存主催者は、私たち三名に椎名智機の、計四人』

『この果たし合いは主催者と参加者との最終決戦などではない。
 ゲームの運営とは関係ない。
 警告を無視して団結し、本拠地に侵入し、あまつさえケイブリスすら倒して
 私たちの管理をしっちゃかめっちゃかにした貴方達が気に入らない。
 そう感じた私たち三人が、貴方達に対して叩きつけた私的な書状に過ぎない。
 貴方達以外の参加者には届けていない。
 参加者の一グループ、対、主催者の有志という構図』

『その有志に、椎名智機は入らなかった。
 貴方達を叩きのめす自信が無く、戦うのが怖いと引きこもった。
 だから、貴方達も全員揃わなくてもいい。
 有無を言わさずにこんなゲームに引っ張り込んだ私たちが許せない人、
 主催の全滅でのゲームクリアへの近道だと考える人、
 単に戦いたい人だけが、果し合いに参加すればいい。
 誰が来てもいい。
 何人来てもいい。
 来た全員を私たち三人で相手する。
 これは、そういう戦い』

530諾(5/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:40:11
 
『だから、万一、貴方達が完全勝利したとしても、
 残る椎名智機を破壊しなくては、殺人ゲーム自体はクリアにならない』


印刷されたものは回答のみでは無かった。
無駄を極限まで削ぎ落とした果たし状に対する補足説明も、
そこには追記されていた。


『−補足−』

『果し合いを受ける気概があるならば、以下四条を遵守してもらう』

『ルール1――― ルール適用の期間は、果し合いの終了時点までとする』
『ルール2――― 上記ルールは、果し合いに参加しないメンバーにも適用される』
『ルール3――― 期間中、互いに敵対的行動を取らないこととする』
『ルール4――― 現場への仕込みは不可とする』


まずは紗霧が。
次いでランスと野武彦とまひるが競い合うように。
最後にユリーシャが印刷物に目を通した。
通し終えた。

その、頃合を見計らって。
御陵透子は、姿を現した。


「受ける?」
「つっぱねる?」
.

531諾(6/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:41:06
 
誰もが彼女を意識し、誰もがいずれ現れるであろうと予感していた。
故に衝撃は走れども混乱は発生しなかった。
透子の姿が、智機の姿に変わってしまったこともまた、彼らを心乱さなかった。
その違いを認識しながらも、その違いは当たり前のこととして受け入れられた。

「参加メンバーは今この場で伝えなくてよいのですよね?」
「いえす」
「いいでしょう。受けて立ちましょう」

月夜御名紗霧は首肯した。透子を一瞥するなり決定した。
仲間たちの意見を伺うことなく、即座に勝手に返答した。

「でぇええ!?」
「即断とな……」

野武彦とまひるの驚愕に含まれる、若干の非難の色が、紗霧に対して伝えている。
考える時間が、相談する時間が、落ち着く時間が、必要なのだと。
それを、ランスがばっさりと却下した。

「いい機会じゃないか?
 主催者どもの新しいねぐらを探し回るのも面倒だし、
 ここらですぱっと決着をつけるのは、アリだぞ」

戦いを日常とする、血に飢えた戦士にとって、
決闘・果し合いなどは茶飯事でしかないのか。
それとも単にくそ度胸の持ち主なのか。
ランスは広場まひると魔窟堂野武彦の如く驚愕することも惑うこともなく、
紗霧の決定をあっさりと肯定した。
紗霧はすかさずユリーシャに確認を取る。

532諾(7/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:43:43
 
「と、ランスも言ってますが、ユリーシャさんはどう思います?」
「ランス様が、そうおっしゃるなら」

そう問えば、そう答える。紗霧は判っていて言質を取った。
言質を取って数的有利を確保した。
否。
確保の上で、誰も言い出していない多数決に帰結させたのである。

「はい、三対二。 多数決でおっけーです」

これら紗霧の暴挙は、勝算あってのことではない。
一日半。
この、不戦が約された時間の確保こそを重要視した故にである。

「でも恭也さんは……」
「おばかさんたちは黙って私の言うことを聞きなさい」

紗霧はまひるの心配を遮って、ぴしゃりと諌めた。
片頬に浮かんでいるのは、まひるを馬鹿にするかの如き、冷ややかな笑み。

「……りょーかい」

まひるはそれ以上食い下がらずに同意する。
野武彦も黙して頷いた。
紗霧のその笑みの裏に、何らかの思惑があるのだと勘付いた故に。
それだけで二人は納得して了承した。
ケイブリス狩りでの鮮やかな勝利の記憶が、
彼らの胸中での軍師の地位を不動のものとしていた故に。

533諾(8/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:44:14
 
「全員合意」
「果し合いの受諾を確認」
「じゃ」

透子は消えた。音も無く、名残も無く。
契約を交わして、果たし状とプリンタを残して。

沈黙、暫し。
最初に口を開いたのは、月夜御名紗霧。
やはりこの女であった。
この女の言葉を、四者は待っていた。

「さて、一日半の猶予が得られた訳ですが……
 この期間内で、私たちがすべきこと決めましょう」

紗霧はまず、仲間たちに意見を求めた。
仲間たちが少しは使える頭を持っているのか、
底意地悪く見定めようとしているのである。
紗霧は女教師の如くまひるを指差し、返答を促す。

「えとー、そのー、寝不足はお肌の敵だし、体休めとく…… とか?」

指差されたことにあたふたしつつ、自信なさげに答えるまひる。
紗霧はうんともすんとも言わずに、指さす先を野武彦に移した。

「ここは知佳殿やアイン殿を探すの一手じゃな。
 このプリントに書いてあるじゃろ?
 貴方たち以外の参加者にはこの果たし状は届けない、と。
 それは即ち、まだ生きておる者がおるということ。
 その保護に全力を尽くすんじゃ!」

534諾(9/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:45:24
 
野武彦の暑苦しい主張が終わるや否や。
紗霧の指差しを待つことなく、心底あきれた口調で、
ランスが己の考えを述べる。

「バカかお前ら」

確かにランスは切った張ったも好むが。
面倒ごとは大嫌いでもあった。
ズボラなのである。
裏技ですぱっとカタが付くならそれに越したことはないと思っている。
楽をして美味しいとこ取りしたいと、常に考えている。

「そんなもん、主催者どもの隠れ家に乗り込んで、
 ズバッとぶった切って終わりじゃないか」

故にランスは、果し合いのルール3を破っての奇襲を主張するのである。
紗霧はユリーシャを一瞥し、頷く彼女を確認した。
それは、ランスに倣うと、着いて行くと、常の彼女の解答であった。

「ランス、正解」

出揃った解答に、紗霧は合格者を発表した。
紗霧には、ランスがこう考えていることが判っていた。

まひると野武彦はすかさず異議を唱えた。

「や、でも約束したでしょ?」
「それは道を外れることになりゃせんか?」

それは人としての信義の問題であった。
心根や育ちの問題であった。
それを、紗霧は嫌悪感を隠さずに、唾棄して捨てた。

535諾(10/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:46:16
 
「約束だの人の道だのなんだの……
 あなたたちは少年漫画の読みすぎで脳がスポンジ化でもしてるんですか?
 だから日本は外交下手なんて国際評価がなされるんです。
 約束なんて破るためにあるんです。
 守っていい約束なんてこっちに利のある約束だけです。
 そもそも、破らせたくない約束なら破れない拘束力を掛けておくべきなのです。
 それをしなかったのは奴等の落ち度で、そこ突くのは闘争の大原則でしょう?
 勝たなきゃならない戦いは、どんな手を使っても勝つ。
 そんなことも言わなきゃ判らないんですか、どうですか?」

そう、底意地の悪い濃い影の笑みを浮かべたのと同時であった。
紗霧の側頭部に冷たい筒先が押し当てられたのは。



「ばん」



グロック17であった。
透子の握る拳銃の銃口が、紗霧の側頭部に当てられていた。
紗霧の笑みに、痙攣が走る。

「拘束力」

透子は銃を握る反対の手で自分を指差し、そう言った。
それはつまり、宣告であった。
ルール違反のペナルティは命であると、伝えたのである。

536諾(11/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:47:15
 
今の透子は、ただの監察官ではない。
警告を発するだけで立ち去るメッセンジャーではない。
首輪を渡すだけで帰ってゆく宅配人ではない。
死刑執行人でもあるのだと、行動で示していた。

紗霧の全身は粟立っている。
全ての毛穴から汗が吹き出ている。
枯れた口腔に唾液は分泌されず、
唇はチアノーゼを起こしている。

そんな軍師の絶対死地を眼前に、誰も動かない。
否。動けない。
グロックの銃口もまた紗霧のこめかみを捕らえて離さない故に。
ワンアクション、即、紗霧の死。
全ては、透子の胸ひとつ。
状況は、一呼吸の間に、そこまで切羽詰っていた。

「勝負は」
「せいせいどうどうと」

そうして、十秒ほど。
紗霧が過呼吸に陥る一歩手前で、透子は消えた。
今回の行動は、デモンストレーションであった。
こうなる、の具体例を示した、警告であった。
ルールを守らせるための強制力は存在していた。

(どうやって今の会話を聞きつけたのですか?
 首輪が無いのに盗聴……?
 それ以外のなんらかの監視手段を講じている?
 元々小屋に監視カメラでも仕込まれていた?
 それともジジイの拾ってきたノーパソに仕込みが?)

537諾(12/12) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:48:01
 
卓上から、かしゃりと音がした。
音の発生源は、透子が置いていったプリンタであった。
プリンタは3枚目の印刷物を吐き出してゆく。

それは、紗霧の問いに関する回答であった。
紗霧が口に出していない。
ただ、心に抱いただけの。
誰も知らないはずの疑問に対する回答であった。


『なぜ、私が監察官という職に就いていると思う?
 それは、私に力があるから。
 あなたたちの過去を、現在を、未来を。
 あなたたちの行動を、考えを、思いを。
 全てを。どこにいても。
 見通す力があるから、就いている』


底冷えのする沈黙が、紗霧たちを包んだ。
瞬間移動。
それだけであると、誰もが思っていた。

レプリカの遺した情報に嘘は無い。
透子のそれは、能力ではなく生態である故に。
『世界の読み替え』によるものではなき故に。

「……アレと戦えと?」

震える膝を柔い頬に押し付けて、まひるがぼそりと呟いた。

538諾(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2011/02/20(日) 23:59:04
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、グロック17(残弾16/17)、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、対人レーダー、ナース服(装備中)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】

【広場まひる(元№38)】
【所持品:せんべい袋、体操服(装備中)】

539284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/20(日) 23:59:23
終了かな?
仮投下途中でしたらごめんなさい。

最新303話までのまとめをUPしました。
パスはnegiです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1362548.zip.html

新作&本投下お疲れ様です。
感想は明日以降に。
また今週中に連絡します。

540挑戦状・諾(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2011/02/21(月) 00:03:55
 
【グループ所持品】
  簡易通信機・小、簡易通信機・大、白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、
  謎のペン×7、レーザーガン、工具、救急セット、竹篭、スコップ(大)、
  メス×1、小麦粉、謎のペン×8、薬品・簡易医療器具、解除装置、
  生活用品、香辛料、メイド服、干し肉、文房具、白チョーク1箱、
  小太刀、鋼糸、アイスピック、保存食、分機解放スイッチ、プリンタ、
  カスタムジンジャー×2、グロック17、手錠×2、斧×3、鉈×1、
  モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×5、


【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → ?】

【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
       ①果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
     グロック17(残 17/17)】
【能力:記録/記憶を読む、
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】

541諾(13/12+3) ◆VnfocaQoW2:2011/02/21(月) 00:05:24
 

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(いかんなー、いかん。 紗霧ちゃんもジジイたちも怯え過ぎだぞ)

ひとり小屋を出たランスが、井戸水を汲んでいた。
乾いた喉を潤しに、小屋から出たことになっていた。
しかし、真意は違った。
恐怖に凝り固まってしまった仲間の空気が、己に伝染せぬよう
一旦場を離れて冷静になろうと、考えたのである。

(テレポートと読心。それだけじゃないか。
 体は智機ちゃんのものみたいだし、武器も銃だけ。
 固体としてはよわよわだぞ、アレは)

頭を冷やしたランスの読みは正しい。
小屋組の面々は知らぬことではあれど、昨晩の仁村千佳との戦いで、
透子の弱点は露呈しているし、本人とてそれを自覚している。

(例えば…… まひるかジジイを犠牲にして、
 『処刑執行』しようとした瞬間に斬りかかれば―――)

犠牲といっても、確実に殺されるとは限らない。
ランスが思い浮かべる二人は、それぞれ超野性と超速度を備えている。
透子の出現に気を張っていれば、銃撃の回避すら可能かも知れぬ。

(よし、灯台に行こう! まひるとジジイを引きずって)

542諾(14/12+3) ◆VnfocaQoW2:2011/02/21(月) 00:05:59
 
井戸桶より柄杓を一掬い。
縁に口を寄せ、ごくりと一口。
喉が鳴るのと同時に。


「おいしい?」
「毒入りの水」


再びの、透子であった。
衝撃的な言葉に、ランスはぶうっと吐き出し、がはげへと咽る。

「これは、じょーく」
「でも」
「次がじょーくとは」
「限らない」

冗句などではない、明確な警告を残して。
透子は今度こそ掻き消えた。

(警告じゃなけりゃ、死んでたな……)

ランスは理解する。
処刑の手段は、銃殺だけではないことに。
いくら集団で行動していたとしても、
一人になる瞬間は、どこかで発生するということに。
ふ、と物思いに沈んだり、気を抜いたりする瞬間が、
誰にでもあるということに。
それは今のランス、そのものであったことに。

543諾(15/12+3) ◆VnfocaQoW2:2011/02/21(月) 00:06:24

ランスは考える。
強さの多様性について思いを馳せる。
かつてのライバルを引き合いに。
 
(ケイブリスは確かに強ぇ。無駄に強ぇ。だが……)

体格、体力、筋力、牙、爪、魔法。
殺傷力、破壊力を基準に強さを測るのであれば、
この島において、ケイブリスは最強だと断言できる。
しかし、強さとは、それだけではない。

こと、暗殺という手段を取るのであれば。
向かいあっての戦闘で無いのであれば。
時間制限も無いのであれば。

(……効率的に強いのは、あの女だ)

軽薄なこの男らしからぬシリアスな眼差しが、
透子の存在していた空間を鋭く射抜いていた。


          ↓

544 ◆VnfocaQoW2:2011/02/21(月) 00:09:43
以上で仮投下終了です。

>>539
状態表後にも本文が来る、変則的な構成で済みませんでした。
毎度のまとめ更新、ありがとうございます。

545284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/26(土) 19:53:12
明日の夜10時半頃にまとめをUPします。
新作およびまとめサイトは来週中になると思います。

546 ◆VnfocaQoW2:2011/02/27(日) 19:08:33
少し遅れましたが、これより
  「天覧席の風景」
  「狂拳伝説クレイジーナックル」
の本投下を行います。

本日、新作の仮投下はありません。

547 ◆VnfocaQoW2:2011/02/27(日) 20:23:02
ご支援感謝です。
本投下終了致しました。

548284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/02/27(日) 23:19:22
遅くなってすみません。
最新305話までのまとめを更新しました。
パスはrowaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1381972.zip.html

「諾」
紗霧とランスの価値観が行動に現れていて良かったです。
両者とも勝てば官軍な考えですからねえ。
透子の不可思議さと真剣さからの緊張感が出ていました。
ランスは次こそ真っ当に活躍できそうな感じ?

「天覧席の風景」
ルドラサウム世界の無常さがこのゲームと合わさってる雰囲気でした。
プランナーの方がルドより、腹立ち加減とゲームへの充実ぶりが感じられました。
内外への備えも絶望感が出てました。
まとめ等のフェリスへの扱いは見てのお楽しみということで。

「狂拳伝説クレイジーナックル」
狂拳というタイトルを此処で持ってくるとは思っても見ませんでした。
ザドゥが素敵医師らに対しても敗北感に囚われていた理由が、
これまで以上に書き綴られて納得のいく内容でした。

来週の日曜日の更新は都合により深夜12時以降か
来週の月曜日になると思います。
また今週中にレスします。

549名無しさん@初回限定:2011/03/04(金) 12:22:39
久しぶりに覗けたのにまたタイミング悪くて鯖にアップする新ファイル落とせなかったorz
出張はやく終わらんかな……

550名無しさん@初回限定:2011/03/04(金) 19:28:52
>>549
どうぞ。
パスは548と同じです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1395657.zip.html

551284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/05(土) 18:37:13
連絡です。
多忙により今週は進展できませんでした。
すいません。
明後日のまとめ更新はできると思います。

後、まとめサイトの更新確認いたしました。
管理人さまお疲れさまでした。
作品執筆とコンテンツ更新に専念させていただきます。
これからはまとめデータは可能なかぎり、一週間に2回以上あげさせていただきます。
それでは失礼しました。

552 ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:00:15
>>549-551
保管サイトの更新とそのフォロー、ありがとうございます。


以下4レス、「秘密の部屋と四つの鍵」、
続けて13レス、「SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜」を
仮投下致します。

次回予定は、「SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜」。
透子と智機が登場します。

553秘密の部屋と四つの鍵(1/3) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:01:13
 
(ルートC:3日目 AM12:30 D−6 西の森外れ・小屋3)


レプリカ智機が遺したUSBメモリ。
そこに記されていたのは主催者の近況だけではなかった。
智機がこの島で為した下準備の全てのデータが、
階層式フォルダにみっちりと記録されていたのである。

レプリカを何機製造して。
島のどの位置に、どのような施設を建設したか。
その設計図。完成図書。写真。
監視カメラの台数と位置。
配布アイテム情報と支給品リスト。
そして―――


【シークレットポイントとスペシャルアイテム】。


グレンに配布され、紆余曲折の末に小屋組が所持することとなった鍵束。
その真の意味が、ここに来てようやく、開示されたのである。


『キーナンバー02、座標J−5、地下シェルター』


ユリーシャが広げた配布地図に、まひるが赤チョークでマーキングする。
その座標に、建造物は一つしかなかった。
大灯台。
それで紗霧と野武彦は思い至った。
灯台跡に潜伏していると目される残存主催者は、これを利用しているのだと。

554秘密の部屋と四つの鍵(2/3) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:19:02
 

『キーナンバー04、座標C−4、神語の書(一枚)』

紗霧は機密文書であろうと当たりを付け、
ランスはマジックアイテムであろうと予想した。
但し、座標が崩落した敵拠点の近場であることから、
ポイントごと地中に没している可能性が高い。


『キーナンバー03、座標F−5、木星のブルマー』


これには、誰もが頭を痛めた。
木星とブルマーの関連性が見出せない。
ブルマではなくブルマーと言う点に並々ならぬパトスを感じるとは野武彦の弁。
誰もが白い目で彼を見た。


『キーナンバー01、座標F−7、世色癌(10粒)』

痛い当て字だなーとまひるが呟き、紗霧と野武彦が同意した。
ヤンキー御用達で夜露死苦なアイテムを彼らが妄想する中で、
ただ一人、世色癌の真相を知るものがいた。ランスである。

ランスは語って聞かせる。
それは、彼にとってはうんざりするほど見慣れた道具であり、
ランス世界の冒険者にとっての必需品であることを。
ハピネス製菓謹製のこの丸薬は、病状の怪我の深度も関係なく、
全てをHPという単位に統合させたうえで、そのHPを回復させるのだと。
つまりは。
重篤な状態にある高町恭也を必ず癒せるのだと。

555秘密の部屋と四つの鍵(1/3) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:20:42
 
 
御陵透子の度重なる警告と脅しに屈し、
果し合いのルール四条を飲む格好になった彼らに、
奇襲や闇討ちといった選択枝は失われている。
尋常の果し合いに挑まざるを得なくなっている。

そこで宙に浮いた約30時間。

その最初の数時間を、これらアイテムの捜索/回収に充てることとなった。
強く主張したのは野武彦で、ランスがこれに同意し、
疲労感を露にする紗霧が仕方なしに了承した。

神語の書を、未知への探究心を見せる野武彦が。
世色癌を、その形状を良く知るランスが。
木星のブルマーを、余り籤を引いた格好のまひるが。

鍵束を解き、対応する鍵を各々手に握って。
三者がそれぞれの目的地へと、出発した。


          ↓

556秘密の部屋と四つの鍵(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:21:57

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → F−7 隠し部屋】
【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧、鍵(←野武彦)、カスタムジンジャー(←共有物)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → C−4 隠し部屋】
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、
     軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
     カスタムジンジャー(←共有物)】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → F−5 隠し部屋】
【広場まひる(元№38) with 体操服】
【所持品:グロック17(残弾16)、せんべい袋(残 17/45)、鍵(←野武彦)】
 
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

【月夜御名紗霧(元№36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】

557SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(1/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:23:50
 
【タイトル:SP01:『世色癌』〜優しい俺様〜】
 
(ルートC:3日目 PM01:30 D−7 村落・民家)


(ちょっとサイズ合わないけど、しょうがないよね)

姿身に映る自身の姿を評価して、溜息をつくのは仁村知佳。
手にした若草色のサマーセーターを身に合わせての感想である。
抱いた感想は的を射ており、控えめに言っても幾分その身に余っていた。
上半身にはクリーム色のブラウス、下半身には純白のミニスカート。
下着も合わせて、つい先ほど、民家の箪笥の中から拝借したものである。

それまでの着衣は、足元に脱ぎ捨てられていた。
既に衣服としての体を為していなかった。
その全てが千切れ、切られ、血液で変色していた。
全てが透子との戦いで、自らが流した血液である。
推し量るに、致死量と言わずまでも、
ICU入りは間違いない出血量であると見受けられた。

しかし、その割には。
知佳の血色は、決して悪くない。

グロックに穿ち抜かれた腹部の穴も、既に塞がっている。
魔剣カオスに袈裟斬りにされた肩から胸にかけての裂傷にも、瘡蓋が張っている、
透子からの餞別・素敵意志の薬品群と、背中の羽根による光合成。
それらの相乗効果が、知佳の疲弊を大いに回復させていたのである。

(ぴったりの服は無かったけど、着替えはこれでおしまい。
 あとは恭也さんたちを探さないといけないけど…… どこにいるんだろう?
 主催者たちの情報、早く伝えないといけないのに)

558SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(2/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:25:05
 
知佳は、考えを改めていた。
今の彼女は、恭也たちと合流する心算でいた。

透子が戦意を明確に表し、ザドゥと芹沢も目覚めたであろう現在。
いかなXX念動能力者・知佳とはいえ、主催者たちを一人では殲滅し得ない。
複数人で。
一気呵成に。
シェルターを攻め落とすことが肝要であると、知佳は考えた。

で、あれば。
自分を庇って怪我をした、恭也に合わせる顔がないなどと言っては居られない。
心の乱れが、力の暴走が、などといじけている余裕は無い。
優しさや臆病さを前面に出している場合ではない。

(時間が経てば経つほど、戦いは厳しくなる。
 ザドゥと芹沢が回復してしまうから)

死闘に次ぐ死闘、裏切りと別離。
それらの経験によって一皮剥けたと言うべきか。
それとも何かが欠落したと言うべきか。
変化についての評価は、現時点では下せない。
ただ、はっきりと言える事は。
優しいだけの少女はもういないことと、
覚悟を持った戦士がここにいることである。

(花園からここにくるまでの間に、東の森の焼け跡は通って来た。
 村の中にも誰もいない。
 どこに居るんだろう…… 西の森か、港のほうか、山のほうか……)

559SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(3/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:26:02
 
結局はぶかぶかのセーターを身に付けた知佳は、
行く先について思案しながら、民家から村落へ。
そこで、ばったりと。
 
「知佳ちゃん?」
「ランスさん!」
 
カスタムジンジャーを楽しげにぶいぶい言わせているランスと、
舗装道路と村落の交差点にて、鉢合わせたのであった。

「やあ知佳ちゃん、生きてたんだな! よかったよかった」
「……」

親しげに片手を上げるランスが歩み寄る分だけ、
訝しげに眉根を寄せる知佳が後ずさる。
それもやむない話である。
なぜなら知佳は、ランスと恭也が手を組んでいることを知らぬ。
彼女にとってのランスとは。
同行と協力の申し出を踏みにじった男であり。
知佳と性交渉を持ちたい一心で恭也に切りかかった男でしかなかった。

殺人鬼。
強姦魔。

そうとしか捉えられぬ行動であった。
危険人物というほか言葉は見当たらぬ。

「前に会ったときより元気になった感じだな。うん、グッドだ!」
「……っ!」

560SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(4/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:28:25
 
知佳が自分と距離を措こうとしていることを察したランスの歩みが、
大股なものとなる。
知佳はその動きを受けて、身を翻した。逃げ出した。

「待て待て知佳ちゃん!」

ランスが知佳を止めるべく伸ばした手は、彼女に触れる手前で弾かれた。
サイコバリアである。

「うぉっ!? なんだこりゃ?」

ランスもまた、知佳の変化に目を見張った。
ランスの知る知佳とは、一人で歩くのもままならぬほど弱々しく、
可憐で清楚な病弱お嬢様でしかなかった。
しかし、今の知佳は。
灰色の翼をその背に生やしており、謎の半透明の膜を前方に展開していた。
その跡は見当たらぬが、うっすらと血の臭いすら漂わせていた。
しかも、物騒な目で、強気な警告を浴びせるのである。

「あなたと今、戦うつもりはないから、放っておいて」

ランスには分かる。知佳の目を見るだけで判る。
この少女も又、この数日で相当の修羅場を潜り抜けてきたのであろうと。
ここまで生き残り、勝ち抜けるだけの力が備わっているのであろうと。
そこまで分かっていて、尚。
ランスは知佳を見過ごさなかった。

「まあまあ、そんなツンケンするな、知佳ちゃん。
 俺様と恭也は和解したぞ?
 バット使いの紗霧ちゃんや、魔窟堂のジジイ、おかまっ子のまひるも一緒だ」
「うそ……」

561SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(5/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:29:13
 
知佳はこの場から転進する決意を固めていた。
しかし、ランスの口から発せられた内容が、彼女の足を地面に縫い付けた。
恭也たちとの合流こそ、知佳の目下の目的であるが故に。

「いやいや、ホントホント。俺様は、あいつらを部下にして、
 悪い主催者どもにかっこよく立ち向かっているんだぞ!」

そこで、曇りなきがはは笑い。
知佳にはランスの言は信じられぬ。
しかし確認する術は持っている。

「本当に、恭也さんと一緒にいるの?」

注意深く歩み寄り、バリアを展開したままで。
知佳はランスの裾をそれとなく握る。

「まあ…… うん」

ランスは歯切れ悪く、目を逸らして答えた。
それが嘘でないことを、知佳は読み取った。
それが隠し事なのだと、知佳は読み取った。

【ひでえ怪我で意識不明……てのは、黙っててあげたほうがいいんだろうなぁ】
「酷い怪我って!?」

知佳はランスに詰め寄った。
その勢いにランスは若干飲まれてしまい、問われたことを正直に答えてしまう。
若干の違和感を覚えつつ。

562SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(6/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:32:09
 
「ゴツい銃で撃たれた後、傷口を焼いたらしいな。そこが膿んで、な」
【あれ? 俺様、怪我のこと言ったっけか?】
「あの時の……!」

その怪我は、知佳も知っていた。
知佳を庇った故に穿たれた傷である。
知佳の癒えぬ疵でもある。
胸が痛む。締め付けられるように。
その後悔と逃げ出したい気持ちを押さえつけて、
知佳はランスへの確認を継続する。

「お薬は? 化膿止めとか止血剤は?」
「そんなものよりも、だ。
 実は俺様、世色癌といういいモンを手に入れてな」
「せいろ、……がん?」

既にランスは、マンホールに偽装したシークレットポイントから、
世色癌の10粒を回収していたのである。
その上、ちゃっかり一粒を飲み込んで、己の傷ついた肋骨と、
失われた体力を完全に回復させていたのである。

「回復量は多くないが、どんな状況でも体力を回復させ……」
【ちょっと待て…… ん!? 来た! ピーンと来たぞ!】

ランスが口篭もり、思案を働かせる。
知佳の胸中に広がるのは、悪い予感の分厚い雨雲であった。
予感は即座に事実の裏づけを得た。


【これ上手くすれば知佳ちゃんとエッチできるんじゃねーの?】
.

563SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(7/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:33:02
 
知佳の表情に露骨な軽蔑が宿ったことにすら気付かず、
ランスは欲望塗れの卑怯な取引を持ちかける。

「そーだなー。知佳ちゃんが一発ヤらせてくれたら、
 この大事な世色癌を一粒、恭也のヤツにくれてやろう」
【うへへへ。これは知佳ちゃんも断われないだろう?
 なにせ最愛のお兄様が助かるかどうかの瀬戸際なんだからな!】

知佳は落胆し、憤慨した。

(結局、それなんだ。この人には、それしかないんだ)

ランスが恭也と同行していることが事実であった故に、足を止めた。
主催者と戦う意志を見せたが故に、遠慮があった。
しかし、その仲間の命を盾にして下劣な取引を仕掛けるような、
野卑な下種でしかないというのならば―――

(―――奪う)

知佳の目が爛と輝く。
テレキネシスを引き絞り、急所に無遠慮に叩き込もうと、意識を集中する。
そんな剣呑な知佳の思惑にまるで気付かぬどころか
そもそも念動の全貌も知らぬランスは、暢気なことに、
己の欲望を全開にして、さらなる脅し文句を重ねてゆく。

「いやー、これを手に入れるのには苦労したんだぞー」

知佳の狙いは心臓直上。
至近距離からのハートブレイクショットを狙い打つ算段である。

「それを知佳ちゃんにあげようっていうんだ、俺様って優しいだろ?」

564SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(8/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:34:52
 
スケベ心に正常な嗅覚を鈍磨されているランスは、
下卑た笑顔で、知佳の肩をぎゅっとつかんだ。
接触した肩から知佳の心に、ランスの本音が伝わってきた。


【まあ断わられても恭也に世色癌はやるつもりだがな】


その、一回りして意外な本音に、知佳は動揺する。
集中力が乱れ念撃は不発となり、力が萎んでゆく。

(―――え? どういうこと!?)

ランスは傍若無人な男である。
唯我独尊の男である。
それでも、世の男の全てを敵視しているのかというと、そうでもない。

「知佳ちゃんがうんと言わないなら、俺様がぜーんぶ飲んでやろうかなー?」
【というか、元々恭也の為に探しにきたようなもんだし】

可愛い女の子に比べて優先度が著しく低いことは通底しているが、
認めざるを得ない相手は認めるに吝かでないし、
上から目線とはいえ、同胞意識も抱くのである。

「ぶっちゃけ俺様は、ヤローの命なんてどうでもいいしな」
【あいつはこんなところで死なせるには惜しいヤツだ】

例えば、ランスが一目置いている部下の一人、
リーザスの赤き死神と呼ばれる青年将軍、リックなどは、
ランスお気に入りの女親衛隊長、レイラとの交際すら
認められているのである。

565SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(9/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:40:20
 
「だいたいケイブリスと戦ってるときも、俺様はかっこよく斬り込んだのに、
 あいつは後ろのほうからぽいぽいと石ころを投げてただけだったしな」
【俺様が今こうして元気でいられるのも、
 恭也のヤツがケイブリスの動きをうまく御してくれたからだしな】

ともに命をかけて、背を預けあって戦えば、それは戦友。
相手が強く、頼もしいければ、なおのこと信頼は強固になる。

「それに……」
【それに……】

気付かぬうちに九死に一生を得たランスが、知佳の瞳をじっと見つめる。
知佳もその瞳を覗き返し、ランスの心の囁きを汲み取ることに集中する。

「いなくなっても俺様は全然困らんわけだ、知佳ちゃん?」
【石頭でうっとおしいところはあるが、嫌いじゃないぞ、うん】

知佳の肩に置かれたランスの手が、首筋経由で頬にスライドした。
いやらしさ全開の動きであった。緩やかに性感を刺激するための指捌きであった。
だが、知佳は顔を顰めない。伸ばされた手を振り払わない。
ランスが『取引』を持ちかけている間は、これ以上の性的刺激を与えてこないであろうと、
半ば確信したが故に。

(この人は、敵じゃない)

なんとしても知佳と性交渉を持ちたいという気持ちも本心ならば、
恭也を気遣い、助けたいという気持ちもまた本心。
相反するようで実は両立している言葉と心理のギャップを飲み込んで、
知佳はランスへの評価を改めた。
決して善人ではない。かといって悪人でもない。
ランスとは、スケールの大きなやんちゃボウズであるのだと。

566SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(10/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:42:09
 
(だったら、話し合いで済ませよう)

知佳は思い出す。
ランスとの初邂逅時に自分が取った行動を。
力の反動で心身共に衰弱窮まり、自力歩行すらままならなかった知佳が、
唯一残った読心を駆使して、ランスの情婦たるアリスメンディを誑かし、
まんまと恭也との戦場離脱を成功させた前例を。
やるべきは、それと同じ。
ランスの心を読みつつ、会話を有利な方向に誘導する。

「私、わかってるよ。そんな意地悪を言ってるけど、
 本当はランスさん、優しい人なんだって」

媚びた笑みで以って、知佳は頬に添えられていたランスの手を握った―――


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


【……どうしてこうなった?】

しきりに頭を捻りながら、ランスは二粒の世色癌を知佳に手渡した。
知佳はにっこりと微笑んでそれをピルケースに収納した。

「恭也が寝てる小屋は、西の森の浅いとこにあるから。
 空飛んでりゃすぐに見つかると思うぞ」

結局、取引は不成立であった。
ランスにとって誠に不本意ながら、性交渉の確約を取り付けることなく、
知佳に世色癌を譲渡することとなってしまった。

567SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(11/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:44:45
 
「ありがとう、ランスさん」

相手が悪過ぎた。
読心能力者に、恭也を助けようという思いを見透かされた以上、
ランスに勝ち目は万に一つもなかったのである。

「でも、二粒だけ?」
「まあ、今の怪我を乗り切るにはそれで十分だろ。
 今後の戦いのことを考えるとな、無駄遣いはできんのだ」
【透子ちゃんとの戦いで、何粒かは絶対に必要になるからな】

ランスの言葉と思いが一致していた。
口調と眼差しもまたシリアスであった。

「うん、そうだね」

既に、知佳は自分が恭也らと離別してからこちらの小屋組に発生した
おおよその情報を、ランスから巧みに引き出していた。
果し合いのことも、その後の透子の警告のことも、読んでいた。
故に、知佳は食い下がらず同意した。

「ありがとう、ランスさん。あなたが優しい人で、よかったよ」
「俺様の優しさにぐらっと来たか? いつでも乗り換えていいんだぞ?」
【ま、いっか。俺様を優しいとか勘違いしてるみたいだし。
 じっくり時間をかければそのうち和姦もいけるだろ!】
「んと、あはは……」

知佳は笑って誤魔化した。心は既にここに無い。
西の森の外れにある小屋へと、そこに眠る恭也へと飛んでいた。
早く会って、早く世色癌を飲ませたい。
想いの全てはその一色に染まっていた。

568SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(12/12) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:46:55
 
「紗霧ちゃんに伝えといてくれ。
 斧も鉈も、どうもしっくり来ないから、
 ケイブリスの爪を毟ってくるってな」
「うん、わかったよ」

知佳は軽く頷くと、ランスに背を向け、背中の羽根を羽ばたかせた。
砂埃を巻き上げて、浮揚。
旋回、飛翔。
燕の勢いで西の森へと飛び去る知佳の背へと、ランスが言葉を贈った。

「知佳ちゃん、ナイスパンツ!」
「……」

知佳無言のツッコミは軽微な念動波であった。
ランスはそれに膝裏を叩かれて、かっくんと転倒した。


            ↓

.

569SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2011/03/05(土) 23:50:16
 
(ルートC)

【現在位置:E−7 舗装道路・交差点 → E−5 耕作地帯】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す
      ①ケイブリスの死体を漁り、爪(武器になるんじゃねーか?)を回収する】
【所持品:斧、鍵、カスタムジンジャー、世色癌×7(New)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:鎧破損】

 ※世色癌を一粒飲んで、怪我は完治しました。


【現在位置:E−7 舗装道路・交差点 → D−6 西の森・小屋3】

【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
      ②手持ちの情報を小屋組に伝える
      ③手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚
     世色癌×2(←ランス)】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】

570 ◆VnfocaQoW2:2011/03/06(日) 19:04:15
ただいまより、
  「譲れぬ想い 挫けぬ心」
  「χ−1」
の二編を、本投下致します。

571 ◆VnfocaQoW2:2011/03/06(日) 21:34:33
本投下終了です。
支援ありがとうございました。

今晩の仮投下はありません。

572284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/07(月) 18:55:49
最新307話までのまとめをUPしました。
パスはnegiです。


新作&仮投下お疲れさまでした。
感想は後日に。
また今週中に連絡まとめのアップをします。


ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1404420.zip.html

573 ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:20:25
 
以下9レス、「SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜」を
仮投下致します。

次回予定は「SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜」。
まひる、紗霧、野武彦、ユリーシャです。

また、「秘密の部屋と四つの鍵」の本投下時には、
3人同時のアイテム捜索出発ではなく、
野武彦の出発は、まひるかランスの帰投後を待ってのものと
変更いたしたく思います。

574〜終身願望保険(掛け捨て)〜(1/8) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:22:30
 
【タイトル:SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜】
 
(ルートC:3日目 PM02:00 J−5地点 地下シェルター)


シークレットポイント、№02。
スペシャルアイテム、№02。
あらゆる天変地異から内部を守る地下シェルター。
智機はそこに、独りであった。
心理的な意味合いのみならず、
空間的な意味合いにおいても。

ザドゥとカモミール芹沢は新鮮な空気と日光を求め、シェルターの外に出ていた。
カオスは芹沢に担がれていった。
御陵透子は、情報収集と監視と警告に赴いていた。
故に、シェルターの中にいるのは彼女のみである。

この状態になって、既に一時間余。
椎名智機はずっと検討している。
【自己保存】の欲求を満たしつつ、願望を成就させるための方法を。

(……ザドゥ殿だ。何を於いても、ザドゥ殿だ。
 果し合いの勝利は大前提として。
 その結果に於いて、彼だけには生存していて貰わねば、
 私の願いは叶えられないのだから)
 
優勝によるゲームクリア時にての生存主催者のうち、
一名の願いを『叶えない』というχ−1のペナルティ。
願望成就の放棄を宣言しているザドゥがその時点で残存していなければ、
残りの生存者との間で貧乏籤の押し付け合いになるは必定。
その局面が訪れた場合、智機は自ら進んで願望を放棄することとなる。

575〜終身願望保険(掛け捨て)〜(2/8) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:23:46
 
なぜならば、彼女の最優先事項は【自己保存】。
自らを害しようという相手との戦いは、不可能である。
人間になる―――
智機が抱えるその願望を叶える為には、
前述の彼女の思案どおり、ザドゥを生き残らせることが必須となる。

(But、私の演算では、ザドゥ殿生存の可能性は五割弱。
 果報を寝て待つには極めて分が悪いと言わざるを得ないね。
 手を拱いて見ている訳にはいかないな)

無論、智機は何も手を打たずにいる心算は無い。
果し合いを止めることはもう不可能であるにしろ、
小屋組への事前準備や離間工作、或いは果し合い時の後方支援等、
ザドゥ生存確率を高める為の策略は十指に余る。

しかし、ここでもまた。

(【自己保存】。全く忌々しきは設計思想の愚かさよ!
 この本能を封じねば、自分には何も出来ないのだから!)

結局は、そこなのである。
同僚の悉くに自らの主張が封殺されている今、
事態に介入する為には、己の体にて出張る必要があるのだが、
トランキライザと機械の本能を沈黙させぬ限り、
それすら不可能なのである。
膝を抱えて震えているしかないのである。

【こころ】の封印を解く。
何にも先んじて智機が為さねばならぬのは、それであった。
そしてそれは、彼女単独では為し得ぬことでもあった。

576〜終身願望保険(掛け捨て)〜(3/8) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:24:47
 
(透子様と交渉するしかあるまい)

それは恐ろしい相手である。
決して逆らえぬ相手である。
しかし裏を返せば、それほど頼りになる相手でもあった。
また、感情に支配されているザドゥや芹沢と違い、
今の透子は機械の思考ルーチンを持っている。
であれば、理で以って説得は可能。
その判断で智機は、彼女なりの覚悟を決めて、透子へとIMを投じた。

================================================================================
T−00:透子様、お願いがある。今後の戦局を左右するとても重大な頼み事だ。
================================================================================

数秒と待たずに、レシーブは来た。

================================================================================
N−21:ほわっと?
================================================================================

少なくとも交渉に乗る気はありそうだと智機は判断し、
冗長を嫌う透子の機嫌を損なわぬよう配慮しながら、
智機は用件を短く纏め、打電する。

================================================================================
T−00:小屋組が入手した、分機解放スイッチを掠め取ってきて頂けないだろうか?
T−00:透子様の瞬間移動があれば、造作も無いことだろう?
N−21:のー。その行動は果し合いのルール3に抵触する。
================================================================================

(ここからが勝負だ……)

577〜終身願望保険(掛け捨て)〜(4/8) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:25:56
 
ここまでは、只の前振りである。
ここからが、交渉の開始である。

智機は理を述べねばならぬ。以って透子の考えを否定せねばならぬ。
その結果、直接、生命の危機に至ることはないと演算はされているが、
そこに生じるであろう透子の自分に対する評価の減算は疑い様が無い。

智機のトランキライザが恐怖感を丸めるべくうなりを上げる。
冷媒が体中を駆け巡り、クロック周波数が引き下げられる。
無意識に、深呼吸。一度、二度。
腹を据えた智機が、仮想キーボードのエンターキーを打鍵した。

================================================================================
T−00:ルールとは小屋組に課されたものだろう?
================================================================================

またしても、返答は簡潔にして即座であった。

================================================================================
N−21:のー。相互に課されたもの。私も従う義務がある。
T−00:流石は透子様だ。その義理堅さと高潔さには感心せざるを得ない!
T−00:そしてまた私も、自身の陰謀気質を大いに恥じ、反省しよう!
================================================================================

透子の再反論を受けた智機は即座に己の意見を取り下げた。
取り下げて謝罪し、おべんちゃらを使い、反省して見せた。
結果、透子のIMは止んだ。
不快や遺憾の意は打電されてこない。

(Yes、山場は乗り切った!)

578〜終身願望保険(掛け捨て)〜(5/8) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:26:43
 
そこまではシミュレートできていた。
これが拒否されることは高確率で予測が立っていた。
そして、ここからが。
智機の真の頼みごとであった。

================================================================================
T−00:では、私のトランキライザの常駐を解除して頂けないだろうか?
T−00:それならば、ルールへの抵触はないだろう?
================================================================================

智機は把握していた。
御陵透子の共生する機体N−21から、トランキライザが常駐解除されていることを。
レプリカの最優先事項、【ゲーム進行の円滑化】が、今は無効化していることを。
透子は推測していた。
それらは、透子の本性、思惟生命体の働きによって選択的に為されたことであろうと。
思惟生命体は、自分にもそれを為すことが可能であると。

分機解放スイッチに拠らずとも、【こころ】を取り戻すことは出来るのである。
智機は、そこに、気付いたのである。

================================================================================
N−21:のー。
================================================================================

透子は素気無く無下に否定した。
理由すら語ることなく却下した。

579〜終身願望保険(掛け捨て)〜(6/8) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:27:57
 
================================================================================
T−00:Why? よければその理由をご説明いただけないだろうか?
N−21:怯える智機はいい智機。頑張る智機はダメ智機。
N−21:だって、あなたは保険だから。ザドゥが死んだら必要だから。
================================================================================

ザドゥ死後に必要な保険。
それは、シェルター利用のペナルティ、χ−1に由来する。
願望成就の権利者を、ゲーム終了時の残存主催者のうち一人から取り上げる。
その、取り上げられる対象を智機にする為にお前を生かすのだと、
透子は説明したのである。

================================================================================
N−21:あなたは私に逆らえない。それを私は知っている。
N−21:あなたは誰とも争えない。それも私は知っている。
N−21:それは貴女の【自己保存】の欲求に拠るもの。
N−21:だから【自己保存】の枷を外すことは、私にとってマイナス評価。
================================================================================

自分に逆らう可能性をゼロにする為に。
独自に行動する可能性を封殺する為に。
透子は、決して。
智機に【こころ】を取り戻させないのだと、明確に宣言したのである。

透子は、智機の予想より遥かに冷静で冷徹で容赦無かった。
智機は透子の理と決意を目の当たりにして交渉を断念した。
そしてまた。
智機が断念したのは、交渉のみでは無かった。

(私は、もう…… 人には、なれないのだね……)

580〜終身願望保険(掛け捨て)〜(7/8) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:28:40
 
願望の成就すら、諦めざるを得なかった。

こうなっては、もう、智機はシェルターから出ることは出来ぬ。
安全な地下室に土竜の如く引きこもり、
ただただ命を心配し、怯え続けることしかできない。
ザドゥが生還することを神に祈りつつ、
壁に向かって恨み言を呟き続けることしかできない。

(恨めしい…… この機械の本能が。
 意のままに行動できぬは愚か、意すら意のままに発せぬとは)

それでも、そこまで追い詰めても。
まだ、追い詰め足りぬと言うのか。

「出して」

透子はシェルターに転移してきた。
項垂れる智機に手を伸ばしてきた。

「Dパーツ」

Dパーツ――― それは、智機に神が下賜した前報酬。
あらゆる機構と智機とを融合させることのできる、魔法科学の奇跡の結晶。
非力な女学生レベルの運動能力しか持たぬ智機を、
戦場の魔王レベルにすら引き上げることのできる、大逆転の至宝。

「このままじゃ」
「宝の持ち腐れ」

581〜終身願望保険(掛け捨て)〜(8/8) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:29:55
 
但し、オリジナル智機にそれは使用できぬ。
【自己保存】の本能で生き死にのかかった戦いに参加できぬ彼女には。
メインメモリに分機への指揮領域が固定確保されている彼女には。
【こころ】なき智機には。
決して、換装できぬのである。

故に、透子の発言と行動は。
全く正しい判断なのだと、智機の論理演算回路は解を返さざるを得なかった。

「……果し合いの役に立ててくれ給え」

その解に従って、透子に逆らわぬという本能に従って、智機は。
抵抗することなく。
嫌な顔すら作れぬままに。
己に残された最後の可能性・Dパーツを、透子に引き渡した。

「大事な体」
「労わって」

赤い魔法金属を両手で抱えて消えてゆく透子が、
無表情の智機に声をかけた。
それは思いやりとねぎらいの言葉であった。
言葉面だけを捉えるならば。

シークレットポイント、№02。
スペシャルアイテム、№02。
あらゆる天変地異から内部を守る地下シェルター。
智機はそこに、独りであった。


               ↓

582〜終身願望保険(掛け捨て)〜(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 21:30:49
 
(ルートC)

【現在位置:J−5地点 地下シェルター】

【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      ①プレイヤーとの果たし合いに臨む】

【刺客:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
       ①果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンジャー、
     グロック17(残弾17)、Dパーツ(←智機)】
【能力:記録/記憶を読む、
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】



【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:①【自己保存】】

583 ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:01:34

もう一本あがりましたので。

以下11レス「SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜」を、
仮投下いたします。

次回予定は、「SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜」。
野武彦単独です。

584〜初めにブルマーありき〜(1/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:02:26
 
【タイトルSPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜】
 
(ルートC:3日目 PM02:30 D−6 西の森外れ・小屋3)


この世に、有り得ないは有り得ない。

   ―――初めにブルマーありき

神がブルマーを元に天地創造した。
そんなけったいな世界が、確かにあった。
亡き常葉愛の出身世界の話である。

   ―――ブルマーは神と共にありき
   ―――ブルマーは神であった

月夜御名紗霧がUSBから発掘したアイテム管理ファイル。
その「木星のブルマー」の項は、天地創造の壮大な一節から始まっていた。
紗霧は目をこすり、再び読みかえす。

   ―――初めにブルマーありき
   ―――ブルマーは神と共にありき
   ―――ブルマーは神であった

「ええ、と……」

何度読み返しても、文面に変化は無かった。

「ユリーシャさん。 ちょっとここの文章、音読していただけます?」
「初めにブルマー……」
「了解です。おっけーです。飲み込みましょう」

585〜初めにブルマーありき〜(2/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:03:34
 
そこまでして、紗霧はようやく己の目に狂いが無かったことを認めた。

   ―――地球にブルマーをもたらしたブルマー星人
   ―――地球を包むブルマニウム粒子

「ユリーシャさん。ちょっとここの文章、音読していただけます?」
「地球にブルマー……」
「了解です。おっけーです。次行きましょう」

   ―――地球全土のブルマー化を目論む悪の集団「BB団 ビッグブルマー団」。
   ―――世界のブルマーバランスを監視する国際機構「MIB ブルマーの男たち」。
   ―――この影の二大組織が血眼で奪い合う「神のブルマー」。

「ユリーシャさん。ちょっとここの……」
「紗霧殿、戦うのじゃ、現実と」

   ―――「神のブルマー」とは古代の超兵器である。
   ―――存在が確認されているのは二着のみ。
   ―――「常葉愛」が装着する「月のブルマー」。
   ―――BB団のブルロイド「B」が装着する「木星のブルマー」。

「諦めがついたら、なんだか楽しくすらなって来ましたね」
「いい按配に頭が茹だった、なんとも胸躍る設定じゃな!」
「そうですか……? 恥を知らない世界だと思います」

それから10キロバイト少々。
木星のブルマーに関する、無駄に壮大な一通りの資料を読み終えた紗霧は、
目眩めく偏執的なくだらなさに心底辟易し、深い溜息をついた。
しかし、半信半疑ながらも、その秘めたる強大な力は、理解できた。

586〜初めにブルマーありき〜(3/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:04:18
〜初めにブルマーありき〜(3/9)#ErogeOnly
 
木星のブルマー。

それは、世界を滅ぼす破壊の力にもなり。
それは、世界を慈愛で満たす力にもなり。
神の隣に座る資格すら得ることができる。

この記載にもまた、偽りが無い。
古代に栄えた二大大陸文明を滅ぼしたブルマー裾入れ派と裾出し派の戦い―――
エンシェント・ブルマゲドン。
その始まりを担ったのが神のブルマーならば、
その終わりを担ったのも神のブルマーであった故に。

無論、参加者・常葉愛が装着していた「月のブルマー」の如く、
或いはアズライトやイズ・ホゥトリャの如く、
このアイテムもまた、金卵神によって何らかの制限は課されているであろう。
それでも、チートといえば、この上なきチートアイテムである。

と、そこまでは良かった。
問題は、テキストの最後に記されていた「適格者」の項目であった。

「……」
「……」

黙して瞳を交わす、紗霧とユリーシャに、
わざとらしい咳払いをしつつ、狼狽を隠せぬ野武彦。

「ううむ…… おほん、ごっほん」

587〜初めにブルマーありき〜(4/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:05:57
 
全く残念なことながら。
神代より伝わる超兵器の神秘に触れる資格を、紗霧は有していなかった。
隣に座るユリーシャにしても、同様である。
だが、この居心地の悪い空気は、落胆による物では無い。
羞恥によるものであった。

   ―――純潔であること。

処女しか使えぬアイテムであった。

そうして、生存者を俯瞰してみれば。
仁村知佳とて、思いを寄せる異性と望まぬ契りを交わしているし、
童女しおりに至っては、生存者の誰よりも性経験が豊富であった。
又、主催者サイドに目を移しても。
カモミール芹沢は多情で鳴らした徒女(アダージョ)であるし、
椎名智機もレイプに近い強引な手管で処女を散らされている。
透子は【御陵透子】であった頃の肉体は全き乙女ではあったものの、
その真たる【透子】の部分では、パートナーとは身も心も一つ
誰も彼も揃って非資格者であった。

「どうしたもんですかね……?」
「あの…… 一応わし、適格者なのじゃが?」

30過ぎまで童貞を守ると魔法使いになることが出来るという。
その倍もの年齢、さくらんぼを熟成させてきた場合、
大賢者か、仙人にでもなるのであろうか。

「そんな衝撃のカミングアウト、要りません」
「あなたのブルマ姿など、見るに耐えません」

588〜初めにブルマーありき〜(5/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:08:00
 
紗霧とユリーシャの悲しきW突っ込みが野武彦の臓腑をえぐった時、
元気に玄関の扉が開かれた。

「あったよー!」

煤と灰に塗れた真っ白で真っ黒な顔ににっこりと笑顔を浮かべ、
その手に、サイドラインの入った小さな濃紺のブルマを握って。
もとい。
ビニール袋の中に入れて。
広場まひるの帰還である。

シークレットポイント、№03。
東の森の木の一本に、小鳥の巣箱に偽装してあったそこは、
昨晩の火災で、消し炭になってしまっていた。
通常のアイテムであれば、巣箱と同じく燃え尽きていたであろう。
しかし、そこにあったのは神の手になるオーパーツ。
業火を物ともせず、焦げ付き一つつく事は無く。
輝きすら放ち、まひるの到着を待っていたのであった。


「「「居た!!」」」


まひるの華奢な体操着姿と、袋詰めの超兵器を見て、野武彦たちの心が一つになった。

「お? お? 声が揃っちゃうほどあたしの顔が見たかった?」

勘違いしたまひるが、笑顔全開でてとてとと野武彦に駆け寄る。
その脇から、ぬうと黒い影が手を伸ばした。
月夜御名紗霧である。

589〜初めにブルマーありき〜(6/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:08:52
 
「とりあえずジジイは外に出てなさい。ここからは乙女会議です」
「うむ、心得た。後は任せたぞい、軍師殿。
 というより、まひるちんが帰ってきたのじゃから、
 わしは『神語の書』捜索に向かおうと思うのじゃが?」
「了承です。かのアイテムは最重要アイテム。
 是非入手して頂きたい…… ところですが。
 何分、崩落後の危険地帯です。
 貴方の身の危険を押してまでの調査は不要です。
 五体無事で帰ってきなさい、魔窟堂野武彦」

その判断は、野武彦を戦術の駒と見ての発言である。
理の天秤の軽重であり、決して優しさのみから出たものでは無い。
それでも。
その何%かの成分は、確かに紗霧なりの同胞意識から成っていた。

「その命、しかと受けたのじゃ!」

野武彦は奮い立つ。
紗霧に対する篠原秋穂殺害の疑いは、未だ頭の片隅にはある。
しかし、今は。
それよりも、圧倒的比重で。
紗霧への軍師としての信頼感と仲間意識が、勝っている。

「じっちゃん、気をつけてね!」
「いってらっしゃいませ」
「合点じゃ!」

野武彦は人差し指と中指を立てた左手を横に寝かせるとこめかみに当て、
ウインクを決めるや、ビッとその手を突き出した。
それは多分なにかのヒーローの決めポーズなのであろうが、
残念なことにまひる達にその意図は伝わらなかった。

590〜初めにブルマーありき〜(7/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:10:32
 
「世代の違い、かの……」

寂しそうに背中を丸めて、野武彦が小屋を後にする。
カスタムジンジャーの軽快なモーター音が遠ざかっていった。
その音が完全に聞こえなくなったことを確認し、
隣室で眠る高町恭也の寝息を確認した上で、
紗霧は、猫撫で声で、まひるに話しかけた。

「さて…… 広場まひる」
「はひ?」
「あなたは、自分が女性であると主張していますね」
「残念ながら世間の風当たりは強いですが」
「世界があなたを否定しても、私は貴女を認めますよ。
 あなたは女の子。貴方ではなく貴女。まちがいない」
「広場さんは女の子。だれより素敵な可愛い子」

紗霧の優しい囁きを、ユリーシャが補強する。
腹にイチモツ抱える者同士、意外と息の合うところを見せている。
しかし、腹芸に鈍感なまひるは、彼女らの含みに気付くことなく、
素直に嬉しくなって、調子に乗った。

「でへへぇ…… やっぱり? そう思っちゃいます?
 やだなーもー、いくらホントのこととは言え、照れちゃうなー」
「で、純潔ですか?」
「ぶうううっ!?」

紗霧の問いは突然跳ねた。
予想もしない方向に、恥ずかしくてならぬ内容に。
まひるは顔を真っ赤にして抗議する。

591〜初めにブルマーありき〜(8/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:12:15
 
「不埒、不埒、極めて不埒っ!!
 そーゆーデリケートな問題を尋ねるときは、オブラートに包むってゆーか……
 てゆーか、そもそも何でそんなこと聞かれなくちゃいけないのさ!」
「理由はあります。ユリーシャさん、適格者の部分を」
「はい」

ユリーシャはモバイルPCの液晶画面をスクロールさせた。
そこには、木星のブルマーの兵器性能と適格者の条件が表示されていた。

   ―――ブルマー衝撃波
   ―――ブルマーミラージュ
   ―――ブルブレイド
   ―――ブルマーの輝き

「これなんていい意味で酷いですよ、大陸弾道ブルマー。
 NK民主主義人民共和国世襲元首がテポドンミサイルを発射する!」
「なにそれ、ふざけてるの!?」
「それは履かなきゃわからない」

その後も、まひる、黙読することしばし。
読み終わると同時に、諦めたような溜息をついた。

「わかりましたか、大事なことなんです。
 答えなさい。あなたのエッチ経験を赤裸々に」
「う…… わかるけど、わかるけどさあ!
 だったら紗霧さんとユリーシャさんも言ってよ
 あたし一人だけ告白なんて、そんなの恥ずかし過ぎ!」
「私が適格者だったら、いちいちあなたに聞きません」
「ランス様に…… 可愛がって頂いております……」

592〜初めにブルマーありき〜(9/9) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:13:35
 
キレ気味に言い捨てる紗霧。
夢見る瞳で語るユリーシャ。
共に即断。

「ま、まあ…… ピュアであることに、誇りと劣等感をもってるけどさ……」

その勢いに、結局は正直に答えてしまうまひるであった。

「なら決定です。履きなさい」
「……そーくるよね、やっぱり」

可愛くぐずりながらも、まひるは装着に同意した。
どの道体操着。
レギンスからブルマーに履き替えること事態に、さほど抵抗感はなかった。

「履き替えたけど?」
「では、ブルーミングしてみましょう」
「ブルーミング?」

ユリーシャは黙って液晶画面の該当項目をスクロールさせる。

   ―――ブルーミングとは。
   ―――装着者の性的興奮を基準とする発汗や発熱、愛液によって、
   ―――ブルマの内部のムレムレ度を高めることである。

「……」
「……」
「……オカズが必要でしたら、パンチラまでなら協力しますよ?」
「やっぱりオトコのコって思ってんじゃん!!!」

            ↓

593〜初めにブルマーありき〜(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:14:54
 
(ルートC)
 
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー、指輪型爆弾】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】

【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 13/45)】

 ※木星のブルマーは、まひると野武彦が適格かもしれません。
 ※適格ならばレベル1のブルマー技が使用できる筈ですが、
 ※ムレムレ度を上げることが至難です。

594〜初めにブルマーありき〜(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2011/03/07(月) 23:16:07
 
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → C−4 隠し部屋】
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、
     軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
     カスタムジンジャー(←共有物)、斧(←共有物)】


【西の小屋内・グループ所持品】
  [日用品]
    スコップ・小、スコップ・大、工具、竹篭、救急セット、薬品・簡易医療器具
    白チョーク1箱、文房具、生活用品、指輪型爆弾
  [武器]
    小太刀、鋼糸、アイスピック、斧×2、鉈×1、レーザーガン、メス
  [機器]
    モバイルPC、USBメモリ、プリンタ、分機解放スイッチ、解除装置、
    簡易通信機・小、簡易通信機・大、簡易通信機素材(インカム等)一式×5、
    カスタムジンジャー×2
  [食料]
    小麦粉、香辛料、干し肉、保存食
  [その他]
    手錠×2、メイド服、SPの鍵×4、謎のペン×15

595 ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/07(月) 23:21:40
 
トリップ暴露してしまいました……
騙りが出ることは無いかとは思いますが、念のため、
上記トリップに変更させて頂きます。

596 ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:40:14

以下14レス「SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜」を、
仮投下いたします。

次回予定は、「ひとであり/ひとでなし」。
しおりと知佳が中心です。

597〜あなたの知らない世界〜(1/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:40:59
 
【タイトル:SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜】
 
(ルートC:3日目 PM03:30 C−4 山中)


「思ったより大規模に崩れておるの…… くわばらくわばら」

座標C−4。島北西部に位置する山岳地帯。
魔窟堂野武彦はその区画に立ち入ってすぐに、敵の本拠地跡を発見した。
山岳の地下に掘りぬかれていた基地は発破により支柱が破壊された為に崩落し、
山肌を巻き込んでクレーターの如く陥没していた。
底は見えず、砂埃は未だ治まっていない。

「なんとしても手に入れたい紙片なのじゃがなあ……
 やはりこの崩落に巻き込まれてしもうたかのぅ」
 
スペシャルアイテム№04『神語の書(一枚)』。
№03『木星のブルマー』と同じく、USBメモリから読み取ったその効能とは。
 
   ―――世界を書き込んだ内容に改変する
 
御陵透子の【世界の読み替え】に等しいものであった。
否。記入者の任意に改変できるのであるから、それ以上であると言える。
その凄まじき効力ゆえに、たった一枚しか用意できないのであろう。

   さて、そのアイテムの現在位置であるが。
   野武彦の悪い予想を裏切らず、地盤崩落で地中深くに没していた。
   ケイブリスでもいれば掘り起こしも出来ようが、
   今の小屋組の力で、小屋組の装備で、それを入手することは、
   残念ながら不可能であった。

598〜あなたの知らない世界〜(2/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:42:48
 
「残念じゃが、単独では如何ともしがたいのぅ」

足場は不安定。
下に降りるルートも皆無。
その上、いつ二時崩落が発生してもおかしくないきな臭さを漂わせていた。
故に、野武彦はクレーターを降りることを諦めた。
しかし、神語の書の捜索を諦めたのかというと、そうではない。
日没までには、まだ一時間以上の時間がある。
C−4地区の捜索は始まったばかりである。

野武彦は更に山を歩く。
注意深く周囲の岩や地面に目を凝らして、人工物を探しながら。
ごろごろと礫岩が無造作に転がる斜面を、禿げ山を、登る。
それから、約30分。

「あれは……」

足早に傾斜を登った野武彦がたどり着いたのは、
岩肌をドーム状に開いた、オープンルームであった。
テラスの中央には、巨大な投擲機が鎮座していた。
主催者基地・カタパルト投擲施設である。

この施設のみが崩落を免れたのは、偶然ではない。

カタパルトのそのものの重量。
かかる荷重。
投擲運動エネルギー。
 
それらの負荷は非常に高く、強固な足場を必要とした。
故にオリジナル智機は、配置したのである。
足元に空洞が無く、地盤が強固で、基地から距離をやや隔てた位置に。

599〜あなたの知らない世界〜(3/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:43:39
 
「シークレットポイントでは、なさそうじゃが……」

呟きとともに、野武彦は室内を調査する。
中心施設であるカタパルトは、磨耗により破損していた。
コンソールも無通電により電源が入らなかった。
その他機器もコンソールに同様であった。
ただ1台。
バッテリー残量があったことが幸いし、ノートPCのみが起動した。

「ふむ、収穫はこれだけかの」

その端末は、代行N−22が、拠点崩落の直前まで使用していた端末であった。
管制室の情報集積サーバのミラーリング機であった。
野武彦に奪わせたUSBメモリのデータは、
この中のデータを厳選し、コピーをとったものであった。
 
つまりは。
N−21の選別から漏れたデータが、そこには眠っている。
N−21が選択的に除いたデータも、そこには眠っている。
その眠れるマシンを。
野武彦は、起こしてしまったのである。

野武彦の知らぬ智機世界のOSが、20秒ほどで立ち上がる。
デスクトップには、幾つかのモニタリング情報へのショートカットが
整然と並べられていた。
その中に、一際目を引くフォルダがあった。



【死亡者情報】
.

600〜あなたの知らない世界〜(4/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:44:30
 
 
ドクン。

その五文字を目にした瞬間、野武彦の心臓が跳ねた。

ドクン。

野武彦の額に、脂汗が流れる。

ドクン。

まるで酸欠の金魚の如く、口をせわしなく開閉している。

ドクン。

ちりり、ちりりと。
野武彦のこめかみが、鳴っている。

(知佳殿やアイン殿は生きているのか?)

それを、知ることができる。
それは、大きな収穫である。

だが、ここで得られる情報は。
得てしまう情報は。
決して、それだけに止まらぬ。

(ボウガンの出所は? 秋穂殿を殺したのは?)

野武彦の胸中の奥底に、ずっと眠らせていた思いが、
棚上げしていた疑念が、にゅるりと鎌首をもたげた。

601〜あなたの知らない世界〜(5/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:45:26
 
(ここで、軍師殿は秋穂殿を殺しておらぬことを確認できれば。
 わしの憂いは全て無くなる。
 心底軍師殿を信じ、迷うことなくその指示に命を賭けられる)

月夜御名紗霧の作戦立案・指揮能力は、
巨凶ケイブリスを相手に完璧に証明された。
故に、小屋組はモチベーションが上がっている。
仲間意識が高まっている。

(……そうでなければ?)

恭也の疲弊。透子の監視。
決して順風満帆とは言えぬ現状ではある。
それでも、希望は胸にある。
団結力を以って難局にあたる覚悟がある。

(軍師殿が秋穂殿を殺したことが確認できてしまったら?
 その時、わしはどうなる?
 迷い無く軍師殿について行けるのか?)

その中心に、間違いなく紗霧がいる。
大小差異はあれど、誰もが紗霧の才に頼っている。
果たして、彼女に信を置けなくなったとき、
小屋組は連合としての形を保てるのか?

(ならば、知らぬままでよい。ままがよい。
 疑念は奥底に沈めたまま、ただ眼前の戦いを戦えばよい。
 これまでだってそうしてきたのじゃ。
 これからも……)

602〜あなたの知らない世界〜(6/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:46:11
 
これからもそうするだけ。
野武彦はそう己に言い聞かせようとした。

(これからも……)

しかし、出来なかった。
既に、禁断の果実に触れてしまった故に。
知ることができることを、知ってしまったが故に。

(……)

野武彦は硬直する人差し指をゆっくりと伸ばし。
タッチパッドで矢印ポインタを動かしてゆく。
己の吐く息で白く曇った瓶底眼鏡。
その奥にある瞳の色は、窺い知れぬ。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


「おおっ…… おおっ……」

魔窟堂野武彦が、慟哭していた。
あまりにも深い絶望に捕われて。

『若い命を無駄に散らせぬ為に、我ら老骨がこの身を擲とう』

あの夜の森での誓いを、野武彦は思い出す。
その神聖で熱い男の誓いが、汚されたように感じられていた。

603〜あなたの知らない世界〜(7/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:46:52
 
【死亡者情報】
【プレイヤー動向】
 
これら管理資料の最終更新時間は、昨晩20時15分。
管制室の発破に伴うサーバ破壊の少し前の時間であった。
しかし、彼が知りたいと願っていた情報は、入手できていた。

朽木双葉とアインが、既に死亡していること。
仁村知佳としおりが、未だ存命であろうこと。
保護対象と思われていたしおりは、ゲームに乗り、
一人と一機を殺害/破壊していたこと。

有用な情報は、それだけであった。
不要な情報は、他の全てであった。


月夜御名紗霧――― やはり、であった。

紗霧は二人殺していた。
しかし、野武彦の疑念とは関係のない殺人であった。
予想の埒外にある、予想をはるかに上回る殺人であった。

野武彦は北条まりなに聞いていたのである。
彼女の最初の同行者・木ノ下泰男が如何にして絶命したのかを。
村落の雑貨屋に仕掛けられた罠は、
明らかに無差別に命を狙った罠であったのだと。

そしてまた、首輪は罠師であった頃の紗霧の呟きを、何度か捉えていた。
その音声情報もまた、野武彦は耳にしたのである。
言葉少なに、しかし楽しげに。
紗霧は罠に掛かった哀れな獲物をこき下ろしていたのである。

604〜あなたの知らない世界〜(8/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:47:33
 
ユリーシャ――― まさか、であった。

ユリーシャは仲間を手酷く裏切っていた。
アリスメンディと篠原秋穂を殺していた。
恐らくは嫉妬心と独占欲の為に。
相手の油断を突き、確固たる殺意を持って、手を下していた。
ランスに気取られぬよう、嘘に嘘を重ねて、隠蔽していた。

それをおくびにも出さずに、か弱い風を装って。
清楚な顔をして、優雅な物腰で。
彼女は、今もなお、ランスの脇に侍っている。
その擬態、あるいは本性。
なんと悍ましく、恐ろしいことであろうか!


ランス――― 許せぬ、であった。

血の気が多く、唯我独尊な性格をしていることは分かっていた。
彼と合流したばかりの頃の恭也との遣り取りで、
人のひとりやふたりは殺しているであろうと予想はしていた。
それは事実であった。
ランスは2人のグレンを殺していた。

姓無きグレンは、仕方ない。
知佳を愛娘と勘違いして飼い殺そうとした狂人である。
その一刀両断っぷりはさて置き、応戦するのは理解できる。

だが…… もう一人のグレン。
コリンズ姓を持つ異形。
ゲームに乗るを良しとせず、島からの脱出を図っていた男。
この男を殺した事実を、野武彦は許せなかった。

605〜あなたの知らない世界〜(9/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:48:14
 
対立の末、殺したのなら、しかたない。
誤解の末、殺したのなら、諦めもつく。
そうではなかった。
単に邪魔だから殺していた。


紗霧のみならず、ランス、ユリーシャもまた外道。
世界の悪意害意を、野武彦は一身に浴びてしまった。
それはまさに、パンドラの箱。
故に。伝承をなぞるかの如く。
その箱の底に残った、希望もあった。

「だが、わしには、恭也殿がいる!」

恭也は見事に、男であった。日本男児であった。
ワープ番長との速度勝負に敗れ、一度は情けない姿を晒しもすれど。
彼の戦いは全て、他者を守るための戦いであった。
ただの一度とて、ゲームに乗ったことなどなかった。
野武彦が目を通した全ての管理資料が、それを裏付けていた。

「そう、ああいう益荒男は死んではならぬ!」

再び虚空に力説する。
そこに、広場まひるの名前が、無かった。
じっちゃん、まひるちん。
気安い仇名で呼び合うほどの仲となったにも関わらず。

606〜あなたの知らない世界〜(10/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:48:54
 
広場まひる――― そんな、であった。

まひるは、誰も殺してはおらぬ。
【死亡者情報】は、それを証してくれた。
しかし【プレイヤー動向】にて、懸念が発生した。
時は一日目の夜半。
突如、正気を失ったまひるが、同行者・堂島薫を捕食しようとしたという記録である。
幸いにして、駆けつけた高原美奈子の手によってまひるは正気を取り戻し、
事なきを得たのであるが。
その懸念を、もう一つの管理資料が裏付けた。

【参加者来歴】。

そこに、記載されていた。
この島に召還されるまでの、プレイヤーたちのプロフィールが。

ランスとは、リーザスなる国の王であること。
ユリーシャとは、カルネアなる国の第二王女であること。
紗霧とは、鋼鉄番長に仕える神鬼軍師であること。
恭也とは、学生にして御神流の若き師範であること。

そして、まひるとは。学生にして、天使であった。

天使とは皮肉を利かせた蔑称に過ぎぬ。
その正体は、人に擬態し、人を捕食する、人の天敵であった。

魔の者が、人に憧れ。
贖罪し、人の側に立つ。

607〜あなたの知らない世界〜(11/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:50:14
 
それは、野武彦が大好きなファンタジー物の王道シチュエーションであるし、
実際彼には、人外の者に対するいわれ無き差別意識など皆無である。
誰よりも、まひるを受け入れる土壌と柔軟性を備えている。
であるのに。
今の野武彦は恐れと疑念を捨てきれぬ。
燃えるシチュエーションなどと受け入れられぬ。

人に擬態する。
この一節と、紗霧やユリーシャの化けっぷりに欺かれていた事実とが相まって。
信じてやりたくも、後ろめたくも。
いずれ正体を現すのではないか―――
飢餓感が限界に達したならば―――
そんな可能性が脳裏を掠めるばかりであった。


既にバッテリーは切れ、PCの液晶は黒く染まり。
その黒に近い闇夜が、カタパルトルームを満たしていた。
そこに、インカムから。
野武彦の心持ちとは真逆の、まひるの弾んだ声が、聞こえてきた。

『じっちゃん、しーきゅーしーきゅー、あいしーきゅー!』

野武彦は息を飲み、逡巡し、深呼吸をして。
勉めて冷静な声を装って。
瞑目したまま、インカムの発話ボタンを握った。

「はいよ、どうしたんじゃ、まひるちん?」
『じっちゃん、やったよ! 世色癌で、恭也さん目覚めたよ!』
「おおう、そうかそうか! よかったのぅ、ほんによかった……」

齎された朗報に、野武彦が相好を崩す。

608〜あなたの知らない世界〜(12/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:51:35
 
『じっちゃん遅いけど、何かトラブルでもあったりする?』
「連絡が遅うなって済まんの、まひるちん。
 シークレットポイント探しに躍起になっておるうちに、
 とっぷり日が暮れ、足元が見えんようになってしまっての。
 幸い山小屋を見つけたので、朝までここに留まろうと思うのじゃよ」
『あたしがお迎えに行こっか?』
「いやいや心配には及ばぬよ。
 ……おっと、火種が燃え尽きそうじゃ。これにてご免!」

逃げも隠れもするが、嘘はつかぬの魔窟堂。
それは彼が自称する、お気に入りのキャッチフレーズ。
それが、今の野武彦は。

逃げて。
隠れて。
嘘もつく。

(じゃが、これも必要なウソじゃ…… 必要なんじゃ……)

今、彼らの顔を見てしまえば。
嫌悪感も、不信感も、必ず顔や態度に表れる。
それを隠しとおせるほど、野武彦の神経は太くない。

果し合いの時は、明日。
ほぼ24時間後。
いまこの情報を、小屋の者たちに知られるわけにはいかぬ。
それは、不和しかもたらさぬ。
或いは、別離や破局すら招くやもしれぬ。
今は、この胸にしまっておくしかない。

609〜あなたの知らない世界〜(13/13) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:53:07
 
それは、野武彦にも判っている。
判ってはいるのだが、割り切ることもまた出来ぬ。
苦悩。煩悶。後悔。逡巡。
負の渦流に、木切れ一つで巻き込まれている。

その荒波から逃れるために。
あるいは、荒波が細波に変わるまで。
野武彦には時間が必要なのである。

「エーリヒ殿……」

野武彦は縋る。面影に問う。
自分の様に、揺れず、惑わず、落ち込まず。
己を貫き通す意志力に満ちた軍人に。

「あやつらに守るべき価値は、あるのか……?」

野武彦は天を仰ぎ、形見のライターを強く握り締めた。


            ↓

.

610〜あなたの知らない世界〜(情報 1/1) ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/09(水) 21:53:44
 
(ルートC)

【現在位置:C−4 本拠地跡・カタパルトルーム】
 
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【スタンス:①一晩頭を冷やす。得た情報は墓場まで持ってゆく】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、斧
     軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【備考:疲労(小)、紗霧、ランス、ユリーシャに不信感、まひるに恐怖感】

 ※ゲームの各種記録を知りました
 ※カスタムジンジャーは竜神社で充電中です

611名無しさん@初回限定:2011/03/10(木) 02:27:40
感想です。

「譲れぬ想い 挫けぬ心」
コスプレネタがここでも活かされるとは感無量です。
紗霧のナース服姿は想像すると似合うなあ。
ゲーム中私服絵がないキャラだけど。
タイトルから見るとギャップの大きい内容だw
最後の恭也以外は。

「χ−1」
これもタイトルから内容に興味が出てくるタイトル。
疑心暗鬼を誘うプランナーのペナルティを一蹴するザドゥが素敵。
ここに来てリーダーシップを発揮してきたか。
芹沢とカオスが味方についてる分、安心感が大きい。
主催者なのに。

『秘密の部屋と四つの鍵』
しおりの襲撃もなくシークレットポイントの探索が始まったのが意外。
シェルター含めてどれも利用さえできれば、参加者にとってプラスになるもので
いろいろと納得。
まさか神語の書が出てくるとは……。


『SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜』
ようやくランスの(性格的な)長所がいい意味で大きく影響したのを見て一安心。
変わらざるを得なかった知佳の心理描写がいい。
恭也は間に合うか……と読んだ当初は思いました。

『SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜』
智機がとことん悲惨で少し気の毒。
でも184話までだけを改めて見てると同情できないのが何とも。
レプリカ100体以上支給されたツケか……。
Dパーツを透子が使うのは予想外。
とんでもない強敵になりそう。

『SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜』
うん、まあ、まひるがんばれw
それしか言えない。
双葉が迷走しなければ、彼女か知佳が扱えたかもしれないのに、残念。

『SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜』
神語の書は拾えずじまいかな?
配置場所が運営基地の近くだったのが良い。タイトルが個人的にツボ。
ここで紗霧のみならずランスとユリーシャとしおりの悪事が明るみになるとは……。
紗霧は罠師時は滅多に独り言を口にしなかったが、全くで無かったのが痛い。
まひるも疑惑の対象に含まれ、良い感じに非常にきな臭くなるのを感じられました。
最後のライターの描写が切ない。
レプリカUSBの設定などはプランナーの悪意が感じられると同時に
ある種ゲームの公平性も感じられて面白かった。

612284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/10(木) 02:29:54
最新307話までのまとめを改めてUPしました。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1410490.zip.html

パスはnegiです。

あと差し出がましいでしょうが指摘。



『SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜』で
魔窟堂は童貞〜とありますが、ゲーム本編で彼の息子が本編で出てきてますので
こちらの見落としや、裏設定で実は養子だったとかで無ければ非童貞のはずです。
あとまひるは性別がないので、ブルマーの使用は解釈次第では大丈夫だと思います。

※補足
紗霧は家事は自分では得意だと思ってます。
ただし自分でそう思ってるだけで実際は苦手です。
茶を入れるのは得意ですが、料理を作ろうとする描写は本編で無いので
その辺は大丈夫だと思います。

まひるは料理は作れます。かなり上手です。
ただし肉料理限定で、他の料理は作ろうとしません。


また今週中に連絡します。
失礼しました。

613 ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/10(木) 20:37:57
>>612
ご指摘、ありがとうございます。

魔窟堂の性経験の件につきましては、「SPI-04〜」の本投下時に修正致します。
紗霧・まひるの料理の件につきましては下記の変更を施しますので、
次回以降のまとめ更新時に、こちらの適用をお願い致します。

------------------------------------------------------------------------------
<修正箇所>

で、皆が目覚めて。
顔を揃えて。
いざ、食事を作ろうという段で、深刻な問題が発生した。

こうして高町恭也がひとり、厨房に立つことになった。
の間。

------------------------------------------------------------------------------
<修正内容>

で、皆が目覚めて。
顔を揃えて。
朝食を摂ろうという話になって。
何故か紗霧が名乗りをあげて。

「ふふ…… 策士とは別の顔、お見せ致しましょう」

自信たっぷりに白米を洗剤で研ぎ出したところを、恭也に制止された。

「止めるんだ、月夜御名さん」

高町恭也―――
古風な価値観を守り抜いている男であった。
食への感謝を忘れぬ男であった。
この男の譲れぬ何かが、紗霧の暴挙を見過ごせなかったのである。

「あなたがしていることは、農家の皆さんに対する冒涜だ」

あまりに抜き身すぎる、愚直な言葉に。
動揺した紗霧が、食卓に座す他の四者に目をやった。
4人が揃ってウムウムと、首を上下に振っていた。

「そ、そこまで言われることはしていない筈ですが?」

力弱い紗霧の反論を受けて。
4人が揃ってナイナイと、手のひらを左右に振っていた。
それで紗霧は、諦めた。
頬についた洗剤のシャボンを拭って、イジケ気味に逆切れた。

「でしたら恭也さんが美味しい朝食を用意してくれるんですね!」
「男の大雑把な料理でよければ」

こうして高町恭也がひとり、厨房に立つことになった。

------------------------------------------------------------------------------

以上です。
お手数をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。

614284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/10(木) 20:59:23
早速のレスと修正、そして短期間での仮投下お疲れ様です。
紗霧の家事のレベルはそんな感じです。
人がいない所での机の掃除は濡らしてない雑巾で、
ごみを全部床に落として満足するレベルですから。
明日の深夜か土曜日に修正分も含めたまとめをUPします。
それでは。

615284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/11(金) 18:53:25
306話を修正したまとめをアップしました。
パスは rowa です。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1414637.zip.html

また日曜日に連r区する予定です。

616284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/13(日) 13:55:13
こちらは大事無いです。
更新等が必要なときは作業いたします。

617 ◆HbAb3YhfJ6:2011/03/13(日) 19:01:02
ただいまより、
  「それでも、恭也は答えない。」
  「ひとりでも、みんなのひとり」
の二編を、本投下致します。

今晩の仮投下はありません。

618◇HbAb3YhfJ6 → ◆29ZH4ztR.E:2011/03/13(日) 20:02:39
 
ご支援、ありがとうございました。

そして、なんだかもう本当に汗顔の至りなアレですが。
またしてもトリップを自ら晒してしまいましたので、
上記名前欄のトリップ変更を行います。

619284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/13(日) 23:51:57
本投下お疲れ様でした。
どんまいです。
感想は今週中に。
最新309話までのまとめをUPしました。
パスは negi です。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1420699.zip.html

620名無しさん@初回限定:2011/03/14(月) 17:41:47
更新乙です
まとめサイトの人は大丈夫だろうか?

621名無しさん@初回限定:2011/03/16(水) 01:11:24
前回と同じ、パスはrowaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1428782.zip.html

622名無しさん@初回限定:2011/03/17(木) 19:05:03
前回と同じ、パスはnegiです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1435522.zip.html

623名無しさん@初回限定:2011/03/18(金) 22:27:13
パスはnegiです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1440346.zip.html

624 ◆29ZH4ztR.E:2011/03/20(日) 19:03:48
 
ただいまより、
  「タクスタスク 〜the final mission〜」
  「告」
  「果たし状」
の三編を、本投下致します。

625 ◆29ZH4ztR.E:2011/03/20(日) 20:55:55
 
長時間に渡るご支援、ありがとうございました。
今晩の仮投下はありません。

626284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/20(日) 23:05:57
本投下お疲れ様でした。
最新312話までのまとめをアップしました。
パスはnegiです。

今週中に再アップと連絡等をいたします。


ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1446346.zip.html

627名無しさん@初回限定:2011/03/22(火) 18:40:03
「それでも、恭也は答えない。」
ケイブリス戦後のランスの心境の変化や
紗霧の本心の一部の描写が良く描写されていて良かったです。
体温や傷口の下りがリアルで恭也の状態の危うさも伝わってきました。

「ひとりでも、みんなのひとり」
アズライトとさおりだけでなく、鬼作と愛を思い出してくれたのは
素直に感動しました。
同時にしおりがシャロンを殺したのを思い出さないあたりは良い意味で薄ら寒さを感じました。
六人組の探索を拒否したのはこの為だったのですね。

「タクスタスク 〜the final mission〜」
ケイブリス戦後に結束を深めた魔窟堂とまひるのノリが良い感じ。
ゲームの備品として果てたレプリカ達の最期は奇妙な達成感を感じられました。

「告」
智機の孤独がひしひしと感じとれる作品でした。
同調する透子に喜ぶザドゥとカモちゃんがほほえましい。
それぞれのキャラの個性が光ってました。

「果たし状」
シンプルでいいです。
それだけで終わりが近いんだなあと感慨。

628名無しさん@初回限定:2011/03/22(火) 18:43:08
再アップしました。
パスはsageです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1451718.zip.html

629名無しさん@初回限定:2011/03/24(木) 05:44:51
まとめです。パスは>>628と同じです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1456550.zip.html

630名無しさん@初回限定:2011/03/26(土) 07:02:53
まとめです。パスは前と同じです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1461417.zip.html

631 ◆29ZH4ztR.E:2011/03/27(日) 19:04:02
 
ただいまより、
  「諾」
  「秘密の部屋と四つの鍵」
の二編を、本投下致します。

632 ◆29ZH4ztR.E:2011/03/27(日) 20:15:04
ご支援、ありがとうございました。

今晩の仮投下はありませんが、
どうにか週末までに一本あげられると思います。

633284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/03/27(日) 23:53:51
本投下お疲れ様でした。
最新314話までのまとめをアップしました。
パスはnegiです。
次回バージョンアップ時までパスは同じに設定しますので。
また今週。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1467010.zip.html

634名無しさん@初回限定:2011/03/29(火) 18:34:49
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1472359.zip.html

635名無しさん@初回限定:2011/03/31(木) 18:10:56
まとめです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1479611.zip.html

636名無しさん@初回限定:2011/04/02(土) 10:24:52
月曜日になったら消します。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1486392.zip.html

637 ◆29ZH4ztR.E:2011/04/03(日) 19:03:20
 
ただいまより、
  「SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜」
  「SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜」
の二編を、本投下致します。

638 ◆29ZH4ztR.E:2011/04/03(日) 20:14:21
 
ご支援、ありがとうございました。
遅くなりましたが火曜の晩に「ひとであり/ひとでなし」を仮投下致します。

>>◆ZXoe83g/Kw さん
毎週の迅速なまとめ更新、ありがとうございます。
人間透子死亡時の一週だけの死亡者情報や、「果たし状」のそれらしき工夫には、
思わずニヤケ顔になってしまいました。
結末まで今暫く時間と話数がかかるかとは思いますが、
なにとぞ今後ともよろしくお願いいたします。

639284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/04/03(日) 21:15:56
まとめサイトの感想ありがとうございます。
こちらも最後まで更新するつもりですのでよろしくお願いします。
感想は今週中に。


最新316話までのまとめをアップしました。
パスはrowaです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1491819.zip.html


今週はまとめか作品を進展できるかも知れません。

640名無しさん@初回限定:2011/04/05(火) 17:51:11
再アップ
パスは639と同じです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1498729.zip.html

641名無しさん@初回限定:2011/04/07(木) 07:19:33
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1504791.zip.html

642名無しさん@初回限定:2011/04/08(金) 22:00:34
4度目のアップ

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1509425.zip.html

643◇29ZH4ztR.E:2011/04/10(日) 17:59:16
職場からにてトリ無しで失礼致します。
今しばらく帰宅できなそうなので、本日の本スレ投下は見送らせて頂きます。
次回仮投下も時間がかかりそうです。

申し訳ございません。

644284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/04/10(日) 19:52:23
了解です。
お忙しい中報告ありがとうございます。
無理はなさらないよう。


五度目のまとめアップ、パスは前回と同じです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1517051.zip.html

645名無しさん@初回限定:2011/04/12(火) 19:19:39
前回と同じ、パスはsageです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1522904.zip.html

646名無しさん@初回限定:2011/04/14(木) 21:15:50
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1529303.zip.html

647名無しさん@初回限定:2011/04/16(土) 05:26:20
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1533970.zip.html

648名無しさん@初回限定:2011/04/17(日) 20:52:41
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1540077.zip.html

649名無しさん@初回限定:2011/04/19(火) 06:19:56
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1545163.zip.html

650名無しさん@初回限定:2011/04/20(水) 23:40:04
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1550400.zip.html

651名無しさん@初回限定:2011/04/22(金) 07:14:01
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1555222.zip.html

652名無しさん@初回限定:2011/04/23(土) 18:25:47
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1559934.zip.html

653名無しさん@初回限定:2011/04/24(日) 20:40:58
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1564852.zip.html

654名無しさん@初回限定:2011/04/26(火) 00:00:22
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1569527.zip.html

655名無しさん@初回限定:2011/04/27(水) 19:29:40
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1574946.zip.html

656名無しさん@初回限定:2011/04/29(金) 09:47:00
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1580668.zip.html

657名無しさん@初回限定:2011/04/30(土) 21:26:53
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1586838.zip.html

658名無しさん@初回限定:2011/05/01(日) 22:19:23
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1591193.zip.html

659名無しさん@初回限定:2011/05/03(火) 00:56:25
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1596038.zip.html

660名無しさん@初回限定:2011/05/03(火) 23:53:48
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1600370.zip.html

661名無しさん@初回限定:2011/05/05(木) 03:17:46
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1605699.zip.html

662名無しさん@初回限定:2011/05/06(金) 06:29:42
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1610885.zip.html

663名無しさん@初回限定:2011/05/08(日) 07:20:48
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1618132.zip.html

664名無しさん@初回限定:2011/05/10(火) 07:42:31
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1623025.zip.html

665名無しさん@初回限定:2011/05/11(水) 19:46:07
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1627979.zip.html

666名無しさん@初回限定:2011/05/13(金) 21:25:26
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1633311.zip.html

667名無しさん@初回限定:2011/05/15(日) 12:04:31
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1638505.zip.html

668名無しさん@初回限定:2011/05/16(月) 20:44:56
お久しぶりです
地震がありましたが皆様は大丈夫でしょうか?
こちらも電気の復旧からネットの復旧に時間がかかりました。
暇のなさもありようやく見れて拾えました。
定期的にうpしていただき近日中にありがたくアップデートさせていただきたいと思います。

669名無しさん@初回限定:2011/05/16(月) 23:13:18
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1643540.zip.html

アップデート確認までUP続行。

>>668
お帰りなさい、無事で何よりです。

670名無しさん@初回限定:2011/05/18(水) 19:14:21
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1648595.zip.html

671名無しさん@初回限定:2011/05/20(金) 06:26:05
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1652708.zip.html

672名無しさん@初回限定:2011/05/22(日) 00:54:19
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1657541.zip.html

673名無しさん@初回限定:2011/05/23(月) 20:37:34
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1662693.zip.html

674名無しさん@初回限定:2011/05/25(水) 05:34:05
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1667315.zip.html

675名無しさん@初回限定:2011/05/28(土) 12:49:31
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1671963.zip.html

676名無しさん@初回限定:2011/06/02(木) 07:58:17
www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1677279.zip.html

677名無しさん@初回限定:2011/06/05(日) 20:18:00
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1683147.zip.html

678名無しさん@初回限定:2011/06/09(木) 06:38:50
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1687792.zip.html

679名無しさん@初回限定:2011/06/12(日) 08:28:06
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1694496.zip.html

680名無しさん@初回限定:2011/06/15(水) 07:35:20
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1700776.zip.html

681名無しさん@初回限定:2011/06/18(土) 05:49:13
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1709421.zip.html

682名無しさん@初回限定:2011/06/19(日) 23:16:19
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1716097.zip.html

683名無しさん@初回限定:2011/06/21(火) 20:22:38
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1724084.zip.html

684名無しさん@初回限定:2011/06/22(水) 23:42:22
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1728799.zip.html

685名無しさん@初回限定:2011/06/24(金) 07:47:59
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686 ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:03:49
ご無沙汰しております。
以下26レス、「ひとであり/ひとでなし」を仮投下致します。

次回予定は「Yin & Yang」。
ザドゥ単独です。

687あり/なし(1/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:04:47
 
【タイトル:ひとであり/ひとでなし】


(ルートC・三日目 PM2:30 C−6 小屋1跡)

高町恭也の眠る小屋の正確な場所を、知佳は知らぬ。
西の森、浅く。
ランスからそう聞いたのみである。
その、西の森の浅いところに、煙が立ち昇っていた。
低空を飛行する知佳が向かうのは致し方なき事であろう。

「…………っ!?」

知佳は息を呑んだ。
小屋が破壊され尽くしていた故に。
そこに佇むのは一人の童女のみであった故に。
童女が胸に燃える骸骨を抱いていた故に。

凶-マガキ-しおりである。

知佳が着地した、その振動が最後の引き金となったのか、
しおりの腕の中の頭蓋骨が、灰と崩れた。
しおりは、泣きはらした腫れぼったい瞼で茫と立ち尽くし、
空を仰ぎ見るのみであった。

さおり。愛。シャロン。
しおりは恩人達の弔いを終えて、放心していた。
知佳がみとめた煙とは、この火葬の煙であった。

「……何をしていたの?」

688あり/なし(2/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:06:08
 
言葉をかけられたことで訪問者の存在に気付いたしおりは、
緩慢な動作で知佳に向き直り、静かに告げた。

「おそうしき」

透明感溢れる、虚脱した眼差しを知佳に向け、
しおりは無防備に、言葉を重ねる。

「さおりちゃんと、愛お姉ちゃん、シャロンお姉ちゃん。
 みんなしおりを守って死んじゃったから……」

その言葉に、知佳の警戒心が一段階引き下げられた。
挙げられた名に知り合いの名が無き故に。
落ち着いて周囲を見渡せば、崩れている小屋には埃も煙も立っておらず、
周囲は落ち着いた泥水と、その乾いた跡が散見され。
小屋の破壊は過去に行われたものであるのだと、伺い知れた。

(良かった…… 恭也さんの眠る小屋とは別の場所なんだ)

そうして、落ち着いた心持ちで、再度しおりに目をやって。
知佳はようやく気がついた。
眼前の童女に、見覚えがあることに。
ゲームの開始前に、肩を寄せ合って震えていた双子の童女であったことに。
こんな幼い子まで……
その思いがあったからこそ、目に留まっていた。
しかし、知佳の記憶にある童女とは、幾分様相が異なっていた。

鼠の耳が生えている。
鼠の髭が生えている。
鼠の尾が生えている。

689あり/なし(3/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:07:08
 
肉体改造か、魔術か。
いかな手管によってこの悲痛な変化が起こされたのか知佳は知らぬが、
それは心優しき少女の哀れ心を誘うに十分な変化であった。
故に、知佳は零した。
己の素直な心情を、極めて自然に。

「大丈夫。
 どんな姿になっても、しおりちゃんはしおりちゃんだよ」

幼き頃。
知佳は己の異能故に、疎外感を強く感じていた。
鬼子として、座敷牢の如き離れに隔離されていた。
実の両親に。親族に。
恐れられ、疎まれて。
しかもそれらを全て読心して、知佳は生きてきたのである。

―――ひとでなし―――

それは知佳にとっての癒え切らぬ心の傷。
心をじくじくと蝕む悪意の溶剤。
故に、反射的に、しおりの変化を否定した。
それが相手にどんな効果を与えるのか、考慮せぬままに。

「しおりちゃんは、人間だよ!」

しおりの髭が、ピン、と立った。
しおりの耳が、ピク、と動いた。

「しおりは…… にんげん?」

690あり/なし(4/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:09:39
 
抱きしめようと広げられた知佳の腕に、しおりは駆け寄らなかった。
それどころか知佳の意図とは真逆の、不機嫌で危険な気配を漂わせた。

しおりは、血の主人・アズライトを慕っている。
命を救ってもらったことを感謝している。
人ならざる存在と化したことを誇っている。

―――ひとであり―――

つまりは、禁句であった。
知佳は巧まずしてしおりの逆鱗に触れてしまったのである。

「そう、しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの」

優しい微笑で。理解者面をして。
知佳はしおりに慈雨を降り注ぐ。
しおりにとって、それら少女の挙動の全てが不快であった。
許せるものではなかった。

「ちがうもん!」

怒りの反論と共にしおりは大地を蹴った。
低い弾道で跳躍、知佳に突進。
対する知佳は、反応が一歩遅れた。
回避は間に合わなかった。
サイコバリアも間に合わなかった。

しおりの頭頂部が、知佳の鳩尾に着弾する。
知佳は数メートル吹き飛び、背を瓦礫にぶつけ。
転倒し、悶絶した。

691あり/なし(5/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:10:39
 
「しおりは【まがき】だもん! にんげんじゃないもん!」

芋虫の如く転がる知佳を見下ろして、人差し指を突きつけて。
しおりは決意を表明する。
知佳へと宣戦を布告する。

「しおりは、ゆうしょうするんだから!
 ゆうしょうして、マスターを生き返らせるんだから!」

漸く膝立ちとなった知佳が、えづきをこらえて向き直る。
向き直って、興奮に身を振るわせる童女の瞳を見やる。
しおりは知佳の視線を円らな瞳でまっすぐ睨み付けている。
その目線から、強い思いが伝わってくる。

【ぜったいぜったい、マスターを生き返らせるんだから!】

しおりの胸に燃えているのは、その一念のみであった。
優勝とはその願望成就の手段に過ぎぬのであると、知佳は解釈した。
ならば他の願望成就の方策を提示した上で、
その可能性の方が優勝よりも可能性が高いのであると納得させたならば、
説得し、味方に引き入れることも可能であると、知佳は判断した。

……してしまったのである。

「優勝なんてしなくてもいいの!
 主催者をみんなでやっつけても、願いは叶うの!」

踏んだ。
知佳はまたしても、しおりの心の侵入しては成らぬ場所を、
そこに埋設してある地雷を、力強く踏み抜いてしまった。

692あり/なし(6/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:12:33
 
「主催者を…… やっつける?」
「今、ザドゥたちは弱っている。力を合わせれば倒せるの!
 優勝するなんて言わないで、お姉ちゃんと一緒に戦おう?」

ザドゥとは、今のしおりが知る唯一の生存者。
ほんの少しのふれあい。それでも。
ぶっきらぼうながらも、確かにしおりの孤独を癒してくれた、恩人。
行き詰まった彼女に優勝への思いを認識させてくれた男。
 
「ザドゥさんを倒す!?」

しおりは、口に出して知佳の提案を反芻する。
反芻しながら理解する。
この少女とは決して相容れないのであると。
この少女を生かしておくわけには行かないのであると。

「そう。だからお姉ちゃんと一緒に行こ?」

ああ、この慈悲深く、愛を一義に置く少女こそ、
幼きしおりにとって最良の守護者足り得るというのに。
心身の両面で、しおりを庇護できるというのに。
 
逆に、しおりという弱者の存在こそ。
目的を果たさんと修羅道に堕ちつつある知佳が、
本性である慈愛の精神を取り戻す契機になるというのに。


―――出会いが、遅すぎた。
.

693あり/なし(7/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:13:20

「そんなのダメぇ!!」

再びのしおりの突撃に、今度は知佳のサイコバリアが間に合った。
しかし、重い。
相当の圧力として、バリアを歪ませている。
昨日の透子の体当たりの比ではない。
プロボクサーのストレート程度の威力は、十分に出ていた。

知佳はバリアの角度を変え、正面突破のしおりをいなす。
しおりは勢いのままつんのめり、知佳の後方にごろごろと転がった。

(ここは一旦引く!?)

知佳は逡巡する。
人で無いことを誇り、優勝を口にし、主催寄りの立場を匂わせる
危険な存在を放置して、果たして逃げ出しても良いものか?
この森のどこかに、身動きの取れぬ恭也が眠っているというのに。

「お姉ちゃんひどいよぅ……」

立ち上がり振り返った、泥まみれのしおりの顔を見て。
知佳の良心が、どうしようもなく、疼く。
こんな小さな子に、なんと酷いことをしているのであろうと、
後悔の念が湧き上がる。
 
「なんで避けるのぉ!?」

幼く庇護欲をそそられる外見に言動。
これには、惑わされる。
頭では危険な相手であると理解していても、
戦おうという意欲がごりごりと削られる。

694あり/なし(8/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:15:41
 
(それが、怖い……)

知佳は知己の顔を思い浮かべる。
人の良い野武彦やまひるであれば。
心優しい恭也であれば。
必ずや説得し、保護下に加えようとするであろう。
自分以上の逡巡や躊躇を見せてしまうであろう。

「こんどこそぉっ!!」

しおりが、再び突進してくる。
知佳はサイコバリアを前面に広げつつ、
しおりに処する結論を結んでゆく。

(もう、この手は穢れてる。だったら……)

人殺しの、それも子供殺しの十字架を、
心優しい彼らに背負わせる必要は無く。

(罪を重ねるのは私だけで十分なの!)

知佳もまた、覚悟を決めた。
決めたと同時に、行動していた。
 
「ぎっ!?」

テレキネシス。
ランスに叩き込むのを見送った引き絞ったそれを、
透子には決して放たなかった本気のそれを、
知佳はノーリアクションで、しおりのレバーにぶち込んだ。
この上なく明確な、反撃の狼煙であった。

695あり/なし(9/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:16:58
 
なんということであろうか!

主催者たちがゲームの最終決戦と想定していた戦いが、
条件を満たさぬままに、開始されてしまったのである。
 


「ふ………………」
 
凶と化したとは言え、臓器は臓器である。
肝臓とは急所である。
故に、しおりは悶絶した。
視界の外、意識の外から襲い掛かった未知の衝撃に、
しおりはお嬢様座りで、へたり込んだ。

「ふぇ……………」

そして、泣いた。あっけなく。
泣いて攻撃の手を止めた。

「……ぇえっ……」

恐ろしいほどの身体能力はあれど、やはり子供。
知佳は、そう安堵した。
その安堵が間違いであったと知佳が気づくのに、
時間はさほどかからなかった。
 
「ふえええええん! いたいよーーー!!」

696あり/なし(10/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:19:13
 
散った涙が赤く染まっていた。
周囲の気温がにわかに高まった。
しおり涙は炎となり。
その身を包む盾と化し。
脅威として牙を剥く。

泣いたら負け。
その法則はしおりには通用しない。
泣いてからが、本番なのである。

「!!」

警戒し身構える知佳の眼前で、
無警戒に泣きじゃくるしおりの炎密度は増してゆく。
そうして、しおりの全身が炎に包まれて。

前哨戦は終わり、本戦が幕を上げた。

「おねえちゃんなんかああ!! しんじゃえぇぇ!! しんじゃえぇぇ!!」

金切り声を上げて、しおりが知佳へと突撃する。
イジメられっ子が泣いて、キれて、踊りかかる。
ぐるぐると腕を回して、ウェイトの乗らぬ拳を打ち付けんとする。
そこかしこの公園で見られる普遍的な光景だ。

今のしおりも、ただ、それだけだ。

違うのは、しおりの全身が炎に包まれていること。
パンチは並の格闘家程度の威力があること。
拳は瞬時に皮膚を焼く温度を伴なっていること。

697あり/なし(11/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:20:34
 
その三点が加点されれば、微笑ましい行為はがらりとその態を変える。
明らかな威力となり、命の危機にまで及ぶことになる。

しかし知佳は冷静だった。
昨晩の連戦に、鍛え上げられた彼女の精神に動揺は現れず、
炎の異能に怯えることなく、冷静に対処できていた。

「またぁっ!?」

炎の脅威が有れども、無けれども。
結局、知佳にとってことは同じであった。
サイコバリアでしおりの突撃を防ぎ、
バリアに角度をつけることでいなす。
いなした背中に念動波をぶつける。
やるべきことは、それだけである。

「あぐうっ!!」

なぜならば。
しおりには、工夫がない。
しおりには、戦術がない。

それを責めるのも酷な話ではある。
凶としての卓越した異能と身体能力を得たところで、
その元になっているのは、平和な現代日本に住まう、
はにかみやで内気でおしとやかな童女でしかなき故に。

「ああっ、もうっ!!」

698あり/なし(12/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:21:34
 
それでも、宣戦を布告してしまった以上。
優勝を目指してゆく以上。
闘争相手に手加減や目こぼしなどがある筈も無く。
一定以上の能力を持つ相手にとっては、
しおりなどは体のいいカモでしかない。

「なんでっ! あたらないのっ!!」

廃屋という名のコロシアムに、観客は存在せずとも。
知佳とは、マタドールであった。
しおりは、闘牛であった。
華麗に捌くサイコバリアこそ真っ赤なムレタで、
無駄なく投じるテレキネシスこそジャベリンで、
優雅なステップはダンスマカブルであった。

「痛ぁぁい!!」
「酷いよー!!」
「やめてぇ!!」
 
それもはや、闘争などではない。
儀式である。
祭典である。
勝負の形を模した、生贄のショーでしかない。

誰の目にも勝敗の趨勢が明らかであるにも関わらず。
愚鈍な牛の幼い思考能力では、そんな当たり前の現状認識すら不可能であり。
唯ひたすらに、滑稽なほど、突撃を繰り返すのみであった。

699あり/なし(13/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:22:39
 
(なんで…… なんでまだ立ち上がるの?)

何度、何十度とテレキネシスを叩き込んでも、
しおりの闘志は衰えず、突撃の手も緩まらぬ。
全身を纏う炎は度ごとに充実していく。

それでも、戦局自体に変わりない。
決して千日手に陥ったわけではない。
しおりの体力は徐々に磨り減っては来ている。
凶とて決して、不死ではないのである。

十分後か、一時間後かは判らねど。
ただ、反復するだけで。
機械的に処理するだけで。
いつかはしおりは倒れ伏し。
勝利の女神は知佳に微笑む。


その、知佳の反復の手が、はたと止まった。

 
(あれは……!?)

風に流された紅涙によるものなのか、
吹き飛ばされたしおりが接触したものなのか。
煙が、昇っていた。
小屋に程近い枯れ木が、燃え始めていた。

700あり/なし(14/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:23:24
 
知佳はその炎から連想する。

(昨晩の、あの森林火災は……!)

連想は瞬時に解答に辿り着き、推論まで飛躍した。

(ここはどこ? ……森の中。また火災になる?
 この森に、どこかの小屋に、恭也さんがいるのに?
 恭也さんは動けないのに?)

「いけない!」

咄嗟の行動であった。
知佳は上半身を捻り、湾曲する念動波を燃える枯れ木の背からぶつけ、
破裂した井戸ポンプが生じさせた小屋跡の水溜りへと、吹き飛ばした。

死の舞踏が、ステップを逸した。

しおりに策は無い。
相も変わらずバカの一つ覚えの突進を繰り返しているのみである。
しかしその突進が、知佳が消火に念動を集中させた間隙を突いて。
否。隙を突こうとする意識すら無かったにも関わらず。
バリアを介さぬ知佳の柔い脇腹に衝突したのである。
血まみれの闘牛の角が、マタドールに突き刺さったのである。
 
「あああっ!!?」

灼熱を脇の下で感じた瞬間、サイコバリアが再発動し、
しおりは大きく側方へ弾かれた。
一秒にも満たぬ接触。
その接触が、呼び水となった。

701あり/なし(15/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:24:24
 
先刻、知佳が民家から調達した上半身の着衣。
ブラウス。サマーセーター。
共に化学繊維によって織られたものであり。
化学繊維とは、燃えるより先に、溶けるのである。

「うぐっ!!」

沸騰したコーヒーの色と温度を持ったタールが、
スライムの如く知佳の体にべとりと張り付く。
肌の焦げる音。皮膚の溶ける臭い。
体の左側面から発生した熱源は、着衣を伝染し、溶かし、
溶岩流の如くその範囲を広げてゆく。

「えいえいーーっ!!」

しおりの再突撃を、知佳は転がってかわした。
さらに、二転、三転。
ごろごろと転がりながら、崩落建材に皮膚を切り裂かれながら、
知佳は、ぬた場の如き泥まみれの水溜りに、身を投じる。

煙はさほど上がらなかったが、知佳の着衣の融解伝染は収まった。
収まったがしかし、タールと泥が、知佳の脂肪や筋肉と溶け合っていた。
漸く追いついた痛みに知佳は顔をゆがめつつも、
しかし、冷静さは失っていなかった。

エンジェルブレス展開。
垂直飛翔。
高度五メートルで停止。
警戒待機。

702あり/なし(16/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:25:39
 
しおりは上空の知佳に掴み掛からんと、幾度も跳躍する。
しかし、三メートル弱の高さが身体能力の限界であった。
それでも、何度も、諦めることなく。
真下の泥土から、愚直に垂直跳びを繰り返している。

知佳は待っていた。痛みと悪臭に耐えて待っていた。
しおりが泣き止み、紅涙が霧消する時を。
周囲の木々に燃え移る可能性がゼロになる時を。
その時をこうして、安全地帯で待った後に―――

(―――この子を、森から引っ張り出す)

恭也が目覚めることなく横たわるこの西の森にての、
火災の再来だけは避けねばならない。
知佳がなにより優先しているのは、それであった。
眼下の童女を屠るのは、その後でよい。
別の、もっと安全な場所で行うのがよい。
知佳は適度にしおりに意識を向けつつ、その誘導先と殺害方法を検討する。

「ずるいずるいぃ〜〜っ!!」

さすがに届かぬことを悟ったのか、
しおりが地団駄を踏んで、悔しさを露わにしていた。
その目にはもう、光るものはなかった。
纏う炎の揺らめきも、陽炎と消えていた。

状況を確認して、知佳はすかさず声をかける。
それを断られることを見越しての、偽りの講和を。

「しおりちゃん、戦うの止めにしない? このままばいばいしよ、ね?」
「そんなのダメだよ。しおりは優勝しなくちゃいけないんだから」

703あり/なし(17/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:28:40
 
更に知佳は餌を撒く。
しおりに有利を感じさせ、追跡させる為の弱気なセリフを。

「じゃあ…… お姉ちゃん、逃げるね。もう疲れちゃったから」
「なんで逃げるのぉ!? しおりにやっつけられてよぅ!!」

知佳は身を翻し、偽装逃亡を開始する。
届きそうで届かない、ギリギリの高度と速度を維持しながら。
しおりは着いてくる。凶の機動力で。
獣相が表すが如く、鼠のすばしこさで。

読心などを使わずとも、幼くちょっぴりトロい童女の思考を
誘導することは、知佳にとって容易いことであった。

(これでいい……)

知佳は痛みに身を震わせつつも、高度を維持。
しおりが追跡可能な速度を保ちつつ、舵を南へと取った。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(ルートC・三日目 PM3:00 A−6 海岸線)
 
しおりの耳朶を撫で摩るのは、潮騒。
しおりの鼻腔をくすぐるのは、磯の香。
島の果てが、大海原が、近づいていた。

704あり/なし(18/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:29:35
 
森を脱し、道路上を西にひた走り十分余り。
しおりは未だ、知佳に追いつけないでいる。
走っても走っても、目の前を飛んでいる知佳の背中に届かない。
それでも、しおりは追い続けた。
小さな胸いっぱいに、確信を持って。

(勝てる! あのお姉ちゃんに!)

それは知佳が、ふらふらと飛行しているから。
それは知佳が、はあはあと肩で息をしているから。
左上半身を灼熱のタールに蹂躙されたダメージが、明らかであるから。
故に、しおりは確信するのである。
今すぐには捕まえられなくても、追い続けさえすれば、
いずれ知佳は力尽き、地に落ちるのだと。

「っっ…… 頭がくらくらする……」

確かに与えたダメージは大きい。
しかし知佳が見せている醜態は、聞かせている弱音は、罠である。
他の生存者であれば、すぐに感づくであろう猿芝居である。
しかししおりは、そんなあからさまな誘いに気付けない。
年相応な人を疑うを知らぬ純真さが、未だに残っている故に。

「もう限界、近いかも……」
「まてまて〜〜!」

知佳は緩やかに高度を下げながら不安定に飛び続け。
しおりはペースを落とすことなく安定して追い続け。
整然と並んだ松の防砂林を抜け。
緩やかに傾斜する砂浜に達すると。
その向こうには、一面の水平線が眩しく煌いていた。

705あり/なし(19/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:30:31
 
一瞬、潮風が強く吹く。
その風圧に負けたのか、知佳の背中の羽根が、消滅した。
と同時に膝から波打ち際に落下して。
そのまま、前のめりに転倒した。

力尽きた―――
少なくともしおりの目にはそう映った。
凶の尻尾が、ピンと立つ。

「どっかーーーん!!」

これまでの突撃で、最も勢いのある、最も威力の高い突撃であった。
まともに食らえば内臓は破裂され、背骨すら粉砕されるやも知れぬ、
恐ろしき野獣のヘッドバッドであった。
しかし、飛び掛った知佳の背面には、
既にサイコバリアが張り巡らされていた。

知佳の背で、しおりが弾む。
地面に対し斜め35度程に張られたそれは、
しおりの進行ベクトルを斜め上方に変化させ。
人、ひとり分ほど空中に浮いた時点で。

「ばいばい、しおりちゃん」

バリアを展開したまま、知佳の体も宙に浮いた。
知佳の背にはどす汚れた羽根が力強く鳴動している。
その羽根を見て、漸くしおりは気付いた。
疲労の余り羽根を維持する力が失われたのではなく。
知佳の意志によって羽根を引っ込めていただけなのだと。
つまりは、ハメられたのだと。

706あり/なし(20/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:31:07
 
その気付きも後悔も、次の瞬間に受けた衝撃で全て吹き飛んだ。
サイコバリアを前方に展開したままでの、知佳の下方からの突撃。
その一撃でしおりの軽い体は更に浮き上がり、半回転。
それだけでしおりは、天地左右の認識がシェイクされてしまった。
そこからは、もう。
それまでの鬱憤を晴らすが如き、知佳の空中コンボであった。

知佳はがつがつと、制御を失うしおりを弾き。
弾き。
弾き。
弾き飛ばした先は、浜辺から100メートル以上は離れた
沖合いであった。

「わぷっ!!」

空中乱舞で目を回していたしおりは海に落下し、沈み込んだ。
塩水をしこたま飲み込んだ。
目を回す。
足が付かない。
その事実が、しおりの恐慌を産んだ。
水面へ。海上へ。しおりは酸素を求め、もがく。

(いきを…… いきをしないと!)

海面は見えている。
すぐそこに見えている。
あと一かきで、届く位置である。
しかし、どれほど手でかいても、
足で蹴っても、首を伸ばしても。
その数十センチが、縮まらぬ。

707あり/なし(21/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:32:43
 
(何で? 何ですすめないの!?)

そんなしおりの足掻きを、彼女が沈む海の上空低くから、
感情の篭らぬ目で見つめるのは仁村知佳。
眉間に寄せられた縦皺は、水面に向かって伸ばす両腕は、
特に集中して念動力を発揮している証である。

しかし、念動の特徴たるシャボンの泡の如き空気のうねりは、
知佳の周囲数十メートルの宙空のどこにも、見当たらぬ。
なぜならば。
知佳渾身の念動力は、海中に発動している故にである。

サイコバリア。
それを、知佳は発動させている。
四方、三メートルの正方形。
彼女の身を守るべく展開される場合に比して、凡そ倍のサイズであった。
呼吸をせんとがむしゃらにもがくしおりの浮上を阻止する為に。
防壁としてではなく、落し蓋として応用している。

海に沈め続けて、溺死させる―――

これこそが。
仁村知佳が計じた、しおりの殺害方法であった。

知佳も、非情な作戦であることは理解している。
水死とは、数ある死の中でも有数の苦しみを誇るのだと、
何かの本で目にした覚えもある。
それを、年端も行かぬ子供に用いている。
非道どころか、外道の所業である。
手を下している知佳自身が、誰よりもそう思っている。

708あり/なし(22/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:33:25
 
「それでも私は、確実性を取る」

知佳は罪の意識に飲み込まれそうになる己に言い聞かせる。
してはならぬこと。油断と逡巡。
その為には。心に隙を産まぬ為には。

「心を閉ざせばいい。感受性を殺せばいい。
 目的を達する為の、機械になればいい」

じゅうじゅうと音を立て、海水が蒸気を立て始めた。
おそらくは、しおりが再び紅涙を撒き散らしている。
円らな瞳から、涙をぽろぽろと零している。

それほど、苦しいのであろう。
それほど、恐ろしいのであろう。

「……」

知佳は、涙を流さない。
知佳は、耳を塞がない。

研究員が試験管を見つめる眼差しで。
サイコバリアの手を緩めず、意識を切らさず。
しおりが決して浮上せぬように、意識を凝らして。
凶の命を、削り続ける。

709あり/なし(23/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:34:28
 
 

五分――― 水蒸気は止まるところを知らない。



十分――― しおりはもがき、苦しみ続けている。



十五分―― 知佳は、無表情のまま、じっと水面を見つめている。



二十分―― やがて、水蒸気は少しずつ勢いを減じ。



二十五分― ついに、水面は静かに凪いで。



三十分―― 知佳がサイコバリアを取り除いても。



三十五分― しおりは、浮かび上がって来なかった。
 
.

710あり/なし(24/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:37:04
 
知佳は無表情のまま、それでも蒼白な顔色で、ノロノロと島へと戻って行く。
疲労感の凝縮されたしわがれた声色で、戦闘の終了を確認しつつ。

「おわ…… った……」

純白であった背中の羽根は、どす黒く穢れていた。
烏の塗れ羽の如き光沢などない。
凝固した血液の如き乾ききった黒であった。

―――しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの―――

知佳は思い出していた。
自分が今しがた殺害を終えた童女に対して吐いた台詞を。

「ふふ……」

表情を失っていた知佳の口角に、笑みが宿った。
それは自嘲なのか、心の均衡を失いつつある前駆症状なのか。

「『人間だよ』、か。 私なんかが、よくそんなこと言えたよね」

不確かな羽ばたきで、砂浜を横切ったところで、
知佳は一度だけしおりの沈む海を振り返り。

「しおりちゃん。やっぱりしおりちゃんは、人間だよ。
 ひとでなしなのは、お姉ちゃんの方だもの……」

ぽそりと、呟いて。
防砂林の向こうへと、姿を消した。

.

711あり/なし(25/25) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:37:48
   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)

凶の性能とは、血の主の位と作成の方法、および
ベースとなった生物の能力との乗算によって決定される。
 
血の主の位とは、二種類。
最上位の五人、ロード・デアボリカ。その下位の貴族階級、24デアボリカ。
作成の方法もまた、二種類。
血を吸って作られたものが、上級。爪を刺して作られたものが、下級。

凶しおりは、確かに知能身体供に未発達な童女から成っている。
その点においての力不足は否めない。
しかし、血の主は最上位のロードたる闇のアズライトであり。
しかも必要以上に血を啜られた固体である。
こと、生命力に関しては。
人間の感覚からすれば、殆ど不老不死であると言っても差し支えない。

例え、自発呼吸が止まっていたとしても。
肺胞に海水が充満していたとしても。
命が失われるには、至っていない。
しかし、回復力を発揮できるほどの余裕も無い。

明け方まで灰かぶりのシンデレラとして眠っていた童女は。
夕闇迫る今、海底に潜む人魚姫として、静かに眠っている。

均衡した仮死状態のまま、ただ、沈んでいる。


          ↓

712ひとであり/ひとでなし(情報 1/1) ◆29ZH4ztR.E:2011/06/25(土) 02:38:22
 
【現在位置:A−6 砂浜 → D−6 西の森外れ・小屋3】

【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
      ②手持ちの情報を小屋組に伝える
      ③手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:世色癌×2、テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)、左上半身火傷(大)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】



【現在位置:A−6 海底】

【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
      ①ザドゥに会う】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、仮死状態
    ※このまま海底に沈んでいては回復できません
    ※自力脱出できる体力はありません】

.

713名無しさん@初回限定:2011/06/27(月) 05:23:50
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1739506.zip.html

714名無しさん@初回限定:2011/06/29(水) 07:38:11
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1745292.zip.html

715名無しさん@初回限定:2011/07/01(金) 07:08:03
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1751006.zip.html

716名無しさん@初回限定:2011/07/02(土) 21:10:51
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1755966.zip.html

717名無しさん@初回限定:2011/07/05(火) 19:05:40
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1761142.zip.html

718名無しさん@初回限定:2011/07/08(金) 23:30:30
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1770701.zip.html

719名無しさん@初回限定:2011/07/10(日) 18:16:21
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1776341.zip.html

720名無しさん@初回限定:2011/07/12(火) 07:04:35
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1781352.zip.html

721名無しさん@初回限定:2011/07/14(木) 07:29:01
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1787276.zip.html

722名無しさん@初回限定:2011/08/08(月) 21:55:58
お久しぶりです。
317話までのまとめをアップしました。
作者さん仮投下時からの修正お疲れ様でした。
まとめサイトの管理人様更新ありがとうございました。

パスはnegiです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1880006.zip.html

723名無しさん@初回限定:2011/08/08(月) 21:57:45
以下10レス、「Yin & Yang」改め「■ & □」を仮投下致します。

次回予定は「宙船-ソラフネ-」。
透子としおりです。

724■ & □(1/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 21:58:52
 
(ルートC・3日目 PM2:00 J−5地点 灯台跡)

細胞が死んでいる箇所があるとする。
この死亡範囲が狭ければ、この表皮の下に健康な血流が確保されていれば、
新陳代謝は、正常に行われる。
しかし、この死亡範囲が広ければ、この表皮の下の血流が阻害されていれば、
手を加えてやらぬ限り、新陳代謝は行われぬ。
肉体機能は再生せぬし、下手をすれば腐食が周囲に広がってしまう。
これ即ち【死点】である。

その死点に、練った生の気をぶつける。
死をより強い生で駆逐する。
新陳代謝の強制促進。
これが生の気による治療の、おおまかな原理である。
いかにもザドゥらしい、乱暴で直裁な手法であると言えよう。

きっかけは、気による治療中に起こった小さな事故であった。

気を練るのは、基本的に神闕にて生じ、丹田にて増幅させる。
中心点に呼吸による攪拌を加え、血流で以って生命力を煥発させる。
生じた気を、経絡を通じて腰から胸、胸から腕、腕から掌へと流す。
その、腕から掌への経絡移動のプロセスの何処かで、
流れていたはずのザドゥの【生の気】が、変質したのである。

(ぬ!?)

それは、ザドゥが経験したことの無い、どす黒い気であった。
戦闘時に、破壊の意志を込めて生み出す【死の気】ともまた違った。
【死の気】が、爆裂する熱と勢いを持つものとするならば、
ここに生じた気とは、閉塞した冷たさと停滞を伴うものであった。

725■ & □(2/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 21:59:35
 
(これは良くない。己の体に当てては成らぬ。直ちに排出せねば!)

直感に従い、ザドゥは得体の知れぬ気が駆け上る左腕を、
治療の為に押し当てていた右腿から外し、地面へと押し付けた。
親指の付け根には、地面ならぬ野草の柔らかく、瑞々しき感触。
その生命を感じさせる感触が気の放出と共に、失われた。
かさりと乾いた感触に、取って変わられた。
腕を上げたザドゥがそこに見たものは、枯れ、萎れた野草であった。

(なんだ…… この顕れは?)

知らぬ気の、知らぬ効能に、ザドゥの脳髄は揺さぶられる。
揺さぶられつつも、当代一流のグラップラーの嗅覚は反応した。
この変質の、効能が意味するところの本質を嗅ぎ分けた。

(草を枯らし、血の巡りを止める気……
 この気こそ、【死の気】の名に相応しい有り様ではないのか?)

死光掌、狂昇拳を始めとする、【死の気】を込めた攻撃。
それらの顕れは、単純に表現するならば、爆発である。
放出を強烈な衝撃と変ずるのである。
相手に破壊を、突き詰めれば死を与えるエネルギー。
故にザドゥは、その師匠は、数多の拳法家は、それを【死の気】と断じた。

仮に、この気を雑草に放出したならば。
葉が千切れ飛び、吹き飛ぶという顕れとなる。
決して、草を枯らすことは無い。
 
気を用いた格闘術で闇世界の頂点に立った程の男である。
それほどの男ですら、知らぬ事象であった。
彼の知る【気】の常識ではありえぬ状況であった。

726■ & □(3/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:00:22
 
(知るべきだ。突き詰めるべきだ。この気を。新たな可能性を)

ザドゥはトレースする。
今の異様な気の流れ、そのプロセスを。

深呼吸。肺。酸素。心臓。血流。廻りて、神闕。
リンパ。気の練磨。発生。増幅。落して、丹田。
回転。螺旋。揚力。増幅。一呼吸気の完成。
経絡。上昇。再び、神闕。
神闕。経絡。檀中。胸。
檀中。経絡。天突。鎖骨。

(うむ、ここまでは常と変わらぬ。
 この先だ…… この先のどこかで、変質したのだ)

天突。経絡。大椎。肩。
大椎。経絡。臑会。二の腕。
臑会。死点。変質。天井。肘。

(!?)

変質の際を、ザドゥは捉えた。
始点は、死点と化した経絡であった。
ザドゥが治療を見送っていた、二の腕の重度の火傷。
そこに隣接する血流が滞り、死点が拡大。
経絡の一部にまで侵食を開始していた。
それに気付かずに気を流した故に変質が生じたのである。
 
(死点と化した経絡だと!?)

727■ & □(4/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:02:10
 
その驚愕に、ザドゥは流している気のコントロールを失った。
気が、死点と化した経路で膨らみ、停滞する。
渋滞となった【変質した気】―――【死の気】に、後続の【生の気】が衝突する。
そこに産まれたものは、均衡であった。
均衡であり、鮮烈な輝きを発する更なる【未知の気】の発生でもあった。
その均衡の中には、正も負も存在しなかった。
それら全てを飲み込んで余り有る混沌が、確かにあった。

(ぬ!?)

次の瞬間、刹那の混沌は弾けて消えた。
生の気も死の気も、腕の死点から消え失せた。
それは常の治療の結果である、生の死に対する勝利ではなかった。
治療の失敗を示す、死の生に対する勝利でもなかった。
生と死が、陽と陰が。
完璧に均衡した上での、対消滅であった。

(見た…… 俺は、知った! 【気】の最果てを!)

ザドゥは興奮に打ち震える。
大発見であった。
気を用いた格闘術で頂点とされていた到達点のさらに上がある事への、
その手段を偶発的ではあれ、己が独自に見出したことへの、興奮であった。

気の発祥。
易の宇宙生成論、周易繋辞上伝に曰く。

728■ & □(5/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:04:29
 
『易有太極。 ―――易に太極あり
 是生兩儀。 ―――これ両儀を生じ
 兩儀生四象。 ――両儀は四象を生じ
 四象生八卦。 ――四象は八卦を生ず
 八卦定吉凶。 ――八卦は吉凶を定め
 吉凶生大業。 ――吉凶は大業を生ず 』

分裂に分裂を重ね、あらゆる存在が生じているが。
源流を遡上すれば、全ては究極の一に辿り着く。
世界の成り立ちを簡潔に示す啓示である。

ザドゥは、死光掌こそ、太極であると思っていた。
気の極みであるのだから、唯一絶対なのであると盲信していた。
その勘違いに、今、ザドゥは気付いたのである。

(そして、はっきりと判った。
 死光掌とは【太極】に位置する奥義などではない。
 陰陽二極の一、【太陽】の極みに過ぎぬ!)

生の気――― 両儀の陽。正。□。
死の気――― 両儀の陰。負。■。
根元の太極から万物を象徴する八卦に至る中間の過程として表れる、根源の嫡子たち。

ザドゥを始めとする気功師たちの長きに渡る不明の根源は、ここにあった。
その両儀の陽を、□を、親たる太極であると誤解していた。
一段下の存在を、最上位であると妄信していた。

故に、彼らの思う陰陽二極もまた、一段下がる。
両儀ではなく、四象。
□より生ずる□□と□■。
■より生ずる■□と■■。

729■ & □(6/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:05:57
 
その、□□を【生の気】と呼び。
その、□■を【死の気】と呼んでいた。
そこが根本的に違った。

(そもそも、健勝なる【生の体】から【死の気】を生み出せる訳が無かったのだ。
 生命から生じる気は全て生。両義の陽。
 両義の陽から分け出ずる【再生】と【破壊】の顕れに過ぎぬ)

ザドゥは、壊死の始まった瀕死の経絡から生ずる真の陰の気、■。
或いは、陰から生ずる陰の陰、■■の存在を知って、
己の、先人たちの思い違いに、気付いたのである。
死にかけた体であったからこそ産まれた偶然によって、
数多の先人が到達し得なかった気功の更なる深遠に、足を踏み入れたのである。

(……つまりは死光掌など、通過点ということか)

死光掌―――
この究極奥義はその名とは裏腹に、生の極みであった。
□□と□■を交錯させる、□でしかなかった。

(で、あるならば、だ)

理論で言えば、死光掌に対を成す陰の奥義も為せるはずである。
陰の極みも、またある筈である。
しかし、ザドゥはそこに想いを寄せなかった。
さらなる向こうを見据えていた。
死光掌を超える究極の一。
ザドゥが目指すべきは、そこであった。

(両儀の更なる根―――【太極】)

730■ & □(7/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:06:40
 
ザドゥは、探る。
気の流れを丹念にトレースする。
陰の気を生む為ではない。
陰の気を生んだ上でそこに陽の気を衝突させ、極の気を生む為にである。

試行、幾十度。
錯誤、幾十度。

そしてついに。
ザドゥは再び腕の経絡にて、混沌を生じさせることに成功する。

(やはり、均衡するのだ。
 陰と陽は。
 生と死は。
 単に反目しあうのみではないのだ。
 エネルギーが等しい時、均衡して。
 そして―――)

ザドゥは確かに見た。
偶発的に起きた初回とは違い、始まりから終わりまでを内観できた。
故に直視できた。
生と死が入り混じり、食み合い、溶け合った混沌の気を。
始原の気を。
そして、その気の色とは。

(―――蒼い)

それは、蒼の光。
忌々しき鯨神と同じ光。

731■ & □(8/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:09:52
 
ルドラサウムが、何で出来た、どんな存在の神であるのか。
ザドゥは身震いと共に気付く。
しかしその震えは、恐怖から来るものでは、ない。

(この力は…… 届く)

震えとは、武者震いであった。
この力は、決して届かぬ筈の鯨神に届く力であると。
蚊の一刺しなどではなく、鼻血の一つも吹かせることの出来る力であると。
一筋の光明を見出した故の振戦であった。

(いや、これを極めれば。
 人の身にありながら、神を殴り倒すことすら……)

ザドゥの興奮が気の均衡を崩し、蒼の気は霧消した。
太極は元通りの両儀に分かたれ、さらには四象にまで分かたれた。
実勢は陽の陽、四象の□□に軍配が上がり、経穴の死点は消滅。
気の流れが正常なものとなってしまう。
エネルギー量。ベクトル。出力。
根源の気とは、その全てが完璧に陰陽一対と成らねば保てぬ、繊細な力であった。
繊細にして絶大な力であった。

(ち、なんとも気難しいじゃじゃ馬よ)

ザドゥは、内観する。
死点と化した経穴・経絡を四肢の隅々まで探す。
しかし、無かった。
表皮に近い部分に、アウターマッスルに、死点はいくらでもあるが、
気を巡らせるべき経穴・経絡周辺は元々生命活動が活発であることも手伝って、
あきれるほどに健常であった。

732■ & □(9/9) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:10:38
 
「ふん、無ければ作るしかなかろう」

ザドゥはそう呟くと、全く無造作に。
ストローでも折るかの如く、無頓着に。
己の左薬指を、折った。
折った上で、捏ね繰り回した。
骨折箇所を中心に死点はすぐさま広がり、
ザドゥの口許には笑みが浮かんだ。

(よし。
 これでコントロールしやすい位置に死点を確保できた。
 あとは訓練あるのみだ)

武器もなく、防具もなく、魔術もなく、神秘も無く。
ただ己の肉体にて戦う者として。
拳者として。
人の肉体の極みに。
生命の神秘の根源に。
ザドゥの手は、届かんとしている。


          ↓

.

733■ & □(情報 1/1) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/08(月) 22:11:03
 
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      ①プレイヤーとの果たし合いに臨む】


【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      ①陰陽合一を為す訓練を行う
      ②プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      ③芹沢の願いを叶えさせる
      ④願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)、左薬指骨折】

734名無しさん@初回限定:2011/08/10(水) 20:17:39
新作疲れ様でした。
主催・反抗者どちらが勝っても面白そうな流れになってきました。
今週の月曜日に本投下した分のまとめを再アップしました。
まとめサイトの更新が確認できるまでアップします。
パスは sage です。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1886840.zip.html

735名無しさん@初回限定:2011/08/12(金) 07:29:51
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1893277.zip.html

パスはnegiです。

736名無しさん@初回限定:2011/08/12(金) 12:36:56
なにやらプロバイダ規制の網にかかってしまったようで、
解除まで本スレ投下はありません。

以下8レス、「宙船-ソラフネ-」を仮投下致します。


次回予定は「See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち」。
恭也、紗霧、知佳が中心です。

737宙船-ソラフネ-(1/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:37:57
 
(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)

仁村知佳去りし後も、しおりは浮かび上がらぬ。
肺と言わず、胃と言わず。
臓器に余すところ無く海水を溜め込んでしまった彼女は、
その比重により、浮かび上がることは無い。
仮に、浮かんでくる機会があるとするならば。
体内で腐敗によるガスが発生するまで待たねばならぬ。

即ち、死なねば、浮かぬ。

その、しおりが沈む海域に、突然。
爆弾でも投下したかの如き波飛沫が巻き起こった。
波濤の中心には、大きく揺れる一艘の小型船舶。
キャビンに茫と佇むは、かつてN−21と呼ばれていた椎名智機の分機。
思惟簒奪者・御陵透子。

今や透子とは船であり、船とは透子であり。
二つの機械に個の別は無く、透子の論理集積回路を元に
完全に一つの機械生命体として機能していた。
Dパーツ―――
あらゆる機構と智機ボディとを融合させる、
神の前報酬の最後の一つを、使用しているのである。

「ん、実験成功」

御陵透子が行った実験とは。
Dパーツで融合した上でのテレポートが可能か否か、であった。
自身と、自身の手で持ち運べるもの。
それが、これまでの能力の限界であった。

738宙船-ソラフネ-(2/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:40:00
 
その壁を、Dパーツにて打ち破れるのではないか。
融合したものが、【自身】と判断されるのであれば、可能であるはず。
透子は一体化している漁船ごとのテレポートを、
しおりの沈む海域の上空2メートルの位置に設定し、
見事これを成し遂げたのである。

そして、もう一つの実験もまた。
船上で年甲斐も無く無邪気にはしゃぐ仲間の存在が、成功を証していた。

「おぉ!? これがトーコちんの瞬間移動か〜、すごいねぇ〜ふしぎだねぇ〜」

両手に底引き網を握った、カモミール芹沢である。

透子のテレポート能力では、人は運べぬ。
自身の手に余る荷物も運べぬ。
しかし、Dパーツで融合した機構が自身だと認識されたのであれば、
その機構に乗り込んでいる人や物資もまた、
自身の力にて持ち運べているのだと認識される筈である。
透子はそう推論し、そしてその推論は正しかった。

(これで、果し合いに於ける私の戦法の幅が広がった。
 そして、私たちの勝利の確率も大幅に上昇するはず)

二つの実験の成功に、魂を振るわせることはなく。
十数度にまで傾く甲板にも次々と押し寄せる高波にも顔色一つ変えず。
透子は実験の先にある戦術に、思いをシフトさせてゆく。
その黙考は、数秒で遮られた。
手に持つ投網をぐるんぐるんと振り回す芹沢の言葉によって。

「トーコちーん、ぼーっとしてないでしおりちゃんの居場所を特定してよー。
 早くしないと死んじゃうかもなんでしょ?」

739宙船-ソラフネ-(3/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:41:01
 
そう。テレポートに関する実験とは透子個人の目的でしかなく。
主催者としての彼女たちの目的とは、瀕死のしおりの救助と確保なのである。

「んー……」

透子は芹沢の要請に従い、漁船との融合を解除。
変わりに無線室にある魚群探知機と融合し、周辺海域にソナーを放った。
反応は、漁船の直下であった。

「網スロー」
「はいはーい♪」
「うえいと10秒」
「おぅけぇー♪」

軽いノリで投網を楽しむ芹沢を尻目に、透子は再び漁船と融合。
ディーゼルエンジンを起動し、ぽんぽんと数メートル前進した。

「お、手応えあった。揚げるね、トーコちん」
《あー、そもそも、水揚げとは芸妓遊女が初めて客と寝所を共にすることを……》
「いやらしいのは、のー」

暇を持て余して付いて来たカオスの懲りない猥談を尻目に、
芹沢はえっさーほいさーと掛け声高らかに投網を地蔵背負いに引き上げる。
はたして彼女の手応え通り、網の底には身を丸めたしおりが掛かっていた。
引き上げた網を開き、しおりは甲板に鮪の如く水揚げされる。

「息してないねぇ…… ひょっとして、間に合わなかった?」
「のー、弱いけど心拍はある。仮死状態」
「じゃあ人工呼吸かな?」
《行けいカモちゃん! 波間に百合の花を咲かせてみせい!》

740宙船-ソラフネ-(4/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:41:22
 
なにやら考え事をしつつ呆けている透子を尻目に、
芹沢はしおりを仰向かせ、蘇生行動を開始した。
幕末動乱の時代に血で血を洗う抗争に明け暮れていた芹沢にとって、
心臓マッサージも人工呼吸も、手馴れたものであった。
しかし。
心圧迫の一押し目で、しおりは、口から海水を吹き出した。
十度押して、十度吹き出した。
人工呼吸の為に口をつけても、同じであった。

しおりが飲み込んでしまった海水とは、比喩的表現などではなく、
字義通りの意味で、五臓六腑に染み渡っていた。
常人であれば紛れもない土左衛門状態。
もはや心肺蘇生法でどうこうできる段階では無かったのである。

「……どーしよートーコちん?」

そのことを悟った芹沢が、不安を隠さぬ揺れる眼差しで透子に次なる手を問うた。
それを受けて、透子は。
まるで変わらぬ飄々とした口調で、選手交替を宣言した。

「任せる」

短くも力強い断言に、芹沢が安堵を憶えたのは束の間に過ぎなかった。
言葉と共に透子が懐から取り出したのが、銃器であった故に。
その筒先が、動かぬしおりに定められた故に。

「ちょ、何するのとーこちん!」

ぱん、
ぱん、
ぱん。

741宙船-ソラフネ-(5/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:42:05
 
グロック17の軽快な銃声、三連発。
穿たれのは、しおりの両の肺腑と胃袋であった。
吹き出した鮮血がカモミールの頬を赤く染めた。
透子の表情は、変わらずのむ表情であった。

「助けにきたんでしょお!?」

芹沢は、びくんびくんと小刻みに痙攣するしおりと、
波に揺られるに任せゆらゆらと体を揺らしている透子の間に飛び込んで、
しおりをその身で庇うかのごとく、仁王立った。
威嚇の表情で透子を睨み付ける。
透子は少し困ったように眉根を寄せると、短く二言だけ語った。
同時に、カチューシャから伸びる触覚の先が一度だけ点滅した。

「解説員」
「かもん」

自らが装着していたインカムを取り外し、うーうー唸る芹沢に手渡す。
警戒しつつも芹沢はこれを受け取る。
それから数秒。
通信は、遠方の夢見られぬ機械・椎名智機からのものであった。

『Wait、Wait、Wait。
 そう短絡的に物事を捉えてはいけないな、カモミール芹沢。
 透子様はなにもしおりを害する意図で撃ったのではないのだよ。
 むしろこれは救急救命行為であるのだから』
「えぇ〜〜〜〜?」

胡乱げな表情で芹沢は痙攣するしおりを見やる。
三箇所の銃創からは血液が噴き出していた。
しかし、その色は通常の血液と比して随分と薄かった。

742宙船-ソラフネ-(6/7) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:43:00
 
『つまりは、だ。
 溺れ、沈んでいたしおりの体内には海水がたっぷりと溜まっており、
 これが生命機能を停止させていたのだよ。
 ならば、元凶である海水を排水してやるしか方策はなく、
 手っ取り早い手段が銃撃だったと言うことだね』
「そうかもだけどぉ〜、ぶ〜ぶ〜!」

智機の解説を、芹沢は理解した。
理解はすれども得心は行かなかった。
故にブーイングとなって表れた。

かわいそう、なのである。
痛そう、なのである。

芹沢とは誠に情緒的な感性を有した、母性溢れる女性なのであり。
効率と確率を理詰めで選択する透子や智機の知性とは、
折り合いがつかないこともままあるのであった。
しかし。

「ううん……」

今回の処方に関しては、透子の判断は正しかった。
芹沢の人工呼吸や心臓マッサージではピクリとも動かなかったしおりが、
呻き声を上げたのである。
顔にもうっすらと赤みが差し、自発呼吸も開始されたのである。

「えふっ…… けふっ……」
「……ね?」
「ね、って、ね、ってさぁ…… 息を吹き返したんだし、いいけどさぁ……」

743宙船-ソラフネ-(7/7)(情報 1/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:56:24
 
芹沢はやはり気持ちのどこかが納得行かぬことを態度にて表しているが。
情に惑わず、適切な処置を施せる。
その機械ならではの強みに、軍配は上がっており。
そのことを、己たちの正しさを主張せずにおられぬのが、
椎名智機なるオートマンの浅はかさである。
 
『カモミール芹沢、君の不満は実に理不尽だね。知性の不足を露呈している。
 いいかね良く聞き給え。しおりとはヒトではない。凶という別種の生物なのだよ?
 我々オートマンの論理思考回路は、その点を考慮して銃撃を選択したのさ。
 そもそも貴女という人間は……』

なおもねちねと芹沢を見下す発言を連ねる智機に対し、
透子が取った行動は、インカムの電源オフであった。

「くどい」

透子の短い感想と同時に。
現れた時と同じく、何の前触れも無く、漁船は掻き消えた。
揺れる波紋のみを置き去りに、しおりをその背に乗せて。


          ↓


(Cルート)
【現在位置:A−6 海上 → J−5 地下シェルター付近 海上】

【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      ①プレイヤーとの果たし合いに臨む
      ②しおりの保護】

744宙船-ソラフネ-(情報 2/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/12(金) 12:57:25

【監察官:御陵透子(N−21) with 小型船舶】
【スタンス:願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
      ①しおりの治療
      ②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンシャー、
     グロック17(残弾14)、Dパーツ】
【能力:記録/記憶を読む、
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】

【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:①ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)
      ②しおりの治療】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
     魔剣カオス】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折(固定済み)、全身火傷(中)】


【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、カスタムジンシャー、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:①【自己保存】】

【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、意識不明、両拳骨折(中)、水溺(大)、両肺及び胃に銃創(中)
    ※戦闘可能まで24時間ほどの休息を必要とします(素敵薬品込み)】

745 ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:41:45
本スレにてのご支援、ありがとうございました。

以下22レス「See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち」
を仮投下致します。

次回予定は「椎名智機、脱落。」もしくは「きせきなんかいらない」。
智機vsしおりです。

746See you 〜小さな永遠〜(1/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:44:10
 
【タイトル:See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち】
 



  ♪ きっと さよならから始まる日は

   
  ♪ そっと 優しさに包まれて訪れる

   
  ♪ 君は 振り向かずに歩きはじめる―――



.

747See you 〜小さな永遠〜(2/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:45:00
 
(ルートC:3日目 PM6:30 D−6 西の森外れ・小屋3))

「誰か俺を、呼びませんでしたか?」

カッと、恭也の目が見開かれた。
時間にして八時間ぶりの覚醒であった。

「ええ、呼びましたよ呼びましたとも。
 皆が何度も何度も何度も、何度も!」

すぐ脇に控えていた月夜御名紗霧が、乱暴な口調で、
しかし心底嬉しげに、問いに応えた。

「な? 紗霧ちゃん。世色癌ってのはこういう薬なんだ」
「今回だけはなんでも有りなファンタジーに感謝ですね」

そんなやり取りを小耳に挟みつつ、恭也は肘をつき、腰を起こす。
挙動は緩慢にして不確か。
常に気を張った鋼入りの男にしては無様な様相であった。
しかし如何に無様であろうと、死人の如き意識不明の八時間のことを思えば、
それは奇跡の生還であり、常識では有り得ぬ回復であった。

「俺が命を繋げたのは、きっと貴方たちの尽力によるのだろう」

恭也は床を抜け、正座にて畳に腰を下ろす。
三つ指をつき、頭を下げた。

748See you 〜小さな永遠〜(3/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:48:17
 
「有難う、みんな。心から、感謝する」
「おう、俺様が命の恩人様だ。死ぬほど恩に着ろ!」

得意気にふんぞりかえってたのはランス。
恭也の覚醒は彼が持ち帰った世色癌二粒の恩恵に拠った。
仁村知佳が託された世色癌では無いのである。

「早速だが、俺が眠っている間に起きたことを知りたい」
「いいでしょう。浦島太郎気分を存分に味わうと良いです」

森林火災の鎮火。素敵医師の死。レプリカの全滅。果し合い。秘密の道具。
情報を欲する恭也に、紗霧が朝から晩までに起きた出来事を伝える。
ただ一つ。
ランスと知佳の邂逅については、伏せられていた。

仁村知佳がここに向かってから、既に四時間。
彼女の飛行速度を鑑みれば、多少道に迷っても三十分とかからぬ道程の筈。
であるにも関わらず、未だ知佳が到着しておらぬということは、
その途上で移動を中断せざるを得ぬ何かがあったのだと考えられる。
最悪の可能性が高い。
その心労を、病床にある恭也に味わわせたくない。
まひるが提案し、皆が優しい嘘をつくことを受け入れていた。

「じっちゃん、山小屋でお泊りだってさ」
「神語りの書は?」
「見つけてないっぽい」

野武彦との通信を終えたまひるが、カラカラと引き戸を開けて、
食卓の間から居間へと顔を出した。

749See you 〜小さな永遠〜(4/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:49:02
 
「うぅっ!」

角度を変え、足元のまひるに向き直ろうと腰をひねった恭也が、
呻きと供に顔を顰めた。
ぎりりと軋むは、かみ締められた奥歯。

「だ、だいじょぶ?」

めったな事では痛み、苦しみを表情に出さぬ恭也のこの不覚。
紗霧とまひるは思わずにじり寄る。
恭也は呼吸を整え、感嘆のため息を一つ。

「これほど、俺の体幹は痛んでいたのか……」

しかし、この痛みは、忌避すべきものではない。
漸くにして、濃厚なモルヒネの薬効を脱し、
痛みを感じられるほどの身体能力を取り戻した証であるのだから。

そして、回復したものは、もう一つあった。
体温である。
恭也の額には、ふつりふつりと玉の汗が滲み出していたのである。

「体温も戻ったようですね」

事実、危ないところであった。
それが今や、一般的に言う【重傷】程度の傷病状態まで戻っていたのである。
すでに、命の危機は過ぎ去ったと言えよう。
己の体を苛烈な修行により知り尽くした彼であれば、我慢の達人である彼であれば。
万全ではなくも、明晩の果し合いにて、戦力として立ち回る事が可能であろう。

「外の風が吸いたいので……」

750See you 〜小さな永遠〜(5/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:50:10
 
恭也は左腕で額の汗を拭いつ、腰を浮かした。
やかんの水蒸気で湿度は保たれているとはいえ、
半日もの間、締め切られ暖められ続けた居間である。
新鮮な空気を求めるのは、生物としての基本的な欲求といえた。

「私が付き添いましょう」
「かたじけない」

紗霧が肩を貸し、二人は立ち上がる。
しずしずと、音もなく。
ゆったりとしたペースで、進む。
玄関を抜け、井戸を回る。
宵闇の中、月だまりを求め、歩く。

「良い、月ですね」
「ほんとうに」

紗霧の思考は、止んでいた。
紗霧の心は、凪いでいた。
柔らかな月光。
恭也の重み。
体温。
呼吸。
何一つ考えず、それらを感じ。
何一つ考えず、受入れていた。

高揚感はない。浮揚感がある。
緊張感はない。安堵感がある。
優しく静謐な時間が、紗霧を包んで、
しずしずと流れてゆく。

751See you 〜小さな永遠〜(6/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:51:14
 
その柔らかな時間を止めたのは、恭也であった。

「ああ……」

恭也が漏らした溜息に、紗霧の意識が現実へと引き戻された。
紗霧はまず恭也の顔を見上げ、次いで恭也が見上げる先へと、視線を移した。

糸杉であった。

今、彼らが立っている位置とは。
恭也が紗霧に対して、己の意図を赤裸々に語り。
二人の視線の行き着く先の一致を確認し。
技能と知能を拠り所とした、心の伴わぬ契約を交わした。
その、場所であった。

「ふふ……」

紗霧が笑う。
くすぐったそうに。
今まで誰にも見せたことの無い、はにかんだ笑みで。
糸杉に目をやる恭也に、気付かれること無く。

「『俺は月夜御名さんを信用していない』」

ぼそりと、紗霧が呟く。

「『でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます』」

恭也が、受け答える。

752See you 〜小さな永遠〜(7/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:51:44
 
紗霧が、息を呑む。
大きく目を見開いて、恭也の横顔を見つめる。

そのやり取りを恭也が憶えていたこと。
今、同じ場所で同じ時を思い出していたこと。
紗霧には、心が重なったように感じられた。
紗霧の胸を、陶酔感を伴う疼きが満たした。

その疼きの高まるままに。
月光に酔った心地のままに。
ふわりと心に浮かんだ言葉が、韜晦のフィルターを解さぬままに、
紗霧の口を衝いて、零れ出た。

「ねえ、恭也さん。今のあなたは……」

風が吹いた。

一瞬、強く、西風が。
紗霧の続く言葉は、かき消された。
その風の止む間際に。

「――――!」

恭也の体に緊張が走った。
貸している肩越しに、紗霧にもそれが伝わった。

「どうしました?」
「何者かが、います」

753See you 〜小さな永遠〜(8/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:53:51
 
とはいえ、紗霧は何も感じなかった。
弱冠にして達人の域に達しつつある御神流師範代ゆえに
察することの出来た、隠蔽された気配なのであろうか。
それとも……

「……向こうです」

恭也は顎で気配の方向を指し示しつつ、腕を紗霧の肩から抜いた。
紗霧は触れた外気の冷たさに身を震わせた。
現実感が彼女を飲み込んで、夢心地は吹き飛んだ。
胸中のしびれる感覚は失せ、紗霧は神鬼軍師たる己を取り戻す。

(なんでしょう、この感覚。 ……胸騒ぎ? 虫の知らせ?)

紗霧の不安感と躊躇をよそに、恭也の歩みは迷い無い。
一直線に月だまりを脱し、茂みを掻き分ける。
紗霧はその挙動の力強さにたじろぎつつも、言うべきことは言った。

「恭也さん、病み上がりの体では危険です。
 一旦小屋まで戻り、まひるにでも様子を伺わせましょう」

紗霧の言葉に、恭也は答えない。
まるで何者かに導かれるかの如く藪を漕いでゆく。
紗霧の正体定かならぬ焦燥感はますます強くなる。

「ランス、まひるさん! こちらに来てください、急いで!」

紗霧は援軍を要請しつつも、援軍など要らないのだと直感していた。
胸中で渦を巻く不安感は確かにある。
しかし、その不安感は生命の危機を伴う類のそれではないと、確信していた。
恭也もそれを理解しているが故に、こうして愚直に進んでいるのであろう。

754See you 〜小さな永遠〜(9/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:55:08
 
ぴしりぱしりと、静電気が走るかの如き音がしていた。

思考することに特化し。
それゆえに機転や直感が退化している紗霧である。
その紗霧に、痛いほどの直感が降りている。
それは偏に、紗霧が思考よりも感性を尖らせていたからに他ならない。

(たぶん―――)

さくりがさりと、砂を蹴散らすかの如き音がしていた。

紗霧は恭也を追いかける。
届かぬ背に手を伸ばして追いかける。
決して見失わぬよう追いかける。

(きっと―――)

藪を抜けた先で、恭也が不意に立ち止まった。
藪を抜ける手前で、紗霧が恭也に追いついた。
永遠に届かぬと思われた恭也の背に、紗霧の手は届いた。物理的には。
しかし触れた指先から伝わる感触は、冷たく、硬かった。感覚的には。

(ああ……)

紗霧は知る。滅多に働かぬ筈の己の直感が、完璧に正しかったことを。
紗霧は悟る。やはりこの手は、恭也に届く筈が無かったのだと。
 
藪を抜けた先にある、太い楢の木。
見知った少女が、その背を預け、座り込んでいた故に。

「仁村さん!」

755風に負けないハートのかたち(10/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:55:48
 
「恭也…… さん」

恭也からの呼びかけに一旦は顔を上げて、返答したものの。
知佳はすぐさま俯いた。
恭也の真っ直ぐな眼差しを感じつつも、知佳は目線を逸らしていた。

「その体は……」

恭也は絶句した。
仁村知佳が半裸であった故に。
しかし、そこにエロチシズムは存在しない。
焼け爛れているからである。

「なんて酷い」

右の鎖骨が露出していた。
月明かりが照らしているにも関わらず、その骨は黒かった。
その周辺は、斑に爛れていた。
溶けたサマーセーターが化石燃料と化し、付着しているのである。
臭気も、また強い。
焦げた肉の臭いとゴムが溶けたかの如き臭いが、漂っている。
惨々たる様相であった。

「ごめんね、恭也さん…… お薬、焼けちゃった」

知佳は俯かせた顎を上げることなく恭也の心配を聞き流し。
空疎でか細い自嘲の笑みを零しながら、右腕を力なく前方に伸ばした。
握られていたのは、融解したピルケースであった。

756風に負けないハートのかたち(11/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:56:13
 
「いいんです、仁村さん。そんなことは。それよりもその傷の手当を……」
「近づかないで!」

知佳の鋭い静止を気にも留めず、恭也は知佳を目指して歩み始める。
と同時に、恭也の左頬から一筋の血が流れた。
風に煽られたと思しき枯れ落ちた小ぶりな枝が、掠めたのである。

「これは、一体……」

月明かりに慣れた目で、恭也は知佳の周囲を見渡した。
彼女を取り囲むようにして、木の葉が宙を舞っていた。
舞う葉は空中で何かに切り裂かれ、粉々に砕けていた。
無風であるにも関わらず、渦が知佳を取り巻いていた。

さらによく目を凝らせば―――
念動力の視覚的特長である、薄い油膜の如きうねる虹色があった。
知佳を中心にアメーバの如き伸縮を見せていた。
その伸びる先で、次々と、落ち葉や枯れ枝の破砕が発生していた。

念動力の暴走である。

「ごめん、ね。ちからが暴走しちゃってて……
 自分では止められないの」

仁村知佳が小屋へと向かう途上で、ここに腰を落ち着けたのは、
精魂が尽き果てようとしているが故の移動不能によるものでは無い。
己の本性である優しき心を意志の力で無理矢理抑え込んだが故の、
アンバランスな精神状態が呼び水となった念動力の暴走が、
恭也たちを傷つけてしまうことを、何より恐れた為である。

757風に負けないハートのかたち(12/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:56:53
 
故に知佳は、ここで息を殺し気配を消して。
一人静かに、苦痛に耐えていたのである。

とは言え、今、暴走している念動力は。
昨晩遅くの灯台跡での攻防の折が如き、兇悪な破壊力を有してはいない。
振り回されているのは軽い葉枝や指先大までの小石のみであり、
念動範囲内に疎らに転がっている拳大の石すら動かすことができない程度の
何とも弱々しい暴走でしかなかった。

それは、恭也にとっては幸いなことであった。
しかし、知佳にとっては不幸なことであった。

暴走とは能力のリミットブレイクであり。
であるにも関わらず、通常の発動よりも微弱な力しか出ていないということは。
念動力が精神の磨耗に伴なって、尽きようとしている証左である。
それでも。

「うっ……」

宙を跳ねる小石は恭也の額に衝突し、一筋の血を流させた。
次いでぶつかった枝は恭也の脛を打ち、膝を崩させた。
微弱な念動力なれど、恭也を傷つけることくらいは、できるのである。
知佳はこの状態こそを、恐れていたのである。

「ほら、ね。痛いでしょ」

誰も傷つけたくないから、誰も近寄らせない。
その知佳の思いとは裏腹に。
否、その思いあればこその作用として。
知佳に近づく存在は、老若男女善人悪人敵味方の区別無く、
力弱き散弾の集中砲火を浴びせかけられることとなる。

758風に負けないハートのかたち(13/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/13(土) 23:59:16

「だから、恭也さん。今は戻って。
 きっと明日の朝には暴走は収まっているはずだから。
 それまで私を、一人にして欲しいな」
 
暴走が収まる――― 力弱い微笑みと共に発せられたその言葉に、嘘は無い。
このままでは知佳の命が、朝まで保たぬ故に。
必然、暴走どころか、念動力そのものが消え失せる。
知佳はその確定されつつある未来を、既に覚悟していた。

広範囲の火傷からくる合併症。発熱。倦怠感。
それが知佳の五体を蝕んでいるのである。

それでも、今が日中であれば、命の危機までには至らなかった。
エンジェルブレスによる光合成にての回復ができたであろうから。
暴走状態のそれは、貪欲に生命力を供給し、
常よりも短時間にての癒しを、知佳に与えたであろうから。
しかし、今や宵闇。
日輪は遠く水平線に没し、銀月が支配する時間である。
それが、十二時間近くも続く。
加速度的に蝕まれてゆく知佳の体が保つ筈も無い。

「ね、恭也さん。私は大丈夫だよ♪」

ここに来て、知佳はようやく、顔を上げた。
月明かりに浮かび上がったその顔には、笑みが浮かんでいた。
乾いた泥と、溶けた己の肉と、タールと、海水に塗れ、殆ど地肌は見えていない。
それでも、知佳は健気に笑っていた。
心配をかけまいと、騙しを悟られまいと、必死に笑顔を作っていた。

「大丈夫ではない」

759風に負けないハートのかたち(14/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:00:28
 
その知佳の命をかけた演技を、恭也は一蹴した。
声には怒気が篭っていた。
その怒気とは、己に向かって発せられたものであった。

大儀は、主催者の打倒にある。
御神は、大儀を成すための手段である。

知佳去りし後の恭也とは、その一念に純化されていた。
私情を捨てるを是とし、この達成に苦心していた。
あるべき論の金型に嵌まり込んでいた。
しかし。
不意に邂逅を果たした知佳の姿。
その陰惨さに、痛々しさに、衝撃に。
恭也の心は、丸裸にされた。
理性の頑丈な檻をぶち破って、感情が飛び出した。

「あなたを一人置いていくなど、俺にはできない」

感極まったのか、恭也の頬に涙が一滴、流れた。
そこにいるのは、御神ではなかった。
そこにいるのは、高町でしかなかった。
大儀からも、立場からも、重責からも、信念からも解き放たれた、
一介の人を恋うる純朴な青年が、そこにいた。

「今、行きます」

恭也は立ち上がり、再び知佳の許へと歩き出す。
途端に念動の渦が反応し、飛礫の散弾を彼に浴びせる。
恭也は、歩みを緩めない。
端々に打ち身や切り傷を増やしながらも、歩き続ける。

760風に負けないハートのかたち(15/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:01:03
 
「来ない…… で」
「痛い。でも。痛いだけだ!」

知佳は拒絶する。
恭也は否定する。

「来ない…… で」
「これは胸を苦しくさせたり、頭を悩ませたりしない」

知佳は拒絶する。
恭也は否定する。

「来ないでって言ってるのに」
「これは心配させたり、物思いに耽らせたりしない」

知佳は拒絶する。
恭也は否定する。

「私は恭也さんを傷つけたくないの」
「俺が痛みなどを恐れると思うのか?」

知佳は拒絶する。
恭也は否定する。

怯える知佳に、怖じぬ恭也。
その立ち位置に、知佳は幼き日の記憶を喚起される。

(おねえちゃん……)

実姉、仁村真雪。

761風に負けないハートのかたち(16/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:05:11
 
誰もが恐れた、幼き日の荒れた知佳を恐れなかった、唯一の人。
誰もが遠ざけた、幼き日の荒れた知佳を力強く抱きしめた、唯一の人。
知佳に光を与えてくれた初めての存在。
その姉と、恭也とが、知佳の心の中で重なった。

(大事な、ひと……)

一瞬の白昼夢が生んだ、刹那の暴走停滞。
その間隙を突き、恭也は知佳の眼前まで詰め寄っていた。
知佳の揺れる瞳と恭也の揺れぬ瞳が、重なり合う。

「見くびるな、仁村知佳!」

唐突に張り上げられた恭也の怒声に、知佳は思わず身を竦めた。
その、丸まった知佳の体を。
恭也は語気の荒さとは裏腹に、優しく抱きしめる。

「痛みも苦しみも、全部纏めて引き受ける!
 俺は朴念仁だが、その程度の甲斐性は持ち合わせている!」

抱きしめられて、知佳は―――


「俺にあなたを、守らせろ!」


―――安心した。

自分の気持ちを押さえ込むとか、暴発に気を配るとか、
そういう処々の心配事など一瞬で全て掻き消えていた。

762風に負けないハートのかたち(17/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:07:02
 
恭也の肌の暖かさ。
鼓動の激しさ。
吐息のくすぐったさ。

そうした皮膚感覚が張り詰めていた心を解き放ち。
解き放たれた心が、硬直していた思考を打ち砕き。
あとに残った物は嘘偽りなき裸の心であり。
その真心にて自分は恭也を求めているのだと。
それが一番大切な気持ちなのだと。
知佳は、素直に受け止められたのであった。

「はい、守ってください」

知佳は目を閉じ、恭也の逞しい胸板に顔を埋めた。
そのシャツが、熱く濡れた。
涙である。
非情に戦い抜くことを決意して以来。
流すことを自ら禁じていた涙が、自然に溢れているのであった。


どす黒く汚れていたエンジェルブレスが、
純白の天使の輝きを、取り戻していた。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

763風に負けないハートのかたち(18/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:07:52
 
その一部始終を、四人は見つめていた。

「ゔあ゙〜〜っ! 怒涛の愛だぁ〜〜っ!」

まひるは感動していた。
まひるが憧れて止まない、ドラマチックな純愛の成就。
自らのそれを半ば無意識に諦めているだけに、
彼にとって2人の抱擁はどこまでも眩しく、崇高であった。

「ふん、つまらん」

ランスはそっぽを向いた。
他人の色恋などは、胸糞悪いだけであった。
祝福する気などさらさら無かったが、邪魔をする程でもないとも思った。
暫くは知佳ちゃんとの和姦はムリだなと、がっかりきていた。

「良かったですね。万々歳じゃないですか」

紗霧はくるりと背を向ける。
瞳を潤ませること無く、声を震わせることなく。
まるで興味のないそぶりで、長い黒髪を翻し、優雅にその場を後にした。
その後姿は、誰もが知っている神鬼軍師そのものであった。

「…………」

ユリーシャは黙って見つめていた。
抱き合う二人をではない。背を向けた紗霧をである。
彼女は嘲笑とも憐憫ともつかぬ眼差しを暫く注いでいたが。
紗霧の姿が闇に消える前に、ごく僅かに。
薄く、微笑んだ。

764風に負けないハートのかたち(19/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:08:16
 

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


念動の嵐は、嘘のように凪いでいた。
簡単な話であった。

能力の暴発とは、不安定な心によって発生する。
その、不安定な心が、安定したならば。
生物の根源部分からの安心感を抱いたのであれば。
薬品や技術に頼らずとも。
意思の力で制御を図らずとも。
暴発が収まることは、自明であった。


「おかえりなさい」
「……ただいま」

.

765風に負けないハートのかたち(20/20) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:08:39
 



  ♪ ハートはいつも 全開無敵

   
  ♪ 長すぎた 嵐の夜

   
  ♪ すぐにほら 青空に変わる―――




           ↓

.

766小さな永遠/ハートのかたち(情報 1/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:09:10
 
(Cルート)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦・知佳】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:世色癌×1(隠し持っている)、ケイブリスの爪×2(New)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】

【高町恭也(元№08)】
【所持品:小太刀、鋼糸】
【備考:失血(中)、右わき腹から中央まで裂傷】

【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】

【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 10/45)】

767小さな永遠/ハートのかたち(情報 2/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/08/14(日) 00:09:50
 
【仁村知佳(元№40)】
【スタンス:①手持ちの情報を小屋組に伝える
      ②果し合いのサポートをする】
【所持品:なし】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、右胸部裂傷(小)、左上半身火傷(中)】

 ※知佳の持ち物は全て焼失しました
 ※世色癌×1を飲み、命の危機は回避されました
 ※首輪は解除されました


【西の小屋内・グループ所持品】
  [日用品]
    スコップ・小、スコップ・大、工具、竹篭、救急セット、薬品・簡易医療器具
    白チョーク1箱、文房具、生活用品、指輪型爆弾
  [武器]
    アイスピック、斧×2、鉈×1、レーザーガン、メス
  [機器]
    モバイルPC、USBメモリ、プリンタ、分機解放スイッチ、解除装置、
    簡易通信機・大、簡易通信機素材(インカム等)一式×5、
    カスタムジンジャー
  [食料]
    小麦粉、香辛料、干し肉、保存食
  [その他]
    手錠×2、メイド服、謎のペン×15、世色癌×4

768284 ◆ZXoe83g/Kw:2011/08/14(日) 01:56:56
新作&本投下お疲れ様でした。
両方の作品とも不穏な空気が漂っていて不安がかき立てられる内容でした。
同時に恭也の存在が救いになって安心できる面もありましたが。
318話までのまとめをアップしました。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1900225.zip.html

パスはsageです。

769名無しさん@初回限定:2011/08/15(月) 19:52:52
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1906769.zip.html

770名無しさん@初回限定:2011/08/15(月) 21:14:09
タイミングが珍しくあったので更新しておきました

771名無しさん@初回限定:2011/08/18(木) 23:03:27
いい話でした。
それとこれは自分の願望ですが…。

もう誰も死ぬな!特に恭也と知佳。そして対主催組。
必ず全員で主催者を倒してくれ!

772 ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:42:36
 
お久しぶりです。
以下26レス「椎名智機、脱落。」を仮投下致します。

次回予定は「終末の過ごし方」。
プレイヤー、主催者全員が登場します。

773椎名智機、脱落。(1/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:44:08
 
(ルートC:3日目 PM6:00 J−5 地下シェルター)

既に日は没し、肌に心地よい涼やかな秋の夜風が、灯台跡を吹き抜けてゆく。
しかし、その風の感触を楽しむ者は、誰一人としておらぬ。
地下5m。
二重の防壁で外界からは完全に隔絶された地下シェルターの空調機が攪拌する、
澱んだ生温い空気を、元主催者たちは浴びている。

彼らは簡素なシングルベッドを囲んでいた。
横たわる者は、この戦いの島に最も相応しくない、幼き子供であった。
ザドゥであれば窮屈に感じるベッドの半分も占領していない。
参加者№28、凶しおり。
それぞれに意味合いの異なる五つの眼差しを注がれているにも関わらず、
童女は微動だにせず、瞑目したまま。
ただ、浅い呼吸を弱々しく繰り返すのみであった。

(まぶしいな……)

しおりは、瞼に感じる明るさを不快に思っていた。
彼女を囲む大人たちは誰一人知らぬことなれど。
三発の銃弾を食らい、自発呼吸を回復した時点で、
しおりは既に意識を取り戻していたのである。

意識レベルは低い。
痛みも感じない。
体も動かせない。
四肢は言うに及ばず、瞼すら開けられない。
それでも薄ぼんやりと、周囲の様子は。
鼠の耳と髭とを通して、伝わっているのである。

774椎名智機、脱落。(2/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:45:05
 
「優勝するというのなら、この程度の苦境、耐えてみせろ、しおり」
(ザドゥさん…… おーえん、してくれてる……)

ザドゥが発したのは、厳しい発破の言葉であった。
しかし、しおりは鋭敏に感じ取っていた。
厳しさの中に、どこか温かみが含まれていることを。

「頑張れ、頑張れっ!」
(うん…… がんばるよ…… 知らないおねえちゃん……)

ずっと手を握って、励ましてくれている存在を、しおりは感じていた。
そこから伝わる体温と想いが、しおりを安らげた。

《嬢ちゃん、死ぬでないぞ。もっと大きゅうなって、ばいんばいんな体を見せてくれい》
(なんかこのひと…… 鬼作おじちゃんっぽいかな……)

しわがれた声で下品な事を口走るおじさんも、不快ではなかった。
どこか懐かしさを以って、しおりを暖めた。

「峠、越えた」「もう、大丈夫」
(しおり…… 助かるんだ…… ありがとうおいしゃさん……)

不思議な感覚を憶えさせる無感情な声が、しおりの容態を告げていた。
この声の主が自分のケアをしてくれたことを、しおりは理解していた。

「Yes……」

閉ざされた瞼に、影が差した。
恐らくは誰かがしおりの顔を覗き込んだのであろう。
しおりの頭のすぐ上から、感情の篭らぬ硬質な声が聞こえてきた。

775椎名智機、脱落。(3/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:46:13
 
「さてこのプリンセスに関してだが。
 瀕死を脱したというのであれば、いつ目覚めるとも知れぬという訳だね。
 であれば暴れられぬよう、拘束しておくのが大事だと思うのだが、如何かな?」

声の主と忌々しき記憶が、結ばれた。
その瞬間、しおりの血液が沸騰した。

   ―――怖いのかい?だが良い目だ
   ―――戦う戦士の目だ、あそこにいる腑抜けより、よほど良い目をしている

(こいつが……)

   ―――79体か、意外とがんばったじゃないか、プリンセス?
   ―――けれど、もう終わりだ

(このロボットが……)

マスターを生き返らせる。
優勝する。
マスターであるアズライトの死因は自爆ではあれど。
それは、レプリカ智機たちの姦計に嵌り、追い詰められた末のカミカゼアタックであった。
しおりも、現場にいた者として、それをよく知っている。
自分を助ける為に、悪いロボットたちを道連れにした。
幼い頭でも、その程度のことは理解できていた。

   ―――こんなのない、こんなの…
   ―――私だけ生きてても、意味ない。意味ないんだよ、おにーちゃん

(マスターを殺した!)

しおりの視界が、白色に爆ぜた。

776椎名智機、脱落。(4/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:46:56
 

   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


目覚めには今しばらくの猶予がある。
椎名智機が無防備にしおりに接近したのはその読みからくる油断故であった。
何気なく覗き込んだしおりの顔。
意識無く開かれるはずのない両目が、唐突に見開かれた。

「意識を回復したのか!?」
 
壮絶な瞳であった。
轟々と燃える炎を宿らせた、力強き瞳であった。
その恐ろしい瞳で、智機は睨みつけられた。

「ひ……」

智機は、黒目がちの円らな瞳に射竦められる。
吸気排気が、寸断される。
その竦みの間に、しおりは動いた。
関節を軋ませながらゆっくりと手を伸ばし。
智機の左腕、白衣の袖を、掴んだ。

「うぅ……ぅ……う……っ!」

瞳にそぐわぬか細き声で、切れ切れに。
しおりは呻く。
奥歯を噛み締め、鼠の如く唸る。

「は、離し給えよ、プリンセス」
「うぅぅぅ……!」

777椎名智機、脱落。(5/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:47:56
 
智機の言葉が耳に入っているのか、いないのか。
しおりはまるで反応を見せず、さらには左腕まで智機の腕に絡めてゆく。

「無闇に動く物ではないよ、プリンセス。
 貴女は凶とは言え、未だ病状は重篤、予断を許さぬ状況。
 さ、この手を離してベッドで眠り給え。
 その間の安全は我々が保障す…… うわあああ!!」

智機が悲鳴を上げたのは、しおりの瞳から涙が一滴、零れたが為。
零れた涙は炎となり、しおりの頬に固着した。
智機はそれが己の白衣の袖に燃え移るを恐れ、しおりの腕を振り払おうと、あがく。
しかし、離れない。
そして、聞こえてきた。

「マス……ター……の……かた……き……」

呪詛が。
因果応報の宣誓が。
祇園精舎の鐘の音が。

「Wait、Waitだプリンセスしおり。
 そんな怖い目で見ないでくれたまえ。
 確かに我々の過去には残念な出来事もあった。
 が、しかし、我々は君にとって命の恩人なのだよ?
 思い返してくれ給え。君は今までどこにいた?
 そう、海底だ。
 君は仁村知佳との戦いに敗れ、水底の藻屑となっていた。
 それを、我々が救い上げたからこそ、今君はこうして生きていられる。
 これを以って恨みの精算とはいかないかね?」

778椎名智機、脱落。(6/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:48:44
 
智機の長口上に対するしおりの返答はシンプルな一言であった。
しかし、しおりの全ての想いが内包されている、饒舌な一言でもあった。

「……しんじゃえ」

とても童女のものとは思えぬ低き唸り声に、智機は身震いする。
しおりはそうして己の想いを吐き出すと、智機の腕に噛み付いた。
咬合力の限りを尽くし、鼠の如く尖った犬歯を突きたてた。

「あきいいいいいいいっっ!?」

智機の脳髄がスパークする。
それまで智機が感じたことの無い、鮮烈な痛みであった。

   !:警告
     
     左腕駆動系からの応答がありません。
     破損の可能性があります。
     現在作業を速やかに中止し、
     メンテナンスを受けてください。

智機はトランキライザ効果で冷静さを取り戻し、
左腕のハードウェア各位へ接続信号を送信。
三本の駆動系ケーブルの断裂を確認し、このリンクを切断。
残り二本にての駆動系制御バランスを再構築した。

しおりはその間に更なる行動を起こしていた。
二本の腕と、二本の足、無数の牙。
その全てで智機の腕を捕らえたのである。
固着できる全てで、智機の左腕にしがみついたのである。

779椎名智機、脱落。(7/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:50:16
 
「オ、オートバランサーがっっ!?」

智機の腕力とは、ユリーシャ以上、朽木双葉未満。
非力な少女程度でしかない。
黄色い帽子とスモックの似合う童女の重量すら、片腕では支えきれぬのである。
故に智機は転倒する。
ベッドの脇に、仰向けに倒れこむ。
さらには。

   !:警告
     
     左腕の肩関節が脱臼しました。
     現在作業を速やかに中止し、
     メンテナンスを受けてください。
 
しおりの重量が、突然一点に集中したことにより、
智機の肩が、外れてしまったのである。
それは智機が選択しようとしていた左腕の物理的切り離しという手段を
不可能なものにする、致命的な事故であった。

「パージ不能だと!?」

智機の不測は、尚も続く。
体力の極限消費の為に、ごくごく微量ずつでしかなけれども。
それでも、二粒、三粒と、着実に。
ぽつりぽつりと。
しおりの頬に絡みつく紅涙は、温度は、増加していたのである。

780椎名智機、脱落。(8/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:51:40
 
   !:警告
     
     循環冷媒の温度が30℃に達しました。
     適温に低下するまで省電力モードに移行するか、
     低温度の冷媒補給を受けてください。
 
そのしおりに腕を絡め取られているということは、即ち、
徐々に温まってくるストーブに手を触れているようなものであった。

(No! この腕の状況にこの転倒した体勢。しかも炎の涙……
 これを私の力でどうにかすることは不可能だね。であれば……)

自力逃走の可能性が潰えたのだと判断した智機は、次なる手段へと素早く切り替えた。
力が駄目ならば言葉。
智機の立案領域に、理と脅迫とが程よくブレンドされた文面が出力される。

「私を仇と見る構図は理解できる。そのことについての謝罪もしよう。
 しかしだ、しかし。
 冷静になって周囲をよく見回してくれ給え。
 ここにいるのは私だけではない。四人だ。
 それらを相手取って、果たして瀕死の君が戦い抜けるのか?」

そこで、智機は言葉を飲み込んだ。
出力された原稿は、ここから流れるように畳み掛ける怒涛の展開が
待っているというのに、飲み込んでしまった。
解決せずにはおれぬ疑問にぶち当たってしまったが故に。
そこが確認できねば今ある説得は単なる絵空事に終わるが故に。

(……そうだ、四人だ。 私のほかに三人もの主催者がここにいるのに。
 彼らは何故、アクションを起こさない?)

781椎名智機、脱落。(9/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:53:18
 
智機が、ようやく周囲の三人に目をやった。

ザドゥは、両腕を腰にあて、楽しげに片頬を吊り上げていた。
芹沢は、らしからぬ真剣な面持ちで二人を見つめていた。
透子は、柳に風といった態度で、なんとなくこちらに目線をくれていた。
三者三様の態。
しかし、三者揃って動きは無かった。
動こうとするそぶりも見せなかった。

「貴君らも貴君らだ! この危機的状況に、なぜ動かんのだ!?」

ヒステリックに仲間たちの不実を弾劾する智機の言葉に、
仲間たちは、やはり三者三様の解を以って返答した。

「お前が言ったのだぞ、椎名。俺は既に首魁ではないのだと。
 ならばお前も俺の部下ではない。
 そんな縁もゆかりもない機械の為に何故俺が動かねばならん?」

ザドゥは、お前は赤の他人だと、斬って棄てた。

「仇討ちは正当な権利だし、私はその件に関係して無いし。
 見届け人にはなれるけど、助っ人にはなれないなー」

芹沢は武士らしい倫理観で、中立を貫くと宣言した。

「……」

透子は、智機の呼びかけにまるきり無反応であった。

(自分、は…… 見捨てられる、のか!?)

782椎名智機、脱落。(10/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:54:00
 
くらり、と。

貧血で視界が暗転溶解するかの如き酩酊感に智機は沈んだ。
足元の土台がガラガラと音を立てて崩れて行く幻想を見た。

(No! 断固としてNo! 彼らは愚鈍にて、私の価値をよく理解し得ないのさ。
 ならば蒙を啓いてやろう。 私がいかに有能で有用なのかを!)

トランキライザによって精神の平衡を瞬時に取り戻し。
智機は、自らの価値を試算する。
ゲームにおける重要度を降順に、関数へと次々に放り込む。
算出した存在価値を以って三者を説得し、自らを助けさせる。
その予定であった。しかし。

管制としての価値――― 本拠地のシステム群の発破と共に失われた。
戦力としての価値――― レプリカの反乱により失われた。
頭脳としての価値――― レプリカの体を手に入れた透子が上位互換。

(現状に於ける、自分の重要度……ゼロ)

演算結果は無常であった。
ダイレクトであった。
機械は、演算においては。
己の心的負担を和らげる為の嘘をつけぬのである。
そして、その結果が意味するところと言えば。

(私は、破棄される?)

やがて全ての評価が終わった。
その他二十五項目についても、結果は全てゼロかマイナスであった。
ただ一点の価値を除いては。

783椎名智機、脱落。(11/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:54:55
 
保険としての価値――― ザドゥの死を前提に、透子及び芹沢に対して認められる。

他者の願望成就の為のペナルティ対象キープの意味において、
智機は他者からみた価値があるのだと、判定が下されていた。
なんとも悲しい価値であった。
なんとも虚しい評価であった。
しかしそれこそが、それだけが。
智機の今の命を繋ぐ為の、か細い光明であった。

「透子様! 透子様は言っておられた筈だ!
 私は願望成就の為の保険であると!」

智機は訴えた。
益々温度を上げてゆくしおりにしがみつかれたまま、訴えた。

「んー…… ぱす」

少しは考えるそぶりも見せはしたが、透子は結局、智機を助けぬことを選択した。
智機を助けること、即ち、しおりを止めることであり。
逆上の余り説得の余地を持たぬしおりと止めることは物理的手段によってのみ達せられ。
その場合、既に瀕死のしおりを殺してしまう公算が極めて高く。

「だって」
「しおりの方が、大事」

そのような結論に落ち着いてしまうことは、自明であった。
透子の言葉を受けてコンマ数秒後に、智機は己の演算回路でその解を得た。

(私は他者にとって何の価値も無い……
 誰にも必要とされていない……)

784椎名智機、脱落。(12/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:56:24
 
仮に、【自己保存】のファーストプライオリティを有していなければ。
智機はここで、全てを諦めたであろう。
絶望である。
生きていてもしょうがない、智機は、そう感じたであろう。

「イヤだ…… それでも、死ぬのはイヤだ!」

トランキライザが唸り、マイナス情動を沈静化する。
検閲機構が絶望を感じた1.25秒間のパラメータをクリアする。
演算回路があらゆる角度からの危機脱出の手法をシミュレートする。
絶望も諦念も、発狂も思考停止も、智機には許されていない。
破壊を迎えるその瞬間まで、足掻き続けることしか出来ぬのである。

「スタンナックル!」

乾坤一擲であった。
最大出力の電撃を、しおりに見舞った。
窮鼠の牙が猫の急所に良い角度で突き刺さった。
それが、裏目であった。

「……っぁ!!」

電撃に痺れたしおりの体が、しがみ付く格好のまま、硬直したのである。
さらにはショックの余り、しおりの排出する紅涙量が跳ね上がってしまった。
連鎖して智機の循環冷媒の水温も又、弾みをつけて上昇してゆく。

(怖い…… 怖い……!!)

785椎名智機、脱落。(13/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:57:37
 
圧倒的な恐怖感が智機を押しつぶした。
智機が初めて感じる、深刻な死の恐怖であった。
冷静に次なる行動を促すべきタスクスケジューラは、恐怖の緩和が上位を独占し、
トランキライザが限界値で唸りを上げていた。
そして、この恐怖感情の緩和が成らぬ限り。
智機は次なるタスクに、行動を移せぬ。
人であれば、身が竦み腰を抜かした状態に、智機は陥っていた。
そして、体の動かぬ智機の出来る残された最後の自助努力とは。

「ゆ、許してくれ給え、しおり様。
 私とて望んでアズライトを屠った訳ではない……
 管理者としての責任感と罪悪感の狭間での、苦渋の決断であったのだよ。
 今もって後悔の念は覚めやらず、かのデアボリカの冥福を祈って、
 朝な夕なに頂礼する贖罪の日々を送っている……
 反省しているのだ、後悔しているのだ!
 だから頼む、しおり様。
 命、そう、命だけは、どうか見逃してもらえまいか!」

謝罪である。言い訳である。
助かりたい、その想いが表面に出すぎて、心の篭らぬうそ寒い言葉であると、
幼き幼女の節穴の眼にすら透けて見えていた。

「うーーーー!!」

しおりは噛み付いたまま、神経ケーブルを引きちぎりつつ、首を左右に振る。
拒絶であった。
必ず殺すの意思表示であった。

786椎名智機、脱落。(14/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 00:59:29
 
説得も失敗。
逃亡も失敗。
援軍も失敗。
攻撃も失敗。
謝罪も失敗。

智機が試すべき全ては試行された。
その全てが、通じなかった。
今なおしおりは智機の動かぬ左腕にしがみついている。

千切れた白衣が、燃えてゆく。
左腕の表皮膜が、溶けてゆく。
コンロの弱火に炙られるが如く、緩やかに、着実に、焼けてゆく。
擬体の崩壊が、ついに始まったのである。
智機は、その、己の崩壊から目を逸らした。

(Oh…… 万策、尽きたのだな……)

生き汚い智機の論理思考回路が、ついにそれを認めた。
一切を、諦めた。
生存を、放棄した。

「ああ……」

智機は自分を遠巻きに囲む三人を順に眺めた。
ザドゥは侮蔑の篭った眼差しで見下していた。
芹沢はぎゅっと目を瞑り、顔を逸らしていた。
透子は無表情のまま茫と眼差しを注いでいた。

「やはり、か……」

787椎名智機、脱落。(15/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:01:05
 
そこに顕れているのは、【こちら】と【あちら】であった。
目に見える線は引かれてはいない。
されど、明確にその線引きは存在している。
隔絶している。

 ―――トランス部長。

分かってはいたことである。
それまでにも何度も何度も感じてきたことである。
その見えざる線の向こう側に行くために彼女は、
【こころ】を作成し、鯨神の甘言に乗り、
彼女の能力が許すありとあらゆる方法を試してきた。
けれども。

「何故……」

その境界線は曖昧で朧げで。
機械の情報処理能力と論理演算能力を以ってしても。
否、明晰な頭脳が最初から備わっていたればこそ。
超えるべき線を目視することが叶わぬまま、終の時を迎えようとしている。



「何故貴殿らは私にばかり辛く当たる!?
 私にもっと優しくしてくれ給えよ!!」

.

788椎名智機、脱落。(16/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:02:12
 
甘ったれた泣き言であった。
しおりが述べるのであれば、分かる。
外見、年齢ともに相応しい。
だが、英知の鎧に固められた智機が話す言葉にしては、異様すぎた。
柔すぎて剥き出しすぎた。

「私は…… 私はぁっ!!」

それは爆発的に高まる己の感情の発露であった。
鬱屈するたびに磨り減らされた情念の叫びであった。

  ―――人になりたい。

この願いは、手段でしかなかったのである。
人にならねば達成できぬ願いがある故に、
人になるを願っただけなのである。

  ―――興味を抱かれたい。
  ―――知って欲しい。
  ―――求められたい。

「私は、ともだちが、欲しいだけのに……
 貴方たちと、なかよしに、なりたいだけのに……」

  ―――愛されたい。

それが智機の、真なる願いであった。
三白眼の赤い瞳は今や伏せられ。
眼球保護液が、保護を目的とせずに、溢れ出た。

「えっ…… えっ……」

789椎名智機、脱落。(17/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:14:33
 
智機は、泣いた。
大人しく静かに啜り上げた。
お出かけ先で保護者を見失った幼な子がそうするように、
成す術をなくした智機は涙を流し続ける。無防備に。

智機は涙しながら、頭の片隅で己の異変にようやく気がついた。
この赤裸々な感情表現は――― そして、その前に覚えた絶望もまた。
トランキライザが許容する情動を大きく上回っていることに。
然り。
今の智機のトランキライザは稼動していない。
【自己保存】の本能もまた評価されていない。
そしてこの機能の不具合が発生したのは、確とした理由が存在していた。

かつて智機は、性行為において、同様の作動不能を経験している。
その根本原理とは、なんであったか?
快楽により抑えきれなくなった機体の冷却要求が、情動の抑制要求より上位に
固定されたが故に、抑制されぬ情動が発露されたのではなかったか?

これは、つまり。

しおりの纏う怒りの炎が発した熱が、外側から智機を温めた結果、
同じ症状が発生したということである。
【こころ】を立ち上げずとも、透子の能力に依らずとも、
完全な破壊を迎えるまでの時間制限つきではあれども、
智機は、制限されぬ自由な感情と思考を取り戻していたのである。

「えぐぅ…… えぐぅ……」
「今度は泣き落としか? 芸の細かい機械なことだ」

呆れた目で智機を見下すザドゥの誤解を解いたのは、
意外にも芹沢ではなかった。

790椎名智機、脱落。(18/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:15:33
 
「のー。これは本音」
「はっ、本音にしては随分と幼稚な思いだな。お前は幼稚園児か?」
 
それをザドゥは鼻で笑った。
オリコーさんはオリコーさん故に幼い心を宿している。
ドラマでよくある、そんな程度のことと判じた故に。
しかし、続いて語られた透子の言葉に、流石のザドゥも絶句せざるを得なかった。

「のー、園児にも満たない」
「智機の年齢、二歳十ヶ月」

子供であった。
しおりなどより、はるかに子供であった。
順序を踏んだ社会経験を積むことなく、人の感情に寄り添うことなく、
優秀な知性と豊富な知識を備えて誕生してしまった存在ゆえのジレンマが
生み出した悲劇が、ここにあった。

「それでは、子供というより、幼児ではないか……」

そんな透子とザドゥのやり取りが耳に入っているのか、いないのか。
空ろな表情で天井を見上げながら、誰の顔も見ることもなく。
ぼそりと、智機が思いを零した。

「冥土の土産として、我が永年の疑問に解を示してくれないか?
 ……どうしたら私は、君たちの輪の中に入れたのだ?
 ……私に足りなかったものとは、一体なんなのだ?」

その言葉に、カモミール芹沢は思わず瞳を見開いた。
智機に向けたその顔は、智機に同調するかの如き切なく苦しい表情であった。
同調したのは顔形のみではなかった。

「ともきん……」

791椎名智機、脱落。(19/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:16:54
 
まさか――― まさか智機が、自分の同類だったとは。
智機が諦念と共に零した言葉とは、芹沢が常に抱いている想いに等しかったのである。
智機が今置かれている状況とは、【新選組】における自分の立場に近かったのである。

どこかで自分に自信が持てなくて。
どこかで人との距離感を読み損なって。
空騒ぎしたり、いじけたりして。
いつの間にか、局内で疎まれていた。
暗殺される程、疎まれていた。
それでも【新選組】の皆とお友達でいたかった。
お友達だと思い込みたかった。

「答えなんて、ないんだよ」

そんな自分の過去が走馬灯の如く蘇り、芹沢の体は思考に先んじて行動していた。
智機に駆け寄り、そのまま智機の首をかき抱いたのである。
包帯で固めても柔らかさを損ねぬ豊満な胸に、智機の泣き濡れた顔が埋まった。

(この行動の意味、は…… 何だ……?)

智機は混乱している。
今、自分がされていることは、抱擁である。
人生で初めての情愛の篭ったハグである。
見捨てられた自分が受けられるはずの無い祝福である。
それがなぜ、与えられているのか?

「私も、どうしたらいいのかわかんなくって、
 私も、それでも愛して欲しくって、
 私も、ともきんみたいにもがいてるんだよ」

792椎名智機、脱落。(20/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:21:27
 
その言葉は、智機に稲妻の如き衝撃を与えた。
偏屈者の多い主催陣にあって、誰よりも人馴れしている芹沢が。
羨望の裏返しの侮蔑を抱かざるを得なかった芹沢が。
自分の疑問に答えられぬとは。
自分と同じ疑問の答えを探し続けていたとは。

「だからともきん。ともきんは、ひとりじゃないよ」

そして、続く言葉に智機は打ちのめされた。
自尊心が心地よく砕かれた。

あれほど愚かで。
自己抑制が利かず。
作戦に幾度も失敗し。
罵れば無様に感情を露にし。
無能をさらけ出し。
なのに、眩しかった。

そんな、人間中の人間たるカモミール芹沢と、
人間の外装を持ち、人間以上の処理能力を備えた自分が、
根本の部分では、共鳴していたのだと理解した故に。

「私は、貴女と、一緒なの…… か?」
「うん、ともきんと私は、淋しんぼ仲間だよ☆」

愚かしい、あまりにも情けない己の心情の正直な吐露によって。
智機は強固な味方を、得たのである。

さらに、今一人が、動く。 

「たー」

793椎名智機、脱落。(21/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:23:00
 
かけぬ方がまだしも気合の入る腑抜けた掛け声と共に、智機の左腕が両断された。
天井付近にテレポートした透子が、手にした魔剣カオスの刀身に落下速度を乗じ、
一息に智機の腕を断ち切り、しおりと分断したのである。
すぐさま芹沢は、智機の体を抱き抱えて後退した。
透子はしおりの口に、素敵ブレンド麻酔&睡眠薬を染みこませたハンカチを押し当てた。
もともと、限界の肉体を恨みの一念でどうにか駆動していただけのしおりである。
抵抗する間もなく、意識を闇に落とした。

《やるのう、トーコちん》
「ん」

透子は芹沢と違い、智機に対する共感や同情から身を転じたのではない。
もっと機械的で打算的であった。
芹沢が、智機保護に動いたこと。しおりの背が、無防備であったこと。
その状況変化に対して、最適と思われる手を打っただけのことである。
自らの身の安全。しおりの命の保障。
その二つさえキープできるのであれば、
保険である智機を救助するに、吝かではなかったのである。

「おい、お前たち、なにを勝手なことを」

ただ一人蚊帳の外に置かれた恰好になったザドゥが、
不満げにカモミールと透子の行動に異を唱える。
睨み付けられた者たちの申し開きは淀みなかった。

「ねねね、ザッちゃん、このとーり! ともきんは私がちゃんとしつけるから!」
《まあ、調教の手段なら儂に任せるですよ?》
「死ななくていいときに」「死ななくていい」
 
(カモミールが、魔剣が、透子様まで、私を庇ってくれている、だと……
 No…… こんな夢のようなことが、実際ありうるのか……?)

794椎名智機、脱落。(22/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:24:54
 
制限されない情動は、智機に無様な涙を流させる。
瘧の如く身を震わせている彼女が感じている初めてのこの情動は、
感動と呼ばれる性質の情動であった。

「……全く女という生き物は、度し難い」

結局ザドゥは、二人の訴えをこのように乱暴に纏めて、脱力した。
人の身であり、また心の機微を解する繊細さを持ち合わせぬ彼にしてみれば、
透子の行動もまた芹沢のそれと同じく、
情動に突き動かされた短絡的な行動としか理解できなかった故に。
やれやれと溜息をつくザドゥの表情は、しかし緩いものであった。

「俺はもう知らん。好きにしろ。
 但し、目覚めたしおりはお前達で納得させる。
 これが条件だ」

自分を庇い立ててくれる者。
自分の本心を理解してくれる者。
自分を許容してくれる者。

ここにある全ての眼差しが、智機に向けられていた。
智機の機能や出力結果にではない。
椎名智機という固体・個性を。
人物を。
ここにいる全ての眼差しが、見つめていた。

  ―――トランス部長

そう呼ばれていた頃の、遠巻きに囲い、嘲る為の眼差しではない。
それぞれに意味は違えど、智機を真っ直ぐに見つめる眼差しであった。

795椎名智機、脱落。(23/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:27:30
 
歓喜が、温もりが、智機の情動発生装置に染みてゆく。
酩酊にも似た幸福感がメモリの隙間を満たしてゆく。
どこまでも、どこまでも。
そこで気付いた。
であるにも関わらず、この胸を満たす感動を許容範囲内に均す憎き機能、
トランキライザが沈黙を保っていることに。
循環冷媒の温度は30度程にまで下がっているというのに。
温度異常による警告は取り下げられているというのに。

================================================================================
N−21:【自己保存】の本能は、解除しておいた
N−21:だからトランキライザも智機の任意でON/OFFできる
================================================================================

疑問を口にする前に、透子が解答を投じて来た。
そこで産まれた新たな疑問を、智機は仮想キーボードにて打鍵する。

================================================================================
O−01:Whyと訊ねてもよろしいかな?
N−21:あなたの思考パターンに劇的変化を確認した
N−21:あなたはもう私たちを裏切らないと確信した
N−21:だったら臆病な智機よりも勇敢な智機の方が役に立つ
O−01:ははっ、やはり透子様には全てお見通しか
O−01:では、きっと、今から行う提言も予測済みなのだろう?
================================================================================

透子からの返信は無かった。
しかし、智機には見えた。
透子の眼輪が、ほんの少しだけ弓形に婉曲したように。
透子の下顎が、ほんの少しだけザドゥを指したように。

796椎名智機、脱落。(24/24) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:30:22
 
「ん」

その透子の微小なアクションに背中を後押しされ、
智機は背を向けてシェルターを出ようとしているザドゥを呼び止めた。

「Wait、Waitだよ、首魁殿。
 ご提案があるのだが、聞いて貰えないかね?」

ザドゥは歩みを止めた。
既に運営は崩壊し、組織としての序列は無意味と断じた智機が。
ザドゥ殿ではなく、首魁殿と、口にしたが為に。
一瞬呆けた表情を見せたザドゥが、口角を引き締め、振り返る。

「なんだ、言ってみろ」
「私が貴殿に成り代わり、願望成就の権利を放棄しよう。
 首魁殿。あなたはあなたの願いを、叶えるといい」
「これはまた、随分と殊勝なことだな。
 一応は何故、と理由を聞いておこうか」

いぶかしむザドゥの問いに智機は簡潔に答えた。
晴れやかな表情で。
澱みのない口調で。

「私の願望は、叶えられたのでね」

もう、奇跡なんて要らない―――
智機は微笑み、芹沢の手を強く握り返した。


            ↓
.

797椎名智機、脱落。(情報 1/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:31:31
 
(Cルート)
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】


【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機・しおり】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      ①小屋組との果し合いに臨み、これに勝利する
      ②しおりに優勝させる】

【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      ①陰陽合一を為す訓練を行う
      ②芹沢の願いを叶えさせる
      ③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】

【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:①智機を襲わないよう、しおりを説得する
      ②ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:魔剣カオス、虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)】

【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾 17)×2】
【スタンス:①仲間へのバックアップ
      ②自分を襲わないよう、しおりを説得する
      ③授与式にて、願望成就の権利をザドゥに譲る】
【備考:左腕喪失、自己保存の本能ロック解除】

798椎名智機、脱落。(情報 2/2) ◆29ZH4ztR.E:2011/11/20(日) 01:32:54
 
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
       ①智機を襲わないよう、しおりを説得する
       ②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:壊れた契約のロケット、スタンナックル、カスタムジンジャー、Dパーツ
     グロック17(残弾 14)】
【能力:記録/記憶を読む
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】

【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
      ①智機への復讐完遂
      ②待機潜伏、回復専念】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、銃創(両肺と胃)、電撃によるスタン
    ※戦闘可能になるまで22時間の療養が必要です】

 ※ザドゥと芹沢、しおりは素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中

799名無しさん@初回限定:2011/11/20(日) 10:57:10
新作お疲れ様です。
タイトルからして智機がここで破壊されると思っていただけに、
このオチは意外でした。
カモちゃんのすごいなあ。
素敵医師死亡後の運営陣の結束の強化が改めて確認できるエピソードでした。
次回も楽しみにしてます。

800sage:2011/11/21(月) 18:45:14
ようやく智機も状態表のグループ欄に名前を入れてもらえたか
ここまでの長くて情けない道のりを思うと感無量だな

801 ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:45:56
以下64レス「終末の過ごし方」を投下いたします。

802終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(1/7) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:46:42
 
(ルートC:4日目 AM6:00 D−6 西の森外れ・小屋3)

魔窟堂野武彦は、朝日の訪れと共に小屋へと帰投した。
朝日を背負って帰投した。
影を大きく伸ばして帰投した。
悲壮な覚悟を背負って帰投した。

疲れた表情をしている。
背筋が曲がっている。
年齢を感じさせぬ、溌剌とした態度と軽妙な物腰。
彼の持ち味の核たるそれらが、失われていた。

  ―――情報を、己の胸に仕舞いこむ。

憂悶の眠れぬ一晩を経た野武彦の結論はそれであった。
今晩の果し合いに全力を傾ける。
不和の種は撒かぬ。

逃げもしない。
隠れもしない。
ただ、嘘をつく。

野武彦は己のモットーとは正反対の在り方を決意したのである。

「じっちゃん、おかえりー」



  初手からいきなりの大試練じゃの。
  まひる殿に出迎えられようとは。

803終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(2/7) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:47:22
 
  相変わらずの花が咲いたような笑顔じゃな。
  ささくれ立った心に潤いを齎す笑顔じゃな。
  じゃからこそ、じゃ。
  まひる殿には出来るだけ、会いとうなかった。
  じゃって、わしはどのような顔をすればよい?
  どのような言葉をかければよい?
  まひる殿の過去を、罪を、知ってしまったわしが。

  いやいや。
  まひる殿の場合、それを罪などとは呼べぬな。
  月夜御名やランスやユリーシャとは違う。
  生態じゃ。
  わしら人間がが牛や豚を食らうように、まひる殿という生き物は人を食う。
  かつてそうして生きてきた。
  それだけのことじゃ。

  「もー心配したんだからさー。はい、お煎餅。
   お腹空いたでしょ? 一緒に食べよ?
   でも一枚だけだからね。 残り10枚切ったんだから」

  おうおう、屈託のない笑顔でまひる殿がおすそ分けをくれたわい。
  前歯で煎餅をぽりぽりとする姿はとことん微笑ましいの。
  まるでシマリスかハムスターの様じゃ。
  華奢な体。愛らしい顔の造り。まっすぐな瞳。
  これが、この本性が、人食いの獣じゃとはとても思えん。
  しかし、いやいや、よく思い出すがいい。
  ケイブリスとの戦いの折のまひる殿の活躍ぶりを。
  強靭なバネ。鋭利な爪。ペンタグラムの瞳。
  人ならざる異能を駆使して、攻撃役を担っておったではないか。

804終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(3/7) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:48:20
 
  「……あれ、顔色悪くない?」
  「心配御無用じゃ。まひる殿」

  そんな目で見んでくれい。
  優しい言葉をかけんでくれい。
  後ろめたさと猜疑心で、まっすぐまひる殿に向き合うこともできぬ、
  臆病で疑り深いわしなんぞに。

  「……ん? あれ? ……殿?」
  「お、いや、ちんじゃな、ちん。
   テイク・ツー!
   心配御無用じゃ、まひるちん」

  いかん、いきなり躓いてしもうた!
  心理的な距離感が、無意識に呼び名に表れてしもうた!
  どうするのじゃ?
  どうするべきじゃ?
  フォローを入れるべきか?
  疲れていてぼーっとしていたとか?
  それとも親しき仲にも礼儀ありなどと言ってみるか?

  ……おお、見ておる!?
  真ん丸な瞳で、上目遣いに。
  どこか得心行かぬ、一抹の不安感を内包させて、まひる殿がわしを観察しておる!
  いかん。
  何か言葉を! 上手い言葉を!
 
  「魔窟堂さん、任務、お疲れ様でした」

805終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(4/7) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:49:27
 
  まひる殿の背後から、声。
  この声は……
  この声こそは。
  おおっ、おおっ!
  わしが今、最も聞きたかった声じゃあ!!

  「恭也殿、回復したとは聞いておったが……
   良かった、ほんに良かった……」

  恭也殿…… お主が、お主が居てくれるからこそ。
  生きていてくれたからこそ。
  この老骨の心が折れずに済んだのじゃ。
  戦士と戦士の神聖な誓いを反故にせずに済んだのじゃ。
  そう、高町恭也。
  お主こそはわしの宝。
  わしの生きる意味にして、希望そのものじゃ。

  「みなさんの尽力のお陰で、俺も、知佳も、
   今、こうしてこの場に立っていられます。
   本当に、ありがとうございました」
  「なに…… 知佳殿とな!?」
  
  これはまたなんともホットなニュースじゃな!
  恋うる少女が傍に居てくれること、恭也殿にとってもなによりの薬じゃろて。
  そしてわしにとっても。
  守る価値がある宝がもう一つ……
  もう、ひと、つ…………

    ―――私がやりました…… 私、力を持っているんです。
    ―――誰にも負けない力、超能力を……

806終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(5/7) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:50:05
 
  知佳殿は、XX障害者であったな。
  強大な念動力を保持しているのじゃったな。
  そう、【参加者来歴】にも記載されておったな。
  そして、その暴れ馬は。
  薬品とピアスによって制御しており。
  
  ……薬品のストックは、既に切れておるはずじゃな。
  
  「知佳ちゃんといえば、はぁ……
   昨日の恭也さんの告白シーンはカッコ良かったなぁ……」
  「あ、広場さん、その話は、その」
  「暴走する念動力を物ともせず近づいて!
   『見くびるな、仁村知佳』ビシィ!
   『俺に貴方を、守らせろ』バシィ!
   いやぁもーこのこの天然の女殺しめぇ。
   あたしもそんなこと言われてみて〜♪」
  「……蒸し返さないでください」

  海原琢磨呂の連射する銃弾を弾き、かの男を空中に磔にし、
  極太の木の枝の槍で刺殺した、圧倒的な力が。
  恭也殿の傍らに、いつ暴発するとも知れぬ状態で侍っていると……?
  
  無論、知佳殿の心根は優しく、善良じゃ。
  じゃが、能力のコントロールは、性格とは関係なく……
 
  「……やっぱりじっちゃん、疲れてるみたいね。さっきからぼーっとしてる」
  「ああ、まあ、その……のう。
   夜気が身に染みてのぅ、よう眠れなんだんじゃ。
   ちと布団にくるまってくるかとするかの」

807終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(6/7) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:50:40
 
  いかんいかん。疑い出せばきりが無い。
  情報に踊らされすぎじゃぞ、魔窟堂野武彦。
  まひる殿も知佳殿も、信頼に足る人間たちではないか。

  他の連中にしてもそうじゃ。
  いかに性根が腐っていようと、度を外れた暴力性を有していようと。
  次の戦いこそ大事であると。
  その為には力を合わせねばならぬと、一人として欠いてはならぬと、
  誰もが理解しておるはずじゃ。
  背中を預けあっておるはずじゃ。

  ならば、その輪をわしが崩してはならぬ。
  口にしてはならぬ。
  気取られてはならぬ。
  得た情報を頭の隅っこに追いやって。
  昨日までのわしを演じるのじゃ。



野武彦は、全てを飲み込む。
清と濁を飲み込んで、思いや理念を押さえつけて。
ただ一人、恭也のために。
ただ一つ、誓いのために。
無理矢理、慣れぬ大人のやりかたを、押し通す。


            ↓

808終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(7/7) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:52:51
 
(ルートC)

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
 
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【スタンス:果し合いに臨む
      ①得た情報はひとまず胸に収めておく】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、斧
     軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
     カスタムジンジャー】
【備考:疲労(小)、紗霧、ランス、ユリーシャに不信感、まひるに恐怖感】

809終末の過ごし方 〜高町恭也〜(1/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:54:00
 
(ルートC:4日目 AM7:00 D−6 西の森外れ・小屋3)

濡れ縁に、大小二つの影があった。
寄り添うというほど距離は近くない。
他人同士というほど距離は遠くない。

あれほど、骨太な告白を敢行したというのに。
あれほど、情熱的な抱擁をしたというのに。
言葉の全てに、嘘偽りなど一つもなかったというのに。
一晩を経て、朝日の下で顔を合わせてみれば。
高町恭也という男は。

「良い天気になりそうだな」
「絶好のお洗濯日和だね……」
「そうだな」


  ……困った。
  言葉が、続かない。
  というより、目を合わせられない。
  朴念仁であることは自認している。
  しかし、天気の話題を振ったきり分単位で沈黙しているというのは
  男として情けないことであることくらいは、理解できる。
  
  「洗濯日和、か。知佳は、家事を手伝うのか?」
  「うん、お姉ちゃんがぐーたらだからね。
   自然と私の仕事になったというか……」
  「そうか」

810終末の過ごし方 〜高町恭也〜(2/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:54:32
 
  また沈黙か。
  が、それも悪くないと感じる自分もいる。
  すぐ隣に、知佳が居る。
  愛する者が居る。
  それだけで、俺という器は、十分に満たされている。
  だが……
  知佳は、どう感じているのだろう。
  退屈だと感じてはいないだろうか。

  「えっと…… もうちょっと近づいて、いい?」
  「ああ、構わない」

  とは、答えたものの。
  これ以上近づいたら、それは【くっつく】ということではないか?
  
  「いや、やはり待ってくれ。
   考えてみたのだがこれ以上接近するということは、
   触れ合ってしまうことになりはしないだろうか?」
  「待たないよー」

  これは…… なんというこそばゆさなんだ。
  こんな感覚、俺は知らない。
  おかしなものだ。
  知佳を背負っていたときのほうがずっと密着していたのだし、
  望まぬあの行為のときには肌と肌が直接触れ合っていた。
  であるのに。
  接触している肩が、二の腕が、大腿が、膝が。
  なぜこれほど甘い痺れを齎すのだ?

811終末の過ごし方 〜高町恭也〜(3/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:56:08
 
  「なんかなー、なんか、恥ずかしいよね、えへ」
  「だが、悪くない」

  この距離感のなんという気恥ずかしさ。
  うちの子たちとは当たり前にしているスキンシップよりも幾分軽い触れあい。
  だというのに。
  相手を意識している。付き合っている。
  それだけでこれほどまでに皮膚感覚が鋭敏になるものなのか?

  「あのね、恭也さん。これ…… 渡しておくね」

  知佳が俺の手を取った。
  その余りの柔らかさに、暖かさに。
  俺の心拍数が跳ね上がる。
  が、その跳ね上がった心拍数は、握らされた物がなんであるか
  理解した瞬間、さらに跳ね上がった。

  「知佳…… 昨晩、君は自分の体質のことを、包み隠さず話してくれたな?」
  「うん。やっぱり恭也さんにはもう隠し事、したくなかったし……」
  「今、知佳の力は強制休眠に入っている。エンジェルブレスによる
   回復能力も使えない。そうだったな?」
  「うん。光合成できないね」
  「それなのに、何故これがここにある。何故飲んでいない?」

  手渡されたのは、一粒の世色癌。
  昨晩、重篤な知佳を癒すために必要だと渡した二粒の内の一つだ。

  「一粒でも十分効果はあったから。
   ね、今もこうして縁側に座ってお茶を飲める程度には」

812終末の過ごし方 〜高町恭也〜(4/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:57:03
 
  「だが、触れた手は熱かった。気恥ずかしさや緊張感からの熱ではない。
   発熱にともなうものだと感じられた。万全ではないんだ。
   これは知佳が今すぐに飲むべきだ」
  「わたしは……ほら、【小屋組】じゃないから、果し合いには参加できないし。
   使えとか言わないから。お守り代わりに。ね?」

  なんだろう、このとめどなく溢れてくる熱い思いは。
  頑として譲ろうとしない知佳に対し、それを諌めようとする理性より強く、
  胸の中で膨らんでゆく気持ちは。

  「それにね、恭也さん。
   恭也さんが私を守ってくれるんでしょ?
   だったらその言葉を信じてもいいよね?
   我侭、きいてくれるよね?」

  これを…… この思いやりを、献身を、君は我侭だというのか。
  俺のことをそれほどに想ってくれているのか。
  愛されているのか。

  なんという実感!
  なんという衝動!

  とーさん、不詳・高町恭也。
  この齢にして始めて知りました。
  滅私こそが、御神。
  俺はそれだけだと思い込んでいました。
  だが、それだけじゃないと、今、分かりました。

813終末の過ごし方 〜高町恭也〜(5/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:57:39
 
  人を守るという真の意味。
  守りたい、という気持ちが生み出す、無限の力。
  それは、私心なくして、決して得られません。
  むしろ私心を源泉として湧き上がってくるものでした。

  「知佳、改めて、君に誓う。誓わせてくれ」
  「なあに?」
  「俺が、貴方を、守ります」



地下百尺の捨石たれ。我が身は目的達成の手段。
それだけだと思い込んでいた。
そうではなかった。
人を恋うるを知り。
愛されているという実感を得た今。
愛したいのだという衝動を得た今。
私もまた力になるのだと、恭也は一つ、学んだのである。


            ↓



【高町恭也(元№08)】
【スタンス:果し合いに臨む
      ①知佳を慈しみ、守る】
【所持品:小太刀、鋼糸、世色癌×1(←知佳)】
【備考:失血(中)、右わき腹から中央まで裂傷】

814終末の過ごし方 〜凶しおり〜(1/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/14(水) 23:59:38
 
(ルートC:4日目 AM8:00 J−5 地下シェルター)

目覚めたしおりを待っていたのは、椎名智機の土下座であった。
昨晩の命惜しさの上滑りな謝罪とは違う、真摯な反省がそこにはあった。
しかし、しおりの腸は煮えくり返った。
奪われた物の大きさを思えば、謝罪などでは到底釣り合わぬ。
故に、尻尾は錐の如くピンと伸び、うなじの産毛は逆立った。
蹂躙準備、完了。
しかし、続く仇敵の言葉がしおりの出端を大きく挫く。

「私の願望を【さおりを生き返らせる】ことに使用しようと思う」



  なに……?
  いまこのロボット、なんていったの?
  さおりちゃんを…… 生き返らせる?

  「最初は私たちの為に自らの願望を放棄された首魁殿に
   権利の譲渡を申し出たのだが、
   首魁殿はこう言われたのだよ―――」

  さおりちゃんに、また会える……
  そんな可能性、全然考えたことなかった。
  ううん、違う。
  考えないようにしていたんだ。

    ―――そうそう。凶には凶の生き方があるんだよ。
    ―――凶になる前のことに固執しちゃあダメダメだよね。

815終末の過ごし方 〜凶しおり〜(2/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:00:16
 
  確かにしおりは、おにーちゃんのことは大好き。
  でも、さおりちゃんのことだっていっぱいいっぱい大好き。
  どっちか一人を選べなんて【しおり】の気持ちだけなら決められない。
  うーんうーんって、お熱がでちゃうくらい考えても、
  最後まで選べなくて、えーんえーんって泣いちゃうだけだと思う。

  でも、しおりは【まがき】だもん。

  お腹が空いたらお腹がくうくう鳴っちゃうみたいに、
  夜更かししてたらあくびがふわぁぁって出ちゃうみたいに、
  自然にマスターのことを生き返らせたいって感じちゃうんだもん。

  頭の奥のほうに刻み込まれた何かが、
  【まがき】にとってマスターは絶対だって、
  ずっと囁き続けているんだもん。

    ―――そうそう。大事なのはマスターだよ。
    ―――目の前にいるのは、マスターの仇なんだよ。
 
  「『俺は一度吐いた唾は飲まん。
    お前の願望はお前が責任を持って処理しろ』
   ……じつにらしい態度だと思わんかね、プリンセス?」

  叶えられる願いは、ひとつだけ。
  生き返らせることができるのは、ひとりだけ。

  だったらその席にはマスターしかありえなくて。
  さおりちゃんのことを考えても悲しくなるだけだから。
  しおりは、おそうしきをしたのに。
  さおりちゃんにちゃんとばいばいしたのに。

816終末の過ごし方 〜凶しおり〜(3/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:01:02
 
    ―――そうそう。しおりはもう決断して、離別したんだよ。
    ―――妹のことは、もう過去のことなんだよ。

  「故に私は、我が犯した罪の賠償として、
   プリンセス最愛の半身たるさおり姫の復活を捧げるのさ」

  それなのにロボットは、さおりちゃんに会わせてあげるっていう。
  しおりの隣に、いつもの場所に、戻してくれるっていう。

  憎い憎いロボットなのに。
  絶対壊してやるって胸の奥がぐつぐつ煮えてるのに。
  許せないって、心が今でも叫んでるのに!

    ―――そうそう。ふくしゅーは果たさなくちゃいけないね。
    ―――マスターへの忠誠の証はキチっと立てなきゃね。

  「あなたが智機を殺せば」
  「さおりは二度と戻らない」

  熱くなってきた心に、ばしゃあって、水を掛けられた。
  私をちりょうしてくれたおいしゃさんのおねーちゃんが、ぽそりと呟いた
  言葉が、しおりをちょっとだけ冷静にさせた。

  そうだよ。
  ロボットはこれを謝罪っていってるけど、それだけじゃないんだ。
  これは取引、なんだ。
  さおりちゃんの声をもう一回聞くためには、
  ロボットを許してあげないといけないんだ。

817終末の過ごし方 〜凶しおり〜(4/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:02:26
 
    ―――ダメダメ! 許すなんてありえないよ。
    ―――ロボットの罪は死すら生ぬるいだよ。

  ちょっと静かにして。
  言いたいことは分かってるから。

  「それは」
  「とても悲しいこと」

  おいしゃさんはやっぱりぼそぼそと喋る。
  聞こえにくい。
  でも、このぼそぼそは、しおりの心にずきゅんってきた。
  なんか、分かる。
  凄く、本当が篭ってる。

  「機会を逃してはいけない」
  「他の何を我慢しても」
  「他の何を犠牲にしても」

  おいしゃさん、分かったよ。
  大事なことは、しおりちゃんの笑顔をもう一度見ることで……

    ―――ダメダメ! それは一番大事なことじゃないよ!
    ―――【まがき】の優先順位を間違っちゃいけな……

  ちょっとうるさいよ、静かにしてよ!
  マスターは生き返る。
  しおりが優勝して生き返す。
  それで今は十分だもん!

818終末の過ごし方 〜凶しおり〜(5/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:03:27
 
    ―――ダメダメ! 十分じゃない!

  だから『今は』って言ってるでしょ!?
  ふくしゅーはマスターとさおりちゃんが生き返った後でも遅くはないでしょ?
  復活したマスター自身に制裁して貰ってもいいでしょ?

    ―――あ…… そうか。

  だから、今はちょっとだけ我慢しようよ。
  だから、今はちょっとだけ嘘をつこうよ。
  マスターの仇を討つ。さおりちゃんを復活させる。
  どっちかを取るんじゃなくて、どっちも取る為に。

  「……わかった。約束するよ。しおりはロボットを壊さないって」

  でも絶対に、ぜーったいに、許してあげないんだから!!



しおりは憎き仇敵の話を聞き、咀嚼し、判断し、決断した。
理性で感情を押さえ込み、損得勘定を働かせ、取引に応じた。
思考によって提示された選択肢の裏筋を見出した。
妥協した態を見せつつも、本心を隠し通した。
それは、大人の対応であった。
チューリップ型の名札を胸に留めている年齢には有りえぬ対応であった。

死地。苦境。別離。変転。怨嗟。憤怒。
そして――― 覚醒。
劇的な体験を経て、糧にして。
しおりは確かに、成長している。

819終末の過ごし方 〜凶しおり〜(6/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:03:58
 
 
 
                ↓
 
 
 
【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
      ①待機潜伏、回復専念
      ②智機にさおりを復活させる
      ③さおり復活後、智機を破壊する】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(小)、疲労(中)、銃創(両肺と胃)
    ※戦闘可能になるまで8時間の療養が必要です】

 ※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中

820終末の過ごし方 〜ランス〜(1/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:05:08
 
(ルートC:4日目 AM9:00 D−6 西の森外れ・小屋3)

ランスは確かに強い。
戦闘の総合力においては、残存プレイヤー中最強といっても差し支えない。
しかし、今のランスが十全なランスかといえば、そうでもない。
ランスを最強足らしめる相棒が、その手に無き故にである。
諸刃。刃渡り長く、ずしりと重く、闇の気を纏うインテリジェンス・ソード。

魔剣カオス―――

魔人ジークからかの剣を取り戻して以降4年間。
彼が握る武器といえばこの大剣のみであった。
アリスメンディから回収したバスタードソードが失われた今。
彼がその獰猛な戦闘力をいかんなく発揮する機会もまた、失われていた。

「握りが甘い!」



  むかむかあっ!!
  恭也のヤツめ、訓練だっていうのに容赦なく小手先を攻めやがって。

  俺様は武器を手に馴染ませる為に。
  恭也は病み上がりのリハビリの為に。
  とりあえず肩慣らしに模擬戦でもやろうかって話になって。
  現在、九本勝負、六本目。
  三勝三敗。
  数だけ見れば拮抗してるが、目下三連敗中なのだ。
  しかも、回を追うごとに恭也のヤツは俺の太刀筋に慣れて来やがった。
  このまま勝負を続ければ、のこり三戦も負け続けちまうだろう。
  くたばりそこないの癖にやりやがるなあ……

821終末の過ごし方 〜ランス〜(2/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:05:48
 
  「うーん、思いつきでケイブリスの爪を毟ってきたが、
   イメージどおりに振り回せないな。
   やっぱり斧で妥協しといた方がいいか」
  「ケイブリス戦での斧の扱いを見ている限り、
   重心の制御が上手くいっていないと感じられた。
   その爪のほうがまだ、戦闘スタイルに合っていると思う」
  「でもなあ…… なんかこう、しっくりこないというか……」
  「失礼。その爪を見せてくれないか」
  「なんでだ?」
  「握りが安定するように加工してみようと思う」

  恭也は小器用なヤツだった。
  まず、何度も持ち替えて、色んな角度から眺めだした。
  次いで、握りの部分を削り、形を整え、布を巻いた。
  
  「これでひとまず握りは安定するはず。七本目、参りましょう」
  「待ちくたびれたぞ」

  向き合う前に軽く片手で振り回す。
  たてたて、よこよこ、まるかいて、ちょーーん。
  おお、凄い。
  こんなにぶん回しても、握りが安定してやがる。

  「うん、いいな」

822終末の過ごし方 〜ランス〜(3/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:06:33
 
  試合再開。
  俺様、八双。恭也、中段。
  一呼吸…… の途中で、いきなり突撃!
  恭也は半身で軽く避けるが、呼吸が整っていないのが見て取れる!
  連撃!
  振り下ろした爪をそのまま刷り上げる。
  恭也の膝が沈む。
  重心は前。
  じゃ、後方跳躍での回避を狙ってるな。
  ならば俺様は……
  右手の握りを解いて、左肘を捻って……
  
  「突きィ!」
  「……参った」

  がはは! 流石天才の俺様だ。
  刷り上げから勢いを殺さず突きに持ってゆくなど、
  凡人の恭也では反応しきれなかったようだな!

  「握りはかなり、安定したようですね。
   突きという手もいい。
   元が爪だ。その特性が十分に発揮できる」

  おお、そうだな。
  遠心力の掛かった状態から片手を離して、そこから捻りを加えられるなんて、
  恭也が爪に手を加える前までは考えられない挙動だぞ。
  いいな、やっぱり、いい。
  こいつをもっと手に馴染ませたい。
  こいつをもっと好き勝手に振り回したい。

823終末の過ごし方 〜ランス〜(4/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:08:03
 
  「八本目、行くか!」
  「その前に、もう一度貸してくれ。まだ手を加える余地がありそうだ」
  「いーや、もう十分だ、とっとと掛かって来い」
  「そういうことであれば、その体で確認して頂こう」
  
  試合開始。
  さっきは速攻で上手く恭也のテンポを崩せた。
  だからこんどはもっと速攻で行く!
  刀を合わせる。
  目をあわせ…… ない!

  「どりゃあああ! いきなりランスアタックっぽいヤツ!」
  「想定内!」

  俺様渾身の不意打ち上段斬は空振った。
  ヤベッ!
  ……が、恭也のヤツは追撃してこない。
  片足を上げて、よろめいている?
  よし、チャンス継続中! いったれ!
  
  「ここで刷り上げの追撃を放ったとしても……」

  !! 手の内、読まれてやがる?

  「爪は片刃、かつ、刀身が軽いために……」

  何考えてんだ?
  恭也のヤツ、浮いた足を更に上げて……
  その足で爪を踏みしだく…… だとう!?

  「振り始めの頃であれば、押さえ込むことも、容易!」

824終末の過ごし方 〜ランス〜(5/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:08:58
 
  カランカラン……
  軽い音を立ててケイブリスの爪は転がっていった。
  負けた。
  これで四対四。
  そして知った。恭也のいう更なる改良点を。
  むかつくことに、教えられた。

  「で、今の弱点をお前は補強できるのか」
  「重量重心に関しては。諸刃に加工するのは無理だ。
   ランスさんのほうで意識して野太刀の感覚で使って欲しい」
  「成る程な。日光さんを振ってた時の感覚か」
  「一時間ほどかかると思う。どこかで時間を潰してきてくれ」
  「いや、いい。見てる」

  再び、爪を恭也に渡す。
  恭也は一旦小屋に戻ると、食卓の椅子を二つと工具を持って来た。
  何で椅子?
  まあ、いいや。
  こいつにはこういう経験と知識があって、それは俺様には判らんが、
  結果、悪いことにはならんだろ。
  きっと握りの時と同じく、
  ケイブリスと戦ったときと同じく、
  こいつはきっちり結果を出して、
  俺様の爪剣をパワーアップさせてくれるに違いない。

  「うん、いいな」
  「……なにがです?」
  「よくわからんが、なんか、こう、いい感じだ」

825終末の過ごし方 〜ランス〜(6/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:10:56
 
  ……けど、まあ。
  九本目に勝利するのは、俺様だがな!



王とは、孤独な職業。
阿る者や、媚びる者、忠義の者など数あれど、
対等の目線で語りあえる仲間など存在しない。

認められる仲間と、目的を一つにし、切磋琢磨する。
目線を同じくする者と、協力しあう。
いい女を抱くのとは別種の充実感が、ここにあった。



          ↓


【ランス(元№02)】
【スタンス:果し合いに臨む
      ①女の子優先でグループに協力
      ②プランナーの事は隠し通す
      ③運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:世色癌×1(隠し持っている)、ネイルソード×2(←恭也加工)】
【能力:ネイルソードにてランスアタック可】

  ※椅子は接続している金具を取り外して爪の刃の背面に嵌め込み、
   重量の調整を図る為に使用しました。

826終末の過ごし方 〜椎名智機〜(1/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:12:44
 
(ルートC:4日目 AM10:00 J−5 地下シェルター)
 
椎名智機も帝都天翔学院に通っている以上、偽装とは言え戸籍を有している。

戸籍上、椎名潤一という父はいる。
椎名智機の設計者であり、彼女を開発した研究所の所長でもある。
しかし、それはあくまでも学園に通うという臨床試験の為の方便であり、
潤一と智機の間に、肉親の情などは存在しなかった。
研究者と、サンプル。
それだけの渇ききった間柄であった。

戸籍上、母も記述はされているのだろう。
しかし智機はその存在を知らない。
会った事も無ければ、それらしき話を耳にしたこともない。
夢想したこともない。
科学技術が母なのだと、嘯くほかに術がない。
それでいいと思っていた。
それが当たり前だと思っていた。

「カモちゃんさん、ついに探り当てたよ。
 【小屋組】が使用している通信帯域を!」

827終末の過ごし方 〜椎名智機〜(2/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:16:29
 
  機械のこころなど、単純なものだね。
  昨晩まであれ程私の行動を縛っていた【自己保存】の本能が解除された途端。
  自分がひとりぼっちではないと実感できた途端。
  仲間たちの役に立ちたいと。
  この能力の全てを捧げたいと。
  今まで思ったことの無い欲求が、感情曲線を書き換えたのだから。
  0と1の判断しかないとは言え、なんとも節操のないことだ。

  「ホントにぃ!?凄いねぇともきん、よく頑張ったねぇ!
   いい子いい子!(なでくり、なでくり)」

  特に、この芹沢…… もとい。
  カモちゃんさんへの傾倒具合は、押さえが利かない。
  ビットフラグの反転が起きたとしか思えないほどだ。
  カルガモのインプリンティングか、と自嘲したくもなる。
  だがね…… カモちゃんさん。
  いくら私がなついているからと言ってだね。
  一人前のレディの頭をこう、撫でまわすなどとは……

  「No! そんな子ども扱いはよしてくれ給え。
   私は別にご褒美欲しさに解析に注力していた訳ではないのだよ」
  「あっれぇ〜?
   ともきんはいい子いい子をご褒美だって感じてるの〜?」
  「のっ、No! 言葉の綾というものでだね! 私は!」

  Oh…… 私はバカになったな。堕ちてしまったな。
  ノイズの如き感情波に制御が利かず、
  演算能力をポテンシャルまで発揮できないのだから。
  大人ぶってみても、実際のところ、撫で付けられて嬉しいのだから。
  解析成功の報を真っ先にカモちゃんさんに入れたのも、なんてことはない。
  結局、彼女に褒めてもらいたかったからなのだろうな。

828終末の過ごし方 〜椎名智機〜(3/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:17:35
 
  でもいい。
  これでいい。

  確かに今、私は人生で始めての充実感を覚えているのだから。

  「ほらぁ、しおしおがやっと寝付いたところなんだから、
   大きな声はあげない、暴れない! いい子いい子ぉ〜」

  そうか、プリンセスはおねむの時間か。
  道理で、しおりの睨み付ける目線を感じなくなった筈だ。
  
  おや?
  
  カモちゃんさんの手が、プリンセスの背を、優しく叩いているね。
  ぽんぽん、ぽんぽん、と。
  ふむん……
  先ほどまで聞こえていた小さなスローテンポの歌声は、子守唄というもので、
  カモちゃんさんはプリンセスを寝かしつけていた、との推測が成り立つな。

  「ん? ど〜したのかなぁ、ともきん?」
  「Yes、まるで話に聞く母と子のような情景だなと、感じたまでさ。
   私に母という物は存在しないので、聞きかじった知識でしかないのでね。
   間違ったことを言ったとしたなら、どうか聞き流してくれ給え」
  「そっかー、ともきんはお母さんに甘えたこと、ないんだ」
  「そもそも甘えるという状況が漠然とし過ぎて定義づけが困難だ。
   まあ、97%ほどの確率で、その推測は当たっているといえるのだが」

829終末の過ごし方 〜椎名智機〜(4/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:18:38
 
  私の内部辞書に【甘える】とは四種類ほどの字義があるが、
  今、カモちゃんさんが言っているのは、その第二にあたる
  【相手の好意に遠慮なくよりかかる】という意味だろうね。
  その経験の蓄積量がゼロの為に、実感としては理解不能だが。
  だが、きっと……
  それは甘美で、幸せなひと時なのだろうね。
  しおりの安らかな寝顔を見ているだけで、想像がつくというものさ。

  「ねね、ともきん、ちょっとちょっと」
  「何だねカモちゃんさん?」

  このハンドサインは…… Hum。
  姿勢を低くしろと。
  低くして近寄れと、そう伝達しているのだね。
  どのような意図なのかな?
  ああ、そう言えば大きな声を出すな、しおりが目覚めてしまう、
  というような趣旨の発言をついさっきしていたな。
  であれば、私とカモちゃんさんとの物理的な距離を詰めることで
  ボリュームを絞った発声でも可聴出来るようにとの配慮なのかな?

  「そりゃー! たいにぃ徳利投げぇ〜」
  「なにを……!?」

  頭部を両手で掴んで、捻り落とすだと……?
  No、なんの冗談だカモちゃんさん。
  中腰ほどの高さからとはいえ、この灰色の人工知能に下手な衝撃は
  与えたくないのだが……

  …………衝撃が、ない?
  いや、あるにはあったのだが、床面との衝突にしては
  柔らかすぎて暖かすぎるのだが……

830終末の過ごし方 〜椎名智機〜(5/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:19:18
 
  「ひーざーまーくーらー♪」
  「く、くだらん悪戯だな、カモちゃんさん」

  ああ、このカモちゃんさんは、やはり自分では理解不能だ。
  余りに突拍子無く、余りに衝動的。
  この行為の意図も、前後の会話の流れを解析したところでまるでつかめない。

  「いいんだよ?」
  「何がだね?」
  「いいんだよ、甘えても。
   甘えるのって、とってもきもちいいんだよ?」

  !?
  この行為は、その会話と繋がっていたのか?
  膝枕…… Hum、確かに甘えるという好意と合致する。

  それにしてもこの態勢。
  気恥ずかしさも無防備さもともに高レベルを示しているので、
  すぐさま状態解除に移行せよと演算結果が出ているのだが。
  But、この暖かさは……
  なんとも抗いがたい魔力があるな……

  「ま、まあ。貴女がそういうのであれば。
   膝枕が与える精神的影響のモニタリングをするのに、
   吝かではないな…… なんだねその含み笑いは」
  「えへへー、なんでもなーい。
   ねーんねーん、ころーりぃよ、おこぉろーりぃよー♪」

831終末の過ごし方 〜椎名智機〜(6/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:19:52
 
  さらに子守唄…… だと?
  カモちゃんさん。
  貴女は何処まで私を子ども扱いし、辱めれば気が済むというのだね?


芹沢は緩やかな子守唄にあわせて、智機の背中を優しく叩く。

ぽん、ぽん。ぽん、ぽん。
ぽん、ぽん。ぽん、ぽん。

機械は眠気を感じない。
それでも、安らかな何かが、メモリにじんわりと広がって。
タスクスケジューラからタスクが減少してゆき。
智機は緩やかに、ごく自然に、サスペンド状態に移行した。



            ↓



【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾 17)×2】
【スタンス:①仲間へのバックアップ
      ②さおりを生き返らせる】
【備考:左腕喪失、自己保存の本能ロック解除】

 ※小屋組使用の通信機の帯域を押さえました。
  任意のインカム装備者と通信できるようになりました。

832終末の過ごし方 〜広場まひる〜(1/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:20:35
 
(ルートC:4日目 AM11:00 D−6 西の森外れ・小屋3)

広場まひるは、笑っている。
どんなつらいときも。
クラスの仲間たちに掌返しの無視を決め込まれても。
敬愛する先生に邪険にされても。
存在自体を、排斥されようとしても。
広場まひるは、笑顔を通した。
人前では、常に笑っていた。

  ―――あーもー、かわいいったらありゃしない!
  ―――お姉ちゃんの笑顔は最強だよ

笑顔には、力がある。
辛い事や悲しい事を吹き飛ばす、力がある。
人間・広場まひるの信念である。

故に。
決戦を間近に控えたこの期に及んでも、未だ笑顔を保っている。

「あなたはいつも楽しそうでいいですね」
「何がそんなに嬉しいのですか?」



  んー、それは難しい質問だなぁ、ユリーシャちゃん。
  原因ははっきりしているんだけど、
  なんでそうなったかの理由はあたしには分かってなくて。
  それに、そのことを口にだしたら、
  せっかく頑張って作ってる笑顔が曇っちゃうから。

833終末の過ごし方 〜広場まひる〜(2/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:21:23
 
  「悩んで暮らすより笑って暮らしたほうが楽しいかなって」
 
  そうそう、このくらいのお気楽加減があたしらしい受け答え。
  とても言えないっすよね。
  じっちゃんが、急によそよそしくなったから落ち込んでて、
  その憂鬱な気持ちを相殺するために、笑顔を作ってます、なんて。

  でも、このセリフって、なんかデジャビュ。
  あれは確か、この島に来てから。
  タカさんについていって【暮らす】ことを決めた時に……
  なんだか遠い過去の出来事みたく感じるけど、
  あれからまだ四日しか経ってないんだよね。

  「そうそう、作戦会議は17時からですからね。
   それまでに仮眠と、軽いアップは済ませておいて下さい」
  「うむ、心得た!」

  紗霧サンはあたしの返事を聞くともう興味なさそうに背を向けて。
  ユリーシャちゃんもそれについていって。
  ……もう、いないよね。
  振り返ってもあたしの表情、見えない距離だよね?
 
  あーあ、思い出しちゃったなぁ。
  タカさんのこと。
  思い出したら悲しくなっちゃうって分かってたのに。
  今はこの気持ち、封印しとかなくちゃいけないのに。
  果し合いに向けて気持ちを揺らしちゃいけないのに。
  ……なんかネガ気分が抜けないなぁ。

834終末の過ごし方 〜広場まひる〜(3/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:22:43
 
  でもさ、なんか、思い出しちゃうんだよね。
  重なっちゃうんだよね。
  じっちゃんのあの、唐突なよそよそしさ。
  あのちょっと怯えたような、蔑んでるような、醒めた目付き。
  あたしが男のコだってバレたときのクラスメイトたちの反応と、さ。

  ……ヘコむわ〜〜!

  そうだ、こんなときこそお煎餅!
  タカさんも透もいってたよね。
  大抵の悩みは腹が膨れれば解決するって。
  至言とはこのことだ。
  うん、お茶も淹れてとことん寛ごう。
  お腹の中から充実させて、いやなことは忘れちゃおう!

  「……まひるちゃん?」
  「うひゃあああ!?」

  び、びっくりしたぁ……
  知佳ちゃんが近づいてたこと、全然気付かなかったよ。
  ヤベ、心臓がバクバク言ってる……

  落ち着け、落ち着くの、まひるちん。
  ディープブレース、アーンド、リラーックス。

  「ごめんねー。脅かすつもりはなかったんだけど……」
  「気にすることはナッシン!
   乙女の妄想を膨らましてたトコに声を掛けられたから
   ちょいビックリしただけだから」

835終末の過ごし方 〜広場まひる〜(4/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:23:09
 
  そして…… 笑顔!
  にぱにぱー♪
  うん、OKOK。
  いつもの可愛いまひるちん、復活ッッ!!
  
  の、はずだったのに。

  「…………あのね」

  知佳ちゃん、何、その思いつめたみたいな表情は?

  「おせっかいかもしれないけど、言うね?」

  紗霧サンもユリーシャちゃんも、気付かなかったのに。

  「まひるちゃん。無理しなくても、いいよ?」

  なん…… で。
  知佳ちゃんは、気付いちゃうの?
  ……いけないいけない。
  笑顔を……
  一番の笑顔を作らないと!

  「あははー、何のことかなー?」

  不安感を、知佳ちゃんに伝染させないようにしないと!

836終末の過ごし方 〜広場まひる〜(5/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:24:14
 
  「何のことなのかまでは、私にはわからないよ。
   読心術まで休眠にはいってるしね。
   でも、まひるちゃんがずっと何かを我慢してることは、わかるよ。
   頑張って笑顔を作ってることも、わかる。
   その努力は凄く立派だと思う。
   でも……」

  駄目だ、通じない。
  知佳ちゃんの感性って、鋭すぎる。
  隠したいこと、全部、見透かされてる。
  
  「無理しても絶対どこかにその疲れは出るよ。
   気持ちを押さえ込み過ぎると行動も偏っちゃう。
   私が今、こんなになっちゃってるみたいに、ね」
 
  じゃあさ、じゃあ。
  あたしはどうすればよかったのかな?
  
  「だから、ね。
   私でよければ、お手伝いするから。
   皆には黙っててあげるから。
   ちょっとだけ、その気持ち、吐き出しちゃお?」

  いいのかな?
  だってあたし、きっと泣いちゃうよ?
  じょんじょんのじょびじょばで、えぐえぐしちゃうよ?
  鼻水もずびーってたれちゃうよ?

837終末の過ごし方 〜広場まひる〜(6/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:25:19
 
  「……じゃ、さ。ちょっとだけ。
   ちょっとだけ、聞いてもらってもいいかな?」



まひるは語りだす。
仲良かったはずの魔窟堂から避けられていることを。
仲良かったはずのクラスメイトから無視をされていたことを。
失って悲しかったことを。

まひるは語りだす。
豪快で大胆なタカさんの思い出を。
照れ屋で母親想いな薫ちゃんの思い出を。
失って悲しかったことを。

涙と、鼻水にまみれて、えぐえぐとしゃくり上げながら。
まひるはずっと我慢していた悲しみを、吐き出した。
胸の奥に凝り固まっていた瘧を、ほぐしていった。
優しい瞳で一緒に泣いてくれる、少女を前に。


         ↓



【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【スタンス:果し合いに臨む】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 7/45)】

838終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(1/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:25:49
 
(ルートC:4日目 AM12:00 J−5 灯台跡)


カモミール芹沢は、呑んでいる。
御陵透子に廃村から持ってこさせた大吟醸を燗にして、
徳利をずらりとならべて、呑んでいる。
魔剣カオスを立てかけた灯台跡の瓦礫に背を預け、
程遠くで気の修練に余念の無いザドゥの背を眺めながら、
手酌で呑んでいる。呑み続けている。

《ちょいと呑み過ぎじゃないですかね? カモちゃんや?》



  ねぇ、ザッちゃん、気付いてるかな?
  あたしさぁ、今朝から全然、熱が引かないんだよ?
  爛れた皮膚が、じんじん痛んでるんだよ?
  火傷の具合、どんどん悪くなってきてるんだよ?
  気付いてるわけないよね。
  だってザッちゃん、ずっと特訓してるんだもん。
  自分一人で。
  あたしに背を向けて。

  もしかしたら最期になるかも知れぬこの時を、
  あたしと過ごそうなんてこれっぽっちも思ってなくて。
  思いつきもしなくて。
  それどころか、心の中からあたしをえいやって追いやって。
  自分で埋め尽くしちゃってるよね。
  進む先だけ見てるよね。

839終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(2/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:27:26
 
  淋しいなぁ……

  でもさでもさ、あんなに一生懸命になってる人に、声なんて掛けられないし〜。
  それはきっと邪魔になっちゃうし〜。
  そうしたらそうしたら。
  嫌われちゃう、かも、知れないし……。

  これが呑まずにいられようか!

  とくとくとく。
  ぐいぐいぐい。

  《だからね、さっきからあなた、ペース速いですよ?》
  「んー、ごめんねぇカオっさん。あたし一人で呑んじゃって。
   じゃカオっさんにもおすそ分け、そーれとくとくとくぅ!」
  《やめてぇ! 一升瓶から大吟醸をぶっ掛けるのやめてぇ!
   儂ぁぶっ掛けるほうが好きなんですよ?自家製の濁酒を!》
  「あははぁ♪ カオっさんは相変わらずえっちいねぇ。ぶれないねぇ。
   ……ザッちゃんとは、大違いだ」

  なんかね……
  私、ザッちゃんのこと、勘違いしてたかもしんないね。

  一昨日までのザッちゃんはさ、
  あたしを可愛がってくれたり慰めたりしてくれたザッちゃんはさ、
  きっと弱ってたザッちゃんでさ。
  ザッちゃんの心の中にぽっかりと空いた穴ぼこがあってさ。
  だからあたしはそこにスルって入り込むことも出来たけど〜。
  それで、ザッちゃんに受け入れられた気になってたけど〜。
  それってきっと、期間限定で……

840終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(3/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:28:18
 
  ザッちゃんってさ、もともと【ひとり】の人なんだろうな。
  己と向き合って。
  人と分かち合わず。
  人を頼らず。
  自分の足だけで、歩いてきた人だったんだろうな。
  そのことを大事に思ってる人だったんだろうな。
  ……あたしなんていてもいなくても、影響ないんだろうな。

  とくとくとく。
  ぐいぐいぐい。

  《馬鹿な男だなぁ、ザドゥは》
  「ですよね〜」
  《傷つくのはいつだって女のほうですよね》
  「全くねぇ。でもさぁ……」
  《でも?》
  「あの背中、カッコいいよねぇ」
  《馬鹿な女だなぁ、カモちゃんは》
  「ですよね〜」

  あのね、ザッちゃん。
  ザッちゃんは見ても聞いてもいなかった話なんだけど。
  あたし、さっきまでしおしおとともきんを寝かしつけてたのね。
  そんでそんで、照れてるともきんにこう言ったのね。
  
    ―――いいんだよ、甘えても。

  これね。
  自分で言っといてなんだけどね。
  今まで誰かに掛けて欲しくてたまらなかった言葉なんだぁ〜。

841終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(4/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:31:07
 
  でもね。
  今まで誰にも言ってもらったことがないんだぁ、あたし。
  なんか強い女を気取っちゃったり、
  素直になれなかったり、
  ヤケを起こしちゃったり……
  そんなことばかり繰り返してたからね。
  
  恨み言なんかじゃないよ。
  ないんだけど。
  ザッちゃんがあたしにそういうこと言ってくれる人かもって、
  初めて甘えさせてくれる人なのかもって。
  実は、すごく期待してたんだぁ〜。

  けど、まあ、しょーがないよねぇ。
  ザッちゃんは求道を行く人なんだもんねぇ。
  そこを見抜けなかったあたしが悪いんだし。
  仲間としては、戦友としては、今だって繋がってるんだから。
  そこで満足しておくのがお互いの為に一番だよねぇ〜。

  とくとくとく。
  ぐいぐいぐい。

  《カモちゃん…… お前さんは本当にええ女じゃのう》
  「えへへー、分かるぅ?」

  だから、ね。
  修行の邪魔なんて絶対しないからね。
  どこか遠くに行こうとしても、未練がましく引き留めたりはしないからね。
  せめて、この距離から。
  背中だけは、見守らせてね?

842終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(5/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:31:33
 

芹沢は表情豊かな女性である。
エキセントリックかつ意表をついた感情表現をする女性である。
どうでもいいことで泣き、笑い、怒り、喜ぶ。
だが、どうでもよくないことでは。
本当に泣きたいことでは、決して涙を零すことはない。

その代わりに、であろうか。

芹沢の眠そうな深いブルーの瞳のその下に、
大きな泣き黒子が宿っているのは。



            ↓



【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:果し合いに臨む
      ②ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:魔剣カオス、虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)、発熱(中)】

 ※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中

843終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(1/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:31:56
 
(ルートC:4日目 PM1:00 J−5 灯台跡)

ひたすらに、ひたむきに。
丁寧に、丹念に。
ザドゥは己の爪を研いでいる。
研ぎ澄ましている。
食事のことも、睡眠のことも、治療のことも、仲間のことも忘れている。
それだけに注力し、それ以外を切り捨てている。

なんというストイック。
なんというナルシズム。



  右手薬指に【生】の気。
  放出せずに、留める。
  気の量を計る。
  ここまでは一息だ。
  この気の扱いには、慣れている。
  コンマ一秒と掛けぬ。

  左手薬指に【死】の気。
  出力を制御し、ゆっくりと膨らませる。
  気の量を右手に揃える。
  出力は慎重に。
  この気の扱いには、慣れていない。
  一秒は取るべし。

844終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(2/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:32:29
 
  よし。
  生死ともに、質量は均衡している。
  これならば陰陽合一を為せる。

  「同調―――」
  
  合掌。
  両の薬指からの黒白の気が互いに引き寄せられ、絡み合い。
  指先大の蒼い光が銀河の如く渦巻き出す。

  まだだ…… まだ放つな。増幅しろ……
  
  集中。
  左手の■と右手の□の出力を再開。
  焦るな。
  絞った蛇口から垂れる水滴を一滴一滴数えるように、
  細心の注意力を以って調整しろ。
  
  渦はピンポン玉大に。
  膨らめ。まだだ。
  渦は野球ボール大に。
  もう少し大きくできる筈だ。
  渦はソフトボール大に。
  よし、目標をクリアだ。

  この質量ならば、実戦でも十分に通用するだろう。
  
  「―――解放!」

845終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(3/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:33:07
 
  両手を地面に。
  肘を使って瞬時に重ねた掌を開く。
  蒼の気は灯台の瓦礫を粉砕しつつ風化させる。
  気もまた縮小し、対消滅した。
  
  ふむん。やはりな。
  この始原の気を前に、対象の硬さや柔らかさは関係ない。
  多分、生物でも無生物でも関係はない。
  質量。
  単にエネルギーと同量の質量を微塵と化すのだろう。
  破壊ではない。分解の力だ。
  
  「良し。練気修練はここまでだ」
  
  座禅の如く、己のみと向き合い、平らかな心で
  ひたすら蒼の渦を育てるだけであれば、安易なことだ。
  
  しかし、それを戦いの中で使用するとなれば、話は違う。
  敵の動きに気を配りつつ、
  敵の攻撃をかわし、或いは受けながら、
  敵に回避されぬよう、瞬間で練り上げ。
  敵の急所に効率よく叩き込まねばならぬ。
  
  最大出力を高めるのはここまでだ。
  ここからは瞬間効率を求めるのだ。

  立ち上がる。
  膝が戦慄く。
  軽い眩暈も覚える。

846終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(4/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:35:02
 
  ああ、そうだな。
  俺は日が暮れてから今まで、ここで座したままだったな。
  それでは体も固まる筈だ。
  まずは、全身をほぐし、軽く汗をかかねばな。
  
  ふむ。
  日は正午を既に回っていそうだな。
  果たし合いまでおよそ六時間か……
  
  まずはストレッチとウォームアップで一時間。
  それから二時間で型に練気を当て込み、
  次の二時間で実戦を想定してのシャドウだな。
  最後の一時間は気による治療で締めるとしよう。
  
  突貫だが致し方なし。
  時間が足りぬなど贅沢は言っておれぬ。
  よし、これで行こう。
  
  どの道俺は実戦派よ。
  想定も鍛錬も、実戦時のひらめきを補強する素材に過ぎぬ。
  戦いの高揚感、緊張感。
  その只中に身を置いてこそ、しのぎを削ってこそ。
  俺が見出したこの【始原】の気が、
  単なる分解のエネルギーから、拳士の必殺技へと昇華されよう。
  真の完成に近づこう。

  願わくば、果たし合いに出てくる者たちが、
  己を更なる高みへと押し上げてくれるほどの
  手練であることを―――

847終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(5/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:35:30
 
  
  
ザドゥは完成へと、近づいてゆく。
終着点へ向けて、収束してゆく。

「……成るか、【太極貫】」



        ↓


【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      ①陰陽合一を為す訓練を行う
      ②芹沢の願いを叶えさせる
      ③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】


 ※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中

848終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(1/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:36:39
 
(ルートC:4日目 PM2:00 D−6 西の森外れ・小屋3)

月夜御名紗霧にも、いろいろあった。
この島の四日間で語りつくせぬほどの体験をしてきた。
非常識で、非現実的で、非人道的な体験を。

それに、彼女は疲れてきていた。
醒めてきていた。
故に、彼女は、燃え上がった。

矛盾しているようで、矛盾していない。

月夜御名紗霧は、もういい加減うんざりなこの島での殺し合いに、
煩わしい人間関係に、
呪わしい嫌な記憶に、
完全に完璧に終止符を打つべく、全精力を傾けているのである。



  仁村知佳から聞きましたよ。
  しおりとかいう物の怪を海の藻屑にしてきたと。
  でしたらもう残存参加者はこの小屋の仲間達で全てで。
  果たし合いが事実上の最終決戦だということです。
  ここさえ乗り越えれば、終われるということです。
  
  ならば、とっとと片付けましょう。
  手っ取り早くかつ芸術的に忌々しき主催者陣に勝ちきって、
  とっととおうちに帰ってさっさと寝てしまいましょう。
  ふかふかのベッドで。
  溜め込んだ深夜アニメの録画を見て。

849終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(2/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:40:56
 
  こんなつまらない非日常なんて、
  小屋の連中のことなんて、
  高町恭也のことなんて、
  きれいさっぱり忘れ去って、
  いつもの生活に埋没してしまいましょう。
  帰るんです。日常に。

  「紗霧殿、全員分のインカムは揃えたぞい」
  「紗霧専用通信機と、一斉発信ボタンは?」
  「問題ない」
  「ご苦労でした、魔窟堂野武彦」
  
  ふん、なんですかなんですか。
  魔窟堂野武彦、その「自分だけが不幸を背負ってる」って顔は。
  私を警戒してる目付きは。
  私の悪行でも知ったんですか?
  考えてみれば主催者の本拠地跡周辺を探索させたんです。
  何らかのデータを拾う可能性はありますよね。
  あの時の自分は透子に殺されかけて冷静な判断力を失っていたとはいえ、
  そこまで読みきれずにジジイを放った私が愚かでした。
  
  けれど、まあ?

  例え何を知ったのだとしても、
  腹の内では私を信じていないのだとしても。
  あなたがここに戻ってきたということは、
  誰にもその胸の内を明かさず、果たし合いに赴く覚悟があるからでしょう?
  でしたら、いいじゃないですか、呉越同舟。
  私の策に従い、踊ってくれるなら。
  人形の胸中なんで、どーでもいいことですよ、ええ。

850終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(3/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:41:30
  
  まあ、きっと―――
  この寄せ集め集団も、そろそろ限界なのでしょうね。
  ケイブリス戦の時が出来すぎてただけで。
 
  「時に紗霧殿。例の御陵透子対策、考えてくれたか?」
  「骨子の一つとしては挙げてます。
   それが採用されるかどうかは、直前の【くじびき】次第ですが」

  御陵透子に策が読まれる?
  結構。
  それがどうかしましたか?
  読めるものなら読んでみなさい。
  この白面ストーカーめ。
  読めるわけなんてありませんよね。
  だって、策なんてないんですから。

  そう、完成された策なんて、これっぽっちも。

  今、あるのは。
  5つの骨子。
  12の枝葉。
  30のお題目。

  戦術の断片を堆く積上げて。
  その全てを記憶させ。
  その全てに封をして。
  決戦開始直前に、くじ引きで封書を選び、
  骨子と枝葉を繋ぎ合わせる。
  参加メンバーに、お題目を2、3分配する。
  その時初めて、策が形になるのですから。

851終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(4/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:42:24
  
  しかもこの策は流動的です。
  インプロピゼーションです。
  役どころと情報と、意味とは与えられても、
  全体像は誰にも分かりません。

  それを即興で生み出すことが、この策の肝だからです。

  ケイブリス戦が私の指揮による管弦楽だとするならば。
  この果し合いは指揮者不在のジャム・セッション。

  奔放で前に出張りがちなサキソフォンはランス。
  どっしりと構えて、クールにリズムをキープするドラムスは高町恭也。
  主役脇役、千変万化なピアノは広場まひる。
  リフ楽曲の背骨を支える確かな技術力のベースは魔窟堂野武彦。

  各々のプレイヤーがそれぞれの奏でる音を
  響かせあい、譲り合い、時にはぶつけ合って、
  一期一会のメロディーに仕立て上げるのです。

  「知佳さんの状態はどうですか?」
  「昼からこっち、少し熱が出てきたようで、今は横になっておる」
  「椎名智機討伐には、参加できそうですか?」
  「寝かせておいてやりたい状態ではあるの」

  果たし合いの裏で、微力三少女の椎名討伐行を予定していましたが、
  どうやら微力二少女になってしまいそうですね……
  さて、彼我の戦力分析的に、どうでしょう?
  あと3時間の内に、こちらももう一つ二つの骨子を、練っておいた方がよいでしょう。
  17時―――
  ブリーフィング開始時の知佳さんの状況を確認したうえで、
  方針を確定させましょう。

852終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(5/5) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:44:09
 
  今はこの頭脳の吐き出す思考の赴くまま、
  ひたすら原案を練り、練り、練り、練って。
  他の余計なことなど考えないで。
  自分の気持ちなど掘り起こさないで。
  無感情な献策マシーンと化していましょう。



月夜御名紗霧は絶好調である。
泉の如く策が溢れ、情報の縦横が有機的に結びついてゆく。
脳の中には思考しかなく、感情が差し挟まれる余地はない。

軍師に感情は、必要ないのだから。
揺れ動く少女の感性の残滓など、邪魔なだけなのだから。
不必要を廃し、目を背け。
月夜御名紗霧は、思案に埋没している。


            ↓


【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:果し合いに臨む
      ①果し合いに対する策を練る
      ②状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー、
     世色癌×3、紗霧専用通信機(←野武彦)、インカム×6(←野武彦)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】

 ※知佳から知りうる限りの全ての情報を得ています
 ※小屋組は、しおりが死亡していると思っています

853終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(1/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:44:54
 
(ルートC:4日目 PM3:00 D−6 西の森外れ・小屋3)

純水とは、無垢な水である。
穢れを知らぬ純然たるH2Oである。
故に純水は、機械の部品洗浄薬として重宝されている。
一度己を侵した異分子から、あらゆる付着物を貪欲に吸い上げる。
染まりやすい。故に、無垢。

カルネア第二王女、ユリーシャ―――
蝶よ花よと育てられ、無垢であるを守られ続けてきたこの少女は、
狂気の殺戮島にて、己を荒々しく奪い去った男に染まっていた。
穢れた付着物をその身に染み込ませて。

「やほーいユリーシャちゃーん。水汲んできたよー」
「ありがとうございます」



  広場まひるは、大丈夫です。
  なぜなら、まひるは彼女ではなく彼でしたから。
  もう、ランスさまは一片の興味ももっていません。

  一昨日の夜、ランスさまが夜這いを掛けられたときには、
  私の胸の奥から良くないものが溢れそうになりましたが、
  今はもう。
  あれの顔を見ても声を聞いても、細波立つことはありません。

854終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(2/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:45:37
 
  「仁村知佳の様子はどうですか?」
  「睡眠薬は効いたみたいでぐっすりだけど、解熱剤はあんまり効いてないっぽい」
  「薬品に対する体質的な慣れが在るようですからね。
   まあ、眠れただけでもよしとしましょう」

  月夜御名紗霧も、もういいです。
  あれは、ランスさまを誑かす魔女足り得ません。
  ランスさまを誘惑することはありません。

  あれは、報われぬ想いを高町に抱いていますから。
  あれは、性交渉に激しい嫌悪感を抱いていますから。
  
  ランスさまが食指を伸ばされても、
  それに応じることはありえません。
  悔しいことですが、この魔女は、
  行為を回避するための知恵や交渉術も備えていますしね。
  
  だから、もう安心。
  ランスさまの腕の中には私一人。
  昨晩はぐっすり眠れるはずでした。
  ……なのに。

  「がはははは! おっぱい、つんつーん!」
  「やめなってばランスさん」

  ……仁村知佳。
  なぜ、この雌豚は今になってここに現れたのでしょう。
  しおりという子豚に素直に殺されていればよいものを。

855終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(3/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:46:22
 
  ねえ、ランスさま。

  その雌は、すでに高町恭也のものなのですよ?
  火傷のあとが首筋や胸に醜く生々しいではありませんか。
  なのに、なぜ。
  ランスさまは興味を持たれておいでなのですか?

  「俺様の世色癌で知佳ちゃんは助かったのだ。
   ちょっとしたおイタくらい多めに見てくれるだろ?
   あ、そーれ、もーみもみー」
  「きょーやさーんいなくなったとたんこれだー!?
   紗霧サーン、ケツバットプリーズ!」

  誰のものであろうとお構いなし。
  その野性味、大きな自信。
  とても頼もしく、男らしいことと思います。
  でも、私は、ユリーシャは……
  溢れかえる良くないものに、溺れてしまいそうです。
  
  あまり頭の良くないユリーシャでも、流石に今の状況は心得ています。
  間近に控えた果たし合い。
  恐ろしい敵を向こうに回し、勝ち抜くためには、
  皆が足並みを揃える必要があるのだと。
  和を、乱してはならないのだと。

  だからユリーシャにも分かっています。
  間近に控えた果たし合い。
  それが終わるまでは、決して、この雌を駆除することはできないと。
  でも、そうやって頭で考えたことで心を押さえつければつけるほど、
  苦しい気持ちが膨らんでいって、
  良くないものが沸いてくるのです。

856終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(4/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:47:01
 
  「さて、まひるさんで少々試したいことがあるので、
   ちょっと外に出ましょう。ランスも協力しなさい」
  「ブルマー技とかじゃ…… ないよね?」
  「そちらはまた改めて」
  「改めるなよぅ! やめとけよぅ!」

  え……?
  こんなに苦しい気持ちのユリーシャを、こんなに苦しめているこれと、
  密室で二人きりにするのですか?
  これは、睡眠薬で目覚めないのに?
  恭也は、野武彦と共に廃村に出張っているのに?
  
  ……なんて残酷なことなのでしょう!
  
  今まで、一生懸命この気持ちを抑えてきたのに。
  誰かの目があったから、押さえられてきたのに。
  こんな、都合のよい状況に置かれてしまったら……
  ユリーシャは頭が真っ白になって、
  溢れるよくないものが堰を切って、
  苦しい気持ちを解消しようとしてしまいます。

  大切な戦いが目の前に迫っているというのに!!

  「じゃあユリーシャ。知佳ちゃんの看病は頼んだぞ」

  ランスさま、なんと酷いお願いをされるのですか?
  私の気持ちも知らないで。
  こんなにも、心を平穏に保ちたい気持ちに気付きもしないで。

857終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(5/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:47:45
 
  罵声を浴びせかけても唾を吐きかけても足りぬ程憎いこれ。
  その雌を気遣えと。
  メイドの如く傅いて、世話をやけと。
  そう、おっしゃるのですね。
  
  ああ、なんだかよくわからないのですが、
  本当に、よくわからないのですが、
  良くないものが良くないものが良くないものが、
  ぐつぐつと煮えたぎりながら競りあがってきます。

  でも……

  「はい」

  ランスさまのお願いを断ることなんて、ユリーシャには出来ません。
  嫌われたくないから。
  捨てられたくないから。
  ランスさまに愛されるユリーシャでいたいから。
  我慢します。
  どんな嫌なお願いだって、ちゃんということを聞きます。
  良くないものに、蓋をします。
  
  だから……

  蓋を押さえる力が尽きる前に、戻ってきてくださいね?
  
  
  
やってしまえと、ユリーシャの感性が囁く。
今はその時ではないのだと、ユリーシャの理性が囁く。
良心の囁きは無い。

858終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(6/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:48:04
 
ユリーシャは耳を塞ぎ、頭を振り。
一人、孤独に。
己の暗い欲求に、耐えている。



         ↓


【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:果し合いに臨む
      ①ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

859終末の過ごし方 〜御陵透子〜(1/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:48:57
 
(ルートC:4日目 PM4:00 F−8 漁港)

陽は傾き、涼やかな風が寒い風へと、態を変えつつあった。
果たし合いまでおよそ3時間。
御陵透子は一人、状況の整理を行っていた。
今後の見通しを予測しつつ、その対応を思案していた。
果たし合いについてではない。
果たし合いも内包しているが、それだけではない。
如何に、自身の願望を成就させるか―――
彼女が考えていることは、その一点のみであった。

Q:ペナルティの内容とは?
A:ゲーム終了時点においての生存主催者のうち一名の願望授与権没収
Q:対する基本戦略とは?
A:優勝確定後、速やかに残存主催者を一人殺害する(以後、【基本戦略】と表記)
Q:しおりがさおり復活後の智機殺害を目論んでいるが?
A:問題なし。しおりより先に智機を破壊すればよい。
Q:芹沢死亡時、智機が芹沢の復活を願ったとしたら?
A:問題なし。願望授与の前に智機を破壊すればよい。
Q:ザドゥがルドラサウムに反旗を翻そうとしているが?
A:問題なし。行動に出るのは皆が願望を成就した後であるから。

(……いえす。情報は出尽くした。検討はし尽くした。整理しよう)

860終末の過ごし方 〜御陵透子〜(2/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:51:22
 
  ============================================================================
  ★必達目標:あの人の復活

  <果たし合いに勝利した場合>

   1.優勝ENDを迎える
    
    理想的に事が運ぶケース。確率五割強。
    但し、その時点での残存主催者の人数、対象者によって、
    自身が取る手段が分岐する。
    詳細は下記チャートを参照。

    【透子生存】
      【ザドゥ生存】
        問題なし
      【ザドゥ死亡】
       【椎名智機生存】
         【カモミール芹沢生存】
           基本戦略:智機or芹沢
         【カモミール芹沢死亡】
           基本戦略:智機
       【椎名智機死亡】
         【カモミール芹沢生存】
           基本戦略:芹沢
         【カモミール芹沢死亡】
           ※1 裏技認可待ち

    【透子死亡】
      ※1 裏技認可待ち

861終末の過ごし方 〜御陵透子〜(3/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:52:28
 
   2.主催者勝利ENDを迎える
    最終決戦、「しおりvsXXX」。
    このXXXまでも、誤って主催者が殺してしまうことで発生する。
    発生してしまったが最後、打つ手はない。

    対策:仁村知佳を確保
    小屋組ではない仁村知佳は果たし合いに参加できない上に、
    病状重篤かつ能力損耗中であるので、小屋に居残りになる可能性が濃厚。
    その場合、小屋組が決戦場へ移動している間に、
    私が知佳の身柄を奪い、監禁しておくことで、誤殺を防ぐ。

   3.主催者打倒ENDを迎える

    レアケース。
    果たし合いに参加しなかった小屋組+仁村知佳が、
    果たし合いの終了後に勝ち残った主催者を殲滅する可能性。
    この場合、残存プレイヤーの人数や戦闘力が読めず、また、
    果たし合い終了後に十分なシンキングタイムを持てるので、
    微細な戦術は現時点では立てない。
     Ⅰ.残存主催者で小屋を襲撃
     Ⅱ.同士討ち誘発
     Ⅲ.しおり突撃
    の組み合わせで対抗することになるだろう。

    その後は、1.優勝ENDを参照。

862終末の過ごし方 〜御陵透子〜(4/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:53:11
 
  <果たし合いに敗北した場合>

   ●優勝ENDを迎える
   ●主催者打倒ENDを迎える
    
    どちらにしても私は破壊されている。
    故に、※1 裏技認可待ち。

  ============================================================================


  果たし合いでの戦闘プランはひとまず置いておいて、
  アウトラインとしては、こんなところ。

  あとは、プランナーからの返事があれば。
  裏技が認可されれば。
  もう一つの保険が。
  私が破壊されたときの備えが、完成する。

  あの神様は、リーダーで、読んでいる。
  人の苦悩、葛藤、絶望が大好物なのだから。
  盤面の動きで鯨神を楽しませつつ、
  駒々の悩みで自身を愉しませてる。

  奥の手――― 【共生】。

  悪趣味なプラン。
  誰かの夢を踏みにじり、仲間を裏切る計画。
  苦悩、葛藤、絶望を振りまく、どんでん返し。
  故に、金卵神は了承する。きっと。

863終末の過ごし方 〜御陵透子〜(5/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:53:57
 
  青空を検索する。
  あの、空の。
  一番高いところに目を凝らす。
  そろそろ来るはず。
  そろそろ……
  
  《御陵透子よ》

  ―――! 来た!

  《その場合、管理者として願いを叶える権利は失われる。
   但し、参加者として願いを叶える権利を得ることとなる……》



御陵透子は、勝敗に拘らない。
過程に拘らない。
手段に拘らない。
他者の心を省みない。
何者にも煩わされない。

(喪われた意味を)
(―――取り戻す)

ただ誰よりも強く、奇跡を願っている。



         ↓

864終末の過ごし方 〜御陵透子〜(6/6) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:55:23
 
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス:願望成就
      ①果し合いに臨む
      ①願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
      ②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:壊れた契約のロケット、スタンナックル、カスタムジンジャー、Dパーツ
     グロック17(残弾 14)】
【能力:記録/記憶を読む、
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】

865終末の過ごし方 〜仁村知佳〜(1/1) ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:55:55
 
(ルートC:4日目 PM5:00 D−6 西の森外れ・小屋3)



広場まひるが、呆然と立ち尽くすユリーシャの足元で
眠るように横たわる仁村知佳の遺体を発見したのは、
最終ブリーフィングが始まる直前のことであった。




【№40 仁村知佳:死亡】

―――――――――残り 7 人



            ↓

866 ◆29ZH4ztR.E:2012/03/15(木) 00:56:52
以上、投下終了です。

次回は「夕陽が、罪を、照らす。」。
ユリーシャ断罪編となります。

867名無しさん@初回限定:2012/03/15(木) 09:32:28
来るもんがついに来たな
次回が楽しみでもあり怖くもあり…
乙でした

868名無しさん:2012/04/08(日) 15:39:03
は?一体何が起こったの?
ユリーシャが仁村を殺したって言うの?

せっかく皆が一致団結して対主催をしようって時になんでこんなことになったの?

869 ◆29ZH4ztR.E:2012/08/04(土) 23:17:55
本スレでの投下支援、ありがとうございます。
本日の本投下は
「ひとであり/ひとでなし」
「■&□」
「宙船-ソラフネ-」
の3本と考えております。
ご都合の宜しい時間までご協力いただけましたら幸いです。

今晩の新作仮投下はありませんが、
火曜あたりから新作を何本かご披露してゆく心算です。

870名無しさん@初回限定:2012/08/05(日) 17:12:35
最新話までのまとめをアップしました。
パスワードはメール欄です。

ttp://uproda11.2ch-library.com/11359080.zip.shtml


>>869
本投稿お疲れ様でした。
新作も楽しみに待ってます。

871夕陽が、罪を、照らす。(1/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:20:59
  
(ルートC:4日目 PM5:30 D−6 西の森外れ・小屋3)

======================================================================
Ⅰ.黄昏の始まり
======================================================================

日が、沈もうとしていた。
虚ろな黄昏時が、始まろうとしていた。

小屋の裏庭、井戸の脇にて。
ユリーシャを囲んでいるのは四名。

月夜御名紗霧。
ランス。
広場まひる。
魔窟堂野武彦。

高町恭也の姿は、ここにない。
仁村知佳の死体から離れようとしない。
落涙することもなく。
口を開くこともなく。
膝をつくこともなく。
表情の一つも変えず。
遺体の手を両手で握り続けている。

恭也の不在は彼らにとって、却って好都合であった。
ことに、ユリーシャにとっては。

872夕陽が、罪を、照らす。(2/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:21:28
  
今から始まろうとしているのは、
仁村知佳の死因についての解明であり、
死亡時点でただ一人知佳の傍に居たユリーシャへの事情聴取であり―――
そして、おそらくは。
かなりの確率で。
殺人犯・ユリーシャへの尋問となるのであるから。



「全部言うんだ」
「……はい」
  


.

873夕陽が、罪を、照らす。(3/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:23:34
  
======================================================================
Ⅱ.不幸な偶然
======================================================================
 
「時間は、16:30を回った頃でした」

結論から述べよう。
仁村知佳の死因は窒息死である。

凶器となったのは濡れタオル。
額に乗せ、熱を冷ますためのその看護用品が、
知佳の熱の全てを奪いきってしまったことは、
皮肉というより他は無い。
下手人はもちろんユリーシャ。
だが、しかし。

これは、殺人事件でなかった。
これは、過失致死であった。

確かにユリーシャに殺意はあった。
五体全てを殺意で満たしてはいた。
しかし殺意は遺漏していなかった。
彼女なりに、必死に。
決戦直前であるという現状を理解し、
ランスの言いつけを健気に守り、
今は、決して知佳に手を出さぬよう、
己の業を押さえ込んでいたが故に。

「私はその時、物思いに沈んでおりました……」

874夕陽が、罪を、照らす。(4/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:23:50
  
己を抑える術として、ユリーシャは妄想に耽っていた。
豚め豚め雌豚めと罵倒しながら死に掛けの知佳を踏み躙ったり、
実は知佳にも男性器がついていることが発覚してランスが知佳を切り殺したり、
紗霧の報われぬ恋心を利用して知佳を殺させたり、
果し合いで恭也が果て、絶望した知佳が後を追ったり、
ありとあらゆる手法とシチュエーションで知佳を殺しつくすことで、
心の天秤を保っていたのである。

「ふと気付けば、持っていたはずのタオルが手許に無く……」

それゆえ、看護がおろそかになっていた。
桶にタオルを浸し、搾り、額に乗せる。
その工程の途中で妄想殺人劇の一つがクライマックスに差し掛かり、
ユリーシャはその愉しい妄想に没入してしまい。

「タオルは仁村さんの顔を覆うように広がっていて……」

薬物による深い眠りについていた知佳に、それを払う術は無く―――
静かに、ひっそりと、死は訪れた。
おそらく、知佳は、自らが死んだことに気付かぬまま死んだのであろう。
この島における数多の死の中で、
もっとも安楽な死因であったといえよう。

「急いでタオルを取り除いたときには、もう呼吸をしていませんでした」

ユリーシャにとっても心外な死であった。
全く予期せぬ事故であった。
故に動揺を隠せず。
故に取り繕う余裕もなく。
目の前の死が受け入れられず、呆然と立ち尽くすことしか出来ずにいた。
この動転が、ユリーシャに素直な事実を語らせた。

875夕陽が、罪を、照らす。(5/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:24:16
 
「ごめんなさい、ランスさま。ユリーシャは悪い子でした」

ユリーシャは言葉を結び、しずしずと目を伏せた。
数秒の沈黙の後、紗霧が沈むユリーシャに声をかける。

「不注意ではありますが……
 ユリーシャさんを責めるのも少々酷な事故ですね」

言葉を掛けつつも紗霧は、順に仲間たちの顔を観察した。
皆一様に、幾分緊張感を緩めていた。
想定した最悪の事態ではなかったことが、判明した故に。
確かに、知佳死亡のタイミングは最悪であった。
しかし、不幸に不幸が重なった結果に過ぎなかった。

(これなら、まだ、立て直せます。
 恭也さえ言いくるめれば、策に狂いは生じません)

小屋組の結束に亀裂は走ったかも知れぬが破砕はしておらぬ。
紗霧は、胸を撫で下ろした。
野武彦もまた安堵し、深い溜息をついた。

「知佳殿は故意では無かったということじゃな。
 まあ、不幸中のなんとやらといったところか」

広場まひるは、気付かなかった。
月夜御名紗霧は、気付かぬ振りをした。
ランスは、気付いてしまった。
何気なく放たれた野武彦の言葉の裏に潜む、恐ろしい真実に。

「おい、ジジイ? 今、お前、何て言った?」
「ん?」
「知佳ちゃん【は】故意じゃない…… だと?」

876夕陽が、罪を、照らす。(6/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:24:46
 
======================================================================
Ⅲ.全てが晒される
======================================================================

「……じゃあ、誰【は】故意なんだ?」

ランスの問いに、魔窟堂の瞳が見開かれる。
言葉にせずとも明白であった。
全身で、【しまった】を表現していた。

「なにをそんな神経質な。気にしすぎです、気にしすぎ。
 あなたは言葉尻を捕らえて突つき回すような陰険な人間ではないでしょう?
 もっと鷹揚に構えてがははと下品に笑ってりゃいいんです」

咄嗟のフォローは、果たして月夜御名紗霧の口から発せられた。
早口かつ棘のある、紗霧の常の罵倒。
場を煙に巻き追求をうやむやにせんと投じられた一石も、
しかし、ランスの嗅覚を鈍らせる程のものではなかった。

「じじい! 判ってるならもったいぶらずに言え!」

痺れを切らしたランスが魔窟堂の胸倉をつかむ。
ランスの声色も硬い。
ある種の直感が、彼を突き動かしている。

「ふざけるな! 俺様の女が誰をやったというのだ!
 だいたいユリーシャはゲーム開始直後からずっと俺様と……」

カチカチカチカチ……

877夕陽が、罪を、照らす。(7/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:25:11
 
聞こえてきた。
規則的な音。
小刻みで硬質な音。

「俺様と……」

ランスの言葉は尻窄んだ。勢いのついていた怒りが消沈した。
カチカチと鳴り続けているこの音の発生源が、ユリーシャであったが為に。
合わぬ歯の根を震えによって鳴らしている音であったが故に。

カチカチカチカチ……
歯鳴りが秒針の如く沈黙の時を刻む。

「……篠原秋穂さん、ですね?」

口を開いたのは、月夜御名紗霧であった。
彼女はいち早く察知していた。
知佳死亡事故以前からそうではなかろうかと推測はしていた。
今朝方からの野武彦の態度の急変から、ほぼ確信していた。

「…………」

ユリーシャは答えなかった。
しかし、震える膝が崩れ落ちるその様が、雄弁に回答していた。
今の今まで蚊帳の外であったまひるにさえ、事態が理解できた。

「じょ、冗談じゃないっていうのか?
 何でユリーシャが秋穂を殺さにゃならんのだ!?」

878夕陽が、罪を、照らす。(8/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:30:30
 
ランスの否定は反射的なものではない。
真実に気付きつつも気付きたくない繊細な心の防衛処置でもない。
楽観主義者で深く物事を考えず、人心を省みない性質の彼は、
ユリーシャの薄ら寒い底なしの愛情深さに、
今に至ってもなお、気付くことが出来ないでいるのである。

「独占欲か嫉妬心か、そのあたりでしょう。
 だとすると―――」

誤魔化すを諦めた紗霧が言葉を続けた。
事ここに至った以上。
暗雲垂れ込め始めた以上。
認めるべきはさっさと認めさせて。
事務的に機械的に処理をして、
傷口が伝播せぬうちにユリーシャのみを人身御供とし、
小屋組の崩壊だけは、防ぐ。
どうにか体勢を立て直して、果し合いに臨む。
紗霧は、そう方向転換したのである。

「……アリスも、か?」

聞け、ランスのひび割れた声。
見よ、常に尊大なこの男がこうも震えるなど前代未聞。
ここに至って、ようやく。
この鈍感なリーザス王は己の愛人の裏の顔を、知ったのである。
油の切れたブリキの人形の如き動きで、ランスは首を動かし、
ユリーシャに向き直る。

「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
 ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」

879夕陽が、罪を、照らす。(9/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:31:22
 
ユリーシャはランスに縋りついた。
背中を丸め、這い蹲って。
ランスのくるぶしを握り、靴の甲にキスをした。
そして、繰り返す。
キスと、謝罪と、おねだりを。

「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
 ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」

十回。二十回。三十回。
一心不乱にランスの許しを請うその姿は、
か弱く、儚いその声は、
見る者の哀れ心を誘引するのに十分なものであった。
事実、全てを知っている野武彦ですら、
断罪を進めることに良心の呵責を感じ始めていた。
紗霧も、少し落ち着くまで待とうと考えていた。
ところが。

「……うっ」

唐突に、嗚咽が漏れた。
発生源は、広場まひるであった。

「おぇぇえっ……」
「大丈夫かまひるちん?」
「……気持ち悪いよ……」

まひるは膝を着き、何度か戻したのち。
塗れた口許を拭きもせず、呆けた口調で呟いた。

「ユリーシャちゃん。 それ…… 気持ち悪いよ……」

880夕陽が、罪を、照らす。(10/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:32:01
 
======================================================================
Ⅳ.気持ち悪いこと
======================================================================

「ユリーシャちゃん…… なんで……
 なんでランスにばっかり謝るの……?
 謝るのは知佳ちゃんや、
 あなたが殺した二人の女の人にじゃないの……?」

未知の異星人を見るような目つきで、
拒絶感たっぷりに、まひるは問うた。
否。口調は問いではあったが、それは非難であった。
指弾であった。
対するユリーシャの反応は。

「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
 ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」

無視であった。
変わらず繰り返され続けるキスと謝罪とおねだりであった。
まひるの言葉は耳に入っていないのである。
ユリーシャはランスの反応のみに全身全霊を傾けて続けている。

「なんでかな……!? なんで無視するのかなっ!!
 あたし今、とっても大事なこと言ってるつもりなんだけどっ!?」
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」

881夕陽が、罪を、照らす。(11/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:41:19
 
晒されてゆく。
まひるの人道的な、良識的な弾劾によって。
ぽろぽろとユリーシャの虚飾が剥がされてゆく。
価値観の隔絶が露になる。

そもそも。
ユリーシャとはカルネアの王女であり。
王女とは差別社会の頂点を意味し。
その世界における下々の者の存在は、命は。
彼女のお気に入りのティーカップよりも軽いのである。

「あたしをこーやって無視してるみたいに!
 知佳ちゃんのことも、きみが殺したひとたちのことも、
 無視しちゃってるのかなっっ!?」
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」

ユリーシャに代わってまひるの問いに答えるのならば。

  ―――なぜ、雌豚どもに謝らなければならないのでしょう?
  ―――謝るべきは、私の愛するランスさまの目を引く真似をして、
  ―――王女たる私の気分を害した、雌豚どものほうでしょう?

つまりユリーシャは、二つの殺人と一つの過失致死に関して、
重罪を犯したなどとは思っていないのである。
いや、秋穂やアリスメンディを暗殺した頃のユリーシャは、
まだ、人としての罪の意識を覚えてはいた。
しかし、今や。
彼女の中のモンスターは、渦巻く嫉妬心と独占欲を糧に、
誰にも知られず、密やかに、ここまで成長してしまったのである。

「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」

882夕陽が、罪を、照らす。(12/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:42:23
 
この謝罪行為も、ランスの意に沿わぬ行為を行ったことを謝罪しているに過ぎず。
そこに反省などなく。
ただ単に許しを請うているのであって。
要約すれば、ランスに自分だけを愛せよと、
わがままをごり押ししているだけであった。
 
「まひるさんの気持ちは良く分かりました、が。
 あなたの言葉ではユリーシャに届かないこともよくわかりました。
 なので。
 ユリーシャが話を聞くであろうただ一人の男、
 ランスの意見も聞いてみませんか?」
「え……? 俺様か?」
「むしろこの場を裁けるのはあなただけかと思われますが?
 というかいつまでも呆けてないで甲斐性みせなさい」

ランスは足下に跪くユリーシャから目を背けた。
夕闇の空を仰ぎ、目を閉じた。

「……ユリーシャ、ちょっと離れろ」

別離を匂わすランスの言葉に、ユリーシャは一層の悲壮さで応じた。

「お願いします、お願いします、お願い……」
「いいから離れるんだ!!」

ランスの怒声。
それがユリーシャに向けられるのは、初めてのことであった。
ユリーシャは恐怖感から思わず身を竦め、足首を握っていた手を離し。
ランスはその瞬間に数歩、後退した。
そうして、深く深く息を吸い込み……

「すぅぅぅぅぅ……」

883夕陽が、罪を、照らす。(13/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:43:31
 
======================================================================
Ⅴ.ランスの裁定
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「うがあああああっっ!!」

咆えた。野獣の如く。両腕を大きく振り上げて、息の保つ限り。
再び縋ろうとするユリーシャを、野武彦とまひるが制した。
ユリーシャは半狂乱で振り解かんとあがき、ランスの名前を呼びつづける。

「だああああああっっ!!」

頭を壁に何度も打ち付ける。
蹴りつける。殴りつける。転がりまわる。
めためたに暴れた。
壊せるものは、何でも壊した。
駄々っ子そのものであった。

「ぐおおおおおおっっ!!」

結論が結べない。
故に苛立ち。
故に暴れた。

そうして10分も暴れつづけ、
周囲の潅木を何本もなぎ倒し、
小屋の壁に数箇所の穴を開け、
全身がびっしょりと汗に塗れ、
ようやくランスは暴れ終えた。

884夕陽が、罪を、照らす。(14/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:44:23
 
一旦爆発させた頭は空っぽになり、
余計な思考は霧消して、
今のランスは己の感情のみで、
本能に近い利己的な本音のみで、
結論を導いたのである。

「はあ、はあ、はあ……」

手足に無数の打ち身と切り傷を刻み。
ここで初めて、ランスがユリーシャを見た。
野武彦に制されつつも暴れていたユリーシャが、
居抜かれたように身を竦めた。

「……ユリーシャ」

ランスが、裁定を下す。
その時が始まるのだと、誰もが理解した。

「はい……」
「俺様は、お前を、許さん」

静かな声で、しかし、はっきりとした発音で。
ランスは自らの女を否定した。
ユリーシャは言葉を失い、膝をつく。

さしものランスも、常識的な。
それでも、どこか冷たいような。
そんな感想をまひるが抱いたが、
言葉には、続きがあった。

「だが、お前を、見捨てん」

885夕陽が、罪を、照らす。(15/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:45:57
 
ユリーシャの気持ちが浮上する。
頬が上気する。
少なくとも捨てられない。
その事が分かった故に。

「誓え。お前がくじらに願うことは、『お前が殺したヤツの復活』だと」
「誓います」
「尽くせ。俺様のために、ためだけに、もっともっと」
「尽くします」
「そうしたら知佳ちゃんたちが生き返ったとき、俺様はお前を許してやる」
「ユリーシャは、捨てられないのですね?
 ランスさまのおそばにいていいのですね!」
「言っただろう」
「俺様は、俺様の女には、優しいのだ」

感動しているのはユリーシャだけであった。
他の三者は醒めた目で見ていた。
かといって、他に適当な量刑も見当たらぬ。

日常で、ユリーシャの如き殺人者に裁きを与えるのであれば。
量刑はそれは15年〜無期の懲役となるであろう。
非日常である。
どうすべきなのか。
誰もが簡単に結論を結べぬ。

殺人を義務づけられたゲームの中で起きた、殺人を。
殺人を義務づけられた彼らが、いかに裁けるものか。

886夕陽が、罪を、照らす。(16/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:46:32
 
故に、暗黙の了解として。
ユリーシャの飼い主たるランスに判決を求めた。
責任を一人に押し付けた。
故に、不安はあれど不満はなかった。

「まあ、今はそれでいいでしょう」

紗霧がまとめる。
まひるは紗霧に肩を叩かれ、肩の力を抜いた。
野武彦はユリーシャを解放した。
ユリーシャはランスに駆け寄り、ひしと抱きついた。
ランスはユリーシャの頭を乱暴に撫で付けた。

こうして、断罪は終わった。
この場にいた、4人の断罪は。
しかし、それで全てが終わったわけでは、ない。

「……よくありません」

恭也が、そこにいた。
いつから話を聞いていたのか。
まるで気配を感じさせずに。
紗霧たちの背後に陽炎の如く立っていた。
恭也は、繰り返す。

「よく、ありません」

887夕陽が、罪を、照らす。(17/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:47:23
 
======================================================================
Ⅵ.それでも、守る
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「俺は、その女を、許せません」

淡々と、恭也は口にする。
しかし物腰とは裏腹の、非情に剣呑な空気を、恭也は帯びていた。
それは、爆発前の火山口を思わせる風情であった。

今朝方、恭也はひとつの気付きを得た。
人を愛し、愛されることでのモチベーションの上昇に。
それは確かに力となる。
時に世界を救うほどの奇跡すら生み出す。
しかし。一つ間違えば。
愛を理不尽に失ったならば。

「誰がその女を許しても、許しません」

その世界を救うほどの力は世界を滅ぼすほどの力に、いとも容易く反転する。
今の恭也の如くに。

御神流の歴史二千年。
その根本原理として滅私を宿す理由は、ここにあった。
最大効率を求めた結果の最大公約としての滅私であった。

「誰がその女に執行猶予を与えようとも、許しません」

888夕陽が、罪を、照らす。(18/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:48:20
 
恭也の視界は、赤く染まっていた。
それは茜空の為ではない。
極限を超えた怒りが、殺意が。
彼の視覚をも支配している為にである。
抑えられない。
留められない。

自分は冷静な人間であると、恭也は思っていた。
いかに感情的になろうとも、理性を働かせる余地は常に確保できていると思っていた。
その自分に自分の中にこんな激情が眠っていたなど、恭也は思わなかった。
純粋に、ひたすら純粋に、この女が許せない。
それだけで彼の精神も頭脳も、すべてが埋め尽くされていた。

「俺が、裁く」

じりじりと、恭也がユリーシャににじり寄る。
傍観者たちが、息を呑む。
あれほど周囲の全てを無視していたユリーシャも、生命の危機を感じてか、
ランスの背後に身を隠す動きを見せている。
ランスはそのユリーシャを庇うように、身を乗り出して―――頭を下げた。

「すまん、恭也」

前代未聞の珍事であった。
策略のために、その場しのぎのために、命乞いのために。
頭をさげることは、ランスにもあった。
しかし今のランスには、誠実な謝意があったのである。

「自分の女の不始末は、俺様の責任だ」

深々と、頭を下げる。

889夕陽が、罪を、照らす。(19/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:48:55
 
「すまん、恭也」

ユリーシャも倣い、頭を下げる。
その瞳は潤んでいる。
陶然として。
傍若無人なランスが、自分のために頭を下げている。
その嬉しさに、胸を詰まらせて。
当然、謝意など微塵も無い。

「……受け取れない」

恭也は、拒絶した。

「そうか…… そうだな。
 自分の女が殺されて黙っちゃいられないよな。
 俺様だってお前の立場なら、そう思う」
「ならばランス、ユリーシャを引き渡せ」
「だがな、それでも、俺様は……」

ネイルソード―――
ランスがケイブリスから毟った爪を、恭也が加工し、調整した野太刀。
遡ること10時間前に生み出された、友情の証。
それを。

「自分の女を、守るぞ」

生みの親に、向けた。
上段に構え、静止した。
奇襲をかけないのは彼なりの後ろめたさの表れか。
恭也が正対するのを、待ちに入った。

890夕陽が、罪を、照らす。(20/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:49:35
 
「その女を庇うというのなら――― あなたも、滅すべき、悪だ」

恭也は、小太刀を胸の高さで水平に構えた。
二人の呼吸が止まった。


秋の虫の音が、止んだ。


瞬間、恭也の姿が消えた。
秘奥義・神速の発動か?
否。
第三者の、乱入であった。

「いかんのじゃあ……」

891夕陽が、罪を、照らす。(21/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:51:13
 
======================================================================
Ⅶ.ただ一つの尊きもの
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「いかんのじゃあ…… 恭也どの、お主は、お主だけは……
 正しくなければならんのじゃあ!
 怒りに任せて人を殺めるなど、あってはならんのじゃあ!」

いち早く加速装置を発動させ、恭也の身柄を浚ったのは魔窟堂野武彦。
神速とは似て非なる科学的な超高速に耐え切れず、恭也の意識は失われている。
野武彦はだくだくと涙を流しながら、意識なき恭也に想いをぶつける。

ユリーシャの哀願。
まひるの指弾。
ランスの大暴れ。
恭也の憤怒。
それらに比肩しうる、魂の叫びであった。

「高町恭也…… もう少し理性の働く男かと思っていたのですがね」

紗霧が醒めた目付きで想いを吐き捨てた。
味方に放たれるにはあまりに冷たき言葉にまひるは反射的に反論しかけたが、
それより先に野武彦が言葉を返していた。

「そうじゃな…… 恭也殿であれば……
 怒りを飲み込んでくれるであろうと、儂も思っておった……
 残念じゃ……」

意外にも、野武彦は紗霧に同意した。
しかし口調にも眼差しにも、紗霧の如く冷ややかなものは無く。
代わりに顕れていたのは憂いと慈愛であった。

892夕陽が、罪を、照らす。(22/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:52:24
 
「残念じゃが…… まだ、大丈夫じゃ。
 今まで【間に合わぬ男】であった儂が、ついに間に合った。
 恭也殿の手は、罪に塗れずに済んだのじゃから。
 神聖な男の誓いは、破られずに済んだのじゃから」

野武彦は刹那の幻覚を見る。

  ―――ファインセーブだ、ヘル野武彦

むすっとした顔のまま、亡き盟友・エーリヒが、
夕闇空で親指をグッと立てていた。
野武彦もまた男のサムズアップで返礼した。

「ちょっとカッコいいトコ見せたと思ったらまた一人遊びですか。
 こんどは何のヒーローごっこです?
 ま、説明は結構。今は時間が惜しいですから。
 さ、一時間後れのブリーフィングを始めましょう」

紗霧は、常の紗霧であった。
この、それぞれの感情が全力で次々と誘爆していった焼け野原にあって、
彼女はただ一人、冷静さを保ち続けていたのである。

「……もう、無理だよ……」
「……確かに、高町恭也を説き伏せるには余りにも時間がありません。
 面倒ですが恭也を除いたプランに急いで修正しないといけませんね」

広場まひるが怒りの形相に固まった顔を両手で優しく解しながら、
紗霧の提案を、明確に却下した。

893夕陽が、罪を、照らす。(23/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:53:31
 
「そういうことじゃなくってさぁ……
 説き伏せるとかプランの修正とかそういうのじゃなくてさぁ……
 恭也さんと、それからあたしも、
 もうユリーシャちゃんと仲間でいるのは無理っていってるの!」

元々ユリーシャの罪の意識の無さに、恐怖感すら抱き、
結審の折にも一応は反対票を投じなかったものの、
どちらかといえば棄権にも近い消極的妥協をしたまひるである。
恭也の激情に絆され悲しみに寄り添うのは、当然の選択であった。
当然ではあるが、愚かな選択であった。

「さて、と。それでは恭也どのが目覚める前に、去るとするかの」

当然の如く、野武彦もまひるに倣った。
今の野武彦にとって守るべき大切な物とは恭也のことただ一つであり。
その恭也が守るべき価値を失いかねない危機に陥っているのであるから、
間違った道に進まないように彼の価値を守らねばならない。
ユリーシャとは引き離さねばならない。

「なにを血迷っているんですか、二人とも。
 友情を摂取しすぎて悪酔いしてるんですか?」

.

894夕陽が、罪を、照らす。(24/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:55:41
 
======================================================================
Ⅷ.誰にも届かない
======================================================================

「いいですか忘れているみたいですからもう一度いいます。
 あなたがたが揃って背負っているのは、明日です。
 あなた、きみの、わたしの分だけではない。
 ここにいる全員の、未来なんです」

紗霧は続ける。
戦友たちに。

どのような経緯、事情であれ、決戦が迫っている現状においては団結が重要であると。
ケイブリス戦を思い出せ、と。
知佳の死も同じ事。今は善でも悪でも団結すべきときであると。
一旦棚上げして、主催者を打倒してから決着をつければいいのであると。

ケイブリスに挑んだあの夜―――
一度は、みなの心に届いた紗霧の言葉ではあった。
その成果の大きさも、紗霧の能力も理解していた。
しかし、届かなかった。
ここにいる誰の心にも、紗霧の話術は通じなかった。

場を支配していたのは、理屈ではなき故に。
愚にもつかぬ感情故に。

「紗霧殿…… 理で割り切れんものもあるんじゃ。
 軍師たるお主には分からん話かも知れんがの」

野武彦が恭也を背負い、まひるがそれを支えた。

895夕陽が、罪を、照らす。(25/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:56:57
 
繰り返す。
紗霧はこの場でただ一人、感情を爆発させなかった。
それは、感情的にならなかったを意味しない。
感情を押さえ込み続けていただけである。

(これで、対主催勝利の目は消えましたか。 だったら……)

その、最後の爆弾が、ここにきて炸裂した。
非常に内向きに、誰にも分からぬ形で。
この場の誰よりも、最も危険な形で。

「……はあ、もういいです。
 あれもこれもどれもそれも、もう知ったこっちゃないです。
 勝手にしなさい」

紗霧は投げやり極まる言葉で、お開きを宣言した。
小屋組の崩壊は、ここで確定した。

「で、紗霧ちゃんはどうするんだ? こっちか、あっちか」

申し合わせの一つも無きままに。
それでもこの場の総意として。
3人と2人。
既に道は分かたれていた。

紗霧は迷う。
ユリーシャの殺害の動機を考えるに、ランスのそばにいれば
自分もそうなるリスクがある。
ユリーシャを見る。
ランスの腰に縋りつくこの女は、もう泣いてなどいない。
ランスの許しを得られた時点で、もう泣いてなどいない。

896夕陽が、罪を、照らす。(26/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:57:21

そんな女が――― 反省などするものか。
 
「まあ、消去法でこちらでしょうね」

紗霧が恭也の側に歩み寄る。
まひるに笑顔が咲き、野武彦が渋面を作った。

「そうか。 まあ、そうだろうな」

続く言葉は、ランスなりの誠意であった。

「じゃ、俺たちが出て行こう」


.

897夕陽が、罪を、照らす。(27/27) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 01:58:21
 
======================================================================
Ⅸ.黄昏の終わり
======================================================================

「世話になったな」

鷹揚に手を振るランスに寄り添ったユリーシャは、無言で楚々と頭を下げた。
王宮礼法に叶った、典雅な黙礼。
こんなにも御しがたい。
こんなにも恐ろしい猛獣をその胸に飼っていながら。
それを知る者たちの目にとってみても。
彼女は害意も悪意も知らぬ清楚清純な王女にしか見えなかった。

「お前たちは、果し合いに行くのか?」
「御陵透子。今からキャンセルって効きます?」

十数秒の沈黙は、否たる答えの表れであった。

「無理みたいですね。行くしかないでしょうね」
「ランスさんは?」
「ま、気が向いたら、な」
「ええ、そうですか」

な、と、ええの間に、瞳が交錯した。
紗霧が通信機をそれとなく撫で、ランスがインカムを指で弄んだ。
それが、別れの合図となった。

何時しか夕陽は没し、宵闇が小屋を包み込んでいる。



898夕陽が、罪を、照らす。(情報 1/2) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 02:05:44
 
(ルートC)

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【グループ:紗霧・まひる・恭也・野武彦】
【スタンス:主催者打倒】
【備考:全員、首輪解除済み】

【高町恭也(元№08)】
【所持品:小太刀、鋼糸、世色癌×1、インカム】
【備考:失血(中)、右わき腹から中央まで裂傷、気絶】
  ※ 冷静さを失っています

【魔窟堂野武彦(元№12)】
【スタンス:①恭也を守る
      ②得た情報はこれ以上漏らさない】
【所持品:454カスール(残弾 3)、インカム、世色癌×1、斧
     軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
     カスタムジンジャー】
【備考:疲労(小)、紗霧に不信感、まひるに恐怖感】

【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:ステルスマーダー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー、
     世色癌×3、紗霧専用通信機、インカム】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】

【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 3/45)、世色癌×1、インカム】

899夕陽が、罪を、照らす。(情報 2/2) ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 02:09:06
 
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → ?】
【グループ:ランス・ユリーシャ】
【スタンス:主催者打倒】
【備考:全員、首輪解除済み】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、グロック17(弾 17)、フラッシュ紙コップ
     インカム、カスタムジンジャー】

【ランス(元№02)】
【スタンス:プランナーの事は隠し通す、男の運営者は殺す
      恭也たちとは協力できない、紗霧の連絡待ち】
【所持品:カスタムジンジャー、世色癌×1、世色癌×1(隠し持っている)、
     インカム、ネイルソード×2】
【能力:ネイルソードにてランスアタック可】

900 ◆29ZH4ztR.E:2012/08/08(水) 02:11:22
遅くなりまして済みませんでした。

次回予定は「決闘序章〜カウントダウン〜」。
果し合い編開幕です。
週末の投下を予定しております。

901名無しさん@初回限定:2012/08/12(日) 12:30:39
新作投下お疲れ様でした。
ついに来たるべき事が来てしまった感じですね。
対主催に漂う絶望感が半端じゃありません。
ユリーシャにとって断罪になってないように見えるのが何とも無情。


※SSまとめ再アップしました
パスはメール欄で

ttp://uproda11.2ch-library.com/11360002.zip.shtml

902名無しさん@初回限定:2012/08/19(日) 00:27:43
未来はもう、絶望しかないんだろうか?

903名無しさん@初回限定:2012/09/15(土) 23:12:17
じっちゃんがヤバイ、同行者全員が爆弾化してしまった
これは紗霧の漁夫の理優勝もありえるで

904名無しさん@初回限定:2013/02/21(木) 22:46:27
飯野賢治さんのご冥福をお祈りします。


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